西安2日目。きれいなホテルの一室でめざめるのは心地よい。
今日は市内の見どころを一気にまわるつもりである。
朝食のためそとへ出るが、中国人って朝なにを食べているんですか。
現地の知人などいるはずもない旅だから、このような初歩的なことで戸惑う。
またソバしかないよな。これなら早いし、まあそうまずいものもない。
かくして朝からソバをすする日本人である。

個人旅行の楽しみと苦しみは旅程作りにある。
作家先生なら編集者とガイドがプランを建ててくれるのだろうが、
それはうらやましいけれども、どこかつまらなくないか。
相反する気持がある。うらやましい。けど、つまんなくないか。
地図とガイドブックを何度も見比べて建てたのが今日の計画である。
仏教寺院を4つまわるつもりである。ぜんぶ安いバスで行く。

まずはメモ用紙に「青龍寺」と書き込む。この時点から戦闘開始である。
だれも日本人旅行者に親切にする義理などないのだ。むろん義務もない。
同様、わたしも中国人から道を教えてもらう権利はない。ひとの好意にすがるのみだ。
図々しくならなければならない。これは日本人にとってかなりの労苦。だから戦闘開始。
えいや、と気をひきしめないと中国人民に押しつぶされてしまう。
いいか。「青龍寺」だ。中国語でチンロンスー。ここに行く。行きたいではなく行く。
バス停留所へ。購入した地図を見て、あたりをつけていたバスに入る。
チンロンスー。このバス行くか。着いたら教えてくれとジェスチャー。
ここだと降ろされる。さあ、チンロンスーだ。行きたいではなく行く。
近くにいるひとにメモを差し出し、チンロンスー・ザイ・ナーリーだ。
あっちだよ。あのおばさんも行きそうだな。ついていけよ。
ほうほう、シェシェ、サンキューである。
バス停から坂をのぼると寺らしきものがある。入場料を払わなくてもいいの?
まあいいかと入る。青龍寺は弘法大師空海が恵果和尚のもと修行をした場所である。
日本の仏教団体(?)が建立した中日(日中ではない)友好の石碑がある。
おもては中国語、うらが日本語である。空海の紹介が書かれてある。
なんでカネをだした日本人が母国語をうらに書くのだろうか。
わが国の美徳の謙遜というやつかな。

空海についておさらいする。804年、遣唐使のおまけとして中国大陸上陸。
恵果和尚に師事したのはわずか半年だが、どうしてか一番弟子になる。
阿闍梨の位を師から授与される。恵果死亡の後、計2年足らずの修行で帰国。
それからの日本での活躍ぶりは学校で習ったはず(ということにしておく)。
ペテン師の香りがぷんぷんしませんか?
そもそも遣唐使の末席にでも入れるのがおかしい。若僧はどんな汚い手口を使ったか。
空海が師事した恵果というお坊さんは死期が迫っていたわけだ。
あんがいもうろくジジイだったのではないか。
ボケじいさんにハンコを無理やり押させる詐欺商法まがいの「秘法伝授」だったのでは。
フランスがえりならぬシナがえりのハクを存分に生かして日本でのしあがる空海。
こういう愚民的疑問を一掃する主張が歴史の常識となっている。
すなわち、空海は天才だった。ふたりといない秀才であった。
だから、あらゆるふしぎはない。
こう考えると、ペテン師疑惑がきれいに晴れることは晴れるが、だがしかし――。
そもそも空海の持ってきた密教なんていうのは釈迦が教えたものとはまったく別物で――。
密教のみならず根本の大乗仏教が、
正統の釈迦信者を言い負かすために作られた大がかりなペテンだから――。
これ以上、無知をさらけだすのはやめたい。
だけど、まあ、空海さんがここで学んだと思うと感慨深い。
わたしは中国から日本へなにを持って帰ることができるか自問する。
パンダグッズと酒だけでは、どうにも格好がつかないな。

寺をでると日本人の大群が。団体旅行客である。
見ると、そちらにも寺がある。もしやと思い、たずねる。
「あのう、青龍寺って、これがそうなんですか?」
初老の日本人が横柄に首肯。ひええ、とんでもない間違いをするところだった。
あとで知ったことだが、最初に入ったのは寺の裏庭のようなものらしい。

