いま新人ライターがテレビで1時間ドラマを書いたとしていくらもらえるか?
たかだか1時間のドラマでも何ヶ月にもわたって直しをやらされるらしい。
特に新人の場合、これでもかとダメだしされる。
少しでもいやな顔をしたら、その瞬間に、代わりはいくらでもいると切られる。
で、結局、手にする金額は?

30万円らしい。
これを多いと感激するか、少ないと落胆するか、あなたに聞いてみたい。
ソースは対談本「売れる小説の書き方」 (エンジン01選書)の、
美人脚本家・中園ミホ先生のご発言。
やはり脚本家は、女性でなおかつ容姿の美しいほうが色いろ得らしい。
しかし、この選書は30分で立ち読みできるのに840円か……。
いえいえ、成功者さまのお説教ほどありがたいものはない。

いま巷(ちまた)の創作スクールでは、
成功できなかったものが成功の仕方を教えていると聞く。
まだしも、このような安手の書籍を読んだほうがメリットがあるのかもしれない。
わたしを含めてどうして人はシナリオなど書きたがるのであろう。
おそらく、最大の理由は、だれでも書けるからだと思う。
小説、戯曲、評論と比較すると、なんとシナリオの敷居の低いことか。

もしおカネが目的ならシナリオなど書くのは早くやめることだ。
どうにかして教える側に回ったほうがよほどカネになる。
シナリオは書くよりも教えるほうが段ちがいに儲かる。
これは小説にもおなじことが言えるのかもしれない。
だが、小説は、そこらへんのおっさん、おばさんが教えるというわけにはいかない。
ところが、最底辺の創作たるシナリオだったら……。
わが人生の恩師、シナリオ・センターのU先生は、シナリオ世界では勝ち組なのだろう。

NHKドラマ奈良万葉ラブストーリー応募作品。

(注)シナリオで言及されている「若草山のお祭り」とは、
冬の奈良の有名な祭事「若草山焼き」。冬なのに花火を打ち上げ、若草山を焼く。

<人物>
坂上旅彦(42)古本屋勤務
木下七海(28)女性で会社員
野口翔太(23)大学生
篠宮琴美(22)大学生

○古本屋「酒仏堂」・表(朝)
奈良町にある。坂上旅彦(42)が店のシャッターを開ける。
吐く息が白い。はしゃいだ観光客の群れが通りかかる。
坂上は観光客の背中を睨みつける。
坂上「一年で一番、大嫌いな日が来やがった」

○JR奈良駅・ホーム
電車から木下七海(28)。手に旅行用の鞄。

○東大寺の大仏さま

○東大寺・境内
大仏殿から七海が出てくる。軽装である。
続いて野口翔太(23)と篠宮琴美(22)。
琴美は開いたガイドブックを持つ。
琴美「本物はでかいねえ。ありがたいねえ」
野口「――(右手を上げ大仏の真似)」
琴美「何それ?」
野口「大仏」
琴美「だから?(と野口の脇腹をつつく)」
野口「――(動かない)」
琴美「バカみたい(と野口の脇腹をくすぐる)」
笑う野口。笑う琴美。
七海「(振り返り)――(若いカップルの華やぎが微笑ましい)」

○奈良町の道(夕方)
年賀状ハガキを手にした七海が歩く。

○古本屋「酒仏堂」・中(夕方)
坂上は椅子の上であぐら。本を読む。
会計台に湯呑み。野口と琴美がいる。
野口「(本を手に取り)これよこれ。いいんだな。泣ける。(かん高い声で)恋愛万歳!」
坂上「――(野口を睨む)」
琴美「(坂上の視線に気がつき)フフ(と会釈)」
野口「この人生に愛がなかったら(陶酔気味)」
坂上「――(荒々しく湯呑みを口にする)」
琴美「行こう(と野口をつつく)」
野口「始まるまでまだ時間あるじゃない」
坂上「出て行け」
野口「――(坂上を見る)」
坂上「聞こえないのか。出て行けと言った」
野口「ひどいな。こっちはお客よ」
坂上「出て行け(と立ち上がる。威厳がある)」
野口「そりゃないんじゃないの(とひるむ)」
琴美「行こう(と野口をひっぱる)」
坂上「言葉がわからないのか(と近づく)」
野口「奈良、怖い。奈良おかしいよ(と後退)」

○同・表(夕方)
琴美と野口が出てくる。続いて坂上。カップルは去る。
坂上はうつむき頭をかきむしる。顔を上げると七海である。
七海「すごいとこ見ちゃった」
坂上「――(だれ?)」
七海「坂上先生」
坂上「ああ(と顔をそむける)」
七海「私です(とハガキをひらひら)」
坂上「知らない(と店内へ入ろうとする)」
七海「(追って)ナミーです」

○同・中(夕方)
坂上と七海が向き合って座る。
坂上「荒れていてね」
七海「はい」
坂上「朝から酒をやっていた」
七海「フフ」
坂上「恥ずかしいところを見られた」
七海「いえ」
坂上「いいかな?」
七海「はい?」
坂上「酒、いい?」
七海「どうぞ」
坂上「いいの?」
七海「え?」
坂上「もうすぐ始まるんじゃないの。あれを見に来たんでしょう。若草山のお祭り」
七海「はい――(しかし、という思い)」

○同(夜)
坂上「(湯呑みを二つ持ち)熱いよ」
七海「(一つを受け取り)あったかい」
坂上「嬉しいね。かつての教え子と酒をのむ」
七海「私も(嬉しい)。来てよかった」
坂上「――ひでえ話だよな。わざわざ東京からお祭りに来たというのに、これはない」
七海「いえ」
坂上「しかし、正直助かった。来てくれて、ありがとう(ともったいぶった礼をする)」
七海「――」
坂上「ボロボロでね」
七海「はい」
坂上「何年だ?」
七海「はい?」
坂上「何年ぶりだろう」
七海「ええと、最後は大学入学のときだから」
坂上「初めて逢ったとき、きみは――」
七海「ナミーってあだ名をつけたの、先生」
坂上「ナミーはかわいい中学生で」
七海「ぜんぜん」
坂上「おれは研究熱心な大学院生だった」

○若草山(夜)
冬の夜空に何発もの花火が打ち上げられる。
花火は大輪を咲かし散る。
七海の声「十四歳の私は恋をした。初恋だった。相手は――」
坂上の声「こんな酔っぱらいではなく」
七海の声「家庭教師の坂上先生だった。聡明でハンサムで」
坂上の声「むかしの話だ」
七海の声「私は、やはり――」
坂上の声「やはり?」
七海の声「かわいらしかったのだと思う。
参考書から恋の歌をハガキに書き写し先生に送ったりしたのだから」
坂上の声「覚えていない」
七海の声「私はいまでも覚えている。夏が去り、秋も終わると、私は失恋をした。
知ったからだ。先生に恋人がいることを。結婚の約束までしている」

○古本屋「酒仏堂」・中(夜)
坂上「四年になる(と湯呑みの酒をのむ)」
七海「うん?(と、つられて酒をのむ)」
坂上「あいつが死んで四年だ」
七海「奥さん――」
坂上「うん。今日が命日だ。いまとなったら子どもがいないのはかえってよかった」
もの言わぬ古本が並ぶ。
坂上「(奥から湯呑みを二つ持ち現われ)酒、いけるほうなんだ。悪いね、つきあわせて」
七海「いえ」
坂上「食べる?(と、せんべいを取り出す)」
七海「いただきます」
坂上「――」
七海「――」
坂上「ひとりはさみしい」
七海「ええ」
坂上「事故だった」
七海「はい」
坂上「いや事故ということになった。自動車事故。
ブレーキをかけた跡がなかったそうだ。猛スピードの車がカーブを曲がらず」
七海「――はい」
坂上「谷底へ落ちていった」

