昆明で朝、起きたはいいが、なんにもすることがない。
昨日とおなじ食堂で二日連続、朝から坦々麺をすする。なれるとわるくないものだ。
今晩は7時半の夜行列車で峨眉山へ行くことになっている。到着するのは翌朝。
中国の寝台車に乗るのは初めてなので、疲れないようになにも予定を入れていない。
列車の時間までいかに時間をつぶすかだ。
荷物を招待所の専用ルームに預けると10元取られる。
さてこれで重い荷物のない自由の身。いまから晩までなにをするか。
歩こう。中国を歩こう。なんの目的もなく歩いてみようじゃないか。
果たしてどこに行き着くものか。
たとえどこに行ったとしても、昆明駅は町の中心。バスがないはずはなかろう。
万が一なにかあったらタクシーを使えばよい。
行き先も決めずに気の向くまま歩き始める。
パンダも歩けば本屋にあたる。中型書店があったので入る。
探すのはもちろん日本語書籍。日本を離れて2ヶ月。日本語が恋しくてたまらない。
どんなくだらない本でもいいから日本語の本を読みたかった。
日本ではあれだけの分量を読んでいたわたしが、
まったく活字とは縁のない旅行をしているのだ。ふふふ、日本語を発見。
安っぽい日本語の教科書である。
それでも、いわゆる教科書的な名文が収録されているのは魅力。
あるかぎり購入する。3冊で100元(1500円)くらい。
行きたいところは決まった。この日本語をどこか静かなところで読みたい。
ビールの1杯でものめればなおよし。
昆明といえば大都会である。だが、この都会には喫茶店がないのである。
静かにゆっくり本をひもとける場所が中国(昆明)にはない。
これは衝撃的な、そしてとても哀しい発見だった。
中国では本を読むような空間が町に存在しないのである。
食堂はあるにはあるが、食べたら出て行けという雰囲気。
ほかにコーヒーをのませる店というものがない。
いっそのこと一流ホテルへ入ろうか迷ったものである。
さすがにティーラウンジくらいあるでしょう。
そこで高いビールを注文してもいいから、いま手元にある日本語を読みたい。
けれども、一流ホテルにはどうしても入れぬ。
そこで入ったのがデパートだが、日本の百貨店のようなレストランコーナーはない。
仕方なく入ったのがマクドナルドである。
騒がしい音楽が絶え間なく流れているので、あまり読書には向いていないが、
ここのほかに読書をできる場所が昆明にあるとは思えない。
マクドナルドで日本語を読みながら、何度も落涙の危機に襲われる。
ちょっとでも感傷的なエッセイを読むと、目がうるんでしまうのである。
日本はいいなと思う。日本の情緒をとてもなつかしく思いだす。
コーヒー1杯でどのくらい時間をつぶしたのだったか。
インターネットもしたいので頃合を見て、駅付近へ戻る。
中国では、たいがい駅の近くに24時間営業のネット屋がある。
軽くネットをやって、さあのむぞと思う。
駅ビル(というのか、ともかく駅構内)に日本食レストランを発見する。
とんこつラーメンの店である。
哀しいが、中国ではとんこつラーメンが代表的な日本食なのかもしれない。
ここでカレー丼と、小鉢の和風惣菜2品をオーダー。
なんでも主食を頼むと、小鉢が安く買えるのである。
目当てはこの小鉢であった。日本食など、いつ以来であろうか。
高いが、冷たい缶ビールも売っている。店員はみな中国人。
どれどれ、日本人の我が輩が、味見をしてあげましょう。
これは日本食ではありません。営業をやめるべきです。
本音はこうだが、言うだけ野暮というものである。
かなり高額でも冷たい缶ビールがあることに感謝しなくてはならない。
初めての寝台列車が怖い。
こういうときに酒をがぶのみするわたしという人間を精神分析したら、
どのような結果が出るのだろうか。
ふつうは初めて中国の寝台列車に乗るなら時間に遅れぬよう最大限の注意を払う。
しかし、わたしときたら、酔ってしまえば怖いものなしと、大酒を食らう。
カレー丼はまずいのでほとんど残す。
小鉢ふたつも、どちらも半分しか食べられなかった。
さあ、寝台列車である。いちおうバックパックには先ほど買った昆明の地酒が入っている。
黄緑色の強い酒で、店員がやたらすすめるので買ったしだいである。
酔っているけれども、それでも緊張しているおかげだろう。
寝台のある車両はすぐに見つかる。初めて乗る中国寝台列車。
なんだ〜と思う。プラットホームに売り子がいるではないか。
冷えてはいないが、ビールも大瓶1本3元(45円)で売っている。
もうぬるくてもいいか。ないよりましだ。ビールを2本仕入れる。
寝台に荷物をのせる。酔っているから、なにごとも陽気なものである。
でたらめな中国語を話しながらへらへら笑っている日本人最強!!!!