しっかり入場料を払い、今度はホンモノの青龍寺へ入る。
ガイドの女の子が寄って来る。日本語でガイドします。すべて無料です。
あたし大学生。勉強のためここでバイトしてます。
かわいい女の子である。鼻の下にうぶげのはえているのがチャーミングだった。
ほんらいならガイドはただでもめんどうだからお断りするのだが、
あまりにほのぼのした子などでお願いしてみた。
いいのかな。わたしひとりにガイドひとり。贅沢なのかもしれない。
日本人の特徴というのは、場の調和を乱さない。自己主張をしない。
たとえばなにかの場面で質問ありますか? と聞かれても決して挙手しない。
そういう点では、わたしは日本人離れしている。質問はどんどんする。
こんかいのガイドにもいやな質問ばかりした。われながら意地悪じいさんみたいだった。
「これが日本から送られた仏教書です」
「こんなもの送られても困るでしょう。中国人は日本語を読めないんだから」
こんな調子である。

それとガイドの子の日本語。ダメだよ。たしかに外国人としては立派だがダメ。
日本人旅行者はガイドのしゃべる日本語がわからなくても聞き流すでしょう。
それが日本人のいいところであることは否定しない。
日本で不法行為をしているアメリカ人が日本のお巡りさんから尋問されると、
英語が間違えていると嘲笑しながら矯正しようとすると聞いたことがある。
こうまではひどくなくても欧米人は現地ガイドの英語が間違えていたら正そうとする。
少なくとも正確な意味を知りたいと思う。
この行為のよしあしは留保しても、結果的にガイドの英語力はあがる。
比して、日本語ガイドは――。
このことを意識したわけではないが、時間があったので丁寧にガイドにつきあった。
日本語の意味がわからないところは、正直にそれはわからないと伝えた。
何回も言いなおしてくれてようやく理解する。
正確な発音を教える(ってほどじゃないけどね)。
このような些細な点でも欧米諸国と日本の相違を意識する。
最後にガイドいわく「記念に名前を書きませんか」。
奉納というやつかな。おカネを取られそうだったのでお断りする。
「字がへたで、じぶんで見るのもいやなくらいなので」
ガイドの彼女はまったくいやそうな顔をしないので、うむ、やはりかわいいとうなる。
最前の団体旅行者からたっぷりふんだくったのかもしれないけれども。
ガイドと別れてからもう一度ひとりで構内を一周する。
ひとと一緒だと、どうにも落ち着いてものを見ることができないのである。

青龍寺と書いたメモを破り大雁塔(だいがんとう)と書く。
バスはすぐに見つかる。すんなりゆきすぎて怖いくらいである。
大雁塔まえの広場には大きな噴水がある。
日曜日だからであろう。いままさに水のショーが始まろうとしている。
大音量の音楽と、踊りだす水の霊たち。それを大歓声で歓迎する無数の中国人民。
またかと笑われそうだが、あふれるなみだの始末に困った。
いいなと思った。美しいじゃないか。きれいだよ。喜んでいる人民もいい。
華やかなお祭って感じでさ。まさかこの人生でこんなものが見られるとは。
なにもかも信じられない。
中国にいることも、水が踊ることも、つられて人間が踊りだすことも。
いいな。いい。美しい。生きてるって楽しいじゃないか。
酔ってもいないのにこの感傷はなんなのであろう。
昼夜欠かさずのむ酒が脳内の感情制御部分を決定的に破壊したのかもしれない。

大雁塔は玄奘(げんじょう)が経典翻訳を行なった場所として知られている。
玄奘は、三蔵法師という名前のほうがみなさまには親しみやすいのかもしれない。
いまある教えにあきたらず、
さらなる仏法を求めてインドへの危険な旅を敢行した僧である。
多くの仏典、注釈書を持参して長安へ戻る。
いうまでもなく仏典はインドの文字で書かれている。サンスクリット語。
これを自国語の漢字にうつしかえたのが玄奘の偉業である。
おかげで日本人の仏僧も経典を読解できることになったのである。
いちばん有名なのは般若心経であろう。あれも玄奘訳が流布している。
展示室で般若経の漢訳経典を見たときは打ち震えた。
このように玄奘が翻訳してくれたから、凡愚のわたしも般若心経を読めるのである。
大雁塔へのぼるには別料金。
頂上からは西安市内が見渡せるという触れ込みだが感動するほどのものでもない。
アリバイづくりにカネがかかるのは犯罪者も観光客もおなじということか。

