世の中にはこういうバカがいる。
きのうの山田太一ドラマを共産党礼賛の作品だというのである。

「遠い国から来た男」、何なのだろう?
http://akiyochan.at.webry.info/200707/article_9.html


上記のブログは場合によって作者の思うままに変更されうる。

わたしも日本共産党は大嫌いである。
けれども、共産党よりも嫌いな存在が現われた。
このあたまの悪いおばさんである。
テレビ作家はこのようなバカも相手にしなければならないのだから大変である。
バカにはなにを言っても通じないことを知っている。
この記事もそのうち削除する。

ちなみに「遠い国から来た男」の視聴率は11.6%(たぶんかなり低い)。
「沿線地図」(山田太一/角川文庫)絶版 *再読

→小説バージョン。シナリオ版と比較するのが目的で読んでみた。
山田太一はシナリオ作家なのだと思う。
小説も決してつまらないわけではないけれども、
シナリオから得られるような感動がない。あの打ちのめされるような感動がない。
この程度なら自分でも書けるかなと傲慢にも思ってしまう。
シナリオを読むときに感じる、恐怖にも似た圧倒感がないのだ。

けれども、山田太一はよろしい。
なんでこんなに山田太一が好きなのかな。
初対面のひとなんかにたとえば聞かれる。好きな作家はだれですか。
ううむ、正直に山田太一と白状できるか。
見くだされそうだとか思ってしまう。
相手がインテリだったりすると、とくにねえ〜
答えは小説「沿線地図」のなかにある。また引用しちゃうよ。

「フランス料理屋の小部屋などへ入ったのは、はじめてであった。
金がないわけではない。洋食に高い金を使う気がしないのだ。
洋食が一番つまらない。
高いビフテキも、運ばれて来て食べてしまえば十五分で終りである。
ワインをのめば、そのワインがまたバカ高いと来ている。
スープをのんでアイスクリームを食べたって、一時間ももちゃしない。
そこへ行くと、鍋物だって、中華だって、天ぷらだって、
もっといろいろな味が楽しめるし、時間もかけられるし、気取った給仕はいないし、
どれだけ楽しいか知れやしない。
こういう所を好きな人間というのは、どっかで自分を偽っているのだ」(P81)


まったく同感だよな。つまり、まあ、庶民ってこったな。
小市民根性と言い換えてもよい。
「金がないわけではない」などとまず金のことを考えるのがいいんだ。
庶民はカタカナの多い小説というのがもうダメなんだ。
村上春樹が好きというともてるらしいが(古い早稲田大学系情報)、
あんなものはね、登場する横文字の音楽がそもそもわかりゃしない。
アメリカちゅうのは敵国でしょうと聞いてみたくなる。
村上龍先生の人気もさっぱりわからない。
このひとも小説にカタカナを多く使うでしょう。モチベーションってなんですか。
この国には希望がないって、あたしら国のことなんてどうでもいいでがすよ。
だから、山田太一なんだよな。
たとえば、「沿線地図」から。小さな電気屋の主人。娘は家出してしまった。
妻は急用で実家へ戻っている。

「一人きりの夜というのは、四、五年ぶりであった。
『早めに閉めて、のむか』
ゆっくり独り言をいって、暫く外を見ていた。
寿司屋の出前が、自転車で駅の方から住宅地の方向へ通過して行く。
これであと十数える間に、誰も通らなかったらシャッターを閉めようと思う。
シャッターを閉め、テレビをつけ、
電子レンジでコップ酒の燗をして、ゆっくりのむのだ。
なにかエロがかった番組でもやってりゃあいいのだが、と思う」(P192)