○若草山・俯瞰(夜)
山に火が放たれる。山肌が赤く染まる。
坂上の声「あいつが日記をつけていたことを知らなかった。
震えたね。全部ばれていたとはね。
女の、浮気相手の名前まで書かれていた。憎いと書いてあった。おれをだよ。
それから、許さないとも。憎い。許さない。最後の日には、和歌がひとつ、赤ペンで」
亡妻の声「君が行く 道の長手を 操り畳ね 焼き滅ぼさむ 天の火もがも」
T「君が行く 道の長手を 操り畳ね 焼き滅ぼさむ 天の火もがも 狭野弟上娘子
(あなたが行く長い長い道を、たぐりよせたたんで、焼き尽くしてしまう天の火がほしい)」

○古本屋「酒仏堂」・中(夜)
坂上「どういう意味だったのだろうか。
あいつ、実家にはいろいろ愚痴っていたようで、
妻の親族からはまるで人殺しのようなことを言われた。ボロボロよ――」
七海「――そう」
坂上「女が、浮気相手よ、学生だったこともあって、大学には居づらく――」
七海「――そう」
坂上「辞めてやったよ。ここが店番探してるって教えてくれる人がいてね。
いまじゃ、古本屋の頑固オヤジ(と酒をのむ)」
七海「――そう(と酒をのむ)」
坂上「奈良で仏さまに囲まれて生きている」
七海は立ち上がり、坂上の後ろに回る。七海は坂上を背面から抱きしめる。

○若草山・俯瞰(朝)

○道
石仏が点在する当尾の里。
坂上と七海が並んで歩く。
坂上「おかしいね」
七海「フフ」
坂上「人生、こういうことあるんだね」
七海「ある」
坂上「どんなことだって――」
七海「ある」
坂上「フフ、どうした?」
七海「え?」
坂上「ただの奈良見物じゃない」
七海「うん」
坂上「言いたくないんなら」
七海「ううん」
坂上「もうとても先生という柄ではないが」
七海「そんなこと(ない)」
坂上「たいへんだよな」
七海「うん」
坂上「いろいろあるわな」
七海「うん」
坂上「――」
七海「ちょっと、フフ、奥さんいる人と。で、結局、相手、男は奥さんのほうへ戻って。
こうなるのはわかってたんだけど、思いのほか傷ついて。私も、ちょっとボロボロで」
坂上「バカヤロウ」
七海「え?」
坂上「自分を叱ったんだ」
七海「バカヤロウ」
坂上「それでいい」
七海「――(涙が込み上げる)」
坂上「そうか」
七海「――(泣いてしまう)」
坂上「生きていればいい」
七海「うん」

○笑い仏(字幕で場所を提示して下さい)
当尾の里の名所。笑った石仏のまえ。
坂上と七海が通りかかると野口と琴美がいる。
野口は笑い仏の横でポーズを真似している。
笑い仏と同じように野口も目をつむっている。
脇にいる琴美が坂上に気がつき戸惑う。
坂上は笑い仏ではなく野口のまえで合掌する。
野口「――(目を開ける)」
坂上「仏さま、昨日は悪かった。どうかしていた。許してくれないか」
野口「――(どうして坂上がここへ?)」
坂上「すまなかった(合掌する)」
野口「何それ」
坂上「フフ」
野口「奈良、おかしい。わけわかんない」
坂上「なら笑え」
坂上が笑う。思わず野口も笑ってしまう。琴美も七海も笑う。
当尾の里にも春の気配が訪れている。
笑い仏の真似をした四人が並ぶ――。
10月1日、所用のためシナリオ・センター欠席。

10月8日、台風一過。風は強いものの快晴。

わたしのなかでもある台風が通り過ぎていったのを感じる。
このわずか1週間のあいだに3本も20枚シナリオを書くことができた。
ひとつの山を越えたという感触がある。
習作シナリオを3つたずさえ午後6時過ぎにシナリオ・センター到着。
このスクールの研修科は、毎月受講料を支払うシステム。
事務局で会員証と1万円と差し出すと、事務員は後方を振り返る。
すぐさまシナリオ・センター所長のGさんが現われる。
どうやら待ち伏せしていたようだ。

G所長「アンタはなにがしたいの?」
わたし「いえ、才能はないのですが、なるべくがんばって、
ええと、コンクールを取ってシナセンの宣伝をしようかと」
G所長「それはふつうの受講生の場合でしょう。アンタは違う」
わたし「――」
G所長「アンタ、このまえはどうして逃げたの?」
わたし「逃げた?」
G所長「話し合いの途中に逃げたじゃない。卑怯よ」
わたし「なんでそんなに偉そうなんですか?」
G所長「――」
わたし「このまえだって20分も待たせておいて、すいませんのひとつも言わない」
G所長「言ったわよ。授業で遅れてすみませんって」
わたし「言っていません。よく覚えていますから。失礼だなって」
G所長「だから、だから、あのとき逃げたの?
私が遅れたからって、アンタは逃げる言い訳になるとでも」
いきなりである。衆人環視のなかで言い争いが始まってしまう。
G所長がとにかく興奮していた。
2週前とおなじ場所に座らせられる。社長さんの真後ろのテーブルである。

わたし「今日は3つもシナリオを書いてきたんですよ。教室に行かせてください」
G所長「話し合いが先でしょう。アンタはこのまえ逃げたんだから」
わたし「なにを話し合うんですか?」
G所長「アンタの責任よ。どう責任を取るか」
わたし「なにもここで。もうすぐゼミが始まる」
G所長「――」
わたし「お電話くだされば」
G所長「電話だと、言った、言わない、になるでしょう。
こうして顔をつき合わせて話すのがいちばんなのよ」

ここで断わっておきたいが、この「シナリオ・センター日記」は主観的な記述である。
あくまでも、わたしの主観に過ぎない。
しかし、かといって客観的な文章などありえないでしょう。
これはノンフィクション作家の永沢光雄氏の主張するところでもある。
そもそもノンフィクションなどというジャンルの文章は存在しないと思う。
もちろん、わたしはおのれの見聞きした事実をなるべく忠実に文章化している。
この記事は、わたしにとっての事実である。だが、G所長にもまた主観がある。
Gさんがこの日のことを書いたらまったく違う事件になるのだろう。
なにゆえわたしは書くのか。
書きたいからである。書かずにはいられないからである。

わたし「なにを話し合うんですか?」
G所長「だから、アンタの責任よ。責任を取りなさい」
わたし「なんの?」
G所長「アンタのブログは影響力が強すぎるのよ」
わたし「――」
G所長「アンタのブログを読んで研修科に行かないことにした受講生がいるの」
わたし「Gさんはわたしのブログを読んでいないんでしょう?」
G所長「(汚らわしそうに)読むはずないじゃないの、そんなもの!
読まないでも生徒さんの話を聞いたらなにが書かれているのかわかる」
わたし「いけないな。きちんとものを見たほうがいい。自分の目でものを見ましょう」
G所長「問題なのは、アンタのブログじゃないの。
アンタのブログを読んでうちの生徒さんが思ったこと。
研修科にはこんな先生しかいないんだって。だったら行かない。こう言われた」
わたし「はい」
G所長「どう責任を取ってくれるの?」
わたし「どうすればいいんですか?」
G所長「アンタも大人でしょう。自分で考えなさい」
わたし「――」
G所長「ちゃんと考えてるの?」
わたし「――」
G所長「なによ。禅。そう、禅のお坊さんみたいな顔しちゃって」
わたし「――(ひでえな)」

