「こころの処方箋」(河合隼雄/新潮文庫) *再読
→河合隼雄追悼読書。
ひそかに河合隼雄の代表作はこのエッセイではないかと思っている。
だれでも読めるわかりやすい言葉で、実に役に立つことが書かれているのだ。
ちょっと表現が正確ではないかもしれない。
いかにも役に立ちそうなことが書かれている、と書くべきだったか。
「役に立つ」と「役に立ちそう」では大違いである。
弁舌たくみな宣伝に乗せられて、屋台で役に立ちそうな十徳ナイフを買ったら、
缶は切れない、ビールの栓も抜けない、皮もむけない、
結局のところ、なにもできないゴミだったということもある。
一見、役に立ちそうだからといって、すぐ信じてはならないのである。
河合隼雄の本がどちらだか、わたしにはわからない。
ただ、あまりに役に立ちそうなのは、
なんだか怪しいぞと疑ってかかるくらいがいい、と思う。
この本は何回も読んでいるので、ほとんど内容を覚えてしまっているくらいだ。
今回の読書ではじめて気づいたことがある。まあ、鼻についたのである。
欧米人礼賛が少なくないのだ。数えたが6つあった。
我われも欧米人を見習おうという姿勢である。
どうしてかこの態度が気に食わない。
欧米人は決して日本人を見習おうなどと思うわけがない。
だのに、なにゆえ日本人がかれらをそうあがめなければならないのか。
ユングの心理学で語られる人間とは欧米人限定ではないかと思ってしまう。
たしかにユングは中国の易経に興味を持っていたようである。
けれども、あれはオカルトの一環で、
東洋人を宇宙人かなにかと思っていたのではないか。
ひどく欧米人が嫌いなわたしである。本書から欧米礼賛の例をあげる。
アメリカ人は話し合うことができる(P30)。
欧米人はユーモアのセンスがある(P59)。
ヨーロッパのひとは真の自立を知っている(P96)。
欧米人は表現方法がうまい(P137)。
欧米の民主主義は日本のような馴れ合いがない(P175)。
アメリカ人は権威の真の意味を知っている(P186)。
以前は気づかなかったのがふしぎなくらいである。
こうして集中的にピックアップするとみなさまも抵抗感を持ちませんか?
毛唐のくそったれめと。
しかし、本書は慰めになる。
「ものごとは努力によって解決しない」(P90)
これなどは心底から慰められる。
このことを深く理解している日本人がいたことに安心感をいだく。
たとえば、わたしは母の事件のことでいまも悩んでいる。
いろんなことを試したけれど、努力をしてもどうにもならないのである。
かなりさかのぼって母の主治医を訪ねてみるということもした。
インド仏跡巡礼もやった。
どうにもならないのである。死者がよみがえるはずもない。
どうしてと母には聞きたいことが山ほどあるが現世ではかなわない。
いまでも頻繁に母の夢を見る。ひとが飛び降りる夢もである。
救われないと思うが、救われないのが当たり前なのである。
これを努力でなんとかしようと思っても、どうにもならないのである。
だけど、人間だからどうにかしたいと思ってしまう。
そんなとき河合隼雄の「ものごとは努力によって解決しない」。
この言葉に触れると長い息を吐き出したくなる。ふうう。そうだようなと思う。
結局、待つしかないんだよなと慰められる。なにも(努力)しないで待つ。ただ待つ。
暗闇のなかで待つのは恐怖である。河合隼雄の言葉はほのかな灯(あかり)だ。
そのうち電池が切れて消えてしまうのかもしれない。
しかし、まだわたしという闇のなかで、河合隼雄はかすかな光をはなっている。
「満ちて来る潮」(井上靖/角川文庫)絶版
→昭和30年の新聞小説。
井上靖は膨大な量の中間小説を書いている。ほとんどが恋愛小説である。
わからないことが、ふたつあった。
なぜ井上靖は恋愛小説を書くのか(売れるからとか野暮なことは言わないで)。
なぜ恋愛ものは嫌いなわたしが井上靖の中間小説をこうも好んで読むのか。
恋愛ものが嫌いである。恋愛小説、恋愛映画。まったく関心がない。
美男美女がいちゃついているシーンなど、むかむかしてくるだけである。
けれども、井上靖の恋愛小説は――。
このたび気づいた結論は井上靖の書くものは恋愛小説ではない。
失恋小説である。だから、読むことができるのだ。
井上靖が描くのは、恋愛ではなく、失恋である。
ラストは表現媒体の性質上(新聞小説!)ハッピーエンドにせざるをえなくとも、
その過程でこの作家はふんだんに失恋を描写する。そこが美しい!
