「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」(鴨志田穣/講談社文庫)

→裏表紙の紹介によると、「笑って泣ける私小説」だそうだ。
アル中で精神病院に入院してガンの告知を受けるまでを描く。
たしかにウソを書いているから私小説なのだろうが、あまり感心する類の虚構ではない。
自分をよく書き過ぎているのである。自分を過剰にいい人のようにデフォルメしている。
しかしまあ、こういった方向のウソを書かなければならなかったカモちゃんの気持はわかる。
アル中でDVまでした本当の自分のひどさを正直に書いてしまったら、
おそらく自我が崩壊して廃人なってしまうのだろうから。
アル中というのは、酒をのんで泥酔したあげく失敗する。
目が覚めたらその記憶を思い出したくないからまた酒をのんで失敗する。
これを人の迷惑をかえりみず朝昼晩と絶え間なくえんえんと繰り返す。
ダメなのはわかっちゃいるけれどやめられないのが、
カモちゃんのような重度のアル中患者の特徴だ。
この小説の主人公は冷静に自分の病気と向き合っていて好ましいが、
おそらく実際のカモちゃんはまるで違ったことだろう。
勝手な推測だが、鴨志田穣の実像は、
日本文学史上のどの私小説作家よりもひどかったのではないだろうか。
現代のシンデレラボーイ、
芥川賞作家の西村賢太氏など目じゃない極悪人ぶりをやらかしたと思う。
そうなってしまうと反対に、
今度は自分を冷静な善人のように私小説を仕立て上げるのである。
人間の善悪と書くものの関係は、おそらくそういうふうになっているのだろう。

先月、自己新記録になる2週間の禁酒をしたのだが、その最後の晩に本書を読了した。
たぶんこの小説をどこかの新人賞に出したら鼻にも引っかけられないだろう。
だが、元妻の影響力により、文庫化どころか映画化までされてしまうのである。
抗議したいのではなく、商業出版とはそういうものなのだ。
もしなんでもいいから作家にあこがれるのなら、
いい文章を書く修行をするより、自分にハクをつける工夫をするべきではないか。
要は少しばかり世の中を騒がせればいいのだが、常識人にはこれが難しいのだろう。
デタラメとハッタリを振りかざしながら作家・鴨志田穣はよくやったと思う。

「この世でいちばん大事な「カネ」の話」(西原理恵子/理論社)

→人気漫画家サイバラの涙ぐましい成功ストーリーである。
読んでいて思ったのは、
まるで創価学会の会合や座談会で披露される体験発表のようだということ。
どん底の貧乏からいかに努力して成り上がったか、という物語だ。
不良(ワル)が成功来歴を得意気に語るという王道パターンを外れることはない。
これを読むと、いっとき(だけだが)底辺の人間でも成功できるような錯覚を得られるから、
口コミで大ベストセラーになったのだと思う。
もう出版されてかなり経ったいまならみなわかっていると思うが、
本著の愛読者で実際に成功したものはほとんどいないだろう。
ど貧乏な底辺の人間は未来を自力で変えられるという、
カロリーたっぷりでかえって不健康な砂糖菓子のような甘い嘘に飢えているのだ。
実家が周辺よりも比較的に裕福だったサイバラは、
そのことを皮膚感覚で感知したのではないか(P45)。

かなり皮肉な口調で斜めから論じたが、それでも本書は価値がある名著だと思う。
この本を読んでだまされているあいだは少なくとも幸福なのだから。
タイトルの主張する「人生でいちばん大事なのはカネ」というど真ん中の直球もいい。
まさしくその通り! 人生はカネだ! いちばん怖くて優しいのは人間ではなくカネだ!
どうしてサイバラが成功できたかと考えたら、カネがなかったからである。
貧乏の豊かさが本書には実にうまく描かれている(おそらく意図せずに)。
貧乏だからハングリーになれるのだ。
それから裕福の怖さも、
この本をよく読むとわかるようになっている(これまた著者の意図に反して)。
貧困だけではなく、金持になるのもまた怖いのである。

サイバラの旦那はヒモで自称写真家の鴨志田穣(愛称はカモちゃんで故人)。
漫画家はカモちゃんが結婚してからアル中になったと書いている(P222)。
しかし、これは優しい誤解ではないか。
わたしはカモちゃんの大ファンで著作をほとんど読んでいるが、、
彼はサイバラと出逢うまえから9割方アル中だったのではないかと思う。
ただ「いちばん大事な」カネがなかったから身体を壊すまではのめなかった。
ところが、裕福な人気漫画家サイバラと結婚したことでカネに不自由しなくなった。
このため、もとからアル中だったのが本物の病的な依存症患者になったのだと思う。
残酷なことを言うようだが、カネさえなかったら(=サイバラと結婚しなかったら!)
彼は42歳で死ぬことはなかっただろう。
しかし、カモちゃんにとってわがまま三昧に生きて早死にできたことは、
断じて不幸ではなくむしろめったにないたいへんな幸運であった。

かようにして貧乏も富裕も恐ろしいことが本書をよく読めばわかるようになっている。
まったく本当にカネは魔物だと思う。
無駄にあっても、なくても人間をダメにするのだから。
一般論(通念)として貧乏は不幸で、金持は幸福だと信じられている。
しかし実は正反対で怖いのがカネ余りで、豊かなのが貧乏生活なのかもしれない。

サイバラは本当にいい女だと思う。
彼女の好きな男のタイプはむかしから変わらないという。

「いまだにそういうところがあるのよ、わたしには。
世間が押しつけてくるルールなんて、どうでもいい。
俺は「俺ルール」で、ひとつ何かやらかしてやろうって人が大好きで、
おもしろがっちゃうところがある」(P35)


わたしはサイバラのような女性と結婚したいが、
いざそうなったら(幸福かもしれないが)人間として壊れてしまうに違いない。
しかし、サイバラはいい女だ。
サイバラのような女性と結婚できたカモちゃんは最高の幸運児だったのだと思う。
まったく疑いもなくそう思う。