病院で薬をもらい、いつものように高田馬場へ向け歩きはじめる。
新宿3丁目の国島書店へ。新宿という場所のせいだろうか。
この古書店の開店は遅い。しかも不定期である。まえにたずねたことがあった。
「お昼の12時を過ぎたらたいがい(店を)あけていると思います」とのこと。
今日はここの店主(?)がめずらしく浮かれている。
お客さんにやたら話しかけるのである。いかにも本が好きそうな男性。
「(新宿)御苑はいますごいんでしょうね」
桜はこうも日本人を浮き立たせるのかと微笑ましかった。

「近松門左衛門集1」(日本古典文学全集43/小学館)
「近松門左衛門集2」(日本古典文学全集44/小学館)


2冊でわずか千円である。この2冊に近松の世話物全24作が収録されている。
箱の中身はきれいなもの。販売票までついている。
買ったものが読まなかったのは疑いもない。重いのが問題だ。
これを持って高田馬場まで歩くのはかなり辛そうである。だが、と立ち読みする。
現代語訳もついており、少なくとも岩波書店の全集よりはバカ向けである。
「冥土の飛脚」「女殺油地獄」は読みたいと思っていた。
この全集で読むのも悪くはあるまい。いまは岩波文庫「曾根崎心中」でさえ900円取る。
たったの千円で24も作品がついてくるのだから嬉しいというほかない。
刊行されたのは昭和51年。わたしの生まれた年ではないか。
ブックオフ新宿靖国通り店へ。

「こころ熱く無骨でうざったい中国」(麻生晴一郎/情報センター出版局)
「萩家の三姉妹」(永井愛/白水社)★
「ぼくの父はこうして死んだ-男性自身 外伝-」(山口正介/新潮社)絶版
「文藝春秋」(2008年3月号)


すべて105円で合計が420円。
ブックオフ店員のおにいちゃんがバカにしたような目でわたしを見た。
「文藝春秋」の先月号はよほど売れていたのか。
このつぎに行くブックオフでも105円であった。
現代日本文学の最高峰たる芥川賞受賞作品を早く読まなければならないと思う。
ブックオフ大久保明治通り店へ。

「ニンゲン御破産」(松尾スズキ/白水社)★
「シブヤから遠く離れて」(岩松了/ホット出版社)★
「私の「本」整理術」(安原顯:編集/メタローグ)
「名水紀行 山頭火と旅するおいしい水物語」(佐々木健/春陽堂)絶版


これまたすべて105円で合計は420円。
このような家計簿めいたものを公開していると勘違いされるかもしれない。
あいつはブックオフでしか買わない。著作権者の敵だ。
それは違います。定価で本を買うことも多々あるのです。
けれども、それを書いてもおもしろくはならない。
だれもがどこでも同価格で購入可能な本を買ったとして、それがなんになるのでしょう。
と言い訳をしてブックオフに戻る。
ちなみに今日★マークが横についている書籍は戯曲。
戯曲は売れないから高い。どれも2千円近くする。それが105円だ。
これでいいとも思うのである。戯曲などたいがいは2時間程度で読める。
しかも日本の現代戯曲など、いっては悪いが、どれも退屈が予想される。
話は飛ぶが、日本現代演劇を俯瞰してみたいとつねづね思っている。
唐十郎以後である。戯曲はほとんど購入済み。あとは読むだけなのである。

戸山公園を抜けて早稲田へ。
屋台が出ているが、花見客は2組のみだからさみしい。
偶然ながら、早稲田大学は今日が卒業式のようで、すごいひとだかりである。
どの卒業生も明るい。希望に満ちている。
わたしにもそんな時代があったのか。いや、なかった。卒業式などつまらぬものだった。
往来で、あれは卒業生だろう。体当たりされる。
なんと失礼なやつだと思う。見れば、早稲田の卒業生はみなみな鼻持ちならない。
有名大学を卒業したというおごりにはなはだ不快なものを感じる。
ブックオフ早稲田駅前店へ。書籍半額セールをやっている。今日からだという。
店員さんへ聞く。単行本も新書も文庫もぜんぶ値札の半額なんですか?
「はい、そうです。105円のもの以外はすべて半額になります」
見ると、ひとり5冊までという制限がついている。
この場合、新書をねらうべきではないかと決心する。
いまはブームなのか読みたくなるような新書が多い。
ほかにも読むものはあるさとスルーしてきた。だが、これを機会に買ってしまえ!
セールだセール、半額だ。買わなきゃ損そん。狂ったようにカゴへ入れるものの
5冊でストップしたのだからやはり狂ってはいなかったのだろう。

「中国名文選」(興膳宏/岩波新書)175円
「演出家の仕事」(栗山民也/岩波新書)175円
「2週間で小説を書く!」(清水良典/幻冬舎新書)175円
「「人間嫌い」のルール」(中島義道/PHP新書)175円
「新編 軟弱者の言い分」(小谷野敦/ちくま文庫)225円


むろん、ブックオフではない通常の古書店にも入る。

「火の文学」(中上健次/角川文庫)絶版 200円
「俳句の時代」(中上健次・角川春樹/角川文庫)絶版 250円


横断歩道をわたり古書現世へ。裏路地にあるこの古本屋はお世話になっている。
井上靖の愛人による暴露本を仕入れたのもここだった。
意外な本を安く売っているのが嬉しい。
この日も嬉々として物色していたら外がうるさい。
まだ日も暮れていないのに酔っぱらいが大声で騒いでいる。
花見がえりの早稲田の学生と思われる。
ぐっと我慢していたがいつまで経っても騒ぎはやまない。
ここは先輩として注意しなければなるまい。
店を出て学生集団のもとへ向かう。
「あのう、うるさいんですけれども」
無視である。10人以上いたが、ひとりとしてわたしの声を聞かない。
「うるさいんですけれども」
大きな声で繰り返す。だが、だれもわたしを見るものはいない。
聞こえていないはずはないのである。
目の前で「うるさい」と文句をいっているのだから。
第三者から話しかけられるという経験がまったくないのだろう。
3回目の「うるさい」も完全に無視された。
「なにおう」と逆に向かってきてもらったほうがよかった。
ひとがなにかいっているのに、みなで聞こえないふりというのはよくないのではないか。
学生だろう。酔っているんだろう。かなしくなったわたしは古本屋へ戻る。

ブックオフ高田馬場店は収穫ゼロ。
まあ、今日はこれだけ買いまくったからよしとしよう。
埼京線でのこと。池袋から座れたのはいい。
だが、ここはあえてみなが敬遠していた座席のようである。
通勤ラッシュ用の3人がけのシート。
わたしの横にいる中年男性がひどく泥酔している。
のみならずカバンから酒を取り出してのもうとしている。
見ると、ビールではない。ウイスキー(水割り)だ。
通勤通学列車でビールは許せてもウイスキーはさすがにダメだろう。
まわりの乗客はみなこのおっさんにダメだししていた。
横からカバンのなかを見るといろいろ酒が入っている。
花見のかえりだったのだろうか。スーツとネクタイすがたである。
カバンのなかの酒を1本くださいとたのんだらどうなるだろうかと思う。
混んでいる車内でウイスキーをのみながらなにやらぶつぶつ物申している中年はよろしい。
赤羽駅でこの泥酔中年がいったこと。
「なんで赤羽はあるのに白羽はねえんだ!」
ふきだしそうになったが、周囲はみな無視しているので、わたしも必死に笑いをこらえた。
「心中天の網島」」(近松門左衛門/信多純一:校注/新潮社)

→古典に親しむことで得られる功徳のひとつは、ジャンルの本質に思い当たることである。
では、近松門左衛門の人形浄瑠璃からなにがわかるのか。物語と演劇のありようだ。
浄瑠璃という名の人形芝居は、世界でもめずらしい部類の芸能なのではあるまいか。
演劇かと問われたら役者が登場するわけではないから完全には肯定できない。
なら物語と定義できるかというと人形芝居ながらも劇的要素を強くもっている。
演劇であって物語でもある、あるいは演劇でも物語でもないのが浄瑠璃なのである。
この特異な芸能形式から、我われは演劇と物語に共通するものを知ることが可能だ。
「騙す」ことである。演劇も物語も受け手を騙すことで成り立っている。
もっともなにか目新しい発見をしたというつもりはない。
「物語り」の「語り」は「騙り」だったという説は幾度も目にしたことがある。
ともあれ、「騙す」ことに注意しながら近松最晩年の作品「心中天の網島」を見てみよう。

幕が開くと、遊郭の描写からはじまる。遊女の小春が登場する。
ああ、この遊女が心中するのかなと観客(物語の聞き手)は思うわけである。
小春はなにか悩みをもっているようである。
そこに成金の太兵衛が仲間とともに登場して求愛するのだが小春はいやがっている。
太兵衛が連れ合いに話しかけるせりふを引用すると――。

「連衆(つれしゅ)。内々咄(はな)した心中よしいきかたよし床よしの小春殿。やがてこの男が女房に持つか。紙屋治兵衛が請け出すか。張り合ひの女郎近付きに。なつておきや」(P271)

(拙訳:みんな見てくれ。この女が、あれあれ、あのとき話した、心根よし気風よし、腰づかいも抜群の小春さんだ。そのうちこのわしの妻になるか、それとも紙屋治兵衛が身請けするか。張り合っている女郎なのでお近づきになったなった)

ここで観客(聞き手)は紙屋治兵衛という名を強く印象づけられるわけである。
太兵衛は敵役らしい卑怯な口調でライバル治兵衛の悪口をいう。
いわく、治兵衛は独身の自分とちがって妻子がいる、
そのうえ妻とはいとこで縁が深く別れにくい、
紙屋の主人だが金をもっていない、貧乏だ、身請けなどできるはずがない。
観客(聞き手)は紙屋治兵衛なる男の情報を得るわけである。
もうひとつ、劇的因子を観客は知らされている。
例によって「ふたつにひとつ」の劇的法則、太兵衛か治兵衛かという問題だ。

侍の格好をした一見(いちげん)の客が現われ太兵衛は去る。
侍客は小春の評判を聞きつけて来たという。ふたりは部屋へ入っていく。
ようやくにしてこの芝居の主人公、紙屋治兵衛が登場するわけである。
さんざんうわさをさせておいて遅れて重要人物がお目見えするのは古典的な作劇法。
治兵衛は愛する小春と侍客とのやりとりを格子(こうし≒窓)のすきまからのぞき見する。
「盗み見」=「見られずに見る」もこれまた作劇法の基本。
(演劇本来のありかたでもある。つまり、観客は役者(人形)から見られずに見ている)

辛気くさい小春を侍はいぶかりわけを尋ねる。
親切なお侍さんだと思った小春は悩みを打ち明ける。
ある男と心中の約束をしてしまったが、命が惜しいので困っているというのだ。
相手ばかりが恋に狂っている。死にたくない。
あの男が逢いに来ないようこれからしばらく自分を呼んではくれないか。
小春が迷惑に思っている男とはまさしく治兵衛そのひと。
これを聞き逆上した治兵衛はふすまごしに刀を振りかざすが侍に妨げられる。
侍客は小春がわからないように治兵衛を取り押さえ身動きができないように縛る。
そのうえで、さらなる不実の言葉を侍客は小春の口から聞き出す。
さては売女(ばいた)めに騙されたかとほぞをかむ紙屋治兵衛であった。
そこにふたたび現われるのは恋敵の太兵衛。
太兵衛は身体の自由が利かない治兵衛をからかおうとするが侍客に逆襲される。
このとき驚愕の事実が明らかになるのである。
侍の顔をまぢか見た治兵衛は、「やや、兄貴さまでごじゃるか」
客は侍の変装をした治兵衛の実兄であった。
治兵衛は恥ずかしくて泣きじゃくる。
「あれ、お兄さまだったの」
小春は立ち聞きしていた治兵衛の存在もこのとき知るのである。
治兵衛はすくりと立ち上がり罵詈雑言、小春の顔を足蹴にしようとするも兄にとめられる。
兄は弟がのぞき見していることを途中から気づいていた。
「弟よ、ほれ見たことか、遊女などみんなこんなもんだ」

立ちどまって冷静になにが起こっているのか検証したい。
変装は、いうまでもなく、古典的な作劇法。
治兵衛のみならず観客まで騙されていたのである。物語の聞き手としても同様。
語り手は侍の登場時に、実は兄だとばらすこともできたのである。
けれども、あえて事実を隠して語り(騙り?)を継続した。
語り手はたとえば「1→2→3→4→5」と出来事を伝えていくが、
この場合「侍の正体は兄」という情報を意図的にあとまわしにしたのである。
つまり、物語とは「1→2→4→5→3」となる。
「1→2→3→4→5」と「1→2→4→5→3」は、
たとえば足し算をしたら合計は「15」で同一だが、まったく質の異なるものである。
「1+2+3+4+5」を「1+2+4+5+3」にこっそり入れ替えるのが、
あるいはわたしのずっと知りたかった物語のからくりなのかもしれない。

「心中天の網島」に戻る。兄のまえで治兵衛は小春との絶縁を誓う。
かつて恋の証として取り交わした起請文を燃やすことになる。
小春がおかしな女文字の手紙をもっている。
治兵衛がちらりと見ると、「小春さまへ。紙屋の家内より」と書いてある。
それ以上は見せずに、さりげなく小春は手紙を懐中にやった。

泣き暮らす紙屋治兵衛のところへ叔母がやってくる。
小春が結婚するといううわさが広まっているが、まさかおまえではないよね、というのだ。
別れたと答える治兵衛は、ついに小春が身心ともに憎き太兵衛に独占されることを知る。
治兵衛はこれまた憎らしくもなつかしい小春のことを思いさめざめと泣くのである。
涙にむせぶ夫を見て妻のおさんはある告白をする。
心中の気配を感じたおさんは小春へ
「旦那を死なせないでください」と懇願する手紙を送ったのだ。
この手紙を読んで情に厚い小春は、
おなじ女の身上をおもんばかり手を引く決意をしたのだった。
おさんはいう。小春さんは死ぬつもりだ。
太兵衛と結婚するくらいなら小春は死を選ぶにちがいない。
あんないい女(ひと)を死なせるわけにはいかない。
おさんは夫の治兵衛に小春を身請けするようたのむのである。
当座の金になればと紙屋の営業資金をすべて差し出す。
足らないぶんは着物を質に入れてくれとタンスを空にするおさんであった。
自分の夫がとりこになっている遊女のために身ぐるみ与える良妻のけなげなこころよ。

