「本の山 グリルパルツァー」の検索でうちにいらした方がおられます。
読んでいなくて、ほんとうにごめんなさい。
さっそく調べてみたらグリルパルツァー(1791 - 1872)はオーストリアの劇作家。
弟と母親を自殺で亡くしているとのこと。
戯曲収集家だから、うちには山ほど読んでいない劇作がある。
本の山に分け入り分け入りして、グリルパルツァーの戯曲をふたつ発見する。
「ザッフォオ」と「海の波 恋の波」だ(どちらも岩波文庫で現在は品切)。
もうひとつ邦訳されたのに「ウィーンの辻音楽師」があって、
幸いにもこの岩波文庫はいま市場に流通しているらしい。
前二者がおもしろかったら購入しようと思う。

人生で読書ほどカネのかからない楽しみはそうないのではないか。
とはいえ、うちのブログをお読みくださっているのは、
どうやらいわゆる読書好きではないようである。
むかしある人から「本の山」で読んでいるのは山田太一関連の記事だけだと指摘された。
すなわち、意地悪く解釈すれば、山田太一以外の記事なんか読むわけないだろう、バーカ!
いまなら、まあ、そんなものだろうと受け流せるが、当時はそれなりに傷ついた。
しかし、まったくそうなのである。
うちのブログをご覧になっているのは特定作家のファンが多く、
ただそれだけで、さらさら無名のわたくしごときに関心はないのである。
具体的にいえば山田太一ファン、宮本輝ファン、小谷野敦ファンが多いのではないか。

ならば、次回予告をしておこう。
最近読んだ小説は「異人たちとの夏」(山田太一)「錦繍」(宮本輝)。
どちらも再読である(いや、三読、四読はしているかな)。
それから「性と愛の日本語講座」「美人好きは罪悪か?」「『こころ』は本当に名作か」。
3冊とも「もてない男」で知られる新書ライター小谷野敦さんの著作である。
みなのもの、今年のアクセス、ありがとさん。どうか来年もよろしくってことだ。
幸福な人間ほど小さな不幸に目が行き、反対に不幸を強く感じるようになるのではないか。
不幸な人間は、逆に小さな幸福にも気がつくから、不幸を意識せずにいられる。
たとえば、この国にもカレーライスがご馳走だった時代があったのである。
カレーライスを食べられたら、いっときの幸福めいた感情を持つことができた。
いまでは2日連続カレーだったら、「また?」と不満に思ってしまう(2日くらいは大丈夫か)。
新しいレストランでカレーを食べても、別の店のほうがうまかったとがっかりすることになる。
結果、不幸な時代の人ほど幸福で、幸福な時代の人は不幸だという矛盾が生じる。
幸福な時代ゆえリストカットまでして不幸を作ろうとする少女の感受性は極めて鋭い。

いちばんいいのは幸福/不幸について考えないようにすることだろう。
このため、多くの新興宗教団体が信者を忙しい活動へといざなう。
苦悩者に考える時間を与えなければ、不幸であることを忘れていられるのである。
バリバリ活動していたら、悩む暇がないからとても健康的なのだ。
考えないこと! それが不幸を脱して幸福へと向かう第一歩なのだろう。
考えてしまうと、いろいろよくないことに気づいてしまうのだから。
うつ病になりたかったら、自分についてあれこれと考えてみるにかぎる。
しかし、人間は不幸でさえ味わうことができるのである。不幸の快楽がきっとある。
不幸に耽溺することもまた人生の豊かな味わいのひとつなのだと思う。
自称幸福な人間がどこか白痴的な面相をしているのはこのためではないだろうか。
いい機会だから書いておきましょう。
いまや日本一有名な作家ともいえる村上春樹さん。
もちろん、わたしだって読んでいますよ。
大学生のときに、ある女性が好きだというので、むさぼるように。
たぶん「スプートニクの恋人」までは8割がた読破しています。
しかし、いざ実人生で不幸に見舞われると、村上春樹さんどころではないのです。
「やれやれ」なんてのんきなことはいっていられません。
決して日本に大勢いらっしゃる春樹先生のファンをバカにしているわけではないんです。
人それぞれなのでしょう。
人生がまったくさまざまであるのとおなじように、読書傾向も多様なのであります。

おなじような作家に大江健三郎氏がいます。
これは実人生の不幸の後に、文学的権威に惹かれて片端から読みましたね。
なんせノーベル賞作家ですから。
しかし、いま思い返すと、ほんとうになんにも残っていないのです。
時系列的には古い村上春樹さんの(本の)記憶のほうがまだ残っているくらいです。
大江健三郎氏の作品はなにか深い意味がありそうでしたが、
にもかかわらず、結局は意味どころかなにも痕跡を残しませんでした。
批判する気にもならない文学者といえばわかってくださるでしょうか。

かの高名な村上春樹先生も、わたしにとっては大江健三郎的な作家です。
大江健三郎的な世界は意味過剰なくせに空疎なだけ。
まあ、宮本輝先生の芥川賞受賞作をぼろくそにけなしたのが、
当時選考委員だった大江健三郎先生なのですから、ある意味必然かもしれません。
宮本輝さんのことは不勉強ながらいろいろ書かせていただいていますが(政治家みたい!)、
大江健三郎なんぞに費やす言葉は一片もないということなのでしょう。
好きの反対は嫌いではなく無関心なのであります。
悪口をいうのは、関心があるからなのです。
おなじように大成功者の村上春樹さんの批判を書こうとしたことはありません。
強調したいので最後に繰り返しますが、
断じて大江健三郎先生や村上春樹先生のファンを低く見ているわけではないですからね。
べつにあなたが宮本輝先生や山田太一先生をバカにしていても、わたしは気にしません。
宗教ではありませんから。
期間未定、目的地不明の旅をしたことのある人なら同意してくれると思うが、
ふらふら異国を歩くことのなにが楽しいかといったら予定変更なのである。
あそこに行こうと思っていたのに、
突然のハプニングで行き先の変わるのがいちばん楽しい。
これこそ旅の醍醐味であるとさえ思う。
まっすぐはつまらないのだ。できるだけ道行きはまがったほうがいい。
もしかしたらこれは人生も料理もおなじなのかもしれない。
予定外のことが起こるから楽しいのではないのだろうか。
計画どおりに、いい学校、いい会社、いい結婚、いい子どもの人生なんか味気ないじゃん。
いやいや、人生のことはまだまだ若輩だからあまり大声ではいえない。
しかし、料理なら物申してもいいのではないか。
今日、クリスマスイブはカレー鍋にしようと思っていたのである(もちろん一人鍋ですよ)。
カレールーを入れて強引にカレー味にするジャイアン鍋だ。
ベースにするのは、はじめて食べる塩だし鍋。
ところが、作っているうちにこのままでもうまそうだと気づく。
予定をまげて、塩だし鍋として食べてみたら、これがとびきりウマーなのだから。
魚をメインにしろとレシピに書いてある鍋に、肉類ばかり入れたにもかかわらずこの美味。
まったく料理はなにが功を奏するかわけがわからない(ならば、おそらく人生も?)。
しかし、この鍋はうまい。
塩だし鍋というのが、こうもいけるとは知らなかったわい。いいクリスマスイブだ。
いまどうして日本が行き詰っているかといったら、
過剰に国民の声とやらを意識するからなのではないのかしら。
ぶっちゃけ「国民の声」というのは誤りで、正しくは「多数派の意見」。
みんな思っていることでしょうけれど、大衆なんてバカばっかじゃありませんか?
違うというなら聞きますが、あなたは両親が正しい政治判断をできると思いますか?
あなたの大嫌いな上司にも一票があることを疑問視したことはありませんか?
わたしなどは自分の政治意見でさえ信用していない。
ですから政治的発言はブログでほとんどしておりません。
なにせ天皇誕生日に天皇陛下をテレビで拝見して涙するような愚民ですから!
このため、ほかの人たち、いわゆる大衆も自分とおなじように愚かに思えてしまいます。
そんなバカども(わたしを含む)の声を参考にして政治をすれば、
日本がどうなってしまうかだれでもわかるでしょう?
これほどバカなわたしにでも日本の終了は見えるんですよ。
おいおい、老人をどうにかしろよ、と。
あ、でも、いまは老人が多数派ですから、国民の声は老人を守れとなります。
抗議したいのでもなく、革命したいのでもなく、
いったいこの先どうなるんだろうと下層民らしくほうけております。
ルンルン、楽しいな。いまが楽しければぜんぜんOK。メリークリスマス。
年寄りとして警告しておこう。
いま上のほうの人たちは、若者に恋愛をさせようと必死である。
たとえば、今クールのテレビドラマ「私が恋愛できない理由」。
次クールの「恋愛ニート」(なんと差別的なネーミングだろう!)。
批判したいわけではないのである。これが正しいのだろう。
かりに経済が大衆の消費に左右されるのだとしたら、
いちばん金を無駄に使うのは恋愛なのだから(ちなみに次は育児ではないか)。

恋愛なぞ恵まれた階級の男女によるほとんど無意味な遊戯だと早くばれないものか。
ツガイなんざ、手っ取り早く見合いをすればいいのである。
お互いの階級に見合った結婚をするのがもっとも仕合せなのだから。
自由恋愛なんちゅうものを神聖視するから、たいせつな金を吸い取られてしまうのだ。
だいいち、金を使わないと振り向いてくれない女ってなんだ?
いくらのメシでもどのみち変形するものはおなじなのだから意味がないではないか。
どれだけ金をコスプレにかけようとも、脱げば正体がばれてしまう。
ヘヘン、どんな期待をしようが、どうせ男なんてだれもそう変わらないぜ。
おそらく、女もそうなのだろう(……違うよね、男はそうでも女は違うよね!)。

あなたはほんとうの恋を知らないの!
こういうのは決まって女だろう。
もしくは女に媚びることを生きがいにしている男か。
金を儲けたかったら
女子供(おんなこども)を騙せばいいと発見した男は偉いのかバカなのか。
ああ、クリスマスイブの今日は朝からのんでいる(ウソでっす)。
数年前よりわたしを知る人から、最近丸くなったね、というようなことを言われた。
たしかにリードなしの犬に吠えられたくらいで飼い主と喧嘩するようなことはもうない。
「リードをするのが決まりじゃないですか」と穏やかにさとすくらいである。
それでもいま住んでいるのは、いわゆる下層民の多いところだから日夜驚くことが多い。
集合住宅だが、住民同士が出逢ってもあいさつをしないなど当たり前である。
わたしは性格がよいのであいさつして返事がこないと(これがよくあるのだ!)
もう一回そっくりおなじあいさつをすることにしている。
三回あいさつをしても返事が返ってこないと、こいつは本物だと嬉しくなる(おいおい!)。
住んでいる区の名前を書いてもいいのだが、
さすがに「下層民の生態」とタイトルに書いているから差別になってしまうのだろう。
このため正式名称は伏しておくが、都民ならみな顔をしかめるあの区である。
うちの区の都民は、携帯電話を見ながら自転車運転など当たり前なのだから。
なかには子どもを乗せた自転車でこれをやっている母親がいる。
こういう親にかぎっていざ事故に遭ったら、自分の非を認めないのだろう。
最強だと感心したのは、
両耳にヘッドホーンでかつ携帯電話を見ながら自転車を運転していた若者。
さすがに「危ないよ」と声をかけたが、もちろん声は届かなかった。
おとといのことである。
公園から歩道に出た瞬間、猛スピードの自転車と衝突しそうになった。
運転していた青年が怒鳴るのである。「危ないぞ!」
ウガガ、ガルル! 
このときは大人げなく沸騰しながら「おい、待て!」と自転車を追いかけたものである。
もし自転車がストップしていたら、果たしてどうなっていたことやら。
やれやれ、まだまだ下層民の生態には慣れないようだ。
いや、すっかりわたしも下層民の生態になじんでいるのかもしれない。
こういう本音を書いちゃうと出世に響くのかな。しかし、わからないのである。
有名人が亡くなるでしょう。
テレビで出演者が神妙な面持で哀悼の意を表するくらいならわかる。
一種のお約束で、悲しみの演技をしているわけだから。
だが、一般人が成功した有名人の死を嘆くのがどうしてもよく理解できない。
身もふたもないことをいうと、知らない人が死んだだけじゃない。
たしかにあなたは相手を知っているかもしれないけれど、
あちらはあなたなんか歯牙にもかけないような高みにいた存在なんだよ。
その人が死んだからといって、どうして我われが悲しまなければならないのか。
むしろ、死んでもほとんどだれからも顧みられない我われのほうが悲劇ではないか。
成功者の死は悲劇でもなんでもないと思うのだが。
四十代で死んだのならともかく、それ以上ならよくあるケースではないか。
老いた人が死ぬのは不幸ではなく、自然の理(ことわり)というものだろう。
誤解されたら困るのは、笑えといっているわけではない。
成功者が死んだら、手をたたきながらガハハと笑えと主張しているわけではない。
死者よ、ザマアミロ、オレはまだ生きている、勝った、と笑わなくてもいい。
しかし、そこまで悲しむこともないのではないのだろうか。
いわゆる成功者はあなたやわたしが経験したこともない、
とろけるように甘い人生の蜜をたっぷり吸っているのだから。
お世話になった人が死んだのとはまるで次元が違う話である。
有名人の死より、
市井の人のひっそりとした死のほうがよほど美しく悲しいと思うのはおかしいのだろうか。
ひとりおかしかったら非難されなければならないのか。
みんな一緒でなければならないのか。
速読、熟読、精読、立ち読み、積ん読といろいろな読書法があるけれども、
このところ価値を発見したのはパラ読みである。
何気なく手に取った本をパラパラ読んでみる。
これは時間に追われている忙しいビジネスパーソンにもおすすめの読書法だ。
人間の記憶力なんざ大したことがないのだから、
一度読んだ本でもすぐに忘れてしまうのである。
このためパラ読みするといい。
すでに一度読んだ本だから気負わずに文章と向き合うことができる。
そのうえ、なぜか偶然開いたページにオオということが書いてあるのである。
これはもうふしぎとしかいいようがないくらい、偶然がうまく働いてくれる。
なんとなく目についた既読本をパラパラめくるだけである。
かなりの確率で、アアと思う一文にめぐりあうのではないかと思う。

実はこのテクニックは未読本にも使えるのだ。
またの名を立ち読みともいうのだが、買おうか迷った本をパラパラめくるといい。
そのとき、ふしぎと該当書籍のキモとなる部分に目がいくはずだ。
意外と人間の直感というのはすぐれているのだろう。
パラ読みをすることで直感がその書籍の勘所を見破ってくれるのである。
結局、購入して通読しても、
いちばん影響を受けたのはパラ読み箇所だったということも大いにありうる。
フィクションの本でやったことはないが、実験してみたらおもしろいのかもしれない。
こんなくだらぬブログにも、どうやら熱心な読者がいるようなのである。
ごくたまにだが、わたしを「凄い人」や「怖い人」
と好意的に勘違いしてくださる方がいらっしゃる(実像は全然ですが……)。
もしかりに、わずかでもこのブログに魅力があるとすれば、
それを形作ったのは世間から忌み嫌われているふたつのものであろう。
そう、孤独と暇である。孤独と暇の結晶が「本の山」なのである。
孤独と暇は取り扱いを間違うと大痛手を食う危険物でもある。
(自虐めいた切ないことを書くと「本の山」などいい失敗例でしょ、あはっ)

たしかに孤独はいけない。絆はたいせつだ。仲間がいちばんだ。
たしかに暇はいけない。忙しい人は格好いい。時間は効率的に使わなくてはならない。
しかし、孤独もまたいいものだ。暇もまたいいものだ。
定期的に「本の山」をご覧になっている読者様は、
このふたつの悪徳の価値を認めてなくてはならないのではないか。
とはいえ、もうそろそろ孤独と暇に満腹しているのも事実なのである。
俗な社交自慢や、もっと俗な多忙自慢をしてみたいと思っていることを最後に白状しておく。
ないものねだりかもしれないけれども。
だらしないのである。ちっぽけな小物である。
だれのことかといったら、ほかならぬわたしだ。
これで結構、肩書にとらわれない自己イメージがあったのだから笑止というほかない。
しょせんはシナリオ学校講師の身にまとった権威の虚偽を見破るくらいだった。

肩書というのは、要するにだれから認められているか、なのである。
国から認められた医者や弁護士が偉いのはこのためだ。
複数の一流作家に認められた芥川賞作家が半年間威張れるのはこのおかげ。
(受賞者ゼロのため権威が1年も持続した西村賢太氏はつくづく幸運児だ)

