ごめんなさいです。
本日の記事で女性のかた、およびお子さまに不適切な内容があったかもしれません。
ここにお詫びいたします。
言い訳をさせてください。
うるさかったのです。
いま2階に住んでいるのですが、部屋の目のまえでかわいらしいお子さまが騒いでいる。
未就学児童です。そばで若いお母さまがおふたりご歓談なさっている。
30分耐えましたが、限界が来てしまったのです。
それでもこちらは低姿勢です。
「あのう、このお子さんは……」
「ええ(なにか?)」
「ここであまり騒がれると、ええと、うるさくて。もう30分ほど(もの投げるぞ)」
「あら10分くらいじゃない?(腕時計を見る)」
「たしかにそうかもしれません。わたしが長く感じただけで(こちらは計っている)」
「ほら、○○ちゃん、あやまりなさい」
「いえ、とんでもない(母親の責任はないとでも言うのか)」
「もう終わりますから(子どもがうるさいのは当たり前でしょう)」
「とんだわがままを申しまして。今後ともよろしくお願いします(うるせーから消えろ)」
「こちらこそ(うちの子のかわいさがわからないなんて盲目じゃないの?)」

――と、こんなやりとりをしたので、
聖なる女性さまとお子さまに失礼なことを申し上げてしまったのかもしれません。
今夜の愚行をどうかお許しください。伏してお詫びいたします。

ううん、「闘う哲学者」中島義道先生だったら怒鳴りつけるのでしょうが、
わたしの目的は不快感を伝えることではなく、少しでも騒音を減らすことにあるので。
記事としては、ちゃんちゃんばらばら、やりあったほうがおもしろいのでしょう。
こんかいは恥ずかしながら実際的静粛を選択したしだいです。
先日、土砂降りでやむなくコンビニへ避難した。
いや、カミナリ直撃即死も悪くないのだが、1回きりの死は大切にしたい。
死を効果的に使いたいという、人間のぶんざいで、はなはだ傲慢な欲望である。
ところはだれもいない昼下がりのコンビニ。
「SPA!」なる青年誌を立ち読みした。子どもの名前の特集をしていた。
最近の親はアニメチックなおかしな名前をわが子につけるという、
低学歴者あるいは低所得者を露骨に見くだす内容であった。
この雑誌の内容は、電車の中吊り広告でしか知らないから早合点はいけないのだが、
おそらくこれが「SPA!」の基本スタイルなのだろう。
プチエリートが上を羨望しながら下を侮蔑する雑誌「SPA!」。

先だってブログに感想を記したのが、片山飛佑馬氏の小説「アパシー」。
もし作者が片山太郎という名前だったら、果たしてあんな早世をしただろうか。
むろん、命名者を責めているわけではない。
ただ飛佑馬という名前をつけられたら、かなり苦労するのではないかと思ったのである。
飛佑馬は「ひゅうま」と読むらしい。
だれもが筆名だと思っただろうが、あれは本名だったのである。
おかしな名前をつけられた子の悲劇というのは最近、話題になっている。
まあ「子は親を選べない」「親の因果が子に報いる」の一種だから、
とりたてて斬新と思うのは錯覚なのだが。

さて、このようなことを書くなら、まずじぶんからだろう。
知っている一部のひとは、なるほどと大笑いするのだろうが、
わたしの名前も飛佑馬チックなおかしなものなのである。
読みはふつうだが、漢字の組み合わせが異常。
電話で名前を登録するとき、オペレーターが漢字を知らないと、
こちらが申し訳なく思ってしまう。
身分の高いものほど、子どもにふつうの名前をつける傾向があるのかもしれない。
名は体をあらわすというのは平成のいまこそ真実なのではないかと思っている。
そういえばネットを介して知り合った女性で、決して名前を教えてくれなかったひとがいる。

たとえば、こんな名前だと安心する――。
伸一、昇、祐二、雄介、美香、貴子、有紀、由美子。
「本棚が見たい!2」(川本武/ダイヤモンド社)絶版

→本がなによりも大好きなのであーる♪
若い女の子よりも好きかって? 
それはいくら本といえども妙齢の女性にはかないませんよ。
だって、本は、悪口を言いたくないけれども、いわば死体でしょう。
比べて若い女性には目がある。耳がある。口がある。
若い女性ならではの意見を聞くと、いつだってじぶんがなにも知らないことを恥じます。
書籍など、執筆から印刷まで相当の時間がかかる。
いまを生きる女性のビビッドな感性にかなうものはありません。
常々、若い女性ほど重んじているものはありません。
ストーカーとか痴漢は死刑が妥当だと思います。
日本の宝を汚すものには厳罰がふさわしい。

