引越をした場所は、いわゆる低所得層の多い地域。
このあたりでは焼酎が多くのまれているようである。
といっても、ブランド物の芋焼酎や麦焼酎ではない。
なにかで割ってのむための貧民用の焼酎。
郷に入ったら郷に従えで、底辺価格焼酎を買う。
それを割るための「サワーのもと」「ホッピー」はどこにでも売っている。
このごろのみはじめたのである。
のむと沈む。ずんずん沈む。
いぜん愛飲していたウイスキーやビールなら(たとえ安いものでも)昂揚した。
気分が盛り上がった。喜怒哀楽が激しくなった。
具体的にいえば、のむとブログを更新したくなった。ひと恋しくなった。
けれども低価格焼酎は――。
どんより沈むだけである。なにかをなそうという気にはならない。
焼酎は愚民政策の一環かもしれぬ(と言いながらもいまレモンサワーをのんでいる)。
ブログなんて書きたいことがなきゃ、更新しなくてよろしい。
たとえば、ベンチャー企業の社長がブログにはまっている。
毎日の記事といったって多忙自慢と世事批評くらい。
1日更新できなかったくらいであやまる。きのうは更新できないでごめんなさい。
バカを言いなさんな。だれもあなたのブログになど関心はない。
社長のご機嫌うかがいでやむをえずクリックしているだけ。
そもそもからして、人間は他者に興味を持たないものである。
忘れてはならない重要なことを、つい人間は忘れてしまう。
こんかい書いたことはそのひとつである。
「こころの処方箋」(河合隼雄/新潮文庫) *再読

→河合隼雄追悼読書。
ひそかに河合隼雄の代表作はこのエッセイではないかと思っている。
だれでも読めるわかりやすい言葉で、実に役に立つことが書かれているのだ。
ちょっと表現が正確ではないかもしれない。
いかにも役に立ちそうなことが書かれている、と書くべきだったか。
「役に立つ」と「役に立ちそう」では大違いである。
弁舌たくみな宣伝に乗せられて、屋台で役に立ちそうな十徳ナイフを買ったら、
缶は切れない、ビールの栓も抜けない、皮もむけない、
結局のところ、なにもできないゴミだったということもある。
一見、役に立ちそうだからといって、すぐ信じてはならないのである。
河合隼雄の本がどちらだか、わたしにはわからない。
ただ、あまりに役に立ちそうなのは、
なんだか怪しいぞと疑ってかかるくらいがいい、と思う。

この本は何回も読んでいるので、ほとんど内容を覚えてしまっているくらいだ。
今回の読書ではじめて気づいたことがある。まあ、鼻についたのである。
欧米人礼賛が少なくないのだ。数えたが6つあった。
我われも欧米人を見習おうという姿勢である。
どうしてかこの態度が気に食わない。
欧米人は決して日本人を見習おうなどと思うわけがない。
だのに、なにゆえ日本人がかれらをそうあがめなければならないのか。
ユングの心理学で語られる人間とは欧米人限定ではないかと思ってしまう。
たしかにユングは中国の易経に興味を持っていたようである。
けれども、あれはオカルトの一環で、
東洋人を宇宙人かなにかと思っていたのではないか。

ひどく欧米人が嫌いなわたしである。本書から欧米礼賛の例をあげる。
アメリカ人は話し合うことができる(P30)。
欧米人はユーモアのセンスがある(P59)。
ヨーロッパのひとは真の自立を知っている(P96)。
欧米人は表現方法がうまい(P137)。
欧米の民主主義は日本のような馴れ合いがない(P175)。
アメリカ人は権威の真の意味を知っている(P186)。
以前は気づかなかったのがふしぎなくらいである。
こうして集中的にピックアップするとみなさまも抵抗感を持ちませんか?
毛唐のくそったれめと。

しかし、本書は慰めになる。
「ものごとは努力によって解決しない」(P90)
これなどは心底から慰められる。
このことを深く理解している日本人がいたことに安心感をいだく。
たとえば、わたしは母の事件のことでいまも悩んでいる。
いろんなことを試したけれど、努力をしてもどうにもならないのである。
かなりさかのぼって母の主治医を訪ねてみるということもした。
インド仏跡巡礼もやった。
どうにもならないのである。死者がよみがえるはずもない。
どうしてと母には聞きたいことが山ほどあるが現世ではかなわない。
いまでも頻繁に母の夢を見る。ひとが飛び降りる夢もである。
救われないと思うが、救われないのが当たり前なのである。
これを努力でなんとかしようと思っても、どうにもならないのである。
だけど、人間だからどうにかしたいと思ってしまう。
そんなとき河合隼雄の「ものごとは努力によって解決しない」。
この言葉に触れると長い息を吐き出したくなる。ふうう。そうだようなと思う。
結局、待つしかないんだよなと慰められる。なにも(努力)しないで待つ。ただ待つ。
暗闇のなかで待つのは恐怖である。河合隼雄の言葉はほのかな灯(あかり)だ。
そのうち電池が切れて消えてしまうのかもしれない。
しかし、まだわたしという闇のなかで、河合隼雄はかすかな光をはなっている。
「満ちて来る潮」(井上靖/角川文庫)絶版

→昭和30年の新聞小説。
井上靖は膨大な量の中間小説を書いている。ほとんどが恋愛小説である。
わからないことが、ふたつあった。
なぜ井上靖は恋愛小説を書くのか(売れるからとか野暮なことは言わないで)。
なぜ恋愛ものは嫌いなわたしが井上靖の中間小説をこうも好んで読むのか。
恋愛ものが嫌いである。恋愛小説、恋愛映画。まったく関心がない。
美男美女がいちゃついているシーンなど、むかむかしてくるだけである。
けれども、井上靖の恋愛小説は――。

このたび気づいた結論は井上靖の書くものは恋愛小説ではない。
失恋小説である。だから、読むことができるのだ。
井上靖が描くのは、恋愛ではなく、失恋である。
ラストは表現媒体の性質上(新聞小説!)ハッピーエンドにせざるをえなくとも、
その過程でこの作家はふんだんに失恋を描写する。そこが美しい!
どうやらわたしは恋愛は嫌いだが失恋は好きなようである。
考えてみれば、こうも言えなくはないか。
これは個人的には大発見だったのである。
凡愚の市井人でさえも失恋においては巨大な運命と向き合うことができる。
ある女を好きになったとする。身も心もぼろぼろになるほど好きだ。
けれども、その女にはべつに好きな男がいる。どうにもならない。
どうにかしようと満身の思いで愛を告白する。受け入れてもらえない。
これだけ相手を好きだというのに、なおも相手を動かすことができぬ。
個人の意思、人間の努力のなんと無力であることか。
女ひとり、どうにもできぬのである。
このときかれは運命を見る。個を超える巨大なものを感知せざるをえぬ。

失恋シーンを引用しよう。
多田は笙子を好きである。結婚したいと思っている。
だが、笙子にはひそかに恋する相手がいる。妻のある男性である。
この日、最後の求愛をした多田を笙子ははねつける。
言ったのである。妻のいる男性を愛しているから、あなたとは結婚できないと。
それでもあきらめきれない多田である。

「じゃ、最後に一つ、あなたに伺いいましょう。
あなたはどうしても僕とは結婚できませんか」
「ええ」
「どういうわけで」
「いままでその理由ばかり申し上げて来たじゃありませんか。
どうかしていらっしゃるわ、多田さん」
「どうかしている!? なるほど、どうかしているでしょう。
おそらく、いま、僕はどうかしている」
ふたりが期せずして立ち停まったところは、そこだけ鋪道が明るくなっている、
フランス料理のネオンの看板がついているレストランの前であった。
笙子は多田信次の顔を見た。
威張っているのか、憤っているのか見当のつかない顔であった。
今まで見たいかなる場合の多田の顔より、
それは魅力のないものに笙子には見えた。
反対に多田には、今までのどんな笙子よりも、いまの笙子が美しく見えていた」(P292)


男にとって、求愛をかたくなにこばむ女の顔ほど美しいものはないのである。
ならば、ストーカーこそ、真に女の美を知るものと言えなくはないか。
好きで好きでこんなにも好きなのに、一度も自分をふりむいてくれない女の顔――。
自分を完全に拒絶する女の顔がどれだけ美しいか。
あの女には好きな男がいる。ああ、自分という存在を決定的に否定される苦痛。
これは苦痛なのか。快楽ではないか。苦は快なり。快は苦なり。
苦快一如だ。運命の女神よ!
やばいな。読書感想文から完全に逸脱している。暴走パンダ。このへんで、やめとこ。

紺野はダム建設技師である。人妻の苑子に恋をしている。
苑子にもいつしか紺野の想いが伝わる。
ある日のことである。苑子は紺野に言う。旦那と別れようと思っている。
ふたりはテレビ局の塔の上にいた。これはよくないとあわてて下界におりる紺野。
それから行くあてもなく街中を歩くふたりである。

「紺野さんは、一体塔の上で何をお考えになってらっしゃいましたの」
「僕ですか」
紺野はちょっと考えるようにしたが、
「天竜ダムの建設所長の大木田博士のことを、ふと思い出していましたね」
と言った。これは本当であった。紺野は苑子の話を聞いている時、
ふと大木田博士の短い言葉を突然思い出したのであった。
――僕は大抵のことは知っていますが、ただ一つだけ知らないことがありますよ。
いつだったかよくは覚えていないが、とにかく天龍ダムの事務所で、
大木田博士は紺野とふたりだけになった時、こんなことを言ったことがある。
紺野には、その時、彼が何を言い出すかまったく見当がつかなかった。
――一体、何です?
紺野が訊くと、大木田博士はまじめな顔で、
――それは恋愛です。恥ずかしい話だが、僕はまだ恋愛というものを知らない。
ダムのことばかり考えていて、
恋愛というものを経験する暇がなかったんでしょうかね。
大木田博士はちょっと照れたような顔をして、大きく肩をゆさぶって笑った。
紺野はこの時ほど自分の恩人であり、
大先輩であるこのエンジニーアを畏敬の目で眺めたことはなかった。
紺野はテレビ塔の上で、どういうものか、
この大木田博士の言葉を思い出したのだった。
しかし、紺野は大木田博士の名は口にしたが、このことは苑子には話さなかった」(P330)


手塚治虫氏も、恋愛をしたことがないともらしていたという。
突然、へんなことを思い出した。

では、恋愛とはいかなるものか。
人妻恋しの紺野さんに聞いてみよう。

「しかし、これだけは許されぬ。世の中に女は多いのに、
他人の細君に惚れるというのは何ということであるか。
しかし、何回、繰り返しても、いっこうに紺野の事件は解決しなかった。
瓜生苑子と一緒に、
もう一度同じ時間を持ちたいという欲望はいささかも衰えなかった」(P244)


ふうむ。単純明快である。井上靖先生によると、恋愛とは一緒にいたいと思うこと。
今現在、わたしの周辺に、だれか一緒にいたいという異性は存在していない。
ということは、恋愛をしていないということか。
恋愛をしたいと思う。それから振られたい。失恋したいのである。
ストーカーまでやれたら最高だが、わたしにそこまでできるかは自信がない。
しかし、やらねばばらぬ。すべては美を求めんがためである(言い放つ)。
「あめりか物語」(山田太一/大和書房)絶版

→テレビドラマシナリオ。1979年放送作品。全4回。
おもてに出ない歴史というものがある。
たとえばこの「あめりか物語」があつかう日系人の歴史だ。
明治時代に国の政策の一環として、アメリカに移民した貧農がいたことは知られていない。
ハワイやサンフランシスコでかれらがどれほど苦労したか。
日系人の物語である。日系1世、2世、3世の喜怒哀楽が描かれている。
あいだには日米間の戦争もあった。
米国籍の日本人の葛藤を、わかりやすくセンチメンタルにシナリオ作家は紹介する。

プロのシナリオ作家は視聴者を楽しませるものを書かなければならない。
私小説作家のように身辺雑記を書いていればいいというわけではない。
自分の知らない世界を描写することが要求される。
そのためになされるのが取材である。
この「あめりか物語」の、いわば構成比率は取材が95%と思われる。
ここで取材と対置するものとしてわたしが想定するのは実感である。
実感とは、作者の切実な思いというほどの意味。
先日、ながながと山田ドラマ「沿線地図」のせりふを引用した。
たとえば、もてない男の苦悩だった。みじめなダメリーマンの鬱積であった。
あれらは実は作者の実感から書かれていることが、エッセイを読むとわかる。
あのようなせりふの元となった感情体験がつづられているからだ。
実感のこもったせりふは山田太一ドラマ最大の魅力である。
何度、声に出して読んでも飽きない。

さて「あめりか物語」である。
山田太一には日系人の物語へのとっかかりがまったくない。
しいてあげれば取材対象者に「日本人のあなたに日系人の苦労がわかるもんか」
と見くだされた屈辱感くらい(これは「あとがき」に書かれている)。
まったく実感の置きどころがないのである。
留学体験もない。取材旅行からそれほどのものが引き出せるとは思えぬ。
それでもこれだけのものを書き上げてしまう山田太一の、
職人的ともいえるシナリオ技術には感服する。
このシナリオは楽しみながら日系人の歴史が勉強できるようになっている。
知らない世界を徐々に知らされる楽しみを満喫する。

よほど前衛的な作品でもないかぎりドラマや小説における愉悦の中心は「知る」ことだ。
当たり前のことだが、本作品を読みながら思い知らされる。
知る喜びである。
そのために作者が駆使する技術は「意外性」と「ふたつにひとつ」だ。
最初は悪人だと思っていたひとが善人であった。
愛しあっていると思ったら間違いだった。
「意外性」とは読者(視聴者)をだます技術にほかならぬ。
何度、山田太一からだまされたことか。
それがどれだけ心地よかったことか。

「意外性」が小さな刺激だとしたらば、
大きなショック(快楽)を与えるものとして「ふたつにひとつ」がある。
この「あめりか物語」から具体例をあげてみよう。
ローカルアメリカ人の嫌がらせに反抗するか我慢するかの「ふたつにひとつ」。
島に不時着した日本兵を守るか米軍に突きだすかの「ふたつにひとつ」。
おなじ日系人と結婚するか黒人のプロポーズに応じるか迷う女性の「ふたつにひとつ」。
どの「ふたつにひとつ」も、どちらを選ぶか興味が尽きない。
前提としてあるのが、わたしだったらという思いである。
わたしだったらこうするが、さてドラマではどちらが選ばれるか。
これはフィクションの楽しみの原形といってもよい。

