2月某日、警視庁サイバー犯罪対策課に電話する。
通話中でなかなか通じないので何度もかけなおす。
ようやくつながる。向こうはとても忙しそうな雰囲気。何人もの声が聞こえる。

警察官「どういったご相談ですか?」
わたし「ありがちなんですけれど、2ちゃんねるに名前と誹謗中傷を書かれてしまい」
警察官「具体的にはどういった内容でしょう?」
わたし「私が人のバッグを盗んだことがあるとか」
警察官「(パソコンに入力している)」
わたし「放火しようとしたことがあるとか、とある新興宗教の信者だとか」
警察官「(パソコンに入力しながら)まだあるんですか?」
わたし「お、親を殺したとか」
警察官「どうして、あなただとわかるんですか?」
わたし「むかし通っていたシナリオ学校のスレッドだからです」
警察官「どうしてそういうことをされるのだと思いますか?」
わたし「ブログでその学校を批判したことがあるからではないかと」
警察官「へえ」
わたし「名前は土屋顕史というんですけれど」
警察「どういった漢字ですか?」
わたし「(説明する)」
警察官「検索してみましょう」
わたし「え、検索するんですか。自分の悪口を見るのがいやで最近はぜんぜん」
警察官「(構わず検索している)」
わたし「(やむなく検索する)」
思いのほか上位に誹謗中傷が書き込まれていることに驚く。

警察官「(2ちゃんねるでいかに削除が難しいかを長々と説明する)」
わたし「ええ、知っています。むかし削除依頼したことがありますから」
警察官「だから、あとは弁護士さんに相談して、民事裁判でどうにかするしか」
わたし「へえ」
警察官「ただしお金がかかりますけれどね」
わたし「はあ」
警察官「住所等が書き込まれていて脅迫行為があれば最寄の警察署へ」
わたし「まあ、あのくらいじゃ無理ですよね」
警察官「うーん、ちょっとどうしようもないですね」
わたし「あきらめるしかないですよね」
警察官「――」
わたし「はあ、あきらめるしかないのか」
警察官「(苦笑して)私の立場からはあきらめろとはいえませんが」
わたし「でも、私、人のものを盗んだことなんてないし、放火なんて」
警察官「2ちゃんねるはね」
わたし「はい」
警察官「人の心の中が公開されていると思ったほうがいいですよ」
わたし「心の中?」
警察官「そう。むかしは隠されていた人の心の中が公開されている」
わたし「はあ」
警察官「だから、人の心の中は見ないというのもひとつの方法かと」
わたし「うーん」
警察官「うちのハイテク課でも名前を2ちゃんに書かれちゃったものがいて」
わたし「あるでしょうねえ」
警察官「だいぶ落ち込んでいましたよ」
わたし「わかります」
警察官「でも最後は仕方ないと」
わたし「あきらめましたか」
警察官「――うん」

わたし「(ふざけて)私が名前を聞いたらどうします?」
警察官「え?」
わたし「あなたのお名前を」
警察官「(一瞬、言葉に詰まり、苦笑して)○○です」
わたし「○○さん」
警察官「こういうのも書き込まれるからね」
わたし「そうでしょうね。私はしませんが」
警察官「(苦笑)」
わたし「あきらめるしかない、か」
警察官「――」
わたし「わかってるんですよ。わかっています」
警察官「なにを?」
わたし「(興奮して)だれも私のことなんか興味を持たない。だから、気にすることはない」
警察官「(苦笑)」
わたし「(早口で)わかってるんです。だーれも私なんかに関心を持たない」
警察官「(相手がなにをいいたのかわからない)」
わたし「しかし、もしですよ。もし奇跡が起こってだれかが私に興味を持った。検索する」
警察官「はあ」
わたし「ああいうデマが目に触れてしまう。それで私という人間が判断されてしまう」
警察官「はあ」
わたし「これは非常に困りますよね」
警察官「まあね」
わたし「でも、あきらめるしかない」
警察官「ああ、グーグルに依頼する手もありますよ」
わたし「グーグルに?」
警察官「名前で検索したときに出ないようにしてもらうよう依頼する」
わたし「へえ。そんなことができるんですか」
警察官「ええ」
わたし「(皮肉に)どうせ依頼は通らないでしょう?」
警察官「それはわかりません」
わたし「そういうしかないですよね」
警察官「私の立場からは――」
わたし「いえ、いいです」
警察官「――」
わたし「――」
警察官「うーん」
わたし「こんなくだらない相談でお時間をどうもすみません」
警察官「いえ」
わたし「どうもありがとうございました」
警察官「いえ。――では(このへんで)」
わたし「はい、失礼します」
警察官「失礼します」

最初からわかっていた「あきらめる」という結論に到達したしだいである。
読者のみなさま、こんな私的なことを長々と書き連ねてどうも失礼しました。
しかし、有名人になってからたたかれるのなら、
まだある種の有名税だと思ってあきらめられるのだろうけれど。
わたしは権力者でも有名人でもない。どちらかといえば底辺に位置する人間である。
とはいえ、あきらめるしかない。なら、あきらめよう。
人生なんて、こんなものだ。人間なんて、こんなものだ。期待しちゃいけない。
「図解でわかる 日本の裏社会」(ミリオン出版)

→みんなおれを勘違いしてんじゃないかい?
おっれはね~、こういう本をニコニコしながら買ってきて、
便所でクスクス笑いながら読む侠(おとこ)なんだわ。
くうう、表紙がたまらねえぜ。ヤングはジャケ買いってゆうんだろ?

「読めば身につく アウトロー思考で一発逆転!!」
「勝ち組アウトローが実践 莫大なマネーを生む50のヤクザ習慣」
「平均年収2000万円 侠たちの日常、裏の掟、最新シノギを解き明かす!!」


……いったい編集者はどんな読者を想定してこんなホンをつくっているのか。
ああ、おれのような腐った半端者か!! こりゃまいった、おじさん一本取られた!!
表紙がちゃちいわりに中身が想像以上にこってりしていてとてもいい。
やっぱり裏社会がないとダメよ。裏があるから表も輝く。
警察はヤクザをつぶしちゃダメ。いや、繁華街の末端警官はよくわかってるんじゃね?
末端はおそらくマッポもヤーサンも似たようなものじゃないかと思う。
上の命令はいっさい考えずに絶対服従。
ポリは昇進試験を受けないと上にあがれないが、スジモンは違うらしい。
いかに人を裏切って騙して大金をせしめるかが極道の成り上がり方とのこと。
上納金を積めば積むほど極道社会で出世できるという。

チンピラ極道の第一歩はヒモになることだという。
おのれが働かずに女に食わせてもらうことからヤクザのシノギが始まる。
ヤクザな商売へのあこがれを強く刺激された。名著ゆえ星五つ。☆☆☆☆☆

「おもしろくて、ありがたい」(池波正太郎/PHP文庫)

→時代小説家の名言集。
池波正太郎氏のエッセイは好んで読んでいた時期があり、
とりわけグルメに関するものはかなり愛読していた。
しかし、どうにも時代小説が読めない。本当に文盲のごとくに読めないのだ。
よって、このような抜書きを集めたものは、わたしにとって「おもしろくて、ありがたい」。
時代小説を書いていて氏はつくづく感じたことであろう。
なにをか。人間の生き方なんざ、むかしから大して変わっていやしない。
自分の死後50年が経過しても人間などしょせん戦国時代から一歩も進んでいるものか。
どのみち人と人はうまくゆかぬ。人は争うようにつくられている。なぜか。

