女優の瀬戸朝香さんが結婚した。お相手のかたを、恥ずかしながら知らなかった。
調べてみたらV6という有名なグループの、これまた芸能人さんのようである。
テレビでお顔を見たかぎりでは、売れている芸能人特有の驕りもなく好人物のようだ。
おふたりにはお幸せになってほしいと思う。
芸能ネタをこのブログに書くのははじめてだが、理由はいちおうある。
むかし瀬戸朝香のファンだったのである。
好きな女優の結婚話を耳にしたときの男性一般の感覚について書いてみたい。
だれも本気で嘆いたりはしないでしょう。ちぇっと思うくらい。
美男美女で、この世の中はよくできていやがる。
「口惜しくないの?」なんて、たとえば女性から聞かれたとする。
既婚者なら配偶者からでもいい。
「そんなことねえよ」なんて口では答えながら、みながみなこう思うはずである。
持って生まれたものがちがうからな。

これがいちばんいい考えかただと思うのだ。持って生まれたものがちがう。
人間はみな持って生まれてくるものがちがう。貧富、美醜、知能、性格――。
へんなことを思い出した。
大学1年生のとき、ゼミで教育関係の発表をしたことがある。
偏差値教育の弊害について、だったか。
当時偽善者だったわたしは三流高校に入ったものの悲哀を強調した。
むかしからキチガイだったので、山田詠美「ぼくは勉強ができない」から引用したり、
まあ、大学教授を不愉快にさせるあらゆる要素をそろえていたものだったと思う。
早稲田の女学生でこんな感想を書いてきたものがいた。
がんばっていないから底辺校に入ったのだ。自業自得なのだから仕方がない。
このような書きかたをするのはよくないが、あまり美しいとはいえない女子だった。
恋愛面のほうでもがんばっていた。
似合わないファッションを好むのを見て、がんばるもんだなと苦笑したのを覚えている。
いまはなにをしているのか。優秀な子だったから一流会社でばりばり働いているのかな。
あるいは、べつの方面でのがんばりが功を奏して、一流の男でも捕まえたか。
まさか、な。あの顔だからそうそううまくはいかないだろう。
なんにせよいまのわたしが彼女に会ったらどんなお説教をされるのか恐怖でぞっとする。

でもさ、持って生まれたものって、やっぱりあるよね。
人間の不幸の9割(ほんとは10割と言いたい)が
持って生まれたものと関係していると思っている。同様に幸福も、である。
持って生まれたものを考えない生きかたは、うまくいっているうちはいいけれども、
そのうちなんとも生きづらくなってくるように思うのですが、どうでしょうか。
人間には解きあかせぬ謎――死でさえも、持って生まれたもので納得がゆく。
(説明がつくとは書いていない。当事者の納得がゆく。おさまりがつくを問題にしている)
持って生まれたものがなくなったら人間は死ぬ。
難病で苦しみながら死んでゆく子ども。いじめで自殺する中高生。
変質者に殺害される妙齢の女性。
なんでこういうことがあるのかとひとは思う。持って生まれたものではないか。
哀しいことだけど、そうなるべきものを人間存在の奥深くに有していた。
飲酒運転でひとをあやめてしまうのもおなじである。殺人も同様である。
「歎異抄」の親鸞ではないが、凡人がひとを殺そうと思ったところでなしうるものではない。
殺人者は、そうなるべきものを、持って生まれてきたのである。
持って生まれたものに思いをめぐらすだけで、だいぶひとは生きるのが楽になると思う。

このへんでぼんやり生きているのがいちばんいいのだが、人間はもう一歩進んでしまう。
では、どうして人間によって持って生まれたものが異なるのか。
なにゆえじぶんはこうしたものを持って生まれたのか。
これはどのようにも説明がつかない。
欧米人は神を持ちだすのだろうが、無神論者の日本人には厳しい。
なら、こう考えてみたらどうだろうか。
前世の行為の結果が現世に影響している。
前世があるかどうか、どのような科学でもっても確かめようがない。
だから前世が存在しないというのはおかしなことで、
というのも前世が存在しないということも科学から確証を得られる問題ではない。
信じるか信じないかの、極めて個人的な問題である。
わたしが信じているからといって、だれもが信じなければならないというものではない。
けれども、信じると、少し楽になるんじゃないかな、と言いたいのである。
貧乏つづきの人間がいる。
「はあ、じぶんは前世では大地主かなんかで、だいぶ無辜(むこ)の民を虐げたのだな」
良縁にめぐまれない男性がいる。
「やれやれ、じぶんは前世では、あんがい強姦魔だったのかもしれない」
大久保清のことを知り図書館で調べてみる。
偶然にもこの犯罪者の死亡した年と、じぶんの誕生年がおなじで、やはりと納得がゆく。
こうして暇つぶしをしながらじぶんをごまかして生きてゆく。
前世などということは、あるのかないのかだれにもわからない。
ならあると思って生きるのも、悪くはないのではないかと思うのである。
それでいささかでも慰められるのであれば、どうして責められることがあろうか。

前世を考えたら来世も考えてしまうもの。これもじつに有効な思考法である。
現世はダメかもしれない。けれども、来世があるではないか。
たとえば作家志望の人間はたくさんいるけれども、成功するのはほんの少数。
バンドで騒いでいる若者も多い。そのうち世に出るのはわずかなものでしょう。
いま話題のネットカフェ難民だって、だれもかれらが金持になるとは思わないよね。
せいぜい良くて人並みの生活くらい。
それは1万人にひとりくらいはベンチャーを起こして成功してほしいけれども。
現世は持って生まれたものに支配される。もうどうしようもないのである。
あまり他人事のように語るのはよくないから、書き手のことも話そう。
わたしはもう人生が終わったものだと思っている。
結婚も金持になることも現世ではかなわないとあきらめている。
なんとかものを書いて、年収150万円でもいいから食べていきたいが、
才能がないから、おそらくそれさえも無理だろう。
いまの願いといえば早死である。どうにかうまく交通事故に巻き込まれないか。
自殺というのは周囲に悪影響をおよぼすから好ましくない。勇気もないしね。
飲酒運転かなにかでと願っている。苦しみたくない。痛くないのがいい。
一瞬で死なせてくれたら、こちらにとっては最高の幸福である。
しかし、これもまた持って生まれたものに左右される。いくら願ってもままならぬ。

来世のことをよく考えている。これほど慰められることはない。
このへんでお叱りを受けるだろう。
がんばりやさんは激怒しているかもしれない。「だから、あなたは」なんて。
だから、なんなのでしょうか(哀しい笑み)?
むろん、がんばりは否定しない。がんばろうと思っている。
けれども、持って生まれたものの範囲内でという限定をお許しください。
人間のがんばりというのは、持って生まれたものを発見するかぎりにおいて有効だと思う。
おのれはなにを持って生まれたのかを知るためのがんばりならわたしも賛成である。
だが、それを超えるがんばりというのは、みずからをさいなむだけではないか。
作家先生や、たたきあげの社長さんが、たまにこんなことを言う。
成功者とよばれる人間の主張である。
「人生というのは帳尻が合うものだ。いいこともあれば、悪いこともある」
これはあらゆる面から見て、間違えていると思う。
まず、かれらの発言はじぶんが成功していることを前提としている。
一生報われない作家志望者や底辺労働者のことをまったく考慮に入れていない。
それから、もうひとつ。かれらはまだ死んでいない。
死ぬまでは人生の帳尻などわかるはずがない。
老後になってから妻子に自殺されてしまうようなことがないとだれが断定できよう。
わたしはこう考えている。
「前世、来世を考えると、人生というのは帳尻が合うのかもしれない」
現世で不幸な人間は、前世の結果だから仕方がない。
けれども、辛い現世を生きた人間は、かならず来世で報われる。
来世ではすばらしいものを持って生まれてくる。
わたしはこう信じている。いや、実際はまったく信じていない。
だが、信じたいと思っている。だから、この記事を書いた。
「アジアの誘惑」(下川裕治/講談社文庫)

→いろいろな旅のスタイルがあっていいのだ。
下川裕治の旅の仕方は、のちに日本人バックパッカーの基本となったもの。
すなわち、とにかくカネを使わないで長期間だらだらする。
欧米人パッカーもこれが多いようである。
資本主義の発達した国で生きていると疲れるわけだ。
意識せずとも早歩きになってしまう。
みんなとおなじ速度で歩くことを、ことに日本の社会は強く要求する。
これは欧米以上ではないか。
日本人の群集の行進を、たとえばアジアのような後進(発展途上)地域から見ると、
なんで全員参加の徒競走をやっているのだ、となる。
そんなに急いでどこへ行くの? である。途中の風景も見られやしないじゃない。
アジアをぶらぶらしていると、そのようなことに気づく。
この国で生まれ育った人間には、アジアのそこかしこが輝いて見える。
だが、そういう魅力はゆっくり歩いていないと発見できない。
これが下川裕治の旅である。
安いドミトリー(集合部屋)に宿泊して食事は屋台で済ます。
カネのかかる観光地には行かないで、町を歩くひとびとを日がなながめる。
下川裕治の旅はもっともぜいたくなものなのであろう。
かれはアジアで無為を発見したのだと言っても大げさではない。
元来働きアリの習性をおそらく日本人は持っている。
我われが無為を知るにはアジアの後進国へ行かねばならない。
(発展途上というのはおかしな言葉だ。なぜ発展する必要があるのかわからない)
わたしはまえから下川裕治のファンだった。
今年のアジア周遊も、ある面、この旅行作家の影響であった。
ところが、実際アジアへ行くと――。
根っからの日本人なのであろう。無為に堪えられない。
猛スピードで観光地をまわってしまうのである。そうでないと気が済まない。
町をながめながらぼんやりなど、とてもこのわたしにはできなかった。
それでも帰国して下川裕治の本を読むと、こういう旅はいいなとあこがれる。
下川裕治は旅の愉楽を知り尽くした旅人である。
「中国いかがですか?」(小田空/創美社)

→旅行というのは3回おいしいのである。
まずは行くまえ。もしかしたらこれがいちばんかもしれない。
まだ見ぬ国を思いどきどきする。
旅行しているあいだが楽しいのはむろんのこと(インドは数少ない例外のひとつ)。
帰国してから、このような本(漫画かな)を読んで、その国について知るのも楽しい。
おなじ国でもひとによって見かたは異なる。
著者の「マイ中国」を読みながら「むふふ」がいつの間にか「ふむふむ」になるのも楽しい。
旅行ほど楽しいものはないというのがいまの考えである。
旅はいつだって劇的なのだから。
劇の構造というのは、たいがい新たな人間が登場することで開幕することになっている。
そして、かれが去ってゆくところで閉幕する。
つまり、旅とは不断に劇を繰り返すことでもあるのだ。
迷っているなら旅立ってしまえ! だれかの背中を押したいと思いながら本文を書いた。
「図説 敦煌」(大橋一章/河出書房新社)

→敦煌の莫高窟(ばっこうくつ)はいちおう見たけれども、
なにひとつ記憶に残っていない。どの仏画・仏像もこころに痕跡を残さなかった。
けれども、ブログに旅行記を書いているので、さすがにこれではまずい。
というわけで、この写真集を買ったしだいである。
旅行記ではウソをつくだろうから、ここでは本音を。
仏画・仏像を見てなにが楽しいのかまるでわからない。
きれいだとも思わないし、こころが洗われるような感動もない。
この写真集で一度見たであろうものを見直したが感想は変わらない。
年齢の問題かな。まだ熟していないのかもしれない。

本書から知りえたことを列記する。
敦煌は国際仏教都市。西方文化のアンテナ都市であった。
中国の仏教受容に時間がかかったのは、この国が高度な文明を持っていたから。
黄河文明である。地理的状況も黄河文明とインダス文明を分け隔てた。
あちらはあちら、こっちはこっち。お互い双方の文化を必要としていなかった。
自国の文明で満足していた。
けれども、日本は仏教を急速に、それも丸ごと受容した。
これは日本の文化水準が中国に比して圧倒的に低かったためである。
そもそも文字すらなかったのだ。
日本の仏教は文字から建築まで中国のものをそのまま輸入した。
一方で中国仏教の建築物はインドのものとまったく異なる。
インド仏教はそうとう妥協して中国へ取り入った。
というのも中国文化は現実的傾向が強い。インド文化は空想的。
莫高窟の壁画には仏教とは縁のない中国思想がおおっぴらに描かれている。
この妥協性こそ仏教の特徴である。なんでも取り入れてしまう。
著者によれば、日本人の定見のなさ、融通無碍の精神構造は仏教思想から醸成された。
もとをたどれば仏教はインドの思想宗教のなかで有力なものではなかった。
ヒンドゥー教、ジャイナ教と比べるとはるかにマイナー(ほんとかな?)。
ところが仏教のみが国外に浸透したのである。
(おい、ヒンドゥー教は仏教にまぎれて日本へ来てるぞ!)
「図解雑学 中国」(渡邉義浩・松金公正/ナツメ社)

→なにか新たな分野を勉強しようと思ったとき、
まず「図解雑学」から入ってしまう恥ずかしい読者です。
目次はこうなっている。

序章「中国の人と自然」
第1章「中国の国家と政治」
第2章「中国の地方とくらし」
第3章「中国の経済」
第4章「中国のビジネス環境」
第5章「中国の歴史」
第6章「中国の文化」
第7章「世界の中の中国、日本」

文学部出身のせいか、中国と聞いて関心を持つのは歴史と文化くらい。
何回学んでもわからない中国史と、やたらものものしい孔子だの老子だの。
けれども、ふうむ、地理、政治、生活、経済、ビジネス、国際関係もあったのか。
ひとつの国を知るというのはたいへんなことだ(優等生的凡庸発言)。
感想を書けと言われても困る。へえ、そうなんだとしか言いようがない。
これから中国を勉強するつもりだが、どうしようもなく文化・歴史に偏ることと思う。
だって、日本の政治経済についてもよく理解していないのに、人様の国のことなんてねえ。
わからないことはわからないと答えるのがいさぎよい態度だと思っている。
「あした来る人」(井上靖/新潮文庫)絶版

→井上靖の小説のテーマは一貫している。
「生と死」「幸福と不幸」である。これは物語の根幹をなすものでもある。
ままならぬ生と死にはさまれた人間は、それでも幸福になりたいと思う。
けれども、ひとりの人間が幸福になるためには
他の人間を不幸にしなければならぬときがある。そのときどうしたらいいか。
この小説における最大の葛藤はヒロインが妻のいる男性を愛してしまうことだ。
ふたりが結ばれたら男性の妻は傷つくであろう。
なにゆえこのような葛藤が生まれるのか。
「持って生まれた」もののためである。
この「持って生まれた」は井上靖の小説で頻出する言葉だ。
先に、人間はままならぬ生と死にはさまれていると書いた。
この始点たる誕生の不自由を井上靖は「持って生まれた」と言っているのである。
結局、ヒロインは妻のいる男性のまえからすがたを消す。
これをもって保守的でいかんなどと批判するのは筋違いである。
井上靖は小説で道徳を説くつもりはなかった。
かの文豪は、定かならぬ生死に翻弄され、それでも幸福をめざす人間を愛した。
それだけなのだと思う。
一般的に物語作家の実人生は波乱万丈と無縁なことが多いように思う。
統計もなにもない。ただわたしの好きな物語作家がそうであるというだけの話だ。
かれらにとって波乱万丈は物語で書くもので、そのただ中を生きるものではない。
おのれが波乱万丈に生きることでどれだけの人間が傷つくのか。
本来的にモラリストである物語作家は、現実の波乱万丈には尻込みするのかもしれない。
「この人生に乾杯!」(山口瞳と三十人/TBSブリタニカ)絶版

→山口瞳追悼特集本――。
作家は二枚目と三枚目がいると思う。実際の顔がどうのこうのと言うのではない。
問題は意識のみである。じぶんを二枚目と思っているか、三枚目と思っているか。
言いたいことはなんとなくわかっていただけるのではないか。
作家には明確な相違があるでしょう。
自己陶酔か自虐かというほど簡単ではないけれども。
たとえば村上春樹の天才は、あの顔でじぶんを二枚目と思えるところにあるわけで。
吉本ばななも、それに近いものがある。
二枚目作家(しつこいが実際の顔のことではない)は、たいがい異性の読者から好まれる。
わたしは柳美里が好きでたまらないけど、ある女性にそれを言ったら、
とんでもないと怒られてしまった。柳美里、大嫌い、早く死ねと(笑)。
わかるわかる。ふつうの女性なら柳美里は嫌いだよね。
よほどじぶんの容貌を勘違いした女性にしか柳美里は好かれないと思う。
で、柳美里嫌いの彼女が好きだというのが保坂和志。
今度はあんなのはダメだ、死んでしまえとわたしが言うことになる。
島田雅彦のように実際に顔が良くてなおかつ二枚目文体は、死ねではなく殺す。
殺してやりたい作家になる(笑)。