おっと、なんの話をしていたのだったか。色即是空。色恋みな空なり。
思い出した。本です書籍。本も、なかなか役立つものであります。
ここだけの話ですが、若い女性とちがってヒステリックな自己主張のないのがよろしい。
女性をまえにしたら、ありがたいご意見を拝聴しないわけにはいきません。
しかし、もし、本の見どころが、著者の性別(女性様)と若さだけならば――。
本ならば対面とは異なり、聞かないで(読まないで)済むのが気楽です。
読んだ(聞いた)ふりをしていればいいのですから。
こう考えてみると本もやはりなかなかのものですね。
本が大好き。この世から本がなくなったら死んじゃう。本を汚す人間はサイテー。

さて、そろそろ本書の感想を書こうかと思ったけれども、うーん。
これは感想を書く類の本ではない。
せっかくですから、だれも知りたくないかもしれませんが、
わたしの部屋の本棚を紹介させていただきます。
ごめんなさい。恥ずかしがりやなので写真はございません。
まず部屋に入るとドアの横に本棚があります。
この本棚。いちばんうえがインドコーナー。
インドに関係する書籍がぎっしりつまっています。
下段は、驚くなかれ、ぜーんぶお酒に関する本です。
かなりのコレクションがあります。
さあ部屋に入って、正面にある本棚にはなにが収納されているのか。
さしさわりのない本です。
中国関係の書物。井上靖、山口瞳、両作家の文庫本がごっそり。
部屋を見まわすと、あと目に入る本棚は机の横。
ここには未読の本がたっぷり詰まっています。
ブックオフで買った105円本など。
やはり未読の本は目につきやすい場所へ置くべきだと思いまして。
それから、ううう、恥ずかしい。ここだけの秘密ですよ。
ナツメ社の図解雑学シリーズが整列しています。
え、なんですか? そんなふしぎそうな顔をされても。
本棚はこれだけですが、なにか?
やめてください。そこはクローゼットです。勝手に開けないでください。
プライバシーの侵害でちゅ〜。

ふふふ、こんなもんですかね。
インド関連、中国関連、それから井上靖に山口瞳。図解雑学シリーズがてんこ盛り。
それほど悪くない人間とは思いませんか。あんがい洒落のわかる人間かもしれませんよ。
それなりに本を読んでいるから、ものを知っている。
これからの若い女性は(異性の)見ばえや収入も大事ですが、
男の中身にも関心をもってほしいと思います。
いえいえ、いまの若い女性は野郎(男性)の一歩も二歩も先を行っていますから、
わたしなどが指摘することではないのはよくわかっています。ごめんなさい。
「人生読本 読書術」(河出書房新社)絶版

→昭和54年発行。上下2段組で活字ぎっしり。
文士や有名学者の読書術のアンソロジー。まず、人生読本っていうのが笑える。
なんで人生と読書が結びついてしまうわけ1979年?
しかし、笑えるな。
読書が重要だと思わせたい側が、こうも偉かった時代があったとは。
いまでは子どもでもわかる理屈だが、みんなが本を読むと、さあ得をするのはだーれ?
答えは作家さん、一般書を濫作する学者さん。
だーかーら、この書籍のように「本を読まないとバカになる」なんて、
みんなこぞって主張するわけです。
わたしは作家でもなんでもないゴミ人間だからほんとうのことを書いてしまう。
みなさま、これがリアルってやつですよ。
本屋さんで売られている言説はすべてまがい物。だっておカネを取るでしょう。
あっちは商売人なわけです。で、これを書いているバカ(わたし)はお客さん。
本なんて買うのは阿呆のすること。ましてや読むなんて、とんでもない。
読書のような悪徳を継続しているとこうなってしまうという悪い見本が、
いまみなさまのまえにいるではありませんか(にっこり)。
これだけではわからないのでしたら、
お手数ですが「もてない男」小谷野敦先生でもご覧になってください。

最高の読書術は本を読まないことである。
だいいち本を読んでどんないいことがあるというのですか。
他人の気持がわかる(エスパーかよ)? それ誤解です。
本など読まなくても他人の感情を察することのできる人間がいくらでもいます。
ものを知らないといざというときに困る?
あなたは総理大臣にでもなりたいのですか。ちがうでしょう。
個人として幸福になりたい。そのとき知るという行為が、どれだけ幸福の邪魔になるか。
環境問題など知らないほうが、かえってのほほんと生きられる(わたしを見よ!)。
じぶんより不幸なひとの存在を知るとなんだか申し訳ないような気がする。
じぶんよりはるかに優秀な人間を知ると絶望感に襲われる。
ならば、本など読まないにかぎるのです。
わたしもこれまでわずかな本を読んできましたが、
読書してよかったなどと思ったことは一度もありません。
家にある本など、汚らわしいと1冊残らず廃棄しなければなりません。
図書館など、なぜ火をつけるものが現われないのかさっぱりわかりません。
本を書く人間というのは、どれだけ物腰が低くてもエリートなのですよ。
書物がこの国にあるかぎり、かれらは我が物顔でのさばりつづける。
我われが本など読まないようになれば、かれらは物乞いをするほかないのです。
なんとも爽快ではありませんか。書を捨てよ、さらに火をくべよ、であります。
「江分利満氏大いに怒る」(山口瞳/集英社文庫)絶版

