「夏の故郷」(山田太一/大和書房)絶版
→テレビドラマシナリオ。1976年放送作品。20分×10回。
NHK銀河テレビ小説ふるさとシリーズ。
「幸福駅周辺」「上野駅周辺」「夏の故郷」「夏草の輝き」。
田舎をテーマに山田太一の書いたのがこの4作品である。
「夏草の輝き」は残念なことに、シナリオがどこにも発表されていない。
忘れてはならないのは山田太一は東京育ちであること。
農村での生活など経験したことがない。
それでも取材だけでこのような傑作を書き上げてしまう。恐るべき才能である。
山田太一はドラマ作法について、ある雑誌でこんなことを言っている。
コンプレックスを武器にしている。劣等感である。
じぶんのなかで劣っている部分。マイナスの部分。
そこから取材対象者に同化していく。気持を理解しようと努める。ドラマを作っていく。
「夏の故郷」――。
嫁不足の農村が舞台である。村に残るのは家の長男ばかり。
ほかの若者はみんな東京へ出て行ってしまう。
村に残った女もいるが養子をもらわなければならない立場。
こんな嫁不足の農村に1年で1回だけ若者があふれる時期がある。
お盆のシーズンである。農家の長男グループはなんとか嫁を得ようと奮闘する。
農家の顔役である山影重一(54)が縁談促進実行委員会の会長に任命される。
ところが重一の長男も嫁不足のあおりで32歳になるのにまだ独身。
1年で1回、農村が若者であふれる「夏の故郷」が始まる――。
混雑するお盆を避けて一足早く帰郷したのが末子(21)である。
末子ほしさに独身の男が喧嘩を始めてしまう。仲裁に乗り出す重一だが。
重一「あ、いや、ちょっと聞いときたいことがあってな」
末子「なんですか?」
重一「こんな所まで連れ出したのは、他でもねえんだが(苦笑し)
さしで話っこ出来るところ、なかなかねえがらな」
末子「なんでしょう?」
重一「いや、あんたが帰ってきて、あんたに夢中になった男が四人もあった」
末子「ええ(と思い出すように笑う)」
重一「ま、みんな結婚したぐてたまらねえ奴らで、
たまたま、対象が現われたがら、一種の集団心理みてェなもんで、
あんたにまあ、夢中になってしまった」
末子「そのようですね(と薄く笑う)」
重一「そんで、あんた、中の誰かと結婚する気はないがね?」
末子「ないです」
重一「ねえのか?(とがっかりしていう」
末子「悪いけど、私は、やっぱり向うでいい人さがします」
重一「農家はいやが?」
末子「やっぱりね」
重一「そうが」
重一「でもこの夏は、いい夏だったわ」
重一「(苦笑)」
末子「私、いちどきに四人もの男性に好かれたことなかったし、
こんなにもてるなんて思ってなかったもの」
重一「そうか」
末子「自信ついた」
重一「(苦笑)」
末子「正直いうとね、私ら、東京で本当に地味に暮らしてますもんね」
重一「そうか」
末子「休みなんていっても、銀座なんか、めったに行かないものね。
せいぜい、ショッピングに上野さ出るくらいで、あとは洗濯したり、
テレビ見たりで、この夏みたいに、もてたことなかったわ(と淋しく笑う)」
重一「それでも東京がええか?」
末子「ええ」
重一「なんでだ?」
末子「さあ、なんでだろうねえ(と重一を見て)おじさんには悪いけど」
重一「(苦笑)」
末子「(淋しく笑う)」(P36)
この「淋しく笑う」がいいと思うのね。
ふたつある「淋しく笑う」。ほんと、ほんとにいいと思う。
末子の獲得には失敗した重一だが、まだあきらめていない。
帰郷組が大量に到着する日に盛岡駅で待ち伏せする。
すると、上京組の到着を待っているのはじぶんだけではない。
噂を聞きつけた娘の親たちがいるのである。
なにゆえか。娘を農家の嫁にやりたくないわけである。