長い前ふりだったが、ようやく本題に入ると、山口瞳は偉大なる三枚目作家であった。
三島由紀夫の対極に位置するのがこの作家ではなかったと思っている。
だから、お酒をのみながら山口瞳を読むと気分がやわらぐ。
むろん、じぶんが三枚目だと骨の髄まで(大げさかな)理解しているためである。
生きていくうえで山口瞳のようなスタンスは悪くないと思う。
色恋にうつつを抜かす連中を、よくやりますなと酒でもすすりながら傍観する。
人生、それだけではありませんよ。むしろ、楽しいですか。
下半身がなかったら、たいていの若い女性など話してもつまらないだけではありませんか。
こんな具合で、山口瞳をいささか神聖視していたのかもしれない。
まあ、こちらもいい年だからもうある作家に情熱的に入れあげることはないが、
それでもそれなりの思い入れはあった。
ところが、である。本書で山口瞳夫人が爆弾を投入している。
青年・山口瞳からもらったラブレターを、おかしな自作の短歌とともに公開しているのだ。
作家志望者は間違ってもじぶんと似た異性と結婚してはならない。
たとえ世に出ても、山口瞳のように死後なにをされるか知れたものではない。
(余談だが、先ごろ中島らもの奥さんも壮絶な暴露をしている。立読みして大笑いした。
中島らもは二枚目のくせに三枚目ぶろうとした嫌なやつというのがわたしの評価)

山口瞳のラブレターに話を戻す。
昭和20年代前半という時代と、20台前半という山口瞳の年齢を考慮に入れても、
これは公開してはいけないものだったと思う。
枯淡を気取っているようなところもあった山口瞳も青年時代はこうだったのかと驚く。
純粋な文学青年で、なおかつ文壇デビューを真剣に考えている野心家でもある。
歯の浮くような修辞が続く恋文は笑いを禁じえない。
おなじ手紙を現代の女性に送ったら、ストーカーと間違われ、警察に相談される可能性も。
世に出たあとの山口瞳からは信じられないような、脅威の二枚目文体なのである。
引用を待っているかたも多いと思うが、ここはお許し願いたい。
ひとが真剣に書いたものを笑いたくない、などという偽善的な理由からではない。
もっと功利的な問題である。この恋文集は教科書として使えると思ったからだ。
三枚目の山口瞳が、これだけ「キモい」ラブレターを書いた。
ここまでやっていいのかという安全弁である。
この先、ラブレター(メール)を書くことがあったら本書を大いに参考にするつもりだ。
したがって、手の内をここにあかすわけにはいかぬというわけである(むふふ)。
「深夜にようこそ」(山田太一/大和書房)絶版

→テレビドラマシナリオ。昭和61年放送作品。
山田太一のシナリオを読みながら毎回思う。どうしたらこのようなものを書けるのか。
このドラマの舞台は深夜営業をしているコンビニ。
いままで大学生がひとりでバイトをしていたのだが、そこに正体不明の中年男性が加わる。
ひとりがふたりになる。ドラマのスタートである。
コンビニといえば、わたしも3年近く夜勤のバイトをしたことがある。
山田太一の比較にならぬほど経験も知識もあるのである。
おそらくこのシナリオライターは数回取材をしただけだと思う。
なのに、わたしにはとても「深夜にようこそ」のような名作は書けない。
なんでだろう。どうしてだろうか。山田太一はどのように創作しているのか。
これは才能の問題で、いくらあたまを悩ませても天与のものがないとダメなのか。
このドラマのなかでいろいろな事件が生じる。
こんなことはあるわけないのである。3年バイトをやったものが断言する。
深夜にコンビニに集まってきた人間が、口を聞き合い、それぞれの孤独をまぎらす。
こんなことは現実には決してない。なかったのである。

コンビニのドアがあく。
ヘルメットをかぶった中年の工事をしている男3人ほどが入って来る。
東北なまりである。3人はパンを取るとレジに並ぶ。

男1「あーあ、味気ねえな(急に心の底からいう)」
男2「いうなて(と苦笑)」
男1「味気ねえて(ふるえるようにいう)」
男2「いうなて(急にカッとなり)いうてみてもなんもなんめえ。
そればっかりいうて。味気ねえ味気ねえ味気ねえ、
そればっかりいうて(とつきとばすようにする)」
男3「(それを止め)やめれ、やめれッ(とボソボソと押さえる)」
男1「(胸を突かれたせいか咳をしている)」(P200)


とんでもなく芝居がかった労働者ではあるが、この程度ならあるかもしれない。
ところで、この味気ないという言葉。うまいなと思う。たしかに味気ねえよな?
新婚ホヤホヤでもないかぎり、だれだって味気ねえだろ。
味気ねえったらありゃしない。毎日毎日、味気ねえ味気ねえ味気ねえ――。
最終話で謎の中年バイト・村田耕三が「パーティをしよう」という。
バイト学生の矢崎省一が聞き返す。

省一「(耕三のほうへ行き)なんですか? パーティって」
耕三「嫌いか?」
省一「嫌いかって、仕事中に、なにいってるんですか。
(監視)ビデオだって、今日は回ってるし、それはどうにかなるにしても、
椅子なんか持ちこんで、なんかやるのは、実際問題として仕事にさしつかえるし、
お客さんにも悪いし、大体こんなことしてるヒマないじゃないですか」
耕三「俺はね(と歩き出す)」
省一「はい(と続く)」
耕三「夜中に起きてるこういう店見ると、よく思ったんだ。
こういう店が、灯りをつけてるだけでも、随分ほっとする人がいるだろうなって」
省一「ええ」
耕三「真夜中じゃのみ屋も閉まっている。街は全部戸を閉めている。
ただもう誰もいないアパートへ帰るっかない。
そんな時、こういう店が、ぽっと一軒、店をひらいている。
ちょっと入ってみる。雑誌をめくってみる」
立読みの二人、つい耕三の方を見る。
耕三「(その二人に)どうぞ、ごゆっくり(と微笑し)
歯ブラシ一本、電球一個買ってみる。
すぐに必要なものじゃあないが、それで少し気持が救われる」
省一「ええ」
耕三「しかし、それは一時のごまかしだ。
アパートへ帰って、電気をつける頃には孤独がやって来る。
この店へ寄ったことなんか、なんにもならなかったことに気がつく」
省一「ええ――」
耕三「でも、こういう店で、口がきけたら、どうかな。
椅子に掛けて、しゃべったり出来たら、どうかな?
ただ自動ドアがあいて、入って来て、レジで。百七十二円いただきます。
二十八円のお返しです。ありがとうございました、といわれて、
それだけで道へ出なくちゃならない店ではなく、
こんな椅子に(と幸男の持って来た椅子の一つを開いて置きながら)かけて、
コーヒーかなにかをのんで、夜中にちょっと話が出来たら、どうかな?
店員は聞き手になる。“今日は疲れた”“そうですか”
“眠れそうもないな”“じゃあ、棚の整理手伝ってくれますか?”」
省一「そりゃあ、そう出来たらいいけど、今だって相当忙しいんだし、
そんな余裕はこの人数じゃ無理だし、そんなことしたら、
すごく図々しいおしゃべりなんかが来て、居座ってどうしようもなくなったり、
しゃべらない人は結局しゃべらないで出て行っちゃって――
思ったようにはいかないと思いますね。採算も取れないでしょう」
耕三「――」
省一「しらけたこといっちゃったようだけど」
耕三「多分君の言う通りだ」
省一「そりゃあ分らないけど」
耕三「ただ、夜中、こういう店を見ると、ここだけがコウコウと明るくて、
中はすっごくあったかいような、そんな気がしたんだよな」
省一「ええ」
耕三「入れば、そんなことはない。ただ、買って出て来るだけ」
省一「ええ」
耕三「店員になってみれば、それも無理ない」
省一「ええ」
耕三「しかし、一回くらい無理をしたくなったんだ。
こんな夜中、起きてる人に寄ってもらって」(P226)


一夜かぎりのパーティは店長に見つかり解散させられる。
現実なんてこんなもんだ。下手な夢など見ないほうがいい。
いな、である。いったんは離散したものがふたたびコンビニに集う。
めいめいの孤独を抱きながら、またあるものはコーヒーポットをもって。
一同、コーヒーを片手に――。

「今夜はせめて――」
「乾杯したいじゃない」
(……)
「乾杯だ」「乾杯」「ビデオに乾杯」「乾杯」「乾杯」「乾杯」(P240)


これを甘いだの夢物語だのと批判するむきがあるのはわかる。
人間はもっと強く生きるべきだとか、
じぶんがしっかりしなきゃなんていうお叱りも理解している。
だけどね、現実に打ちひしがれている人間は、いいなと思うわけ。わんわん泣くわけさ。
こんなことってないよな。けど、あってほしいよな。ないかな。ないよね。
引用ばかりするのは読み手の負担になるからこのへんでやめる。
しかし、ほかにもすばらしいシーンがたくさんある。
苦学生の矢崎省一が高校時代の同級生に告白をするも、あっさり振られる。
地元の札付きのワルが彼女を深夜に呼び出そうとしている。ドライブの誘いだ。
いとしの彼女を守るべく勇気を出して立ち向かった省一だが、
彼女はその不良と恋人関係であった。とんだ三枚目の役回りである。
省一はこの不良から高校時代、バイトで稼いだカネを何度もかつあげされた。
彼女はこともあろうか、省一の眼前で、そんなワルのことを好きだというのである。
強い男が好きというのである(以上196ページ)。
いぜんドラマ「上野駅周辺」でも、このパターンの失恋はあった。
山田太一、ほんとにこういうのが好きだよな。いや、わたしも好きなのだが(苦笑)。
おなじ矢崎省一がモデル級の美女(名取裕子!)の自宅を訪問するシーンもたまらない。
名取裕子から恫喝される苦学生。
おまえのようなおっぱいくさいガキが口説けるほどあたしは堕ちていない!(206ページ)
ここは全文引用したかったけれども5ページにもわたるから断念。

最近、困っていることがある。
こうして山田太一ドラマのせりふを引用しているためだろう。
現実でも使いたくなってしまうのである。
使いたいならまだいいのだが、恥ずかしながら、真似をしたしゃべりかたになっている。
フィクションと現実を混同しているわけだ。
現実の人間は山田ドラマのような芝居がかったくさいせりふは口にしないもの。
なのに、それをやってしまうわたし……。
お酒なんかのんでいると、ああ、やっていると気づくが、気持よくてとめられない。
いやがられているんだろうな。ごめんなさい。なおします。なおしたいです。
言うまでもないが、山田太一さんは、自作ドラマの登場人物のような話しかたはしない。
いい年なんだから、理想と現実の区別をつけなければならないと深く反省する。
「友だち」(山田太一/大和書房)絶版

→テレビドラマシナリオ。昭和62年放送作品。
ふざけるなと思っている。毎日毎日、怒っている。
そのうちあきらめられるかと思ったときもあったがあきらめきれずにやはり怒っている。
なんで現実はこんなにつまらないんだ。ふざけるな。ひどすぎはしないか。
劇的なことなんて、なんにもありはしない。
願いはすべて打ち砕かれ、そうなると生きていけないから、
また願望をもつが、それも甲斐なく現実から容赦なくたたきつぶされる。
これで最後だともう祈るような思いで持っていた夢想も現実はぶち壊してしまう。
現実はほんとうにつまらない。なんにもないんだ。ありきたりなことしか起こらない。
こんなもんだとじぶんを慰める。
それでも、こんなものかという憤懣や悲嘆を完全に抑えることはできない。
こんなものか。こんなものかよ。いや、こんなもんだ。どうせこんなものだよ。
なにかありはしないか。なにかあるはずだろう。なにか、なにか……。

このドラマの第1話で、フィクションのありかたが問われている。
といっても、山田太一ドラマである。こむずかしい理屈は出てこない。
団地のアパートである。残業で9時すぎに帰宅した壮司が食事をしている。
妻は台所で残りものの惣菜を冷凍するためにラップををしている。
テレビがドラマをやっていて、それを見ているのが壮司の母と高校生の息子である。

壮司「(そのテレビドラマをつい見ていて)ああ、ひどいねえ」
母「なにが?」
壮司「ドラマ、ドラマ」
母「また、はじまった」
息子「(全く関係なく見ている)」
壮司「大体、そんな偶然があるわけないだろう。東京は百メートル四方かよ?
どうして逢っちゃうんだよ? あの女と」
母「そこがドラマだろう」
壮司「バッカバカしくて、見てられないね、まったく」
母「ああ、うるさい(とテレビを腹立たしく止め)お前が帰って来ると、
必ず人の見ているテレビけちつけるんだから(と自分の部屋の方へ)」
息子「(自分の部屋へ、モサリと)」
壮司「だって名古屋から東京へ行くってとび出した女をだよ」
母「それだって、人が楽しんでるなら、
黙っててくれればいいでしょう(と襖閉めてしまう)」
壮司「どうして逢えちゃうんだよ。あの女、新幹線で東京へ向かったんだよ。
それを、次の列車かなんかで追いかけて、
どうして新宿歩いてるところを見つけられるんだよ」
母「(あけ)愛し合ってる時ってね、そういうことがあるのよ。
なんにも知らないくせに(とまた閉める)」
壮司「へえ、お母ちゃんは知ってるわけ? そういう思い出あるわけ?」
妻「(小声で制し)終り。もう」
壮司「お父ちゃんとは見合いじゃないか。
いいことはなんにもなかったっていってたくせに」
母「(またあけ)だからドラマでいい気持になりたいんだろ。
あの二人が逢わなかったら、どうなのよ?
いくら本当らしくたって、つまんないだけじゃない(とドアを閉める)」(P9)


ドラマのテーマはタイトルのとおり「友だち」である。既婚者の友情。
既婚者が配偶者以外の異性の友人を持つことの是非。
むろん、ドラマは正しい結論など提示しない。
対立をそのまま解決なしに受け手へさしだすことのできるのがドラマという表現形式だ。
壮司の妻、麻子はいう。

麻子「(切実に)私、友だちが欲しかったの。
そりゃ、団地の奥さんたちとのつき合いはあるけど、そういうんじゃなく、
他の世界が欲しかったの。
女房でも、母親でも、嫁でもないつき合いが欲しかったの。
自分になれる友だちが欲しかったの。板倉さんは、そういう人だったの」(P103)

麻子「でも、絶対にそういう風(男女関係)にはならないの。
意地でもならないの。そして、ずっと友だちでいるの。
壮司「子供みたいなこというなよ」
麻子「そうかなあ。子供なら我慢できないことも、
中年なら出来るってとこあると思うし、そうやって友だちが出来ていったら、
いまより少し、淋しくないんじゃないかなって思ったの」
壮司「淋しいとかなんとか、そういうこというなよ。決まり文句いうなよ」
麻子「でも、そうなんだもの。誰かとしゃべりたいもの」(P104)


淋しい。孤独である。だれかに会いたい。話したい。話しかける。
山田太一ドラマは、このように始まることが多い。
このシナリオ作家はどれだけの孤独を内側で味わっているのだろうか。
おそらく凡人のわたしなどには想像もできないほどの孤独を抱えていると思われる。
このような感想文であとがきから著者の自作解説を引用するのは反則なのだが、
あえてやりたいと思う。

「中年期の男女の友情のようなものを書きたかったのである。
配偶者が出来てしまうと、なかなか異性とのつき合いはむずかしい。
だからといってつき合わなければ、
配偶者以外に異性はいないということになってしまう。
「お前しかない」「あなただけだわ」という夫婦物語は美しくないこともないが、
誰もがそううまく幸福感を獲得出来るものではない。
すると、忽ち浮気とか不倫とかいうことになってしまう。
そうではない異性とのつき合いというのは、あり得ないことなのだろうか?
「あり得ません」と壮司を演じて下さった井川比佐志さんが、
少し酔っぱらっていった。
「それは山田さんの夢でね、そんなことはあり得ない。
しかし、いかにもありそうに見せてしまうのが、俳優の役割だと思ってます」
そうかなあ。やっぱりそうかねえ? と私は溜息をついた。
しかし、隣にいた河原崎長一郎さんも、うつみ宮土里さんも
「あり得ますよ。絶対あると思うなあ」などとはいってくれなかった。黙っていた。
でもね。なんて、どんどん話体になってしまいますが、
知り合って気が合って仲良くなると、もう寝るしかないっていうのも
あんまり通俗的じゃあないですか。
「そう」と内海桂子さんがいって下さる。
「寝ちゃえばお互い獣だものね。寝たいのに寝ないってのはいいものよ」
我慢して寝ない。男と女のモヤモヤしたものはたっぷり持ちながら、友人でいる。
「そんなのつまんなーい」という人がいたりして、
私の周辺では異性の友情物語は旗色が悪いのですが、
若い時ならそれも当然ですが、中年になってなら、
一人くらいそういう関係の異性がいるっていうのもいいと思うのですが、
どんなものでしょうか?」(P248)


ながながと引用してしまったが、
山田太一自身にそのような異性の友人がいたのかはどこにも書かれていない。
いないような素振りをあとがきではしているが、あんがい、いたのかもしれない。
いたけれども壊れてしまったのかもしれない。ほんとうにいなかったのかもしれない。
このあと異性の友人ができたのかもしれない。できなかったのかもしれない。
事実関係はまったくわからないが、ひとつだけ確かなことがある。
山田太一が、異性の友人がいたらいいな、と現実を見ながら思ったことである。
現実を見ながら、なお理想を持っていたことである。
「人間・この劇的なるもの」(福田恆存/中公文庫)絶版*再読

→人間とは、劇的なるものだと福田恆存はいう。
なら劇とはなにか。劇のギリシア語は「ドラーン」。行なわれたことの意味。
すなわち、劇とは、行動するということである。
小説の人間は行動しなくてもいっこうに構わない。
むしろ、行動しない人間の小説が芸術的ともてはやされるのかもしれない。
たとえば、プルーストの「失われた時を求めて」のように。
だが、舞台のうえで「意識の流れ」は見せられぬ。
人間が舞台の袖から現われる。中央の椅子に座しテーブルに置かれた紅茶を手に取る。
かれは動かない。いつまでもそうしている。小説ならこれでもよろしい。
けれども、劇はそうはいかない。舞台のうえの人間は行動しなければならない。
ひとは生きる。人間は行動しなければならない。あたかも舞台上の役者のように。
人間を、正確には人間の生きかたを、福田が劇的というゆえんである。

