だれかやってみませんか。文芸誌を発売日の朝一番に買ってくる。
速読してその日の晩に感想をブログに書いてしまう。
どんなことが起こるか。しろうとが文壇(笑)に接触できてしまうかもしれない。
だれだってじぶんの舌に自信がないわけである。料理人だっておなじこと。
いくら客とはいえ感想を述べるのはこわい。けれども、あえてやる。
それは悪戯心からでも、嫉妬からでもいい。
ネットでタイトル著者名を検索すれば、書いたブログ記事が出るようにしておく。
あなたはたとえば、最初にあのグロテスクなウニを味わったひとになれるかもしれない。
このような考えかたをしたら、
なにかあるごとに古典を引き合いにだす三流大学出身の宮本輝先生は、
わたしのもっとも尊敬する作家のひとりであるけれども、
あるいは、真にものを味わうことを知らない味覚オンチなのかもしれない。
文庫に解説をつけるのは、もしかしたらとても罪深いことではないか。
読後のもやもやした感じを、都合よくどこかしらへリードしようとするのだから。
だが、我われにはあの不透明な感触が堪えがたいのも事実なのである。
ウニを最初になまで食べたひとはえらいよな。
たとえば山奥の中国人を10人連れてきてなまのウニを供してもまず食べないでしょう。
かつての日本軍人のようにムチをふるって無理やり食べさせたとする。
10人が10人まずいというはずである。
なるほどむかしから日本人は
なまで魚介類を食する習慣があったからこの例は正しくない。
けれども、ウニだよ。現物を見たことありますか? トゲトゲしているウニ。
あれを割って、中身を食べるなんざ、最初に実行したひとにはあたまが下がる。
かれに比べたらと思う。我われなんか、
どれだけウニを食べてもほんとうにウニを味わったことにはならないのではないか。
我われはウニが珍味で高級食材であることをはじめから知っている。
だから、うまいと感じるだけではないか。
ほんとうにウニを味わったのは、最初にうまいといった男ただひとりではないか。
我われのどれほどがウニを知らないであれを食べたとき、これはうまいと絶賛できるか。
それだけじぶんの舌に自信を持っているものがいったいどれほどいるのだろう。
つい周囲の顔色をうかがってしまうのではあるまいか。
いまテレビをつけたら若手芸人が寿司を食べていた。
回転寿司屋で全メニューを制覇するという企画らしい。
ひとりの芸人がウニの軍艦巻きを口に入れてこうもらした。「うん、クリーミー」
美味であるむねを表現したせりふのようである。やっちゃったと思う。
クリーミーなウニというのは、すなわち流れているわけだ。
これは安物のウニの特徴なのだから、
かならずしもこのスポンサーの回転寿司屋をほめていることにならない。
高級なウニは流れていないものである。
博識自慢をしたいわけではない。味覚のいいかげんさのたとえである。
あんがいこの芸人はクリーミーなウニと固形のウニを食べ比べたら、
前者のほうをうまいと評するのかもしれない。
人間はいつも食べているものをうまいと認識することが多い。
かれをあざ笑うことはできない。
能書きを垂れているわたしとて、高級品のウニはいかなるものなのか、
1度や2度食べて知っているだけのことなのだから。むろん教えられたのである。
じぶんで味わってこちらがうまいと思ったわけではない。
ただなまじ知っているから、やはりウニはクリーミーでないほうをうまいと思ってしまう。
こんかいの記事は食べ物について述べたわけではない、と書き手は思っている。
最前、あるかたから教えていただいた。
うちのブログへ書き込もうとしても、はじかれてしまうらしい。
思えば、何年前だったか、荒らしが集中したことがあります。
犯人は上野祐二氏、鈴木雄介氏です。
そういえばかれらのIPアドレスを禁止設定に加えていた。
これが原因で、近似するIPのかたにもご迷惑をかけていたようです。
いますべての禁止設定を解除しました。
もちろん、コメントを要求しているわけではありません。
事実の報告と謝罪、それから反省です。
書くまでもないと思っていましたが、うちはリンクフリーです。
というか、ネットに公開されている時点でリンクは自由かと。
どのような文脈でリンクしてくださってもかまいません。
ただわたしは孤高を気取りたいので(てへっ)いまのところリンクはありません。