好きなことばがある。

「関係ない」「宿命だ」

テレビニュースを見ながら、たえず口にしている。
なにか事件・事故がある。
識者とやらがコメントをする。鼻で笑う。関係ないくせに。
あなたは被害者遺族に金銭を提供しますか。
ひとの不幸で儲けている人間は、街頭インタビューで発言するしろうとより罪が重い。
どうしようもない事故が起こる。
夏のプールで女児が排水管に吸い込まれ死亡。公園で男児が指を切断。
みなさん、おかみが悪いの大合唱でお気楽ですな。
ふん、宿命じゃないか。ついていなかったのでしょう。
運不運というものがある。ある確率で障害者が生まれる。犯罪・事故が発生する。

飲酒運転は関係ないとは思えなかった。
酒好きとして身近な問題のように思った。
そんな思いから昨日の記事を書いたらこれである。
飲酒運転で3億円の賠償命令。

http://www.sanspo.com/sokuho/0927sokuho032.html

テレビで植物状態の被害者を見た。
こうなると一見、飲酒運転の加害者に同情するようなことを書いたわたしは
ことばがなくなる。間が悪いとでもいうのか。
いえ、ちがうのです。加害者を擁護しているわけではありません。
ふふふ。日和見主義とバカにされるのかもしれない。

飲酒運転をしたことは一度もない。
そもそも助手席にアドバイザーが乗っていない状態で運転したことすらない。
飲酒運転の車に乗った経験は一度だけ。
大学1年生。あるサークルの新歓コンパの帰途。
先輩はこんなことを言っていたな。
親が代議士と昵懇(じっこん=仲良し)だから飲酒運転くらいもみ消せる。
これがほんとうかは知らない。車内で始終どきどきしていた。
飲酒運転の自動車に乗った(乗せられた)のは、この1回のみである。

ふと思う。
飲酒運転で家族を殺された遺族である。
その悲しみ、怒りは、とてもわたしなどには計り知れないものがあるのでしょう。
なにか申し上げるのはたいへん失礼なこととわかっています。
だが――。もし、である。
遺族に飲酒運転の経験者がいたとしたら、どう思うのか。
この不幸を宿命だと思うのか。それでもやはり加害者を許せないと恨むのか。
人間の立ち入れぬ領域の問題かもしれない。わたしはそこに関心があるのだ。