物語の流れをさしとめて、また「騙し」が行なわれたことを確認したい。
語り手は、起請文を燃やしている時点で謎の手紙の真相を伝えることは可能だった。
事実をあえて隠すことで、物語が形成されている。
我われも紙屋治兵衛とおなじく遊女ふぜいに騙されていたことになる。
いや、人形は人間を騙しはしないから、やはり語り手が騙っていたことになろうか。

小春の身請けは不首尾に終わる。
おさんの父がやってきて、事態を知るにいたり、
これ以上は我慢ならぬと着物ともども娘を実家へ引き戻してしまったからである。
打つ手のない紙屋治兵衛が遊女小春との心中を決意するのはこのときである。
兄が泣きながら弟を探しまわるのも、
治兵衛がそんな兄を隠れ見て涙に暮れるのも近松世話浄瑠璃の恒例である。
両者に決してきれいな死にかたをさせないところに、
わたしは仏教者・近松門左衛門のほかならぬ信心を見るがどうだろうか。
小春はおさんに申し訳なく思いながら南無阿弥陀仏と首を小刀で切るものの、
これも因果であろうか、切っ先は喉笛をはずれて七転八倒の苦しみ。
業苦のなかふたたび死なんと小刀をあやつりやっとのことで死の平安を得る。
治兵衛が小春の最期の苦悶を見なければならなかったのも業苦というほかない。
せめて治兵衛は小春のなきがらに羽織をかけてやるくらいしかできぬ。さて――。

「泣きてつきせぬ名残(なごり)の袂(たもと)見捨てて抱(かかへ)を手繰り寄せ。首に罠を引つ掛くる。寺の念仏も切回向(きりえこう)。「有縁無縁乃至法界。平等」の声を限りに樋の上より。「一蓮托生南無阿弥陀仏」と踏みはづし しばし苦しむ。
生瓢(なりひさご)風に揺らるるごとくにて。次第に絶ゆる呼吸の道息堰(いきせ)きとむる樋の口に。この世の縁は切れ果てたり。朝出の漁夫が網の目に見付けて「死んだヤレ死んだ。出合へ出合へ」と声々にいひ広めたる物語。すぐに成仏得脱(じょうぶつとくだつ)の誓ひの網島心中と目毎(めごと)に。涙をかけにける」(P315)


以上で本論は終わりだが、近松劇と仏教の関係について少しだけ述べたい。
近松の芝居には「南無三宝(なむさんぽう)」という言葉が頻出する。
もとの意味は仏法僧の三宝に帰依するとの言葉だが、転じて驚きの感嘆表現となった。
とくに不安や心配が的中したときに用いることが多いという。
現代語に言い換える場合、ふつうは「しまった」となるらしいが、
わたしは「あんれまあ」が適切ではないかと思う。
「あんれまあ(こうなりましたか)」という感嘆は、
人間を超える大きなもの(三宝!)の存在を裏打ちしているように思うからである。
同様に「南無阿弥陀仏」を口語的に言い換えるなら「(現世は)あきらめなされ」ではないか。
今生(こんじょう)のことは阿弥陀仏さまにおまかせしてさっぱりあきらめる。
かなり図式的だが近松門左衛門の世話物浄瑠璃は、
南無三宝が南無阿弥陀仏になる過程を描いたものだとは考えられないだろうか。

「近松劇」=「南無三宝(あんれまあ)→南無阿弥陀仏(あきらめなされ)」

情報を付記しておくと、近松門左衛門の実家は日蓮宗だったという。
むかしからの日蓮宗ではなく、近松の父の代に改宗したものらしい。
学者の言にしたがえば、近松に仏教の素養はない。
せいぜい「往生要集」を読んでいたくらいではないかということである。
私見では、近松は生活者のそぼくな信仰を基盤として劇作したのではないかと思う。
このたび近松門左衛門の芝居を5つ読んだが、
どれも宗教文学といわざるをえない深みを有していた。
形にならぬ大きなものを信じていた劇作家の筆なる南無阿弥陀仏の文学である。

「国性爺合戦」(近松門左衛門/信多純一:校注/新潮社)

→近松門左衛門の人形浄瑠璃のなかでもっとも人気のあった作品だという。
「国性爺合戦(こくせんやがっせん)」は計17ヶ月にもわたるロングラン上演となった。
人形浄瑠璃と能楽の相違は経済基盤に目をやるとわかりやすい。
能の場合、寺社の経済的支援が上演の後ろ盾になっていた。
いってしまえば、たとえ観客が集まらなくてもさしたる問題にはならないのである。
いっぽうで浄瑠璃は、興行収入のみがたよりであった。
寺社や幕府からの援助はなく、むしろ風紀を乱すと弾圧されることのほうが多かった。
お客さんが入らなかったら破産してしまうのである。
断じて観衆を、幽玄を解せぬ愚かどもなどと見くだすことは許されぬ。
日本最初の職業劇作家といわれる近松にとってお客さまは神さまであったことは疑いない。
いくら芸術的価値が高かろうが芝居小屋に閑古鳥が鳴くようではいけないのである。
多種多様な知的水準、経済水準の観客をひとしく楽しませなければならなかった。
本場のシェイクスピアでさえ貴族の保護を受けていたのである。
日本のシェイクスピアたる近松の過酷な劇作環境が知れようものである。

近松の芝居を読みすすめるうちに驚いたのは、あさましいほどの大衆娯楽性である。
やたら愛想がいいのだ。
教科書に載るような偉人君子だからかしこまっていたら、
近松はもみ手をしながら近寄ってきたとでもいおうか。
こちらが恐縮するほどサービス過剰なのである。
観客(読者)を退屈させまい、山場を作ろう、盛り上げようとたいそうな努力をしている。
まるで視聴率に一喜一憂する現代のシナリオライターである。

長編戯曲「国性爺合戦」は期間にして5年にもわたる出来事をあつかっている。
舞台も中国と日本を行き来する壮大なスケールの芝居である。
この劇作の魅力は、すじのおもしろさに負うところが大きい。
波乱万丈なすじがきが大衆から支持されたことは間違いあるまい。
それならあらすじをここに紹介すれば、みなさまの暇つぶしにでもなるかというと、
そうはかんたんには行かないように思うのである。
また、あらすじでは魅力を伝えられないというまさにその部分に、
劇作や物語のちからを知ることができるのではないか、とも思う。
ネット上にはいくつか「国性爺合戦」のあらすじが紹介されている。
ためしに読んでみればわかるはずだが、どれもひどく退屈なのである。
この芝居のすばらしさをまったく伝えていない。
かりに長いあらすじを読み終えたとしても、だからなに? と首をかしげることは必定。
やろうと思えばわたしもあらすじを説明できなくはないが、
とてもみなさまを満足させるものを書ける自信はない。

こころみにはじめの部分だけやってみよう。おつらいでしょうがどうかお読みください。
中国に明という国があって、王がマヌケなせいで家臣に裏切られ、
新興国・韃靼(だったん)に滅ぼされてしまう。
王は殺され妊娠中の后(きさき)も流れ弾にあたり死亡。
だが、つきそいの忠臣は王家を絶やすまじと后の腹をかっさき王子を取りだす。
腹のなかが空っぽでは疑われるから忠臣はおのが赤子を殺し后の腹に詰め込んだ。
忠臣は山に隠れ王子を育てながらいつの日かの復讐を誓うのであった。
いっぽう屠(ほふ)られし明国王には美しい妹がいた。
この皇女は小船に乗せられ大陸を脱出する。
行き着いた先は日本、肥前松浦であった。
運よくこの地域にはかつての臣下が住んでいた。
愚かな明国王に追放されたのである。
臣下は日本人の女と結婚し、息子までいる。
ハーフの息子は和藤内(わとうない)という名の血気盛んな青年。
かれこそのちに国性爺とよばれるこの物語の主人公である。
広大なる大陸を我がものにせんとの大志をいだき、
和藤内は両親と海をわたるのであった。
「国性爺合戦」は和藤内が紆余曲折を経てかつての裏切り者を打ち倒す物語である。

ちなみにうえに記したのは全体の1/5のあらすじ。
和藤内一家が大陸に到着してからの紆余曲折が芝居の大半である。
これをいちいち紹介してもまるっきりおもしろくない。
たとえば、和藤内が虎と闘った。
たとえば、和藤内の父がかつて前妻(中国人)とのあいだにもうけた娘へ会いにいった。
なにがあった、かにがあったと羅列されても退屈なだけである。
では、なにゆえ「国性爺合戦」は傑作なのか。
あらすじで説明できない「国性爺合戦」の魅力はいったいなんなのか。
繰り返しになるが、これこそ劇や物語のもつ強みである。
近松門左衛門の人形浄瑠璃は演劇性と物語性のふたつをあわせもっている。
演劇性は人形とはいえ舞台で対人間のやりとりが繰り広げられることから生じる。
物語性は、人形はしゃべることができないという物理的都合から生じる。
語り手が美声をはりあげ観衆の耳へ物語を流し込むのである。
一説では浄瑠璃の起源は琵琶法師の物語る「平家物語」ともいわれている。
琵琶の音色にあわせ節をつけて物語る行為が浄瑠璃を生み出したという説だ。
たしかに琵琶法師に人形遣いを加えれば、即時に浄瑠璃にならぬこともない。

では、浄瑠璃に見られる演劇性とはなにか? 物語性とはなにか?
どちらも現在を強める作用のことだと思う。
演劇性とは「ふたつにひとつ」である。これはわたしの持説。
ふたつからひとつを選び実行するのが劇的なるものの実相だ。
この劇的行為の結果が、つぎなる「ふたつにひとつ」を生み出してゆくわけである。
「ふたつにひとつ」で立ちどまらないで、すぐに結果を書いてしまうのがあらすじではないか。
だから、芝居はあらすじのみ読んでもさっぱりおもしろくないのである。
つぎに物語性とはいかなるものか。
このたび「国性爺合戦」を丹念に読んだことで物語のなんたるかが少しわかったように思う。
物語とは「ふたつにひとつ」を盛り上げるための下準備ではないか。
選択という名の劇的行為が映(は)えるようにスポットライトをあてるのが物語ではないか。
現在を強めるために過去を利用する、
過去から光線をあてるのが物語のはたらきではないか。

「国性爺合戦」には複数の再会シーンがあるが、
これはかつての別れがあったがために盛り上がるのである。
このとき現在を照らさんと過去をうまく拾うのが物語の役割だと思う。
最後のシーンも印象深い。
主人公の和藤内は、裏切り者の仇敵と戦場で向きあう。
ところが、和藤内の父がだまし討ちに遭い人質になっている。
敵は父の命を助けてほしければ降参して日本へ帰国しろという。
ふたつにひとつである。仇討ちか父を助けるか。
父は和藤内に母親の最期を思い出せと叫ぶ。
母親は父子の目前、仇(かたき)への復讐を厳命して喉笛をかっ切り命果てたのであった。
過去が現在を揺り動かさんとする。
「ふたつにひとつ」を選ぶのが「劇的」ならば、
どちらかひとつをひとをして選ばせるのが「物語的」なるものの正体ではなかろうか。
だとすれば劇は人間にとって能動的、物語は受動的ということになる。
「国性爺合戦」のラストで和藤内は「ふたつにひとつ」を選ぶことはない。
和藤内が逡巡しているうちに味方が敵をわなにかけるのである。
劇的行為の主体が人形では、
さすがに物語る人間にかなわなかったとこの結末を見やるのも一興かもしれない。
ともあれ、大衆好みのハッピーエンドであることは否定しようがない。

(注1)能と浄瑠璃の比較は「日本古典文学全集43 近松門左衛門集1」(小学館)の解説を参考にしました。

(注2)「国性爺合戦」のあらすじは下記のサイトで読むことができます(果たして読めるかね、フフフ)。

『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E6%80%A7%E7%88%BA%E5%90%88%E6%88%A6

『近松門左衛門と人形浄瑠璃の軌跡』
http://homepage2.nifty.com/hay/kokusenya.html


「心中重井筒」(近松門左衛門/信多純一:校注/新潮社)

→東西問わず劇とは行為を描くものである。行為とは選択だ。
「心中重井筒」はタイトルにあるとおり
ふたりの男女が心中するまでの行為が描かれている。
いかほどの身分の男女がどういう障害にはばまれていかなる経緯で心中するか。
重要なのはなによりも観客を楽しませなければならないことである。
この芝居はふたつのことに着目して感想を書きたい。
ひとつは近松の言語表現の美しさを細かく検証したい。
もうひとつは古今東西を問わずに存在する劇的効果を近松劇のなかからも発見する。

紺屋(染物屋)主人の徳兵衛は妻子がいるのにもかかわらず、
遊女の房(ふさ)に入れあげている。
事情がいささか込み入っているので説明すると徳兵衛は入り婿。マスオさんである。
妻の辰(たつ)は再婚で、子どもはまえの夫とのあいだにできた息子。
その日、徳兵衛は知り合いの女を店にひきいれ夫婦と詐称し大金を借り入れる。
遊女の房が必要だというからである。まんまと成功する。
そうとは知らず妻の辰が帰宅すると、引き続き岳父(妻の父)の宗徳がやってくる。
宗徳はつねづね娘婿(娘の夫)の不満を口にしている。
ろくろく働きもしないで酒と女にのめりこんでいる徳兵衛が気に入らないのだ。
徳兵衛を惚れぬいている辰は父の非難から夫を弁護する。
この父娘の会話をずるがしこくも盗み聞きする徳兵衛であった。
(「盗み聞き」=「知られずに知る」は劇作でひんぱんに用いられる手法である)

