禁酒はわずか1週間しかつづかず、いまではすっかり元通りです。
8日目は限界でしたね。お酒の味どころではなかったです。
命の水は、わが砂漠にじんわりしみこみました。
それからわんわん泣きました。「おれはやるぞう」なんてうめきながら。
「このまま終わってたまるか」なんて。
いやあ恥ずかしい人間ですねホント。
お酒のみならず読書も昨日解禁しました。
口開けは宮本輝「花の回廊」――。
10日ぶりの読書でしたが、さしたる変化は見られなかったです。
お酒をのんで本を読んだら、あとはひとつしかありません。
本の感想をブログに書いちゃうでしょうね。
書くまいと思っていても、きっと書いてしまう。
というわけで「本の山」の再開を予告します。
またろくでもない読書感想文を書き散らすかと思うと自分でもいやになりますが、
ほかにこれといってやりたいことがないんです。
アフガニスタンで農業ボランティアをしたいけれど、専門技術がありませんから。
情けない話です。

今日から3日間、東京を離れます。
山にこもってこれからの人生をじっくり考えてみたいです。
コメント、メールのお返事は遅れますが、ご了承ください。
というわけで、あれよあれよという間に1週間経過。
なにごともなく目標だった7日間の禁酒を成し遂げた。
いうまでもなく、みなさまにはどうでもいいこと。
つまらぬことでお目を汚して申し訳ありません。

思っていたよりも骨折りではなかった。
日に日にハードルが下がってゆくとでもいったらいいのだろうか。
いまウイスキーのオンザロックを目の前にだされても閉口する。
どうしてこんな劇物をのまなければいけないのかと顔をしかめてしまうだろう。
ビールくらいだったら、ためらいもなくのんでしまうかもしれないけれど。
さらにそのビール1杯が、くだんのウイスキーをうまくするのだが(苦笑)。

手ごたえがまるでなかった。もう少し張り合いのあるものだと思っていた。
8年ものあいだ休みなく酒をのみつづけていたのである。
1週間も断酒すればきっとなにか起こると期待するのが、そこまで愚かだとは思えない。
いろいろ夢見ていたのである。
ある晩、般若心経の一文字が心に食い込んでくる。
仏界がぽっかり心中にひらけ生きかたが定まる。
あるいは、過去の記憶が新たな意味合いをもって現在へ暴力的に侵入してくる。
結果、生まれ変わったように前向きになる。

ほんとうに人生には劇的なことがない。
よく人生の転機というやつが語られるでしょう。
「いま思えばあそこであれがあったからいまの私がいるのです……」
三十路に入ってようやくわかった。若人に伝えておかねばならぬ。
あれは嘘だから! 人生に転機が訪れるのは成功者限定!
そして人生で成功するなんて百人にひとりもいないのではないか。
成功なんて目指さないでふつうに生きてりゃいいのに馬鹿者は勘違いする。
わたしのように――。

おっと、話が飛躍したようである。
1週間酒を抜いたくらいで、大悟するわけがない。
インスピレーションも天啓も気づきも、なーんにもなかった。
今後の人生の指針なんてさーっぱりである。
心なしかヨンダくん(プロフィール写真参照)がにやにやしている。
「ほうら、ご覧なさい」とでも言いたげである。

(メモ)禁酒1週間で漫画は読めるようになる。新聞(東スポ)もOK。
しかし、読書はいまだ無理。これはどういうことだろうか。記録として残す。
アル中でありながら、唯一アル中と呼ばれぬ人種がいるのをご存知だろうか。
芸術家である。作家、歌手、映画監督、画家などのこと。
こういう肩書と酒代をまかなえる最低限の収入があれば、アル中と呼ばれずに済む。
そもそも芸術など酒のようなものではないか。
どうして酒ものまずに人を陶酔させるものが創れるのか、という屁理屈がまかり通るのだ。
たとえば「キューポラのある街」で知られる映画監督の浦山桐郎は完全なアル中だった。
酒でさんざん失敗をしている。ところが、生涯酒をやめた形跡が見られない。
周囲のものも浦山を巨匠とあがめて奇行を問題視するどころか、
かえって天才の証拠とありがたがっているようなところさえある。
(以上は原一男編「映画に憑かれて浦山桐郎」による)
これだ。これなのだ。
たしかに蟻(あり)でも通り抜けられるかわからぬ細い困難な道である。
しかし、抜け道がないわけではない――。
真っ暗闇のなかでのひと筋の光である。

今宵で禁酒5日目。ブログは休止するどころか、断酒するまえより活発である。
思いもしなかったことだ。
ところで、いつ酒を解禁しようか。当初は1週間の予定で禁酒をはじめた。
この調子だと10日、2週間くらい大丈夫なような気もするのである。
むろん、なにかアクシデントがあったら酒をのまずにはいられなくなる。
たとえば名誉毀損訴訟メールが届いたり、
若い女の子から「本の山」のファンですとメールがあった場合だ(笑)。
まあ、天にまかせることにしよう。

関係ないけど、河島英五「酒と泪と男と女」↓
http://jp.youtube.com/watch?v=-4m1GPE35rg
このところ死というものは救済だとつくづく思う。
生と死で人生はあんがいバランスが取れているのかもしれない。
生は絶対的に不平等である。
人間は生まれるにおよんで国籍、時代、性別、容姿、知力、貧富を選ぶことができない。
そのくせ、この初期設定が人生の全体に重くのしかかる。
どうしてこんな不平等なことがあるのかと疑問に思わないほうがおかしいくらいだ。
ところが、もう一方の死は平等極まりない。
人間はだれもが死ぬ。いつの時代のどんな地域の豪商も死だけは逃れえなかった。
もとより、金持は臓器移植や新薬のおかげで通常よりも長生きが可能である。
とはいえ、たかだが10年、20年の延命に過ぎぬ。いずれは死ぬことに変わりはない。

成功者にも失敗者にも平等に死は訪れる。
いわゆる「勝ち組」も「負け組」も差別されることなく、ひとしく死んでゆく。
このとき死の意味するところが属性によって変わることに注目したい。
人生で願いがかなわなかった落伍者には、死がまたとない安らぎとなる。
一方で権勢を極めたような長者は、死ぬことに耐えられないのではないか。
成功者になるほど死にあたってジタバタ見苦しく足掻(あが)くと思う。
2ちゃんねるしか趣味のないような40の独身男性にとって死は救いといってよい。
他方、同年齢でかわいい妻子から愛されている既婚男性は死を受け容れがたい。

なにを言いたいのか。
人生における幸福と不幸が死に面したとき逆転するのではないだろうか。
生まれたときから重荷を背負っている赤子がいる。
身体障害や難病を持って生まれた場合である。
むろん、赤子は生きようとするだろう。周囲も援助する。
けれども、そうそう長生きできるわけもなく、成人することなく死んでゆく。
遺族の悲しみは想像するに余りある。
とはいうものの、救いがないわけではない。
これであの子は苦しみから解放されたのだと思えばの話である。
他方、大会社の社長にまでのぼりつめた老人の死を考えてみよう。
かれはのしあがる過程でライバルを幾人も踏み台にしたはずである。
この老人の死を知って、どれほどの人間が喝采をあげることだろう。
祝杯をあげるものもいるかもしれない。

死は救済である。人間はだれもが死ぬ。
憎たらしいあいつも遅かれ早かれ死ぬのである。
どんなに愛しいあの人も死を逃れえぬ。
「勝ち組」も死ぬ。「負け組」も死ぬ。死に際してみな、なにもあの世には持っていけない。
とすれば、かつてわが国にあった出家や隠遁(いんとん)は、
賢者の道であったに相違ない。
栄華栄誉を手中におさめれば、そのぶんだけ死ぬさまたげとなるのだから。
出世はむしろ人間の自由を束縛するとも言えるわけである。
成功できなかったものの救いがここにないだろうか。
生だけに目を向けていたら見えないものを、死は見せてくれる。
疑いもなく、いまわたしは死に救われているのだ。
「いつでも死ねる草が咲いたり実つたり 」(山頭火)

(追記)野暮なことかもしれないが、わかりやすく図示してみたい。

「生」(-10~0~+10)
 ↓
「絶命時」(-10~0~+10)
 ↓
「死=0」


たとえば貧乏な家に生まれて不細工だったがキャバレー王に成り上がり死んだ男。
「生=-4」→「絶命時=+6」→「死=0」*差し引き「-6」
たとえば難病を持って生まれて闘病するものの甲斐なく死んだ青年。
「生=-7」→「絶命時=-10」→「死=0」*差し引き「+10」
たとえば裕福な家に生まれたものの財産を食いつぶし自殺した男。
「生=+7」→「絶命時=-4」→「死=0」*差し引き「+4」
たとえば政治家の子として生まれ親のあとを継ぎウマウマの人生を送った男。
「生=+10」→「絶命時=+8」→「死=0」*差し引き「-8」

この数式で重要なのは「死=0」で常に一定ということである。
死んだほうがましなほどの苦難つづきの人生も、死によって償われることがよくわかる。
出家や隠遁はプラス値の高いものが、死に備えて0に近づく行為になる。
聖書や歎異抄の説く救済もこの数式とおなじことを言っているのではないだろうか。
「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。
悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる」(マタイによる福音書)
「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」(歎異抄)

ここから先に書くことはオカルトと紙一重だが、かりに来世があるとしよう。
来世の「生」の初期設定は数式の「差し引き」の数値で決まると考えたらどうだろうか。
「差し引き」がプラスだったものは、このつぎ生まれてくるときかならず恵まれている。
「差し引き」がマイナスだったものは、来世で苦労しなければならない。
むろん、フィクションである。
だが、死んだらば無になるというのも、ひとつのフィクションに過ぎぬではないか。
ならば、問題はなにを信じるかにかかってくると思うのだが――。
いままでアル中に向き合うのが怖くて、なるべく見ないようにしてきた。
酒豪の井上靖先生の名言「酒は無毒」を思い出しながら、である。
記事に誤りがあってはいけないと、
いま「アルコール依存症」で検索していろいろ調べてみた。
ついにとうとうおのれが救いようのないアルコール中毒患者であることを知らされる。
ろくな未来が待っていないこともだ。
うすうす感づいていたが、こうもはっきり認識させられると憂鬱である。
なるべく早く死ぬしか対策がないと思う。
だが、死ぬのは難しい。自殺はしたくないからである。
海外の危険な紛争地域に行くことは何度か考えた。
日本大使館の人に迷惑をかける。税金を使わせてしまうかもしれない。
ためらう理由である(ウソ)。うまく通り魔と遭遇できたらどんなにいいだろうか(ホント)。
わたしの夢はただひとつ。できるだけ早くこの世から消え失せたい。
もう十分生きたと思う。これ以上、他人を困らせたくない。
禁酒4日目のせいか現世への執着が自分でも驚くほど弱まっている――。

断わっておくが、いま酒をのんでいるわけではない。
アル中はやだやだ、とため息をついている。
おっと、うっかりこの手の発言を嫌う人間の存在を忘れていた。
甘えていて、ごめんなさい。
そうですね。人間、がんばればなんでもできますよね。明日から努力するので、許して♪
アルコール依存症の闘病記を書いてみよう。
いまはビールでさえ苦いと敬遠する若者が多いと聞く。
日本人の酒離れは深刻なようである。
これではわたしがしきりにアル中、アル中と叫んでいても、
なんのことだかわからないと思う。
この病気がどのようなものか記してみたい。

ほんとうは同情を引きたいのである。
かわいそう、よしよし、いい子いい子と慰めてもらいたいのである。
だが、酒精中毒の場合、どうしてか自己責任と冷たく突き放されることが多い。
癌やその他の難病だとたいそう同情されるのとえらい違いである。
そもそもね、わたしだってね、8年まえにあんなことがなければ――。
いやいや、言い訳はよそう。見苦しいだけだ(う~ん、男らしい、かっくいい!)。

夕飯のときに1杯だけ酒をのめばむしろ健康によろしい。
よく言われることである。
ところが、我われアルコール依存症患者はこれができない。
いったん酒をのみはじめたら、酔いつぶれるまで酒をあおらずにはいられない。
これはどうしようもないのね。
ひとたび酒を口にしたら、とめようがない。
破滅願望なのだと思う。本音は死にたいのだとなかば自覚している。
死の代替としての眠りを求めて酒盃を干してゆくわけである。

このため中毒者にとって、酒は全か無かしかない。オール・オア・ナッシング。
つぶれるまでのむか、1杯ものまないか。
だが、まったく酒を口にしないのは物足りない。
最初は1杯だけといっておいて、いざのんだら酒がとまらなくなるわけである。
通常、この飲酒方法はまず身体が壊れるのね。
けれども、山頭火やわたしのような頑健な肉体を持っていると、
精神のみボロボロになるにとどまる。
(むろん、いくら頑丈とはいえ、わたしの肝臓はとうに悪くなっている)

アル中が酒を断つと手の震えや幻覚が生じると聞く。
これはぎりぎりセーフみたいで、いまだそういった症状は出ていない。
ただ思考能力が落ちている。実際、ものを考えられないのね。
感覚も鈍っている。感受性が弱まっているのは間違いない。
笑ったり泣いたりが減っている。自分が廃人に近づいているような感じがする。