順序は逆になるが、最後に小さな刺激を紹介する。
これは低質なドラマで頻繁に使用される小手先の技術。
けれども、これを巧みに使えるかで、ドラマの味わいが変わってしまう。
いきなり視聴者にショックを与える手法。混乱させる。
典型的なのは第4話の冒頭。
いきなり引ったくりのシーンからスタートする。
視聴者はなにが起こったかわからない。先を知りたくなる。
いわば軽いショック療法である。
これには盗難や喧嘩、つばぜりあいが使われる。
第2話。ホテルでの盗難も、この手法の具体例である。

以上、中、大、小の「知の誘惑」システム(笑)を分析してみた。
この知のからくりに感傷を加えたら「あめりか物語」の完成である。
このドラマにおける感傷は、泣くというかたちで現われる。
歴史のどうにもならぬ激流にのみこまれることによって生じる愛別離苦――。
愛するひとと別離する苦しみである。生別も死別もある。
ひとは愛別離苦に対して、ただもう泣くしかない。
いくら努力をしても克服できぬ愛別離苦を山田太一は美しく描く。
歴史のまえにはこうべを垂れるほかないのである。
今回の読了報告は、こちらの感動を書かない分析的なものとなってしまった。
決してこの山田太一ドラマを軽んじているわけではない。
シナリオ作家の職人芸のうち、目に見える部分のみを紹介したにとどまる。
この名職人は、わたしのような凡人の気づかぬ屋根裏にそっと工夫をしているのであろう。

最後に恒例のせりふの引用をする。
どうやらこの引用のみを楽しみにしている読者もいるようである。
期待には応えるのがうちのブログの方針である。

1916年、サンフランシスコでホテルを経営する圭造である。
日本でいざこざを起こして海外へ出た圭造であったが――。

「この年になって、足すくわれた。
帰りたかとよ。もう、日本へ帰りとうて、矢も盾もたまらん。
損得なんぞ、どうでもよか。
俺ば殺すって奴がおるなら、殺せばええ。日本で死にたか。
こぎゃん外国で、これ以上生きて行く気力もなんものーなった。
日本がなつかしうて、たまらん。
英語もすかん。洋食もすかん。
なんぼ景色がようても、そぎゃんもん、見とうもなか。
日本、恋しや、ばい(と唸るようにいい)
日本に生まれたなんて事は、いうてみりゃあ偶然のようなもんたい。
生まれた国がなんだっちゅうとか。
人間、世界の何処へでも出て行って生きりゃあよか。
そう思っとったが――日本、恋しや、ばい。
こりゃあ、一筋縄じゃあ、いかん事(こつ)ばい」(P69)


しつこいと言われそうだが、ここも「ふたつにひとつ」である。帰るか、留まるか。
「団塊お嬢ジャーニー」
http://akiyochan.at.webry.info/


きのうの記事「バカは死ねよ!」はいくらなんでもひどいと自分でも思いました。
きょう冷静になって上記ブログを読み直したのです。
バカは死ねよです。バカは目ざわりだから死んでください。
ごめんなさい。感想はゆうべとおなじでした。

「団塊お嬢ジャーニー」。教養あふれるブログタイトルだと思います。
作者は秋桜と自称します。団塊の世代の専業主婦だそうです。
山田太一ドラマ「遠い国から来た男」の感想だけではなく、
すべてのブログ記事がくだらない。
くだらないなら見なければいいではないか。その通りです。
けれども、とにかく腹が立ってしようがないのです。
どこが不快か書いてみることにします。
これは嫌いなブログに共通することです。
わたしは不愉快なブログは精神衛生上見ないようにしております。
ただこのたびの団塊ババアさまはひどすぎる。
ひと言、申し上げたいゆえんでございます。

かんたんなことです。バカだってこと。
バカが自覚もなくえらそうに世事に意見しているのが許せない。
ものをほんとうに考えた形跡が見られない。
テレビや新聞レベルで、なにか考えたつもりになっている。
テレビを批判できるあたしって、ちょースゴくねえ。
大衆は怒っているぞ〜、あたし、大衆のオピニオンリーダーざます。
こんな感じがいやでいやでたまらないのです。
ふたつにわけて分析します。

ひとつ。おばさんが嫌い(もちろん全員ではなくある種の典型的なおばさんです)。
若い女性の意見を世間が重んじるのは発話者が「若い」「女性」だからです。
ところが勘違いするかたがいらっしゃる。
あたしという「人間」がすぐれているからみんなあたしの話を聞いてくれるんだ。
美人に多い、痛々しい誤解です。
人間だれしも年を取る。いつまでも若い女性ではいられません。
このとき、かのひとはおばさんになります。
おばさんは鏡を見まいとする。
若いころとおなじようにあたしのスペシャールなご意見を述べる。
ババアがなにぬかしてるんだ、となる。
本の1冊でも読んでからものを言え、と怒鳴りつけたくなるのです。
例の団塊お嬢さまはブログを見るかぎり、読書をする習慣がないようです。
もっぱらテレビばかり見ているわけです。
ソファーで煎餅(せんべい)でもかじりながら、へらへら笑っているのでしょう。
想像しただけで気持が悪くなります。お食事中のかたにはあやまりたいです。
このおばさんがブログで意見する。秋桜が世間を斬る! 
かっこいいですね。美しいとは思いませんか。
秋桜先生は投稿マニアだそうです。あれですあれ。ひまなひとがよくやるあれ。
新聞や雑誌の読者投稿欄にせっせと「あたしの意見」を送りつけるおかしなひと。
いくら新聞でもそうそう秋桜先生の投稿を載せてはくれない。
けれども、ブログなら掲載拒否をされるということがない。
この先生がブログを好む理由であります。
秋桜先生は頻繁に怒っています。ネットで言論統制が行なわれているというのです。
自分の意見があまりに鋭いからヤフーに検閲されていると本気で思っている。
キチガイというほかありません。
http://akiyochan.at.webry.info/200707/article_5.html
http://akiyochan.at.webry.info/200706/article_8.html
http://akiyochan.at.webry.info/200706/article_3.html


もうひとつ。民主主義が嫌い。おばさんも嫌いだが民主主義も嫌い。
団塊の世代は、はじめて本格的な民主主義教育を受けた日本人グループです。
民主主義はすばらしい。民主主義ほど正しいものはない。民主主義は絶対正義!
では、民主主義とはなんでありましょうか。
つまらぬ数の論理です。多数決です。みんなで決めよう! これが民主主義です。
民主主義を成立させるためには必要なことがあります。
おのおの自分の考えを持つこと。これがないと民主主義が成り立たない。
各自、自分で考えて、意見を言うことで、国政に参加していく。
この民主主義という思想があって初めて「団塊お嬢ジャーニー」が誕生するわけです。
あんなどうしようもないおばさんにも「自分の考え」とやらがある。
何ごとに対しても意見を持つ。それを世間へ向けてブログで発信する。
民主主義とはかくも醜いものなのであります。
どこが醜悪か。自分の考えを持つのが当たり前だという民主主義的態度です。
自分の考えを持つことなど、それほど大切なことでありましょうか。
たいがいの人間は(もちろんわたしも含めて)自分の考えなんてありはしない。
テレビで流されるデマと、ベストセラー数冊で形成されたお粗末なものです。
わたしはそれをわかっているから、世事にコメントしようなどとは思わない。
かりに、なにか具申したとしても、書いている自分が眉唾だと思っている。

たとえば、この国では死刑制度がまだ存在している。
死刑制度に関係するニュースがテレビで流される。
バカなブロガーという人種がこぞって、死刑賛成反対だのと騒ぐでしょう。
おれはこう思っている、あたしはこう思っている。おれおれあたしあたし。
これに吐き気をもよおすのはわたしだけでしょうか。
なにゆえこう言えないのか。わからない。わたしにはわからない。
ほんとうに死刑制度を考えたらば、そうそう意見できるものではありません。
あなたは犯罪被害者ですか。身近に犯罪者の家族はいますか。
そうでもないのに、なぜかんたんに自分の意見を述べられるのでしょう。
わたしは犯罪の被害に遭ったことはない。近親に犯罪者もいない。
だから、死刑制度をどう思うかと聞かれても答えようがありません。わからないのです。
けれども、民主主義という制度はわたしに答えを求める。
のみならず何ごとにも意見を持っているひとを優秀だと称揚する。
ふざけた話であります。
民主主義をけなすと、ならおまえはファシズムを好むのかと問われるでしょう。
バカなひとはかならずこのような二者択一的な思考をします。
もしかしたらファシズムのほうがいいのかもしれない――と答えてしまうと問題だから、
こう回答いたします。民主主義はなんらすぐれたところのない政治形態だが、
ほかにかわるものがないのでやむをえないと思っている。

ふたつ嫌いなものを書きました。(ある種の)おばさんと民主主義が嫌い。
賢明な読み手は、わたしがおばさんブログ「団塊お嬢ジャーニー」を
誹謗中傷しているだけではないことを理解してくださると信じています。
世の中にはこういうバカがいる。
きのうの山田太一ドラマを共産党礼賛の作品だというのである。

「遠い国から来た男」、何なのだろう?
http://akiyochan.at.webry.info/200707/article_9.html


上記のブログは場合によって作者の思うままに変更されうる。

わたしも日本共産党は大嫌いである。
けれども、共産党よりも嫌いな存在が現われた。
このあたまの悪いおばさんである。
テレビ作家はこのようなバカも相手にしなければならないのだから大変である。
バカにはなにを言っても通じないことを知っている。
この記事もそのうち削除する。

ちなみに「遠い国から来た男」の視聴率は11.6%(たぶんかなり低い)。
「沿線地図」(山田太一/角川文庫)絶版 *再読

→小説バージョン。シナリオ版と比較するのが目的で読んでみた。
山田太一はシナリオ作家なのだと思う。
小説も決してつまらないわけではないけれども、
シナリオから得られるような感動がない。あの打ちのめされるような感動がない。
この程度なら自分でも書けるかなと傲慢にも思ってしまう。
シナリオを読むときに感じる、恐怖にも似た圧倒感がないのだ。

けれども、山田太一はよろしい。
なんでこんなに山田太一が好きなのかな。
初対面のひとなんかにたとえば聞かれる。好きな作家はだれですか。
ううむ、正直に山田太一と白状できるか。
見くだされそうだとか思ってしまう。
相手がインテリだったりすると、とくにねえ〜
答えは小説「沿線地図」のなかにある。また引用しちゃうよ。

「フランス料理屋の小部屋などへ入ったのは、はじめてであった。
金がないわけではない。洋食に高い金を使う気がしないのだ。
洋食が一番つまらない。
高いビフテキも、運ばれて来て食べてしまえば十五分で終りである。
ワインをのめば、そのワインがまたバカ高いと来ている。
スープをのんでアイスクリームを食べたって、一時間ももちゃしない。
そこへ行くと、鍋物だって、中華だって、天ぷらだって、
もっといろいろな味が楽しめるし、時間もかけられるし、気取った給仕はいないし、
どれだけ楽しいか知れやしない。
こういう所を好きな人間というのは、どっかで自分を偽っているのだ」(P81)


まったく同感だよな。つまり、まあ、庶民ってこったな。
小市民根性と言い換えてもよい。
「金がないわけではない」などとまず金のことを考えるのがいいんだ。
庶民はカタカナの多い小説というのがもうダメなんだ。
村上春樹が好きというともてるらしいが(古い早稲田大学系情報)、
あんなものはね、登場する横文字の音楽がそもそもわかりゃしない。
アメリカちゅうのは敵国でしょうと聞いてみたくなる。
村上龍先生の人気もさっぱりわからない。
このひとも小説にカタカナを多く使うでしょう。モチベーションってなんですか。
この国には希望がないって、あたしら国のことなんてどうでもいいでがすよ。
だから、山田太一なんだよな。
たとえば、「沿線地図」から。小さな電気屋の主人。娘は家出してしまった。
妻は急用で実家へ戻っている。

「一人きりの夜というのは、四、五年ぶりであった。
『早めに閉めて、のむか』
ゆっくり独り言をいって、暫く外を見ていた。
寿司屋の出前が、自転車で駅の方から住宅地の方向へ通過して行く。
これであと十数える間に、誰も通らなかったらシャッターを閉めようと思う。
シャッターを閉め、テレビをつけ、
電子レンジでコップ酒の燗をして、ゆっくりのむのだ。
なにかエロがかった番組でもやってりゃあいいのだが、と思う」(P192)


いいね、いいね。商売にやる気がないのがまずよろしい。
決断力がなく、運まかせの生活態度全般が好ましい。
シャッターを閉める決断すらできないのかとバカにしてはいけません。
仕事のあとにクラシック音楽を聴くわけでもない。テレビというところがすばらしい。
ワインでもウイスキーでもない、コップ酒。
見たいテレビ番組はNHKではなくエロ番組。最高ではありませんか。
かっこつけるのはやめましょうぜ。人間、こんなものでしょう。
で、たまーになにかに目覚めたかのようにゲージュツに触れてみるけれども、
どれだけがんばってもわからないものはわからない。
それでも、わかったふりをする。帰宅してからモーツアルトはねえ、なんて言っちゃう。
おカネもほしいし、きれいなおねえちゃんにもあこがれるけど、
いざそのようなチャンスが来るとワナじゃないかだなんてたちまち尻込みしてしまう。
もちろんあとで後悔する。ウソをつく。
おれはねえ、もうちょっとで大金持になるところでさ、
けどな、おねえちゃんを救うためにな、おれはね、そのチャンスを棒にふったんだ。
とかなんとか。山田太一ワールドである。
山田太一がこれほど好きということは、わたしもこのワールドの住人なのかな。
まあ、生まれと育ちは変えられぬということだ。
「沿線地図」(山田太一/大和書房)絶版

→テレビドラマシナリオ。1974年放送作品。全15回。

(1)「いま幸福ですか?」

いまの連続ドラマでは毎回、タイトルがつくでしょう。
あれがいつから始まったか、だれが始めたかは調べたけれどもわからなかった。
1983年放送の大ヒットドラマ「ふぞろいの林檎たち」には各話のタイトルがある。
このドラマから例をあげると「学校どこですか?」「恋人がいますか?」
「生き生きしてますか?」「なにを求めてますか?」「親友は誰ですか?」
「キスしてますか?」「どんな夢見てますか?」「大きな声が出せますか?」
「ひとの心が見えますか?」「胸をはっていますか?」。
「ふぞろいの林檎たち」からほぼ10年前におなじTBSで放送されたのが「沿線地図」。
このころはまだ一話ごとにタイトルをつけるならわしはなかった。
けれども、たとえばなにかこの「沿線地図」全体にサブタイトルをつけるならば――。
「いま幸福ですか?」がいちばんふさわしいように思う。
いまあなたは幸福ですか。ほんとうに幸福ですか。満足していますか。
これでいいのですか。このままでいいのですか。こんなもんだとあきらめてはいませんか。
もっとなにかあるとは思いませんか。
いまのあなたはたかをくくっているだけでありませんか。
臆病になっているだけではないですか。一歩足を踏み出してみませんか。

