「何がなんでも作家になりたい!」(鈴木輝一郎/河出書房新社)

→このような実用書を欲していたのである。
ぶっちゃけ、作家って、どーなのよ、という本。
いくら作家だって税金払わなくちゃなんないでしょう。おカネが肝心。そこんとこ、どーよ?
切実なタイトルにふさわしい内容にいたく感動する。
小説作法はかなり読んできたつもりだが、税金対策に触れられていたのは本書が初。
たいへん勉強になった。小説家は税法上では漁業の分類に入るとのこと。
年々売上の異なる業種として判断される。
したがって過去5年の所得を平均して課税されるとのこと。
文庫化や重版の収入は不労所得と見なされ税率が上がるらしい。
確定申告のためには領収書の収集・保存がもっとも重要。
業界のルールも教えられる。フカスことがポイントだという。
腰が低いと舐められるから、どんな相手にも強気の姿勢でいくべし!
出版社にとって作家は商品にほかならない。
この事実を認められないものは職業作家になれないという。

「誰かにあなたの心の叫びを聞いてもらう手段として小説を選ぶのならば、
職業小説家を目指すべきではありません」(P131)


「ぼくを含めて、小説家を指向する人は、資質的に、夢見がちで社会性に乏しく、
享楽的です。くどいようでも重要なので何度でも書きます。
小説家の世界はユートピアではありません。
職業特性として『人間関係が楽』『達成感が圧倒的』であるだけです。
遊び気分でなれる人がいるのは事実ですが、あなたが天才である確率は、
そうでない確率よりはるかに低いことを忘れずに」(P158)
「オレアナ」(デビット・マメット/酒井洋子訳/劇書房)絶版

→戯曲。アメリカ産。初演は92年だから新しい演劇といってもよい。
ここで問題にしたいのは、演劇に新しいという宣伝文句をつけることの無意味。
「オレアナ」の新しさは、
ディスコミュニケーション(和製英語で相互不理解の意)とフェミニズムのようだ。
かつて人間と神々の関係を問うことから演劇は誕生したが(ギリシア劇)、
近代社会が成長するにしたがい劇は人間と人間の関係を描くように変化した。
現代においては、人間と人間の関係は描かれ尽くされたといえよう。
この地点から世界は不条理演劇へ傾斜したわけである。
だが、アメリカ劇界はリアリズム演劇の歴史を長く持つ。
くわえて不条理演劇とて、いまさら目新しいものではない。
かくしてディスコミュニケーションがテーマになるわけである。
なるほど新しいのだろう。だが、これを観て楽しめる観客などいるのだろうか。

登場人物ふたりのリアリズム劇である。大学教員のジョンと女子大生のキャロル。
ジョンは教授昇進が目前で浮き足立っている。
非常に学力の低い大学生のキャロルがジョンをたずねて研究室に来ている。
キャロルは単位がほしいのである。
自宅購入も目前にした有頂天のジョンは正直、キャロルに構っていられない。
学生は先生の教科書を読んだけれどもわからないと訴える。
教育学を専門とするジョンは噛み砕いて教えようとするがキャロルは理解できない。
好人物のジョンは学歴および大学教育の無意味をも主張するが、
これまたあたまの悪いキャロルには理解できないことである。
したがって会話は成立しないのである。
そのうえ作者のデビット・マメットはリアリズムを重んじ、会話を現実に似せる。
たとえば、電車内の見知らぬ他人同士の会話を聞いていてもなかなか理解できない。
おなじことを劇場でやろうとしたわけである。
なにゆえか。新しいからである。新しい演劇は認められなければならない。
終始、相互の理解のともなわないまま第一幕は終了する。

