ボンですよボン。朝起きたらボン。
漢方薬はお湯にまぜてのんでいます。
水道水を電子レンジでチンしようと思ったらボン。
なにごとかと見にいったら電子レンジが動いていない。
もしやと思いあちこちボタンを押したら、やはり死んでいたのです。
電子レンジ死亡。享年不明。20年近く使っていたかもしれない。

神保町に着いたのは、予定より少し遅れて11時半。
どこから見るかといったら、長年の経験、すずらん通りです。
実はこのお祭り、大きくふたつにわかれている。
ひとつは青空古本市。販売されているのは古本。これは10/26~11/1。
ぶっちゃけ、神保町とはなんの縁もない古書店が集合している。
もうひとつのお祭りは、すずらん通りでやっているもの。
こちらは土日限定。神保町ブックフェスティバルと命名されている。
メインは新刊書の割引販売。
各出版社が新刊書――専門用語でゾッキ本(B本)、
一般用語でバーゲンブック――を販売しています。
露店が出て賑わっているにもこちら。
古本と新刊、ふたつの祭りが並行して行なわれているわけです。
神保町マニアのわたしが行くのは……もちろん、新刊書のほう。

正直なところ、毎年のことですが古本のほうは客を舐めきっているのです。
日本の古書街でいちばん有名なのは神保町。
このいわば聖地の1年に1度のお祭りだからということなのでしょう。
とにかく、ひとが集まる。だから、どこも強気で行こうと鼻息が荒い。
定価の半額くらいで(どれも古本なのに)安売りを気取っているところばかりなのです。
しかし、客も古本とはそう縁のない一般人ばかり。
定価の半額くらいで、これは安いと大喜びするのが青空古本市の実態です。

わたしが行くのは、もちろんすずらん通り。ブックフェスティバルのほうです。
こちらは土日限定で希少性が高い。さらに前日は台風のため中止。
今日が初日である。
晴天の下、各出版社のワゴンをまわる。ああ、幸せだなと感傷的になる。
お空が青くて、ひとがいっぱいで、みんな好きな本をまえにしてニコニコ。
幸福が伝染するわけです。ああ、生きているのはすばらしい。
ワゴンを冷やかすだけで楽しいのです。あまり買う気はない。
いくら新本の割引販売とはいえ、やはり安く売られるには理由があります。
まあ、定価では売れなかった本ばかりなのです。
したがっていくら安くとも……。
安ければ本を買うというひとがいるなら、
ブックオフの105円棚を空にしなければなりません。

1時半、お腹がすいたので買い食い。
すずらん通りの露店でメンチカツ150円。ソースをびちゃあ。左手に持つ。
右手が寂しいので缶チューハイ110円を隣の露店で購入。
左手でメンチカツを食らう。口内のソースを右手の酒で流す。晴天。祭りのひとごみ。
もう1回。メンチカツ。チューハイ。うんめえじゃ、あーりませんか。
ほんと味盲だよなとわれながらあきれる。
なんでこうまでわが舌はちんけなメンチカツと安酒を美味と喜悦するのだろう。

すずらん通りを抜け横断歩道をわたると、なにやらひとが集まっている。
2時からチャリティーオークションを開催するそうである。
壇上には古本の山が積み上げられています。
座席はすでに満席。開始まであと5分だから無理もありません。
わたしは立見の覚悟を決める。
壇上には古書店員がずらり。ひとあたりのよさそうなおっちゃんがマイクを取る。
「このオークションの収益は千代田区を通じてすべて寄付されます。
ですからみなさん、今年も高い値段でがんがん買ってくださいね」
客席から笑いがもれる。オークションを見物するのはこれがはじめてである。
楽しいなと笑みをかくすことができない。
ここに集まっているのは本が好きなひとばかり。目のまえには本の山。
いまから本の山が崩されようとしている。

オークションが始まる。まずおっちゃんが本のタイトルを読みあげる。
さあ、価格をつけてくれというわけです。
ふつう金額なんてつかないと思うでしょう。
だって、本というのはそもそも熟考して買うもの。
著者、出版社、出版年次、線引きの有無など、
もろもろを総合して購買が決定されるものです。
こんなオークションなど成り立つのだろうかと心配していたら、そんなことはない。
すぐに価格がつく。それに対してさらに高額な値段が提示される。
「千円」「千5百円」「2千円」「3千円」「4千円」「4千5百円」――。
こんな感じです。ふしぎでしようがありませんでした。だれが買おうとしているのか。
しばらく見ているうちに気づきます。
声を出しているのはほとんどおなじひとなのです。
いかにも古本好きという顔をしている中年男性ばかり。
複数の古書ファン(神保町マニア?)が毎回のように声をはりあげている。
一般顧客はそんなかれらを観察しています、
本を安く買うことへのこだわりは皆無のようです。
とにかく本を買うのが楽しい。壇上の古書店員と顔なじみのひとが多いようです。
とても百円にこだわるわたしのような本好きが
参入できるオークションではありませんでした。
出品される書物のたいがいはデカモノ。大型本。
いかにも在庫過剰の(というか売れない)ものです。
それがこのオークションにかかるとけっこうな高値で売れていく。
ふしぎな世界を見るような思いがしました。
おそろしいと思ったものです。蒐集マニアはおそろしい。
かれらにとって本は読むものではなく、買い集めるものなのだと改めて気づきました。
かれらにはかなわない。所詮、わたしなどつまらぬ読書家に過ぎぬ。
日本の城がどうのというデカ本に1万円近い大金を支払うマニアに戦慄をおぼえました。

それから青空古本市をぶらぶらしましたが例によって買いたい本はない。
ひとが多いのが不愉快で仕方がありません。
カップルや友人連れで来られるのがいちばん迷惑。
ただでさえ狭いブース。
そのまえをふたりぶん占領されてしまうと、こちらは入っていけない。
なんらかの本に興味があるのはそのうちのひとりで、
ほかはつきあいで立っているのでしょう。
どきなさいと言いたくなる。
最悪なのは、古書のまえで講釈をはじめる人間。
この本はこういう本で、だから貴重で、それをおれは読んでいて、だから君も……。
ここは戦場です。おしゃべりはロッテリアでお願いします。

けれどもまあ毎年のことである。怒る気にもならない。
しかし、ブログに書く以上、なにか本を買っておかなければなりません。
もう時間がない。帰りには池袋に寄って、
新しい電子レンジを買わなければならないのです。
青空古本市はあきらめ、定番の小宮山書店ガレージセールへ。
4日前に来たばかりでしたが――。

「唐詩の旅」(監修:陳舜臣/講談社)
「中国百科」(大修館書店)
「アジア旅の百科 インド/ネパール」(朝日新聞社)


3冊で500円。これでアリバイができたなと急いで神保町をあとにする。
池袋ビックカメラへ。驚いたけれども、いま電子レンジって安いんだね。
最安値がなんと5980円。
もちろん、これを買うつもりだったが、なぜか神保町の古書マニアが思い浮かぶ、
大してほしくもない本に1万円近く支払う人間がいる。たかが本だというのに。
ふしぎです。なぜか見ばえのいい電子レンジを買ってしまう。
オーブンまでついているものです。
今朝壊れたものにオーブン機能はなかった。

オーブンレンジ(ナショナル) 12500円(ポイント10%)

配送料の1050円が惜しくて14キロを自宅までえっちらおっちら運搬しました。
なんだかいろいろあった1日でした。
みなさまはもう明日の準備は終わりましたか。
なにがって年に1度の神田古本祭りであーる♪
神保町界隈でブックのフェスティバルがあるのダンヨ!
本好きなら行かないはずがないでしょう。
青空古本市は昨日から開催となっているが連日の雨で明日が初日のようなもの。
メインの神田古本祭りは今日が初日だったがこの台風で中止。
ううう、すべてあしたが勝負なのである。
みなのもの、準備はいいかい?
わたしは明朝開催時間の10:30に神保町へ乗り込むつもりである。
逢ったらぜひぜひすずらん通りの露店でビールをおごってくれい♪

10月12日、神保町へ行く。引越しをしてもこの街を忘れることはできない。
まず三省堂本店へ。ここへは小学生のころから通っているのである。
まえにも書いたが就職面接で落ちたというのもウソではない。
5階で仏教書の特集をしている。

「浄土三部経」(本願寺出版社)1200円+税

いまや定価で買う本は聖典くらいになってしまった。
平積みのなかから少しでもきれいなものを選び取る。
せっかく新刊で買うのだから、なるべくならきれいなほうがいいと思うのは人情。
キチガイなんて言わないで!
週末恒例の小宮山書店ガレージセールへ。1冊でも2冊でも3冊でも500円。
これは明日の古本祭りでもやっています。かなりの穴場。のぞいてみましょう。

「どうで死ぬ身の一踊り」(西村賢太/講談社)
「国文学 特集・井上靖」(学燈社)
「国文学 特集・井上靖の世界」(至文堂)


3冊で500円。
むかしは「国文学」のような雑誌のバックナンバーでなにかが得られると誤解していた。
大学の研究者さんは、さぞすごいとをしているのだろうという錯覚である。
いまや文学研究になんら期待することはない。
排泄物(まあウンコだ)の成分分析が趣味のキチガイが大学の文学部にはいらっしゃる。
わたしは排泄物研究より、生きた人間のほうに魅力を感じる。
今回雑誌「国文学」を購入したのは2冊買える余裕があったからである。
本命は「どうせ死ぬ身の一踊り」。現代文学作品である。ちょっと気になっていた。
しかし、まさか定価の1500円で買うわけにもいくまい。
わずか数時間で読み終えるものに、そうそう大金は払えない。
それに現代文学なんて、(読み手ではなく)書き手のために存在するものでしょう。
まだボランティアを趣味にするほど蓄財はしていない。
こうやって買ったはいいけど、読むのかな。
いままでもだいぶ現代文学の単行本を安価で買っているのである。
しかし、読まないうちに文庫化されてしまう。
過去の読みたい作品が膨大にあるのに、どうして現代作品まで手がまわろう。

10月24日。そういえば4日前にも、神保町に行っているのである。
病院の都合とも関係しているのだが、どうでもいいことなので省く。
神田古本祭りの準備が着々と進行していたのが目を引いた。
祭りの準備はいちばん胸躍るというのがわたしの考えである。
気持のいい空気をたっぷり吸う。
本番のお祭りでは群集にもまれ不愉快なことも多いだろう。
しかし、今日はそんなことはない。
田村書店のワゴンで久々の収穫があった。

「ユングと共時性」(イラ・プロゴフ/河合隼雄・河合幹雄訳/創元社)500円

定価の2600円はさすがに払えません。
共時性はシンクロニシティともよばれ、ユングのオカルト趣味の精髄である。
むろん、いい年をして共時性など真に受けているわけではない。
まやかしである。嘘八百だ。
しかし、そうと知りつつ共時性を遊ぶのはそれほど悪くはないのではないか。
どうせつまらない現実である。
少しでも味気ない現実を飾ってくれるのなら共時性でもなんでも大歓迎。
というのが、いまのわたしの立場である。まあ、投げやりなんだな。
ちなみに、共時性とは意味ある偶然の一致。

そ・う・で・す・よ!
もしこれを読んでいるあなたとわたしが、明日神田古本祭りで出逢ったら、
それは疑いもなく共時性以外のなにものでもありません!
うふふ、明日はだれと、そしてどんな本と偶然に出逢えるのか。
ユングに言わせれば、すべてはシンクロニシティなのであーる♪
「作家の誕生」(猪瀬直樹/朝日新書)

→実は日本文学史にはふたつのタブーがあるよね。

カオとカネである。

国語教育のみならず文学研究でもこのふたつは存在しないもののように扱われている。
カオと文学の価値は関係ない。カネと文学の重みは相関しない。
どの文学研究でも文学者がみないちようにノッペラボウをしていたかのような前提を取る。
どの文士もカスミを食って生活していたようなことを書いている。
つまり、国語教育および文学研究では作家は人間として見られていない。
カオがなくてカネもいらない存在として語られているのである。
換言するなら、読者が無視されているということだ。
たいがいの読者は作家のカオを見てから作品を判断するでしょう。
読者に支持されて(=売れて)はじめて作家先生にカネが入る。
カオとカネを無視して文学を語っていいのかという問題が近年話題になっている。
カオのほうのご専門は小谷野敦さん。
文学作品のすべてを作者のカオに還元する技量は天才奇術師なみである。
いっぽうのカネを追求しておられるのが猪瀬直樹さん。
本書では漱石、太宰、三島の金銭裏事情が暴露される。
真偽は定かではないが本書はおもしろくてたまらない。
わたしのような愚民は、タブー破りになによりも魅力を感じるのである。
「もてない男」小谷野敦氏がカオにこだわるのはあまりにわかりやすい。
しかし、これほど猪瀬直樹氏がカネに執心するとは。
とどのつまり、どの作家にも他者は描けぬということなのだろう。
哀しいかな、人間は他者をじぶんという尺度でしか判断できない。
猪瀬直樹氏のゼニゲバぶりが本書でよくわかったと書いたら失礼になるのだろうか。
これはほめ言葉なのである。
カオでもカネでも俗事に夢中になれる人間は正直で美しいと思う。
大学で文学研究をしている学者先生など、猪瀬、小谷野、両氏に比べたらどれだけ劣るか。
「揺れる耳飾り」(井上靖/文春文庫)絶版

→30を過ぎて思う。小説ってなんのために存在するのか。
気休めではありませんか。味気ない現実を一瞬でもいいから忘れたい。
だから、ひとは小説など読むと思うのですが、どんなもんでしょうか。
現代文学の冒険とか、言葉の革命なんて、どうだっていいんです。関係ない。
そんなもんは幸福すぎて退屈なひとのあいだでひっそりやってくださいな。
いまさら文学を読んで人生が変わるなんざ思っていません。
30を過ぎれば、人間みんなそうではありませんか。
読むのに労力を要する、有閑作家のマスターベーションなどごめんこうむりたい。
だから、井上靖なのです。
井上靖は戦後の荒廃した世相を背景に、それでも清冽とした小説を発表しつづけた。
きたない世の中できれいなものを描いたのが井上靖であります。
きれいな世界、いいじゃないの。
現実がきたないなんて、いまさら当たり前すぎて、
わざわざ小説家の先生から教えていただくものではない。
平成にもなって、いまだに井上靖の小説を読む理由です。
「揺れる耳飾り」は失恋小説。
物語の最後で一組のカップルが誕生する。
この結ばれた男女それぞれに片想いしていた男女がいる。
加納とヒミコ(すまん、原文の漢字をパソコンで出せない)である。
ふたりはそれぞれの失恋を体験して電車に乗る。かれらの別れるところがいい。

「電車は横浜駅に停車するために速度を落した。
ヒミコは立ち上がって網棚からスーツ・ケースを降ろした。
「わたし、次で降ります。ここで別れてしまった方がいいでしょう」
加納は一瞬驚いたらしかったが、
すぐヒミコが家に帰るには横浜から東横線に乗換えた方が近いことを悟ると、
「よし」
加納は握手をするために手を出した。ヒミコがそれを軽く握ると、
「俺は家へ帰って蒲団をかぶって寝る」
「わたしは起きてる」
「それは各人の自由だ」
「じゃ、お気をつけて」
ヒミコは荷物を持って座席を離れた」(P225)


いいとは思いませんかね。
失恋した若者がふたり、男女です。握手をして別れる。きれいじゃありませんか。
失恋したから蒲団をかぶって眠る青年というのもたいへんよろしい。
若者らしい潔癖にあふれている。
現実にはこんなことはないって、それは当たり前。そもそも時代が違う。
いえ、当時もこんなきれいな失恋は少なかったことでしょう。
にもかかわらず、ではなく、だから、井上靖はきれいな失恋を描いた。
これを甘いだのなんだのと愚弄する男女はうらやましいがきりです。
今現在よほどめぐまれた立場におられるようだから。
現代のハイソ(死語!)な若い女性様は男を見るとかれの生涯年収を計算するという。
なんとも頼もしいかぎりだと思う。
けれども、そんな女性が登場する小説は読みたくないのです。
「思い出トランプ」(向田邦子/新潮文庫)

→短編小説集。どれもいかにもうまい小説なのである。
いかにもいかにも玄人筋から絶賛されそうなうまい小説ばかりだ。
いや、素人からも称揚されている。
アマゾンの全24の感想を読んだが、けなしているのはひとつとしてなかった。
そういうところが、うますぎるところが、嫌いなのである。
読者は下手な小説を好きになってもよい。
うまい小説だからといってかならずしも好きになる必要はない。
読みながら思ったのは、ふーん、こういうのがうまいってほめられるんだろうな。
で、学校の先生も読め読めとすすめて、
感想文コンクールで入選するのも決まってこのような小説の感想。
だれからも嫌われない小説を書けるのは、著者がそういう人間だったからだろう。
早世したせいか、向田邦子の悪口を聞いた(読んだ)ことがない。
ふたたび、そういうところが嫌いなのである。
「あたしってうまいでしょう」というのが見えすぎるのは閉口するほかない。
乱暴なことを書いてしまえば、ここに収録された短編小説はすべておなじ構図である。
「現在→過去(回想)→現在」だ。
現在進行形で読者を引き込み、さらりと回想へいざない、最後に現在へ光を与えている。
……ダメだ。ぜんぜん批判になっていない。
改めて気づかされる。凡才に天才をおとしめることなどできるはずがないのである。
だが、どうしてだれも向田邦子を嫌わないのだろう。
向田邦子もその作品も、嫌われないところが嫌いである。
「劇的なる精神 福田恆存」(日本教文社/井尻千男)絶版

