「キクとイサム」(水木洋子/「シナリオ」2010年9月号/シナリオ作家協会)

→映画シナリオ。昭和34年度キネマ旬報ベストワン作品。
いつから左翼であることがプラスからマイナスに転換したのだろう。
水木洋子脚本をよく映画化する監督の今井正は堂々とした左翼であった(共産党員)。
この女性脚本家も根底にあるのは左翼的な価値観のようである。
貧乏ながら必死に生活する庶民は美しい。
それから戦争反対に差別反対の正義ぶりっこ。弱者礼賛もそう。
田舎のお百姓さんは知識こそないが本当の人間の生き方を実践していて美しい。

こういう左翼的ないささかゆがんだ価値観がいつからプラスではなくなったのだろう。
というのも、占領軍時代の黒人との混血児問題を描いた「キクとイサム」が評価されたのは、
シナリオの出来のみによってではなく、左翼への好意的な風潮も後押ししたからだと思う。
ホンだけを見たら悪くはないが、そこまでいいかと思うのもまた事実なのである。
黒人とのハーフである少年少女が苦難にもめげずスクリーン上で明るくふるまうのは、
観客の左翼的(えせ)正義感をたいそう甘く刺激したのではないか。
またそれがこの作品の高評価にもつながったと思うのだ。
おそらく左翼と貧乏はとても相性がいいのだろう。
逆にいえば貧乏でなければ、人はなかなか左翼的連帯感を持つことができない。
さらにいえば、貧乏を共有することで人と人がつながっていたいい時代があった。
結論づけると、時代風潮と持ち前の左翼的美感が適合したことにより、
水木洋子はいわば時流に乗るようなかたちで女性脚本家の草分けとなった。

さて、いま貧困、貧困と叫ばれているが、水木洋子のような作風は再評価されるのか。
否ではないかと思う。なぜなら貧乏と貧困は違うというのが理由になろう。
むかしは国民全体で貧乏を共有していたが、貧困はそうではない。
もうとっくに国民はバラバラになってしまったのだろう。
手垢のついた言葉でまとめるのはどうかとも思うが、
それがいま我われの生きている格差社会なのではないだろうか。
現代社会において貧困は共有するものではなく、むしろ蔑視や不安視の対象となる。
かつてこの国には貧乏を共有することで国民がみな映画館で感動できた時代があった。
その美しい貧乏映画のシナリオを書いたのが唯一無二の脚本家・水木洋子であった。

「ここに泉あり」(水木洋子/日本シナリオ文学全集9」理論社)絶版

→映画シナリオ。昭和30年公開作品。
「我が日本の地方における最初の職業楽団」の黎明(れいめい)を描いた作品。
戦後まもなくできた地方のプロ楽団を実際にモデルにしている。
夢と志を持った青年たちの物語である。
彼らの願いは、交通の不便な田舎にもクラシック音楽という文化を普及させること。
もちろん、食べるのさえたいへんな時代にこんなことをするのだから苦労の連続だ。
青年たちの夢と挫折、迷いと葛藤がユーモラスに描かれる。
夢を持った若者たちが無理といわれている難関に挑戦するお話は普遍的なのだろう。
もしかしたら戦後の日本民主主義からもっとも愛された筋書きかもしれない。
独裁者がいるのではなく、民主主義的に「みんなでがんばる」お話のことだ。
特徴は、夢や希望に向かって(ひとりではなく)みんなで前進すること。
日本人にとって民主主義は、「ひとりの意見」の尊重ではなく、
「みんなの意見」の最重要視を意味した。
この日本民主主義を美しく謳いあげたのが青春映画「ここに泉あり」である。

