「話を聞く技術!」(永江郎/新潮社)
→話すのが苦手なのである。だから、ひとの話を聞くしか道が残っていない。
なのに、聞くのも不得手なのだから。やむなくこのような実用書を入手したしだい。
実用書のはずが、残念ながらわたしには役立つところがほとんどなかった。
どういうことか。
わからないことがあったが、その回答および解決策が書かれていなかったということだ。
本書の内容はのほとんど有名人の自慢話なのでがっがりした。
わたしがわからないのはこういうことである。
話を聞く場合、話す側の都合と聞く側の都合、果たしてどちらが優先されるのか。
一部の例外をのぞいて、大多数の人間は話すことに快楽を感じるようである。
ならば、聞く側はじっとこらえて聞かなければならないのか。
話す側の都合を優先するならば、そういうことになる。
いっぽうで聞く側の都合を優先させていいならば、話す側の気分を害することも起こりうる。
相手が話したくないことを聞きたいと思ってしまう場合である。
自慢話や世間話はおもしろいものではない。
しかし、だからといって話し手のプライバシーを侵害してもいいのか。
もうひとつ。話し手が意図的にプライバシーを公開する場合がある。
聞き手は話し手とそこまで深く関与したくないとする。
このとき、それでも聞くべきなのかという問題である。
本書の回答者は、河合隼雄をのぞいて、聞く側の論理でしか語っていない。
いずれも取材のありかたを説いているに過ぎない。
要は自分のメリットしか考えていない利己主義者ばかりなのである。
どうやったら話し手から有益な情報が得られるか。これしか考えていない。
ビジネスだったらそれでいいのかもしれないが、人間関係はそれだけではないでしょう。
「話を聞く技術!」と名づけるならそちらにも対応してほしかった。
これでは「情報取得技術!」ではありませんか。
最後に、唯一話す側にも目を向けている河合隼雄のインタビューから抜粋する。
――心理療法で、クライアント(患者)の話を聞くことにはどんな意味がありますか。
河合「聞くことに始まって聞くことに終わる、と言ってもいいでしょうね。
相撲で言うでしょう? 「押さば押せ、引かば押せ」って。
それを真似してカウンセラーは、
「クライアントが話したら聞け、黙っていても聞け」って。
聞かないとだめですね。
――クライアントのすべてが話にあらわれる、ということですか。
河合「そういうことです。聞いていることによって出てくるんですよ。
帰りぎわに「こんなことを話すとは思いませんでした」と言う人が多い。
――話すことの重要性に気づかれたのはいつごろですか。
河合「早くからですね。いちばん初め、まだそういうことが分かっていないときは、
すぐ忠告したり助言したりしたわけです。
でもそんなことにはぜんぜん意味がない」
――意味ありませんか。
河合「ええ。言っても聞かないから。
そもそも忠告や助言で変わるような方は来られない。
誰かが忠告したり助言したりして、
それでも変わらない方が来られるわけですからね」
――(笑)。でも、新橋あたりで飲んでいるサラリーマンを見ると、
たいてい上司や先輩が若い者に忠告したり助言していますね。
河合「やっているでしょう? あれは上司の精神衛生に非常にいいんです。
――えっ。上司の精神衛生にですか。
河合「そう。聞いている方にはほとんど意味がありません。
あれは忠告を受けている方が上司の心を癒しているんです。
だから飲み代は上司や先輩が払うでしょう。カウンセリング料です、あれは」(P135)
このまえ生まれて初めて新橋でのんだけれども、周りの話がいかにもでおもしろかったな。
盗み聞きしながら、味わい深いものがあった。
「女はね男のレベルに応じて寄ってくるんだけど、おれのレベルは〜〜」
と大声で騒いでいるおっちゃんがいちばん印象的だった。
「いよっ、あんたが大将!」とこころのなかで呼びかけたものである。
「読書家の新技術」(呉智英/朝日文庫)絶版
→小谷野敦が影響を受けた本だというから読んでみたのだけれども、
ひと言でいえば、つかえねえゴミ本。
読書論の根本にある疑問というものがある。「なんのために本を読むか」だ。
むかしの読書論では、教養をつけるため、幸福になるため、よりよき成人になるため。
こんな回答がなされたものである。
では、呉智英の読書論はこの問いにどう答えるか。
「知的武装して知の戦士、知のゲリラになるため」だそうである(87ページ)。
ゲリラとかバッカじゃねえの。知的武装ってなんですか。
大戦隊ゴーグルファイブからぜんぜん成長していないじゃないの(笑)。
変身して、知的ゲリラへ! 平和を守るために悪と闘おう!