→この著者だけではなく、福田恆存を神と崇める追随者はどうしてか演劇を軽視する。
あれだけ福田恆存が精力を注いだ演劇活動に目を向けないのだ。
福田恆存は劇を見ることによって、神という名を使わずに神を語りえた稀有な論客である。
宗教用語を用いずに(相対ならぬ)絶対を平易に論じえたのが福田恆存の天才だ。
集団に属することなく、あくまでも一個人として福田が絶対をとらえることができたのは、
この論客が劇を信じていたからである。劇中の人間を信じていたといったほうがいいのか。
わたしは福田恆存を宗教家だと思っている。
この論客の愛読者がみなみな福田を神のように崇拝するのはこのためである。
著書「生き甲斐といふこと」(新潮社)のなかで福田恆存はこうインタビューに答えている。

「私は巨視的にみれば絶望は絶対にしません。
私はクリスチャンじゃありませんけれども、何か人間を越えるものの大きな力、
それを歴史となづけようが、自然となづけようが、神となづけようが、
そういうものを信じておりますから、人間が絶滅する時には絶滅してもよろしいし、
それは自然の意思であり神の意思であるから
そういう点では非常にオプティミスティック(=楽天的)である」(P168)
「大人になるまでガマンする」(山田太一/大和書房)絶版

→テレビドラマシナリオ。昭和62年放送作品。全6回。
たいがいのドラマはAからBへの移動として説明することが可能である。
ある均衡状態がある。異物が侵入してくることで場がかきみだされる。
この場合の異物は人間であることが多いが、物のこともないわけではない。
静かな水面を思い浮かべてください。ここに投石されると同心円のさざなみが広がる。
このさざなみがドラマとして描かれることになる。最後はまた平穏が戻る。
投げ入れられた異物が取り除かれることも、そのままのケースもある。
異物とは別の物体が水底からひろいあげられ排除されることもある。
ある平衡状態Aから、それとは異なる平衡状態Bまでの移動が多くのドラマの内実である。
恋愛ドラマなら「退屈」(A)→「出会い」→「結婚」(B)となる。
AからBにいたる過程でさまざまなドラマが描かれうる。
したがって無数のドラマを分類しようと思ったとき、
このAからBの距離ではかるという基準が存在しうる。
がいして映画はテレビと比較してAからBの移動距離が長い(しかし上映時間は短い)。
観客は映像のスピードに酔わされ、ときとしてそれを快楽と錯覚するのだ。

山田太一ドラマ「大人になるまでガマンする」の凄みは移動距離の短さにある。
ドラマの開始地点Aから終了地点Bまでほとんど移動していないのである。
映画が10キロ、100キロの移動を自慢するなら、
テレビはあえて移動しないと誇っている気配すらある。
1ミリ、2ミリの移動しかしていないのだ。
だれも死なない。恋愛の成就も、不倫も離婚もない。
ドラマのオープニングとエンディングを比較しても、どこが変わっているのかわからない。
これはよほどの職人技をもっていなければなしえないことである。
フィクションを作ろうと思ったことがあるものならわかるだろうが、
「A→B」の移動距離が長いものほど書きやすいのだ。
移動距離が長ければ、そのぶんハードルを置く余裕が生じる。
ドラマの登場人物にハードルを跳び越えさせれば、いちおうドラマらしきものにはなる。

「大人になるまでガマンする」は二組の家族のやりとりがメインである。
ひとつは夫婦で居酒屋を営む家族。小学5年生の息子がいる。
対照的なもうひとつの家族は父親がエリートサラリーマンで母親は専業主婦。
これまた小学5年生の息子がいる。ふたりの息子が小学校でおなじクラスなのである。
居酒屋の息子はまったく勉強ができない。
会社員の息子は優秀で有名私立中学をめざしている。
子ども同士はクラスメートだが、親の社会的階層はまったく異なる。
大人になれば通常生活レベルの違うもの同士が出会うことは少ないが、
このドラマでは子どもを媒介として両家族の生活感の相違が浮き彫りになる。
なにを幸福として考えているかの衝突が生まれるわけである。
どうやら文学の世界では人間の幸福といった問題は
青臭くて語るべきテーマではないらしいが、これは良くも悪くもテレビドラマである。
視聴者も日々幸福を求めて生きている庶民。
クソ真面目といっていいほど、人間の生きかたが問われる。
むろん、山田太一はユーモアというオブラートで問題をくるむことを忘れない。

会社員一家の母親は子どもの交友関係にも口を出す。
居酒屋の子どもなんかと遊ぶなというのである。

「だから、私はたしかに、吉原くんのお母さんに、
山口って子とはつき合わない方がいいっていったわよ。
(夫「いうなよ、そんなこと」)
でもいう必要があるの。吉原君も私立の中学受けるの。
(うちの息子の)正弘も受けるの。(のみ屋の)山口君とこは受けないの。
それはもう全然生活がちがうのよ。
公立の中学行く子は、受験勉強なんか必要ないんだもの、遊んでるわよ。
ファミコンかなんかで、ピピピピ、ピピピピ。
うちや吉原君は、そんなことしてる暇ないでしょ。
だったら、遊んでる子とはつき合わない方がいいっていうのは、
親切な忠告じゃないかしら?」(P45)


リアルな生活者の実感である。
ここに着眼して、それでも娯楽作品に仕立て上げる山田太一の手腕には脱帽だ。
生活するというのは、小さなエゴとエゴのぶつかりあいである。
ゴミ出しがどうのであらそうのが生活者の実態である。
並みのライターなら、こんなものはドラマにならないと見過ごしてしまう。
しかし、山田ドラマはちがうのである。生活の細部を熟視する。
政治家の不正に比べたら取るにも足らない小さなエゴから人間のドラマを引き出す。
山田太一が採用するのは醜い部分だけではない。
生活のほろっとする一場面、一見なんでもないようなシーンをじんわり描くのである。
日常生活で微細なエゴとエゴがぶつかりあうが、決して火の手はあがらない。
庶民のエゴは生活を壊すほどに大きくもないのである。
なにもない。味気ない。でも、ほんとうにそうかな? そう悪くもないよ。
このとき山田ドラマはなんと温かいのだろう。
どれだけ人間の喜怒哀楽を温かく描写することか。

たとえば――。正弘は会社員の息子である。小学5年生。
吉原は最近転校してきた正弘のクラスメート。男子。ふたりは友人である。
どちらも中学受験を予定しており、おなじ塾に通っていた。
しかし、母親から仲を裂かれてしまう。正弘が本屋で立ち読みをしていると。

吉原「こんばんわ(と小さく傍でいう)」
正弘「(見て)なんだよ(と笑顔)」
吉原「フフ」
正弘「どうして来なかった?」
吉原「やめた」
正弘「塾を?」
吉原「かわった」
正弘「何処に?」
吉原「日合検」
正弘「そこのかよ」
吉原「うん」
正弘「どうして?」
吉原「一緒じゃない方がいいって」
正弘「ぼくと?」
吉原「(気の毒そうに)うん」
正弘「ぼくのどこが悪いんだよ?」
吉原「ぼくは悪いと思ってない」
正弘「親はなんだよ?」
吉原「うん――」
正弘「お前は悪くないのかよ」
吉原「分んないけど――」
正弘「人のせいにするなよなあ」
吉原「うん(と困りながら、うなずく)」
正弘「用かよ?」
吉原「ううん」
正弘「じゃあ、なによ?」
吉原「ただ、待ってた」
正弘「――」
吉原「――」
正弘「まいるよなあ(と歩き出す)」
吉原「うん(と歩き出す)」
二人、歩いていく(P154)


子どもの世界とはいえ、ままならぬことばかりなのである。
友だちとつき合うのでさえガマンしなさいと親からいわれる。
なんのため? 中学受験のため。いい大学に入るため。いい会社に入るため。
いい会社に入っても結局はガマンしなければならないのだろうが。
このシーンで描かれる子どもふたりの悲哀は、
まるで生活に疲れたサラリーマンが肩を組んで去っていくような味わいがある。
いいなと思うのね。いいとしか言えない。いいな、いいよな。泣けるなと思う。

たとえば――。茂樹はのみ屋の息子である。やんちゃで大人からは叱られてばかり。
どうせ居酒屋を継ぐのだからと勉強はまるでしていない。
ひょんなことから小学5年にもなるのに3年生の学力しかないことが判明する。
居酒屋経営の両親もさすがにこれではダメだと息子に家庭教師をつける。
勉強のおもしろさに気づく茂樹であった。ある日、小学校の放課後。
茂樹は担任の今日子先生から呼び出しを受ける。
今日子先生は若いせいかヒステリックだが美人である(木内みどり)。
茂樹、音楽室をノックする。

茂樹「(あけて、一礼)」
今日子「(ピアノの前にいて)入って」
茂樹「(またお説教か、と思いつつ入り、ドアを閉める)」
今日子「(いま流行りの曲。
たとえば“なんてったってアイドル”みたいなものをちょっと弾く)」
茂樹「(あまり近くへ行きたくなく、立止る)」
今日子「(弾きやめ、茂樹に微笑し)なんでそんなとこいるの、
こっちへいらっしゃい」
茂樹「(うなずき、少し近づく)」
今日子「(笑って)怒ると思ってるんだろ?」
茂樹「(目を合わさず、うなずく)」
今日子「なにをした?」
茂樹「(首をかしげる)」
今日子「今日はちがうの」
茂樹「(今日子をちょっと見る)」
今日子「成績よくなって来たねえ」
茂樹「(そうかな、というように首をかしげる)」
今日子「漢字のテスト70点だろ。算数だって、前にくらべたら随分よくなって来た。
先生、びっくりしてるんだ」
茂樹「(嬉しさかくして、うなずく)」
今日子「一体どういうわけ?」
茂樹「(首をかしげる)」
今日子「とにかく、字が綺麗になったし、計算の間違いがドーンと減ったし、
こんなの、めったにないよ」
茂樹「(うなずく)」
今日子「ほめてあげたくて、来て貰ったの。
他の人がいるところじゃ、君の方が嫌がるんじゃないかな、と思って」
茂樹「(表情かくして、うなずく)」
今日子「嬉しい。先生、嬉しいの(ピアノを弾きはじめる)」
茂樹「(立っている)」

●廊下
茂樹、下駄箱の方へ急ぐ。走らない。

●下駄箱
もう人がいない。茂樹、急ぎ来て、靴と上履きをはきかえる。

●通学路A
茂樹、走る。嬉しい。

●通学路B
茂樹、走る。笑顔、こみ上げる(P156)


茂樹はこのまま走って両親が働く居酒屋の暖簾(のれん)をくぐる。
だが、開店準備に忙しい両親からは構ってもらえない。
仕方なく茂樹は自宅のアパートに戻り弟に自慢する。このことは秘密だと念を押して。
母親は茂樹の挙動をあやしみ担任の今日子先生に電話をする。
ここではじめて息子が先生からほめられたことを知るのである。
公衆電話ボックスから出た母親は嬉しくて、
このことを一刻も早く夫に伝えたくなり居酒屋へ駆け出す。

いやあ、いいシーンだと思いませんか。
こういう情景に泣かされてしまうわたしはインテリじゃないんだろうな。
私事になるが、この茂樹くんとおなじで所詮は居酒屋の息子だからね。
思えば、大した偶然である。
この番組が放送された年、ちょうどわたしも小学5年生だった。
このテレビドラマを見た記憶はない。家にテレビがなかったのである。
TAPという進学塾に通わされたけれども、最底のクラスだった。
たしかAからZまでクラスがあって、そのうち最低のAクラスにふりわけられた。
とにかく勉強ができなかったのである。
これでは無理にもほどがあるということで、結局中学受験はしなかった。
こういった事情もあって、このドラマに度が過ぎる感情移入をしたことを最後にお詫びする。
「ブッダ 大いなる旅路123」(NHK出版)絶版

→NHKスペシャルの、いわば書籍化である。
NHK記者の報告と、学者のコラムが順番に並ぶ。すばらしいのは豊富な写真である。
こと仏教に関しては、わかるという意味合いが学問諸分野とは異なるのではないか。
仏教をわかるというのは、東洋思想のレポートでAを取ることと同義ではない。
仏教の理解には、腑に落ちるという感覚が重要な役割を果たすと思う。
なんかこう言葉にはよう出来んけれども、しっくりおさまったという感じである。
そのような理解には写真の役立つところ大である。百聞は一見に如かずだ。
書籍を読むとき、経費というものを考えてみるとおもしろい。
仏教学者の書いた専門書など要した経費は大したものではない。
たとえ10年をかけた大著であろうが、経費はひとりぶんの人件費。
それから参考書籍代くらいであろう。
それから考えると、この書籍が要した経費は桁違いである。
インド、スリランカ、バングラデッシュ、ミャンマー、タイ、中国、台湾――。
各国で仏教遺跡を撮影するだけでも膨大な経費がかかったものと思われる。
人件費も、のべ何百人ぶんにもなるのではないか。
こういう本を読むことを真の贅沢というのではないかと思ったものである。

「ブッダ 大いなる旅路1 輪廻する大地 仏教誕生」(監修:高崎直道)

ブッダそのひとについて思う。
もしほんとうに釈尊が存在したとするならば、
かれが偉大だったのは果たして正しい法を説いたためであろうか。
違うのではないか。かれは黙して、めったに口を聞かなかった。
だが、人間の苦しみを聞く耳を持っていた。
釈尊の秀でていたのは頭脳でも口でもなく、耳であったのではないか。
わがこととして救済というものを考えてみると、
だれかから説教されて救われるということはおよそ想像できない。
いまさらどんな正しいことをいわれようが救われないだろうという諦念がある。
けれども、もしと思う。もしわが苦しみを、ただ聞いてくれるひとがいたら、
そのときわたしは救済に近い感覚を持つのではないだろうか。
これはわたしだけのことではなく、
そもそも人間は正しい教えを知ることで救われるものだろうか。
おのがひとりだけの苦しみを、他人から共感をもって無言で受けいれられたとき、
はじめて人間は救われたというような安心感を持つのではあるまいか。
それほどひとの話を聞くというのはむずかしい。
おそらく正しい教えを説くことの何十倍も何百倍もむずかしい。
こう書いているわたしも、とても人間の苦しみをそのまま受けとめることはできない。
ついじぶんの意見を述べてしまう。
「そのうちいいことがありますよ」「人生なんて、そんなもんじゃないですか」
こういう月並みな価値判断は、その人間に固有の苦しみを殺してしまう。
人間の苦しみというのは、そういうものではないんだ。言葉で普遍化できるものではない。
本来的に苦しみというのは伝達不可能なものである。
歯痛ひとつ人間は他者に伝えることができぬ。
しかし、釈尊はそれができたのではないか。
人間の苦しみを聞くことができたのではないか。
たとえば、苦しみをだれかに話す。話している途中でさえぎられる。
「おれはこう思う」「おれの過去の経験では」
こういうのは話を聞いたことにならない。
たとえば、どうしようもない苦悩をこのひとならわかってくれるかと話してみる。
「事実は小説より奇なり、といいますよね」
こんな慣用句で苦しみがまとめられてしまう。違うんだ。
なんでだれもじぶんの苦しみをわかってくれないのだと人間はだれもが思う。
だれもわかってくれないのだと絶望する。孤独におちいる。
けれども、釈尊はそうではなかった。なにもいわず苦しみを受けいれてくれた。
肩に手をおいて一緒に泣いてくれたのかもしれない。
こんなことのできる人間はいない。だから、釈尊はブッダとよばれたのではないか。
正確な釈尊の教えは実はどこにも残っていない。
弟子の記憶を記録したものがわずかあるのみである。
それもこういっては悪いが、だれでもいえるようなありきたりな説教ばかりである。
なにゆえか。そもそも釈尊はなにも教えなど説かなかったのではないか。
人間が正しい教えなどでは決して救われぬことをかの聖人は熟知していた――。
いま世間ではあたかも釈尊になりかわったかのごとく
説教をまきちらしている仏教者も少なくないが、
もし釈尊が「聞くひと」であったならば、
かれらはとんでもない間違いを犯しているということになる。

「ブッダ 大いなる旅路2 篤き信仰の風景 南伝仏教」(監修:石井米雄)

引用する。ミャンマー人の死生観である。

「ミャンマーでは、人は死後別の新しい体に生まれ変わるが、
その人の持つ“業”は前世から引き継がれると信じられている。
そしてどういう境遇に生まれるかは、
前世で死を迎えた時の“業”の善し悪しで決まるとされる。
“業”は、功徳を積めば良くなり、悪徳を積めば悪くなる。
例えば、前世で悪徳を重ね悪い“業”を持って生まれた人も、
現世で功徳に励めば“業”は良くなり、来世はよい境遇に生まれることができる。
ただし、現世で何もしなければ“業”は悪いままで、来世の境遇も悪くなる」(P58)


仏教誕生の地であるインドといえば、カースト制と輪廻転生が知られている。
カーストの上下は輪廻転生思想で説明されるため、このふたつは不可分である。
すなわち、カーストと輪廻転生はわかちがたくむすびついている。
仏教の開祖・釈尊はカーストをはっきり否定している。
輪廻転生についてはわからないと答えている。
たしかめようがないことは語らぬというスタンスだ。
死後のことは不明。したがって黙して語らずである。
しかし、やはり仏教はインドで生まれたという出自が、
その後も宿命のようについてまわった。
インド古来の輪廻転生思想が(無縁のはずの)仏教とセットになって輸出されてしまった。
もしかしたら仏教そのものの教えよりも、
輪廻転生のほうが民間レベルでは強い影響を与えたのではないだろうか。
人生がこの現世だけではないという思想である。前世があって来世がある。
南伝仏教の布教地域に共通する思想基盤である。
ところが、この三世因果説(前世・現世・来世)は日本には入ってきていない。
新興宗教ではあるかもしれないけれども、民衆意識としてなじんでいるとはいいがたい。
おそらく中国を経由したためであろう。中国は現世をことさら重視する。
仏教も道教もひとしく現世利益のまじないにしてしまったのが中国人である。
唯一、来世という感覚が死者供養に変容して残存した。
これが日本にも伝えられ、日本最大の仏教行事、
盂蘭盆会(うらぼんえ)が形成されるわけである。
盂蘭盆会とは、要はお盆である。死者がお盆に帰ってくると信じる風習だ。
かくして日本人の信じられるのはせいぜい親族の旅立ったあの世くらいである。
あとには現世しか残されていない。現世がすべてになる。
現世で負けたらもう救われようがないのである。功罪両面ある。
現世しかないから馬車馬のように働いて成功をめざした。
しかし、現世しかないというのはなんとも窮屈でノイローゼになりやすい。
私事だが、中国で会った世界旅行者が、いちばんいい国はミャンマーだといっていたな。
なにより人間がいいそうである。