ドラマの1、2、3話では、冒頭、高校生の志郎のモノローグからはじまる。
志郎は東大も確実と言われているほどの優等生である。
志郎の父の誠治は一橋大を卒業後、銀行へ就職。エリートコースを歩んでいる。
山田太一ドラマ「沿線地図」はこのように始まる。

●大型ノート

高校生らしい鉛筆の字が書く。夜のアパートの一室である。
鉛筆の走る音と、私鉄沿線のおそい夜の雰囲気音が、かすかに聞える。

「ぼくたちの心の中には、出来事に対して、他人に対して、
ひどく無関心なところがある。
なにかを、ぼくたちは、喪ってしまったような気がする」

書き終えると、志郎の声がそれを読む(P3)


第二話冒頭でも大型ノートに志郎の文字がつづられる。

「長いこと、ぼくは涙を忘れている。熱い感情を喪くしてしまっている。
なんだか、すべてに対して自分が冷たいような気がしてならない」(P26)


第三話も同様にスタートする。

「損か得か。楽か、楽じゃないか。
そういうことばかり考えて生きて行くことをやめようと思った。
しかし、それじゃあ、どう生きたらいいのかということは、よく分からなかった。
分からないまま、ぼくと道子は行動を起こした」(P52)


第四話にはもう志郎の独白はない。ひとりではないからである。
志郎はおない年の道子と同棲をしている。家出をしたのである。
高校を中退した。大学も行かないことにした。ありきたりがいやだった。
志郎と道子が出会うシーンから引用する。道子はおかしな子であった。
ふたりでハンバーガーを買った。道子はわざわざ歩道の真ん中で食べるのである。
店員から注意された。優等生の志郎はすぐに従った。道子は動かない。
歩道の真ん中でハンバーガーを食べている。志郎はありきたりな注意をする。

道子「(笑っている)」
志郎「おかしいかな」
道子「来て」
志郎「いやだね」
道子「どうして?」
志郎「大体――こんな事で、つっぱったって仕様がないじゃない。
道の真中で食べたからって、どうだっていうのさ?」
道子「私はね、こういうことでもつっぱってないと、
肝心な時も、つっぱれなくなると思うの(キッパリという)」
志郎「(その正当性にドキリとしている)」
道子「そうじゃない?」
志郎「(目を伏せ)そうじゃないと思うね(と辛うじて反論する)」
道子「いらっしゃいよ、こっちへ」
志郎「いやだよ」
道子「おたくって、そういう人? 
規則とか常識とか、そういうことに、すぐ従っちゃう人?」
志郎「すぐ従うってわけじゃないけど(といい返そうとする)」
道子「(かぶせて)でも従っちゃうんでしょう? 温和しいんでしょう?
勉強なんか出来て、ビクビクそうやって一生送っちゃうんでしょう
(と大きな声で挑発的にいう)」
志郎「(カッとなって)おっきな声で、なに言うんだよ!」(P11)


志郎が家に帰ると、母の季子が内職をしている。
益子焼きを主婦仲間に転売するのである。
いくらもうかるのかと志郎は聞く。微々たるものである。
季子は、それでも継続していけば、
いつかは数万円の利益がでる商品を扱えるかもしれないと言う。

志郎「幸せ?」
季子「え?」
志郎「そうなると、幸せ?」
季子「なによ、それ?」
志郎「すごく陳腐な質問していいかな?」
季子「どういうこと?」
志郎「お母さん、幸福?」
季子「(笑ってしまう)」
志郎「(自分もちょっと照れて、笑う)」
季子「えーと、これで、こっちは箱がないから、と(と、包む仕度をしたりする)」
志郎「(見ている)」
季子「これと、これが、中里さんの分と――」
志郎「(見ている)」
季子「なにしてるの。勉強しないなら、お風呂入っちゃうとか、
さっさとなんかして頂戴」(P19)


志郎と道子は東中野で同棲を始めた。
ふたりとも近くの市場で朝早くから働くことにした。
なにも問題はなかった。自由が快適だった。ところが連絡が入る。
志郎と道子、どちらもひとりっ子。親が会いたがっているのである。
志郎は父の誠治と会う決意をする。しゃぶしゃぶ屋へ入るふたり。
このあたりの会話のクソマジメさは、泥臭いと現代なら嘲笑されるであろう。
当時も、このシーンに象徴される山田ドラマの泥臭さを
敬遠したものは少なくなかったのではないか。
けれども、いまよりは少なかったはずである。
30年前は、なんでも笑い飛ばせばいいとはみんな思っていなかった。
どこか真剣なところがあった。まじめにものを考えるところがあった。
山田ドラマが支持されたゆえんである。しゃぶしゃぶ屋――。

志郎「お父さんは、損得をちゃんと考えて、順調に安全に生きて行こうとする人間と、
そうじゃない人間とどっちがいいと思う?」
誠治「若いうちは、どうしても無鉄砲な方がいいと思うのだろうが」
志郎「そうかな? 
若くたって、安全で楽で順調なコースを狙う奴の方が多いと思うな。
公務員の試験になんか殺到するっていうじゃない」
誠治「うむ」
志郎「ぼくにも、そういうところあるんだ。お父さんにもあるよね?
どっかへ就職すると、その人生を一生守っちゃうような所あるよね?」
誠治「いけないかな?」
志郎「いけないっていうより、幸福じゃないと思うんだ。
全然、いきいきしないで死んじゃうような気がするんだ」
誠治「一生というものは、お前が、たかをくくるような、簡単なもんじゃないよ」
志郎「多分そうなんだろうけど、ぼくは、とにかく、
いい大学、いい会社っていうような、
そんな事ばっかり考えて生きていくのがいやになったんだ」
誠治「――」
志郎「高校でやめれば、こんな事、のぞみようもないだろ?
いやでも、別の人生を歩こうとするよね?
こういう風に、自分の人生を狂わしてみたかったんだ」
誠治「――食べないか」(P106)


山田ドラマは視聴者へ問いかける。問題提起する。
あなたはどう思いますか? あなただったらどうしますか?
その場で笑っておしまいのドラマもときにはいいが、そればっかりではいけない。
山田太一ほどの作家なら視聴者を笑わせ泣かすことなどたやすいのである。
なるほど笑わせよう、泣かせようじゃないか。けれども、ちょっと考えてくれないかな。
ドラマの登場人物の生きかたをどう思いますか。なぜあなたはそう思うのですか。
あなたはいまどのように生きていますか。再び、問う。
高校も卒業しないで、ありきたりがいやだ、
いきいきしたいと同棲を始める男女をあなたはどう思いますか?

父の誠治は自分の根幹が揺れている。息子に大学くらい出ろと言えないのだ。
父の謹造のもとへ相談に行く。謹造はひとりがいいとアパート暮らしをしている。
謹造は孫のふしだらに激怒する。どうして息子を叱らないのかと誠治を叱る。
志郎をうまく叱れない父の誠治を、祖父の謹造が叱っているという構図に注意したい。

謹造「説得すりゃあいいことだ。男には学問が必要だ。そんな自堕落をしとったら、
一生下積みで終りだとかお前がよくいい聞かせればいい」
誠治「しかし――」
謹造「聞かなんだら、殴ってもいい、蹴とばしてもいい。
若いうちから女と同棲などしとるようでは、
ロクなもんにならんと分るまでいいきかせりゃあいい」
誠治「ええ。ただ――」
謹造「なんだ?」
誠治「怒鳴られそうですが、学問して、いい会社へ入って、課長だ部長だと、
昇って行くことが、あくまで――幸福なんだといい切る確信が、
親にないというか――」
謹造「なにをいうとる。女と同棲して、ゴロゴロしとる方が、
将来のためになるというのか?」
誠治「いえ、ごろごろしてるなら、勿論許しやしません。
しかし、あいつは朝五時半から起きて働いているんです」
謹造「かばうのか?」
誠治「かばうわけではありませんが――」
謹造「勝手をした子供を、叱ることも出来んのか!」(P152)


最終話近く、謹造は孫の志郎から道子が妊娠したことを聞かされる。
ありきたりなパターンである。若くして同棲。妊娠。先は知れている。

志郎「どう思う? うんだ方がいいと思う?」
謹造「うむ――(考えるような目)」
志郎「そりゃあ、おじいちゃんの年代の人は、おろすなんて、
とんでもないって、そう思うのかもしれないけど――」
謹造「んにゃあ」
志郎「(謹造を見る)」
謹造「うむことは、ない」
志郎「え?」
謹造「つまらんよ、うむことはない(といって上って行く)」
志郎「(意表をつかれた思いで見送る)」
謹造「(ふりかえらずに上って行く)」
志郎「(見送っている)」
謹造「(見えなくなってしまう)」
志郎「(――立っている)」(P333)


どういうことか解説する。志郎はいま父親になるかの境目なのである。
子を持つのは果たしていいことなのか。
謹造は考える。息子の誠治はなんともふがいない。
誠治も、孫に家出されてそれきりである。親子の関係などこんなものではないか。
つまらんよ、うむことはない――。
謹造はこの足でアパートへ戻ると首を吊る。
およそ現代のドラマでは考えられぬような暗さが「沿線地図」にはある。
ペーソスである。この横文字は哀愁と訳される。
つまらんよ。生きていることなんざ、つまらんものだ。
むろんドラマの結論ではない。山田ドラマはいつものようにラストは明るく終幕する。
だが、その明るさは、やりきれない厭世観を払拭するにはいたらない――。

(2)「ダメなひとはダメですか?」

「沿線地図」は初めは新聞小説として書かれた。
これを山田太一自身がシナリオ化してドラマ「沿線地図」が完成したわけである。
比較すると、なかなか興味深かった。小説には出てこない人物がいるのである。
小説の場合、どうしても物語の主筋を離れることが容易ではない。
しかし、テレビドラマはかなり遊びを許す余地が残っている
なんといっても1回45分を15回も放送できるのである。
このためテレビドラマには、小説にも映画にも登場しないタイプの人間が現われる。
これがまたすばらしいのである。
たしかに脇役なのであろう。だが、かれらのなんと輝いていることか。
幸福とはなにかを問うメインのかたくるしいストーリーよりも、
むしろこちらのほうが味わい深いということもできよう。

現代のテレビドラマは切実な人間を描かないでしょう。あるいは、切実な現実。
人間、がんばればなんでもできるというようなことを平気でいう。
ドラマにおいて、努力している人間はかならず最後には報われる。
だけどさ、あまり大声で言いたいことでもないけど、現実ってそうじゃないよね。
なにをやってもダメなやつというのはいるでしょう。
がんばっているんだけど、どうもヘマばかりしてしまう。そのうち性格がゆがんでくる。
テレビに登場するのは美男美女ばかりで、
みんな恋愛がすべてみたいなことを言うじゃない。
ドラマだけではなく、バラエティでも、なんでもさ。
けれども、現実にはもてない人間がいるわけでしょう。
がんばればもてるというのはウソだと思う。
まさか「電車男」を本気に受けとめるひとはいないよね。
宮台真司のように声高に「もてないやつは一生もてない」と宣言されるのは不快だけど、
かれはやっぱり事実を言っているわけで、もてないやつはもてないのよ。
おなじようにさえないやつは一生さえないままで終わることが多い。
「電車男」のようにがんばれ、なんて説教されたくないな。
やっぱダメだと、自分がダメなことがわかると、性格がゆがみます。
そういう人間を、山田太一は無視しないんだ。
がんばればなんとかなるという文脈ではなく、そのまま静かに描く。
とてもきれいだと思う。

「沿線地図」からふたりのダメ男を取り上げたい
まずは志郎の上司である正平(28)。おなじ淀橋青果市場で働いている。係長。
正平のト書きに山田太一はひどいことを書く。
「実にもてないだろうというタイプ」(P175)
正平は志郎が気に入らない。正平は高卒(もしくは中卒)。
だのに志郎は大学へも行ける環境なのにおかしなことを言って高校を中退している。
いつも休憩時間にはむずかしそうな本を読んでいるのも、
本など読んだことのない自分への当てつけのようで癪(しゃく)にさわる。
なにより不愉快なのは志郎がもてることである。
ふざけるな。もてない男の怨念である。
正平はことあるごとに志郎に当たる。じゃまだと蹴りつける。
ところが、憎たらしいほどに志郎のほうは人間ができている。
もてる男は人間性がゆがまないとでも山田太一は言いたいのか(笑)。
志郎は上司の正平をのみに誘う。相談にのってほしいとお願いするのである。
自分は未成年だから酒はのまない。係長はのんでください。
相談にのってもらうんだからぼくがおごります、なんて殊勝なことを言う志郎。
正平はみっともなく酔っぱらって正体をなくすまでのむ。
翌日、正平がカネを返そうとすると、志郎は今晩おごってくださいという。
昨日とおなじやき鳥屋である。