第二幕はジョンとキャロルの立場が逆転しているのである。
なぜならキャロルはあるグループに入れ知恵されてジョンを大学に訴えたからである。
たしかに第一幕の最後でジョンはキャロルの肩に触れた。
性交渉のたとえを用いて学歴問題を論じた。
これをセクシャルハラスメントとしてキャロルは大学に訴えたのである。
このためジョンの教授昇進もふいである。なんとか撤回してもらいたいと呼びだした。
だが、またもや会話が成立することがない。
第一幕とは反対に、今度はジョンがキャロルの主張を理解できない。
噛み合わない会話がえんえんとつづき退屈だが、これは芸術だから構わない(苦笑)。
第三幕においても教員と学生が理解しあうことはない。
最後が衝撃的だという評判だが、なんのことはない。
ぶち切れたジョンがキャロルを殴り蹴飛ばすのである。
「さおたけがあろうがおまえのマンコなんかつつかねえよ!」と叫びながら。
キャロルは答える「それでよし(That's right!)」。
この結末はフェミニストから非難が集中したという。

男女間の闘争、立場の逆転というテーマから比較すると、
本作品はストリンドベリ「令嬢ジュリー」の1/10ほどのおもしろみもない。
だが、スクールハラスメントやセクシャルハラスメントのような現代的テーマゆえ、
新しいという評判を勝ち得たのだろう。
日本でも上演されたが検索すると寝ている観客もいたとのことである。
おそらくわたしも観客席にいたら寝ていただろう。調べたらチケット代金は7千円だったが。
「宗教と科学の接点」(河合隼雄/岩波書店)絶版 *再読

→8年ぶりに河合隼雄に関心をいだいている。
といっても、関心のレベルはだいぶ異なる。
8年前は河合隼雄からがんばって学び、現状を打破しようとしていた。
ところが、いまはすっかりあきらめている。もう現実は徹底的にどうしようもない。
諦念のただなかで河合隼雄のデタラメがとても懐かしく思い出されるのである。
ユング派の心理学者、河合隼雄の言説は、おそらくインチキである。
そして、いまのわたしは学問的真実などよりよほどいかがわしいホラ話に好感を持つ。

本書を再読して、ふたつ感興をもよおしたところがあるので紹介したい。
ユング心理学では人間の意識を浅いほうから3段階にわける。
意識、個人的無意識、集合的無意識である。
意識とは我われが通常の生活で用いている領域のこと。
個人的無意識とは、フロイトの発見したいわゆる無意識のこと。
フロイトはここに抑圧した性欲が蓄積され神経症の原因になると考えた。
かつてはフロイトの弟子だったユングの新しさは、さらに深い無意識を想定したことにある。
これが個人的無意識の下層に位置する(とされる)集合的無意識である。
この集合的無意識において人類はみなつながっているとユングは指摘する。
世界各地で同型の神話が採取されるのは、この集合的無意識のためだという。
テレパシーや夢のお告げが生じるのも集合的無意識の存在ゆえ。

A:意識
B:個人的無意識
C:集合的無意識


専門というには程遠いが、わたしは劇にも関心を寄せている。
劇は、おもに人間の欲望の対立である。欲望と欲望の相克(そうこく)が劇の実相だ。
人間の欲望はユング心理学で考えるとAの意識の領域から発生する。
だが、劇中では対立する人間でさえ(ユングにいわせると)
C の集合的無意識で相通じている。
このC の領域が、あるいは劇の完成において大きな役割を果しているのではないか。
まるで学問的根拠もない(そもそもユングは学問ではなくオカルトだが)思いつきである。

話を移す。
ネイチャー(nature)という言葉の扱いに河合隼雄は東西思想の相違を見る。
西洋においてネイチャーとはアート(art)、すなわち人工に対する自然であった。
日本人はこのネイチャーの訳語に自然を用いることにしたが、
古来、日本および中国においては、この自然にもうひとつの意味があった。
「おのずから然(しか)る」という意味での自然である。
ユングは東洋思想に興味を持ったが、東洋の宗教思想は自然がカギになるのではないか。
河合隼雄の指摘である。
西洋は自然を人間の支配化におくことで科学を発達させてきた。
科学は、因果関係が根本にある学問領域である。
この因果律のみではかなわぬとユングは東洋思想に接近する。
結果、共時性という概念を生みだすにいたる。
共時性は意味のある偶然。因果律によらないものごとの生起基準である。
整理すると、因果律は「原因→結果」、共時性は「自然=おのずから然る」となる。
この整理は、河合隼雄の飛躍のさらに上をゆくわたしの果敢なジャンプだ(笑)。
もとより河合隼雄はインチキ扱いされることも少なくないから、
ここでわたしがさらにトンデモない方向へ突き進んだとしてもさして問題ではあるまい。