いまはまったくおいしいものを食べたいとは思わない。
刺身なんか出されたら、払いのけたいくらいである。
美味の食物は、酒がなかったら、むしろ食べたくないのが酒精中毒者。
この4日、毎晩レトルトカレーを食べている。それと生野菜。
手の込んだものを作っても酒がのめないのだから無意味。
カレーはインドカレー、タイカレー、日本カレーと多種類用意してあるから飽きない。
むりやりカレーを押し込んで夕飯を済ませたことにしている。

よくよく思うのは、酒と人生のこと。
酒がない人生なんて灰色でまったくおもしろみがない。
(いまはその灰色ぶりが新鮮でどこか楽しんでいるけれども)
酒をのんで40で死ぬのと、酒をのまないで60まで生きるのはどちらがいいか。
こう問われたら迷わず前者を選択する。
酒をのまなかったら80まで生かしてやるといわれても、酒あり40歳死亡のほうがいい。
まあ、余命わずかの重病患者がこの記事を読んだときのことを考えたら、
こういったことを軽々しく書いてはならないのだろうけど、これがアル中患者の真実である。

「あたしとお酒、どっちがいい?」
たとえべっぴんのおねえちゃんからこんな二者択一を迫られても、だんぜん酒である。
と言いたいところだが、実際経験してみないとこればかりはわからない。
きんきんに冷えたビールとバスタオル1枚のべっぴんさんを並べてみなければ、である。
もしかしたら唯一残されている長生きする希望なのかもしれない。
こんばんは。禁酒3日目です。すっかりポンコツ化しています。
たぶんいまだと算数の九九もおぼつかない。禁断症状でしょう。
というのも、ここ5年くらい風邪以外で2日以上断酒した記憶はありませんから。
わたしは酒がないと動かないロボット。
いっぽうの本は、あれ、読まないというより、読めないんですね。
酒をのまないと(まえの晩にね!)神経が昂(たか)ぶって活字が頭に入ってこない。
漫画なら読めるかと思ったのですがこちらも楽ではない。
オリンピックばかり見てます。楽しいもんですね。
先ほどのソフトボールも最初から観戦していた(日本、悲願の金メダル獲得!)。
弱いものが強いものに勝つのはなんと気持がいいのでしょう。
あれは素人が見たって、どちらが強いか歴然としている。
まさに食べているものが違うとしかいいようがない。
体格が違いすぎます。
おそらく米国と日本が10回、試合をしたら7、8回はあちらが勝つのではありませんか。
日本はどう見たって弱いのですね。
それが勝った。弱者が強者に勝った。働いたのは人力以上のものです。
むろん、全選手がすべての能力をだしきったのはいうまでもありません。
けれども、人間以外(以上といいたい)の力が間違いなく働いています。
スポーツは強いものが勝つとは限らない。
ならば、人生も――。こういう期待をいだかせてくれます。
いいものを見たと思います。

小学生の作文のように最後にいちばんいいたいことを書きます。
この結果をもって「努力したらかならず夢はかなう」などと
バカなことを主張するものがでないことを願ってやみません。
本日をもって「分け入つても分け入つても本の山」第二部の終了を宣言します。
第一部がいつ終わったかご存じないかたも多いでしょう。
去年の2月に国外逃亡したとき、第一部の終了を告知申し上げました。

今日からお酒もご本もぱったりやめます。
飲酒と読書というふたつの悪癖をストップする。
とりあえず1週間の予定ですが、どうなるかわかりません。
我慢できないでお酒をのんじゃうかもしれませんから。
まさかとは思いますが禁酒で鬱状態におちいり自殺してしまうこともないとは限りません。

たくさん好きな本を読めてとてもよかったと思います。
どうしようもない人生のせめてもの救いです。
最後に心酔するストリンドベリ、山田太一、
両氏の作品をたらふく詰め込むことができたのは僥倖(ぎょうこう)でありました。
たとえ明日死ぬことになったとしても、
それほど悪くない人生だったと自分をごまかすことが可能かもしれません。

1週間、今後の身のふり等について考えてみたいと思います。
とはいえ、ヨンダくん(プロフィール写真参照)からは笑われているんです。
「またおかしなことを。いつものあれですね。どうせなにも変わりませんよ」
ムカッとしますが、たしかに1週間酒を抜いたくらいでなにかあるとは思えないのも事実。

いま、読みたい本をすべて読んでしまった静かな心境におります。
もとより、読みたい本なら一生かかっても読みきれないほどあるのです。
けれども、読まずに死ねるか、とまで思い入れがあるのはストリンドベリ、山田太一のみ。
ほんとうに読み終える日が来るとは思わなかったので、ふしぎな気分です。

演劇もついに世阿弥まで到達してしまいました。
演劇に興味を持ったきっかけはシェイクスピア翻訳者の福田恆存。
ギリシア悲劇に端を発する西欧演劇全般を戯曲で読みあさりました。
日本演劇も近松、黙阿弥と来て、とうとう世阿弥まで行き着きました。
わが国の現代演劇を読んでいないのは心残りですが、あれは女子供の暇つぶし。
とりたてて戯曲で読むほどの価値はないのかもしれません。

ブログを閉鎖することはありません。
かえって暇だからくだらぬことを書き散らすかもしれません。
とはいえ、「本の山」の雑記は、ほとんど鯨飲後の酩酊状態で書いています。
酒ものまない沈んだ頭脳で、ああもどうでもいいことを書けるかは疑問です。
そうそう、お願いしておかなくては。
禁酒で精神が弱ると思うので、あまり手厳しい批判コメントはご遠慮ください。

長いこと、おつき合いくださり、ありがとうございました。
雑記くらいは書くでしょうが、「本の山」第三部があるかは未定です。
ふふふ、たかが禁酒するくらいで大げさでしょう、まったく(笑)。
もしかしたら明日あたり泥酔して書き込むかもしれないというのに。
こういった演戯過剰なところが「本の山」の魅力なのだとご理解くださいませ。
それでは、最後は柳沢慎吾ふうに決めてみたいと思います。

「(本よ酒よ)あばよ!」
「世阿弥芸術論集」(田中裕:校注/新潮社)

→収録作品は「風姿花伝」「至花道」「花鏡」「九位」「世子六十以後申楽談儀」。
日本の古典を読むのなら、岩波文庫なんかに頼らないほうがよろしい。
新潮日本古典集成がいちばんである。
近松門左衛門につづき世阿弥もこのシリーズで読んだが、実にわかりやすい。
たしかに定価は高いけれど、古本なら安値で転がっている定番商品だ。
まさか頭の悪いわたしが世阿弥を読めるとは思っていなかった。
近松を読んだときにも思ったことである。
新潮社さまさまだ。さすがYonda?を生みだした会社だけのことはある。

古典はふたつにわかれると思う。
ひとつは古典と呼ぶにふさわしい内容のすぐれたもの。
もうひとつは、内容は大したことがない。古いから価値があるというだけの古典。
見極めは、現代語訳にあるのではないかと思っている。
現代語訳(外国古典なら邦訳)したときにおもしろいかどうかである。
わたしは「徒然草」を中島義道のエッセイとおなじレベルだと思っている。
「歎異抄」は深い内容を秘めた、聖書に匹敵する宗教書である。
さて、世阿弥の芸術論はどうか。
古いことだけがとりえの愚書ではないかというのが読後の感想である。
とある三流の脚本家がシナリオ指南書で「風姿花伝」を絶賛していた。
古典の権威に頼らなければならないほど自分に自信が持てない可哀想な男である。

世阿弥の芸術論は現代から見たら、なんの目新しさもない。
ただ、なんでもそうだが、古いものほど書かれた当初はとびきりに新しい。
いまは地球は丸いなんて常識だが、むかしは新説だったのとおなじことである。
21世紀に「地球は丸かった!」とうっとりするのは阿呆である。
ところが、文系学問だとこれがまかり通ってしまうのだから。
世阿弥の芸術論に感心しているものは痴呆症にでもかかっているのではないか。
「地球は丸い、地球は丸い」とうわ言をつぶやいている患者と変わりない。
「おまえ地球が丸いのを知らなかっただろう」と得意になるのはキチガイである。
世阿弥に感心しているような手合いは、ものを見る目がないのだ。
肩書でしか人間を判断できないような最低の俗物である。
こういった人種は、発言の内容ではなく発言者にしか興味がないのだろう。
哀れというほかない。脆弱(ぜいじゃく)な脳細胞にいたく同情させていただく。

世阿弥の芸術論なんざ、いまでいうならあれである。あれあれ。
会社の隠し芸大会である。忘年会や社員旅行でのあれである。
たとえば営業部。ここは代々、隠し芸で評判が高かった。
いまは重役になっている、かつての営業部長が、部外秘の隠し芸マニュアルを書いた。
いうなればこのマニュアルが、世阿弥の芸術論のようなものである。
この会社の社員でなかったら、だれもこんなものに興味を持たないでしょう。
能楽(申楽)なんちゅうのは、だれが見てもわかるもんじゃないのとクリソツ(おなじ)。
この会社が超一流企業(室町幕府)だったから、重んじられているだけの話である。

隠し芸マニュアル(世阿弥芸術論)の中身に踏み込もう。
ほんとうにろくなことが書かれていないのである。
隠し芸は平社員(庶民)よりも重役(貴人)に気に入られなければならない。
当たり前のことじゃないかな。そして、なんとあさましい処世訓であろう。
昼の宴会ではまだ日もあるのだから隠し芸は暗いのがよろしい。
夜の宴会はもう外も暗いからとことん弾(はじ)けてしまって構わない。
有名な「風姿花伝」などこの程度のものである。
隠し芸は花である。めずらしいからいいのだ。あっそう、というしかない。
「風姿花伝」でもっとも有名な「秘すれば花」も裸芸の常識である。
酔って裸になるときは、隠すものを隠していなければならない。
フルチンで飛び跳ねられても、見ているものはドン引きしてしまう。
ちょっと隠すようにするのがコツである。まるで営業マンの接待マニュアルではないか。

「花鏡」も非常にくだらない。隠し芸は心が大事である。
心がけが芸に出る。当たり前だろうと世阿弥を怒鳴りつけてやりたい。
そうそう「花鏡」でいちばん有名なのが「初心忘れるべからず」の教えだった。
どんな分野でもいえることでしょう。初心を忘れないほうがなんだっていい。
大した教訓でもなんでもない。
ところが、世阿弥の言葉という理由で、文言以上にありがたがる馬鹿が現われる。
こういうえせインテリは、死んだほうがいいと思うけどね。

「世子六十以後申楽談儀」――。
具にもつかぬ語録である。たとえば、隠し芸マニュアルのひとつ。
酔っぱらってネクタイを頭に結びつけるときは結び目をどこにしたらいいか。
こんなことはどうでもいいことでしょう。
けれども、世阿弥がいっていたとなると、いや有名企業の方針だと、
やたらありがたがって関心をいだく愚か者がいる。
ことさら会社名を自慢するカスのごときおっさんとなんら変わりがない。
世阿弥の序破急だって、どこに新発見があるというのか。
物事には始まり、真ん中、終わりがある。順番を守ろうね。これだけのことである。
もったいぶって神棚に飾るのは間違えていないか。

世阿弥芸術論集を読んであきれたのは作者の外見重視の姿勢である。
ドラマ――言葉の劇にまったく言及していないのである。
将軍さまの目や耳に新鮮に感じてもらえれば万事OKとする下僕根性は最低だ。
世阿弥が芸術家というのは誤解ではないか。
せいぜい手品師、奇術師のたぐいである。つまり、存在がインチキなのだ。
世阿弥ごときにだまされている日本人が多いのはまったくもって心外というほかない。
「ふぞろいの林檎たちⅣ」(山田太一/マガジンハウス)絶版

→テレビドラマシナリオ。平成9年放送作品。全13回の連続ドラマ。
パート3での病的なまでの異常性は失せ、
いつもの手堅い山田太一ドラマに仕上がっている。
つまり、安心して笑って泣くことができる。
考えてみたら、視聴者と俳優陣はおなじことをしているのである。
笑って泣いて、笑って泣いての繰り返しである。
これはことさら新発見というわけではない。
脚本家は我われの生きる現実をモデルにしているのだから、むしろ当たり前のことだ。
ありきたりな反復である。だれもがみんな――。泣く。笑う。泣く。笑う。
山田太一はありきたりに丁寧に向き合う。
ひとつひとつの泣き笑いを大切にする。
芸術家なんぞが無視して通り過ぎてゆく人間の細かな哀歓に光を当てるわけである。
泣くというのはすばらしい。泣かなかったら笑うこともできないのだから。
笑うというのもまた素敵である。人間は笑うために生きているのではないか。
ひとりで笑っているのはいささか病的である。どうせならだれかがそばにいたほうがいい。
一方、泣くのは、通常はこっそり隠れて泣くものである。
けれども、こちらも笑いと同様、だれかが横にいてくれたら、泣くのもずいぶん楽になる。
人間と逢おう。笑おう。泣こう。
山田太一ドラマのすすめる生きかたである。
いいかたをかえれば、人間のなしうるのはこのくらいである。
せいぜい泣いて笑うくらいしか、人間の自由はないのかもしれない。

