「ハノイの犬、バンコクの象、ガンガーの火、」(小林紀晴/幻冬舎文庫)絶版

→小林紀晴の才能について思う。口惜しいが、
「再会」をテーマにしたこのアジア旅行記から才能というほかないものを感じる。
著者の才能は、驚くべき性格の良さに起因しているように思う。
性格の悪いものがいい文章を書くと思っていた。
だが、飛びぬけて性格のよいのもまた、ひとつの武器になりうるのだ。
小林紀晴の文章の特徴はピュアなところである。
純粋というと古めかしくて似合わない。小林紀晴はピュアなのである。
ふつうの人間ならとても恥ずかしくて書けないようなセンチメンタルな文章を綴る。
それがまったく鼻につかないのは随所から感じられる著者の純情ゆえである。
ひねくれたところがまるで感じられないのである。
だれもがアジアで感じるものの、しかし恥ずかしくてとても口には出せないことを、
飾り立てすることなく著者はストレートに表現する。
稀有な作家だと思う。今後、どこまで根性曲がりにならないでいられるか。
友人が極めて多い著者のこと。心配する必要もないのであろう。
およそ旅行記としては最高レベルの、ほんとうに満足できる読書であった。
「北国の春」(井上靖/講談社文庫)絶版

→ひとり杯を傾けながら井上靖の軽めの小説を読むのもまた、
数少ない人生の愉しみのひとつかもしれない。「北国の春」は短編小説集。
どんなに短い小説でもなにかが起こるのは著者が物語作家であるためだろう。
非難しているのではない。それどころか、むしろ物語歓迎である。
なにも起こらない小説を読んで悦に入るような文学青年ではない。
物語とはなんだろうか。これまで幾度も考えてきたことである。
いま酔い心地で思いついたのだが、
偶然が偶然ではないように見えるのが物語ではないか。
偶然なのだが、そこにはなにかしらの手が加わっているように見える現象。
だが、もしこれを物語と定義するなら、すべてが物語になってしまう。
あなたもわたしも人間はまったくの偶然の産物だが、
だれひとりとして偶然存在しているようには見えぬのだから。
畢竟(ひっきょう)、人間を巧妙に描けば物語になるということだろうか。
「夢か現か」(高井有一/筑摩書房)

→独酌しながら老作家の随筆集をひもとくのは人生の悦びである。
2006年初版。老作家の眼に現代はどううつるのか。
ちなみに高井有一は山田太一より2歳年上で、ほぼ同年代である。
比較すると山田太一の若さには恐れ入る。

恩師の原一男先生が、
自分は青年が初めて書いたようなみずみずしい文章が好きだと仰せになったのを思い出す。
わたしはどうしてか荒削りな文章より枯淡を好む傾向があるようだ。
新しいものはすぐに古くなるが、古いものはそれ以上古くならない。
だが、こういった保守的な態度はよくないと反省している。
師匠を見習って常に最新のものにアンテナをはりめぐらせたいと思う。
さて、著者の高井有一はわたしにとって特別な作家のひとりである。
著作は、かなり読んでいるほうである。
高井有一は母の自殺をテーマにした「北の河」で芥川賞を受賞した。
言うなれば、先行作家なのである。
少年時代に不幸を経験した作家が老年となり、
現在どのように母を想っているのかが興味深かった。

「その年の十一月に、生活の方途を見失つた母が、近づく冬の気配に怯え、
町に沿つて流れる河に身を投じて死んだ。文学少年だつた私は、
その体験をいつか小説に書きたい、書かなくてはならない、
と早くから思ひ定めてゐたが、書き上げるまでには途方もない時間がかかつた。
何度も書きかけては止め、
また気を取り直して書き出しては挫折する事を繰り返した。
大学へ入つて直ぐ、疎開時代にあつた事のすべてを連作形式で書かうと思ひ立ち、
一部を雑誌に発表したものの、それも中絶した。
やうやく「北の河」と題して五十数枚の小篇に纏められた、一九六五年であつた。
書けなかつた理由は、
私が体験の意味を正確に把めてゐなかつたといふ一事に尽きるだらう。
現実にまともに向き合ふ勇気をなかなか持てなかつたせゐだ、
とも言へるかも知れない」(P33)


