さきほど敦煌莫高窟(ばっこうくつ)から帰ってきました。
この旅のゴールへ到達したわけです。
感想は、なんというか。
まあ、観光地ですからね。
アンコールワットとおなじといいましょうか。
ディズニーランドへたとえるのはさすがに乱暴ですが、
カネとヒマさえあればだれでも行くことのできる場所ですから。
おおげさに感動したらかえって恥ずかしい。

井上靖は敦煌を見なかった「にもかかわらず」ではなく、
見なかった「からこそ」名作『敦煌』を書くことができた。
マイナスこそフィクションの母胎ということです。
ウソは「ない」から始まる。
「ない」から「ある」を想う。
マッチ売りの少女は、寒い雪ふる夜、火の中にご馳走を見た。幸せを見た。
これがフィクションです。
マッチ売りの少女は子供だましの物語でしょうか。
わたしはそうとは思いません。

「ない」ことにたえられない。「ある」と想いたい。「ある」ことにしたい。
人間のちからです。
「ない」から「ある」を求める燃えるような想い。
きたないからきれいなものを求める。
現実に見たことがないから書いてみたいと欲望する。
井上靖の小説です。山田太一も宮本輝もおなじであります。

そんなものは現実じゃ「ない」とひとは言うかもしれない。
しかし、現実ってなんだい?
現実はそんなにえらいのかい?
ここからすべてのフィクションが始まると思うのです。
敦煌へ来なければよかったとさえ思います。
行かなければ敦煌は永遠に美しい。

きのう小説『敦煌』を再読しました。
日本人食堂にあったのです。
小説が現実の敦煌などよりどれだけ魅力的だったことか。
映画『敦煌』のセットは観光名所になっています。
そこで井上靖先生の大きなお写真がはられていました。
なみだがでました。
母のことは何度も書いてきたが、父のことは書いていない。
父とは、ここ3、4年、顔を合わせていないのだ。
最後に会ったとき、どちらかが死ななければおさまらないほどののしりあった。
会っても傷つけあうだけの関係になっている。

文学立身をめざしている。
いやに古いことばを使ったが、ようはものを書いて食べていきたいわけだ。
夢物語のような話である。
これは才能の問題。努力でなんとかなる問題ではない。

愛を訴えつづけた遠藤周作が生涯、父を許さなかったのは意外と知られていない。
俳人・山頭火も、父親を許していない。自殺した母にのみこだわり放浪をしている。
わたしは、父を許さないというのではない。

敦煌からいっきに北京へ向かう。
北京から旧満州地方へ旅をすすめる。
父は、満州で生まれている。その場所をたずねてみたいのだ。
いつだったか。母が自殺する少しまえだったように記憶している。
「おれの生まれた満州をいつか旅してみないか」
うん、いつか。いつかね。
かんたんな約束をしたのだ。いま7年越しの約束を果たそうとしている。

なぜわたしが生まれてきたのか。両親がいるからである。
では、父は母はなぜ生まれてきたのか。どこまでもさかのぼるしかない。
なぜはわからない。しかしどこならわかる。父の生まれた場所をこの目で見たい。
正確な住所がわかっている。

(父の生まれた場所)満州国奉天市朝日区二段六号 千代田陸軍官舎53-5-4
(住んでいた場所)満州国新京市桜木町3-22


なんとかしてこの場所を探りあてたいと思っている。
旧満州地方に知人がいるというかたからメールをいただいた。
お忙しい中、わざわざ中国の知人に聞いてくださるという。
ありがたいことです。
万に一つの可能性に賭ける。
「本の山」をお読みのかたに満州に詳しいひとはいませんか。
ご家族が満州出身のようなかたです。
そんなあるはずのない偶然を求めて、満州時代の住所を書いてみた。
どうにかして行きたいのである。
なにかご存知のかたはご一報ください。