「人というものは、物を食べ、かぐわしくもやわらかな女体を抱き、
そして子をもうけ、親となる……つまり、そうしたことが渋滞なく享受出来得れば、
もうそれでよいのじゃ。しかし、それがなかなかにむずかしい。
むずかしいがゆえに世の騒ぎが絶えぬ」(P19)


むかしからけっこうなかなか妻子を得るだけでも男には難業だったのだろう。
それだけでも男の仕事としては十分にやりがいのあるものだった。
事実かどうかはわからぬが、時代小説家の池波正太郎氏はそう考えている。
いったい信長や秀吉、家康はどのようなことを考えていたのか。
彼ら豪傑とてわれらとそう変わらぬという信念から作家は時代小説を書く。
戦国時代の名将の現実認識とて、おそらくこれしきのものだったのではないか。

「現実の進行は、すべての予想を裏切る。
これも、六十余年を生きてきて、はっきりとわかった。
予想なんていうものは、当たったためしがない」(P28)


どういうことか。秀吉も家康も、綿密な人生計画を立てていたわけではない。
そんな画策をしていたら、すぐに信長に見破られて切り捨てられていた。
秀吉とて家康とて、人生が狙ったとおり、思ったとおりになったわけではない。
むろん、信長が人生から裏切られたのはいうまでもないが。
彼ら戦国時代の武将はどう生きていたのか。

「だからね、行く手の望みだけが目に映っていて、
そこまでゆく過程というものを全然考えないでやる、
そういうのは結局どうにもならない。毎日まいにちの積み重ねなり、
そのときどきの生きがいというものが積み重なって、
実力がそこで知らず知らず蓄えられて、それが機会を得たときに花開く、
そういうものですからね。
秀吉の場合も、家康の場合も、みんなそうなんだ。
現代でもみんな同じだと思いますね」(P150)


「現実の進行は、すべての予想を裏切る」ということだ。
表現を変えたら、人生は思うようにならない。思いどおりにいかないのが人生だ。
これは一種の諦観だが、同時に希望でもあるのである。
なぜなら現実の進行は、かならず予想を覆すのだから――。

「死ぬつもりか、それはいけない。
どうしても死にたいのなら、一年後(のち)にしてごらん。
一年も経てば、すべてが変わってくる。
人間にとって時のながれほど強い味方はないものだ」(P26)


死ぬこたあない。死んだらもったいねえ。

「人生の苦難に直面した男が求めるものは、酒と女にきまっている。
この二つは、それほど男にとって貴重なものなのだ」(P29)

「ぼくがいつもいうように、結局は女なんだよ。
男にとっては女。女にとっては男。
それによって、どうにでも変わって行くものなんだ、両性の運命というものは。
これは本当だよ」(P177)


このように語る池波正太郎氏は、解説の元担当編集者によると、妻を殴る男だったという。
妻を殴ったことを誇りさえする亭主だったとのことである。
女房は「いってきかせてもわからぬときには、張りとばす」――。
「乱暴なようだが、男と女がうまくやっていくには、これが一番なんだ」――。
そう作家は、真剣に若かりし編集者の眼をのぞきこんでいったという。
「女を張りとばす」は、たしかに現代すっかり忘れ去られた「男の作法」である。
「男の作法」を真似したいと思っているわけではないことを強調して断っておく。

「王様の速読術」(斉藤英治/ダイヤモンド社)

→変なことをいうと、速読の本ほど早く読める書籍はないよね。
なんでみんなそんなに速読なんかしたがるのかな~。
きっと情報社会に踊らされて勘違いをしているのだろう。
情報なんてさ、ぜーんぜん大したことないわけ。
なぜなら、ビジネス情報というのは究極をいえば決断を遅らす役目しかないわけだから。
いくら情報を仕入れても、未来は不確定だから(一寸先は闇!)、結局は賭けになる。
情報をたくさん集めれば未来が見えるというのは錯覚に過ぎない。
さらに情報に頼ればそのぶんだけ自分の動物的な勘が鈍ってしまう。
未来は人間にはぜったい読めないという唯一解を、
恐ろしいことに情報は忘れさせるのだから。
速読志願者はみなさん詐欺に遭っているようなものではないかしら。
なにに騙されているのか。これよこれ!

「簡単に言えば、読書とは、人生の成功者になるための方法なのだ」(P24)

はい、ウソです。証拠はおれを見ろって、おれおれおれ。
けっこう読書はしているつもりだが、ひとかけらの成功も味わったことがない。
速読の技術だっておれは持っている。
本書じゃ1冊30分の速読をすすめているようだが、おれが本屋に行ったらすごいぜ。
新書だったら1冊15分で立ち読みすることが可能。
しかーし、人生は失敗の連続。挫折落選ばかりの下り坂どん底人生航路。完全ダメ中年。
あと、こうなったら詐欺商法をぜんぶあばいておこう。
速読した内容をブログ等でアウトプットするといいとかいうのもウソだから。
これまた証拠はおれおれおれ。
そもそもさ、考えてみようじゃない、だれがあんたやわたしの感想文なんて読むわけ?
アウトプットしたら報酬があるとかウソウソまっかっか。
ぶっちゃけると先月のアマゾン広告報酬なんて500円にも到達していないからさ~。
ブログに自分の考えなんざ書くと悪目立ちして、かえってネットでたたかれるよ。
完全失敗者のおれさまが宣言しておこう。
速読もブログも成功には意味なし。証拠はおれを見やがれ。どうだ見たか。

「多読術」(松岡正剛/ちくまプリマー新書)

→自分が読んだ本の他人の感想を知りたくてネット検索すると、
たまに松岡正剛氏の有名なブログがヒットすることがあった。
そのほとんどは超長文で意味も取りづらいので最後まで読んでいない(すみません!)。
このため著者の印象はあまりよくなかったのだが、本書はすいすい読むことができた。

音読から黙読に変わったのが14~16C以降というのが興味深かった。
つまり、それ以前の読書はすべて声に出していた。
変化した契機は活版印刷の普及。
この印刷技術が広まるまえは、いちいち音読しながら書写されていたという。
たしかに音読から黙読への変化は「文明文化の大事件」だと思う。
音読は全身体的だが(著者と身体で通じているが)、黙読は視覚しか用いていない。
声の力というのが無視されて久しいのだろう。
わたしはセミナーが嫌いで(面倒で)読書のほうが好きだ。
だが、たまに好きな脚本家の講演会に行くと、得られるものが読書とは段違いなのだ。
もちろん、それはその作家を異常なほど好きだから、
こういう現象が生じるのだろうけれど。
黙読の普及によって、言葉は身体から離れたという見方は新鮮だった。

いまは検索社会で、ネットで検索したらすぐにピンポイントで回答が出てきてしまう。
このため人間にとってもっとも創造的である連想力が落ちているという指摘もなるほど。
読書の場合、問いからスタートしてもなかなか答えに行き着かないから、
そのぶんいろいろなことを考える(連想する)のである。
ところが、ネットで検索してしまうと、無駄なく効率的にゴールに着いてしまう。
とはいえ、新しいものの創造は連想によって生まれることを考えると、
無駄を省くことはかえって豊かなおもしろみを失っていることになる。
読書は無駄に過ぎず、にもかかわらず、ではなく、だから読書はおもしろいのかもしれない。

「差がつく読書」(樋口裕一/角川oneテーマ21)