「北の河」は不幸から20年もの時を必要としたのかと思うと先が思いやられる。
あと12年生きなければならないと考えると暗澹(あんたん)たる気分である。

「母方の叔父に引き取られて東京へ帰つて間もなく、
お母さんはどうして死んだのか、と他人に訊かれたとき、
冬になつたからです、と答へた覚えがある。
咄嗟に口に出たこの答は、人が死ぬ理由なんて判るものか、
と頑なに思つていた私の気に入つて、その後何度も繰り返した。
若し母が戦後も雪の積もる土地で生きる勇気を持つてゐたら、と私は思ふ時がある。
むろんその結果、私たちが仕合せになれたとは限らない」(P131)


同感である。もし母があのとき死ななかったとして、
あの母子関係が将来の仕合せに結びついたと断言することはできない。
わたしが長生きすれば仕合せになれるのかもわからない。
死ぬときは人間、死ぬのだろうと思っている。
「舞台芸術の現在」(渡辺守章/放送大学教育振興会)絶版

→歌舞伎を観にいく前日に予習として読んだ本。
演劇全般に興味がある。劇的行為なるものの本質を見極めたいと思っている。
だが、和洋の演劇を同一視野のもとに論じる書物は少ない。
本書には期待していたけれど、渡辺守章が日本語障害者だったことを忘れていた。
放送大学教材なんだから著者はわかりやすい説明を目指さなければならない。
ところが、これは渡辺守章がナイフで脅されてもやろうとしないことである。
なんのことはない、実のところは、できないに過ぎぬ。
渡辺守章は日本語に障害があって、わかりやすい文章を書けないよう生まれついている。
どんな簡単な事実でも、この男に書かせると意味不明かつ一見難解なものに仕上がる。
才能といえば才能だが、知能障害ともいいうる。
著者は人間において才能(長所)と障害(短所)が紙一重であることを示すいいサンプルである。

演劇はショーかドラマかに大別される。
身体を重んじるショーと物語を必要とするドラマのふたつである。
前者を拡大解釈すると、サーカスのようなものまで演劇の仲間に加えることが可能だ。
たとえば、こんな単純なことを、著者はひどく難解に論述するわけである。
それから渡辺守章のあらすじ紹介の下手ぶりはほとんど神々しい。
書物の性質上、戯曲のあらすじを紹介しなければならない場面がいくつかあるのだが、
まったく説明できていない。日本語の訓練をいっさい積んでこなかったことがよくわかる。
読者になにかを伝えようという意志が渡辺守章にはないのである。
なら、なんのためにこの男は文章を書くのか。ひとりよがるためである。
マスターベーションである。
この年代は少年期に自慰は悪徳だと教えられたはずだが、忘れてしまったのだろうか。
自慰ばかりしてると頭が悪くなるぞ。
いまから渡辺老人のオナニーをみなさまへご覧に入れる。
決して気持のいいものではないから、勇気のないかたはここから先を読まないでください。

渡辺守章は「リア王」上演の説明をしている。

「ところで狂気は、身体のレベルで表象されなければ、演劇的な事件とはならない」(P138)

なにを言いたいのかさっぱりわからないでしょう。
実は極めて簡単なことである。
「精神の狂気は、役者が肉体で演じないと観客には伝わらない」
ふたつの文章を比べてください。
渡辺守章のこけおどしがよくわかると思う。

もっと醜悪な自慰文章をお見せしなければならない。
渡辺老人はオナニーを身体のレベルで表象する。

「いずれにせよ、身体を戦略的な場として開かれた断絶の体験は、
どのような演劇作業であれ、
今やそれを己れのプログラムに組み込まなければならないような、
そうした不可避の要請なのである」(P72)


射精を終えた渡辺守章の満足気な顔が目に浮かぶようである(キモ~い)。
本人は決まったと思っていそうで、たいへん笑える箇所でもある。
わかりやすく言い換えてみよう。
「あらゆる演劇で身体の重要性、つまりショー的要素が見直されなければならない」
戯曲には表われない役者の肉体を重視しようね、ということだ。
「戦略的な場」や「開かれた断絶」といった言葉をかっこいいと思った、
オナニー大好き少年……いや老人の駄文である。
渡辺守章の文章は断じて難解ではない。未熟なだけである。
本書もこうして丁寧に意味を取っていくと、それほどたいしたことを論じているわけではない。

