早稲田青空古本まつりへ行く。人間などいとも容易に変わってしまう。
学生時代は古本など見向きもしなかったわたしが、しかしこうも変わろうとは。
大学を卒業してどのくらい経ったころだったか。
新品の本を売っている書店にあるものだけが書物ではないという事実に、
それはもう打ちのめされたものだ。
いまでは、こう思っている。
すなわち、書店で買える本など、実のところ氷山の一角に過ぎないのではないか。
そんな一部分しか見ないで、本はおもしろいだの、つまらないだの論じるのはダメよ。
本というのは新刊書店に並ばなくなったそのときから
独自の歩みを始めるのかもしれない。
初日だからであろう。ひどい混みようである。
なにごとも期待しないことがいちばんである。
なにも夢見ていなければ、現実に落胆することもない。
どうせこの古本まつりでほしい本など1冊もないのだろう。諦観こそ幸福への裏門である。
しかし、これはなんだ〜。
「蜘蛛の巣 ユージン・オニール一幕劇集」(京都修学社) 3150円
ユージン・オニールですよ!
ええ、だれも知らないでしょう。それでよろしい。わたしだけの作家なのだから。
将来、出世したのち、好きな作家を聞かれて、ユージン・オニールと答えるのが夢である。
ストリンドベリでもいい。質問者が戸惑う顔をいまから想像している。
ユージン・オニールとは、そのような作家なのである。忘れ去られていなければならない。
だれだと思う。だれが発掘しやがった。
解説を読むと、甲南女子大学大学院のみなさまのようである。
まったく、余計なことをしやがって。
出版されたのは今年の3月。わたしがベトナムをふらふらしていたころだ。
知らなかったのも無理はない。そもそもこんなマイナー本がどれだけ出版されているのか。
もしや1000くらいではないか。いんや、少なくとも3000部は出ているのか。
しかし税込み定価が7140円もする戯曲集を、一般読者が気軽に買うとは思えぬ。
オニールの一幕劇をすべて翻訳収録しているようである。全20篇。
そのうちの10くらいは古い訳で読んでいる。いや、もっとかな。
しかし、オニールと銘打っている以上、心酔者は無視するわけにはいくまい。
いくら半額以下とはいえ3150円は厳しい。古本でこれはないだろう。
だが、あのユージン・オニールだぞ。おまえが全存在を揺り動かされた作家ではないか。
買おう。物書きとして生きることを夢見る人間が書籍代をケチってどうする!
思えば、これでテンションが高まったのだと思う。
さらに古本を物色していると不愉快な人間に出会う。
いきなり背中を押され、その場をどかされる。
このような古本関係の催事でトラブルは決して少なくはないが、
ここまで強引なのは初めて。
つまり、である。わたしがある棚を見ていた。タックルされてその場を動かされた。
ふりかえると中年男性が反対側の本棚を見ている。
黙っているわたしではない。
「すいません。いいですか。ちょっと、あなた。あんまりじゃないですか」
相手は反対側を向いている。こちらを向こうともしない。
「あまりにも自分勝手ではないですか。わたしが見ていた。あなたが強引に侵入した」
日本人なんだな、と思う。日本人は第三者から話しかけられることを忌み嫌う。
知り合い以外とは話さないのが老若男女、日本人に共通するところである。
いくら抗議しても相手のおっさんは無視している。
何度でもよくよく断わりたいが、わたしは無意識にやったのである。
手に持っていたオニールの分厚い本で、後ろ向きのおっさんの頭をぽかりとやった。
相手の身長が低かった。頭部が見えた。ついぽかりとやってしまった。
殴られたら、このおっさんも口を開くわけである。
「なにも殴ることはないだろう」
これが第一声だった。
「言葉が通じないと思ったんだ」
わたしは結構な長身である。
「このやろう、このやろう」とおっさんがうめく。
「なんだ、おい」
「名を名乗れ。名前はなんという」
正直に本名を伝える。