G所長「うちはアンタにほとほと困っているの」
わたし「すいません」
G所長「すいませんじゃない。責任を取りなさい」
わたし「――」
G所長「アンタが研修科に行こうかどうか迷っていると質問にきたとき」
わたし「はい」
G所長「私は行ってごらんなさいと答えたでしょう」
わたし「覚えていましたか」
G所長「アンタがこんな人間とは思わなかった」
わたし「Gさんは人を見る目がないんじゃないですか(我ながらよく言うわ)」
G所長「ホントよ。まったく、そう。人を見る目がなかった。
アンタ、見た目はふつうの人っぽいのに」
わたし「いえ、2ちゃんねるではキモイおっさんって書かれています」
G所長「2ちゃんねるなんて私は見ません。2ちゃんねるはいいのよ。
だれも2ちゃんねるに書かれたことなんか本気にしないでしょう。
アンタのブログは説得力があるから困るのよ。すごい影響力があるんだから」
わたし「ごめんなさい(ちょっと誇らしい)」
G所長「あやまって済む問題じゃない。どう責任を取ってくれるの?
アンタのブログを読んで研修科進学を辞めた人がいる。大問題よ」
わたし「色んな意見があっていいと思うんですが」
G所長「――」
わたし「ラーメン屋さん。まずい。ブログにまずいと書かれる。これは仕方がないでしょう」
G所長「ラーメンとシナリオは違う。ものを書く人はものすごくナイーブなのよ。
アンタのブログはナイーブな人間をさんざん傷つけた。どうしてくれる?」
わたし「シナセンもラーメン屋とおなじサービス業じゃないですか?」
G所長「うちはサービス業なんかじゃない」
わたし「Uさんはサービス業だって言ってましたよ」
G所長「U先生の言うことは意味が違う。
それを言うなら大学教授だってサービス業でしょう」
わたし「――(GさんのなかではUが大学教授と同レベルなのかと唖然)」

わたし「色んな人がいていいと思いますね。色んな考えがあっていい」
G所長「それとこれとは問題が違うの」
わたし「ある映画が上映された。
おもしろいという人がいる。つまらないという人がいる。だから、いいんでしょう。
絶賛だけだったらよくない」
G所長「ゼミはプライベートな空間でしょう。それをアンタは公開して」
わたし「色んな意見があっていいでしょう」
G所長「問題にしているのは、アンタのブログが受講生の夢を奪ったこと」
わたし「どうして?」
G所長「だって、アンタのブログを読まなければ、研修科に行っていたのだから」
わたし「わたしが個別に電話して研修科進学を辞めるよう言ったわけではないでしょう。
結局のところ、その受講生がブログを読んで選択した。
選択したのは本人。断じてわたしが辞めさせたわけではありません」
G所長「なによ。責任逃れをして。アンタの責任よ」
わたし「言っていることがわかりません」
G所長「――」
わたし「わたしはブログにシナセンのいいところも書いています。
ちゃんと読んでください」
G所長「――」
わたし「ああ、読まないんですよね」
G所長「アンタのブログなんかね、読んだところで大したことはないんですよ」
わたし「だったら、読んでくださいよ。それからものを言うのが流儀でしょう」
G所長「フン」
わたし「色んな情報があっていいと思いますよ。それを読んだ人が判断すればいい」
G所長「アンタのブログは一方的過ぎるのよ」
わたし「――(あれ、読んでいないのでは?)」
G所長「あんなものを読まされたらだれも研修科へ来ないじゃない」
わたし「わからないですよ。
わたしのブログを読んで研修科へ行こうと決めた人がいるかもしれない」
G所長「いるはずないじゃない」
わたし「ものごとのプラス、マイナスを安易に判断しないほうが」
G所長「なにを言っているのだか」

わたし「どうしてわたしが他の受講生の夢を奪ったと言い切れるのでしょうか?
こうは考えられませんか。たしかに研修科へ進学を辞めたかもしれない。
けれども、ひとりシナリオを書き続けているかもしれない」
G所長「フン、ぜんぜん問題をわかってない」
わたし「そうですか?」
G所長「そもそも研修科に来ないことが問題なのよ。
研修科に来て実際にゼミを見て自分の目で判断したらよかったのに。
アンタのブログを読んで決めてしまうのが問題」
わたし「そうでしょうか。もしゼミに来てがっかりしたとするでしょう。すぐに辞める。
この場合、入学金と受講料を損したことになります。
わたしのブログを読んだほうがよかった、となるのではありませんか?」
G所長「そのほうがよほどいいじゃないの。研修科へ来たほうが」
わたし「それはシナセンはそのほうが儲かるでしょうが」
G所長「お金の問題じゃないの。夢の問題。アンタは他人の夢を奪ったの」
わたし「わからない人だな」
G所長「わからないのはアンタのほうよ」

時間ばかりがどんどん経過する。もうとっくにゼミは始まっている。
がんばって書いてきたシナリオを発表させてもらえないのだろうか。
わたしは書いてきたシナリオを3つ鞄から取り出しGさんのまえに並べる。
それから習作のうえに会員証と1万円札を置く。
劇的な演出をしたつもりである。おのれの芝居っけには参る。
わたし「じゃあ、Gさん。シナリオを読んでください。講評をお願いします」
G所長「読みません」
わたし「どうせわたしのシナリオなんかG先生には読んでもらえないか」
G所長「アンタはいつもそういうことばかり言う」
わたし「――」
G所長「アンタはいつもそうやって甘えて生きてきたのでしょう。
人の迷惑も考えずに。だれからも注意されたことがない。
だから、こんなことになった。今回、ぴしゃりと叱られたほうがいいのよ」
わたし「たしかに」
G所長「もう遅いけれど」
わたし「わたしは業というのか、生きているだけで人に迷惑をかけてしまいます。
どうしてかわたしが生きていると困る人がいる。もうどうしようもない」
G所長「どうしようもないじゃないんです。どうにかしてください」
わたし「どうしようもないんですよ」
G所長「フン」
わたし「人生、ろくなことがなかった。挫折続き。失敗ばかり」
G所長「――」
わたし「33年間、だれからも認められたことがない」
G所長「そんなこと知りません」
わたし「今年の1月にシナセンに入った。シナリオを書き始めた。
こんな楽しいことが人生にあるのかと思った。
シナリオを書くのが本当に楽しかったんです」
G所長「――」
わたし「シナセンはカリキュラムがとてもいい。
ひとつ課題を書くごとに、ああ、こういう意図があったのかとわかる。
シナリオを書き続けて本当におもしろかった。シナセンには感謝しています」
G所長「だったら、どうして泥を塗るようなことを」
わたし「どうしてかわからないけれど不幸ばかり。
人生で挫折しかない。なにをしても失敗ばかり。最低の人生でした。
けれど、いや、だから、シナリオに書く。こんなことがあったらいいな。
こんな人がいたらいいな。こんなシーンがあったら、どんなに人生はすばらしいだろう。
そういう風にシナリオを書いていると、とても救われるものがあります」
G所長「アンタのシナリオ、タイトルはいいわね」
わたし「(パッと明るく)嬉しいな。G先生から誉められた。
人生で人から誉められたことのないわたしが、G先生から!」
G所長「――」
わたし「読んでみてくれませんか?」
G所長「読みません(調子に乗るな!)」
わたし「そうですよね」