「ブッダ 大いなる旅路3 救いの思想 大乗仏教」(監修:石田尚豊)

NHKのエリート社員さんが質の高い妄想を展開している。
妄想が妄想をよぶ。エリートさんからインスパイアされた妄想をわたしも語ってみよう。
なに、すべてが妄想なのさ。学者が妄想したときだけ新説などと尊ばれるに過ぎぬ。
インド仏教の大きな転回点は空の捏造(ねつぞう)にあったのではないか。
周知のとおり、空とは大乗仏教の中心思想である。
空の思想を全面的に解きあかしたのが般若経だ。
般若経自身が語るおのれの出自というのがおかしい。
いわく、釈尊の死後、仏舎利(遺骨)は8つストゥーパ(仏塔)にわけられた。
その100年後、アショーカ王はこの8つの仏舎利を取り出し、
8万4千のストゥーパを建設しようと企てたが、
8つのうち1つだけ開けることができないストゥーパがあった。
龍の一族が守っていたため開けられなかったのである。
このとき守られたのが般若経典で、
これこそいままで明かされなかった釈尊の真説だ、というのである。
ドラゴンクエストのエピソードですか? なんて笑みがこぼれてしまう。
どうせウソをつくなら、ここまで大っぴらにやられたほうが気分がいい。
さて般若経でいちばん有名なのは般若心経である。
みなさまも「色即是空 空即是色」のくだりはご存知でしょう。
大乗仏教の原点はこの1行にあるとNHK記者は妄想するのである。
釈尊の説いた無常というのは「色即是空」とおなじ意味だ。
すべては移ろいゆく。常なるもの無し。釈尊の説いたことである。
これを大乗仏教は、色は即ちこれ空である、と引き継いだ。
しかし大乗仏教はここでとどまるのを良しとはしなかった。
そのあとに「空即是色」と続けている。発展させている。
たしかに色は空だが、それでも空から色が生まれるのではないか。
「色即是空」は諸行無常だ。釈尊といえども死からは逃れえぬ。
だが、「空即是色」だ。釈尊はたしかに死んだが、永遠なるブッダが再生したではないか。
色身(ブッダの肉体)は滅んだが、
そのことによって法身(ブッダの説いた法)が栄えたではないか。
死は終わりではないという思想である。
言うまでもなく、大乗仏教の立場は、
釈尊の実人生よりも、説いた法を重んじようとするものである。
すなわち、「色即是空 空即是色」の文言は、
小乗仏教に別れを告げ、みずからの誕生を謳う、言うなれば大乗仏教宣言であった!
「色即是空 空即是色」は「死と再生」を高らかに謳いあげているのだ!
こじつけといってしまえばそれまでだが、なかなかうまくできた妄想である。
それから、それから。
ガンダーラで発見された仏像には梵天勧請を描いたものが多いという。
梵天勧請とは、悟りを開いた釈尊に、
インドのブラフマン神(梵天)が布教を依頼したことをいう。
なぜ梵天勧請がこうまでガンダーラ地方で重視されたのか。
ここにはある重要な転機があったのではないかとNHK社員は妄想する。
釈尊は悟った。この教えは難解だから余人わかるまいと釈尊は布教をためらわれた。
にもかかわらずインドの最高神ブラフマンに懇願され釈尊は布教を決意した。
ここにはじめて利他の精神が生まれたのである。
悟りというのは自利である。いっぽうで布教は他利である。
仏教というのは自利のみならず利他もなければならぬ。
この意味において梵天勧請は仏教の根本義を決定する役割があったのではないか。
自利から利他への変身にブッダ最大のドラマがあったのではないかと妄想するのである。
さすがは日本放送協会(NHK)の社員である。
常に絵(放送画面)のことがあたまから離れないのだろう。
そのかれが、たしかにこの梵天勧請がもっとも絵になると踏んだわけである。
「浄土三部経」(本願寺出版社)

→浄土三部経は、無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経からなる。
大乗仏教経典。日本の浄土宗系統の教団が重んじている経典である。
この3つのお経を浄土三部経と名づけたのは法然である。
まあ、見てのとおりでお経だ。すなわち、釈尊の教えが書かれた聖なる書物。
釈尊ちゅうお偉い聖者さんが、あーだ、こーだと世界を解きあかし、
せやから、あーせい、こーせいと説教してくれはんのがすべての仏教経典である。
むずかしく考えることはない。お経だからといって正座して読むことはない。
年代によって知らないひともいるだろうけれども、
いまは大学受験の参考書に「実況中継シリーズ」というのがあるでしょう。
カリスマ予備校講師の講義を口語体で参考書のかたちにしたもの。
あれの先生が釈尊だと考えてもらえればよろしい。仏教経典は講義形式の参考書である。

どんなありがたい教えを説いてくれているのかごく簡単に要約する。
無量寿経は釈尊が阿弥陀仏について説明している。
この阿弥陀仏ってやつは、もともとは法蔵菩薩といったんだが、どえらい出世をしてな。
こいつはいま西方に大国を持っている。阿弥陀仏の国はいいでえ。ありゃ天国や。
みんな行きたいでっしゃろ? しかし、生きているあいだは行けまへん。
死後だ。死後どうしたら阿弥陀仏の国に生まれ変われるかを我輩が教えてしんぜよう。
というのが無量寿経である。浄土三部経のなかでいちばん長い。
現代語訳でも読むのはそうとうしんどい。決しておすすめしない。

ふたつめの観無量寿経。これも乱暴にいってしまえば無量寿経とおんなじ。
説いているシチュエーションがちょっとばかし異なる。
むかしむかしインドでかわいそうな夫人がいましたとさ。
この国では息子が反逆して王たる父親を幽閉してしまった。
代わりにじぶんが王になるためである。で、その新王は母をも牢獄に閉じ込める。
このお母さん、不幸ですよね。現実に救いなんてないわけだ。
どないしたらええのんお釈迦様~とSOSを送ったら釈尊が登場する。
待ってました。不幸なひとはどこにいますか。釈尊がおうかがいします。
こんな感じだな。釈尊がこの夫人に説いた教えが観無量寿経である。
内容は、この世はもうあきらめて、極楽浄土へ生まれ変わるのはいかが?
そのために必要なのは観仏三昧。こころに仏さまのイメージをたえず浮かべましょう。
目をつむってください。いまから阿弥陀仏と極楽浄土の様子を話しますから。
ゆっくりそれをイメージしてください。これが修行になる。
まあ空腹の人間に、ビフテキを食べているシーンを想像させるようなもんだ。
これで味気ない現実を乗り切れというわけである。

みっつめは阿弥陀経。とにかく短い。
これはガイドブックだ。トラベルリポーターはわれらがアイドルの釈尊先生。
阿弥陀仏のいる極楽世界は、どれだけすばらしいかを延々と説明している。
行きたいだろう。行きたいよな。これがおまえはラッキーなんだ。
おめでとうございます。あなたは当選しました。
極楽世界行きのチケットを特別にプレゼントさせていただきます。
こんな具合だ。詐欺じゃないかと疑うのはまだまだ修行が足らない。
疑うぐらいではダメだといいたいのだ。詐欺だと断定しなければならない。
釈尊とかいうインド人は、ひでえ詐欺をやるもんだ。
ここからあとはあなたしだいだ。詐欺と知りつつあえてだまされる自由が人間にはある。
現代の詐欺商法被害者も、詐欺だとわかるまでは幸せだったのでしょう。
じぶんだけ得をしているというおかしな優越感さえあったはずである。
重要なのは、だまされるのは決して不幸ではないということである。
もしだよ、お聞きなさい。
もし最後まで(つまり死ぬまでだな)詐欺だとわからなかったら、
これは最高の幸福じゃないか。
ピーンポーン。ドアを開けるとセールスマン。名刺には釈尊と書いてある。
「阿弥陀仏の住まう極楽浄土行きのチケットはいりませんか」
それから釈尊は、かの極楽世界がどれだけすばらしいかを述べる。セールストークだな。
買いますか。買いませんか。
いいえ、お代はいただきません。こころの隅をちょっとお借りするだけです。

以上が浄土三部経のキチガイ要約である。
これで法華経、浄土三部経と、いわゆる大乗経典を軽く味わったわけだが、
小乗経典(原始仏典)とのあいだに明確な相違があるように思う。
(といっても、小乗仏典で既読なのは「スッタニパータ」くらい)
周知のとおり、小乗仏典のほうが釈尊の教説に近いのだが、
小乗で説かれるお釈迦様は地方高校の老先生といったおもむきがある。
決して派手な授業などしない。(人間の)基本をみっちりやる。
生徒から難解な質問をされたら(「死とはなにか?」)正直にわからないと答える。
生徒指導も厳しい。校則を守れとうるさくいうところがある。
このためクラスの全員から人気があるというわけではない。
おおむね優等生には人気があるようである。
ある一定のレベルに達していないとこの先生の良さはわからないのだ。
小乗先生は、まじめにこつこつやりなさい、というだけである。
だからといって、かならず東大に入れるとも約束はしない。
教えかたは凡庸だが、生徒相談において実力を発揮する先生でもある。
どんなケースでも、生徒の話をこれでもかとよく聞いてやる。
苦悩者は説教など求めていないのである。
ただ、じぶんの話をだれかに聞いてもらいたいのだ。
良いとか悪いといった価値判断を抜きに話を聞いてもらうことで励まされることがある。
老先生はこういった人情の機微を熟知しているのである。
したがって、説教自体はありきたりなものになるが、それでいいのである。
こうして生徒は立ち直っていく。

いっぽうの大乗仏典で描かれる釈尊はどうか。
こちらはバリバリの若手予備校講師といった風貌がある。
カリスマのあるスター講師である。
「おれを信じてついてこい。かならず全員を東大に合格させてやる」
こんな大言壮語を恥ずかしげもなく言い放つ。
小乗先生が小さな教室で授業をしていたのとは対照的に、
こちらの大乗先生は大教室でど派手な講義を展開する。
かれの講義は衛星中継で日本中に放送されるのである。
予備校講師が生徒を退屈させてはいけない。
したがって教壇で歌うわ踊るわの大騒ぎである(=大乗仏典のギンギラギン趣味)。
生徒からの人気は桁違いである。
だれでもかれを信じてついていけば東大へ入れるというのだから
人気が出ないほうがおかしい。
「みんな受かる。ぜったい受かる。おれの言ったとおりに勉強すればみんな合格だ」
高校ではなく予備校だから校則といったようなものはない。
どんな生徒でもおカネを払えば入れるのである。
服装も髪型も自由である。学生服(袈裟)を着る必要も丸刈り(坊主)の強要もない。
大乗先生は生徒数が多いため個別の生徒指導をする時間はない。
とにかく生徒をひとりでも多く合格(成仏)させるのがかれの務めである。
大乗先生は小乗先生を目のかたきにしている。
「もとから優秀な生徒を合格させるなんてだれにでもできる。
おれはね、どんな落第生のポンコツも合格させてやるんだから。
あんな老いぼれと一緒にされたら困るってもんだ」
小乗先生はこんな批判をまったく気にしない。
「あんな受験テクニックは学問(仏法)ではない」

最後に浄土三部経の感想を述べる。
おいおい、いくらなんでも、聖典の感想文はないだろうと思われるかもしれないが、
わたしはキチガイだからなにものをも恐れはしない。
いちばんおもしろかったのは、無量寿経の底流としてある差別意識である。
本文から引用してもいいのだが、いくら現代語訳とはいえ、読みやすいものではない。
よって、わたしがリライトする。
該当ページを記すので、ウソだと思ったら原文を参照してください。
こんなことが書いてある(112~114ページ)。
君主や貴族として生まれるのは前世で善い行ないをしたからである。
身体障害を持って生まれるのは前世で悪業のかぎりを尽くした結果だ。
汚らわしい女性として生まれたのも前世でよくよく悪い行ないをしたのだろう。
一生貧しい生活を送らざるをえないのも前世で盗人かなにかであったのが原因。
ならば、もろもろ人間は現世でなにをできるか。善行に努めることである。
この世で善い行ないをしたらかならず来世で報われる。
いくら現世で金持だろうが善事を積まなければ来世では餓鬼に生まれ変わる。
たとえ現世では乞食であろうが、現世で積善すれば来世では良い生まれになる。
では善を為すとはなにか。阿弥陀仏を信仰することである、となる(笑)。

これだけでもなかなかおもしろいのだが、もっと笑わせてくれるのは、
本願寺出版社による訳注である(236ページ)。
恐れ多くも本願寺出版社さんは仏典を否定しているのだ。
いわく、無量寿経はコジキ、メクラ、カタワ、エタヒニン、オンナを差別している。
これは不幸の原因を個人(の前世)に帰するもので、
支配者の封建制度維持の目的で利用された。
このような宿命論は、社会変革の欲望を抑止しているに過ぎない。
本来、釈尊は全人類の平等を説いている。我われ仏教徒はこのことを忘れてはいけない。
とかなんとか(大笑い)。

偽善的だよな。女性様や身体障害者様から嫌われるのを恐れているわけだ。
いまは強くなったからね、ご両人(部落様のことは関東出身だからよく知らない)。
しかし、思うわけである。薬というのは毒なのである。
毒にもならないようなものは、そもそも薬としての効能もない。
この強烈な差別意識、宿命論という毒があってはじめて
無量寿経は薬になったのではないか。毒抜きなどしてはいけない。
たとえば両足がないひとがいる。
日本でなら少しは待遇がいいのだろうがインドや中国では乞食をするほかない。
この乞食さんが仏僧に会った。聞く。
「どうしてこんな不幸な目に遭わなければならないのでしょう」
ここで僧侶がどう答えるかである。
「人間はそもそも平等で、だからあなたも金持も平等なんです。
あなたが不幸なのは社会が悪いからです。社会を変革しましょう」
こんな回答はいささかも人間を救いはしないと思う。空念仏だ。
無量寿経の正しい教えはこうである。
「辛いだろう。さぞかし辛いと思う。苦しいだろう。
仕方がないんだ。これも前世の報いなんだ。あきらめるほかない。
かといって、ぜんぜん希望がないわけではない。来世がある。
この辛い現世を乗り越えたらきっと来世では報われる。
もっともすばらしい来世が、阿弥陀仏の極楽浄土だ。あそこはいいぞう。
おまえさんもかならず来世では極楽浄土に生まれ変わる。阿弥陀仏を信じなさい。

南無阿弥陀仏だよ」
昨日のことです。演奏会へ行かなければなりませんでした。
浮世の義理というやつです。
始まるのは14時からです。13:13の電車に乗ろうと企てました。
というのも、これを逃すとつぎの列車は13:33。
20分も待たなければならないことになります。
駅が見えたところで携帯の時間を見やると13:12。あと1分しかありません。
切符も買わなければならない。走り始めました。
改札のまえでなにかにぶつかりわたしは転倒しました。
ものではなかった。人間でした。おばあさん。
よつんばいのわたしは、わたしからだいぶ遅れて、
かのおばあさんが後ろ受身を取るように倒れるのを見ました。
すべてを見たのです。
おばあさんがそり身になる。後ろへ倒れる。
まず背中がつく。それからゆっくりと頭部をコンクリートの地面に打ちつけました。

「大丈夫ですか?」
わたしの第一声です。両人とも転倒していますが、若者と老人という違いがあります。
「怪我はありませんか?」
このようにうかがいながらも実は電車のことが気になっていました。
いまから急げば13:13の電車に乗れるかもしれない。
このとき、唐突に前世の記憶がよみがえったような思いがしました。
飲酒運転の記憶です。
わたしはかつてこのように事故を起こしたことがある。
酔っぱらって自動車を運転して、結果、わたしは見知らぬひとを殺(あや)めた。
また繰り返してしまった。どうお詫びしたらいいのか。

「ごめんなさい」
わたしは言いました。
「お怪我はありませんか。わたしが全面的に悪かったです」
あまりにも偽善的な物言いと思われるかもしれません。
けれども、たしかにわたしはこう言ったのです。
おばあさんの第一声はこうでした。
「そんなに急いでいたの?」
「はい、電車の時間がぎりぎりで」
「(私は)あたま打ったよね」
「はい、打ちました。わたし、見ました。
なんともありませんか。いまから病院へ行ったほうがよくはありませんか」
なにを言ってんだか、ともわたしは思いました。
このまま場を離れて電車に乗れば、それで終わりです。
出血もなし。意識もはっきりしている。これ以上、関わるべきなのか。
しかし、こういう土壇場では理性が行動を決めるのではないのです。
からだが動いてしまう。口が動いてしまうのです。

「立てますか。痛いところはありませんか」
「ない」とおばあさんは言います。
わたしはじぶんの名前、それから住所と電話番号を伝えました。
紙に書いて渡したのです。
「なにかありましたらご連絡ください」
おばあさんとわたしはそれぞれの方角へ別れました。
もちろん、目的の電車は行ってしまっている。
プラットフォームでわたしは考えました。
「いまのはいったいなんだったのだろう……」
身震いがしました。
もし運が悪ければ、わたしがあのおばあさんを死にいたらしめたことは間違いない。
あのくらいの高齢だと打ちどころが悪ければ簡単に死ぬことでしょう。
かりにそうなっていたら、わたしは刑務所へ行くのだろうか。
それとも執行猶予がつくのだろうか。
民事の慰謝料などいくら払えば解決するのか。