岳父の宗徳の帰ったあと夫婦のあいだでひと悶着あるわけである。
辰は涙ながらに夫の徳兵衛に愛を説く。どうか真人間になってください。
徳兵衛も根っからの悪人ではないのである(悪人にもなれないヘタレともいう)。
妻の涙にほだされこれからは真っ当な生きかたをすると泣きながら誓う。
遊女とは別れると約束する。不正に借り入れた大金を妻へ渡す。
喜ぶ辰である。ならばと妻はたのむ。父の宗徳のところへ報告に行ってはくれんかね。
今後は心根を入れ替えて精進すると。
戻ってきたら生姜酒をのましてあげるからねと妻に送りだされる徳兵衛であった。
往来でひとりになった徳兵衛はなんと情けないことか。
先ほど涙ながらに絶縁を誓った遊女の房が自分を待っていることを思い出すのである。
房は卵酒を作って待っているといっていた。
(卵酒は性欲増進や精力増強に効能があると思われていた)

「(徳兵衛は)辻を越えてはまた戻り。辻に立つたりつくばうたり 行くも帰るも定まらず。どうせうかかう生姜酒 いりつくやうに気がなつて。胸掻(か)きまはす卵酒。心を二つに打ちわつて 君が方へと走り行く。後は涙のたまご酒 霜の白みに」(P124)

ふたつにひとつである。選択し実行する。これを劇的行為というのである。
生姜酒(献身的な妻)か卵酒(熱愛する遊女)かの二者択一である。
引用した部分には掛詞や縁語がいりみだれているので見ていきたい。
「君が方へと走り行く」の「君」は「黄身」でもあり卵の縁語になっている。
「後は涙のたまご酒」は「後はなみだ」=「後はない」と「涙」を掛ける。
また「涙のたま(のちの心中を暗示)」と「卵酒」を掛ける。
「霜の白みに」は徳兵衛の去りゆく背景の「白み」と卵の「白身」を掛ける。
以上は自分で気づいたのではなく信多純一氏の校注から教えられたのはいうまでもない。
注意したいのは目の快楽ではないということだ。
引用箇所は義太夫節といわれる独特の方法で語られたのである。
いうなれば耳の快楽である。観ているのも写実ではない。人形である。
情感のこもった物語りに耳を刺激された観客の目に映っていたものは
果たしていかなる情景だったのか。
当時の観衆のほか知るものはなく、我われは想像のみ許されている。

徳兵衛は遊女の房のもとへ向かう。
ややこしいのだが、房の奉公しているのは、徳兵衛の兄が経営する女郎屋。
兄は弟のことを思って、房との仲をさこうとはたらきかける。
ふたりは逢わせてもらえないのである。
ところが、深夜のこと。兄の家で寝ている徳兵衛のもとへ窓から房が忍び入る。
房は父が借金の保証人になってもうどうにもならないことを徳兵衛へ告げる。
なぜ近松劇の人形はことさら死に急ぐのか。
どうしようもないからである。ふたつにひとつという選択肢がもはやない。
いや、まだ選択は残っている。だが、それは生きるか死ぬか、なのである。
死を選ぶ徳兵衛と房であった。
生き延びて恥をかくらいなら、いっそのこと死んでしまえ。
命よりもたいせつなものがあるという生きかたは死に通じる。
命より重いもの。それは名誉であり義理人情であり情愛であった。

「隠れる/見つける・探す」の作劇法に留意しながら物語の後半を見ていこう。
ふたりの密会現場に兄が突然、登場する。
遊女の房は急いで炬燵(こたつ)のなかに隠れる。
兄に見つかってしまうのか人形芝居を観ているものはハラハラするわけである。
兄は知ってか知らずか炬燵にさらに火をくべようとする。
ここでの兄弟のかけひきは見ものである。
なんとか屋敷を抜け出したふたりは心中場所へと急ぐ。
そこに女房の辰が奉公人や子どもを連れて徳兵衛を探しにくる。
観客はふたりが発見されてしまうのかどうか芝居にひきこまれるという計算だ。
そのうえ芝居に登場するかぎり徳兵衛はらくらくとは死ねないのである。
自分を心配する妻に悪いと思いながら、灼熱の苦悩に焼かれながら徳兵衛は死にゆく。
観客はいいものを観たと満足する。
繰り返すが、最後に妻と子を登場させることで劇的効果がどれほど高まるか。
あざといほどに観客心理を知り尽くしたひとりの劇作家をわたしは見る。

博多の明太子をお土産にいただいた。
包装から検索してみると、高級料亭のもののようだ。
手造りのたいへん貴重なものであった。
口にふくむと、あまりからくないのが印象的で上品な味がした。
これは明太子の出どころを知ったうえでの感想である。
もし知らないで食べたらどんなことをいうか知れたものではない。
へたをしたらスーパーで売られている着色料たっぷりの明太子のほうがうまい、
なとどいいださないとも限らない。
このような態度はよくないとつねづね反省している。
かりにスーパーの安い明太子のほうが好きならば、
正々堂々とそう主張すればいいではないか。

本を買おうか迷ったとき、ついつい著者の肩書きを見てしまう。
大学教授と書かれてあると、安心するのだからおかしなものである。
著書の質においてどうして教授が講師よりもうえだといえるのだろう。
だれが書いたものでも、いいものはいい。
ダメなものはダメだといえばいいのである。
もっともこれがいかにも男の子らしい青臭い正論なのはわかっている。
現実的でシビアな若い女性様にとっては、
本を買うとき書き手の顔があるいは最重要事になるのではないか。
本を買ってまで読むのは若い女性様に多いから出版社も考えたのか、
いまは書籍の広告は内容よりも著者の売り出しに必死のようだ。
なにが書かれているかは問題ではない。
だれが書いたかが肝心なのである。

ブログもおなじである。
重要なのは本文ではなく、プロフィールということだ。
どれほど内容が陳腐でも書き手いかんで輝きもするのである。
編集者、作家などの肩書きがあれば注目度もすうだんあがる。
かんたんなのは写真だと思う。
どこかから美人の顔写真を拝借してプロフィールにはりつければ百点満点。
なにを書いても読者は興味をもってくれる。
男ならイケメンでなければならない。
現代では顔が悪ければなにをいっても説得力がないのである。
その点、うちはなかなかのものだとひそかに自負している。
このブログの管理人はかわいいかわいい Yonda? くんである。
わたしの写真を掲載するよりよほど読者をひきつける(笑)。
(たしかにある意味では詐欺なのだろうが、
騙される人間が悪いのであって、パンダはなんら悪くない)

味覚の話に戻ろう。たとえば我われはカップラーメンをバカにしている。
不当に差別している。なぜか。安いからではないか。
しかし、考えてもみよう。
もし江戸時代の大名や豪商にでもカップラーメンを食べさせたらどうだろう。
こんなうまいものは食べたことがないと感動するはずである。
もしかしたら山海の珍味よりもカップラーメンを所望するかもしれない。
小判何枚とでなければ交換しないなどと価値を釣り上げたら、
やすやすと大金持になれるかもしれない。
ものの価値というものをこのように考えてみたらどうだろうか。
むろん、「本の山」をこのカップラーメンにたとえたつもりはない。
「曾根崎心中」(近松門左衛門/信多純一:校注/新潮社)

→発表当時、本作品は画期的な問題作として大当たりをとった。
というのも、「曾根崎心中」まで浄瑠璃は歴史や神話に題材をとった時代物しかなかった。
近松は歌舞伎で流行していた世話物を、はじめて浄瑠璃に持ち込んだのである。
実際の心中事件をモデルにしていたこともセンセーショナルな話題となった。

大ぶろしきを広げるようだが「曾根崎心中」は日本ドラマの原型ではないかと思う。
人情ドラマはすべて近松の「曾根崎心中」を母としているのではないだろうか。
山田太一や倉本聡のテレビドラマから得られる感動は、
もとをたどれば近松門左衛門の世話物に行き着くように思うのである。

西欧のドラマと日本のドラマはまったく異なることをはじめに確認したい。
かんたんに西洋演劇史をふりかえると、
ギリシア時代、人間は大いなる神々を称えることから演劇活動を開始した。
畏怖すべき存在と英雄あるいは個人の関係を描くのが劇だったわけである。
ルネサンスにいたるもシェイクスピアの描いた人間はだれもが神を問題にしていた。
イプセンにはじまる近代劇はたしかに人間と人間の関係、すなわち社会を描いたが、
登場する人間はみながみな神を前提として存在していた。
ベケットの不条理劇は神の不在で満ちている。
いないことまでトピックになるのが神なのである。
乱暴な要約をすると、西洋のドラマとはつねに神と人間の関係を描くものであった。

日本の古典演劇といえば能があげられるが、あれは貴族趣味のパフォーマンス。
劇作家と役者の分離も行なわれておらず能にドラマを求めるのはむずかしいと思う。
庶民に愛された近松の劇作にこそ日本ドラマの端緒を見るべきだろう。
だとしたら近松門左衛門はなにを描いたのか。
西洋劇における神と人間に比すならば、
近松は仏と人間の関係を活写したのではなかったか。
近松の劇世界をひと言でまとめるならば南無阿弥陀仏である。
阿弥陀仏さまに南無する、お任せしますということだ。
どうか極楽往生させてください、と哀願するのが南無阿弥陀仏だ。
近松劇の人物は、神に挑戦したり、神を呪詛したりはしない。
いうまでもなく、神など思いだにしないからである。だが、かれには仏がいる。
神への不平は口にせず、仏さまの因縁とあきらめる。
最後まで神意をたしかめるようなことはせず、すみやかに敗北をみとめ散ってゆく。
なにゆえ容易に負けをみとめられるのか。あきらめられるのか。
阿弥陀仏の救済を信じているからである。現世がだめでも来世に望みをつなぐのだ。

近松の世話物はどれも暗い。じめじめしている。人間は泣いてばかりいる。
理由は近松が日陰者ばかり好んで舞台に上げるからである。
ならば陽光を全身に浴びた英雄ならぬ、市井にたたずむ日陰者の魅力はどこにあるか。
陰だ。陰が日本にあってはそのまま情緒となる。陰影礼賛だ。
寄り添う日陰者に我われが見るもの。それは阿弥陀仏の光明ではないか。
ありがたき阿弥陀仏は太陽とおなじで直視するにかなわぬ。
阿弥陀仏は陰から推し測るよりほかない。
近松の描く世界は、いうなれば日のささぬ沼地である。
このじめじめした沼地ほど光明を意識させる場所はなかろう。
イエスはあまたの説教、すなわち言葉を遺したが、阿弥陀仏は言葉と縁がない。
阿弥陀仏信仰には南無阿弥陀仏、たった一語でいいのである。
なぜなら言葉にならない思いの結晶したものが南無阿弥陀仏ではなかったか。
苦境に立たされた西洋古典劇の人物は思いのたけを言葉にたくす。
おなじ立場におかれた近松劇の人形は口を開くことがない。
ならどうするか。ただ泣くのである。因縁に思いをはせ涙にむせぶ。

いまから「曾根崎心中」のあらすじを紹介するが、
西洋かぶれした現代の日本人には奇妙なものに思えるかもしれない。
こう書くわたしも実のところ、何度かツッコミを入れたくなったものである。

職人の徳兵衛(25)は恋仲にある遊女の初(19)からつれない態度を非難される。
実は理由があったのだ。
実家の義母が金目当てに徳兵衛の結婚を勝手に決めてしまった。
奉公先の主人からすでに金を受け取っているという。
これでは初とつれ添うことができない。
苦労して金を取り返すことに成功したと涙ながらに徳兵衛は述懐する。
だが、その金はいまない。親友の九平次に貸したのである。
主人への返済期日を明日に控え徳兵衛は金を返してもらいたいが九平次が見つからない。
ようやく九平次とめぐりあった徳兵衛は親友の裏切りを知る。
親友を信じたのが間違いで大金をだまし取られてしまった。
怒った徳兵衛は殴りかかるが逆に九平次と仲間にボコボコにされてしまう。
これだけでも十分にかっこわるいが、
なんとボロ雑巾のようにのされた徳兵衛は往来でわんわん声をあげて泣くのである。
借金は返せぬ。遊女の初ともつれ添えぬ。死のうと決意する徳兵衛25歳であった。
徳兵衛は初のいる女郎屋にもぐりこむ。
見つかると問題になるので初によって軒下に隠される。
そこに憎き九平次が仲間とやってくる。娼妓の初を買おうとまでする。
この屈辱はどうだ。恋人の肉体を仇(かたき)がもてあそばんとしている。
金のみならず女まで九平次に取られようとしている。
さあ、日本男児の徳兵衛はどうするか!
軒下から飛び出してポカリとやるのか。グサリと刺すのか。
どちらも違う。徳兵衛は軒下にみじめにも這いつくばり、さめざめと泣くのである。
笑うなかれ! これこそ庶民だ! 
日本ドラマの男子たるもの、こうでなければならない。
庶民は言葉にならない思いを涙にたくすのである。
(ウソだと思うなら国民的ドラマ「北の国から」をご覧あれ!)