わたし「聖書の『一匹と九十九匹』の話をご存知ですか?」
G所長「知りません」
わたし「――」
G所長「アンタ、知能犯を気取っているんじゃない?
自分は頭の回転が早いと思っているでしょう」
わたし「そんなことは」
G所長「ふざけんじゃないわよ」
わたし「シナセンへ通いたいんです。30本20枚シナリオを書かせてください」
G所長「実績のある講師のほうがいいんでしょう。シナリオ作家協会へ行きなさいよ」
わたし「いえ、なまじ実績のある人とか鼻につくし。Uさんがいいんです」
G所長「U先生は立派な講師ですからね。
アンタ、シナリオ・センターには向いてないと思うわ。
映像作品のある尊敬できる先生についていけばいいじゃない?」
わたし「シナセンがいいんです」
G所長「実績のない先生はいやなんでしょう」
わたし「そんなこと言っていません」
G所長「アンタがうちにこだわる理由がわからない。お金がもったいないんじゃない?」
わたし「いえ、その、8500円だったら、まあ、この程度の講師かと」
G所長「いまアンタ、なんて言った? 許さないわよ(激怒)」
わたし「――」
G所長「この程度って言ったわね。この程度。
そんなこと本気で思っていなかったらぜったいに言えない。
ようやくアンタの本心がわかったわ。シナセンの講師はこの程度と言った」
わたし「アリストテレスが、アリストテレスが」
G所長「許さないですからね。うちの講師をこの程度とアンタは、アンタは!」
わたし「いえ、それは」
G所長「まったく反省の色が見られない」
わたし「――(うつむく)」
G所長「反省したふりをしたって無駄よ。すべてわかっているんですから」
わたし「シナリオって教わるものじゃなくて、書くことでうまくなると思うんです」
G所長「ひとりで書けばいいでしょう」
わたし「締切がないと書けなくて」
G所長「この程度の先生に教わってもしょうがないでしょう(皮肉たっぷり)」
わたし「――(しつこいよな)」
G所長「うちの講師をこの程度なんて思われたらたまったもんじゃない」
わたし「あんがい、みんな受講生は思っているんじゃないですか?
月8500円だったら、まあ、あまり期待していないというか」
G所長「冗談言わないで。そんなことを思っているのはアンタだけ」
わたし「そうかな?」
G所長「当たり前よ。受講生はみんな講師を尊敬して指導に従っています。
この程度と思うような人にはシナセンに来てほしくありません」
わたし「だったらホームページに書いておいてくださいよ。
シナセンは講師を尊敬して指導に従う人しか来てはいけないって」
G所長「ええ、書いておきますよ」
わたし「――(売り言葉に買い言葉だとわかっている)」

話し合いなんて嘘で、なんとかして辞めさせようとしていることに気づく。
最初に気がつかないわたしはどれほど世間知らずなのだろう。
わたし「G先生、いい腕時計していますね。わたしのこのシャツなんて980円ですよ」
G所長「――(いきなりなによ?)」
わたし「お孫さんもいるんでしょう。いいですよね、成功者は」
G所長「アンタはね――」
わたし「帰ったらあたたかい家族が待っているんでしょう。うらやましいな。
わたしなんか家に帰ったって、ひとりで酒をのむくらい。
幸せなやつはいいよな。人生に勝ったやつはいいよな。
どうなんです。初めてお子さんが生まれたときって感動しましたか?」
G所長「関係ないでしょう」
わたし「わたしは結婚なんてとうにあきらめていますからね。
どうせこの性格だからこの先も失敗続きでしょう。
アルコールで身体がガタガタだからいつ死んでもおかしくない」
G所長「――」
わたし「人から嫌われてばかり。Gさんはいいよな。受講生から慕われて。
G先生、G先生とみんなから好かれている。うらやましいな。
どうして人生はこうも不平等なんでしょうかね。
ここの社長さんなんかも創設者の娘さんでしょう。結局は運。人生は運。
運、運、運。どの親のしたに生まれたかですべてが決まってしまう」
G所長「アンタはそんな考えだからね」
わたし「ああん、なんすか? こちとら人生から手ひどい攻撃をされてばかり。
おい、Gさん! 人生、勝ったとかほくそ笑んでいるんだろう?
部屋でひとりになったとき、私の人生もなかなかのもんだとか思っていないか?」
G所長「アンタになにがわかる!」
わたし「――(打たれる)」
G所長「――(フザケンナ)」
わたし「そうだよね。そんな人生は簡単じゃない――(うなだれる)」
G所長「――(バカヤロウ)」
わたし「ブログのシナセン記事を消したら通わせてくれるんですか?」
G所長「アンタはものを書く責任をわかっていない」
わたし「え?」
G所長「一度書いたものは消えないで残る」
わたし「はあ」
G所長「アンタは知らないでしょうけど、106期(作家養成講座)の子たち。
アンタのブログをプリントアウトしてみんなで回し読みしていたのよ」
わたし「106期は仲が良いのですね」
G所長「アンタは影響力が強すぎるのよ。もう取り返しがつかない」
わたし「――もう自殺するしかないのかな。
シナセンを辞めさせられたら首を吊るしかないか」
G所長「シナリオ・センターの迷惑になるからやめてください」
わたし「だって課題を書くのが生きがいでしたから」
G所長「自分で自分の首を絞めたわけでしょう」
わたし「――(首つながりでウマイ! と内心で拍手)」
G所長「アンタは自殺とか軽々しくね」
わたし「本気で考えていますから」
G所長「(大声で)この人ね、シナセンを辞めさせられたら自殺するんだって」
事務局にいたもの全員がわたしに注目する。意地が悪いよな。
わたし「Gさんは、わたしが大嫌いなんでしょうね」
G所長「アンタなんか大嫌い! 嫌い、嫌い、言葉にならないくらい嫌い!」

なんとも濃いやり取りでしょう。ゼミの終了時間8時半を超えている。
帰宅する受講生の楽しそうな会話が聞こえてくる。
もう会話も成立しなくなっている。
わたし「どうせ才能がないからコンクールは無理です。
せめて生きてきた証(あかし)に20枚シナリオを30本書きたいんです。
最低最悪の人生だったけれど、
30本シナリオを書けたら悪くない人生だったと思えるかもしれない」
G所長「お断りします」
わたし「通わせてください」
G所長「お引き取りください」
わたし「そこをなんとかお願いします」
G所長「うちへ通っていただくわけにはいきません」
わたし「シナリオを書かせてください」
G所長「アンタはさっきからおなじことばかりオウム返しじゃない」
わたし「日本語がおかしい」
G所長「え?」
わたし「オウム返しとは、相手の言葉をそのまま繰り返すこと」
G所長「それは知らなかったわ」
時計は9時を過ぎている。3時間ものあいだ監禁(?)されていることになる。

そばにいる社長のKさんにたずねる。
わたし「わたしはもうここへ通えないんですか」
K社長「無理でしょうね」
この隙にG所長がさっとトイレに走る。うらやましい。
わたしもトイレに行きたかったが、「逃げるな」と罵倒されるのが嫌で遠慮していた。
そもそもトイレがどこにあるかわからない。敵陣の真ん中にいるのである。
K社長とは面識がない。言葉を交わすのはこれが初めてである。
K社長「あなたはコウガンね」
わたし「コウガン?」
K社長「そうコウガン」
わたし「どういう意味ですか?」
K社長「顔が厚いのコウガン」
まさか初対面の人間に厚顔と言い放つ人間が存在するとは思わなかったが、
社長として多くの人から日々持ち上げられていると、これも不自然ではないのかもしれない。
わたしはそうとうな厚顔なのだろう。
なぜなら新井一のお嬢さんというだけでシナリオ作品がないのに、
「シナリオの書き方」を上梓してしまう社長さんから厚顔と指摘されたのだから。
わたしはおのれの厚顔を恥じた。
社長さんから衝撃の事実を知らされる。もう辞めるしかないと思った。
なんでも講師のあいだでわたしのブログが噂になっている。
それどころか、講師全員がわたしのブログを読んでいるとのことである。
わたし「名前もばれていますか?」
K社長「私は聞かれたら答えるから」
わたし「じゃあ、河口湖シナリオは名前で落とされますか?」
河口湖のシナリオコンクール締切が近い。
わたしも応募する予定である。ところが、選考するのはシナセン講師陣。
社長さんによると、名前は隠して審査するから大丈夫とのこと。