生きるとは、行動するとは、具体的にはなにを意味するのか。
選択することである。ふたつの選択肢からどちらかひとつを選び取り実行する。
これが生きるということだ。
すべての劇は、ふたつからひとつを選択する人間を描いている。
(したがってベケットやイヨネスコの一部の前衛作品は劇ではない。
巧拙はわからぬが見世物といったほうが正しいのではないか)
みなさまは結婚しているのか。仕事はなにか。無職でもおなじことである。
なんらかの選択の結果としとして、いまのあなたがいるわけである。
どこかでふたつにひとつの選択をしている。
現在のあなたが成功者か失敗者かわたしは知らない。
けれども、きっと思い当たる瞬間がある。あのときああしていたからと。
ふたつにひとつのどちらかを選んでしまったから、あなたはいまのあなたなのである。
成功者はおのが選択が正しかったから、いまの成功があるのだと確信している。
いっぽうで失敗者はどこか腑に落ちないところがある。なにかちがうのではないか。
失敗するよう定められていたのではないかという感覚である。
あのとき、どうしてもあちらを選択せざるをえなかった。

行動するということを突き詰めて考えてみよう。
人間は行動する前段階で、あらゆる情報を入手しようと試みる。
たとえば結婚は人生における大きな決断のひとつである。
A子、B子ふたりの候補がいたとする。
いや、結婚候補は何人いてもいいのである。だが、最終的に絞られる。
A子か、B子か。ふたつにひとつである。
かれはできうるかぎりの情報を得ようとするだろう。
両家の親族におかしなものはいないか。財産状況はどうなっているか。
既婚者の話も聞くであろう。
美人は3日で飽きるなどと言われてむかっ腹を立てるかもしれぬ。
役に立つ書籍はないか。かれは何十冊でも本を読むことができる。
絶対だと請けあうが、どの本を読んでも正しい答えは書いていない。
何万冊でもお読みあれだ。
どれだけ書物を読んでもどちらを選択すればいいかの答えは書いていない。
行動を起こさなくてはわからないことがあるのである。
すなわち、人間は無知を宿命づけられている。決して全知には迫りえぬ。
どれだけ知識を集めようがA子、B子どちらと結婚したほうがいいのかはわからない。
さらに、である。ひとたびA子と結婚してしまったら取り返しがつかない。
まさかA子を離縁してB子と再婚するというわけにもいくまい。
いちど振られたB子がなかなか首をたてに振らないであろう。
離婚となったら財産分与もある。
そして、ここが重要なのだがA子と結婚してしまったら、
もしB子と結婚していたらどうなったかということは永遠にわからないのである。

ひとは生きる。行動する。ふたつからひとつを選択する。
ふたつのうちどちらが正しかったのかは行動するまでわからない。
ひとたび行動したら取り返しがつかない。
これが人間の生きかたであり、また劇とは常にこのようなものである。
劇的な小説は通俗的などと揶揄されることも多いと聞くが、
行動する人間を描こうとすると劇的にならざるをえない。
遠藤周作の「沈黙」は、乱暴な要約をすれば踏み絵を踏むか踏まぬかの話だ。
おなじような言いかたをするなら、井上靖の「敦煌」は、生きるか死ぬかの話である。
戦闘において選択の誤りは死に直結する。
同様にドストエフスキーもトルストイも劇的である。
なるほどロシア文豪の長編小説の登場人物は、ながながと哲学的な逡巡をしている。
だが、間違えてはならないのは哲学そのものではないということだ。
なぜなら小説のなかのロシア人は行動しているではないか。
あきれるほど長時間の思索の結果として、かれらは行動している。
行動してみなければわからぬことがある。行動の結果、新たな情報が得られる。
その知識をもとにロシア人はさらなる思想をする。最善の行動をせんがためである。
この反復の挙句、あのような長大な小説が完成するわけである。

いままで人間について見てきた。こんどは劇に目を移してみよう。
舞台のうえの役者も、我われとおなじように行動する
だが、大きなちがいがある。かれらは知っているのである。
戯曲を読んでいる。台本を覚えているではないか。
ふたつにひとつ。この選択をすればどうなるかを役者は知っているのである。
けれども、役者は無知を演じなければならぬ。
かれはいかにもなにも知らぬ人間のように悩み苦しみながら決断する。
挙句、芝居が悲劇ならかれは最後には死にいたることが定められている。
ならば、この役者の楽しみはどこにあるのか。
はなから死ぬとわかっているのである。くわえて好きなことひとつ言えやしない。
最初から最後まで言うべきせりふは決められているのである。
役者にはひとつとして自由がないではないか。かれはなぜ役者を廃業しないのか。
辞めるわけがない。なぜなら役を生きることに楽しみがあるのである。
すなわち、味わうということだ。人間の喜怒哀楽を最大限に味わう。
たとえ自由なせりふひとつなかろうと、ここに役者の生きがいがある。

シェイクスピア劇を見ると、なんたる惨状だ。
ハムレット、オセロー、マクベス、リア、みなみな犬死ではないか。
4人とも状況を見誤ったのである。
むろん、かれらとて、いざ行動するにあたって細心の注意を払っているのである。
けれども、まるで坂道でも転げ落ちるように4人とも死へ直進する。
かれらは偶然にまかせて自由に行動したにもかわらず、これらの悲劇は、
これ以外にはなりえなかったと断言できるほどに必然の美にあふれている。
シェイクスピア悲劇を見て、わたしが打たれるのは、そのどうしようもなさである。
かれらは死ぬしかなかったという宿命の感覚にわたしは身震いする。
ままならぬものだと思う。現実はままならぬ。
人間は行動する。ふたつにひとつだ。成功と失敗にわかれる。
成功がいかほどのものか。失敗がどれだけのものか。
過剰に喜ぶのも、過分に悲しむのも、おのが無知を知らぬがためではあるまいか。

覚えておかなければならない。現実はままならぬ。
3浪したところで、東大へ入れない学生はいる。
どれだけ残業をした結果の新企画でも取引先の気分ひとつでおじゃんだ。
生涯もてない人間もいる。死ぬまで貧乏しどおしの人生もある。
何度でも繰り返すが、ままならぬということだ。
思い行動するまでは人間の意思範囲内にある。だが、結果はどうにもままならぬ。
本書で福田恆存は現実家たれという。現実を見誤るなということだ。
人間が現実をなんとかできるなどと軽々しく思ってはいけない。
無知たる人間に可能なことなどたかが知れたものである。
けれども、現実家であって、なお理想家たるのがなぜ悪いと福田はつづける。
理想をもてばいい。現実がいつか理想のようになると期待するのではない。
その理想が、現実とは地続きではないからこそ価値があるのではないか。
信用に足るのではあるまいか。
決して届かぬ理想をもちながら、ままならぬ現実を生き抜いてみたらどうだろうか。
たとえばハムレットのようにである。

福田恆存の言説がいまなお輝いているのは死を見据えているからである。
言い換えると、人間の無知を知っているからだ。
ちっぽけな人間を超える大きなものへの信頼を説いているからである。
福田恆存と比較したら、どの論客も色褪せる。なにほどのものかと思う。
社会学者だか精神科医だか知らぬが、かれらはなにを知ったつもりになっているのか。
知識など、どれだけ詰め込んだところでなんの役に立つものか。
情報など、いくら集めたってなにも解決はしない。
偉大なる全知――死のまえで人間は立ちすくむほかないではないか。
人間がいくら知を集積したところでこの全知にたどりつけはせぬ。
わかりやすく言おう。人間の無知とは、おのが死期を知らぬことである。
人間は、じぶんが、いつ死ぬかさえわからない存在なのである。
無数の交通事故死者のだれがこの死を予期していたというのか。
我われはおのが無知をよくよく知らなければならない。
かといって、悲観的になることはない。
役者にとっての戯曲にあたるようなものが、おのおの人間に用意されているではないか。
いな、その存在の有無は人間を超えている。知りようがない。
だが、どうして知りえないからといって、その存在を信じてはいけないということになろう。
知りえないからこそ、信用に足るとは思えはしないか。
人間を超える不可知なもの――死の存在を見据えることで、
つまり芝居の終幕を意識することで、
場面場面を、一幕一幕を、すなわち日々の生活を味わい尽くしてはどうだろうか。
人間はこのようにしか劇を生きられぬのではないか。
死は、宗教の領域の問題である。一個人にはとうてい扱えぬ巨大なものだ。
そこいらの論客が手を出せるような代物ではない。
なにゆえ福田恆存が個人の領域にとどまりながら、
なお死を語りえたかの秘密は劇にある。
最後に福田の言葉を借りれば、
「劇はつねに宗教的な秘儀のうちに、その起源をおいている」(P108)からである。
劇を、そして劇を生きる人間を愛してやまなかった劇人・福田恆存ならではである。
「外交談判法」(カリエール/坂野正高訳/岩波文庫)品切れ

→カリエール(1645-1717)はルイ14世の時代に活躍した外交官。
本書は外交官のためのマニュアル本である。ハウツー本。
この時代は、あまり各国間で外交が重んじられていなかった。
外交官が知識も技術も必要な専門職だという認識がなかったのである。
したがってこれほど重要な任務がコネで決められることも少なくなかった。
自国内の役職ならコネやワイロで決定されるのも悪くないだろう。
だが、この外交官だけは優秀な人間に任せなければならない。
いまはなにかあるとすぐ戦争に頼っている。
これからは外交こそ重要視されなければならない。
本書の出発点である。

では、外交官(本書では交渉家という訳語を用いている)の仕事とはいかなるものか。
交渉家とは、自国の主君の命を受けて他国へ赴任したものである。
かれのやることはふたつ。
ひとつは、自国と任国の橋渡しである。両国間の円滑な交流の維持に寄与する。
もうひとつは、任国の方針を見破ることである。相手の政略を嗅ぎつける。
そのうえで、知りえた情報をすみやかに主君へ報告しなければならない。
本書を読みながら、交渉(外交)のキーワードは秘密であると思う。
交渉とは要するに――。
いかに自国の秘密を悟られないように任国と友好的な関係を保つか。
どのようにして任国の主君、延臣に取り入って相手側の秘密を看破するか。

言わずもがなではあるが、この本にはルイ14世時代のフランスのみならず、
現代日本のサラリーマン生活にも十分役に立つことが書かれている。
もっともビジネス書のような読みやすい文体ではないので、
インテリを気取りたいかた以外に特別わたしはおすすめしないけれども。
サラリーマンが昼休みにカリエールの「外交談判法」を読んでいたら、
周囲はどんな反応をするのか。
部下から尊敬のまなざしで見られるか。
あるいは、上司からうとまれる。
サラリーマンは麻雀とゴルフを知っていればそれでいい。
そもそもだれもカリエールなんて知らないだろうから、おかしな奴と敬遠されるくらいか。
しかし、基本的にサラリーマンの企業向け営業などは、
カリエールとおなじ職務といってよい。
社長(君主)の命を受けたサラリーマン(交渉家)は他社(他国)とやり取りをする。
なんのためにか。

「人と人との間の友情とは、各人が自分の利益を追求する取引にほかならない、
と昔のある哲人が言ったが、
主権者相互の間に結ばれる関係や条約については、なおさら同じことが言える。
相互的な利益に基礎をおいていない関係や条約は、存在しない」(P58)


むろん、利益追求のためである。では、どのようにして交渉するか。
これはルイ14世時代のフランスも、日本もおなじのようである。

「人々の間のしこりをときほぐし、会食仲間の間に親しみを湧かせ、
胸襟を開かせるところに、おいしいごちそうの面目がある。
そして、あたたかい酒は、しばしば、たいせつな秘密を洩らさせる」(P66)


日本ではこれを接待というのではなかったか。
しかし、西欧と日本では異なるところがある。白人と黄色人種はちがう。
唯一神の存在の有無だ。
以下の引用におけるカッコ( )内の記述は、わかりやすくするためのわたしの補記である。

「忠良な臣下(会社員)や忠実な使臣(サラリーマン)ならば、
おのれの君主(社長)や祖国(会社)に対して、
大抵どんな奉仕でもしなければなるまい。
だがしかし、服従には限界がある。
命令されても、神と正義との法に反する行為はしてはならない。
神と正義の法は、君主の生命に危害を加えること(他社の社長の退陣)、
彼の臣下(他社の社員)を叛(そむ)かせること、
彼の領国(ライバル会社)を奪うこと、
ないしは、彼の領国に友好国の使臣(出張社員)として受け入れられているのに
内乱を煽動することを許さない。
大使(サラリーマン)は、かような企みごとをやめるよう進言すべきである。
もし彼の君主(上司)ないしは政府(会社)がなおも方針を変えないときには、
大使は自分の召還(配置換え)を要求しても差し支えないし、
また、要求すべきである。
ただし、おのれの主権者(上司)のこの秘密は、よそへ洩らしてはならない」(P73)


日本のサラリーマンは、上司からたとえばこう命令されたら断わりようがないのである。
あのちっぽけな町工場をわが社の傘下に入れてしまおう。簡単だ。
まず大量の発注をすればいい。向こうは借金をしてでも設備投資をするだろう。
頃合を見はからっていきなり発注をぜんぶストップするんだ。
世の中なんて、きみ、弱肉強食だよ。
日本の会社員で、この上司からの命令を断われるものはいないのではないか。
もちろん、わたしがその立場でも拒否することはできないと思う。第一、出世に響く。
なにより断わる理由が見つからない。神も正義も、残念ながら持ち合わせていない。
陰謀が成功したとする。だが町工場の社長が自殺してしまった――。
けれども、日本人には神も正義もなければ、罪もまたないのである。
わたしは愛国者だから日本人を批判しているわけではない。
このマイナスがべつのところでは長所として現われるのだが、
ここではそれを書いていないだけである。
本書から西欧と日本、彼我の相違を感じたと記したのみである。

「外交談判法」の後半は、言ってしまえば対人マニュアル。
国と国の関係も、まずは人と人からということなのだろう。
ここに記述されている「人と付き合う方法」はどれも、
自己啓発の古典的ベストセラーとして知られるカーネギー「人を動かす」と共通する。
当たり前だが岩波文庫のおかしな訳文で読むよりはベストセラーのほうが実効的。
どのように対照しているか逐次指摘したい。
最初に「人を動かす」目次の見出しから。
次のカッコ内に「外交談判法」でおなじ内容が書かれているページを記した。

「人の立場に身を置く」(P95)
「重要感を持たせる(わざと負ける)」(P98)
「聞き手にまわる」(P103)
「誤りを指摘しない」(P106)
「誠実な関心を寄せる」「心からほめる」(P112)


この本をプレゼントしてくれたひとのことを思う。悪いことをしたなと反省する。
カーネギー「人を動かす」は百回以上も読んでいるのである。
けれども、これを宿業というのでしょうか。自我が強すぎる。自分勝手。エゴイスト。
対人マニュアルと正反対のことばかりしていたなと赤面する。
それでも相手は忍耐強く、そう、あたかも「外交談判法」に書かれている通りに、
こんなわたしと接してくれた。それに対して、この愚人はなんと言ったか。
「なんだか、あれですね。対人関係のマニュアル本。
ああいうのに書かれていることに忠実というのか」
「そんなことを言われても」
初対面の彼女を絶句させたわたしは疑いもなく最低の人間である。
しかし、おもしろい本をプレゼントしてくれたものだと思う。感謝したい。
このたび「外交談判法」を熟読しました。
じかい会うときはいくらかましになっているかもしれません。
やられてしまいましたね、と思う。さて、どうしましょうか。
まったく違うところに降ろされてしまったようである。
車道に出る。車の往来さえまばらである。とりあえず歩いてみる。
検問所らしきものが現われる。ここから先は徒歩では行けないようである。
立ちどまる。わたしは待っていた。

張掖バスターミナルでいつものようにメモを片手に物乞いをしたのである。
金品を乞うのではない。求めているのは情報である。
メモには「黒水国漢墓群/黒水国城堡遺址」と書いておいた。ここに行きたい。
どなたか哀れな日本人に行きかたを教えてくだせえ、という物乞いである。
実に食いつきが悪かった。だれも黒水国なんたらを知らないのである。
無理もないのかもしれない。
かつて黒水国というものがあったらしいのだが、史書にはいっさい記載されていない。
砂漠の片隅にその黒水国とやらのお墓とお城の跡がありますよ、というのである。
少なくともガイドブックにはそう書いてあったから、そういうことなのだろう。
どうしても行きたいというわけではないが、なにかロマンを感じはしないか。
かつてその城はあった。しかし存在を示す記録はどこにも残っていない。
ところがたしかに跡はあるのである。
茫漠たる砂漠の跡地で、かつてここにいた人間を想う。人間の喜びと悲しみを想う。

ようやく「黒水国」を知っているひとがいた。かれに連れられあるバスへ乗せられる。
バスの車掌はおばさんであった。乗車して15分くらいか。ここだから降りろと言われた。
草原であった。道を進んでいくうちに明らかにここではないと思った。
ひとを発見したので「黒水国」と書いたメモを見せると違うという。
わたしは車道に戻った。
心細いものである。ここがどこだかわからないというのがいちばんの問題である。
ここまでバスで来たのだから、もう一度バスが来ると信じたい。
しかし、いまのわたしはどこへ行きたいのか。それでも「黒水国」跡地へ行きたいのか。
もう張掖市街地へ戻ったほうがいいのか。道には歩いている人間はいない。
たまに車が通るだけである。むろん、わたしを見てとまってくれる車などいるわけがない。
時間はたっぷりあるので考えてみる。なにをわたしは見たいのか。
見えないものを見たいと思った。目に見えるものなど、どうでもいいではないか。
わたしは見えないものを見たい。なら、やはり黒水国を目指すしかない。
バスらしきワゴン車が視野に入ったので、両手をあげて大声をだす。停まれ。
バスであった。なかに入り込む。メモを見せ、ここに行きたいと言った。
チケットは、ほら、ここにある。まえのバスに違う場所で降ろされたんだ。
筆談で説明するしかない。運賃を請求されなかったから、ともかく通じたようである。

