「子どもの声 騒音」で検索していたら発見した主婦ブログである。
向かいの家の騒音が気になって仕方がないという。
小さな子どもの声のみならず、その一家はみな声が大きい。うるさくてたまらない。
だから、ブログを書いているというのだ。
その家からこうむった被害をブログに書き込むことで慰めとしている。
読むと、失礼だが、狂う一歩手前と感じ。実際、心療内科にも行ったらしい。
もちろん同情している。騒音の苦しみというのは経験者しかわからない。
経験したものでないとぜったいにわからない苦しみなのである。
主婦さんの旦那は騒音に無理解。このところブログの更新が頻繁になっている。
毎日、数度も、(問題の家で)なにかあるたびに報告している。
いたましいと思う。苦しみがわかるだけになにかできたらばと思う。
ひとつしかないんです。うるさいとストレートに怒鳴り込む。
ところがこれが日本人には難しい。
主婦さんも、何度かそれとなく騒音を指摘しているのである。
けれども、読むかぎりはなんともマイルド。なまぬるいというか。
旦那さんも、あれだけ奥さんがピンチなんだから、
代わりに怒鳴り込んであげたらいいのにと思ったりもして……。
でも、まあ、騒音を感じ取れないひとには、うん、やはり無理で。
騒音問題は難しいと実感する。
調べてみると、このようなブログも少なくないらしい。
騒音の悩みをえんえんと書きつづけるブログである。
ネットを見ながら騒音問題について考えていると、ときおりしも拡声器の大声が。
ちょっと待ってくれ。なんでこんなところに拡声器で騒ぐやつがいるんだ。
ベランダから見ると日本共産党のくるまがとまっている。
このやろう。ここま来やがったか。ダッシュで部屋を飛び出す。
鏡を見ると、じぶんでもそれとわかるほど不機嫌な表情をしている。
小走りでくるまに近づいていく。
政治家でもなんでもなく、おそらくただの共産党員。
そこらのおっちゃんが暇つぶしにスピーカーを持ち出したわけだ。
騒いでいるバカと運転手しかいない。
言うまでもないが、聞いている人間なんてひとりとしていやしない。
つかつか近づいていく。
「いいすか。ちょっといいですか」
拡声器を手ばなす。この一瞬が重要である。
「うるさい。なにをやっているんだ、こんなところで。
駅前でやりゃあいいじゃないか。ほら、だれも聞いてない。
共産党はひとを困らせるために存在するのか。
うるさいから、いますぐあっちへ行け! 暴走族とおなじではないか。
勝手に来て、わあわあ騒いで」
一気にまくしたてた。とくに反論らしい反論はなかった。
まさか天下の日本共産党がこちらの剣幕にひるんだというようなことはないと思うが。
このおっさんが弱かっただけかもしれない。まあ、少人数だと元気がない。
かつて駅前で騒いでいる左翼集団に突撃したときは、暴力をふるわれそうになったが。
まあ、ひとりじゃなにもできないから共産党なんかに入るんだな。
みんなで怒る。数の論理。くそったれ。民主主義なんて大嫌いだ。
わたしは、みんながうるさいと思っているから拡声器をやめろとは決して言わない。
わたしがうるさい。だから、やめなさい。
引越先はわざわざ駅前を避けたのである。この拡声器が嫌いだからである。
なのに、わざわざこんな住宅地までやってくるとは日本共産党はなにを考えているのか。
わかっている。啓蒙主義である。国民を啓蒙しなければならないとかれらは信じている。
いつだったか、うるさいと怒鳴り込んだらこう言われたものである。
「センセイも(なんのセンセイなんだわたしは?)ほら、そんな怒ってないで、
この演説を聞いて勉強していきませんか」
本気でこう言っているのである。
だれも聞いていない真っ赤な騒音を、勉強してくださいと。
勉強が足らないから、うるさいと感じるんだ。
アホらしいったらない。
この日のかれも手書きのメモを片手にスピーカーで騒いでいた。
かれなりに勉強してきたのだろう。
最後まで言わせず黙らせたのだから、もちろんそうとう怒っている。
真っ赤になっているわけだ。共産党員にはお似合いの顔だぜと笑いたくなる。
かれは拡声器をふたたび手にする。
「いまやめなさいと言われたので、やめますが、本日は……」
やめるのか。なら、よろしいと引き返す。
しばらくして騒音がやむ。なかなか聞き分けのいいやつである。
と思って部屋のドアを開けたら、またスピーカーである。
消費税がどうのと騒いでいる。瞬間、駆け出していたね。
これは最後っ屁だった。
やめろと言われてすぐやめるのはかれのプライドが許さなかった。
しかし、やはりだれも聞いていない。やめようと思ったのであろう。
(ひとりふたり聞いていたとしても、わたしは肉声でやれと言うがね)
すぐに真の静粛がおとずれた。静かなのはよろしい。
こんなことを書くべきではないのはわかっているが、引越先は民度が低いんだ。
たびたびぞっとすることに遭遇する。
共産党と公明党が幅をきかせている地域。アカと学会である。
激安スーパーでの話。
ここいらの子はスーパーで我が物顔に遊びまわるんだ。
買い物客などまったくおかまいなしで大騒ぎする。
何度も奇声をあげながらぶつかってくる。知的障害児かと思うくらいだ。
さて母親ふたりはというと、知らぬ顔でおしゃべりしているのである。
引越をするまえのスーパーにも子どもはいたが、こんなことはなかった。
地域差というものなのだろう。
買い物を終えビニール袋に商品をつめる。
出口近くに例の母親ふたりがいる。思わず言ってしまう。
「うるせえガキだな」
母親は固まってしまった。すいませんも、子どもへの注意もなし。
子どもはうるさくて当たり前という逆ギレもなし。
事態が理解できない。なんで見ず知らずのひとにこんなことを言われるのかわからない。
やれやれと思いながら雨の店外へ出る。
おなじスーパーでのこと。
レジで並んでいる。新しいレジがひらく。
こういうときは先に並んでいるものが優先されるべきでしょう。
店員は、「先にお並びのかたからどうぞ」という。客も従う。
まえの住所近くのスーパーではそうであった。
ここは違う。わたしのうしろにいたおばさんがさっと割り込む。
店員もなにも言わない。なんだこれはと思う。
会計を済ませ、そのおばさんの横へ行く。話しかける。
「あれはなんですか。わたしのほうが先に並んでいたでしょう」
おばさんは言い返してくるのである。じぶんは悪くないと。
あなたの場所よりもじぶんのほうが近いのだから優先権があるだの。
ふざけるなと怒る。すると今度はこうである。
みんなやっているからなにが悪いもんか。叱り飛ばす。
「みんながやっていたらなにをやってもいいんですか」
ふてくされたおばさんいわく、あやまりますよ。
「はいはい、あやまります。不愉快な気分にさせて、すみませんね」
「まったくすみませんだ」
こちらをにらみながら店を出るおばさんへ追撃するどうしようもないわたし――。
「バカは早く消えろ!」
瞬間、これを口に出して言えてしまうじぶんの性格異常がいやになる。
ながながとなにを書いていたのだったか。
応援歌である。騒音で苦しんでいるみなさま、がんばってください。
ためこまないでください。
そして反省。わたしはもっと我慢することをおぼえたほうがいい。
もっとためなければならない。むろん、いつかの大爆発のためにである。