しかし、とも思う。果たしてわたしは悪かったのか。
たしかにあの場面では謝罪しました。
が、ほんとうにわたしに責められるべき箇所はあるのか。
殺意がまったくないのは言うまでもないことです。
そもそもあのおばあさんを知らないのですから。
わたしはただ電車に乗ろうと急いでいただけです。
これはそんなに批判されることでしょうか。
だれだって電車の時間が迫れば走るのではありませんか。
走った。ぶつかった。相手が死んだ。こうなった場合、走者に罪はあるのか。

ふたつの罪がある。まずは法律上の罪です。ひとがひとり死んでいる。
この結末をつけるためにはだれかを罪人にしなくてはならないのでしょう。
しかし、だからといって、わたしが刑法に問われなければならないのか。
おばあさんがうっかり足を踏みはずして階段を転げ落ちて死んだのならそれだけ。
急いでいる人間と衝突して、老体が死に及んだ場合は、相手を有罪とする。
これではあんまりではありませんか。
もうひとつの罪があります。人道上の罪です。道徳の上での罪悪。
けれども、これを問うのもおかしいのではないでしょうか。
わたしはただ急いでいただけです。走っただけなのです。
ひとを傷つける意思などまったくありませんでした。
それが他人を死にいたらしめてしまう。
しかし、だからといって、当人になんらかの罪はあると思いますか。
かれはどんな悪業を為したというのでしょう。ただただ走っただけではありませんか。
裁判官は言うかもしれない。
身勝手にじぶんの都合しか考えずに走行した被告人の罪は重い。
被告人がしっかりと時間を計算して家を出ていたら、このような事故は起きなかった。
果たしてそうでしょうか。世界というものは、そんなものでありましょうか。
なんらかの事件の原因をすべて人為に帰せるものでしょうか。

こうやって考えていてもなかなか電車は来ません。
20分も電車を待つのは、やはりそこそこに腹立たしいことです。
さてと思う。
わたしは運が良かったのか。それとも運が悪かったのか。
電車を乗り過ごしたという面から見ればこれほど運の悪いことはありません。
しかし、衝突した相手のおばあさんの傷が浅かったことを考えると、
運が良いとも言えます。
いったい、と思いました。いったいこの人生というものはなんなのだろうか。
人間の自由など、どこにあるのだろう。
もし先ほどの事故で相手の打ちどころが悪ければ、
わたしの人生など完全に終わっていたわけです。
そして、とさらに考えを進めます。
わたしはなんとか平気でしたが、このような事件で苦しんでいる人間もきっといる。
急いでいた。うっかりぶつかった。相手が死んでしまった。賠償だ裁判だと地獄である。
なにより相手方の遺族から恨まれるのも辛いことでしょう。
こうなった場合、人間はおのれの行為に責任を取れるものなのか。
さいわいいまのところわたしはこういう災害から逃れえている。
今日の実害は、義理で聴きに行く演奏会に数分遅れる程度であろう。
わたしのケースは、これでよかったのです。
しかし、人間全体を考えるといったいどうなるのか。
だれがあした意図せずして他人を殺めないと断言できるのか。
空恐ろしくなりました。人智の及ばぬ大いなるものへの畏怖を身をもって感じました。
まだ恐怖は終わっていません。
というのも、あれから1日経ちました。
とりあえず、あのおばあさん関係の連絡はありません。
これで安心してもいいのでしょうか。人間は安心できるのか。
わかりません。わたしにはわかりません。
おうかがいます。あなたにはわかりますか? あなたは安心できますか?
だれからも嫌われない文章を書くのはむずかしいよね。
いくら曖昧表現が得意の日本語だって、
言葉をつづるということはやはりなにかを断定することなのだから。
断定するとは、円を描くようなもの。
かならず読み手のうちから円からもれるものが生じてしまう。
かれらはふざけるなと思う。当然の反応である。怒らないほうがおかしい。
該当する読み手から書き手は嫌われてしまう。
シナリオライターの山田太一は、テレビドラマを書くうえでなにより苦労するのが、
視聴者の感情を傷つけないことと論じていた。
庶民の日常生活を愚弄するようなことは決してテレビドラマでは描けないということだ。
唯一の例外が山田ドラマ「早春スケッチブック」である。

ブログというのは、言うなればテレビドラマの正反対に位置する。
というのも、社会的責任が軽いからである。
むろん、おカネだって一銭ももらっていない。
したがって、ブログは書き手にとって、ある意味での解放区である。
文筆でメシを食っているプロの作家さんが、
それでもブログをするのはこのためかと思われる。
要は歯に衣着せぬ本音を吐きだしたいのである。
公刊物でそんな愚行を為すわけにはゆかぬ。
おカネを取っておいて購買者に不愉快な思いをさせるのはプロとして許されざること。
けれども、ブログなら、
そもそもじぶんに好意を持っているひとしか読まないだろうという計算がそこにはある。

わたしもふくめてブロガーはこのことを決して忘れてはいけない。
好きなことを書けるのはブログだからなのである。
(えへへ、ほんとはそれでも自主規制しているでしょう、みなさん?)
そして、好きなことを書いている以上、嫌われるのは仕方がないとあきらめよう。
2ちゃんねるで毎日のように悪しざまにののしられようが、
キチガイ(これも公刊物では使えないよね)から連日コメント欄で粘着されようが、
好きなことを書いているのだから必然の道理と達観するほかないのである。
思い返せば、わたしも勇気がいったな。
以前このブログで女性様をいささか重んじないような妄言を吐いたときである。
世の中には男と女しかいない。すなわち、世界の半分を敵にまわしたということである。
このときブログだからまあいいかという甘えがあったことを否定できない。
いや、ブログという媒体の性質のみを問題にするのは間違いである。
わたしがプロではないから書けたことである。
よしんば、職業作家であったら、口が裂けても言ってはならないことだ。

自戒している。わたしは決して辛口の論客などではない。
責任もなにもない外野から、野次を飛ばしている群集のひとりに過ぎないのだ。
つまらぬ愚民である。
ところで脳内統計だが、
うちにブログをお読みくださっているかたの男女比は9:1ぐらいではないか。
言うまでもなく、女性が1割である。
数少ない女性の読み手をさらに遠ざけるようなことを書いてしまう
おのれの宿業にはわれながらあきれるほかない。
もしかりにいまも読んでくださっている女性がいらしたらあの件は伏してお詫びしたい。
お許しください。ごめんなさい。
ビザというのは外国での滞在許可証のようなものである。
この期限が切れると不法滞在になってしまい、怖い国ではなにをされるかわからない。
というか、なにをされても文句をそう強く言うことはできない。
中国がどういう国なのかはいまもってわからないが、
共産党との余計なトラブルは防ぎたいところ。
ここ張掖で観光ビザの延長を申請する予定だった。
ワンバージョン古い「地球の歩き方」しか持っていないが、
いちおう張掖の公安(警察)に行けばビザの延長は可能と書いてある。
もうひとつ、関心のあることがあった。
ベトナム、ハノイの中国大使館で「2ヶ月ビザ」をわたしは取得している。
ふつうの1ヶ月ビザは30ドルだったが、これは45ドルも取られた。
このビザの有効性が不明なのである。
ベトナム、中国の国境で聞いたら、これでは1ヶ月しか滞在できないと言われた。
べつのところで中国人に聞くと二ヶ月平気だろうとの回答だった。
いずれにせよ公安に行かなければならないのは事実である。
中国へ入国してすでに24日が経過している。

張掖の警察署はひとを拒むような暗い雰囲気を持っていた。
日本の警察署がやたら地元民との交流をうたっているとは大違いである。
こういう建物に外国人の身でひとり入ってゆくのはあまり気持のいいものではない。
門番がいるわけでもない。日本人らしくにやにや笑いながら建造物侵入である。
しかし、だれもいない。受付といったようなものがないのである。
正面に階段。左右に廊下がのびている。
勝手に入っていっていいものだろうかと迷いながらもビザ延長という目的を思い出す。
階段を登る。相変わらずだれもいないのである。小学校規模の建物である。
廊下をふらふら歩く。見ると部屋には部署名が記載されている。
わたしが行きたいのは「外国人出入境管理科」である。
ようやく部屋から人間が出てきた。
急いでかけより「外国人出入境管理科」と書いた紙を見せる。
かれはここの職員のようで目的地まで連れて行ってもらえた。

公安の外国人科は、驚くほど小さな部屋だった。4人の職員が働いている。
パスポートをさしだす。これでなにを求めているのかはわかるだろう。
公安はしばらく待てとジェスチャーで示す。
英語で応対できるものがひとりしかいないようである。
異常なほどハイテンションな中国人が現われる。がたいもなかなかのものである。
いきなり握手である。
中国のみならず、アジアにはこのようなタイプの人間が少なからずいる。
照れ屋の日本人は、馴れていないので戸惑うことしきりである。
何度も握手を繰り返す。ウェルカム・トゥー・チャイナと言いたいようである。
「ビザをくれ。というか、チェックしてくれ。もうすぐ1ヶ月なんだ」
「おおおおお~~~~ポコペン、ポコペン」
「な、なんだい?」
「これは残念だ。日本の友人にたいへん申し訳なく思うアルヨ」
「なんだって、かしら!」
こちらも場を盛り上げる。
あたまをかきむしりながら、いやいやをする中国公安幹部。
「ここではダメなんだ。ビザの延長は張掖ではできないアルヨ」
「なにい。このガイドブックには可能と書いてあるではないか」
「ふふふ、日本鬼子よ、おまえはもう死んでいる!」
「な、なにを言いだす?」
「これだあ。ここを見ろ。このガイドブックは古いんだ~」
ガガーン! その場で崩れ落ちるわたしであった。
以上の英文和訳の文責は日本人のわたしにある。
中国公安の英語をいささか聞き間違えたところがあるかもしれないが、
内容はこのようなものである。
酒泉の公安に行けという。あそこでならビザの延長をあつかっている。
「しかしガイドブックには酒泉では15日の延長しかできないと書いてある。
我要三十天的ビザ(30日のビザをくだせえ、お代官さま)」
知っている中国語を使うことでシナ公安から温情を引き出そうとする作戦である。
「大丈夫だ。いまでは酒泉でも30日の延長が可能になっている」

結局のところ張掖では観光ビザの延長はできないようである(2007年4月)。
時間に余裕を持って行動していてよかった。
もし今日が滞在30日目だったらどうなっていたことか。
ちなみに、帰国後に最新の「歩き方」をチェックしたが、情報の訂正はされていない。
先月だったか。さらに新しいバージョンが出たようで、これも調べたが直っていない。
「歩き方」は情報収集から出版まで1年近く時間のロスが生じるので、
このような誤りはどうしようもないことなのである。
繰り返し、書いておく。張掖では観光ビザの延長はできませんから。

4月26日。張掖からバスで酒泉へ向かう。所要3時間。
午後4時半、酒泉バスターミナル到着。まず重い荷物をホテルに置かなければならない。
チェックインしてタクシーで酒泉の公安へ。このとき午後5時15分。
酒泉公安局外国人出入境管理科は閉まっているのである。
ここは張掖とはことなり規模が大きいようである。外国人科は別棟になっていた。
ドアをどんどん叩くがもちろん開けてくれるはずもない。
門番が近寄ってくる。
「なんで閉まってるんだよ。急いで来たっていうのに。
このガイドブックには18:30までやっていると書いてあるじゃないか」
「今天閉門(今日はダメだよ)」
明朝来いというのである。またもやガイドブックの情報が古かったようだ。
明日の開門時間を確認して、その場をあとにする。

翌朝、ふたたびおなじ場所へおもむく。
いくつか不安がないわけでもないのである。
観光ビザの延長をする場合、ときによって下記の条件が必要とされるらしい。
1.滞在しているホテルの宿泊証明書
2.必要な旅行費用の所持(100ドル×滞在日数)
中国ではいまだに外国人の泊まることのできない宿泊場所がある。
いまはそんなものはなくなったとしたり顔でいう中国通も多いが、
この国の広さを忘れてはならない。場所によりけりなのである。
中国全土を旅したものでもないかぎり軽々しい断定は避けたほうがいいと思う。
ちなみに、わたしが酒泉で宿泊したホテルも外国人不可のところであった。
フロントでそう言われ断わられたのである。泊めることはできない。
「我是中国人」とニコニコしながら「部屋はありますか?」と再度問う。
共犯の依頼である。フロントが上司に電話してOKが出たという経緯があった。
公安をまえにして、なにもこの日にあのようなホテルに宿泊しなくても、と後悔していた。
宿泊証明書を求められたら非常に困るのである。
滞在費用のほうはなんとかなると踏んでいた。シティバンクのカードがある。
ここからいくらでも引き出せるとうそぶいたら通用するのであろう。

結果はどちらも必要なかった。申請書類の宿泊場所には
「歩き方」から適当なホテル名をピックアップして書いておいたのだが、
少しも疑われることはなかった。
しかし、酒泉の公安は鼻持ちならないジジイだった。
張掖とは違い、実際に多くの外国人が観光ビザ延長のため来るのであろう。
外国人はいわばお願いする立場である。だからだと思う。
ふんぞりかえっているのである。
へたくそな英語しか話せぬ横柄な中国役人はあまり気持のいいものではない。
「ほう、ベトナムから中国へ入国したのかい?」
「イエス」
「それはどこかな」
地名を答えると、そんな地名は中国にはないと主張するのである。
ビザ延長など簡単なものである。パスポートに所定の用紙を貼ればいいだけ。
なのに、みずからの権力を誇示するように、このようなコミュニケーションを楽しむわけだ。
わたしはガイドブックを取り出し、中国のここから入国しましたと説明する。
めんどうなことこのうえなかった。

ようやく観光ビザの延長は終わったのだが、このあとトラブルがあった。
むしろ、わたしがトラブルをあえて起こしたというのが正確かもしれない。
カネを払わないと主張したのである。延長代金を払わない。
なぜならベトナムで「2ヶ月ビザ」として15ドル多く支払っている。
ハノイの中国大使館職員はこの観光ビザで2ヶ月滞在可能だと言った。
それなのに、どうしてここでもう一度料金を支払わなければならないのか。
言うまでもなく、本気で支払わないつもりではなかった。時間もあったので遊んだのである。
どうやらハノイの中国大使館で意志の疎通がうまくいかなかったようである。
口惜しいが、更新料金は払わなくてはならないのだろう。
もう支払う覚悟はできているのである。しかし、ごねてみたらどうなるのだろう。
蛮行の動機である。おもしろいほど中国役人の態度が豹変した。
あれだけ偉そうだった男が、下手に出るのである。
どこの国でも公務員はおなじなのだろうか。
こちらが下手に出ると居丈高になり、反対に怒るとペコペコしはじめる。
あいそ笑いをしながら、決まりだからを繰り返すのみである。
人民元をぽんと放り投げる。ちょっといい気分だったとここに告白しておく。
これで中国滞在可能期間が5月26日まで延長されたわけである。

わたしは酒泉の西バスターミナルへ向かった。
午後1時発、敦煌行きのバスがあるというのである。
今日いよいよ敦煌の地を踏む。
ベトナムのニャチャンで敦煌へ行こうと思ったのはもう1ヶ月以上もまえのことである。
まさかほんとうに行けるとは思っていなかった。
ところが、いま敦煌が目前にある――。
まえに山口文憲の「読ませる技術」を立ち読みしたらこんなことが書いてあった。
この書物はエッセイ・コラムの指南書である。
いわく、書きたいことなど書いてはいけない。ならなにを書くのか。
読者が関心のあることを書かなければならない。
だれもあんたになんか関心がないんだ。
文章というのは書き手の事情で書くものではない。
読み手がもっとも尊重されなければならない。
素人はこれをいつまで経っても理解しないので困る。
売れっ子エッセイストの著者はことさら大仰に嘆いていた。

無名の素人が人気の売文家に反論できるはずもないのだが、
ちょっとなんだかなという違和感がある。
むろん、人気作家の発言にたてつこうなんていうつもりはない。
けれども、それではダメなんじゃないかな、なんてこころのどこかで思っている。
おまえはプロになれないとお叱りを受けることだろう。
仰せの通りである。ご批判を甘受する。

さっきまで例によって山田太一のシナリオ本を読んでいた。
たまらなくおもしろいのである。
1分間以上、笑いがとまらなくなることがあった。
おさえてもおさえても涙があふれてくることもだ。
山田ドラマを読んでいると顔が変形してしまいそうになる。
泣いて笑って大忙しなのである。
ふと、冷静になる。
山田太一はどういう欲望からドラマを描いているか。
エッセイによると、じぶんが見たいドラマを書いているに過ぎないのである。
こんな人間がいたらいいな。こんなシーンがあったらいいな。
つまり願望をシナリオ化しているわけだ。

山田太一ほどの人気ライターが、書き手のこだわりで作品を仕上げている。
もちろん、それは山田太一が天才だからなのである。
凡人のわたしが真似をしていいという話ではない。
けれども、1千万人レベルの受け手を計算しているシナリオ作家が、
それでも書く動機の根本として自身の願望をあげていることは軽んじてはならない。
万民に受けようなどと思ったところで、そんな作品は書けるはずがないのであろう。
狭いじぶんの世界を徹底的に構築することで、逆説的に広く受け容れられる作品になる。
山田太一は幸福な作家のひとりである。

凡才のわたしが真似をすべきことではないのはわかっている。
読み手のことを考えるのがだいいちなのだろう。
けれども、なにを書くかと問われたら、
やはり最終的にはじぶんの読みたいものを書くしかないのではないだろうか。
じぶんで読み返してふきだしてしまう。照れながらも、いいなと涙ぐむ。
そういう自己愛めいたこだわりのなかからしか人間はものを書けないのではないだろうか。
ものを書く際の基本態度は、じぶんの読みたいものを書く。
結果として売れなかったらば仕方がない。あきらめるほかない。
残念だけれども、持って生まれたものが世間とは一致しなかったということだ。
繰り返すが、ものを書くというのは、
畢竟(ひっきょう)じぶんがどんな文章を読みたいかを突きつめる行為ではないか。
これは間違えているのかな。そこまで間違えていないような気もするのだが。
いずれにせよ素人のざれごとである。