脚本家が書きたいことを書いているのがよくわかる。
ここを作家は書きたいのではないか、という箇所をメモしておいた。
先ほど映画のレビューをざっと見たが、まさしく客はそこで泣いているのである。
脚本家の書きたかったシーンで観客が感動して泣いているのである。
よく玄人ぶってこの映画のここが「うまい」などと饒舌に語るファンがいるが、
あれは最低ではないかと思う。やはり映画は感動するために観るものではないか。
知ったかぶって感動とは別の知的部分で映画を評価するのはアホだと思う。
とにかく脚本家の水木洋子は書きたいシーンを書いていた。
さらに、そこで観客は泣いていたということだ。
ならば映画監督にできるのは技術操作だけで、やはり感動は脚本家がつくるものとなろう。
ところが、映画ファンというものは監督から感動をもらったと誤解する。
いい悪いではなく、すべての手柄を監督が独占する仕組みに映画はなっているのである。
この不公平を解消するのはギャラなのだが、
水木洋子くらいになったらそれに見合う報酬をきちんともらっていたのだろうか。

感動シーンをひとつ抜粋しておく。
マネージャーの亀夫がひとりで引っ張ってきた楽団だったが、ついに解散に追い込まれる。
最後の演奏旅行ということで野を越え丘を越え僻地に出かける。
ぶじ演奏を終えた。子どもたちは喜んでくれた。最後にはみんなで合唱した。
帰ったら待っているものは――。

「○山の中腹
   帰途につく速水たち。
   雨上りの山間(やまあい)に浮ぶ虹の輪。
   子供たちの合唱が聞える。
   立ちどまる一同。
子供たちの声「みなさん、さようなら……」
   こだま――
亀夫「さよ……なら……」
   こだま――
亀夫「山奥の分教場へ帰って行くんだ。
 もう生の音楽を、きくことは一生のうち二度とないだろうって先生が云ってた……
 みんな炭焼か木樵(きこり)で一生を終るんだ……」
   合唱していく子供たちの姿は次第に見えなくなる。
   かすかに残る唄声――
   みんなは、じーんと耳をすます。
   涙をこらえていた亀夫、突然唸るような声を上げ、棒立ちのままむせび泣く。
   いつの間にか涙を浮かべている工藤。
   安藤だけは体力的に参ってしまっている」(P228)


ここまで彼らに感情移入してきた観客もここで一緒になって泣くのである。
皮肉をいえば、わかりやすい夢や困難があった時代の感動である。

「浮雲」(水木洋子/日本シナリオ文学全集9」理論社)絶版

→映画シナリオ。昭和30年度キネマ旬報ベストワン作品。
男女の色恋の綾がわかる中年にならないとこの映画はわからないようで、
ならこちらの理解に及ばないのはもうどうしようもないのだと思う。
おそらく一生、この作品はわからないような気がする。
それでもシナリオではなく映像がいい作品ではないか、との推測はつく。

腐れ縁というのか、妻が別にいるダメ男と美女がくっついたり離れたりを繰り返す。
まあそれだけの話なのだが、
識者はここに男女間の真実が描かれているなどと絶賛するのだろう。
やたら酒をのむシーンの多いのが印象的だった。
どうして戦後の退廃的な風潮のなかでしだいに堕ちていく男女を
美しいと錯覚するものが多いのか考えてみたが、人間はそういうふうにできているのかな。
自分ができないことに憧れを持つのが人間で、映画はいわば大衆の夢を描くもの。
そうだとしたら、元祖痛い子、不思議ちゃんである林芙美子の原作を映画化した本作が、
広く絶賛されるのもある種の必然なのかもしれない。
映画を観ないでシナリオだけでこのようなことを論じるのが失礼なのは承知しているが、
たぶん映像には最後までついていけないような気がするのでどうかお許しください。
(正直、いまどき白黒の映画を観るとか拷問じゃないかと思う)

絵画的な美しさを生来理解できぬ言葉フェチ(物語フェチ)のわたしは、
この作品のテーマとなるセリフを引用するにとどめる。
絵は言葉を消す効果を持つから、
あんがいこの映画の主題に気づいていないファンもいるかもしれないと思うゆえ。
しかし、映画ファンの多くがまったく脚本家を無視して作品を論じるのには驚く。
映画監督はいいとこ取りをできる絶対的なカリスマなのだろう。