人はどうして泣くのだろう。泣いていた人間がいつしか笑うのはなぜだろう。
人生は勝負だからである。人間世界には勝ちと負けがあるからだ。
勝ったときは笑う。負けたときは泣く。
(もとより人間は複雑だから勝ったときに泣き、負けたときに強がって笑うこともあるけれど)
ならば、ドラマは勝負を描くものだと定義できるのかもしれない。
勝ちつづける人間や負けつづける人間は少ない(まったくいないわけではない)。
ドラマが生まれるゆえんである。
山田太一ドラマの特徴は、負けることへのこだわりにあるように思う。
人間はどうしたって実人生で勝ちたいから、勝つドラマを好むものである。
しかし、勝つドラマというのは存外、大味である。
山田太一ドラマを見ているとわかることだ。
もしかしたら勝つことよりも、負けることのほうが、
よほど深い味わいを秘めているのかもしれない。
負けることのうちに人生の豊かさがどれほど多く眠っていることだろうか。
こう考えてゆくと、山田太一の描くドラマ世界が負に満ちていることに気づく。
たとえば劣等感、挫折感、屈辱感である。
山田太一は負を肯定する。負の豊饒(ほうじょう)に目を向ける。

先日、「ふぞろいの林檎たち」パート1の企画書を偶然から手に入れることができた。
シナリオを書き始めるまえに山田太一がテレビ局に提出したものである。
「月刊シナリオ教室」のバックナンバーに掲載されている。
この企画書から一行を引用したい。
たったの一行だが、「ふぞろいの林檎たち」シリーズすべてに共通するテーマだと思う。
山田太一ドラマの核心といってもいいのかもしれない。それはなにか。

≪しかし、「一流の人生」は果して、本当に「一流」なのか?≫

山田太一は「ふぞろいの林檎たち」で四流の大学生のドラマを描きたかったという。
林檎たちは三流ですらないのである。三流にも手が届かぬ四流の人生。
だが、この四流であるはずの「ふぞろいの林檎たち」はなんと輝いていることだろう。
一流と呼ばれる人間よりも、数段、人間として深いように思われる。
なにゆえか。負の効用である。
四流の人間が一流のものよりたくさん持っているものは負のほかには考えられぬ。
ドラマの林檎たちが、形の整った林檎よりも味わいがあるとすれば、
それはふぞろいであるがゆえだ。

「ふぞろいの林檎たちⅣ」に話を移そう。
林檎たちは、宮本晴江(石原真理子)以外それぞれ成熟した大人になっている。
だれもが(ひとりを除いて)いままでにはなかった落ち着きを見せているのが印象的である。
岩田健一(時任三郎)は熟練した営業マンとして活躍している。
仲手川良雄(中井貴一)は、運送会社の課長に出世した。
西寺実(柳沢慎吾)は妻の綾子(中島唱子)と実家のラーメン屋を継いでいる。
水野陽子(手塚理美)はベテランの看護婦長として病院になくてはならぬ存在である。
ひとり宮本晴江のみ、ふらふらアメリカで暮らしている。

ドラマに新しく登場するもののひとりが桐生克彦(長瀬智也)である。
視聴率対策として召喚された克彦は田舎から上京してきた青年という設定。
ふとしたことから健一、良雄、実の「ふぞろいの林檎たち」に出逢う。
19歳の克彦は、林檎たちをえらく大人だと感じる。
あの「ふぞろいの林檎たち」がとうとう若者から慕われる存在になったのである。
これがどうして四流の人生なんていえようか。
パート4で魅力的なのは、大人の男同士の友情である。
健一、良雄、実のそれぞれ逢うシーンがぞくぞくするほどいいのである。
現実には、ありえないことである。
四捨五入すれば40にもなる男が、そうそう学生時代の友情を維持できるわけがない。
だが、かれらならと思ってしまう。「ふぞろいの林檎たち」なら――。
健一、良雄、実の男三人は、気負ったところがなくなり、とてもいい関係を作っている。
上京したての克彦は、いわばかつての林檎たちの生き写しである。
大学に行っていないぶん、あるいはもっと世間的なレベルは低いかもしれない。
ふぞろいの林檎である克彦が、大きく成長した林檎たちにあこがれるのである。
学歴がなくても、会社は三流でも、こんな立派に生きている大人たちがいる。
田舎物の克彦は、正直に感銘を受けたと大人に告げる。
「ふぞろいの林檎たち」が嬉しくないはずはない。

実のラーメン屋である。客はひとりもいない。暇である。克彦が入ってくる。
克彦は実に「ふぞろいの林檎たち」には参ったと白状する。

実「お前ね」
克彦「はい」
実「十九で、そんなおべんちゃらいって、どうすんだよ」
克彦「べんちゃらじゃなくて――」
実「二人とも金なんて持ってねえぞ。貸すもんか」
克彦「そんなんじゃないです」
実「大体、岩田がちゃんとした大人かよう。ただ、でかいだけ」
克彦「あ(そうかなあ、と首を傾ける)」
実「仲手川が、どうして、すげえんだよ?
すげえなんて言葉から一番遠い奴だよ、あいつは」
克彦「友だちじゃないんですか?」
実「友だちだよ」
克彦「だったら――」
実「ほめなきゃ、おかしいか?」
克彦「まあ、普通は――」
実「俺たちはね、短所でね、つながってるの」
克彦「タンショ?」
実「そう。お互いの欠点を愛してるのよ」
克彦「はあ」
実「だから、岩田がちゃんとしてて、仲手川がすごいなんて、冗談じゃないわけよ」
克彦「はあ」
実「あいつらがね、ダメな奴だから愛してる」
克彦「ダメですか?」
実「ダメ。落ちこぼれ。パア。あいつらも、俺の欠点を愛してる。長所は愛してない」
克彦「はあ」
実「なまじ誰かが立派な奴になったら、もう愛さないよ。
ダメ同士だから、長続きしてる」
克彦「はあ」
実「だからね、俺たちになんか頼るなよ。
金はねえし、残業と接待でヒーヒーいってる。
俺なんかも、こう繁盛してちゃ、あんたの話なんか聞いている暇はねえ、
といいたいけど、なんだい、用は?」
克彦「はい」
実「うめえぞ、このラーメンは」
克彦「オレ――」
実「(ラーメンにかかっている)」
克彦「西寺さんも、思ってた通り、凄い人だと思います」
実「なんだよ、それ」
克彦「すげえいい友だち同士だなあと思います」
実「こら、なに企んでるんだ?」
克彦「企んでなんかいません。三人とも、凄いですよ」(P167)


山田太一のシナリオを初めて読んだのは十代のころだった。
「ふぞろいの林檎たち」である。ドラマの再放送を見たのはシナリオのあとだ。
当時、浪人生だったわたしは、大学ではこんな友人ができたらいいなと思った。
大学生になったら、こんな楽しいことがあるのだなと期待した。
むろん、現実とテレビドラマは異なる。
「ふぞろいの林檎たち」のような友情関係は極めてまれであろう。
十代のわたしの気がつかなかったことである。
二十代も山田太一作品のファンであった。
とはいえ、どこか不満があったのも事実である。甘いと思っていた。
現実は山田太一ドラマのようにうまくいくわけではない。
山田太一のテレビドラマは、どこかごまかしているという憤りがあった。
三十路に入って、考えが変わった。
山田太一ドラマの弱点だと思っていたところが、正反対に長所に思えてきたのである。
いうまでもなく、現実はドラマのように運ばない。
そのことが骨身にしみてわかったのである。
そうなるとむしろ、山田太一ドラマのフィクションが輝きを増した。
二十代はフィクションが現実らしくないからいやであった。
ところが、三十代になると、現実にはないフィクションだからこそ、
ありがたく尊く美しいのだということを理解した。
「現実にはありえぬフィクション」は欠点ではなく美点だと気づいたのである。

山田太一ドラマから教えられたことは多い。
第一は嘘のすばらしさである。
フィクションがあるおかげで、我われはどれだけ辛い現実に耐えうるか。
第二は泣くことの重みである。
人間は泣くことによっていかほど解放されるか。
人間にはどうしようもないことがある。どうしようもない。
一見、選択肢はないようだが泣くことは可能だ。
泣いて泣いて泣き尽くせば、あきらめることができる。
あきらめたらいつか笑える日が来るかもしれない。

「ふぞろいの林檎たちⅣ」で手持ちの山田太一作品はすべて読破したことになる。
とうとう終わりが来たかと感慨深いものがある。
山田太一ドラマにどのくらい笑い、泣かせてもらったことだろう。
ドラマのフィクションにどれほど慰められたことだろうか。
ありきたりですが山田太一先生に感謝したいです。ありがとうございました。
「ふぞろいの林檎たちⅢ」(山田太一/マガジンハウス)絶版

→テレビドラマシナリオ。平成3年放送作品。全11回の連続ドラマ。
平成3年は西暦1991年。バブル景気が終わったとされる年だ。
日本全体がおかしなことになっていた。狂っていたといってもよい。
人一倍時代に敏感な脚本家・山田太一の手がける「ふぞろいの林檎たち」の新作が、
作品世界をたもてなくなったのはこのためであろう。

「旧友と逢いますか?」
ドラマ第1回のタイトルである。ふぞろいの林檎たちも30を間近にひかえている。
本来なら逢うはずがないのである。

「学校の頃の友だちなんてものはな、六十ぐらいになって、
なつかしくなって逢おうかっていうようなもんだろ。(「はい――」)
三十で逢って、どうするんだよ? 三十なんて時は、
一番学校なんてものから遠くなってなきゃおかしいだろうが。(「さあ」)
さあじゃないよ。一番、目の前の仕事に夢中になってなきゃいけない時だろ」(P170)


ところが、ふぞろいの林檎たちが逢わなければドラマにならない。
脚本家は無理な設定を林檎たちに押しつける。
強引に逢わせるわけである。しかし、30の男女が逢ってなんになる。
当然、30にもなれば妻子のいるものもいよう。
バカ騒ぎか? 30でそれはないだろう。
かといって、学生のころのように肩をだきあって泣くようなこともできない年齢である。
ギスギスする。相手を傷つけるようなこともいってしまう。
ドラマが暗くなる。元気がなくなる。
「ふぞろいの林檎たちⅢ」は爆発寸前といった神経症的な病みをかかえている。
一見すると明るいのである。背景にはバブル景気がある。
万札がしきりに飛び交っていた時代だ。
実際、仲手川の勤める運送会社も、仕事を断わらなければならないほど繁盛している。
山田太一は、なにかに追い詰められたかのように、林檎たちを逆境に置く。
あたかも現実は甘かないんだ、と叫んでいるかのようだ。
だが、どこかそらぞらしいのだ。ドラマは風船のようにふくらまされてゆく。
とはいえ、でかいのは外見だけで、中身はからっぽである。
どこまで風船は大きくなるのだろう。
バブルがはじけるのは「ふぞろいの林檎たちⅢ」が放送されていた時期である。

このドラマで描かれるのは、
三流大学を卒業した「ふぞろいの林檎たち」の青春の終わりである。
視聴率はどのくらいだったのだろう。
同時期に放送されていたのが柴門ふみ原作のドラマ「東京ラブストーリー」。
この美男美女による恋愛賛歌は大ヒットする(最高視聴率32.3%)。
三流の人生を歩む林檎たちの劣等感や挫折感に幾人が関心を持ったであろうか。

いまや働き盛りの「ふぞろいの林檎たち」が集まるきっかけは、
晴江(石原真理子)の自殺未遂騒動である。
これがおかしな事件で晴江にほんとうに自殺する気があったのかあやしい。
というのも、晴江は大金持と結婚しているからである(柄本明)。
旦那は不動産で成り上がった嫌味な男。晴江は金目当ての結婚をしていたのだ。
亭主は嫉妬深く晴江にふたりの監視をつけている。
人妻の晴江は仲手川良雄(中井貴一)を愛しているようなことを宣言する。
ところが、しまらない話で、成金生活とも縁を切ることができない。
良雄も良雄で、旦那を恐れて晴江を抱こうとしない。
岩田健一(時任三郎)は結婚して子どもまでいるが、夫婦関係が危機に瀕している。
健一の元カノの水野陽子(手塚理美)は独身のまま看護婦をつづけている。
かつては清純だった陽子だが、いまではだれとでも寝る女だ。
チビでバカな西寺実(柳沢慎吾)とデブでブスの綾子(中島唱子)は結婚している。
ふたりのあいだには子どもまでいる。
久しぶりに「ふぞろいの林檎たち」が集まったあとのことである。

綾子「お父ちゃん」
実「なんだよ?」
綾子「(部屋の方から微笑して現われ)結局、うちが一番幸せね」
実「幸せ?」
綾子「岩田さんとこもあまりうまく行ってないみたいだし、
陽子さんも仲手川さんも独身だし、晴江さんは自殺さわぎだし」
実「人生ってもんは、そんなもんよ」(P24)


むろん、人生はそんなものではない。西寺実もまた壁にぶつかる。
大学時代の後輩である佐竹に部長待遇で引き抜かれる。
佐竹は親の会社を継いで、いまや社長なのである。
喜んでいたのもつかの間、これがとんだ話で実は佐竹にからかわれていたに過ぎない。

佐竹「(苦笑して)ま、ほんのちょっぴりだったが、部長の気分味わったんだ。
部長なんて、どうせあんたは一生なれないかもしれないんだ。
洒落だと思ってくれよ」(P193)


まったく洒落にならない辛辣なシーンである。
岩田健一は離婚が決まる。娘は妻が引き取ることになった。
仲手川良雄は調子に乗って仕事で大失敗をしてしまう。
いつ風船がはじけるのかと気が気ではなかった。
あまりにも痛々しいことばかりでドラマが壊れそうなのである。
ついに良雄と綾子が寝てしまう。このモラルのなさはなにごとか。
良雄は親友の妻を抱くのである。実も実で勝手に浮気をしている。
「ふぞろいの林檎たち」が地面に落ちてぺしゃんこになる寸前に破裂が生じる。
ドラマがはじけるのである。ようやく本来の山田太一ドラマに戻る。