→酒をのみながら読んだエッセイ。
山口瞳のどこが好きかといったら、この作家が「女嫌い」なところである。
いま発売されるような本では決して見られない女性観が実に爽快である。
すがすがしいということだ。
こちらは酒をのんでいるのだから、不快なものはいっさいお断りしたい。
気持よくなりたいのである。
すなわち、現実を見ていないだのなんだのと批判されようが、おのれをごまかしたい。
生きているのもまんざらではないと思いたい。だいたい現実というのはなんだ。
狭い一本道があるとする。まえから若いおねえちゃんが歩いてくる。
毎度のことだが何様だと思うね。なんでああも道の真ん中を歩くのだろう。
男はよけるものとでも思っているのだろうか。
どうして若い女がいつでもどこでも、ああも偉そうなのか不可解である。
いや、理由はわかっている。けれども、あえて書かないのがいわば山口瞳流である。
男性諸君に聞きたいが、若い女というのは天皇陛下か、部落民か。
どうしてあいつらはああも偉そうなのかふしぎでしようがない。
いったい女子供をだれが女性やお子さまにしてしまったのか。
日々むかむかしているから山口瞳のエッセイを読むとすかっとする。
こんなことを書くと、若い女性様から嫌われるって?
だからなにが困るというのでしょう(笑)。
そういえばいちばん最近、
若い女性様とふたりでお酒をのんだ(のませていただいた)とき言われたな。
「あなたホモでしょう?」
彼女からメールが来なくなって久しいが、
もしかしたらわたしをホモだと断定したのかもしれない。
「夢を見たくて」(山田太一/「月刊ドラマ」1988年5月号/映人社)品切れ

→昭和63年放送作品。単発ドラマ。狂ったような実験作である。
20年ほどまえならテレビドラマで、ここまでの冒険ができたのかと驚く。
秋田から大竹しのぶが上京してくることからドラマは開幕する。
妹を連れ戻しに来たのである。大竹しのぶの妹、二階堂千尋は
役者をめざしてアルバイトをしながら俳優養成所へ通っている。
二階堂千尋は家賃を浮かすため同じ俳優養成所の早見優とルームシェアしている。
ときを同じくして早見優の兄も妹を連れ戻しに上京してくるのである。
兄は役者志望の妹に言う。

「私に言わせりゃあ、努力なんかしたって無駄だよ。
素人の私たちにだって分る。顔がよけりゃあスターになれる。
可愛いけりゃあなれる。うまい下手なんか、関係ない。
演技の勉強いくらしたって、チャンスなんか来ないよ。
それでも一生懸命やってる。それじゃあ可哀相じゃねえか。
目を覚ませ。人間の幸せはそんなとこにはねえ。
早い話、スターが幸せとは限らねえ。
バカな夢見ねえで、いまの自分の生活を幸せだ、と思える人間が一番幸せだよ。
地道に生きることを覚えた人間が一番幸せなんだ。
そういうこと分らなきゃ、分るように教えてやるのが、兄弟じゃないかね?
あんたのお姉さんだって、そう思うから、秋田から来てるんでしょうが?」(P151)


首肯する大竹しのぶである。大竹しのぶはまだ独身。
というのも、かつてこんなことがあった。故郷の秋田で縁談がまとまっていたのである。
相手は製材所の跡継ぎ、柴田恭平。
ところが、柴田恭平は披露宴直前に婚約を解消して上京してしまったのだった。
偶然、大竹しのぶは東京で柴田恭平と再会する。
いまは売れない劇団を主宰しているという。

「病気なんだ。(「なんの?」) 分らねえ。
ただ、俺みたいに病気にかかって、東京でウロウロしてる奴が、何千人ているんだ。
(……) 俺はあんたと一緒になって、製材所のあと継いで、やってくつもりだった。
世帯持つ日が、段々近づいて来ると、それがどうしても嫌になった。
(……) もっと刺激のある人生を送りてえ。東京へ行きてえ。
ネオンや看板がワーッとある賑やかな所へ行きてえ。(……)
結婚しようって男がいうことじゃねえ。
バカな気持だってことは、よく分ってて、
どうしても、あの山ン中で跡継ぐのが嫌になった、
だけどただ賑やかな所へ行きてえ、なんて、そんなこと、
あんたにいったって分って貰えねえ。
あんたは、地道に、いい家庭つくろうと計画立ててる。
俺は、だけど、温和しく、製材やってく自信がねえ」(P147)


