これだからアジアはいやだと思う。
朝食を食べに駅前の食堂へ入る。3元のソバをすする。5元札で支払う。
強欲そうな店のあるじは釣りをくれない。メニューを指さしながら怒ると、
仕方ねえかといった感じで2元を投げてよこす。
2元といったら、たかが30円なのだが、このようなところが日本人には許せない。
カンボジアやベトナムでは中国以上に釣り銭のごまかしはあった。
日本では考えられないでしょう。
ラーメン屋に入って外国人だからと釣り銭をごまかされますか。
アジアを3ヶ月半もふらふらしていたせいでおかしなくせがついた。
帰国してからも、カネを支払ったときは
お釣りとレシートを細かく調べないと気が済まないのである。
店員に引かれるが、レジ打ちを間違えていることは少なからずある。

バスで麦積山石窟(ばくせきざんせっくつ)へ行く。
天水でいちばんの観光名所である。麦積山という小山に作られた仏教石窟。
わかりやすくいえば、古い仏像がたくさんありますよ、となる。
バスの車内で中国人のおっさんに片言の英語で声をかけられる。
おっさんといったら失礼かな。
王さん、38歳である。北京で畜産関係の仕事をしている。
天水には仕事で来たが今日は休みを取り、
せっかくだから麦積山石窟の観光をしようと思った。
車内には学童の集団がいる。小学生くらいだろう。引率の教師もいる。
王さんが聞いたところによると、泊りがけの遠足みたいなものらしい。
一緒に行動しないかと誘われる。
この学童グループと入場したら集団割引で10元安く入れるということらしい。
それに、と王さんはなんと言ったのだったか。
わが耳の自動翻訳機は「旅は道連れ、世は情け」と解したが正確なところはわからない。
片言の英語と筆談が許されたコミュニケーション手段である。
ひとと連れ立って行動するのは苦手なので断わりたがったが、
このような申し出を受けて辞退するのはなにか大きなものに逆らってしまうような気もする。
世事みな縁ではないか。「袖すりあうも 他生の縁」である。
今日はおかしな日本語ばかり思いつくふしぎな日である。
考えてみればこのところまったく日本人と話していない。そのせいかもしれない。

静かに仏像をながめて仏教とはいかなるものか思いをめぐらそうと思ったが、
このようなご縁も、あるいは仏様の思し召しなのかもしれない。
いちおういま仏教東漸(とうぜん)をたどる旅をしている。
仏教が生まれたのはインド。その仏教がたとえばシルクロードによって中国へ伝わった。
この中国仏教が朝鮮を経て日本へ渡来するわけだが、この全体の流れを仏教東漸という。
けれども、正確を期すとなにが日本へ向けて東漸したのかわからなくなる。
教典的なものを置いて視覚だけに注意を向けてもつぎのことが容易にわかる。
インドから中国へ来たのは純粋な仏教ではない。
インドの民間信仰たるヒンドゥー教と渾然一体(くそみそいっしょ)となった仏教である。
仏教ととりあえずは名前がついているが、このわけのわからぬ合わせ味噌(カレー?)に、
中国人はハチミツやらケチャップを入れてしまう。老荘思想と道教の混入である。
いまみなさまのあたまのなかには恐ろしい混ぜ物が出来あがっていることでしょう。
この仏教が「秘伝の味」だのなんだのと言われて宝物のように日本へ届けられた。
日本人は最後の仕上げをする。ワサビを入れてしまうわけだ。
たとえば死者供養や自然崇拝のことである。以上が日本仏教のレシピとなる。
わたしは焼き鳥屋の息子である。料理には関心がある。
アジアをぶらぶらしているうちに、
ふと日本仏教の製造過程を実地で見てみようと思い立ったのだ。