「この頃泣くことありますか?」
第8回のタイトルである。
いままで泣くことを自制していた林檎たちがおいおい泣き始める。
30にもなった男女がそうそう泣くわけにはいかない。
よほどのことがあってもぐっとこらえるのが大人のたしなみである。
けれども、ほんとうに辛かったら泣いてもいいんじゃないかな。
いいかたをかえれば、大人の林檎たちを泣かせるためには、こうも時間を必要とした。
それだけ林檎たちは強くなっていたのかもしれない。
離婚した健一と失職した実が部屋で酒をのんでいる。
そこに平野周吉(小林稔侍)がつまみを持って現われる。
てっきり綾子が来ると思っていた実は、わざわざ平野周吉が来てくれたのに驚く。
周吉は実の実家のラーメン屋で働く。実の母の恋人でもある。
実が(本心からではなく)礼儀として一緒にのまないかと誘うと、これに応じる周吉である。

周吉「(上がって)いや、前からね」
実「ええ」
周吉「一緒に、のみたかった」
実「そうですかァ(ほんとかなあ、と軽い冗談をいう感じをこめる)」
周吉「(健一の方へ)私は」
健一「はい」
周吉「ま、つまり、この人(実)の、お母さんをとった男だからね」
実「なにいってるんですか」
周吉「反感、あるのは、無理ないんだよね」
実「そんなもんないですよ。どうぞ」
周吉「(掛ける)」
健一「(掛ける)」
実「(グラスや小皿や皿を用意しながら)むしろ、感謝してますよ、
お袋、ひとりでいたら、大変ですよ。
俺しかいないもの、俺にガーッて関心が集まるでしょ、
その俺が結婚したら、嫁いびりひどかったと思うよ。
平野さんがいたから、まあまあの姑(しゅうとめ)っていうか、
なんとか穏やかにやってるんだし」
健一「そう思うな」
周吉「ま、しかし、この人(実)、私を嫌いでね」
実「そんなことないですよ」
周吉「のんだことないんだ、二人で(と健一の方へいう)」
健一「そうですか」
実「そりゃまあ、そうだけど――」
周吉「一度、のみたかった」
健一「はあ(うなずく)」
実「フフ」
周吉「ま、つまり、息子みたいなもんだろ(シャイなので、
ほとんどうつむいてしゃべっている)」
健一「はい」
周吉「こっちは、本当の子は亡くしちゃってるからね」
実「(健一へ)北海道で、火事で、奥さんもさ」
健一「聞いてるよ(とうなずく)」
周吉「ここへ来て、この人(実)大変な目にあって」
健一「ええ」
実「どうってことないですよ」
周吉「へたばんなよって、励ましたかった」
健一「(ぐっと来て)そうですか」
実「(ぐっと来て)フフ」
周吉「励まして、のみたかった」
実「それはどうも」
健一「それは、どうぞ、のんで下さい。なんか、俺いると邪魔かもしれないけど」
周吉「そんなことはないよ。あんたがいるから、こんな事いえてるんだ。
さしじゃ照れくさくて、なんもいえないよ」
健一「だったら、いいけど」
実「ついでに、こいつも励ましてやって下さい。離婚成立して」
健一「(苦笑)」
周吉「そう」
実「娘、向うへとられて、養育費、月に十万とられて、へたばってるんです」
健一「フフ、仕様がないですよ。二人して、景気悪くて」
周吉「そういうこともあるよ」
健一「ええ」
周吉「いいこともあるよ」
実「そうよね」
周吉「(それまで三人の前に、ビールも紹興酒も注がれていて)
くじけないで(グラスを持つ)」
健一「ええ(グラスを持つ)」
実「フフ(グラスを持つ)」
周吉「立派な人に、なって下さい(とちょっとグラスをあげてのむ)」
健一「(ちょっとグラスをあげてのむ)」
実「(のむ)」
周吉「ああ、こういうの、久し振りだよ」
健一「そうですか」
周吉「一人で、中年になってから、東京へ来たろ」
健一「ええ」
周吉「その上、口下手で、つき合い、ひろがらなくてね」
実「お袋と、ばっかりじゃね」
周吉「フフ、男だけでのむの、いいもんだな」
健一「はい」
実「フフ」

●おなじ部屋
出来上がった三人、周吉、実、健一が、
大声でソーラン節と北海道盆唄かなにかをめちゃくちゃに唄い、踊っている。
自分を抑圧していた三人の祭りである。バカ騒ぎ(P207)。


長く引用したが、山田太一ドラマ恒例の弱者の相互補助である。
人間同士のいたわりだ。やさしさだ。
ここにたどり着くまで、だいぶ厳しいシーンを必要とした。
人間と人間は傷つけあうからである。
だが、人間と人間は慰めあうこともできる。
なんでもガンガンひとりでやるのは格好いいけれど、ちょっぴり淋しかないか。
淋しいくせに。山田太一ドラマの湿っぽい人間関係である。

陽子は過去を清算して、新天地へおもむく。
青森県の病院からスカウトされたのである。
健一はある日、仕事を休み陽子に逢いに行く。
しかし、かつては恋人関係にあったふたりである。
逢うと傷つけあってしまう。ホテルのバー。

健一「ただ、お互いなつかしくて、のんだっていいじゃないか」
陽子「そのつもりよ」
健一「批判されたくて、こんなところまで来るもんか。
別れた女房に、散々いいたいこといわれたんだ」
陽子「――」
健一「黙って――なんか――ただ、どうってこともなく
――のんで、別れりゃいいじゃないか」
陽子「――」
健一「そして、お互い、なんとなく慰められれば、いいじゃないか」
陽子「――」
健一「それが友達ってもんだろ」
陽子「――」
健一「そうじゃないかよ?」
陽子「(うなずく)」(P245)


ドラマ最終回はパート1、パート2と同様に、「ふぞろいの林檎たち」が集合する。
「出直す元気がありますか?」――。
最近、わたしはあるものを食べたくて仕方がないのだが、
どうしたら食べられるのかわからなくて困っている。
バカを言うなと叱られてしまうかもしれない。
このご時世、しかも東京に住んでいるのなら、
食べられないものなどあるはずがないではないか。
ちょっと小金をだせば、なんだって食べられる。
金がないのなら、作ればいいだろう。
時間さえかければ料理できないもののほうがいまは少ない。

こう思っているあなたの盲点を指摘したい。
それでもなお食べられないものがあるのだ。
それはなにか――。
わたしがそこまでして食べたい珍味とはなんなのか。
正確な名称を言うことはできない。
なにしろわたしはそれを知らないのだから。
食べたいのは、まずいものである。
断わっておくが、おいしくないものではない。
そこいらの客のいないラーメン屋でだされるものを欲しているわけではない。
想像を絶するほどまずいものを食べたくて仕様がないのである。

どこで食べられるのか。少なくとも日本では無理である。
他国でなければならない。
そのうえ高級料理店ではいけない。
大衆食堂でなければならぬ。
さらに細々とした条件があって、繁盛している食堂でないとダメである。
現地の人間がみなみなおいしそうに食べている。
日本人のわたしもおなじものを注文する。
食べてみると、これが驚くほどまずい。
おいしくないというレベルではない。食べられないほどにまずい。
けれども、周囲の人間の真似をして口にほうりこんでいると、うむむ――。
こういうものが恋しくなっているのである。

東京にあるレストランなんざ、いくら看板のみ異国でも、味は日本化されている。
いや、そうでないと収益があがらないのだから文句を言っているわけではない。
まずいものは、なかなか食べることができない。
ベトナムで食べた蛇。中国で食べた犬。
インドの大衆食堂で食べたカレーもそうであった。
客のだれもがうまそうに食べているのだが、わたしの口には合わない。
いな、口に合う合わぬというレベルではなかった。
まさに異文化そのもの。そのぶん刺激的であった。スリルがあった。どきどきした。
こういった体験を、わが舌は求めているのである。
まったく贅沢にもほどがある。
先ほど「ふぞろいの林檎たちⅢ」を読了。明日にはパート4に入る。
これで長くつづいていた山田太一研究(苦笑)も終了する。
おっと、業務連絡。
山田太一関連でメールをくださったかたがたへ。
ごめんなさい。お返事、いまだに書いていません。
明日書こう、明日書こうと思っていたら、いつしかご無沙汰してしまい……。
もっぱらわたしの筆不精ゆえ。
いただいたメールはすべて感謝しながら何度も拝読しています。
どうにもメールは苦手。ごめんなさい。

後悔していることが、もうひとつ。
どうして石原真理子の「ふぞろいな秘密」を買っておかなかったのか。
いままで何度もブックオフ105円コーナーで見かけている。
買っておけばよかったと、いまになって思う。
かといって、あんな暴露本を定価で買う気はしない。
古本の法則。第一条。「本は迷ったら買え」を守らなかったゆえの不幸です。

「ふぞろいの林檎たち」が放送されたのは1983年。
いまから四半世紀まえである。
だから、このドラマの嘘をどうこういうのは誤まっているが、それでも指摘したい。
テレビドラマ「ふぞろいの林檎たち」には、
あたかも早慶の学生ならモテモテで就職も楽勝みたいなせりふが見られる。
体験から申すと、嘘である。
2000年に嘘であったものが1983年には本当だったのかもしれないけれども。

わたしは早稲田卒だが、学歴のおかげでもてたということは皆無だ。
そもそも女子大の子と遊ぶサークルなど敷居が高くて入れはしない。
強がると、入りたくもなかった。
バイト先でも早稲田だからともてたことはなかった。
もてないものは、なにをどうしたってもてないのではないか。
むろん、この現実をもって、
フィクションを本義とするドラマに抗議立てするのが筋違いなのは知っている。

就職もそう。2000年の話だが、わたしはひとつの企業からも内定をもらえなかった。
早稲田である。偏差値も決して低くない第一文学部。
百社近くから落とされた。
驚くくらい小さな会社もわたしに内定をくれなかった。
ここでみずから白状すると、もしや――。
もてないのも就職失敗も、学歴を打ち消すほど、わたしの存在が劣悪だったのではないか。
虚構のドラマにもなかなか救いを見いだせぬ残酷な現実である。

(追記)失礼な話だが三流大学出身だといろいろな不遇を
学歴(ひいては社会の不平等)のせいにできるぶん楽なのではないか。
反対に名のある大学を出て、そのくせ恵まれないと、
どこにも責任を押しつけるわけにはいかない。
結果として自分自身の低劣さと正面から向き合わなければならない。
「河村立司の山頭火」(JDC)

→俳句画集。山頭火の句と共に、相応したほのぼのとした絵が描かれている。
絵画にはうといわたしだから、この画集を批評することはできない。
酒をのみながらページをめくった。
なるべくゆっくり絵を鑑賞しようと努めたが、どうにも苦手である。
絵の見かたを知らないのである。
活字情報をさっと見ると、先にすすみたがるわが手にあきれたものである。

わたしが山頭火に教えられたことのなかで最大のものは「味ふ」だと思う。
「へうへうとして水を味ふ」
へうへうは漂々である。水の味など意識しないのがふつうである。
ところが、山頭火はちがう。無味無臭の水のうまさを「味ふ」のである。
実際、山頭火の句を読むと、酒がうまくなる。
未熟者ゆえ水の味はいまだわからない。
だが、酒の味を意識するようになる。
いままで「日本酒」という思い込みでのんでいたものが、
まったく異なる美味なるものとして喉を通り抜けてゆく。
山頭火の句の功徳である。

絵や写真も、勝負は「味ふ」ことにある。
どこまで対象の本質に迫れるか。これが「味ふ」という行為なのだろう。
そう思いながら、山頭火にインスパイアされて描かれた絵をながめる。
時おり口にする酒の味はわかるようになったものの絵の味は見分けがたい。
まだまだである。
「味ふ」とは高級品を見抜く舌の機能を意味しはしない。
そのものの本質を見極め満足することである。
いつかは水の味をわかるようになりたいと思う。
「名水紀行 山頭火と旅するおいしい水物語」(佐々木健/春陽堂)絶版

→山頭火の聖人だか俗物だかわからぬところがいいんだよな。
たとえば放浪のゴールとして永平寺におもむく。
永平寺は道元の創建した、いわば禅のメッカである。
ここで山頭火はもっともらしい俳句を作る。

「水音のたえずして御仏(みほとけ)とあり」

なんか悟っちゃったような句でしょう。
ところがところが、日記を見てみるとおもしろい。
わずか3日で山頭火はこの修業道場を逃げ出しているのだから。
なんのことはない、酒がのめないのに我慢できなかったのである。

似たような経験がある。
インド片田舎のとある仏跡地に行ったときのことである。
へんぴなところだからホテルなんてない。
スリランカ建立のお寺に泊まらせてもらう。
もちろん飲酒など言語道断である。
あはは、リュックからウイスキーを取り出し、こっそりのんじゃった。

こんな甘えた弱いわたしだから、山頭火が好きなのだろうな。
自制心のある人は、山頭火ではなく尾崎放哉を好むようである。
弱くたっていいじゃないか。
山頭火の自由律俳句や生きかたから、居直りのようなものを感じる。
好き嫌いがわかれるところである。
「無門関」(西村恵信:訳注/ワイド版岩波文庫)