15分後、ふたたび降ろされる。
黒水国城堡遺址はそこから歩いて15分ほどのところにあったことはあったのである。
しかし、これは、と思う。
砂漠の片隅に打ち捨てられた遺跡などというとロマンを感じさせるが、
これはただ荒れ果てているだけではないか。
観光客どころか、人っ子ひとりいないのである。
いちおう料金所はあったが朽ち果てている。むろん係員もいない。
ガイドブックによると入場料が定められているらしいが、
支払う相手がそもそもいないのである。とりあえずなかに入ってみる。
歩きながら、どんな顔をしたらいいのか迷う。
いわゆる作家先生ならもっともらしい深刻な顔をして遠くを見つめるのであろう。
けれども、それはカメラマンという観客がいてはじめて成立する演技である。
どんな文豪だって、ここまでなにもないところにひとりで来たら面食らうはずだ。
むかしを想像するといっても瓦礫のようなものしかよすがはないのだから。
ビールをのみたいと思う。酒を入れたら、ちっとは感興も生まれるかもしれない。
しかし、売店どころか、人間からしていないのだ。
あひゃひゃ。下品な笑いをもらす。

帰途はうまく白タクに拾われた。
すでに5人乗っており、わたしが加わったことで満員になる。
バスターミナル近くの食堂で昼食を取る。魚香茄子でぬるいビールを3本。
うしろでは中国人が昼間から白酒をのんで騒いでいた。
例のジャンケン大会である。負けたものが白酒をイッキ、イッキ、イッキ!
おまえら昼間から白酒は人間としてまずくないかと最初は思ったが、
異国の見知らぬ食堂で明るいうちからビールを3本ものむ日本人と比べると、
どちらが上でどちらが下というものでもあるまいと思いなおす。

バイクタクシーをつかまえ万寿寺木塔へ行く。
ここは中国の観光地の典型である。
おカネを払いなさい。そうしたら高いところへ登れますよ、というわけだ。
おかしな偏見かもしれないが、中国の観光地のどれほどがこのパターンなのだろう。
四の五の言わせず高いところへ登らせておカネを取ろう、みたいな(笑)。
人民はよほど高いところが好きなのだろうか。まったく馬鹿と煙は(自主規制)。
150円払って木塔へ入る。階段を登る。だれともすれ違わなかった。
最上段に到着する。四方を見まわすが、なにも見えなかった。
もっと高いところへ行きたいと思ったわたしはよほどの馬鹿野郎なのか。
高いところから人間を見たい。ままならぬ生死に挟まれた人間の喜怒哀楽を見たい。
可能ならば、それをスケッチしたい。そのためにはこの程度の高さではダメなのである。

歩いて大仏寺へ行く。ここの見どころは涅槃大仏である。
わかりやすく言うと、大仏さんが横臥している。まだわかりにくいかな。
仏さまが寝ていますよと。なんでかって、いまから死ぬためである。
大仏さんのうしろには釈迦の涅槃(入滅=死亡)を悲しむ十大弟子が配されている。
この大仏さんのどこかありがたいかというと、どうやらその大きさにあるようだ。
大きいから、ありがたい。
このへんに中国人の感性を理解するヒントがあると思うのは間違えているのか。
先に見たよう中国人は高いところが好きである。さらに大きなものが好き。
まるで子どものようである。子どもは「高い高い」をしてあげると喜ぶ。
大きなものを見せてやると「すげえ」なんて感想をもらす。
インド仏教が中国に入って人間味が増したとは何度か読んだことだが、
この場合の人間味とは幼児化を意味するのかもしれない。
幼子(おさなご)のごとく仏さまにひれ伏す。もっと言えば甘える。
インドでは人間を導く師匠であった仏さまが、
中国ではわが子をだきしめるお父ちゃんお母ちゃんになってしまった――。
裏手の博物館を見学する。古い経典が展示されていた。
当たり前のことに気づく。インドの仏教経典は横書きで記されている。
あの文字がサンスクリット語だったのかパーリ語だったのかは、
専門知識のないわたしにはわからない。理解できるのは、横書きということのみ。
それが中国語に翻訳されると縦書きになる。中国の仏教経典は縦に漢字が並んでいる。
この横から縦への文字の変動は、思いのほか経典の内容を変容せしめたのではないか。
このように書いてしまうと、なんのことはない事実の指摘だが、
実際にこの目で現物を確認すると、ことのほか重大な発見をしたような思いにとらわれる。

3日後にはわたしは敦煌にいるのである。
想像する。仏教美術の結晶たる敦煌の莫高窟――。
仏教とはいかなる教えなのか。
その一端でもいいから、こんかいの旅でつかめたらと思う。
もちろん観光地をまわったくらいで、なにか発見があると思うのは勘違いも甚だしい。
だがしかし、それでも……。
もうすぐ黄金週間である。ゴールデンウィーク。
5月1日からの1週間は中国も大型連休なのだ。
そのため交通機関が異常な混雑を見せ、ホテル料金も軒並み値上がりするという。
わたしはこの黄金週間の期間中に北京へ。さらに瀋陽へ向かう計画を建てていた。
ネットカフェでメールをチェックしたら、中国の長春にいる知り合いからの連絡が来ていた。
彼女にわたしはある依頼をしていた。
父の生まれたのは、かつて満州とよばれた中国東北地方である。
いまの地名で言うならば父は長春で生まれ、瀋陽で育った。
祖母が生存中に詳細な記録を残していたため、どちらも正確な住所が判明していた。
敦煌のあとは旧満州へ行く。満州でかの地を確かめたいと思っていた。
父の生まれた場所に立ち、住んでいた付近を歩きまわりたい。
このためなんとかして現在の住所がわからないかと
長春にいる知り合いに調査をお願いしていたのである。
彼女からのメールはまず謝罪から始まっていた。
わからなかったというのである。瀋陽はかつて奉天、長春は新京という名がついていた。
わたしのもとにあるのは奉天と新京の住所である。
ここから瀋陽と長春の現住所を探さなければならない。
それができなかったというのである。戦前の話である。無理だったという。
それからメールは中国の黄金週間のことに触れていた。どうするのだと。
舐めてかかったら手ひどい目に遭うぞと軽い文体ながら恐ろしいことが書かれていた。
列車のチケットを入手するのはほぼ無理と思ったほうがいい。
いわゆる自由席券でもぐりこんでも、そこには地獄が待っている。
この期間の列車は身動きもできないほどの混雑。だからトイレへも行けない。
指定席券を取れなかったら、飲まず食わずを覚悟して列車に乗るべし。
そうメールに書かれていた。ホテルの料金も2倍にはねあがるらしい。

中国語で列車は火車という。
中国を個人旅行するとき、この火車票(チケット)の確保がいちばん問題になる。
中国の列車は乗車券を取るのが困難である。
理由がいくつかあって、最大のものは乗車する駅でしかチケットが買えない。
どういうことか。東京では、名古屋から大阪に行く列車のチケットが買えないのである。
名古屋発の列車の乗車券は名古屋でしか買えない。
したがって、長期の予定が建てにくい。まず東京から名古屋へ行く。
名古屋で3日遊んで、翌日には大阪へ行く。
このような場合、東京で名古屋の乗車券を買えないため、
名古屋発のチケットが満席だったら(中国では満席が多い)、
チケットが取れるまで名古屋で待たなければいけないのである。
このため旅行者はある場所へ到着したら、まずやらなければならないのは、
つぎの目的地へ行くための乗車券の確保である。
しかしこの乗車券の事前購入もいろいろ複雑で、
駅によって何日後の列車のチケットが取れるかが変わるのである。
ある駅では1週間先のチケットまで取れる。べつの駅では4日以内のものしか不可能。
つたない説明でおわかりいただけたか自信がないが、
ひと言でいえば混雑しているということである。
ただでさえ混みあっている列車がさらに混雑する黄金週間が迫ってきている――。

わたしの問題でいえば敦煌から動けなくなるのではないかという不安だ。
列車は無理でもバスなら乗れるというのは事実のようである。
しかし、地図をお広げください。まさか敦煌から北京へバスで行くのは無理でしょう。
まえまえからどうしようかと考えてはいたのである。
とはいえ、いくら悩んでもどうなるものでもない。
その駅でしか列車の乗車券は買えないのである。
出たとこ勝負でいくしかないではないか。そこにこんかいのメールである。
さて、どうするか。
いくら制限のない旅だとはいえ、敦煌近辺に10日近く足止めされるのは困る。
ホテルのフロントへ相談すると、隣接している旅行会社をすすめられた。
行ってみると、そこは飛行機専門の旅行会社。
試みに聞いてみると、敦煌から北京の片道航空運賃は1000元(1万5000円)。
黄金週間のチケットもいまなら難なく取れるという。
意外と安いというのが正直な感想だった。
けれども、やはり列車に乗って北京へ行きたい。
敦煌近辺の嘉峪関から北京まで直通の列車が出ている。34時間の鉄道旅行。
これを中国旅行のハイライトとして体験してみたいのである。
旅行会社のオーナーと思しきおじさんが登場する。
「5月2日、嘉峪関から北京へ行く列車の寝台乗車券がほしい」
「よし、わかった」である。
ここは飛行機専門だが特別に列車の乗車券も手配してくれるというのだ。
なんとも頼もしいおじさんだった。
待つこと15分である。これでどうだとチケットを手渡される。
感動して受け取ると、乗車券には「張掖→北京」と記されている。
張掖とはいまいる場所である。
やはりいくら旅行会社とはいえ、張掖で嘉峪関発の乗車券は取れないのである。
話が違うではないかと抗議すると、これでいいとおじさんは譲らない。
説明を受けて、納得する。
この乗車券で張掖から北京までのきみの寝台は確保されている。
だから寝台の心配はない。
あとはきみが嘉峪関に行った際に、かの地でここ張掖までの乗車券を取ればいい。
どれだけ混んでいようがこの乗車券があれば車掌は入れてくれるはずだ。
無理と言われたら、いちばん安い券を買いなさい。
あれならスペースなど考えないでいくらでも発行している。
嘉峪関から張掖までは2時間半。立ちっぱなしでも我慢できない時間ではないだろう。

そういう裏技があったのかと感動する。中国のことは中国人に聞けである。
この手は列車で長距離を移動する際にかなり有用な裏技ではないかと思っている。
事前に途中駅から最終目的地まで買っておくという作戦である。
わずか1時間足らずで容易に黄金週間の乗車券を入手することができた。
このあと長春にいる知り合いにチケットが取れたことを報告するとたいへん驚かれた。
こういうことだったのである。
旅行会社に取られた手数料は30元(450円)。わたしは安いと思った。
張掖(ちょうえき)には3日間滞在した。
毎晩、通った安食堂がある。食堂というより、むしろ呑み屋である。
明清古倣街にあるその店に最初に入ったとき、
奥のテーブルで呑み助どもが大騒ぎしていた。
こういう店がいいのである。
ホテルの横に同系列のレストランがあったが入る気にはならなかった。
上品なウェイトレスにテーブルまで案内されても困惑してしまう。
豪奢なものと身がなじまないのだと自覚している。
豪華絢爛な装飾のなされた高級レストランでひとり酒をのんでもうまいはずがない。
小汚い呑み屋で、地元の呑み助どもを観察しながら、
下品に酔っぱらうのがいちばん楽しい。
陽気な店主や店員がいたらなおよしといったところである。ここは合格だ。
冷たいビールはもとよりあきらめている。
ここ張掖へ到着して思ったのは、なにより田舎ということである。
客引きもまったくいない。欧米人などどこにも見かけない。
そもそも中国人観光客も、あまり来ていないのではないか。
落ち着くことができそうだと安心したものである。

メニューを見る。勝負の瞬間である。
どれがうまいかを漢字だけで判断しなければならない。
日本豆腐というのが目についた。これはいままで旅してきた土地の食堂にはなかった。
興味をそそられる。まず注文するのはキュウリをニンニクとあえた冷菜。
それから、よし、日本豆腐を注文してみようではないか。
オーダーしたあともメニューをながめていると、おなじ日本豆腐にも鉄板焼きがある。
うん、こいつのほうがうまそうだ。ビールと鉄板焼きなら悪くない。
オーダーを変更できないか頼むと、構わないとのこと。
ぬるいビールをいいかげんにのみほしていると、熱々の鉄板が出てくる。
ううむ、これが日本豆腐。それも割高な鉄板焼きかいな。
ふうふう冷ましてから口に入れる。よーい、スタート!
あたまのなかを複数のハテナマーク(?)が徒競走のごとく全力で疾走する。
まあ、豆腐だよな。それを、うん、卵とあえている。甘辛い味つけである。
コンビニで売られている肉じゃがや煮物の下品な甘辛さをご想像いただきたい。

「どうだ、日本人。日本豆腐はうまいか」
入店と同時に「我是日本人」の挨拶は済ましている。
「好吃(ハオツー)」
口先では礼儀上、うまいと答えたが、これは複雑な味というほかない。
日本を大きく誤解しているのは間違いないが、
ビールを5本くらいのんだあとのバカな舌ならこれを日本の味と勘違いすることもあるかな。
とりあえずビールをがんがんあおる。ぬるいのでまずい。
この日本豆腐鉄板焼きをうまく味わうこつは舌を狂わすことだと悟ったわたしは、
つづけざまに白酒(バイジウ)を注文する。アルコール度が50を超える中国の悪魔酒。
まあ、うん、そうだな。鉄板が熱いし、なんか見栄えいいし、うまいかもしんない~。
おまえは渋谷センター街でテンパっている上京したてのギャルかと突っ込みを入れる。
「日本のどこから来たんだ」
丸顔の店主からの質問である。
「トーキョーって感じい」
いいかげんアホなギャルの真似はやめろ、おれ。ぜんぜん似てないって。
「おじさん、いくつう?」
筆談ではなく、会話で通じたので感動したな。
このような呑み屋の会話ではたいがいが筆談である。
「45歳だ。きみはいくつだ。どこを旅してきた。これからどこへ行く。
日本へ帰るのはいつだ」
最後の質問でぎくりとする。わたしはいつ日本へ帰るのだろう。
帰りの航空券をバンコクで捨てたのは2ヶ月以上もまえである。急に素面に戻る。
明日も来るからと言い残しホテルへ戻る。
明日はだいたい夜の8時ごろに来るからかならずビールを3本冷やしておいてくれ。
冷たいビールにありつくための裏技である。

今日も奥のテーブルでは酔っぱらった中国人グループが大騒ぎしている。
中国式のジャンケンをしているようである。負けたものが酒をのまならけばならない。
むろん、ビールなんていう軽い酒ではない。鬼の白酒である。
負けたものは白酒をイッキ。
これをエンドレスに繰り返しながら際限なく盛り上がっていくのである。
しかし、これを中国人一般の酒ののみかたと誤解しないでいただきたい。
こんかいの中国旅行でわたしが入ったメシ屋はすべて低所得者むけのところ。
したがってお客さんも、なんというかその、まあわかるよな。
白木屋で王様ゲームをしながらタバスコイッキをしているアホどもを、
日本人の代表として見られても困るでしょうってことだ。
メニューをまえに、冷たいビールをぐびぐびのむ。
あーん、なんでこんなに冷たいビールは、おいちいの~。
もうつまみなんていらないかもしれない。
危ない空気を察知した丸顔の45歳が、これはどうかとある料理をすすめてくる。
「いいよ。それちょーだい」
しばらくするとスープが出てくる。注文していない。
その旨を伝えると、おやじがにやりと笑った。「いいよ、おれからの奢りだ」
気の利いたことをするじゃないかと思う。
中国人はかならずといっていいほど料理のひとつとしてスープを注文する。
けれども、日本の酒のみの感覚からすると、スープと酒はあわない。
というわけで、これが中国はじめてのスープ体験だった。卵スープ。
お、ちょっといいかも。待てよ、と思い、ビールから白酒に変更。
スープをのむ。直後に、白酒をぐいと流し込む。これはいけますぜ、おやじさん!
奥のテーブルでは、相変わらず白酒の攻防が続けられている。
それにしても中国人が罰ゲームとしてのむ白酒をひとりでのんでいるおれってなに?
この白酒は人間から思考力を奪う。この酒を毎日与えられたら、
そのうちわたしも中国共産党幹部の靴先を舐めるようになるかもしれない。
すんでのところでまるで阿片窟(あへんくつ)のような酒場を逃げだすわたしであった。