列車が動き始めると、すぐにビールの栓を抜きひとりで乾杯。
マイ栓抜きとマイジョッキはこの旅の必需品である。
ビールの2本など、すぐに消えてしまう。泥酔者になにも怖いものはない。
胸をはって食堂車へ。ここではぬるいビールが6元(倍ですね)もする。
だが、背に腹は代えられぬ。90円のぬるいビールを注文。
おかしな日本人客がいるというので、列車のスタッフが集まってくる。
みんなでのもうぜと、昆明の地酒をシートから持参して、みなにふるまう。
すると、カップラーメンをおごってくれるひとがいる。
ふむ、シナのカップラーメンは初めてぞよと、インスタント麺でビールをあおるわたし。
この後は記憶がない。地獄絵図が展開されたのではないか。
目が覚めると、まったく別の寝台にわたしは寝ていたようである。
思うことは、ほう、まだ生きていたのか、なのだからノンキなものである。
しかし、自己嫌悪はしっかりとある。ゆうべはだいぶヤンチャをしたようだ。
ううう、なにも覚えていないぞ。ジュースでものむかと食堂車へ。
列車の職員(工作員)みんながニヤニヤしながらわたしを迎えてくれる。
この列車でいちばん偉いトレインマネージャーがやたら親切にしてくれるのである。
なぜかわからぬが職員のためのまかない食のご相伴にあずかる。
食べろ、食べろと、賓客のような大もてなしである。
これはまずい。だが、思い出せぬ。ゆうべなにがあったか。
だいぶ国際交流をやったような記憶はあるのだが。あるいは日中親睦だったか。
お腹いっぱいご馳走になって、食堂をあとにする。
シートに戻ると、同席客からさんざんからかわれる。
ゆうべは、あなた、いったい何本ビールをのんだのですか。
ごめんなさい。まさか列車に乗るまえからのんでいたとは口が裂けても言えまい。
それにしても、あろうことか中国でこれをやってしまうとは。
日本の恥である。あたまをかきむしりたい。
けれども、と思う。トレインマネージャーも怒ってはいなかった。
あんがいすばらしい宴会を開催してしまったのかもしれない。
といっても、ひとにめいわくをかけたのは、ほぼ間違いないわけであり……。
あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜〜とうなっているうちに列車は峨眉山に到着した――。
朝起きて、外へ出てみる。昨日は暗くてわからなかったが、うーん、中国である。
眼前にそびえる巨大な昆明駅。うごめく無数の人民たち――。
人民、人民と歌いながら踊りたくなる。
中国でよくつぶやいたのは「人民め!」である。ひとり言。
中国人の厚顔無恥ぶりに辟易すると、かれらは人間ではないとおのれを慰めたものだ。
かれらは人間ではなく、人民なのだから仕方がないではないか。
昆明の朝は寒い。さあて朝食をどうするか。
招待所の横に位置する食堂がなかなか流行っているようである。
よし、食らおう。中華を食い尽くしてやる。
みなとおなじものを頼む。指さし、うなづくのみ。言葉はいらないのだ。
食べてみたら、あらら、これは坦々麺じゃあーりませんか。
日本を離れて2ヶ月。久しぶりの坦々麺である。
からいが、うまいが、しかし、だがな、いまは朝だぞ、モーニング。
なんで朝っぱらから中国人は坦々麺なんて食べられるのか。
見ると、坦々麺をすするのは、決して裕福とはいえない格好をした中国人ばかり。
ふうむ。そういうことかと納得する。坦々麺、4元(60円)なり。美味。
吐く息が白くなるほどの寒い中国の朝、熱くてからい坦々麺をじゅるじゅるすする悦楽。
昆明では、石林という奇岩で知られる景勝地が観光スポット。
けれども、ここに行くには観光ツアーに参加するしかない。
中国人のツアーに、ひとりで参加するのも気後れする。
寺だけでいいと思う。昆明では寺をひとつ見て、それでよしとしよう。
「歩き方」には円通禅寺というのが載っている。
売りは、唐代の古刹。現代ふうに言いなおすと、古いお寺である。
もちろんタクシーを頻繁につかえる贅沢旅行ではない。
バスを活用しなくてはならないのはわかっている。
しかし、どうやってバスに乗ればいいのかわからないのである。
タイ、カンボジア、ベトナムでも市内バスに乗ることはめったになかった。
外国人が日本に来たときのことを考えてください。
JRや地下鉄ならすぐに乗れるでしょう。バスはバスでも長距離バスなら乗車も容易。
けれども外国人旅行者が市内バスを乗りこなそうと思ったらたいへん。
日本人が日本で近郊バスを乗るのでさえ、見知らぬ場所ではむずかしいのだから。
この困難が、中国を旅する外国人にもふりかかる。
個人旅行でいちばん重要なことは決意である。決めること。
じぶんはここになにがなんでも行く。そう決断すことだ。
行き先を漢字でメモに書く。これを持ってバス停に行って聞きまわる。
人間、真剣に行きたいと思えば、たいがいのところへはたどり着けるというのが、
わたしの旅行信条である。
このたびも運がよかった。横断歩道で旅行会社の客引きに声をかけられる。
かれは石林ツアーにわたしを勧誘したいようだったが、
わたしにその意思ばないとわかると、ついでだからとでもいうように、
懇切丁寧にバスの乗車方法を教えてくれた。
バス停のわきに行き先一覧があること。
番号によって行き先がわかれているから、まずバスの番号に注意すること。
バスに乗ったら運転手か車掌に、目的地に着いたら教えてくれと頼むこと。
この親切な中国人のおかげで中国人だらけのバスに乗る勇気が出る。
バスは行き先にかかわらず一律1元(15円)である。
なんとか目的のバスに乗ることができた。もうこれだけで嬉しいのである。
ひとりでバスに乗れたということだけで感激できる。
この楽しさを知ってしまうと、海外にパック旅行で行くひとの気がしれぬ。
めんどうだから楽しいのである。達成感があるのである。
行き先を書いた紙を、さっとバスに乗り込みさしだす。
行くとうなづいたら運転手の近くに位置を占める。