「いいか、おまえ。おまえは一回、おれを殴った。おれも殴り返すからな」
ここでぶち切れるわたしである。
「ああ、やれるものなら、やってみろ。殴れよ。
ちょっとでも手をだしたらおまえをぶっ殺すからな」
じぶんの口からごく自然に「ぶっ殺す」が出てきたことに我ながら驚く。
だが、このようなケースで、ふきだしてしまったら負けである。
おそらくわたしの目が狂っていたのだろう。
相手の中年男性はなにもせずにその場をあとにした。
なんらかの自慢をしたいわけではない。
おそらく危険なほどにわたしが狂っていた。相手が恐怖した。そういうことであろう。
正しいかどうかを問題にしているわけではない。
わたしが正しかったと主張するつもりはまるでない。
それぞれ言い分があるのである。
もしかしたら相手が正しかったのかもしれない。
ここで書きたいのは、おのれの業である。宿業。
ふつうの人間は、こういうことがあっても我慢する。ぽかりとやらない。
しかし、やってしまうわたしがいる。文句を言われたら「ぶっ殺す」とすごむ。
もしこのときあの男性がわたしに手をだしていたら、あるいは殺していたのかもしれない。
それが怖いのである。
ひとは殺人者の気持がわからないという。ところが、ここにわかる人間がいる。
あのとき、おっさんがわたしを殴っていたら、果たしてどういう対応にでたか。
もしかしたら殺していたのではないか。
相手の頭部を本でぽかりとやってしまうわたしである。
いつひとを殺してもふしぎはないではないか。
どのように話をまとめたらいいのか、いま困惑している。
思えば、劇作家ユージン・オニールの描いた世界はこのようなものであった。
周囲からの注目を浴びているがわたしは気にしない。
このような愚かな生きかたしかできないのである。
この紛争で古本のツキが落ちたかと思ったら、そんなことはない。
「井上靖 文学語彙辞典」(巌谷大四編/スタジオVIC)絶版 600円
「祈りのブッダ」(奈良康明/NHK出版)絶版 500円
「マンガ 中国の歴史がわかる」(たかもちげん/三笠書房)絶版 200円
「現代世界演劇15 風俗劇」絶版 700円
井上靖のは、いわば名言集である。
よくもまあ暇人が、と感心して購入。著者は在野の井上靖ファンであろう。
ブッダ写真集は、どうにもほしくて。
写真を撮らない旅をしていたせいか、かつて訪れた場所の写真には弱い。
中国の歴史はいくら勉強してもわからない。ならマンガはどうかという窮余の一策。
現代世界演劇はほそぼそと集めている。この巻ではノエル・カワードの劇作が気になる。
いくつもの古本屋が集っているわけである。
古本屋のあいだの無駄話を盗み聞きするのが楽しい(ごめんなさい)。
むかしビックボックスでやっていたときとは、料金体系が違うようである。
この形態だと、損をする古本屋もいるようだ。
古書店のみならず、ひとが集まるとどうしてもトラブルが生じる。
「どうせ売れないからさ」
こんなことを大声で言っている店主もいる。
「売れないから、徹底的に安くしたけれども、それでも売れない」
同業の古本屋に話しているのである。
聞きながら、思わず笑ってしまう。古本屋さんの、こういう庶民的なところがいいよな。
どんないい本でも売れなければ、かれらの利益にはならない。
本を買いたいと思う。買うためにここまで来ているのである。
「シナリオマガジン ドラマ 1984年1月号」品切れ 150円
「シナリオマガジン ドラマ 1987年1月号」品切れ 150円
これで山田太一ドラマ「演歌」「礼文島」のシナリオを入手したわけである。
ああ、読むのが楽しみ。わたしは収集家ではない。あくまでも読書家なのである。
これで終わってもいいのだが、まだ時間がある。ブックオフ早稲田店へ。
引越しのとき、大量の本をここへ捨てたのだった。少しはリターンがほしいものだ。
「旅行会話 中国語+英語」(ブルーガイド) 105円
「たとえば純文学はこんなふうにして書く(女性文学会編/同文書院)絶版 105円