結局、重一が迎えた若い女は次女の正子だけである。
どうでもいい男連中をくるまに乗せて村へ帰ることになる。
農村の男どもはすっかり変わっている。東京の流行スポットについて話している。
車中――。
重一「おう、お前ら」
菅原「なんですか?」
重一「故郷(ふるさと)帰ってきたんだから土地の言葉使えや」
正子「(いさめて)お父ちゃん」
重一「ええが。自慢してェ気持も分らねえじゃねえが、
東京で恰好よく暮らしているような事ばっかりいうな」
正子「やめて、お父ちゃん」
重一「――」
正子「(ふりかえって)ごめんね。
(重一に)わざと東京弁使ってるわけじゃないのよ。
東京にいれば、いやでも東京弁習わなきゃ仕様がないもの。
笑われないように、みんな、一所懸命東京弁になろうとしたのよ。
(ちょっと柔らかく)そんないい方したら、いけないよ、お父ちゃん」
重一「――」
三人の青年「――(目を落としている)」
正子「(その青年達を見て、すぐ目を正面に向ける)」
重一「――(運転している)」(P41)
山田太一は人間の劣等感(優越感)になんと敏感であることか。
小市民がちっぽけな自尊心をふりかざして生きるおかしみ。
山田ドラマを見て笑うとき、もしや我われは鏡を見ているのかもしれない。
お盆である。重一の家でも先祖代々の墓参りにおもむく。
重一はそこで農村を捨てて上京した級友と何十年かぶりに対面する。
声をかけられたのである。とても羽振りがいいようである。
全国に支店を持つカバン屋の社長。重一はさんざん自慢話を聞かされる。
帰宅する。妻の三千子は煮しめを皿に盛る。娘の正子はきゅうりを刻んでいる。
長男で独身の俊太郎と酒を酌み交わす重一である。
三千子「(煮しめを皿に盛って、いろりの部屋のほうへ)
ユリ根はお父ちゃもうちょっとだ(明るく)煮しめでつないでてェ」
重一「(いろりの傍で)ああ(と俊太郎に一升瓶から酒を注いでいる)」
俊太郎「――(注がれている)」
三千子「ねえ、どれだけ成功したか知れねえけど、
親の墓に二十年も参らねえでお墓ででっけェ声出して成功した成功したて、
後生が悪いよ」
重一「(のむ)」
三千子「うちは、お父ちゃが成功して、あんたな男になったら、別れとるよ。
な、俊太郎(と台所へ)」
重一「(低く)慰めるような事いいやがって――(のむ)」
俊太郎「――」
重一「お前の、同級でも、どっか行って、格好づいたの、おるか?」
俊太郎「ああ」(P53)
自動車の販売会社を始めたものがいる。
自衛隊へ入ってアメリカに留学しているものもいる。
仙台でホテルの副支配人になったものもいる。
東京にもたくさんいる。課長だか係長だか。毎晩、銀座でのみあるいていると聞いた。
女遊びの話も聞いた。そのくせ東京の郊外に家を建てたという。
写真をわざわざ送ってくるものもいる。
重一「――」
俊太郎「(我にかえり)ま、みんなええことしか、俺たちにはいわねえがらな」
重一「うむ」
俊太郎「まともに受けとったら、バカみるがらな」
重一「うむ」
俊太郎「お父ちゃ、世話好きだし、弁も立つがら、ほんと、東京さ出とったら、
あの男なんぞ足もとにも寄れねえ出世してだがも知れねえな」
重一「どうだか――(苦笑)」
俊太郎「癪(しゃく)だな、なんだか」(P54)
一家の話題はとなりの家の光子に移る。28歳。独身である。
お盆で帰郷したが身なりがおかしい。悪い噂が飛び交っている。
東京でだいぶ荒れた暮らしをしていたようである。子どもを堕ろしたとも。
長男の俊太郎は光子が上京するまえに告白して振られている。
いまだ光子のことが忘れられない俊太郎。
母の三千子は光子のことをこんなふうに言う。
三千子「(台所から出て来て)あんなのに兄ちゃんつかまったら大変だ(と低くいう)」