ランチは、うん、まずはビール。冷えてるね。よしよし。
お客さんがぎっしり入った大衆レストランである。
それからなにを頼もうか。いわゆる中華惣菜を頼んでもいいのだが、
それは夜の楽しみに残しておきたいような気もする。またソバでいいや。
よく頼んだソバがあるのだが、名前を忘れてしまった。
ブタの骨付き肉が入っていて、からいソバがあるのだが――。
肉片をつまみにビールをのみ、ソバで腹を満たす。
見ると、ひとり客はいない。中華料理はひとりで食うものではないんだな。
みんなで人数分+1くらいの皿を注文する。いろんなもので米を食う。
これが正しい中華メシ。ひとりじゃできません。ええ、ソバでもすすっときます。
さみしいからビールも許してね。西安のひとも昼からがんがんビールをのんでるけど。

大雁塔と書いたメモを破り捨て、新しいページに大興善寺(だいこうぜんじ)と書く。
売りは「中国密教発祥の地」「仏教経典翻訳の中心地」。
ネットで調べていたら空海がここで催しを開いたこともあったという。
申し訳ないが、仏教施設もここで3つめである。
青龍寺と大雁塔に深く感動していたこともある。ふらふらになっていた。
もういいやという気持と、せっかく来たのだからひとつでも多く吸収したいという
貧乏根性との葛藤である。
ここはまえにふたつと比べると観光客が比較にならないほど少なかった。
たまに中国人団体観光客が駆け足で通り抜けていくくらいであった。
かえって、くつろぐことができたのかもしれない。
もっとも印象に残ったのは入り口近くの寺院内に模造された地獄である。
ありとあらゆる地獄絵図がちゃちな人形で描かれている。
内臓をカラスについばまれる悪人。釜で茹でられる淫婦。針山に刺しぬかれる美丈夫。
ちゃんと中央には閻魔(えんま)さまがいる。
テーマパークのような地獄に、かえって感心する。
いくらなんでもこれを見て仏心を喚起されるものはいないだろう。
しかし、地獄とはなんだろうか。7年前にわたしの目撃したのは地獄だったのか。
広島、長崎が地獄であることに異を唱えるものは少ないだろう。
地獄には般若心経がよく似合う、と思う。
わたしの知るかぎりにおいて、仏教の創始者釈迦は地獄など説いていない。
だが、地獄を作りだしてしまう人間のどうしようもない宿業とはいかなるものか。
安っぽいとバカにしながら半時間もひとの来ない地獄にいたわたしである。
極楽よりも地獄のほがこころ安らぐのである。
行楽地で見た家庭円満の微笑より、広島長崎の地獄のほうが仏教に近しいと思うのは、
なにか根本的なあやまりがあるのだろうか。
おもちゃの地獄である。
けれどもここは、いままでアジアで見たどの寺院よりも居心地がいい。
むろん、繰り返しになるが、菩提心が刺激されるというのではない。
神聖な気分になるのでもない。ひたすら俗悪な地獄である。ハリボテの地獄に過ぎぬ。
だというのに、なにゆえここを立ち去りにくいのか。
もしやわたしの生きている世界だからではないか。

くたくたである。もうひとつ行く。メモ帳に小雁塔(しょうがんとう)と記す。
からだのふらふらを通り越して脳がぐらぐらしている。
小雁塔は「高僧義浄ゆかりの地」ということである。義浄? だれだそれ?
ギジョーねえ。知人にはいないな(ぼけている)。
とりあえず大雁塔に行ったのだから、小雁塔にも行かんとまずいよな。
もうこの程度の思考能力しか残っていない。体力たるやそれ以下である。
アリバイを作らなくては死罪になってしまうとおびえながら別料金を支払う。
小雁塔へのぼるためである。大雁塔の経験から、もとよりなにも期待していない。
階段をのぼっていると、お腹が突発事故を起こした。それでも貧乏人は強い。
頂上までがむしゃらに駆け上がる。むろん、頂上はそれなりに高いところにある。
けれども、諸君、いいかな。
人間はいかに高いところまでのぼりつめようがなにも見えるものではないのだよ。
おっと、説教している場合ではない。お腹が、お腹が、やばいのです。
いまたとえ眼前に釈迦そのひとが現われてもわたしを救えはしないだろう。
施設内のトイレに走ると、これが思いっきり中国式。
ドアもない。ウンコがそこらへんに落ちている。
わたしは人間である(人民ではない)。ここで妥協したら人間でなくなってしまう。
この小雁塔で、本日の行くべき観光地はすべておもむいたことになる。
大丈夫。仏さまがついている。距離からしたら近いもの。
このままホテルに帰ろうではないか。部屋のきれいなトイレで用をたそう。
ここでタクシーではなく、あくまでもバスに乗る、わが貧乏人根性よ。
それからは地獄でした。一心に仏さまにお祈りしました。
もしかしたらいきおいで神さまのほうにもお願いしたかもしれない。
バスが駅前に着くところまでは我慢できた。
ここからホテルまでは徒歩5分。その5分のなんと長かったことか。
うっとくると、歩みをとめてこらえる。
大丈夫かなと思ったらおそるおそる足をだす。
地獄は先ほどの大興善寺になどあるもんか。いまのわたしこそ地獄のただなかにいる。
そう思ったものである。ホテルへ到着。エレベータが来るまでの苦悶。
ふうう。結果は間に合ったのです。仏さまはいたと実感したのはこのときです〜。

