困っていることがある。
最近、発見した。
検索サイトのグーグルで、かの人気作家「宮本輝」を入れてみる。
あろうことか9番目に「本の山」が登場する。
意図したことではない。
むかしはこうではなかったと記憶している。
真相を知るのは、グーグル先生のみである。

誤解されたらいやだな。
ブログ「本の山」は宮本輝を批判しているわけではない。
むしろ――。
こんなおかしな自信まである。
うちほど宮本輝を愛しているサイトがネット上にほかにあるか。
愛情は憎悪によって裏打ちされる。
つまり、真に愛していたら、相応の憎しみをもたねばならぬ。
溺愛など愛ではない。憎悪なくして、愛あるものか。

いうぞ。大声でいってやる。
わたしは宮本輝の小説によって、命を救われたのかもしれない。
6年前、母に眼前、投身自殺をされた。
このときどれほど宮本輝の小説が救いになったことか。
氏の小説は生きろという。死を生だというのが宮本文学である。

みなさまはいますか。
作品をぜんぶ読んでいる作家。それもいまだ存命で。
わたしは宮本輝だけである。
この作家の小説はぜんぶ読んでいる。何度も読み返した作品がいくつもある。

氏の最新小説「にぎやかな天地」をいま読んでいる。
部分部分に登場するソウカ臭(創価学会思想の影響)は鼻につくが、
それでもやはりこれは傑作だと思う。
ここ数年でこれほどの作品を宮本輝は書いたかと疑うほどである。
思い当たるふしがある。
この「にぎやかな天地」上下巻は、210円で購入。
思えば、ここ6年の宮本文学はすべて定価で買っていた。
3200円払ったうえで読んでいたのである。
ああ、だから、不満を抱いたのかと納得する。
210円で読むと、この小説のすばらしさがよくわかる。
いままで読んだ105円の最新小説と比較するからである。

まだぜんぶ読んでいないこの小説から引用する。
あすも読むのが楽しみで仕方がない。
小説を読んでここまで楽しめたのはいつ以来か。
とまれ、引用である。主人公の聖司は思う。

「書物が大切にされない時代になってもう久しい。
自分の知人のなかには、一冊五、六百円の文庫本すら、
書店で買わずに古書店で捜したり、図書館で借りるものがいる。
そのような人は、自分の予想を超えて多いことを知り、聖司は驚いたものだった。
学生であるとか、経済的に苦しい状態にある人だけではなく、
本というものに金を使いたくないという理由で
そうする人が多くなっていることを聖司は最近知ったのだ。
聖司の持つ図書館の概念は、書店ではみつけることの難しい専門書や全集や、
いまや絶版となった名著を市民が読めるようにすることであり、
好きな本を自由に手にできない青少年たちに
優れた書物と出逢えるようにするところ、なのである」(上巻 P311)


宮本輝先生、ごめんなさい。
この2冊の本を210円で買ってしまい……。
なにも申し上げることはありません。
お金持の先生からのお説教をうなだれて拝聴するのみです。