張掖最後の晩は客がひとりもいなかった。
小心の日本人が、入っていいのかたずねると「待っていたよ」とのありがたい言葉。
注文もしていないのに、冷たいビールが出てくる。
それをのみながらメニューとにらめっこ。
日本豆腐を食べようと思った。鉄板焼きは微妙だったが通常のはうまいのかもしれない。
この呑み屋に今後、日本人が来ることはそれほど多くはないだろう。
(ちゅーか、来ないっしょ、ぜってえ)
日本人代表として、日本料理に物申さなくてはならない。
こんなおかしな使命感が生じたのは、もちろん酔っぱらってきた証拠である。
日本料理が恋しいということもあった。
まさかとは思うけど、冷奴なんて出てきたら、泣きながら店主に抱きつくぞ。
それはわたしのまえに現われた。これはなんだと聞いた。日本豆腐だという。
日本でいうなら玉子豆腐らしきものに、あんがからんでいる。
こちらはひと口で結論が出る。調理場から料理人が姿を現している。
さあ、日本人が日本豆腐の感想を述べるならいまである。
「まずい! なんだこれは。このへんてこな料理のどこが日本豆腐なんだ。
日本にはこんな料理はない。だいたいこの味はなんだ。どんな調味料を使っている。
どうしてこの料理を日本豆腐とよぶのか納得するまで聞かせてもらいたいね」
以上、すべてジェスチャーである。

……。

もう客が来ないと判断したのだろう。呑み屋の従業員が夕食をはじめた。
その様子を見ていると、中華料理はやはり大勢で食べるものだと思う。
家族経営なのかな。みんなとても仲がいい。男はみな酒を酌み交わしている。
もちろん、のんだからといって騒ぐわけではない。
赤ら顔になった店主がのんでみないかという。この酒をのまないか。安いぞ。
見ると白酒の一種のようである。金額は1杯1元(15円)。水よりも安い酒だ。
強烈な異臭を放っている。これが地酒ってやつなのか。
のんでも死なないよな。いやまあ、万が一ころっといったらそのときだ。
「くださいな」
いきおいでのむしかない。店主と乾杯してごくり。
人民万歳、愛国無罪と大声で歌いながら踊りだしたくなるような味であった。
すなわち、ひとを狂わせる味だった。
酔っぱらうと国籍など取っ払われる。言語の壁もどこへやらだ。
呑み屋のおやっさんと、しみじみ1元の酒を酌み交わす。
「おまえはいいよな。
おれなんかここ張掖からよそへ行ったことなど数えるほどしかねえ」
「まあ、そうしんみりするない。のもうじゃないですか。
この安酒も、うん、なかなか悪くないですよ」
月収を聞いて驚く。この呑み屋のおっさん。月収が600元(9000円)だとか。
あるいは聞き方を間違えていたのかもしれないけれども。
もちろん、この日もいっさい会計をごまかされるようなことはなかった。
田舎町の酒場でうなだれた。
いよいよ敦煌である。バンコクからはじめた旅も終着地が見え始めた。
日本を発ったのは冬だった。いつしか春になり、ここ蘭州は初夏の陽気である。
蘭州からはバスで小刻みに移動するつもりだ。
列車もあるのだが、ここは風景を見ながら地を這うように敦煌に近づいていきたい。
蘭州から張掖へ。張掖から酒泉への移動もバスを使う予定。
酒泉と敦煌はバスで3時間。敦煌がすぐそこへ見えているかのような気分になる。
ところが、ひとつ問題があった。
ガイドブックによると、外国人が甘粛省をバスで移動する際には、
保険に加入しなければならないとのこと。
この保険証書がないとバスのチケットをそもそも売ってくれないのだという。
この旅行保険には蘭州の甘粛省中国国際旅行社で加入できると記載されている。
わずか40元(600円)である。惜しむ金額ではないのは、むろんのこと。
しかし、長旅を続けていると、困ったことに、こういう料金を払いたくなくなるのだ。
なんでえ、外国人だからって、どうして特別料金を支払わなければならないんだ。
中国人と日本人なんて、見た目だけではまずわからないのによ。
けれども、もしとも思う。ほんとうにバスチケットが買えなかったら面倒だ。
警察官とのトラブルも避けたいところ。
蘭州へ来る列車のなかでガイドブックを読みながらだいぶ迷った。

蘭州駅前のホテルにチェックインした。
すぐその足でバス乗り場を探すことにした。チケットを買えるかどうか確かめるのである。
バスの客引きから声をかけられる。
「どこへ行く?」
「張掖(ジャンイエ)だ」
「こっちへ来い。このバスがそうだ」
行くと寝台のバスである。聞くと、蘭州から張掖へ行くバスは深夜バスしかないという。
「今晩のバスに乗るか? まだ席は空いているぞ」
「チケットはいまここで買えるのか」
言うまでもなく、この客引きはわたしが外国人であることに気づいている。
果たして、それでも買えるのか。
「ああ。いまここでチケットを渡そう。カネをくれ」
どうやら旅行保険などなくてもバスのチケットは買えるようである。
そのことを確かめたら、とりあえずは満足である。
「いや、張掖へ行くのは今日じゃないんだ。明日だ」
客引きを振り払い大通りに出る。なにかおかしいと思う。
蘭州から張掖へ行くバスは寝台バスしかないというのはほんとうだろうか。
夜行バスは苦手である。夜は落ち着いて酒をのむものと決めている。
日本で日本人に聞いた答えがそうならほぼ間違えあるまい。しかしここは中国だ。
通りを駅と反対方向へ歩くとバスターミナルがある。チケットカウンターで聞く。
「明日の朝、張掖へ行くバスはありますか?」
やはり、あるというではないか。朝の8時から1時間間隔でバスが出ているという。
チケットはと聞いたら、明朝ここに来て買えばいいとのこと。
前売りはしていないらしい。しつこく何度も確認する。
「ほんとうに翌朝ここに来て、カネを支払えばチケットを買えますか?」
あきれて笑いながらも、カウンターのおばさんはうなずいている。
こいれならいけそうだなと思う。
旅行保険なんかに加入しなくてもたぶん大丈夫だろう。
あくまでわたしの個人的な体験だが、蘭州、張掖、酒泉、敦煌、嘉峪関と、
甘粛省をバスで移動したが、一度も旅行保険の提示を求められたことはなかった。
これは2007年4月時点の情報である。
ただ、いまネットで調べてみると、どうやら武威がまずいらしい。

翌朝、蘭州の名物である牛肉麺を朝食に食べるとバス乗り場へ向かった。
チケットは問題なく買うことができた。
中国のバスで不快なのは乗客が車内で平気でタバコを吸うことである。
いちおう車内に喫煙禁止のマークがあるのである。
なのに中国人は意に介せずタバコに火をつける。
言いたくはないが、これが中国人なのだと思う。
周りのことなんて気にしないでやりたいようにやる。
日本人が周りの目ばかり気にして神経症になるのと大違いである。
タバコの煙が嫌いである。喘息もちのためか、どうにもからだが受けつけないのだ。
この日本人は中国人に負けていない。
そばで中国人がタバコを吸っていたら「吸うな!」とよく抗議したものである。
「あそこに禁止のマークが貼ってあるだろう。タバコを捨てなさい」
じかに指摘されると、さすがの中国人もたいがいは喫煙をやめた。
だが、これはお手上げだと思ったのは、バスの運転手が喫煙している場合である。
いくらなんでも運転手へタバコを吸うなという勇気はなかった。
なら降りろといわれるのが怖かったのかもしれない。
なんにしろ根性の座っていないダメな日本人である。

蘭州から張掖へは8時間である。
古いガイドブックには10時間と書かれていたから、だいぶ道路がよくなったのであろう。
8時間ものあいだ、なにもしないで座っているのは、
いまこうして日本で考えると、とても耐えられないような気もするが、
いざ乗ってしまえばそれほどの苦労ではない。
ともあれ、このままこうして座っていれば張掖へ着くのだから、なんの心配があろうか。
窓外を流れる風景を見るともなしに、
日本へ帰国してからのことに思いをめぐらせていたそのときである。
バスがスピードをゆるめ車内の乗客がみなひとつの方向へ視線を向けている。
見ると交通事故であった。車が1台、ひっくり返っている。
交差した道路から落下したものと思われる。
救急車はまだ来ていないようで、人間がひとりあおむけに寝かされていた。
中年の男性である。直感的に死んでいるなと思った。
人間ではなく、ものとして見えたからだ。頭部から大量の出血が見られた。
バスは徐行運転をやめ、ふたたび張掖へ向け走り始めた。
なにもそう急ぐことはないと思った。なぜそう急いで死から遠ざかろうとするのか。
このバスに乗っている我われのだれひとり例外ではなく、
みながみなそれぞれの死に向かっていまこの瞬間も前進しているというのに――。
隣の中国人の男性が話しかけてきた。
なにを言っているのか実のところさっぱりわからなかったが、
それでもなにか言いたいことがわかるような気がした。
あいまいに笑いかけた。おなじようにかれも笑った。
いまは絶版になっている井上靖の中間小説を入手して、
酒をのみながら読むたびに思う。
井上靖の小説はまるで宮本輝が書いたようである。
言うまでもなく、先輩後輩の順番は逆。
宮本輝が井上靖から多大な影響を受けたということなのだろう。
しかし、ここまであからさまにやっていいのかと
いまは読むひとのいない井上靖の絶版文庫を読みながら思うことしきりである。
人間の傾向性(創価学会では「境涯(きょうがい)」などという)がよほど似ているのか。
宮本輝の全作品を繰り返し読んだものとしては、
井上靖の小説をどう受けとめたらいいのか複雑である。

梅原猛によると松本清張はルサンチマンの塊(かたまり)。
またルサンチマンを解消する名人だったという。
たえまなく仮想敵を作りあげ、かれへの恨み辛み妬みから創作する。
地位も名声も手に入れた松本清張が最後に標的にしたのが井上靖だったらしい。
松本清張といえばカトリック作家の遠藤周作が愛読していたのは知られていない。
晩年の遠藤周作が編集者にこう言ったという記録が残っている。
松本清張さんの小説はぜんぶ読んでいる。きみも編集者なら読まなければダメだ。
説教魔・遠藤周作のエピソードのひとつとしてである。
これは学術的な考察ではなく、いわばゴシップだが、出典はすべて明示できる。
あえてやらないのは面倒だからということもあるが、
うちのブログの読者は研究などとは無縁のひとが多いと思うからでもある。

以下はおまけだが、
さてその遠藤周作は山田太一と対談している(だからなんだと言われると困る)。
山田太一といえばブログ「本の山」の最大関心テーマのひとつ。
このドラマ作家が青年時代、影響を受けたのが大岡昇平、三島由紀夫、福田恒存。
遠藤周作は三島由紀夫をいちばん意識していた作家とも言われている。
三島自害の前日に、遠藤一行が三島邸を訪れたが、
しかし引き返したというのは有名なエピソード。
割腹した三島由紀夫を、死者に鞭打つかのごとく批判したのが「男性自身」の山口瞳。
山口瞳がエッセイで山田太一ドラマ「さくらの唄」を大絶賛しているのを知ったのは最近。
大岡昇平と福田恒存の交友は兄と弟のような情熱的なものだったという。
ふたりは全共闘問題で絶縁したが、晩年仲直りしたと高井有一が書いている。
三島と福田は劇団運営で争ったことで知られている。
遠藤周作は福田恒存の演劇論から大きな影響を受けている。
けれども、遠藤は福田の演劇論から飛躍して素人劇団「樹座」を始めた。
これはいまこそだれも評価するものはいないが、とても前衛的なものだったと思う。
寺山修司のアングラ演劇などより、よほど遠藤周作の「樹座」は前衛だったのではないか。
以前、このブログに書いたように寺山修司と山田太一は早稲田大学時代の親友。
寺山は三島を……と書き連ねてもいいが、このへんでやめにしておこう。
ことほどさように(かつてあった=いまはなき)文壇の系図はこみいっている。
だが、なんと魅力的だったことか――。
信濃町にある某大学病院へおもむく。
薬待ちの時間、駅前の書店へ。
これほど創価学会関連書籍がそろっているのは、おそらく日本でもここだけだろう。
創価学会は(信者ではないが)嫌いでもない。
立ち読みしながら思うのは学会員の宮本輝氏。
ブログ「本の山」のアクセス数の2割は「宮本輝 創価学会」である(たぶん)。
まだ朝早いのに創価学会コーナーにはお客さんがたくさんいる。
美人のおねえさんが真剣に関連書籍を物色している。
こちらを見てください。わたしわたしわたし。いつでも創価学会へ入りますよ。
ひとり創価学会へ勧誘すると、あなたにも功徳(利益)があるんでしょ~。
見て見てわたしを、誘ってわたしを、だったのです。けれども、仏縁がなかった。
だれにも声をかけられませんでした。
現実というのは、どうしてこうも味気ないのか。なにかあったっていいじゃないか。
この書店で50回以上、立ち読みしている。宮本輝の愛読者が、である。
1回くらい劇的なことがあってもいいではないか。あたかも宮本輝の小説のように。
ところが、現実はなにもないのである。

薬を手に入れ、新宿の国島書店へ行くがまだ営業していない。
舌を打ち、ブックオフ靖国通り店へ。

「中国いかがですか?」(小田空/創美社)105円

けっ、しけていやがる。国島書店へ戻ると、ようやく開店している。
聞くと開店は正午のようである。
「遅くても12時までには店を開くようにしています」

「ブッダ大いなる旅路2」(NHK出版)絶版 800円
「ブッダ大いなる旅路3」(NHK出版)絶版 800円


くうう、と思う。なにゆえシリーズの1がないのだろう。
この偶然はいったいなにか。
実はわたしはこの「ブッダ大いなる旅路」の第1巻目を持っている。
あるところで100円で入手したのである。
このシリーズの1はインド仏教。2は南伝仏教(スリランカ、タイなど)。
3は大乗仏教である(中国、朝鮮、日本)。
各巻の定価は2000円である。全3冊。これはそろえなければならないと思った。
そろいでもない2巻、3巻が各800円というのは割高である。
けれども、このチャンスを逃したらいつ入手できるか。思い切って買ったしだいである。
ブックオフ新宿大久保通り店へ。

「図解雑学 日本の経済」(松原聡監修/ナツメ社) 105円

店を出ると土砂降りである。カミナリまで鳴っている。
折りたたみの傘はあるが、この程度では雨を防ぐことはできない。
新宿コズミックセンターで雨宿り。
ふふふ、想像してください。突然の豪雨。雨宿りする青年。
ここに必要なものがありますよね~(絶叫)!
美人のおねえさんが来たりする。ひどい雨ですね、なんて会話を交わす。
恋に落ちるがいったんは別れる。その後の再会――。
わたしはここまで想像していたのである。しかし、だれも来はしない。
雨を見てもひとり。ひとりはひとりでわたしわたしわたし(笑)。
この雨なら仕方がないかと帰宅する腹づもりで高田馬場駅方面へ。
おかしなところで古本市をやっていることに気づく。今日が初日らしい。

「宗教の自殺」(梅原猛・山折哲雄/PHP) 210円

雨がやんでいる。早稲田方面へ歩く。目的はドンキホーテ。
ここではレトルトカレーの「LEE 20倍」が198円で買えるのだ。
6箱購入する。そのまま前進すると紅書房。

「エリアガイド101 中国の旅」(昭文社)絶版 53円

じめじめ。むしむし。ビールがのみたい。高田馬場駅への途次、キノコクニヤ書店。

「月刊シナリオ 1980年10月号」品切れ 262円

山田太一の師匠である、木下恵介監督のシナリオが掲載されている。
「父よ母よ!」である。読むかどうかは微妙だが、あんがい読むような気もする。
このあとブックオフ高田馬場店も見るがほしい本はなかった。
古本のヒキが悪化しているのかもしれない。
いまは「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる」だと苦笑する。

しかし、と思う。今日もなにもなかった。わかっている。
現実にはなにもないのだ。だから、こうして本を求めている。
本を読むことで味気ない現実をまぎらす。
こんなもんだ、こんなものだよ。
それでも満員の埼京線に揺られながら、
こんなものか、ほんとうにこんなものなのかと怒りがこみあげる。
車内を見回す。怒っているのはわたしだけである。やはりこんなものなのかもしれない。
家に戻ったらビールをのもうと思う。それから本を読もう。逃げよう。ここから逃げよう。
本の入ったバックをわたしはかたく抱きしめた――。
つまらない、つまらない、現実はつまらない♪
歌いながら無意味に回転していると、ベルが鳴る。電話は嫌いである。
しかし108回コールが繰り返されたので、
数えていたわたしはなぜかうれしくなって受話器を取ると、
予想通り、本の神さまからの電話であった。「神保町へ行きなさい」
「おまえは地獄へ堕ちなさい」
本の神さまに余裕をもってそう言い返すとわたしはヨンダンスを7回繰り返した。
この儀礼を欠かすと、途端に古本のヒキが悪くなるのである。
ヨンダンスは簡単なように見えて難しい。きみは運がいい。こっそりここに公開しよう。
くれぐれも他言なさらぬようお願い申し上げる。ヨンダンスは秘伝だからな。
好きな本を両手に持つ。好物を想像する。寿司でもステーキでもケーキでもOK。
それから口をあける。唇のあいだは5センチが妥当。狂いがあると呪われるぞ。
口からはよだれがだらだら。この状態がもっとも好ましい。
用意はいいかな。このポーズでバンザイを繰り返すのである。
「ヨンダヨンダ♪ ヨンダヨンダ♪」と歌いながらである。

神保町である。ヨンダンスの効果なく各古書店のワゴンの収穫はゼロ。
頼みの綱は小宮山書店ワゴンセール。3冊500円のバーゲンセールである。

「中国入門 やっかいな隣人の研究」(ジョージ秋山・黄文雄/飛鳥新社)
「トラベルストーリー9 北京」(昭文社)
「トラベルストーリー10 上海」(昭文社)


