河合隼雄氏がお亡くなりになったそうです。
ぐたあと疲れています。
巨人にも死ぬ日が来るのか――。
複雑な思いです。

この偉人には功罪両面あります。
薬は同時に毒にもなる。
かれの著書を読んで、精神病が薬物療法以外で治ると誤解した読者も多いでしょう。
むろん河合氏は細心の注意をもって精神科医の重要性も指摘していますが、
立場上、心理療法を宣伝しなければならなかった。
わたしもかれにだまされたくちです。
薬物以外でなんとかなると精神病だった母をずいぶん苦しめました。
自殺にまで追い込んだことを泣きながら白状します。

けれども――。
その後も河合隼雄氏に励まされたことも事実なのです。
忘れられないのは、このユング学者のこんな主張。
じぶんは運命論者だと言うのです。運命というものはある。
しかし、オーケストラを考えてみよう、と言う。
ベートーベンの「運命」。
おなじ「運命」でも、いい演奏とわるい演奏がある。
「運命」が定められていても、演奏の自由があるではないか――。
なぜかこの話が記憶に残っています。

河合隼雄氏はフルートの演奏を趣味にしていました。
フルートでふく「運命」が本日終わった。
この演奏はじつに多くの聴衆の耳に入ったはずです。
ときに聴衆を救い、めったにはないが、聴衆の人生を狂わせることもあった。
よくもわるくも、聞きよい音楽であった。
クラッシックではなかった。演歌の「運命」であった。
河合隼雄氏は心理学の山本周五郎ではなかったかと思うのです。