運転手がふりかえって、ここだと示したら「ありがとう」と行って下車する。
わずか1元で円通禅寺に到着したときはとても嬉しかった。
白状すると、禅寺など舐めていたのである。
タイでもベトナムでも、数えきれぬほどの寺院を見てきた。
いまさら寺でもあるまいと思っていた。
まるで期待しないで寺へ入ったら――。
中国だ。これは中国の寺だ。思わず、泣きだしそうになった。
なみだがあふれていたことを告白する。
いかにも中国のお寺なのである。いま、わたしは、中国に来ている。
そう思うと胸をつきあげるものがある。
古来、多くの日本人が中国にあこがれてきたのである。
多くの仏僧が恋焦がれたのが中国である。
そのような大それた場所にいまじぶんが立っているということが信じられぬ。
中国の寺だから使用されているのは漢字である。
読んでいると、だいたいの意味はわかる。仏教。求法の欲望が刺激される。
知りたい。道を知りたい。これからどう生きていけばいいのか。
なにをすればいいのか。生きるとはどういうことなのか。死ぬとはどういうことか。
仏教よ、教えてくれ。仏像よ、口を開け。
おれは仏法を知りたいんだ。生死のからくりをかいま見たいんだ。
2時間ほど寺のなかをぶらぶらしていた。
「地球の歩き方」を開く。いま中国にいる。この昆明からどこへでも行けるのだ。
さあ、どこに行くか。仏教を追求したい。中国仏教を体感したいのだ。
どこもかしこも行きたいように思える。
中国は手強いぞ。東南アジアの小国とはわけが違う。
興奮して寺をあとにする。
まだ昼過ぎである。といって、なにもすることはない。行きたいところもなし。
「歩き方」を見ると、近くに動物園があるようである。昆明動物園。
結論から先に書くと「地球の歩き方 中国 06〜07」の地図は誤り。
動物園の位置を正しく記していない。
結果、動物園に着くまでかなりの時間を要した。
動物園入口で飛び上がりそうになる。パンダの絵が描かれているのである。
パンダは成都が有名だが、ここ昆明にもパンダはいたのか。
まいっちゃうな。パンダとのご対面だよ。いきなりだな、突然だな。
どう挨拶しようかな。いろいろ迷いながらゲートをくぐる。
まずは猿の芸を楽しむ。
中国まで来てお猿さんでもないと思うが、悪くはない見ものであった。
それからはパンダの捜索である。
売店のおばさんにたずねて(筆談)悲しい事実が判明する。
半年前かそのあたりに昆明の大熊猫(パンダ)は老衰で崩御したとのこと。
ああ、パンダくん。まあ、いい。成都までお楽しみはお預けだ。
園内の喫茶店でおやつにフランクフルト。
なぜかここには冷たいビールがあったので2本のみほす。
値段は7元と相場よりも高いがやむなし。
ほろ酔いで園内をまわっていると遊園地が併設されている。
むかしから絶叫マシーンは苦手なのである。酔った勢いで乗ってみようかと思う。
どうせヒマだしぃ。10元(150円)をケチってもさぁ。
中国のちんけな遊園地であそぶ孤独者は美しいかもしれぬ。
「酔ったひとは乗っちゃダメよん」の注意書きを無視して侵入。
感想は、ダメなものはダメ。むかしと変わらず絶叫マシーンは苦手。
気持が悪くなった。こんなもののどこが楽しいのかわっぱりわからない。
けれども、さっきまで仏教に打たれていた求道旅人が、
もう酔っぱらって絶叫マシーンですか? あんまりじゃないですか?
じぶんでもそう思うが、これがわたしなのだと開き直るほかない。
無性に歩きたい。行きはバスで来たが、帰りは駅前まで歩くことにする。
中国を足で味わおうなんて大仰なことを思っていたのかもしれない。
中国の、それも昆明なんていう大都市は、東京と変わらないわけである。
歩いていて、それがよくわかった。
べつに中国を感じさせるものなどなにもない。
マクドナルドがあって、どこかで見たようなデパートがあって、そのくらいである。
少しがっかりするが、それでも駅に到着するとなんだか嬉しい。
まずはシャワーだ。それから今日はどこでのむか。
駅前の大通りから、いくばくか裏側に入ったところでのむことにする。
昆明駅前の食堂は、だいたいこんなスタイル。
店の前にウインドウが。そこに今日の惣菜が盛りつけられている。
チャーハンに惣菜3品でいくら、というように金額が決っている。
アルミのプレートにじぶんで惣菜をのっけてかまわない。
さて、今日おもむいた食堂は――。
またもや「ミシミシ」である。ゆうべの食堂でもそうであったが、
日本人であるむねを伝えると、中国人は決って「ミシミシ」と言うのである。
意味はわからなくても、言語というものは感情を伝える。
「ミシミシ」が日本を愚弄する言葉であることは間違いないのである。
だが、意味がわからない。
この後、日本語を解する中国人に会うたびに「ミシミシ」の意味を聞いたものである。
知ってか知らずか、だれも教えてくれなかった。
この言葉の正確な意味を知るのは、敦煌到着まで待たなければならない。
どうかみなさまも敦煌までこの謎をお忘れなきよう。
筆者もみなさまを少し焦らしてみたくなりました。
といって、そこまで反日感情が強いというわけでもない。
テレビで放送されるような反日運動は、まあ特別なものといってよい。
たとえ概念として日本人が嫌いでも、
いま目のまえに日本人がいたら、かれをことさら嫌う理由はないのである。
この食堂でもめずらしい外国人ということでだいぶよくしてもらった。
ビールはぬるかったけどね。
この食事スタイルは気に入っている。
たくさんのおかずを少しずついただけるのは酒のみにとって悪いはずがない。
酒場歌手がまわってくる。おばさんとおねえさんの中間。
お客からカネをもらって歌うのである。
ムード的にわたしが頼まなければならない雰囲気になった。
10元(150円)だというので、まあいいかと一曲お願いしてみる。
中国歌曲などひとつも知らないので、国歌をお願いしたら場が騒然とした。
日本人は、ほらさ、中国人とかいうと愛国心のかたまりのように思うじゃない?