笑えるのは文楽(人形浄瑠璃)についての文章である(P161)。
ロマン・バルトが文楽について論じたものがあるという。
渡辺守章は無批判にロマン・バルトに土下座する。
渡辺老人にとっては、欧米人様が日本について論じたものはすべて正しいのである。
生年を調べたらちょうどギブミーチョコレートで進駐軍からほどこしを受けた世代だ。
渡辺守章はチョコレートをかじりながらオナニー三昧だった少年期が忘れられないのだろう。
自慰少年を身体のレベルで表象する渡辺守章の古びた男根は、
戦略的な場として開かれた断絶に侵入する――。
「せつない春」(山田太一/「月刊ドラマ」1995年11月号/映人社)品切れ

→テレビドラマシナリオ。平成7年放送作品。単発ドラマ。
現実っていったいなんだろうか。
山田太一はシナリオ雑誌の巻頭インタビューで脚本家を詐欺師に模す。

「詐欺師でも現実観の甘い人をだますのは簡単だけど、
現実をよく知ってる人をだますのは大変じゃないですか。
詐欺師のほうも現実をよく知ってなければ、騙せない。そういう関係は
テレビドラマのライターと見てくださってる方との関係であると思います」(P12)


山崎努は東央物産の総務部長代行。総会屋対策を一任されている。
株式総会で総会屋が暴れないように裏でカネを渡すのが仕事である。
むろん違法だが、企業にとってはなくてはならない存在である。
ところが、社長が交替したことで事情が変わった。
新社長はプレーンに弁護士を加え、今後総会屋とは一切縁を切るという方針である。
それはいけないと山崎努は思う。会社には知られてはいけない秘密が山とある。
そうそうクリーンにできるわけがない。だが、経営陣に山崎努の意見は聞き入れられない。
このままでは株式総会でぜったいなにか事件が起こると山崎努は経験から断定する。
会社が危うい。山崎努は弁護士に直談判する。
考えてみれば、山崎努のポジションを失墜させたのは、この弁護士である。
弁護士は山崎努に冷たく言い放つ。

「あなたばっかり現実を知ってるようなことをいうが、
あんた、ほんとに、現実を知ってるの?
訳知りになって、用心深くなって、たいした力もない奴を、大げさに考えて、
俺たち脅して、自分が改革の邪魔になっているという反省はないのかッ!」(P149)


職場のみならず家庭でも山崎努は現実に打ちのめされる。
娘の交際している男が、旧知の総会屋・柄本明の弟だとわかったからである。
娘は足が不自由である。総会屋の弟が言い寄って来たのはなにかの罠に違いない。
足の悪い娘を愛する男なんかいるはずがないと思っているのである。
山崎努は現実からダブルパンチを食らう。
娘の交際相手は、ほんとうに打算抜きで娘を愛していることを知ったからである。
そして、総会屋を排除した株式総会でもなにも起こらなかった――。
山崎努は用無しとして閑職に飛ばされてしまった。
会社はもう自分を必要としていないのである。
総会屋の柄本明から悪事に誘われる。山崎努は会社の裏事情に詳しい。
ふたりでグルにならないか。口惜しかないか。会社を脅そうじゃないか。
いっときはその気になり、かつての仇敵と浮かれ騒ぐ山崎努は視聴者を楽しませる。
けれども、すぐに思い直す。やはり会社を裏切ることはできない。

「三十六年つとめた会社だぞ。俺の人生、ひっくりかえせってことだぞ。
可笑(おか)しけりゃ笑え。一緒に苦労した奴もいる。愛着もある。
思い出もある。みんなを敵に回して」
山崎努の妻「本当の仲間なんていた? いなかったじゃない」
「知りもしないで」
妻「分るわよ。本当の友だちなんていなかった。
趣味もなかった。仕事ばかりだった」(P164)


これから人生の夕暮れを迎える山崎努である。
会社に裏切られても、会社を裏切ることができない。
ひとつ明るい日の出めいたものがあるとすれば娘の結婚である。
窓際社員の一家と総会屋の一家が親戚になったことだ。
ラストシーンは海岸地帯である。早朝、両家はせいぞろいして日が昇るのを見ている。
画面が一転する。

