耳栓をしながら本を読んでいると遠くでベルの鳴る音がする。
急いで耳栓をはずすと、鳴っているのはやはりうちの電話である。
この電話番号を知っているものなどいないはずなのだが、
とふしぎに思いながら受話器を取ると叔母のトシコさんであった。
父の姉である。独身。67歳。
そういえば半年前、まだ引越すまえだ。連絡があったことを思い出す。
17年も会っていない叔母からの電話にひるんだものだった。
内容は会いたいということである。昔話でもしましょうというのだ。
聞くと、トシコさんは、うちの一家が遭遇した悲劇をなにも知らないようである。
わたしの口から説明するのも億劫で、そのへんはお茶を濁したのだった。
引越しをしたら新居へ招待するという約束をした。
言うまでもなく、ウソである。
どうして17年も会っていない叔母の相手をしなければならないのかわからない。
親戚づきあいなどする気は一切ない。

トシコさんの声が受話器から聞こえる。もうわたしとしては笑うしかないわけだ。
もちろん、半年前に交わした約束は覚えている。
新居に招待しなければならないのであった。これは催促の電話だろう。
しかし、図々しいにもほどがあるよとあきれる。
空気を読んでくれよという気持ちもある。
半年間も連絡しなかったんだ。だいのおとなが意味をわからないはずがない。
トシコさんとなんて、いまさら会いたくないんだ。

電話の向こうのトシコさんは一方的に話しまくる。
「K子ちゃんって覚えている? いとこのK子ちゃん。
お父さんのお兄さん。その娘のK子ちゃん。
いまねK子ちゃん、オーストラリアから帰ってるんだって。
それで、なんか、久しぶりに会いたいって」
トシコさんはわたしの名前をちゃんづけで呼ぶ。
「K子ちゃんが××ちゃんと会いたいって」
言葉の返しようがない。
「覚えてるでしょ、K子ちゃん」
「ええ、はい、まあ」
といっても最後に会ったのは25年近くまえになるのではないか。
死んだ母は、子どもが父方の親戚とつきあうことを好まなかった。
トシコさんは、ことさらハイテンションである。
「話、聞いてる? K子ちゃん、しばらくオーストラリア行ってて、
オーストラリアに遊びに来ないかなんて、言ってたらしいのよ。
けどね、いま日本へ帰ってきて、そうそう、せっかくだからって」
わたしがなんでそのK子ちゃんとやらに会わなければならないのだろう。
トシコさんのこちらの都合を考えない一方的な物言いに腹立ちがつのる。

「ちょっといいですか、トシコさん。どうしてうちの電話番号を知ってるんですか」
父から聞いたということである。
なんでも先日、母の墓が完成した。そのおりに父から聞いたというのである。
いま母の遺骨は大叔母の墓に入っている。
というのも、母が遺言でそれを希望したからである。
父としては、それが不満なのか。マンションを売ってカネの入ったことが大きいのだろう。
マンションとは以前にわたしが住んでいたところである。
罪滅ぼしのつもりか、過去を清算したいのか、
ともあれ近所に母の新しい墓を建てたのだ。
坊主を呼んであれはなんというのだろう。落成式みたいなものをやったらしい。
わたしはもちろん参加しなかった。
そこへ叔母のトシコさんは行き、うちの電話番号を知ったものらしい。

トシコさんの話はK子ちゃんから孤独な老人――自分のことへ移る。
「このまえ約束したじゃない? 引越ししたら会おうねって」
勘弁してくれよ。もう「いい子の××ちゃん」ではいられない。
思えば、少年期のわたしは絵に描いたようないい子だった。
ウヘヘヘヘ、受話器に向かい奇妙な笑い声をあげる。
もうすべてぶちまけるしかねえか。
だが、トシコさんに動揺は見られない。相変わらずのペースで話しつづける。
「そろそろ、引越しから、もうだいぶ経つし、会いたいな、なんて」
「なんで会わなきゃならないんすか?」
こちらの返答はもうゴロツキのそれである。
「だって、私、トシコおばさん、××ちゃんに会いたいもの。
××ちゃんは、私に会いたくないの?」
「ウヘヘ。いやあね、そんなイエスかノーかなんて問われてもね。
まさかノーだなんて言えないでしょう」
「え、会いたくないの? おばさん会いたいな。覚えてない?
むかしマンションで遊んだよね。いまになるとそういうの、懐かしくてね」

