こんかいのアジア漫遊でなにが変わったかといえば白人への向き合いかたである。
東南アジア各国でのファラン(白人)旅行者の横暴を目の当たりにして嫌気がさした。
かれらにとっては東南アジアはむかしもいまも植民地なのである。
白人は東洋人の区別がつかない。タイ人もベトナム人も日本人もみなおなじに見える。
(まあ、大多数の日本人も欧米人の相違はわからないがね)
白人にとってアジアの人間は奴隷に過ぎない。
少なくとも白人よりは一段下に位置する人間である。
だから白人は東南アジアで堂々と英語で現地の人びと話しかける。
通じないと、なんて遅れているんだとあきれる。
われらが白人の誇る近代文明を模倣しながら英語も話せないのか。

ファランに媚びる日本人もいやでたまらない。
たとえば映画監督の原一男さん。勝手に師匠だと思っている。
このひとも自作になんとか賞を受賞と、欧米系の勲章を飾るのを好む。
むかしは日本では正当に評価されてないんだなくらいに思ったものである。
いまは少しちがう。あんまり欧米にへつらうなよ原さん……。
この映画監督だけではない。
日本のアーティストはむやみに欧米からの評価を求めるでしょう。
アートだけではない。アカデミックの世界でもそう。白人様に認めてもらいたがる。
じゃあ、そのファラン様がどの程度、日本をわかるかと思うのね。
かれらの理解できるのは、欧米の基準に当てはまった箇所だけでしょう。
日本独自のすばらしさは欧米人には決してわからない。
日本人がイギリス人よりもシェイクスピアを理解しているなどと主張しようものなら、
あいつらは烈火のごとく怒るはずである。
日本人がファランに認めてもらうためには、
世界のニナガワ(笑)のようにニッポンを欧米人にもわかるよう表現しないといけない。

アジア漫遊に出るまえは、洋物は嫌いではなかった。
むしろ、演劇などでは日本は遅れていると思ったものである。
英米演劇が大好きだった。
いまはちがうね。複雑な感情を要約するとこうなる。
けっ、シェイクスピアも所詮はファランじゃねえか!
あれだけ好きだったシェイクスピアもいまはへだたりを感じる。
かえって、恥ずかしがらずにこう言いたいくらいの気分である。
山田太一のほうがシェイクスピアよりも上である。
ストリンドベリよりも、ユージン・オニールよりも、山田太一のほうが優れている。
宮本輝のほうがフォークナーよりも上である。
まあ、この上下を決めたがるのもはなはだ欧米人的な思考法ではありますが……。
ベトナムのサパという村から、あれはどこに行くツアーでの出来事だったか。
いま引越の関係でガイドブックが手元にないので、正確な地名を記すことはできないが、
週に1回行なわれる少数民族のマーケットへ行ったときのことである。
サパからツアーのバスが出ている。
朝、ミニバスが各ホテルをまわりツアー参加者をひろっていく。
わたしのホテルへくるまが来たのは最後であった。
補助席しかあいていないのでやむなくそこへ座る。
ひどく座り心地が悪いのである。サパは山の上にある。
バスでくだっていくとき、きついカーブが無数にある。
そのたびに両手で座席をおさえなければならない。
これはまいったと思った。このシートに2時間も座っていたらへとへとになってしまう。
車内のツアー客を見まわす。ファラン(タイ語で白人)ばかりである。
補助席がほかにもいくつかあるがそこに腰を下ろしているのはファランではない。
見たことがある顔だ。サパへ来るときおなじバスになったタイ人ではないか。
女性だけのグループである。
なにを言いたいのか。正規の椅子を占めているのはファラン。
補助席に座らされているのはアジア人(有色人種)ということだ。
ツアー会社のベトナム人はファランを優先するのだろう。
ファランのホテルからおうかがいする。
おなじカネを払った観光客でも、肌の色によってこうもちがいがある。
だれもそれをふしぎに思っていない。
ファランは白人がいい席に座るのを当たり前と思っている。
ベトナム人も同様。タイ人もいまの座席に不満を持っていないようである。