シャワー。洗濯。ネット屋でパソコン。
南方飯店でがぶのみ、どか食い。この食堂でだいぶ日中友好をやらかしたようです。
列車は定刻どおりに西安駅へ到着する。二日酔いとは縁がない。
いくらのんでも翌朝にはけろっとしている。持って生まれた丈夫なからだに感謝したい。
西安は、かつて長安とよばれた古都である。
中国史のなかで何度も大きな役割を果たした。
日本人が身近に感じるのは遣隋使、遣唐使ではないか。
かれらが目指したのがここ長安(西安)であった。
迷わずホテルの客引きについていく。最初に声をかけてきたもののあとを追う。
こういうのは縁である。
人間がちっぽけな頭脳で選択するより、よほど大きなちからが働いている。
少なくとも、そう信じている。

「地球の歩き方」によると、西安は歴史ロマンあふれる古都。
したがって観光地をすべてまわろうと思ったら1ヶ月はかかるとのこと。
旅行者は取捨選択を迫られるわけである。この旅は求法の道のり。
なにより重視したいのは仏教関係の遺跡である。
それ以外は、たとえ有名だろうがなんだろうがすっ飛ばしていこうと決める。
ゆうべ寝台列車で計算した必要日数は6日である。
西安に6日滞在して可能なかぎり見てまわる。
いち都市に6日もいるのは西安が初めて。それだけ魅力を感じたのである。
こんかいの中国旅行のハイライトを西安に求めることにする。
ホテルの金額交渉では6日を売りにしたい思った。
6日も宿泊するのだから安くしろ! という論法である。
この客引きおじさんはホテルのなかでもけっこうな役職にあるようである。
かれと直接、金額交渉をするが、折れないんだなこれが。
1時間以上も値引交渉をする。結局、1日108元(1620円)でまとまる。
中国人は「8」という数字が好きなのだ。「八」。末広がりだからか。
ホテルでも商店でも価格の末桁が8になっていることが多い。
縁起のいい数字と信じられている。ゆえに108元。
108×6=648元。合計金額も最後が8になっているでしょう。

この値引交渉はわれながらやり過ぎたと反省する。
最後はあちらも泣きそうになっていた。何度、最低価格と提示されたか。
清潔で窓からの見晴らしもいい。すばらしいホテルに出会えた幸運を感謝する。
ここに宿泊できるのなら、よけいな体力消耗はない。ゆっくり眠れることだろう。
6日間、西安を味わいつくしてやろうと改めて思う。
しかし、そうとはいいながらも、ゆうべ寝たのは寝台である。
硬臥とよばれる座席。横にはなれるが、そこまで快適というわけではない。
疲労を無視するわけにはいかない。だが、時間がないのもたしかである。
6日しかないのだ。今日から動きださなくてはならない。