正子「どうして?」
重一「ありゃあお前、東京でなにをしてたか分らねえ」
三千子「あんなに都会ずれした女がこっちで結婚してえなんて言って来たんだ。
よくよくの事があったんだ」
俊太郎「やめろ、お母ちゃ」
重一「俊太郎」
俊太郎「お父ちゃも、やめろ」
重一「あんなのと、つき合うじゃねえぞ」
三千子「お前は、ろくろく女を知らねえがら、ああいうのにかかったら、
いいようにひき回されちまうだから」
俊太郎「(立ち上がる)」
重一「俊太郎」
俊太郎「誰も、つき合うなどと言うちゃいねえス。
ただ、俺は、悪口は好がねえ(と土間へ)」
重一「何処さ行くんだ?」
三千子「何処さ行く?」
俊太郎「何処さ行ぐが、俺にも分んねえ(と低くいって、出て行く)」
正子「――」(P55)
ところが、皮肉なものである。「夏の故郷」でまとまった縁談は二組。
ひとつは俊太郎と光子である。もうひとつは清太郎と富子。この富子がおもしろい。
ウヘエなのである。こんなことを言っていたのである。
舞台はスナック。農家の長男である清太郎が富子を口説いている。
どうにも手を焼いている。そこへやってきたのが重一。
清太郎「よろしくお願いします」
重一「なに言っとるか。迷っとる女性を、
ガーッとひっぱって行くくれェの積極性がなくて、亭主になんぞなれねぇぞ」
富子「お邪魔します(と一礼して掛ける)」
重一「いい女じゃねえか」
富子「いいえェ」
重一「美人だ、ほんとに」
富子「いえ、だからね――」
重一「うん?」
富子「自惚れていうわけじゃねえけど、東京で、もう少しいるとね、
なんか、ある日、どっかで、知り合った人が、私を愛してくれて、
その人が、実は、三井とか三菱とかそういうお金持だったりすることだって
人生にはないとはいえないでしょう?」
重一「あーあ、そういう想像までするのか?」
清太郎「そうなんです」
重一「しかし、そういったことは千に一つも、万に一つもねえことだからなぁ」
富子「そうなんですよね、私だって馬鹿じゃないから、
現実っていうものは知っているつもりだけど、
でも、事実は小説より奇なりというでしょう?
なにが起こるか分らないって事も事実よねえ」
重一「そりゃまあそうだが」
富子「デビ夫人のことだってあるし、人間の運命って分らないでしょう?」
重一「そうだな」
富子「私は、思想っていったら、ちょっと大げさだけど、
運命を出来るだけ自由にしておきたいのよね、むずかしくて分んないかしら?」
重一「うん、まあ――」(P94)
どうなのかな。わからなくなっている。
こういうところで大笑いするのはわたしだけかな。
美男美女の結婚なんてつまらないと思ってしまう。
さえないといったら問題があるけれども、
田舎のお兄ちゃんお姉ちゃんのこういう関係、とってもいいと思う。
「ロミオとジュリエット」より、こういう結婚感覚を好ましいと思う。
こういう微妙な関係を書くのは、大恋愛を描写するより、よほどむずかしいのでは?
人間の、この、なんていうのか、運命に対する感覚、
ほほえましいだけではなく、あまりにリアルで涙ぐんでしまう。
もう山田太一に関しては語りつくしたという気持がある。
この期に及んで出来るのはどこがすばらしいか紹介するくらい。
引用ばかりで読むのがいやになるかたがいらしたら申し訳なく思うけれども。
ごめんなさい。けれども、書き写していて、とても勉強になる。
これをあとで読み返すのも、楽しいんだ。
カテゴリー「山田太一」の記事は引用が多い。
中国を長期旅行したとき、ネットカフェでじぶんのブログを見た。
どこを見たか。山田太一のところである。
引用してある山田ドラマの名ぜりふを何度も小声で読んだ。
そのたびに涙があふれてきた。