いいね、いいね。商売にやる気がないのがまずよろしい。
決断力がなく、運まかせの生活態度全般が好ましい。
シャッターを閉める決断すらできないのかとバカにしてはいけません。
仕事のあとにクラシック音楽を聴くわけでもない。テレビというところがすばらしい。
ワインでもウイスキーでもない、コップ酒。
見たいテレビ番組はNHKではなくエロ番組。最高ではありませんか。
かっこつけるのはやめましょうぜ。人間、こんなものでしょう。
で、たまーになにかに目覚めたかのようにゲージュツに触れてみるけれども、
どれだけがんばってもわからないものはわからない。
それでも、わかったふりをする。帰宅してからモーツアルトはねえ、なんて言っちゃう。
おカネもほしいし、きれいなおねえちゃんにもあこがれるけど、
いざそのようなチャンスが来るとワナじゃないかだなんてたちまち尻込みしてしまう。
もちろんあとで後悔する。ウソをつく。
おれはねえ、もうちょっとで大金持になるところでさ、
けどな、おねえちゃんを救うためにな、おれはね、そのチャンスを棒にふったんだ。
とかなんとか。山田太一ワールドである。
山田太一がこれほど好きということは、わたしもこのワールドの住人なのかな。
まあ、生まれと育ちは変えられぬということだ。
「沿線地図」(山田太一/大和書房)絶版

→テレビドラマシナリオ。1974年放送作品。全15回。

(1)「いま幸福ですか?」

いまの連続ドラマでは毎回、タイトルがつくでしょう。
あれがいつから始まったか、だれが始めたかは調べたけれどもわからなかった。
1983年放送の大ヒットドラマ「ふぞろいの林檎たち」には各話のタイトルがある。
このドラマから例をあげると「学校どこですか?」「恋人がいますか?」
「生き生きしてますか?」「なにを求めてますか?」「親友は誰ですか?」
「キスしてますか?」「どんな夢見てますか?」「大きな声が出せますか?」
「ひとの心が見えますか?」「胸をはっていますか?」。
「ふぞろいの林檎たち」からほぼ10年前におなじTBSで放送されたのが「沿線地図」。
このころはまだ一話ごとにタイトルをつけるならわしはなかった。
けれども、たとえばなにかこの「沿線地図」全体にサブタイトルをつけるならば――。
「いま幸福ですか?」がいちばんふさわしいように思う。
いまあなたは幸福ですか。ほんとうに幸福ですか。満足していますか。
これでいいのですか。このままでいいのですか。こんなもんだとあきらめてはいませんか。
もっとなにかあるとは思いませんか。
いまのあなたはたかをくくっているだけでありませんか。
臆病になっているだけではないですか。一歩足を踏み出してみませんか。

ドラマの1、2、3話では、冒頭、高校生の志郎のモノローグからはじまる。
志郎は東大も確実と言われているほどの優等生である。
志郎の父の誠治は一橋大を卒業後、銀行へ就職。エリートコースを歩んでいる。
山田太一ドラマ「沿線地図」はこのように始まる。

●大型ノート

高校生らしい鉛筆の字が書く。夜のアパートの一室である。
鉛筆の走る音と、私鉄沿線のおそい夜の雰囲気音が、かすかに聞える。

「ぼくたちの心の中には、出来事に対して、他人に対して、
ひどく無関心なところがある。
なにかを、ぼくたちは、喪ってしまったような気がする」

書き終えると、志郎の声がそれを読む(P3)


第二話冒頭でも大型ノートに志郎の文字がつづられる。

「長いこと、ぼくは涙を忘れている。熱い感情を喪くしてしまっている。
なんだか、すべてに対して自分が冷たいような気がしてならない」(P26)


第三話も同様にスタートする。

「損か得か。楽か、楽じゃないか。
そういうことばかり考えて生きて行くことをやめようと思った。
しかし、それじゃあ、どう生きたらいいのかということは、よく分からなかった。
分からないまま、ぼくと道子は行動を起こした」(P52)


第四話にはもう志郎の独白はない。ひとりではないからである。
志郎はおない年の道子と同棲をしている。家出をしたのである。
高校を中退した。大学も行かないことにした。ありきたりがいやだった。
志郎と道子が出会うシーンから引用する。道子はおかしな子であった。
ふたりでハンバーガーを買った。道子はわざわざ歩道の真ん中で食べるのである。
店員から注意された。優等生の志郎はすぐに従った。道子は動かない。
歩道の真ん中でハンバーガーを食べている。志郎はありきたりな注意をする。