まずはなにか腹に入れよう。朝からなにも食べていない。これではいくさもできまい。
ホテルを出てふらふら駅に向けて歩く。いいところである。
駅の大通りからちょっと入ったところにある。そばには安食堂が多い。
このようなとき、どの食堂に入るかは全感覚器官をもちいた賭けとなる。
五感では足りない。あるのかわからぬ第六感まで動員せねばうまいメシにはありつけぬ。
食べるものなどなんでもいいというひとの気が知れない。食はすべての始まりだ。
うまいものを食わなくてはパワーがでるはずもない。もうランチタイムは過ぎている。
日本でも見知らぬ食堂へ入るときは勇気がいるでしょう。異国ならなおさらである。
ここだ! いきおいよく入店。店主と目が合う。いい目をしている。
冷たいビールはあるか。有没有冷的啤酒?
「イオウ(あるよ)!」と威勢のいい声が返ってきた。よろしい。一発目であるとは。
鍋を頼む。どんぶりで出てきた。鶏肉がなかなかうまい。
だが、これではごはんが食べられない。麻棘豆腐を追加。肉の入っていない麻婆豆腐だ。
ビールを昼間から2本入れ、腹にもしこたまつめこんだ。これで百人力よ。
うまいし安い。雰囲気もいい。南方飯店である。
この食堂にこれから西安滞在中、毎日通うことになる。

駅前からバスで鐘楼(しょうろう)へ行く。ここは町の中心にある見晴台。
ここから東西南北の大路を見渡すことができる。
どの方角を向いてもまっすぐ大路が流れている。整然とした美を感じる。
中華人民共和国とつぶやいている。ついに中国に来たぞ。これが中国なのか。
長安――。古来、多くの日本人と縁のある中国の大都市である。
タイのバンコクから、ついにここまで来たかという念に胸を打たれる。
見渡すかぎり近代的なビルが並んでいる。
そのくせ道路の区画は異常にさえ感じるほど整っている。
管理された近代化を、中国を、鐘楼からしかと見たぞ。
そう深く感じ入ったのは酔眼ゆえか。
近くの歩いていける鼓楼(ころう)にものぼる。
小銭を払うと太鼓をたたけるようである。カネを払ってまで騒音をだす趣味はない。

もうひとつ今日行っておきたいのは興慶宮公園(こうけいきゅうこうえん)。
鼓楼の受付服務員に聞いたところ8時まで開園しているそうである。
よかった。なんとか間に合いそうである。
だが、ここからが地獄であった。鐘楼周辺というのは、東西南北がわからなくなるんだ。
もちろん地図は持っている。けれども、どう見てもわからない。
じぶんが東西南北、いったいどの大路を歩いているのかさえわからなくなるのだ。
行きたいのは興慶宮公園である。バスで行きたい。
どの停留所でどのバスに乗ればいいのか。知りたいのはこのことである。
ところが、聞くひと聞くひと、まったく違うことを教えてくれるのである。
結果として鐘楼のまわりを東西南北一周することになる。
1時間以上もふらふらしていて、はたと気づく。
地図を見るかぎりバスに乗らなくても、1時間歩けば行ける距離だよな。
くやしいがいまとなってはいたしかたない。
結局、バスが見つかったのは1時間半は経過したころだった。
ひとから聞いたのか、じぶんで発見したのか覚えていないほど疲れていた。

興慶宮公園で日本人に縁のあるのは阿倍仲麻呂記念碑である。
ほかに玄宗や楊貴妃にゆかりの建物もあるそうだが、わたしは日本人である。
「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」
百人一首で覚えた和歌である。阿倍仲麻呂は遣唐留学生として17歳で唐を訪れる。
それから30年である。唐で出世をしためずらしい日本人、阿倍仲麻呂。
かれにも望郷の思いがあった。日本が忘れられなかった。
帰国できるかもしれぬという報が入る。
異国の友と別れの宴(うたげ)をひらく。そのおりに詠んだ歌とされている。
「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」
天空に輝く月よ、そなたはあの月に見える。故国の奈良、三笠山で見た月に。
哀しいことに帰国はかなわず阿倍仲麻呂は客死(かくし)の最期を迎える――。
空想からわれに返ると、なんてことはない安っぽい石碑なのである。
これを目当てに来た日本人旅行者のたいはんはがっかりするであろう。
けれども、わたしはこの石碑の向こうに日本を見た。阿倍仲麻呂の見た日本を、である。
いけない。感傷に走りすぎている。酒が足らぬのではないか。
公園の売店でぬるいビールを買う。酒のあてにみなが食しているソバをもらう。
ソバかと思ったら、ところてんであった。からいところてん。
むかしからところてんのどこがうまいのかわからない。半分ほど残す。
ビールはきちんとのみほす。土曜日のためか興慶宮公園では入場料を取られなかった。