(補記)
10人に読まれて10人に好かれる文章はだれにも書けないのではないか。
ただし10人に嫌われない文章なら書くことも可能なのかもしれない(A)。
5人に好かれて5人に嫌われる文章もある(B)。
1人から熱狂的に支持されるが9人から嫌悪される文章もある(C)。
悲惨だが、10人のうちだれからも好かれない文章も存在する(D)。
D以外のABCはそれぞれ名文といっても構わないような気がするが、どうでしょうか?
「5万4千円でアジア大横断」(下川裕治/新潮文庫)

→今年の5月に出版された新刊である。
プロ作家の書く旅行記はやはりおもしろいと舌を巻く。
例によって酒をのみながら読んだのだが、こんな愉しい時間はめずらしい。
旅行記は難しいのである。ワタシをあまり強く出してはいけない。
読者は旅行をする余裕がないのである。だから読書でまぎらしている。
要は本を読むことで、じぶんも旅行した気分になりたいのである。
だれも他人の旅行になど興味はないということだ。
したがって書き手はなるべくワタシを消すように努めなければならない。
あたかも読み手が旅をしているように思わせる文章を書く。
だが、これのどれだけ難しいことか。
最近、旅行記を書き始めたのでよくわかる(この一文のように「わたしも」を抜く!)。
旅行記だけではなく、およそ商業的文章(売文)において重要なのは、
なにを書くかではない。なにを書かないかである。
素人の旅行記によくあるのは朝なにを食べて、から始まるものである。
あったことを時系列に沿って書くのは容易なのである。
難しいのは書くことの取捨選択である。
(と書くには書いたが、
幾人もの有名な文豪が朝何時起床の旅行記を書いていることも指摘しておく)
みなさまにもかつての旅行を思い返していただきたい。
何時に起きたか、なにを食べたかを、すべて覚えているひとはいないでしょう。
しかし強烈な思い出となっている食事がある。朝がある。
これが旅なのである。旅行記もそのように書かれなければならない。
換言すると、読み手は書き手のスケジュールになど興味はないということだ。
つまり、旅は記憶ではない。ノスタルジーだ。郷愁である。
うちに帰るまでが旅ではない。うちに帰ってから、うちにいるときに、旅の本質がある。
下川裕治氏はそういった旅の醍醐味を真に理解している稀有なライターである。
「どこ吹く風」(山口瞳/集英社文庫)絶版

→山口瞳は女嫌いだけれども、それは女を馬鹿にしているということではない。
むしろ、正反対である。
この作家の胸のなかには確固とした理想の女性がいるのだ。
山口瞳は現実の女が嫌いであるに過ぎない。
逆にこの態度を馬鹿にするのがいまの女ではないか。
女なんてそんなものじゃないと男を侮蔑するのが新しいと考えている女が多すぎる。
女が女を壊しているのである。
わたしは女流作家の描く女性にあこがれたことは一度もない。
女流作家はメスの性悪を告白することが文学だと勘違いしているものばかりである。
かつて女性というのは男女が共有する理想だったのではないか。
女性は男だけのものではない。女にも理想の女性がいてどこが悪い。
理想たらんと思う人間は男女問わず美しいではないか。
だが、山口瞳は理想の女性を描く作家ではない。
かれの小説の主人公は理想の女性を夢見るが現実に落胆する。
いいではないかと思う。理想がなければ現実だけではないか。
現実ばかりじゃ味気ねえ。つまんねえんだ。そこにはときめきもなにもないよ。
男ならだれでも女の汚さくらい知っているのである。
ばれていないと思っているのは女ばかりである。
しかし、だからこそ、汚いものだからこそ、男は女をあがめようとする。
山口瞳の描く男女関係である。
「沖で待つ」(絲山秋子/文藝春秋)

→第134回芥川賞受賞作。
いやあ、女は強くなったもんだと思った。行き着くところまで行ってしまったのでは?
この先、袋小路だろう。もうどうにもならないんじゃない?
むかしは男の役割、女の役割が少なくともいまよりは規定されていた。
肯定するにしろ、否定するにしろ、役割というのはなければならなかった。
だって、男らしさ、女らしさという決まりがなかったら、そもそも演技ができないでしょう。
型に従う場合も、型を破る場合も、型自体がなければお話にならない。
女らしくない女というのも、女らしさというものがあって初めて成り立つ。
この国のおばさん連中はフェミニズムだかなんだか知らないけど、
女をどんどん壊してしまった。完全に壊れてしまったいまとなっては取り返しがつかない。
型がないから男も女もどう演技したらいいかわからない。
演技に戸惑う男女を描くのが新しいと評価(誤解)された時代もとうのむかしである。

いまは女が強くなりすぎたのである。
絲山秋子はじぶんの強さに戸惑っているようにさえ見える。
この作家の描く世界を要約すれば、「女ってなんて楽チンなの~」である。
男はすべてセックスが目当て。そんなことをわかりきっているアタシは強い女。
男を品定めして、つまらなかったらポイよ。いま女であることは、ちょー楽しい。
男同様の社会進出も可能。か弱き女性は社会が守ってくれる。
男連中はマンコがないんだから、女性様にかしずくのはあったりめえよ!
少しまえにテレビで見たお見合い特集を思い出す。
結婚できない男の悲哀が切実だった。
番組に登場したのは、男から見たらそう悪くはないおっちゃんである。
40をまえにしてお見合いを決行する。
専門家からファッションの指導を受ける。話し方教室にも通う。
いざお見合いの日である。お相手の女性は30を過ぎた、なんだかなという見てくれ。
男は必死になって女性様の話し相手になっているのである。
この程度の女にこうまで下手に出なければならないのかと愕然としたものである。
それでも交際はNGであった。相手の女性はいう。
「かれは女ごころをわかっていないと思いまして」
死ねよと思ったね。いい男じゃないか。おまえ何様のつもりだ。
しかし、これが現代の男女関係かとふかぶか納得したものである。
絲山秋子の天才はこの現実をコミカルに描写する。ふん、なーにが天才なもんか!
「刑事の恋」(山田太一/「月刊ドラマ」1994年4月号/映人社)品切れ

→平成6年放送作品。単発ドラマ。
山田太一ドラマにしては極めて低調。
理由は付属されたインタビューで山田本人が答えている。
事件とは無縁のひまな刑事をドラマの主人公にしたらどうだろうかと考えたそうである。
で、実際の刑事さんに取材をした。これが失敗だったというのである。
取材対象者から聞きえた警察のマイナスをドラマに書くことができない。
なぜなら取材をした刑事に迷惑をかけてしまうからである。秘密をばらしたと。
山田太一は徹底してモラリストである。
おもしろければ他人に迷惑をかけてもいいなどとはゆめゆめ思わぬ。
だが、結果として、
このドラマは中井貴一と富田靖子の甘いラブストーリーというほかなく……。
まあ、美男美女の、愛がどうの恋がどうのというドラマはそれだけで視聴者を満足させる。
だからふつうの視聴者はこの程度のドラマでいいのだろうが、
マニアックな山田ファンとしてはなんとも物足りない仕上がりである。

山田太一ドラマ定番の長台詞を一箇所引用しておこう。
敏腕刑事の中井貴一は恋人の富田靖子と別れる。
というのも、富田が暴力団と関係があるとわかったからである。
富田のことは好きだが、刑事という職務のさまたげになる。
むろん、最後には結ばれるのだが、以下はその過程における中井の苦悩である。

「――笑わせんなよ。好きな女と一緒にならなきゃ人間のクズか。(椅子を蹴る)
なにもかもおっぽり出して、好きだ好きだっていってりゃあいいのか?
結婚して、三、四年たってみろ。大抵しらけてるじゃねえか。
そんなもんのために、なにもかも、おっぽり出せっていうのか?
女なんて、いくらだっているんだ。みんな、そんなに、ちがいやしない。
なんで、よりによって、ヤクザと縁のある女を、刑事の俺が、
好きにならなきゃならないんだ? なぜなんだ?
いくらでも女はいるのに、なぜ、好きになったんだ? 何故なんだ?」(P135)
「なんだか人が恋しくて」(山田太一/「月刊ドラマ」1994年4月号/映人社)品切れ

→平成6年放送作品。単発ドラマ。
生徒から嫌われている高校教師がいる。中年男性。
マジメ一徹で校則に厳しいからである。
規則は規則だ。守らなければならない。
それは金八先生のように生徒と心をぶちわってつき合いたい。
けれども、教師がみんなそうなってしまったらしめしがつかないじゃないか。
人気者の教師は、嫌われものの存在を前提にして輝くのである。
堅物教師を演じるのは平田満――。

平田の勤務する女子高の生徒が恋人と一日旅行に出る。
校則では不純異性交遊は禁止されている。
休日に遠出するときも制服を着なければならない。
さて、教え子の女子高生が校則を無視してボーイフレンドと小旅行に出ると、
皮肉なめぐりあわせで電車のなかで平田満と会ってしまうのである。
しかし、その日の平田満はなにも注意をしない。謎である。ミステリー。
なぜだろうと教え子が勘ぐることからドラマは開幕する。
平田満にもやましいところが会ったのである。
平田満は若いころ教え子の女子高生と恋に落ちたことがあった。
もちろん、キスくらいが精一杯の関係である。
教師になってすぐに教え子と結婚するのがなんだかみっともないような気がして
平田満は生徒との関係を解消してしまう。その教え子はすぐに見合いで結婚してしまった。
ところが、その旦那が病没したと平田満は耳にしたのである。
かれには妻も子もいる。けれども、会いたい。会って、会って、とにかく会いたい。
そういう旅だった。だから、教え子の校則違反を発見しても注意できなかったのである。
ひょんなことから高校生カップルと堅物教師がともに旅をすることになる。
酔った平田満がとうとう生徒に腹を割って、旅行にでた事情を話す。
いまでも迷っていると。会いにいっていいものかどうか。
教え子の女子高生が先生に意見する。

「先生は、明日、その人と金沢で逢われるといいですッ(「なにを――」)
逢うだけなら、不倫っていうわけじゃないし、十七年も我慢して、今度も我慢して、
学校でも我慢して、そんなんして生きとることないじゃないですか」(P104)


結末をばらすと平田満はかつての教え子と再会するが、彼女には再婚相手がいた――。
そうそううまくいくものではないのである。

あらためて山田太一ドラマのキーワードは我慢だと思う。
我慢して、我慢して、それでも我慢する人間が、耐え切れないように飛びだすものの、
人生は映画のように都合よくはいかない。山田太一はそんな人間の悲哀を描く。
なぜならテレビのまえの視聴者もたいがい毎日が我慢の連続だからである。
我慢というのは日本人ならではの言葉なのではないか。
語源を調べると、我慢の本来の意味は自慢なのである。仏教用語である。
「我ヲ慢ズ」とは「我をほかのものより高みにおく」ということにほかならない。
すなわち、自慢と意味合いはおなじといってよい。高慢、慢心という言葉からもわかろう。
どういうことか。本来の我慢の意味は、
たとえば黒人詩人ラングストン・ヒューズのいう「ぼくを重んじよ」だったのである。
それが年代を経るにしたがい、現代の意味に変容してしまう。
我慢とは我を高みに位置すること。我が強いこと。強情をはること。
そういう強情な姿勢は周囲から我慢していると見られるといった具合だ。
漢訳仏典の悪徳のひとつであった我慢が、日本では美徳になってしまう。
いや、美徳とまでいうのは行き過ぎかもしれない。
けれども、我慢にはやはり肯定的な意味がある。我慢しなさい。よく我慢した。
自己主張という悪徳が日本の風土を通過するあいだに
いつしか調和という美徳に変化した。
我慢における意味の変遷は、つくづく日本人的だと感心する。
そして、山田太一ほど日本のドラマをうまく描く作家はいない。
山田太一が我慢する人間を好んで描写するわけである。
思えば、明治近代化以降、アジアのなかで日本のみが急速に発展したのは、
この我慢の精神があったからかもしれない。
気がつくと、大衆娯楽ドラマからとんだ日本人論に飛躍してしまったようである。
「仏教伝来」(白川義員写真展)

→展覧会の図録。インドから日本まで仏教ゆかりの地の写真が盛りだくさん。
写真や絵画のことはまったくわからないので、作品を批評するのはとうてい無理。
思うのは、懐かしいな。けっこう行ったことのある場所が登場する。
くだらないことを聞いてもいいかな?
みなさまはどちらの人間の発言を信用しますか。ふたつにひとつ。
そうだな、たとえばインド。
インド関連の書籍を読みあさっている人間がいる。
もうひとりはインドの本など読んだことがないけれども、実際にインドへ行ったことがある。
ふたりがインドについて語っていたとする。
みなさまならどちらのインドをホンモノだと思われますか。
仏教でもおなじことである。
仏教学者だが信仰に乏しい秀才。無学文盲にもかかわらず信仰に篤(あつ)い市井人。
どちらが仏教を知っているかという問いへの回答は決まっているのである。
だが、どちらが仏教の真髄を理解しているか。どちらが幸福か――。

宗教が学問ではないのは、知識だけではどうにもならないからである。
宗教においては、「知る」よりも「信じる」のほうが重要な問題なのだ。
いくら知識を吸収したところで信仰へ行き着かなければなんにもならない。
仏教でいえば、知るという行為は、どんどん信じるから人間を遠ざけるのではないか。
たとえば我われは親鸞よりもはるかに多くを知っているのである。
しかし、親鸞の小指の先ほどの信仰すら持つのが難しい。
親鸞は知らなかったのである。
師匠の法然が間違えていたことを。法然が信じたところの善導の無知を。
つまり、釈尊そのひとが決して浄土など説かなかったことを。
知ることのいかに空しいことか。人間には決して知りえないものがあるのだ。
その大いなるものに畏怖するのが信仰ではないのか。
無知を定められた人間が全知にひれ伏すのが信仰ではあるまいか。
このような宗教観があるので、知にこだわらぬよう、
たまに活字の少ないこのような写真集を見ている。
知るのではなく、仏教を味わおうとしている。
「仏教―流伝と変容―」(朝日カルチャーブックス56/大阪書籍)上下 絶版

→講義録。総勢15人の学者さんによる全17回の講義をまとめたもの。
聴衆は朝日カルチャースクールの生徒さん。そこいらのおじちゃん、おばちゃんだ。
インド仏教から、仏教東漸、日本仏教まで、それぞれの分野の専門家が、
一般聴衆に噛んでふくめるようにふかりやすく解説するというのが主旨のようである。
わたしもひとりの学生となり集中講義を消化した。以下はいわば勉強ノート。
手製のノートを惜しげもなく(恥ずかしげもなく)公開するのは、
大学時代にひとからノートを借りてばかりいたからかもしれない。

【インド仏教】

基本事項の整理から。大乗仏教は2つの傾向にわかれる。
中観派、唯識瑜伽派である。
中観派の代表作は龍樹(ナーガールジュナ)の「中論」。
龍樹は著書のなかで大乗仏教の根本たる「空」の思想を展開している。
唯識瑜伽派の瑜伽(ゆが=ヨーガ)は仏教の実践手法のひとつ。
唯識は「唯(ただ)意識のみ」。万物を心象に帰する仏教思想である。
大乗仏教は密教へと移行した。ふたつの密教経典が有名。
「大日経」と「金剛頂経」である。
「大日経」は中観派の影響を、「金剛頂経」は唯識思想の影響をそれぞれ受けている。
インドで主流となったのは「金剛頂経」のほうである。
こういう基本事項は丸暗記するしかない。

インドにおける仏教の滅亡について。
イスラームの侵入による仏教施設の破壊が原因のひとつとされている。
だが、なにゆえヒンドゥー教は滅びず、ただ仏教のみが滅したのか。
これはヒンドゥー教が日常生活に浸透していたことと比較するとわかりやすい。
イスラームがいくら宗教施設を破壊しようと、
民衆生活の場面場面に関係しているヒンドゥー教を根絶やしにはできない。
ところが、仏教はついに生活場面に食い込むにはいたらなかった。
このため施設(寺院)を破壊されると、再生することがかなわない。
これはどうして日本仏教がなんだかんだと生き延びているのかとも関係する。
葬式に坊主が必要だからである。
言うまでもないが、インドにおける死者供養は古来仏僧とは縁のないことだった。
荒い要約をすると冠婚葬祭まで到達した宗教は強いということかもしれぬ。

仏教はインドから中国へ伝わったといわれるが正確にはもう少し複雑である。
仏教はいったん中央アジア(イラン)を経由して、そこから中国へ伝播している。
この影響を見過ごすことはできない。
たとえば阿弥陀仏。日本では南無阿弥陀仏で知られている、あの阿弥陀仏である。
阿弥陀仏は、たしかにインド仏典に記載はあるが、
日本におけるような活躍をインドではしていない。
どういうことかというと、インドでは阿弥陀仏の仏像が極めて少ない。
どこで阿弥陀仏がいまのように脚光を浴びるようになったのか。
阿弥陀仏の起源はどこか。
中央アジアから阿弥陀仏が注目されるようになったという説がある。
阿弥陀仏という漢語はサンスクリット語(古代インド語)からの音写。
サンスクリットにおける意味は「ア+ミタ」→「ア=否定」+「ミタ=はかる」。
したがって阿弥陀仏は「はかり知ることができない仏」という意味である。
漢訳すると無量(量ること無し)仏。なにが無量なのか。ふたつの説がある。
寿命が無量だ。光明が無量だ。無量寿仏と無量光仏。
この無量という感覚は太陽を崇拝することから来たという考えがある。
たしかに太陽の光明は無量というほかない。
いっぽうの寿命のほうはどうか。インド人は輪廻転生を信じているが、
太陽は輪廻という無限の反復を否定する絶対のものとしてひとの目に映ったかもしれぬ。
つまり、無量寿仏も無量光仏も、太陽信仰に端を発していると考えられる。
では、太陽信仰と仏教がどこで結びついたのか。
その橋渡しをしたのが中央アジア(イラン)の宗教、ゾロアスター教(拝火教)ではないか。
ゾロアスター教は火を重んじる。火の根元は太陽である。
まとめると仏教は中央アジア(イラン)へ伝わったとき、ゾロアスター教の影響で、
ことさら阿弥陀仏が重視されるようになった。
このイラン仏教が中国、日本と流伝したということだ。
すなわち、南無阿弥陀仏は山頂で朝日を拝むのと一脈通じるところがあるといえよう。