後楽園遊園地で呉智英と握手でもすんのかい? まったく幼稚極まりない。
こういう乗りが好きな男の子が呉先生に続け、とかアホなことを考えるのだろう。
いまひまさえあれば2ちゃんねるの政治系の板で罵倒しあっている連中というのが、
呉智英の読者層になるのかと思われる。
おれは知のゲリラだ。悪をくじく知の戦士。ううう、おれってかっちょええ♪
こんな自己陶酔をしているのかと思うと気持が悪くて身震いする。
新聞書評を参考にして探書を増やすとか、宝探しのつもりなんでしょうかね。
知の戦士は洞窟で宝箱を発見した。「開ける/開けない」。
ピヨーン♪ 知の戦士はまぼろしの書物を手に入れた。戦士の賢さが5上がった。
とかなんとか(笑)。がんばってゲームでもクリアするつもりなのだろうか。
書評なんか読まなくていいと思うけどな。
わたしは、書物は人間とおなじで縁だと思っている。
縁があれば読む。縁がなかったら読まない。
このくらい気楽に構えているのが健全だと思う。
それから呉智英がすすめているのは読書カードか。
わたしは似たようなことをブログで4年もやっているけど、なーんも向上していませんが?
読書カードなんてよほどの物好きしかやらなくていいと思うがね。
巻末に例によってブックガイドが掲載されている。
ひとに本をすすめる人間というのは、なんだかな。
おなじ人間なんてひとりもいないんだから、
自分に役立った本が他人にも効能があると考えるのは間違いではないかな。
こういうブックガイドを作るのが読書の目的だったのではないかと疑いたくなる。
おれ、こーんなに、本を読んでるぜ、見て見て、すげえだろ、みたいな。
おまえはビールの空き缶でも集めてろって。
要するに呉智英は自分の子分を作りたいわけでしょう。
このブックガイドにある書物を読んだら、今日からきみもミニミニ呉先生だぁ!
ブックガイドは必要ないと思うけどな。
本は他人から読まされるものではないでしょう。
大切な自分の時間とおカネを使うのだから、読みたい本を読めばいいんじゃない?
読みたい本がないのなら、別に本なんて読まなくても。
ほかに楽しいことを見つけたらいいと思うのだが。
間違ってるかな、知のゲリラ諸君よ?
「書いて稼ぐ」(「鳩よ!」編集部)
→よくよく考えると、いい文章を書きたいというのはウソではないが、
それ以上でもそれ以下でもなく、つまりおなじくらいおカネになる文章を書きたいのである。
いい文章がおカネになる文章とおなじなのかは、
業界人と縁がないのでさっぱりわからないけれども。
とすれば精神的な文章読本よりも、
このような実用的なハウツー本を読むべきなのかもしれないと思ったのだ。
本書には50人もの文筆業者によるアドバイスが掲載されている。
驚いたのは、もちろんそれはわたしが特別無知なためだろうが、
そのうちの8割を知らなかったのである。
こんなにたくさん書いて稼いでいる人間がいるとは。
ああ、文筆業者! なんといい響きなんだろう。うっとりしてしまう。
この本を読んでいちばんの感動はこれだけ多くの文筆業者がいることを知ったことだ。
もしかしたらわたしのような無学無知無能無才のやからも仲間入りできるのか。
これだけいるのならひとりくらいもぐりこんでもばれないのではないか、なんて。
そんな甘い期待を文筆業の先生は打ち破る。
おそらくみながみな、ひとから憧れられる職業だという自意識があるのだろう。
上から目線でビッシビシ先輩風をふかせる。
ここで、なんでえ! などと歯向かったら魑魅魍魎の業界では生きていけないのだろう。
わたしは文章を高める努力よりも、
まずお辞儀の練習をしなければならないと本書を読んで思った。あとお世辞もね。
「私の文章作法」(安岡章太郎編/文春文庫)絶版
→最初から引用をする。小島信夫先生。「抱擁家族」の作家ね。
「ひと言にいって、私は文章というものを非常に簡単に考えている。
つまり、言いたいことが、十分にいえているかどうかということだ。
というより、いいたいことがあるかどうか、ということだ。
いいたいことが大したことでなければ、十分にいわれたとしても、
つまらないのだから、けっきょくいいたいことがほんとうにあり、
そのいいたいことが、いうに価することであるかどうかということが問題となってくる。
それならば、いうに価することとは何であるか。
本人がそう思っても、ただそれだけのことで、ハタから見てなんでもないこともある、
といっていうに価することかどうかは、いわれた文章を見てみなければ分らない。
私は以上述べたようなことが、文章の評価の根本だと考える」(P47)
いやらしいことをやってみよう。みなさんに質問します。
さあ、この先生の文章は名文ですか。それとも悪文か。
作家先生の筆なる文章「だから」名文というのはおかしい。そういう判断はダメだ。
考えてください。考えれば考えるほど文章というものがわからなくなるでしょう。
わたしは育ちが悪いから、もっと意地悪なことをやる。
小島信夫の文章を、この先生の基準で裁いたらどうなるか、である。
チェックポイント1。
「この文章は言いたいことが、十分にいえているかどうか」
ペケである。なにを言っているのか何度読んでもわからない。
チェックポイント2。
「この文章はいいたいことがあるかどうか」
わたしは「ない」と思うがね。
「ある」と思われるかたはこの文章で小島信夫がなにを言いたいのか教えてください。
チェックポイント3。かりにこの文章に言いたいことがあったとして――。
「そのいいたいことはいうに価することか」
わたしはチェックポイント2でバツをつけているのでこの質問には答えられない。
あたまのいいひとはさらに先を考えたでしょう。あなたは鋭い!
