張掖(ちょうえき)には3日間滞在した。
毎晩、通った安食堂がある。食堂というより、むしろ呑み屋である。
明清古倣街にあるその店に最初に入ったとき、
奥のテーブルで呑み助どもが大騒ぎしていた。
こういう店がいいのである。
ホテルの横に同系列のレストランがあったが入る気にはならなかった。
上品なウェイトレスにテーブルまで案内されても困惑してしまう。
豪奢なものと身がなじまないのだと自覚している。
豪華絢爛な装飾のなされた高級レストランでひとり酒をのんでもうまいはずがない。
小汚い呑み屋で、地元の呑み助どもを観察しながら、
下品に酔っぱらうのがいちばん楽しい。
陽気な店主や店員がいたらなおよしといったところである。ここは合格だ。
冷たいビールはもとよりあきらめている。
ここ張掖へ到着して思ったのは、なにより田舎ということである。
客引きもまったくいない。欧米人などどこにも見かけない。
そもそも中国人観光客も、あまり来ていないのではないか。
落ち着くことができそうだと安心したものである。
メニューを見る。勝負の瞬間である。
どれがうまいかを漢字だけで判断しなければならない。
日本豆腐というのが目についた。これはいままで旅してきた土地の食堂にはなかった。
興味をそそられる。まず注文するのはキュウリをニンニクとあえた冷菜。
それから、よし、日本豆腐を注文してみようではないか。
オーダーしたあともメニューをながめていると、おなじ日本豆腐にも鉄板焼きがある。
うん、こいつのほうがうまそうだ。ビールと鉄板焼きなら悪くない。
オーダーを変更できないか頼むと、構わないとのこと。
ぬるいビールをいいかげんにのみほしていると、熱々の鉄板が出てくる。
ううむ、これが日本豆腐。それも割高な鉄板焼きかいな。
ふうふう冷ましてから口に入れる。よーい、スタート!
あたまのなかを複数のハテナマーク(?)が徒競走のごとく全力で疾走する。
まあ、豆腐だよな。それを、うん、卵とあえている。甘辛い味つけである。
コンビニで売られている肉じゃがや煮物の下品な甘辛さをご想像いただきたい。
「どうだ、日本人。日本豆腐はうまいか」
入店と同時に「我是日本人」の挨拶は済ましている。
「好吃(ハオツー)」
口先では礼儀上、うまいと答えたが、これは複雑な味というほかない。
日本を大きく誤解しているのは間違いないが、
ビールを5本くらいのんだあとのバカな舌ならこれを日本の味と勘違いすることもあるかな。
とりあえずビールをがんがんあおる。ぬるいのでまずい。
この日本豆腐鉄板焼きをうまく味わうこつは舌を狂わすことだと悟ったわたしは、
つづけざまに白酒(バイジウ)を注文する。アルコール度が50を超える中国の悪魔酒。
まあ、うん、そうだな。鉄板が熱いし、なんか見栄えいいし、うまいかもしんない〜。
おまえは渋谷センター街でテンパっている上京したてのギャルかと突っ込みを入れる。
「日本のどこから来たんだ」
丸顔の店主からの質問である。
「トーキョーって感じい」
いいかげんアホなギャルの真似はやめろ、おれ。ぜんぜん似てないって。
「おじさん、いくつう?」
筆談ではなく、会話で通じたので感動したな。
このような呑み屋の会話ではたいがいが筆談である。
「45歳だ。きみはいくつだ。どこを旅してきた。これからどこへ行く。
日本へ帰るのはいつだ」
最後の質問でぎくりとする。わたしはいつ日本へ帰るのだろう。
帰りの航空券をバンコクで捨てたのは2ヶ月以上もまえである。急に素面に戻る。
明日も来るからと言い残しホテルへ戻る。
明日はだいたい夜の8時ごろに来るからかならずビールを3本冷やしておいてくれ。
冷たいビールにありつくための裏技である。
今日も奥のテーブルでは酔っぱらった中国人グループが大騒ぎしている。
中国式のジャンケンをしているようである。負けたものが酒をのまならけばならない。
むろん、ビールなんていう軽い酒ではない。鬼の白酒である。
負けたものは白酒をイッキ。
これをエンドレスに繰り返しながら際限なく盛り上がっていくのである。
しかし、これを中国人一般の酒ののみかたと誤解しないでいただきたい。
こんかいの中国旅行でわたしが入ったメシ屋はすべて低所得者むけのところ。
したがってお客さんも、なんというかその、まあわかるよな。
白木屋で王様ゲームをしながらタバスコイッキをしているアホどもを、
日本人の代表として見られても困るでしょうってことだ。
メニューをまえに、冷たいビールをぐびぐびのむ。
あーん、なんでこんなに冷たいビールは、おいちいの〜。
もうつまみなんていらないかもしれない。
危ない空気を察知した丸顔の45歳が、これはどうかとある料理をすすめてくる。
「いいよ。それちょーだい」
しばらくするとスープが出てくる。注文していない。
その旨を伝えると、おやじがにやりと笑った。「いいよ、おれからの奢りだ」
気の利いたことをするじゃないかと思う。
中国人はかならずといっていいほど料理のひとつとしてスープを注文する。
けれども、日本の酒のみの感覚からすると、スープと酒はあわない。
というわけで、これが中国はじめてのスープ体験だった。卵スープ。
お、ちょっといいかも。待てよ、と思い、ビールから白酒に変更。
スープをのむ。直後に、白酒をぐいと流し込む。これはいけますぜ、おやじさん!