「本の山」のアクセス数など微々たるものだが、
もし作者のわたしがなにやら賞をとったら注目度も大きく変わるはずだ。
賞をとるとは、偉いとされるだれかから認められること。
そのだれかがなぜ偉いのかといったら、
彼(女)もまたかつてだれか偉い人から認められたことがあるからである。
うまくこの「偉い」の連鎖にまじることが、出世の意味である。

そうそう、わたしは「もてない男」の小谷野敦氏から、
少しだけ認められたことがある。いや、あれは選考委員M氏へのあてつけかな。
それでも、とっても嬉しかったよ、小谷野さん。

http://yondance.blog25.fc2.com/blog-entry-2377.html

実に明快な作品解説である。ただ、二人の登場人物は、池田大作と宮本輝ではなく、戸田城聖と池田大作であり、もう一人のビルを建てた人というのは牧口常三郎であろう。強姦事件については、御木徳一をモデルにしたと思われる。新潮社の佐藤義亮はひとのみち教団の信者であった。 

 しかし土屋君は、文章がうまくなった。よくこれだけまとめられると感心する。

「猫を償うに猫をもってせよ」
http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20110212



これはまったくそうで、5年以上前の記事もブログには残しているけれど、
ご面倒でなければちらっとでもご覧いただければ、
現在との相違にみなさまも驚かれるはずである。しかし、出世はできなかった……。

話を元に戻そう。肩書にどうにもこうにも弱いのである。
先日、知らない人からメールをいただいた。
詳細はご迷惑になるといけないから書かないが、
何度かメールを交わした後に気づいてしまった。
ネットで検索したら、ありゃまあ、偉い人だったのである。
最初から検索しろという話だが、わたしはあまりこれをやらない。
理由は自分の名前で検索すると、誹謗中傷(ってほどでもないか)がヒットするからである。
さて、メール相手が偉い人だとわかって、どうなったか。
恥ずかしいくらいわたしの態度がころりと変わってしまったのである!
人間なんてみんなそんなもんだよ、という慰めはいらない。
わたしはわたしにかなりがっかりした。

肩書に屈しないのは人間であるかぎりなかなかむずかしいのだろうが、
できれば肩書のない人を認められる眼を持ちたいと思う。持ちたいもんだ。
結局、人生なんてコネしだいなんだよね。日本はちっとも実力社会なんかじゃない。
だれがどういうコネでという話はけっこう知っているけれど、いまだ出世欲が消えぬ身。
権力者ににらまれたら怖いので、とてもとてもブログには書けない。
というのも、うちはもう名前がばれているから。
シナリオ・センター関係者(社員? 生徒?)が、
わたしの氏名を悪しざまな紹介文とともにネット上に公開してくださった。
どうもありがとうございます。一生ご恩は忘れません。
さて、コネの話は書けないけれど、結局はコネだということは書ける。
さりげなーく河合隼雄さんがばらしているのを発見してしまった。
ちなみに、コネをいい意味にいいかえたら人脈になる。
河合隼雄氏いわく――。

「日本の場合、賞とかいうのは割合人脈関係がありますね」
(「文藝別冊 総特集 河合隼雄」P32)


さらにキラー河合隼雄はつづける。
「昔話と日本人の心」で大佛次郎賞をとったのは、たまたまコネ(人脈)ではなかったという。

「……いったん大佛次郎賞を受賞したということになると、
一種のステータスが出てきて認められるし、それから信頼感が増して、
たとえば昔話なんていうことを研究していてもいいのだという、
二重三重の意味があったのは大きかったと思います」(同)


賞のちからがいかにすごいか、である。
シナリオの世界でいえば、
天下のテレビ局社員も向田邦子賞をとった脚本家にはなかなか強く出られない。
山本周五郎賞までとっていたら、もうシナリオに口を出せないのだろう。
賞とは、肩書のことである。
結局あらゆる分野で、なにがものをいうかといったら肩書なのだろう。
その肩書(=賞)を得るためにはどうしたらいいか。
「賞とかいうのは割合人脈関係」なのである。
これから出世を考えている野心ある若者は、
ぜひぜひ河合隼雄さんのお言葉を重く受け取っていただきたい。
もう老いた身のこちらは、いま人生残念賞を狙っているところである。

(追記)
そう考えると、なんの肩書もコネもないわたしに、
かつてシナリオを依頼してくださったプロデューサー氏はものすごい勇気があったのだろう。
どうもありがとうございます。一生ご恩は忘れません。

コネといえば、S学会に入ったら人脈の宝庫なんでしょうね。入りませんが。
クリスマスだからといって、あんまり浮かれちゃいけませんね。
今年が最後のクリスマスという人も大勢いるのだろうから。
いや、だからこそ、浮かれ騒がなければならないのかな。
へんな話だけど、いまも難病で苦しんでいる人がいるわけで。
余命宣告されていて、来年のクリスマスは生きていないと家族はわかっている。
でも、明るく振舞ってクリスマスケーキ持参で病室に行く。
病人と病室で味わう小さなケーキの味とか、もう言葉にならないのだと思う。
不幸なんだけれども、不幸のおかげで(?)家族の絆を実感することができる。
かえって周囲が浮かれているほうが、病室のケーキの味は濃くなるような気がする。
うん、ならば、やはり、クリスマスはおおいに騒いでいいのだろう。

というのも、これをお読みのあなただって、
今年が最後のクリスマスになるのかもしれないのだから。
ほんと人間っていつ死ぬかわからないんだよね。
不健康の極みのような生活をしている人が元気でいる一方で、
清く正しい生活をしていた人がころりと死んでしまう。
これも深い次元の話までいくと、
果たして生きていたら幸福かという問題になるから、わけがわからないのだけど。
この歳まで生きて、ようく腹の底までわかったのは、人生の不可解と不公平ね。
ほんとうに人生は不可解で、人によって天と地ほど不公平である。
来世の存在が確信できてしまうほど、人生は不平等のひと言に尽きる。

思えば10年以上、クリスマスケーキってやつを食べたことがないな。
わたしだって今年が最後のクリスマスになるのかもしれないのだから、
きっちりクリスマスケーキくらい食べておいたほうがいいのかしら。
パンダのくせに雑食だから、甘いものでも酒がのめることだし。
しっかし、旬の高いクリスマスケーキはいやだな。
クリスマスが終わったらお節だよね。お節料理がスーパーに並ぶ。
あれ、どうしてか年末にはうまそうな気がするのだけれど、
年始に半額になってしまうと、だれがこんなまずそうなもん食うんだと思ってしまう。
それはもう年が改まるだけでこうも見方が変わるのかと我ながら驚くくらい。

話はロケットのように飛躍するけれど、
あんがい死後の世界から見たら今生の様相もすがたを一変させるのかな。
今生では歓喜のような体験が、死後は年明けのお節料理のようにみすぼらしくなる。
反対に現世での悲哀が、死後に一転して輝かしいものと変化する。
現世でうまくいっているものは前世のおかげ。
現世で苦しんだものは、かならず来世で幸福になれる。
そうだったらいいけど、こればかりは死んでみないとわからないから、なんとも言えない。
話がピンポン玉のようにポンポン行き交いましたが、まだ酔っ払ってはいません。
いまの独身独居男性の場合、
たぶん自炊するよりも惣菜を買ってくるほうが安くあがるのではないか。
そのうえ、いまはまずいものがないというくらい
あらゆる食べ物がうまくなっているから(私感)、味も惣菜に軍配があがるだろう。
にもかかわらず、どうしてよく自炊をするのだろうかと考えてみた。
わたしの料理はめちゃくちゃである。
そのときの気分しだいで好き勝手に材料や調味料を増減してしまう。
ふたつのタイプの料理人がいるのだろう。
レシピをかならず守る人と、そうではない人。
むろん後者だが、わたしはもっと進行していて、どうしてもレシピどおりに作れない。
レシピを強制のように感じてしまって、命令に逆らいたくなるのである。
みんなとおなじではなく、「自分の味」にしなければ気が済まない。
一方でレシピを忠実に守らないと落ち着かない主婦もいることだろう。

さて話を戻して、どうして片付けなど面倒な自炊が嫌いではないか。
答えは、おそらく一回一回、味が違うから、になるのだろう。
今日の味は一回限りで二度と狙って食べることができない。
つまり、一回性、偶然性の愉楽を料理から味わっているということだ。

今日はクリスマスイブ。みなさんはディナーをどうなさるおつもりでしょう。
恋人や家族と絆(笑←笑うなっ!)を確かめあいながらケーキなぞおつまみになる?
わたしは一人鍋だな。うん、今宵はカレー鍋にしよう。
クリスマスプレゼントとして、みなさまにヨンダ先生秘伝のレシピをお教えしよう。
なーに、むずかしいことはない。カレールーを入れてしまうのである。
やっすい寄せ鍋のスープを百円くらいで買っておく。
具材はありきたりな肉野菜でよい(白菜ではなくキャベツのほうがいいが、まあお好みで)。
さあ、そこにドボンだ。カレールーをドボンだ。量は、その場のノリに従う。
グリコの「2段熟カレー」は一個一個切り分けられるからおすすめだ。
あたまのよいあなたは、ふと気づくはずである。
あれ? これ、カレーじゃね? カレーとどこが違うのよ?
この対策としては、かならず豆腐を入れること!
豆腐が入っているカレーなんてないんだから、これはカレー鍋という理屈だ。
カレーは酒のつまみになりにくいが、カレー鍋は立派な酒肴であーる♪

では、みなのもの、恋人や家族とアツアツのイブを過ごしてくれたまえ。
おれも負けないぜ。今夜はカレー鍋で燃えてやる。
メリメリ、クリクリにやるつもりだ。さらばだ、諸君!
「方丈記」を読み終わる。
行ったことのない川の向こうに足をのばしてみようかと思った。
川の向こうには、小さな川がいくつかあった。
橋をふたつわたると、住宅街には場違いな新しいショッピングモールに出くわす。
以前バイトで通っていた南砂町にある建物のようだと思う。
ここにもカルディが入っていたので、入口であたたかいコーヒーをもらう。
バイト仲間だったNさんはいまどうしているのだろう。
むかし女性と六本木ヒルズに行ったことをはにかみながら自慢した九州男児のNさん。
2階の本屋に向かい、片端からテレビ雑誌を立ち読みする。
毎年の恒例行事。来年の占いを読むためである。
決まって年末には、来年の占いをすがりつくようにして読んでいる。
占いが当たったことは一度もない。
一誌に来年の下半期、12年に一度の幸運期に入るという記述があり涙ぐむ。
あれから12年になるのだと思う。
1階の生鮮食品売り場でさんまの刺身が半額だったので買って帰る。
電車で鉄橋をわたり、川の向こうからこちらに戻ってくる。
日本酒の熱燗とともに酒肴を頬張る。
今年最後のさんまになるのだろうとよく味わう。
夜半、目覚める。トイレでもどす。
胃腸系は強いので、吐いたのは4年前のブノンペン(カンボジア)以来だ。
また目覚めると訃報が入っていた。
亡母の血縁が死んだという。
もう逢うことはないのだなと思った。
冷たい美しさを持った人だった。


(後記)
この記事を書いてから酒を持って荒川に向かう。

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川の向こうを見ながら酒をのむ。

111217_1657~01

あっという間に日が暮れる。
以下、肝臓に心配のある飲酒者のほかは読んでもつまらないと思います。
自分のためだけにくだらないことを書いてごめんなさい。

生身のわたしを知る人にはとっくにばれていると思うから書いちゃうと、
2週間も禁酒したのは、えへへ、そう……当たりで、ドクターがうるさかったから。
いやまあ、一見すると無頼ぶっているけれど、
医者からガミガミ言われたくらいで酒をのまなくなるなんて我ながら情けない。
医師が問題にしたのは、酒呑みにはよく知られるγ-GTではなくALT。
どちらも血液検査で得られる数値。
ALTもγ-GTとおなじで肝機能の数値を示す。
やたら内科医が慌てている数値はALT106。
「肝臓そのものが……肝臓の細胞が壊れてきているのかもしれないよ」
「このままだと肝硬変になるかもしれない。最悪の場合、死んでしまうよ」
こう脅されたのは今年の10月。
酒量を問われたけれど、まあ、そこはみなとおなじで適当にぼかしておく。
肝機能悪化の原因を知りたいから、また来月採血をするとの告知。

無頼気取りだけど、根はチキンだから、かなりあせったな。
とうとう来たかという思い。
そのよくない数値も禁酒を4、5日した後の採血結果。
よし、やったろう、今度は1週間じゃない、2週間酒を抜いて検査に挑もうと決意。
その数日後だったか。区がやってくれた35歳検診の結果が出たのね。
ちなみに医者が問題視したALT106は9月に採血したもの。
35歳検診の数値は10月に検査した結果。
どきどきしながら結果を見たらALTは77なのである!
百以下はセーフとドクターは言っていたから、これならぜんぜんOKではないか。
そのときの医者にALT106はそんなに危ないのかと問うと、そうでもない様子。
想像していたけれど、うるさい医師とそれほどでもない医師がいるようである
しかし、どうしてだろう。
ALT106もALT77も事前に禁酒した期間はほぼおなじなのである。
だいたいどちらも4日ではなかったか。
ALT77の採血前には4日間、デパス(安定剤)をのまなかったのが唯一の相違。

それでもやはり一度決めたことは守ろうと2週間の禁酒を断行する。
最終日には律儀にも、これまでの血液検査の結果をすべてレポート用紙にまとめた。
「いつ死んでもいい」とか普段からふかしているのに、とんだ大法螺野郎である。
なんだか笑えませんか? 手書きで数値をこまごまとメモしているわたし……。
この過程で意外なことがわかる。
ALT106なら以前にも出していたのである。
3年前の2月にこの数値を出しているが、当時の医者はなにも言わなかったと記憶している。
さて、2週間禁酒しての採血である。
この日は超特急採血のため検査結果がその日にわかる。
2週間も禁酒したんだぜ! それはそれは期待しましたよ!

整理しておこう。
9月(禁酒4日)→AST(66)、ALT(106)、γ-GT(263)
10月(禁酒4日)→AST(43)、ALT(77)、γ-GT(196)
お医者さんが問題にしているのは「ALT」である。
さて、2週間禁酒して前日もデパスをのまなかった血液検査の結果は――。
11月(禁酒14日)→AST(37)、ALT(91)、γ-GT(139)
問題のALTは91!
驚くことに、2週間も禁酒したのに大して下がっていなかったのである!
それどころか4日禁酒時よりも悪化している始末。

がっかりのあまり、わたくし、お医者さんに食ってかかるような表情になる。
一方で、これまでかなり偉そうだったお医者さんが申し訳なさそうな顔になった。
「どうしてあんなに禁酒したのにALTが下がっていないんですか?」(逆ギレかよ!)
「ううん、どうしてだろうね……」
「おかしいじゃないですか!」
「でも、γ-GTがよくなっているじゃない。ほら、よかった」
「このくらい(舌打ち)」(態度わるっ!)
「これでも基準値よりは上なんだよ」
「これ以上は無理です! これでもう十分じゃないですか!」
「たしかに、まあ、優等生の数値だよね」
「ALTはどうしてなんですか?」
「お酒が原因じゃないってことかな……」
「そもそも10や20の数値に一喜一憂するなんておかしくないですか?
106も77も91も、そう大して変わらないじゃないですか!」
「いや……その……次回、もう一回検査してみよう」
「またですか!(怒気)」(ナニサマだよ、おいおい!)
「ごめんなさい。もう一回、見てみたいから」

2週間も禁酒した苦労がまったく報われず、とても怖い顔をしていたのだろう。
高学歴高収入のお医者さんに「ごめんなさい」を言わせてしまった。
酒をのまないとぜん息が悪化することを伝えたからかもしれない。
失意落胆よりもバカヤロウという感じだった。
2週間も必死で禁酒したのに、大して数字はよくなっていなかったのだから。
原因と結果ってなんだろうとつくづく思う。
身もふたもないことを言うと、血液検査の結果なんて「たまたま」じゃないのか!
「たまたま」の数字における、
50や60の(基準値からの)超過をそこまで問題視するのってどうよ!?
そもそも基準値からして、ころころ変わる当てにならないもののような気もするが。
ALT百以上がアウトと言うなら、わずか10や20の数字を問題にしているわけでしょ?
数字で人間の身体が完全にわかるものかいな。
もちろん、ドクターには言わなかったけれども、こんなことを思ったものである。

帰途、紀伊国屋書店で酒場ライター大竹聡さんの新刊文庫を立ち読みする。
ぱらぱら読んでいると作者のすてきな肝機能のことが書かれている。
まあ、おれの肝臓なんてまだまだ甘いもんだとニヤニヤほくそ笑む。
このときの笑みをはたから見たら、ものすごくいやな顔をしていたことだろう。
上には上がいるもんだと安心したのだから。