→山頭火の愛読書ということで読んでみた。
ちなみに山頭火は乞食同然であったが、きちんとした僧籍を持った禅僧でもある。
「無門関」は、中国宋代に無門慧開によって編集された公案集。
いまでいうハウツー本だ。いかにして悟るか。

わかりやすくいうなら、答えのついていない問題集といったところか。
禅僧は受験生とおなじである。
受験生の大学合格にかわるものが、禅僧にとっての悟りになる。
どうしたら合格になるかというと、師匠からOKをもらわらければならない。
何年か修行してある日、ハッと悟る。
この小僧さんが師匠の部屋におもむく。
弟子「先生いいですか?」
師匠「うむ、ハッ」
弟子「ハッ」
師匠「ハッ」
弟子「ハッ」
師匠「よくぞ悟ったな。合格じゃ」
これを繰り返すのが高僧になる道である。
偉くなったら今度は弟子の面倒をみなければならない。
しかし、こんなやりとりでは、どうしたら合格できるのかわからない。
そのために「無門関」が編集されたのである。

この問題集の特徴は、答えがないことからもわかるよう、
徹底的に読者に考えさせるところだ。
答えがないのだから思惟(しゆい)に終わりはない。
これが答えだと思っても、どこにも正解は書かれていないのだから。
「無門関」でよく見られる設問形式はこうである。
ある坊主をふたつにひとつの状況に追い込む。たとえばAかBかのように。
そのうえでAもダメ、Bもダメ、と梯子(はしご)を下ろすのである。
ふたつにひとつと誘われて、選ぼうとしたらどちらも否定する。
そうして、あんた、どうするかい? である。
ふつうの人間なら気が狂うかもしれない。

いま狂うと書いたが、「無門関」の世界は精神病的ともいいうるのではないだろうか。
いきなり師匠の頬を張る(第二則)。
罪もない猫を殺す(第十四則)。
師匠が大切にしているビンを蹴り倒す(第四十則)。
どれも了解不能の行動といわざるをえない。
ところが、禅のがわから見ると、これらのおかしな行動が是認されるのである。
要するに、禅の世界では一般のルールが通用しないのである。
非常識な行為が悟りの境地とほめたたえられる。
だとしたら、「無門関」の主張はひとつである。

狂え、狂え、ものども狂え!

精神病の素因のないものが発狂しようと思ってもなかなか困難である。
だから、「無門関」なのである。
ほとんど意味不明な問答に孤独の状態で長期間向き合う。
いくら健康な人間の精神もいつしか破綻をきたすようになる。
これこそ「無門関」のねらいとするところである。
「無門関」は、いわば狂人養成マニュアルなのだ。
一般の世界なら狂人はうとまれるが、
ひとたび出家するとおなじ狂人が高僧とあがめられる。

ならばどうして狂いたがる人間がいるのか。
悟るのが狂うと同義なら、そういうことになるでしょう。
悟りを欲するのは、狂いを欲するのと変わりがない。
答えは、狂うと幸福だからである。
「世界のすべてがわかった」と思って壁に何年も向き合っている人間――。
むかしの精神病院にはよくいた患者さんだ。
果たしてこの患者は不幸か? 本人は悟ったと思っている。
壁に向き合っているだけで幸福を感じているわけである。
こんなすばらしいことはないではないか。
多くの人が悟りたがるのはこのためである。
もっとも壁に向き合うほど悟れる(狂える)人はめったにいないと思うけれど。

逆にショック療法とでもいうのか。
重い精神病患者を禅寺に放り込むとパッと病気が治ってしまうことがあるという。
また、人間は発狂したとき、世界のからくりがわかったと思うものらしい。
これはまさしく禅でいうところの悟りではないか。
宗教と精神病のふしぎな関係である。
おそらくみなさまが「無門関」を読まれても、わたしとおなじでさっぱりわからないと思う。
けれども、むしろこれでいいのではないか。
「無門関」がわかるようになったら危険な兆候である。
「山頭火の虚像と実像」(上田都史/講談社)絶版

→山頭火の研究書なんてどれも読書感想文に毛が生えたようなものばかり。
これもひでえもんだ。
山頭火が不幸の始まりとして強く意識していたのが母の自殺である。
事件が起こったのは山頭火10歳のときである。
後年の放浪は母の供養の意味合いもあったという。
山頭火の母が自殺した理由というのは明らかになっていない。
(そもそもどんな自殺も理由は決して判明しないものであるけれど)
上田都史は、この事件の原因を姑のツルに負わせる。
姑のツルが山頭火の母をいびったから自殺したと断定しているのである。
ところが、根拠がなにも書かれていない。
だのに上田都史はまるで見たことがあるかのように断言する。
姑のツルがいけないと。
おそらく上田都史自身の家庭で、嫁と姑の仲が悪かったのだろう。
上田都史は苦労をした。
だから、山頭火の母が自殺したのは姑のせいである。
自分が体験したことだから間違いない。
キチガイめいた理論だが、あんがいこれが本当のところではないかと思う。
驚くかもしれないが、山頭火研究のレベルなどこの程度なのである。
研究といいながら、みな自分語りをしたいのだ。
だが、上田都史のことなんてだれも興味を持ってくれない。
このため上田は山頭火に仮託して自分を語るわけである。
といっても、語られる自分の程度がえらく低い。
以上、このような愚書が作られるにいたった経緯(いきさつ)である。
「保存版 山頭火」(石寒太編/毎日新聞社)絶版

→山頭火は他人という気がしない。あまりに境遇が似ているからである。
母の自殺、アル中、不眠症、女嫌い、自殺願望、感傷癖、放浪癖、非生産的生活――。
山頭火はサラリーマンから人気があるという。
管理社会に押しつぶされそうなサラリーマンが山頭火の自由な生きかたにあこがれる。
ああなりたいけれど、なることができないがゆえの憧憬。
一方で、どうしようもなく山頭火的荒廃に追い込まれた(甘えなんだろうな)こちらは、
かの自由律俳人に複雑な思いをいだかざるをえない。
あこがれという面からしたら、わたしはよほどかたぎのサラリーマンに憧憬を持つ。
山田太一ドラマが好きなのも、おそらくこのためであろう。
決してなりえないものへのあこがれである。
赤提灯で上司の悪口をいう生活をむしろうらやましく思う。
なりたいけど無理だろうな。
これはかたぎの人間が山頭火にいだく思いとおなじではないか。

「どうしようもないわたしが歩いてゐる」(山頭火)
山頭火が、乞食も同然に身をやつしたのは「どうしようもない」のか。
それとも山頭火も努力をすれば、健全な家庭人としての一生をまっとうできたのか。
そして、果たしてそれは山頭火にとってよいことなのか。
妻子を捨て、ろくに働きもしないで酒三昧。
まじめな生活者の句友から借金ばかり。
いや、借金ではないのである。返す目処などはなからないのだから。
句友もそれを知ったうえで貸しているのである。
山頭火の俳句を愛するがゆえだ。
借金以外の山頭火の収入は行乞である。
僧の身なりをして家々の門に立つ。
供養してくれというのである。かわりにお経を読んだり、いんちきめいたことをする。
カネや米をわたさないとどかないというのだから、ほとんどゆすり・たかりに近い。
いまでは山頭火も教科書に載っているようだが、
そもそもは学童の手本から程遠い存在なのである。
もとより、当方は山頭火を批判する立場に居はしない。
だが、山頭火を称揚してしまったらおしまいだとも思う。
内なる山頭火のあつかいに手をこまねいているのが現状である。

久しぶりに山頭火の句集「草木塔」を一気に目を通して印象に残った句をひとつ挙げる。
好きな句というのは年々変わってゆくものである。
読み手の境遇、成長の度合に影響されるのであろう。
いまいちばん胸打たれる山頭火の句はこれである。
「うれしいこともかなしいことも草しげる」
まるで山田太一ドラマの世界をひと言で表現しているかのようである。
山頭火はさんざん他人に迷惑をかけたかもしれないが、いまはもう死んで久しい。
草しげるのみである。
存命時に山頭火の迷惑をこうむった人間も、後年は山頭火を懐かしんだという。
かなしいことも時間がたてばうれしいことになる。
いくらうれしかったことも、その人が死んでしまえば、なんともかなしいことである。
世事人事全般ふたつしかないのである。うれしいこと。かなしいこと。
「うれしいこともかなしいことも草しげる」
「創作のとき」(叙情文芸刊行会・編/淡交社)

→インタビュー集。とびきり成功した表現者から創作のコツを聞く。
登場するのは白石かずこ、福島泰樹、吉本隆明、寺山修司、俵万智、荒俣宏、
沢木耕太郎、山田太一、池澤夏樹、池田満寿夫、つかこうへい、吉村昭、井上靖、
村上龍、藤原新也、谷川俊太郎、鴻上尚史、辺見傭のみなさん。

いくつか共通しているところがあるのでまとめてみたい。
むろん、真似をしても、みんながみんな成功できるわけではないけれども。
列記してみれば、どれも当たり前のことかもしれない。

・やりたいことをやる。
・そのためになにが自分にとっておもしろいかを発見する。
・だれにとっても表現するという行為は楽しい。
・書きたいものを書けばいい。賞賛はあとからついてくるもの。
・たとえ認められなくても、表現を楽しめばいいではないか。
・有名になったらなったで嫌なことも多い。
・書きたいものを書いているうちに、本当に書きたいものがわかる。
・それが純文学か娯楽小説かは書き手の資質による。
・楽しんで書くのがもっとも重要である。
・表現は、呼びかける行為に似ている。だれかになにかを伝えたいから書く。

あと思ったのは、自信を持つことについて。
成功者はみな一様に自信家である。
いうまでもなく、この自信は多くの人から認められたことに起因する。
自分に自信を持つことが、表現するうえでどれだけ重要か。
成功がさらなる成功を呼ぶという現象は、表現者の自信の倍増で説明がつく。
最初の一歩が肝心なのだろう。

ファンとしては山田太一の言葉を一箇所くらい引いておかねばなるまい。
寺山修司について聞かれて。ふたりは大学時代からの親友である。

「……寺山さんという人が、学生時代に、もしいなかったとしたら、
ずいぶんつまらない学生時代を送ってしまったと思います。
彼が同級生にいたことは、僕にとってすごく僥倖(ぎょうこう)でした。
彼は東北の出身ということの影響かもしれないけれども、
東京で一旗上げてやろうという野心がすごくあって、才能ももちろんありましたから。
でも、そういう前衛的な才能のそばにいると、
そのカラクリが見えてしまうという面があるんです。
だから反発もすごくありました。
僕が非常に小市民的なものに光を当てようとするのは、
もしかすると寺山に対する反発からなのかもしれないと思ったりもします。
華やかなことをしようとする寺山に対して、何かそうじゃないんじゃないか、
といつも思っていたという面はあると思います。
もちろん華やかな部分の面白さもわかったし、
素敵な友達だったことに変わりはないんだけれど。
友達というのは反発もし合いますからね。そういう影響を受けたんでしょうね」(P178)
「ふぞろいの林檎たちⅡ」(山田太一/新潮文庫)絶版 *再読

→テレビドラマシナリオ。昭和60年放送作品。全13回の連続ドラマ。
山田太一が別の本のなかで、こんなことを語っている(「街で話した言葉」)。
近所に小学校が新設された。
そこの校長先生から校歌を書いてくれるよう頼まれ、断わりきれずに引き受けた。
さらに災難はつづき、校歌の作詞者ということで運動会に招待される。
山田太一は正直に白状するのだが、自分の子どもが出ない運動会など退屈である。
かといって面白くないというような顔もできず、ずっと微笑を浮かべていた。

ところがである。突然、雨が降りだした。思いのほか大雨である。
生徒も父兄も校舎に避難する。運動会の中止も検討された。
校長の決断で、最後の全校リレーだけやることになった。
1年生から6年生まで、選抜されたものが走る。父兄もグラウンドに出る。
生徒はみんなずぶぬれである。これがよかったと山田太一は述懐する。
大雨のなかを懸命に走る1年生なんてものはたいへんいい。
学年が上がると走る距離も長くなる。なかには転ぶものもいる。
リレーが終わると全員が集まる。雨がザーザー降っている。校長先生がいう。
はじめての運動会は残念なことに雨でした。
でも、この運動会はそれだけにみなさんの忘れ難いものになるのではないでしょうか。
泣いている父兄もいる。山田太一も涙ぐんでしまう。
それくらい感動的に盛り上がっていたのである。

考えてみると、本来なら運動会に雨なんて降らないほうがいい。
けれども、この日は雨が降ったがために強烈な思い出になったのではないか。
こういうことはほかにもあるのではないのだろうか。
ネガティブなもの、マイナスのもの。通常なら歓迎せざるもの。除去すべきもの。
こういった負の事柄が、かえって我われを豊かにしてくれる。
かりにこの日が晴れであったならば、運動会は脚本家の心に残らなかったのである。
歓迎せざる雨のおかげで、感動的な運動会になった。