○丸の内出勤風景
出勤する人々。ビル街。(終)(P166)
「夏の一族」(山田太一/「月刊ドラマ」1995年11月号/映人社)品切れ

→テレビドラマシナリオ。平成7年放送作品。75分の全3回。
渡哲也は自動車メーカーの設計部から営業所へ出向を命じられる。
まるで嫌がらせのような人事である。渡哲也はいちから営業を学ばなければならない。
もちろん車は売れない。エリート嫌いの所長からはねちねち嫌味を言われる毎日である。
職場のみならず家庭もおだやかではない。
妻の竹下景子は高校の同窓だった男に浮気をそそのかされている。
一人娘の宮沢りえは妻子ある男性と不倫の関係にある。
渡哲也が唯一こころ落ち着ける場所がなぞの年配女性・加藤治子のアパートである。
渡哲也は加藤治子を「姉さん」と呼んでいるが、関係は定かではない。
妻の竹下景子もこのアパートを訪問していることから見ると家族ぐるみの関係のようだ。
渡哲也は川辺で知り合った不登校の少年が縁となり、
その父親に3台の車を買ってもらうことになる(第一回「川を見に行く」)。

一人娘の宮沢りえが、好きな人に会ってくれと両親に頼む。
娘の相手と会った渡哲也は激怒する。男が離婚届を手にしていたからである。
前妻と離婚したから娘をくれというのはあんまりではないだろうか。
人間は、そんな簡単なもんだろうか。別の女を好きになったから前の女と別れる。
たしかに道理としては間違っていないのだろうが、
だからといってそう簡単に認めてしまっていいのだろうか。
どこか人間を舐めた行動のように渡哲也は感じたのである。
父は娘の結婚に反対する。宮沢りえはその晩、家出をして男との同棲を開始する。
平成の現代である。いくら親が反対しようが娘の結婚をとめることはできない。
渡哲也はひとつだけ条件を出す。娘の相手の男と一度ふたりだけで会いたい。
いったいなにを話すつもりなのだろうか。
宮沢りえ、竹下景子の母子は不安になる(第2回「娘の縁談」)。

渡哲也が「姉さん」と慕う加藤治子の異常行動が明らかになる。
ひとりで取り壊し寸前のアパートの一室に行くのである。
そこで加藤治子は菓子や茶を並べひとりで話している。
みな加藤治子がボケたのではないかと心配する。
渡哲也と娘の結婚相手がふたりだけで会うのはとりやめになった。
竹下景子、宮沢りえ母子の「みんなで会えばいいじゃない」という提案を呑んだのだ。
父、母、娘、その婚約者――。
渡哲也はふたりだけで話そうと思っていたことをここで話すという。
自分と加藤治子の関係である。あれは戦時中、空襲下の東京のことである。
加藤治子は20歳だった。空襲に遭った。家族とはなればなれになった。
家族を探しているとき、ひとりぽつんとただずむ少年を発見する。
4歳の渡哲也であった。加藤治子の家族はみな焼死していた。
渡哲也の親族も見つからない。
加藤治子は渡哲也の姉代わりとして育てることを決意する。
戸籍は入れなかったが、女手ひとつで加藤治子は渡哲也を成人させた。
人生にはこういうことがある。人間を舐めてはいけない。
堅実に幸福を築きあげていってほしい。父親からのメッセージである。

加藤治子の異常行動はより顕著に見られるようになる。
無人のアパートで桃の缶詰をあける加藤治子。
「あのころは甘いものなんてなにもなかったね」
空襲で死んだ家族に話しかけているのである。
加藤治子を窓の外からうかがうものがいる。
尾行してきた渡哲也、竹下景子、宮沢りえである。
3人は、いまは亡き家族に話しかける加藤治子のすがたに打たれる。
渡哲也は思わず加藤治子を抱きしめてしまう。
すると「嫌、嫌、嫌」と竹下景子が取り乱し、ふたりを引き離す。
場は騒然とする。竹下景子はなにかを勘づいているのである。
ほんとうのことを話そうと渡哲也は決意する。
みんなをひとつの部屋に集める。娘の結婚相手も居合わせる。
渡哲也の話を加藤治子が引き継ぐ。戦後50年の物語である。
加藤治子は家庭科の代用教員をしながら渡哲也を育てた。