道子「(笑っている)」
志郎「おかしいかな」
道子「来て」
志郎「いやだね」
道子「どうして?」
志郎「大体――こんな事で、つっぱったって仕様がないじゃない。
道の真中で食べたからって、どうだっていうのさ?」
道子「私はね、こういうことでもつっぱってないと、
肝心な時も、つっぱれなくなると思うの(キッパリという)」
志郎「(その正当性にドキリとしている)」
道子「そうじゃない?」
志郎「(目を伏せ)そうじゃないと思うね(と辛うじて反論する)」
道子「いらっしゃいよ、こっちへ」
志郎「いやだよ」
道子「おたくって、そういう人? 
規則とか常識とか、そういうことに、すぐ従っちゃう人?」
志郎「すぐ従うってわけじゃないけど(といい返そうとする)」
道子「(かぶせて)でも従っちゃうんでしょう? 温和しいんでしょう?
勉強なんか出来て、ビクビクそうやって一生送っちゃうんでしょう
(と大きな声で挑発的にいう)」
志郎「(カッとなって)おっきな声で、なに言うんだよ!」(P11)


志郎が家に帰ると、母の季子が内職をしている。
益子焼きを主婦仲間に転売するのである。
いくらもうかるのかと志郎は聞く。微々たるものである。
季子は、それでも継続していけば、
いつかは数万円の利益がでる商品を扱えるかもしれないと言う。

志郎「幸せ?」
季子「え?」
志郎「そうなると、幸せ?」
季子「なによ、それ?」
志郎「すごく陳腐な質問していいかな?」
季子「どういうこと?」
志郎「お母さん、幸福?」
季子「(笑ってしまう)」
志郎「(自分もちょっと照れて、笑う)」
季子「えーと、これで、こっちは箱がないから、と(と、包む仕度をしたりする)」
志郎「(見ている)」
季子「これと、これが、中里さんの分と――」
志郎「(見ている)」
季子「なにしてるの。勉強しないなら、お風呂入っちゃうとか、
さっさとなんかして頂戴」(P19)


志郎と道子は東中野で同棲を始めた。
ふたりとも近くの市場で朝早くから働くことにした。
なにも問題はなかった。自由が快適だった。ところが連絡が入る。
志郎と道子、どちらもひとりっ子。親が会いたがっているのである。
志郎は父の誠治と会う決意をする。しゃぶしゃぶ屋へ入るふたり。
このあたりの会話のクソマジメさは、泥臭いと現代なら嘲笑されるであろう。
当時も、このシーンに象徴される山田ドラマの泥臭さを
敬遠したものは少なくなかったのではないか。
けれども、いまよりは少なかったはずである。
30年前は、なんでも笑い飛ばせばいいとはみんな思っていなかった。
どこか真剣なところがあった。まじめにものを考えるところがあった。
山田ドラマが支持されたゆえんである。しゃぶしゃぶ屋――。

志郎「お父さんは、損得をちゃんと考えて、順調に安全に生きて行こうとする人間と、
そうじゃない人間とどっちがいいと思う?」
誠治「若いうちは、どうしても無鉄砲な方がいいと思うのだろうが」
志郎「そうかな? 
若くたって、安全で楽で順調なコースを狙う奴の方が多いと思うな。
公務員の試験になんか殺到するっていうじゃない」
誠治「うむ」
志郎「ぼくにも、そういうところあるんだ。お父さんにもあるよね?
どっかへ就職すると、その人生を一生守っちゃうような所あるよね?」
誠治「いけないかな?」
志郎「いけないっていうより、幸福じゃないと思うんだ。
全然、いきいきしないで死んじゃうような気がするんだ」
誠治「一生というものは、お前が、たかをくくるような、簡単なもんじゃないよ」
志郎「多分そうなんだろうけど、ぼくは、とにかく、
いい大学、いい会社っていうような、
そんな事ばっかり考えて生きていくのがいやになったんだ」
誠治「――」
志郎「高校でやめれば、こんな事、のぞみようもないだろ?
いやでも、別の人生を歩こうとするよね?
こういう風に、自分の人生を狂わしてみたかったんだ」
誠治「――食べないか」(P106)


山田ドラマは視聴者へ問いかける。問題提起する。
あなたはどう思いますか? あなただったらどうしますか?
その場で笑っておしまいのドラマもときにはいいが、そればっかりではいけない。
山田太一ほどの作家なら視聴者を笑わせ泣かすことなどたやすいのである。
なるほど笑わせよう、泣かせようじゃないか。けれども、ちょっと考えてくれないかな。
ドラマの登場人物の生きかたをどう思いますか。なぜあなたはそう思うのですか。
あなたはいまどのように生きていますか。再び、問う。
高校も卒業しないで、ありきたりがいやだ、
いきいきしたいと同棲を始める男女をあなたはどう思いますか?