山田太一ドラマを考えるうえで、とても意味深いエピソードだと思う。
まずは自分の子どもの出ていない運動会は面白くないというくだり。
わたしがいまのテレビドラマを見ないのは、まさにこのためである。
いまのドラマは、まるで自分の子どもの出ていない運動会のようだと思う。
自分の分身がドラマに登場しないのである。
日々感じている切実な思いを、ドラマの人物と共有しているようには思えない。
これをひっくり返すと、なにゆえ山田太一ドラマに熱中するのかの答えになる。
かのドラマのなかには「わたし」がいるのである。
山田ドラマの多くが高視聴率を取ったのもこのためであろう。
たくさんの視聴者が山田太一の創るドラマのなかに自分を発見した。

つぎに山田太一ドラマにおける作者の位置について考えてみたい。
山田太一のドラマ世界では「わたし」がこんがらがっている。錯綜している。
どういうことか。山田太一作品はほかのドラマと比較すると、
作者の「わたし」が強く打ちだされているといえよう。
とはいえ、それは決して私小説的なものではない。
山田太一は自分の経験をドラマにしているわけではない。
にもかかわらず、ドラマのすみずみまで作者の個性が行き渡っているのを感じる。
この矛盾はいったいどういうことだろうか。

カギはネガティブなものにあると思う。人間におけるマイナスの部分である。
山田太一が創るドラマ人物は断じて作者の私小説的分身ではない。
取材を経て造形された架空の存在である。
山田太一自身とは姿形も心もまったく異なる人形だ。
この人形を創るとき、作者のこだわるのがネガティブな部分なのである。
コンプレックスや性格のゆがみのことである。頭の悪さ、顔の悪さもそう。
人間の悪意、嫉妬、狡猾、虚栄、自己嫌悪、不安、猜疑、孤独、絶望――。
脚本家は人間のネガティブな部分と徹底的に向き合う。
山田太一は内なるマイナスから他者をとらえ、
自分とはおよそ縁もゆかりもない人物を創り上げる。
このとき創作者の強力な武器になっているのが「わたし」である。
自分という人間のどうしようもなさ、やりきれなさをどこまで理解しているか。
老作家が女子中学生のせりふを書ける理由である(「本当と嘘とテキーラ」)。
どんな人間でもネガティブな負の部分を持っている。
このことへの信頼から山田太一は性別も境遇も異なる人物を創造するのだ。

視聴者が山田太一ドラマに「わたし」を見るのもおなじ理由による。
我われはドラマのなかの人間が自分とおなじような弱さを持っていることに共感するのだ。
いま人間のネガティブな部分を弱さといいかえた。
脚本家、ドラマ人物、視聴者、この三者が弱さをもって通じているのである。
山田太一ドラマの感動は、弱さの共有として説明ができる。
弱い人間はみな強くならなければならないのだろうか。
そんなことはないんじゃないかな。弱いままでいいのではないだろうか。
むろん、強がりはする。だが、現実に打ちのめされる。自分の弱さに直面する。
このとき人間の選択可能な行動は泣くことくらいである。
果たしてこの泣き虫はみじめだろうか。みっともないだろうか。
そんなことはない。むしろ、強い人間なんかよりもよほど魅力的である。
よほど人間らしいではないか。
あたかも雨の運動会が晴れの運動会よりも感動的だったように、である。

「ふぞろいの林檎たちⅡ」を見てみよう。
きちんと形がそろっていて青果店で高値で売られるような林檎ではない。
ひと箱いくらにもならないような安価で取引されジュースになってしまう林檎。
ふぞろいの林檎たちを――。
パート2では林檎たちが社会に出ている。
ふぞろいゆえに舞台は三流大学から三流会社へ移行する。

ひとつ目のふぞろいの林檎は仲手川良雄(中井貴一)。運送会社に勤務。

良雄「俺なんか、ひでえもんだよ。仕事してると、時々、ふるえが来るんだ」
晴江「ふるえ?」
良雄「こんなことで一生暮すのか、こんなことして、二十代が終っちゃうのかって、
身体がぶるぶるって、ふるえるんだ。なんとかしたい。こっから脱け出したい。
みんな、やだ、みんな、やだ、みんな、やだ(とウイスキーをこぼして)ああッ」(P155)


ふたつ目は岩田健一(時任三郎)。この強い男も泣く。

実「なんのせいよ。なんのせいで、落ち込んでるのよ?」
健一「陽子(手塚理美)だ。
あいつ、嫌ったらしく、しっかりしようしっかりしようとしやがって。
人バカにしやがって(と少し泣く)」
実「おい」
健一「(壁に顔をつけて泣く)」(P245)


みっつ目は西寺実(柳沢慎吾)。
実の実家、西寺ラーメン店では綾子(中島唱子)がバイトとして働く。
実と健一はおなじ会社でどちらも営業マンとして勤務している。
健一が先に来て実を待つ。実は帰宅したが不機嫌である。

実「(カッと)知らねえから知らねえっていってんだよ」
綾子「(おどろいて見ている)」
健一「(笑顔つくって)おどろくだろ」
実「(悪かったと思い、冗談めかそうとして)だってよ、フフ、まったく、
あそこの資材課は、人バカにしやがってよ。人が(絶句してしまう)」
健一「どうした?」
実「(綾子へ)見てんじゃねえよ。
茶でも出せよ、お前(と急に早口でいい、目をまた伏せる)」
綾子「(ラーメンにかかる)」
健一「フフ、いるんだよな(綾子へ)ほんと威張る奴がいるんだよ」
綾子「(小さく)そう」
健一「(実の背中を叩く)」
実「――」
健一「昨日も顔見なかったろ。ちょっとしゃべろうかと思ってな」
実「(ベソをかいてしまう)」
健一「おい(と背中を押し)一人っ子ってのは、これだから困るよ
(綾子へ)こんなの亭主にしたら大変だよ。すぐこうやって泣いちまって」
綾子「いいの。可愛い(目を伏せたまま)」
健一「可愛いとよ」
実「(健一にもたれて泣いてしまう)」
健一「おい――」
実「――(泣いている)」(P533)


もうひとつだけ、ふぞろいの林檎を。
宮本晴江(石原真理子)と水野陽子(手塚理美)は、
国家試験をパスして晴れて看護婦の身である。
だが、晴江は自分が看護婦には適していないのに気づく。
晴江は酔って寮の二人部屋に戻ってくる。

晴江「辞めたい。私は、此処(ここ)じゃ駄目なの。いきいき出来ないの。
このまま行ったら、うんと意地悪な看護婦になりそう。あーッ、息がつまりそう。
なんとかしなくちゃ、なんか他のもんにならなくちゃ」
陽子「他のもんて」
晴江「(涙ぐみ)なにが出来るんだろうなあ。
ほんとは私、なんなら向いてるんだろうなあ(と涙流れる)」
陽子「――考えよう」
晴江「考えたって、絵がうまいわけじゃないし、
文章書けるわけじゃないし、お芝居出来るわけじゃないし、
ダンス踊れるわけじゃないし(と泣いて陽子に抱きつく)」
陽子「あるわよ。きっと晴江にぴったしの仕事、なんかあるわよ」
晴江「(泣いている)」(P208)


「ふぞろいの林檎たちⅡ」第1回「会社どこですか?」は軍隊めいた行進からはじまる。
社員研修のシーンである。健一と実がこの研修に参加させられているのだ。
指導官は研修生全員のまえで説教する。

指導官「世の中、やり甲斐がぎっしりつまった仕事なんて、百万に一つよ。
公平な職場なんてものもありゃしねえ。大半は意味のねえ苦労や、
やり甲斐のねえポスト、自分には不向きの仕事なんてもんでいっぱいなんだ。
だからといって、次々やめてりゃあ、一生やめて歩かなきゃあならねえ。
いいか。他に生き方があるなんて思うなッ。世の中、甘い汁はねえ。
いまの仕事で力をつけるしかねえんだ。
しっかり腰をすえて、意味のねえ苦労でもやり甲斐のねえ仕事でも、
黙って立派にやり通す人間になるんだ」(P10)


要約すれば、強くなれ! である。
ふぞろいの林檎たちはそれぞれ強くならんとする。実際、おのおの成長している。
けれども、強いばかりではいられない。自分の弱さに気づく。
見目よからぬふぞろいの林檎は、なおさら弱さに敏感であろう。
おのれの弱さに直面したふぞろいの林檎は泣く。
だが、そのときかならずといってよいほど、そばにもうひとりのふぞろいの林檎がいる。
だから、このドラマは「ふぞろいの林檎」ならぬ「ふぞろいの林檎たち」なのである。

ドラマにも強いシーンと弱いシーンがある。
強いシーンとはストーリーをすすめるために必要な場面のこと。
比して弱いシーンは、あってもなくてもよいような場面のことである。
「ふぞろいの林檎たち」では、さりげないシーンがとてもすばらしい。
たとえ、そのシーンがカットされてもストーリーにはなんら支障がないのである。
必要とされていないという点では、ふぞろいの林檎とおなじである。
しかし、一見役に立たないこれらのシーンが、どれほどドラマを豊かにしているか。
ふたつ紹介する。

●看護婦寮の前
晴江「(外からコートで戻って来て振りかえり)じゃ」
健一「ああ」
晴江「御馳走(ごちそう)さま」
健一「そば屋じゃな」
晴江「この辺あんまりないのよ」
健一「分ったさ」
晴江「なにが?」
健一「気ィつかって(と胸の財布のあたりをたたき)そば食ってくれたの」
晴江「ひがんだこというんだね」
健一「フフ、ほんと」
晴江「今度レストランおごって」
健一「いいさ」
晴江「じゃ――」
健一「ああ」
晴江「遠いね、帰るの」
健一「いやぁ」
晴江「フフ(と行こうとする)」
健一「あ」
晴江「うん?」
健一「なんか悩んでるんだろ?」
晴江「――フフ(目を伏せる)」
健一「感じたけど、聞かなくて悪かった」
晴江「聞かれたって、しゃべる気ないし」
健一「ほんとに?」
晴江「楽しかった」
健一「ああ」
晴江「フッ(と手を出す)」
健一「(握手)」(P42)


「ふぞろいの林檎たち」は複数形によって、どれほど救われているか。

●道
健一「(ちょっととんで樹の葉をむしったりして)やっぱり、ちがって来てるな」
良雄「なにが?」
健一「学生の頃は、一晩中でもしゃべくってたのに」
良雄「そんなこというなよ。ちょっと持って帰った仕事があるんだ」
健一「いいさ。俺も五時半に、彼女と逢うし、それまで、床屋でも行ってくらあ」
良雄「ヨッと(ととんで樹の葉をむしる)」
健一「ウォッ(とまたとんで葉をむしる)」
良雄「(苦笑しつつ葉をちぎって捨てながら歩く)」
健一「(その良雄を見て)おう(とパクリと葉を食べムシャムシャやる)」
良雄「バカ。ホコリがすげえぞ」
健一「オエッ(とおどけて吐く)」
良雄「(笑う)」
健一「(笑う)」
 しかし、なんとなくノスタルジィを演じているようなところがある(P375)
書きたいけれども、書けない。いいかげんなものを書きたくないからである。
書くことでその書物を乗り越えたと思うことのできる感想文を書きたいのだ。
朝からうんうん考えて昼を過ぎてもなにも思い浮かばぬことがある。
苦しい。どうして苦しまなければならないのだろう。
書かなければいいだけの話ではないか。いや、書きたいのである。
書いたあとの解放感はたまらない。すっと自由になったような気がする。
錯覚かもしれないが、展望が開けたような思いがするのである。
こんな楽しいことは、人生でほかにないと思う。だから、書きたいと思う。
書くことでなにものかを発見できることを知っているからである。
けれども、なかなか書くことができない。
やめてしまえと思う。ふと気づく。ほかにやりたいことがないのである。
したがって書くしかない。書きはじめるまで苦しむしかない。
いちばんやりたいことをやっているのに苦しまなければならないとはおかしな話だ。
こんなことを考えながら、今日も本の感想を書こうとしている。
こんばんは。元気ですか~。のんでますか~。
お酒をのめば、なんでもできる。失敗しても、忘れられる。
この酒のめば、どうなることか。 危ぶむなかれ。危ぶめば酔いはなし。
のみだせば、その一杯が陶酔となり、その一杯が忘却となる。
迷わずのめよ、のめばわかるさ。いくぞ~。1・2・3、カンパーイ♪

今日のことだよ、下を向いて歩いていたら。
百円玉が落ちている。
「下を向いて歩こう!」を書いた直後にこれである。
なんと気分のいいことか。
なんの努力もしていない。ただ下を向いて歩いていただけである。
だのに百円を手に入れることができる。
思ったね。今回、百円ゲットに成功した。次は千円だ。
ホップ・ステップ・ジャンプ。いつかは万札を拾うはずである。

いやいや、カネだけではない。
もしかしたら文学少女や新人文学賞が落ちていることもあるかもしれない。
(狂ってる? ボクちんおかしい?)
上を向いて歩いていても降ってくるのは雨ばかり。
ならば、下を向いて歩こうよ。

ふと冷静になる。わたしは間違っているのか。
相談できるものが周囲にいないので、みなさまにお聞きしたい。
あのう、そのだな、あんた、拾うかい?
貴方様は百円玉が落ちていたら拾われますか?
30を過ぎたおとなが落し物の百円を見つけて喜んでいていいのだろうか。
うん、十円玉なら拾わなかったかもしれない。
だが、百円なら手に取っても恥ずかしくないのではないか。

スーパー到着。ちょーラッキー。
大好物のつまみが半額になっている。馬刺しのユッケである。
これは半額でも360円する。
とびきりうまいのである。キング・オブ・ツマミというほかない。
馬刺しを野獣のように咀嚼(そしゃく)してから、焼酎のロックをぐいとあおる。
カッカするんだ。燃え上がるような気がする。青春の味だ。