けれども、いざ国歌を頼んだら、みんなニヤニヤしているわけだよ。
歌手さんも、歌いたくないビームを発している。
仕事だからと中国国歌を歌い始める歌手。
みなさん、こんな想像をしてはいませんか。
中国人のことだから、肩を組んだりして、みんなで国歌を合唱とか。
同志よ立ち上がれ〜とか。
ぜんぜんそんなことないのだ〜よ。食堂の人民はみなふきだしそうになっている。
まあ、カラオケでいきなり「君が代」を歌い始めたバカがいるって感じ。
へええ、中国ってこうなのかと発見があった。
朋友、朋友♪ のところでわたしも笑いだしそうになって、
けれども、ここで笑ったら国際問題だぞとみずからを抑えてぐっとこらえた。
この食堂で新しい酒にトライ。
でかい旅行カバンをかついだ男性ふたり組が来店。
一品物の惣菜のあとに、それを注文したのである。それは小瓶に入れられた液体。
かれらは熱々の惣菜をひと口つまむ。それから目をつむって、えいやとそれをのむ。
いかにもまずそうにのむのである。
負けるもんかと思う。日本男児、ここにありを中国国民に知らしめなければならぬ。
おい、オヤジ(と言ったのだったか)。
わしにもその酒をくれんか。ああ、それだ。そこの若いのがのんでいるそれ。
これが白酒(ばいじう)との出会いであった。中国版の焼酎である。
アルコール度は、ウソじゃないぞ、52度だ〜(口から火を吹く)。
先ほどのご両人に見せつけるようにわたしも白酒を口にふくむ。
くわああ、まずいぜえ。だが、吐かぬ。どかんとのみほす。
ふたりも「やるなあ」という顔でこちらを見ている。ふっ、大和魂さ。
ふらふらになって店を出る。しかし、まだのもうというのだからこの日本人は。
屋台で串焼きを売っていたので、酒のあてにしようと数本注文。
ホテルには昨日購入したぬるいビールがまだ何本かあったはず。
焼けるのを待っていると、昆明でも女衒(ぜげん)のババアが声をかけてくる。
中国って、もしかして、売春天国なんですか〜。
マルクス主義がどうして売春を誘致するのか考えてみようと思ったが、
この泥酔状態では無理である。とりあえず女衒おばさんにはお引取り願う。
お土産の串焼きを片手に、つぎはビールだとニコニコしながら
昆明の闇を千鳥足で歩くわたしであった。
朝9時のバスで河口から昆明へ。
吐くのはいやなので朝からなにも食べていない。
果たして昆明へは何時に着くのか。ガイドブックに載っていないからわからない。
もちろんバスの運転手にも乗客にも聞いたさ。
答えはひとそれぞれ。うーん、アジアンタイム。
バス車内に外国人はわたしひとりである。
はたと気づく。ついにファラン(白人)を引き離したか。
タイからカンボジア、ベトナムといつも態度のでかいファランと行動をともにした。
バスに乗れば決ってファランがかたまって、尊大にも周囲を見くだしていた。
けれども、中国までは追いついてこれなかったか。
それもそのはずである。河口に入って驚いたのはまったく英語が通じないこと。
これではファランは中国を個人旅行できない。
ところが日本人は可能なのである。漢字でだいたいの意味ならわかる。
中国語を話せなくても、筆談という手がある。ざまーみやがれ毛唐どもよ!
さらばだ、ファラン!
白人連中はベトナムからラオスに向かうしかないのである。
悪路と聞いていたがそれほどでもないので拍子抜けする。
だが、最初のトイレ休憩はそれなりに衝撃的だった。中国公衆便所初体験。
よく知られていることだが、中国の公衆便所にはドアがない。
小のみならず大もである。いろいろなタイプの公衆便所があるが、
いまから思えばはじめてのトイレはかなり原始的な部類に入ろう。
中央に下水道のようなものがある。
あたまのなかで長い赤線を横にひいてください。
その線に大便小便が落とされる。ついたてはいちおうあるが下水は共同。
よし、図示してみようではないか。
―――――――――――――――
――+―+―+―+―+―+―+――
↑ ←♂
―――――――――――――――
便所に入る。ひどい悪臭に襲われる。大便をしている人間と目があう。
こういう手順である。クソをする人間というのは、どうしてああも滑稽なのだろう。
中国で知りえた真理のひとつである。
よくもまあ、ひとまえでウンコをできると思いませんか?