西洋科学=因果律=「原因→結果」
東洋思想=共時性=「自然(おのずから然る)」


河合隼雄は版画家の棟方志功を例に挙げる。
美術評論家の柳宗悦が、この版画家をつぎのように評していたという。
「棟方の仕事には『作る』という性質より『生れる』という性質のほうが濃い」
ここに河合隼雄は、東洋における自然の作用を見るのである。
最終章で河合は、みずからの専門領域、心理療法についてこんな説明をする。
心理療法は患者を「治す」わけではない。患者はだれもが自己治癒力を持つ。
心理療法家は患者が「治る」お手伝いをするだけだという。
そのとき心理療法家にとって重要なのは、人為を加えず自然にまかせること。

芸術=「作る」(人為)と「生れる」(自然)
治療=「治す」(人為)と「治る」(自然)


人為が有効なのは、そこに因果関係があるときのみである。
では、いっぽうの自然にまかせるときはなにに留意すればいいか。
河合隼雄はコンステレーション(布置)という言葉を持ちだす。
コンステレーションとは、たとえば夜空における星座のような全体の見取り図のこと。
因果律を超越した宇宙的視野のことである。
コンステレーションに配慮するとき、意味のある偶然が見やすくなる。
この偶然によって事態の改善を望もうというのが河合隼雄の心理療法である。

考えるに、子作りという言葉はあるが、どこまで先端医学が進もうとも、
子どもは作られるものではなく、生れてくるものでしかない。
ならば、なにゆえ、我われは芸術作品を個人が創作可能であると考えるのか。
芸術も子どもとおなじように自然に生れてくるものとは考えられぬか。
この考えにはだいぶ慰められた。インチキ学問の効用である。

(追記)本日「本の山」カテゴリーに新しく「河合隼雄」を加えた。
以前の調査だが、うちのブログは河合隼雄に複雑な感情を抱いているかたの訪問も多い。
「一握の砂・悲しき玩具」(石川啄木/新潮文庫)

→26歳で早世した石川啄木、晩年の歌である。

「何か一つ騒ぎを起こしてみたかりし、
  先刻(さっき)の我を
  いとしと思へる。」


この歌が啄木の短い生涯を象徴していたように思えてならない。
かれの年譜を見たとき、落ち着きのなさにいらだったものである。
ひとつのことをやり通すということがない。いつもここではないどこかを求めている。
理由は、容易に理解できる。自分が正当に評価されていないと思っていたのだろう。
石川啄木のすさまじい自己愛にわたしはかれの天才を見る。
そう自己愛というのは才能なのである。どれくらい自分を愛せるか。
他人という他人をバカにしきった啄木の顔写真は尋常ではない輝きを放つ。
文学者は人間を知らねばならぬ。
ところが、人間は自分という身を通してしか人間を知ることができないのである。
このとき自己愛は表現者の武器になるというわけだ。

「一度でも我に頭を下げさせし
 人みな死ねと
 いのりてしこと」


キャハハ、わかるわかる、である。
だが、このように啄木に共感してしまう読者は実のところよくない。
いつ啄木のような自己愛者(いまは自己愛性人格障害という)
からカモにされるかわからないからである。
他人を傷つけても平気でいられる能力、これもまた才能なのである。
他人にめいわくをかけても気にしない図太さも同様。
啄木の歌はいい。けれども、啄木のような人間には注意が必要だ。
かといって、愛読者を危険視しろというわけではない。
むしろ啄木ファンは、感情豊かで協調性に富む人間が多いと思われる。
注意しなければならないのは、啄木を知っている人間だ。啄木の危険を、だ。
人間が人間を知るためにはどのような方法があるのか。
もう賢明な読み手諸氏は、だれに気をつけたらいいかおわかりでしょう。
「老人と海」(ヘミングウェイ/福田恆存訳/新潮文庫)