日本人はアジアの子どもが好きなのには驚く。
どの旅行記にもアジアの子どもは純真でかわいいなどと書いてある。
プロもアマもみなおなじだ。
アジアの子どもに囲まれてとびきりの笑顔を見せる日本人は、
よほどこころが貧しいのだろう。日本で悪徳商法でもやっているのかと疑いたくなる。
だが、中国は注意したほうがいいぞ。笑顔がかわいいなどとカメラを向けるのはいいが、
小声で「日本鬼子」「小日本」などと言っている可能性は高い。
(どちらの意味も差別的で、言い返すなら「ちゃんころ」くらいが適切なのかな)
中国は学校で反日教育をしている国である。
わたしは中国人児童のみならず子ども全般が嫌いである。
さらに人間不信でもある。
このシナガキどもも学校では「小日本」などと言っているのだろう。
偉そうな教員も鼻につく。学校では「日本鬼子」なんて、さんざん口にしているのでは。
邪推のかたまりである(笑)。
子どもは敏感なのか、そもそも日本人が嫌いなのかわからないが、
わたしのもとには見事なまでに寄りついて来ない。
子どもは動物に近い嗅覚で敵を見極めるのかもしれない。

修学旅行で見たものを覚えているひとはいますか?
おなじことで、学童集団とおなじペースで石窟を見たため、まったく記憶に残っていない。
途中でこのグループから離れたいと思ったが入場券も教師が管理しているから無理。
退場するときもチケットが必要なようである。
だが、無感動をこの集団のせいにするのはあやまりであろう。
おそらくひとりで見たところで、それほどの感動はなかったはずである。
だいたい仏像を見て随喜する連中がわからない。
この旅行記を書くためにたびたびネットで検索をしたが、
このような仏教聖地を訪れるのはことさら職業僧侶が多い。
うさんくさいホームページに旅行写真とともに仏様ありがとうなんて書いてある。
ひとつくらいリンクをはって、立ち直れないほど批難してやろうと思ったこともあるが、
仏法を求める旅でそれをやってはいかんだろうといまのところ自制している。
職業僧侶をなんでクソ坊主というかわかりますか?
クソとミソとカレーの区別がつかないからである。
クソをさしだしながら、これはインド本場のカレーですと言っているからである。
葬式で巻き上げたカネで大尽旅行をしている坊主をHPで見ると腹が立って仕方がない。
妻帯しているぶんざいでお釈迦様がどうのと悟ったようなことを言うなと思う。

天水駅前で修学旅行ご一行様と別れる。
中国の子どもの悪口を書いているが、
これはなつかれなかった逆恨みをしているだけかもしれない。
そういえばトイレで先生に英語で話しかけたら、中国語で返答されたのにはまいった。
田舎教師のこと。日本人を鬼かなんかと本気で思っていそうで笑える。
こんな学校集団と日本人との決して良好とはいえない関係を
うまくとりもってくれたのが王さんである。
メモを貸せという。ほい、どうぞと渡す。書かれた文字は、どこやらでなんか食わんか。
それはいいっすねと身振り。ついでにビールでも、とこれまたジェスチャー。
かくして王さんとのむことになったのである。