3冊で500円である。中国に1ヶ月半もいたけれども、北京・上海には縁がなかった。
せめてガイドブックで味わおうという作戦だ。
ガイドブックをながめながら、酒をのみのみ旅に思いをはせるのは貧富を問わぬ贅沢。
旅を思うことが旅なのであ~る♪

ここで携帯に電話が入る。また本の神さまからである。
「荻窪に行きなさい」
「やだよ~ん」
反抗したわたしは1駅まえの阿佐ヶ谷でおりる。ブックオフ阿佐ヶ谷店。

「花と波濤」(井上靖/講談社文庫)絶版 105円
「揺れる耳飾り」(井上靖/文春文庫)絶版 105円
「ある落日」(井上靖/角川文庫)絶版 105円
「沖で待つ」(糸山秋子/文藝春秋) 105円


芥川賞受賞の「沖で待つ」が掲載されていた「文藝春秋」は50円で買ったのだった。
読まないうちに引越のおりブックオフへ廃棄した。これもなにかの縁であろう。
読まなくてはならないのかとため息まじりに思う。
作家志望の勉強とは芥川賞作品を読むこと。
どれだけつまらなくても、そこになんらかの傾向性・妥当性を見つけなければならない。
阿佐ヶ谷から荻窪まで歩く。ささま書店。この日は収穫なし。
手ぶらはいやなのでほしくもない本を買う。

「自分を知るための論争術」(洋泉社)絶版 105円

ここがゴールだブックオフ荻窪店。

「中国 心ふれあいの旅」(桐原書店)絶版 210円
「ベトナムで見つけた」(杉浦さやか/詳伝社黄金文庫) 105円


荻窪から、引越した自宅まではかなりの時間がかかる。
苦情を言おうと思い、携帯電話の履歴から、本の神さまへ電話をする。
呼出音が鳴るばかりで、いつまで経ってもあいつは出なかった。
口惜しかったので留守番電話にこう入れておいた。「ウンコ、キチガイ、バカアホシネ!」
むずかしい言葉だと思う。会いたい。
あなたにどうしようもなく会いたい。会いたくてたまらない。
柳美里がエッセイでこんなことを書いていた。
師匠の劇団主催者から柳美里をふくむ劇団員全員にこのような質問がなされたという。
「あなたには何人の友人がいますか?」
それぞれが答える。主催者は追い討ちをかける。
「なら、いますぐここに来てもらってください。
ほんとうの友人なら頼めばすぐに来てくれるものでしょう」
実験して泣き喚いた劇団員が大勢いたという。
むろん、来てくれなかったからである。

「会いたい」
なんといい言葉ではないかと思う。ひとに会いたい。がむしゃらに会いたい。
反省する。いままでわたしはこの言葉をなんと軽んじていたことか。
「会いたい」と言われるのは楽なのである。
実際、わたしも人生で会いたいと言われて断わったのは枚方の狂人、上野祐二氏くらい。
けれども、こちらから「会いたい」とお願いするのは勇気がいる。
相手の事情を考えていないかもしれない。断わられたらどうしよう。
「会いたい」と言った以上はこちらが相手を満足させなければいけないのではないか。
このように友人でも恋愛関係でも「会いたい」と言うのは冒険である。

しかし、これからは「会いたい」を気軽に使っていきたいと思う。
だれかに会いたいと思うのは、ちっとも恥ずかしいことではない。
むしろ人間として当然の感情ではありませんか。
人間はだれもが孤独である。だから会いたい。あなたに会いたい。
何度だって、こちらからお願いしてもいいではないか。
交互に「会いたい」と言い合わなければならないというルールなど、
どこにも書かれていません。
会いたいと思ったら「会いたい」と言おう。少なくともわたしは言いたいと思う。
今日、いろんなひとに会いたいと思った。こわくて言えなかったけれども。
ムー大陸さん、貴子さん、白石昇さん、nicoさん、有紀さん、それからあなた。
けれども、「会いたい」と言われるのは楽だが、反対に言うのはむずかしい。
「会いたい」と言われたら99%会うのではあるが。
これはわたしだけなのだろうか。世間にうといので教えてください。
「会いたい」とお願いするのは、どれだけ非常識なのか。
「会いたい」と言われた人間は、みな会ってくださるのか。

寺山修司と山田太一は大学時代の親友であった。
活躍した分野は正反対である。
前衛の最先端で息巻いた寺山修司。
テレビドラマで前衛など知らぬ庶民に語りかけた山田太一。
両者の交流は大学卒業以降、減るばかりだったらしい。
それが寺山修司の死ぬ直前である。
この前衛作家はおのが死期を悟っていたのか。
しきりに「会いたい」と山田太一に連絡を取ったという。
一度は寺山が山田の家を訪問した。それから山田夫婦が寺山の家を訪ねた。
むかしに戻ったかのように話が弾んだという。
そして、寺山は死んだ――。

このときの寺山修司の「会いたい」ほどわたしを泣かせるものはない。
かれのようにプライドもなにも捨て去って、わたしも言いたいと思う。
「あなたに会いたい。どうしても会いたい。会いたくてたまらない」
どうかお願いですから、断わらないでください。
いえ、死期が迫っているというわけではないのですが。
いま検索していてふと知った。
鴨志田穣が死んでいたとは。今年の3月のことだという。
そのころわたしはベトナムをふらふらしていた。
日本の情報はまったく仕入れていなかった。
アル中のフリーライター腎臓癌で死亡。
42歳か。あれだけのアル中でも42歳まで生きられるのか。
わたしもおなじくアルコール依存症である。
残された時間はあと約10年と考えるべきなのだろう。
わからないぞ。
メチャクチャな人生を送っている。いつ死ぬかなんてだれにもわかりはしない。
改めて、なんでもやっておこうと思った。
生きているうちに、やりたいことはすべてやらなければならない。
会いたいひとには何度だって会いに行く。言いたいことはみんな言う。
したいことはぜんぶしておかなければならない。
いまひと恋しくてたまらない。だれかに会いたくてたまらない。
「本棚が見たい!2」(川本武/ダイヤモンド社)絶版

→本がなによりも大好きなのであーる♪
若い女の子よりも好きかって? 
それはいくら本といえども妙齢の女性にはかないませんよ。
だって、本は、悪口を言いたくないけれども、いわば死体でしょう。
比べて若い女性には目がある。耳がある。口がある。
若い女性ならではの意見を聞くと、いつだってじぶんがなにも知らないことを恥じます。
書籍など、執筆から印刷まで相当の時間がかかる。
いまを生きる女性のビビッドな感性にかなうものはありません。
常々、若い女性ほど重んじているものはありません。
ストーカーとか痴漢は死刑が妥当だと思います。
日本の宝を汚すものには厳罰がふさわしい。

おっと、なんの話をしていたのだったか。色即是空。色恋みな空なり。
思い出した。本です書籍。本も、なかなか役立つものであります。
ここだけの話ですが、若い女性とちがってヒステリックな自己主張のないのがよろしい。
女性をまえにしたら、ありがたいご意見を拝聴しないわけにはいきません。
しかし、もし、本の見どころが、著者の性別(女性様)と若さだけならば――。
本ならば対面とは異なり、聞かないで(読まないで)済むのが気楽です。
読んだ(聞いた)ふりをしていればいいのですから。
こう考えてみると本もやはりなかなかのものですね。
本が大好き。この世から本がなくなったら死んじゃう。本を汚す人間はサイテー。

さて、そろそろ本書の感想を書こうかと思ったけれども、うーん。
これは感想を書く類の本ではない。
せっかくですから、だれも知りたくないかもしれませんが、
わたしの部屋の本棚を紹介させていただきます。
ごめんなさい。恥ずかしがりやなので写真はございません。
まず部屋に入るとドアの横に本棚があります。
この本棚。いちばんうえがインドコーナー。
インドに関係する書籍がぎっしりつまっています。
下段は、驚くなかれ、ぜーんぶお酒に関する本です。
かなりのコレクションがあります。
さあ部屋に入って、正面にある本棚にはなにが収納されているのか。
さしさわりのない本です。
中国関係の書物。井上靖、山口瞳、両作家の文庫本がごっそり。
部屋を見まわすと、あと目に入る本棚は机の横。
ここには未読の本がたっぷり詰まっています。
ブックオフで買った105円本など。
やはり未読の本は目につきやすい場所へ置くべきだと思いまして。
それから、ううう、恥ずかしい。ここだけの秘密ですよ。
ナツメ社の図解雑学シリーズが整列しています。
え、なんですか? そんなふしぎそうな顔をされても。
本棚はこれだけですが、なにか?
やめてください。そこはクローゼットです。勝手に開けないでください。
プライバシーの侵害でちゅ~。

ふふふ、こんなもんですかね。
インド関連、中国関連、それから井上靖に山口瞳。図解雑学シリーズがてんこ盛り。
それほど悪くない人間とは思いませんか。あんがい洒落のわかる人間かもしれませんよ。
それなりに本を読んでいるから、ものを知っている。
これからの若い女性は(異性の)見ばえや収入も大事ですが、
男の中身にも関心をもってほしいと思います。
いえいえ、いまの若い女性は野郎(男性)の一歩も二歩も先を行っていますから、
わたしなどが指摘することではないのはよくわかっています。ごめんなさい。
「人生読本 読書術」(河出書房新社)絶版

→昭和54年発行。上下2段組で活字ぎっしり。
文士や有名学者の読書術のアンソロジー。まず、人生読本っていうのが笑える。
なんで人生と読書が結びついてしまうわけ1979年?
しかし、笑えるな。
読書が重要だと思わせたい側が、こうも偉かった時代があったとは。
いまでは子どもでもわかる理屈だが、みんなが本を読むと、さあ得をするのはだーれ?
答えは作家さん、一般書を濫作する学者さん。
だーかーら、この書籍のように「本を読まないとバカになる」なんて、
みんなこぞって主張するわけです。
わたしは作家でもなんでもないゴミ人間だからほんとうのことを書いてしまう。
みなさま、これがリアルってやつですよ。
本屋さんで売られている言説はすべてまがい物。だっておカネを取るでしょう。
あっちは商売人なわけです。で、これを書いているバカ(わたし)はお客さん。
本なんて買うのは阿呆のすること。ましてや読むなんて、とんでもない。
読書のような悪徳を継続しているとこうなってしまうという悪い見本が、
いまみなさまのまえにいるではありませんか(にっこり)。
これだけではわからないのでしたら、
お手数ですが「もてない男」小谷野敦先生でもご覧になってください。

最高の読書術は本を読まないことである。
だいいち本を読んでどんないいことがあるというのですか。
他人の気持がわかる(エスパーかよ)? それ誤解です。
本など読まなくても他人の感情を察することのできる人間がいくらでもいます。
ものを知らないといざというときに困る?
あなたは総理大臣にでもなりたいのですか。ちがうでしょう。
個人として幸福になりたい。そのとき知るという行為が、どれだけ幸福の邪魔になるか。
環境問題など知らないほうが、かえってのほほんと生きられる(わたしを見よ!)。
じぶんより不幸なひとの存在を知るとなんだか申し訳ないような気がする。
じぶんよりはるかに優秀な人間を知ると絶望感に襲われる。
ならば、本など読まないにかぎるのです。
わたしもこれまでわずかな本を読んできましたが、
読書してよかったなどと思ったことは一度もありません。
家にある本など、汚らわしいと1冊残らず廃棄しなければなりません。
図書館など、なぜ火をつけるものが現われないのかさっぱりわかりません。
本を書く人間というのは、どれだけ物腰が低くてもエリートなのですよ。
書物がこの国にあるかぎり、かれらは我が物顔でのさばりつづける。
我われが本など読まないようになれば、かれらは物乞いをするほかないのです。
なんとも爽快ではありませんか。書を捨てよ、さらに火をくべよ、であります。
「江分利満氏大いに怒る」(山口瞳/集英社文庫)絶版

→酒をのみながら読んだエッセイ。
山口瞳のどこが好きかといったら、この作家が「女嫌い」なところである。
いま発売されるような本では決して見られない女性観が実に爽快である。
すがすがしいということだ。
こちらは酒をのんでいるのだから、不快なものはいっさいお断りしたい。
気持よくなりたいのである。
すなわち、現実を見ていないだのなんだのと批判されようが、おのれをごまかしたい。
生きているのもまんざらではないと思いたい。だいたい現実というのはなんだ。
狭い一本道があるとする。まえから若いおねえちゃんが歩いてくる。
毎度のことだが何様だと思うね。なんでああも道の真ん中を歩くのだろう。
男はよけるものとでも思っているのだろうか。
どうして若い女がいつでもどこでも、ああも偉そうなのか不可解である。
いや、理由はわかっている。けれども、あえて書かないのがいわば山口瞳流である。
男性諸君に聞きたいが、若い女というのは天皇陛下か、部落民か。
どうしてあいつらはああも偉そうなのかふしぎでしようがない。
いったい女子供をだれが女性やお子さまにしてしまったのか。
日々むかむかしているから山口瞳のエッセイを読むとすかっとする。
こんなことを書くと、若い女性様から嫌われるって?
だからなにが困るというのでしょう(笑)。
そういえばいちばん最近、
若い女性様とふたりでお酒をのんだ(のませていただいた)とき言われたな。
「あなたホモでしょう?」
彼女からメールが来なくなって久しいが、
もしかしたらわたしをホモだと断定したのかもしれない。
「夢を見たくて」(山田太一/「月刊ドラマ」1988年5月号/映人社)品切れ

→昭和63年放送作品。単発ドラマ。狂ったような実験作である。
20年ほどまえならテレビドラマで、ここまでの冒険ができたのかと驚く。
秋田から大竹しのぶが上京してくることからドラマは開幕する。
妹を連れ戻しに来たのである。大竹しのぶの妹、二階堂千尋は
役者をめざしてアルバイトをしながら俳優養成所へ通っている。
二階堂千尋は家賃を浮かすため同じ俳優養成所の早見優とルームシェアしている。
ときを同じくして早見優の兄も妹を連れ戻しに上京してくるのである。
兄は役者志望の妹に言う。

「私に言わせりゃあ、努力なんかしたって無駄だよ。
素人の私たちにだって分る。顔がよけりゃあスターになれる。
可愛いけりゃあなれる。うまい下手なんか、関係ない。
演技の勉強いくらしたって、チャンスなんか来ないよ。
それでも一生懸命やってる。それじゃあ可哀相じゃねえか。
目を覚ませ。人間の幸せはそんなとこにはねえ。
早い話、スターが幸せとは限らねえ。
バカな夢見ねえで、いまの自分の生活を幸せだ、と思える人間が一番幸せだよ。
地道に生きることを覚えた人間が一番幸せなんだ。
そういうこと分らなきゃ、分るように教えてやるのが、兄弟じゃないかね?
あんたのお姉さんだって、そう思うから、秋田から来てるんでしょうが?」(P151)


首肯する大竹しのぶである。大竹しのぶはまだ独身。
というのも、かつてこんなことがあった。故郷の秋田で縁談がまとまっていたのである。
相手は製材所の跡継ぎ、柴田恭平。
ところが、柴田恭平は披露宴直前に婚約を解消して上京してしまったのだった。
偶然、大竹しのぶは東京で柴田恭平と再会する。
いまは売れない劇団を主宰しているという。

「病気なんだ。(「なんの?」) 分らねえ。
ただ、俺みたいに病気にかかって、東京でウロウロしてる奴が、何千人ているんだ。
(……) 俺はあんたと一緒になって、製材所のあと継いで、やってくつもりだった。
世帯持つ日が、段々近づいて来ると、それがどうしても嫌になった。
(……) もっと刺激のある人生を送りてえ。東京へ行きてえ。
ネオンや看板がワーッとある賑やかな所へ行きてえ。(……)
結婚しようって男がいうことじゃねえ。
バカな気持だってことは、よく分ってて、
どうしても、あの山ン中で跡継ぐのが嫌になった、
だけどただ賑やかな所へ行きてえ、なんて、そんなこと、
あんたにいったって分って貰えねえ。
あんたは、地道に、いい家庭つくろうと計画立ててる。
俺は、だけど、温和しく、製材やってく自信がねえ」(P147)


「私が嫌になったの」と問いただす大竹しのぶに柴田恭平は「そうじゃねえ」。
「あんたのことは好きだった」
「好きだったから一緒になって、滅茶苦茶にしたくなかった」

突然、事件は起こる。二階堂千尋と早見優が何者かに誘拐されるのである。
大竹しのぶは柴田恭平らと協力して犯人のアジトを突き止める。
ところが、そこにはピストルを持ったマフィアがいる。
山田太一ドラマらしからぬ光景である。
マフィアのボスは役者志望の若い女を食い物にしている。
ボスは芝居が嫌いだというのである。反抗した柴田恭平をボスは射殺する。

「俺は芝居なんぞ大嫌いだ。芝居で腹がふくれっか?
稲一粒麦一粒育って行くか? 手前らだって飯食ってるくせに、
百姓嫌って、都会へ出て、フワフワ、テレビだ芝居だって。(……)
俺がどう間違ってるかいってみろ。やりこめたら、ナイフは捨ててやる。
芝居やテレビが、なんの役に立つだ? そんなもんにウツツぬかす娘どもに、
故郷(くに)さ帰って働けっていうのが、何故悪い?」


東京の妹を連れ戻しに来たはずの大竹しのぶが反論する。

「なにもなかったらどう? (「なにが?」)
テレビをニュースだけ、お芝居もなくて、歌もなくて、この世から、
ドラマも舞台も、なんにもなかったら、どう?
(「さっぱりしてええな」) 嘘よ(「なにが嘘だ?」)
私は、たまらないと思うわ。なにか夢を見たいと思うわ。
歌でもいい。ちょっとしたお芝居でもいい。
周りの、ほんとの世界だけじゃなくて、なんか、夢が欲しい。
きっと、そう思うわ。(「俺は、そんなものはいらねえ」)
それは強い人なのよ。そんなに強くない人は、夢を見たくなるの。
時々夢を見て、味気ない日をまぎらすの。
それが、なかったら、たまらないの」(P166)