さあて、次回の血液検査はどうすっぺえか。
もう今度は2週間も禁酒なんてぜったいしないぞ。あんなもん意味がないんだから。
いちおう原因結果で考えたら理論上は4日のデパス抜き禁酒でセーフのはず。
最近やたらオルニチンを摂取しているから、これでなんとかは……。
そうそう、それに出してもらったお薬も肝臓にいいとか、なんとか。
まあ4日のデパス抜き禁酒で試してみるのも手かな。
ウォーキングを1.5倍に増やしたらあんがいOKのような気もする。
これで結果が悪かったらまた違う方法で数字を下げるべく挑戦すればいいのだから。
ある程度の節酒は心がけるが酒をやめるつもりはない。
なんとかうまく検査を切り抜けながら死ぬまで酒をのみたいと思う。
それにしても、たかが数字に振り回されるわたしはほんとうに格好悪い。
以下、自身のくだらぬ健康情報を書き残しておくのは、もっぱら後の参考のため。
後日ブログを検索すると自己の健康の推移がよくわかってとても役立つ。
とても人様にお見せするものではないので、どうか無視してくださいませ。

11月7~20日、2週間にわたって禁酒する。
理由は万が一にもお読みになっている方がいるかもしれないから秘密にしておく。
過去の最高は8日だから記録を大幅に更新したことになる。
覚えているかぎり当時の情報をメモしておく。

・やたらメシがうまくなる。なにもかもがこんなにうまいのかと感動する。
・レトルトカレーでいいと思っていたのにやたら自炊してしまう。
・精神鈍重、知力後退はいつものとおり。読書ままならず。
・デパス(安定剤)抜きで寝た日もあったが、やはり服用したほうが翌日は好調。
・1週間程度で酒が抜け知的活動が復活すると期待したもののかなわず。
・むしろ1週間経過したあたりから禁酒がつらく(バカらしく)なる。
・数日ほど、どうしようもなく飲酒したくなる日あり。
・とにかく甘いものがうまい。スーパーでの3割引の大福購入がなによりの幸福。
・睡眠のためコーヒーを飲まないようにしたが大した効果は見られず。
・よくないのだろうが食べた直後に眠れることが多い。
・やむなく食後の短時間睡眠で不調を補う。
・禁酒時にたまに見られる宗教的な法悦の自覚(錯覚)はこのたび得られず。
・禁酒期間中、通常なら暴飲する類の不運と遭遇するが酒に手を出すことはなかった。
・本は読めなかったが、かろうじて漫画は読むことができた。
・しじみ70個ぶんのなんたらというインチキ臭い味噌汁を飲み始める。
・文章書く気起こらず。懸賞に応募するものはおろか、ブログ更新もままならず。
・すべてがどうでもよくなる。無関心。退廃気分。ぜん息は悪化するばかり。

禁酒2週間を経て飲んだ酒は「うまい」のひと言。
翌日、おもてに出て見た世界はなにやら神々しく輝いていた。
抑制こそ快楽に必要なものと再認識する。
以後、酔いをしみじみ意識して飲むように変化する。
詳細は書かないが、あのショックにもめげず禁酒を継続できたのは自信になる。
たぶん廃人のように生きていくのなら一生禁酒することも可能であろう。
前記事からの続き。
もうずっと不眠症で、どうしたらよく眠れるのか長いこと考えてきた。
そのうち気づいたのね。
「どうして眠れないのか」原因をうじうじ考えているから眠れない。
この意識転回があってから、見方を変えると、たまに熟睡できることがある。
で、どう考えても快眠の原因はないと思われるのである。
結論としては、熟睡できるのは「たまたま」であろう。
どうしたらよく眠れるかはわからない。
しかし、「たまたま」よく眠れることもあるのだからいいじゃないか。
このとき不眠症と折り合いがついたように思う。
定式化すると、不可解な人生には「どうして?」より「たまたま」で対処せよ。

いよいよ冬本番ですね。あん肝、白子、酒呑みには最高のシーズン。
あん肝は近所にたまに売りに出すスーパーがあって、見つけたときはホクホクです。
ひそかに日本最高の酒肴はあん肝ポン酢ではないかと思っていたりします。

日本の冬は寒い。
小さな子どもに「どうして寒いの?」と聞かれたら、
「冬だから」としか答えようのない気がします。
冬だから寒い――。
どうやら人生にも春夏秋冬があるようです。
こちら人生の四季は、自然の四季ほどサイクルが一定ではありません。
ほとんどの人にとって冬が圧倒的に長く、春夏秋はあっという間ではないでしょうか。
春が来たと思ったらすぐに夏になり、というかそれは夏のような秋で、
気づくとまた冬に戻ってしまう。
人生、うまくいかないのが当たり前。
少数の例外を除き、だれにとっても冬がいちばん長いのです。
人生とは、春を待つ冬のようなもの、と定義しても過言ではないのでしょう。

人生の冬にも「どうして寒いの?」と嘆くものが大勢出ます。
自然の冬の場合、答えは「冬だから」しかありません。
しかし、人生の冬のときには、いろいろな理由が原因として断罪されます。
たとえば、落葉したから。
葉が散った「から」寒いという因果関係は成り立ちませんよね。
でも、人生の場合、こういう珍説が大手を振ってまかり通ってしまいます。
落ち葉を緑に着色して接着剤で樹木にはりつけ、
「これで夏にならないのはおかしい」と怒っている人がなぜか脚光を浴びるのですから。
たぶん人生の冬における「どうして?」の答えも「冬だから」しかないのでしょう。

だとしたら「どうして寒いの?」と原因を考えるのはやめたほうがいいのです。
なぜなら「どうして?」を考えれば考えるほど人は寒さを意識しますから。
「冬だから寒い」と割り切っていたら、
あんがい問題なく人生の冬も乗り切れるのではないでしょうか。
肝心なのは人生において「どうして?」を減らすことなのでしょう。
原因らしきものが見つかっても、十中八九、その原因はインチキ。
かえって人生の厳しい寒さを思い知らされるだけです。
「冬は寒いもの」と諦観していたら、どれほど人生が過ごしやすくなることか。

これは自戒をたっぷり込めていますが、「どうして?」をやめたいものです。
どうして不幸なのか? どうして苦しまなければならないのか?
答えは、おそらく「冬だから」のようなものなのでしょう。
すると「どうしたらいいか?」の問いも無意味だとわかります。
冬の寒いときにどうしたらいいかと悩んでも、答えは「春を待つ」しかないのです。
「どうして?」も「どうしたら?」もいさぎよく捨ててしまう。
原因を考えないようにする。
人生の寒さを乗り越えるひとつの智恵だと思います。

かんたんなことなのです。
冬に桜は咲かない。
いくら子づくりといっても、赤ん坊はつくるものではなく、産まれてくるもの。
冬が寒いのは致し方ないこと。
可能ならば、「どうして寒いの?」とあまり人生に不平を言わないようにしたいものです。
冬には冬を味わうしかないのですから。
あん肝や白子をつまみに日本酒の熱燗でものみながら冬の寒さに感謝したいところ。
感謝は大げさでした。
おそらく「どうしてあん肝はおいしいの?」と問うても答えはないのでしょう。
あん肝が嫌いな人もたくさんいます。
なるべくなら「どうして?」(=原因)を考えないようになったら、と自己を戒めてみました。

原因を考えないこと!

(いちばんわかりやすい例は、今年の大震災大津波の原因なんてないですよね……)
「映画の昭和雑貨店」(川本三郎/「Shotor Library」小学館)

→古い日本映画を懐かしみながらあたたかく紹介する。
写真と雑文がちょうど半分ずつ入っている感じで、
どちらかに偏らないところがとてもいい本だった。
無学なので知らなかったが、
なんでも昭和20年代、30年代が日本映画の黄金時代らしく(P80)、
本書でも白黒映画の名作が「引揚者」「下駄」「色街」「女の酒」「銭湯」
といったテーマごとにまとめられ、写真とともに簡潔に紹介されている。
今年に入ってから昭和映画の名作シナリオをちょいちょい読んでいるわたしには、
まさしく関心ど真ん中の書籍である。
感想は、思ったよりもはるかに女優が美しいので驚く。

これは認めたくないのだが、もしや映画は美少女のためのものではないか。
たとえば黒澤明の「酔いどれ天使」はシナリオで読んだことがある。
登場する肺病の女子高生役、久我美子はこのたびはじめて顔を見た。
うーん、胸キュン! まさかこんな美少女とは思ってもいなかった。
この子が映画の冒頭とラストに出てくるのなら、シナリオなど問題ではないとさえ思った。

これを繰り返すと、おそらく際限がなくなるのだろうが、あとひとつだけ。
木下恵介監督の「日本の悲劇」はシナリオから見るかぎり、
そこまでの傑作ではないような気がする(ごめんなさい、素人判断ですよ)。
しかし、本書に掲載されている美少女の桂木洋子を見たら文句をつける気がなくなった。
この子のレイプシーンのある映画なら前後のストーリーなど、どうでもいいではないか。
美少女は見ているだけで楽しい。これはわたしが男性だからなのだろう。
ならば女性も、おなじように美男子を見ているだけで楽しいのではないか。
映画の愉楽とはもしや美男美女の鑑賞によるところがいちばんなのではないかしら。

本書で川本三郎氏は、ことさらストーリー以外の魅力に饒舌であった。
こんな映画の見方があるのかと教えられた部分も多い。
優等生的な感想だが、いろいろ考えさせられ、たいへん有意義な読書であった。
美少女は映画のために、しっかり守ろう、育てよう、愛そうと思う。
美しいものを描くのが映画であるならば、
声色(セリフ)よりも重要なものは数限りなくあるのだろう。
美しいものを舐めてはならない。これをこの記事のつたない結論にしたい。

「がんばっていきまっしょい」(磯村一路/「フォトブック」/ワニブックス)

→映画シナリオ。平成10年公開作品。
おそらく現実にはなにもなかった反動なのだろうが、青春ものが好きである。
恥ずかしながらむかしはロマンティストなところがあって、
映画や小説のようなことが現実にも起こるのだろうとどこかで信じていた。
これがけっこう長くて現実にすっかり見切りをつけたのは最近ではないかと思う。
だれもがそうなのかもしれないけれど、
むかしから現実よりも小説やドラマの世界が好きだった。
他人のことはよくわからないから決めつけるのはいけないのだろうけれど、
みなさん現実は現実、理想(フィクション)は理想と分けて考えているのでしょう?
わたしは幼稚だからか、ずいぶん現実を見誤っていた時期が長かったような気がする。
フィクションは現実を描いているからいいのではなくて、
現実には起こらないようなことを、
いかにもありそうなかたちで、ときに美しく、ときに醜く描いているからいいのだ。

そうフィクションを定義したとき、
あらためて映画「がんばっていきまっしょい」は傑作だと思う。
10年以上まえに映画を観て感動したので、このたびシナリオを読んでみたが、
台本もほどよい抑制が効き、なおかつ叙情を失わずすばらしい。
しかし、この映画は監督が脚本も書いているから、言ってしまってもいいのだろう。
この映画でデビューした17歳の田中麗奈が可憐すぎる。
美少女にかなうものなし! 監督も脚本家も、天から選ばれた美少女には勝てない。
シナリオもたしかにいいが、女優が田中麗奈でなかったら、どうなっていたか。
このシナリオはフォトブック(写真集)の巻末におまけとして付いていた。
ものすごい小さい活字組みで読者のことをまったく考えていなかった。
批判しているのではなく、これでいいのである。
17歳の美少女に比べたら、シナリオなど無価値にも等しい。
なぜなら、シナリオは何年経とうが変わらない。
しかし、美少女は5年も経てば初々しい輝きを喪ってしまうのだから。
それは死といってもよい。
17歳の田中麗奈は翌年には死んでいるのである。
いくらおなじだと主張しようが、18歳の女優は断じて17歳ではない。
17歳の田中麗奈はそれほど貴重なのだ。
このことに青春映画「がんばっていきまっしょい」は自覚的である。
青春とはなにか――17歳の重みを実によくわかっている。

「がんばっていきまっしょい」は田中麗奈が女子ボート部を立ち上げる話である。
時代は現代ではなく、はるかむかしの昭和52年。
男子ボート部はあったが、女子は仲間の勧誘からしなければならなかった。
リー(愛称)は悦子(田中麗奈)から最初に誘われたととき、
運動部は母親から禁じられていると断った。
しかし、悦子の懇願にこたえるかたちで女子ボート部員になるにいたった。
はじめての夏合宿での会話から引用する。ふたりは16歳だった。

○艇庫・台所
リーが野菜を見事に刻んでゆく。
悦子が隣で感心したように覗き込んでいる。
悦子「すごいなぁー、リー、料理得意なんじゃねぇ」
リー「小ちゃい時からしよるけん」
悦子「へぇー……」
リー「アタシな……アタシ母ちゃんおらんのよ」
悦子「(言葉がない)……」
リー「(あっさりと)病気で死んだんよ……」
悦子「ほうなん……」
リー「嘘ついてゴメンね。母ちゃんが運動部はいかんなんて」
悦子「ほうやったっけ……」
リー「ホントは誘われて嬉しかったんよ。けどアタシ下宿しとるし……
大学行くには勉強せんといかんし……無理かもしれんけど」
悦子「お父さん、何しよるん? 仕事」
リー「漁船の船長……アフリカまでいくんよ……
『運動部はいかん』ゆうて誰かに言われたかった……」
悦子「アタシの親なんか、何も言わんし、ほったらかしよ。
姉ちゃんが優秀で京大入って、アタシなんかどうでもええみたい」
リー、悦子が慰めようとする気持ちを察して微笑む。
リー「合宿ってええな……みんな一緒で」
悦子「ウン……」
とリーの寂しい気持ちがよく分かる」(シーン57)


いいシーンだよな。
少女たちの哀しい劣等感と、それを乗り越えようとする相互の思いやりが実にいい。
ひとりではなく、ふたりである小さな喜びを本当にうまく表現している。
これはかんたんそうに見えて、なかなか書けないセリフではないか。
さて合宿が終わってからあるのが新人戦。
高校1年のときの新人戦は大敗であった。ひとつも勝てなかった。
1年が経過する。悦子(田中麗奈)もリーも17歳になっている。
来年は受験だから、ボート部は今年で最後。夏合宿も最後である。
今年は玉川荘に合宿に来ている。

○玉川荘・一室(夜)
灯りが消えている。
布団に入っている悦子達。
悦子「(小声で)リー、寝た?」
リー「起きとる」
ダッコ「寝れんなァ」
ヒメ「アタシも……」
悦子「去年の合宿、思い出すねぇ」
リー「楽しかったなァ……ほんとに」
イモッチ「花火は持ってきとらんよ」
ダッコ「イモッチ、起きとったん?」
ヒメ「花火、トランプ、皆で泳いで……あんな事、二度とないんかなぁ……
何か、なつかしいな」
ダッコ「アタシら、まだ17歳や」
悦子「17も一度だけか……」
リー「20歳になったら、みんなどうなっとるんじゃろ」
ダッコ「30になったら、40になったら……」
イモッチ「やめてや、10年後でも想像つかんわい」
悦子「このまんまでおれたらええのに……」(シーン136)


青春の一瞬の輝きを切り取ったすばらしいシーンだと思う。
2ヶ月のロケでこの映画を撮影したそうだが、
これはまさしく17歳の田中麗奈がこのとき感じていた真実ではないだろうか。
もしかしたらだれもが経験した17歳ではないのか、とさえ思うくらいである。
17歳のわたしも某運動部に所属しており夏合宿で汗を流していた。
「このまんまでおれたらええのに……」
と僭越ながら田中麗奈と似たような感慨を抱いたのを記憶している。
世は無常である。17歳の輝きはかならず消え去る。
しかし、映画にしておけば永遠に残るのである。
いまこの瞬間の輝きを永遠にしたい! 時間に逆らいたい!
才能ある映画監督はこういうことを無意識的に欲望しているのかもしれない。
17歳のみ持ちうるいきいきとした思いは、すぐに消えてしまうからこそ美しいのである。
たとえそれが不安や哀しみ、挫折、敗北感であっても17歳であるならば輝いている。