→小論文講師から人気作家、大学教授にまで成り上がった樋口裕一氏の読書術。
わたしも高校時代に著者の小論文参考書を読んだ記憶がある。
言葉はたいへんよくないが「チョーク芸人」上がりなだけに、
本書もとてもわかりやすく、かつよくまとめられているように思う。
著者は運よく(努力もあるでしょう)人気作家にして大学教授になることができたが、
そもそも予備校講師という人種はもっと評価されてもいいのではないか。
知識量でいえば大学研究者もチョーク芸人(予備校講師)も大して変わらないのである。
だとしたら、ものをわかりやすく説明できる芸人さんのほうがよほど偉いと思うのだが。
経験でものをいえば大学教授よりも予備校講師のほうが何倍も魅力的だった。

本書はあまたある読書術同様に「効率のよい読み方」を教えるものである。
むろん、著者も読書行為自体が快楽であることはよくよく知っているのだ。

「読書というのは、覗きの快楽にほかならない。
だからわくわくするほど楽しい。どきどきするほど後ろめたい」(P115)


とはいえ、読書の快楽を説いた本など書いても売れるわけがない。
編集者から求められているのも効率的読書法である。
そのうえ成功してしまった著者は、忙しくてもう快楽的読書をする暇がない。
以上、3点の理由から本書が生まれたのだと思われる。
いちばんおもしろかったのは読書法「アリバイづくり読み」である。
成功者の著者はたくさんの書籍を献本されるらしい。
しかし、ぜんぶ読んでいたらキリがない。とはいえ、読まなかったら失礼に当たる。
そこで編み出されたのが樋口裕一式「アリバイづくり読み」だ。
「効率のよい読み方」とは、とどのつまり、いかに読まないかである。
「アリバイづくり読み」はこうすればいいらしい。
わたしも万が一成功して多忙になったときのためによく覚えておきたい。
1.著者の経歴を知る。
2.前書きと後書きを読む。
3.目次を眺める。
誤読かもしれないけれど、これが樋口裕一式「アリバイづくり読み」である。
たいへん参考になったことを記しておく。

「病気をよせつけない生き方」(安保徹・ひろさちや/ぶんか社文庫)

→たとえば宗教ライターのひろさちや氏は、
ハンス・セリエというカナダの学者の言葉だとして、
「ストレスは人生のスパイス」だと主張する。そのうえで――。

「ストレス、つまり、スパイスは多くてもいけないし、
少なすぎてもいけないということです。
ところが、今は何でもストレスは悪いというようになってきました。
ストレッサーは、気圧の変化、寒冷、騒音などの物理的なものと、
感情、人間関係などの精神的なものに大別されます。
このストレッサーは、適量であれば、生きる力になるし、
過剰な場合には、生体に歪みを生じさせます」(P126)


とカナダの学者の主張だか持論だがわからぬものを紹介する。
正直、あんまり説得力を感じない方もおられるのではありませんか?
ならば、免疫学が専門の安保徹医学博士がこういったらどうか。

「あまりリラックスし続けても健康が害されます」(P120)

「肉体的な病気も同じです。無理することで起こることも多いのですが、
ほとんど体を動かさないとか、おいしいものを食べて家のなかにいると、
無気力になってしまって病気になってしまうこともあるということです」(P121)


つまり、「ストレスは人生のスパイス」――。
ほどよいストレスはむしろ人生にあったほうがいいという主張である。
新潟大学医学部教授の安保徹氏の言葉なら信用できるというのが、
人間のおかしくも哀しいところであり、
医者の存在理由はこのためにあるといっても過言ではないのかもしれない。
医学博士の保証を得たうえで、ひろさちや氏は続ける。

「安保先生は、セリエの考え方をさらに医学的に、
自律神経緊張が引き起こす免疫システムの変化を立証することで、
病気の原因が、セリエ流にいえば、ストレッサーの過剰、
つまり無理な生き方をすることにあることを突きとめられたのです」(P127)


ほどほどのストレスはいいが、極端なストレスはよくない。
過剰なストレスが人を病気にする。
つまり、無理な生き方をするから病気になるという理屈である。だから――。

「極端な話ですが、あらゆるものがストレッサーになります。
たとえば、私はおいしいものはどんどん食べたほうがいいと思っています。
長生きするために、健康食など、うまくないものを食べる必要などありません。
むしろ、カロリー計算や栄養素などをあまり気にしすぎて
ストレスになっているような気がします。
情報過多によって人間の心が惑わされているのですから、
情報社会そのものが、ストレスの温床になっているのです」(P127)


ふたつの考え方があるということだ。
1.数字(摂取栄養素、血圧、採血結果)の異常が原因で病気(肉体的苦痛)になる。
2.ストレスが原因で病気(肉体的苦痛≒数字の異常)になる。

こうして書いていてふと気づいたのだが、
現代医学は肉体的苦痛をともなわないただの数字の異常をも病気と診断している。
数字が平均と違うというだけで病人にされ治療されてしまう。
現代の健康情報はほとんど数字にまつわるものばかりである。
健康情報に踊らされると、病人がどんどん増えるばかりということか。
ならば情報社会が病気をつくるという、ひろさちや氏の主張は、
ストレスうんぬんを抜きにしても正しいような気がする。
どうして病人を増やさなければならないのか医学博士の安保徹氏はいう。

「医療制度も考えなければなりません。今から三〇年ほど前、
各県に医大がつくられ、多くの医者が誕生しましたが、
医者が一人増えると、その医者の生活を保障しなければならず、
結局は、医者の数と医療費の増大が正比例してきました。
医者が受け取る一定の収入を保証することが前提になっていますから、
薬価が下がれば、今度は検査の部分でそれを補うという構造にもなっています」(P76)


検査を増やして数値異常者=病人を多くつくらないと、
医療従事者が食い詰めてしまうというシステムになっているのかもしれない。
それを踏まえて、ライターのひろさちや氏はいう。
「あるがままが最高の養生だ」「病気は放っておくのがいちばんいい」――。
ううん、あまり説得力がないかもしれません。
では、安保徹医学部教授の言葉だったらどうか。
安保医師は「しょせんは人間も自然の一部」(P214)との前提のうえで、
医者が病気を治しているのではなく、
人間は自然の流れで(朝と夜や晴れと雨の循環のように)
病気になったり回復したりしているのではないかというのである。

「自然の流れと同じようなことが体内で起こっているとすれば、
自然界からは多くのことを学ぶことができます。
自然はそんなに脆(もろ)くはありませんから、
嵐が来てもまた元通りに収まります。
多分、病気もそうかもしれません。
生きていくなかで一〇〇〇回も病気をしているうちに、
元に戻らないことが起こると死が訪れるとも考えられます。
この一〇〇〇分の一が早く来ると死ぬし、
遅く来れば、運よく長生きするといってもいいでしょう。
別の言い方をすると、ニコニコできる楽しくて穏やかなときと、
痛めつけられて炎のように発熱するときといったようなことを繰り返しながら、
なんとか生きながらえて寿命を全うするというのが
人間の自然の流れではないかということです。
このように考えると、そもそも「病気が治る」という言い方が適当かどうか
疑問も起こってきます」(P162)


もし上記の安保医学博士の説が真実であるならば、
宗教ライターひろさちや氏の病気への向き合い方も
それほど誤りではないということになろう。
つまり、それは――。
「あるがままが最高の養生」で「病気は放っておくのがいちばんいい」のかもしれない。
もちろん、口では(筆では)こう主張しながらも、
ひろさちや氏とはいえお医者にかかっているのだが。