のんでしまえば中国人も日本人もない。ちゃんころと日本鬼子で仲良く乾杯だ。
王さんは妻子がいる。子どもの写真を見せてもらう。
ふたりいるようだ。どちらも小さい。子どものために健康には気をつけているという。
なにをおっしゃいますかと日本鬼子は何語で言ったのだったか。
38歳なんてまだ若いじゃないですか。
がんがんのみましょうよ。それそれ乾杯しましょう。
瓶は別々である。王さんは冷たいビールがあるのにわざわざ常温のものを好んでのむ。
いやあ、王さん。中国はいい。すばらしい。
なにがいいって、ビールが安いじゃないですか。
これ1本45円でしょう。日本でビールの大瓶なんて頼んだら最低でも500円はします。
ところで、ビールですよビール。なんで中国人はぬるいのを好むんですか。
「習慣の違いだと思う。我われ中国人は、冷たいものはからだに良くないと思っている。
お腹を冷やすのが健康に悪いという考えかたが古くからあるんだ」
へえ、そうなんですか。じゃあ、聞きます。
中華料理。なんでこんなにどれも辛くて油っこいんですか。あきませんかね。
「いやいや、うまいではないか。食べてごらんよ」
口に熱々の赤い料理(名称不明)を放り込む王さん。噛みしめながら至福の顔を見せる。
「これだよ。これが中国の味だ。うまいな。中華料理は世界でいちばんだと思う」
真似をして食べてみる。うわあ辛いな〜。
わたしは日本人のなかでも辛さには強いほうだ。
それなのに顔をしかめてしまう。あわててビールで口をゆすぐ。
日本料理って食べたことがありますか。寿司ですよ。ジャパニーズ・スシ!
「あるよ。あれはなかなかいいね。けれども、中華料理にはかなわないと思うな」
初対面のひととは食べ物の話をするのがよろしい。おかしな喧嘩にならないからだ。
ものを食べるのが幸福と結びついているのは全人類に共通していることかもしれない。
王さんは頼れる兄貴といった感じ。きっと仕事もばりばりするのであろう。
お互い酔っぱらってくる。ねえ王さん、中国人って、みんな日本人が嫌いなんでしょう。
「そんなことはない。第一、僕は君を好きだよ。だから誘ったんじゃないか」
王さんの笑顔はひとをなごませる独特なものがある。
またまた、王さんたら、うまいんだから。中国政府は反日教育をしているんでしょう。
「あんなものはハイクラスの中国人は信用していないよ。
ところで、いいかな。日本人はみんな性産業が好きなんだろう。
セックスに関して、かなりフリーだと聞いたことがある」
すでにお互い国籍を忘れた酔っぱらいである。
何語で話しているかも定かではない。ところが言葉は通じているのである。
それは誤解ですよ。一部の人間が一部の場所で行なっているだけです。
みんながみんな風俗に行くわけではありません。
「へえ、そんなもんか。でも君はなんで結婚していないんだ」
相手がいないからです。
今度は追い詰められるわたしである。
「それはよくないな。早く探すべきだ。家族というのはいいもんだよ」
ええ、はい……。
会計は王さんが払うと言って聞かなかった。
「僕が誘ったんだ。今日僕は日本の友人と会えて嬉しかった」
このとき驚愕したのを覚えている。
酔った王さんはずっと中国語を話していたことに気づいたからである。
それをわずか2年大学で勉強しただけのわたしがほぼすべて理解している。
考えられるのは酒のちからしかない。

ご馳走になることにした。王さんの笑顔が輝いていた。
まるで仏様のような微笑であった。
仏様はここにいたのかと思う。かびくさい仏像ではない。人間のなかに仏様がいる。
日本鬼子のわたしは思った。つまりは人間なのである。人間が鬼にも仏にもなる。
王さんと別れたあと、まだ酒の足らないわたしは白酒を買ってホテルへ戻った。
部屋で白酒をいくらのんでも酔わない。
「家族はいいもんだよ」と言った王さんの笑顔を思い返す。
家族か……。酒をあおる。白酒のアルコール度は50を超える。たいへん強い酒だ。
酒がなくなったので買いにでる。家族はいいものか。部屋に戻ってまた酒をあおる。
たわいもない日中交友であった。だけど、忘れないよ王さん、と思った。
なみだが出てきた。また酒をのんだ。
シャワーも浴びずにこの日は酔いつぶれた。