「1970 ぼくたちの青春」(松原敏春/「ドラマ」1991年7月号/映人社)品切れ

→テレビドラマシナリオ。平成3年放送作品。フジテレビ。
もうギブアップだ。15歳のときにこのドラマを見てガツンとやられた。
だからもうケチな批評どころではないのである。
このドラマははいい。いいとしか言えない。
なにがいいかと言ったら、もうぶちまけてしまうと、シナリオよりもむしろ、
いや、シナリオはもちろんいいのだが、それよりも川越美和がキュートすぎるのだ。
成績優秀で乗馬が趣味のお嬢さま、ブンガクがあだ名の川越美和がいい。
いまからこの文学少女のセリフを引用するが、これは川越美和でなければダメなのだ。
黒髪で清楚なのにどこかしら陰があるこの美少女でなければいけない。
もしかしたら15歳の少年は川越美和に恋をしたのかもしれない。
もうブンガクこと川越美和に降参して宣言してしまうが、
ドラマはシナリオより演出よりなにより女優がいちばん大切なのではないか。

「1970 ぼくたちの青春」の主役は高校3年生のノンポリこと吉岡秀隆。
彼といつもつるんでいるのは同級生のバンチョウこと筒井道隆、
リクソウこと萩原聖人、それからニシキこと永堀剛敏。
バンチョウがブンガクに恋をしたのである。
ノンポリはバンチョウからラブレターを代筆するよう頼まれる。
さて幼児洗礼を受けているノンポリは母親に連れられていやいや教会に行くのだが、
なぜかブンガクも毎回来ている。
ある日、教会の表で吉岡秀隆(誠)は川越美和(恵子)から声をかけられる。
(ちなみにNとはナレーションの意味で吉岡秀隆の声のこと)

恵子「西脇くん」
誠「(振り向いて)えっ?」
  慌てて目をそらして、行こうとする。
N「もう一度、言ってもらいたかった。西脇くん。いい響きだ」
恵子「西脇くん」
誠「なに?」
恵子「変な人ね」
誠「なんだヨ」
N「甘酸っぱい匂いがした」
恵子「ズーッと私の方、見てたでしょ」
誠「まさか」
恵子「いつも、そうなんだから」
誠「自意識過剰」
恵子「見てたくせに」
誠「自惚れるな」
恵子「いやらしい眼して」
誠「バカヤロー」
恵子「もう見ないで」
誠「見てないって」
恵子「(笑っている)」
誠「来なきゃいいじゃないか、教会なんて」
恵子「私の勝手でしょ?」
誠「どこが面白いんだ」
恵子「私、バイブルって好きなの。だって、血の匂いがするでしょ?」
  そう云って駆けて行く。
誠「――?!」
N「傷ついていた。いたく傷ついていた。
 ブンガクはボクの事を、からかっていた」(P122)


なんでもないセリフのやりとりだが、川越美和がやると本当にいいのだ。胸キュンだヨ。
ところが、清純そのもののブンガクに悪いうわさが生じる。
どうやら秘密があるようなのだ。
リクソウがたまたま目撃してしまったのだ。
今晩ブンガクは担任の不良教師マムシ(陣内孝則)とふたりでスキーに行っている。
泊りがけのようだ。するとあの美少女は――。
ブンガクはマムシに食われてしまうのかと4人はうわさする。
いや、ブンガクに片想いしているバンチョウだけはうわさに入らず怖い顔をしている。

N「フザケながらも、ボクらは傷ついていた。
 でも、もっと傷ついていたのばバンチョウだった。
 そんなバンチョウを見るのは初めてだった」(P125)


驚くべきことが起こった。なんとブンガクからラブレターの返事がきたのである。
ノンポリが代筆した文学作品からの引用を並べ立てた恋文の返事だ。
絶対にこない。くるわけないと確信していた返事がきてしまった。
ノンポリはバンチョウから引き続きラブレターを代筆するよう頼まれる。
ちなみに、この恋文代筆の元祖はフランス古典劇の「シラノ・ド・ベルジュラック」。
バンチョウに成り代わったノンポリはブンガクにラブレターを書き続ける。
この恋文交換シーンが青臭くて本当にいい。
ノンポリ=吉岡秀隆(誠)
バンチョウ=筒井道隆(仁)
リクソウ=萩原聖人(昌之)。
ニシキ=永堀剛敏(和夫)。
ブンガク=川越美和(恵子)。

○書店
  本棚を漁る誠。
    ×  ×  ×
  太宰治『人間失格』の文庫本を取ってパラパラとめくる。
誠の声「(文面)恥の多い生涯を送って来ました。
 自分には愛というものが見当つかないのです。また、自分は、
 地方都市に生まれましたので男女の有りようということに初めて気が付いたのは、
 よほど大きくなってからでした」

○高校・教室
  恵子が授業を受けている。
  誠、仁、昌之、和夫もいて誠と仁の視線は恵子に釘づけ。
恵子の声「(文面)恥の多い生涯なんて思っては駄目。
 そんなことを言えば私だって、太陽が眩しいだけでアラビア人を殺した
 ムルソーみたいに『異邦人』なのかも知れないのだもの。
 でも金山くん、可愛いとこあるのね。太宰治だなんて」

○道
  通学の誠が自転車で走る。
誠の声「(文面)アーネスト・ヘミングウェイは『誰がために鐘が鳴る』
 の中でこう書いている」
  和夫の自転車が合流する。
誠の声「もし長い年月とか、人生の残りとか、いまからさきというものがなく、
 ただ、あるのは現在だけだとすると」
  昌之の自転車が合流する。
誠の声「この今というものこそ讃えたたえるべきものであり、
 それをもっているおれはじつに幸福だと思う」
  仁の自転車が合流する。
誠の声「猛烈に愛し、持続的なあるいは永続的な愛がもっているものを、
 その激烈さでおぎなうがいい」

○高校近くの駅・ホーム(夕)
  制服の恵子がベンチに坐って電車の来るのを待っている。
恵子の声「(文面)讃えるべき今なんて私にはないわ。そして、明日も。
 退屈な今。見えない明日。あるのはただ、空虚な日常のくり返し。
 模索。反撥。造反有理」

○高校・男子便所
  誠と仁が並んで小便をしている。
誠の声「明日が見えないのではない。君は明日を見ようとしていないだけだ。
 ボクは今、アンドレ・マルロオのこの言葉を贈ろう。
 人生は何物にも値しない。だが、人生に値する何物も存在しない」
  互いにチラと互いの下半身を見る。

○恵子の家・DK(夜)
  厳格そうな父と母と食事をしている恵子。ただ黙々と――。
恵子の声「(文面)堕落したいの。メチャクチャにして欲しいの。
 人生は恐ろしい冗談のようなものよ。ムラのない人生、平穏な生活からは、
 何も自分がどういうものか見つけることはできないわ」
N「ブンガクの手紙はどんどんエスカレートしてきた。
 ブンガクの中で何か激しいものは、うずまいている様だった」(P133)


ここまで好き勝手な引用をしていると、
もうついてきている読者様はいないと思うので暴論を書いてしまおう。
文学というのは美少女のためにあるのである!
文学は美少女のもの! 
「堕落したいの」なんていう清楚で才媛の文学少女を想像してごらんなさい、あんた!

話を「1970 ぼくたちの青春」に戻す。
というか、夢から現実に戻ろう。
わたしは中学3年生のときに、むかしの18歳が繰り広げるドラマを観たわけだ。
高校生になったら、こんなことがあるのだろうかと胸高鳴ったのをおぼえている。
結局、実際にはなにもなかったわけである。現実はドラマのようではない。
バンチョウ、リクソウ、ニシキのような親友はできなかった。
探したけれども、川越美和のような文学少女はいなかった。
失恋はおろか片想いさえ現実にはほとんどできなかったのである。
友達と殴り合いの喧嘩をするようなこともなかった。
同級生のだれも事故で死んだりはしなかった。
北朝鮮に行く在日の友人もいなかった。
タバコを吸うことも酒をのむこともなかった。
このドラマは演出担当の杉田成道の自伝的ドラマらしいが、まあ一種の虚構であろう。
こういうことが青春時代に起こってほしかったという夢想の類だと思う。
にもかかわらず、ではなく、だから「1970 ぼくたちの青春」はいいのである。

そういえばマムシ(陣内孝則)のような素敵な教師もいなかった。
ドラマでは卒業式のあと教室で陣内孝則(寺沢)がこんな贈る言葉を口にする。
柴田翔の「されどわれらが日々」の一節を朗読したあと――。

「  本を置いてチョークで黒板に大きく『困難』と殴り書く。
寺沢「(字を指し示して)コレと馴れ合うかまともにぶつかるか。
 馴れ合うのはたやすい。ぶつかれば多分、傷つくよな。傷つけば血が出る。
 痛いよな、でも、その痛みを勇気って言うんじゃないか。
 オレはそういう勇気が好きだ。
 但し、死ぬなよ。生きてろ。とにかく、生きてろ。じゃアな」
  出て行く。
N「ボクは、マムシが学校を辞めるに違いないと思った。
 これはマムシがブンガクに宛てた最後のラブレターだと思った」(P150)


このあとの帰路、ブンガクはノンポリと並んで歩きふたつのことを告げる。
「結婚するの」「私、ヴァージン」――。
それからもうひとつ残酷なことを。恋文代筆を知っていたというのである。
本当は自分が書いているのだと白状してくれるのを待っていたというのだから。
完全な青春ドラマと言うほかない。
テーマをしいてあげれば「傷つくこと」になるのではないか。
このドラマの登場人物はみなみな美しく傷ついている。
傷つくのは、もしかしたら青春の特権でさえあるのかもしれない。
若いときの傷が後年なんともいとおしくなるのである。
逆に言えば、傷つかない青春なんてものはつまらないのだろう。
思えば、高校生のわたしは現実がドラマのようではないことに深く傷ついていた――。

*まだまだこのドラマのよさについて語りたいことはありますが、ひとまずこのへんで。
しかし、まとまりのない感想だ。
……ああ、もしかしたら現実にこんなこともあるのかな?

「お父さんの地下鉄」(山田太一/「ドラマ」1981年8月号/映人社)品切れ

→テレビドラマシナリオ。昭和56年放送作品。東芝日曜劇場。
福岡市の交通局で心ならずも一般事務職員をしているお父さん(38)の話である。
かつては路面電車の運転士をしていたが、地下鉄に代わってしまうことになった。
事務職など大嫌い、電車の運転が好きだったお父さんは、
なんとしても新しくできる地下鉄の運転士に選ばれたいと思っている。
そのための職場での苦労、妻と娘がいる家庭内でのいざこざがドラマの主な内容である。

貧乏も人の死も壮大な夢もないのに、実に味わいのあるドラマになっている。
地下鉄の運転士になりたいとは、言い換えれば、ちょっと出世をしたい程度の望み。
ほかの人から見たら、まあ、どうでもいい話なのだが、
実のところ我われはそういうところで生きている。小さなエゴで生きている。
このお父さんにはもうひとつの小さな悩みがある。
これはもう悩みなのか自慢なのかわからない。
奥さんが加賀まりこ(32)なのである。きれいだし、そのうえあたまがいい。
教えるのもうまく、近所の子どもを集めて私塾のようなものまでしている。
いいこと尽くめではないか、と思うのは実生活を知らないインテリの考え。
お父さんの男としての顔が立たないのである。
仕事先では慣れない事務職のため計算や書き仕事でミスを連発。
そのお父さんが家に帰ってきたら、加賀まりこが算数を教えているのだから。
これではまるでダメな亭主と賢妻で、やる瀬がないではないか。
小市民は世間体を気にする。よそからどのような目で見られることか。
脚本家はプラスのなかにひそむマイナスに敏感である。

お父さんの努力は実り、みごと地下鉄の運転士に選ばれた。
東京まで研修に行くお父さんは鼻高々である。
プラスのなかにもかならずマイナスはある。
福岡に戻ってきて、開業前の地下鉄運転準備におお張り切りのお父さん。
しかし、実際は技術が進歩したため、電車を運転する必要がなくなっていた。
運転士の役目はただボタンを押すという、まことやりがいのないものになっていた。
夫の上司からそのことをこっそり教わった加賀まりこは一計を案じる。
もしこのことをお父さんが知ったら、どんなにがっかりすることか。
またお父さんの男としてのプライドが傷ついてしまう。
加賀まりこは「負けた」とウソをつくのである。
自分のためではなく、他人のためにつくウソは優しい。
加賀まりこは夫の顔を立ててやる。
宿直明けでまだ寝床の夫に妻は私塾をやめるという。

朋子「負けたんよ」
勝利「負けた? 誰に?」
朋子「うち、お父さんが、事務とってた頃、なんか頼りのうして。
 仕事でも持たんと、どうなるかっちゅう気のして、はじめたばって」
勝利「どうせ、頼りなかよ、俺は(寝る)」
朋子「そうじゃなか。いまのお父さんには、うちは、とっても対抗出来ん」
勝利「なんも(と照れくさくフンという顔)」
朋子「仕事に打ち込んで打ち込んで、魅力たっぷりや」
勝利「よういうばい(とごろごろする)」
朋子「ほんなことよ。いまのお父さんなら、うち意地はらん。
 頼りきって、可愛か奥さんでいたか」
勝利「おうおう、よか年してェ」
朋子「頼りたかよ。男らしかお父さんに、ズドーンと頼りきって、
 よかお父さんばい、よかお父さんばいって、ただ思うていたかよ」
勝利「なんの事や? 一体?(と起きる)」
朋子「なんのて、ただ、それだけの事ばい(と目を合わせられない)」
勝利「それだけて(どうも割り切れない)」
朋子「うちは、いまのお父さん、ほんな事立派だと思うとる。
 たとえ、その、やったことが無駄になったって、ようやったと思うとる」
勝利「無駄? 無駄ってなんのことや?」
朋子「よう立派に研修受けて、素晴らしかったて、思うとる(ととびついて行く)」
勝利「(ひっくりかえり)なんや、朝から」
朋子「(やたらのしかかって抱きついて)好きや。好きや、好きや」(P34)


数日後、お父さんは妻の言葉のほんとうの意味を知って帰ってくる。
張り切って運転するつもりでいたら、仕事はボタンを押すだけだったのである。
お父さんは一号車の運転士に選ばれ、多くの人に見守られるなか花束をもらう。
一見すると、スポットライトを浴びる華やかな場である。
しかし、栄えある一号車を始動させる際、
ボタンを押すお父さんの胸に去来していたのは喜びよりもむしろ苦渋だったはずである。
山田太一は「お父さんの地下鉄」のなかでプラスにひそむマイナスをうまく描いた。
時代はどんどん進歩して便利になっていく。
しかし、それはプラスばかりではなく、かならずマイナスもあわせもっている。
同様にマイナスのなかにも思いがけないプラスが目をこらせば見えるのではないか。
脚本家・山田太一の社会および人間を見通す眼力である。
「キクとイサム」(水木洋子/「シナリオ」2010年9月号/シナリオ作家協会)

→映画シナリオ。昭和34年度キネマ旬報ベストワン作品。
いつから左翼であることがプラスからマイナスに転換したのだろう。
水木洋子脚本をよく映画化する監督の今井正は堂々とした左翼であった(共産党員)。
この女性脚本家も根底にあるのは左翼的な価値観のようである。
貧乏ながら必死に生活する庶民は美しい。
それから戦争反対に差別反対の正義ぶりっこ。弱者礼賛もそう。
田舎のお百姓さんは知識こそないが本当の人間の生き方を実践していて美しい。

こういう左翼的ないささかゆがんだ価値観がいつからプラスではなくなったのだろう。
というのも、占領軍時代の黒人との混血児問題を描いた「キクとイサム」が評価されたのは、
シナリオの出来のみによってではなく、左翼への好意的な風潮も後押ししたからだと思う。
ホンだけを見たら悪くはないが、そこまでいいかと思うのもまた事実なのである。
黒人とのハーフである少年少女が苦難にもめげずスクリーン上で明るくふるまうのは、
観客の左翼的(えせ)正義感をたいそう甘く刺激したのではないか。
またそれがこの作品の高評価にもつながったと思うのだ。
おそらく左翼と貧乏はとても相性がいいのだろう。
逆にいえば貧乏でなければ、人はなかなか左翼的連帯感を持つことができない。
さらにいえば、貧乏を共有することで人と人がつながっていたいい時代があった。
結論づけると、時代風潮と持ち前の左翼的美感が適合したことにより、
水木洋子はいわば時流に乗るようなかたちで女性脚本家の草分けとなった。

さて、いま貧困、貧困と叫ばれているが、水木洋子のような作風は再評価されるのか。
否ではないかと思う。なぜなら貧乏と貧困は違うというのが理由になろう。
むかしは国民全体で貧乏を共有していたが、貧困はそうではない。
もうとっくに国民はバラバラになってしまったのだろう。
手垢のついた言葉でまとめるのはどうかとも思うが、
それがいま我われの生きている格差社会なのではないだろうか。
現代社会において貧困は共有するものではなく、むしろ蔑視や不安視の対象となる。
かつてこの国には貧乏を共有することで国民がみな映画館で感動できた時代があった。
その美しい貧乏映画のシナリオを書いたのが唯一無二の脚本家・水木洋子であった。