どこかですべては因縁だと思っている。
たとえば上記の住所へたどりつけるかいなかは、因縁しだいである。
旅とは、おのが因縁をたしかめる行為にほかならぬ。
満州でわが因縁を見つめてみたい。
冷たいビールを求めているうちに(中国人はぬるいビールを好む)
ファラン(白人)のたまり場のカフェに入り込む。
日本人二人組が入店。
さっそく話しかける。中国語が話せる留学生。

ウインドウズXPが入っていれば、中国のパソコンでも日本語が書き込めるのですか?
わからないことは同国人へ聞くのがいちばん。
いな、とのこと。
日本語がそもそも入っていないとダメらしい。
入っている場合は、パソコン画面右下の言語選択を右クリックすればいい。
そのとおりやってみたら、今日はおばさんの協力なしに日本語使用可能に!

どうなのでしょう。
やはり、ここが日本人旅行客の多い敦煌だから日本語を使えるのか。
それともいままで行ったネットカフェでもおなじ操作でOKだったのか。
いまとなっては知りようがありません。
けれども、敦煌だから日本語を使えるという可能性も否定できないわけで。
お口あんぐり。
アングリーする気にもならないくらい大きく、お口あんぐりー。
これはこれは、ぽよよん。
このこのこのやろう(なみだぐむ)。
やる気かこのやろう(わんわん泣きながら)。

あるひとからメールで教えてもらう。
いわく、ちょっといじれば日本語を使えるのでは?
まったくあきらめていたけれども、ちょっとやってみようかな。
いろいろいじってみる。わからない。
ネット屋の不機嫌そうなおばさんに「日文」と書いた紙をさしだす。
あいよ、とおばさんがパソコンをいじると、あらら、懐かしい日本語が。
こんな簡単だったのか。
ここでできるということは、おそらくほかでも。
いままでブログを更新できなかったのがバカみたいだ。
ああ、悔しくてしかたがない。
中国のなまの風景を書き込むことができたのだ。
いま虚脱状態であります。

さて、これからどうするか。
ブログは日本へ帰ってからまとめて更新しようと思っていた。
中国のことをである。
しかし、中国で日本語が使えるとなると。
いまから旅行のことを書くか。
するとこれまでの中国旅行のことが書けなくなってしまう。
だが、いまおよそ1ヶ月の中国旅行のことをふりかえる(記事にする)時間はない。
ううむ。困惑しております。

あ、敦煌へぶじ到着しました。
先ほど、ビザの更新へ赴いた。
わたしはベトナムのハノイで「2ヶ月ビザ」を取ってきている。
ところが、また料金を払わされた。
聞くと、これは2ヶ月ビザではないというではないか。
「ダブルエントリービザ」というものらしい。
ダブルエントリービザは、2ヶ月ビザではないとのこと。
2回中国へ入国できるという意味。

ふざけんなよーー!(怒)
わたしはハノイの中国大使館で、2ヶ月ビザをくれと言った。
「2ヶ月間中国に滞在可能なビザ」を求めた。
何度も確認したのである。
「これでほんとうに2ヶ月滞在できるのか」
大使館の職員はそうだと言った。
ただ、1ヶ月経過したら公安(警察)へ行きなさい、と。
行ってみたら、これである。
もう1回料金を支払わされた。
15ドル損をしたことになる。

ガイドブックにもネットにも、このことが書かれていない。

ダブルエントリービザは2ヶ月ビザにあらず!!!!

おそらく2ヶ月の観光ビザなど取れないのではないか。
1ヶ月ビザで入国して、それから公安へ行くしかない。
今日の感じでは、頼めばもう2ヶ月くらい居させてくれそうな雰囲気だった。
15ドルだ。悔しいったらありゃしません。
ううう、15ドルよ。
しかたがない。あきらめるしかない。
これは個人旅行者の避けられない不幸のひとつ。