日本へ帰国してから王さんへ礼状メールを(英語で)書いたら中国語で返信が来た。
文字化けしていて意味がわからなかったが設定を少しいじったら中国語になった。
麦積山石窟で撮った写真が10枚以上添付されていた。
写真で見る王さんは、思ったとおり、とてもいい顔をしていた。
最後に、とある酒場で中国人と日本人が肩を組んで笑っている写真が1枚あった――。
昼まえに6日間いたホテルをチェックアウトする。
預けておいたおカネもしっかり返してもらう。
以前にも書いたが中国のホテルは先払いである。
それだけではない。宿泊料金に保証金を上乗せされた金額を請求される。
中国のホテルはいったいどれだけ客を信用していないのだろう。
宿泊中になにもなかったら全額返金してくれるのである。押金と言っていたのだったか。
これは後払いよりも気持ちよくホテルを出られる、あんがい悪くない制度なのかもしれない。
ホテルを離れるときおカネを払う必要がない。
のみならず(もとはじぶんが支払ったものだが)おカネまでもらえるのだから。
6日間、毎日、お世話になった南方飯店のまえを通る。
もう営業している。なにか挨拶をしていこうと思ったが照れくさいのでやめる。
できたら最後の食事をこの食堂で食べたかったが列車の時間が迫っている。
かなり寝坊をした。西安での6日間は、追いまくられるように観光をした。

ベトナムの海岸リゾート地であるニャチャンでこの旅のゴールを敦煌に定めたのだった。
西安から敦煌へは何本も列車が運行されている。ひと晩寝台で横になれば敦煌である。
けれども、それではあんまりにも味気ないと思った。
目的地には少しずつ近づいていったほうが旅の醍醐味がある。
人生万事、かんたんに物事を成し遂げるとありがたみが薄れるものである。
片想いの女性に声をかけたその日に結ばれてしまったら
男性は拍子抜けするのではないか。
ともすれば我われは羨望するが、学生のうちからプロとして認められるなど、
当人にとってはこちらの想像に反比例して味気ないものなのではないか。
若いうちに成功することで味わえなくなるなにものかがきっとあるのである。
これはいまだ世に出ぬものの自己慰撫かもしれないことを知らないわけではないが。

敦煌へは少しずつ移動してゆくルートを決めてある。
まず西安から天水へおもむく。天水とは、なんともいい地名ではないか。
天から水をたまわる。こんなイメージが浮かぶ。
降雨は天界と人間の交流を象徴しているようにも思う。宗教の原形といってもよい。
農民にとって日照りが続くのは致命的である。
なんとか雨をもたらしてくれるように天に祈る。
一方、旅人のとって連続する降雨は歓迎すべき事柄ではない。
かれも天に祈るであろう。雨よ、やんでおくれ!
農民も旅人も天に祈るのである。
だが、天は人間の思惑など意に介せず晴れるときは晴れる。雨と決めたら雨である。
むろん人間もそのことを知らぬわけではない。それでも祈るのが人間というものだ。
天水では、なにか人間を超えるものと対面できるのではないかという期待を持つ。

天水のあとは蘭州(らんしゅう)。天は山に雨を降らす。その水は山を流れ河となる。
蘭州は黄河で有名である。この大河はどこを発端とするのかは知らない。
だが、黄河のはじめておとずれる大都市は蘭州である。
蘭州にある中山橋は黄河第一橋として知られている。
たいがいの旅行者はさすがに蘭州まで来れば途中を飛ばして敦煌へ行くようである。
しかし、わたしの予定では、さらに敦煌到着を引き伸ばす。
張掖、酒泉と途中下車してから、ようやく敦煌をめざそうというのである。

天水駅の改札を出て、まいったなと困惑する。さびれているのである。
田舎と言ってしまったほうがいいのかもしれない。
思えば、いままで旅してきた昆明、成都、西安はみな大都会だった。
まずホテルを決めなければならない。
駅近くに宿泊することは決めている。だが、困ったことに客引きがいないのだ。
中国ではホテルは客引きまかせにしていたので、こうなると戸惑ってしまう。
重いバックパックを背負ったまま駅の周辺を歩きまわる。
これはと思ったところに飛び込みで入るのだがどこも高額である。
フロントは値下げ交渉に応じようともしない。いままでの中国とはどこか違う。
結局、ぐるりと一周して駅前へ戻ってきてしまう。
駅前にあるいささか薄汚いホテルへやむなく入る。
1泊108元(1620円)で話がまとまる。
このくらいの田舎になれば宿賃も安くなりそうなものだが、どうやらそうではないらしい。
金額を聞いてまわったホテルは5つ。その中での最安値が148元であったから、
まあ、このへんで妥協するほかないのだろう。