ならば、わたしのいま書いている文章は小島信夫の基準に照らすとどうなるか。
1「この文章は言いたいことが、十分にいえているかどうか」
さあ、判断するのはみなさまです。
2「この文章はいいたいことがあるかどうか」
小島信夫って、一見するとあたまの良さそうな文章を書くけど、実はバカじゃん?
3「そのいいたいことはいうに価することか」
この作家の「抱擁家族」ほどつまらない小説はなかった。
小島信夫ごときが文豪のような顔をしているのはおかしいと思う。
これは既成の価値判断に異を唱える行為だから、
微細ではあるにしろそれなりの価値はあると(わたしは)思う。
うふふ、文章はおもしろいと思いませんか?
「文章読本」(吉行淳之介選/福武文庫)絶版
→吉行淳之介の手なる文章読本アンソロジーである。
参考書形式で要点だけメモする。作家志望のみなさん、どうぞお召し上がりください。
谷崎潤一郎いわく、文法的に正確なのが、必ずしも名文ではない。
だから、文法に囚われるな。
(けれども、谷崎先生を尊敬した中上健次みたいな悪文になってもねえ)
さらに谷崎潤一郎はつづける。文章は料理とおなじである。
食べてばかりいるよりも、材料を買出しに行き、実際に作ってみるのがいい。
そうしてこそ味覚が発達する。文章もこれと変わることがない。
井伏鱒二は尊敬している作家の言葉を引いている。
文章は「が」「そして」「しかし」に尽きる。
この場合の「が」は、「〜〜であるが、〜〜」の「が」である。それから語尾だ。
畢竟、文章は「が」「そして」「しかし」語尾の問題に行き着く。
佐多稲子は、ある作家の話としてこんなことを述べている。
小説家というのは書いている最中は、自分でもなにを書いているのかわからない。
翌朝になって初めてなにを自分が書いたのかわかるらしい。
夢中で書いて、目が覚めたらひとつの作品ができあがっている。
川端康成いわく、文章の初心者はまず好きな文章を見つけることである。
文章はいくら分析しても解きあかされるものではなく、結局好き嫌いに帰着する。
まず読むことである。文章の長所を見ること。
そこに知らず知らず進むべき途の第一歩は、見出されるのではあるまいか。
――と文豪はおおせであります。みなさん、ともに切磋琢磨しましょう♪
「対談 小説作法」(中野孝次ほか/文藝春秋)絶版
→中野孝次が聞き手となり文豪に小説作法を問う。
登場するのは、吉行淳之介、野間宏、尾崎一雄、
大江健三郎、遠藤周作、水上勉、永井龍男、井上靖、大岡昇平。
むかしの小説家はむずかしいことを言うから困る。
だからといって、その難解な創作秘話に実があるかといったら眉唾ではないか。
作家の自分語りは果たして信頼に足るのかという問題だ。
というのも、作家というのはウソつきでしょう。
おいそれと小説作法を話すもんかな。
それと、もうひとつ、大きな間違いがある。
自分のことをいちばん理解しているのはほんとうに自分なのだろうか。
そうだとしたらば、
会話体にしては度が過ぎすほど難解なこれらの小説論にも価値があるのだろうが。
わからないのだが、わからないなりにおぼろげにわかっているのは、
小説というものは理論とは別のところであんがいかんたんに書けるものではないか。
それを小説家が解説しようとするともったいぶるのでやたら難解になる。
本書から勉強したヒントのようなものを以下に紹介する。
水上勉のウソ――。
中野「そういう語りのうまい人っていうのはいますね」
水上「いるでしょう。小説はまさにそれですよ。
いってみれば、(猟師の)狐獲りですよ」
中野「なるほど。あることでの“プロセス”なんですね。
ただ、いきなり「狐を獲った」というだけじゃつまらない」
水上「つまんない。だから、どういうふうに獲ったか、
見たこともないのに狐がどんな顔したか。
聞いたこともないくせに、キャンと鳴いたとかなんとか上手に言うんですよ。
聞いている方は、阿呆たん、嘘つきめ。と思うとんのやけど、
ついつい、「やっぱりほんまやなあ」と聞いてしまう。
そこらあたりの語り口の上手な人には……」
中野「虚実のないまぜたものがあるわけですね」
水上「ええ、そういうところがあったんでしょうね」(P188)