【中国仏教】

中国仏教の特徴は中華思想抜きには考えられない。
中華思想とは、世界の中心が中国であるという尊大な自信のことである。
インド仏教でさえも中華思想の枠内に位置するのでなければ、中国での存在を許されぬ。
インドと中国のもっとも大きな相違は、現世への態度である。
現世否定的なインドに比して、中国は力強く現世を肯定する。
人間は生きているあいだが肝心だという根本姿勢である。
そこにはインド人のような来世などという逃げ道はない。あの世よりもこの世なのである。
仏教は中国に出家という生きかたを広めはしなかった。
中国人はあくまでも世俗社会に拘泥する。仏教も世俗に合わせなければならなかった。

中国はなにゆえ小乗仏教ではなく大乗仏教を選択したか。
人間は似たものを好むという法則から考えるとわかりやすい。
仏教伝来以前から中国には老荘思想があった。
たとえば老子は「無為」を説いている。
大乗仏教の中心思想である「空」とこの「無為」が同一視された。
小乗仏教はよくわからないが、大乗仏教ならわかるという仕組みである。
「空」とは、なんのことはない、「無為」とおなじではないかという勘違いだ。
そこには中華思想もあった。
インド思想ごときが世界の中心たる中国にないはずがないではないかというおごりである。
これを格義仏教という。中国は格義仏教を仏教の始点として持つ。
これを第一期と見るなら、つぎは翻訳の時代である。
中国の思想を借りて仏教を見るのではなくインドに即して見るべきではないか。
ここにおいて重要視されるのは正確な翻訳である。
道安、鳩摩羅什(くまらじゅう)といった翻訳僧の活躍した時代である。

翻訳によって多種多様な仏教経典が中国へ流入するわけである。
どれも仏典である以上、釈迦の教えを説いていることは間違いない。
成立時期も内容もさまざまな仏典がなんの脈絡もなく入ってくるとどうなるか。
混乱してしまうのである。なぜなら仏典ごとに釈迦の教説が食い違っている。
当時はどの経典も、釈迦そのひとが説いた教えと信じられていた。
ならば、どうして仏典によって、こうも教えの内容が異なるのか。
どの仏典のいうところを信じたらよいのかという問題である。
インドでは家系図のような、いわば血流のあった仏典が、
中国ではどれもじぶんがいちばんの祖先だと自己主張するのだから。
仏教史における中国仏教の功績は、この混乱を正したことにあるように思う。
人物名をあげれば智(ちぎ)こそ、中国仏教発展における最大の功労者ではないか。
智は法華経を最上位に置くことによって、天台宗の開祖となる。
智に始まる、この仏典相互の調整を教相判釈(きょうそうはんじゃく)という。
また、智をもって(インド仏教ならぬ)中国仏教の成立を見るのは、
かれが法華経にしたがい「生死即涅槃」を打ちだしたためである。
智の主張をわかりやすくいうと、修行者だけではなくだれでも仏になれるということ。
この「空」思想から「成仏」思想への変移を、中国仏教の大きな流れと見ることもできる。
そして、ここにおいて在家中心という中国仏教の特徴が決定づけられたわけである。

三教調和について。
儒教というのは、いわば国家の政治理念で道教とも仏教とも争うところがない。
三角形ABCでいえば、Aは儒教と決まっているのである。
BとCとのあいだでいさかいがあった。
どちらがA、すなわち権力者に近づけるかという勢力争いである。
すなわち、仏教と道教はおなじパイを取りあわざるをえない関係にあった。
といっても、仏教は平和思想で、宣戦布告するのは決まって道教の側からである。
道教を愛国心の発露と見るのも大きな間違いではないように思う。
愛国心(または中華思想)から外来宗教たる仏教を攻撃したのが道教である。
仏教を教師とするところで道教が成長するところもあった。
これは道教経典の整備といったかたちで現われる。
くだらないことをいうと3という数字がポイントかもしれない。
人間でも二人だったら喧嘩するか仲良くするかしかない。
しかし三人集まると嫉妬やらなにやらで愛憎が交錯する。
いっぽうで三人寄れば文殊の知恵といったような発展も見られる。
日本もおなじで、
ある時期までは神道、儒教、仏教の三つどもえが歴史を形成したのである。
ちなみに、儒教が仏教の影響を受けて成立したのが朱子学らしい。

【日本仏教】

仏教伝来というのは、なにも仏典や仏像が入ってきたというだけではない。
仏像を造る技術、寺院にまつわる建築工学、
書写のための紙、筆、墨の流入をも意味する。
現代の視点から仏教を決めつけてはいけない。
当時の日本人にとって仏教はひとつの宗教以上のものであった。
すなわち、宗教と科学が分化されていない時代のことである。
自然科学、天文学、医学、政治学――、
あらゆるものが仏教という範疇(はんちゅう)に入っていた。
なにゆえ流行病が生じるのか。
飢饉にはどうしたらいいのか。
政変の原因はどこにあるのか。
いまでは信じられないようなあらゆる問題の答えが仏教に求められていたのである。
つまり流伝時の仏教は、往時のマルクス経済学など比べものにならぬほどの、
最先端をゆく全体思想だった。
その背景として、当時の日本人における世界とは、
ほとんど日本、中国、インドのみだったことを忘れてはならない。

最澄による大乗戒壇設立の意味。
当時の日本には中国僧・鑑真の設立した小乗戒壇しかなかった。
(えええ、じゃあ、鑑真は小乗仏教の僧侶だったってことなの~?
というわけではなく(?)、調べてみたら鑑真は律宗の僧侶。
律宗は、戒律を研究する宗派。戒律とは僧尼が遵守すべき規則。
戒律を出家者に授けて僧尼にする場所が戒壇。
繰り返しになるが、戒壇とは中国で作られた制度で、
ここで持戒を誓わないと正式な僧尼になれない。
律宗の鑑真が設立した戒壇だから戒律が厳しくなった?
このためのちの大乗戒壇が、本来はおなじ大乗仏教の戒壇を小乗戒壇と蔑称した?
正直このへん、よくわかりません)
とにかく(とまとめるしかない)最澄による戒壇の設立が日本仏教の行く先を決定した。
どのような方向性か。出家者にあまり厳しい戒律を押しつけない。
親鸞の妻帯は、最澄による大乗戒壇設立が下地になっているともいえよう。
まぬけな具体例を用いると、むかしむかし仏教学校というのがありましたとさ。
ここは校則が厳しくて、少しでも規則を破ると即刻退学にさせられた。
この学校の生徒しか、かつては僧尼にとして認められなかった。
しかし、最澄さんが、校則があってないような、ゆる~い仏教学校を作ってしまった。
(むろん国家が開校許可を与えたためである)
最澄の学校は、いまでいえば個性を重視する都立高みたいなものかな(笑)。
この学校ではなにをやっても退学にならないわけだ。
従来の学校の生徒は「あっちだけずるい」と怒る。喧嘩になったわけだ。
ところがところが、そこは人間のふしぎなところ。
最澄さんが校長をしている自由な気風の仏教学校は、
のちに優秀な卒業生を幾人も輩出した。
法然しかり、親鸞しかり、道元しかり、日蓮しかり、である。
いやあ、具体例を使うと、ものの見事にわかったような気になると思いませんか?

「元亨釈書」(げんこうしゃくしょ)は鎌倉時代に書かれた日本最初の高僧伝。
すなわち、日本仏教通史の書物。
問題はここに親鸞、日蓮が記されていないことである。
栄西、道元、法然は載っている。しかし、いまの日本で大人気の親鸞、日蓮の記載はなし。
どういうことか。親鸞、日蓮は当時、高僧として認められていなかった。
知られていなかった。もっといえば、馬鹿にされていたのかもしれない。
見下されていた。栄西、道元は中国留学経験がある。
法然は留学こそしなかったが原書(仏典)のエキスパートだった。
言い換えるならば、この3人は仏教の本場である中国とつながりがあった。
しかし、親鸞、日蓮といえば――。
親鸞は法然の弟子に過ぎぬ。それも師匠ほどの明晰な頭脳は持ち合わせず。
売りは、狂ったような信仰だけである。
日蓮も中国留学経験がない。そのくせ偉そうに仏法を説いている。そうとう偉そうにだ。
見ようによっては日蓮なんざ、海外旅行経験もないくせに、
おフランスではどうの~と高説を垂れている馬鹿者である。
ところが、だがしかし――。
日本の民衆に人気があるのは親鸞と日蓮なのである。
フランスへ行ったこともなく、自己流でフランス料理を作っているシェフの店が大繁盛。
これはいったいどういうことなのでしょうかね(笑)。
早稲田青空古本まつりへ行く。人間などいとも容易に変わってしまう。
学生時代は古本など見向きもしなかったわたしが、しかしこうも変わろうとは。
大学を卒業してどのくらい経ったころだったか。
新品の本を売っている書店にあるものだけが書物ではないという事実に、
それはもう打ちのめされたものだ。
いまでは、こう思っている。
すなわち、書店で買える本など、実のところ氷山の一角に過ぎないのではないか。
そんな一部分しか見ないで、本はおもしろいだの、つまらないだの論じるのはダメよ。
本というのは新刊書店に並ばなくなったそのときから
独自の歩みを始めるのかもしれない。

初日だからであろう。ひどい混みようである。
なにごとも期待しないことがいちばんである。
なにも夢見ていなければ、現実に落胆することもない。
どうせこの古本まつりでほしい本など1冊もないのだろう。諦観こそ幸福への裏門である。
しかし、これはなんだ~。

「蜘蛛の巣 ユージン・オニール一幕劇集」(京都修学社) 3150円

ユージン・オニールですよ!
ええ、だれも知らないでしょう。それでよろしい。わたしだけの作家なのだから。
将来、出世したのち、好きな作家を聞かれて、ユージン・オニールと答えるのが夢である。
ストリンドベリでもいい。質問者が戸惑う顔をいまから想像している。
ユージン・オニールとは、そのような作家なのである。忘れ去られていなければならない。
だれだと思う。だれが発掘しやがった。
解説を読むと、甲南女子大学大学院のみなさまのようである。
まったく、余計なことをしやがって。
出版されたのは今年の3月。わたしがベトナムをふらふらしていたころだ。
知らなかったのも無理はない。そもそもこんなマイナー本がどれだけ出版されているのか。
もしや1000くらいではないか。いんや、少なくとも3000部は出ているのか。
しかし税込み定価が7140円もする戯曲集を、一般読者が気軽に買うとは思えぬ。
オニールの一幕劇をすべて翻訳収録しているようである。全20篇。
そのうちの10くらいは古い訳で読んでいる。いや、もっとかな。
しかし、オニールと銘打っている以上、心酔者は無視するわけにはいくまい。
いくら半額以下とはいえ3150円は厳しい。古本でこれはないだろう。
だが、あのユージン・オニールだぞ。おまえが全存在を揺り動かされた作家ではないか。
買おう。物書きとして生きることを夢見る人間が書籍代をケチってどうする!
思えば、これでテンションが高まったのだと思う。
つぎつぎに古本を選んでいく。

「井上靖 文学語彙辞典」(巌谷大四編/スタジオVIC)絶版 600円
「祈りのブッダ」(奈良康明/NHK出版)絶版 500円
「マンガ 中国の歴史がわかる」(たかもちげん/三笠書房)絶版 200円
「現代世界演劇15 風俗劇」絶版 700円


井上靖のは、いわば名言集である。
よくもまあ暇人が、と感心して購入。著者は在野の井上靖ファンであろう。
ブッダ写真集は、どうにもほしくて。
写真を撮らない旅をしていたせいか、かつて訪れた場所の写真には弱い。
中国の歴史はいくら勉強してもわからない。ならマンガはどうかという窮余の一策。
現代世界演劇はほそぼそと集めている。この巻ではノエル・カワードの劇作が気になる。

いくつもの古本屋が集っているわけである。
古本屋のあいだの無駄話を盗み聞きするのが楽しい(ごめんなさい)。
むかしビックボックスでやっていたときとは、料金体系が違うようである。
この形態だと、損をする古本屋もいるようだ。
古書店のみならず、ひとが集まるとどうしてもトラブルが生じる。
「どうせ売れないからさ」
こんなことを大声で言っている店主もいる。
「売れないから、徹底的に安くしたけれども、それでも売れない」
同業の古本屋に話しているのである。
聞きながら、思わず笑ってしまう。古本屋さんの、こういう庶民的なところがいいよな。
どんないい本でも売れなければ、かれらの利益にはならない。
本を買いたいと思う。買うためにここまで来ているのである。

「シナリオマガジン ドラマ 1984年1月号」品切れ 150円
「シナリオマガジン ドラマ 1987年1月号」品切れ 150円


これで山田太一ドラマ「演歌」「礼文島」のシナリオを入手したわけである。
ああ、読むのが楽しみ。わたしは収集家ではない。あくまでも読書家なのである。
これで終わってもいいのだが、まだ時間がある。ブックオフ早稲田店へ。
引越しのとき、大量の本をここへ捨てたのだった。少しはリターンがほしいものだ。

「旅行会話 中国語+英語」(ブルーガイド) 105円
「たとえば純文学はこんなふうにして書く(女性文学会編/同文書院)絶版 105円
「図解雑学 政治のしくみ」(石田光義/ナツメ社) 105円
「新藤兼人 人とシナリオ」(シナリオ作家協会)絶版 105円


最後のシナリオ集は、あれだな。
いくらなんでも定価3500円の本をいきなり105円に落とすのは問題じゃないか。
いや、つい買ってしまったのだが。
本を買う快楽に脳がいかれてしまったようである。紅書店。

「日本仏教の開祖たち」(ひろさちや/新潮選書) 105円
「日本の名随筆 美談」(江国滋編/作品社) 210円


高田馬場に向けて歩きつづける。古書現世。

「作家の誕生」(猪瀬直樹/朝日新書) 350円
「花過ぎ 井上靖覚え書」(白神喜美子/紅書房)絶版 500円


「花過ぎ」はおもしろそうな本である。井上靖の元愛人による暴露本。
ネットで調べたところ、この暴露本で興醒めした井上靖愛読者も少なくないようだ。
性格が下品なのであろう。このような暴露本は好んで読む。
先ほどの早稲田青空古本まつりでもらったカードを見せると100円おまけしてくれた。
100円でも値引がうれしいわたしである。
最後はブックオフ高田馬場店。

「インドがやがや通信」(インド通信編集部/アジア・カルチャーガイド)絶版 105円
今日はいい天気だったよね。こんな日は外を歩くのがいちばん。
空を見上げる。なんだか雲がいつもより高い位置にあるような気がする。
秋風が心地よい。しばらく立ちどまり、空を見ている。
本を100ページ読むひまがあったら、青空を見るべきなのだ。
活字などいくら読んでもひとに優しくはならない。だけど、青空を見ていれば――。
もちろん、そんな簡単にこのゆがんだ性格が治るわけがないけれども、
空を見上げていたら、いつか、そのうち、なんていう希望も生まれる。
ひとに優しくなりたい。友だちを増やしたい。
いいおとながなにをと笑われそうだけど、この秋空をもしきみが見ていたら、
うっかりおかしなことを言いだしたわたしを笑わないと思う。

秋の神保町へおもむく。むかしは週に数度、神保町へ顔をだしていたものだ。
というのも、歩いてすぐのところに住んでいた。
しかし引越したいまとなっては、うちから神保町まで1時間弱。
時間はまだいいのである。しかし交通費が痛い。片道で360円。往復だと720円である。
むかしはただで何度も行けた神保町が、いまは行くたびに720円もかかる。
720円は大きいよね。かなりのものが食べられる。おっと食い意地が。
本でも、文庫ならたいがい買えてしまう。新書がちょうどこの金額である。
だから神保町へ1回行くごとに新書1冊ぶんのおカネを捨てているようなものなのである。
それでもなぜか神保町へ行ってしまう――。
これはもう習慣であろう。
いくら遠いところへ捨てられても戻ってきてしまう犬のようなもの。

いつものようにまずは田村書店のワゴンからスタートする。
この日も収穫はゼロ。もはや田村書店からすっかり見放されてしまったようだ。
かつてはこのワゴンをのぞくたびになにかしらの獲物にありついたものだが。
それから週末恒例の小宮山書店ガレージセールへ。ここにもほしい本はなし。
田村・小宮山の二大古書店を見てから神保町古書店街をぐるりと一周。
とはいえ、どの店も店舗まで入るわけではない。ワゴンのみのところも少なくない。

雑誌専門古書店のヴィンテージへ入る。
ここに来ると古書店なるものの正体を実感とともに理解することができる。
古雑誌なんていうのは基本的にゴミでしょう。捨てるもの。
ところが、それを用いて商売をするものがいる。たとえば、この古書店のようにである。
仕入れなど、ただみたいなものだろう。
しかし、まさか神保町の古書店様がゴミ捨て場を巡回するはずがない。
専門のホームレスがいるのである。かれらが売りに来る。
何度かその現場に立ち会ったことがあるが、ひどいものである。
店員は完全に売り手を見下しているのである。この乞食め! という視線だ。
いいかげんな金額で買い叩く。それでもホームレスはわずかな現金収入がうれしい。
ぺこぺこしながら店をあとにする。
こんなものなのである。ためしにこの類の古書店へ古雑誌を売りに行ってごらんなさい。
ものすごい嫌な思いをすることと思う。売値の1割も買取金額はつかない。
怒るなかれ。よくよく考えてみよ。そもそも古雑誌はゴミなのである。