どうやらわたしは恋愛は嫌いだが失恋は好きなようである。
考えてみれば、こうも言えなくはないか。
これは個人的には大発見だったのである。
凡愚の市井人でさえも失恋においては巨大な運命と向き合うことができる。
ある女を好きになったとする。身も心もぼろぼろになるほど好きだ。
けれども、その女にはべつに好きな男がいる。どうにもならない。
どうにかしようと満身の思いで愛を告白する。受け入れてもらえない。
これだけ相手を好きだというのに、なおも相手を動かすことができぬ。
個人の意思、人間の努力のなんと無力であることか。
女ひとり、どうにもできぬのである。
このときかれは運命を見る。個を超える巨大なものを感知せざるをえぬ。
失恋シーンを引用しよう。
多田は笙子を好きである。結婚したいと思っている。
だが、笙子にはひそかに恋する相手がいる。妻のある男性である。
この日、最後の求愛をした多田を笙子ははねつける。
言ったのである。妻のいる男性を愛しているから、あなたとは結婚できないと。
それでもあきらめきれない多田である。
「じゃ、最後に一つ、あなたに伺いいましょう。
あなたはどうしても僕とは結婚できませんか」
「ええ」
「どういうわけで」
「いままでその理由ばかり申し上げて来たじゃありませんか。
どうかしていらっしゃるわ、多田さん」
「どうかしている!? なるほど、どうかしているでしょう。
おそらく、いま、僕はどうかしている」
ふたりが期せずして立ち停まったところは、そこだけ鋪道が明るくなっている、
フランス料理のネオンの看板がついているレストランの前であった。
笙子は多田信次の顔を見た。
威張っているのか、憤っているのか見当のつかない顔であった。
今まで見たいかなる場合の多田の顔より、
それは魅力のないものに笙子には見えた。
反対に多田には、今までのどんな笙子よりも、いまの笙子が美しく見えていた」(P292)
男にとって、求愛をかたくなにこばむ女の顔ほど美しいものはないのである。
ならば、ストーカーこそ、真に女の美を知るものと言えなくはないか。
好きで好きでこんなにも好きなのに、一度も自分をふりむいてくれない女の顔――。
自分を完全に拒絶する女の顔がどれだけ美しいか。
あの女には好きな男がいる。ああ、自分という存在を決定的に否定される苦痛。
これは苦痛なのか。快楽ではないか。苦は快なり。快は苦なり。
苦快一如だ。運命の女神よ!
やばいな。読書感想文から完全に逸脱している。暴走パンダ。このへんで、やめとこ。
紺野はダム建設技師である。人妻の苑子に恋をしている。
苑子にもいつしか紺野の想いが伝わる。
ある日のことである。苑子は紺野に言う。旦那と別れようと思っている。
ふたりはテレビ局の塔の上にいた。これはよくないとあわてて下界におりる紺野。
それから行くあてもなく街中を歩くふたりである。
「紺野さんは、一体塔の上で何をお考えになってらっしゃいましたの」
「僕ですか」
紺野はちょっと考えるようにしたが、
「天竜ダムの建設所長の大木田博士のことを、ふと思い出していましたね」
と言った。これは本当であった。紺野は苑子の話を聞いている時、
ふと大木田博士の短い言葉を突然思い出したのであった。
――僕は大抵のことは知っていますが、ただ一つだけ知らないことがありますよ。
いつだったかよくは覚えていないが、とにかく天龍ダムの事務所で、
大木田博士は紺野とふたりだけになった時、こんなことを言ったことがある。
紺野には、その時、彼が何を言い出すかまったく見当がつかなかった。
――一体、何です?