富岡「疲れたのかい?」
ゆき子「……私たちって、行く処がないみたいね……」
富岡「……そうだな……どっか、遠くへ、行こうか……」
ゆき子「(思わず顔を見る)」(P127)


こうして男女は寄り添って堕ちていくのである。
まるで戦後復興していく日本の影絵のように。

「おかあさん」(水木洋子/日本シナリオ文学全集9」理論社)絶版

→映画シナリオ。昭和27年公開作品。
つごう5つ作品を読んだが、この「おかあさん」が水木洋子脚本の最高傑作だと思う。
映像でも観たいと思った。これはわたしにとって最高の賛辞である。

内容は「おかあさん」の正子(40)から次々に人が離れていく話である。
映画がはじまってすぐ長男(18?)が結核で亡くなる。
療養所から無断で戻り「母ちゃんの傍で寝たかったんだ」という長男は涙を誘う。
次に夫がこれまた病死する。過労がたたったことがセリフで示される。
それから生別である。
次女の久子(10?)が養女として伯父夫婦にもらわれてゆく。
クリーニング店を手伝ってくれていた夫の弟分という職人も正子から去る。
正子と職人はよく気が合ったのだが恋仲にはならなかった。
お互いが感情を抑制したのである。
正子は妹の息子、哲夫(8?)を預かっている。
この子も早晩、実の母親のところに戻っていくことが予想される。
レビューを見たらだれもがいいと褒めているのが長女の年子(18)の花嫁姿。
これは着付けの練習台になっただけなのだが、
遠くない将来における年子の嫁入りを暗示している。
年子はこの映画の語り部でもある(ナレーション)。
みんな「おかあさん」から去っていく。
テーマを「おかあさん」の正子の口から聞こう。

正子「辛抱しようね?」(P94)

そう、テーマは辛抱である。
息子が死んでも夫が死んでも黙って辛抱しよう。
娘が養女としてもらわれていくのも辛抱。
旦那を戦争で亡くした妹の息子も、かわいがって育ててあげよう。
みんなつらいんだ。みんな苦しい。人生は思うようにならないもの。
だから辛抱しよう。助け合おう。相手のことを思おう。
どうしてこの作品がこれほど感動的かといったら、
現代では失われた美徳、辛抱を描いているからなのだろう。
繰り返しになるが、人生は思うようにならないもの。なら、どうしたらいいのか?
うつ病になるでもなく、自傷するでもなく、自殺するでもなく、
「おかあさん」は明るく健気にも辛抱する。
みんなつらくてもこらえているのだから「おかあさん」も辛抱する。

甥の哲夫はおねしょの悪癖が治らない。
どうしてか伯母の正子といっしょに寝ると寝小便をしないのである。
哲夫は「おかあさん」の布団でさっそくすやすや眠ってしまった。
まだ幼い久子は不満である。川の字になった寝床で姉の年子にこんなことをいう。

久子「あたし、おさしみになりたいな」
年子「(顔をあげ)おさしみ?」
久子「だって、母ちゃん、おさしみすきだから沢山食べるでしょ?
 母ちゃんのお腹がふとって、あたしが生まれるでしょ?
 そうすると、だっこしておっぱいをのませてくれるでしょ?
 毎日々々あきるほどあたしをねんねさせて下さるでしょ?
 ほんとだったらすばらしいな」
年子「じゃ、おさしみになんなさいよ。早く……
 あたしが食べてあげるから……早くさ!」
   久子、急にシクシク泣き出す。
年子「母ちゃん。チャコが泣いてる……バカね!」
久子「だって、母ちゃん、哲っちゃんばかり……(泣く)」
年子「うわあい、甘ったれ……」
   母、チラッと振り返ったきり、
   そのまま、じっと考えこむように一点を凝視――」(P72)