正平「そうかよ。競馬の話が、そんなに面白かったか」
志郎「ええ。トルコの話も、よかったけど」
正平「そんな事お前、あっちこっち行っていうなよ」
志郎「いいません」
正平「そりゃお前、お前より十年、年上なんだから、
その分世間のことは、くわしいや」
志郎「はい」
正平「お前ら、すぐ年上をバカにするけどよ」
志郎「そんなこと――」
正平「謙虚に聴く気になりゃあ、先輩は先輩だけのことはあるもんよ」
志郎「そう思いました」
正平「(志郎の顔を見て)調子いいな」
志郎「本当にそう思ったんです。自分はなんにも知らないなって、
つくづく思ったんです(終りは目を伏せていう)」
正平「そうか(とビールを注ぐ)」
志郎「時々、話聞かせて下さい」
正平「いや、俺もな」
志郎「はあ?」
正平「お前のこと、多少誤解してた向きもあるよ」
志郎「いえ――」
正平「しかしな、これでお前、仲良くやって行こうって、
さっぱりとしちまうわけにもいかねえんだよな」
志郎「そうですか?」
正平「たしかに、お前はよく働くよ」
志郎「いえ――」
正平「ミスも笈田なんかに比べりゃあ、ずっと少ないや」
志郎「はい」
正平「しかし、顔がいけねえ」
志郎「顔が、ですか?」
正平「俺は別にお前がいい顔をしているとは思わねえがな」
志郎「はい」
正平「女は思うだろ?」
志郎「さあ」
正平「思うから、十八でもう同棲なんてしてるんじゃねえか」
志郎「ちょっと、ちがうと思うけど」
正平「会社の女だって、みんなお前にはいい顔をする。
しかし、人格的にお前が特別すぐれてるか?」
志郎「いえ――」
正平「顔だよ。顔が女好きする顔だというだけで、お前はもてる」
志郎「しかし――」
正平「そりゃそうよ。そりゃあお前のせいじゃない。
お前に文句いうのは、スジがちがう。じゃ、誰に文句いったら、いいんだ?」
志郎「さあ――」
正平「お前が、そういう顔してて、俺がこういう顔してて、
顔のおかげでお前はもてて、俺はどっちかというと、あまりいい思いをしていない」
志郎「――(返事に困る)」
正平「それを誰かに文句いえるか? 
なんでこいつは顔がいいだけで、俺よりもてるんだ? って誰かに文句いえるか? 
いえねえや。そんな事いえば、笑いもんよ」
志郎「――(返事に困って、薄く微笑して顔を伏せていて、うなずく)」
正平「しかし、しかし不公平は、ちゃんと存在している。
したがって、不公平だなあ、畜生、と思う気持もなくならない」
志郎「――」
正平「なくならないまま陰(いん)にこもる」
志郎「――」
正平「だからな、お前みたいな二枚目とな」
志郎「二枚目じゃありません」
正平「二枚目なんだよ。女は、そう思うんだ」
志郎「――」
正平「お前みたいな奴と、心からうちとけることはあり得ないんだ。
二枚目でなくなりゃあ、別だよ。
二枚目でいる限り、俺は、お前と、うちとけないね。
畜生、なんだあの野郎、つまんねえ男のくせに、なんであいつばっかりもてるんだ、
と心の中で、やり場のない恨みをね、もってる」

(スナック「かもめ」でのもてない女のシーンが描かれ、再びやき鳥屋)

正平「まあ、お前なんか、一生見合いなんかしないかもしれないけどな」
志郎「いえ――」
正平「やなもんだぞ、お前。パッと逢ってよ、向うが綺麗でよ。
だけど俺のことなんか好きになる訳ねえな、
とピンと来ちまった時の見合いなんてのはよ」
志郎「はあ」
正平「いやなもんだぞ」
志郎「係長は――」
正平「なんだよ」
志郎「なんだか、決め込んでるけど、俺は二枚目じゃないし、
特別女にもててもいないんです」
正平「そんな事いったって駄目だよ。俺の方がいい男だと思うか?
俺の方が素敵だと、女が思うのか?」
志郎「――」
正平「顔がいいとか悪いとかいうことは、どうしようもねえことで、
どうしようもねえだけに、やりきれねえもんよ」
志郎「――」
正平「――(ビールをのむ)」(P195)


翌日も市場で志郎をいじめる正平である。
自分から台車をぶつけておいて、どかねえかと志郎のあたまを殴る。
壮絶なもてない男である。書き写しながら何度も大笑いをした。
いいシーンだと思いませんか。正平がいとおしくなりませんか。
このあと正平が、風邪を引いた道子の見舞いにいくシーンもすばらしい(P256)。
しかし、あまり正平をひいきにすると
書き手についてあらぬ邪推をされる危険があるのでこのへんでやめておこう。

ふたりめのダメ男は田中である。サラリーマン風。
志郎の父親の誠治は、ある晩、酔ってこの男と喧嘩をしたのである。
ふだんなら相手にしない誠治だったが、その日は息子のことでいらだっていた。
うっかり喧嘩の相手をしてしまった。相手を殴りつけた。
喧嘩を売ってきたわりには弱い男であった。
翌日のことである。田中から銀行に電話があった。昨日のバーで逢いたいという。
場面はバーの中である。

田中「(前回で喧嘩の相手をしたサラリーマン風の男である。
カウンターの奥でビールの小瓶を前にしている。孤独な印象でのむ)」
誠治「(入口を入って立つ)」
田中「すみませんでしたねえ」
誠治「いや(と身構えた気持で)どっちみち今夜は寄るつもりでした。
こわしたものはないそうだが、ともかくこの店に迷惑はかけたんで」
田中「いいえ。表へ出てやったからね。店は別に、どうってことはないですよ」
誠治「あなたは(怪我は)どうですか?」
田中「私?」
誠治「電話で伺おう、と思ったら切ってしまわれたんで」
田中「暗くて、よく見えないかもしれないけど、こっち側、
ここ(と今まで見えなかった左側を見せると、目のあたりがあざになっている)
はれちまった。フフ」
誠治「それは――すまなかった。しかし――」
田中「どうぞ(と腰掛けろ、という顔)」
誠治「昨夜の(とカウンターに手はつくが、腰掛けず)
私に、非がないとはいわないが、元々はあなたがからんで来た喧嘩でね。
どっちかといえば、あなたに非が多いと思う。その結果の殴り合いで、
多少顔がはれたからといって、私に補償の義務はないと思いますね」
田中「あなたに、いつ補償を求めましたか。金をよこせ、といいましたか?」
誠治「じゃあ、用事はなんです?」
田中「小杉さん(と外のバーテンへ)グラスもう一つくんないか」
誠治「(外へ)いいんだ。私はいいんだ」

(中略)

田中「(ビールをさし出し)一杯くらい、いいでしょう?」
誠治「(仕方なくグラスをとり)用件は、なんですか?」
田中「(注ぎながら)あの男(バーテン)、私のこと、なんていってました?」
誠治「別に――」
田中「(外で)聞いてたじゃないですか」
誠治「よく知らない、ということで――」
田中「蒲団屋の臨時雇いでね、打直しの見習いみたいなことを――やってる。
配達もしてるけど、あまり評判がよくなくて、馘(くび)かもしれねえ」
誠治「(うなずく)」
田中「前はね、ちょっとした病院の経理にいたんだけど、病院そこやめちゃってねえ」
誠治「――(うなずく)」
田中「あとは転々としている。臨時雇いを転々としてるんですよ」
誠治「――(うなずく)」
田中「もっとも、いい学校を出た訳じゃなし、
はじめから隅を歩いてたようなもんだから、たいして落ちぶれた気もないけど、
あんたみたいなエリートを見ると――」
誠治「そんなもんじゃありませんよ」
田中「ひがみが出る。面白くない」
誠治「なにが――いいたいんですか?」
田中「土下座をね、して貰おうと思って」
誠治「土下座?」
田中「手をついて、すみませんて、謝って貰いたい」
誠治「(ムッとして)なにをいう」
田中「嫌ですか?」
誠治「嫌って君。謝って貰いたいのは、むしろこっちの方だ。
君がいろいろいっても、私は相手にしなかった。
しかし、あまりしつこかった。たまりかねていい返したんだ。
土下座をして、あやまるなんて、そんな、理由がない。無茶をいわないでくれ」
田中「理由があるかないかなどという事は問題じゃないんです。
私は、ただあんたが土下座をして手をついて頭を下げるのを見たいんですよ」
誠治「私がそんな事をしてみても、なんの意味もない。
総理大臣や、どっかの社長にさせるなら面白いだろうが、
一介のサラリーマンに、そんなことをさせて、なにになるっていうんだ」
田中「じゃ、喧嘩したことを銀行へ行っていいますよ」
誠治「(田中を見る)」
田中「酔っぱらって私を殴ったことは事実だ。
どっちが悪いとか悪くないとかいったって、のんだくれて喧嘩したことを、
あんたは否定出来ない」
誠治「いくら欲しいんだ?」
田中「土下座をすればいいんです」
誠治「バカ気ているね」
田中「しかし、それが私の要求だ。他の事をのぞんじゃいない」
誠治「なら、銀行へ行って、いいたまえ」
田中「いいんですか?」
誠治「――(よくない)」
田中「私を警察につき出すわけにはいきませんよ。
金を要求してるんじゃないんだ。事実を報告に行くだけだ。
ちょっと大声で、客にも支店長にも聞えるようにいうだけだ。
伝わって、私の方は蒲団屋を馘になるかもしれないが、
どうせ時間の問題で、痛くもかゆくもない。
しかし、あんたはそうはいかないでしょう? 
支店次長っていえば、次は支店長だ。酒をのんで人を殴っちゃいけない。
どうせ人の失敗をさがして回ってるような奴が、いるだろうから、
すぐ本社まで伝わっちまう。馘になるわけはないが、出世にはさわるねえ」
誠治「その通りだ。たしかにその通りだが、私をいじめて、なんの得がある?
私を土下座させて、なにが楽しいんだ?」
田中「楽しいねえ。大の男を思いのままに土下座させたら、誰だって楽しいでしょう」
誠治「私にはそんな趣味はない。そんな事に快感もないね」
田中「じゃあ、あんたは育ちがいいんだ。私は、時々、こういう事をしてみたくなる。
誰かをガンとやってみたいね。屈服させてみたい。
土下座をさせて、はいつくばらしてみたいねえ(と興奮していう)」
誠治「――」
田中「チャンスがなかった。殴りかかりゃあ、殴られちまっている。
ハハハ、しかし、銀行員とは、うまい人を見つけたよ。
私は昨夜くらいの喧嘩は、しょっ中やってるけどね、別に、どうってことはない。
しかし、あんたにとっちゃ、一回でも大事って訳だ。不自由なもんだ。
ハハハ、どうするんだい? 土下座するのか、しないのか? どっちなんだい!」
誠治「――」
田中「いまにママや女の子が来ちまうよ。
その前ではいつくばるより、いまやっちまう方がいいんじゃないのかねえ」
誠治「――」
田中「やっちまいなよ。
ちょこっと膝をついて頭を地べたにこすりつけりゃあいいんだ。
簡単なことじゃないか。誰も見てないんだ。私以外に誰も見ていないんだ」
誠治「――」
田中「競争激しいんだろう? 支店長になるのは大変なんだろう?
もう一息じゃないか。
そんな時に、こんな事でケチつけたんじゃ、つまらないじゃないか。
這いつくばれよ。這いつくばっちまいなよ!」
誠治「――(ふるえて田中を見ている)」
田中「どうしたんだい? どうってことないじゃないか。
何秒かかるっていうんだ? あっという間のことじゃないか」
誠治「(心を決め)一回だけだ」
田中「ああ、勿論、一回だけだ」
誠治「またぞろこんなことをいって来たら」
田中「一回だけだといってるだろう」
誠治「――」
田中「早くしないかい。早くしないと、客も来るし、バーテンも入って来る。
人が増えたって、要求は変らないぜ。さあ、どうするんだ。
どうするんだ、支店次長さん。どうするんだい!」
誠治「(パッと膝をつく)」
田中「両手をつくんだ(すかさずいう)」
誠治「(両手をつき)すまん(と平伏する)」
田中「すみませんだ、すみません!」
誠治「すみません(と平伏する)」
田中「ハハハハハ、ハハハハ」(P201)


土下座をしたかいがあったのか、誠治は最終回のそれも最後で支店長に昇進するが、
わたしの興味はこの銀行員にない。田中である。田中さんと、さん付けしたいね。
すばらしいじゃないか、田中さん!
もしかしたらと思って、みなさまに聞いてみたい。
そもそもここまでお読みくださったかたが何人いるかわからないが。
みなさんは田中さんの気持はわかりませんか。
エリートを土下座させて這いつくばらせたいという、ぎらぎらした欲望である。
もてない男の正平もそうだが、
どうして山田太一はこのような屈折した人間をうまく描けるのであろう。
若いころの山田太一は美青年。
寺山修司とひとりの女性を取り合ったというではありませんか。
その女性はいまの山田太一の奥さんである。
それにそう。いくら助監督時代が長かったとはいえ、
山田太一は31歳のときにシナリオ作家としてデビューしている。
「沿線地図」の正平に田中さん。かれらを描けるのが山田太一の才能である。
この才能に気がついているものは意外に少ないように思われるので、
今回読者の迷惑もかえりみず、ながながと引用をした次第である。
「ずっと夢なんて見ていなかった」と栗原小巻は言った。
「それがおとなってもんじゃないか」と夫の杉浦直樹は言い返した。
「遠い国から来た男」である仲代達矢はなにも言わなかった。
「遠い国」へ行きたいと栗原小巻は言ったのである。
かつての婚約者、仲代達矢と一緒に中米のサン・ハイメに行くことにしたと。決めたと。
「おれはどうしたらいいんだ」と杉浦直樹は困惑した。老妻に泣きついた。
「私たちの年齢だったら」と栗原小巻は言った。
「もういつ死んだってそうふしぎはないんだから」
それまで無言だった仲代達矢は拍手をした。
「いい演技だった。まるでおれが二枚目になったような気がしたよ」
夫婦ふたりの演技ということになった。三人でそういうことにした。
「遠い国から来た男」はひとりで「遠い国」へ戻っていった。

友人に山田太一ドラマのシナリオを読ませたことがある。
貸したのではない。読めと言った。返さなくてもいいから読んでくれとお願いした。
「早春スケッチブック」という本だった。
「泣きそうにはなったよ」と笑いながら友人は言った。しかし――。
「けれども、これじゃ、なにも変わらないじゃないか。
慰められてそれで終わり。現実を変えようとかそういう気にならない」
そこが不満だと友人は言うのである。
痛いところをつかれた。どうとでも言い訳はできるのである。
しょせんはテレビ。見ているひとの感情を逆なでするようなものは無理だ。
それに、変えるって、いまさらなにを変えるって言うんだ。
もうなにも変わりようがないじゃないか。
青臭いことを言うなよと言いたかった。言ったのかもしれない。言ったのだった。
なにも変わるはずがない。

1960年はそうではなかった。大規模な安保闘争があった年である。
中国やソ連という夢があった。なにかが変わるかもしれないとだれもが思った。
この年に商社マンの仲代達矢は中米のサン・ハイメ(フィクション)へ行った。
婚約者の栗原小巻には「3年待ってくれ」という言葉を残してである。
サン・ハイメはひどい国だった。変えようと思った。打倒独裁政権。
日本でなにも政治運動に参加できなかったという負い目もあった。
反体制運動に加わった。武器を横流ししたのである。
逮捕された。刑務所である。12年――。
釈放されたらサン・ハイメはずっといい国になっていた。
栗原小巻はかつての同僚と結婚していることを聞いた。
怒った。絶望した。日本を捨てた。仲代達矢はサン・ハイメの国籍を取る。