腹ごなしというわけではないが、わざわざ苦労して来たのである。
公園を一周することにする。
家族連れが多い。みんな楽しそうである。
たそがれどき。闇が迫るなか子どもの笑顔が輝いている。
「みんなかへる家はあるゆふべのゆきき」
山頭火のセンチメンタルな句を思い出す。
みんな帰る家はあるけれども放浪者のじぶんは……という自嘲の句である。
長いことを旅をしている。
いまとなってはこのわたしが日本で生きていたとは思えないくらいである。
いつかは帰らなくてはならない。何ごとにも終わりがあるのである。
しかし、まだである。中国でなにかを見たい、つかみたい。
この大国ならつまらぬ旅行者のわたしにもなにかを与えてくれるのではないか。
なにかを求めているのである。見たい、聞きたい、知りたい。
それがなんなのかはじぶんでもわからぬ。だけれども――。

バスで駅前へ帰る。
駅前はたいがい終点(=始点)になっているのでバスの乗降に便利だ。
ホテルへ戻りシャワーと洗濯。ネット屋を見つけ1時間ほどパソコン。酒である。
先ほどの南方飯店へ行ってもよかったのだが、昼夜連続は気恥ずかしくて他店へ。
駅近くの食堂である。ここはダメ。皮肉にも昼の南方飯店のよさを実感する。
小さい中華饅頭でビールをのむがうまくない。
近くの売店で冷たいビールを売っていたので、ホテルの部屋でのみなおすことにする。
明日の計画を建てながらである。
中国ではビールはコーラよりも安い。ときとして水よりも安いことがある。いい国だ。
今日はパンダのふるさと成都を離れる日である。
夜行列車で西安へ向かうことになっている。
だからといって、体力を温存したりはしない。
完全に中国旅行のリズムに乗ることに成功している。
今日も朝から晩まで観光をするつもりである。
せっかく中国くんだりまで来た。つぎいつ来れるかはわからない。
これが最後かもしれぬ。なら、ひとつでも多くのものを見ておきたい。
それがかけがえのない財産になるはずである。
そういう世界で生きていこうとすでに腹を決めているのである
生きていけなかったら切腹するのみ。
切ろうとしてもかっさばけぬほどに財宝を腹へつめこんでおきたい。
無形の宝物をである。どこに宝が落ちているかはガイドブックには書いていない。
じぶんで見つけなければならない。これがこんかいの中国旅行である。

荷物をホテルに預け(ここは無料だった)チェックアウト。
いままで書いていなかったが中国のホテルは独特の料金体系を取る。
たとえば、このたびのホテルは3日300元で契約している。
デポジット(保証金)を前払いで払わなければならないのである。
外国人の場合、相場よりも多く取られることがよくあった。
まあ、かならず返ってくるのだから問題はないのだが。
このホテルには500元くらい前払いしたかな。
チェックアウト時になにも問題がないと(ホテルの備品など)保証金の200元が返される。
アジアでこのよう料金体系を選択しているのは中国だけである。
どういうことか。中国人はおなじ中国人でさえ信用していないということである。
金持が食堂へ行くとき、家から油を持ち込むのが過日ニュースで報道された。
廃棄用の油を使われるかもしれないとおびえているわけである。
中国人の厚顔無恥ぶりは中国人がいちばんよく知っているのである。
おれだったら安ければどんな劣悪な食用油でも使う。
だから、おなじ中国人のあいつらもそう考えるに相違ない。
これが中国人の思考法である。

中国人とはいかなる人種か。たとえば、あれはショックだったな。
かなり見ばえのよいホテルである。
ロビーのエレベータまえに灰皿がある。痰(たん)を入れるなかれと書いてある。
そのまえで堂々と痰を吐き散らす中国人にはぞっとした。
貧乏人ではない。けっこうな身なりをした富裕層がである。
痰といえば、おそらくみなさまが中国へ行って、いちばん驚かれるのはこの痰ではないか。
中国人はところかまわず痰を吐く。かーっぺとことさら大きな音を立ててだ。
妙齢の女性までおなじことをするのだから、なんという国なのであろうか。
しかし、1ヶ月もしたらわたしも真似をして痰を吐くようになったことを最後に付記する。

