自然な会話というのができない。
八百屋や魚屋で軽口をたたくというあれである。
アドリブがきかない。
これ安いよといわれても、うまく返答できない。
うまい断りかたをするひとを見ると感心する。
プライベートな関係にしてもそうである。
向き合う。どうしてか相手に嫌われるようなことをいってしまう、わが口なのだ。
このまえも。たしかこう問われた。
「小説は書いてらっしゃらないのですか」
答えるに「書いてらっしゃいません」。
逆に問う。「どんな本を読んでますか」
「斎藤美奈子とか」
「このまえブックオフ105円コーナーにありました。
立ち読みしたけど、あれはダメですね。105円でも買いたくないです」
いやなやつだなとじぶんでも顔をしかめたくなる。
ありていにいえば、愛情の問題なのだろう。
愛情の貯金がない。
まえにあるひとからいわれたことがある。
「愛情に飢えている」
辛辣(しんらつ)で的確な分析である。大正解だ。
傷ついたというよりも、ばればれなのかと自嘲し嘆息した。
どう愛されたらいいか、愛したらいいかわからない。
なら、いっそのこと憎まれたいと思ってしまう。
悪意のほうがよほど信じられるように思うのが、われながらおかしなところである。
テレビドラマや小説なら人間も成長しよう。
だが、現実ではどうにもならない。
なーに、と思っているじぶんもいる。
友だち百人がなんだ。もてる・もてないがなんだ。
だれが死ぬといって、一緒に死んでくれよう。
そしてわたしは明日死ぬ準備がある。今日ではない。