「捨てちゃえ、捨てちゃえ」(ひろさちや/PHP研究所)

→宗教ライターひろさちや先生の教えだから「拾え、拾え」かと思ったら、
「捨てちゃえ、捨てちゃえ」ときたもんだから泡食ったぜ、ぼくも。
いまあまた出版される成功本の教えは「拾え、拾え」である。
チャンス、人脈、金脈、情報を人よりも多く「拾え、拾え」という。
でもそう、人は拾ったものをかならず百%失わなければならないのである。
そして、失うのはとても苦しい。
ようやくたどり着いたポストも定年になったら手放さなければならない。
10億の資産があるということは、それをいつか失うということだ。
運よく最後までキープした守銭奴も死に際しては全財産を放棄しなければならない。
だれよりも美しく優しい妻と死別する悲しみはどれほどか(ああ、結婚しなかったら!)。
幼児教育をして有名大学まで行かせた息子があっさり交通事故で死んでしまったらどうだ。
「拾え、拾え」の行き着く先は、失う苦しみ、手放す悲哀を増大させるだけなのである。
だから、ひろさちや氏は「拾え、拾え」ではなく、「捨てちゃえ、捨てちゃえ」という。
そもそも持っていないものを失うことはできない相談だからである。
具体的にはどう生きよとひろ先生は仰せなのか。

「もっといいかげんに、もっとずぼらに、もっとちゃらんぽらんに生きましょうよ」(P21)

ひろ先生は実践しているのだから立派である。
本書はむかし新潮文庫で出版したものを焼き直したものらしい。
あちらが絶版になったから再利用したのだという。
タイトルを変えただけで新刊書にしてしまった。だが、これでいいのである。
なぜなら、ひろさちや先生のご本はどれを読んでも、ほぼおなじことが書いてある。
本書をタイトルだけ変えて違う新刊書にしても断らなければたぶんばれないと思う。
ぼくはいいかげんで、ずぼら、ちゃらんぽらんなひろさちやさんのファンといってよい。

「捨てちゃえ、捨てちゃえ」――不幸になろう。不幸はとてもありがたいのである。
病気になればこそ健康のありがたみがわかる。
金欠になればこそ金銭がもたらす幸いを存分に味わうことができる。
つまり、不幸だから幸福になれるという理屈である。
もとから五体満足の健康なものは自分の幸福を理解できないということだ。
小さいころからあらゆることに恵まれた資産家の子女は、
もっとも幸福から遠いといってもよい。

「不幸になったとき、一刻も早く幸福になりたいと、わたしたちは願う。
しかし、不幸があってこそ、はじめてわたしたちは幸福になれるのだ」(P223)


これは不幸になってはじめてなにが幸福なのかわかるということである。
足を骨折するまで人はただ歩けることが幸福だとは気がつかない。
ということは、足を骨折したからこそ、いま手を動かせる幸福を理解できるということだ。
目が見える幸福、耳が聞こえる幸福もおなじである。

「詩のこころを読む」(茨木のり子/岩波ジュニア新書)

→これほど評判のよい本を見たことがないような気がする。
アマゾンのレビューもぜんぶ絶賛している。
グーグルでいくら検索しても礼賛記事しか出てこない。
ここは周囲をお察しして、本当に思ったことは書くべきではないのかもしれない。
どうしてこんなに偏屈になってしまったのだろう。
みんながいいというものは断じて批判してはいけないのだぞ。
世間様を舐めたらいけない。
「あんたはおかしい」と狂人扱いされてもいいというのか。

茨木のり子さんといえば、わたしが高校受験をした時代の、
たしか国語入試トップ出題文章の書き手だったような記憶がある。
教育者が好む文章なのかもしれない。
この名著を読んで、どうして自分が詩を嫌がるのか少しわかった。
詩の教科書的な押しつけがましさを体質的に受け入れられないのだと思う。
大きな声ではいえないが、教科書の詩にケチをつけてはいけないという暗黙の了解がある。
名詩は名詩なんだから「正しく」味わわなければならない。
その味わい方まで強制するのが国語教育である。

茨木のり子さんが本書で取り上げている詩がいいのはわかる。
しかし、そのいかにもなよさに、うんざりしてしまうのである。
これがいいんだよ、ほかは許さないぜ、といった気概を、
著者の文章からのみならず引用された詩からも感じて、とても窮屈な思いがするのである。
おそらく十中八九わたしが間違っているのだろうが、
この本の左翼的ともいうべき世界観、人間観に反抗心がもたげてくるのはどうしようもない。
朝鮮人の旧友への自責の念(P128)、南京大虐殺への反省(P134)は
なによりも正しくて美しいのだから、
これを批判するものは地獄に堕ちなければならないのだろう。
一生懸命働く底辺労働者は絶対的に清く正しく美しいのだから(「便所掃除」)、
本書に対して異議申し立てするものは人間の根本が腐っていると見てよい。

みなさまとおなじように本書を激賞するべく、これから自分を磨いていこうと思う。
なぜならこの本のよさがわからないのは人間として未熟だからである。
一刻も早く正しい真人間になるべく、今後人間修行を怠らない所存でありまっす。
失礼しましたっ(と高校球児のように溌剌と脱帽する)。

「日本人とグローバリゼーション」(河合隼雄・石井米雄/講談社+α新書)

→異文化コミュニケーション講座の内容を書籍化したもの。
河合隼雄氏が日本人離れした突出した才能をお持ちであることは疑いえない。
氏の指摘によると、日本では目立つとかならず周囲から足を引っぱられるとのこと。
才人たる河合隼雄氏が、それでも日本で相当の出世をできたのは、
この心理療法家が日本社会のシステムをよく見極めていたからなのだろう。
幼稚な論客なら日本社会を批判して、はい、終わりでもいいのである。
しかし、大人(たいじん)河合隼雄は日本でなしとげたい仕事があった。
どうしても通したい、流布させたい考えを氏は持っていたのである。
ちゃぶ台をひっくり返して、問答無用、俺は偉いといってしまったら終わりなのだ。
河合隼雄氏の偉業とは、うまいようにちゃぶ台はそのままで、
自ら調理した独創的な料理を皿に盛りつけ、かつ日本人のまえに差し出したことだ。
そのためにはちゃぶ台、すなわち日本社会の構造をよく知っていなければならなかった。

日本社会とはいかなるものか。
すべては「和をもって貴しとなす」という言葉に集約されるという。
調和感覚こそ日本社会でもっとも重んじられる。

「つまり、「和をもって貴しとなす」というのは、
「こういう考え方だから、皆さん、一緒にやりましょう」というのでなく、
「考え方はどうでもいいから、皆さん、仲よくやりましょう」ということです。
だから、欧米人にしたら、まことに理解しがたいことではないでしょうか。
「八方丸くおさめる」なんて言ったら、それこそ怒りだしますよ」(P57)


わかりやすくいえば「まあまあ」の世界である。そこは、まあまあ。
まあまあ、まあまあ。そう事を荒らげないで、まあまあ、そこは私の顔を立てて。
あなたの言い分はごもっともですが、まあそこは、まあまあ。
「まあまあ」はどういう意味かといわれても、そこはまあまあ。
あなたも日本人ならわかるでしょ? わかってくださいよ、まあまあ、まあまあ。
日本人固有の「まあまあ」を河合隼雄は巧みに言語化している。
「まあまあ」とは「お察しする」ということらしい。

