新刊書店で買った本がでてこないのでおかしいという
感想をお持ちのかたがいるかもしれない。
買ってはいるのである。
だが、どうしてかうまく物語に組み込むことができぬ。
大型書店に行った。
無数にある書籍のうちから1冊の本が目についた。
全国共通の価格で買った。
こんなことをわざわざ書く気にはならないのである。
月並みな恋愛物語が聞くに堪えないのとおなじかもしれない。
職場で知り合った。
たがいの学歴は近似しているが、それでもわずかに夫が上である。
身長も同様。夫がわずかに高い。
おなじ職場ゆえ、双方の給与明細は想像がつく。
まあ、この程度だろう。釣り合う、という感覚である。
ありきたりなパッケージ式の結婚式を挙げる。
それでも本人たちは自由恋愛だと信じているのだからおめでたい。
話はいささか脱線したが、新刊書店で書籍を購入するのは、
なぜかはわからぬがこの職場結婚と近似したものを嗅ぎとってしまう。

古本はこうではない。
古書購入にはドラマがある。あるいは運命が、宿命が。
ある場所である古本に出会うのは縁としてしか説明できないものがある。
このタイミングに、この価格で、このタイトルの書籍と直面する。
この出会いには、大きなものを感受することが可能である。
天与のもの、などといったら大げさだと笑われるだろうか。
ある書籍を定価で買う人間は、日本全国無数にいるのだろう。
だが、この古本をこの価格(105円!)で買う人間は、
もしかしたらわたしだけかもしれない。
ここには物語がある。因があり、縁によって、果となる。
そんな人間のこころにしか感じ取れぬ因果関係が古本にはある。
新刊購入を饒舌に語れぬゆえんである。決して、決して、ケチなわけではない!

最近、買った新刊は下記。

「キリスト教は邪教です!」(ニーチェ/適菜収訳/講談社+α新書) 800円+税
「哲学の教科書」(中島義道/講談社学術文庫) 1100円+税


レジで一瞬、絶句した(高い……)わたしは、いつから変わってしまったのか。
数年前は書籍代を惜しむようなことはなかった。
自己投資にカネは惜しまぬ。うん千円を1回でつかうこともままあった。
これは精神の後退だろうか。
いや、物語を求めているだけだ。古本はよろしい。
古本、コホン、こほん♪ 咳をしてみた。