父の誠治は自分の根幹が揺れている。息子に大学くらい出ろと言えないのだ。
父の謹造のもとへ相談に行く。謹造はひとりがいいとアパート暮らしをしている。
謹造は孫のふしだらに激怒する。どうして息子を叱らないのかと誠治を叱る。
志郎をうまく叱れない父の誠治を、祖父の謹造が叱っているという構図に注意したい。

謹造「説得すりゃあいいことだ。男には学問が必要だ。そんな自堕落をしとったら、
一生下積みで終りだとかお前がよくいい聞かせればいい」
誠治「しかし――」
謹造「聞かなんだら、殴ってもいい、蹴とばしてもいい。
若いうちから女と同棲などしとるようでは、
ロクなもんにならんと分るまでいいきかせりゃあいい」
誠治「ええ。ただ――」
謹造「なんだ?」
誠治「怒鳴られそうですが、学問して、いい会社へ入って、課長だ部長だと、
昇って行くことが、あくまで――幸福なんだといい切る確信が、
親にないというか――」
謹造「なにをいうとる。女と同棲して、ゴロゴロしとる方が、
将来のためになるというのか?」
誠治「いえ、ごろごろしてるなら、勿論許しやしません。
しかし、あいつは朝五時半から起きて働いているんです」
謹造「かばうのか?」
誠治「かばうわけではありませんが――」
謹造「勝手をした子供を、叱ることも出来んのか!」(P152)


最終話近く、謹造は孫の志郎から道子が妊娠したことを聞かされる。
ありきたりなパターンである。若くして同棲。妊娠。先は知れている。

志郎「どう思う? うんだ方がいいと思う?」
謹造「うむ――(考えるような目)」
志郎「そりゃあ、おじいちゃんの年代の人は、おろすなんて、
とんでもないって、そう思うのかもしれないけど――」
謹造「んにゃあ」
志郎「(謹造を見る)」
謹造「うむことは、ない」
志郎「え?」
謹造「つまらんよ、うむことはない(といって上って行く)」
志郎「(意表をつかれた思いで見送る)」
謹造「(ふりかえらずに上って行く)」
志郎「(見送っている)」
謹造「(見えなくなってしまう)」
志郎「(――立っている)」(P333)


どういうことか解説する。志郎はいま父親になるかの境目なのである。
子を持つのは果たしていいことなのか。
謹造は考える。息子の誠治はなんともふがいない。
誠治も、孫に家出されてそれきりである。親子の関係などこんなものではないか。
つまらんよ、うむことはない――。
謹造はこの足でアパートへ戻ると首を吊る。
およそ現代のドラマでは考えられぬような暗さが「沿線地図」にはある。
ペーソスである。この横文字は哀愁と訳される。
つまらんよ。生きていることなんざ、つまらんものだ。
むろんドラマの結論ではない。山田ドラマはいつものようにラストは明るく終幕する。
だが、その明るさは、やりきれない厭世観を払拭するにはいたらない――。

(2)「ダメなひとはダメですか?」

「沿線地図」は初めは新聞小説として書かれた。
これを山田太一自身がシナリオ化してドラマ「沿線地図」が完成したわけである。
比較すると、なかなか興味深かった。小説には出てこない人物がいるのである。
小説の場合、どうしても物語の主筋を離れることが容易ではない。
しかし、テレビドラマはかなり遊びを許す余地が残っている
なんといっても1回45分を15回も放送できるのである。
このためテレビドラマには、小説にも映画にも登場しないタイプの人間が現われる。
これがまたすばらしいのである。
たしかに脇役なのであろう。だが、かれらのなんと輝いていることか。
幸福とはなにかを問うメインのかたくるしいストーリーよりも、
むしろこちらのほうが味わい深いということもできよう。

