「私の文学漂流」(吉村昭/新潮文庫)絶版

→どうして成功者は苦労自慢をしたがるのだろうか。
失敗者が苦労自慢をしても、ただの愚痴としか思われない。
しかし、おなじものを成功者が口にすると、なぜか美談になってしまうのである。
みなさまもこのからくりにはうすうす気づいているはずである。
繰り返しになるが、強調しておきたい。
言説は、なにが主張されているかが問題ではない。
だれが論じているか。これがすべてなのである。

人間を肩書きでしか判断できない「もてない男」の小谷野敦氏は、
この本を真に受けてたいそう感動したそうである(「評論家入門」)。
「もてない男」よりはるかに手練手管に通じているライターの日垣隆氏は、
本書における苦労自慢のいかがわしさを冷静に指摘する。
吉村昭の実家の尋常ならぬ裕福さを察知するのである。

めでたしめでたし、と言いたいところですが、「受賞前の貧乏時代」も実はちょっと曲者です。最も苦しかったはずの昭和三四年に、この夫妻は都内に五〇坪の土地を買い、平屋の家を建てているのですから。このときも吉村氏は兄の一人から援助を得ているのですが、そのあたりのぼんぼんぶりはここでは措くとして、昭和三〇年代には、ろくに注文のない貧乏文士でも都内に家が建てられた、という点に注目しておくことにしましょう。地代が安かったからです。


「ガッキーファイター」より
http://www.gfighter.com/0030/20041227000078.php

どうして人間は人生が運不運だと認めたがらないのだろう。
成功者はみな自分の苦労が実を結んだと、こうまで声高に主張しようとするのか。
人間だれしも性別、美醜、貧富、才能を選んで生まれてきたわけではない。
なのに、ふしぎと成功したときだけ、それを自分で選択した結果のように思う。
ほんとうにあさましい所業である。
「少年時代」(山田太一/「’90年鑑代表シナリオ集」/映人社)絶版

→映画シナリオ。平成3年公開作品。
ふたつの意味でとてもめずらしいシナリオである。
主戦場のテレビではなく映画の台本であるということ。
オリジナルではなく原作がある作品であること。

さすが映画の助監督時代が長かった山田太一である。
映画とテレビの相違をしっかりとらえている。
この映画シナリオを読むと、まるで山田太一ドラマらしくないのである。
恒例の長ぜりふが一箇所もない(子役ばかりのためかもしれないが)。
テレビドラマは、「ながら」で見られることが多い。
たとえば、料理をしながら、食器を洗いながら、洗濯物をたたみながら――。
耳だけで聞いているものが少なくないのである。
だから、会話中心になる。耳だけでもわかってもらうためである。

いっぽうで映画は暗闇できちんと見てもらえる。
このため「少年時代」では、言葉(せりふ)にならないような繊細な感情が重視される。
いわゆる「絵になる」シーンが、たくさん描きこまれているのだ。
人間はあえて言わないことで感情を表現することがある。
むしろ、切実になればなるほど言葉にならないはずだ。
そのうえ子どもは語彙が少ない。かえって語らせては台無しになる。
「少年時代」で、いかに言葉にならないシーンが多かったことか。
イコール、映画監督の「しどころ」が増える。
映像のちからを知り尽くしたシナリオ作家の作品である。

見る目のあるものにはわかるのだろう。
このシナリオは日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞している。
たしかに優秀な脚本だが、シナリオで読むより映像で観たほうがよほどおもしろい。
(映画「少年時代」は観たことがある。傑作だった)
このようなものが卓越したシナリオと評価されるのは複雑である。
というのも、わたしは山田太一のテレビドラマシナリオで
「少年時代」よりも優れたものをいくつも知っているからである。

ふたつのシナリオがある――。
シナリオでも映像でも楽しめるものと、映像でしか楽しめぬものと。
むろん「少年時代」は後者である。山田太一が意図してそう書いたからである。
「しまいこんでいた歌」(山田太一/「テアトロ」2003年3月号)

→戯曲。平成15年上演作品。実際に劇場へ行って観た芝居である。
観劇したときはえらく感動して、その場で戯曲の掲載された雑誌を購入したものだが、
こうして時を経て再読してみると、どこがよかったのかわからなくなっている。
もっとも稽古中にそうとう直しを入れたようで、
上演台本と掲載戯曲にはかなりの相違があるということである。
戯曲を読んで感動が薄いのはこのためなのかもしれない。