静まりかえった深夜、徳兵衛と初は屋敷を抜け出す。
近松門左衛門の芝居でもっとも有名であろう心中までの「道行」を紹介する。
意味はわからなくても音読すれば日本演劇の妙味がわかるはずである。
現実に打ちのめされあきらめの境地で泣きながら夜逃げする日本精神の美麗を――。

「この世の名残。夜も名残。死にゆく身をたとふれば 仇しが原の道の霜。一足づつに消えてゆく。夢の夢こそ あはれなれ。
あれ数ふれば 暁(あかつき)の。七つの時が六つ鳴りて のこる一つが今生(こんじよう)の。鐘の響きの聞き納め。寂滅為楽(じゃくめついらく)と響くなり。鐘ばかりかは。草も木も。空も名残と 見上ぐれば。雲心なき水のおと 北斗は冴えて影うつる 星の妹背(いもせ)の天の川。梅田の橋を鵲(かささぎ)の 橋と契りていつまでも。我とそなたは女夫(めおと)星。必ず添ふとすがり寄り。二人が中に降(ふ)る涙 川の水嵩(みかさ)も まさるべし」(P97)


心中場面も抜粋しよう。

(初)「いつまでいうてせんもなし。はやはや殺して殺して」と最期を急げば(徳兵衛)「心得たり」と。脇差するりと抜き放し。(徳兵衛)「サアただいま南無阿弥陀南無阿弥陀」と。いへどもさすがこの年月 いとし可愛いとしめて寝し。肌に刃(やいば)があてられうかと。眼(まなこ)も暗み手も震ひ 弱る心を引き直し。取り直してもなほ震ひ 突くとはすれど切先は。あなたへはづれ こなたへそれ。二三度ひらめく剣(つるぎ)の刃(は。(初)「あつ」とばかりに喉笛に。ぐつと通るが「南無阿弥陀。南無阿弥陀南無阿弥陀仏」と。くり通し くり通す腕先も。弱るを 見れば(初は)両手を伸べ。断末魔の四苦八苦。あはれといふもあまりあり。
(徳兵衛)「われとても後(おく)れうか 息は一度に引き取らん」と。剃刀取つて咽(のど)に突き立て。柄(つか)も折れよ刃も砕けと ゑぐり。くりくり目もくるめき。苦しむ息も暁(あかつき)の 知死期(ちしご)につれて絶え果てたり。
誰(た)が告ぐるとは曾根崎の 森の下風 音に聞え。取り伝へ 貴賤群集(きせんくんじゅ)の回向の種。未来成仏うたがひなき 恋の。手本となりにけり」(P103)


近松劇の三段論法を本文から採取したキーワードで整理してみる。

「身も世も思ふままならず」(P98)

      ↓

「泣くよりほかのことぞなき」(P90)

      ↓

「南無阿弥陀仏」(P104)


(参考)「3分でわかる日本古典演劇史」
http://yondance.blog25.fc2.com/blog-entry-116.html

「3分でわかる西洋演劇史」
http://yondance.blog25.fc2.com/blog-entry-120.html


「世継曾我」(近松門左衛門/信多純一:校注/新潮社)

→近松門左衛門は江戸時代の劇詩人。浄瑠璃作家として知られている。
浄瑠璃とは人形芝居のことで歌舞伎とは異なり現在では廃れている。
「世継曾我」は近松31歳の作品で出世作となった。
すなわち「世継曾我」をひっさげて劇作家・近松門左衛門は世に出たわけである。

近松門左衛門をどう読むか。わたしは研究者予備軍でも古典文学愛好家でもない。
近松を読みたいというより、むしろ近松になりたい人間である。
あさましくもかの劇詩人のように江戸ならぬ平成の世に出て売れたいのである。
したがって、近松を作劇法の点から読み込みたいと思っている。
なぜ近松門左衛門は世に受けいれられたかを知りたい。
同時に近松は観客を楽しませるためにいかなる技法を凝らしたのかを盗みたい。

「世継曾我」は時代物とよばれる歴史に題材をとった芝居である。
近松の劇作は時代物と世話物に分類されるが、
当時人気のあったのは圧倒的に前者であった。
江戸時代の上方町民は、恋愛ドラマよりも時代劇を好んでいたということだ。
「世継曾我」は鎌倉時代の芝居である。芝居の冒頭、源頼朝が登場する。
テーマは仇討(あだう)ち。復讐である。

ドラマは死からスタートする。
曾我兄弟の死である。この兄弟は親の仇(かたき)を討つことに成功する。
だが、兄は討ち死に、生け捕られた弟も当時の法律で死罪となる。
このとき曾我兄弟による名誉ある仇討ちを侮蔑するふたりの代官がいた。
「世継曾我」はここで汚された名誉をめぐる物語である。
曾我兄弟の郎等(家来)にふたりのこれまた兄弟がいる。
醜聞を伝え聞いたかれらは主君の仇である悪代官ふたりを誅さんとする。
遊女がふたり登場する。どちらも曾我兄弟と恋愛関係にあった娼妓。
ふたりは郎等から曾我兄弟の死を知らされ悲嘆にくれる。
涙にむせぶふたりは兄弟の形見を母に手渡してほしいとたのまれる。
遊女ふたりの旅が「道行(みちゆき)」として描写される。
(「道行」は浄瑠璃や歌舞伎に見られる移動過程の独特な描写のこと。
掛詞や縁語を多用した「道行」は日本語表現の多様的な美を象徴する)

つぎの場面が「世継曾我」いちばんの見せ場である。
兄弟の死を伝える遊女ふたりに曾我家の姉は懇願する。
弱っている母には伝えてくれるな。
だが、遊女もここまで来たのだから曾我兄弟の母に逢いたい。
姉が名案を思いつく。ふたりの遊女を男装させるのである。
死した曾我兄弟にふたりの遊女を変装させて母に面会させる。
折りよく形見の衣装もある。
遊女は母のまえで曾我兄弟のごとく振る舞い仇討ちの成功を報告する。
この場で語られ演じられたチャンバラシーンはさぞかし観客を満足させたことだろう。
物語りはとまらずついには曾我兄弟の死まで話さずにはいられなくなる。
変装はばれて、みなみな悲しい結末に涙を流す。
ここで観客の心情をおもんばかり近松はある虚構を設定する。
遊女のひとりが曾我の兄のほうの子どもを出産していて、その子は3歳になるという。
これは原本の「曾我物語」にはないフィクションである。
この虚構が本来なら先行きのない悲劇を救済する役割を果していることに注意したい。

曾我兄弟を愚弄したふたりの悪代官に話がうつる。
この悪代官を成敗するのが兄弟の郎等ではないのがふしぎである。
おそらく近松の若書き、つまり劇作の失敗だと思われる。
郎等はどちらが仇討ちをするかで兄弟喧嘩を起こし、のちに仲直りするものの、
このふたりが悪役の成敗になんら関わらないのはどう考えてもおかしい。

ふたりの悪代官は曾我兄弟に世継(子ども)がいることを知り女郎屋へおもむく。
頼朝公の命令といつわり遊女から子どもを取り上げようとするのである。
このシーンもまたすばらしい。遊女は命がけで子どもを守ろうとする。
美しい娼婦の色じかけである。この子を助けてくれるのならなんでもします御代官様。
ほう、なんでもするというのならと、どかりと腰をおろす悪代官は男のかがみだ。
悪趣味を披瀝するようだが、このシーンの艶やかさ(エロさ!)はどうだ。
女の弱みをにぎる。その女がなんでもしますという。ウシシの世界である。
こういうとき古典も現代も大して変わりがないことを知るにいたる。
当時の観客、大阪の町衆もこのシーンで息をのんだことであろう。
観客の期待は裏切られ(?)悪代官は遊女の術策にはまり生け捕りにされる。
そこへやって来るのは正義を重んじる代官。めしとったり、というわけだ。
最後は大団円で、将軍・源頼朝公のまえに全員がずらりとそろう。
悪代官は罰せられ、曾我兄弟の世継(子息)には知行(土地)が与えられる。
頼朝将軍が遊女の華やかな振る舞いを見たいと所望する。
あたかも劇中劇のごとく、活気あふれる色街が描写され閉幕となる。

はじめて近松の芝居にふれたわけだが、特徴とおぼしきものを列記する。
・ここちよい七五調は思わず口ずさみたくなる。
・人命軽視の思想。命よりも大切なものがある。
・男も女もよく泣く。武士でさえ泣き虫。
たとえば落馬した武士がいる。仲たがいしていた兄が介抱してくれる。
これだけで弟はわんわん泣くのである。
・因果思想の徹底。なにもかにも因果で納得してしまう。万事、前世の因果ゆえ詮方なし。

「恋が因果で候へば。なおし増しくるゆかしさ」と ほろと。泣いてぞ。語りける」(P30)

「恋をするのも前世からの因縁と思うと、いよいよ恋しさも募ります」とほろほろ泣きながら語るのでした。

このごろ思うのだ。呑むべし、買うべし、読むべしと。
酒は呑むべきである。30代になったらいつ医者からストップがかかるかわからない。
ならそのまえになるたけ呑んだほうがよろしい。
本は買うべきだとつくづく思う。
最近、読んでいるのは何年もまえに購入した本ばかりである。
買った本はかならず無駄にならないというのが実感としてわかった。
ある日、ある本が読みたくなったとする。
そうなってから本屋へ買いに行くのでは遅いのだ。ネットで注文するのもわずらわしい。
あるかわからない図書館なんてもってのほか。
本は迷ったらその場で買わなければならない。
なぜなら仕入れた本はぜったい役立つからである。
ふと、読みたくなる。そのときにあってこその「レ・ミゼラブル」「近松門左衛門集」なのだ。
酒を呑んで本を買っていたら、ほぼこれで人生に憂いはあるまい。
本は読もうなどと張り切るものではないと思う。
いつしか読んでいるのが本ではないか。
むしろ読書など悪徳だと思うべきである。これほどの悪魔的快楽はほかにあるまい。
読書に比したら男色も輪姦も色褪せる。
どんな背徳でも想像上なら可能で、それを後押しする悪魔が読書なのだから。

某月某日。病院での診察を終え、高田馬場へ向け歩く。
紅書房で大失敗をする。柳美里の長編小説「八月の果て」が105円だったのだ。
これは連載当時から注目していた。
マラソンがテーマなのだが、息づかいをハァハァハァとえんえん描写するのがうざかった。
同時にずっとファンだった柳美里が、
読者のことをここまで考えずにものを書ける地位にまでのぼりつめたのかと感慨深かった。
買うか買わぬか。もはや上下巻として文庫化されたことも知っている。
どうせ読まないのだからとぶあつい小説を棚にもどした。
その瞬間である。大学生とおぼしき4人のグループが店内へ。
ひとりが例の「八月の果て」を取り出し、これは安いとはしゃいでいる。
ああ、買えばいいさ、とふてくされて店外へ。
早稲田通りを歩くうちに、どうにも口惜しい思いが込み上げてくる。
たがが105円だったのではないか。読まなくても買えばよかった。
他人に買われるのがこうも腹立たしいとは思わなかった。

これからが災難であった。
順に古書店をめぐったのだが、かならず例の4人組が後を追ってくるのである。
なにがいやかというと、古本屋で大声で会話をするのである。
インテリぶったことをいうからよけいに不快。
知的虚栄心の勝負ほど聞いていて苦しいものはなかなかないだろう。
大学生はそれぞれ知ったかぶった意見をことさら大声で表明する。
「古本屋では静かにしなさい!」
叱りつけようと思ったが、おそらく後輩であろう学生にそう怒れもしない。
考えてみれば、かれらは学生時のわたしに比べたらすうだん勉強している。
わたしがものを学ぼうと真剣になったのは卒業してからである。

「研究社 英米文学評伝叢書 オニール」(清野鴨一郎)絶版 300円

某古書店にて、昭和10年に発行された書籍を美品で買う。
保存環境がそうとうよかったのだろう。オニールとは、米国演劇の父、ユージン・オニール。
はしがきを読んで、うなった。
清野鴨一郎はわたしとおなじくユージン・オニールにとりつかれた日本人。
理由をかれはこう書いている。オニールの劇作の魅力は――。

「メロドラマが芸術のころもに包まれて丁度頃合ひの味加減になつてゐるから」

そうそう、その通りと拍手したかった。
ノーベル賞作家オニールの書くものはメロドラマなのである。
メロドラマにして芸術の域に達しているのがこの劇作家の凄みである。
ブックオフ高田馬場店へ。

「山田太一の家族ドラマ細見」(平原日出夫/小学館)絶版 105円
「小公子」(バアネット/若松賤子訳/岩波文庫)品切れ 350円
「北国の春」(井上靖/講談社文庫)絶版 105円


話はかわって、また別の日のこと。自転車で近場のブックオフをまわった。
セールをしている。単行本がどれでも2冊で1000円だそうである。
見ると、ふたりセドリがいる。
セドリとは(ブックオフなどで)安く買った本を高値でネット転売する個人業者。
どうしてセドリとわかるのかというと、携帯で1冊ずつチェックしているから。
いまはネットでISBN番号を入れたら最低価格がわかるらしい。
最低価格が高ければ、セドリは本をカゴに入れるわけだ。
これまで多くのブックオフで携帯セドリを見てきたが、
みなみな知性とは程遠い顔をしていたのが印象的である。
この日のふたりもそう。20代男性。明らかに読書は嫌いという顔をしている。
本のとりあつかいに愛情がないのもこの携帯セドリの特徴のひとつ。
本を好き勝手に散らかしてそのまま去ってゆく。
見かけるとあまりいい気分はしない。
合法なのはもちろん知っているが、本好きの敵のように感じてしまうからいけない。

「まだ見ぬ書き手へ」(丸山健二/朝日新聞社)絶版 210円

ついに見つかったかと感激する。
ほんとうなら朝日文庫のほうを探していたのだが、単行本でもまあよい。
きれいな帯までついているのだから文句をいうべきではない。
これは何年もまえに、作家にしてミュージシャンの白石昇先生からすすめられた本。
このたびようやく購入しましたよ!
きれいな岩波文庫が105円なのでついでにカゴに入れる。

「ギリシア・ローマ名言集」(柳沼重剛編/岩波文庫)

となりの駅のブックオフへ自転車です~いすい。
物色しているとさきほどのセドリふたりが入店してきたのでぞっとする。

「八月の路上に捨てる」(伊藤たかみ/文藝春秋) 105円
「ザッフォオ」(グリルパルツェル/実吉捷郎訳/岩波文庫) 350円


岩波文庫は大失敗。てっきり品切れだと思っていたら、いまでも入手可能。
2001年第2刷(第1刷は1953年!)でまだ売れ残っているとは不人気にもほどがある。
このような失敗をすると、関係ないのにセドリ青年ふたりが憎らしくなる。

両日とも帰宅してからはおなじである。
買ってきた本をなでながら大量の酒を呑んだ。
いうまでもないことなのかもしれない。
繰り返すが、酒は呑むべし、本は買うべしである。
中国の敦煌在住のズイさんからメールをいただいた。
こんな嬉しいことはない。いまひとりでグラスを敦煌へ向け乾杯している。
ズイさんは禁酒しているそうだが、この人生、酒なくしてなんの楽しみよ。
因縁についてしみじみと考える。
去年の2月、ふとした思いつきからバンコクへ飛び立ったのであった。
カンボジア、ベトナムと国境を越え、行くとは思いもしなかった中国へ入国したのは4月。
まさか存命中に行くことができるとは思えなかった敦煌へこの旅で到達したのだ。
敦煌でズイさんと出逢った。そのときのことはブログに書いている。