マフィアのボスが大竹しのぶに襲いかかろうとした瞬間、かれも射殺される。
そのあと拍手する音が聞こえる。死んだものも、みんなよみがえる。
すべてが芝居であったことがばらされるのである。
すなわち、大竹しのぶ以外は、みんな役者でグルになっていたのである。
柴田恭平を中心とした売れない役者たちは、大竹しのぶが妹を連れ戻しに来ると知り、
ひと芝居打とうと考えたのである。大竹しのぶはまんまとだまされた。
売れない役者はじぶんたちだってやればできるじゃないかと歓喜する。
というのも俳優養成学校が経営難で閉校する。
このたびの大芝居は、その最終公演も兼ねていた。

大竹しのぶもやり返す。

「菜美(妹)を連れて帰ろうとして来たっていうのは、口実なの。(……)
そんなことでもいわないと、両親、一週間も東京へやってくれないもの。
(「じゃ、本当は?」) 本当は、結婚の三月前に、東京へとび出して行った、
この人(柴田恭平)を見つけようと思ったの。
新宿のバーで見た人がいるっていうんで、一週間かければ、
見つかるんじゃないかと思ったの。
はずかしいけど、口惜しいけど、私、この人(柴田恭平)忘れられないの」(P169)


その場を飛び出す大竹しのぶ。追いかける柴田恭平。
果たして最後の大竹しのぶのせりふは嘘だったのか、それとも……。
たとえ嘘だったとしても、嘘からなにかが生まれる予感を残してエンディングロール。
大竹しのぶをだました売れない役者たちがアルバイトに精をだす日常が描かれる。
あたかもそれは視聴者が嘘の世界から味気ない現実へ引き戻されるかのように――。
白塔山公園の頂上から黄河を見ていた。
視線を上に移すと、厚い雲の奥にぼんやりと落ちかかる陽が見えた。
ビールをのんでいた。ふしぎなことだが公園の茶店になぜか冷たいビールがあったのだ。
値段を聞いたらおばちゃんが1本5元(75円)だという。
ふざけ半分といつものくせで「2本8元」でどうかとたずねると、聞いてみるものである。
あっさりと了解してもらう。「黄河」という銘柄のビールであった。
「黄河」をのみながら実物の黄河を見ていた。中国文明発祥ともかかわる大河である。
黄河流域で文明が誕生したのは、いまから5千年もまえのこと。
中国史は何度か学ぼうとしたが、ついぞあたまには入らなかった。
これのせいかもしれないなと自嘲しながら再度、酒盃を干す。
テラス風のこの場所にいるのはわたしだけである。
おばさんは離れたところで札束を数えている。顔に当たる風が心地よかった。
酔いを意識した。ここに来るまえにも食堂で3本のビールをあけている。
なぜ異国の地でこうも酒ばかりのんでいるのかじぶんでもあきれる。
これでは日本よりよほどひどい。
本日4本目のビールも空になったので5本目を持ってきてもらう。
目のまえに酒があるからのむのだと思う。空のコップはあまりにもさみしい。
なにもさみしかないよと酒でいっぱいにする。
黄河を見る。どれだけながめていようが変わることのない大河である。
西から東へ流れゆく。
コップ満杯の「黄河ビール」も、河が流れ陽が沈むように口から喉へ進み体内へ落ち込む。
黄河にかかる中山橋を見やると人民も車も流れている。

店じまいのようなので、あわてて余っているビールをのみ干す。
「まだいいよ」というおばちゃんに8元きっかり渡す。
登って来た道とは反対のほうから降りてゆくと広場に出くわす。
頂上とは異なりひとが集まっている。あちこち円座して麻雀に興じていた。
思えば、今日は日曜日なのである。
酔ったのであろう。階段で何度も足を滑らしそうになる。途中で物乞いの老婆がいた。
母が生きていたらいくつになるのだろうと思った。
10元を物乞いにさしだしたのは酔っていたからだと思う。
バンコクから旅をはじめて2ヶ月を超えたが、
物乞いに喜捨をしたのはこれがはじめてである。
老婆の笑顔から安らぎを得られるわけもなく、
むしろなにものかに責められているような暗鬱とした気分になった。
公園を出て、中山橋にさしかかると客引きがうるさい。
小船で黄河をクルージングしないかと言うのである。
値段を聞くと、驚くほど安かった。どこにでも連れて行きやがれと思った。
どこへでも流されていこう。酔いは悪いほうへ進行していた。
自暴自棄のわたしは客引きの言うままボート乗場に歩をすすめた。
立ち止まる。ビールを売っていたので買うことにする。
黄河に揺られながら酒をのむのも悪くない。栓抜きと専用のコップは常に携帯している。
なにをしているのだと客引きがこちらを振り返るので、いま行くよと手を振った。

手漕ぎの船を想像していたらエンジンのついたものだった。
救命胴衣をつけるよう言われたが邪険に振り払った。
こんなところで死ぬはずがない。死ぬなら死ぬでそういう運命なのだろう。
外国人になにをいっても無駄だと思ったのか操縦者はそれ以上は無言だった。
黙々とエンジンを発動させ黄河を、思いのほかのスピードで疾走する。
これではビールものめやしない。途中で、船をとめてもらう。
夕闇が迫ってきているが太陽は雲のはるか向こうで沈んでいるようである。
うっすらと桃色がかった雲の厚みに日暮れを知らされる。
ひとりで小船に乗り込んだところで楽しいはずもない。
することもないのでビールをあおる。操縦ひとり、客ひとりである。
向かいの男にビールをすすめたが言下に拒否された。痩身の中年である。
見ると、右足の膝より先がなかった。そのうちわけのわからぬ歌をうたいはじめた。
むろん、アル中の客へサービスをするいわれなどない。
うたいたいからそうしたにすぎないのであろう。
横をいくつかボートが通り過ぎてゆく。家族連れが多い。
もう時間だから行くぞと舵手が指示した。急いで残りのビールを流し込んだ。
もとよりぬるいビールである。うまいはずがない。惰性でのんでいるのである。
どのみちひとりなのである。どこに行こうが酒でものまなければ時間のつぶしようがない。
岸に小船を着けわたしをおろすと、こちらを振り返りもせずにかれは去っていった。

帰りたくなかったので黄河を見ていたのだったか。
黄河を見ていたかったから帰りたくなかったのか。
河岸に腰をおろし、わたしはビールをのんでいた。
黄河は白塔山公園から見るよりも、このように間近で見るほうがいい。
周囲は縁日のような賑わいである。
旅行者がひとりビールをのんでいようが人目を引くことはない。
玩具を売っている露天商をなにともなしに見ていた。
ネジを巻くと動く玩具である。カメだったと思う。一様にうごめくカメの群れ。
動きがとまったカメを露店の兄ちゃんがひろいあげネジを巻く。また動きはじめるカメ。
見ているあいだ、だれひとり買うものはいなかった。
あきらめたのか玩具を箱につめると露天商はその場を引き払った。
気づくと陽は完全に沈んでいる。ふらふらした足取りでもう1本ビールを買い求めた。
どうにでもなれと思っていた。どのみちなるようにしかならないではないか。
いくらなんでも、まさかこんなところで酔いつぶれはしないだろう。
黄河のまえでビールをのんでいた。家族連れもカップルも目に入らなかった。
黄河だけを見ていた。こんなところでのんだくれてどうしようもないなと思った。
けれども、どうしようもなかったではないか、とも思った。
風景がぼやけてきた。夢のなかにいるような気になった。
いつしか河が光を帯びている。闇が濃くなったためであろう。ボートの灯が目立つ。
黄河は露店の光も吸収している。はじめて黄河をきれいだと思った。

むかしきれいなひとがいたと思った。むかしすてきなやつがいたと思った。
泥酔していると一瞬、時空を飛び越えたように思うときがある。
いまわたしはなにをしているのだろう。これはいったいなんなのか。わからない。
どうしてこうなってしまったのか。
なんでこんなところで中国人にまぎれて孤独な自棄酒をのんでいるのだろう。
笑いだしたくなる。こんなはずではなかった。
みんなはどうしているのだろう。NHKに入社したものも、集英社に入社したものもいる。
いまごろ、かつての仲間は社会の第一線で活躍していることだろう。
結婚して子どものいるものもいるはずである。
それなのに、なんでこの男は、
ここ蘭州の黄河のほとりで、酒ばかり浴びるようにのんでいるのか。
おかしいよな。なんだよこれは。なにか悪い冗談じゃないか。
ちょっと待てよ。みんなどこへ行ったんだよ。かくれんぼか。おれは鬼なのか。
どこに隠れているんだ。ひとり取り残されてしまったのか。このまま鬼を続けろってか。
冗談にもほどがある。笑いがとまらない。笑っているうちにだれか出て来るんだろう。
ドッキリだったって。みんなで驚かせようとしているんだよな。
まさかほんとうにおれだけ取り残されたのか。みんなはるか先へ行ってしまったのか。
鬼ごっこをして遊んでいるつもりなのはおれだけなのか。

待てよ。どうしてこうなったんだ。
蘭州へ着いたのは今日の昼過ぎだ。駅前のホテルに即決した。
昼飯でも食おうかとぶらぶらしていたら学生の多い安食堂が目についたので入った。
ビールを3本のんだ。
とても美人の子がいたのだった。
彼女を、絵に描いたようなマジメな男子学生が口説こうとしていた。
横目で見ながら、おもしろくてつい長居してしまった。
それでビールを3本ものんだのだった。
白塔山公園への行きかたを店のひとに聞いたら、例の男子学生が口を挟んできた。
丁寧に行きかたをメモに書いてくれた。バスを乗り換えてここまで来たのだった。
違う。そういうことではない。昨日は天水にいた。王さんという中国人と乾杯した。
「家族はいいもんだよ」と王さんは言った。
ホテルへ戻ってから白酒をがぶのみした。
それからお母さんと思ったのだった。涙があふれてきたのだった。
数えきれないほど考えたことなのに、それでもふたたび問うしかないのである。
母はなぜ6年前、わたしの目のまえで飛び降りたのだろう。
なにゆえ息子に母の死を見せなければならなかったのか。
母はあれを見せておいて、それからどう生きろというつもりだったのだろう。
それも息子の悪口を書き綴った日記を遺して、である。
人間なんて堕ちるのはたやすいものである。あの日から坂道を転げ落ちてきた。
どうにもならなかった。なにをやってもうまくいかなかった。
いまだにわからないことばかりである。生とはなにか。死とはなにか。
だから酒をのむ。どんどん廃人へ近づいてゆく。
簡単なことなのである。息子も自殺すればいいのである。
母が死に子が死ぬことでひとつの円環が閉じる。
おそらく仏教ではこれを宿命というのだろう。

黄河を見ながら、死にきれないと思う。
闇のなかを流れゆく光を見ながら、生きていてよかったと思う。
母も生きていたらこんな光を見ることができたかもしれないのに
なぜ死んでしまったのだろう。
そして、なぜいまわたしはこんなところへいるのか。こうして酒をのんでいるのか。
流れついたとしか思えないのである。
じぶんで決断をして黄河のほとりまで来たとはとうてい思えやしない。
流木のようにあちこちぶつかってここ黄河へたどり着いたというのが真情である。
これからどうなるのだろう。日本へ帰国したところで明るい未来などあるわけがない。
どんどん悪くなるばかりだろう。転げ落ちてゆくじぶんのすがたしか想像できない。
いっそのことここで野垂れ死にできたらと思う。
将来になんの希望もない。それは職業作家にはあこがれるが、
じぶんに才能がないことくらいこの6年でわかっている。
ビールをのむ。もうどうにでもなれ。さらにビールを購入する。
わくわくしているじぶんに驚く。おい、このままのみつづけたらどうなる?
不幸ぶっている自己をにやにや客観視する道化が目を覚ましたのである。
自意識過剰には我ながらあきれるが助かったとも思う。
そうだよな。これからどうなるんだろう。
どんなみじめな死にかたをするのかちょっと見てみたいよな。
「黄河ビール」をがぶのみしたら、この「黄河」はわたしをどこへ流してゆくのか。
このまま毎日ビールをのんで生きてみよう。きっとビールがどこかへ流してくれるだろう。
泥酔のただ中で垣間見た光である。おそらくは実体などないまぼろしに違いない。
だが、今日のところはこのまぼろしに身をゆだねよう。
ホテルへ戻るため立ち上がる。駅へ行くバスを探せばいいだけである。
そのまえにすることがあった。
中山橋へ戻り、だれも見ていないのをたしかめるとこっそり余りのビールを黄河へ注いだ。
「創価学会」(島田裕巳/新潮新書)

→みなさまの身近に創価学会員はいませんか?
学会を好きか嫌いか問われたら、うーん、嫌いではない。むしろ好きなほうかな。
尊敬する宮本輝先生が入信なさっている宗教団体ですから。
ご存じないかたのために、簡単なおさらいをします。
創価学会は日蓮を大聖人とあがめる日本最大の宗教団体。
学会員さんは主婦も高校生もみんな「法華経」を読んでいる。
まあ、意味なんて二の次なんでしょうがね。

なぜか創価学会とは縁がない。友人知人親戚ひとりもいなかった。
父方の実家も母方の実家も、低学歴の貧乏人ばかりだから、
ひとりくらいいてもいいはずなのだが。
父方は新興宗教の「生長の家」にはまっていた。母方はハイカラなプロテスタント。

いままでブログで創価学会のことをいろいろ書いてきたがアプローチはない。
1回くらい座談会とやらに参加したいのですが、だれか誘ってくれませんか。
冗談ではありません。ただし折伏(勧誘)は控えめに。自宅訪問、電話攻勢はNG。
といっても、いまの学会は信者獲得にそう熱心ではないのでしょう。
学会2世をどう放さないかが問題のようで。

創価学会、いいと思うけどな。信仰があると毎日の張り合いが出るでしょうし。
それに学会は地域共同体の壊滅したいま、唯一残る自然なお見合い会場でしょう。
学会活動を一緒にしている男女が結ばれることも多いと聞く。
連帯して難関を乗り越えることから恋愛感情が生まれるらしい(本書から)。
かようにして恋人ができる。そのうえお題目を唱えたらお金持になれるんでしょ。
うん、創価学会はすばらしいと思う。しかし、だれも誘ってくれない……。
あした用事で信濃町に行くからじぶんで門を叩いてみようかな。

(追記)ギャグっすよ。お誘いはご遠慮ください。当方、集団行動ができませんので。
「日蓮の本」(学研)*再読

→日蓮というのは「法華経」の毒に当たってしまったひとなのだと思う。
だれだってじぶんは特別な存在だと思いたいし、内心では思っているけれども、
世間様をまえにしたら、そんなことは考えていないような素振りを見せるでしょう。
けれども、日蓮は突き抜けてしまった。
じぶんは「法華経」に書かれてある上行菩薩だとやってしまう、狂ってしまう(笑)。
イエスがじぶんは「神の子」だという妄想にとりつかれたように日蓮も飛んでしまう。
おれは正しい。「法華経」の上行菩薩とはおれのことだ。なに、証拠を見せろだと?
おまえの目が穢(けが)れているから、おれ日蓮の実相がわからないのだ。
おれおれおれのクレイジーが日蓮である。

「我 日本の柱とならむ! 
我 日本の眼目とならむ! 
我 日本の大船とならむ!」(日蓮「開目抄」)


日蓮さん、病院でお薬のまないといけませんね、なんて思ってしまう。
こういう檄文を読んで「よし、僕も日本の柱になろう」みたいに単純に思う人間がこわい。
笑えるのは、笑ったらその筋のひとに怒られるんだろうけれども(学会員さん)、
日蓮がこれほど強く自己を打ちだせたのは、
「法華経」が釈迦本人の教説と信じきっていたからなのだから皮肉である。
日蓮が正しいのは「法華経」が正しいから。「法華経」が正しいのは釈迦の教説だから。
こういう論理である。
けれども信仰の内的世界を別にしたら、「法華経」は残念ながら釈迦の思想ではない。
1億円の宝くじが当たったとおおえばりで豪遊しているひとが、
実は当選番号を間違えていたのとおなじである。
幸いにして日蓮は存命中に真実を知らずに済んだのではあるが。

日蓮に触れると、ストーカーをまえにしたような恐怖に襲われる。
ふつう好きな女の子に拒絶されたらあきらめるでしょう。
つらくてどうしようもないときは嘘半分で南無阿弥陀仏なんて言いながら。
しかし、日蓮はあきらめない。執拗にラブレターを送りつづける。
待ち伏せも平気でする。
本人のあたまのなかでは、彼女のガードをしているつもりになっているのだ。
彼女がじぶんを受け入れないのは、じぶんのがんばりが足らないからだと反省する。
ストーカーはがんばればかならず愛は伝わると信じているのである。
言うまでもなく、被害にあった女性はおびえている。
周囲がストーカーに意見すると、
「おまえらはほんとうの愛がわかっていないんだ」と逆に恫喝される。
そのうちストーカーはじぶんが彼女から愛されているように思うようになる。
ここにストーカーの内面における相思相愛が成立する。
飛躍するようだが日蓮の人生とはこのようなものだったと思えてならない。
日蓮を狂信するひとも同様である。