シナセンの講師全員がわたしのブログを読んで噂しているらしい。
この人が自分のゼミに来たら困る。とても教えられない。
のみならず、シナセン事務局員もみんなわたしのブログを読んでいる。
シナセンにいる人間のだれもがわたしを白眼視しているとのこと。
K社長「だから、もう辞めるしかないんじゃない?」
社長さんも「本の山」を読んだとのことである。
どの記事も最後で逃げている、との感想を抱かれたとのこと。
お読みになったうえでのご感想なら大歓迎。
文章のつたなさを申し訳なく思う。
社長さんもブログをやっているらしいが、恥ずかしながら読んだことがない。
今度、文章修行のためじっくり読み込もうと決意する。
わたし「もしかしてUさんもわたしのブログを読んでいますか?」
K社長「講師同士の会話があるから、たぶん読んでいるでしょう」

時計は9時40分。事務局員も次々に帰っていく。
電灯もあちこち消される。そうか、この人たちがみんな、わたしを憎んでいる。
シナリオ・センター全体から、白い目で見られている。
「辞めます」と会員証を差し出した。
すぐさま離れたところにいたGさんがものすごいスピードで会員証を奪い取りに来る。
わたし「Gさん、いままでありがとうございます。
ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません」
きっちり負けておきたかった。
反則負けなどではなく、ギブアップの意思をお伝えしたかったのである。
わたしがなにかしないかと見張っていた事務員さんたちにも謝罪。
「こんなに遅くまですみません」
外に出たわたしにありがたくも「お疲れ様でした」のお声が。
3時間40分の監禁(話し合い?)であった。
歩きながら、ひとつのシーズンが終わったのだと思う。
また挫折かと思うが、まあ、自業自得なのだろう。
最後にGさんが身体を張って向き合ってくださったのできれいに辞めることができた。
社長のKさんもからっとした、よい意味で女性らしくない好人物であった。
成功する人間は成功するべくして成功するのだろう。
失敗する人間はなにをしたところで失敗するほかない。
才能がないから万が一にも可能性はないのだろうが、
どこか小さなコンクールででもわたしが入賞したら、
わが母校は名前を宣伝に使ってくれるのだろうか。
「シナリオ・センター退学処分」。履歴に新たな1行が加わった。
シナリオ・センター研修科課題第11回目。「雪」(20枚)。

<人物>
石坂久美(くみ)(18)
石坂太一(75)その祖父
石坂正太(46)その父で医者
石坂和歌子(44)その母で主婦
主婦A(48)

○駅・表(夕方)
T(テロップ).新潟県某所
天気は曇り。雪が数メートルも積もっている。
男女高校生の群れが改札から流れ出る。
高校生の集団をぼんやりと眺める石坂和歌子(44)。
手には買い物カゴ。和歌子はため息をつく。

○石坂家・久美の部屋(夕方)
窓辺に石坂久美(18)。
黒髪の美少女。病的なまでの異常な繊細さを感じさせる。
久美は鳥カゴのインコと遊ぶ。
久美「ピー子ちゃんは毎日楽しそう」
インコが啼(な)く。久美はピー子に成り代わり、声色を変えてしゃべる。
ピー子「久美ちゃんは楽しくないんですか?」
久美「わかんない」
ピー子「遊びましょうよ、踊りましょうよ」
久美「そうね。もしも鳥になれたら」
ピー子「もしも人間になれたら」
久美「へえ、ピー子ちゃん、そんなことを考えていたの?」
ピー子「もしも人間になれたら、カゴの外を見てみたい」
久美「わかってないな。人間もカゴにとらわれている。
ピー子ちゃんのカゴは見えるけれど、私のカゴは見えない」
インコがカゴの中で暴れる。
久美「ピーピー(と部屋の中を飛び回る)」

○商店街(夕方)
和歌子が歩く。前から主婦A(48)。
和歌子は逃げたいが逃げられない。
主婦A「あら、石坂さん」
和歌子「こんばんは」
主婦A「久美ちゃんの具合はどう?」
和歌子「どうにも」
主婦A「よくないわね。でも、ご主人がお医者さんだから安心でしょう」
和歌子「まあ」
主婦A「うちの子、ぎりぎり滑り止めに拾ってもらって、ようやくひと息ついたところ。
久美ちゃん、大学はどうするの?」
和歌子「とりあえず病気を」
主婦A「小学校、中学校とあんな頭のよかった子なんだから二年や三年の遅れなんか」
和歌子「はあ(逃げたい)」
石坂太一(75)が現われる。傘を持つ。
太一「和歌子さん(と主婦Aにも会釈)」
和歌子「おじいちゃん(助かった)」
太一「傘、持ってないのかい。雪、降るよ」
和歌子「天気予報が大丈夫だって」
太一「いや、降るな。だから、ほれ(と手でパチンコ操作の真似)」
和歌子「またパチンコですか」
太一「不思議と雪が降る日は出るんだ」
和歌子「本当なんですか(と苦笑)」
太一「じゃんじゃん玉が出るよ。雪が降るよ。だから、早く帰りなさいね」
和歌子は主婦Aからの逃亡に成功。

○石坂家・外観(夜)
雪が降っている。

○同・リビング(夜)
石坂正太(46)、和歌子、太一が食卓を囲む。
夕飯はビーフシチューにサラダ。
和歌子「パパ、聞いてるの?」
正太「ああ」
和歌子「もしあのとき、おじいちゃんが助けてくれなかったら」
太一「いんや」
和歌子「本当にあの奥さん、久美を病気だと思っているのだか。
もうこんな生活いや。娘の引きこもりがばれないかヒヤヒヤしてばかり」

○同・久美の部屋(夜)
久美が机で参考書を読みながらスプーンでビーフシチューをすくう。
鳥カゴのインコも餌を食べている。
和歌子の声「本来だったら、あの子も高校卒業よ。
入学式に行ったと思ったら不登校。
パパは焦るな、すぐ出てくると言っていたけれど、あっという間に三年じゃない」

○同・リビング(夜)
正太「しかし、薬を飲ませたらよくなるというものでもないから」
和歌子「すぐに五年、十年経ってしまう。そうなってからでは取り返しがつかない」
正太「まあ、女の子だから」
和歌子「久美は甘えているのよ。私なんかどれだけ努力して看護婦になったか。
父も母もまったく援助してくれなかった」
太一「和歌子さんは、偉い。こいつ(正太)とは比べものにならないくらい、偉い」
正太「おじいちゃん」
太一「私はこいつがふらふら遊ぶのをとめなかった。おまえはよく遊んだよな」
正太「いまは医者としてちゃんとやってます」
太一「あれでよかったと思っている。ふらふら遊ぶことほど楽しいものはないからな」
和歌子「おじいちゃん」
太一「久美が心配なのは遊ばないことだ」
和歌子「やめてくださいませんか。知ってるんですよ。
久美にこっそりお小遣いをあげているでしょう。それも多すぎるくらい」
太一「私の金だ。来る日も来る日も患者の愚痴を聞きながら稼いだ私の金だ。
どう遣ったって構わんじゃないか」
和歌子「久美によくありませんよ。学校にも行かないのにお金ばっかりあげて」
太一「生きていりゃあいい」
和歌子「おじいちゃんは甘いんだから。パパがきちんと叱ってくれないと」
正太「何度も叱った。効果があったか?」
和歌子「だからって何もしないのはおかしい。
本気じゃないからよ。パパもおじいちゃんも久美のことを本気で心配していない。
どうしようもないとあきらめてばかり」