「敦煌料理店」
http://yondance.blog25.fc2.com/blog-entry-1452.html(前編)
http://yondance.blog25.fc2.com/blog-entry-1453.html(中編)
http://yondance.blog25.fc2.com/blog-entry-1454.html(後編)


驚くべき偶然というほかないけれど、「敦煌料理店」のヒーローであるズイさんが、
「本の山」の自分のことが書かれた記事を読んだわけだ。
(あとで知ったのだが日本の友人からうちブログを教えてもらったらしい)
ズイさんからのメールは、異常なほど文字化けしていた。
まったく意味不明であった。
しかし、「本の山」にズイさんからコメントをいただいた翌日である。
もしやと思いエンコードを「簡体中国語」にしてみた。
すると、メール全体の半分ほどが意味のわかる日本語になった。
その内容を要約するとこうである。

・ズイさんは風俗店も経営しているような実業家ではない。
・敦煌料理店のみ営業していた。風俗店はズイさんの友人のもの。
・ウソをついたのは日本人に信頼してもらうため。
・トウさんはズイさんの愛人ではない。友人、仕事仲間である。
・ウソをついたのは日本人を夜のツアーに勧誘するため。

驚いた。あれはすべてウソ、なおかつズイさんの演戯だったとは。
もしそうならば、そこいらの小説家には真似のできぬほどの天才的なウソであった。
日本の役者の何倍もすぐれた迫真の演戯であった。わたしはこう返信した。一部抜粋する。

> すっかりだまされました。ズイさんはウソがうまいですね。
> 小説家になる才能があると思います。
> ウソをつかれたことへの怒りはまったくありません。
> とても楽しいウソでした。
> ズイさんはひとを楽しませるのがとてもうまいですね。

> いまになってわざわざメールをくださり、ありがとうございます。
> ズイさんのほんとうの姿がよくわかりました。
> なれない日本語でメールを書くのはたいへんだったでしょう。
> ズイさんの親切に感謝しています。

> ビールをのまなくなって、やせたのではありませんか。
> ぜひぜひ長生きしてください。
> そうしたら、いつかもう一度、敦煌でズイさんとビールがのめるかもしれませんから。
> その日を楽しみにしています。では、お元気で。


これで終わりではない。
ふとした偶然からミクシィに「敦煌料理店コミュ」があることを知ったのだ。
読んでみたら、敦煌滞在時のわたしのことまで書かれていたので感動した。
コミュ管理人(主催者?)のかたの日記を読むと、うちのブログが話題になっていた。
そこで知ったのだが、わたしなどよりはるかに深くズイさんと交際している、
このミクシィコミュ管理人さんがうちの記事の信憑性を認めているのである。
すなわち、たしかにズイさんは裏で風俗店をやっている。トウさんは愛人だ。
だとすれば、メールではまたもやズイさんにいっぱい食らわされたことになる。

わたしの姿勢は決まっている。「敦煌料理店」およびズイさんの大ファンである。
迷惑をかけるつもりは毛頭ない。
もし依頼があれば、店の名前を「敦煌食堂」にでもしようかと思う。
こうすればネットの検索でヒットすることはぜったいない。迷惑もかからない。
私見では、このままでもいいのではないかと思う。
うちの記事を読んでズイさんや「敦煌料理店」に興味を持ったものもいるのではないか。
(ミクシィではいました)
ズイさんまたはミクシィさんから連絡があったら、対処するつもりである。

がらりと話をかえる。最近でいちばん嬉しかったのは、
あるブロガーさんが「アジア漫遊記」をぜんぶ読んでくれたことである。
そのうえ、「読み物としておもしろかった」とほめていただいた。
これほど感激したことはこのところない。
見知らぬ人間の、それも(たいがいはどこもつまらない)ブログに書かれた、
旅行記を読んでくださったのだから。
この賞賛に乗じて宣伝してしまおう。
カテゴリー「アジア漫遊記」の「敦煌料理店」から「帰国船」までは、
書き手としてある程度自信があります。
最後にいたってようやく紀行文の書きかたがわかったようにも思う。
最近「本の山」に目をつけたあなた(さま)!
お時間がございましたら、ぜひビール片手に下記の旅行記をお楽しみください。

「敦煌から帰国まで」
http://yondance.blog25.fc2.com/blog-category-35.html


最初から読みたいという奇特なかたがいましたらこちら↓
http://yondance.blog25.fc2.com/category35-12.html
たくさん本を読んだからなんだと思っている。
大学関係者に多いようだが、読書量が人間の価値を決めると思っているものがいる。
ちゃんちゃらおかしい。
もしうちのブログをおほめくださるなら、読んだ本の数はご勘弁ください。
「本の山」より読書量の多いかたはたくさんいらっしゃる。
わたしは速読はできないし、嫌いである。
もしほめていただけるのならば、量ではなく質に言及してくださると嬉しい。
本を読んだあと、いちいち感想を書いているのがよろしいといってもらいたい。
一文の得にもならぬのに精が出ることよ、と嘲笑していただいても構わない。

読書量信仰というのはいったいどこから来るのだろうか。
おおよそ大学近辺だとは見当をつけているが、詳細は突き止めていない。
いちばん嫌いなものである。
「~~くらい読んでなきゃダメだよ」
こんなことをいう読書人がたまにいるのである。
実際の会話でもままあるが、2ちゃんねるなどネット上でよく見られる。
そのたびにバカではないかと書き手をあざわらっている。
問題は、なにを読んだかではないのである。
ある本を読んだことでなにを得たかだ。
読書量自慢のやからにかぎって、言うこと書くことがつまらない。
「~~くらい読め」にはこう返答すべきである。
「そこにはどんなことが書いてあったの?」
9割はこの問いに答えられないはずである。

かれらにとっては読んだページ数だけが自慢なのだ。
手の自由がありさえすれば、ページをめくるなどだれにでもできるのだが。
読書家はほとんど嫌いである。
いったいなにをわかっているというのだろう。
本を貸す。どうだったかと聞く。読んだというのみである。
意地悪に「だったら内容を要約して」という。
紙とペンがないからできないといわれる。
数十分後、あれは読んだか、これは読んだかと逆に聞かれる。
読んでいないと答える。「ふーん」と値踏みされる。

わたしは他の人間の読書量など関心がない。
言うこと書くことが、おもしろいかどうか深いかどうかである。
比較的、読書家には会話・作文のうまいものが多いのかもしれない。
だが、どれだけ本を読んでいても、まったく退屈な人間もまたいるのである。
けれども、かれらは自身を偉いと思っている。
たくさん本を読んでいるがゆえに優秀だというのだから愚鈍なわたしは笑うほかない。
むろん、嘲笑なのだよ。卑屈な笑いだと思われていたら甚だ心外である。
才能が誕生する瞬間は、もしや人間の劇にたとえられるものかもしれない。
宮本輝の才能を見いだしたのは同人誌「わが仲間」主幹の池上義一であった。
「あなたは天才だと思う」と池上は宮本輝にいったという。
柳美里の天才を発見し育んだのは「東京キッドブラザース」主催者の東由多加だ。
ふたりは柳美里16歳のときから(師弟のみならず)男女の関係にもなった。
柳美里は東由多加に認めてもらうためにものを書いていたといってもよい。
(これが東由多加死後の柳美里低迷と関係しているのかはわからない)
中上健次もおなじである。
この作家は当時「文藝」編集者だった鈴木孝一との闘争を経て成長したという。

ひとは旅立つまえ道中どのような人間と出逢うかわからない。
古来、旅と人生の同質性はよく語られてきた。
さて、家に戻った旅人がすべての邂逅(かいこう)を必然だったと思うのも、
これまた人生とおなじではないか。
ある人間が一生でだれと逢うかはまったくの偶然とも、ほかにない必然ともいいうる。
このとき、運も才能であるという俗言を思い出す。
あるいは、運こそ人間の有する才能の最たるものなのではあるまいか。

だれかに逢いたいと思う。
人間嫌いなのだが、みずからを鼓舞してひとと逢うようにつとめている。
恋をしたいとも思う。全身が打ち震えるほどひとを愛してみたい。
恋愛の幸福を欲しているわけではない。
そもそも相思相愛すら望んではいないのである。
だれかを愛することで小説が書けるかもしれないと思ったのだ。
好きなひとから認められたい。自分のことをわかってほしい。
こういった熱情からひとは小説を書くことがある。

これは村上春樹のような愛妻家といわれる作家に多い。
わたしは春樹ほどの名声と富を望んでいるわけではない(とてもとても)。
ただ、恋をしたい。恋をすることで小説を書きたい。
たとえその小説が世間からいっさい認められなかろうが構わない(というか仕方ない)。
すべてを込めたと思える小説をひとつ書いてみたい。
そのための恋愛だから、たとえ相手から拒絶されようが耐えられる。
はなから相思相愛などあきらめているのだから。

8年前の母の事件以後、わたしは一度も女性を好きになったことがない。
男子は母親との関係いかんが、のちの女性との交流を左右するとはよくいわれることだ。
もしそうだとすれば、この母子関係ではもうダメなのかもしれない。
それでもだれかと逢いたいと思う。そのくせ人間の邂逅は運しだいだとあきらめている。
いま運という名のおのが才能を見はからっている。
小説の創作は、農作物の生産と似ているのではないかと思った。
小説は、工業製品ではなく、米や野菜にたとえるのが適切だと思う。
田畑で作物を育てようと思ったとき、お百姓さんが気にかけるのは土壌、天候、肥料だ。
同様、作家志望者が留意するのもおなじではないだろうか。
土壌、天候、肥料の3つである。どういうことか説明する。
土壌とは生まれ持った代替不能なもの。才能や生育環境のこと。仏教用語なら宿命か。
天候は、外的偶然のこと。農作物のためには晴天ばかりでは困る。
都会人の好まない雨天も農業のためには必要。一般的に運命と称される外的環境だ。
土壌、天候のふたつは、人間のちからではどうしようもないもの。
ただひとつ人為の参入できるのが肥料である。
日本人の大好きな努力は、ここにおいてのみ可能となる。
読書体験が筆頭にあげられるだろう。
小説を読まないで小説を書けるものは極めて少ない。
小説学校へ通うといったような経験も、この肥料に相当するのではないだろうか。
だが、人生での体験全般が肥料になるというのは正しくないように思う。
なぜなら人間は自分の経験することをすべて選ぶことは不可能。
人生経験のなかには、天候に分類されるものも多いのではあるまいか。
ひととの出逢いは、人間の手なる肥料というよりも、むしろ天候の偶然に比すべきだ。

以上の前提を受け容れてもらえたら、あとは話が早い。
この記事で考えたいのは、小説の創作についてである。
いくら土壌がしっかりしていても、天候か肥料がよくなければ収穫はあがらない。
たとえ土壌がやせほそっていても、気候と相性がよければ大豊作である。
(南インドなどは、ほとんど人間の手を入れずとも農作物が得られるという)
このとき土壌は親(先祖)から相続されるものであることについても注意したい。
作家も二世がたくさんいるでしょう。
あれを土壌のよさで説明しようという考えかたである。
(あるいは、コネ=天候の恵みかもしれないけれども)
土壌も悪くない。肥料も十分に与えた。にもかかわらず芽の出ないことがある。
これは天候がよくなかったのである。運が悪い。
なかにはおなじ土壌で子孫が財産を得る=死後認められる(作家)こともある。
農民、作家志望、どちらも知ることがもっとも肝要だ。
自分の田畑の土壌をよく知らなければ、最適な肥料を与えることはできない。
天候に関しては人間は無力である。これは天まかせにするほかない。
いくら降雨を望もうが、人間に天候を左右するちからはない。
なしうるのは、たとえば寒冷地では南方の農産物をあきらめるといったことだ。
土壌、天候、肥料のうち、どれかひとつのみ特別に秀でている場合も農業生産は成功する。
才能(土壌)だけで成り上がる作家がいる。
幸運(天候)だけで世に出る作家もいる。
肥料のみというのはわかりにくいだろうが、これはたとえれば農薬のことである。
人体に危険な農薬を過剰に使用することで農作物をうみだす。
いうまでもなく、食べたものは栄養どころか危害をこうむる可能性もある。
現代の薄っぺらい小説がこれに当たると思われる。

自分のことについて考えてみたい。
土壌はあまり恵まれていないように思うが、実のところよくわからない。
どのような農作地を割り当てられたのか、いまだに把握していないのである。
だから、どのような肥料を与えればよいかも試行錯誤している。
最先端の化学肥料、すなわち農薬には不向きな土地だと思われる。
もしかしたらどのような肥料を与えても、
なにも芽吹くことのない不毛な土地なのかもしれない。
天候もやさしくなはない。かといって無益な雨乞いをするつもりはない。
この点に関してできるのは、しんぼう強く待つことくらいである。
まとめると豊作の秘訣は土壌(才能)、天候(運)、肥料(努力)となる。
さげすまれ、なおかつ餓死するものの多かった、
むかしの百姓のごたる「雨ニモマケズ風ニモマケズ雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ」心意気で精進していくほかない。
本が買いたくなったので池袋へ行く。
サンシャインで「古本まつり」をやっているのである。
とはいえ、初日は昨日だからさほど期待しているわけではない。
あるブログと戦闘状態にあったときで、
古本をながめることでいささかでも不愉快なことを忘れたかった。
サンシャインはいまはなにが取柄なのだろう。
おそらくお洒落なスポットとはもういえないのではないだろうか。
かといって、おもおもしい歴史があるわけでもない。
大学時代、ここの水族館に女と来たことふとを思い出した。
あのころ自分の未来はバラ色だと思っていた。

4階へのぼる。ひとの少ないのがうれしい。
ひとよりも本と向きあうことを好むもののうちのひとりである。
人事ほどわずらわしいことはない。ひとはひと争うようにできている。

「ウェブログの心理学」(山下清美・川上善郎・川浦康至・三浦麻子/NTT出版)