「ここに泉あり」(水木洋子/日本シナリオ文学全集9」理論社)絶版

→映画シナリオ。昭和30年公開作品。
「我が日本の地方における最初の職業楽団」の黎明(れいめい)を描いた作品。
戦後まもなくできた地方のプロ楽団を実際にモデルにしている。
夢と志を持った青年たちの物語である。
彼らの願いは、交通の不便な田舎にもクラシック音楽という文化を普及させること。
もちろん、食べるのさえたいへんな時代にこんなことをするのだから苦労の連続だ。
青年たちの夢と挫折、迷いと葛藤がユーモラスに描かれる。
夢を持った若者たちが無理といわれている難関に挑戦するお話は普遍的なのだろう。
もしかしたら戦後の日本民主主義からもっとも愛された筋書きかもしれない。
独裁者がいるのではなく、民主主義的に「みんなでがんばる」お話のことだ。
特徴は、夢や希望に向かって(ひとりではなく)みんなで前進すること。
日本人にとって民主主義は、「ひとりの意見」の尊重ではなく、
「みんなの意見」の最重要視を意味した。
この日本民主主義を美しく謳いあげたのが青春映画「ここに泉あり」である。

脚本家が書きたいことを書いているのがよくわかる。
ここを作家は書きたいのではないか、という箇所をメモしておいた。
先ほど映画のレビューをざっと見たが、まさしく客はそこで泣いているのである。
脚本家の書きたかったシーンで観客が感動して泣いているのである。
よく玄人ぶってこの映画のここが「うまい」などと饒舌に語るファンがいるが、
あれは最低ではないかと思う。やはり映画は感動するために観るものではないか。
知ったかぶって感動とは別の知的部分で映画を評価するのはアホだと思う。
とにかく脚本家の水木洋子は書きたいシーンを書いていた。
さらに、そこで観客は泣いていたということだ。
ならば映画監督にできるのは技術操作だけで、やはり感動は脚本家がつくるものとなろう。
ところが、映画ファンというものは監督から感動をもらったと誤解する。
いい悪いではなく、すべての手柄を監督が独占する仕組みに映画はなっているのである。
この不公平を解消するのはギャラなのだが、
水木洋子くらいになったらそれに見合う報酬をきちんともらっていたのだろうか。

感動シーンをひとつ抜粋しておく。
マネージャーの亀夫がひとりで引っ張ってきた楽団だったが、ついに解散に追い込まれる。
最後の演奏旅行ということで野を越え丘を越え僻地に出かける。
ぶじ演奏を終えた。子どもたちは喜んでくれた。最後にはみんなで合唱した。
帰ったら待っているものは――。

「○山の中腹
   帰途につく速水たち。
   雨上りの山間(やまあい)に浮ぶ虹の輪。
   子供たちの合唱が聞える。
   立ちどまる一同。
子供たちの声「みなさん、さようなら……」
   こだま――
亀夫「さよ……なら……」
   こだま――
亀夫「山奥の分教場へ帰って行くんだ。
 もう生の音楽を、きくことは一生のうち二度とないだろうって先生が云ってた……
 みんな炭焼か木樵(きこり)で一生を終るんだ……」
   合唱していく子供たちの姿は次第に見えなくなる。
   かすかに残る唄声――
   みんなは、じーんと耳をすます。
   涙をこらえていた亀夫、突然唸るような声を上げ、棒立ちのままむせび泣く。
   いつの間にか涙を浮かべている工藤。
   安藤だけは体力的に参ってしまっている」(P228)


ここまで彼らに感情移入してきた観客もここで一緒になって泣くのである。
皮肉をいえば、わかりやすい夢や困難があった時代の感動である。

「浮雲」(水木洋子/日本シナリオ文学全集9」理論社)絶版

→映画シナリオ。昭和30年度キネマ旬報ベストワン作品。
男女の色恋の綾がわかる中年にならないとこの映画はわからないようで、
ならこちらの理解に及ばないのはもうどうしようもないのだと思う。
おそらく一生、この作品はわからないような気がする。
それでもシナリオではなく映像がいい作品ではないか、との推測はつく。

腐れ縁というのか、妻が別にいるダメ男と美女がくっついたり離れたりを繰り返す。
まあそれだけの話なのだが、
識者はここに男女間の真実が描かれているなどと絶賛するのだろう。
やたら酒をのむシーンの多いのが印象的だった。
どうして戦後の退廃的な風潮のなかでしだいに堕ちていく男女を
美しいと錯覚するものが多いのか考えてみたが、人間はそういうふうにできているのかな。
自分ができないことに憧れを持つのが人間で、映画はいわば大衆の夢を描くもの。
そうだとしたら、元祖痛い子、不思議ちゃんである林芙美子の原作を映画化した本作が、
広く絶賛されるのもある種の必然なのかもしれない。
映画を観ないでシナリオだけでこのようなことを論じるのが失礼なのは承知しているが、
たぶん映像には最後までついていけないような気がするのでどうかお許しください。
(正直、いまどき白黒の映画を観るとか拷問じゃないかと思う)

絵画的な美しさを生来理解できぬ言葉フェチ(物語フェチ)のわたしは、
この作品のテーマとなるセリフを引用するにとどめる。
絵は言葉を消す効果を持つから、
あんがいこの映画の主題に気づいていないファンもいるかもしれないと思うゆえ。
しかし、映画ファンの多くがまったく脚本家を無視して作品を論じるのには驚く。
映画監督はいいとこ取りをできる絶対的なカリスマなのだろう。

富岡「疲れたのかい?」
ゆき子「……私たちって、行く処がないみたいね……」
富岡「……そうだな……どっか、遠くへ、行こうか……」
ゆき子「(思わず顔を見る)」(P127)


こうして男女は寄り添って堕ちていくのである。
まるで戦後復興していく日本の影絵のように。

「おかあさん」(水木洋子/日本シナリオ文学全集9」理論社)絶版

→映画シナリオ。昭和27年公開作品。
つごう5つ作品を読んだが、この「おかあさん」が水木洋子脚本の最高傑作だと思う。
映像でも観たいと思った。これはわたしにとって最高の賛辞である。

内容は「おかあさん」の正子(40)から次々に人が離れていく話である。
映画がはじまってすぐ長男(18?)が結核で亡くなる。
療養所から無断で戻り「母ちゃんの傍で寝たかったんだ」という長男は涙を誘う。
次に夫がこれまた病死する。過労がたたったことがセリフで示される。
それから生別である。
次女の久子(10?)が養女として伯父夫婦にもらわれてゆく。
クリーニング店を手伝ってくれていた夫の弟分という職人も正子から去る。
正子と職人はよく気が合ったのだが恋仲にはならなかった。
お互いが感情を抑制したのである。
正子は妹の息子、哲夫(8?)を預かっている。
この子も早晩、実の母親のところに戻っていくことが予想される。
レビューを見たらだれもがいいと褒めているのが長女の年子(18)の花嫁姿。
これは着付けの練習台になっただけなのだが、
遠くない将来における年子の嫁入りを暗示している。
年子はこの映画の語り部でもある(ナレーション)。
みんな「おかあさん」から去っていく。
テーマを「おかあさん」の正子の口から聞こう。

正子「辛抱しようね?」(P94)

そう、テーマは辛抱である。
息子が死んでも夫が死んでも黙って辛抱しよう。
娘が養女としてもらわれていくのも辛抱。
旦那を戦争で亡くした妹の息子も、かわいがって育ててあげよう。
みんなつらいんだ。みんな苦しい。人生は思うようにならないもの。
だから辛抱しよう。助け合おう。相手のことを思おう。
どうしてこの作品がこれほど感動的かといったら、
現代では失われた美徳、辛抱を描いているからなのだろう。
繰り返しになるが、人生は思うようにならないもの。なら、どうしたらいいのか?
うつ病になるでもなく、自傷するでもなく、自殺するでもなく、
「おかあさん」は明るく健気にも辛抱する。
みんなつらくてもこらえているのだから「おかあさん」も辛抱する。

甥の哲夫はおねしょの悪癖が治らない。
どうしてか伯母の正子といっしょに寝ると寝小便をしないのである。
哲夫は「おかあさん」の布団でさっそくすやすや眠ってしまった。
まだ幼い久子は不満である。川の字になった寝床で姉の年子にこんなことをいう。

久子「あたし、おさしみになりたいな」
年子「(顔をあげ)おさしみ?」
久子「だって、母ちゃん、おさしみすきだから沢山食べるでしょ?
 母ちゃんのお腹がふとって、あたしが生まれるでしょ?
 そうすると、だっこしておっぱいをのませてくれるでしょ?
 毎日々々あきるほどあたしをねんねさせて下さるでしょ?
 ほんとだったらすばらしいな」
年子「じゃ、おさしみになんなさいよ。早く……
 あたしが食べてあげるから……早くさ!」
   久子、急にシクシク泣き出す。
年子「母ちゃん。チャコが泣いてる……バカね!」
久子「だって、母ちゃん、哲っちゃんばかり……(泣く)」
年子「うわあい、甘ったれ……」
   母、チラッと振り返ったきり、
   そのまま、じっと考えこむように一点を凝視――」(P72)


久子は「おかあさん」が大好きなのである。
正子は無言である。なにもいわない。
そうして、おとうさんが死んでしまうと、その兄から養女の話が持ち出される。
まえまえからの約束でもある。
伯父夫婦は息子を戦争で亡くしてしまい淋しいのだ。
ある晩のことである。「おかあさん」が大好きな久子は今日も姉の横にいる。

「○正子の家
   夜更け――
   ひっそりとした中に、ここだけ洩れている店の灯り。
   正子が、仕事場で洗い物の整理。
   奥の寝床で眠っている哲夫。
「お母ちゃん」
   と、寝言。
   あとは何か食べているつもりらしく、口をもぐもぐと動かす。
   隣りの寝床にふさって年子は考えこんでいる。
   久子もじっと天井を見つめている。
久子「やっぱり行くわ。あたし……」
年子「どこへ?」
久子「伯父ちゃんの家へ……」
年子「え?」
久子「だって伯父ちゃんたち、淋しいでしょ。可哀そうだもん……
 母ちゃんだって可哀そうよ。私が行けば助かるのよ。
 うちだって今日、お米屋さん来たけど、母ちゃん、配給とらなかったのよ」
年子「バカね……うどんのほうが経済だってこと知らないの?
 バカ、ねえ、女のくせして……」
久子「うどんばかり食べてたら、母ちゃん、可哀想じゃないの!
 姉ちゃんだって洋裁学校、行きたいでしょ?
 あたしだって考えてんのよ、そうバカバカって云わないでよ!」
年子「だって、バカだからバカって云うんじゃないの」
久子「(急に大きく)何がバカよ!」
年子「バカよ! 行くなんて……」
久子「焼もち!」
   年子、いきなり布団の上からたたく。
久子「ぶったわね?(起き上る)」
年子「……(向きあって坐る)」
   睨み合う二人。
   年子、急に涙ぐみ目をこする。
久子「(弱く)泣き蟲……」
年子「承知しないから……行ったら……(手をふり上げる)」
久子「(急に泣き顔)母ちゃあん……姉ちゃんがぶつの……(手をあげる)」
正子「(疲れた顔を出す)まあ、床の上で叩きっこなんかするんじゃありません!
 猫みたいに手んぼふり上げて……綿がちぎれちゃう……」
年子「だって、チャコったら、伯父さんとこへ行くって云いだすんだもん……」
   正子、チラッと顔を動かし淋しい影――
   だが、やがて、さっと算盤をふって、珠をはじき出す」(P95)


いいシーンだよな。母や姉のことを思いやる久子がいい。
妹と別れたくない年子もいい。じっと耐えるしかない正子もいい。
しかし、なによりもやはり久子である。
とうとう久子も「おかあさん」のように辛抱することをおぼえたのである。
別れのまえに正子、年子、久子、哲夫は最後の想い出づくりに向ヶ丘遊園へ行く。
ここで泣かなかったら、そりゃ、あんた非国民だよ!
辛抱に辛抱を重ねたから、ここの行楽シーンが輝きを増すのだろう。
久子が伯父夫婦にもらわれていくところも涙なしにはとても観られない(読めない)。

「おかあさん」――。
日本が貧乏だった時代の感動物語である。
人がよく死に、不幸がありふれていて、きょうだいが多く、みんな辛抱した時代の映画だ。
人生は思うようにならないが、しかし、ではなく、だから、だれもが辛抱した。
実のところ時代がどれほど変わろうが、人生のありようは変わっていないのである。
現代においても、やはり、どうしようもなく、人生は思うようにならない。
だとしたら、我われは――。
「おかあさん」は「二十四の瞳」にひってきする泣きのドラマではないか。
ちかぢか映画を観てみようと思う。

*ちゃっかり広告を張ろうと思って調べてみたら、
成瀬巳喜男監督の「おかあさん」はDVDになっていない模様。
ところがさらに調査をすると著作権切れで千円DVDとして売られていたという説も。
まあ、ご縁があればどこかでめぐりあうでしょう。それまで辛抱するか。

「また逢う日まで」(水木洋子/日本シナリオ文学全集9」理論社)絶版

→映画シナリオ。昭和25年度キネマ旬報ベストワン作品。
バカにされてるのかと思うくらい通俗的なメロドラマになっている。
断じて芸術ではないのだろうが、いい商品にはなっているのではないか。
この映画は戦後5年にして公開され、
言い方はよくないが無知蒙昧な大衆の涙腺をたいそう刺激したことと思う。

どこがメロドラマかといったらポンポン人を殺すところだろう。
戦争中の話である。戦争が引き裂く若い男女の切ない恋がテーマ。
男は金持のボンボン。女は画家志望の貧しいイラストレーター。
惹かれあう男女は、ふつうの幸福を夢見るが戦争中のためかなわない。
観客を泣かせたかったら、人を殺せだ。
軍人である男の兄がいきなり事故死してしまう。人の死は悲しい。
赤紙が来る。男女はあわや結ばれそうになるが、空襲警報が鳴り思いととどまる。
出征まえの最後の日、ふたりは逢う約束をするが、不幸こそ観客を泣かせる筋立て。
男の義姉が出産の発作を起こしたため待ち合わせ場所に行けなくなってしまう。
観客を泣かせたかったら美男美女を苦しませろ! 
逢わせるな! すれ違いだ! 生かすな! 死なせろ!
男を駅で待っていた女は空襲に巻き込まれ死んでしまう。
結局、恋人に逢えずに出征した男も戦争で命を落とす。
最後に残ったのは、画家志望の女が描いた男の肖像画である――。
どうですか、お客さん? さあ、たっぷり泣いてください! いいんですよ、ほら。

おもしろい時間処理をしていた。最初にクライマックスから入るのである。
恋人ふたりの最後の待ち合わせの日から入る。
しかし、義姉の陣痛が始まり、約束の場所に行けないで男はあせる。
ここからふたりの出逢いにさかのぼり、健気な悲恋を情緒たっぷりに謳いあげる。
最後に冒頭のシーンに戻り、盛り上げるという手法だ。

ちなみに男の名は三郎で、女の名は蛍子。
時代は戦争中。場所は上野のふもと近く。
ふたりは柵にもたれ、戦争に日常を奪われせわしなく行き交う人びとを見ている。

三郎「ああ、生きるッてことは大変なことだなあ……」
蛍子「でも生きなきゃ……どんなことしたって生きなきゃ
……あたし生きたいの……生きたいのよ」
三郎「うん……僕も今は……そう思うな」
蛍子「じゃあ、前には……いやだったの?」
三郎「うん……でもいいなあ、生きるってことは……」
蛍子(笑いながら)「そうよ、今頃……」
三郎「いや、やっとそう思えだしたんだよ……」(と彼女を見つめる)
蛍子(視線をはずし)「あの……それからねもうひとつあるのよ、
のぞみが……第一に生きることでしょう?」
三郎「うん」
蛍子「それから、もう一つはね、ほんのね、少しでいいから、欲しいわ、幸福。
……こんな時代に贅沢かしら……」
三郎「ほんの少しなら……今、持っているじゃないの……僕たち……」
蛍子「あら……」(うつむいて笑う)(P22)


三郎と蛍子は知らない。数年後に平和が訪れることを。
60年後、70年後の平和な時代、年に3万人以上の人がみずから命を絶っていくことを。
三郎と蛍子がいま生まれ落ちていたら、こんなご大層な恋愛は経験できないのだ。
せいぜいクリスマスにありきたりなプレゼントを交換しあって、
その代価を求め、あるいは与えるように肉体を重ねるくらいだろう。
夢のないことを言うようだが、画家志望の蛍子は現代に生まれていたら、
自傷が好きなクルクルパーのメンヘラ娘になっていたかもしれない。

「仏の道 絹の道」(山崎脩/京都書院アーツコレクション)絶版

→文庫版の写真集。「仏の道 絹の道」とはご存知、シルクロードのこと。
むかしはシルクロードを旅するとなったら命がけであった。
しかし、いまなら飛行機でひとっ飛び。
金がないならば、わたしのように鉄道やバスで行けてしまう。
1千年まえに人がシルクロードの風物に接したときの感動はいかほどであったか。
現代はパックツアーでだれもがかんたんに行くことができるが、
見る風景はかつて写真でなじんだものばかりではないか(たとえば、この本)。
写真がないとき、旅や放浪、物見遊山はどれほど魅力的だったか。
カメラはともかく、せめてインターネットがない時代に戻れたら。
わたしのように現物よりも写真のほうがいいと言うものさえ現われる時代である。
いまや未知の世界は「死」のみなのかもしれない。
シルクロードからは帰ってこられるが、死出の旅路はいったん歩を進めたら引き返せない。
神秘的なものが求められている時代なのだろう。
いまやすべてがあからさまになってしまった、とも言いうる。
ふと写真家の気持になる。
なにもかもさらされてしまった現代、
彼(女)はいまさらなにを暴こうとしているのだろう?