現代のテレビドラマは切実な人間を描かないでしょう。あるいは、切実な現実。
人間、がんばればなんでもできるというようなことを平気でいう。
ドラマにおいて、努力している人間はかならず最後には報われる。
だけどさ、あまり大声で言いたいことでもないけど、現実ってそうじゃないよね。
なにをやってもダメなやつというのはいるでしょう。
がんばっているんだけど、どうもヘマばかりしてしまう。そのうち性格がゆがんでくる。
テレビに登場するのは美男美女ばかりで、
みんな恋愛がすべてみたいなことを言うじゃない。
ドラマだけではなく、バラエティでも、なんでもさ。
けれども、現実にはもてない人間がいるわけでしょう。
がんばればもてるというのはウソだと思う。
まさか「電車男」を本気に受けとめるひとはいないよね。
宮台真司のように声高に「もてないやつは一生もてない」と宣言されるのは不快だけど、
かれはやっぱり事実を言っているわけで、もてないやつはもてないのよ。
おなじようにさえないやつは一生さえないままで終わることが多い。
「電車男」のようにがんばれ、なんて説教されたくないな。
やっぱダメだと、自分がダメなことがわかると、性格がゆがみます。
そういう人間を、山田太一は無視しないんだ。
がんばればなんとかなるという文脈ではなく、そのまま静かに描く。
とてもきれいだと思う。

「沿線地図」からふたりのダメ男を取り上げたい
まずは志郎の上司である正平(28)。おなじ淀橋青果市場で働いている。係長。
正平のト書きに山田太一はひどいことを書く。
「実にもてないだろうというタイプ」(P175)
正平は志郎が気に入らない。正平は高卒(もしくは中卒)。
だのに志郎は大学へも行ける環境なのにおかしなことを言って高校を中退している。
いつも休憩時間にはむずかしそうな本を読んでいるのも、
本など読んだことのない自分への当てつけのようで癪(しゃく)にさわる。
なにより不愉快なのは志郎がもてることである。
ふざけるな。もてない男の怨念である。
正平はことあるごとに志郎に当たる。じゃまだと蹴りつける。
ところが、憎たらしいほどに志郎のほうは人間ができている。
もてる男は人間性がゆがまないとでも山田太一は言いたいのか(笑)。
志郎は上司の正平をのみに誘う。相談にのってほしいとお願いするのである。
自分は未成年だから酒はのまない。係長はのんでください。
相談にのってもらうんだからぼくがおごります、なんて殊勝なことを言う志郎。
正平はみっともなく酔っぱらって正体をなくすまでのむ。
翌日、正平がカネを返そうとすると、志郎は今晩おごってくださいという。
昨日とおなじやき鳥屋である。