うらやましいとも思う。日蓮のようになれたら幸福なんだろうな。
じぶんが絶対に正しいという信念を有する生きかたにあこがれがある。
じぶんの悪口を言うものが現われるのを、「法華経」の予言どおりだと、かえって歓迎する。
うん、この思考法だと、どんな不幸もこの人間を打ち負かすことができない。
強力な信仰はあらゆる逆境を歓喜に変換させる。
攻撃を加えてくるものは、真実を知らぬかわいそうな人間とあわれんでおしまい。
最強の生きかたである。

なんで日蓮のように生きないのか。「法華経」を信仰しないのか。
相性が悪いのである。「法華経」の勉強を始めたら具合が悪くなった。
神経過敏というのか。いらいらして仕方がないのだ。鬱もひどくなった。
たしかに偶然だが、こういう信仰世界では因果関係抜きの偶然のほうを重んじている。
「法華経」とは合わないのだと思う。
庶民ほど日蓮に引かれるものらしいから、あんがいわたしは庶民ぶっているが、
実際のところは、みずからが嫌うインテリなのかもしれない。
「法華経を読む」(鎌田茂雄/講談社学術文庫)

→わからないことがある。「法華経」を理解したいからこのような本を買う。
読者として求めているのは平易な解説のみといってよい。
どうしてお説教までついてくるのだろう。わたしは鎌田茂雄と面識もない。
いささか傲慢な書きかただが、カネを払って本を買ってやった。いわば客である。
なにゆえ見ず知らずの鎌田茂雄から説教をされなければならないのか。
不愉快で仕方がない。
宗教書の解説をしているとじぶんまで偉くなった気がするのだろうか。
なるほど説教をするのは気持がいい。だが、店主が客にすることはないだろう。
学者の大半がまともに社会生活も送れない欠陥人間であることを知らないわけではない。
それにしても、ひどいと思うのである。仏教学者はとくにこの傾向が強い。
説教に出会うと勘弁してくれよ、と思う。

「現在の世の中では、「ありがたい」という気持がほとんどなくなっている。
日常の生活においても、朝、元気で起きられれば、ありがたいのである。
食事をおいしく頂ければ、ありがたいのである。(この後も延々と続く)」(P286)

「願いとは思いつづけること、努力しつづけることである。
意志のあるところ、努力するところ、必ず実現されるものである。
(……) 思うこと、願うことを不断に行なうならば、
必ず道は開けるものであり、願いは実現するものである」(P162)


おまえさんはカネを払って読んでくれる人間に、ちっとは「ありがたい」と思わないのか。
願えばかなうって、なら死者でもよみがえらせてくれませんか。
なんて大学者に因縁をつけたくなるのは、
読み手が「法華経」を理解していないからでしょう。

宗教というのは要約するとふたつなのである。
「がんばれ」「あきらめよう」――。
新約聖書などはこのふたつが絶妙にブレンドされている。聖書を開いて、
がんばろうと発奮することもできれば、あきらめるしかないと慰撫することもできる。
この区分で見るならば「法華経」は「がんばれ」の宗教といえます。
がんばれ、がんばれ、である。がんばればなんでもできるが「法華経」の思想。
日蓮の南無妙法蓮華経は「がんばれ」と等号で結ばれる。
いっぽう法然、親鸞の南無阿弥陀仏は「あきらめよう」である。
実験をしてみましょう。いまから10回、南無妙法蓮華経を唱えてください。
わたしもやりますから。ほら、なんか、がんばろうという気がしてきませんか?
今度は南無阿弥陀仏をお願いします。こちらも10回。
なんだかすべてがどうでもよくなって来るでしょう(笑)。
日本人は農耕民族。農業というのは、がんばればそれだけ報われることが多い。
(比較して、たとえば砂漠の遊牧民というのは、がんばってもどうにもならない。
かなりを運に左右される)
がんばりやの日本人が「法華経」を好むのは、こういったことがあるのかもしれない。

「法華経」を作った集団というのは、
当時のインド仏教の世界でそうとう亜流だったのではないか。マイナー。
だから、経典のなかに増殖のプログラミングを仕組んだ。
「法華経」は、たとえるならウイルスである。
広がろうとする自己増殖能力を潜在的に有している。
こういう思想というのは、よほど虐げられたところからしか生まれないように思う。
むろん、学問的な根拠があるわけではない。けれども、実効の予想はつく。
「法華経」というのは、感染すると、とんでもない爆発力があるのではないか。
だれにも見向きもされない赤子の悲鳴なのだから。
じぶんをこの悲惨な赤子と同一視したとき、
赤子を助けるためならなにをやってもいいと考える。
法華経信者の生命力の秘密がここにあるように思えてならない。
「物語で読む法華経」(ひろさちや=編/すずき出版)

→「法華経」です。このような聖典を読む人間というのは3つに分かれると思う。
ひとりは、知的虚栄心のかたまりのような若者。万巻の書を読破しようとしている。
あるいは、老人。ひとは老いるといかに人間が無力か悟るもの。
したがって、人間を超えるものに興味を持つわけです。
第三は、不幸なひと。救われない人間。わらにでもすがる思いで宗教書を読む。
わたしは三番目。いい若いもんが「法華経」を読むなんてどれだけ不幸なのでしょう(笑)。
それもあたまが悪いものだから岩波文庫ではなく、ついこういう現代語訳を買ってしまう。

みなさまはわたし以上に仏典などとは縁のないことと思います。
お坊さんがお経を読む。あれは漢文ですから聞いていても一般人は意味がわからない。
かれらはいったいどんな文言を口にしているのか。ちょっと勉強して帰ってください。
言うまでもなく、読み手の理解できた範囲でしか書けません。
すなわち、難しいことは書こうと思っても無理。
お酒でものみながら、へえへえ、とお読みください。

基本の基本から整理します。仏教経典とはなにか。
インドで生まれたお釈迦様が説いた教えです。
すべての仏教経典がお釈迦様の教えを説明している。
では、この「法華経」はどのような教えを説いているか。
そのまえに「法華経」という名前。みなさんも何度か耳にしたことがあると思います。
日本人にいちばんなじみのあるお経かもしれません。
大陸から仏教が入ってきたとき、聖徳太子がまず注目したのが「法華経」。
その後、最澄が比叡山を拠点に天台宗を開きます。
この天台宗は「法華経」を最高経典としている。
さて、この比叡山から世に出た宗教者は多い。法然、親鸞、道元――。
どういうことか。南無阿弥陀仏も禅宗も「法華経」を母に持つと言えなくもない。
もうひとりの鎌倉新仏教の雄は日蓮である。
日蓮は「法華経」への熱烈な信仰を説いている。
このように「法華経」は日本仏教とたいへん縁が深い。

肝心の内容に入りましょう。「法華経」でお釈迦様はどんな教えを説いているか。
基本スタイルは問答です。問いと答えで「法華経」は成立している。
霊鷲山にお釈迦様がいる。まわりに菩薩やら修行者やら、たくさん集まっている。
「尊師、これはいかようですか」と弟子がおうかがいをたてる。
お釈迦様が「ガハハ、それはこうなっているのじゃ~」をありがたい教えを垂れる。
尊師はお茶目だから、たまに奇蹟なんか起こして弟子連中の度肝を抜いたりもする(笑)。
師と弟子の対話である。大衆好みのアクション(爆破)シーンもある。
つまり「法華経」はドラマだと考えてもよろしい。
「3年B組金八先生」とおなじである。金八先生が教室で説教するでしょう。
教え子の顔が映しだされる。何度も映る生徒と、影の薄い生徒がいる。
ときには土手で金八先生がひとりの教え子と向き合う。
このドラマの金八先生を釈迦先生にかえたらば「法華経」になる。

勘の鋭いみなさまは、そろそろお気づきではありませんか。
能書きはいいから早く教えの内容を書けと思っている。
だから、釈迦先生は弟子連中にどんな教えを説いたのか説明しなさい。
実は「法華経」に釈迦先生の教えは書かれていない。
ところが、これこそ「法華経」の特徴なのです。ずるいところとも言う。
釈迦先生の教えを強いて説明するならば、「法華経」を重んじなさいである。
この「法華経」を信じるものにはかならず功徳がある。
だが、ひとたび「法華経」の悪口を言おうものなら、恐ろしい仏罰が起こる。
「法華経」はほかのどんな経典よりもすばらしい。
なぜかというとお釈迦様であるじぶんがそう言っているのだから間違いない(笑)。
ひたすら「法華経」を信じることで、だれもが仏になることができる――。
つまり「法華経」を重んじよと釈迦先生の説いているのが「法華経」。
肝心の「法華経」の内容はどこにも書かれていない。
たまにヒステリックな女性が口にする主張とおなじわけです。
「嫌いだから嫌い」「好きだから好き」の論理。
同様に「法華経」は「釈迦が良いと言っているから良い」。没論理。

恋愛をしなさいと言っているようなもんです。「法華経」に恋をしなさい。
恋というのはあれでしょう。いちおう、理由がないことになっている。純愛はね。
年収が多いからとか、学歴が高いからとか、そういう条件とは関係なく愛する。
むかし風俗店で働いていたことなんて気にしないで愛する。AV出演経験も問わない。
「好きだから好き」。これを純愛というなら、そのように「法華経」を愛しなさい。
これが「法華経」の説くところである。恋愛のすすめ。「法華経」に恋せよ。
恋人の悪口を言うやつはなにがあっても許すな。恋人をあがめたたえよ。
あなたは恋人のためになにができますか。
かつて「法華経」のために両手をみずから焼いたひともいるんですよ(きんもっ)!

最後にいちばん重要なことを記しておかなければなりません。
お釈迦様は「法華経」なんて説いていない。
釈迦が死んでから500年も経ってから「法華経」は書かれている。
どういうことか。「法華経」はフィクション。悪く言えば「法華経」は嘘八百。
もちろん「法華経」は言い訳を用意している。
ほんとうの仏様というのは、インドに生まれたお釈迦様ではない。
もっと大きな時空を超越した宇宙の仏様がいらっしゃる。
インドで毒キノコを食べて死んだ聖者は仏様の仮のすがたに過ぎない。
だって、ほんとうの仏様なら毒キノコくらいで死ぬわけがないでしょうという論理。
このくだりを読むと「法華経」は最強の仏教経典だと感服せずにはいられない。
卑近な説明をすると、無名の若者による天才宣言みたいなものです。
「おれは天才だ」と宣言する。天才だからバカな世間には理解されない。
迫害も受ける。だが、これは天才の証拠なのだ。天才だからひとから恨まれる。
天才のおれの言うことを聞かないと日本は滅びるぞ。
究極のオナニーである。言うなれば「法華経」はオナニスト宣言である――。

「法華経」の特徴は、たとえ話が巧妙であること。
なら、こちらも真似をさせていただこう。
「法華経」をたとえるならば、遺言書の偽造である。
大昔にインドで大金持のお釈迦様がお亡くなりになった。莫大な遺産がある。
お釈迦様は大した遺言を残さなかった。
いちおう「阿含経」という直筆のメモらしきものがあるが、
財産分与については明確に書かれていない。
せっかくのお宝をこのまま埋もれさせることはない。いただいてしまおう。
こうして遺言書の偽造を行なうものが現われる。
このとき偽造された遺言書が、すなわち「法華経」である。
わたしは偽造を責める気持はない。
宝の山があるのならホコリをかぶせておくよりは使ったほうがいいとも思う。
この遺言書を有効ということにしたら、どれだけの人間がうるおうことか。
すばらしいことだと思う。ただひとつ気に食わないことがある。
この遺言書は、財産をひとり占めしようとする。その強欲、独善には反吐が出る。
「童貞放浪記」(小谷野敦/文學界10月号)

→文芸誌の最新号を立ち読みしてきた。
本作品は「悲望」「なんとなく、リベラル」に続く小谷野敦の創作小説である。
著者はベストセラー「もてない男」で日本を揺り動かした恋愛研究の第一人者。
前作「なんとなく、リベラル」は1ページで読むのを断念したが(つまらないんだもん)、
新作「童貞放浪記」は小谷野敦の持つ才能が十全に展開されている。
著者の愛読者のひとりとして実に喜ばしいことである。

「あわや小説」である。聞きなれぬ用語であろう。
「あわや小説」とは小谷野敦が「恋愛の昭和史」(文藝春秋)で提出した概念である。
明治期の家庭小説から瀬戸内寂聴まで、
いわゆる大衆小説ではヒロインの貞操が破られることがないと小谷野は指摘する。
「あわや」という危機を作者が何度も作ることで物語が進んでいく。
「あわや」ヒロインの貞潔が失われるのではないかと読者をはらはらさせる手法だ。
だが、結論としては、たいがいヒロインの純潔は守られる。
このような小説を小谷野敦は「あわや小説」と命名した。
いまはだれもかえりみぬ大量の大衆小説を研究した小谷野敦の発見である。

「あわや小説」をヒロインではなくヒーローでやってみたらどうか。
小谷野が「童貞放浪記」を書く際の、ひらめきのひとつではなかったかと思われる。
設定は「悲望」の続編といったところか。またもや「もてない男」の青春を小谷野は描く。
しかし、これを自伝的小説「悲望」と同系列に見るのは誤りであろう。
小谷野は(純文学ではなく)娯楽小説として「童貞放浪記」を書いたのではないか。
鋭敏な読者は、小説の随所から作者の旺盛なサービス精神を感じ取るはずである。

ハリウッド映画の成功法則といった本を好んで読むが、
共通して書かれているのはこうである。
まず魅力的な主人公を作れ。それから敵役を設定する。最後はヒロインの造形。
この3つを物語の要所にはめこむことで、売れる作品が生みだされるという。
映画のみならず物語作法一般として通じる法則である。
小谷野敦は実践する。
主人公は大阪のH大学へ勤める童貞の金井淳。
敵役は金井をいじめる同僚の酒乱男、平木正紀。
ヒロインは金井より6歳年下の優等生、北島萌である。

娯楽小説の主人公は、階段を一段一段登るように成長していかなければならない。
小谷野敦ならぬ金井淳も、通う性風俗の店を少しずつランクアップさせていく。
金額というよりも過激度である。
最初はストリップショーで満足していた金井淳だが、
段々と「本番」(性交渉)へ近づいてゆく。
はじめてのファッションヘルスで射精した金井淳は、その男性自身(ペニス)から出血する。
処女喪失からヒントを取ったのか。
もしこれが実体験ではなく、小谷野の創造したフィクションなら、
その才能に畏怖するほかない(実体験なら笑いがとまらない)。

プロのつぎは素人である。唐突にヒロインの北島萌が登場する。
北島萌は、まるで美少女ゲームから飛び出て来たような女性として描かれる。
(美少女ゲームをやったことはないが)
世の「もてない男」たちの妄想をミキサーにかけ、
最後に涙を一滴加えたら北島萌の完成である。
小谷野敦も自覚的で、ヒロインにオタク用語の「萌え」をつけている。
この北島萌を批判して「女を描けていない」などというのは筋違いである。
たしかに北島萌は、かなりフィクションの度合いが強い。
けれども、なら、それなら、女ってなんだい?
女は「もてない男」それぞれの内面にいるのではないか?
小谷野敦の代弁をする傲慢をお許し願いたい。

「あわや小説」である。何度か金井淳は危機(好機?)に見舞われる。
我われ読者は「アツシくんの童貞が奪われちゃう~」とはらはらする(なわけねーか)。
金井淳は北島萌との「同衾(どうきん)」(ひとつの夜具で寝ること)に成功する。
金井淳の童貞はしかし「あわや」というところで守られる。
小心の金井は女体をまさぐるだけでこの日はよしとするのである。
この場面は「童貞放浪記」のエピソードにおける白眉といえよう。

「もてない男」から女は離れていかなければならない。
改札での別れのシーンがすばらしい。
小谷野がこころの底からこのシーンを書きたかったということがよくわかる。
名場面である。金井淳と北島萌は口論になる。ヒロインの捨てぜりふはこうである。
「三十にもなって!」
童貞の金井淳はこのあとの言葉を想像して打ちのめされる。
「三十にもなって童貞のくせに!」と北島萌は言いたかったのでないかと傷つくのである。
6歳も年下の非処女から愚弄される三十路の童貞――。
恋愛研究家の小谷野敦はこの名場面を書きながら涙を流していたと思われる。
これは小谷野敦という人間の核なのである。
人間存在の根幹にこのシーンがたえずあった。
むろん、このような事実があったとは思わない。
けれども、ここには「もてない男」小谷野敦のこころの真実がなんと美しく描かれているか。

野心家の小谷野敦である。
処女作「悲望」はねらっていた芥川賞から見向きもされなかった。
それならと小谷野は開き直ったのであろう。直木賞はどうだろうか。
もちろん直木賞は単発の作品に与えられる賞ではない。
活躍を継続している作家に、言うなれば功労賞として与えられるもの。
それでも小谷野敦が「童貞放浪記」で直木賞を射程に入れた可能性は少なくないと見る。
また、それが決して大言壮語にならぬほど、この小説の娯楽性は高かった。
いきおい「悲望」と比べると「キモさ」は大幅に減少している。
これを残念と悲しむ読み手も多いだろう。
だが、小谷野敦の愛読者なら「もてない男」の新たな一歩を歓迎しようではないか。
続編がこれほど楽しみな小説もめずらしい。

(追記)小谷野敦氏から誤りを指摘される。
「あわや文学」という言葉を最初に用いたのは大宅壮一。
小谷野氏はこの概念を名著「恋愛の昭和史」で発展的に活用した。
あいまいな記憶でこの記事を書いてしまったことをお詫びします。(2008/7/5)