→老人と海の物語である。
老人がひとり小船で海へくりだすのは、漁をするためである。
この日まで老人は84日間ものあいだ1匹も魚が釣れていないかった。
老人は見たこともないほど巨大なカジキマグロと遭遇し、
2日にもわたる挌闘のすえ勝利する。
だが、帰港するまでの航程で獲物をサメにぜんぶ食べられてしまう。
ストーリーといえばこれだけで、残りはみな描写である。

あたまの弱い老人の狂人めいたあきらめの悪さに身震いした。
これがアメリカなのかとぞっとした。
とにかく、あきらめないのである。がんばれ、がんばれとおのれを叱咤する。

「おれは死ぬまで闘ってやるぞ」 (P106)

結果、なにもかも失ってしまう。命のみたずさえて帰還するのである。
ヘミングウェイはギャンブラーだったらしいが、
この「老人と海」において作者は実に巧みに賭博者の心理を描きこんでいると思う。
84日間の不漁、つまり運が悪いのである。いや、と逆転の発想をする。
今度こそ、つきがまわってくるのではないか。
案の定、ひとりでは獲れないほど大きい魚と遭遇する。
ここであきらめていればよかったのである。
だが、ギャンブラーは一発逆転などとおかしなことを考える。
あらゆる犠牲(=身体的苦痛)をものともしないで、大物にのみ照準を合わせる。
捕獲したときの感動は、競馬で大穴を当てたときの喜びとおなじである。
おれは運をつかんだ(未来を見通した)。人間の(神への)勝利をうたいあげる瞬間である。

「いいことってものは長続きしないもんだ」(P92)

獲物をねらってサメが近寄ってくる。
ここで老人が漁獲をあきらめていたら、その後危険に遭うこともなかったのである。
だが、例によってこの低知能な老人はあきらめようとしない。
あきらめたら負けなんだ。人間は最後の最後まで闘いつづけなければならぬ。
これはどれだけ負けつづけても賭けをやめない異常者の心理にほかならぬ。
老人はなんの収穫もなく、そのうえ身心ぼろぼろの状態で航海を終えることになる。

「老人の海」の感想としてよくあるのが、「艱難に負けない老人の勇気に感動した」。
おいおい、と肩をたたきたくなる。道徳の教科書じゃないんだぜ。
わたしの感想はこうである。「ギャンブルって楽しそうじゃん」
一攫千金を夢見ながら賭けて賭けて賭けつづけるほど楽しいことはないのではないか。
「丁か半か」ふたつにひとつである。どちらになるかは賭けてみるまでわからない。
全財産を失うまで負けたことにはならない。
たとえ完全敗北しようとも、ある達成感が賭博者には残るのである。
「おれは神と向き合った」という満足感のことである。
このようにギャンブルを推奨する「老人と海」は、
断じて健全な青少年に読ませてはならないと思った。

(教訓)がんばっても報われない。
が、あきらめないでがんばっていると人間を超えるものと向き合うことができるかもしれない。
まあ、どちらにせよ負けるんだけどね(笑)。
がんばっているうちにドツボにはまる展開は「オイディプス王」と似ていなくもない。
「藍より青く・上下」(山田太一/中央公論社)絶版

→昭和47年のNHK連続テレビ小説。本作はこのテレビドラマの小説版。
シナリオを手がけた山田太一が自らの手で小説に仕上げた。
執筆時、山田太一は37歳。31歳でフリーのシナリオライターになった著者が、
全力をあげて固有の世界観を打ちだしているところに注目したい。
この記事ではあらすじを追うにとどめる。
物語を紹介しながら山田太一ドラマのキーワードにスポットをあてていきたいが、
果たしてうまくゆくか自信がない。