「仏陀の道 二千四百年」(横山宗一郎/京都書院アーツコレクション)絶版

→文庫版の写真集。副題は「釈迦誕生の地から奈良までを辿る」。
アジア全域に広がる(含日本)仏教関連の名所を写真と解説で追う。
隠れた名著だと思う。
実際に自分でこれらの場所すべてに行こうと思ったら、どれだけ費用と時間がかかるか。
行ったところで疲れているからろくにものを見られないのは、経験から知っていること。
言葉ではなくイメージで仏教に近づくためのいい参考書だと思う。

このイメージというのがわからない。
暇にまかせてかなりの仏教聖地に行ったが、ほとんど感動したということがない。
絵や彫刻を見て感動するためにはどんな能力が必要なのだろう。
恥ずかしいことを告白すると、暑いなか現地で見たときよりも、
この写真集をいまゆっくりと見たほうがよほどいいと思うのだから。
なまの仏像や仏画を見て感動できる人に畏敬の念すらおぼえてしまう。
それにしてもプロのカメラマンが撮影した写真は本当にすばらしい。
わたしが現地で見たものよりも数段本物らしく思えるくらいである。
まったく困ったものである。
本物(現地の体験)よりも模造品(写真)のほうに心ひかれるようではいけない。

この本を読んで、いつかミャンマーとスリランカに行きたいと思ってしまった。
万が一運よく行けたとしても、この写真集で得た満足以上のものを果たして味わえるか。
写真はどうしてこうも実物よりも美しいのだろう。

「新アジア漫遊 」(大村次郷/朝日文庫)絶版

→写真家の著者がアジアを漫遊したときの写真をテーマごとにまとめたもの。
旅行者気分ではなく、いささかなりとも学術的でありたいという野心があったようだ。
たとえば蛇というイメージはアジア各国によってどう変わるか等。
比較対象は手広く西欧も入っている。
二通りの世界認識方法があるのだろう。
言葉で世界をとらえるか、それともイメージで把握するか。
わたしはイメージのちから、美的感覚に極めて乏しいので、
せめてこのような写真集を見ながら劣等感覚を伸ばそうなどと考えている。
なにしろ、まるで写真や絵画といったものがわからないのだから。
いわゆるプロのいい写真を見ることで、少しはそちらも伸びないかと期待している。
写真は基本的に撮るのも撮られるのも嫌いですが。

「クリスマス・キャロル」(ディケンズ/池央耿訳/光文社古典新訳文庫)

→これまた恥ずかしい読書をしてしまった。
かの名作をこの歳まで一度も読んだことがないというのは恥になるのではないか。
言い訳めいたことを書くと、「本の山」をはじめたのは、
世界文学、日本文学の名作を読みあさり、関心が演劇に移ったころ。
なにが言いたいのかと申しますと、いちおう名作はかなり読んでいるつもり。
しかし、なかには「クリスマス・キャロル」のような穴もあるわけでして。

内容は守銭奴のスクルージがクリスマスに自分の死ぬ夢を見たことがきっかけで、
美しい人間愛に目覚め、それまでの態度を一変させる。
つまり、クリスマスを境として偏屈な老人が人に優しく親切になる話である。
まあ本当ならスクルージはふたたび人間の底知れぬ性悪に傷つき、
哀しいかな、またもとの冷血漢に戻るのだろうが、そこは名作文学らしい嘘なのだろう。
悪い人がいい人になって、めでたしめでたしというわけで、こちらも感動した。
「クリスマス・キャロル」を読んで数日はきれいな心でいられるくらい、
まだこちらもすれていないようで我が事ながら安心した。
身もふたもないことを言うと、単なる世間知らずなだけなのだろうが。

しかし、改心するまえのスクルージは笑える。
そうなのだ、だれにも親切でみなから愛される老人は、文学の主人公たりえない。
癇癪もちの冷笑家スクルージは、
あたかも中島義道氏や小谷野敦氏、それから我輩のようである。
なかなかのナイスガイということだ。すばらしい描写がいくつかある。
まず彼、いや我われの好む動作はなにか。せせら笑う!

「へっ」スクルージはせせら笑った。「くだらない!」(P15)

ちなみに、ここで「くだらない!」と彼が見下しているのはクリスマスだ。

クリスマスはくだらない!

ご同感という人がいましたら、おめでとう。あなたも我われの仲間、スクルージだ。
貧乏人への寄付を求められたら、なんと言えばいいか。

「だったら、さっさと死ねばいい」
「余分な人口が減って、世のためというもんだ」
「どうなろうと私の知ったことではない」
「私にはかかわりあいのないことだ」(P23)


うんうんと首肯しているあなた、おめでとう、あなたも今日からスクルージだ!
人が逢いにきたらなんと言えばいいのか。

「はてさて」スクルージは持ち前の冷笑を孕(はら)んで言った。
「何ぞ、私に用でもあるのか?」(P34)


あなたはまだスクルージほど老いていないと言うかもしれない。
なら、若き日のスクルージの描写をお目にかけよう。
ここは本書のなかでいちばん素敵な描写だと思う。

「その顔はまだぎすぎすした後年の皺を刻まず、
知謀と強欲の滑(ぬめ)りが浮きはじめるところだった。
猜疑と我執を宿してせわしなく動く目は、
心に根を降ろした怨念の木が
やがて枝葉を広げて落とすであろう影を予兆していた」(P71)


心に根を降ろした怨念の木!

実にうまい表現だよな、くすくす。
世界中の人びとが「クリスマス・キャロル」を読んで感動するということは、
もしかしたらみんな心にスクルージを宿しているのかもしれない。
だれもが「心に根を降ろした怨念の木」を内に有しているのではないかしら。
だから、「クリスマス・キャロル」という美しいフィクションに救われるのだろう。
よし、今年は邪心を「クリスマス・キャロル」を読むことで浄化した。
いまのところクリスマスに予定は入っていない。
今年は改心したスクルージのように街へ繰り出し、
往来で逢う幸せそうな家族やカップルに向かってメリー・クリスマス!
そう快活に笑顔で挨拶することにしよう。本当だ。まず手始めに――。

諸君、メリー・クリスマスだ!

「新潮日本文学アルバム 泉鏡花」(新潮社)

→鏡花というのは病的なまでの潔癖症だったらしい。
書斎の写真があるけれど、整理整頓が行き届いており、うちとは正反対だ。
腺病質でいかにも旧時代の文士といったていの姿かたちは、
まるで下品な俺様をひっくり返したようである。
なんちゅうかね、まあ平たく言えば、そのだ、土足で鏡花の家に上がりこんで、
つばをペッペと吐き出しながら屋敷中を探索して、
本棚を見つけたら作家の大切な蔵書を汚い手であさってみたいというかね。
いや、鏡花が怒ってもいいわけ。百パーセント喧嘩したら勝てる相手だから。
うっかり殺しちゃうと化けて出てきそうだから、それが唯一怖いところだな。

新潮日本文学アルバムはよろしい。作家は文章ではなく顔だよ顔!
アイドルが歌で勝負するのではなく顔で勝負するようなもの。
ジャニーズのみなさんが演技よりなにより美顔を強調するようなもの。
しっかし、ほんと見れば見るほど鏡花はユーレイみたいな顔をしていますね。
あんがい人間ではなかったのかもしれない。ユーレイ作家、くすくす。
えっと、あまりにも学がないように思われるのも癪に障るから、
もっともらしく本書から水上瀧太郎の鏡花紹介を孫引きしておこう。
うん、これでもこちらいちおう文学部出身なんだから。

「(鏡花は)往来を歩いてゐても、神社仏閣の前を通る時は、
一々眼鏡をはづして礼拝する。
神も仏も、先生にとつては、大好きなお化(ばけ)と共に
あきらかに存在するものであつて、目に見えない存在だから、
一層美しくなつかしく、おもふが儘の信仰の対象となるのである」(P66)


オホホ、あたいも鏡花文学のことはよーくわかっていますことよ♪

「海神別荘」(泉鏡花/岩波文庫)

→戯曲。「海神別荘」は「夜叉ヶ池」「天守物語」とともに鏡花の三大劇とされている。
鏡花三部作として歌舞伎として上演されることもあるらしい。
鏡花の芝居は、言葉の劇というよりもむしろ怪奇な見世物の類だから、
かえって歌舞伎のほうがいいのだろう。
もっとも西欧演劇的だったのは「夜叉ヶ池」で、残り二つはゲテモノ芝居といってよい。
大衆芸能の観客なんか、まああれなわけで、絢爛豪華な衣装を見せられたら、
「あら、すごい」「今日は得したわ」「眼福、眼福」などと、
呆けたように口をあんぐり開けてよだれを垂らしてくれるのだろう。

さて「海神別荘」の話をする。
美女が財宝と引き換えに海神の別荘に行く(まあ竜宮城みたいなものだろう)。
これは人間の側から見たら、大漁のお礼として美女をいけにえにしたことになる。
つまり、漁師一家は娘の美女を海に沈めた。死なせたわけである。
見方を変えると、美女は海の下にある国の公子に見初められた。
さあ、公子と美女の結婚である。
ところが、美女には未練がある。こうして生きていることを家族に伝えたい。
しかし、陸の人間には美女はもう人間ではなく大蛇としか見えない。
絶望した美女は公子に殺してくれるよう頼むが、
直後公子の顔の美しさにのまれ、思わず笑顔を見せてしまう。
公子も美女の笑顔に改めて惚れ直し、結局はめでたしめでたしのハッピーエンドになる。
人間には見えないものが世の中にはあるという、いつもの鏡花ワールドだ。

「人間の目には見えません」(P43)

「勝手な情愛だね。人間の、そんな情愛は私には分らん」(P44)


かりに亡者の住む異界があるとすれば、人の死はそう不幸ではないのかもしれない。
そう信じられたらの話である。

「天守物語」(泉鏡花/岩波文庫)

→戯曲。美丈夫(イケメン)の侍さんと、天守閣に住む魔界の夫人の恋物語。
この魔界夫人はかつて無念の死を遂げた女で城主の妻だった。
鏡花にとって魔物は親しみやすいものだったのだろう。
死んだものは姿は見せないが、魔界できちんと生きているという世界観だ。
もっと言えば、死は終わりではないという考えを鏡花は持っていた。
最後、めくらになった侍と魔界夫人が老賢者によって目を明かされるのは芝居らしい。
ギリシア悲劇のデウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神=どんでん返し)に似ている。
死んだ人との恋というのは王道パターンだが、
これからもいくつも同類の恋物語が生まれることであろう。
なぜなら、現実だけではあまりに味気ないからである。

「夜叉ヶ池」(泉鏡花/岩波文庫)

→鏡花の戯曲は小説よりもはるかにいい。
きちんとした見世物=大衆芸能になっていると思う。
「夜叉ヶ池」には喧嘩シーン、エロシーン、笑わせシーンすべてが入っている。
村の鐘楼守りの夫婦の物語である。
夫婦は定時に鐘を撞くことを定めとして課している。
これをやらないと水害が起こるという言い伝えがあるからである。
新参者が現われることで、こういう事情が明らかになる。
夫婦の男のほうは、むかし学者としてこの村に来て、女と知り合い居ついてしまった。
新参者はこの男の旧友である。
男二人は山頂にあるという夜叉ヶ池に出かけた晩、村の長たちが女のもとにやってくる。
雨が降らないので、古くから伝わる雨乞いの儀式をやるというのである。
それがなんとも猥褻(わいせつ)ですばらしい。

「絶体絶命の旱(ひでり)の時には、
村第一の美女を取って裸体(はだか)に剥(む)き……
黒牛の背に、鞍(くら)置かず、荒縄に縛(いまし)める」(P60)


美女を裸にひん剥いて、馬に縛りつけて、どうするか。
この犠牲(いけにえ)を夜叉ヶ池の竜神に捧げるのである。
が、美女の「生命(いのち)は取らぬ」。

「さるかわり、背に裸身(はだかみ)の美女を乗せたまま、
池のほとりで牛を屠(ほふ)って、
角(つの)ある頭(こうべ)と、尾を添えて、これを供える。
……肉は取って、村一同冷酒(ひやざけ)を飲んで啖(くら)えば、
一天忽(たちま)ちに墨を流して、三日の雨が降灌(ふりそそ)ぐ。
田も畠(はた)も蘇生(よみがえ)るとあるわい。
昔から一度もその験(しるし)のない事はない」(P60)


いいな、この焼肉パーティーに参加したいよ、おら。
ああっ、いますごい発見をしてしまった!
これはまさしく「ノーパンしゃぶしゃぶ」の起源ではないか!
これは民俗学的な大発見かもしれないぞ!
むかしから日本人は女性の裸を鑑賞しながら牛肉を食うことを好んだ!

ノーパンしゃぶしゃぶは日本の古き良き伝統文化!