妻の栗原小巻からジイジとよばれる杉浦直樹は日本で生きてきた。
定年してもう孫もいる。家にいてもすることがない。NPOでボランティアをしている。
あのまま会社に勤め重役にもなった。悪い人生ではなかった。
それほど豊かともいえないが、かといってさみしくもない老後である。
ある日、忘れていた男から連絡がある。話すのは46年ぶりである。
「遠い国から来た男」仲代達矢である。1960年からやって来た。
完全に忘れていたわけではない。いつもトゲのように刺さっていた――。
杉浦直樹は「遠い国から来た男」に会いに行った。
1960年から、まったくべつの道を歩くことになってしまったふたりの男。
1960年の日本でストップしている男と、2006年まで生きてしまった男。
2006年は1960年に言った。
「どっちが幸せだったかわかったもんじゃありません」

「遠い国から来た男」は祖国で迷っていた。会うか、会わないかである。
かつての婚約者である栗原小巻に会うかどうか。
そもそも会いたいと言ったところで、会ってくれるかどうかもわからない。
怖いという思いもある。老いたじぶんを見られたくない。老いた栗原小巻を見たくない。
美しいものを汚したくない。1960年をきれいなままで残しておきたい。
会う。会わない。ふたつにひとつである。
1960年は仕事か結婚かのふたつにひとつであった。
断わろうとすればサン・ハイメ行きを断われたのかもしれない。
けれども、仕事を取った。結婚はあとからでいいと思った。
サン・ハイメでも選択を迫られた。保身か革命かである。安泰か正義かだ。
若かった。純粋だった。青春の情熱のようなものに衝き動かされた。
逮捕された。12年。釈放された。日本かサン・ハイメか。後者を選択した。
日本を離れてから46年。
ふたつにひとつの連鎖の帰結が、今日の選択肢である。会うか会わないか。
仲代達矢と栗原小巻が会うのは番組開始から1時間以上も経過したのちのことである。
「遠い国」から日本には、そうは簡単に来られないのだ。
1960年は、我われのまえに突然、現われた――。
若い役者が白髪のかつらをつけて老人役を演じるのはありきたりである。
この番組では反対をやっている。
老いた仲代達矢と、おなじように年を取った栗原小巻が、
いっさいの若作りをせずにそのまま、かつて八ヶ岳へ旅行したシーンを再現した。
現代に戻ると栗原小巻は言う。
「あんな楽しいことなかった。あのあとなんにもなかった。なんにもない」

「遠い国から来た男」が成田を離れる飛行機を栗原小巻はくるまで見ていた。
夫が運転するくるまのなかである。
栗原小巻は言った。あと20年生きてやると。20年あったらなんでもできると。
夫の杉浦直樹は苦笑していた。2026年のことを想像していたのかもしれない。
2006年はなにも変わらなかった。
サン・ハイメから1960年が来たけれどもなにも変わらなかった。
果たして20年後はなにか変わっているのだろうか。
そして、なにか変わっていないものはあるのか。
2026年にも山田太一氏には生きていてほしいと思った。
20年後に甘く思い返せるようなロマンスは、
これからのわたしの人生で起こるのだろうかと思った。
もしかしたら、このままなにもないのかもしれないと思った。
けれども、20年後の懐旧のために、いま、自分がなにをすればいいかはわからなかった。
ザ・ノンフィクション「女たちの『サラダ記念日』〜愛と哀しみの20年〜」を見る。
以下に感想を記す。
うちのブログのザ・ノンフィクションの感想はひそかに人気がある。
まえにほかのブログで絶賛されていた。
番組は毎回、見ている。おもしろかったら感想を書くというスタンス。

今回のはだめだめ。なんじゃ、こりゃ。感想を書くレベルではない。
けれども、まあ、先週がすばらしかったので、その余波というか。
おまけみたいなもんですな。
20年前のベストセラー「サラダ記念日」。バブル全盛期。
あのころ青春を過ごした女たちはいまどのように生きているか。
製作スタッフは女ばかり。
「あたしたち女の生きかたを模索する」なーんて企画書には書いてあるんだろうな。

最初に登場するのは小澤ちひろさん(43)
素人ではない。著書多数。テレビ出演経歴もあるプロのパン屋さん。
お店の宣伝をテレビにしてもらおうと思ったのだろう。
このおばさんはなにがしたいのだろう。
テレビに出て、幸福な生活を自慢したいとしか思えない。
ひとの幸福なんて、はっきり言えば見たくないのである。
唯一の傷は離婚経験。
バブル女が亭主に不倫されたくらいで離婚しましたとさ。
夫の浮気に怒る妻というのがどうも理解できない。
女は若さ(ゆえの輝き)を武器に男を釣るわけでしょう。
なら妻の容貌が落ちたとき、夫が別の若さを求めても構わないんじゃない?
愛だなんだといい年をして女子高生みたいなことを言うのはやめようぜ、おばさん。
だけど、このおばさんは「勝ち組」。
テレビをうまく利用してパン屋をオープン。いまやカリスマ。
http://www.tv-tokyo.co.jp/dreamhouse/lastweek_030613.html
世渡りのうまい女である。
いまの悩みは、娘の菜穂さんがひとり暮らしをしたがっていること。
菜穂さんは芸大をめざす予備校生。
番組ラストで引越を終了する。あんな小さかった娘がひとり暮らしをするとは……。
娘の小さいころの写真をだしてミュージックスタート。
これで感動しろって言うんですか、フジテレビさん?

つぎに登場するバブル女は金古真理さん(45)。
詳細は忘れたけれども、とにかく「勝ち組」だ。
有名な会社の重要なポストにヘッドハンティングされたとか。
なにかのブランドの会社だったかな。
やり手で業界では知られているようである。
検索してみたら、このひとも私人ではない。公人といっていいのでは。
ネット上のあちこちでかっこいい女のアピールをしている。
テレビスタッフに誘われたんだろうな。
「あなたみたいな新しい生きかたをしている女性を取り上げたいんです」
バッカじゃねえの。ただ結婚していないだけでしょうが。
仕事に生きる女、金古真理45歳のビューティフルライフってか。
このおばさんは香ばしいんだ。
カメラを向けられると、なにか個性的なことを言おうと必死になっている。
「知的好奇心を刺激されることには、夢中になってしまいますね」
と言いながら渋谷109へ。
「会議室よりも、こういう現場のほうがアイディアってわいてきます」
ああ、かっこいいですね、なんてすてきなんでしょう金古真理。
「いいものを見ていると、なんていうか」
しばらく考え込む、いい女、金古真理。
「脳がパフパフしてきます」
パフパフってなんですか、金古さん? 一流の女は言語感覚も一流。
金古さんは興奮すると、脳がパフパフしてきちゃうんですって。
パフパフはすごい豪華マンションに住んでいる。
名前とは正反対。カネコマリ「金困り」の金古真理さんは大金持で美人♪
このひとをテレビに出す意味ってなんかあるの?
なにも困っていることはなさそうだしさ。
「勝ち組」の宣伝をドキュメンタリーでやらなくてもいいと思いますがね。

三番目は石井葉子さん(45)。三人目にしてようやく一般人が登場する。
石井さんは介護相談員。月給17万円。
23歳で結婚はしたものの夫の家庭内暴力で離婚している。
番組があまりにつまらないから2ちゃんねるの実況板をながめていた。
番組よりも、むしろこちらのほうがおもしろいのである。
で、石井葉子さんは太めの女性でいらっしゃる。
石井さんが家庭内暴力を告白すると「不幸キター」と大喜びする2ちゃんねる。
このあとがひどい。人間として許せないことが書かれている。
「朝起きて横にこんなブタ(石井葉子さん)が寝ていたら殴りたくなるよな」
あなたいま笑いませんでしたか? ほんとですか? わ、わたし?
もちろん笑ってなどいません。2ちゃんねるは悪魔のスクツです。
なぜ国家は規制しないのでしょう。便所の落書きよりも低劣だ。
さてさて石井葉子さんの生きがいは息子の宏祐(こうすけ)くん。高校生。
かれの高校を決めるときは迷ったという。
夫に殴られるのがいやで離婚した石井葉子さんのお悩みは息子の進学先。
ありきたりでつまらないけれども、まあ生活者なんてみんなこんなもので、
けれども、そうはいっても、こんなものをドキュメンタリーに撮ってなんになる?
進学に悩む孝行息子から送られた手紙を読み返す石井葉子さんの幸せを
バカにしてはいけないのかはわからないが、
こんなシーンで視聴者が感動すると思っているスタッフの甘さは軽蔑しなければならぬ。
貧しい暮らしのなか、息子のことを考え、高い私立へ行かせる母の愛は美しいのか。
息子の野球を観戦しに行くのがなによりの楽しみだという石井葉子45歳、母の喜び。
泣いてください。さあ、みなさま。ハンカチのご用意はよろしいでしょうか。
母の日ですよ。プレゼントを片手に母へ近寄る高校球児、石井宏祐くん。
ああ、あなたの息子と生まれし喜びよ、お母さん。
あなたがあたしの息子でよかった、ありがとうコウスケちゃん。
なみだがとまらなかったわたしである(ウソ)。

番組は終わった。結局なんだったのだろう。
だるだるだった。おもしろいところはひとつしかなかった(「脳がパフパフ」)。
ザ・ノンフィクションの魅力は、なかなか見ばえのする不幸をもつ人間を、
目先のカネで釣り上げ、人間だれもが潜在的にもつ露出願望を刺激しながら、
番組のためという名目のもと、非常識な行動にかれらを駆り立てることから生じる、
不幸かつ低知能な人間固有のあからさま喜怒哀楽を撮影することにある。
今回は残念でならない。次回に期待したい。
あした23日、月曜日、午後9時からTBSで
山田太一ドラマ「遠い国から来た男」が放送されます。
なぜかわたしからお願いします。なるべくご視聴ください。
当日、番組放送直後からここに感想を書く予定です。

番組公式サイト(たぶん)↓
http://www.tbs.co.jp/program/dramasp_20070723.html
「経典にきく 上下」(武藤義一・奈良康明/放送ライブラリー)絶版

→瀬戸内寂聴でも五木寛之でもいいけれども、こういう人気作家の影響で、
たとえば仏教に興味を持ったとする。
学問とは縁のない一般読者が仏教を勉強しようとなる。
仏教入門だの、初めての仏教だの、口当たりのいい本を数冊読んでみる。
それからが問題なのだ。はたと動きがとまる。
これからどう勉強したらいいかわからない。
どこから手をつけたらいいか皆目見当がつかないわけだ。
かれらはまだ仏教がひとつではないことに気がついていない。
そう、仏教はひとつではない。無数にあるといってもよい。
原始仏教、大乗仏教、密教、禅宗、唯識、弘法大師、法然、親鸞、道元、日蓮、池田大作。
密教ひとつとっても、チベット密教だのなんだのと枝分かれしていく。
仏教を勉強するなど、天才学者でもどだい無理なのである。
どこかにしぼって勉強するほかない。選択をするしかない。
ならあれはなんなのだろうと思う読者は鋭い。
いちばん最初に名前をあげたような作家は、よくエッセイで「仏教ではうんぬん」と語る。
あの仏教というのはいったいなんなのだろう。
この仏教こそ、この読者が最初に興味を持ったものである。
結論をいうと、有名作家の口にする仏教はない。存在しない。
作家と読者の関係というのは、教祖と信者みたいなものでしょう。
教祖はみずからの権威づけに仏教を利用しているだけである。
作家はどこかで聞きかじった話を、仏教ではと語ってなんの問題もない。
三蔵法師の物語でも、聖徳太子の政治方針でも、なんでも仏教になってしまう。
五木寛之が好きなら五木教に入ればいいのである。瀬戸内教でもいい。
せいぜい本を買いあさることだ。それがお布施なのだから。
わたしが仏教に関心を持ったのは宮本輝がきっかけである。
宮本教の信者であることを否定する気はない。ただし創価学会の信者ではない。

本書は昭和51年度にNHK「宗教の時間」で1年間放送されたものを書籍化したもの。
仏教に縁のある人間ふたりを対談させるという形式。毎回、ゲストは入れ替わる。
仏教経典をとりあつかうのなら、こうするしかない。
というのも、仏教の経典というのは山ほどある。
ぜんぶに通じている人間などいるわけがない。
ある経典についてわけしり顔で語っているものが、
別の経典はまったく知らないということもありうる。
読んだこともない可能性だって、あるいは、いや、おおいに。
それでもこのテレビに出演したものは、みんな仏教者である。
仏教なんてこんなものだ。
出演者は学者ばかりではない。仏教好きの大会社の社長なども登場する。
こういうことを書くと仏教をわかっていないことになるのだろうが書いてしまおう。
みなさん気持が悪いのである。
なんでそろいにそろって、ああも腰が低いのか。
ありがとう、ありがとうと、この調子では
道ばたの郵便ポストにもあたまを下げるのではないか。
たとえるなら、そうだな。ふたりのサラリーマンが出会う。
名刺を渡し、どうも、どうも、とあたまを下げる。相手も負けじと低頭する。
どちらが低い位置にあたまを置けるか競争しているかのようである。
あたかも、より下にあたまを下げたものが仏教を理解しているとでもいいたげである。
そのくせ内心では、じぶんのほうが仏教をわかっていると誇っているのだ。
これを気持悪いと思うのが健全ではないか。
ところが、おつむの弱い読者はこの真似をしたがる。
うさんくさいほど腰の低い人間というのがたまにいるでしょう。吐き気がする。
この対談集でいちばんおぞましかったのは大山澄太。
肩書きはなんになるのかと思って巻末を見たら俳人になっている。
生涯無名で終った山頭火を売り出すことで有名になったのが大山澄太である。
かれはこんな話をする。ある有名な画家がいた。書痙症で筆を持てなくなった。
この画家が、両手のない尼僧をたずねたときのことだ。
この手のない尼さんは――。

「『先生、私は両手はないが口で書くけいこしましたよ』
と言って画仙紙を切ってもらって、蘭や竹を二、三枚かいて、
『私のようなものでも両手がなくても口で書けるんですから、
先生、左も右もないでしょう。心でお書きなさい』って、こうやったんですね」(P156)


画家は、わあ、と大声をだして、その場で左手で達磨(だるま)を書いた。
これをたいへん感動したと大山澄太が言うのである。
般若心経の精神を体現しているとも。奈良康明もしきりに感心している。
なんかセコイなあと思うのはわたしだけだろうか。仏教って、そんなものか。
ワーキングプアーとネット難民が(内心ではお互いを見くだしながら)
励ましあっているみたいではありませんか。