「シナリオマガジン ドラマ 1992年2月号 野島伸司の研究」品切れ 600円
「シナリオマガジン ドラマ 1994年4月号 山田太一シナリオ特集」品切れ 400円


野島伸司はシナリオを公開しないことで有名である。
このため野島特集の「ドラマ」はまえまえから探していた。。
いぜん矢口書店で2000円で売っていたのを見たが、それもすぐに売り切れた。
迷っている余裕もない買物というのが古書にはあるようである。

さて、本日の神保町はこれだけである。
おまけとして最近、買った本のことを書きたい。
ブックオフ西台店。

「おいしい中国屋台」(浜井幸子/情報センター出版局)絶版105円
「土の中の子供」(中村文則/新潮社)105円
「論語 生き方のヒント」(ひろさちや/日本経済出版社)105円
「流砂(上下)」(井上靖/文春文庫)絶版210円


また別の日だが、このときは散歩の途中であった。
好きなのは復路電車の散歩である。
徒歩で地図も見ないで行けるところまですすむ。疲れているから帰りは電車を利用。
赤羽のブックオフのちょっと先に、小さな古本屋があった。
おもての棚にあるものが、いわばワゴン本であろう。

「こころを鍛えるインド」(伊藤武/講談社)絶版100円

やはり引越は失敗であった。いまの住みか付近は文化のレベルが極めて低い。
しかし、引越しなければならなかったのである。
わたしだって、むかしいたところが懐かしい。いまでもちょくちょく行く。
むろん、通院の関係もあるのだが。
むかしの住所の近くにはいい古本屋がたくさんあった。
たとえば、本郷の古書店、大学堂である。
かつては東大の先生、学生さんでにぎわっていたと店主の奥さんから聞いたことがある。
ここに来るのは半年ぶりである。

「舞台芸術の現在」(渡辺守章/放送大学教育振興会)絶版800円

定価は2600円である。本を買うかどうか迷ったときは、こうしている。
まったくの無作為にあるページを開く。そこに興味のある事項が書かれていたら買い。
意味不明だったり、関心を呼ばなかったら、買わない。
これがいちばんである。要は縁があるかどうかを見ればいいのだ。
たとえば、中島みゆきの「時代」から――。

「そんな時代も あったねと いつか話せる 日が来るわ
あんな時代も あったねと きっと笑って 話せるわ
だから今日は くよくよしないで 今日の風に 吹かれましょう」


作家にとっていちばん幸福なのは不遇時代なのだと思う。
逆説でもなんでもなくて、言葉の意味どおりに解釈してください。
なにものでもないじぶんがいる。
とても納得できない。
なにものかになりたいじぶんがいる。
こんなものではない。こんなものじゃないんだ。
既成の価値を批判しながら、おのれはさらに上を目指すのだという矜持。
しかし、だれも認めてくれないという矛盾。
野心。野望。嫉妬。自負。失意。落胆。悲嘆。憤懣。怨恨。懇願。忍耐。気力。胆力。度胸。

腐った嫉妬心の発露のようだけれど、いまの純文学系作家さんはかわいそうだとさえ思う。
もう作家という地位を得ている。なら、なんのために書くのさ。
自己表現? じぶんのことをわかってほしい? 
ひとたび作家になった人間なら、
そんなことはどれもつまらないことだとわかっているはずである。
皮肉な笑いとともに言うかもしれない。職業だ。おカネのために書いている。
だったら、悪いが、それはもう純文学ではない。
古臭い議論なのは百も承知だが、カネをもらわなくても書くのが文学ではないか。
いな、カネの有無を問わず、書きたいこと、伝えたいことがある。
この精神のなかにしか文学はないとわたしは現代でもなお思っている古い人間だ。

なったこともないのに独断するが、社長さんなんかもつまらないものだと思う。
毎日、部下からあたまを下げられ、おいしいものを食べ、愛人の数人もいる。
いざ、そんな立場になったら、こんなものかとがっかりするのではないか。
社長になるよりも、なろうとがむしゃらだった時代のほうがはるかに充実していた。
報われるか報われないか見当もつかない生活を、
それでも懸命に生きていた時代がどれだけ幸福だったか。
自信がない。しかし自負はある。自己不信と自負とのあいだで大揺れする毎日。
「こんなものだ」と「こんなものではない」が、文字どおり殴りあうような日常。
だれも認めてくれない。認めているのはひとり、じぶんだけである。
この孤独からしか生まれないものがある。
そして、実は生まれたものより、製造過程のほうが価値があるという皮肉。

大家とよばれるような文学者の書いた文章のなんと気がゆるんでいることか。
比して、いまだなにものでもない無名人の筆なる文章のどれだけ輝いていることか。
満足した文章と不満の文章。どちらがひとを揺るがすであろうか。
若き日の宮本輝の小説がどれだけ人間に救いをもたらしたか。
高校中退の演劇くずれに過ぎなかった柳美里の文章がどれだけ美しかったか。
自負と不安が書かしめる文章の光彩と陰影こそ、ひとを打つのではあるまいか。
不安だけではダメなのだ。しょせん素人ですから、といったような文章はよくない。
かといって、俺様はいくつも文学賞を受賞しているベストセラー作家だ!
なんていう自信にみなぎった文章は、もはや活力を失っている。

いい文章というのが近頃ようやくわかった。
正確にはいい文章ではなく、わたしの好きな文章である。
というのも文章に普遍的な是非などあるわけがない。好き嫌いしかないのである。
人間の目指すことの可能なのは、おのが理想の文章、好きな文章くらいだ。
感情の入っている文章がわたしは好きだ。書きたいと思っている。
怒りと悲しみ、喜びと哀しみの混じっている文章を理想としている。
そのためにいまこうして研鑽を積んでいる。
願わくば、である。いつかこんなことを言われてみたいものである。
「あいつはブログで管を巻いていた時代がいちばんよかった」
ふたりに会ったのは馬蹄寺石窟(ばていじせっくつ)へ行くバスのなかだった。
男が英語で話しかけてきた。女がその横にいた。
我われも同じところへ行くつもりだとかれは言った。バスの車掌から聞いたという。
例によってわたしは行き先を書いたメモを振りかざしていた。
ふたりとも24歳の大学院生。男は植物学を学んでいる。女は文学だと言った。
「横に座りませんか」
ふたりの横の席が空いたのですすめられた。
バスに揺られながら1時間ほど簡単な会話を交わす。
ふたりにうながされバスを降りる。どうやら直通のバスはないようである。
ここからタクシーをチャーターしなければならない。
植物学生が運転手と交渉している。
助かったと思う。ひとりだったらまずたどり着くことはできなかったであろう。
そこからタクシーで30分。さびれたテーマパークめいたところへ入場する。
いらないと拒否する女の手にタクシー運賃の半額を押し込む。
シーズンではないのだろう。観光客は見当たらない。

「寒い」と女が言った。わたしも同意した。どういうわけか雪がふっているのである。
もう5月も目前だから、よほどここは高度が高いのだろう。
さて、どうしようか。わたしの見たいのは馬蹄寺石窟だけである。正確には三十三天洞。
岩山内部をアリの巣のように洞窟が通じている。入ると壁画が多数見られるようだ。
仏教遺跡である。仏さまを求めて、こんな雪ふるところまで来たのである。
もっとも過大な期待を抱いているわけではない。暇つぶしである。
そもそもここまでたどり着けるかがわからなかった。
気のいい中国人の男女のおかげで苦もなく来ることができた。これだけで満足である。
男は研究の素材を探すのが目的だという。高山でしか採取できない植物がある。
それを持って帰るためだけにこんなところまで来たというではないか。
「帰りはバス停留所まで、行きとおなじタクシーに来てもらいます」
かれは携帯電話を手で振った。
「ご一緒させていただけると」
「もちろんです」
感謝の言葉を伝える。
「どうしますか、これから?」
「いえ、その。ご迷惑でなければ」
「そうですね。せっかくだから」
かくして3人で行動することになった。
目当ての草花が見つかったのか、若き植物学者は一心不乱に緑と向き合っている。
「かれはほんとうに好きなんだね」
「ええ、そうなの」
若い男女に好感を持つ。男が好きなものに夢中になっているすがたは気持がいい。
それを応援する女も好ましい。
そういえば、むかしいつだったか失恋したとき、こんなことを言われたな。
「どうすればいいんだ。どんな男が好きなのさ」
にやにやしながら(わたしにはそう見えた)女は答えた。
「じぶんの世界を持っているひとかな」
当時はウソつけと思ったものである。

男の植物採集に思いのほか時間を取られる。
物事に夢中になるとまわりが見えなくなる性格なのだろう。
植物にさしたる関心を持たないもの同士で意気投合したわけでもないが、
かといって話さないのも不自然である。
「かれはボーイフレンド?」
「友だち」
「だから恋人なの? かれのこと好き?」
「わかんない」
「結婚とかするつもりないの」
ぶしつけな質問をする日本人である。
なれない英語で細かいニュアンスのやり取りは不可能なのだ。
彼女は細身でちょっと冷たい感じがする女性。知的な印象を受ける。
男の研究活動がようやく終わったようで、我われ3人は三十三天洞への坂道を登った。
別料金である。このテーマパークへ入るときにも料金を徴収されているのである。
しかし、ここから先は新たな入場料を払えというのだから中国って国は。
男は払わない、見ないとあっさりしたものである。そこらを歩いているという。
女はせっかくだから入るとのこと。むろん、わたしもである。これ目当てに来たのだから。
ふたりで三十三天洞へ入った。

雪をさけるように洞窟へ入っていく。観光客は我われふたりだけのようである。
無理もない。こんなアクセスの悪いマイナーな洞窟なんてだれが来るものか。
よほどの燃えるような恋情でもなければ、である。
とすると、わたしは仏さまに恋をしているというのか。いな、である。
同性愛の趣味はない。
なかは暗く、迷路のようになっている。通るのに骨を折る細い通路もいくつかある。
中国の女と手を取り合いながら先へ進む。
そのうち異性を意識してしまい、そんなじぶんの感情の変化に驚く。
ふむ、なんてもっともらしく思う。これはお化け屋敷効果なのだろうか。
未知の暗所に男女がふたりいると、それぞれおのが性別に気づかされる。
意外なことだと思う。
三枚目のわたしがどんな顔をしてこのようなことを言えばいいのかわからないが、
近年いわゆる恋心というものを抱いたことがなかった。
思えばこのどきどきした感じは、なにか懐かしいものがあるのかもしれない。
ガイドブックには壁画と書いてあったが、洞窟のなかにあるのは仏像ばかりである。

正確を期すと、これらは仏像ではないように思う。
ヒンドゥー教がそうとう入っている。
狭いところにふたりでいる気詰まりを解消せんと話しかける。
「外国へ行ったことはある?」
ないとのことである。
「3年前だったか。3ヶ月かけてインドをぶらぶらしたことがある。
そのときも、たくさん彫刻を見たんだ。あれをなんというのだろう。神像かな」
女はうなずく。
「ここにある彫刻は、そのときインドで見たものと、とてもよく似ている。
これ、ここを見て。これは中国人の顔ではないでしょう。日本人でもない。
どう見ても、インド人の顔じゃない?」
お互い顔を見合わせる。インド人を見たことないからわからないと女は言った。
ここでは口にしなかったが、インドの彫刻にはある特徴がある。
身もふたもない言いかたを許してもらえれば淫猥なのである。
もっと直截的な表現をするならエロい。グラマーな肢体を惜しげもなく公開する。
あえて変態オヤジ的な物言いをすれば、オッパイぼよよんで、オシリぷりぷりなのである。
いま目のまえにある神像には、歴然とした仏教とヒンドゥー教の闘争の痕跡が見られる。
顔は欲望などないような清澄を気取っているが(仏教)、
それを肉体が裏切っている(ヒンドゥー教)。
これはインドのシヴァ神と言っても通じるのではないか。
たしかにシヴァ神は男性神とされているものの、両性具有のものもあるはずである。
少なくともインドで何度か見かけた。シヴァ神の胸がふくらんでいてもおかしくない。
あるいは、これはシヴァの妻であるパールヴァティーかもしれない。
女神カーリーほどの凶暴性は見て取れない。

仏教とヒンドゥー教。彫刻だけで比べるならどちらが好きか。
ヒンドゥー教のほうである。
悟り澄ました聖人の遺影と、ポルノめいた春画を比較するようなものだ。
お釈迦さまより女の裸というのは、いささか露悪的だが、今現在の真実である。
インド女神の彫刻には秘所があからさまに刻まれている。
どちらかの選択を迫られたら、痩せこけた仏像よりも豊かな女体であろう。
欲望ということ。これが時間的空間的にインドを貫く芯なのではあるまいか。
ヒンドゥー教は、人間の欲望をそのまま肯定する教えである。
ヒンドゥー教の前身はバラモン教。このバラモン教に反旗をひるがえしたのが釈迦である。
釈迦仏教の要諦をひと言でいうなら欲望の止滅であろう。
人間存在は苦しみに満ちている。苦というのは、ままならぬということだ。
ならなぜままならぬ状態(=苦)が生まれるのか。人間が欲望を持つからである。
そうだとしたら、この欲望(煩悩)を滅すればこころの安らぎが得られるのは必定。
以上が原始仏教の説く四諦(したい)の教えである。
なんのことはない。せんじつめれば、
仏教もヒンドゥー教も――インド人はみながみな――欲望にとらわれているのである。
インド人ほど欲望の強いものは、そうそういないということだ。
だからヒンドゥー教が生まれる。反作用として仏教が誕生する。
どちらも根はひとつで、それは強大な欲望なのである。
宇宙的な規模を持つ壮大な欲望だ。
東西比較をしてみるとおもしろい。
西欧ではギリシアの神々(欲望肯定)はイエス・キリスト(禁欲)に滅ぼされている。
一方で、少なくともインドでは釈迦(禁欲)がヒンドゥー教(欲望肯定)に殺されている。
言うまでもなく、現在インドにおいて仏教は滅亡している。
この比較はむろん素人考えだが、それでもなかなか魅力的なものだと思う。

「インドって、どんな国なの?」
問われて我にかえる。中国にいたのだった。
インドはどんな国だったか。
「一度、行ってみたいと思って。インドについて教えて」
「インドは……暑い。うん、暑い国だ。大地も人間もおかしなほど熱い。
まったくインド全体が暑苦しいというほかない」
雪のふる中国でインドの話をしようとは。
しかし、インドは暑いのである。人間は暑いとのどが渇く。水を求める。
水を涼を欲望する。渇愛(かつあい)する。
けれども、ままならぬとき、ひとはどう生きるか。
ふたつの生きかたがある。天にひたぶる降雨を祈るか。地に座し平静を装うか。
前者がヒンドゥー教で、後者が仏教ではあるまいか。

どれくらい洞窟を歩いたのだったか。ふたりのまえに一体の彫刻が現われた。
欲望があるような、ないような、とてもいい顔をしていた。
「これいいね」と日本人が言った。
「あたしもこれがいちばん好き」と中国人が応答した。
からだ全体からふしぎな魅力を放っていたが、その源泉がどこなのかはわからない。
なにゆえこうも人間をひきつけるのかわからないのである。ふと思いつく。
「これ、どっちだって思う。つまり、男か女か」
「男でしょう」と女は即答した。
「いや、これは女としか思えない」
わたしは反論した。日中で真っ向から意見がわかれた。あるいは男女のあいだで。
女はちょっと怒ったような顔をして、これは男だと繰り返した。
むきになっているのが新鮮な印象を受けた。だが、同意はしなかった。
「近づいてみよう」
女を誘った。神像にさわるなとはどこにも書いていなかった。
胸をなでてみる。
「ほら、ふくらんでいる。これは女だ」
「男だって胸の厚いひとはいる」と女は言う。
「なら、これで決まりだ」
わたしは笑いながら神像の股間を指さした。「だから女だろう」
それでも女はじぶんの直感に固執するのである。
「釈迦の像にもそれはない。だったら釈迦は女というのか」
女は「それ」と言うとき、恥ずかしそうに顔を崩した。
ふたつにひとつなのである。男であれば女ではない。女であれば男ではない。
人間はだれもが生まれたときに、ふたつにひとつを定められている。
どこにも性別を希望しえた人間はいない。生の根本にある最大の謎である。
さらに人間にとって異性はどこまでも未知である。
だから異性を求めるものがいる。忌むものもいる。
質問をかえる。
「じゃあ、これは人間だと思う?」
女は意表をつかれたようである。
「人間だったら男女の別がかならずあるけど、もし人間ではなかったら。
人間を超えるものだとしたら」
女はわかったという顔をした。
「そう、かならずしも男か女か限定できるものではない。
男でも女でもないかもしれない。男であって女でもあるかもしれない」

最上階へ到達すると行き止まりになっている。
先を歩いていた女が立ちどまり、手招きする。
「ここどうなっていると思う?」
女の目線をたどり足もとを見ると、床は岩ではなく木が組まれている。
窓から下界が見下ろせる。ずいぶん高くまで来たものだと思う。
まだわからないのかと女が説明してくれた。
いまふたりがいる小さな木造の小屋は岩山の断崖に人為で設置されたもの。
だから、この床の下はなにもない。床が抜けたら真っ逆さまに落ちていく。
そういうことかと納得する。途端に恐怖が身を襲う。
女は悪戯っ子のように笑いながらその場で飛び跳ねる。
やめろよとあわてる日本人である。
かいま見た女の顔が上気していて、一瞬きれいだなと感動した。