話を芝居に戻すと、この女のピンチに男二人が戻ってくるのである。
ヒロインのピンチにヒーローがやってくるのは大衆受けするいいシーンである。
ここで葛藤が生じるわけだ。
男たちは女を村から救い出そうとする。もちろん、村のお偉いさんたちは反対だ。
女といえば鐘を撞く定めのことを気にしている。
ここでチャンバラになる。チャンチャンバラバラは客のもっとも好むシーン。
最後は女が自殺。男はもう鐘が鳴らせないように、紐を切ってしまう。
すると定めを破った罰として、洪水が起こり、みなのみこまれてしまう。

この洪水を天上から眺めるものがいる。
妖怪たちである。夜叉ヶ池に住む姫様たち御一行だ。
芝居は人間たちのパートと妖怪たちのパートに分かれている。
鏡花は人間世界の裏側に存在する妖怪たちを見る視力を有していた。
鏡花は見えないものを見る作家であったということだ。

「外科室・海城発電」(泉鏡花/岩波文庫)

→はっきり言って鏡花自体はつまらないけれど、小説に出てくる古い言葉がいい。
むかしの言葉はなまの差別感情が体臭のようにこもっているので美しい。
以下引用は憲兵さんが、中国軍の捕虜から帰ってきた軍医をあざけっているところ。
どうしてスパイのひとつもしてこんのか、軟弱者めが!
この軍医は中国軍の負傷兵をたくさん助けたので敵軍から褒賞までされている。
引用部分を読むと、むかしは混血児というのが差別された存在だったのがよくわかる。
いまでいえば「ハーフ」が悪口になるということ。

「へむ畜生、支那(チャン)の捕虜(とりこ)になるやうぢやあ
とても日本で色の出来ねえ奴だ。
唐人の阿魔(あま)なんぞに惚れられやあがつて、この合の子め、
手前(てめえ)、何だとか、彼(か)だとかいふけれどな、
南京に惚れられたもんだから、それで支那の介抱をしたり、
贔屓(ひいき)をしたりして、
内幕を知つててもいはねえんぢやあねえか。
おいらの口は浄玻璃(じょうはり)だぜ」(P183)


浄玻璃は地獄の閻魔さまくらいの意味か。くうう、使ってみてえずら。
「おいらの口は浄玻璃だぜ」――。
妻の浮気が発覚して、悔し涙に暮れながら、女房をこっぴどく折檻したあとで、
どすをきかせた声で「この阿魔が、おいらの口は浄玻璃だぜ」――カーッ!
そのためにはまず結婚だな、うん。

「草迷宮」(泉鏡花/岩波文庫)

→なんかすんごい深そうな小説だで、これで長い評論がいくつも書けそうな。
おらは学がないけん、そういうことはでけんど。
基本は幽霊屋敷が舞台のホラー小説だと思うべさ。

鏡花は幽霊や妖怪が好きだったのだろう。
この作家の世界観を要約するとこうなるのではないか。
「人間(男性)→妖怪・幽霊・物の怪(女性)→畜生(動物・ペット・食肉)」
鏡花は女を(人間ではなく)化け物として見ていたのは疑いもなく、
だから嫌うというのではなく、このためにこそ女人に憧憬を持ったのだと思う。
新しい人間を産んでしまう女性をどうしてもおなじ人間とは思えなかった。
鏡花にとって女性は人間以下の野獣のような、
あるいは人間以上の物の怪のような存在だったのではないだろうか。

「草迷宮」には、母を求める青年が登場する。
死んだ母の歌ってくれた手毬歌(てまりうた)をもう一度聞きたい。
この部分は鏡花の絶唱である。
かの文豪(?)の文章はよくわからないが、
ここだけはたましいがこもった名文だと思った。
わたしにとって泉鏡花は、この絶叫部分しか記憶に残らないかもしれない。
母の手毬歌をもう一度耳にできたら――。

「夢とも、現(うつつ)とも、幻とも……目に見えるようで、口にはいえぬ
――そして、優しい、懐しい、あわれな、情のある、愛の籠った、ふっくりした、
しかも清く、涼しく、慄然(ぞっ)とする、
胸を掻挘(かきむし)るような、あの、恍惚(うっとり)となるような、
まあ例えて言えば、芳(かんば)しい清らかな乳を含みながら、
生れない前(さき)に腹の中で、美しい母の胸を見るような心持の――唄なんですが、
その文句を忘れたので、命にかけて、憧憬(あこが)れて、
それを聞きたいと思いますんです」(P117)


マザコンきんもっ! とか未婚四十代女子に裁かれちゃいますね。
ごめんよ♪ でも男なんてこんなもんだぜ♪

「鏡花短編集」(川村二郎編/岩波文庫)

→人から「薬草取」がまだおもしろいのではないかと教えられ読む。
もちろん貧乏性だから収録された短編はぜんぶ読んでいる。
しかし、意味の取れるのが「薬草取」をふくめ三、四。
鏡花の作品というのは、なんというかその、ポエムに近いのかな。
泉鏡花が好きな黒髪セーラー服の文学少女などいたらゾクゾクするだろう。
しかし、わたしは鏡花が好きではない。
作品を読んだところ鏡花はどうやら乳が好きだったようである。
牛乳ではない。おっぱいのことである。おっぱい、おっぱい! 鏡花、おっぱいだぞ!

「歌行燈・高野聖」(泉鏡花/新潮文庫)

→泉鏡花ってどこがすごいのだろう。
「高野聖」のみちゃんとしたお話があったから読めないこともなかったけれど、
「女客」「国貞えがく」「売色鴨南蛮」「歌行燈」はまったく意味が取れない。
当時の編集者になって、「ダメ、書き直し」と三十回くらい鏡花をいじめてやりたい。
鏡花の顔を見ると、ああ、こいつとは合わないなと思う。
こっちがあっちをいじめるか、逆にいじめられるかの関係になるのは必定。
わたしは文芸評論家の小谷野敦さんから人を顔で判断することを学んだのだった。
「高野聖」がまだ読めたのは物語になっていたからである。
基本、小説なんちゅーのは女子供のための娯楽なんだからお話でよくね?
こんなおもしろいお話がありまっせ、と揉み手をしながら近づいてきてほしいもの。
その点、泉鏡花はなにやら偉そうで不快である。
ああ、やっぱり鏡花をいびって泣かせてやりたい。

「ちょっとした勉強のコツ」(外山滋比古/PHP文庫)

→とどのつまり、よく本を読むというのは、よく書くということなのかもしれない。
よく勉強するというのも、よく書くこと。書くこと、書くこと。
あたまを使うというのは、言葉を用いて自分で書いてみることの意味。
本を読むだけでは、他人の思考をなぞっているだけになってしまう。書くこと、書くこと。
苦しんで楽しんで、言葉を駆使して、ここからどこかへ行くこと。

「本などもただ読みっぱなしにしないで、
あと、かならず感想を書く習慣をつけるようにしたい。
これがどんなにわれわれの精神を大きく豊かにしてくれるか、はかり知れない。
書くことはおっくうであるが、頭脳をよくするもっともよい方法は書くことだ。
とにかく、書いてみることである」(P115)


「男性自身 暗がりの煙草」(山口瞳/新潮文庫)絶版

→結局、人間の一生はどの親から生まれたかですべてが決まるのではないか。
というのも、人の一生を支配するのは当人の好き嫌いである。
学校、就職、結婚からしてみなみな、
「好きだから好き」「嫌いだから嫌い」の感情論で最終的には決定される。
ところが、この好き嫌いというものは絶望的に両親に支配されるのである。
といっても、両親の好みがそのまま遺伝するというわけではない。
親が嫌っていたものを、嫌っていたからという理由で好きになるものも多いだろう。
にもかかわらず、ではなく、だから、人間は生涯両親の影響から逃れられない。
親が嫌いなものを好きになるのも、つまるところ親の影響下にいるのだから。
身近な例で言えば、日に三度三度食うメシだってそうではないか。
おのれの好き嫌いを極限まで「男性自身」で追求した山口瞳氏の言葉から――。

「私のもっとも好きな食物は、
牛肉屋やコロッケ屋で売っている出来あいの野菜サラダである。
ポテトの甘みと芥子(からし)との調和は絶妙であると思う。
母は、こういうものを決して買ってくれなかった。
きっと、腐敗しやすいというのが根拠であったのだろうと思う。
たしかに品のいいものではない。
私は、これを八百グラムばかり買ってきて、冷蔵庫で冷やしてから、
丼をかかえこんで食するのを非常なる快とする。
第一に、やすくって腹にたまるのがいいや。
母に対する積年の復讐をとげているような心持がする」(P70)


いまでいう大人買いなのはわかるが、しかし八百グラムはやはり多すぎる。

「クヨクヨ気分が晴れる本」(ひろさちや/成美文庫)

→ひろさちやさんは老人だからむかしの知恵を知るのに助かる。
むかしの人は、やたら子どもを産んだでしょう。多産である。
どうしてかが本書に書かれていて、なるほどといたく納得した。
たくさん子どもをつくっておけば、なかには成功するものもいるかもしれない。
年金制度や生命保険システムが不確実だったむかし、庶民は不安定に多産で抵抗した。
それに親と子には相性というものがある。
どの子ともうまくいくわけではない。
だから、やはり多産はいいのである。気の合う子に老後の面倒を見てもらえばいい。
金がなかったら、金だけは成功した子どもにお願いすればいい。
もしこれが正しいのなら、少子高齢化対策は年金などなくしてしまえばいいのである。
そうしたら将来が不安だから、みな子どもをたくさん産むようになる。
子どものいない夫婦など、存在意義がなくなるだろう。
実際、本当に多産はいい。
たくさん産んでおけば、ひとりふたりダメでもうまくいくものも現われるのだから。
そうして家族で助け合っていけば、年金も生命保険もいらないのだ。
だから、人生の失敗者ほど子づくりに励むべきである。
自分の人生ではかなわなかった大成功を子どもがしてくれるかもしれないのだから。
貧困は連鎖するというが、どうだろうか。
それはひとりの子どもしか持たなかった場合ではないか。
たくさん産んでおけば、ひとりくらい成功するものが現われそうな気もするが。
そうしたら一族全員、その子におんぶだっこして、楽しく暮らせばいいのである。
もしわたしが将来万が一にも奇跡的に運よく結婚することができたら、
子ども3人を目標にする。ええい、ここに宣言するぞえ。
(ウソもウソ、大法螺でっす。来世でがんばりまっす♪)

講演会も大人気のひろ先生の仏教法話をひとくさり紹介しておこう。
人を救うとは、いかに当人をうまくだますかである。

「浄土にいいお土産を持っていくためにも、
この世の人生ではいっぱい苦しんで、いっぱい泣いたほうがいい。
なぜなら、この世の中で苦しい思い出こそ美しい思い出になるからですよ。
ここで私は、
「この世の中で苦しい思い出ほど美しい」
という逆説を、あえて強調しておきたいのです。
試しに、みなさんの今までの人生の中で、
強烈に残っている思い出とはどんなものか、振り返ってみてください」(P190)


「悩むなら美しく悩みなさい」(ひろさちや/sasaeru文庫)

→ひろさちや先生のこんなタイトルの本を読むなんて、
ある種の人にとっては真っ裸で町を歩くより恥ずかしいのではないか。
しかし、人生は多様で人それぞれ。
ほら、ああいう手合いがいるじゃないですか。あれですよあれ。露出狂。
みずからの恥ずかしいところを出して嬉々とする犯罪者まがいの奇人。
おそらく、わたしは精神的露出狂なのかもしれない。
こんな本を読んだことを人にばらすなんてさ。
自己啓発書を誇らしげに読むようなものである。
とはいえ、ひろさちや氏の説くのは成功本の正反対。
成功本というのは因果論なのである。
果(成功)はなんらかの因(努力や工夫)のおかげと考え、この因をノウハウとして説く。
比して、ひろ先生の訴えるのは仏教的な因縁論。
果(禍福)の因(原因)なんて、かりにあったとしても人間には知りようがない。
なら、なにが果(成功・失敗)を決めるかといったら縁(たまたま)。
果が因のせいではなく縁によるのなら、因に苦悩したり反省するのは意味がない。
高額セミナーに参加して因(ノウハウ)を学んでも、
結局は縁(偶然)なのだから、それは愚かにも金をどぶに捨てるようなもの。

「プロ野球選手でもサッカーでも、ある監督のもとで結果を出せなかった選手が、
別の監督に替わった途端見違えるような活躍をする、ということはよくあります。
私たちは「果」から「因」を推測して、あの人はできるだとか、
別の人はできないだとか判断しがちですが、往々にして、それは間違っているのです。
バブル崩壊後、年功序列、職種別横並び賃金をやめて、
成果主義の人事・給与制度を導入する会社が増えました。
「自己責任」という言葉もはやっています。
結果がすべてで、結果を出せない人間は生きる価値がないような風潮です。
しかし、結果のみで人を評価する態度は、短絡的に過ぎます。
わかりやすいですが、間違っています。
「縁」のない「果」はないのです。
むしろ、「縁」がすべてを決定していると言ってもいいくらいです。
だから、すでに起きてしまったこと、過ぎてしまったことについて、
クヨクヨ思い悩んだり、グチグチ原因を追究してみても、仕方ありません。
私が「反省はするな」というのは、そういう意味なんです」(P41)


原因を考えない!

これを習慣づけるだけでだいぶ人間は苦悩から解放されるのだろう。
原因を考えてくよくすることが悩みの実相なのだ。
原因を考えないとは、「どうして?」を葬り去ること!
「どうして失敗したのか?」「どうして不幸なのか?」などとうじうじ反省しても意味がない。
なぜなら、すべての結果が縁(たまたま・偶然・運)によるのだから。
こう考えたら楽になれるという教えだ。

「子どもと悪」(河合隼雄/岩波書店)

→柳田国男の言を引いてのウソの考察が興味深かった。
もともとウソには虚偽というよりも、面白いお話という意味が強かったという。
で、村々には評判のウソツキ老人がいた。
なぜかというと、ここから先は孫引きだが――。

「とにかくこの人生を明るく面白くするためには、
ウソを欠くべからざるものとさえ考えている者が、昔は多かった」(P125)


しかし近代にはいって虚偽とウソが一緒くたになり、ひとつのウソになってしまった。
あげく、あらゆるウソを悪事と認定するような風潮が強まる。
したがって、人生の面白みを味わう機会が減った、と河合隼雄も柳田国男に同調する。
河合隼雄の言説は虚偽というより、面白いお話という意味でのウソだから、
なるほどまったくそうだとわたしも同感した。
河合隼雄のウソをあたまのどこかに置いて生活していると、
味気ない人生がわずかながらいきいきとしてくるのだ。
たとえば、家族にまつわるこんなウソも面白い。

「きょうだいのなかの誰かが「反抗」の役をしっかり担うと、
他の子どもたちはそんなことをあまりする必要がなくなることがある。
家族はしばしば全体としての運命を背負っているようなところがある」(P20)


家族メンバーそれぞれの幸運や不運はまちまちだけれども、
全体として考えてみるとあちらがプラスのぶんこちらがマイナスというように、
それなりにバランスよくアレンジされていることに気づく。
逆に言うと、家族全員がうまくいくことはめったにないのだろう。
あちらが立ったら、こちらは引っ込むというようなことが家族全体を考えるとある。
というウソ(=面白いお話)を念頭に置くと、いまが不遇でも我慢して待つことができる。
それほど自責の念や罪悪感を感じずに、他の家族の厄介になることができるだろう。
これは他の家族が幸せなら自分はいいという滅私のお話にもつながると思う。

ウソ(=面白いお話)でお金を稼ぐのが作家である。
いったいウソは人間のどこから出てくるのだろう。
たとえば、人間がいちばん最初、
つまり子ども時代にウソを意識するのはどのようなケースが多いか。
河合隼雄は「子どもと性」に着目する。

「性そのものは悪ではない。性ということがなかったら人類は滅亡する。
にもかかわらず、性は常に悪の連想を引き起こす。
これまで話題にしてきた、うそや秘密ということは、
性との関連で生じてくることが多い。
子どもが大人に対して、また、大人が子どもに対して、
うそをついたり、秘密にしたり、ということが性に関してよく生じる」(P155)


そう考えるとすべての作家の創作の源泉はリビドー(性欲)なのか。
これは飛躍しすぎでウソ(=虚偽)になると思う。
とはいえ、性は人間のもっとも隠すべき秘密であることを考えると、
墓場まで持っていく秘密が作家のウソ(=面白いお話)と無関係ではない、
という説はそれほどウソ(=虚偽)ではないような気がする。
河合隼雄はクライアントから聴いたいろいろな秘密を漏らすことなく永眠した。
しかし、その代わりに、こうしてたくさんのウソを我われに遺してくれている。

「未来への記憶(上)(下) ~自伝の試み~」(河合隼雄/岩波新書)品切れ

→ファンだから自伝をまるで娯楽小説のようにして読む。
ユング研究所の打ち明け話は楽しかった。
教える分析家同士でも対立が絶えず、
なかにはユングの悪口を平気で言う先生もいたという。
反面、ユングを大先生として奉ろうというカルト集団的な雰囲気もあったとのこと。
氏が行き先のそのときそのときで変わる行き当たりばったりの人生を歩まれているのに驚く。
河合隼雄の人生は、ほとんど計画性のようなものがなく、
その場で行き先を平気で変えてしまうのだ。
行動基準は「おもしろい/おもしろくない」である。
おもしろくなかったらやらないで、おもしろかったら先を考えずにやってみる。
兄弟に医者が多く金銭的に恵まれていたことも冒険する好条件だったようだ。
なにしろ当時スイスに留学することはたいへんなことである。
河合隼雄は妻と子どもを連れてスイスのユング研究所に行っているのだから。

「兄弟はみんな大賛成でした。それこそやりたいことをやれと。
それで、もし金に困ったら援助してやると言ってくれました。みんな医者ですからね。
しかし、援助してもらうのはスイスから帰ってからのことです。
土地を買ったり家を買ったりするときにね。
スイスへ行くときはあまり頼ることはありませんでした」(下巻P72)


自伝をぜんぶ読んで思うのは、
河合隼雄は河合隼雄になるべく生まれてきたということである。
河合隼雄になりたくて河合隼雄がいろいろと策を弄したというわけではない。
人生で起こる現象は、もしかしたらほとんど因果関係ではないのかもしれない。
どういうことかと言うと、だれかほかの人が河合隼雄になろうと思ってもなれない。
そのくらい河合隼雄は一回かぎりの偶然性を生きている。
河合自身も人生でなにか事件が発生するごとに、
それを裏でアレンジしているなにものかの存在を感じ取っている。