ブログに関する本だ。著者はみな大学人で、学術的内容が本書の売りらしい。
ぱらぱら立ち読みすると米国におけるブログの歴史が詳述されている。
ブログのことを知っておくのも悪くない。3年前の出版でまだ新しい。
定価2310円が525円。買っておこうか。かごに入れる。

「現代世界演劇14 リアリズム劇(3)」(白水社)絶版 735円

白水社の「現代世界演劇」は別巻を入れて全18冊。
いま14冊までそろえている。どれも定価以下で購入してきたのが自慢だ。
これで残り3冊となった。ライフワークじみているのがおかしい。

ビニールのかかった本が気にかかる。2冊にわかれた書籍。

「シナリオ通信講座(上巻)(下巻)」(監修:新井一)

通信講座の教材で、いわば定価のない本である。
このテキストは何年もまえ上野の古書モールで存在を知った。
新井一の「シナリオの基礎技術」を読んでいたので買うのをやめたのだが、
数日後通常では買えない本がやはりほしくなり、
ふたたび上野へおもむいたら売り切れだった。
ここで再会するとは因縁と購入する。価格はたったの630円。
ただし、これがいい買い物だったかはわからない。
帰宅してビニールをはずし中身を見てみたら赤線が引かれていたのである。
上巻のはじめの部分のみなので、いかにもというほかないのだが。
線引き本は「ライン」などとその旨を値札に記すのが古書界のルールのはず。
「うさぎ書林」さんはしっかりしてほしい。
だが、630円という金額を考えるとあまり強く言うのもはばかられる。
かつてこの古書店からは木下恵介のシナリオ集を安く買っていることもある。
古本をわきに置くとすぐさまパソコンを起動させる。
ネットなどやめて本を読んだらいいのだろうが、2008年に生きるものとしてはそうもいかない。
医者からいわれた。
「あと10年この生活をつづけていたらよくないな」
「お酒ですか?」
医師は首肯した。
「ということは、これから10年くらいなら、まあ大丈夫なんですか?」
にやりと笑い再度うなずいた。
「10年後になにか出てくるかもしれない。40過ぎたら危険」
お酒をやめなさいといわないのがこの医者の好きなところ。
ある程度こちらの事情を話しているせいかもしれない。
「あと10年生きられるのならいいか」
わたしは医者のまえで考え込む。
「わからないよ。10年経ったら長生きしたくなっているかもしれない」
痛いところを突いてくる。
精神科や心療内科での会話ではない。
たくさん診療項目をかかげた、
いわゆる町医者に分類されると思われる小規模の病院の外来だ。
この日、年齢をたずねたら医師は40歳だという。
病院長ではない。そもそもこの診療所は成人病予防の検査が稼ぎどころ。
外来はおまけで設置しているようなものである。
引越すまえの住居近くにあった病院である。
医者と相性がいいようなので1年近く通院している。
あまりやる気のないところがとてもよろしい。
医師は、臨床よりもむしろ研究を好むタイプと思われる。
だが、切れ者といった感じもない。肥満した体躯はわたしに安心感を抱かせた。

むずかしいところである。
いまのままなら数年後に死のうがべつに構わない。
だが、医者はあと10年は大丈夫と予測する。
(このタヌキに似た医師をどこまであてにしていいのかわからないがね)
「10年後には長生きしたくなっているかもしれないよ」
このひと言が胸に突き刺さるわけである。
というのも、いまのわたしがいうと笑われるかもしれないが、
万が一成功していたら、死ぬのを避けようと全力をあげるのではないかと思うのだ。
10年後、どうなっているか。大問題である。
ダメなままだったらこんな命つゆも惜しくはない。
ただ、ないとは思うが、うっかり成功などしていたらどうだろう。
それでも死んだほうがましだと言い切りたい気持もあるのである。
だが、こちらは成功したことはない。
未経験のことをこうだと断定するのは、やはりよくないことであろう。

成功者というのは、とんでもなくおいしい立場ではないかと思うのである。
経験したことはないから、むろん推測の域は出ない。
考えてみよう。
成功者の生命への執着は、みなさまもたびたび目にしてきたのではないか。
いうまでもなく、非成功者も長生きをしようとする。
しかし、成功者ほどあさましく現世に拘泥(こうでい)はしない。
よく知っている作家を例にあげるなら、遠藤周作の健康信仰は異常なものがあった。
とても(神への)信仰のあるものとは思えないあがきかたをしている。
井上光晴もおなじである。癌と宣告されてからはいんちき祈祷師まで頼っている。
もしかしたら成功者の人生は我われが思う以上においしいのではあるまいか。
成功者が「自分はみなさまとおなじだ」といった腰の低い言説を好むのは、
それだけ成功の蜜は甘く、世間に申し訳なく思うほどだからではないか。

わたしは男だからまず女のことを考えるが、女はとかく肩書きに弱い。
(男も同性の地位に態度を左右されるが、異性の肩書きはあまり気にしないと思う)
平均以上の視力と思考力があれば、世の女がどれほどあさはかかわかるのではないか。
男の容貌が並以下だろうが、どれだけ性格が悪かろうが、
有名だというだけで股を開くのが女である。
具体例ならいくらでもあげられるが、当人が知ったら怒るのでやめておこう。
だれが見ても「もてない男」にきれいどころが近寄ることはなぜかあるでしょう。
やはり経験を書かねばなるまい。
名前は伏せるが、わたしが唯一近距離から教えを乞うことのできた成功者も、
けだものめいた生命欲があったものである。
女とみたらなりふりかまわず、子どもの年齢より下の女子にも手を出すところがあった。
また女も女で、妻子ある成功者に、驚くほど弱かった。
成功者ほどおのが肩書きの効力を知っているものはいないのであろう。
かの成功者に聞いたことがある。自殺を考えたことがあるか。
一度もないというので、驚いたものである。

成功者のうまみについて書いている。成功するとどれだけおいしい思いをできるか。
自分の言葉をみなが重んじる快感というのはどれほどのものなのだろう。
我われ人間は言葉を意味ではなく、出どころで判断するようにできている。
おなじ言葉でも乞食がいったら嘲笑の対象。成功者が口にしていたら金言というわけだ。
ご覧なさい、成功者のインタビュー記事を!
あの陶酔はどうだ。
自己に酔いしれ満足しきった成功者特有のあの鷹揚(おうよう)な笑み。
ひとから愛されることに馴れきった自信と、それゆえの謙遜。
成功のすばらしさは成功者にしかわからないのである。
最近は正直な成功者が成功の功徳について語るようになったが、
これらはいままでずっと秘されてきたものなのである(中島義道、勝間和代)。
成功するとは、成功者と知り合う機会が得られるということ。
そして、成功者間の交友から得られることのどれだけ多いか。
成功者は成功ゆえにさらに成功していくのである。
(同様、失敗者は失敗ゆえにさらに失敗していくのだが、この証明は必要ですか?)

病院に話を戻そう。医者に問うた。
「どうやらお酒はやめられないような。どうしたらいいのでしょうか」
がんばれなどといわないのがこの医師のすばらしさである。
ならば、お薬があるという。
「いまの薬はすごいからね。この10年でも驚くべき進歩があった。
10年前だったらどうしようもなかったことでも、いまならなんとでもできる。
だから、たとえ(わたしが)このままの生活でも、薬でなんとかすることができる。
それに、10年経ったら、またどんないい薬が開発されているかわからない」
でしたらお薬をくださいとわたしは頼む。
医者はまだ大丈夫ではないかという。
「いまひとり暮らしでしょう?」
とりあえずうなずく。
「だから、お酒をのんじゃうのかもしれない。今後、生活に変化があるかもしれない」
もしや結婚のことをいっているのか。急いで否定する。
「そんなこと絶対ありません。もうあきらめていますから」
「いや、わからんよ人生は」
医者は笑った。いま思えば「結婚しているのか」と逆に聞けばよかった。
かれとわたしには似通ったものがある。
「しばらく様子をみましょう」ということで診察は終わった。

人間はだれしも死に向かって歩を進めている。
問題は速度である。過度の飲酒や不摂生は人間を死へ後押しする。
生きるとは、死ぬまでの過程に過ぎぬ。
この日、第三者からあらためて死の存在を教えられたように思う。
これをきっかけに生と死、成功と失敗について、ない頭で必死に考えたつもりである。
いうまでもなく、酒をのみながら――。
いまごろになってようやく気づいたのかと笑われそうだけれども、
最近しみじみと「やっちゃったな」と思います。
あひゃひゃ、人生、失敗しちゃったよ、なんて。
テレビをつけても成功者はわたしより年下ばかり。
鏡を見る。テレビや雑誌で見かける成功者にあるものがまったくないのです。
オーラという言葉は使いたくないけれども。

やべえ、失敗じゃん。もう取り返しがつかないよ、うきい。
だけど、考えてみたらそうそう成功できるもんじゃないのも事実。
わたしも幼稚園に始まり、いろんなひとと出逢ってきましたが、
みんな夢を持っていたにもかかわらず成功しているひとはひとりとしていません。
この場合の成功はメディアで取り上げられるといった圧倒的な成功のこと。
やはりとくにアートの世界は厳しいのですね。
作家になる、ミュージシャンになる、映画監督になる。
アートな夢を持った友人、知人は無数にいましたが、
わたしの周囲に限定すればひとりとして成功していないのです。
アートの世界で活躍している人間に知った顔はだれもいません。
(まあ、いたらいたで嫉妬に苦しむからこのほうがいいのですが)

失敗してないひとは大勢いるのだろうけれど、成功しているかつての知人はゼロ。
人生って、こんなものだったんですね。
みなさまはいまを時めく有名人がかつてのクラスメートだったこと、ありますか。
意外とかなり少ないのではないかと思います。
大学時代の話です。わたしは純粋な青二才でしたから、質問をするわけです。
映画監督の原一男さんが客員教授として授業をなさっていました。
「どうしたら世に出れるんですか?」
いま思えば、とんでもなく恥ずかしいことを聞いていますね。
原先生のお答えはいまでも覚えています。
「おれができたんだから、だれだってやれないことはないと思うぞ」
あきらめずにがんばることだと教えてくださいました。

脚光を浴びる。
数年前まではスポットライトを浴びている自分を容易にイメージすることができました。
夢見がちな青年はみんな経験があると思いますが、
デビューしたら受賞者の言葉をこうしよう、とか。ああ、恥ずかしい恥ずかしい。
むかしの仲間もしきりと語っていましたね。デビューしてからのプランを。
結局、そのだれひとりとして成功することはかないませんでしたが(わたしを含めて)。
いまはもう脚光を浴びている自分などさっぱり思い浮かびません。
これがウソではなくほんとうのことだから、「失敗、失敗」とつぶやくのかもしれません。
それでも人生はよくできていて、
成功者ではないふつうの人間にもスポットライトが当たるようになっています。
結婚がありますね。結婚式です。
ところが、これもまたダメ。失敗すると結婚ってできないものなんですね。
子どものころは知らなかったです。だれも教えてくれませんでした。

最後にもう一回だけ注目される機会があります。
お葬式です。しかし、これもわたしの場合はうまくいかない気がするのです。
わたしの葬式、参列者が思い浮かばないのです。
親戚全般と縁を切っています。学校時代の旧友とは全員もはや交際がありません。
さいわい現在のところネットで知り合った友人が数人います。
かれらが葬儀に出席してくれるか。
これも物理的に不可能ではないかと思うのです。
ひとつ大きな問題があって、いまわたしが死んだとして、
どうやってかれらがそれを知りますか。知る手段がないんです。
「本の山」の更新がとどこおって携帯に電話してもつながらなかったら、
もしかしたら死んだのかもしれないと思う程度でしょう。
結局のところ、わたしの生死をたしかめようがない。

なんかネガティブな話でごめんなさい。
読んでいて暗い気分になってはいませんか。
いえいえ、これを書いている当人はニヤニヤしているのです。
「失敗、失敗」と陽気に口ずさんでいる。
ハガキが来たんですね。なんでも出身高校の恩師が定年退職する。
みんなで祝おうではないかというハガキです。
もちろん、行きません。返事もだしません。
ああん、失敗ロードを疾走しているな、と思います。
みなさまにおかれましては「本の山」をゴールまでぜひお見届けくださいませ。
30万アクセス突破記念にこんなことを書いてみました。
久しぶりに新宿紀伊国屋書店へ行ったら岩波文庫からラシーヌの新訳が出ていた。
(ラシーヌはフランスの古典劇作家。時代的にはシェイクスピアのひと世代あと)
くだんの新刊は「ブリタニキュス・ベレニス」 で訳者は渡辺守章。
さすがにもう死んでいるだろうと思っていたが、
調べてみたらこのフランス文学者はまだ生きていた。
いまは文庫も高くなったもので「ブリタニキュス・ベレニス」は千円近くする。
買おうか迷ったが(「ブリタニキュス」は既読)やめることにした。
ぱらぱら立ち読みしたからである。例によって渡辺守章はお茶目な愚行をしていた。
この学者はラシーヌを無知蒙昧な大衆に紹介しているつもりなのだろうが、
実際は反対で、渡辺守章がラシーヌを殺しているのである。
渡辺守章のせいでラシーヌが嫌われる羽目におちいっている。
かの新刊「ブリタニキュス・ベレニス」 でも渡辺は膨大な訳注をつけている。
「ここはこういう暗示がある」「ここはこう読むべきである」。
要するに、「オレってすごいだろう」がえんえんと訳注で展開されているのである。
これはいまは品切れの「フェードル・アンドロマック」(ラシーヌ)とおなじ。
わたしは渡辺守章の訳注を読んだせいで
ラシーヌが嫌いになったといってもいいほどである。
おそらくうざったい訳注さえなければラシーヌはギリシア悲劇よりもはるかに
読者を魅するものがあるはずなのだが。
渡辺守章の壮大な自己顕示欲はなにに由来するのだろうか。
たぶん文学への野望を捨て切れないでいるのだと思われる。
なにも表現することのない学者の渡辺守章がラシーヌをだしに用いて自己主張をする。
ラシーヌにとってははなはだ迷惑な話である。
これは「ラシーヌ殺人事件」というほかあるまい。
このまま静観していようと思っていましたが、やはりそうはいきません。
みなさま、わが不幸をお憐れみくだされ。
まったくなんということでしょう。
かつて多くの詩人が神を畏れみ人間の悲劇を描いてきたとうかがいます。
ああ、これほどの悲劇が描かれたことなどほんとうにあるのでしょうか。
ここ1ヶ月というもの泣き明かした眼は
もはやアプロディテさまのあでやかな裸身も見られぬほどに弱っております。
いっときはアテネさまとはりあえるとも評された頭脳も
このたびの苦悶ですっかり衰えいまはそこいらの牧童にも馬鹿にされるありさま。
すべては「人間・この劇的なるもの」の復刊がいけないのです。
知るひとぞ知る、福田恆存の名著があろうことか新潮文庫から復刊されてしまいました。
とんでもないことであります。
この本を読まれてしまったら、だれでもかんたんに人間と劇の関係がわかってしまいます。
いけませぬ、いけませぬ。秘すべき知恵というものが世になくてはなりませぬ。
いや、考えてみますれば、社交にうつつを抜かす有象無象のやからに
「人間・この劇的なるもの」の価値がわかるはずもないのであります。
シェイクスピア劇とギリシア悲劇を理解せぬものにこの名著の真価はわかりますまい。
けれども、もし、かりにの話でございます。
「ハムレット」「マクベス」「オセロー」「リア王」「オイディプス王」「アンティゴネ」――。
すべて新潮文庫から福田恆存の訳で出ています。
これらの劇作と「人間・この劇的なるもの」がともに読まれてしまったら。
劇のからくり、人間のありかたが、だれにでもらくらくとつかまえられてしまう。
買ってはなりませぬ。読んではなりませぬ。
「人間・この劇的なるもの」はわたくしだけの書物なのですから。
「南インドの旅」(昭文社)絶版
「東インドの旅」(昭文社)絶版
「北西インドの旅」(昭文社)絶版