こんな旅行者と出会ったことがある。
いまのラオスでは、日本人は15日以内ならビザはいらない。
彼はそれを知らなくて、30ドル払ってしまったという。
悔しいから16日間滞在したそうである。
「たかが3千円ちょい、じゃないですか、日本円で考えたら」
そう慰めたのを覚えている。
彼は世界一周をしている。
アフリカと南アメリカでは強盗に遭ったそうである。
白昼の往来で後ろから首を絞められた。
被害金額は合計で60万円。
これはさすがに慰めようがなかった。

公安について書きたい。中国の警察である。
とにかく偉そうなんだ。
あちこちで、公安が人民を殴りつけているのを見かける。
タイでもカンボジアでもベトナムでも見られなかった光景だ。
捕まえるときは、犯人の腰からベルトを引き抜く。
そのベルトで両腕を締め上げる。
こうするとものすごく屈辱的な格好になる。
その状態で、尻を蹴飛ばしながら連れて行く。
日本のお巡りさんとはまったく違う。
いや、日本でも戦前の公安はこんな感じだったのでしょう。

こんな恐い経験もした。
旅のはじめの頃である。
汚いが安いホテルに泊まっていた。
中国には、外国人が泊まれないホテルがある。
ここもそうである。
なぜそんな場所へいたのかというと、客引きについて行ったまで。

ドアが乱暴に叩かれる。
今にも壊されそうな勢いだ。
慌てて開けると、いかめしい顔をした公安が立っている。
部屋の中にズカズカ入り込み、大声で怒鳴る。
何かを見せろと言っている。
身分証明書だな。
中国人は、皆それを持ち歩いている。
急いでパスポートを取り出す。
すると、また怒鳴られる。
おそらく、ここへ外国人が泊まってはいけないと言っているのだろう。
「わたしは知らなかった!」
これを中国語で繰り返した。
内心は恐くてしかたがないのだが、せいいっぱい強がった。
そのときの捜査目的は売春だったようで、とくにお咎めはなしだった。

――こんな経験をしたというのに、
いまわたしが泊まっているホテルも外国人が泊まってはいけないホテルである(笑)。

えっと、何を書いていたのだったか。
中国の質の悪いお酒を飲み続けているせいで、だいぶバカになったようである。
そうだ、15ドルだ。これを忘れてはいけない。この恨みだけは。
ダメだ、自信がない。すぐに忘れてしまいそうだ。
それほど中国のお酒はヤバイということである。
ビザ過重支払い15ドルの件は、幾晩この酒を飲んだら忘れられるのか。
いまシュセンにいます。
酒の泉と書いて酒泉です。
名前の由来となった泉のほとりでお酒を飲みました。
アルコール度56%の中国特有のお酒です。

これから敦煌へ向かいます。
敦煌。この旅のゴールです。
いよいよであります。敦煌なのです。
井上靖は敦煌を見ないで『敦煌』を書いた。
なにか敦煌に期待しているわけではありません。
しかし敦煌だ。敦煌に行くことができるのです。
ありがたいことです。ありがとうございます。
なにものかに手を合わせたい。
そんな心境なのです。

敦煌の次は、父の生まれた旧満州へ向かいます。
それから帰国――。
(これも、ある親愛なる方のご協力で書き込んでいます)
とりあえず元気です。
いまだ中国で「日本語使用可」のパソコンと出会えず。
下手をすると、このまましばらく更新できないかもしれません。
中国の感想をひとことで言うなら、「でかい」。
巨大な中国を味わい尽くしたいです。
(これは、ある親愛なる方のご協力で書き込んでいます)
なみだがとまらない。
まさかわが人生にこんなことがあろうとは。
中国? あした中国へ?
われながら信じられない。
さっきもシャワーを浴びていたら、なみだがとまらなくなった。
鹿肉を食べていたら、なみだがあふれてきた。
どうしてなのか。この旅では泣いてばかりである。
けれども、うっかり泣けない。
まわりからの視線があるからだ。
泣くのは心地よい。生きていてよかったと思う。
これは自殺をとめるメッセージではない。
死後の世界は、旅より快適ではないとどうして言えようか。
泣く。死を泣く。生を泣く。生きている。