「私が嫌になったの」と問いただす大竹しのぶに柴田恭平は「そうじゃねえ」。
「あんたのことは好きだった」
「好きだったから一緒になって、滅茶苦茶にしたくなかった」

突然、事件は起こる。二階堂千尋と早見優が何者かに誘拐されるのである。
大竹しのぶは柴田恭平らと協力して犯人のアジトを突き止める。
ところが、そこにはピストルを持ったマフィアがいる。
山田太一ドラマらしからぬ光景である。
マフィアのボスは役者志望の若い女を食い物にしている。
ボスは芝居が嫌いだというのである。反抗した柴田恭平をボスは射殺する。

「俺は芝居なんぞ大嫌いだ。芝居で腹がふくれっか?
稲一粒麦一粒育って行くか? 手前らだって飯食ってるくせに、
百姓嫌って、都会へ出て、フワフワ、テレビだ芝居だって。(……)
俺がどう間違ってるかいってみろ。やりこめたら、ナイフは捨ててやる。
芝居やテレビが、なんの役に立つだ? そんなもんにウツツぬかす娘どもに、
故郷(くに)さ帰って働けっていうのが、何故悪い?」


東京の妹を連れ戻しに来たはずの大竹しのぶが反論する。

「なにもなかったらどう? (「なにが?」)
テレビをニュースだけ、お芝居もなくて、歌もなくて、この世から、
ドラマも舞台も、なんにもなかったら、どう?
(「さっぱりしてええな」) 嘘よ(「なにが嘘だ?」)
私は、たまらないと思うわ。なにか夢を見たいと思うわ。
歌でもいい。ちょっとしたお芝居でもいい。
周りの、ほんとの世界だけじゃなくて、なんか、夢が欲しい。
きっと、そう思うわ。(「俺は、そんなものはいらねえ」)
それは強い人なのよ。そんなに強くない人は、夢を見たくなるの。
時々夢を見て、味気ない日をまぎらすの。
それが、なかったら、たまらないの」(P166)


マフィアのボスが大竹しのぶに襲いかかろうとした瞬間、かれも射殺される。
そのあと拍手する音が聞こえる。死んだものも、みんなよみがえる。
すべてが芝居であったことがばらされるのである。
すなわち、大竹しのぶ以外は、みんな役者でグルになっていたのである。
柴田恭平を中心とした売れない役者たちは、大竹しのぶが妹を連れ戻しに来ると知り、
ひと芝居打とうと考えたのである。大竹しのぶはまんまとだまされた。
売れない役者はじぶんたちだってやればできるじゃないかと歓喜する。
というのも俳優養成学校が経営難で閉校する。
このたびの大芝居は、その最終公演も兼ねていた。

大竹しのぶもやり返す。

「菜美(妹)を連れて帰ろうとして来たっていうのは、口実なの。(……)
そんなことでもいわないと、両親、一週間も東京へやってくれないもの。
(「じゃ、本当は?」) 本当は、結婚の三月前に、東京へとび出して行った、
この人(柴田恭平)を見つけようと思ったの。
新宿のバーで見た人がいるっていうんで、一週間かければ、
見つかるんじゃないかと思ったの。
はずかしいけど、口惜しいけど、私、この人(柴田恭平)忘れられないの」(P169)


その場を飛び出す大竹しのぶ。追いかける柴田恭平。
果たして最後の大竹しのぶのせりふは嘘だったのか、それとも……。
たとえ嘘だったとしても、嘘からなにかが生まれる予感を残してエンディングロール。
大竹しのぶをだました売れない役者たちがアルバイトに精をだす日常が描かれる。
あたかもそれは視聴者が嘘の世界から味気ない現実へ引き戻されるかのように――。
「アパシー」(片山飛佑馬/「三田文学」No.87秋季号)品切れ

→あれだなあれ。若死にご祝儀発表の小説だ。
懐かしいのでは高野悦子「二十歳の原点」がある。
若者が自殺する。遺稿が残されている。親が勝手に発表する。
あれかわいそうに。純粋だったのね。死んじゃったから天才ってことにしてあげよう。
そんな感じの小説。
いちおう「三田文学」の編集長が小説認定したから、これは小説ということになっている。
けれども、実際は支離滅裂の断片を寄せ合わせただけ。
著者が自殺した青年と知らなかったら、少なくともわたしは最後まで読まなかったが、
この文章を絶賛しているかたたちはどうなのでしょうか。