バスで青羊宮(せいようきゅう)へおもむく。
ここは有名な道教宮観。まあ、道教の寺である。なんでも四川道教の中心地だとか。
道教とはなんぞやという知識はこちらがわにはないわけである。
よって、いうなれば予習ということになるのかな。帰国してから復習するための予習。
乱暴なことを愚者の軽率からいってしまうと、寺ってどこもおなじではないか。
ヒンドゥー教、カオダイ教(ベトナムの新興宗教)、仏教、道教――。
とにかくえらいひとが祀(まつ)ってあるという意味においてである。
正確を期すとひとではない。ひと以上、カミ以下の畏怖対象である。
民衆は、この(人間を超える)大きなものへこうべを垂れる。
個が個として生きようとするとかならずどこかでゆきづまる。
かれは個を超えるものと対峙する必要に迫られる。
必要がなくてもかまわない。物見遊山でもいいのだ。
儀礼上、こうべを垂れる際、この人間はおのれを超えるものと対面している。
この体験は意識するせざるを問わず、明日からの生活の励みになる。
個はおのが位置を知らぬ。
ただ全体をまえにしてのみ個はそれを一瞬かいま見ることができる。
寺にある遺物は、それへと通じる異物でもあるのである。
宗教的建築物は異界でなければならない。
異界は狂気の世界である。儀礼なくしてひとが長くとどまれる場所ではない。
だが、はやばやとこの道教寺をあとにしたのは狂気に呑まれそうになったからではない。
霊感は持ち合わせていない。ただ時間がなかったのである。
予定では、ここのほか、ふたつ観光をしようと思っている。
急ぎ足で、思う。この旅では数えきれぬほど寺へ入った。
そのうちいくつが異界を感じさせてくれただろうか。

バスを乗り継ぎ杜甫草堂(とほそうどう)へ行く。
杜甫といえば詩聖として名高い大詩人。ここはかれをダシにした観光地。
杜甫は生涯のうち4年をここ成都で過ごしたという。
もっとも詩作に集中できた、いわば輝かしい時期であった。
地団駄を踏むほどくやしいわけである。
日本で、杜甫詩集を買ってあった(角川文庫のバカ向けのですけどね)。
いつか読もうと思いながらタイ、バンコクへ旅立ってしまった。
いま杜甫詩集があったら。かたくるしい岩波文庫のでもよろしい。
1500円でも買っていたと思う。
恥ずかしい。中国を旅行するのに杜甫すら読んでいなかったとは。
言い訳をすると、当初の旅程に中国は入っていなかったのである。
この観光地の売り文句は「中国文学の聖地」――。
文学立身を志すわたしは、それでもなにかを得よう得たいと目を凝らした。
杜甫の石像がある。背景には「国敗れて山河あり」が書かれてある。
杜甫よ、と呼びかける。若き文学学徒は詩聖になにを語りかけたか。
「杜甫先生、あなたがおのみのお酒、おいしそうですね」
酒をのむ姿勢の杜甫が石像になっているのである。
実にいい顔をして酒をのんでいる。まこと、うまそうである。
「杜甫先生、やはり酒と文学は一如ですよね。どちらも味わいなのですから」
そのとき、杜甫がかすかにうなずいたのを見逃さなかった。
「中国文学の聖地」でアル中を悪化させるわたしである。

杜甫詩集の博物館がある。
古来、編まれてきた杜甫詩集を年代順に展示しているのである。
日本の岩波文庫まで陳列されていた。
古い書物を見ると、いいようもなくこころが安らぐ。
所持したひとのことを想うのである。
いく度、どんな気持でこの書物をひもといたのか。