もう3時を過ぎているので観光地へ行くのはあきらめる。
無理をすれば行けないこともないのだが、西安での疲労が抜けていない。
今日はここらをぶらぶらすることにしよう。入場料もいらないし安上がりでいい。
市場に行き当たる。アジアの市場は歩いているだけで胸が高まるのはふしぎだ。
言うなれば、原始的なアメ横である。地面に肉、魚、野菜が乱暴に投げ出されている。
これで市場なのである。虫が飛び交っているがふりはらうものもいない。
食べ物を見るとわくわくするのは意地汚いからなのだろうか。
父は焼き鳥屋の主人である。血を引いているのかもしれないと思う。
博物館でありがたい美術品を見るより、よほど生鮮市場を歩きまわるほうが楽しいのだ。
けれども、それを認めたくないじぶんがいる。だから、異国では足しげく観光地に通う。
ウソばっかだよなオレ。こっちのほうがどう考えたって楽しいもの。
これは、おい、茄子だな。日本のとは形が違うな。おっと、この魚はなんだい?
まだ動いていやがる。川魚なんだろうな。食ったら、どんな味がするんだろう。
このような市場にはかならず軽食を食べさせる屋台がある。
ちょっと、いいじゃねえかと思う。いっちょ腹に入れてみるか、なんて思う。
だけど、ビールがないからな。こういうのはビールと食うといけるんだ。
芸術作品を見るより、どれだけ生き生きしていることか。われながらあきれる。
だって、ゲージュツは食べられないでしょう。市場の売り物はみな食べられるじゃない。
愚にもつかぬ言い訳をだれにしているのだか。

市場を抜けると橋がある。それほど大きくない川である。
なんという気はなしに橋を渡る。下に流れる川を見やる。
澄んでいるわけでも、濁っているわけでもない、平凡な川である。
橋の真ん中に物乞いをしているものがいる。アジアの定番である。
かれを見て目を離せなくなった。その異形はひとの目を引きつけずにはいられない。
右腕と右足がないのである。薄汚れた軍服らしきものを羽織っている。
うめいている。と思ったら、それは間違えで、歌をうたっているようである。
まえにはアルミの皿が置いてある。小銭がすでに入っている。
見てはいけないと思うが、見ないではいられぬような壮絶なたたずまいであった。
おばさんがかれを見ないようにして皿にいくらかのカネを入れたのを見る。
物乞いは歌をうたいつづける。わたしには、やはりうめいているように聞こえる。
橋を渡った先はなにもなかった。商店はなにもない。
朝からなにも食べていないのでどこかいいところがあれば入ろうと思っていた。
引き返すにはまた、あの橋を渡らなくてはならない。
ちらりと見る。右半身がきれいに切り取られてしまっている。あまりにあからさまであった。