水上勉は幼少期の思い出を語る。この作家は9歳で寺に入れられた。
そこには背の低い垢だらけの汚い傘売りが来たという。
男は和尚の親戚だからなにがしかのカネを与えないわけにはいかない。
そのカネをわたすのが水上勉の役割だった。
汚くて貧乏な男だが、それでも和尚の親戚だから小僧の水上勉をいじめるのである。
カネをわたすと傘を1本置いて男は去っていく。
水上「私は、今日会いたい人は、あの人だよ。
……中野さんね、人間の目の壁というのは、幼い頃に焼きつけられたものを、
1秒のものでも終生それを鮮明なネガにして残しておるものですね。
それが、あるときに、
パアーッとカラー写真となって焼きつけられて出てくるんですね」(P200)
そこから水上勉は「雁の寺」を書いたというのである。
忘れられないひとが、顔が、小説を作る。
井上靖の解釈するヴァレリー「純粋詩論」――。
井上「たとえば、夕暮れといっても、
「夕暮れ」という言葉から受ける感じは読む人によってそれぞれ違う。
わたしの感じている夕暮れは、「夕暮れ」という言葉を使っちゃ出せない、
ほかのもので拵(こしら)え上げなきゃいけない、それが純粋詩だ、と。
ヴァレリーには悪いんですが、実に単純な解釈をしたんですね」(P252)
井上靖にとっての物語――。
井上「……小説は物語だと思いますね。
物語を通して一人の人間を追及してもいいし、
人間の持っているものを追求してもいい。
哲学の論文でも、エッセイでもないんだから、物語の形を通していきゃあいい、と」(P255)
パミール高原を初めて見た井上靖は感動する。
井上「そのとき思ったのは、このパミールに法顕も、玄奘三蔵も入り、
それから千何百年もたっている。
法顕は五世紀ですし、玄奘は七世紀ですから、確かに千数百年たってるんです。
しかし、そのころといまのパミールは変わってないと思うんです。
その一角に今度わたしが入るわけdす。
そして、自分が死んで何百年たってもまた同じことなんですね。
何にも変わらない。それは人生的な悲しみじゃないんですが、ある悲しみがある」
中野「「命の哀しみ」という言葉であらわされるような……」
井上「そのような感じですね」(P257)
このとき井上靖は永遠に思いを馳せていたのではないか。
最後に井上靖と酒の関係――。
たしか井上靖は文壇酒豪番付の横綱だったはずである。
井上「中野さんは、毎日お酒を召し上がる?」
中野「このごろは週に一回だけ休肝日にしています」
井上「ああ、けっこうですね。どうしてもお酒が入らないと眠れませんからね」
中野「眠れません。きょうはそういったことも伺おうかと思ってました。
井上さんはよほど体がお丈夫なんでしょうね」
井上「いやいや。わたしは酒もたばこもコーヒーもみんな好きなんですが、
酒は人類ができてからすぐ造られていますね。
そのときからいままで飲み継がれてるんだから、悪いはずがない。(笑)
たばこだってそうですよ。やはりすぐできてるでしょう。
コーヒーだって古いんじゃないですか」
中野「さあ、存じません。ぼくも毎日飲んでしまって、よくないんですよ」
井上「酒は無毒だと思い切ることですねえ」
中野「ぼくもそう思ってます。
女房がどうのこうの言いますが、おれはこれで死んでもいいんだ、と」
井上「ぼくのとこもそう。ぼくは無毒だと思ってる」(P276)
井上靖がいうんだから、酒は無毒である(笑)。
実際、この文豪は83歳まで生きている。
あながちウソでもあるまいと信じたいのはわたしがアル中だからなのか。
「ベトナム怪人紀行」(ゲッツ板谷/角川文庫)
→ゲッツ板谷はバカをよそおっている天才かといままで疑っていたが、
どうやら買いかぶりでほんまもんのバカだったようである。
元暴走族で不良のゲッツ板谷と戦場カメラマン鴨志田穣がベトナムで繰り広げる珍道中。
「怪人紀行」シリーズはインド編、タイ編と読みついできたが、
おもしろさの秘密はカモちゃんこと鴨志田穣にあったことが判明する。
冷静に思い返すと、笑うのはすべてカモちゃんネタなのである。
カモちゃんはアル中で、キチガイのように怒りっぽい。
朝からビールをがんがんのんで、
少しでも腹が立ったらだれかれ構わず大声で怒鳴りつける。