<360円-100円>で今日はこれを味わっている。
申し訳ない。わたしは幸福だ。
「ふぞろいの林檎たち」(山田太一/新潮文庫)絶版 *再読

→テレビドラマシナリオ。昭和58年放送作品。全10回の連続ドラマ。

女「カール・ルイスっているでしょう」
男「あの陸上競技の?」
「うん、そう」
「そのカールが(なんだって)」
「あきらめるなって」
「うへえ」
「ネバーギブアップ。サインを求められると色紙にかならず書くらしいの」
「だから?」
「別に、フフ――(このままでいいのかという思い)」
「そんなことをね」
「え?」
「あきらめるなとかね、言う人はね。カール・ルイスとかいう、あの黒い奴はだね」
「黒い奴は失礼じゃない」
「とても勉強ができそうには見えない」
「――(食われる)」
「どうしてカール・ルイスは勉強をあきらめないで学者にならなかったのだろう」
「それは足が速かったから」
「足が速くないものはどうしたらいい?」
「だから、なにか得意なものを」
「酒。酒なら強いよ。ビールなら何本のんだって酔わない自信がある。
カール・ルイスとのみ比べをしても負けないと思う」
「それは(ちがう)」
「けれども、こんなものは役に立たない。だからといって、ほかになにもない」
「ううん、人間は(それぞれ個性が)」
「建前はやめようよ。なにをあきらめるなって、カール・ルイスは言うんだい」
「だけど、このままじゃいけないでしょう(批判めいたところなく優しい)」
「カール・ルイスがなんだっていうんだ(泣きたくなる)」

引用ではない。即興で模倣(もほう)した山田太一ワールドである。
「ふぞろいの林檎たち」の世界観でもある。
人は建前を口にする。一般論を語る。それらは正論だからかえって始末が悪い。
いちばん支配的なものは――人間はだれしも平等である。だから――。
低学歴でも能力があれば一流会社に入れる。
不細工でも誠実に愛を伝えれば美人に振り向いてもらえる。
ブスでも気立てさえよければイケメンとつきあうことが可能である。
つまり、人間は(平等なんだから)がんばればなんでもできる、というわけだ。
20年も人間をやっていれば、こんなことはウソだとだれでもわかるはずである。
けれども、人はほんとうのことを口にしたがらない。
やりきれないからである。建前に一般論にすがりつきたいのだ。
かくして口当たりのいいウソばかりが社会に蔓延する。
テレビドラマでは美男美女が惚れた寝た別れたと騒いでいる。
行き場のない本音はどこに鬱積しているのだろう。
人間って、平等なんかじゃないと思うな。
そうだとしたら、いろいろおかしかないか。
考えてみないか。泣くしかないような現実に向き合ってみないか。
山田太一が「ふぞろいの林檎たち」に込めた熱いメッセージである。

文庫の解説で漫画家の柴門ふみが放送当時を振り返っている。
世間の女の子は中井貴一派と時任三郎派に別れたという。
どちらもイケメン俳優である。
柳沢慎吾派という娘はひとりもいなかったと述懐している。
さらに漫画家は、自分は中井貴一の兄を演じていた小林薫のファンだったと、
くだらぬ個性を主張している。
わかってないよなと思う。若くして世に出た人気漫画家なぞこんなものである。
「ふぞろいの林檎たち」で最もよかったのは柳沢慎吾だ。
女優陣は手塚理美、石原真理子、中島唱子。
前二者は美人。中島唱子は目を覆いたくなるほどの太目の不美人として描かれる。
おそらく放送当時、男も手塚理美派と石原真理子派に別れたはずである。
ドラマ序盤、風俗嬢としておっぱいを見せてくれた高橋ひとみ派もいたかもしれない。
けれども、中島唱子派だけはいなかったはずである。

「ふぞろいの林檎たち」は三流大学の学生が繰り広げる青春ドラマである。
中井貴一(仲手川良雄)と中島唱子(谷本綾子)の会話を引用する。
ふたりはでピクニックに来ている。サークルの勧誘で知り合ったのである。
綾子は、それなりの女子大に通っている。顔のいい良雄に好意をいだく。

良雄「(下りながら)うん?」
綾子「(下りながら)猫」
良雄「うん」
綾子「肥(ふと)ってるの」
良雄「へえ」
綾子「猫だけなの。私と猫だけ。あと肥ってるのいないの」
良雄「へえ」
綾子「父も母も兄も姉も、みんな普通なのに、
私ばっかり、どんどん肥って、これでも随分努力したの」
良雄「――」
綾子「でも、努力しない姉は肥らないで、
減食したり、体操したりしている私ばっかり、どんどん肥るの(泣きたくなる)」
良雄「よそうよ」
綾子「私、世の中には、どうしようもないこともあるんだなあって、すっごく思って」
良雄「そんな話よそう」
綾子「そうね。すいません。自分のことばっかり」
良雄「いいんだよ。ぼくもそうなんだ」
綾子「肥ってない」
良雄「勉強だよ」
綾子「勉強?」
良雄「自分でいうのも変だけど、これでも――」
綾子「うん?」
良雄「(苦笑して)これでも、かなり勉強した方なんだ」
綾子「そう」
良雄「でも、頭わるいんだな。
結局、大学どんどん落ちて、いまンとこしか入れなかったんだ」
綾子「そんな――」
良雄「あんなにやったのにって思うけど、
きっと顔のいい奴と悪い奴がいるみたいに、脳味噌も平等には出来てないんだよね。
出来ないからって、努力してないわけじゃないんだけど」
綾子「秀才に見える」
良雄「フフ、見えるだけじゃ、仕様がないよ。フフ(と下って行く)」
綾子「――(下って行く)」(P57)


かといって、中井貴一と中島唱子がつきあったりはしないのである。
頭は悪いが性格の良い良雄くんも、さすがにデブスの綾子はいやなのだ。
自分は女を知らないから、へたをすると変な女につかまってしまうかもしれない。
こう考えた頭の悪い良雄くんは、その足で歌舞伎町の風俗店へ向かう。
ここで知っている顔と出逢うのである。有名女子大に通う高橋ひとみである。
どうしてこんなところで働いているのだろう。
ともあれ、頭の悪い良雄くんは、頭のいい半裸の女子大生に射精を手伝ってもらう。
これで(なのか?)すっかり惚れこんでしまうわけである。
ところが、風俗嬢にして女子大生の高橋ひとみには東大卒の彼氏がいる。
この男は頭がよくて顔もいい(国広富之)。
なんでも合理的に考えるため恋人が風俗店で働くことにも抵抗がない。
現在のところの上下関係を明らかにしておこう。
最上位にいるのは東大卒でハンサムの国広富之。
彼にべた惚れしているのが美人で有名女子大生の高橋ひとみ。
彼女に片思いしているのが顔はいいが頭の悪い中井貴一。
最下位にいるのは中井貴一に惚れている中島唱子。頭脳は中流、容姿は下流。
こうして確認してみると、たしかに人間は不平等である(笑)。

最下層の中島唱子が目につけるのは柳沢慎吾(西寺実)である。
柳沢慎吾もさすがに中島唱子はご免と思う。
けれども、美人の石原真理子には相手にしてもらえない。
ただひとり自分を相手にしてくれるのが中島唱子である。
時任三郎と手塚理美は美男美女でよろしくやっていやがる。
今度は中島唱子と柳沢慎吾の会話を見てみよう。
デブでブスの谷本綾子とチビでブサでそのうえバカの西寺実が歩いている。

実「俺はよ、はっきりしねえのは嫌(きれ)えなんだよ」
綾子「はっきりって?」
実「訳分んねえじゃねえか」
綾子「なにが?」
実「仲手川(中井貴一)ンとこへ、薬なんか持って行っちゃってよ。
そいでもって、こっちへも来るってんじゃ、どういう気持か分んねえだろ」
綾子「はい」
実「そこンとこはっきりしねえで、どうやってつき合えんのよ。
率直にいって、あっち(中井貴一)が好きなの、俺(柳沢慎吾)が好きなの?
はっきり、ずばり、ちゃんといってくれよ」
綾子「仲手川さんが、好きです」
実「へ――え――(傷つく)」
綾子「だけど、私なんか相手するわけないでしょう」
実「俺なら、相手するっていうのかよ?」
綾子「そんなこといったら失礼だけど」
実「失礼だよ、ものすごく失礼だよ」
綾子「でも、わりと合ってるんじゃないですか?」
実「そ、そうかねえ(ものすごく遺憾)」
綾子「人間、希望通りにはいかないし、つり合わないと、よくないっていうし」
実「俺の何処がよ? 何処が、あんたとつり合ってるっていうんだよ?」
綾子「ユーモアあるし、やさしいそうだし」
実「やさしい? 俺の何処が、やさしいってエのよ?」
綾子「ほんとは、やさしい人だって」
実「冗談じゃねえよ。
俺はね、やさしさ売り物にするような、そんなヤワな男じゃないのよ」
綾子「でも、心の底では」
実「ケーッ。俺の心の底を、どうして知ってんのよ?
どうして知ってんだよ? (と押す)」
綾子「――」
実「え? どうして――(と押す)」
綾子「(悲しくカッとなり)そういうとこ、直してくれるといいと思います(とひっぱたく)」
実「(ふっとんで、何処かへぶつかり)――なによ、やんないでくれよ、
そういうの(と泣きそうになる)」(P292)


書き写していて、あまりの残酷さにひるんだ。
このせりふを受けられるのは柳沢慎吾の稀有な才能ではないか。
もしわたしがこんなことを言われたら、立ち直れないと思う。

引用した二箇所から山田太一ドラマの特徴がわかる。
リアルであることだ。現実がリアルに描かれている。
では、現実とはなにか。現実はどうしようもないのである。
どうしようもない――まだ曖昧模糊(あいまいもこ)としている。
どうしようもないとは、具体的にどういうことか。
現実のどうしようもなさ、人間のどうしようもなさ、とは、いったいなにを意味するのか。
人間は断じて平等ではないということだ。人間は決して自由ではないということだ。
どうしようもないとは、人間における不平等と不自由のことである。
中井貴一は高橋ひとみにおカネを払わないと手コキしてもらえない。
けれども、東大出の国広富之は、そんな高橋ひとみの心も身体も支配している。
中島唱子はなにをしようとも中井貴一から相手にしてもらえない。
柳沢慎吾はどうがんばったところで美しい石原真理子の裸体を抱けないのである。
山田太一は、中島唱子や柳沢慎吾に死ねとでもいうのだろうか。
いな、である。
どうしようもない事情で不平等に苦しむ人間になにができるか。
どうしようもなく不自由な人間はどうしたらいいのか。
泣けという。泣こう。泣くしかないではないか。
人間は無力である。平等ではないし、自由なんかありはしない。
だが、泣くことはできる。せめてもの許された自由である。泣く。泣こう。
引用箇所でも虐げられたふたりはどちらも泣きそうになっている。
実際、山田太一ドラマでは登場人物の泣くシーンが非常に多い。
わかりやすく定式化する。

「山田太一ドラマ=どうしようもないから泣く」

(どうしようもない=不平等、不自由)


たとえ革命が起きて共産党政権ができても、人間のどうしようもなさは消えない。
いくらお題目をとなえようが、人間のなしうるのは限られたことでしかない。
ブスが美人になりますか? バカが秀才になりますか? 死なない人間がいますか?
「どうしようもないから泣く」は山田太一のオリジナルというよりも、
むしろ古くからわが国にある固有の情緒表現であろう。
たとえば近松門左衛門の世話浄瑠璃は驚くほど山田太一ドラマに通じるものがある。
乱暴にいってしまえば、演歌の世界である。

中島唱子と柳沢慎吾の最底辺カップルはその後どうなったか。
人間、泣いてばかりもいられない。
泣きつくすとすっきりして、なんだか笑いたくなってしまうのもまた人間なのである。
人間はなんのために泣くのか。
おそらく、あきらめるためではないか。あきらめて笑うためではないか。
あきらめるために泣く。笑うために泣く。
「どうしようもないから泣く」山田太一ドラマは笑いに到達するのである。

「山田太一ドラマ=泣く→あきらめる→笑う」

たしかに現実には泣きつづきの人生もあるのだろう。決して少なくないのだろう。
けれども、ドラマだ。笑いたいじゃないの。泣いても最後は笑っていたいじゃないか。
山田太一ドラマを「泣いた顔がもう笑った」と揶揄(やゆ)するのは簡単である。
もとより現実はそんな甘くない。笑いはフィクションかもしれぬ。
だが、ウソでも笑いたくはないか。泣いてばかりではつまらないじゃないか。

どうしようもないから泣く。あきらめる。笑う。
中島唱子の笑顔は、手塚理美や石原真理子の笑いよりも魅力的である。
柳沢慎吾の笑顔は、中井貴一や時任三郎の笑いよりも魅力的である。
魅力的は、人間的といいかえたほうがいいのかもしれない。
美人の笑顔なんざ作り物っぽくていけねえ。美男子の笑顔なんざ嫌味なもんだよ。