正平「そうかよ。競馬の話が、そんなに面白かったか」
志郎「ええ。トルコの話も、よかったけど」
正平「そんな事お前、あっちこっち行っていうなよ」
志郎「いいません」
正平「そりゃお前、お前より十年、年上なんだから、
その分世間のことは、くわしいや」
志郎「はい」
正平「お前ら、すぐ年上をバカにするけどよ」
志郎「そんなこと――」
正平「謙虚に聴く気になりゃあ、先輩は先輩だけのことはあるもんよ」
志郎「そう思いました」
正平「(志郎の顔を見て)調子いいな」
志郎「本当にそう思ったんです。自分はなんにも知らないなって、
つくづく思ったんです(終りは目を伏せていう)」
正平「そうか(とビールを注ぐ)」
志郎「時々、話聞かせて下さい」
正平「いや、俺もな」
志郎「はあ?」
正平「お前のこと、多少誤解してた向きもあるよ」
志郎「いえ――」
正平「しかしな、これでお前、仲良くやって行こうって、
さっぱりとしちまうわけにもいかねえんだよな」
志郎「そうですか?」
正平「たしかに、お前はよく働くよ」
志郎「いえ――」
正平「ミスも笈田なんかに比べりゃあ、ずっと少ないや」
志郎「はい」
正平「しかし、顔がいけねえ」
志郎「顔が、ですか?」
正平「俺は別にお前がいい顔をしているとは思わねえがな」
志郎「はい」
正平「女は思うだろ?」
志郎「さあ」
正平「思うから、十八でもう同棲なんてしてるんじゃねえか」
志郎「ちょっと、ちがうと思うけど」
正平「会社の女だって、みんなお前にはいい顔をする。
しかし、人格的にお前が特別すぐれてるか?」
志郎「いえ――」
正平「顔だよ。顔が女好きする顔だというだけで、お前はもてる」
志郎「しかし――」
正平「そりゃそうよ。そりゃあお前のせいじゃない。
お前に文句いうのは、スジがちがう。じゃ、誰に文句いったら、いいんだ?」
志郎「さあ――」
正平「お前が、そういう顔してて、俺がこういう顔してて、
顔のおかげでお前はもてて、俺はどっちかというと、あまりいい思いをしていない」
志郎「――(返事に困る)」
正平「それを誰かに文句いえるか? 
なんでこいつは顔がいいだけで、俺よりもてるんだ? って誰かに文句いえるか? 
いえねえや。そんな事いえば、笑いもんよ」
志郎「――(返事に困って、薄く微笑して顔を伏せていて、うなずく)」
正平「しかし、しかし不公平は、ちゃんと存在している。
したがって、不公平だなあ、畜生、と思う気持もなくならない」
志郎「――」
正平「なくならないまま陰(いん)にこもる」
志郎「――」
正平「だからな、お前みたいな二枚目とな」
志郎「二枚目じゃありません」
正平「二枚目なんだよ。女は、そう思うんだ」
志郎「――」
正平「お前みたいな奴と、心からうちとけることはあり得ないんだ。
二枚目でなくなりゃあ、別だよ。
二枚目でいる限り、俺は、お前と、うちとけないね。
畜生、なんだあの野郎、つまんねえ男のくせに、なんであいつばっかりもてるんだ、
と心の中で、やり場のない恨みをね、もってる」

(スナック「かもめ」でのもてない女のシーンが描かれ、再びやき鳥屋)

正平「まあ、お前なんか、一生見合いなんかしないかもしれないけどな」
志郎「いえ――」
正平「やなもんだぞ、お前。パッと逢ってよ、向うが綺麗でよ。
だけど俺のことなんか好きになる訳ねえな、
とピンと来ちまった時の見合いなんてのはよ」
志郎「はあ」
正平「いやなもんだぞ」
志郎「係長は――」
正平「なんだよ」
志郎「なんだか、決め込んでるけど、俺は二枚目じゃないし、
特別女にもててもいないんです」
正平「そんな事いったって駄目だよ。俺の方がいい男だと思うか?
俺の方が素敵だと、女が思うのか?」
志郎「――」
正平「顔がいいとか悪いとかいうことは、どうしようもねえことで、
どうしようもねえだけに、やりきれねえもんよ」
志郎「――」
正平「――(ビールをのむ)」(P195)


翌日も市場で志郎をいじめる正平である。
自分から台車をぶつけておいて、どかねえかと志郎のあたまを殴る。
壮絶なもてない男である。書き写しながら何度も大笑いをした。
いいシーンだと思いませんか。正平がいとおしくなりませんか。
このあと正平が、風邪を引いた道子の見舞いにいくシーンもすばらしい(P256)。
しかし、あまり正平をひいきにすると
書き手についてあらぬ邪推をされる危険があるのでこのへんでやめておこう。

ふたりめのダメ男は田中である。サラリーマン風。
志郎の父親の誠治は、ある晩、酔ってこの男と喧嘩をしたのである。
ふだんなら相手にしない誠治だったが、その日は息子のことでいらだっていた。
うっかり喧嘩の相手をしてしまった。相手を殴りつけた。
喧嘩を売ってきたわりには弱い男であった。
翌日のことである。田中から銀行に電話があった。昨日のバーで逢いたいという。
場面はバーの中である。