ドラマのきっかけは内部告発である。
ガス器具メーカー研究所の所長である高杉繁は、
就職を世話してやった娘が内部告発をしようとしているのを知りあわてる。
教えてくれたのは娘の母親である。
この母親がおかしいなことをいう。
謝罪のつもりか「私を好きにして」と誘惑してくるのである。
それはともかくとして、もし内部告発などされたら自分は馘(くび)になってしまう。
なんとかして止めなければならないと繁は思う。
そもそもなにを内部告発しようとしているのだろうか。

ドラマを推進するベクトルはふたつである。
本当のことってなんだろう。熱い生きかたをしたい。このふたつである。
ふたりの青年の発言を引こう。大学院でモラトリアムを過ごす繁の息子のせりふ。

「オレたち、本当ばかりで生きていません。
ニセ薬で、驚くほどなおったりするんです。
本当に深入りしちゃいけないんじゃないというか――」(P146)


もうひとりは内部告発の首謀者である。繁のかわいがっている部下。若い。

「俺は実は一方で、あたりさわりのない世界好きなんだよ。
みんなクールで、立入らなくて、何事もないの好きなんだ。
でも同じくらいそれが嫌なんだ。
告発するぞって、会社をゆさぶり所長をゆさぶり、大騒ぎになって、
大本はオレだとバレて周りから白い眼で見られて、
孤立して、ヒリヒリして、苦境に立って、
そこから脱け出そうとするような、カッカした人生を歩きたいんだ」(P148)


本当のことはなにも明らかにならない。
芝居の最後はギリシア悲劇のデウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)のように、
繁の老いた父がラッパを持って登場する。貫太郎である。
貫太郎はむかし軍隊でラッパ手だった。軍隊はそれはひどい世界だった。
個性なんてはぎとられ上官から殴られるばかりの毎日である。
ある日、しごきに耐えられないで便所で首をつった新兵がいた。
死体を運び出すところに偶然ぶつかったのである。
光景が頭からはなれなくなった。
3日ほど経って、貫太郎が反逆を試みたくなったのはこのためである。
消灯のラッパで、切ないほど甘い恋の歌を吹いて、みんなに呼びかけたくなった。
ところが、いざやろうとすると、まともに音が出やしない。
プープープーである。上官から半殺しの目に遭って営倉へほうり込まれた。

「八十すぎて、ふっと思い出すとな。(「うん」)
俺の一生は、あれがなかったら、なんだったんだと思うんだ。
あとは、ずーっと自分をおさえて干からびちまったよ。(「そんな――」)
いやあ、あんなに大勢に向けて、気持をワーッとはき出すようなことは、
それからあと、なかったよ。(「そうか」)
男の一生は、自分をおさえる一生みたいなところがあるからな。(……)
いまとなると、あんなみっともない、忘れたかったことが、
生きてた証拠のように思える」(P153)


だから内部告発をやってしまえと老人は若人をけしかけるのである。
もとより、そんなことをされたら息子が馘になってしまうのだけれども。
山田太一の芝居らしく、答えは舞台上で示されない。
観客各々の宿題として残るのである。
「林の中のナポリ」(山田太一/新日本出版社)

→戯曲。平成19年上演作品。もしかしたら山田太一先生は、
ちらりとなら「本の山」をご覧になったことがあるのかもしれない。
だとしたらこんな光栄なことはない。
とても拙文には山田太一先生のお目を汚す価値はないと自覚しているからである。

「インターネットで、匿名で、いいたい放題の悪口を書かれたんです」(P154)

山田太一ならぬ高原のペンション「林の中のナポリ」のこうむっている迷惑である。
なんと書かれたか。ペンションの主人が気味悪い。
陰気で暗い男が薄笑いを浮かべるので不愉快である。このためだろうか。
開業3年目のペンションは、この先、春にかけてまったく予約が入っていない。
中年(初老?)夫婦とその娘で経営する「林の中のナポリ」の主人、小野寺真一はいう。

「匿名のいいたい放題が、そんなに力を持つなんて、どうかしている」(P129)

山田太一の新しい文化へのアンテナのよさには驚くほかない。
ともあれ、客の来ないペンションに話を戻そう。
雪のふる日である。
今日も客が来ないと思っていたら、おかしな老婦人(南風洋子)が現われる。
静かな湖面に石が投げ入れられるのとおなじである。
さざなみが生じる。これこそドラマにほかならぬ。さあ、この石の正体を見極めよう。
ペンションの女主人、小野寺直子は70をとうに超えた老婦人をあやしむ。
宿帳に書かれた電話番号も住所も実在しなかったからである。
一泊だけかと思ったら、二泊三泊四泊と際限がない。
老婦人の話すことは、とうてい本当とは思えぬようなことばかりである。
夫の真一はこんな偶然があっていいものかと驚いている。
気味の悪い真一は、客の前に顔を出すことを母娘から禁じられていた。
ところが、うっかりとすがたを現わしてしまう。このとき老婦人の顔を見たのである。
見覚えのある顔だった。夜半、フロントに真一がひとりでいるときである。
老婦人がかれの前に現われる。「あなたにお話があるの」