なんでこうも笑えるのかとふしぎだったが、なんのことはない。
おれ、カモちゃんとおなじタイプだったや(笑)。
やばい。作者のバカが伝染ったのか感想文にまとまりがなくなっている。
さかしらなことを放言するなら、旅は単数か複数かという問題がある。
ひとりで行くか、複数人で行くか、である。
芭蕉の「おくのほそ道」は複数である。弟子が随行しており、紀行文にも登場する。
パートナーがいると紀行文は書きやすいのね。
名所の感想もふたつ表現することが可能で、
ポリフォニック(おれ、なんだかあたま良さそうじゃん!)になる。
そのうえ書くことがなかったらパートナーのことを書けば場をしのげる。
だけど、カモちゃん死んじゃったから、もうこのシリーズも終わりか。
あ、ゲッツ板谷にダメだしOK?
あんたダメ。不良を気取っているんなら、軽々しい同情はすんな。
枯葉剤の影響で身体障害者になったベトナムの子どもはたしかにかわいそうだが、
そのことに義憤を感じるのはおまえの仕事ではないだろう。
ベトナム戦争ネタもおなじ。
ちんぴらライターがまじめな顔して戦争を語るなって。
読者はどんな顔をして読めばいいのさ。こちらは笑いたくて読んでいるんだから。
落語を聴きに行ったら、原爆被害者が体験談を語りはじめたようなものである。
「おくのほそ道」(芭蕉/岩波文庫)*再読
→この紀行文は死から再生への物語でもある。
「古人も多く旅に死せるあり」(序章)と死を覚悟して始まった旅は、
「……したしき人々日夜とぶらひて、蘇生ののものにあふがごとく、
且(かつ)喜び、且いたはる」(大垣)と終わるのである。
生から死へ向かうのが人生だが、芭蕉は旅でベクトルを反対に向けたのである。
読後感がよろしいはずである。インテリ庶民を問わず人気があるはずである。
こんかいは古典を味わうという意識は捨てて、
紀行文の書きかたを学ぼうと本書を開いた。
結果、わかったのは、「おくのほそ道」が歴然とした物語になっているということである。
もっと言ってしまえば、通俗小説と近似している。
旅これ人生というのが古来伝えられてきたことだが、
「おくのほそ道」はまさしく人生そのものである。
といっても難解なことではない。だれでも知っている人生の真理である。
「人生、楽ありゃ、苦もあるさ」だ。
「おくのほそ道」の旅における感慨の楽のほうを青ペンで、苦を赤ペンでメモした。
すると、どうだ。見事な青と赤の縞模様ができあがったのである。
「泪(なみだ)を落し」(P26)
↓
「捨身無常の観念」(P28)
↓
「存命の悦び」(P33)
↓
「路ふみたがえ」(P39)
↓
「時のうつるまで泪を落し侍りぬ」(P40)
↓
「辛(から)き思ひをなして」(P43)
↓
「今象潟に方寸を責」(P52)
↓
「病おこりて」(P55)
↓
「夕ぐれのさびしさ、感に堪たり」(P69)
上記はおおまかにわけると自然現象への苦楽の感慨である。すなわち、対自然だ。
では、対人間のほうはどうなっているか。これまた類型的なのである。
朴訥な宿の主人。親切な野夫。身分以上に風流を解する馬男。
現代の紀行文にも通じる典型的な人物ではないだろうか。
それから旅にはロマンスめいたものもなければならない。
遊女の登場が必要となるわけである。市振での遊女との出会いと別れだ。
これをフィクションだと断定しているわけではない(まあフィクションだろうが)。
しかし、なんと都合のいいところで遊女が現われることか。
この遊女の存在が芭蕉の旅をどれだけ華やかにするか。
いまわたしが問題にしていることである。
一笑という青年が早世しているのもエピソードとしてとても魅力的である。
死を意識することで旅=人生がひきしまる。
それから旧友・等栽との再会も涙ぐましい。
いままで「おくのほそ道」という舞台に登場する役者を紹介してきたが、
偶然か必然か、
現代の紀行文である沢木耕太郎「深夜特急」にもまったくおなじ役者が登場する。
逐一指摘したらその相似にみなさまは驚かれるはずである。
偶然とするのはあまりにも似通っている。必然と言ってしまうのも腑に落ちない。
実のところ、偶然でも必然でもないのである。旅とはこういうものなのだ。
いや、完全な旅とは、と言い換えたほうがよろしい。