考えてみたら、人生における禍福はどれも一回かぎりと言えなくもない。
風邪をひくことはあるが、狙って風邪になることはできないのだ。
我われは風邪をひいたときに、なにか原因を特定する。
たとえば、昨日寒いなか雨にぬれたのが原因だ。
しかし、狙って風邪をひこうと思って、
雨のなかを薄着でいてもかならずしも思ったとおりにはならない。
精神疾患のアル中だっておなじで、なろうと思ってなれるわけではない。
ふつうは朝目覚めたらまた酒などのみたくなるものではない。
そのくせ依存症患者はアル中になった原因を探し出し特定する。
あれがなかったら自分はアル中になどなっていなかったと。
だが、だれかがアル中になろうと思っておなじことを経験しても、
まずなれないのではないだろうか。
人生で生じるあらゆることは、実のところ再現性がないとは考えられないか。
もう一回おなじことを意図してやろうと思ってもうまくいかないのである。
繰り返すが、狙って病気になろうと思っても、そうなれるものではない。
これはマイナスの話だが、プラスでもおなじなのだろう。
人生における現象の原因など本当はあいまいで、
いくらプラスの努力をしたところで成功したり出世できるものではない。

河合隼雄がスイス留学中にニジンスキー夫人と交わしたという会話が興味深い。
ニジンスキーはロシアの天才的バレエダンサー。のちに分裂病を発症。
河合はニジンスキー夫人から問われたという。
もし自分がニジンスキーと結婚しなかったら彼はこの病気にならなかったか。
というのも、ふたりが結婚するまでにいろいろあったからだ。
夫人は、ニジンスキーを同性愛相手から略奪したという経緯がある。
「自分のせいでニジンスキーは分裂病になったのではないか」
この問いに河合隼雄はこう答え、夫人はいたく安心したという。

「人生のそういうことは、なになにをしたのでどうなるというふうな
原因と結果で見るのはまちがっているのではないか。
ニジンスキーという人の人生は同性愛を体験し、異性愛を体験し、
ほんとに短い時間だけ世界の檜舞台にあらわれて、天才として一世を風靡した。
しかし、ニジンスキーにとっては
非常に深い宗教の領域に入っていったということもできる。
そういう軌跡全体がニジンスキーの人生というものであって、
その何が原因だとか結果だとかという考え方をしないほうが
はるかによくわかるのではないか」(下巻P151)


この挿話に関係して精神科医で哲学者のビンスワンガーの話が出てくる。
ニジンスキーの入院したのがビンスワンガーの精神病院だったのだ。
ビンスワンガーは、息子の自殺ののち「現存在分析」に深く関心を持つようになる。
この「現存在分析」は河合隼雄の考え方、生き方ともおなじなのだろう。

「じつは、そのビンスワンガーの息子の自殺が契機になって、
ビンスワンガーは「現存在分析」ということを言い出すのです。
どういうことか簡単にいってしまえば、
そのときの一回かぎりのこと、存在そのものが非常に大事であって、
いわゆる自然科学的に簡単に説明したりするということはできない、
という考え方ですね。(中略)
要するに、他人のことは分析したり、何が原因で何が結果だとか言えるけれども、
自分のことというのはそんなことではない。
患者さんが自分のことを必死に考えているときに、
他人がとやかくその原因や結果とか言うのはおかしい。
ビンスワンガーはそこから出発したのじゃないかと思ったのです。
つまり、自分の息子の自殺の原因を考え出すと、人はいろいろ言うし、
自分でも考えているでしょうが、そんなものではない。
息子は死んだんだという事実、それがほんとに大事だ、
というふうに思ったんじゃないかとぼくは思う。これはぼくの推察です。
ぼく自身も、自殺した人の「心理」について
原因-結果で説明するのは好きではありません」(下巻P146)


いかに我われが「原因-結果」の思考法に毒されているか、である。
人間に関すること、人生の諸問題は、
「原因-結果」を考えないほうがはるかによくわかる。
たぶん因果的思考を捨てるほうが、世界はいきいきと豊かに見えてくるのだろう。
河合隼雄の人生は一回かぎりのものであった。
そのことはもうこの偉人が亡くなっているから本当によくわかる。
そして、我われの人生もまったくおなじなのだ。

「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」(鴨志田穣/講談社文庫)

→裏表紙の紹介によると、「笑って泣ける私小説」だそうだ。
アル中で精神病院に入院してガンの告知を受けるまでを描く。
たしかにウソを書いているから私小説なのだろうが、あまり感心する類の虚構ではない。
自分をよく書き過ぎているのである。自分を過剰にいい人のようにデフォルメしている。
しかしまあ、こういった方向のウソを書かなければならなかったカモちゃんの気持はわかる。
アル中でDVまでした本当の自分のひどさを正直に書いてしまったら、
おそらく自我が崩壊して廃人なってしまうのだろうから。
アル中というのは、酒をのんで泥酔したあげく失敗する。
目が覚めたらその記憶を思い出したくないからまた酒をのんで失敗する。
これを人の迷惑をかえりみず朝昼晩と絶え間なくえんえんと繰り返す。
ダメなのはわかっちゃいるけれどやめられないのが、
カモちゃんのような重度のアル中患者の特徴だ。
この小説の主人公は冷静に自分の病気と向き合っていて好ましいが、
おそらく実際のカモちゃんはまるで違ったことだろう。
勝手な推測だが、鴨志田穣の実像は、
日本文学史上のどの私小説作家よりもひどかったのではないだろうか。
現代のシンデレラボーイ、
芥川賞作家の西村賢太氏など目じゃない極悪人ぶりをやらかしたと思う。
そうなってしまうと反対に、
今度は自分を冷静な善人のように私小説を仕立て上げるのである。
人間の善悪と書くものの関係は、おそらくそういうふうになっているのだろう。

先月、自己新記録になる2週間の禁酒をしたのだが、その最後の晩に本書を読了した。
たぶんこの小説をどこかの新人賞に出したら鼻にも引っかけられないだろう。
だが、元妻の影響力により、文庫化どころか映画化までされてしまうのである。
抗議したいのではなく、商業出版とはそういうものなのだ。
もしなんでもいいから作家にあこがれるのなら、
いい文章を書く修行をするより、自分にハクをつける工夫をするべきではないか。
要は少しばかり世の中を騒がせればいいのだが、常識人にはこれが難しいのだろう。
デタラメとハッタリを振りかざしながら作家・鴨志田穣はよくやったと思う。

「この世でいちばん大事な「カネ」の話」(西原理恵子/理論社)

→人気漫画家サイバラの涙ぐましい成功ストーリーである。
読んでいて思ったのは、
まるで創価学会の会合や座談会で披露される体験発表のようだということ。
どん底の貧乏からいかに努力して成り上がったか、という物語だ。
不良(ワル)が成功来歴を得意気に語るという王道パターンを外れることはない。
これを読むと、いっとき(だけだが)底辺の人間でも成功できるような錯覚を得られるから、
口コミで大ベストセラーになったのだと思う。
もう出版されてかなり経ったいまならみなわかっていると思うが、
本著の愛読者で実際に成功したものはほとんどいないだろう。
ど貧乏な底辺の人間は未来を自力で変えられるという、
カロリーたっぷりでかえって不健康な砂糖菓子のような甘い嘘に飢えているのだ。
実家が周辺よりも比較的に裕福だったサイバラは、
そのことを皮膚感覚で感知したのではないか(P45)。

かなり皮肉な口調で斜めから論じたが、それでも本書は価値がある名著だと思う。
この本を読んでだまされているあいだは少なくとも幸福なのだから。
タイトルの主張する「人生でいちばん大事なのはカネ」というど真ん中の直球もいい。
まさしくその通り! 人生はカネだ! いちばん怖くて優しいのは人間ではなくカネだ!
どうしてサイバラが成功できたかと考えたら、カネがなかったからである。
貧乏の豊かさが本書には実にうまく描かれている(おそらく意図せずに)。
貧乏だからハングリーになれるのだ。
それから裕福の怖さも、
この本をよく読むとわかるようになっている(これまた著者の意図に反して)。
貧困だけではなく、金持になるのもまた怖いのである。

サイバラの旦那はヒモで自称写真家の鴨志田穣(愛称はカモちゃんで故人)。
漫画家はカモちゃんが結婚してからアル中になったと書いている(P222)。
しかし、これは優しい誤解ではないか。
わたしはカモちゃんの大ファンで著作をほとんど読んでいるが、、
彼はサイバラと出逢うまえから9割方アル中だったのではないかと思う。
ただ「いちばん大事な」カネがなかったから身体を壊すまではのめなかった。
ところが、裕福な人気漫画家サイバラと結婚したことでカネに不自由しなくなった。
このため、もとからアル中だったのが本物の病的な依存症患者になったのだと思う。
残酷なことを言うようだが、カネさえなかったら(=サイバラと結婚しなかったら!)
彼は42歳で死ぬことはなかっただろう。
しかし、カモちゃんにとってわがまま三昧に生きて早死にできたことは、
断じて不幸ではなくむしろめったにないたいへんな幸運であった。

かようにして貧乏も富裕も恐ろしいことが本書をよく読めばわかるようになっている。
まったく本当にカネは魔物だと思う。
無駄にあっても、なくても人間をダメにするのだから。
一般論(通念)として貧乏は不幸で、金持は幸福だと信じられている。
しかし実は正反対で怖いのがカネ余りで、豊かなのが貧乏生活なのかもしれない。

サイバラは本当にいい女だと思う。
彼女の好きな男のタイプはむかしから変わらないという。

「いまだにそういうところがあるのよ、わたしには。
世間が押しつけてくるルールなんて、どうでもいい。
俺は「俺ルール」で、ひとつ何かやらかしてやろうって人が大好きで、
おもしろがっちゃうところがある」(P35)


わたしはサイバラのような女性と結婚したいが、
いざそうなったら(幸福かもしれないが)人間として壊れてしまうに違いない。
しかし、サイバラはいい女だ。
サイバラのような女性と結婚できたカモちゃんは最高の幸運児だったのだと思う。
まったく疑いもなくそう思う。

「読んでいない絵本」(山田太一/小学館)

→三島由紀夫や大岡昇平、小林秀雄が好きだった美青年は、
教育学部を出たら学校の先生にでもなって小説を書くつもりだった。
それがどうしてか松竹に入社して、のちにテレビライターとして独立することになる。
まったく夢などかなっていないのである。
山口瞳がエッセイ「男性自身」に「人生は仮り末代」と書いている。
仮り末代とは、「仮に住んだつもりが、そのままになってしまうこと」。
「ま、人生なんて、そんなものさ」という庶民の言葉だ。

もし山田太一が人生計画通りに教師をしながら小説を書いていたらどうなっていただろう。
資質と合わない(?)純文学的なものを書いただろうから(わからないが)、
いまのように大成しなかったかもしれない。
いや、学生時代にも小説コンクールで佳作をとっているから、
文学の世界でもいいところまでいったという可能性も否定できない。
しかし、いまほど多くのファンを持つ国民的作家にはなっていなかっただろう。
少なくとも、なろうと思っていなかったのはたしかだと思う。
とはいえ、いまのように大御所脚本家になるのが幸福かはわからない。
テレビドラマは多くの視聴者に見られる(見てもらえる)。
必然としてレベルの低い批評に何度も傷ついたのではないか。
見てほしいと思っている識者からは見向きもされず落胆したかもしれない。

そのうえ、である。
どうして教壇の机でこっそり懸賞小説を書いている教員が不幸と決めつけられようか。
傷つきやすい優しさを持った人間は無名で終わったほうが幸福かもしれないのだ。
いまのライターが脚本家として山田太一の地位まで到達することはないと言い切ってよい。
しかし、多くのライター(志願者)があこがれるこの大御所脚本家は、
断じて人生が思うようになったとは考えていないはずである。

「人生というものはそういうものなのだろう」(P16)

「本当と嘘とテキーラ」(山田太一/小学館)

→テレビドラマシナリオ。
3年前の放送を視聴したとき、これは本当らしくないと批判したものである。
娘に自殺された母親の立ち直るのが早すぎる。
その娘に「死ねば」と言った同級生の少女が、なにも心的障害を患わないのがおかしい。
これはわたし自身が自死遺族であることからの批判である。
つまり、体験(=実感)からフィクションであるドラマを裁いた。
さて3年経ってからシナリオで読むといささか考えが変わっている。
まあ、こういうのも本当らしく思えるのかなという感じがした。
さらに進んで、こういうことも現実にあるのかもしれないとまで思いを改めた。

いったい本当のこととはなんだろうか?
たとえば、そう、ありそうもない話をひとつ作り出してみよう。
無職で人生に絶望している32歳の男のまえに、
いきなり綺麗な女性が現われ「あなたが好き」と言ってくれる。
もしこんなストーリーのドラマを書いたら、そんなことあるわけないと批判されるだろう。
それはまったくそうで、わたしもこの話は都合よすぎると思う。
でもさ、現実にはこういうことがあるかもしれないじゃない。
いろんな人生があるんだから、こういう話が実際にあるかもしれないわけでしょう?
しかし、本当にありうることでも、
ニートがいきなり女性から告白される話は嘘くさいとほとんどの人に支持されない。
人生は不可解のひと言に尽きるから、本当ならなにが起こってもおかしくはないのだが。
だって、現実に3億円宝くじに当たっている人がいるんだから。
それに比べたら、キモオタが美女に告白されるほうが確率的には高いんじゃないかな。
いろんな嗜好の女性がいるわけだからさ。

こう考えていくと、現実ってなんだろう? 本当ってなんだろう?
本当は嘘くさいことがばんばん起こるのだが、
それをフィクションで書かれると我われはこんなこと現実にはないと批判する。
さも訳知り顔で、現実を隅々まで調査したようなことを言う。
しかし、我われが現実や本当と思っていることは、その人の経験した実感でしかない。
「こんなことは現実にはない」というのは実のところ誤りで、
正しくは「こんなことは自分の現実にはなかった」という感想の表明に過ぎない。
若者にとっては「こんなことは自分の現実にはありそうもない」かもしれない。
どういうことかと言うと、人間は他人の現実がわからないのである。
どうしようもなく自分の現実に縛られてしまう。
もっと言うなら、自分の現実以上に、通念によって捕われているのかもしれない。
ドラマ「本当と嘘とテキーラ」で言うなら、
自殺した娘を生前に母親が嫌っていたという話を通念から拒絶してしまう。
「母親は娘を愛しているのが本当だ」という通念でドラマを裁いていい気になっている。

本当のところは、他人の現実なんて知りようがないのだろう。
他人が本当になにを考えているのかは、なかなかわからない。
たとえば、奥さんを亡くした中年男がいるとする。
周囲の人々は中年男の気持を想像して、かわいそうだと同情するだろう。
年少者は年少者で、通念からこの中年男のことを気遣う。
だけどさ、本当はこのオッサンがなにを考えているか知れたもんではないじゃん。
若いときはもてなかったけれど、年輪を増して渋みが出てきたころかもしれない。
妻が死んで本心では「若い子となんかないかな」と期待していることだってありうる。
色目を使ってくる部下の女性との情事をさっそく妄想しているのかもしれない。
まさかラッキーとは考えていないだろうけど、悲しみ一色ではない可能性は否定できない。
いや、あんがいラッキーと思うことだって人間ないとは限らない。
リアルっていうのは、そういうことだと思う。
そして人一倍、ドラマのリアルにこだわったのが脚本家・山田太一である。
余談だが、いま放送している「家政婦のミタ」とかになると、
はじめから嘘っぽいから、だれも「こんなこと現実には」とか言わないわけね。
あれも自死遺族を扱っているけれど、
明らかな嘘という設定だからわたしも傷ついたりはしない。

こんなことを考えたのは、
今年新宿で行われた山田太一さんのトークセッションで聞いた話がきっかけ。
脚本家がふっともらしたのね。
「ドラマなんて、そばにガンの家族がいるだけで、
たいしたことのない闘病ものにわんわん泣いちゃうもんですから」
ぜんぜん正確ではないけれど、こんなようなことをポロっと仰せになったのを記憶している。
このとき、まったくそんなことはないのだろうけれど、
えらく自分を批判されたような気がした。
体験(実感)や通念に縛られて、ものを浅くしか見ていなかったのではないかと反省した。
反省とまでいったら大げさで、いい子ぶりが過ぎるような気もするけれど。
いや、実際3年まえに比べたら少し丸くなっているかもしれない。
(丸くなっちゃいけないのかもしれないけれど)
さらに付け加えるなら、
この3年間で本当なら起こらないはずの嘘くさいことをいくつか経験したこともあって、
「本当と嘘とテキーラ」の感想が変化したのだと思う。

「大人は、ゆっくり、変るんです」(P220)

(参考)過去の感想↓
http://yondance.blog25.fc2.com/blog-entry-1665.html