「日本の社会では「お察しする」ということができなければ、
日常的な社会生活は送っていけません。
この人をお察しし、あの人をお察しして、
全体のバランスを考えて発言するというかたちでみんながやってきています。
日本ではそういうシステムをつくってきていますから、
そのシステムに乗らない人は、
日本で生活するのはなかなかむずかしくなります」(P31)


河合隼雄氏いわく、日本で出世したかったら「お察しする」にかぎる。
生意気なわたしだが、河合先生のお言葉なら拝聴する。
これから「お察しする」力を磨いていかなければならないと決意する。
たしかにいままで「お察しする」のがへたくそだったと反省することしきりである。
具体的には「お察しする」とはどういうことか。
河合隼雄氏は実にわかりやすく「お察しする」方法を教えてくださる。
日本で「お察しする」とは「とりあえず、ビール」のことのようだ。
酒が嫌いでも出世したかったら、「とりあえず、ビール」。
ウイスキーがのみたくても嫌われたくなかったら、「とりあえず、ビール」。
「おれはビールは嫌いだから日本酒」ではなく、「とりあえず、ビール」。
なぜ自分の考えをいってはいけないのか。
どうして本当にのみたいものを隠さなくてはならないのか。

「自分が言ってしまうと、ほかの人を規制することになるから、
ここはとりあえずビールで場をつないでおいて、それからゆっくりと……
つまり無言の談合をはかりながらやっているわけですよ」(P113)


日本国の象徴といえば天皇だが、たしかにあの制度はよくわからない。
どうして天皇陛下が偉いのか突き詰めて考えてみるとわけがわからない。
しかし、日本国民なら天皇をあれこれ論じてはならないのである。
「どうして天皇は偉いの?」「そこはまあまあ」
「まあまあってなに?」「まあまあ、まあまあ、わかるでしょ?」
このようにしてお察ししなければいけないのだ。
河合隼雄氏の天皇論はこうである。

「「なにもしないけど、いる」という人がいないといけない。
みんなが尊敬する人がちゃんとおられて、だけど、なにもされない。
そういう方にいてもらわないと困る。これがうまく機能しているのが天皇制です。
日本の歴史を見てみると、天皇がパワーをもったり、
自分でルールをつくろうとした時代は、日本の国が全体的に荒れているときです。
そのために荒れたり、荒れたためにそうなったりしているときです。
国が平穏なときには、天皇制というものが
機能しないかたちで機能していると言えるのではないかと思います」(P26)


こと天皇制にかぎっては、世渡りべたのわたしもうまく乗っているのである。
なぜなら、天皇陛下をなんとなく、そこはかとなく尊敬しているからだ。
あとは「まあまあ」の感受性を鍛えること。
なるべく自分の考えをいわず、そのまえに周囲を「お察しする」こと。
河合隼雄先生から与えられた今後の課題である。

河合隼雄氏の恋愛論もまたおもしろい。
氏によると、男女間の恋愛も異文化コミュニケーションのひとつになるらしい。

「男女のあいだでは、
理解しあえないから好きになるということが起こっているんです。
なんでもわかったら、好きにならんですよ。
わからんうちが花というのを、一生のあいだ続けていくわけです(笑)。
だから、理解できなくても、好きになれる。
これも異文化のあいだでは大事なことです。
「理解できないけど、なんやしらん、好きやねん」というのが、
男女のあいだではよく起こっているわけです。
で、理解しあったあとは、別れることが多い(笑)」(P159)


文末の(笑)がなかったらちょっと洒落にならん真実を、
かの大学者はぽろっとさりげないことのように口にしている気がする。

「子どもの本を読む」(河合隼雄/講談社+α文庫)絶版

→200冊以上もあるという著作のなかでもかなりの名著になるのではないかと思う。
心理療法家の河合隼雄氏はごく初期をのぞいて事例を公開していない。
いうまでもなく職業上の守秘義務のためである。
心理療法の過程でどのようなことが生じて治癒にむすびついたか。
この経緯(いきさつ)は事例報告と呼ばれている。
ところが、氏は事例報告を公開しないため、
そこを攻撃して本当に心理療法は効果があるのかと疑問を呈するものも少なくない。
本書を読みながら、まるで河合隼雄の事例報告を聞いているような気になった。
物語のなかにおける作者と登場人物の関係は、
心理療法家とクライアント(相談者)の関係に近いという。
河合隼雄は本書のなかで「子どもの本」をどう読んでいるか。
物語に登場する子どもたちの声を(断じて批判することなく)深く聴いているのである。
深く人の声を聴くとはどういうことか。
子どもの話していない声、つまり、たましいの声まで聴くということだ。
おそらく河合隼雄は努力と天分があいまり、ほかにない耳を有していたのだろう。
氏は本来なら聞こえないたましいの声をも深く聴き取る耳を持っていた。

どうすれば、声になっていないたましいの声を聴くことができるのか。
まず「好き」になることだという。「好き」にならないとなにも聴こえてはこない。

「ともかく「好き」と感じた対象に対して、
ひたすらその世界のなかに沈潜してゆき、
他との関連についての配慮をできるかぎり少なくしてゆく。
このことこそ「たましい」に触れる方法ではないだろうか。
実際、このような方法によって、われわれは心理療法を行っているのである」(P42)


ならば、たましいとはなにか? 河合隼雄は明確に定義していない。
なぜなら定義できないところに、たましいの意味や価値があるからである。
これはこうと決めつけられないのがたましいなのだろう。
老人と子どもはどちらもたましいの世界に近いという。

「子どもはあちらからやって来たばかりだし、老人はもうすぐあちらに行くのだ。
すでに述べたように、子どもたちは大体は未来に目を向け、
大人になってからのことを夢見ているが、
時にたましいの深遠に引き込まれることがある。
そんなときに、この世のことに心を奪われている成人たちは
ほとんど助けにならず、多くの場合、
老人が――たましいの世界に近いものとして――よき理解者となるのである」(P89)


さて、河合隼雄氏は違った意味でのたましいの使い方もしている。
たましいが病んでいるとの表現のことである。
氏のもとを訪れるクライアントはたましいを病んでいることが多いという。
このときのたましいは、かなり明確に言語化されている。
たましいとは――。

「人間の心と体を結びあわせ、
人間を一個のトータルな存在たらしめている第三の領域」(P105)


心理療法家はたましいを病んだものとどう向き合うのか。

「人間は他人のたましいを直接には癒すことができない。
それはいくら手を差しのべてもとどかない領域である。
われわれはたましいのほうからこちらへ向かって生じてくる
自然の動きを待つしかない。
しかし、そのためには、その人をまるごと好きになることと、
できるかぎりの自由を許すことが必要なのである」(P106)


これは心理療法家のみならず物語作者の仕事でもあるのだろう。
具体的に河合隼雄氏はなにをするのか。なにもしないのである。
「まあ何とかなるだろうとしばらく黙って座っていたら」(P279)、
「解決というものは、いつも思いがけないところからやってくるものだ」(P223)。
待っていたら自然に変化が生じるのだというのである。
このことを別のところではこう表現している。

「人間はよく、あれかこれかという二分法でものごとを考える。
しかし、そのどちらが善か早急に判断せず、
その対立の中に身を投じつつ「第三の道」をまさぐることが、
もっとも素晴らしい解決になることが多い。
しかし、「第三の道」は常に容易ではなく、それが実現されるためには、
天地人すべてにわたる適切な配置と、「とき」が熟することが必要である」(P321)