片山飛佑馬くんは芸術家夫婦の長男として生まれる。
「アパシー」の記載が事実なら父親は音楽演奏家。母親は美術教師。
慶應大学を卒業後、地方銀行へ就職。なれない営業職のためか鬱病を発症。
銀行を退職。25歳で自殺する。机のうえに残されていたのが遺稿「アパシー」である。
発表されてだいぶ経っているのに、ネットで検索しても、まともな書評が出てこない。
感想を載せているサイトはあるにはあるのだが、なんというのか。
「あたしは片山くんの気持が痛いほどわかります」
「ボクも欝でした。死んでいたのはボクだったかもしれない」
「カレはなぜ死ななければならなかったのか。社会の問題である」
こんなふうな、えとあのそのですね……。気持が悪いって言ったら殴られちゃいますか?

なにも死ななくてもねえ。だって高学歴でしょう。慶應大学。
しかも地方銀行に就職できているということは、それなりの耐性がある。
ダメなやつはかならず就職の最終面接で弾かれるから(まあ、わたしのように)。
それに友人もたくさんいたようである。親身になってくれる会社の先輩もいた。
しかも、これだけじゃないんだな。世の「もてない男」よ、激怒するなかれ。
相思相愛の彼女までいたのである。大学時代は流行スポットを仲良くご観覧したそうで。
さらにだ。この彼女は片山くんをほんとうに愛していたのだろう。
片山くんが失職して実家へ帰っても別れない。それどころかわざわざ飛行機で会いにいく。
ここまで愛されるって、どんな感じなのでしょうかね。
両親だって息子に厳しいわけではない。本文を見るかぎりかなり甘い。
鬱病でひきこもる息子をあたたかく見守っている。公務員試験をすすめている。
これだけではない。悔しいので認めたくないが文章力もある。
わたしの10倍くらい文章がうまい(というひとが多いような気がするのだ〜よ)。
けれども、だがしかし、片山飛佑馬くんは自殺しちゃうんだな〜。
死にかたも礼儀正しい。机のうえにわざわざ遺稿を置く育ちのよさはどうだ?
遺稿に両親や恋人の悪口でも書いていたらおもしろいものを、それすらないのだから。
(悪口や性関連の記述を両親が無断で削除した可能性を完全に否定はできないけれども)

みなさん、わかるって言います。片山くんの痛みがわかるって。
まあ、そんな感想をもらす厚顔なやつは
殺そうとしてもなかなか死なないのだが、それはよし。
せめてわたしくらいわからないと言わせてもらえないかな。
ぜーんぜん、わかりません。天才の考えることは凡人には理解不能です。
そういえば文学部だったけど、同級生にこういうやついたよな。
繊細そうで、やけに深刻ぶっていて、わけのわからない文章を書くくせに、
ではなく、そういうタイプだからこそ、文学部の女にはもてるんだよな〜。
うわっ、村上春樹みた〜い、キャーキャーってか(ルサンチマン炸裂!)。
いけない。死者を鞭打っている。だから、もてないんだよ、なんて言わないで。
もしわたしが自殺したら、天才ってことにして、ブログ「本の山」の断片を
フリーペーパーの「早稲田文学」へ掲載するよう、みなさまでお願いしてくれませんか。
ほんの1ページくらいでいいですから。
第二の片山飛佑馬、現る! みたいにさ〜。頼んだぜ!

自殺について考えてみる。自殺って、実際はないのかもしれないと最近は思っている。
自殺という死にかたは存在しない。
人間がじぶんでじぶんを殺すというのはおかしいように思う。
人間は何度自殺を試みようが寿命の残っているものは死なない。死ねない。
いっぽうで定められた寿命に到達してしまったひとは、どんなに恵まれていても死ぬ。
軽い気持で首を吊るポーズをするくらいで死んでしまう。
寿命がなくなっていたら、まさか死ぬわけねーと遊び半分でやっても死んでしまう。
だから、交通事故死も病死も自殺も、もしかしたらおなじではないかと思うのである。
ストーカーに殺されるのもそう。寿命が来たからどのみち死ななくてはならない。
お医者さんの腕が良くて命拾いした患者も、退院してからすぐに交通事故で死んでしまう。
人間が、生まれるところに自由はない。同様で、なぜ死には自由があると思うのか。
人間、死ぬ年齢というのがそれぞれ定められているのではないか。
片山飛佑馬くんの場合はそれが25歳だった。
かれがある意味での才能があったと思うのは、
いまわたしが書いていることを自覚していたふしがあるからである。引用する。