スイッチオンだ。うぜえ! 怒気を帯びた声になっていることに気がつく。
「あのう、トシコさん、知ってますか? わたしもう父と5年も会ってないんです」
正確には4年だったか、3年だったか。
「知らなかった。そうなの。お父さんと会ってないの」
「もう父との関係は断絶していますから。終わっちゃってるんです」
こちらは母の死んだ7年前から常に戦争をしているようなものだ。
トシコおばさんの平和で呑気な話しかたが不愉快で仕方がない。
「うちの母、自殺したんです。わたしの目の前で飛び降りたんですよ」
少しは驚くかな。トシコさんは――。
「あら、そうだったの」
わからねえのか、このババアは!
「母はわたしの目の前で飛び降り自殺をしたんです。
わたしの、息子の目の前で。
あたまなんかぱっくり割れちゃって、血がどろどろ出て」
露悪的とも自虐的ともいうべき快感が全身をつきぬける。
トシコさんは反論する。
「お母さん、そんなことをするひとじゃないと思うけどな」
「したんです。わたしは見たんです。血がどろどろ。
名前を呼ばれてうえを向いたら母がふってきた。
残された日記を見たら悪口がこれでもかと書き込まれていた。
この時点でわたしの人生は終わったんです。
うちの家族も終了。わかりますかフィニッシュ、終了!
もう完全に壊れてしまったのです。
いまさら親戚づきあいがどうのという話ではないんです」

怒鳴り声に近い言葉を叔母にたたきつけた。
それも嗤(わら)いながらである、なにを嗤っているのか。ぜんぶだ。世の中ぜんぶ。
神も運命も哄笑してやる! わたしはドストエフスキーの小説人物のように物狂おしい。
なにもかもが狂っている。世界もわたしも狂っている。おまえも狂え! トシコよ狂え!
どうだ!? 世界は狂っているんだ。わたしも狂っている。アハハ、見やがれ、阿呆が!
しかし、トシコさんの声色はまったく変わらない。
「それでも会いたいな。いまどうしてんの、××ちゃん?」
「わたしはトシコおばさんの私生活に興味がありません。
なんでわたしのことをどうこう詮索されなきゃならないんですか。
こちらには話したくないことがたくさんあるんです」
もう電話を切りたいのである。
一方でトシコさんは暇を持て余している。
情報を聞き出してわたしを親戚中の笑いものにでもするつもりか。
母親から目のまえで飛び降りられた息子はどう生きているか。
いまやわたしは被害妄想のかたまりである。
トシコさんのおだやかな話し声がよけいにわたしをいらだたせる。
「電話、切らないでね。まだ私、話したいことたくさんあるの」
まだわからないのか。怒鳴る。
「こちらはなにも話したくないんです」
受話器をガチャンと放り投げた――。

イヤアな気持が残っている。いきなり電話を切ってしまったという罪悪感。
むかしはいい子で通っていたわたしも、
ついにこんなことをする人間になってしまったかという絶望。
なんでこんなふうな人間になってしまったのだろうというやり切れなさ。
そうか、あのK子は人生をよろしくやってやがるんだなというやっかみ。
なんでおれだけがこうなんだ、畜生、みんなぶっ殺してやりたいという悪意。

アヒャヒャヒャヒャ、どうしようもねえな、おれ!

救われないな、まったく。人生でろくなことが起こりはしねえぜ。ま、慣れてるけどよ。
こういうときは酒だ。読みかけの本を投げ出し、グラスにウイスキーをそそぐ。
いちおう氷は敷いてあるが、ほぼ生(き)のままのウイスキーを水のようにのみほす。
泣き笑い怒りながら3回、ウイスキーをほしたところで小康を得る。
よし、オトシマエをつけよう。書くか。わたしはパソコンの電源を入れる。

(参考)前回のトシコさんからの電話を書いた記事は以下。
http://yondance.blog25.fc2.com/blog-entry-1208.html