むろん、実際の旅はそうではないかもしれない。そううまくいくものではない。
だが、描かれる旅はこうでなければならぬ。
ここに旅をする人間の真実があるのである。事実ではない。真実が、である。
「深夜特急」(沢木耕太郎/新潮文庫)*再読
→言わずと知れたバックパッカーのバイブルである。
バックパッカーとはリュックを背負い世界各地を長期間にわたって貧乏旅行をするもの。
初めて読んだのははるかむかしの大学生のときである。
何年かまえインドを3ヶ月さまよったのも、今年アジアを酔っぱらってふらふらしたのも、
もとをただせばこの「深夜特急」から受けた感動にある。
むろん、「深夜特急」を読んで世界に飛び出すのは月並みでありきたりな行動だ。
しかし、それは読者の安っぽさを示しはしても、
この名著の評価をいささかでも下げるものではない。
おりにふれて部分部分を再読していたが、こんかい全編再読したのは勉強のため。
紀行文を書いている。行き詰ってしまった。古典から学ぼうというわけである。
文章のうまさにかなわないものを感じた。
もちろん、言い訳ができないわけではない。
沢木耕太郎の文章は美文には違いないのだが、
それらは読み手によってはひどく鼻につく、とてもキザな文章でもあるのだ。
たしかにうまいのだけれども、やはりキザだよなと何度もあきれたものである。
それでも著者の顔写真を見ると、これなら許されるのかと二重に感嘆する。
沢木耕太郎の文章の3割程度なら文才のないわたしにも真似ができるのかもしれない。
しかし、それは決定的にわたしの文章ではなくなっている。
結局のところ、わたしには「深夜特急」のような美文は一生かけても書けないのだと思う。
可能なのは、おのが文章を完成させること。
持って生まれたものを見つめながら、何度も掘り返して、その底にある文体をつかむこと。
これしかないとあきらめる。だが、沢木耕太郎の文章は美しい。才能に嫉妬する。
旅とはなにかをわかりやすく図示してみる。
自然(歴史)
(日常→)旅人―――――(非日常)―――――→?
人間(日常)
言葉にするなら旅とは、日常を飛び出した人間が、
未知の自然と人間のただ中をくぐり抜け、目的地までたどり着く過程を言う。
だが、娯楽の観光ではない放浪とも言うべき旅の場合、
自分の内面での変化を求めるため、終着地が未定であることも少なくない。
かりに旅がこういうものだとすれば、紀行文の内容もおのずから知れよう。
旅人はなにを書くかである。まず現地の人間を書く。見た自然を描く。遺跡を描写する。
旅人たる自分の内面を説明する。どこに行き着くかわからない終着地に思いを馳せる。
したがって「深夜特急」の内容も以上である。
しかし、「深夜特急」があまたある紀行文と異なるゆえんは骨があるところである。
旅の思想がある。言い換えるなら、上記の旅以外のものを描きたいという野心がある。
それはなにか。
沢木耕太郎はこの長期旅行に詩集「李賀」を持参した(という設定になっている)。
李賀(りが)は唐代の詩人で27歳で没している。
旅を始めた沢木はもうすぐ27歳になろうとしていた。
タイの鉄道に揺られながら沢木は「李賀」を開き、早世した詩人を思う。
「李賀は、その心の底に深い虚無を抱いていたらしく、
どの詩を読んでも昏(くら)く陰鬱な印象を受ける。
白昼を舞台にしていてさえも、常に薄い闇に覆われている。
しかし、その闇を斬り裂いて、
閃光(せんこう)のような激情がほとばしる瞬間がある。
それが幽鬼と死霊の跋扈(ばっこ)する夢魔の世界を
一瞬にして純一な青年の悲哀で満たすのだ。
私はその李賀を読んだり、窓の外の景色に眼を向けたり、
駅の物売りから果物を買って食べたりしながら、
ゆったりした気分でスラタニー行きの鈍行に乗っていた」(「深夜特急2」P97)
上に抜粋した箇所に「深夜特急」のすべてが集約されている。
「深夜特急」の文章は、随所から「虚無」のやりきれなさを美しく奏でている。
だが、暗闇ばかりではない。ときに雷光が地平をあますことなく照らし出す絶景をも描く。
つまりは「青年の悲哀」が顧みられているのである。
現実に落ち込みながらそれでもなにかを求める青春の悲哀が!