久子は「おかあさん」が大好きなのである。
正子は無言である。なにもいわない。
そうして、おとうさんが死んでしまうと、その兄から養女の話が持ち出される。
まえまえからの約束でもある。
伯父夫婦は息子を戦争で亡くしてしまい淋しいのだ。
ある晩のことである。「おかあさん」が大好きな久子は今日も姉の横にいる。

「○正子の家
   夜更け――
   ひっそりとした中に、ここだけ洩れている店の灯り。
   正子が、仕事場で洗い物の整理。
   奥の寝床で眠っている哲夫。
「お母ちゃん」
   と、寝言。
   あとは何か食べているつもりらしく、口をもぐもぐと動かす。
   隣りの寝床にふさって年子は考えこんでいる。
   久子もじっと天井を見つめている。
久子「やっぱり行くわ。あたし……」
年子「どこへ?」
久子「伯父ちゃんの家へ……」
年子「え?」
久子「だって伯父ちゃんたち、淋しいでしょ。可哀そうだもん……
 母ちゃんだって可哀そうよ。私が行けば助かるのよ。
 うちだって今日、お米屋さん来たけど、母ちゃん、配給とらなかったのよ」
年子「バカね……うどんのほうが経済だってこと知らないの?
 バカ、ねえ、女のくせして……」
久子「うどんばかり食べてたら、母ちゃん、可哀想じゃないの!
 姉ちゃんだって洋裁学校、行きたいでしょ?
 あたしだって考えてんのよ、そうバカバカって云わないでよ!」
年子「だって、バカだからバカって云うんじゃないの」
久子「(急に大きく)何がバカよ!」
年子「バカよ! 行くなんて……」
久子「焼もち!」
   年子、いきなり布団の上からたたく。
久子「ぶったわね?(起き上る)」
年子「……(向きあって坐る)」
   睨み合う二人。
   年子、急に涙ぐみ目をこする。
久子「(弱く)泣き蟲……」
年子「承知しないから……行ったら……(手をふり上げる)」
久子「(急に泣き顔)母ちゃあん……姉ちゃんがぶつの……(手をあげる)」
正子「(疲れた顔を出す)まあ、床の上で叩きっこなんかするんじゃありません!
 猫みたいに手んぼふり上げて……綿がちぎれちゃう……」
年子「だって、チャコったら、伯父さんとこへ行くって云いだすんだもん……」
   正子、チラッと顔を動かし淋しい影――
   だが、やがて、さっと算盤をふって、珠をはじき出す」(P95)


いいシーンだよな。母や姉のことを思いやる久子がいい。
妹と別れたくない年子もいい。じっと耐えるしかない正子もいい。
しかし、なによりもやはり久子である。
とうとう久子も「おかあさん」のように辛抱することをおぼえたのである。
別れのまえに正子、年子、久子、哲夫は最後の想い出づくりに向ヶ丘遊園へ行く。
ここで泣かなかったら、そりゃ、あんた非国民だよ!
辛抱に辛抱を重ねたから、ここの行楽シーンが輝きを増すのだろう。
久子が伯父夫婦にもらわれていくところも涙なしにはとても観られない(読めない)。

「おかあさん」――。
日本が貧乏だった時代の感動物語である。
人がよく死に、不幸がありふれていて、きょうだいが多く、みんな辛抱した時代の映画だ。
人生は思うようにならないが、しかし、ではなく、だから、だれもが辛抱した。
実のところ時代がどれほど変わろうが、人生のありようは変わっていないのである。
現代においても、やはり、どうしようもなく、人生は思うようにならない。
だとしたら、我われは――。
「おかあさん」は「二十四の瞳」にひってきする泣きのドラマではないか。
ちかぢか映画を観てみようと思う。

*ちゃっかり広告を張ろうと思って調べてみたら、
成瀬巳喜男監督の「おかあさん」はDVDになっていない模様。
ところがさらに調査をすると著作権切れで千円DVDとして売られていたという説も。
まあ、ご縁があればどこかでめぐりあうでしょう。それまで辛抱するか。