ここ杜甫草堂は遺跡ではない。ただの観光地。もっといえばテーマパークである。
ミッキーマウスのかわりを杜甫がしているようなもの。
したがって土産物屋の充実振りが華々しい。こっちがメインかと疑いたくなるほど。
日本語を話せる店員もごろごろいる。ここは日本の団体旅行者の定番スポットなのか。
チーフっぽいおじさんの日本語にはしんそこ驚いた。
イントネーションが完璧なのである。たどたどしさがみじんもない。
細やかな発音を完全に使いこなせている。日本人よりもうまいくらいである。
かれの日本語に敬意を表して土産を買う。杜甫酒――。
おそらく中身は安物だろう。杜甫と名づけたから価格が2倍、3倍になっている。
おじさんは、それはちがいますよと言う。
これはここでしか作っていない地酒で、特別にみなさまにお分けしているのです。
のんでみますか?
「いただきます」
強いんだ。アルコール度は52だから。
うかがう。中国人って、こういう白酒(ばいじう)をいつのんでいるんですか?
「いつでものみますよ。中国の食べ物、からいでしょう。のどがかわく。
そこへこの白酒をぐいっといれる。あとは、そうですね、食前にのむひともいます。
これを一杯のんで食欲を向上させるんです」
むかしも、たとえば杜甫も、このお酒をのんでいたわけですか?
「ええ、そうです」
自信たっぷりに言うおじさんである。
500mlの杜甫酒を80元(1200円)で買う。ここでは値切らなかった。
日本人の顔に泥を塗りたくない。
もっと買いなさいと言われたが、これからまだ旅がつづくのでと断わる。
「ミシミシ」とはどういう意味かと聞いた。
中国人が日本人に笑いながら投げかけてくる言葉である。
かの商人は一瞬困ったような顔をして、わからないと言った。

後日談だが、この酒はこのあと1ヶ月以上バックパックにおさまっていた。
わざわざ日本へ持って帰ってきたのである。
友人宅で乾杯した。これだけ苦労して持ち帰った杜甫酒である。
その友人はなんと言ったか。
杜甫酒よりも、ひと瓶3元(45円)の白酒のほうがうまいと放言。
殺意をおぼえたのは言うまでもない。
写真がある。左奥にあるのが杜甫酒。右手前方にあるのが最低の安酒。

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もう3時を過ぎている。あとひとつ行きたいところがあるのだ。
成都動物園である。ここにはパンダ館があり、
「常に十数頭のパンダがいて、こんなに多くのパンダが見られるのはここだけ」
そう「地球の歩き方」に記載されている。
たしかにパンダはおととい研究基地で見ている。
けれども、せっかく来たのだから動物園のパンダとも面会したい。
ガイドブックを見ると、どれだけたくさんのパンダがいることか。
しかし、バスが見つからないのである。
だれにどう聞いても成都動物園へ行くバスがわからない。
動物園の閉園時間は刻々と迫っている。タクシーを使わないという決まりを破る。
もう今晩には成都を発つのである。
たかだか500円をケチって最後にパンダとお別れができないのはあまりにもさみしい。
ランチを食べる時間もない、あわただしい1日である。
タクシーはさすがに早い。500円もいかずに動物園へ到着。4時近くだったか。
あと1時間ある。十分な時間である。

ところが、なのである。まったく「地球の歩き方」は――。
成都動物園は大熊猫研究基地に比べたら見劣りすることはなはだしい。
まるでパンダなんかいないのである。
なによりよくないのは、ガラス越しでしかパンダを見られないこと。
研究基地では柵をはさんで3メートルのところにパンダがいたのだが。
ここではくもったガラス越しに遠くにいるパンダを眺めるのみ。
せっかくタクシーまで使って来たのに、これではその甲斐がないではないか。
どうにもパンダとこころを通わせようのない設計なのである。
パンダはおととい丸一日満喫したからよしとしよう。
さて、なにをするか。疲れている。朝から観光地を駆け巡った。
昼食も抜いている。うん、酒ですな。
動物園の売店で聞くと、冷たいビールがある。別の売店で串焼きを数本購入。
いまさらパンダ以外の動物など見る気もしない。
かといって、せっかく来たのである。ここでビールをのみながらゆっくりしよう。
動物に興じる中国人でも見ているほうが、かえって新鮮かもしれぬ。
成都もこれで終わりか。なんとか行きたいところはすべて網羅した。

閉園のアナウンスに重い腰をあげる。バスで駅前へ戻る。
寝台列車に乗り込むまえに酒を入れておかなければならない。
3日連続でおなじ食堂へ入る。もう顔なじみである。
言わなくても冷たいビールがでてくる。
さてと、あまり時間はないけれども、なにをつまみましょうかな――。
ほろ酔い気分でホテルへ戻り荷物を取る。
もう中国へ来て何日になるのか。中国を舐めはじめている。
具体的に書くと、時間ぎりぎりで列車に乗り込むわけだ。
「歩き方」には1時間前に駅へ行けと書いてあるが、おまえの言うことはもう信用しない。
このときは15分前に駅構内へ入ったのだったか。それでも余裕である。
座席でもビールをぐびぐび。白酒もいっちゃいますか。
いつ寝たのか覚えていないのは毎度のことである。