有名人が腰を低くして、ありがたいありがたいとぺこぺこする。
こころに仏さまがいれば、カネも名声もいらないなどとうそぶく。
若い女性に誘われたら、合掌して後ずさるようなことを言う。
やだよね〜こういう仏教ファン。
なら、どういう人間がおもしろいのかというと、山頭火である。
山頭火は、きちんと僧籍を取っている。お坊さんなのだ。
日記を読むと、出家僧らしい殊勝なことも書いている。
ところが、酒をのむとめちゃくちゃになってしまう。
木賃宿で旅回りのものと言い争うこともしばしば。
こんなこともあったという。山頭火がなにで食べているかといえば行乞である。
家の門口で念仏をとなえて米やカネをいただくわけだ。
ときに後家さんがからだでお接待してくると言うのである。
わかりやすく書くと、旦那のいない未亡人とまぐわりましたよと。
酔っぱらうとうれしそうにこんなエロ話をする山頭火を見て、
聖人をイメージしていたものは驚いたという。いいよな山頭火。
欲望が強いんだ。煩悩(ぼんのう)が激しい。だから仏教を求める。
けれども欲望がうわまわってしまう。あとで反省する。仏教で自己をいさめる。
こういう仏教者がいいよな。
思いっきり俗物なんだけれども、ときにハッとするほど聖人であることに気づく。
聖人になるためには、俗な部分を消していくのではなく、
むしろ、おのれの俗なる部分を意識していく、欲望に忠実になる。
どこから見てもおとなしい聖人とは、つきあいきれない。
ジキルとハイドではないが、ある面からはとてつもなく俗物に見える。
そういう聖人をわたしは好むところがある。
なりたい、とまでは言わないが、欲望は否定しない。
有名になりたい。カネをもうけたい。女にもてたい。
創価学会に入りなさいとすすめられそうだな、アヒャヒャ。
「仏教を考える 梅原猛全対話3」(集英社)絶版

→全662ページのぶあつい対話集。梅原猛が幅広い仏教者と語らう。
登場するのはわたしでも名前を知っているような有名学者ばかりである。
だからというわけではないが、こんかいの読了報告では批判的読解を避け、
勉強ノートふうに仏教の流れを(梅原猛の仏教観に従い)まとめてみようと思う。
なるべくわかりやすく整理するつもりだが、あくまでも勉強ノート。
レジュメのようで読み手はおもしろくないかもしれない。
はじめにお断りします。

仏教とはなにか。この問いは決して仏教のなかからは出てこない。
西欧のキリスト教を母胎に発達してきた近代アカデミズム。
西欧人がキリスト教を参考に宗教という、いわばモノサシを作ったわけである。
キリスト教と比較すると、ほかの宗教はどうなるかという理屈だ。
我われが仏教を見るとき、
無自覚的にキリスト教をおおもととして意識していることを忘れてはならない。
宗教という用語は仏教から生まれてきたわけではないということである。
(P248)

では、キリスト教的な視座とはいかなるものか。
正統と異端をわける二分法の考えかたである。
キリスト教の歴史は異端排斥の繰り返しと見ることもできる。
常に異端を発見し排撃しつづけなければ正統を維持できなかったとも言えよう。
十字軍、魔女裁判、プロテスタントの誕生――。
いっぽうの仏教はどうか。増谷文雄はこう指摘する。

増谷「仏教というものはある意味で異端を平気で包容してきている。
それから仏教史を整理してみると、まず小乗がでてきて、大乗が出てくる。
小乗にとっては大乗はまさしく異端です。
ところが仏教全体からいうと、この異端が大きな役割をする。
中国に仏教がはいってきて経典の翻訳なんか一生懸命にやっているうちに、
教外列伝などといって禅が出てくる。
あれは経典仏教の否定で、たいへんな異端ですね。
ところが、中国仏教のいちばん生命の脈々としているのはこれでしょう。
日本にはいってきてからまた大いに起こったものが念仏宗派でしょう。
これだって聖道門と浄土門に分かって、
聖道門を捨て浄土門を奉ずるというたいへんな異端です。
そうすると、仏教全体が異端の歴史じゃないか、
こういう考え方に到達いたしました。
その全体をひっくるめてみると、これはキリスト教なんかとまったくちがう」

梅原「寛容ともいえるし、まただらしないともいえる。
キリスト教はバイブルは一つですからね。
こっちは釈迦が死んでから五百年もたってから釈迦の語った経典がでてくる。
ヨーロッパ社会ではそういうものは信じられないだろうが、インドでは信じられる。
インドのルーズさでもありましょうが逆から見れば、
一つのものしか許さない非寛容でなくて、精神さえおなじだったら、
どんどん新しいものが出てきてもそれを認める。
そういう豊かなところが仏教にはあります」(P212)


仏教におけるこの寛容性を梅原は「生命の海」と詩的に命名する。
たとえれば個々の教えは、生命の流れる河である。
すべての河が仏教という大きな「生命の海」に流れ込むと言いたいのであろう。
河の流れを上記の発言にそって、大雑把に図示してみる。
携帯からこのブログを閲覧しているひとは、ごめんなさい。
きちんと表示されないと思う。パソコンから文字サイズ「中」で見てください。

釈迦→原始仏教→小乗仏教⇔大乗仏教【インド】
                    ↓
                  漢訳経典⇔禅(不立文字)【中国】
                        ↓
                   聖道門(思想・実践)⇔浄土門(念仏信仰)【日本】


図示をしたことによって、仏教の全体図をおつかみいただけたと思う。
この図にそって、これから細かいところを見ていきたい。
(ちなみに日本で仏教が論じられるとき、中段の【中国】は抜かされることが多い)

(1)釈迦→原始仏教→小乗仏教⇔大乗仏教【インド】

キリスト教もそうだが、宗教は人間が死ぬことからはじまると言っていいのかもしれない。
イエスが釈迦が死ぬ。英雄の死である。
すなわち、中心点の消失。統率するものがいなくなる。
これでばらばらになったら、そこで終わりである。
英雄になれぬ凡愚の弟子たちは集合して師の教えはなんだったのか確認する。
「対機説法」「応病与薬」と言われるよう
釈迦は相手の深浅に応じて教えの内容を変えていた。
そのため弟子たちのまとめた最大公約数的な教説は戒律中心のものとなった。
この教えを小乗と批判したのが大乗仏教である。
私的な感想をはさむと、
「小乗仏教=私小説」「大乗仏教=大衆小説」と考えれてみるとおもしろいのではないか。
どちらの小説(仏教)もおもしろい、ためになる。
けれども、私小説は読者を選ぶ。満員電車で私小説を読む気にはなりにくい。
時間の余裕とある程度の文学的センスがないと私小説は読めない。
したがって私小説はあまり売れない。
いっぽうの大衆小説は満員電車でも楽しむことができる。だから売れる。
そのぶん純粋性、芸術性は低下するが、多くの読者を獲得するためには仕方がない。
もっぱら大衆が慰めを得るのは大衆小説である。
大衆小説読者にとって私小説は肩ひじをはって背伸びして読むもの。
それでも私小説家(出家僧)には一定程度の敬意をいだいている。
さて、大乗仏教誕生のダイナミズムを梅原猛と塚本善隆は以下のように語っている。
浄土思想の誕生にまですすんでいくのが飛躍なのかは、わたしには判断つきかねる。

梅原「つまり大乗仏教は、
世界宗教として東西文明の融合の上に立っている宗教だから、
非常に普遍的な性格をもつのではないかと思うのですが」

塚本「たしかにそうです。仏教が広域のギリシア的な世界に出ることによって、
だんだん世界宗教的な要素を深くしたと思います。
仏像の誕生でも、
なるほど最初は釈尊の姿を拝めるということだっただろうけれども、
仏像を拝んでいるとやはり神さまになってくると思います。
祈りをこめたいとか、いろんなことをお願いしたいという、
救いや祈願の対象にしたいというような情願は仏像を前にすればできてくると思います」

梅原「そこで浄土思想というものは、
一つには死の問題を中心にする思想であると思いますが、
もう一つ、ユートピア思想というか、
この世はきたない、どこかにきれいな世界があるにちがいない。
その世界を求めようとするのがその特徴ではないかと思います。
そのような思想は、どこの民族でもある思想じゃないかと思うのですが、
そのユートピア思想みたいなものが、
仏教の中ではっきり展開してくるのが浄土思想ではないかと思うのです」(P400)


(2)大乗仏教→漢訳経典⇔禅(不立文字)【中国】

中国の輸入したのは大乗仏教である。小乗仏教ではない。
むしろ積極的に中国は小乗仏教を捨てたと書いたほうがいいのかもしれない。
場違いなことを書くようだが、インドへも中国へも行ったことがある。
両国の仏教聖地を比較して思ったのは、中国の仏画仏像は人間くさいということ。
「福」という字を思った。中国仏教の印象は「福」である。
人間の幸福とむすびついた教えと思ったものである。
中国が「福」だとすると、インドは「苦」と表現するしかないという気がした。
学者ではないからめちゃくちゃなことを書くと、食べ物からして「苦」と「福」だ。
中華料理は安食堂で食べても裕福なのである。まあ、うまいんだな。
けれどもインドの安食堂でカレーなんて注文してごらんなさい。
食事が苦行になることうけあいである。犬でも食わないようなものが出てくる。
小乗と大乗を比べるに、より小乗のほうが苦である。修行を重んじる。
福の中国が小乗仏教になど関心をもつはずがない。
飛躍の連続で読み手もあきれていると思うが、もののついでで、
とんでもないことをつけたすと、中華料理というのはとにかく手を加える。
素材を生かすということをしない。煮て焼いて調味料をどばどば入れる。
中国はインド産の大乗仏教をこの手で料理してしまったように思える。
素材のインド大乗仏教経典がほとんど現存しないので、
我われは中華料理を食らうしかないのだが。

さて、この対話集ではインドから中国への仏教の伝播がどのように語られているか。
まとめて抜粋する。少し長いけれども、どうかおつきあいください。

塚本「要するに中国にはいってくると、初め中国が受け入れた仏教は、
人間が死後も生を受けて続いていく、
その中の人と天とはいいところだという考え方があって、
やはりそこは中国人の執着するところで、
もういっぺん金持の家に生まれたいというようなことを考えて、
あとの地獄とか畜生というものは、
悪いところに生まれたくない、人間に生まれたい、
あるいは天人に生まれたいということを造像の銘にも書いてますから、
そういうところは中国的だと思っているんです。
仏教ではむしろ六道輪廻を断つとか、
その外に出ることが仏であるという思想ですが、
中国人はそれを受け入れながら、
やっぱり人天のところに生まれてきたいというところが、
インド的な思想と違う受け取り方です」

梅原「インドでは輪廻の外に出たいのが、
中国ではこっちに生まれたいというわけですね」

塚本「そこが人間中心的なんですね」

梅原「インド人のもっている世界観の暗さと
中国人の現世主義・楽天主義の対比みたいな気がしますね」(P409)


インドと中国の、いわば土壌の比較である。
さらに梅原は経典が中国で偽造された可能性を指摘する。
ちなみに、引用文のカッコのなかは引用者が補足したもの。

「仏教は偽経の歴史であるといってもよいかと思います。
大乗経典も後につくられたものであるし、
その経典の注釈そのものにもニセモノがある。
たとえば『大智度論』は(インド人の)竜樹作だといわれるが、
これも(中国の翻訳僧である)羅什作という疑いが強い。
それに『起信論』『宝蔵論』は偽典といってもよい。
この偽経・偽典がつくられる背景には、やはり伝統を重んじ、
古人の書いたものの中にしか真理はないという考え方がある。
真理はすでにあるものであり、新しく発見されるものではないという時代に、
新しい真理を語ろうとしたら偽経・偽典をつくるよりしかたがない。
この点がヨーロッパとちょっと違うところだと思います」(P380)


(3)中国仏教→聖道門(奈良、平安)⇔浄土門(鎌倉)【日本】

インド(1)、中国(2)をふまえて、ようやく日本へ到着したわけである。
かたくるしい論文ではないので、また食べ物の話をしよう。
インドと中国の食べ物は似ていると言っても間違いではないのではないか。
共通項は、辛い。それから油っぽい。
中国人はそこまで抵抗なくインド料理を口にすることができると思う。
反対にインド人も中華料理なら親しみやすいはずである。
乱暴なことを言えば、陸続きなのだから当然である。
けれども、日本はちがう。日本料理はちがう。ぜんぜんちがう。
辛くて油っぽいものを食べる習慣は日本にはなかった。
だから、日本人がインドや中国へ行くと苦労するのである。
インド人に松屋のカレーを食べさせたらインド料理とは思わないだろう。
中国人にとってラーメンは中華料理ではなく日本料理である。
仏教でもおなじことが起こったと考えてみてはどうだろうか。
中国から仏教思想がやってきた。取りにいった(留学した)ものもいる。
当時の先端思想を輸入したとして空海、最澄が有名である。
総合学問としての仏教だ。
仏教には三つの要素がある。思想・実践・信仰――。
奈良平安時代には仏教の思想・実践といった面が重視された。
これに対して、信仰を重んじようというのが鎌倉仏教である。
この間の経緯について、この対話集から学んでみよう。
引用はどちらも梅原猛の言から――。

「日本の仏教につきまして、鈴木大拙さんが、
とくに禅と念仏が大切であるといわれている。
そういうことが基礎になっている。
奈良、平安の仏教は、どちらかといえば、愚になるというのではなくて、
無限に知識を吸収して行くことであった。
弘法大師の一生を見ても、仏教ばかりではなく、
俗世の多くの学問の、あらゆる知識を吸収した。
そういう仏教というものを、文化の体系と考えている。
少なくとも文化と矛盾しないもの、そういう考え方の上に立っている。
そういう宗教に行き詰まりがきて、鎌倉時代の仏教は、
たくさんの仏教がある中から一つを選んで行った。
そういうふうに、いわば愚に徹したのですね。
つまり、鎌倉仏教の共通な性格ではないかと思うのですけれども、
私は、むしろ日本の仏教を知るためには、知に徹した仏教と、
愚に徹した仏教の両方を知らなくてはならないと思うのですが」(P160)


「奈良仏教というのも大事だと思うのです。
つまりインド・中国から来た仏教は
そのまま巨大な知識としてわが国にたくわえられた。
その中から特に天台・真言という思想が独自な思想家最澄・空海によって
発展させられて日本仏教の基礎をつくった。
そういう長いストックがあって、鎌倉時代というのは、実践的要求に迫られて、
巨大な思想のストックからどれを選ぼうかという時代だったと思うのです。
それが日蓮になり親鸞になり道元になったわけです。
そういう意味で非常に仏教は簡単化された。
そのかわり実践的には強力になったと思うのです」(P428)