どうやら中島唱子と柳沢慎吾だと、まだ男のほうに分があるらしい。
このカップルは柳沢慎吾のほうが優位にあるようである。
中島唱子はたまに小遣いだといって柳沢慎吾にカネをわたす。
こんな自分とつきあってくれてありがとうというのである。
いっしょに歩いていて恥ずかしいでしょう。
さすがにためらう柳沢慎吾だが、家が金持ちだからといわれると受け取ってしまう。
相手が中島唱子とはいえ、もてるのは悪い気がしない。
「ふぞろいの林檎たち」最終回である。
柳沢慎吾は中島唱子に逢いに行く。女の家は古びており、相当いたんでいる。
とても裕福な家には見えない。女は留守であった。「どこ行ったのかなあ」

●商店街
実「(ソフトクリームをなめながら、歩く)」
魚屋の女の人の声「さあ、お兄さん、お刺身今日は安いよ。
一人前四百円でいいよ。マグロだよ、マグロ」
実「(いいって、と手を振って、人がよく笑顔になって)
この辺のもんじゃねえから。フフ」
魚屋の女の人「おみやげにどう?」
実「いいって。フフ(と歩く)」
 ちょっととんで、実、駅に近い道を、口を拭きながら歩く。
綾子の声「(思わず出たように)やだ」
実「(ドキッとする)」
綾子の声「――嫌(いや)ァ(どうしよう、というような本気の声)」
実「(振り向いて、どこから声が聞えたか、と見る」
 店、店、そしてたこ焼きの屋台が見える。
 その屋台に半分身をかくすようにした綾子の姿が見える。
実「(ゆっくりその屋台へ行く)」
綾子「(身をかくすようにしたまま、実の視線にさらされて)フフ」
実「(意外)――フフ」
綾子「やだわ。なに? ここら」
実「(胸うたれていて)お前――さがしに来たんだ」
綾子「用?」
実「ああ」
綾子「お金?」
実「金じゃあねえよ」
綾子「フフ、このバイト、わりと長くやってるの」
実「そうかよ(胸つかれている)」
綾子「暑くなって、あんまり、商売ならないの。フフ」
実「お前、金持ちだっていったからよ、だから俺、気楽に、金、借りてたんだ」
綾子「いいの」
実「こんなことをして、かせいだ金なら、貰(もら)うかよ」
綾子「フフ、いいのよ。私、そんなに美人じゃないから、お金ぐらいあげなきゃ」
実「そんなこといやぁ、俺だって、そんなに、
とびきりのいい男ってわけじゃないんだから」
綾子「ううん」
実「あいこじゃねえか」
綾子「食べて、たこ焼き(とつくりはじめる)」
実「――」
綾子「(つくってる)」
実「お前――いい女だな」
綾子「フフ、きっとね」
実「うん?」
綾子「私のよさ、気がついてくれると思ってた」
実「――ああ」
綾子「そういう、やさしいとこ、ある人だと思ってた」
実「――フフ、そうかよ(と優しくいう)」
綾子「フフ(とたこ焼きをつくりつつ、汗を拭く)」
実「フフ」(P543)
「本の山」をお読みの男性諸君に問う。
あなたならどうしますか。スーパーです。レジがふたつ開いている。
並んでいる人間の数はほぼおなじ。
いや、ひとつのほうが微妙に多いかもしれない。
レジを打っているのが美人のほうがです。
どちらも若い女性。いっぽうが美人で、もうひとつのレジは不美人。
さあ、どちらに並びますか。

待てよ。状況を変えよう。閉店間際の暇な時間帯である。
だれも並んでいません。レジがふたつ開いている。
ひとりが美しい。もうひとりが、あまり容貌に恵まれていない。
あなたならどちらのレジに行きますか。

わたしはかなりの確率で、美人ではないほうのレジに行きます。
サービスがいいからではありません。
いい思いをしたいのなら、むしろ美人を選ぶべきだと思う。
なぜなら美人はだれにでも分け隔てのない接客をする。
ところが、不美人は露骨に客の品定めをします。
おそらく自分が毎日されていることだからでしょう。
まえのイケメンには丁寧だったのに、わたしには横柄ということが多い。
美人はこういうことをやらない。ほんとうにやらないのである。

それでも、わたしはふたつにひとつ――。
美と醜があったら、ついつい後者を選んでしまう。
昨日めずらしく、レジで厚遇された。
通常ならビニール袋へは自分で入れなければならないのに、
わざわざレジでやってくれた。
わたしがほかに荷物を持っていたので、気を遣ってくれたのでしょう。
申し訳ないが、美人ではなかったです。
その場で思わずプロポーズしたくなった。
というのはもちろんウソだが、あながちウソばかりとはいえません。
みなさまは作家のサイン会に行ったことはありますか。
むかし村上龍がエッセイで書いているのを読んだことがあるのですが、
サイン会をやっても人が集まるだけで買ってくれないからパンダ状態で恥ずかしいと。
村上龍レベルの人気作家でもそうなのかと驚きました。
あれってお客さんが少ないと書店員がサインを求めて並ぶみたいですね。
作家の自尊心を守る偽装です。こころ温まる光景です。

作家のサイン会には大学生時代に二度行ったことがあります。
もう10年もまえの話です。
いまから思えばミーハーだったのでしょう。
宮台真司と柳美里です。どちらもファンが個性的でした。
考えてみたらサイン会にまで来るような熱狂的読者ですものね。
宮台真司のほうはキモオタがひとりそばにいました。
「きみはいいから、あっちに行ってて」
宮台真司がしきりに迷惑がっていました。
柳美里は思いつめた顔をしたファンが多かったです。
わざとゆっくりサインをするのがいやでした。
行列を減らすまいとするのですね。
やたら長いあいだ並ばされた記憶があります。

作家のファンサービスってどうなんでしょう。
山田太一はとてもいいらしいですね。
ファンと会うこともあるのだとか。
おばさんから自費出版した冊子を渡される。住所まで書いて、です。
すると山田太一はすぐに読む。
そのうえ、おばさんのもとには数日後、感想を書いたハガキが届いたといいます。
容易に真似できることではありません。

作家に会いたいと思ったことはありますか。
もちろん太宰治に会いたいと思ってもかないません。
生きている作家にです。
わたしはといえば、山田太一さん。
それはもう大ファンですから、お会いしてみたいです。
けれども、会ったとしても話すことがないようにも思うのですね。
むしろ先生の限られた貴重な時間を奪う、こころ苦しさに耐えられないかもしれません。
一作でも多く傑作を書いてほしいと思うからです。
宮本輝もファンですが、会いたいかと聞かれたら複雑です。
いきなりお説教されそうですからね。「なっていない」と。
最近ファンになったのは小谷野敦です。
これははっきりしていて会いたくない。会ったらぜったい殴っちゃいますもん。
本ばかり読んでいてひ弱そうだから、うっかりすると死んでしまうかもしれない。
さすがに犯罪者にはなりたくありませんからね。
(おわかりとは思いますが、これは犯行予告ではありません! 通報するな!)

「……狂人は百人の健康人の崇拝の的になることはできても、
一人の狂人に尊敬されることはできないとは至言である。
精神分裂病患者は時として一定の宗派的運動の中心となることがあるが、
その周囲に集まる人々は皆健全であるか、時にヒステリー者なのが通例である」
(ヤスパース「ストリンドベルクとファン・ゴッホ」P131)
夢のなかでわたしは多くの学生とともに教室にいた。
作文の時間である。
教壇に立ったのは柳美里(やなぎびりゆうみり)さん。
先生はきれいな字で板書した。
「事実+推論=現実」
先生は説明する。
事実はひとつかもしれません。
けれども推論はそうではないのです。
そうだとしたら、現実はいくらでも変えられます。
さまざまな現実があっていいのです。
このことをよく考えながら作文を書いてみましょう。
わたしは挙手して立ち上がった。
「現実はそんな簡単なものじゃないと思います」
しつこく迫った。
先生から特別扱いされたかったのである。
愛されたかったのである。

はっと目が覚める。
いやん、精神分析なんてせんどいて♪
経験からいうのだけれど、いちばん効率のいい読書は立ち読みだと思う。
どうして立ち読みだと、ああも短時間に書籍の要所だけをつかめるのだろう。
いけないことをしているという背徳感がいいのかもしれない。
わたしが子どものころなどは立ち読みをしていると本屋の主人に注意されたものだ。
おとなになって考えてみると、本は(岩波文庫以外)委託販売だから、
たとえ立ち読みで多少汚されても返品すればいいだけの話。
なにゆえあのように立ち読みを忌み嫌う主人がいたのかふしぎである。
(まあ、在庫の少ないことを考えると事情がわからなくもないけれども)

いまはどれだけ顧客が神に近づいているのだろう。
大型書店では、椅子まで用意して、座ってのただ読みを許すところもある。
あれはさすがに図々しいだろうと、いままで一度も試したことがなかった。
だが、とうとう老いが迫ってきたのか。
いまでも決してシルバーシートには座らないわたしだが、書店の椅子に腰かけてしまった。
ただ読みさせていただいたのは「あなたも作家になれる」(高橋一清)。
著者は長いこと文芸関連の編集にかかわってきた。
いまの売れっ子作家を生みだしたのはオレ様だという気概から書かれた本である。
たいへんおもしろく読ませていただいた。
著者は文藝春秋から退職金をたんまりもらっただろうから、
わずかな印税など関心はないはずである。
ただ読みをしたが、少しもこころは痛まなかった。

宮本輝とだいぶ縁があったらしく、名前こそ出していないが、
ファンならばここは宮本輝のことだとわかるところがたくさんあった。
宮本輝は否定するのかもしれないが、
高橋一清はまるで自分がかの作家を育てたのだといいたげであった。
名作「青が散る」の誕生に大きく関与したのも高橋一清だという。
「青が散る」のテレビドラマ化に尽力したのも自分であると。
このへんは名前をぼかして書かれているもののファンが見れば一目瞭然である。
作家はゴルフをはじめるとダメになる、なんてことも書いてある。
これもおそらくゴルフが大好きの宮本輝にあてつけたものではないか。
貧困家庭出身者が成り上がるとゴルフにはまるなんざ、
わかりやすくていいではないかと思うが敏腕編集者・高橋一清は断固否定する。

中上健次の逸話もおもしろかった。
「岬」で芥川賞を取ったときは、選考結果に待ちくたびれてべろんべろん。
泥酔状態で記者会見に出席したという。
そのうえ不愉快な質問をした記者を恫喝(どうかつ)したというのだから。
マスコミがいちばん偉くなってしまったいまの日本からは考えられないことである。
1時間もかからずに読んでの感想だが、現代は暴露の時代なのである。
新日本プロレスをクビになった元レフリーのミスター高橋が、
プロレスの八百長をばらしてしまったのは有名である。
本書も、もはや文壇とは縁遠くなった元編集者の、いわば暴露本である。
みなのうすうす感づいていたことが、きれいさっぱりばらされている。
それはなにか。文学の世界では編集者がいちばん偉いということである。
宮本輝のファンなら、書店で一度手に取ってみてもいいかもしれません。

(追記)現在、作家活動だけで食べているのは150人とか書いてあったけど、
きっと本当なのだろうな。夢を壊す書物だぜ。
なお立ち読みのためこの記事は正確性に自信がありません。
よって、本の感想ではなく「雑記」のなかに組み込みました。
ある生きかたをみなさまに提示してみたいのです。
これは格差社会を生き抜くうえで、なかなか役に立つ考えかたではないかと思います。
もう上を向いて歩こうの時代ではないのです。
堂々と下を向いて歩いていこうではありませんか。
けれども、なにもアフリカの欠食児童を見ようというわけではありません。
下を見て、自分はまだ恵まれていると思うのは、みっともない。
ネットカフェ難民がホームレスを見くだすような生きかたを推奨しているわけではありません。
「本の山」がすすめる下を向いて歩こうとは――。

こう考えて毎日を生きてみたらどうでしょうか。
もしかしたら明日、宝くじが当たるかもしれない。
だから、どんなに今日が辛くても耐えよう。明日、宝くじが当たるかもしれないのだから。
みなさまは言うかもしれない。宝くじなんかバカらしくて買う気にならないと。
もちろんですとも。同感ですね。わたしも宝くじは買ったことがありません。
そのくせ明日こそ宝くじが当たるかもしれないと期待して生きています。
いま我われは大きな壁にぶつかっています。
果たして人間は買っていない宝くじが当選することなどあるのか。
答えは、あるです。
宝くじを購入しないで当選賞金を入手する可能性はゼロではありません。
なぜなら、人間は宝くじを拾うことがあるからです。
もしその宝くじが当選していたらどうでしょう。
あなたは買ってもいない宝くじに当選したことになります。
めったにないことでしょうが、絶対にないとは言い切れません。
なら、それを期待して生きるのがどうしていけないのでしょう。
一寸先は闇が人生の常です。
あなたは明日、道端で宝くじを拾うかもしれない。
その宝くじがどうして当たらないと断言できるのでしょう。

宝くじを拾うには下を向いていることです。
安易なプラス思考や楽天主義で上なんか向いているより、
ため息をつきながら足元を見ているほうがよほどいいのです。
完全に絶望してはいけません。
なにしろ、あなたが明日億万長者になる可能性はゼロではないのですから。
人生なにがあるかわかりません。
だったら、明日宝くじが当たるかもしれないと思って生きていたほうがいいとは思いませんか。
死ぬまで宝くじになど当たらなくても一向に構いません。
人間はたとえかすかなものでも希望さえあれば生きてゆくことができます。
さあ、下を向いて歩こうではありませんか。
上を向いて歩くばかりが能じゃない――。