「ぼくの火は消えかかっている。それは、周囲のだれの責任でもなければ、
環境のせいでも、性格のせいでもなく、病気のせいでもなく、
ただ単に火が消えかかっている。
そこに蓋(ふた)をしたいという自分がいつも蠢(うごめ)いている」(P29)


青年・片山飛佑馬が死ぬのは火が消えてしまっただけのことである。
ひとによってロウソクの長さ太さは異なる。
生命の火は、人間が消そうと思って吹き消せるものではない。
おのずから消えてしまうものである。
それをいくらどうにかしようと思っても、どだい人間には無理な話。
したがって片山飛佑馬くんのご両親も、恋人も自己をさいなむことはない。
寿命だったのだと、悲痛なことだけれども、あきらめるよりほかない。
まあ、まだいいじゃないか、とも思う。
わたしも母を自殺で亡くしているが遺稿には悪口がこれでもかと書き込まれていたからな。
うん、死ぬことによって念願の作家デビューも果たしたことだし、片山くんはきれいだ。
ちなみにわたしがいま死ねば遺稿は「本の山」である。
ひとの悪口、たっくさ〜ん♪ 血筋だろうなこれは(笑)。

片山飛佑馬も2ちゃんねらーだったわけだが、以下に引用するような感覚は、
現代においてなお表現者たらんとするものが共通して有する現実感覚であり、
むかしの表現者なら決して感じなかったであろう障壁として、
我われの行き先を遮断すると同時に八方ふさがりの閉所へと追い込む。
2ちゃんねらー片山飛佑馬と、音楽演奏家の片山ファザーの対話である。

「私の懺悔をしよう。
私は、昨日テレビである老婆が熊に襲われるという悲しい報道を観ていた。
ある旅館で働く七十七歳の老婆は、小熊を二匹追い払ったのであるが、
その後、出てきた親熊に目と鼻を引っ掻かれたのである。
そのニュースを観て、私はこう叫んだ。
「けけ! そりゃあ襲われるわ」
家族に沈黙が広がる。そのうち、父がこう言った。
「目が痛いよね。鼻が痛いよね」
私はそれを聞き、ふと我に返って、いや、どちらが本当の我なのかは
私にはもはやわからないのであるが、「かわいそう」とつぶやいた」(P34)


「けけ! そりゃあ襲われるわ」だよね〜。まぬけな不幸って笑えない?
ひとの痛みなんて、わからんわな。ぜーんぶ笑い飛ばしてみたくなんねーか、おまいら。
ふたつしかなくなっている。
徹底的に自己も他者も嘲笑するか。
それとも身体障害・難病・突然死を駆使してバカを泣かすか。
問う。きみは片山飛佑馬の自殺に泣くか。それともあざ笑うか。
わたしは大笑いしているうちに次第に陰鬱になり、
しまいには泣きそうにまでなったが最終的には涙の一滴も落とさなかった。
白塔山公園の頂上から黄河を見ていた。
視線を上に移すと、厚い雲の奥にぼんやりと落ちかかる陽が見えた。
ビールをのんでいた。ふしぎなことだが公園の茶店になぜか冷たいビールがあったのだ。
値段を聞いたらおばちゃんが1本5元(75円)だという。
ふざけ半分といつものくせで「2本8元」でどうかとたずねると、聞いてみるものである。
あっさりと了解してもらう。「黄河」という銘柄のビールであった。
「黄河」をのみながら実物の黄河を見ていた。中国文明発祥ともかかわる大河である。
黄河流域で文明が誕生したのは、いまから5千年もまえのこと。
中国史は何度か学ぼうとしたが、ついぞあたまには入らなかった。
これのせいかもしれないなと自嘲しながら再度、酒盃を干す。
テラス風のこの場所にいるのはわたしだけである。
おばさんは離れたところで札束を数えている。顔に当たる風が心地よかった。
酔いを意識した。ここに来るまえにも食堂で3本のビールをあけている。
なぜ異国の地でこうも酒ばかりのんでいるのかじぶんでもあきれる。
これでは日本よりよほどひどい。
本日4本目のビールも空になったので5本目を持ってきてもらう。
目のまえに酒があるからのむのだと思う。空のコップはあまりにもさみしい。
なにもさみしかないよと酒でいっぱいにする。
黄河を見る。どれだけながめていようが変わることのない大河である。
西から東へ流れゆく。
コップ満杯の「黄河ビール」も、河が流れ陽が沈むように口から喉へ進み体内へ落ち込む。
黄河にかかる中山橋を見やると人民も車も流れている。