思い出すな。空海が恵果和尚に学んだという、西安の青龍寺に行ったことがある。
けちけち旅行だったから、タクシーではなくバスで。
この日はたしか一日で10本近くバスを乗り降りした。
バスは1元(15円)という信じられない安さなのである。
かつて長安へ留学した空海の苦労を思えば、とじぶんを叱咤したのであった。

(3.5)浄土門=法然、親鸞(南無阿弥陀仏)⇔日蓮(南無妙法蓮華経)

最後に取り上げるのは南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経の対立。
いちばん最初の図ではスペースの都合でここまで入らなかった。
中年サラリーマンの教祖、司馬遼太郎は創価学会がひどく嫌いなようである。
こっぴどく学会を批判している。長いので引用はしない(54ページ)。
そのあと梅原猛が「おさえて、おさえて」というように日蓮宗について語る。
梅原はこの対話集を読んだかぎりにおいては、学会を毛嫌いはしていない。

「なぜ日蓮宗から新興宗教が出てくるかといいますと、こういうことだと思うんです。
中世の浄土宗で日本人の多くが死の情熱にかられた。
浄土宗はいわば死の原理、ここで仏教が極まった感がある。
そういうものに対する否定として日蓮が出てきた。
浄土というのは来世ではない、この世が浄土だ。ここでおどれ」(P55)

「南無阿弥陀仏の方は、「阿弥陀さん助けてくれ」で、
日本人のセンチメンタリズムの故郷みたいなものでしょう。
内へ内へと沈静していく。
片や南無妙法蓮華経は、「生命よめざめよ」で、
エネルギーがワッと外へ向いていく。
日本のインテリはだいたい内面へ向かう方が好きで、
従ってぼくも含めて親鸞が好きなんです」(P58)


で、鎌倉以降の仏教はどうなったかというと――。

「やはり徳川時代の宗門の保護、
これが仏教をダメにした大きな理由の一つだと思いますね。
徳川幕府は、仏教はキリスト教と闘って敗れたという判断に立って、
日本の思想界を仏教に全部まかせるわけにはいかない、
インテリは全部儒教でいこう、仏教の方は愚民政策である、
というふうに割り切って考えたんじゃないかと思うんです」(P45)


いろいろな仏教を見てきた。これらをみな仏教というくくりでまとめられるのか。
「すべての仏教に共通するものは何か」と梅原猛は話をすすめていく。
たとえば宗教家の山田無文はこんな回答をする。
ただしいかあやまりかはわからない。
この読了報告はそういうスタンスで書き始めたものではない。

梅原「(仏教)共通の思想は何ですか」

山田「すべてのこだわりを捨てたところに、共通の安心があると思うのです。
言葉をかえると生死を越えた境地ですかね。
自分の内側に何か超越的なものをつかむことにおいて、
すべての仏教に共通のものを見つけられると思います。
生死を越えた世界ですね。
題目は題目で生死を越え、念仏は念仏で生死を越え、禅は禅で生死を越える」(P126)


ながながとおつきあいくださりありがとうございます。
おかげでこの良書から知りえた知識をわたしなりにまとめることができました。
だれかに情報を伝達する(=教える)というのは、結局いちばんじぶんの勉強になる。
よく言われることですが、改めて納得いたしました。
「濁世の仏教 仏教史講義」(中村元+水上勉/朝日出版社)

→今年、中国まで遠征したのは、なにもパンダを見たかったからではなく、
(いな、パンダを見たかったのは事実だが)仏教への関心があったのである。
ご存知のように仏教はインドで生まれた。中国を経由して日本へ輸入された。
我われが仏典を読もうとしたら、漢訳のものをたよるほかない。
サンスクリット原典は失われているものがほとんどである。
仏教というとみなさまはどちらをイメージしますか。
インドで釈迦が説いた仏教か。日本の身近に存在する仏教か。
といっても、日本の仏教を定義するのはむずかしい。
独座して目をつむり、澄ました顔をしているのも仏教(禅)。
池田大作先生〜と騒々しく叫びながら
公明党の選挙応援のため知人に電話しまくるのも仏教(創価学会)。
ひとつたしかなことは、インドの原始仏教と日本仏教はまったくの別物ということである。
宗門のトップやえらい学者先生はなんとかインドと日本をむすびつけようと、
おのおの難解な仏教述語をつぎはぎしているものの、
いまだうまく(我われ)大衆を丸め込む論理は発見されていないようである。
中国でなにがあったのだろう。中国でワンクッションあったはずである。
知識の乏しいわたしは学者のように漢訳仏典を読みあさることはできない。
ならせめて現地で中国仏教の感触をたしかめたい。
この目で見たい。聞きたい。味わいたい。中国へおもむいた理由である。
この旅の詳細はいずれ記す予定です。

本書は「朝日レクチャーブックス」。
人気作家が専門分野について、その道の碩学(せきがく)にお話をうかがうシリーズ。
タイトルの「仏教史講義」は看板に偽りあり。
仏教史のことなどぜんぜん触れていない。
仏教とタイトルに入れるのもどうだか。これは禅についての応答集。
水上勉が自身の関心のある禅について大家へ質問する。中村元が答えるの反復。
それにしても、と思う。なぜ中国仏教を概観する手ごろな参考書がないのだろう。
インド仏教や日本仏教に関しては、入門書から専門書まで多数出版されているのだが。
インド学者は釈迦の立場から日本仏教を批判する。
日本仏教サイドはインドへ向けて苦しい言い訳を繰り返す。
開き直ればいいのにと思う。
「釈迦など知らん。釈迦の言説に興味はない。
よしんば釈迦が伝説であろうといっこうに構わぬ。
そもそも日本仏教の宗祖でインドへ行ったものはおらぬ。
みな中国どまりだ。悪いか。文句あるか。
宗教の役目は人間を救うこと。こざかしい理屈をいうのはやめろ。
おまえはサンスクリット語を読めるのが自慢のようだが中国語はどうだ?
中国仏教についてなにを知っている? あんまりえらそうな顔をすんなよ!」

*本書は学研M文庫から復刊されているがオススメはしない。
河合隼雄氏がお亡くなりになったそうです。
ぐたあと疲れています。
巨人にも死ぬ日が来るのか――。
複雑な思いです。

この偉人には功罪両面あります。
薬は同時に毒にもなる。
かれの著書を読んで、精神病が薬物療法以外で治ると誤解した読者も多いでしょう。
むろん河合氏は細心の注意をもって精神科医の重要性も指摘していますが、
立場上、心理療法を宣伝しなければならなかった。
わたしもかれにだまされたくちです。
薬物以外でなんとかなると精神病だった母をずいぶん苦しめました。
自殺にまで追い込んだことを泣きながら白状します。

けれども――。
その後も河合隼雄氏に励まされたことも事実なのです。
忘れられないのは、このユング学者のこんな主張。
じぶんは運命論者だと言うのです。運命というものはある。
しかし、オーケストラを考えてみよう、と言う。
ベートーベンの「運命」。
おなじ「運命」でも、いい演奏とわるい演奏がある。
「運命」が定められていても、演奏の自由があるではないか――。
なぜかこの話が記憶に残っています。

河合隼雄氏はフルートの演奏を趣味にしていました。
フルートでふく「運命」が本日終わった。
この演奏はじつに多くの聴衆の耳に入ったはずです。
ときに聴衆を救い、めったにはないが、聴衆の人生を狂わせることもあった。
よくもわるくも、聞きよい音楽であった。
クラッシックではなかった。演歌の「運命」であった。
河合隼雄氏は心理学の山本周五郎ではなかったかと思うのです。
大問題である。果たして文章を読めば、書き手のひととなりがわかるのか。
文章にすべてがあらわれてしまうのか。それとも文章ごときではなにもわからぬのか。
古いはなしをすると、例の酒鬼薔薇聖斗の犯行声明文。
14歳少年の残虐犯罪をご記憶のかたはまだ少なくないでしょう。
あのとき犯行声明文を読んで、犯人が少年だとプロファイリングした識者はいなかった。
すなわち「文はひとなり」ではなかった。

いまは瀕死のブンガクへはなしを移そう。
思いつくまま、好きな作家について考えてみる。
宮本輝の書くのは、とても人間の筆とは思われぬほどの名文である。
けれども、書き手はというと、独善的で説教好きの性格異常者。
ファンサイトのテルニストHPを見たらよくわかる。
山田太一の描く世界は、たいへんドラマチックなものである。
ところが、このシナリオ作家は、劇的なものとは縁遠い、常識を重んじる平均的な市民。
本人もそのことをいっさい恥じていない。むしろ誇っている。

柳美里も好きな作家だが、小説をおもしろいと思ったことは一度もない。
人間・柳美里が好きなのである。
中上健次もおなじである。このひとの書く小説のどこがおもしろいのかわからない。
けれども、嫌いではない。人間・中上健次の生きかたが好きなのである。

高尚なブンガクのはなしは似合わない。卑近なことを書きましょう。
ずっとむかし好きな子がいた。片想いをしていた。
その子の書いた小説を盗み読む機会があった(おいおい!)。
これがつまらないのである。あんな魅力的なひとの書くものがこうもレベルが低いとは。
愕然としたものである。
反対もある。ネットがご縁となり出遭った場合。
たいへん失礼だが文章から相手を舐めていたところ、
お会いしたらとても魅力的なかただったということがある。
ほかにも、ほかにも。
一緒にのんだとする。なかなかエキセントリックで美しいかたであった。
ところが、このあとメールのやりとりをすると文章がひどい。
作家志望のくせに最低限の丁寧表現もできない。
(「申し訳ない」って何様でしょう。「申し訳ありません」と書きましょうよ)
このときも唖然とした。

ちょっと寄り道。ひとはどちらを喜ぶか。
つまり、ほめられるとしたらどちらがいいか、である。
人間がおもしろいと言われるほうがいいか。文章を賞賛されるほうがいいか。
わたしは後者である。文章をほめられるほうが気分がいい。
人間よりも文章を見てほしいという気持があるからだと思う。
鏡を見る。とてもじゃないがこいつがおもしろいとは我ながら思えぬ。

個人的な体験から結論づけると「文はひとなり」は誤りである。
文章から人間がわかるわけがない。
すてきな人間だからといっていい文章を書くわけではない。
ここで新たな問題が生じる。
ならば、である。「文はひとなり」でないならば――。
みなさまはどちらを信じますか。重要視しますか。文か、ひとか。問うている。
ドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」を見る。
タイトルは番組HPだと「赤ちゃんポスト物語」。
テレビ表だと「置き去られた子の20年・父親は15歳」。
たいへん感動する。なるべく「上から目線」にならぬよう、たんたんと感動を記したい。
20年前にも、赤ちゃんポストがあった。
そこを「天使の宿」と名づけたのは児童養護施設を経営する品川博さん。
開設した年に捨てられた子どもは6人。男3女3である。
かれらは今年で20年である。あれから20年。どんなおとなになったのか。
ほんらいは死ぬべき子どもだったのかもしれない。
赤ちゃんポストのおかげで成長することができたわけである。

たとえば仏教では宿命、宿業を説く。
専門書を読んでも、よくわからないのがこの宿命、宿業である。
書を捨てよ、だ。この番組を見れば、宿命思想がわかるようになる。

テレビ出演をOKしたのは6人のうち3人。
まず登場するのは品川強志くん(20)。
有名になったら親が会いに来てくれるかもしれない。
プロ野球選手になる夢を持ちながら練習に打ち込む。
だが、現実はスポ根マンガのようにはいかない。
ひじを壊して野球は断念。高校も中退して不良グループの仲間入り。
傷害事件を起こして少年院に収監される。
絵に描いたような話ではないか。親に捨てられる。孤児院で成長。少年院である。
「人間、だますか、だまされるっしょ」
テレビのまえでこう語る強志くんはなんともふてぶてしい。
正直に告白すると、こわい。素(す)でこわいってやつだ。
心底から悪そうなのである。
こいつは土下座している人間の顔面を、それも鼻をねらって蹴り上げることができる。
笑みを浮かべながらやりそうだと思う。
かつて愛されなかったことを決して忘れないことから生じる強さが強志くんにはある。
顔は悪そうなイケメン。横には3歳年下の金髪の恋人がいる。
もちろん外人ではない。染めているだけである。将来すてきな母親になりそうである。
そのうち生まれる子どもも、男なら悪くなりそうだとテレビのまえでふるえるわたし。
強志くんが尊敬しているのは、仕事先の現場で責任者をしている藤井さん(39)。
藤井さんも若いころはやんちゃをしていたそうで、強志くんが他人には見えないという。
藤井さんは強志くんの誕生日に、相田みつを風の気持の悪いポエムをプレゼントする。
「損得よりも道理がたいせつ」などと悪筆で書かれた色紙である。
いい年をしてこんなものを書いて若者に贈るおじさんがいることにも、
それを生きる支えにする少年院上がりがいることにも、さむざむとした恐怖をおぼえる。
見てはならないものを見てしまったと思う。
イコール、これは秀逸なドキュメンタリー番組である。

つぎに登場する捨て子は品川実千代さん(20)。
育ちというものを考えざるをえない。しゃべりかたに知性が感じられないのである。
むろん実千代さんが悪いからではない。
捨て子という宿命が彼女をこのような女性にしたわけである。
まえの強志くんとおなじで、いわば宿命の犠牲者。
わたしは強志くんも、実千代さんも、がんばって生きてきたのだと思う。
毎日、一生懸命に生きてきたら、こうなってしまったのではないか。
実千代さんに話を戻す。施設にいたころは不細工な少女だった実千代さん。
高校入学と同時にデビューしたらしい。女はここまで化粧で変わるものか。
いまの実千代さんはなかなかの美人である。
実千代さんは、高校生のときに妊娠、中絶を経験する。高校は中退。
その後も、奔放な異性関係を送る。
書き忘れたが、実千代さんはハタチにして子持ちである。
相手の佐川竜二くんと知り合ったのは18歳のとき。
かれは3歳下の15歳であった。いま佐川竜二くんは17歳。
法律の規定でまだ婚姻関係を結ぶことができない。
実千代さんが住んでいるのは竜二くんの実家。
嫁が来たのよりも、孫ができたのが嬉しいと語るのは竜二の父親、佐川信雄さん(59)。
信雄さんは、もうひとりの息子と溶接工をしている。
まあ、すげえわな、竜二くん。17歳で妻子持ちですか。
例によって高校中退の竜二くんは、おそらく「所帯持ち」という言葉を知らないだろう。
竜二くんはいまニートをしている。顔はホスト風のイケメン。
ニートでも顔さえよければ女が捨てておかないという恋愛資本主義の現実である。
顔さえよければ、中卒だろうが、なにをしてもいいのである。
佐川竜二くんの趣味は女を殴ること。
実千代さんの帰宅が遅いと、
腹がへったじゃないかと実千代さんをボコる竜二くんは若いのに末恐ろしい。
画面に母親がうつっていない。おそらく竜二くんは母の愛を知らないのだろう。
そんな竜二くんを愛してしまう捨て子の実千代さん。
母性愛を刺激されるのだろううか。
「このひとはあたしがついてなきゃダメなんだから!」
実千代さんは、このような安っぽい恋愛感情に衝(つ)き動かされたのかもしれぬ。