沢木は紀行文を書く際、巧妙に描くべき人間と自然を取捨選択をしている。
テーマに適合するような旅の光景を都合よく並べるわけである。組み合わせの妙だ。
うまくいかないところは幾度も順番の入れ替えをしたのだろう(これをフィクションという)。
そして「深夜特急」では移動のシーンがことさら多く描かれている。
動きを出したかったのだと思われる。
上に抜粋した「李賀」の場面も、鉄道移動中という設定に組み入れている。
「深夜特急」でいちばん感激した場面を紹介する。
沢木がイランの税関で移動手段を探していると、あるバスから声をかけられる。
テヘランまで行くというそのバスはヒッピーバスであった。沢木はバスに乗り込む。
ところがバスは予想に反してなかなか先に進まない。にもかかわらず怒る乗客もいない。
それどころか苦難をともにするうちに、いつしか乗客のあいだに親近感が生まれている。
というのも――。
「(バスの)乗客のほとんどは、インドやネパール、
あるいはアフガニスタンでの奔放な旅を終え、
故郷のヨーロッパへ帰ろうとしている者たちだ。
一日早く帰ったからといってそれが何になるだろう。
むしろ、早ければ早いほど、
青春そのものといった日々から足早に遠ざかってしまいそうな気がする。
それらの日々は必ずしも自由で甘美なばかりではなく、
多くは過酷ですらあったろうが、いざ失う日が近づいてくるとなると、
たまらなく貴重なものに思えてくる。
故郷で待っているのは「真っ当な生活」だけだ。
それも悪くはないが、自分がそのような生活に復帰することができるのかどうか、
不安がないわけではない。
復帰できたとしても、果して「真っ当な生活」に耐えていかれるだろうか――。
彼らの惑いは、やがて私自身の惑いになるはずだった。
陽が落ち、闇が濃くなっていく。
突然、ポリスが立ち上がって、演説を始めた」(「深夜特急4」P113)
監視のため国境からバスに乗り込んできたポリスが言うのである。
これまで互いにまったく知りもしなかった人々が、このように一同に会し、
このように理解し合うことになった。
いずれ、テヘランに着けば、別れ別れになってしまうのだろう。
その前に、お別れのティー・パーティーを開こうではないか……。
乗客はみな感傷的な気分に包まれる。
バスがテヘランに到着する。沢木は親しくなった青年に声をかける。
「またいつか会おう」
すると彼はバスを指さしながらこう言った。
“From Youth to death!”