「とき」が熟したら「第三の道」が開かれるという。
これはクライアントが治癒することとおなじであろう。
では、このとき生じた治癒=変化の実質とはいかなるものか。

「変化、それは何かが死に、何かが生まれることである」(P80)

時代区分としては河合隼雄の比較的に初期の著作のためか、
本書にはさりげなく心理療法家の事例報告めいたものが書かれている。
こういうふうに人は治っていくのだろう。自然に変化が生じるのだろう。

「ある登校拒否症の少年は、一匹の犬を飼い、これを溺愛していた。
しかし、ある日のこと、この犬は車にひかれて死んでしまう。
少年の嘆きは深く、犬のために母親と共に墓をつくり葬(ほうむ)ってやる。
さて、その後しばらくして少年は登校を開始するのである」(P80)


物語作者とおなじように心理療法家の河合隼雄氏もまた、
人間の声ならぬ犬の声でさえも深く聴き取る耳を持っていたのではないかと思われる。

山田太一ドラマ「キルトの家(後編)」を視聴する。
あなたの話をしよう。たましいの話ではなく、あなたの話をしよう。
早朝、6時まえにドアのベルが鳴らされる。
ドアを開けると、顔を知っている程度の老女が米を持って立っている。
3キロの米だ。老婆は「いじらしゅうなって」という。米をくれるという。
このときあなたは素直に「ありがとうございます」と受け取れるだろうか?
南空(三浦貴大)と南レモン(杏)は「ありがとうございます」と笑顔でいう。
とてもいいシーンだったと思う。しかし、あなたはあの真似をできますか?
恥ずかしながら迷惑だ。わたしは迷惑だ。
というのも、おそらくあれはふつうの米。
便利な無洗米の味を一度おぼえてしまうともうめんどうで米をとぐ気がしなくなる。
ずいぶん長く無洗米には抵抗してきたつもりだ。あんなもん、使うもんかと。
しかし一度買ってきたらもうダメ。米を洗うのでさえめんどくさくになってしまう。

南空と南レモンは笑顔で「ありがとうございます」と早朝3キロの米をもらった。
あげた老女もとても嬉しそうだった。
こういうのは奇跡である。通常ならありえない。
震災後の助け合いブームの渦中だったから成立したこと(ドラマの設定は2011年初夏)。
空とレモンが20代前半で世間知らずだったから、たまたまうまくいったこと。
このカップルが新婚旅行の最中に津波に遭遇しなかったら、この美談はなかった。
実際は物をもらうほど難しいことはない。

脚本家の山田太一氏も77歳になって物の見方がかなり変わったのだろう。
40代のころなら氏は断じてこのようなシーンを書かなかったと思う。
かつて脚本家は列車で同乗の人にバナナをすすめれらたにもかかわらず、
かたくなに断ったというエピソードをエッセイに書いている(「車中のバナナ」)。
知らない人からもらったバナナを食べる気がしない。
作家は老人から「いけないよ」と非難されたという。
「たしかに」と40代の作家はいう――。

「たしかに大人気ないのかもしれない。
私の態度が悪い、という人も少なくないだろう。
しかし、見知らぬ人から食べものをすすめられて食べるという神経には、
どこか他人というものをたかをくくっているところがあると思う。(中略)
人のその種の好意はなるべく受けたくない(いってみれば恩を着たくない)
というケチな偏屈もある」(新潮文庫「路上のボールペン」P158)


世間知らずのわたしは長いあいだ、この感覚がわからなかった。
人から物をもらうのが怖いという思いのことだ。

ドラマからそれるが「ちょっとね、スピーチ」――。「話しちゃうね、変な私を」――。
むかし山田太一ファンのオフ会に出たことがある。いい人たちばかりだった。
だから調子に乗ったのだと思う。
ある女性は新聞記事をわざわざコピーしてくれたのだった。
それから飲み会で「いいよ」という話になった。むかしのことだが、そう記憶している。
いいよ、いいよ、いつも山田太一講演会の内容を公開してくれるのだから、いいよ。
居酒屋の代金を払わなくてもいいよ、という話になった。少なくともわたしはそう思った。
たかだか二千円ちょいだから甘く見ていたところもある。
ところが、だ。
数日後、ネット掲示板で女性がわたしを常識知らずだと猛然と非難しはじめた。
金を払わないなんて、とんでもないやつだ。
図々しい。厚かましいにも程がある。調子に乗りすぎじゃないか。ふざけるな。甘えるな。
コピーをあげたのにお礼が足らないともいわれた。危険人物とまでいわれた。
ひたすら謝ったが、もう取り返しがつかなかった。
数日まえに笑顔で歓談した人がこうも豹変するのかと驚いた。
世間とはこういうものなのかと深々と思い知ったものである。
人間とは、怖いものだ。人の好意を安々と信じてはいけない。
軽々しく人から物をもらったり、酒をおごってもらったりしちゃいけないんだ。
後からどんなことをいわれるか知ったことではないのだから。

ドラマで橋場勝也(山崎務)が空に説教したことを学んだといってよい。
だから、あの山田太一ファンの女性にいまでは恨みなどまったくない。
むしろ、世間とはそういうものだと教えてくれたことを感謝している。
油断しちゃいけない。気をつけろ。
いつなんどきでも用心を忘れるな。うっかり他人に気を許すなよ。

「人はあんたのことなんか、なんとも思っていない。
やさしく一緒に心配してくれるとでも思ったのか」

「俺のことなんか人は知ったことじゃないと思っている」


エッセイ等からうかがうに、
これは山田太一氏の人生観、処世術といっても過言ではなかろう。
しかし、なのである。作家は77歳にして自然に変わったのか。
それともあの東日本大震災の惨事が、感性鋭い脚本家を変えたのか。
「キルトの家(後編)」は、ひたすら老人が若者に物をあげる物語なのである。
旅行先で津波を経験した空、レモンのカップルに老人たちが物と言葉の布施をする。
米3キロを義捐金がわりに空とレモンにあげたのは下田美代(正司歌江)。
元チンピラの野崎高義(上田耕一)、元公務員の沢田道治(織本順吉)、
二人の老人は居酒屋に空を招待してビールをご馳走するのである。
とてもいいシーンだと思う。三人は乾杯する。

高義「びっくりしたよ」
道治「ほんとねえ」
高義「津波に遭ってるとはな」
空「はい」
道治「えらいもんだ」
空「別にえらくは」
高義「そんなことはない。そういう目に遭うと人間は一段えらくなるんだ」
道治「自分じゃ気がつかないだろうが、少しマシな人間になっている」
高義「ああ、マシな人間になっている」


「本当になにもかもなくした人はそうかもしれないけれど」と謙遜する空である。
若者よ、負けるな、へこたれるな、
というように高義老人は空の肩をたたき、三人はもう一度乾杯する。
伊吹清子(緑魔子)は豚カツ屋で働くレモンに逢いに行く。
仕事の後、ちょっといいかなという。老人は若者にコーヒーをご馳走する。
このシーンもとてもいい。