○同(深夜)
食卓に和歌子が一人向かう。
横に通信講座のテキスト。タイトルは「家族療法カウンセラー」。
和歌子は眠い目をこすりながら課題を仕上げている。
太一が現われる。
太一「まだ起きていたのか」
和歌子「(太一を見ず)はい、今夜中にと」
太一「大丈夫」
和歌子「え?(と太一を見る)」
太一「久美は和歌子さんの子だから大丈夫」
和歌子「からかっているんですか?」
太一「大丈夫(と和歌子の肩に手を置く)」
和歌子「フフ、おじいちゃんたら」
太一「せがれはいいお嫁さんをもらった」
和歌子「うまいんだから」
太一「ときに、和歌子さん。明日あたり一緒にパチンコに行かないか。教えよう」
和歌子「明日は晴れも晴れ。快晴ですって」
太一「では、やめなければ。大損してしまう」
和歌子「現金なこと」
二人、笑ってしまう。
小さな子どもの泣き声が先行して。

○石坂医院・待合室
和歌子が公衆電話に向かう。
和歌子「(慌てている)知らない子どもが水路に落ちちゃって。
この天気で雪が解けて。そう、増水。偶然、私が見つけて。
いま急いでパパの病院に連れて行ったところ」
太一の声「生きているんだな?」
和歌子「命には別状ないって」
太一の声「なら、いい」

○石坂家・リビング
太一が電話に出ている。
和歌子の声「でも、親への連絡がまだつかなくて。ゴタゴタしていて」
太一「そう」
和歌子の声「その子、もう少しで死ぬかというところで、
そうしたら急に久美のことが心配でたまらなくなり、どうしているか。
ほら久美、おじいちゃんとは話すから」
太一「何の心配もない。こちらは何の変わりもない。わかった。様子を見ておこう」
太一は電話を切る。
久美が部屋から出てくる。両手でインコのピー子を包む。
久美「おじいちゃん(とピー子を見せる)」
太一「そうか」

○同・太一の部屋
仏壇。太一の妻の遺影。その横に白いハンカチでくるまれたピー子の死骸。
太一「生きていりゃ、いろんなことがある」
久美「うん」
太一「泣きたいときは泣けばいい」
久美「ううん(泣かない)」
太一「むかし久美が小さいころ二人でプロレスを観にいったね。
ジャイアント馬場、大きかった。大きいのは、いい。わかるね?」
久美「うん」
太一「そう心の大きさだ。大きいからといって強くなくてもいい。
弱くても豊かであったらいい。久美は先々豊かになればいい」
久美「うん(と泣く)」

○パチンコ店・中
太一は素寒貧(すかんぴん)。久美は大フィーバー。

○石坂家・庭(朝)
久美、正太、和歌子が雪かき。見守る太一。
さらに三人は土掘り。久美が白いハンカチに包まれたピー子を埋葬。
和歌子「ピー子ちゃん、いままで久美をありがとう。ピー子ちゃんがいなかったら」
久美「ママ、ピー子は死んでいない」
正太「冬眠だ。春になったらまた飛び立つ」
久美「さようならピー子。冬眠、がんばってね。私の冬眠は昨日で終わり。ピーピー」
久美、鳥のように舞う。四人とも笑ってしまう。


(補)締切とか努力とか、なーんもなし。
いきなり天から降ってきた発想を、楽しみながらシナリオに仕上げました。
書いていておもしろくて仕方がなかったです。
だから、もしかしたら読み手には退屈かもしれません。
書き手と読み手の関係はえてしてそういうものですから。
シナリオ創作は楽しい。これが忘れてならぬ原点だと心にきざみ込みました。
シナリオ・センター研修科課題第10回目。「葬式」(20枚)。

<人物>
佐野理香(31)主婦
磯辺和志(29)その弟で会社員
磯辺新(あらた)(63)理香と和志の父・故人
笹塚陽平(30)医師
高木小百合(22)大学生
高木吾郎(54)その父

○××斎場・中(夜)
磯辺新(63)の遺影。少量の花が飾られている。
棺桶。物寂しい通夜会場である。
消灯。係員がドアを閉める。後ろに佐野理香(31)と磯辺和志(29)が立つ。
係員「ちょうどこの上のお二階が休憩室でお休みになれるようになっております。
お通夜では近しい人が夜通し故人のおそばにいて、お守りする風習がございますので」
理香と和志は軽く頭を下げる。
係員「それではご案内いたします」