恐らく彼は、このバスを「青春発墓場行」と名づけたのだ」(「深夜特急4」P116)
読書しながらメモを取るクセがあるのだが、
紙にはウソ、ウソ、ウソ……と書き連ねられている。
読んでいると、ここはウソだな、ここもウソだなと気がつくのである。
じぶんがつたない紀行文を書いているからだと思う。ウソに敏感になっている。
といってもウソを批難したいわけではなく、むしろ反対で、ウソを学びたい。
どうすればうまいウソが書けるのか「深夜特急」から盗もうと企てたのだ。
正確な旅行の記録などおもしろくもなんともないのである。
しかし、いかにウソをつくか、というのがなかなかむずかしい。
沢木のウソは「造りすぎ!」とあきれるものも少数あったが、おおむね上質のウソであった。
なかでも最もうなったウソはインド、カジュラホでのウソである(「深夜特急3」P184)。
カジュラホはミトゥナ像とよばれる男女合歓像で有名。
かんたんに言うなら男女がセックスしているエロエロな彫刻だ。
沢木はこのカジュラホへたどり着いたとき風邪を引いていて動けなくなっていた。
ようやくツーリスト・バンガローを探し当てたのはいいがベッドはないという。
沢木が無理を言って入れてもらったのは女性専用のドミトリーだった。
病んだ沢木は同室のフランス人女性二人組にとても親切にしてもらう。
ある夜のことである。熱にうなされて目が覚めると裸体のフランス人がいた。
着替えをしていたのである。
窓から差し込む月光が若い女性の裸体を神々しく照らす――。
ぶすいを承知で指摘するが、こんなことウソに決まっているのである。
しかし、このウソはカジュラホという町の特徴をなんとうまく描いていることか。
沢木は観光名所のミトゥナ像にほとんど行数を費やさない。
その代わり、ドミトリーでの覗き見である。やるなぁと何度も拍手した。
ウソはこのようにつけばいいのかと、なにかを悟ったような気になったものである。
インドのどこかで風邪を引いたのは事実であろう。
ドミトリーで女性の裸体を見たこともあったのかもしれない。
だが、おそらく両方ともカジュラホではなかったはずである。
ふたつの事実が同時期に起こったかも疑問である。
しかし、事実と事実を時空軸をずらして並べるとこうも美しいウソが完成する。
発見であった。
「深夜特急」からの発見――。
紀行文というものは基本的にあったことをそのまま描いていいのである。
肩ひじを張って、そこまで文章やウソにこだわることはない。
ただしシメとなるところ(文頭や文末)で歌うと効果的である。
全編、歌ってばかりいたらジャイアンになってしまう。たまに歌うからいいのだ。
ウソばかりではダメということ。ホントのなかにウソが混じっているからいいのである。
時間のカットは「深夜特急」の場合はこうなっている。
「ある日〜〜。ある時〜〜。別のある日〜〜。次の日である。〜〜」
歌うというのがわかりにくいかな。
以下のような文章を歌うというのである。最後に沢木の歌唱を紹介して終わろう。
沢木は深夜バスに乗っている。旅の終わりを意識しはじめている。
「十時を過ぎて、しだいに乗客が眠りはじめる。
私も窓に体を寄せ、ジャンパーを枕にして、眼を閉じた。
しかし、なかなか眠りにつけない。さまざまな思いが浮かんでは消えていく。
暖房のおかげで車内は暖かいが、外は相当に冷え込んでいるようだった。
ふたたび眼を開け、車内灯に照らされてぼんやり映る自分の顔を見ているうちに、
胸の奥に小さな痛みが走った。
だが、私はそれについて考えないことにして、その向こうの闇を見つづけた」
(「深夜特急5」P18)
あたまを冷やして考えてみた。アホの読売新聞勧誘員についてだ。
もしかしたら貼り紙など無益なことだったのか。
たまにこういうブログがあるでしょう。
「最初にお読みください」だのなんだのと注意書きをしているブログ。
メンヘル系のブロガーに多い。
「心ないコメントはご遠慮ください」だの「無断で削除します」だの書いてある。
なかにはもっと好戦的で、なにかあればIPホストを晒すとおどしているブログも知っている。
こういうのを見るたびに無駄なことをやっているなと苦笑する。
そんなものを書いたって、どうせ荒らす人間は荒らすんだから。
いちいち削除するなんて断わらないで、さくっと削除しちゃいなさいと。
それとIPホストをこれ見よがしに晒すのは狂っているぞ(笑)。
だって、ねえ。どう注意書きを貼り紙しようが荒らすやつは荒らすもの。
こればかりは仕方がない。荒らさないでくださいと言っても通じるはずがない。
さて、である。もしかしたら読売新聞勧誘員は、ネット荒らしとおなじ存在なのか。
だとしたら、いくら貼り紙をしても効果がないはずである。
読売新聞勧誘員は社会の最底辺に生息するいわばゴキブリのような存在で、
かれらはじぶんのノルマのためなら他人の迷惑など一切気にしない。
ゴキブリにしてみればゴキブリお断り(侵入禁止)の貼り紙など関係ない。
うん、そういうことだったのか。読売新聞勧誘員はゴキブリだったのか。
なら、仕方がない。苛立ちもおさまるというものである。
けれども貼り紙がまったく効果がないというわけではない。
たしかにゴキブリ以外には効き目があるのだから。
おかしな生協の勧誘も、工事の押売りも貼り紙で駆除できている。
しかし、読売新聞勧誘員は問題だ。ゴキブリなら毒団子で殺すこともできよう。
だが、新聞という正義を売りつけに来る、この大きなゴキブリはどうすることもできない。
読売新聞勧誘員はゴキブリよりもたちが悪いというほかない。
*ネットで検索したら読売新聞の勧誘は特に悪評が高いようである。
読売新聞に投書したら取り上げてくれるのかしらん。