しかし、これが中国なのである。中国人=たとえひとごみの中心でもクソをできる民族。
こうご記憶なさることを推奨する。
かの国の漢字を用いて四字熟語で中国国民のメンタリティを表現するならこれしかない。
厚顔無恥――。中国人は厚顔無恥である。
ランチタイムに休憩を取るのはアジア各国とおなじである。
ドライブインのような食堂へ。
どう注文したらいいかわからない。こんなところへ来る外国人は少ないのだろう。
見よう見まねで食べものにありつく。
食べられさえすれば、なんでもよかったというのが本音である。
酒を売っていないのは腹立たしいかぎり。飲酒運転防止のため。
魚の煮つけを食らう。ご飯がやたらと多い。かっこむ。まずい。
テーブルのまえのおっさんが話しかけてくる。わかるはずないだろうが。
このおっさんはわたしが外国人であるということを理解できない。
中国は広いから、おなじ中国人でもことばが通じないこともめずらしくないのである。
さしてうまそうにも見えぬチキンをがむしゃらにメシとほおばる中国人に恐怖する。
まだ中国3日目なのである。
バスに戻る。途中の売店でようやく缶ビールを発見。命の水である。
バスが昆明に着いたのは、もう暗くなりかけたころである。
ここで降りろと言われたわけではないが、みんなここで下車している。
わけもわからずバスから出る。しかしバスターミナルでもなんでもない。
いったい、ここは昆明のどこなんだ。
寒いというのもいけない。4月初めの昆明は寒い。ジャンパーを着ているものさえいる。
バスは乗客を降ろして去ってゆく。乗客もおのおの散りぢりに。
いままで2ヶ月、アジアを旅してきて、こんなに困ったことはなかった。
アジアならどこでも、バスを降りたら客引きが群がってきたものである。
悪人顔をさけて、そのうちのひとりについていけばそれで寝床は確保できた。
ところが、ここ昆明では客引きどころか、だれもかまってくれない。
こごえるくらい寒い。半袖のTシャツでいるのはわたしくらいである。
あわてて長袖のシャツをはおる。
さてと思う。さて、どこに行けばいいのか。
まずはである。ここがどこだか知らなければならない。
しかし、だれに聞いたらいいのだ。中国では英語は通じないのだから。
とりあえず駅へ向かおうと思う。
昆明からは列車で移動するつもりである。切符を売っているのは駅。
駅前に宿を取るのが、いちばん都合がよいように思われたのである。
警察官の乗ったくるまが近づいてきた。
助けを求めた。駅はどこですか。嬉しいことに、乗せていってくれるという。
くるまでわずか5分。昆明駅に到着した。
このときの中国の警察官にはほんとうに感謝している。
寒くて、場所もわからぬ。あんなに心細かったことは後にも先にもない。
駅の切符売場はすぐに見つかった。
「地球の歩き方」によると、中国では列車のチケットがとにかく取れないという。
どこかに到着したら、その足で、つぎの行き先までの火車票(列車券)を取るべし。
昆明のつぎに行くのは仏教の聖地、峨眉山――。
昆明にはさしたる魅力を感じていない。早く移動しなければ。
しかし、中国の列車のチケット購入方法からしてわからない。
まず時刻表が必要である。制服を着た駅員に「我要時刻表」と書いてみせる。
売店へ連れて行ってくれる。1元の新聞紙の裏側に昆明発着の時刻表がある。
謝謝である。ほとんどなんの予備知識もなく中国へ来ているのである。
思えば、わたしが時刻表の読みかたを覚えたのは3年前のインド放浪であった。
ふむふむ。昆明から峨眉山へ行く寝台車はある。
これを紙に書いて窓口にだせば切符を買えそうだぞ。
個人旅行では、ひとつひとつ目先の問題をクリアーしていくしかない。
列車はなんとかなる。ならまず荷物をどこかのホテルに置くか。
ここでもわからないことだらけなのである。
河口はベトナムとの国境の町。まあ、ベトナムとおなじであった。
しかし昆明はきっすいの中華人民共和国である。
「地球の歩き方」によると、外国人が泊まってはいけないホテルがあるという。
で、このガイドブックに掲載されているのは高額のホテルばかり。
300元や400元のホテルしか紹介されていないのである。
1泊に5000円は払えない。どうすればいいのか。
駅前をふらふらしていると客引きにつかまる。待っていましたよ!
1泊90元の招待所へ連れて行かれる。たしか招待所は外国人はダメと……。
「我不是中国人(中国人じゃないんだ)」
かれの返答は「可以、可以」である。クーイー、クーイー。
なつかしい中国語だ。そうかクーイーなのか。うん、クーイーってことにしておこう。
チェックインをいいかげんに済ませる。
中国のホテルの室内は暗いところが多い。ベット横にしかあかりがないことも多々。
なぜかはわからぬ。ほかの東南アジア諸国と異なるところである。
荷物を置いて、ホッとひと息つくが、まだ今日やるべきことは終わっていない。
あさっての寝台券を取らなければならない。
何個か候補を紙に記して行列へ並ぶ。思うは、ビールである。
チケットを取ったらゆっくり中華料理でビールをのめる。
まえにエッセイで中国鉄道旅行の苦労を読んだことがあるが、
実際はまったくそんなことはなかった。すんなりあさっての寝台券が取れる。
ようやくビールタイムである。駅前の安食堂に片っ端から聞いて回る。
なにを聞いて回るのか。冷たいビールはあるかである。
ところが「没有(メイオウ)」ばかり。
10以上の食堂でたずねたがどこにも冷たいビールはなかった。
しかし、酒はのまなければならない。ぬるいビールでがまんすることにする。
ビール大瓶3元(45円)。食事は15元(225円)で惣菜を取り放題。
麻婆豆腐やらなじみの中華でぬるいビールをごくごくのんだ。
むろん外のみだけで終わるはずもない。
この日は売店で冷えてないビールを買って部屋のみ。
昆明に来て、ようやく中国来訪の実感が生まれる。なにより麻婆豆腐を食べた。