○同・二階の休憩室(夜)
畳部屋。布団が並んで敷かれている。
理香と和志がゲームのオセロをまえに向き合う。二人の横に缶ビール。
和志「また負けた。姉さん、強いな」
理香「強くない」
和志「じゃあ、頭がいいんだ」
理香「和志のほうがいい。大学、出ている」
和志「そうだけど」
理香「勝とうとしないことだと思う」
和志「え?」
理香「みんなゲームで勝とうとするでしょう」
和志「うん」
理香「だから、勝てないのだと思う。無理に勝とうとしない。
自然体でいる。すると、どうしてか最後には勝っている」
和志「うそお」
理香「そう、嘘(と笑う)。勝敗なんて偶然」
和志「いや、本当かもしれない」
理香「オセロで勝ったって」
和志「偶然なのかな」
理香「そう、ぜんぶ偶然」
和志「昔から姉さんにはかなわないところがある。
あえて勝とうとしない、か。含蓄(がんちく)あるな」
理香「からかわない」
和志「一流企業の社員と結婚して、子どもが二人。プロポーズは相手からでしょう?」
理香「もちろん(得意気)」
和志「とても父さんの娘とは思えない」
理香「アラタを反面教師にして生きてきたから。平凡で月並みな幸福がいい」
和志「やめよう。アラタ、やめよう。いくら嫌いでも父親じゃない。それに今日は」
理香「和志、女の子とつきあったことある?」
和志「どうして、急に?」
理香「ないでしょう」
和志「あるよ、ふつうに」
理香「とてもあれの息子とは思えない」
和志「――もてたよね、父さん」
理香「お母さん、最後まで泣かされっぱなしだった。今日、ザマアミロと思った」
和志「ひどいな」
理香「たくさんいた女の人、一人も来なかったじゃない。いい気味」
和志「知らないだけかもしれない」
理香「やけにかばう」
和志「そんなことないよ。小さいころから迷惑していたのは姉さんと同じだし」
理香「生活力ゼロ。そのくせおかしな夢ばかり追って。あれはどうなっていたの?」
和志「あれって?」
理香「全人類を救うとかいう薬(と鼻で笑う)」
和志「健康食品だよ」
理香「あの人、大学も出ていないでしょう」
和志「姉さんは口が悪い」
理香「どうなの? うまくいってた?」
和志「どこで知ったのか、こっちに電話が来る。借金をどうするんだって。困ってる」
理香「ほうら。縁を切っておいてよかった」
和志「何それ?」
理香「来たのよ。うちに保証人になってくれないかって」
和志「そんなことあったんだ」
理香「和志は何も知らない。あのインチキ薬」
和志「スクワレル」
理香「スクワレルなんて笑える名前じゃない。
いつだったか酔っ払って自慢していた。あれ原価は百円もしないんだって。
それを一万円近い値段で。ガンにも効くとか」
和志「フフ、ちょっとやり過ぎだよね」
理香「だれがあんなもんを買うのだか」
和志「子どものころよくのまされた」
理香「まずくて、効きやしない」
和志「結構、効いていたじゃない。姉さんが突然ぜん息の発作を起こしたときだって」
理香「気のせいよ。偶然」
和志「そうかな」
理香「偶然」
和志「たしかに」
理香「うん?」
和志「ひどい父親だった。人生、負け続けで、人に迷惑をかけてばかり。
明日だって、借金取りが何人来るか」
理香「私、関係ないから」
和志「あの笹塚さん、とかいう人も来るとか。
来なくて結構ですと何度も言ったんだけど。事故ですからお気になさらずと」
理香「そうそう、その笹塚って人、何なの?」
和志「男性。悪い人じゃないよ」
理香「だから、だれ?」
和志「怒ったりしない?」
理香「わかんない」
和志「約束してくれないと教えられない」
理香「知らないんだから約束しようもない。言いなさい(と強く迫る)」
和志「父さんと縁を切ったんでしょう?」
理香「父と娘という関係は変わらない」
和志「救急車を呼んでくれたのが笹塚さん」
理香「うん(それで?)」
和志「これじゃダメ?」
理香「うん(ダメ)」
和志「ほら、父さん、おかしくなってたじゃない。
姉さんは知らないか。精神的なものではなく、何でも脳に」
理香「脳みそ?(と頭を指す)」
和志「うん、脳にできものがあったらしく」
理香「知らなかった」
和志「父さん、道で通行人にいきなり襲いかかったらしい。
襲われたら、はねのけるでしょう。ふつうだれだってそうするよね?」
理香「うん」
和志「逆にやられてしまった父さんは転倒してコンクリートに頭を。で、意識不明」
理香「もしかして、その襲われた人が――」
和志「笹塚さん。
もちろん、目撃した人がたくさんいたから笹塚さんが罪に問われるということはなくて」
理香「可哀想」
和志「へえ(意外)。ほんと悲惨な最期だよね」
理香「違う。笹塚さんが可哀想。あんな奴のために。
たぶん一生、心の傷になるでしょう。人を殺してしまったと。
あいつは最後の最後まで他人に迷惑をかけて。何してる人、その笹塚さん?」
和志「それがお医者さん。応急処置をいろいろやってくれたらしいけれど」
理香「明日はこちらから謝罪しないと」
和志「そう言われたら、たしかに――」

○磯辺新の遺影
朝陽が死人の顔を照らす。

○××斎場・情景
生きている人間でにぎわう。

○同・入口付近
理香、和志と笹塚陽平(30)が向き合う。
理香「ですから、一生で責任を取るなんておっしゃらないでください。
悪いのはうちの父のほうなんですから。ご迷惑をおかけして申し訳なくて。
忘れてくださいとお願いしても、こればかりは難しいでしょうし」
笹塚「いえ、大切なお父様を。たとえ刑法上の罪は問われなくても、
お父様を死に至らしめた罪を生涯で償いたいと思います」
笹塚は深々と頭を下げる。
負けじと理香と和志も頭を下げる。
どちらも頭を上げようとしない。
快晴の青空をカラスが舞う。

○同・中
告別式。参列者は少ない。
和志。理香とその夫。子ども二人。ほか親戚数名。笹塚の姿も見える。
終了間際。
和志「本日はお忙しい中、父アラタの告別式にご出席いただき――」
高木小百合(22)が車椅子の高木吾郎(54)を押して入ってくる。
小百合は登場するだけで人目を引くほど美しい。
高木「(遺影に)磯辺先生! 息子さんですか?」
和志「はい」
高木「お父上は大変立派なかたでした。とうとう約束を守れず。
先生、これが私の娘です。いつか逢っていただきたいとかねてから。
娘のガンが判明したとき絶望しました。
この子は母親もガンで亡くしていましてね。どうして高校生の娘までガンに」
理香「まさか父のスクワレルが――」
高木「はい、そのまさかです。医者も驚いていました。
きれいにガンが治った。私のこの足もスクワレルをのみ続ければいつか」
高木は立ち上がろうとしてよろける。小百合と笹塚が支えようとする。
小百合と笹塚は顔を見合わせる。
小百合「笹塚先生!」
笹塚「小百合ちゃん!」

○磯辺家の墓の前
理香と和志が立つ。理香は手紙を黙読。
小百合の声「ガン闘病中に何かと励ましてくれたのが当時医学生だった笹塚先生でした。
恋です。熱愛をしました。
もし自分がガンでなかったらと運命を呪ったものです。
運命とは何でしょうか。
不思議なことに先生とガン細胞はほとんど同時に私の前から消えました。
病気は克服したけれど、もう笹塚先生と逢えないと思っていたら。
磯辺先生は私にとって神様です。仏様です。
いま私たちは結婚を前提に交際しています」
理香「お父さん(と落涙する)」


(補)締切の実験をしてみました。
このシナリオを書いたのはスクール当日ではありません。
けれど、この日、ある時間にある人とお逢いしていただく約束をしていました。
それまでに書こう。勝手に締切を作ったわけです。結果は成功。
約束時間の5時間前になって突如、
通夜の晩にオセロをしている姉と弟のイメージが浮かぶ!
それから先は手が勝手に動いていました。
約束相手と面会の際、
書きたてほやほやのシナリオを読んでいただいた感想は――。
「Yonda? ワールド全開っすね!」

シナリオ・センター課題、20枚シナリオの限界も感じました。
分量制限に合わせようとすると、
どうしても最後で猛ダッシュをしなければならなくなる。

アマチュアの習作は通常、高額のレッスン料を払わないと読んでもらえません。
だから、シナリオ・センターのようなスクールがあるのです。
もし最後までお読みくださったかたがいらしたら、
感謝のあまり土下座でさえも辞さないと思います。
シナリオ・センター研修科課題第9回目。「結婚式」(20枚)。

<人物>
秋葉哲夫(43)会社員
緑川明子(26)その婚約者
増野正吉(42)秋葉の同僚
池畑典夫(28)明子の同僚
有藤栄作(25)明子の同僚
小野寺強(27)明子の同僚

○秋葉のマンション・寝室(夜)
秋葉哲夫(43)と緑川明子(26)が裸でベッドに横たわる。
秋葉は冴えないオッサン。明子は美しい。寝ている明子。
秋葉「――(ニタニタ笑う)」
明子は目を開け、そんな秋葉をにらむ。
秋葉は気がつかない。