わたしのシートはことさら環境が悪くバスが揺れると座っているのでさえ苦痛だ。
右隣のファランは哀れんだような笑みをもらしている。決して悪意があるわけではない。
白人がアジア人に見せる、どこか上から見下したような、例の余裕あふれる微笑である。
きみもたいへんだな。同情するよ。せいぜいがんばってくれたまえ。
痩身で癇の強そうな中年である。聞いていないので国籍はわからない。
夫婦で旅をしているようだ。奥さんがうしろの席に座っている。
バスがとまる。休憩である。
みな下車して、トイレへ行ったり、のみものを注文したり、さまざま。
わたしはひと足さきにバスに戻った。座席を右隣に移動するためである。
あの座席には耐えられない。なぜ日本人ばかり苦労しなければならない。
いまがマーケットへの中間地点。ファランもおなじ苦しみを味わったっていいじゃないか。
ここはわたしの座席だ。でんと腰を下ろした。
さあ、あの白人がやってくる。余裕たっぷりの笑顔をまだ崩していない。
「きみはあっちの席だろ」
こちらもにこやかに微笑して言い返す。
「あなたはこの座席を経験したほうがいい。きっとベトナムのいい思い出になる」
ファランはじぶんが命令すればアジア人は言うことを聞くと決めてかかっている。
そうはいかないぜ、おっちゃん。日本人は、わたしは、ちがうのである。
どかないで居座る。白人の顔から笑みが消える。
いきなり激昂する。こんな屈辱に耐えられるかといった顔つきである。
余裕を失った白人はおもしろいと内心では思うが、こちらも怒った顔をする。
こういうときは怒っていることをアピールしなければならない。ノーはノーである。
「どきなさい。そこは私の席だ」
「ならチケットを見せてみろ。ここがあなたの席だという証拠を!」
「ある、あるぞ……」
「いますぐ見せなさい。早く」
あるわけがないのである。どのみち早い者勝ちで決められた座席である。
なら休憩時間におなじことをやってなにが悪いものか。
「あなたもわたしもおなじ金額を支払っている。
わたしは移動しない。あなたがここに座りなさい」
ファランは狂ったような大声をだす。許せないのだろう。
白人のじぶんがこんな劣等な座席に座ることなどできるわけがない。
それもアジアの若僧に命令されて。白人は狂乱する。
「どけ、どけ」とわたしをちからづくでも動かそうという様子である。
こちらも狂わなければならない。負けるわけにはいかない。
手に持っていた水のペットボトルを壁にたたきつける。音をだすわけだ。
「今度はおまえがここに座れ。シット・ダウン・ヒア!」
車内はツアー客が集まっている。みながこのあらそいに注目している。
アジアの黄色い猿があろうことか白人様の座席を奪ったのである。
白人と猿が怒鳴りあっている。

旅行会社のベトナム人が仲裁に来る。
ファランに運転席の横はどうかとすすめている。
代わりにベトナム人が補助席に座るというのである。
「ああ、それならいい。こんな席に座れるもんか」
ファランはわたしをにらみつけるとバスの前方に移っていった。
これで終わりではないのである。バスが動きだす。なにかおかしい。
みなわたしのほうを見ているのである。うしろを見て、理由がわかる。
白人女性。先ほどの男の奥さんである。インテリぶった眼鏡をかけていた。
彼女が両手でなにかをつくりわたしに向けている。
中指を立てていたわけではなかったが、
こちらを侮辱するポーズだというのはすぐわかった。
国ごとで風習は変わろうが、このような敵対感情は正確に伝わるものである。
なみだぐましい夫婦愛ではないか。ハズバンドのかたきをじぶんが討つとでもいうのか。
真剣な表情でわたしへの怒りを両手で表現している。
こういうことができるのは白人ならではと感心する。
だが、感心してばかりもいられない。車内にいるファランがどうなるか注視している。
このときわたしが取った行動は考えたうえのものではない。
とっさにからだが動いたというほかない。
うしろを振り返る。白人のおばさんと目が合う。
それでも彼女は両手のポーズを崩さない。視線が衝突する。
わたしはペットボトルの水をゆっくり口にふくむ。
おばさんの顔にふきかけてやろうかと思ったそのとき、彼女はノーと顔を両手で覆った。
いきおいファックユーの意思表示もかたちを崩す。わたしは口中の液体をのみこんだ。
もし白人があの手真似をやめなかったら実際に水をふきかけていたかはわからない。
まわりがぜんいん敵のような気がしていた。みな白人である。
タイ人のグループもいるが補助席でよしとしている。
なにか成し遂げたという思いで、わたしは興奮していた。

このとき思ったのである。この構図をどこかで見たことがあるのではないか。
日本人が乗り物に入るといい席はどこも欧米人が占領している。
おなじアジア系のタイ人はひどい座席に座らされているが苦情を言わない。
わかりましたよね。明治維新のころの世界と日本との関係――。
いい座席たる植民地は欧米各国ですでに分配されている。
正当性があるわけではない。早く来たという理由だけである。
先に近代化に成功した。それだけに過ぎぬ。
ところが日本は乗り遅れた。バスに乗ってみたら最悪の座席しかなかったのである。
居心地のいい座席の数は限られている。どこかにあけてもらうほかないわけだ。
このときいい座席を求めて他人が座っていたところへ腰かけるのは、
そこまで悪いことかな。
日本人は乗り遅れたという理由だけで、我慢を強いられなければならないのか。
休憩でもなんでも椅子があいたら、さっとそこに座ってしまえばいいじゃん。
嫌味を言えば、あなたたちの信じるキリスト様は
隣人を愛せだのなんだのと言っているのでしょう。
問題は、戦前に日本がやったことを責めるべきか、である。
侵略戦争だと他国へ土下座してまわらなければならないのか、だ。
ほんとうである。このとき、ベトナムで、バスの車内で、こういうことを考えた。
結論は、日本はそこまで悪くはないのではないかであった。
よくない席をあてがわれたらそのまま座っているべきか。
タイ人のように白人様のご機嫌をうかがいながら。
むしろ、とまで思ったものだ。
よくやった。日本よ、かつての母国よ、よくやってくれた。
むかしの日本には骨があった。ファランヘ「どけ!」と言えたのである。

個人的な体験から飛躍しすぎだとお叱りを受けることだろう。
そうかもしれない。そうなのだろう。けれども――。
あの世界大戦も、あるいはこの小事件といささかは事情が似通っていたのではないか。
歴史にも国際政治にも疎(うと)い愚者の妄言をどうかお許し願いたい。