奥のテーブルでは、相変わらず白酒の攻防が続けられている。
それにしても中国人が罰ゲームとしてのむ白酒をひとりでのんでいるおれってなに?
この白酒は人間から思考力を奪う。この酒を毎日与えられたら、
そのうちわたしも中国共産党幹部の靴先を舐めるようになるかもしれない。
すんでのところでまるで阿片窟(あへんくつ)のような酒場を逃げだすわたしであった。
張掖最後の晩は客がひとりもいなかった。
小心の日本人が、入っていいのかたずねると「待っていたよ」とのありがたい言葉。
注文もしていないのに、冷たいビールが出てくる。
それをのみながらメニューとにらめっこ。
日本豆腐を食べようと思った。鉄板焼きは微妙だったが通常のはうまいのかもしれない。
この呑み屋に今後、日本人が来ることはそれほど多くはないだろう。
(ちゅーか、来ないっしょ、ぜってえ)
日本人代表として、日本料理に物申さなくてはならない。
こんなおかしな使命感が生じたのは、もちろん酔っぱらってきた証拠である。
日本料理が恋しいということもあった。
まさかとは思うけど、冷奴なんて出てきたら、泣きながら店主に抱きつくぞ。
それはわたしのまえに現われた。これはなんだと聞いた。日本豆腐だという。
日本でいうなら玉子豆腐らしきものに、あんがからんでいる。
こちらはひと口で結論が出る。調理場から料理人が姿を現している。
さあ、日本人が日本豆腐の感想を述べるならいまである。
「まずい! なんだこれは。このへんてこな料理のどこが日本豆腐なんだ。
日本にはこんな料理はない。だいたいこの味はなんだ。どんな調味料を使っている。
どうしてこの料理を日本豆腐とよぶのか納得するまで聞かせてもらいたいね」
以上、すべてジェスチャーである。
……。
もう客が来ないと判断したのだろう。呑み屋の従業員が夕食をはじめた。
その様子を見ていると、中華料理はやはり大勢で食べるものだと思う。
家族経営なのかな。みんなとても仲がいい。男はみな酒を酌み交わしている。
もちろん、のんだからといって騒ぐわけではない。
赤ら顔になった店主がのんでみないかという。この酒をのまないか。安いぞ。
見ると白酒の一種のようである。金額は1杯1元(15円)。水よりも安い酒だ。
強烈な異臭を放っている。これが地酒ってやつなのか。
のんでも死なないよな。いやまあ、万が一ころっといったらそのときだ。
「くださいな」
いきおいでのむしかない。店主と乾杯してごくり。
人民万歳、愛国無罪と大声で歌いながら踊りだしたくなるような味であった。
すなわち、ひとを狂わせる味だった。
酔っぱらうと国籍など取っ払われる。言語の壁もどこへやらだ。
呑み屋のおやっさんと、しみじみ1元の酒を酌み交わす。
「おまえはいいよな。
おれなんかここ張掖からよそへ行ったことなど数えるほどしかねえ」
「まあ、そうしんみりするない。のもうじゃないですか。
この安酒も、うん、なかなか悪くないですよ」
月収を聞いて驚く。この呑み屋のおっさん。月収が600元(9000円)だとか。
あるいは聞き方を間違えていたのかもしれないけれども。
もちろん、この日もいっさい会計をごまかされるようなことはなかった。
田舎町の酒場でうなだれた。
いよいよ敦煌である。バンコクからはじめた旅も終着地が見え始めた。
日本を発ったのは冬だった。いつしか春になり、ここ蘭州は初夏の陽気である。
蘭州からはバスで小刻みに移動するつもりだ。
列車もあるのだが、ここは風景を見ながら地を這うように敦煌に近づいていきたい。
蘭州から張掖へ。張掖から酒泉への移動もバスを使う予定。
酒泉と敦煌はバスで3時間。敦煌がすぐそこへ見えているかのような気分になる。
ところが、ひとつ問題があった。
ガイドブックによると、外国人が甘粛省をバスで移動する際には、
保険に加入しなければならないとのこと。
この保険証書がないとバスのチケットをそもそも売ってくれないのだという。
この旅行保険には蘭州の甘粛省中国国際旅行社で加入できると記載されている。
わずか40元(600円)である。惜しむ金額ではないのは、むろんのこと。
しかし、長旅を続けていると、困ったことに、こういう料金を払いたくなくなるのだ。
なんでえ、外国人だからって、どうして特別料金を支払わなければならないんだ。
中国人と日本人なんて、見た目だけではまずわからないのによ。
けれども、もしとも思う。ほんとうにバスチケットが買えなかったら面倒だ。
警察官とのトラブルも避けたいところ。
蘭州へ来る列車のなかでガイドブックを読みながらだいぶ迷った。
蘭州駅前のホテルにチェックインした。