田中「(前回で喧嘩の相手をしたサラリーマン風の男である。
カウンターの奥でビールの小瓶を前にしている。孤独な印象でのむ)」
誠治「(入口を入って立つ)」
田中「すみませんでしたねえ」
誠治「いや(と身構えた気持で)どっちみち今夜は寄るつもりでした。
こわしたものはないそうだが、ともかくこの店に迷惑はかけたんで」
田中「いいえ。表へ出てやったからね。店は別に、どうってことはないですよ」
誠治「あなたは(怪我は)どうですか?」
田中「私?」
誠治「電話で伺おう、と思ったら切ってしまわれたんで」
田中「暗くて、よく見えないかもしれないけど、こっち側、
ここ(と今まで見えなかった左側を見せると、目のあたりがあざになっている)
はれちまった。フフ」
誠治「それは――すまなかった。しかし――」
田中「どうぞ(と腰掛けろ、という顔)」
誠治「昨夜の(とカウンターに手はつくが、腰掛けず)
私に、非がないとはいわないが、元々はあなたがからんで来た喧嘩でね。
どっちかといえば、あなたに非が多いと思う。その結果の殴り合いで、
多少顔がはれたからといって、私に補償の義務はないと思いますね」
田中「あなたに、いつ補償を求めましたか。金をよこせ、といいましたか?」
誠治「じゃあ、用事はなんです?」
田中「小杉さん(と外のバーテンへ)グラスもう一つくんないか」
誠治「(外へ)いいんだ。私はいいんだ」

(中略)