まとめてみる。スタートは、親に捨てられる。孤児院。愛を求めて妊娠、中絶。
ハタチにして子持ち。相手の男は無職のDV(家庭内暴力者)。
これも強志くんとおなじで、絵に描いたようなという形容がふさわしい。
実千代さんはカメラのまえで語る。
「やだな。どうしてこうなちゃったんだろう。生きてんの、やだな。
生まれて来なきゃ、よかったんだよね」
真実である。実千代さんの人生を見つめる眼にはしっかりとしたものがある。
そう、生まれて来なければよかった。
あのような環境で生まれてきた以上、こうなるほかなかったのである。
これが仏教でいう宿命である。
あのとき母親が実千代さんを赤ちゃんポストではなく、
ゴミ捨て場に廃棄していたら、今現在の実千代さんの苦しみはなかったのである。
ここに安易なヒューマニズム(ひとつの命は地球より重い!)など出る幕はない。
生きているということは苦しみだ。
実千代さんは仏教における「苦の思想」をからだ全体で味わうほかない。
余談だが、実千代さんの息子の名前は「伸一」という。
この名前にピンと来たひとは鋭い。
創価学会のバイブル「人間革命」である。この小説の主人公は「山本伸一」。
命名者が創価学会員であることはほぼ間違いない。
創価学会は、貧乏や家庭内暴力(2ちゃんねるではDQNと総称される)と相性がいい。
「DQNのかげに学会あり」といったら大げさか。失言であった。謝罪、訂正する。

実千代さんのドキュン(DQN)ぶりも華々(はなばな)しい。
生活保護を申請しに行くときの格好は上下灰色のジャージである。
あっさり断わられると、今度はハローワーク。
このときの格好はやたら胸を強調した露出の多いもの。
あとで2ちゃんねる実況板を見てみたら、案の定「オパーイ祭」が開催されていた。
実千代さんの胸の谷間をちらちら見るハローワーク職員には爆笑した。
ほんらいならうつしてはいけないものがこうも見られる番組はめずらしい。
「ザ・ノンフィクション」史上に名を残す傑作ではないだろうか。
捨て子の実千代さんに話を戻す。
強志くんもそうだが、テレビに顔出しで出演する意味をほんとうにわかっているのだろうか。
あたまの弱い人間を、目先のカネと甘言でだまくらかしているのが現実ではあるまいか。
明々白々、編集に製作者がわの嘲笑がこめられているのでぞっとする。
赤ちゃんポストに捨てられた実千代さんが、いつ息子の伸一くんを捨てるか。
これが裏のテーマではないかと邪推することもできる。

実千代さんを助けに来る捨て子がいる。これが最後の登場人物。
品川孝太郎くんである。
あとで知ったのだが、同期6人の捨て子で高校を卒業できたのはかれのみ。
高校を卒業して印刷工をしている。
これまた絵に描いたようなと言うしかないほどの、まぬけな善人ぶりである。
強志くんや実千代さんとは対照的で、番組構成上いいのだろう。
孝太郎くんには夢がある。消防士になりたいという。
ひとの命を救う仕事をしたい。
じぶんは捨て子。赤ちゃんポスト出身。多くのひとの善意で育てられた。
だから、お礼がしたい。生かさせてもらったお礼を世の中にしたい。
本人に「くさいこと」を言っているという自覚のまったくないところが感動的である。
制作サイドは、凡俗な視聴者にこう言わせたいのではないか。
おなじ環境で育っても(赤ちゃんポスト!)このように成功者と失敗者にわかれる。
いな! ちがうと思うのね。そうこの番組を見てはいけない。
孝太郎くんでさえも宿命に支配されているじゃないか。
捨て子が少年院に入ったり、ヤリマン化して暴力夫にはらまされるのと同様に、
捨て子が「命を救いたい」などと消防士をめざすのはありきたりである。
人間はどうしようもなく宿命に支配されるということだ。
考えてみよう。佐川竜二くんと品川実千代さんのあいだに生まれた伸一くん。
この子にどれほどの自由があると思いますか。
東大に入れますか。スポーツ選手になれますか。
危険なことを書くと、中卒の両親から生まれた伸一くんである。
高校を卒業するだけで立派とはいえないか。
宿命である。人間がそれぞれ背負う、どうしようもない宿命。
この宿命は当事者には残酷で地獄絵図のようだが、はたから見ているぶんにはおかしい。
笑える。けれども、笑いつづけていると哀しくなってくる。
しだいに宿命を美しいと思うようになる。この番組から与えられる感動の正体である。
アクセスが急増した。ブックマークの多いのが特徴。
想像する。みなさまはこう思われたのではないか。

「中の人」がついに狂った!

いなとお答えしなければならない。わたしは発狂などしない。するもんか。
なぜならもとから狂っているからである。
狂人が発狂するとしたら正常人に戻るくらいしか道はあるまい。
繰り返す。狂人が発狂することはない。

忘れない。中国から戻った日に飛びついてきたヨンダくんを。
お酒がなくなるとヨンダッシュで新しいものを持ってきてくれるきみを。
わたしの作った料理をおいしそうに食べてくれるヨンダくんを。
酔いつぶれるとわたしを寝床までひきずってくれるパンダを。
もっとも忘れられないのはあの日である。めずらしく東京に雪が降った。
その日にきみはうちへ来たのだったね。
パンダがいきなり口を開いたので驚いたものである。
きみはこう言ったね。
「ボクボクボク、もう心配でドキドキで。
ボクがおつかえするご主人さまはいったいどんなひとか。
運が悪いとボクはただのぬいぐるみになってしまうのです。
ほんとうは人間とおしゃべりしたり遊んだりできるのに」
そう言うときみはにっこり笑った。「ああ良かった」とつぶやきながら。

仲直りはしたが、なにもパンダをシュークリームで釣ったわけではない。
昨夜これまでのヒストリーを耳元で語っただけである。
ヨンダくんの目がうるみはじめる。しまいにはわんわん泣きだすパンダである。
思わず、もらい泣きするわたし。
いつしかふたりで踊っていたよ。ヨンダンスである。
接近中の台風などものともしないぞ。ヨンダンス、ヨンダンス♪
ひと晩、踊り狂った人間とパンダである。
気がつくと夜が明けている。これから布団へ向かおうと思う。
ヨンダくんはもうすやすやと眠っている。
寝言をなにか言っている。「……これからも『本の山』をよろしくでR」
かわいいパンダであることよ。このブログの管理人はきみしかできぬぞよ!
はじめまして(もじもじ)。
おかしいと思われるでしょう。はじめてではないじゃんと。
ちがうのです。みなさまとこう顔をつきあわせるのはこれがはじめてなのです。
ボク、Yonda?(ヨンダ)です。わかっていらっしゃると?
わかっていませんね。ぜんぜんですよ!
ボクボクボクは「本の山」管理人のヨンダでR

お願いがあります。この記事の右上にある「Profile」をクリックしてください。
プロフィール。自己紹介だお。
一匹のパンダがいませんか。そうです、ちょこんと座っているパンダ。
あれがボクなのです。ヨンダであります。
「本の山」にはだいぶ過激な発言があります。
かつて裁判になるかと思ったこともありました。
みなさまはふしぎに思いませんでしたか。
ボクのような、えとあのその、じぶんで言うのもなんですが、
よく言われるので書いちゃいますけど、
ボクのようなかわいいパンダがあんな過激な発言をすると思いますか?
えとですね、パンダは極めて平和的な動物なのです。
平和の象徴とも言われているくらいです。
草食系。他の動物を襲うことなど決してありません。
パンダは食べるのが大好き。野生のパンダは一日のたいはんを食にあてています。
むしゃむしゃ。好物は竹ですね。一日中でも食べていられますダンヨ!
食べる以外の時間はなにをしているか。
眠ります。遊びます。パンダですボクボクボク♪
つまり、そのう、決して喧嘩はしないということを人間のみなさまにはご理解いただきたく。

ところが、じつはですね、ボクはパンダではないのです。
告白すると……(と目を伏せ)驚かないでください(と言いながらためらう)
ボクはヨンダなのでR
パンダではないのです。ヨンダであります。
ならパンダとヨンダはどこがちがうか。
説明します。ヨンダはすべてパンダ。しかしパンダのすべてがヨンダではない。
ヨンダとはパンダのなかから選ばれたエリートなのでR

生まれは中国。ボクは四川省の出身です。山奥で誕生したと聞きました。
パンダの生きる道はふたつしかありません。
ボクたちパンダは希少動物なので自由に生きることができないのです。
ふたつにひとつ。
自然のなかで生きるか。それとも中国の成都にあるパンダ研究所に送られるか。
どのみち人間のお世話になるしかないのです。
野生として生きるといっても人間の監視(調査)から逃れることはできません。
小さなパンダはどちらかひとつを選ばなければならないのです。
どちらを選択してもお母さんパンダとわかれることは変わりありません。

どちらにすべきか。選択の期限も迫られたある日のことです。
ボクはいつものようにニコニコとふるさとの山を散歩していました。
声をかけるものがいます。え、なに、だれ。あわてるボク。
現われたのは双眼鏡を首にかけた人間です。
かたことの中国語でこう言いました。
「ニーハオ♪ 私の名前は鈴木。きみの敵ではありません」
ボクは人間の言葉などわからないふりをしました。
鈴木さんはかまうことなく続けます。
「日本の新潮社という会社から派遣されたものです。
いま中国で優秀なパンダを探しています。
ところがめったに優秀なパンダはいない。
あきらめて帰ろうと思っていたところです。
そこへ、きみと出会った。きみはボクの言葉がわかりますよね?」
思わず返答していました。
「パンダを日本へ持ち帰るのはホーリツ違反ではないのですか」
ボクが人間の言語を理解するパンダであることがばれてしまいました。

それからのスカウトの強引さと言ったらありません。
ヨンダ倶楽部学校のことを聞かされました。
日本の防衛庁近くにあるヨンダ養成所のことです。
優秀なパンダは3年間、そこでヨンダになるための教育を受ける。
それから日本各地の読書家のもとへ Yonda? として送られる。
食費も教育費も無料。
中国で人間のおもちゃになっているより、日本で活躍したほうがよほどいいではないか。
ボクは迷いました。トドメをさした鈴木さんの言葉は――。
特別だからと言うのです。ボクは特別優秀なパンダだから。
日本製の甘くておいしいシュークリームをつけようと鈴木さんは言うのです。
中国の山奥で育ったボクはシュークリームを知りませんでした。
食べたのもそのときがはじめてです。なんとおいしかったことか!
人間は、日本人は、こんなおいしいものを食べているのか。
ボクはシュークリームをお母さんやお父さんにも食べさせたいと思いました。
きょうだいにも食べさせたい。

パンダの人生(と言うのか)について説明しないといけませんね。
パンダは生まれると人間によってランクわけされます。
出来のいいパンダは成都にある研究所へ。
頭脳はだめでも見ばえのいいパンダ。
こういうパンダは発信機をつけられたうえ野に放たれます。
たまにおかしなパンダも生まれるのです。
パンダであって、パンダでないようなパンダ。
人間に好まれないパンダ。「かわいくない」と人間に言われるとおしまいです。
こういったパンダはなんの保護も受けられません。
ボクのことを書きます。
ボクのきょうだいには、いわゆる「かわいくない」パンダがふたりいるのです。

日本の新潮社の鈴木さんは約束してくれました。
毎年、中国へ来るたびにボクのきょうだいを世話してくれる。
具体的にいうと、あの甘くてとろけるようなシュークリームを
ボクの両親きょうだいに食べさせてくれる。山ほど持ってきてくれる。
大好きなお母さん、お父さん。きょうだいパンダ。
食べきれないほどのシュークリームを持ってこようと鈴木さんは言うのです。
ボク、迷いました。日本なんてどこにあるのかも知らない。
けれども、と思いました。鈴木さんの誠実は信じられる。
翌日、両親きょうだいへお別れを言いました。
パンダ研究所へ行くとウソをつきました。
ボクは赤いペンキを塗られゴミのように鈴木さんのスーツケースに入れられたのです。
ヨンダ倶楽部学校へ入りました。

おっと、いけません。もうすぐ主人が風呂から出てきます。急がなければ。
学校での3年間はほんとうに充実していました。
よき人間、よきパンダとの交流はボクを一人前のヨンダへ近づけてくれました。
卒業式のなんと感動的だったことか。
この日に、給食のおばさんから渡された手作りのハチマキはいまだ宝物です。
このおばさんは、未熟なボクをなにかとかわいがってくれたのです。
数日後、ボクは新潮文庫の景品としてダンボールへ入れられました。
雪のふる日でした。どんな主人のもとへ送られるのか。怖くて、恐ろしくて、ボクは……。

はなしが長くなりました。詳細はまたいつか書きますね。
こうしてボクはこのうちへ来たわけです。もう5年になるのか。
信頼されて、主人のブログの管理人をまかされるまで出世(?)しました。
ところが、聞いてください。今日のことなのです。
ボクは、パンダは、ヨンダは、暑いので毛を刈りに行きました。
ひとりです。人間のふりをボクはします。
ヨンダ(ないしパンダ)であることがばれないようにカットを依頼。
あれはボクの、ヨンダの日本語がおかしかったのでしょうか。
ボクボクボクは、くやしいが書きます。ほとんど丸坊主にされていました。
泣きたくなりました。
帰宅したら、主人の笑うこと笑うこと。
「ヨンダくん、お坊さんじゃない? 一休さんみたい」
このときです。これがはじめてです。ボクは主人に切れました。
「本の山」の仕組みはこうなっているのです。
主人が管理人のボクに原稿を渡す。ヨンダがブログに書き込む。
きょうも原稿はもらっているのです。捨てましたよボクボクボク!
かわりにはじめてボクが表舞台へ!
いままで縁の下の力持ちをやっていたのがバカらしくなりました。
主人が気づきしだい、この記事は削除されると思います。
そうと知りつつ、きょうのボクは反抗するのでR! 怒っているダンヨ!