→インド直輸入のレトルト食品カディ・パコラ( ヨーグルトと天ぷらのカレー )を食べながら、
インドウイスキーをがぶのみしつつ読んだ本――ガイドブックである。
3冊そろってオールカラー。なつかしいインドに何度も落涙した。
インドには2回行ったことがある。
4年前のインド放浪は死のうと思って行ったのであった。
インドは危険な国である。
どうしても自殺をできないわたしだが、この国なら殺してくれるのではないか。
通常3ヶ月にもわたる長期旅行だと保険には入らないもの。
しかし、わたしは葬式代確保のためあえて旅行保険に加入しインドへ旅立った。
いまこうして生きている。インドが恋しくてたまらない。
かの天竺は日本とまるで正反対の国である。
日本人なら一度はインドへ行ってもいいのではないか。
あの国にはなにかがある。
好きになるか嫌いになるかしかない、なにものかがインドにはある。
再度、行きたいと思っている。だが、年齢を考えると、どうにも勇気が出ない。
こうしてインドの酒をのみ、インドを思うことでぐっとこらえている。
これもまた幸せなのである。ああ、はるけき天竺よ印度よ!
「神と私 人生の真実を求めて(遠藤周作名言集)」(監修:山折哲雄/海竜社)

→生涯、うさんくさい耶蘇(やそ=キリスト)の教えにこだわった遠藤周作が、
かれでなければとうてい口にできぬであろう言葉を残している。これは卓見達観である。
ここで遠藤が問題にしているのは神である。

「(神を)『嫌い』ということはすでに祈りだと。
信じていなければ嫌うはずがないんだし、憎しみというのは、
愛にひっくり返る可能性をもっているわけです。
だから『あなたのこと大嫌い』とか、
あるいは『なぜ神は私を見棄てるのか』と言い始めたときは、
すでに祈りの言葉が始まっている」(P24)


信仰の反意語は嫌悪ではなく無関心ということだ。
もっというならば、宗教を批判している時点で宗教にとらわれている。
ほんとうの無宗教者はなにも物申さぬ。
これは人生全般における深い真理を言い表わしているのではないか。
批判する、否定する、つまり物申すのは愛情の裏返し。
いわば仲間なのである。
真の敵は無関心だから、たいがいの人間は敵と出逢うことがない――。

ならば、まったく関心を持たれないくらいなら、まだ嫌われるほうがいいということになる。
嫌われ者のわたしとしては喜ばしい思考法である。
「アジア・旅の五十音」(前川健一/講談社文庫)絶版

→お酒をのみながら読んだアジア旅行エッセイ。
たいへんな力作にもかかわらず、文庫書き下ろし&現在入手不可である。
憤りを感じる。これほどの傑作がどうしてこうも読まれないのだろう。
旅行記などだれでも書けると思われているが、
実際は「そんなことはない、そんなことはない」。
わたしもアジア旅行記をこのブログに書いたことがあるのでよくわかる。
書く過程で情報の補充のため、いろいろな旅行サイトをまわったが、
どれひとつとしておもしろい旅行記はなかった。読むにたえないものばかり。
むろん、うちのブログの「アジア漫遊記」もそのひとつである。
旅行記を書くのがどれほど難しいか。
著者の強みは以下の一文に象徴される。

「シェムリアップの台所は、やはりアンコールワットよりも魅力的だった」(P432)

シェムリアップとは、世界遺産アンコールワット最寄りの都市である。
前川健一はアンコールワットなどよりはるかにカンボジアの台所がおもしろいという。
カンボジアの人間はなにを食べているか。いかようにして食べ物を調理するか。
世界各国どこの人間であれ、ものを食べて生きている。
ならば世界遺産よりも食に重きをおくべきではないか。
旅行ライターと分類される前川健一をわたしは大学人よりはるかに尊敬している。
人間の生きかたを追い求めている稀有な作家のひとりである。
「若山牧水歌集」(伊藤一彦編/岩波文庫)

→いまトマトをつまみに酒をのみながらこの記事を書いている。
というのも、若山牧水のこの歌を読んで食べたくなったのである。

「舌に溶くるトマトーの色よ匂ひよとたべたべて更に飽かざりにき」

短歌のことは専門外でよくわからないから芸術一般に話を広げることをお許しください。
芸術とはこのトマトであると思うのだ。
いまわたしの目の前にあるトマトのことだ。正直、トマトは食べ飽きている。
これには理由があって、少しまえまで、どうしてかキュウリが高かった。
いきおい生野菜はトマトにたよることが多くなった。飽きるわけである。
ところが、若山牧水のトマトの歌を読む。トマトがまったく異なるものに思えた。
いまもそうである。牧水の歌を朗読する。その口にトマトを放り込む。
これがトマトかと思うほどのうまさなのである。
わたしは芸術的センスがはなはだ欠落しているから、わかるのはせいぜいトマトくらい。
もし感受性の強いひとが真の芸術に触れたら世界のあらゆる様相が変貌するのであろう。
芸術作品にしんそこ感動したら生まれ変わったような心持になるということを、
わたしに理解できる範囲のトマトで説明してみたのである。

話をかえる。歌集をどう読むか。
芸術弱者にとって詩集、句集、歌集のたぐいは非常に読みにくい。
なぜなら小説にある物語性、評論にある論理性、どちらも著しく欠如しているからである。
物語性と論理性に共通するのは意味である。意味のつながりがある。
けれども、詩、俳句、短歌にあるのは意味といっても「気づき」や「悟り」のような微弱なもの。
このため詩集、句集、歌集は、繊細ぶった細身のインテリの独占物になるわけだ。
ならば、愚鈍な俗物のわたしはいかにしてこれら芸術と向き合うか。
あきらめることである。どのみち、わかりはしないとあきらめる。
いま自分は芸術と対面しているなどとは思わないことだ。
ゴミの山を分け入っていると思う。まわりにあるのはゴミばかりだと思う。
実際、ゴミといえないこともないわけでしょう。
どの詩で腹がふくれますか。どの俳句で病気が治りますか。どの短歌で収入が増えますか。
詩、俳句、短歌など、どれもゴミだと思って読めばいいのである。
どんな有名な作者のものだろうがゴミと見なす度胸が肝要だ。
ゴミなんだからたとえ意味がわからなくても悩むことはない。
すばらしい芸術作品を理解できない自分はなんて愚かなんだと卑下するなかれ!
ゴミと思えばよろしい。詩、俳句、短歌など、ぽいぽいゴミ箱に捨てればいいのだ。
ことによったらぜんぶ廃棄したところで一向に構わない。
このくらいの覚悟を持たなければ芸術弱者はコンプレックスで身動きが取れなくなる。

赤ペンを持ちながら読むことである。
砂山から砂金を採取せんとする心持にて詩集、句集、歌集と向き合うべきである。
わからないものは流す。
とはいえ、もし作者といささかの縁があるならば、かならず目につく作品がある。
そのような作品のうえに赤ペンでしるしをつける。
これがあなたの宝なのである。
詩集、句集、歌集は再読するためにあると思ったほうがよろしい。
読み返すときは赤のしるしがついたものだけ読めばいいのである。
「若山牧水歌集」もこの方針のもと読了した。
赤が入っているのは、酒の歌ばかりである。
なかでも選りすぐりの佳品をいくつか転載する。

「酒のめばなみだながるるならはしもそれもひとりの時に限れる」

「いつ知らず酔のまはりてへらへらとわれにもあらず笑ふなりけり」


酒をのんでは泣き、酒をのんでは笑う牧水が親友のように思える。

「それほどにうまきかと人のとひたらばなんと答へむこの酒の味」

「うまきものこころにならべそれこれとくらべ廻せど酒にしかめや」

「人の世にたのしみ多し然れども酒なしにしてなにのたのしみ」

「寂しみて生けるいのちのただひとつの道づれとこそ酒をおもふに」


鏡を見ているかのような思いがする。鏡にうつるは重症のアル中患者である。
願わくば、こんな歌とは縁なからんことを(妻はほしいけれども)。

「妻が眼を盗みて飲める酒なれば惶(あわ)てて飲み噎(む)せ鼻ゆこぼしつ」

医者からいくらとめられようが酒をやめられない晩年の若山牧水であった。
「サミング・アップ」(モーム/行方昭夫訳/岩波文庫)

→だいぶまえに山田太一が毎日新聞で本書をほめていたという話を聞き、
このたび読むにいたった。名声も富も勝ち得た老作家モームの回想録である。
内容は自伝めいたものから、読書術、作劇法、小説作法、哲学論と幅広い。
モームいわく読書とは「本から自分に吸収できるものを吸収する」(P115)営為である。
また、「本を読むのは、その本のためでなく、自分自身のためである」(同ページ)。
かの文豪の言にしたがい、わたしが本書から吸収したものをここに書き残しておきたい。
もっぱら小説作法の部分が役立った。
そこいらの三流作家ならぬ世界的文豪サマセット・モームの小説作法を、
「サミング・アップ」すなわち「要約すると」――。

モームはおのが想像力の乏しさを嘆く。そのうえで、

「生身の人間を捉(つかま)えてきて、それぞれの性格から暗示を受けて、
彼らをあるいは悲劇的、あるいは喜劇的な状況の中に放り込んだのである。
だから、こういう人物が物語を生み出したと言えるほどである」(P104)


想像力が乏しい。加えて、ありそうもないことを書くことは嫌であった。
しこうしてモームはモデルを求め人間観察にいそしんだ。
人間のパターンの把握である。モームは捉まえてきた人間を虫かごにいれる。
あるときは喜劇という虫かご、またあるときは悲劇という虫かご。
このようにしてモームは多種多様な小説を書き上げることに成功した。
多種多様な小説が完成したのは多種多様な人間がいたおかげであるという。

旅をするのが創作にたいへん利するところがあった。

「名所見物にはあまり興味が持てない。
世界遺産に熱を上げる人があまりに多いので、
そういうところに行っても私は夢中になれない。(……)
一番興味があるのは人間であり、人間の送る生活である」(P239)


人生もまた旅である。ところが、

「人生が作家に既製(レディ・メイド)の物語を提供してくれることはめったにない。
実際、事実というのは扱いが厄介である。
事実は作家の想像力を刺激するようなヒントを与えてくれるのだが、
一方で作品に有害でしかない権威を行使しがちなのである」(P247)


モームはスタンダールの「赤と黒」を引き合いに出す。
スタンダールは当時有名だったある事件をもとにして「赤と黒」を執筆した。
作家はおのが理想を「赤と黒」の主人公にたっぷりと投入した。
だが、スタンダールは最後に失敗をした。
事実に引きずられ事件のてんまつを物語の流れにそむいたものにしてしまった。
モームにいわせると、スタンダールは「赤と黒」最終部分で
「事実を捨て去る勇気」を持たなければならなかったのである。

小説家とは語り部である。
たとえば新石器時代の洞窟のなか、人びとは焚き火を囲んでいる。
語り部がいて、話を聞くものがいる。この語り部が小説家の祖先である。

「面白い話をするのは、それ自体で充分な目的であると私には思える」(P257)

それではどのようにすれば面白い話を作りあげることができるのか。
世に小説作法のあまたあれど、このからくりを明かしたものをわたしは読んだことがない。
老年のモームは物語の作りかたを惜しみなく公開すると宣言。
まずは「生き生きとした人物」を創造することである。これは人間観察に基づく。
頭のいい作家は、いろいろ述べたいことにしたがい、人物を創造する。
けれども、創造した後、その人物をどうしてよいかまったくわからない人が結構いる。
それらしい話を思いつけない(そうそれ、まさにそこがわからないんですよモーム先生!)。

作家によって創造された魅力的な人物に読者は関心を持つ。
この人物の身になにが起きるか読者が知りたがるのは当然のことである。
この願望を満たす手段が筋である。

「面白い話を考え出すのは明らかに難しいが、
難しいから物語を軽蔑するというのは理屈に合わない」(P260)