昭和18年の天草で物語は開幕する。才媛の少女、真紀がこのドラマの主人公。
同村の周一と恋に落ちるが、校長をしている父親から猛烈な反対にあう。
というのも、周一は徴兵をまぢかにひかえる青年。もうすぐ戦地におもむく身なのである。
いま結婚してしまったら1年足らずの新婚生活を味わうのみで、
夫と別れなければならない。
戦死する可能性もある。そうしたらば、真紀ははやばやと未亡人になってしまう。
父親が娘の結婚に猛反対する理由である。
時空を超えた地点からこのドラマを俯瞰するとき、恋愛の障害になっているものは運命だ。
戦争というのは、個々人のちからではどうにもならない運命のひとつ。
父親は娘の熱意に負け結婚を許可する。喜ぶ真紀とその妹。喜ぶ周一とその朋友。
父親としては、人生を知らぬ浅はかな娘から裏切られたような哀しみが残る。
とはいえ、娘の喜ぶすがたを見ると、これでよかったのかとも思う。
山田太一の描くものは運命にほんろうされる人間の喜びと哀しみである。
お嫁に行く日、真紀は父に別れを告げる。その席上にいたものはみなみな涙する。

周一の家に嫁いだ真紀は、嫁姑のあつれきに遭遇する。
日常のくだらぬ細部が、いかに人間にとって骨折りか。山田は日常をぞんぶんに描写する。
真紀は、周一との別れ、出産、周一の戦死、を経験する。
父親からしたら、ほら見たことか、である。だが、人間だれしも先のことがわからない。
そのときの判断で人間は行為を選択(ふたつにひとつ!)してゆくしかないのである。
人間の劇的なる行動を物語に変質せしめるのは時間である。
真紀は息子の周太郎と実家に戻る。父親はまだ若い娘をけしかける。
子どもを置いて島を出たらどうか――。

「この土地におったら、真紀の一生は見当がつく。
せめて、真紀だけは見当のつかん人生を、歩かせてみたかつよ」(P337)


福岡に出た真紀は、職場で情熱的な寡婦・睦子に出逢う。
一緒に東京へ行かないか、と真紀を誘うのである。
このまま福岡にいてもなんにもならない。
なら、いっそのこと東京へ行ってしまったらどうだろうか。むろん、不安はある。
けれども、ひとりではない、ふたりならば、ふたりでがんばれば。
山田ドラマの人物は「かくある」すがたを自覚しながら、「かくありたい」と夢想する。
ふたりで東京へ向かう日、駅で睦子は東京行きを断わる。
死んだと思っていた夫が、よりによってこの日、復員してきたのである。
ご都合主義とも思えるこの種の偶然は物語にはなくてはならぬものである。

東京で闇米のかつぎ屋からスタートした真紀は、
おなじような境遇の独身女性を仲間にして、ラーメン屋を開業するまでこぎつける。
4ヶ月ぶりに真紀と周太郎の母子が東京で再会するシーンは読者の涙を誘う。
まず母親から捨てられたと思っていた周太郎が泣く。
真紀も泣く。真紀の父親も妹も泣く。
みんなを泣かせるというのは、山田太一がひんぱんに用いるドラマ手法である。
喜びで泣くもの。哀しみで泣くもの。もらい泣きするもの。
どうしようもない巨大なちからに、微々たる人間はあらがうことなどできぬ。
どうしてこうなったのかわからないが、いまこうである。人間は泣くしかない。
山田太一は運命に立ち向かう英雄ではなく、運命に泣かされる庶民を描く作家なのである。