店じまいのようなので、あわてて余っているビールをのみ干す。
「まだいいよ」というおばちゃんに8元きっかり渡す。
登って来た道とは反対のほうから降りてゆくと広場に出くわす。
頂上とは異なりひとが集まっている。あちこち円座して麻雀に興じていた。
思えば、今日は日曜日なのである。
酔ったのであろう。階段で何度も足を滑らしそうになる。途中で物乞いの老婆がいた。
母が生きていたらいくつになるのだろうと思った。
10元を物乞いにさしだしたのは酔っていたからだと思う。
バンコクから旅をはじめて2ヶ月を超えたが、
物乞いに喜捨をしたのはこれがはじめてである。
老婆の笑顔から安らぎを得られるわけもなく、
むしろなにものかに責められているような暗鬱とした気分になった。
公園を出て、中山橋にさしかかると客引きがうるさい。
小船で黄河をクルージングしないかと言うのである。
値段を聞くと、驚くほど安かった。どこにでも連れて行きやがれと思った。
どこへでも流されていこう。酔いは悪いほうへ進行していた。
自暴自棄のわたしは客引きの言うままボート乗場に歩をすすめた。
立ち止まる。ビールを売っていたので買うことにする。
黄河に揺られながら酒をのむのも悪くない。栓抜きと専用のコップは常に携帯している。
なにをしているのだと客引きがこちらを振り返るので、いま行くよと手を振った。

手漕ぎの船を想像していたらエンジンのついたものだった。
救命胴衣をつけるよう言われたが邪険に振り払った。
こんなところで死ぬはずがない。死ぬなら死ぬでそういう運命なのだろう。
外国人になにをいっても無駄だと思ったのか操縦者はそれ以上は無言だった。
黙々とエンジンを発動させ黄河を、思いのほかのスピードで疾走する。
これではビールものめやしない。途中で、船をとめてもらう。
夕闇が迫ってきているが太陽は雲のはるか向こうで沈んでいるようである。
うっすらと桃色がかった雲の厚みに日暮れを知らされる。
ひとりで小船に乗り込んだところで楽しいはずもない。
することもないのでビールをあおる。操縦ひとり、客ひとりである。
向かいの男にビールをすすめたが言下に拒否された。痩身の中年である。
見ると、右足の膝より先がなかった。そのうちわけのわからぬ歌をうたいはじめた。
むろん、アル中の客へサービスをするいわれなどない。
うたいたいからそうしたにすぎないのであろう。
横をいくつかボートが通り過ぎてゆく。家族連れが多い。
もう時間だから行くぞと舵手が指示した。急いで残りのビールを流し込んだ。
もとよりぬるいビールである。うまいはずがない。惰性でのんでいるのである。
どのみちひとりなのである。どこに行こうが酒でものまなければ時間のつぶしようがない。
岸に小船を着けわたしをおろすと、こちらを振り返りもせずにかれは去っていった。

帰りたくなかったので黄河を見ていたのだったか。
黄河を見ていたかったから帰りたくなかったのか。
河岸に腰をおろし、わたしはビールをのんでいた。
黄河は白塔山公園から見るよりも、このように間近で見るほうがいい。
周囲は縁日のような賑わいである。
旅行者がひとりビールをのんでいようが人目を引くことはない。
玩具を売っている露天商をなにともなしに見ていた。
ネジを巻くと動く玩具である。カメだったと思う。一様にうごめくカメの群れ。
動きがとまったカメを露店の兄ちゃんがひろいあげネジを巻く。また動きはじめるカメ。
見ているあいだ、だれひとり買うものはいなかった。
あきらめたのか玩具を箱につめると露天商はその場を引き払った。
気づくと陽は完全に沈んでいる。ふらふらした足取りでもう1本ビールを買い求めた。
どうにでもなれと思っていた。どのみちなるようにしかならないではないか。
いくらなんでも、まさかこんなところで酔いつぶれはしないだろう。
黄河のまえでビールをのんでいた。家族連れもカップルも目に入らなかった。
黄河だけを見ていた。こんなところでのんだくれてどうしようもないなと思った。
けれども、どうしようもなかったではないか、とも思った。
風景がぼやけてきた。夢のなかにいるような気になった。
いつしか河が光を帯びている。闇が濃くなったためであろう。ボートの灯が目立つ。
黄河は露店の光も吸収している。はじめて黄河をきれいだと思った。