田中「(ビールをさし出し)一杯くらい、いいでしょう?」
誠治「(仕方なくグラスをとり)用件は、なんですか?」
田中「(注ぎながら)あの男(バーテン)、私のこと、なんていってました?」
誠治「別に――」
田中「(外で)聞いてたじゃないですか」
誠治「よく知らない、ということで――」
田中「蒲団屋の臨時雇いでね、打直しの見習いみたいなことを――やってる。
配達もしてるけど、あまり評判がよくなくて、馘(くび)かもしれねえ」
誠治「(うなずく)」
田中「前はね、ちょっとした病院の経理にいたんだけど、病院そこやめちゃってねえ」
誠治「――(うなずく)」
田中「あとは転々としている。臨時雇いを転々としてるんですよ」
誠治「――(うなずく)」
田中「もっとも、いい学校を出た訳じゃなし、
はじめから隅を歩いてたようなもんだから、たいして落ちぶれた気もないけど、
あんたみたいなエリートを見ると――」
誠治「そんなもんじゃありませんよ」
田中「ひがみが出る。面白くない」
誠治「なにが――いいたいんですか?」
田中「土下座をね、して貰おうと思って」
誠治「土下座?」
田中「手をついて、すみませんて、謝って貰いたい」
誠治「(ムッとして)なにをいう」
田中「嫌ですか?」
誠治「嫌って君。謝って貰いたいのは、むしろこっちの方だ。
君がいろいろいっても、私は相手にしなかった。
しかし、あまりしつこかった。たまりかねていい返したんだ。
土下座をして、あやまるなんて、そんな、理由がない。無茶をいわないでくれ」
田中「理由があるかないかなどという事は問題じゃないんです。
私は、ただあんたが土下座をして手をついて頭を下げるのを見たいんですよ」
誠治「私がそんな事をしてみても、なんの意味もない。
総理大臣や、どっかの社長にさせるなら面白いだろうが、
一介のサラリーマンに、そんなことをさせて、なにになるっていうんだ」
田中「じゃ、喧嘩したことを銀行へ行っていいますよ」
誠治「(田中を見る)」
田中「酔っぱらって私を殴ったことは事実だ。
どっちが悪いとか悪くないとかいったって、のんだくれて喧嘩したことを、
あんたは否定出来ない」
誠治「いくら欲しいんだ?」
田中「土下座をすればいいんです」
誠治「バカ気ているね」
田中「しかし、それが私の要求だ。他の事をのぞんじゃいない」
誠治「なら、銀行へ行って、いいたまえ」
田中「いいんですか?」
誠治「――(よくない)」
田中「私を警察につき出すわけにはいきませんよ。
金を要求してるんじゃないんだ。事実を報告に行くだけだ。
ちょっと大声で、客にも支店長にも聞えるようにいうだけだ。
伝わって、私の方は蒲団屋を馘になるかもしれないが、
どうせ時間の問題で、痛くもかゆくもない。
しかし、あんたはそうはいかないでしょう? 
支店次長っていえば、次は支店長だ。酒をのんで人を殴っちゃいけない。
どうせ人の失敗をさがして回ってるような奴が、いるだろうから、
すぐ本社まで伝わっちまう。馘になるわけはないが、出世にはさわるねえ」
誠治「その通りだ。たしかにその通りだが、私をいじめて、なんの得がある?
私を土下座させて、なにが楽しいんだ?」
田中「楽しいねえ。大の男を思いのままに土下座させたら、誰だって楽しいでしょう」
誠治「私にはそんな趣味はない。そんな事に快感もないね」
田中「じゃあ、あんたは育ちがいいんだ。私は、時々、こういう事をしてみたくなる。
誰かをガンとやってみたいね。屈服させてみたい。
土下座をさせて、はいつくばらしてみたいねえ(と興奮していう)」
誠治「――」
田中「チャンスがなかった。殴りかかりゃあ、殴られちまっている。
ハハハ、しかし、銀行員とは、うまい人を見つけたよ。
私は昨夜くらいの喧嘩は、しょっ中やってるけどね、別に、どうってことはない。
しかし、あんたにとっちゃ、一回でも大事って訳だ。不自由なもんだ。
ハハハ、どうするんだい? 土下座するのか、しないのか? どっちなんだい!」
誠治「――」
田中「いまにママや女の子が来ちまうよ。
その前ではいつくばるより、いまやっちまう方がいいんじゃないのかねえ」
誠治「――」
田中「やっちまいなよ。
ちょこっと膝をついて頭を地べたにこすりつけりゃあいいんだ。
簡単なことじゃないか。誰も見てないんだ。私以外に誰も見ていないんだ」
誠治「――」
田中「競争激しいんだろう? 支店長になるのは大変なんだろう?
もう一息じゃないか。
そんな時に、こんな事でケチつけたんじゃ、つまらないじゃないか。
這いつくばれよ。這いつくばっちまいなよ!」
誠治「――(ふるえて田中を見ている)」
田中「どうしたんだい? どうってことないじゃないか。
何秒かかるっていうんだ? あっという間のことじゃないか」
誠治「(心を決め)一回だけだ」
田中「ああ、勿論、一回だけだ」
誠治「またぞろこんなことをいって来たら」
田中「一回だけだといってるだろう」
誠治「――」
田中「早くしないかい。早くしないと、客も来るし、バーテンも入って来る。
人が増えたって、要求は変らないぜ。さあ、どうするんだ。
どうするんだ、支店次長さん。どうするんだい!」
誠治「(パッと膝をつく)」
田中「両手をつくんだ(すかさずいう)」
誠治「(両手をつき)すまん(と平伏する)」
田中「すみませんだ、すみません!」
誠治「すみません(と平伏する)」
田中「ハハハハハ、ハハハハ」(P201)


土下座をしたかいがあったのか、誠治は最終回のそれも最後で支店長に昇進するが、
わたしの興味はこの銀行員にない。田中である。田中さんと、さん付けしたいね。
すばらしいじゃないか、田中さん!
もしかしたらと思って、みなさまに聞いてみたい。
そもそもここまでお読みくださったかたが何人いるかわからないが。
みなさんは田中さんの気持はわかりませんか。
エリートを土下座させて這いつくばらせたいという、ぎらぎらした欲望である。
もてない男の正平もそうだが、
どうして山田太一はこのような屈折した人間をうまく描けるのであろう。
若いころの山田太一は美青年。
寺山修司とひとりの女性を取り合ったというではありませんか。
その女性はいまの山田太一の奥さんである。
それにそう。いくら助監督時代が長かったとはいえ、
山田太一は31歳のときにシナリオ作家としてデビューしている。
「沿線地図」の正平に田中さん。かれらを描けるのが山田太一の才能である。
この才能に気がついているものは意外に少ないように思われるので、
今回読者の迷惑もかえりみず、ながながと引用をした次第である。