洞窟から出ると、まだ雪はやんでいない。
かび臭い空気から開放されて、寒いけれどもすがすがしい。
大げさに言えば、生まれ変わったような気がしたものである。
青年植物学者がいないので、ふたりで探しまわる。
声がするので見上げると、かれが手を振っていた。どうしてかホッとした。
男のいるところへ行くには、かなりの階段を登らなければならない。
小高い山の頂上にいるのである。ともあれ高所を好む中国人を微笑ましく思う。
息を切らせて階段を登ると再会である。女が男と中国語で話している。
男が、手にしているデジタルカメラで撮影してくれるという。
「いやいや」と断わり、「わたしがお似合いのご両人をお撮りいたしましょう」
雪山を背景に中国人学生ふたりの青春が輝いている。
そういうふうな写真を撮りたいと思った。
成功したかどうかはわからないが日本の撮影者の意図はそうであった。
いいなと思う。この男女はこれからどんな人生を送るのか。
結ばれるのか。それとも、いつか別れる日が来るのか。
男からメールアドレスを聞かれた。今日の写真を送ってくれるというのである。
(後日ほどなくして写真が送られてくる。まだわたしが中国旅行中のことだった。
残念ながらわたしの撮影したふたりの写真は添付されていなかったので、
思い入れのある写真がどのように撮れていたのかわからずじまいである)

それから我われはタクシーに乗った。バスに3人並んで座った。
男女が食べないかとパンをすすめてくれたのでいただいた。
「中国のお酒。あの白酒(バイジウ)はとんでもない酒だね」
わたしが苦笑しながら言うと、
「白酒は大好きだ。いくらだってのめる。かつて1リットルのんだこともある」
へんに強がっている男を女が笑った。日本人も笑った。
今晩のまないかと誘ったら、予定が詰まっているのだという。
張掖の南関バスターミナルへ到着した。男女はここでバスを乗り換えるらしい。
去っていく男女の背中を見ていた。一度、女が振りかえり、バイバイと手を振った。
おなじように手を振った。まだ明るい。わたしも歩き始めた。
もうインド人って、わけわかんなーい。
生まれて初めてのネット通販がこんなものになるとは。
インドのベジタブルカレーがうまいという話は昨日したと思う。
たいがいの日本人旅行者はこのことに気がつかない。
べつにベジタリアンじゃないし、ビンボーでもないから、せっかくのインドだしチ・キ・ン♪
こんな感じでみなさんチキンカレーなど肉系統のカレーを好む。
しっかし、なのであーる。インドカレーの真骨頂はベジタブルカレーにある。
わたしが初めて口にしたベジタブルカレーはパラクパニール。ホウレン草のカレー。
そんなものがインドにあるとは知らなかった。
うさんくさいインド人のリキシャーマンにビールをおごったとき、
かれの真似をして注文したものである。
衝撃だった。こんなうまいものがインドにはあるのかと驚いた。

なぜ「ナマステ・インディア2007」でパラクパニールを買わなかったのか。
事前にこのレトルトカレーを販売している会社のHPを見ていたからである。
特別セールと称してパラクパニールが1箱100円で投げ売りされている。
これならじかに買うよりネットで購入したほうが安い。
いよいよインドカレー販売会社「インドジン・ドットコム」のHPを
紹介するときが来たようだ。
この記事を書き込んだことのばれるのが嫌なので、あえてリンクは張りません。
お手数ですがご覧になりたい場合、コピー&ペーストをお願いします。

「インドジン・ドットコム」
http://www.indojin.com/shop-online/catalog/default.php


まことインド的なHPなのである。とにかくわかりにくい。
ご注文は電話かメールでと書いてある。
しかし、どこに電話番号があるのかさっぱりわからない。
10分以上探したが見つからなかったので
「インドジン・ドットコム 電話番号」で再検索した。
で、注文方法も実にわかりにくい。
一見すると簡単そうだが、いざ注文しようとするとわけがわからなくなる。
要約すると5250円以上のお買い上げは送料無料。
それ以下の購入金額の場合、送料梱包代が840円。
しかし2100円未満だと「少なすぎるだろう」の罰金が500円。
正確には小口注文代らしいが、なんだこりゃ~。
上記が結論なのだがHPの記載はとにかくわかりにくい。
ダンボール1箱につき送料840円と書いてあるが、
ダンボールがどれくらいの大きさなのか書いていないのだから。

とりあえず注文するのはパラクパニールのみ。21個買いましょう。
これなら合計金額2100円で罰金(小口注文代)も課せられない。
2100円+840円=2940円。
これでいとしのパラクパニールが21個も入手できるのなら万々歳だ。
電話してみる。インド人が英語で受け答えしてくれる。
「あのう日本語、大丈夫ですか?」
ダイジョーブねとのご回答だが、なんとも頼りない。
サイトでは4つ単位の注文しかできないようになっているが21個という端数でもOKか。
これは最後まで意思疎通がうまくいかなかった。
なぜ安いのかの理由はわかる。賞味期限が来月いっぱいなのである。
この点は問題なし。
わたしはレトルトカレーはアイスとおなじで賞味期限がないと信じている。
口頭で住所、電話番号、名前を伝えるが、果たして伝わったのか、なんとも。
「ほんとうに送ってくれるんですか」
「ダイジョーブです」
受話器を置いた。

やはり信用できない。再度メールで氏名、電話番号、住所を伝えるとすぐに返信が。
「確認しました。これで大丈夫です」とのこと。
そして、翌日である。代金引換は事前に電話が来るんだね。いまから行きますと。
だが、そのとき伝えられた金額は2840円。
あれ? 2940円ではありませんか。まあ、仕方ない。
20個しかダンボールに入らなかったのかもしれない。
あらゆるインド的なものに対応しようと思ったら、結局寛容の精神しかないのである。
わたしはこのことを3ヶ月にわたるインド旅行で学んだ。
ベルが鳴る。カネを支払う。ダンボールを開封する。
どきどきしながら個数を数えるとパラクパニールはきちんと21個入っている。
なら、2100円プラス840円で2940円ではないのか。
ひとつ異なる色のレトルトカレーが入っている。パニールバターマサラである。
ダンボールの箱のスペースが1個ぶん余ったからサービスで入れてくれたのか。
しかし、定価は420円だぞ。なんて気前がいいんだ(日本にいる)インド人は!
合算してみるとわずか2840円で22個もレトルトカレーをいただいたことになる。
一瞬、感謝のメールを送ろうかと思ったが、それもなんだかおかしいような気もする。
むろん、ありがたいのである。しかし、やりきれない感情も残る。
このもやもやした気分に言葉を与えるのならインドしかない。うーん、インドだよな~。
せめてもの感謝にこの「インドジン・ドットコム」の宣伝をさせていただく。
ここのレトルトカレーはたいへんうまい。かどうかはわからないがインド本場の味ではある。

パラクパニールは21個もあるので、これから会うひと会うひとに配りたいと思う。
これが本場インドのカレーだ! なんて興奮しながらである。
嫌な顔をしないでお納め願いたい。
ただし、ひとつ断わっておく。
カルカッタで知り合った日本人とメシを食いに行ったときのことである。
インド初心者のかれに先輩風を吹かせてパラクパニールをすすめてみた。
「これがうまいんだ」なんて得意気な顔をしてである。
ひと口食べたかれの表情が固まった。
この日本人は二度とパラクパニールに手をつけようとはしなかった。
こんなにうまいのに、なんで~と思ったものである。
最後に衝撃的な告白をしてお別れしたい。
わたしは長年、じぶんのことを味にうるさい人間だと思ってきた。
美食家であると。食通であると。
しかし、もしやこれは大きな誤解ではないかと最近うすうすながら……。
なにを食べてもおいしいと感じる人間は美食家か味盲か。目下の大問題である。
だれだわたしを呼んでいるのは? 声がする。だが、どこからかわからない。
部屋をぐるぐる徘徊パンダ。四足(よつあし)で歩いてみる。くんくんと鼻をきかせる。
耳をそばだててみる。かすかな声が聞こえるのである。どこから呼ばれているのだろう。
パソコンを起動。もちろん訪問するのは2ちゃんねるである。
孤独とこの匿名掲示板はビールと枝豆以上に相性がよろしい。
ロムっているスレッドをつぎつぎに見ていく。ここだったか!
2ちゃんねる海外板のインドスレッドでわたしを呼ぶ声をついに発見する。
9/29、30と代々木公園でインド祭りをやっているのである。
正式名称は「ナマステ・インディア2007」。ナマステはインドのニーハオである。
昨日行くべきであった。今日は朝からひどい雨である。
しかし、呼ばれたら行かざるをえない。傘を片手にヨンダッシュで家を飛び出る。

ひどいところに住んでいる。
昼過ぎになると電車を1本乗り過ごすと20分待たされることもある。
電車の到着が遅れていたので、運よく乗車する。
今日は日曜日。わたしは朝からなにをしていたのだったか。
ブログにえんえんと愚痴を書いた。
これを読んだひとは、まずむかむかするだろうなとわかっていながら書いたのである。
律儀なのだ。絶望もおすそわけしなければ申し訳ないような気がするのだから。
しっかし、我ながらよくやるもんだとあきれる。
書いた後に文字数を計算したら原稿用紙10枚も愚痴を書いているのではないか。
かかった時間はわずか2時間である。
ヒマなわたしにとっては「わずか」2時間だが、多忙なかたは驚くかもしれない。
2時間もかけてブログに愚痴を書き込んで、あんたの人生はそれでいいの?
バカだからわかんなーい、あひゃひゃ。
じぶんで言うのもなんだが、あの否定的情熱というのはなにかに生かせないものか。
ブログで無駄に発電するより、もっと有効活用できないものだろうか。

新宿到着。下車する。なんで原宿までダイレクトに行かないのか。
歩きたいのである。新宿から原宿は、むかしからお気に入りの散歩コースだ。
いまだに新宿駅の構造がよくつかめていないが、なんとか構外へ脱出。歩き始める。
パンダも歩けばブックオフ。代々木店である。見るのは105円棚のみ。収穫はゼロ。
たまに古本のヒキのよさを驚かれることがあるけれども、なんのことはない。
ただヒマなのである。裏側は、へたな鉄砲数撃ちゃ当たるだ。
代々木から原宿へは明治神宮を抜けていく。ここを歩くのが好きなのである。
木々が鬱蒼とおいしげる、この感じがたまらない。明るくないのがなによりいい。
どれだけ太陽が大地を照らそうが、ここだけは神秘の膜でおおわれている。
今日は雨がふっているので、なおのことこころ安らぐ。
聖域が好きなのである。相対が嫌いだ。人間はときに絶対と向き合わねばならぬぅ♪

「ナマステ・インディア2007」である。
会場へ一歩、足を踏み入れる。インドの臭いがして、立ちくらみを起こしそうになる。
インドには2回行ったことがある。初回は大学生時。3週間の旅行だった。
2回目は3年前。3ヶ月かけてインド全土を分け入った。
いまだからばらすが実は死ぬための旅だったのである。インドは危険な国だ。
この国ならわたしを殺してくれるのではないか。
ウソではない。大真面目であった。当時、海外旅行保険でだいぶ迷ったものである。
すなわち、死亡保険の掛け金。どうせ死ぬのなら大金を遺したいじゃないか。
インドでも1日として欠かさず酒をのみ、そうとう暴れまわったが、
結局のところ運がいいのだろう。
まだこうして生きている。もちろん、何度か死ぬかと思ったときはあったが。

インド、インド、インド♪ 
歌いながらヨンダンスをしたくなるがここは代々木公園。自宅ではない。
必死の思いでこらえる。
ずるくてウソつきでとことんがめついインド人があちらこちらにいる。
言うまでもないが、日本へ来ることができるようなインド人はスーパーエリートである。
しかし、インド人であることにはかわりがない。
懐かしいな。だって3ヶ月もいたもんな。インド人よ、なんでそんなに濃いんだよ!
視界にインド人があふれている。ここはインドかと疑う。
インド人は世界最悪の人種である。
自分勝手。ウソつき。理屈っぽい。見栄っぱり。
カネに細かい。そのくせ、ほかのことにはいいかげん。
だけど、ううう、そんなインド人が懐かしくてたまらない。

ここはインドである。
インド料理の屋台が軒を連ねている。インドの雑貨店も洋品店もある。
歩いているだけで小躍りする。
予想していた来客数が、雨のため大幅に減少しているのかと思われる。
屋台はどこも狂ったようなダンピングをしている。それもお祭りらしくていい。
年に1回の祭りだぜ。損得がどうのと細かい計算なんか捨てちまえ!
生ビールが200円になっているのにぎょっとする。
まあ、その、なんだ。
どうせひとりだし、見まわすと友人連れ、恋人連れも多いから、ここはのむしかないだろ?
売り子が日本人女性の屋台で。
「生ビールくださいな」
「これをまず持ってください」
紙に包まれたブツを手渡しされる。見ると、手羽先である。うわっ、インドキター♪
こういうところはほんとインドらしくて怒る気にもならない。
商品を手渡してしまったものが勝ちである。ここは負けた。料金を払おう。
「これいくらなんですか?」
「サービスです」
えええ? どっひゃあ! 
200円で生ビール、さらにはつまみまでついてくるって、ここはどこの国ですか?

歩きながらビールをぐびり。くうう、うんめえ!
たかがビールがなんでこんなにうまいのだろう。
わかった。久しぶりだからである。思えば、何ヶ月ぶりであろう。
家ではビール未満、発泡酒以下の、およそ最低というほかない黄汁ばかりのんでいる。
生ビールがこれほどおいしいものとは。サーバーの掃除も行き届いているのだろう。
雨宿りできる場所を見つける。手羽先にがぶりつく。かああ、うんめえ!
インドで食べたどのタンドリーチキンよりもうまい。
意外と知られていないがインドで食うインド料理はまずい。高級店でも同様。
正確にはまずいのではなく、日本人の口に合わないのだと思う。
ぱさぱさの鶏肉で作られたタンドリーチキンに、かの地でどれだけ憤ったことか。
しかし、ここはニッポン。よくあるタイプの手羽先にカレー風の味つけがなされている。
この味はなんだろう。これはインドのスパイスなくしては決して出せない味である。
日本の肉を噛みちぎる。インドの味をビールで洗い流す。極楽だぜえ。こりゃたまらんよ。

酒が入って、ようやくまわりを観察する余裕が生まれる。
白人も少なくない。みんなインドが好きなんだな。
よく見ていると、このお祭りにひとりで来ている日本人も少なくないようである。
思ったとおりだ。うれしくなる。やはりひとりはよろしいインド(山頭火風味)。
インドを好むのは変わり者ばかりである。変人がそうそう他人とうまくつきあえぬ。
いいなと思う。インドはすばらしい。インドが好きな日本人もいい。
なんだか哀しくなってくる。
こんなことでなみだぐむわたしもよほどの変人なのであろう。
酒が足りないのだと即断。おなじ屋台でもう1杯生ビールをいただく。
また手羽先がついてくる。
申し訳なくなって、100円のチキンサモサも買うことにする。
もとの場所に戻って、このサモサ(コロッケ)を食うと、これもたいそう美味なり。
インドで数えきれぬほどサモサを食したが、これほどうまいのはなかった。
つまり、日本人の口と合うということなのだろう。

インド祭りを満喫する。最後にここまでわざわざ来た目的を果たす。
MTR社のインド産レトルトカレーを購入しなければならない。
ながながと説明する余裕はないが、インドのカレーと日本のカレーはまったく別物。
日本人はインド人が毎日カレーを食べているのに驚くが、
カレーといってもかの天竺(てんじく)では多種多様なのである。
インドカレーの特色はベジタブルカレーにある。インドには菜食主義者も多い。
したがって無数のカレーが生まれるわけだ。
これがまた、うまいのだ~よ。インドでチキンカレーやマトンカレーを食べちゃダメ。
そんなのは日本でも食べられる。
しかし、インドの野菜カレーはかの地でしか食べられぬ。
というのはもちろんウソで、
いまわたしが紹介しているインド直輸入のレトルトカレーなら日本でも食べられる。
ネットでだれでも国籍を問わずに購入可能。
ところが、問題がないわけではない。
むずかしいことではない。単価が高いんだ。それに送料まで発生してしまう。
わたしがこのレトルトカレーの味を知ったのは一昨年のインド祭りである。
じかで買うと、なぜか安い――。

予想通り、本日もレトルトカレーの出店はあった。
例年のように4つで1000円のセールをやっている。
ネットで買うと、ひとつ400円近くする。
だが、これで満足するようなインドがえりはいない。
「たくさん買うからおまけしてくれない?」
「いくら買いますか」
いかにもインド人らしい日本語である。
「4000円ぶん買う。いくつもらえる? 1000円で5つ。20個はダメ?」
「それはむずかしいです。ふたつ、おまけします。4000円で18個」
そもそも1000円で4つでもかなりのお買い得なのである。
このあたりで手を打つことにする。
しかし、とも思う。去年、横浜で行なわれたインド祭りでは4000円で21個くれたぞ。
横浜に比べると代々木はしぶいのだろう。
オクラカレーを10。チーズカレー4。トマトカレー3。
それから新種の天ぷらカレーをひとつ。
このオクラカレーは、気が狂うほどうまいのだからな。
去年買ったのがいま家に2つ残っている。
食べるのは困難ではない。うちに来てくれたら、みなさんにご馳走します。
食通の友人、ムー大陸さんもこれを絶賛していた。松屋カレーどころではないのである。
帰途はほくほくであーる♪
これでしばらくはインドカレーに不自由しない。こんな幸せなことがあろうか。
電車に乗ると対面の窓ガラスにうつったわたしの顔がやたらニヤニヤしている。
これはよくない。ニヤニヤをニコニコに変える。
この晩、酒のつまみとして本場のインドカレーを堪能したのは言うまでもありませんよね?