むかしきれいなひとがいたと思った。むかしすてきなやつがいたと思った。
泥酔していると一瞬、時空を飛び越えたように思うときがある。
いまわたしはなにをしているのだろう。これはいったいなんなのか。わからない。
どうしてこうなってしまったのか。
なんでこんなところで中国人にまぎれて孤独な自棄酒をのんでいるのだろう。
笑いだしたくなる。こんなはずではなかった。
みんなはどうしているのだろう。NHKに入社したものも、集英社に入社したものもいる。
いまごろ、かつての仲間は社会の第一線で活躍していることだろう。
結婚して子どものいるものもいるはずである。
それなのに、なんでこの男は、
ここ蘭州の黄河のほとりで、酒ばかり浴びるようにのんでいるのか。
おかしいよな。なんだよこれは。なにか悪い冗談じゃないか。
ちょっと待てよ。みんなどこへ行ったんだよ。かくれんぼか。おれは鬼なのか。
どこに隠れているんだ。ひとり取り残されてしまったのか。このまま鬼を続けろってか。
冗談にもほどがある。笑いがとまらない。笑っているうちにだれか出て来るんだろう。
ドッキリだったって。みんなで驚かせようとしているんだよな。
まさかほんとうにおれだけ取り残されたのか。みんなはるか先へ行ってしまったのか。
鬼ごっこをして遊んでいるつもりなのはおれだけなのか。

待てよ。どうしてこうなったんだ。
蘭州へ着いたのは今日の昼過ぎだ。駅前のホテルに即決した。
昼飯でも食おうかとぶらぶらしていたら学生の多い安食堂が目についたので入った。
ビールを3本のんだ。
とても美人の子がいたのだった。
彼女を、絵に描いたようなマジメな男子学生が口説こうとしていた。
横目で見ながら、おもしろくてつい長居してしまった。
それでビールを3本ものんだのだった。
白塔山公園への行きかたを店のひとに聞いたら、例の男子学生が口を挟んできた。
丁寧に行きかたをメモに書いてくれた。バスを乗り換えてここまで来たのだった。
違う。そういうことではない。昨日は天水にいた。王さんという中国人と乾杯した。
「家族はいいもんだよ」と王さんは言った。
ホテルへ戻ってから白酒をがぶのみした。
それからお母さんと思ったのだった。涙があふれてきたのだった。
数えきれないほど考えたことなのに、それでもふたたび問うしかないのである。
母はなぜ6年前、わたしの目のまえで飛び降りたのだろう。
なにゆえ息子に母の死を見せなければならなかったのか。
母はあれを見せておいて、それからどう生きろというつもりだったのだろう。
それも息子の悪口を書き綴った日記を遺して、である。
人間なんて堕ちるのはたやすいものである。あの日から坂道を転げ落ちてきた。
どうにもならなかった。なにをやってもうまくいかなかった。
いまだにわからないことばかりである。生とはなにか。死とはなにか。
だから酒をのむ。どんどん廃人へ近づいてゆく。
簡単なことなのである。息子も自殺すればいいのである。
母が死に子が死ぬことでひとつの円環が閉じる。
おそらく仏教ではこれを宿命というのだろう。

黄河を見ながら、死にきれないと思う。
闇のなかを流れゆく光を見ながら、生きていてよかったと思う。
母も生きていたらこんな光を見ることができたかもしれないのに
なぜ死んでしまったのだろう。
そして、なぜいまわたしはこんなところへいるのか。こうして酒をのんでいるのか。
流れついたとしか思えないのである。
じぶんで決断をして黄河のほとりまで来たとはとうてい思えやしない。
流木のようにあちこちぶつかってここ黄河へたどり着いたというのが真情である。
これからどうなるのだろう。日本へ帰国したところで明るい未来などあるわけがない。
どんどん悪くなるばかりだろう。転げ落ちてゆくじぶんのすがたしか想像できない。
いっそのことここで野垂れ死にできたらと思う。
将来になんの希望もない。それは職業作家にはあこがれるが、
じぶんに才能がないことくらいこの6年でわかっている。
ビールをのむ。もうどうにでもなれ。さらにビールを購入する。
わくわくしているじぶんに驚く。おい、このままのみつづけたらどうなる?
不幸ぶっている自己をにやにや客観視する道化が目を覚ましたのである。
自意識過剰には我ながらあきれるが助かったとも思う。
そうだよな。これからどうなるんだろう。
どんなみじめな死にかたをするのかちょっと見てみたいよな。
「黄河ビール」をがぶのみしたら、この「黄河」はわたしをどこへ流してゆくのか。
このまま毎日ビールをのんで生きてみよう。きっとビールがどこかへ流してくれるだろう。
泥酔のただ中で垣間見た光である。おそらくは実体などないまぼろしに違いない。
だが、今日のところはこのまぼろしに身をゆだねよう。
ホテルへ戻るため立ち上がる。駅へ行くバスを探せばいいだけである。
そのまえにすることがあった。
中山橋へ戻り、だれも見ていないのをたしかめるとこっそり余りのビールを黄河へ注いだ。