○同・全景(夜)
虫の声が聞こえる。

○同・リビング(夜)
秋葉がひとりウイスキーをのみながら、結婚式招待状の返信を眺める。
明子が入ってくる。秋葉、振り向く。
秋葉「嬉しくて眠れない。とうとうここまで来たと思うとね。生きていてよかった」
明子「大げさ。本番は明日じゃない」
秋葉「今日。本番は今日。さっき、本番。初めての本番。よかった」
明子「バカ」
秋葉「まじめに生きてきてよかった」
明子「ニタニタして、バカみたい」
秋葉「正直、もてなかったしね。一生、独り身かとあきらめていた」
明子「(意地悪く)なんにも知らないくせに。私のなにを知ってる?」
秋葉「――」
明子「――」
秋葉「怖いな。言わないで、いいよ」
明子「それで、いいの?」
秋葉「なんでも知ればいいのかな」
明子「弱虫」
秋葉「やめよう。僕は明子ちゃんが好きだよ」
明子「好きなら」
秋葉「好きだから」
明子は返信ハガキをめくる。
明子「池畑さん。有藤くん。小野寺さん」
明子はハガキをテーブルに並べる。
秋葉「会社の仲間でしょう」
明子「一、二、三(と順々にハガキを指さし)、四(と秋葉を指さす)」
秋葉「どういうこと?」
明子「(早口で)一、二、三、(長い間を置き、ゆっくりと)四」
秋葉「(自分を指さし)四番目?」
明子「うん」
秋葉「どういうこと?」
明子「フフ」
秋葉「本番、あり?」
明子「さあ、どうだか」
秋葉「どうしてそんな男を結婚式に呼ぶ?」
明子「私、友だち少ないから」
秋葉「出席するほうもどうかしていないか」
明子「私のこと、嫌いになった? 明日の結婚式やめる? どうする?」
秋葉「前日になって」
明子「フフ、それでも私のこと、好きなんでしょう。
このチャンスを逃したら、もう終わり。
こんな若くて、かわいいお嫁さん、ぜったいにもらえない」
秋葉「なにを、なにを」
明子「一生、尻に敷いてあげる(と勝ち誇る)」

○同(深夜)
秋葉がひとりウイスキーをのみながらDVD鑑賞。無音。
画面には全盛期のアントニオ猪木。強い、強い、強い。

○同・寝室(深夜)
明子がベッドに横たわる。
明子「バカ」

○同・全景(朝)

○ヤマトホテル・廊下
秋葉と増野正吉(42)が歩きながら話す。
増野「本当にそんなことを言ってもいいのか」
秋葉「お願いだ」
増野「でも、事実じゃないんだろう」
秋葉「うん」
増野「嘘はいけないよ」
秋葉「なにもなかった。人生、なにもなし。おとなしく従順に生きてきた。
結婚式は一度きり。もう主役になることはない」
増野「俺は責任、取れないよ」
秋葉「それでいい」
増野「どうしてそんな嘘を?」
秋葉「理由は聞かないでくれ。おまえにしか頼めないんだ。一生がかかっている」
増野「わかった」
秋葉「それから急なんだけれども、もう一つ」
増野「なんだよ。まだなんかあるのか」
秋葉「いや、待て」
増野「どうした?」
秋葉は増野をうながし後退。
前方に明子、池畑典夫(28)、有藤栄作(25)、小野寺強(27)。
四人はヒソヒソ話をしている。声は聞こえない。男三人は一度うなずくと散る。

○同・結婚披露宴会場
四十人が着席する。増野が司会をする。
新郎新婦の近くのテーブルに池畑、有藤、小野寺が座る。
秋葉は三人を確認して「一、二、三」と指を折る。
秋葉と明子のケーキ入刀が終わる。
増野「これでめでたく夫婦最初の共同作業が終わりました」
ケーキが運ばれていく。
増野は秋葉を見る。秋葉、うなずく。
増野「ここで重大発表があります。まだこの事実は新郎新婦のご家族も知りません。
私も先ほど新郎から聞きました」
秋葉「――(にやり)」
明子「え?」
増野「新婦の明子さんのお腹には赤ちゃんがいるそうです」
ざわつく場内。
明子は秋葉をにらむ。秋葉は知らん顔。
池畑「――」
有藤「――」
小野寺「――」
ウェイターがワインのボトルを運ぶ。
突如、アントニオ猪木のテーマ曲「炎のファイター」が流れる。
増野「元気ですか~。元気があれば、なんでもできる。
新郎からの特別企画、幸福注入ビンタです」
増野が赤いタオルを秋葉に投げる。タオルを受け取った秋葉は猪木の真似。
明子「――(ポカーン)」
増野「新郎の幸福をおすそ分けしてほしいかたはいらっしゃいませんか?」
秋葉は池畑、有藤、小野寺を指さす。笑いながら三人が出てくる。
秋葉は容赦のないガチンコのビンタ。場が白ける。
笑い声が聞こえる。明子である。

○同・外
お色直しを済ませた秋葉と明子。
明子「おかしい」
秋葉「――」
明子「こんな人だったんだ。けれど、可哀想」
秋葉「え?」
明子「ごめん。あれ嘘。会社の人とつきあったことなんかない」
秋葉「そうなの? なら、どうして?」
明子「フフ、頼もしかった。強いんだ」
秋葉「やばいことしちゃったかな?」
明子「どうする? 赤ちゃんなんかいない」
秋葉「あれは」
明子「フフ、早く作らないと」
明子は秋葉によりかかる。
増野の声「お色直しをした新郎新婦の登場です。みなさん拍手でお迎えください」
万雷(ばんらい)の拍手。ドアが開かれる。

○同・結婚披露宴会場
マイクのまえに池畑、有藤、小野寺。
有藤は女装。小野寺は犬のキャップを装着。池畑は手にした紙を読みあげる。
池畑「私たちは新婦の明子さんの会社仲間でして、
この三人は借金ブラザーズなどと呼ばれています。
給料日まえになると、かならずおカネが足らなくなる。
どうするか。明子さんに借金をします。
だから、私たち三人は明子さんに頭が上がりません」
三人はペコリ。場内、笑い。
池畑「このたびは明子さんから聞いたお二人のなれそめを寸劇風に紹介します。
こちら明子さんと思ってください。こちらは明子さんの飼い犬のコロですね」
小野寺「ワンワン」
池畑「明子さんはコロを連れて散歩をします」
女装した有藤が犬の小野寺を引く。
池畑「コロは絶対に人に向かって吠えない。
そのコロがただ一人吠えかかる相手が新郎の秋葉さんだったそうです」
小野寺「ワンワン。ガルル」
池畑「ひょんなきっかけで二人は逢えば立ち話をする関係になりました。
明子さんはすぐに、秋葉さんが自分に好意を持っているのに気づいたそうです。
犬嫌いなのに一生懸命な姿が、これは明子さんの言葉ですよ。
とてもおかしかった。笑えた、と言います。
土曜日でした。その日、コロは秋葉さんに吠えなかった。
それどころか、足元にすり寄る。そう、二人はようやく仲良くなったのです。
その翌日のことでした。コロは静かに息を引き取りました。寿命だったそうです」
犬の小野寺は倒れる。
犬のキャップをはずし立ち上がる。
池畑「新郎と新婦の最初のデートはこのあとです。
コロの死を聞いて、秋葉さんは泣き崩れたそうです。
その涙を見て、明子さんは新郎への愛情が生まれたと言います」
女装した有藤が小野寺を抱きしめる。二人はキス直前まで顔を近づける。
場内、笑い。秋葉は胸が詰まり、明子を見る。明子は笑顔でうなずく。


(補)これは本当に書き上げるのに骨を折りました。
白状すると、連続課題提出記録をストップさせたのが「秋に咲く花」です。
締切までに書けないで、結局シナセンをはじめて欠席したのを覚えています。
いつもギリギリになると何かしらひらめくのにこの日はまったくでした。
それから1週間、毎日このシナリオの後半部を考えました。
シナリオを書けない苦しみを嫌というほど味わったものです。
だから、非常に思い入れがありますけれど、作品の良し悪しとは関係ありません。
アマチュアのつたない創作を最後までお読みくださり、ありがとうございます。