中国め。人民め。負けるもんか。おかしなファイトを燃やしながら寝入った。
へえ、こいつも日本人か。
河口の中国銀行で両替をしていた。両替にはパスポートが必要である。
うしろに並んでいた男性も赤いパスポートを持っていたのである。
同国人の気安さで声をかける。
「この角というのはなんなのですか」
中国の通貨には元の下に角がある。モウと呼ぶらしい。
「中国の公衆便所はカネを取りますが、そういうときにつかえますから、
捨てないほうがいいですよ」
親切に教えてくれる。銀行のまえに大きなスーパーがあるという。
ここも角単位で価格がついているとのこと。
感謝して、さっそくスーパーへ入る。まずなんといっても酒である。
中国ではどのような酒が売られているか。
ビールとワインには事欠かないのである。
しかし、棚のどこを探してもウイスキーはない。
タイ、カンボジア、ベトナムは、ウイスキーに伴走してもらった。
バックパックのなかには常にウイスキーが入っていた。
外でのむのはビール。ホテルの部屋に戻ってからはウイスキー。
バランスが取れた飲酒生活である。
けれども、まさか中国にウイスキーがないとは。絶句する。
河口の町をぶらついていると、また先ほどの男性と会う。
「こんな時間から置屋ですか?」
かれの第一声である。年齢はわたしと同じくらいか。
サングラスをかけている。日本人長期旅行者特有の求道者めいたところはない。
バカンスとして旅を楽しんでいるといった様子である。
チャラいと言ってしまえばそうなのだが、ふしぎと不快感はない。
「置屋、行きましたか?」
「昨日、バイタクに連れて行かれましたよ」
聞くと、かれは毎日置屋通いをしているという。
最安値は50元だったと自慢するが、嫌味なふうには感じない。
じめじめとしたところのないのがよろしい。
どこのホテルに泊まっているのか聞かれる。そこの70元の、と口を濁す。
かれは30元(450円)のところに宿泊しているとのこと。
ホテル代はけずって、もっぱらオンナにつぎこむ方針のようである。
このへんは異常なほど買春目的の日本人が多いらしい。
すでに日本を離れて3ヶ月半。バンコクから入って、マレー半島を南下。
再度、タイへ戻り、ミャンマー、中国と足を伸ばした。
そろそろビザが切れるので、これからベトナムへ日帰りで行く。
中国はビザなしで15日間滞在可能。
ひとたびベトナムへ出れば、また15日間いられるという仕組みである。
ネットカフェの探しかたや安食堂の場所を教えてもらう。
夕方、バスの停車場におもむく。河口から昆明(こんめい)へはバスしかない。
かつては列車もあったようだが、いまでは移動手段はバスのみである。
翌朝のバスチケットを取っておこうと思ったのである。
バス乗り場に大きなリュックを背負った旅行者がいる。
日本人には思えないので、英語で話しかける。バスのチケットはどこで買えますか?
向こうも(わたし同様に)へたくそな英語で教えてくれる。
かれはいまから夜行のバスで昆明に行くという。
「なんだ日本人じゃん」
最初に気がついたのはわたしである。お互い、声をだして笑う。
かれは壮絶な世界旅行者である。
もう日本を離れてから1年近くなるというではないか。
まずオーストラリア。そこで英語を勉強して、西欧各国をめぐる。
アフリカ。南アメリカ。アメリカ合衆国。インド。東南アジア。
このような旅をしている。もう旅も終わりが近づいているらしい。
南アフリカ共和国とペルーで強盗に遭った話は衝撃的だった。
あわせて100万円近く取られたという。
親に借金して旅を続けているとのこと。
人間がとてもいい。放浪者にありがちな臭みがまったくない。
すごい世界一周をしているのに自然体なのが、なんとも好ましい。
かれのことを好きになる。
「いちばん良かった国はどこですか」
「国というより、人間がおもしろいですね。
どの国へ行っても人間が変わる。そこがとてもおもしろい」
それでも、強いてあげるならミャンマーがよかったという。
ふざけて河口の話をする。知ってました? ここ売春で有名らしいですよ。
なんでも50元でやれるとか。
さっき聞きかじったことを、知ったかぶって語るのは、旅行者の常ゆえお許しを。
「え、50元? 安い。なら、いまから行ってこようかな」
「すぐそこですよ」
「荷物どうしよう」
「見ててあげますよ」
「いや」とかれは思い直す。「ぼくはミャンマーで悟ったんです」
もう性欲には振り回されないと真剣に語る表情がおかしい。旅人っていいよな。
聞かれる。「なんで夜行のバスで行かないんですか」
ホテル代も浮くし、夜行なら寝台で横になれる。
寝ているうちに着くのだから楽ちんではないか。
ここで旅なれたかれを、ちょっぴり脅してみる。
河口から昆明のバスは道がひどいって有名ですよ。
寝台バスだと一睡もできない。
さっきあった日本人(サングラスくん)も、そう言ってました。
かれは昆明から来たんですけど。寝台はゆれる、くさいで眠れないって。
もっと脅す。どちらのチケットを取りましたか。
河口から昆明に行くバスはふたつのルートがあるんです。
ひとつは比較的楽だけど、もうひとつは地獄だって。みんなげえげえ吐くとか。
ベトナムのネットカフェで仕入れた知識を披露(ひろう)する。
見ると、かれの持っているチケットは地獄経由のバスである。
「まあ、旅なれたかたですから、大丈夫だと思いますけれども」
最後には、しっかりと励ますのを忘れない。
バスに乗るというかれと別れる。1年も世界各地を旅するってどんな感じなんだろう。
この夜もゆうべ同じ屋台でビールをしこたまのむ。女衒(ぜげん)に誘われても無視。
世界旅行者のかれのようになにかを悟ったわけではないけれども、ね。
「アジア漫遊記」ままだ完結していない。
いちばん印象深かった中国のことを書いていないからである。
今日、明日のふつかでなんとか書き切ってしまいたいと思っているが、無理かもしれない。