「難しい」といわれても(壮大にずっこける)。いや、まだモームの物語論は終わっていない。
・物語は主題に沿うべきである。
・物語は一貫性がなければならない。
・物語は真実らしさが必要。
・物語は、人物の成長を表わすようなものであるべきだ。
・物語は、疑問の余地を残さぬほどに人物を語り尽くす必要がある。
・物語は、アリストテレスの悲劇論が主張するごとく「初め、真ん中、終わり」を有す。
上記の物語論は、物語の定義に過ぎず、断じて物語の創作法ではない。
物語を作る方法というのは、天啓めいたひらめきで、
モームといえども他人に教えられるものではないのだろうか。

「筋の主たる効用に多くの人が気付いていないようだ。
筋は読者の興味をある方向に導く。
それが小説の場合おそらく一番大事なことである。
というのも、読者の興味に方向を与えることによって、
読者があるページから次のページへと読み進むように仕向けるからであり、
読者の心に作者の望むような気分を醸し出すからである。
作者は常にサイコロに仕掛けをしておくのであるが、
そのことを読者に悟らせてはならない。
筋を巧みに操ることによって、どういうふうに騙されたかを気付かせないまま、
読者の注意を引きつけることが出来るのだ」(P260)


サイコロというのが大きなヒントなのではないか。
サイコロをふる場合、つぎに1~6のどの目が出るかは予想がつかない。
だから、人間は興味を持つ。ギャンブルとおなじ理屈であろう。
だが、サイコロの目に関心を持つためには観衆が賭けをしている必要がある。
金銭を賭けないでサイコロの数字などながめていてもおもしろくもなんともない。
この賭けにあたる部分が、小説の登場人物の魅力なのではないか。
人物に感情移入している読者はサイコロの目が気になるという仕組みである。
モームは引用箇所で重大な暗示をしている。
どこにでもあるサイコロを用いろとは言っていない。
サイコロに仕掛けをしておけと示唆している。
観衆(読者)にはただのサイコロと思わせておいて、いんちきをしろと進めているわけだ。
たとえば、なぜか偶数しか出ないサイコロ。
あまりにも偶数ばかり続くので観衆はふしぎに思う。
おりしも大金を偶数に賭けるものが現われる(=小説の人物が最大の危機に直面する)。
果たしてつぎも偶数が出るのか――これが物語ではあるまいか。
モームの教唆から飛躍して見当違いの場所へ着地したのか、
それとも物語の源泉に到達したのか、判断はみなさまにおまかせしたい。

作家は作品への賞賛をあまり期待してはいけない。
読者の感想は、売れる売れないの経済的事情に関してのみ留意すべきで、
作品の判断を読者に左右されるのは好ましくない。
なぜなら創作とは自分自身を相手にするものだからである。
作品の誕生は出産との類似で説明するのがわかりやすい。
作家は可能なかぎり栄養を摂取して、身体の全器官を用いて、
作品を出産しなければならない。
ただし人間の出産とは異なり、ひとたび子を産んだ後はもう気にかけないでよい。
作家はすみやかにつぎの受胎の準備をすべきである(以上P210)。

作品と作家が異なるのはよろしい。
なぜなら作家は多重人格者でなければいけないからだ。
問題は、感情移入をする能力である。
作家は自分とは異なる人間に感情移入をして新たな小説内人物を創作する。
このとき肝心なのは、人物を外部から描写するのではなく、
自分の分身のひとりと見なすことだ。
シェイクスピアの文豪たるゆえんはこの感情移入の手腕で説明がつく(以上P269)

作家にとって病(やまい)こそ創作の泉である。

「執筆中に作家はたいてい風邪をひいたり、熱を出したり、
痛みや苦痛、時には吐き気を覚えたりする。
その一方、すぐれた作品の多くが書けたのは、
肉体の病的な状態のお陰であることにも気付いている。
作家というものは、
自分の最も深い感情や霊感によって浮かんだような素晴らしい考えの多くが、
実は運動不足や調子の悪い肝臓のお陰であると自覚しているので、
自分の霊的体験を多少皮肉に眺めるのは否めない」(P302)


モームは同性愛者だったのだが、
自身のホモセクシャルをこの文豪は果たしてどのように受けとめていたのか。
創造の病か、それとも――。
モームは終生この嗜好性を秘密にして、ばれるのを非常に恐れていたという。

(補記)
1.「嵐が丘」を絶賛しているのが、このモームである。
またモームは「嵐が丘」の作者エミリー・ブロンテを同性愛者だと断じている。
「蛇の道は蛇」ということなのか。
2.翻訳がすばらしいとネットでは評判のようだが、「そんなことはない、そんなことはない」。
要約していて、どうにも日本語の意味が取れないところがいくつかあった。
具体例をあげるなら、物語論のところ。
引用していてまだるっこしい日本語にムカムカしたことも記しておく。
「嵐が丘」(エミリー・ブロンテ/鴻巣友季子)

→憎しみの物語である。
名作「嵐が丘」のヒーロー、ヒースクリフ氏からわたしは以下のことを学んだ。
他人を断じて許してはならぬこと、裏切りは決して忘れぬこと、運命を呪い続けること。
人生は勝つか負けるかしかないのである。とはいえ、みんなが勝つわけにはゆかぬ。
勝つためには他人を打ち負かさなければならない。
人生には引分も和解も握手もない。勝つか負けるかのみ。
したがって人間は勝つためにどんなことをしてもかまわないのである。勝てば官軍だ。

幸福は不幸によってあがなわれる。
結婚は幸福である。が、その裏に失恋者の苦悶がないといえようか。
金持は幸福である。が、その裏にいる金品を巻き上げられたものをなぜ見ようとしない。
幸福になりたいと願うのは、他人を不幸にしたい、苦しめたいということにほかならぬ。
人生における幸福と不幸の配分の仕組みである。
人間は他人を苦しめるために生まれてくる。
ああ、人生のなんと楽しいことか! 憎きかたきを踏みつけて高笑いするひと時よ!
他人を見下すあの快さよ! 他人をざっくり傷つけるあのすがすがしさよ!

おまえは不幸だ。なぜならおまえよりも幸福な人間がいるからである。
許してはならぬ。恨め。憎め。仕返しだ。復讐だ。
他人の幸福を奪い取ってはじめて不幸な人間は幸福になれるのである。
かつて高みから自分を見下ろしていた人間を引きずりおろす爽快感のいかほどか。
今度は逆にこちらが見下す番である。
苦しみながら呻いている人間を、なお足蹴にする。もてあそぶ。
これを幸せといわずしてなんというか。
人間は幸福にならなければならない。そのためには他人を不幸にすることだ。
諸人(もろびと)よ、覚醒せよ! 汝らは不幸なり。これは幸福なものがいるがためなり。

満足するな。苦しめ。苦しめる相手を憎め。復讐せよ。これが生きるということだ。
人間はなんのために生まれてくるか。幸福になるためである。
では、幸福とはなんだ。愛されるのは幸福だ。金が儲かるのは幸福だ。
突きつめれば、他人を支配するのが人間の幸福である。
おまえは愛されているか? おまえはいくら金を持っている?
愚かなものよ! おまえの何倍も愛されているものがいる。金持もわんさかいる。
だから、おまえは不幸だ。負け犬だ。弱者ども、泣け、喚け、苦しめ!
さて、きみはこれで終わりかい? 恨んでみないか。憎もうじゃないか。
世界古典文学の珠玉「嵐が丘」に登場するヒースクリフ氏の思想である。
行動をともなわぬ思想ではない。
生きるための思想、すなわちヒースクリフ氏の生きかたである。行動の指針だ。

かなりの読者が「ヒースクリフはわたしだ」と思うはずである。
だが、それは違う。あなたもわたしもヒースクリフ氏ではない。
なぜならあたまで思っているだけで、決して行動には移せないからである。
いや、かの思想を実行するものもいよう。
しかし、良心の呵責とまではいわずとも、どこかにやましさが残りはしないか。
それが人間というものである。
エミリー・ブロンテは「嵐が丘」のヒースクリフを通して人間の限界を追及した。

「それにあれ(=ヒースクリフ)はまったく極悪非道な男でね。
自分の憎む相手がほんのちょっとでもすきを見せようものなら、
嬉々として嫌がらせをしてつぶしにかかるようなやつなんだ」(P460)


長大な物語の端緒は男女の三角関係である。
このもつれがきっかけとなって物語が進んでいく。
ヒースクリフは捨て子。アーンショウ家のご主人に拾われて嵐が丘の屋敷に居ついた。
屋敷にはふたりの子どもがいる。娘のほうはキャサリンという名だ。
名家の令嬢キャサリンと浮浪児ヒースクリフは幼少時より心を通わせあった。
ヒースクリフにライバルが現われる。近所のリントン家の若主人エドガーである。
ヒースクリフは召使いのネリーにこぼす。

「でもさぁ、ネリー、俺が二十回も殴り倒してやったって、
あいつ(=エドガー)がいまより醜男(ぶおとこ)になるわけじゃないし、
俺がいまよりハンサムになるわけでもないだろ。
あーあ、俺にもあんな金髪と白い肌があったらなあ。
あんな服を着て、行儀もよくて、あいつみたいに金持の家に生まれついてたらなあ」(P117)


美少女キャサリンはどちらを選ぶか。ヒースクリフかエドガーか。
ふたつにひとつである。この選択の結果、以降たえまない惨劇が打ち続くのである。
言うなれば、物語は「ふたつにひとつ」によって作りだされる。
「嵐が丘」の物語における中心点は、このときのキャサリンの決断である。
ふたつにひとつ。キャサリンが選んだのはエドガーであった。
召使いのネリーはキャサリンに問う。どうしてエドガーと結婚するのか。

「うーん、そうだなあ、ハンサムだし、いっしょにいて楽しいから。
(……) それに、若くて明るいから。(……) それに、私を愛してるから。
(……) それにね、彼は将来お金持ちになるし、
わたし、このあたりで誰にも負けない女性になりたいの。
あんな旦那様をもったら、きっと鼻が高いもの」(P163)


キャサリンはネリーに秘密を告白をする。ほんとうはエドガーなんて愛していない。
求婚されたからやむなく結婚するようなもの。

「でも、いまヒースクリフと結婚したら、わたし落ちぶれることになるでしょ。
だから、あの子(=ヒースクリフ)には、どんなに愛してるか打ち明けずにおくの。
どうして愛しているかというと、ハンサムだからじゃなくてね、ネリー、
あの子がわたし以上にわたしだからよ。
人間の魂がなにで出来ていようと、ヒースクリフとわたしの魂はおなじもの」(P168)


キャサリンはヒースクリフを愛してはいるけれども、
一文無しになるのがいやだからエドガーと結婚するのである。
この会話を盗み聞きしていたヒースクリフであった。かれは屋敷を飛び出し消息を絶つ。
4年後、財をなして舞い戻ってきた悪漢ヒースクリフの復讐劇が開幕する――。
以降は各自本書をお読みになって物語をお楽しみください。

話を移して、物語について述べたい。
わたしは物語を書きたいと思っている。だが、どうしても書くことができない。
この地点から「嵐が丘」を読み、学ぶところが多々あったので報告する。
「嵐が丘」の物語構造はこうである。
裕福かつ有閑の青年がとある田舎の屋敷を別荘として借りる。
田舎ゆえ退屈である。そのうえ風邪を引いて外出もままならぬ。
こんなときに青年は召使いのネリーから「嵐が丘」の出来事を物語られるのである。
これは物語の原形のひとつではないだろうか。ひとは暇をもてあまし物語を欲する。
言ってしまえば「嵐が丘」は「家政婦は見た」である。
では、ネリーの物語りはどうなっているか。
キャサリンやイザベラの物語りをネリーが聞くことで「嵐が丘」は進行している。
「こんなことがあったんだ」「こんなことを思っている」と話者は聞き手たるネリーに物語る。
話される内容は、まさしく物語らなければならないことばかりである。
なぜキャサリン母子やイザベラがネリーへ物語らなければならないのか。
だれかに知ってほしいということがまずある。
つぎに、物語ることですっきりしたい。気分をなだめたい。このために話者は物語る。
切実な感情というものを人間はうちにためておけない。おかしくなってしまうからである。
かくして人間は物語る。話者は聞き手を求める。
「嵐が丘」全編を通じてネリーはとても優秀な聞き手であった。
ネリーは聞いた物語りをまとめてさらにそれをとある青年に物語る。
このときこの青年は我われ読者の代役であるといえよう。
整理してみると、物語とは文字通り「物を語る」ことである。
その際、語られる物とはなにか。語ることによって話者と聞き手になにがもたらされるか。
この二点に着目することが、物語の秘密を解きあかすカギになるように思われる。
「物語とはなにか」の答えはまだ出ていない。かんたんに解明できるものではないだろう。
ただ、このたび「嵐が丘」からひとつのヒントを得たような思いがする。実りの多い読書であった。
あらためて言うことではないが、いまの日本に生きているということは、
世界文化史上まれに見る幸福である。我われのカルチャーはチョー幸福だっちゅーの♪
だってさ、考えてみましょうよ。
いまはコガネをはらえば世界各地の料理がらくらく食べられる。
お酒だってそう。スコッチなんか、いまは日本のウイスキーよりも安いのがある。
ロシアのウォッカも、韓国のマッコリも、ネットでクリックすればやすやすと自宅で購入可能。
最大の幸福は、我われ読書人にもたらされている。
現代は数百円をはらえば(文庫本)、東西の重要書籍を読むだけではなく、
手に入れることができる。ブックオフまで足を運べばわずか105円である。
のみならず、古人が苦労して読解した東西の古典を、
いまならわかりやすい解説付きで勉強することができるのだから。
(角川文庫ビギナーズクラシックスやナツメ社の図解雑学シリーズがどれだけすごいか!)
日本のシェイクスピアといわれる近松門左衛門は、シェイクスピアを読めなかった。
本家シェイクスピアだって、東洋の古典はまったくの無知であった。
こと東洋思想に関しては、我われのほうがシェイクスピアより詳しいのである。
こう考えると、いまの日本に生きていることは文化的にどれほど幸福か。
三蔵法師が命がけで求めた仏典を現代日本人は翻訳で容易に読めるし、
かの仏僧が存在さえ知らなかったであろう西洋古典までも我われは読むことができる。
さあ、我が同胞よ、美酒に読書に酔いしれようではないか!