清子「元気になって」
レモン「はい」
清子「他人の励ましなんて大ざっぱで役に立たないと思うけれど」
レモン「いえ」
清子「生きているとほんとに、浮いたり沈んだり」
レモン「そうですか」
清子「プライドばっかり高い貧乏な家に生まれて、結婚して、一息ついたら、
 主人が事故で、出張先で、あっけなく死んで――。
 一人息子つれて一緒になった次の夫は、
 ガンになって、お金ほどんど使い果たして――。
 息子はマレーシアに行ったっきり」
レモン「たいへん」
清子「ところが主人、保険に入っていてくれてね。死んだら思いがけないお金。
 ――いわないんだもの」
レモン「よかった」
清子「この先なにがあるかわからないけど、いまはホッとしてるの。――幸せ」
レモン「――そう」
清子「悪いこともあるけど、きっといいこともある。目先のことに慌てないで」
レモン「――はい」
清子「(レモンの手を取り、へこたれるなというように握り締める)」
レモン「――」
清子「――」 


どうしてみんな空とレモンに親切にしてくれるのか。お節介を焼くのか。
津波で二人は見たという。
生きたままのような赤ちゃんの死体、ぼろきれのようになった死体。
パチンコ屋も神社も、跡形もなく流され、残ったのはゴミの山。
身ごもっているレモンは「キルトの家」の老人たちのまえでこんなことを口にする。

レモン「急に来るんです。一瞬でなくなってしまうんだから、なにをしても無駄だって。
 生きていくのはたいへんだなって。
 あっという間に流されてしまうのに、ちゃんとやって生きていけるのかなって」


大丈夫、へこたれるなと老人たちは若者を励ましに行く。物を贈る。
元時計職人の河合秀一(北村総一郎)は二人にガラクタで作った置時計をプレゼントする。
「僕からのエールよ」
もしわたしがもらったら翌日にはゴミ置き場に持って行きそうな代物である。
しかし、物のない若い二人は笑顔で「ありがとうございます」とおしいただく。
いかに物のないことが人間関係を富ませるかよくわかるエピソードである。
さて、レモンはスナック「佐久」で元夫から新妻を見せつけられる。
たんかを切って「ここは地元だから、コーヒー代はこっちが持つ」などといってしまう。
スナックのママもまた若い妊婦のレモンに親切なのである。
コーヒー代金を負けてやるのだから。

「人はあんたのことなんか、なんとも思っていない。
やさしく一緒に心配してくれるとでも思ったのか」
一度はこのように空を叱りつけた勝也は二人に大きなケーキをプレゼントする。
物だけではなく、勝也は言葉も贈ろうとする。
しかし、大したことをいえる身分でもないと老人は自己を卑下するのである。
そうか、ケーキが大きすぎたか。
「私はね、一事が万事、こんなふうに過ぎたり足らなかったり、人生との折合が悪いんだ」
「口だけでね」と自嘲する。

勝也「学校をスペイン語で出て、商社に入って、ブラジルへ行かされた。
 あそこはポルトガル語だ。すぐに慣れるといわれた。二ヶ月で慣れたよ。
 するとすぐアルゼンチンだ。上司が私を嫌ったらしい。いいだろう。
 はじめからスペインじゃなきゃ、メキシコかアルゼンチンだと思ってた。
 ところが――いじめられてね。
 生意気だったから無理もないんだが、そのころは自分のせいだとは思わない。
 辞めたよ」


それから転々とした。パラグアイで日本語教師をやったこともある。
とはいえ、どこかで「俺の本当の仕事じゃないとも思ってた」――。
便利屋のようなこともやった。
チリで国際協力事業団に現地採用されたこともあった。
そこもえらそうな上司がいて辞めてしまった。

勝也「ずっと私は、この仕事は本来俺のやりたいことじゃないと思ってた。
 この先に俺にピタリと向いた仕事があると思ってた」
空「それはなんですか?」
勝也「恥ずかしくていえないよ」
レモン「でも聞きたい」


勝也は板金職人の空をほめたくなったのだという。
「私はあんたをほめようと思って来たんだ」
「そういうのはいいよ。板金一筋、そういう人生はいい」
勝也はレモンにも声をかける。一筋でいけよ。この男、一筋でいけよ。
以下、とてもいいシーンなので長いのは承知でぜんぶ書き写す。
「キルトの家(後編)」におけるもっともすぐれたシーンである。
老人と若者の交流がなんと見事に描かれていることか。

勝也「変えるなよ。この人で辛抱しろよ」
空「辛抱か(苦笑)」
勝也「辛抱は大事だ。私は辛抱がなかった。
 じっくり自分を一箇所に閉じ込めるというところがなかった。
 自分でもどうにもならない勝手なプライドがあって、傷つきやすくて、
 いつも鎧(よろい)を着て身構えて、気に入らないと飛び出した。
 私の人生、散らかったままだよ」
空「それで食ってきたってすごいですよ」
レモン「本当。辛抱しない人生一筋じゃないですか」
勝也「――おい」
空「はい」
勝也「自分をそんなふうに思ったこと一度もないよ」
レモン「悪口じゃない」
空「すごいっていったんです」
勝也「人と腹を割って話してみるもんだな。
 ちょろっと、こともなげに、私の人生をまとめてくれた」
レモン「気に障ったら」
空「すみません」
勝也「怒ってるもんか。わかるだろう? 喜んでるんだ。 若いやつはすごいな。
 人の目が怖いとばかり思っていたが、嬉しいじゃないか。
 俺、辛抱しない人生一筋だったんだ」
レモン「はい」
空「はい」
勝也「どうしてそんな簡単なことを自分では思えなかったんだ?」
レモン「さあ」
空「さあ」
勝也「人と深くつきあうことに臆病で、頭が固くなっていた」
レモン「えらいですよ」
空「すごいですよ」
勝也「軽くいうな。年寄りを舐めてはいけない」
レモン「舐めてません」
空「ちょっと聞いただけでも、滅多にない人生じゃないかな」
レモン「うん」
勝也「(深く打たれて満足げに笑う)ククク。
 (額を手で打ちながら)あんたらを励まそうとしたんだぞ。
 俺がほめられてどうするんだ?」
レモン「(笑う)」
空「(笑う)」
レモン「いいですよ」
空「いいですよ」
勝也「(お手上げというようにバンザイする)」
レモン「勝也さんはすごい(と拍手する)。いよっ」
  三人、笑っている。


人と人が交流するときの理想形がここに表現されているのではないだろうか。
現実には滅多にないのだろうが、実際にはありえないのだろうが、
それでも、もしかしたらこういう会話が交わされることもあるかもしれないではないか。
お互いを批判せずに肯定する。
言葉にすれば簡単なようだが、
人間にとって他者をありのままに、あるがままに肯定するのがどれほど難しいか。
だれかからありのままの姿を肯定されたら人はどれほど嬉しいか。
あたかも母親に抱かれる赤子のように――。
相手を抱きしめる。シナリオ「キルトの家」に何度も書き込まれたト書きである。
そのまんまの相手を認める。ぎゅっと抱きしめる。抱きしめてもらう。
いまのままでいい。あるがままでいい。変わらなくていい。
過去を振り返って後悔しなくてもいいんだよ。そのまんまでいいんだよ。

老人グループ「キルトの家」のポリシーを確認する。
「死ぬまで一人をつらぬく。助けを求めないで、若い人は助ける」
これを「おかしい」と批判するものがいる。
自治会で副会長をしている米川淑子(余貴美子)だ。
「どうして(助け合い)クーポンがいけないの?
みんなで助け合うのがなぜいけないの?」