紺野が訊くと、大木田博士はまじめな顔で、
――それは恋愛です。恥ずかしい話だが、僕はまだ恋愛というものを知らない。
ダムのことばかり考えていて、
恋愛というものを経験する暇がなかったんでしょうかね。
大木田博士はちょっと照れたような顔をして、大きく肩をゆさぶって笑った。
紺野はこの時ほど自分の恩人であり、
大先輩であるこのエンジニーアを畏敬の目で眺めたことはなかった。
紺野はテレビ塔の上で、どういうものか、
この大木田博士の言葉を思い出したのだった。
しかし、紺野は大木田博士の名は口にしたが、このことは苑子には話さなかった」(P330)
手塚治虫氏も、恋愛をしたことがないともらしていたという。
突然、へんなことを思い出した。
では、恋愛とはいかなるものか。
人妻恋しの紺野さんに聞いてみよう。
「しかし、これだけは許されぬ。世の中に女は多いのに、
他人の細君に惚れるというのは何ということであるか。
しかし、何回、繰り返しても、いっこうに紺野の事件は解決しなかった。
瓜生苑子と一緒に、
もう一度同じ時間を持ちたいという欲望はいささかも衰えなかった」(P244)
ふうむ。単純明快である。井上靖先生によると、恋愛とは一緒にいたいと思うこと。
今現在、わたしの周辺に、だれか一緒にいたいという異性は存在していない。
ということは、恋愛をしていないということか。
恋愛をしたいと思う。それから振られたい。失恋したいのである。
ストーカーまでやれたら最高だが、わたしにそこまでできるかは自信がない。
しかし、やらねばばらぬ。すべては美を求めんがためである(言い放つ)。
「あめりか物語」(山田太一/大和書房)絶版
→テレビドラマシナリオ。1979年放送作品。全4回。
おもてに出ない歴史というものがある。
たとえばこの「あめりか物語」があつかう日系人の歴史だ。
明治時代に国の政策の一環として、アメリカに移民した貧農がいたことは知られていない。
ハワイやサンフランシスコでかれらがどれほど苦労したか。
日系人の物語である。日系1世、2世、3世の喜怒哀楽が描かれている。
あいだには日米間の戦争もあった。
米国籍の日本人の葛藤を、わかりやすくセンチメンタルにシナリオ作家は紹介する。
プロのシナリオ作家は視聴者を楽しませるものを書かなければならない。
私小説作家のように身辺雑記を書いていればいいというわけではない。
自分の知らない世界を描写することが要求される。
そのためになされるのが取材である。
この「あめりか物語」の、いわば構成比率は取材が95%と思われる。
ここで取材と対置するものとしてわたしが想定するのは実感である。
実感とは、作者の切実な思いというほどの意味。
先日、ながながと山田ドラマ「沿線地図」のせりふを引用した。
たとえば、もてない男の苦悩だった。みじめなダメリーマンの鬱積であった。
あれらは実は作者の実感から書かれていることが、エッセイを読むとわかる。
あのようなせりふの元となった感情体験がつづられているからだ。
実感のこもったせりふは山田太一ドラマ最大の魅力である。
何度、声に出して読んでも飽きない。
さて「あめりか物語」である。
山田太一には日系人の物語へのとっかかりがまったくない。
しいてあげれば取材対象者に「日本人のあなたに日系人の苦労がわかるもんか」
と見くだされた屈辱感くらい(これは「あとがき」に書かれている)。
まったく実感の置きどころがないのである。
留学体験もない。取材旅行からそれほどのものが引き出せるとは思えぬ。
それでもこれだけのものを書き上げてしまう山田太一の、
職人的ともいえるシナリオ技術には感服する。
このシナリオは楽しみながら日系人の歴史が勉強できるようになっている。
知らない世界を徐々に知らされる楽しみを満喫する。