基本スタイルは備忘録。
中国を出国したのが5月17日だから、もうすぐ3ヶ月である。
もはやギリギリという感もある。
なんとか記憶に残っているかぎりを書きとめておきたいと思う。
なお、旅行者にとっていちばんかんじんな金額のデータはすでに忘れてしまった。
交通費や食費にまつわる詳細かつ正確な情報は期待しないでもらいたい。
それと、これいわゆる旅エッセイではない。
公刊されている旅行エッセイと比較するとたぶんに物足りないと思う。
伏してあやまりたいが言い訳もある。
とにかく忘却が怖いのだ。旅がなかったことになってしまう。
いまここに荒いスケッチでもいいから記憶を文字化しておきたいと思ったゆえんである。
なお、文章の性質上、あまり凝った文体を選択することは不可能。
誤字脱字をなくすのはもちろんだが、それ以上のものを期待されても困る。
要約すると、ほんとうに申し訳ないが、これから記すのは自己満足の旅行メモ。
写真1枚すらないものである。
はじめに謝罪して気が楽になったので、本文を書き始めることにしたい。
日本を出国したのは2月4日。バンコクからカンボジアへバスで。
カンボジアからベトナムへはボートで入国した。
丸まる1ヶ月をつかい南北ベトナムを縦断。
ベトナムのラオカイから中国の河口に足を踏み入れたのは4月1日である。
早朝から少数民族の集まるバックハー市場へ行っていたので、国境越えは夕方であった。
中国の入国でもめる。役人が通してくれないのである。
理由はパスポートの写真。この旅券を取得したのは1998年。
9年前の顔写真と、いまのわたしの顔が違っているのは当たり前であろうに。
中国役人は真剣にパスポートを疑ってかかっている。
あとで日本人旅行者にこのことをパスポートを見せながら話すと、
中国役人は間違っていないと笑いながら言われた。
それだけこの9年間で顔が変わってしまっているのである。
もう日本を出国して2ヶ月が経過している。
このくらいのトラブルであわてるはずもない。
その場に座り込み、「いいですよ、何時間でも待ちますよ」とふてくされる。
30分ほどパスポートを調べていたのだったか。
ようやく中国へ入国させてくれる。
中国――。中国である。ほんとうにこの国に来ることができるとは。
10年近くあこがれていた国である。
こんかいの旅で中国へ来る予定はなかった。
タイ、カンボジア、ベトナム、ラオスとめぐり、またタイへ舞い戻る。
これが当初の計画だった。
ベトナムのニャチャンで運よく「地球の歩き方 中国」を入手することができ、
中国行きが実現したのである。
いま中国にいる。わが足は中国大陸を踏みしめている。
そう思うと叫びだしたいような感動があった。からだが震えていた。中国だぞ。
さっそくバイクタクシーにつかまる。
東南アジアならどの観光地にもいる旅行者をたかるやからである。
いいホテルを知っている、が関係するきっかけだった。
だまされようと思った。顔を見るかぎり小物である。
多少はたかられるだろうが中国入国初日。中国人になれておくのも悪くない。
こういうろくでなしの特徴は友人を装うこと。金額をはじめに聞いても言わない。
もうタイ、カンボジア、ベトナムで、このようなチンピラには慣れっこ。
せいぜいお互い利用しましょうや、と思う。
最初に連れて行かれたホテルはうるさいからダメ。
屋上で工事をしている。うるさいからいやだと言う。
違うな。言ってはいない。身振りで伝えたのだ。
このバイタク(バイクタクシー)の運ちゃんはまったく英語はしゃべれない。
つぎに連れて行かれたホテルは、まるでラブホテルのようである。
めんどくさいのでここに決める。70元(1050円)だ。
脳が興奮している。記憶が反乱を起こしている。
バイタク兄ちゃんの話す中国語が断片ながらわかるのである。
大学で2年間、中国語を勉強したことがある。10年ほどまえの話である。
それでも若いころに覚えたもののためか、まだ残っているのである。
外国旅行で必要なのは、なんといっても数字である。
金額交渉、バスの出発時間、到着時間。数字がわからないと話しにならない。
ホテルの一室でこずるそうな運ちゃんに基礎中国語の講義をしてもらう。
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、100である。
聞くと、耳が覚えているのである。
ちなみにベトナムには1ヶ月も滞在したが「1、2、3」しか数字を覚えていない。
よかったと思う。じぶんは中国語を習ったことがある。これがなんと自信になったか。
バイタク運ちゃんとの筆談交えの会話で、脳がびりびり震える。
「オンナを買わないか」としきりに言う男である。
聞くと、かれには妻子がいる。36歳と言っていたな。
こちらを信用させるためか自宅へ招待してくれるという。
なんでも見てやろうである。こんな命、惜しいもんか。
バンコクで帰りの航空券を捨てたときにじぶんに言い聞かせたことである。
いつ死んだってかまいやしない。むしろ、死ねたらこれ幸いだ。
行きましょう。お宅訪問をさせてくださいな。
かれの住むアパートはバイクで15分ほど。
奥さんと子どもがいる。ううむ? もしかして、こやつ、ほんとうに信頼できるのか。
なにをしたい? 朋友(パンヤオ)だからなんでも言ってくれ。
そうだな、まずはビールだ。それから中華料理でも食おうじゃないか。
うん、おごってやる。
バイタクに連れて行かれたのは、けっこうな構えのレストランである。
このあと中国各地でものを食うことになるのだが、かなり高級な部類に入る。
注文は中国人にまかせる。金額は、まあ、たかが知れたものであろう。
チンジゃオロースが20元(300円)くらいだったかな。
そうそう、なんでこんなに余裕があるかというと、カードが使えたからである。
シティバンクのワールドキャッシュカード。
世界のどこのATMからでも、日本の預金を、それも現地通貨で引き出せますよ、