「図解雑学 政治のしくみ」(石田光義/ナツメ社) 105円
「新藤兼人 人とシナリオ」(シナリオ作家協会)絶版 105円
最後のシナリオ集は、あれだな。
いくらなんでも定価3500円の本をいきなり105円に落とすのは問題じゃないか。
いや、つい買ってしまったのだが。
本を買う快楽に脳がいかれてしまったようである。紅書店。
「日本仏教の開祖たち」(ひろさちや/新潮選書) 105円
「日本の名随筆 美談」(江国滋編/作品社) 210円
高田馬場に向けて歩きつづける。古書現世。
「作家の誕生」(猪瀬直樹/朝日新書) 350円
「花過ぎ 井上靖覚え書」(白神喜美子/紅書房)絶版 500円
「花過ぎ」はおもしろそうな本である。井上靖の元愛人による暴露本。
ネットで調べたところ、この暴露本で興醒めした井上靖愛読者も少なくないようだ。
性格が下品なのであろう。このような暴露本は好んで読む。
先ほどの早稲田青空古本まつりでもらったカードを見せると100円おまけしてくれた。
100円でも値引がうれしいわたしである。
最後はブックオフ高田馬場店。
「インドがやがや通信」(インド通信編集部/アジア・カルチャーガイド)絶版 105円
今日はいい天気だったよね。こんな日は外を歩くのがいちばん。
空を見上げる。なんだか雲がいつもより高い位置にあるような気がする。
秋風が心地よい。しばらく立ちどまり、空を見ている。
本を100ページ読むひまがあったら、青空を見るべきなのだ。
活字などいくら読んでもひとに優しくはならない。だけど、青空を見ていれば――。
もちろん、そんな簡単にこのゆがんだ性格が治るわけがないけれども、
空を見上げていたら、いつか、そのうち、なんていう希望も生まれる。
ひとに優しくなりたい。友だちを増やしたい。
いいおとながなにをと笑われそうだけど、この秋空をもしきみが見ていたら、
うっかりおかしなことを言いだしたわたしを笑わないと思う。
秋の神保町へおもむく。むかしは週に数度、神保町へ顔をだしていたものだ。
というのも、歩いてすぐのところに住んでいた。
しかし引越したいまとなっては、うちから神保町まで1時間弱。
時間はまだいいのである。しかし交通費が痛い。片道で360円。往復だと720円である。
むかしはただで何度も行けた神保町が、いまは行くたびに720円もかかる。
720円は大きいよね。かなりのものが食べられる。おっと食い意地が。
本でも、文庫ならたいがい買えてしまう。新書がちょうどこの金額である。
だから神保町へ1回行くごとに新書1冊ぶんのおカネを捨てているようなものなのである。
それでもなぜか神保町へ行ってしまう――。
これはもう習慣であろう。
いくら遠いところへ捨てられても戻ってきてしまう犬のようなもの。
いつものようにまずは田村書店のワゴンからスタートする。
この日も収穫はゼロ。もはや田村書店からすっかり見放されてしまったようだ。
かつてはこのワゴンをのぞくたびになにかしらの獲物にありついたものだが。
それから週末恒例の小宮山書店ガレージセールへ。ここにもほしい本はなし。
田村・小宮山の二大古書店を見てから神保町古書店街をぐるりと一周。
とはいえ、どの店も店舗まで入るわけではない。ワゴンのみのところも少なくない。
「本の山」の敵(笑)。演劇シナリオ専門の矢口書店も視察。
相変わらずの殿様経営である。早晩つぶれるのは間違いない。
ここにある高値がついているどの本もネットで買えば半値以下なのである。
ここの顧客はネット古書店を知らないものだけだろう。
そのうちパソコンを使えない老人も死ぬ。矢口書店の終焉である。
売場で店主の矢口さんがパソコンをいじくっている。
安く出品されている演劇関係書を仕入れているのだろう。
かれが顧客を見下しているのは間違いあるまい。
おまえらバカだよな。ネットもできないのか老いぼれどもよ! 矢口書店の商法である。
雑誌専門古書店のヴィンテージへ入る。
ここに来ると古書店なるものの正体を実感とともに理解することができる。