「キルトの家」の発起人は桜井一枝(松坂慶子)。
だれも部屋に入れないことで有名である。
ある日、「キルトの家」に姿を見せないのを心配した
空、レモン、勝也は一枝の部屋を訪問する。
「入って」と一枝は三人を招き入れる。
三人はひと部屋に一枝の父親の衣服がずらりと並んでいるのを目撃する。
「話しちゃうね、変な私を」と一枝はいう。
2年まえに死んだ父のものを片付けられないのだという。捨てられない。
父のことは、好きではなかった。
6年まえに母が死んでからも、父は工場に嘱託として通っていた。
ガンとわかったときも静かなものだった。
自分の離婚とも重なり、通り一遍のことしかしなかった。
それなのに死ぬ数日まえに「ありがとう」といわれたのをおぼえている。
亡くなってからベッドサイドの引き出しから紙切れが見つかった。
そこにはこう書かれていたと一枝は紙を取り出す。

「私は一老人ではない。
血も涙もある
桜井慶一郎である」


娘は父親の遺したこの紙切れがしだいに重くなったという。
父、桜井慶一郎はだれかに怒っていたのは間違いない。そして、娘は思う。
「怒った相手は私じゃないかって」
自分は父を、どこにも他にはいない特別な人間として大事に思うこともなかった。
「自分の冷たさにぞっとする」と一枝は泣く。
それから変わったのだという。
「団地でお年寄りを見ると、
私は一老人ではない、誰々である、何男何子である、と内心いっている気がして」

一枝「アレルギーね。あの人もこの人も平等に、とかいわれると、
 どの人も十把一絡げにされたみたいで、違うだろうって思っちゃうの。
 一人ひとり違うだろうって。
 とくに一人住まいで仲間を作れなそうなひとを見ると――」
勝也「――」
一枝「声をかけたくなったの。父が見てくれているような気がして」


こうしてはじまったのが「キルトの家」である。
ところが、「キルトの家」は唐突に終わりになる。
まず人がいなくなる。老人がいなくなる。
あるものは息子夫婦の家に引き取られるという。
もう一人は栃木の老人ホームに入ることにしたという。
三人目は、いいお医者を紹介してもらったので横浜の病院に入ってしまうという。
そのうえ老人二人が仲たがいをして「キルトの家」に来なくなっている。
「おかしくない?」となにものかに抗議するのは若いレモンである。
「ばたばた5人もいなくなるなんて、そんなのあり?
だれかが仕組んだみたいに、こんなのおかしくないですか?」

レモン「こういうの、たまらない」
勝也「どうした?」
レモン「あっという間に5人もいなくなるなんて――。
 津波みたい。あの津波みたいに」
勝也「津波じゃない。年寄りはこんなものだよ。
 いつだれがどうなるかわからない。
 見えない弾が狙い定めず飛んでいるようなもんだ。
 腰に当たる。背中に当たる。胃や肝臓や頭にも当たる。胸にもな。
 大事な人もいなくなる。年寄りはこんなもんだ」


現実として「キルトの家」を終わらせたのは金である。現実は金、金、金!
いまのテレビドラマがまるで狂ったように「人生は金じゃない!」
と絶叫するのとは対照的に、山田太一ドラマは金銭の重みをしっかりと描く。
山田太一最後の連続ドラマ「ありふれた奇跡」において、
妻と娘を火災で亡くした中年男を最後に救ったのは仕事で稼いだ金であった。
偏屈な老人の理想郷ともいうべき「キルトの家」を終わらせたのも金である。
このスペースは、夫婦ともに入院してしまった家を好意から借り受けていたのだ。
元々はキルトの商店だったのである。
持ち主の夫婦がキルトを全部売却してしまった。
金のない老夫婦からただで家を使わせてもらうのはもう限界だと老人たちは気づく。

「キルトの家」は終わったが、対立する自治会の助け合いクーポンもうまくいっていない。
1回250円のクーポンを発行したものの、
ボランティアの数が圧倒的に不足しているのである。現実は、そんなに甘くはない。
250円程度の小遣い銭で、困っている老人を助けてくれる人はそう多くないのだ。
人間関係も甘くはない。人と人がそうそううまくいくわけがないのである。
元チンピラ極道の野崎高義は元公務員の沢田道治を一方的に慕っていた。
明るい高義はのんきにも道治のことを友人かなにかのように思っていたはずだ。
道治が腕を骨折してクーポン券を購入することに決める。
お節介にもついていってやる高義である。
ちなみに、以下のシーンはこのドラマでいちばんドキリとしたところである。
このシーンを描いてしまう脚本家はどれほど人間を厳しく見ていることか。
元気な高義老人は、自治会の米川淑子からこういわれる。

淑子「ボランティアやってよ」
高義「やってやるよ。クーポン券なしで、俺はなんでもやってやる。
 (道治に)あんたの世話は俺がするよ」
淑子「それはそれでいいと思う」
道治「俺はクーポン券にする」
高義「どうして?」
道治「合わないよ、あんたとは」
高義「それはないだろう」
道治「断ると怒りそうだからつきあっていたけど、私はあんたが嫌いだ」
高義「――」
道治「嫌いだ(と強くいい切る)」
高義「――」


あなたが友人だと思っている人も本心ではあなたを嫌っているかもしれない。
人間不信のかたまりのような脚本家にしかこのシーンは書けないと思う。
山田太一さんはどれほど低く人間というものを見積もっているのだろう。
人間を見通すその冷たい視線に空恐ろしさすらおぼえるくらいである。
しかし、脚本家は冷たいだけではなく、同時にあたたかい。
ラストシーンは「キルトの家」の元メンバー5人が所在なく、
公園でアイスキャンディーをしゃぶっている。節電の暑い夏だった。
そこに鯛焼きを6つ持った高義老人がやって来るのである。
道治老人の自転車を乗り回していることから、絶縁したのではないことがうかがえる。

「キルトの家(後編)」は最初から最後まで物について語られていたように思う。
人と人がつながるためには結局のところ物に頼るしかないのではないか。
このため老人はおそらく自身はそう食べたくもないであろう鯛焼きを6つも買う。
所詮、人間なんざギブアンドテイクなのだが、
しかしそこにしか救いのようなものはないのかもしれない。
そこに救いを見なかったら、人間も、現実も、たまらないではないか。
わたしが山田太一ドラマ「キルトの家」から感じ取ったメッセージである。
人間関係はめんどう極まりないが、それでもやはり鯛焼きを6つ買おうじゃないか。
鯛焼きを差し出されたらダイエット中でも笑顔で「ありがとう」といおう。
そんな関係はウソだといわれるかもしれないが、
たぶんおそらくそのウソのなかにしか救いはない。
「絆」という言葉は偽善くさくてやりきれないが、それでも人とつきあおう。
まずは偏屈な自分を愛することからはじめよう。
ドラマ「キルトの家」の起点は一老人の死である。
ならば、かの老人を真似てわたしも宣言しておこう。
ここからドラマがはじまるのなら――。

「私は一中年ではない。
血も涙もある
土屋顕史である」

「キルトの家」前編は山田太一ドラマにしてはやや低調かとも思われたが、
あれはすべて後編を盛り上げるための布石作りだったのであろう。
どうしてか「キルトの家」後編を見ながらずっと涙がとまらなかった。
だれも読まない感想を長々と書き連ねてきたが、
ひと言でまとめるなら、よかったになる。とてもよかった。本当によかった。
「キルトの家」も自治会も、どちらもうまくいかないのがよかった。
理想論でも正論でもダメなのである。
しかし「はじめたばっかりじゃない」と笑う二人の中年女性がよかった。
ドラマの終わりが終わりではなく、はじまりになるのがよかった。