「齢をとると、こんなことがあるって、テレビかなにかで見たような、
気がするんですけど――」(P168)


老婦人は伊沢かの子と名乗る。このとき38年前の事件が現在によみがえる。
スウェーデンである。真一は車を運転していた。事故を起こしてしまった。
運転していた真一だけ助かり、他の3人は死んだ。
死んだ青年のうちのひとりが井沢かの子の息子だったのである。
まさかこんなところで38年後に再会することになるとは。
真一が陰気なのはこの事件をひきずっているのである。
事件のことは妻にも話していない。いったいこの再会はどういう意味があるのだろうか。

かの子「ありがとう」
真一「なんですか(それ)」
かの子「こんなに長い間、あの事故を忘れないでいてくれて――」
真一「形だけ残ってるんです。身をかくそうという形だけ」
かの子「それでも嬉しいわ。
けろりと元気なあなたに会ったら、きっと淋しかったでしょう」
真一「フフ、暗いのをほめられたのは、はじめてです」
かの子「あの子がお礼をいってと、あなたにひき合わせたのよ」
真一「それは失礼だけど、あなたのつくった物語です」
かの子「そうね、わたしのつくったお話――」
真一「そうですよ」
かの子「だから、お話は続くの」
真一「続く?」
かの子「ありがとうだけじゃ終らない」
真一「終らないって――」
かの子「終りは、あなたが、あの事故からぬけ出して、明るい人になってくれるの」
真一「それは、どうかな」
かの子「井沢の母親が、本人に代って、いいに来た。もう罪に思わないでくれ。
幸福になることをためらわないでくれ」(P212)


かの子の事情も明らかになる。いま失踪しているところなのである。
姑が死んだ。夫も死んだ。天涯孤独の身で老人ホームに行くことが決定していた。
だが、思った。「嫌だ、行くの嫌だって」
かの子はトランク片手に逃げ出したのである。だから捜索願いが出ているかもしれない。
この老女をどうしたらいいのか夫婦は戸惑う。
38年前の事件はすでに妻の直子の知るところになっている。
かの子からとっくに許されていることを知り、
ようやく真一は妻に事故のことを告白することができたのである。
「林の中のナポリ」に予約が入る。女子大生の4人組である。
入れ替わりに自分が出て行くと井沢かの子は宣言する。
どこへ行くのか夫婦は問う。やはり老人ホームに行くべきではないのだろうか。
かの子は旅をつづけるという。自由気ままな旅を。
女子大生4人が登場する。かの子は問いかける。

「19世紀の終りに、ノルウェーにいたノラという女の人のことを知ってる?」

女子大生はだれもイプセン「人形の家」に登場するノラを知らない。ノラは――。

「お金持の夫と、可愛い三人の子どもがいるのに、
ある日、一人で家を出て行ったの。
どうやって食べていけるか、見当もつかないのに、無鉄砲に、無責任に」
「それで?」
「その先は分らない。どうなったのか、誰も知らない」
「はい」
「とにかく無責任に無鉄砲に家を出たの」
「はい」
「あなたたちは、知らないといったけど、ノラという名前を、
いまだに、百年以上たったいまでも、忘れられない人が、沢山いるの」(P238)


井沢かの子は平成の日本に現われたノラである。
老いてはいる。だが、ノラであることには変わりがない。
いいではないか。ノラがいてもいいではないか。一般論がなんだ。常識がなんだ。
平成日本のノラはとびきりの笑顔でペンションから旅立つ――。
陰気で根暗だった真一が精一杯明るくふるまう。
4人の女子大生は、はじめて見るノラにそれぞれの思いで拍手してしまう。
このあときっと観客も拍手したことだろう。盛大な拍手を。

最後に、あとがきの自作解説から。

「(「林の中のナポリ」を)書き出す前も書き出してからも書き終えた時も
南風さんは、会えばいっぱいの笑顔で、勇ましいといいたくなるような気迫で、
舞台について語った。稽古で民藝の稽古場へ行くと
「これはノラですね。常識では無茶でも年寄りの心にある夢ですね」
などとおっしゃった。
私もそれに近い気持ちだった。
南風さんで老人を描いて、リアリズムで終始する物語など書きたくなかった。
気品のある老婦人が、笑いの多い舞台の中を、明るく無茶な方向へすすんで行く。
観客には彼女の行き先の暗闇が見えるが、老婆は終始明るい。
万事承知で明るい。明るいまま無茶な旅を続けていく。そんな舞台を書きたかった」(P250)