好きというのは才能なのだと思う。
なにかが好きというのはそれ自体で才能なのである。
下手の横好きでも才能は才能なのだ。
わたしには地図などなくても、なぜかその土地の酒場を発見してしまう才能がある。
ご指摘の通り、酒が好きなだけである。嗅覚が鋭くなる。
おそらくオンナが好きなものはどこの土地でも売春地帯を発見してしまうのだろう。
開けた場所が目の端に入ったので足を向けるとビアガーデンであった。
大きな広場に屋台がいくつもある。どこの屋台でも冷たいビールを出している。
まさしく青空ビアガーデン! 声をかけられても、すぐに着席したりはしない。
どこの屋台がうまそうか見極めなければならない。
まだ明るいというのに座席は7割がた埋まっている。
真昼間からみんなのんでやがると嬉しくなる。
串焼きでビールをのむことにする。夜があるからあんまり食べ過ぎてはいけない。
目のまえで焼いてくれる串焼きは、鶏肉でも1本10円もしないのである。
肉汁がこぼれそうな熱々の串にかじりつく。野獣になったかのような気がする。
獣くさい口内をビールで一気に洗浄する。ニラの串焼きもいい。乱暴に噛みちぎる。
マナーとは無縁の野卑な食事である。
ふと先ほどの物乞いを思い返す。おまえは一銭も恵まなかったな。
いつからかこのようなことで罪悪感を感じないようになってしまった。
それはかわいそうだけれども、どうしようもないではないか。
おのおの持って生まれてくるものが違う。平等だの不平等だの難しいことはわからない。
どのみち人間は天に祈るほかない。かれも祈るだろうし、わたしも祈る。
祈るという根源において、かれもわたしも変わるところがない――。

こみいった考えをビールで洗い流す。考えてもどうしようもないことである。
酒でもかっくらってごまかすくらいしか対策はないのではないだろうか。
中国人の青年から英語で話しかけられる。
なんでも近くの学校で英語を教えているそうである。
わたしが外国人だと屋台のひとに聞いて話しかける気になったというのである。
聞き取りやすい英語であった。一度も中国国外へ出たことはない。
だから、せっかく英語を習っても使いみちがない(たしかにこんな田舎ではそうであろう)。
こうして外国人と話せるのを嬉しく思う、というのである。
ところが、わたしのほうが英語が出てこない。
もう中国へ入って半月を越えている。英語をまったく話すことがなかった。
口が動かないのである。中国で英語を話すことを、からだが嫌がることもである。
わたしの中国語の知識は、英語の十分の一もないはずである。
それでも中国語を使いたがるわたしがいる。
かれは同僚の国語教師と仕事がえりに一杯やりに来たという。
見ると妙齢の女性がこちらを心配そうに見ている。
ああ、恋仲なんだなと見破る。青年よ、恋人から目を離すなかれ。
気持のよい好青年であった。
一緒にのまないかと誘ってくれたが邪魔をするようで辞退した。
しばらくして別れを言いに来た。彼女を送ってから帰るという。
手を振る。酔眼で、うしろすがたを見送る。いいなと思う。お似合いのふたりである。
幸福になれよ、なんて柄にもなく思う。

ホテルへ戻りひと休み。天水から蘭州はバスもあるらしいが列車で行くことにする。
列車はバスに比べて、時間に正確なところがいい。汚いとはいえトイレもある。
駅へ行き行列に並ぶ。2日後のチケットはあっさり取れた。
ホテルへ戻りシャワーと洗濯をする。それから目をつけておいたネットカフェへ。
思えば、中国でも毎日、パソコンと向き合っていたな。
それから夜の宴(うたげ)である。串焼きではなくちゃんとした中華料理を食べたくなった。
10以上も食堂が密集しているところで、ひとつだけ冷たいビールのあるところを発見。
酒は空気のようなものだ。なぜのむのかという疑問がそもそもわからない。
例によってはじめての土地で泥酔。
それでも帰り際、翌朝ホテルでのむオレンジジュースを買うことは忘れない。
ふらふら歩く泥酔者の目にうつる天水の町並みがどれだけ美しかったか。
忘却を義務づけられた美である。
見ながら思うのである。きっと明日になったらこの美しさを忘れてしまうのだろうな。
たしかに、美の実態は記憶していない。
ただし、なにかこの世ならぬ美を見たという余熱は残る。
きれいなものではない。たとえるなら花見翌朝のゴミ捨て場のようなもの――。