数日前、自分は常識人であると書いたら、
さっそく友人から「常識人のヨンダ様」などと、からかうメールが舞い込む。
いま読み返すと笑えるのは、常識人ぶっておいて、おなじ記事でさらっと、
大学の先生からのメールを無断で転載しているところ(だって、むかついたんだもん)。
まあ、ここが「本の山」のおもしろさとどうかお許しください。
考えてみたら、わたしが常識人のはずないよな。
「あす死んだって構わない」なんて毎日思っている常識人がどこにいるという話で。
常識人ではない。常識をからきし持ち合わしていない。
師匠の原一男先生から教えられたことをひと言で要約すれば、常識をぶっつぶせ、だから。
伝授された非常識、というか反常識だな、
――常識に反対してゆく態度でこれまで生きつづけてきたわけである。
のうのうと生きていればそれでいいのか? 長生きすれば万々歳かい?
こんなもんだと思って生きていりゃあ、それでいいのかい?
もっとなにか出来ると思いやしないか? 大きなことをぶちかましてやりたくないか?
原一男から継承した悪しき(原先生、ごめんなさい)遺伝子である。
非常識、反常識をつねに目指している。
だからこそ、なんでもないところでは常識人でありたいと強く願っているのであろう。
こう考えてゆくと、あの大学の先生は立派だったのかもしれない。
お茶をのみながらありきたりな話をするより、よほどあのほうがよかったと思う。
話が進むうちに、先生のだんだん狂ってゆくのがわかったものである。
むろん、先生は断じて精神病ではない。
あの場所でだけ一時的に狂ったのである。
仮面を取り払い本性を剥きだしにした。本音を連発した。
うちにためこんでいる鬱屈した感情をすべてぶつけてきてくれたのである。
そう簡単にできるものではない。先生も勇気がいったはずである。
わたしのほうも、どこかでおもしろがっていた。このままどこへ行くんだろう。
先生がおかしくなってゆくのを助長しているような態度があったのだと思う。
感情を全解放して大声でわめいている先生を前にして心地よかったのもまた事実である。
この感触は久しぶりだと懐かしくさえあった。
わたしの母は精神病だったが、狂った母と対峙しているころを思い出した。
対面して原一男先生のお話をうかがっているとき、
たまにこの映画監督が発する狂気を思い出した。
狂的なものと向き合う緊張感を久しぶりに味わった。
自分が完全否定されているのに、そこまで怒りがわかなかったのはこのためなのであろう。
だから、あのフランス語の先生を常識がないと責めるのは筋違いなのだ。
なぜなら先生の何倍もこちらは常識がないからである。
わざわざ先生はわたしのレベルまで降りてきてくれたのである。
本来なら感謝すべきところなのかもしれない。
やはり先生と逢ってよかったと思う。人間と人間は逢うべきである。
できたらあの先生にもそう思ってほしいが、それはいくらなんでも贅沢というものだろうか。