古雑誌なんていうのは基本的にゴミでしょう。捨てるもの。
ところが、それを用いて商売をするものがいる。たとえば、この古書店のようにである。
仕入れなど、ただみたいなものだろう。
しかし、まさか神保町の古書店様がゴミ捨て場を巡回するはずがない。
専門のホームレスがいるのである。かれらが売りに来る。
何度かその現場に立ち会ったことがあるが、ひどいものである。
店員は完全に売り手を見下しているのである。この乞食め! という視線だ。
いいかげんな金額で買い叩く。それでもホームレスはわずかな現金収入がうれしい。
ぺこぺこしながら店をあとにする。
こんなものなのである。ためしにこの類の古書店へ古雑誌を売りに行ってごらんなさい。
ものすごい嫌な思いをすることと思う。売値の1割も買取金額はつかない。
怒るなかれ。よくよく考えてみよ。そもそも古雑誌はゴミなのである。
しかし、言いたくないが、こういう古書店の勘違いはどうにかならないものか。
この日、雑誌を2冊買ったが、とてもではないが、お客さまへの対応ではなかった。
売ってやるという感じである。
古書店のジジイならまだ許せもしよう。いい若いもんがこの態度とはどうしたことか。
マスコミからちやほやされているのだろう。個性派古書店のカリスマ店員ってか!
「シナリオマガジン ドラマ 1992年2月号 野島伸司の研究」品切れ 600円
「シナリオマガジン ドラマ 1994年4月号 山田太一シナリオ特集」品切れ 400円
野島伸司はシナリオを公開しないことで有名である。
このため野島特集の「ドラマ」はまえまえから探していた。。
いぜん矢口書店で2000円で売っていたのを見たが、それもすぐに売り切れた。
迷っている余裕もない買物というのが古書にはあるようである。
さて、本日の神保町はこれだけである。
おまけとして最近、買った本のことを書きたい。
いつのことだったか。
もういまいるところくらいの僻地に来ると自転車がないと生活できない。
その日、たしかビールを1本のんでいい気分で自転車散歩をしていたのだが、
軽はずみにこんなことを書いてしまうと責任問題がどうのと市民様から怒られて、
学生なら大学へ、会社員なら勤務先へ通報されて、
ブログ炎上のみならず、重い社会的責任とやらを負わなければならないらしいので、
このときわたしはビールなど1本ものんでいなかったことを強調しておきたい。
ブックオフ西台店へ到着。酒気は皆無♪
「おいしい中国屋台」(浜井幸子/情報センター出版局)絶版105円
「土の中の子供」(中村文則/新潮社)105円
「論語 生き方のヒント」(ひろさちや/日本経済出版社)105円
「流砂(上下)」(井上靖/文春文庫)絶版210円
また別の日だが、このときは散歩の途中であった。
好きなのは復路電車の散歩である。
徒歩で地図も見ないで行けるところまですすむ。疲れているから帰りは電車を利用。
赤羽のブックオフのちょっと先に、小さな古本屋があった。
おもての棚にあるものが、いわばワゴン本であろう。
「こころを鍛えるインド」(伊藤武/講談社)絶版100円
やはり引越は失敗であった。いまの住みか付近は文化のレベルが極めて低い。
しかし、引越しなければならなかったのである。
わたしだって、むかしいたところが懐かしい。いまでもちょくちょく行く。
むろん、通院の関係もあるのだが。
むかしの住所の近くにはいい古本屋がたくさんあった。
たとえば、本郷の古書店、大学堂である。
かつては東大の先生、学生さんでにぎわっていたと店主の奥さんから聞いたことがある。
ここに来るのは半年ぶりである。
「舞台芸術の現在」(渡辺守章/放送大学教育振興会)絶版800円
定価は2600円である。本を買うかどうか迷ったときは、こうしている。
まったくの無作為にあるページを開く。そこに興味のある事項が書かれていたら買い。
意味不明だったり、関心を呼ばなかったら、買わない。
これがいちばんである。要は縁があるかどうかを見ればいいのだ。