「この人(渡哲也)ね、小学校の頃――ううん、その前から、
とっても綺麗な男の子だった。(中略) 私は、嬉しくて仕様がなかった。
この人のお母さんのふりが出来るのが、とっても幸せだった。
結婚したいって、この人がいった時、びっくりしちゃった」(P112)


仕方ないと加藤治子は思う。22年間も一緒に暮らしてきたのである。
喜んでお嫁さんにまかせようと決意する。
ところが、結婚が迫ってくると、気持が沈んでしょうがない。
あとひと月という時になってようやく自分の気持に気がついた。
自分は渡哲也に恋をしていたんだ。
だから、自分の結婚なんて、見向きもしないでいられた。
いったん気持に気づくと別れがつらい。竹下景子が憎い。仲を引き裂きたい。
26歳の渡哲也は、それは綺麗だった。いい男だった。

「なんとか誰にも気づかれないで、――とうとう結婚式の前の日が来て、
朝が終り、昼が終り、夜になって、ああ、もう、ほんとにいくらも、
二人でいる時間はないんだなあ、と思った時、
ふらふらっと明さん(渡哲也)の前に、座っていたの。
そんな事、寸前まで、考えてもいなかったのに、明さんて、
私、命令するようにいったの。私を一度だけ抱きなさいって――。
明さんは、なんのことって、笑いかけて、私を見て、
それからだんだん青い顔になった。
あとくされなんかない、今夜だけのこと――そのくらいしか私もいわなかった。
この人、驚いてた。でも、なにもいわなかった。
恩に着るタイプだから、どうしていいか分らなかったんでしょうね。
――私が、押し倒すみたいに抱きついて行ったの。
翌日からは、一切忘れました。水くさいくらいの、義理の姉さんになりました」(P113)


原因をたどれば戦争に行き着くのかもしれない。あの日の空襲がよくなかった。
よくなかったのだろうか。空襲でふたりは知り合った。のちに別れが訪れた。
戦後50年を生き抜いたふたりの日本人である。
竹下景子は夫と「姉さん」のふたりを許す。
どうして部外者(娘の婚約者)のまえで話そうと思ったのか夫に問いただす。

「こんな人間もいるんだ、といいたかった。(……)
気持が離れたから、別れた。好きだから一緒になる。
あいつはバカに簡単じゃないか。(……)
人間はもっと細かなもんだ。してしまったことは、ずっとあとをひく。
人を苦しめる。簡単には、わり切れない。(……)
そんな筈はない。人間は、細かな事にこだわるし、いろいろに悩むもんだ。
あの男は、たかをくくっている。簡単に妻子と別れ、
簡単に奈美(宮沢りえ)とその気になっている。それですむはずがない」(P114)


渡哲也はようやく営業の仕事にもなれ、車も順調に売れるようになる。
ひとつ、心残りは加藤治子のボケである。
夜半、渡哲也、竹下景子、加藤治子の3人は例の老朽アパートのまえに来ている。
ここで声がしたのだと加藤治子はいう。
自分を呼ぶ、死んだ家族の声がしたのだという。
加藤治子はアパートの一室で、両親、祖母、妹と再会した。
死んだものはいう。みんないるよ。みんな戦争のあとの日本、見てるよって。
年の離れた妹がいう。
チョコレートもあるし、バナナもあるし、お砂糖もお汁粉もあっていいねえって。
加藤治子は無人の部屋に、缶詰や果物を持って行った。
おかしいわよね。実際にそんあことあるわけないもの。
加藤治子がみずからのボケを認めようとしたそのときである。
取り壊し寸前のアパート、例の部屋の窓に灯(あか)りがつく。
別の窓にも灯り。別の窓にも。別の窓にも。3人、呆然と見ている。すべての窓に灯り。
「ありがとう」と加藤治子が手を合せる。渡哲也も竹下景子も手を合せる。
とてもいいシーンだと思う。あるわけがないことが生じる。それが人間を生かす。
現実だけでは人間はたまらない。だから、灯りがつく。山田太一は灯りをともす。
この灯りをフィクションという――(第3回「まだある昔」)。