すぐその足でバス乗り場を探すことにした。チケットを買えるかどうか確かめるのである。
バスの客引きから声をかけられる。
「どこへ行く?」
「張掖(ジャンイエ)だ」
「こっちへ来い。このバスがそうだ」
行くと寝台のバスである。聞くと、蘭州から張掖へ行くバスは深夜バスしかないという。
「今晩のバスに乗るか? まだ席は空いているぞ」
「チケットはいまここで買えるのか」
言うまでもなく、この客引きはわたしが外国人であることに気づいている。
果たして、それでも買えるのか。
「ああ。いまここでチケットを渡そう。カネをくれ」
どうやら旅行保険などなくてもバスのチケットは買えるようである。
そのことを確かめたら、とりあえずは満足である。
「いや、張掖へ行くのは今日じゃないんだ。明日だ」
客引きを振り払い大通りに出る。なにかおかしいと思う。
蘭州から張掖へ行くバスは寝台バスしかないというのはほんとうだろうか。
夜行バスは苦手である。夜は落ち着いて酒をのむものと決めている。
日本で日本人に聞いた答えがそうならほぼ間違えあるまい。しかしここは中国だ。
通りを駅と反対方向へ歩くとバスターミナルがある。チケットカウンターで聞く。
「明日の朝、張掖へ行くバスはありますか?」
やはり、あるというではないか。朝の8時から1時間間隔でバスが出ているという。
チケットはと聞いたら、明朝ここに来て買えばいいとのこと。
前売りはしていないらしい。しつこく何度も確認する。
「ほんとうに翌朝ここに来て、カネを支払えばチケットを買えますか?」
あきれて笑いながらも、カウンターのおばさんはうなずいている。
こいれならいけそうだなと思う。
旅行保険なんかに加入しなくてもたぶん大丈夫だろう。
あくまでわたしの個人的な体験だが、蘭州、張掖、酒泉、敦煌、嘉峪関と、
甘粛省をバスで移動したが、一度も旅行保険の提示を求められたことはなかった。
これは2007年4月時点の情報である。
ただ、いまネットで調べてみると、どうやら武威がまずいらしい。
翌朝、蘭州の名物である牛肉麺を朝食に食べるとバス乗り場へ向かった。
チケットは問題なく買うことができた。
中国のバスで不快なのは乗客が車内で平気でタバコを吸うことである。
いちおう車内に喫煙禁止のマークがあるのである。
なのに中国人は意に介せずタバコに火をつける。
言いたくはないが、これが中国人なのだと思う。
周りのことなんて気にしないでやりたいようにやる。
日本人が周りの目ばかり気にして神経症になるのと大違いである。
タバコの煙が嫌いである。喘息もちのためか、どうにもからだが受けつけないのだ。
この日本人は中国人に負けていない。
そばで中国人がタバコを吸っていたら「吸うな!」とよく抗議したものである。
「あそこに禁止のマークが貼ってあるだろう。タバコを捨てなさい」
じかに指摘されると、さすがの中国人もたいがいは喫煙をやめた。
だが、これはお手上げだと思ったのは、バスの運転手が喫煙している場合である。
いくらなんでも運転手へタバコを吸うなという勇気はなかった。
なら降りろといわれるのが怖かったのかもしれない。
なんにしろ根性の座っていないダメな日本人である。
蘭州から張掖へは8時間である。
古いガイドブックには10時間と書かれていたから、だいぶ道路がよくなったのであろう。
8時間ものあいだ、なにもしないで座っているのは、
いまこうして日本で考えると、とても耐えられないような気もするが、
いざ乗ってしまえばそれほどの苦労ではない。
ともあれ、このままこうして座っていれば張掖へ着くのだから、なんの心配があろうか。
窓外を流れる風景を見るともなしに、
日本へ帰国してからのことに思いをめぐらせていたそのときである。
バスがスピードをゆるめ車内の乗客がみなひとつの方向へ視線を向けている。
見ると交通事故であった。車が1台、ひっくり返っている。
交差した道路から落下したものと思われる。
救急車はまだ来ていないようで、人間がひとりあおむけに寝かされていた。
中年の男性である。直感的に死んでいるなと思った。
人間ではなく、ものとして見えたからだ。頭部から大量の出血が見られた。
バスは徐行運転をやめ、ふたたび張掖へ向け走り始めた。
なにもそう急ぐことはないと思った。なぜそう急いで死から遠ざかろうとするのか。
このバスに乗っている我われのだれひとり例外ではなく、
みながみなそれぞれの死に向かっていまこの瞬間も前進しているというのに――。
隣の中国人の男性が話しかけてきた。
なにを言っているのか実のところさっぱりわからなかったが、
それでもなにか言いたいことがわかるような気がした。
あいまいに笑いかけた。おなじようにかれも笑った。