というのがこのカードのサービス内容。
ガイドブックによると中国銀行のATMならすべてOKとのこと。
先ほど、おそるおそる調べたら、ぶじに中国元の札束がでてきた。
ただし、恐怖したことも記しておかなければ。
河口の中国銀行ATMでは暗証番号を入れなくても現金が出てきた。
どういうことか。もしわたしがこのカードを奪われたとする。
犯人は暗証番号を知らなくてもカネを引き出し放題ということである。
落とした場合も同様だ。
ビールを頼む。運ちゃんはビックブルという栄養ドリンクをのんでいる。
しかし、中国って国は! ビールが冷えていないのである。
4月の河口はかなり暑い。なにゆえビールが冷えていないのか。
ここから10キロも離れたベトナムでは、みんなビールは冷やしてのむぞ。
ぬるいビールなどのめるか。憤慨すると、運ちゃんが席を立つ。
氷を持ってきてくれるというのである。
よろしく頼むってやつだ。氷到着で、ようやくビールである。
1本で足りるはずがない。ビールのおかわり。
またバイタクの運ちゃんをパシリにつかう。よく働くナイスガイである。
ナイスガイは欠食児童のような食いっぷりである。
何日もまともなものを食べていなかったのだろうか。
もにすごい勢いでおかずとご飯をほうばる。
酒のみのわたしはあっけにとられながら、ビールをぐびぐび。
かれがひと息ついたようである。
満腹したかれは、なんとも動物的な満足感を見せている。
さあ、メシはもういいな。つぎはオンナだな。これではまるで動物である。
好奇心からついていく。河口というのは売春で有名な町である。
マーケットの2階、3階に巨大な売春街がある。
まんなかは吹き抜けになっており、ぐるりと1周、置屋が並んでいるのである。
30〜40は、その手の店があるのではないか。
いちおう床屋のスタイルになっているところが多い。
日本の散髪屋をイメージしてもらってかまわない。
鏡があって、髪を切ってもらう椅子があってという、あれである。
そこに女がたむろしている。男が通りかかると強引に店内へ誘い込む。
商談がまとまったらふたりで奥へというシステムらしい。
もとより見学だけのつもりだが、まあ、すごいもんだ。
白痴美という言葉がはじめて実感をもって迫ってきた。
バイタクの運ちゃんが置屋のババアと交渉している。
申し訳ないが、片言ならわたしも中国語をわかる。
なにを話しているんだと聞き耳を立てると、リベートを取るとか、
そういった類の悪だくみではないのである。
日本の友人だからよくしてやってくれと言っている。
まあ、こちらに買うつもりはないのだが。
そんなわけで置屋の密集地帯をぐるりと回る。
もうひとつ、似たような売春マーケットがあるのだから、まったく河口って町は。
そこにも30店舗近く娼婦のつどう床屋があった。
なぜだ。なぜおまえはオンナを買わないんだ?
なんでだろうね。買うものではないと思っているからかもしれない。
バイタクとホテルへ戻る。
お兄ちゃんの目がねちっこさを増す。さてと、そろそろかな。
こずるそうな表情でこう言ってくる。今日はだいぶガイドをしたと思う。
いくらくらいお礼をしてくれるかな。
やらなくていいだろうと思う。メシもおごってやった。
そのまえにも、わけのわからんジュースをのませている。
なにより、おまえの友情押売りが気に入らない。
「そうだね。いくらがいいかな」
ニコニコかれに笑いかけながら背中を押す。極めて友好的な態度。
おお、日中友好よ!
ドアのまえまで握手をしながら「きみの友情には感謝している」。
さっとドアを開け背中を突き飛ばす。ドアを閉める。カギを閉める。
これで終わりである。
なんのトラブルにもならなかった。かれもすぐに帰宅したようである。
まあ、奥さんと子どもを大切にな。
たまには簡単にカモにできない日本人がいてもいいだろう。
ようやくひとりになった。やっぱりひとりはよろしい酒だ。
酒がぜんぜん足りていない。まずはすっきりシャワーを浴びる。
もう外は真っ暗である。手持ちのガイドブックにはこの町の情報がない。
すなわち、地図を持っていない。だけど、まあ、なんとかなるだろう。
ふらふらとホテルを出る。直進すればいいんだ。帰るときはバックするだけ。
歩いていると、先ほどの売春マーケットに到着する。
そのマーケットまえの路上に、いくつか串焼きの屋台が出ている。
聞くと、ここのビールは冷えているという。たった3元(45円)だぜ。
屋台で串焼きをつまみにビールをぐびぐび。串焼きは0.5元(8円)から。
ベトナムでいちばん心配だったのは、中国に安い酒はあるのかということ。
これで安心である。
育ちが悪いせいか、高級店よりも、屋台でビールのほうが落ち着く。
たまに女衒(ぜげん)のババアが声をかけてくる。
こういう情報はあまり書きたくないけど、オンナひと晩100元(1500円)だってさ。
バイタクの運ちゃんは200元と言っていたから、中間搾取目的だったのかな。
それとも、もう時間が遅いためか。
ウソでもなんでもなくめんどくさい。ビールをのんでいたほうがいい。
見知らぬ町の片隅で、あやしげな串焼きをかじりながら、現地のビールをあおる。
こんな幸福がほかにあるかと思うのね。
有名になる。取り巻きと仕事半分で海外へ。みんなと乾杯。
こんなものは、つまらないよ。
旅はひとりがよろしい。気ままな、期限もない旅なら、もっといい。
幸せというのは、こういうものだと心底から実感する。
風景がぼやけてくる。よほどのんだようである。中国初日だというのに。
明らかに千鳥足でホテルまで戻る。
最後に例のバイタクの運ちゃんについての後日談を書く。
河口を離れる朝、バスストップで例の兄ちゃんと会う。
向こうは笑顔で「よお!」。こちらも苦笑いしながら「じゃあな!」。
アジアのこういうところがすばらしいと思う。
根に持たないというのか、悪気がないというのか。
うまいこと外国人旅行者をカモにするんだぜ兄ちゃん、あばよ!