周太郎を引き取り、ラーメン屋で日々働きながら真紀は思う。
自分の人生はこれで終わりなのだろうか。もうすぐ20代も終わろうとしている。
味気ないじゃないか。味気ない。これも山田ドラマに頻出する形容詞だ。
味気ないから人間は、生きている味わいを求める。たとえば、恋のようなものを。
真紀に正式に求婚する男性も現われる。
事業家ではぶりがよい。だが、3人の子どもがいる。
ふたつにひとつである。求婚に応じるか、こばむか。
向こうの家に入ったら周太郎が苦労するのは目に見えている。
息子を取るか再婚を取るか。
どちらを選択するかで大きく人生が変わるのである。
しかし、片方を選んでしまったら、残りの選択肢の行く末を知ることは決してできない。
これが劇的なるものの本質であり、また、この劇的行為の連なりが物語となってゆく。
真紀は再婚をあきらめ、息子と仕事のために生きる決意をする。
ここに真紀の青春が終わったのである。

時は経ち、いまや周太郎は、戦死した周一とおなじ年齢になろうとしている。
周太郎は優秀で国立大学の法学部に所属している。
のちのちは官僚になろうという身。
真紀は仲間と別れ、新宿で中華料理屋を営業している。まあ成功者である。
父親を天草から引き取っている。楽ではないが平安な日常を送っている。
ところが、息子の周太郎が大学を中退すると言い始めたのである。
かつて真紀は父親の反対を押し切って周一と結婚した。
その真紀が息子の周太郎から裏切られるのである。
真紀は「見当のつかない人生」にあこがれて東京へ出てきた。
周太郎もまた「見当のつかない人生」を望んでいるという。
山田ドラマに特徴的な青臭いせりふを抜粋してみよう。周太郎はいう。

「(大学を)やめてなにをやりたいって、お母さん言ったね? 
そうなんだ。やめたいと思って、じゃなにをやりたいんだって考えたら、
なにがやりたいんだかわからないんだ。なんにもやりたいことなんかないんだ。
それは、ぼくが受験勉強みたいなことばかりしてたからじゃないかね?
自分の気持をおさえて、やりたいことをあんまりやらなかったせいじゃないかね?
だから、なにをやりたいのかわからないほど、
自分がなくなっちゃったんじゃないかね?」(P294)


もはや娘ならぬ母親の真紀はおとなの見識をもってこう反論する。

「周太郎。お母さんもね、この頃そんなことを言う人がいるのを知ってる。
新聞なんかでも読むことがある。
サラリーマンは見当がついているとか、エスカレーターだとか。
でも、そんなこと決してないのよ。
勤めてみればそんな簡単なもんじゃないことは、よくわかるはずよ。
あなたは官庁に勤めることが、見当のついた人生だと言ったけど、
そんなことはない。その中で生きてみれば、

そりゃあ、努力もいるし、運もいるし、

やりがいももちろんあるのよ。
ひと口に、毎日通って五十五で定年でと言えば、
わかってしまった人生のように思えるかもしれん。
でも、そんなことを言えば、人間の人生なんて、誰てちゃ見当がついとる。

生れて、年をとって、死ぬだけたい。

だからて、見当がついたから、生きとるのをやめようと何人の人が思うかしら?
見当などつかないのよ。
見当がついたと思うのは、お母さん、とんでもない思い上がりだと思う」(P291)


周太郎は2年間の休学ののち、復学することなくやはり退学するという。
メキシコでエビ漁をする会社に親には無断で就職したのである。
真紀は周太郎のために再婚を断念して仕事に専念してきたのだが、
その息子は母親を捨てて遠く離れたメキシコへ行ってしまうというのである。
真紀は過去を回想する。かつて自分は父親の期待を裏切って嫁いだ。
いま息子が自分を裏切ってメキシコへ行こうとしている。
「藍より青く」である。青は藍より出でて藍より青し。子は親から出でて親よりも――。
だが、断じて子どもは赤にはならないのである。藍より出でて赤くなることはない。
子は親を裏切るが、親の影響から離れることはない。
山田太一は「藍より青く」というタイトルに上のような意味を込めたとあとがきで書いている。
ドラマの終幕はサイパン旅行である。
真紀と周太郎が、周一の戦死したと目されるサイパン島へおもむく。
昭和42年。真紀と周一が恋に落ちてから24年が経っていた。