よほど前衛的な作品でもないかぎりドラマや小説における愉悦の中心は「知る」ことだ。
当たり前のことだが、本作品を読みながら思い知らされる。
知る喜びである。
そのために作者が駆使する技術は「意外性」と「ふたつにひとつ」だ。
最初は悪人だと思っていたひとが善人であった。
愛しあっていると思ったら間違いだった。
「意外性」とは読者(視聴者)をだます技術にほかならぬ。
何度、山田太一からだまされたことか。
それがどれだけ心地よかったことか。
「意外性」が小さな刺激だとしたらば、
大きなショック(快楽)を与えるものとして「ふたつにひとつ」がある。
この「あめりか物語」から具体例をあげてみよう。
ローカルアメリカ人の嫌がらせに反抗するか我慢するかの「ふたつにひとつ」。
島に不時着した日本兵を守るか米軍に突きだすかの「ふたつにひとつ」。
おなじ日系人と結婚するか黒人のプロポーズに応じるか迷う女性の「ふたつにひとつ」。
どの「ふたつにひとつ」も、どちらを選ぶか興味が尽きない。
前提としてあるのが、わたしだったらという思いである。
わたしだったらこうするが、さてドラマではどちらが選ばれるか。
これはフィクションの楽しみの原形といってもよい。
順序は逆になるが、最後に小さな刺激を紹介する。
これは低質なドラマで頻繁に使用される小手先の技術。
けれども、これを巧みに使えるかで、ドラマの味わいが変わってしまう。
いきなり視聴者にショックを与える手法。混乱させる。
典型的なのは第4話の冒頭。
いきなり引ったくりのシーンからスタートする。
視聴者はなにが起こったかわからない。先を知りたくなる。
いわば軽いショック療法である。
これには盗難や喧嘩、つばぜりあいが使われる。
第2話。ホテルでの盗難も、この手法の具体例である。
以上、中、大、小の「知の誘惑」システム(笑)を分析してみた。
この知のからくりに感傷を加えたら「あめりか物語」の完成である。
このドラマにおける感傷は、泣くというかたちで現われる。
歴史のどうにもならぬ激流にのみこまれることによって生じる愛別離苦――。
愛するひとと別離する苦しみである。生別も死別もある。
ひとは愛別離苦に対して、ただもう泣くしかない。
いくら努力をしても克服できぬ愛別離苦を山田太一は美しく描く。
歴史のまえにはこうべを垂れるほかないのである。
今回の読了報告は、こちらの感動を書かない分析的なものとなってしまった。
決してこの山田太一ドラマを軽んじているわけではない。
シナリオ作家の職人芸のうち、目に見える部分のみを紹介したにとどまる。
この名職人は、わたしのような凡人の気づかぬ屋根裏にそっと工夫をしているのであろう。
最後に恒例のせりふの引用をする。
どうやらこの引用のみを楽しみにしている読者もいるようである。
期待には応えるのがうちのブログの方針である。
1916年、サンフランシスコでホテルを経営する圭造である。
日本でいざこざを起こして海外へ出た圭造であったが――。
「この年になって、足すくわれた。
帰りたかとよ。もう、日本へ帰りとうて、矢も盾もたまらん。
損得なんぞ、どうでもよか。
俺ば殺すって奴がおるなら、殺せばええ。日本で死にたか。
こぎゃん外国で、これ以上生きて行く気力もなんものーなった。
日本がなつかしうて、たまらん。
英語もすかん。洋食もすかん。
なんぼ景色がようても、そぎゃんもん、見とうもなか。
日本、恋しや、ばい(と唸るようにいい)
日本に生まれたなんて事は、いうてみりゃあ偶然のようなもんたい。
生まれた国がなんだっちゅうとか。
人間、世界の何処へでも出て行って生きりゃあよか。
そう思っとったが――日本、恋しや、ばい。
こりゃあ、一筋縄じゃあ、いかん事(こつ)ばい」(P69)
しつこいと言われそうだが、ここも「ふたつにひとつ」である。帰るか、留まるか。