どうしたっておかしいよな。わたしである。
精神科を受診すべきだろうか。
いくつかの病名がつく自信はある。まず自殺願望があるかを問われるだろう。
にこにこしながら「はい」と首肯する。現在の生活は? 答える。
誇大妄想を驚かれる。ここらあたりで躁鬱病を疑う精神科医もいるかもしれない。
眠れません。お酒を大量にのみます。どれくらい? 返答する。
医者はぎょっとする。アルコール依存症か。
そうではないのです。お酒をのまなきゃならない理由があるのです。
母の自殺を医者の顔色をうかがいながら話す。
目の前で飛び降りられた。遺された日記には膨大な量の悪口が。
だから苦しくて。お酒をのまないともうダメで。
科学的分析の結果のごとく冷静に述べるか、
同情をひくよう感情的に語るかは、向き合ったお医者さんしだい。
どちらもできる自信がある。
いくら寛容な精神科医でもここでPTSDという病名をつけるはずである。
自殺現場に直面。心的外傷後ストレス障害。
医者が良心的だったとする。わたしの話をもっと聞いてくれた。
こりゃおかしいわ! と人格障害の病名をつけたくなるのではないか。
自己愛性人格障害。演技性人格障害。
お薬をいっぱいくれるはずである。睡眠薬、安定剤、抗不安剤。
下手をすると妄想どめの薬までだされてしまうおそれがある。
結果、どうなるか。わからない。どうなるのだろう? 
おかしくはなくなるか。自殺願望も誇大妄想も感情の激しさも消える。
酒量がへるから、より長生きできるようになるかもしれない。
それはつまり幸福になるということのかな。じゃあ、幸福ってなんだろう?

いきなり話をシェイクスピア劇にうつす。
シェイクスピアには四大悲劇とよばれるものがある。
「マクベス」「ハムレット」「オセロー」「リア王」である。
現在ではこのような悲劇を書くことができない。
劇作家・シェイクスピアの天才に及ばないためではない。精神科医がいるからである。
マクベス、ハムレット、オセロー、リア王、みながみな精神病患者なのだ。
現代にハムレットが現われたら、
すぐさま精神科医が登場し投薬治療を開始するはずである。
すると、どうなるか。ハムレットは劇の主役たる地位を追われはするが、
デンマーク国の王子としてつつがない余生を送ることになろう。
のちには国王ともなり、善政を敷き、国民から感謝されるかもしれない。
少なくとも、これだけは言える。
精神科医が介入していたら、あれだけ大勢のひとが死ぬことはなかった。
「ハムレット」が典型的であるが、同じことは「マクベス」「オセロー」「リア王」にも言える。

「ハムレット」をもう何度、読んだことか。とうに二桁はいっている。
あの劇のおもしろさはどこにあるのか。ハムレットそのひとの魅力である。
しかし周囲にとってはハムレットの存在がどれだけ迷惑か。
国王も、実母も、恋人も、だれもがハムレットに手を焼いている。
この劇に精神科医の登場が許されたら、どれだけこの医者は感謝されることだろう。
だれも死なずに済んだ。みなが幸福に過ごすことができた。しかし、劇にはならなかった!
ハムレットは月並な幸福よりも劇的な人生を選択した。
「ハムレット」が演劇の中で常に一目おかれるゆえんである。
問う。ハムレットは是か非か。劇的な人生か、幸福な人生か。

劇的か幸福か。

6年前、わたしの目の前で投身自殺をした母を思う。
名前をよばれた。上を見た。母が落ちてきた。大きな音がした。血が流れた。
これほど不幸なことがあろうか。しかし劇的である。
わが母ながらすごいなと感心する。あんな劇的なことは真似できない。母を尊敬する。
そんじょそこらの役者など足元にも及ばない大女優である。
戯曲だけは数多く読んだが、あれほど劇的なシーンに出くわすことはない。
優秀な女優にして、天才劇作家である。
あれはよかったのではないか、と思うわたしは間違っているか。狂っているのか。
精神病は治ればいいのか。それは治ったほうがいい。患者本人もまわりも楽になる。
だが、しかし――。
おかしいのはそんなに悪いことか。狂うのはそんなに責められることか。
どっかでいいんじゃないかなという思いがある。
だから、いままで生きてこれたのかもしれない。

わたしは幸福よりも、劇的な人生を欲しているのかもしれない。
そうするしか母のあの人生を肯定することができないからである。
母の人生はわるくなかったと思いたい。とすると劇的を幸福の上位におくことになる。
どうしてもそうなってしまう。どうしようもない。
ブログをはじめた。母の悲劇を告白した。こんなわたしにもメールをくれるひとがいる。
うれしかった。けれども、ごめんなさい。
返信を書く。どうしてかおかしなメールを書いてしまう。
おかしいことはわかっている。わたしの正気を疑うかたもいることでしょう。
不愉快な思いをするかたも。なんともお詫びしようがない。
それは幸福になりたい。幸福にあこがれる。
しかし、どこかで幸福になってはならないような気もするのである。
劇的たらんと欲望する自己がどうしようもなく存在する。幅をきかせている。
メールにカチンと来たら、容赦なくお切りください。
わたしよりあなたの人生のほうがよほど大切だからです。
「百人一酒」(俵万智/文藝春秋)

→酒エッセイ。古本屋ワゴン105円本。たまりません。定価1600円が105円!
お酒をのみながらのいいかげんな読書。
人生で幸福を感じることのできる、わずかなひと時かもしれません。
若くして世にでたひとはよろしい。天真爛漫で、毒がない。
毎日のように贅沢な酒食生活を送っているのだが、それがちっとも嫌味にならない。
ご友人に恵まれているのも、このエッセイからうかがわれる。
幸福スパイラルというやつですね。
恵まれているから性格がゆがむこともない。友人もどんどん増える。
書くネタにも事欠かない。本はコンプレックスとは無縁のものとなる。
すなわち明るい。支持される。売れる。そのお金でさらなるグルメを満喫。
この反対の不幸スパイラルはわが身のみならずほんとうによく見かける。
それだけに稀有な幸福スパイラルによって書かれたこの本は貴重だと思う。
読んでいて実に気分がよかった。内容? 酔っぱらって読んだからほとんど覚えていない。
それでいいのである。
読んでいるあいだがいちばん楽しいという読書があってもよいではないか。

お酒ほど好きなものはない。
禁酒したらあと30年、長生きできる。お酒を飲むのならあと10年。
たとえ医者にそう宣告されても、わたしはお酒をやめないだろう。
ああ、そうだ。ひとに迷惑をかけるのはやめたいと思う。
酒をのむとついからんでしまう。ひとりで本でも読みながらのむのがいちばんである。

「猛スピードで母は」(長嶋有/文春文庫)

→ブックオフ105円本。先日、あるブログのひとに怒られた。
軽い気持ちでコメントしたのがきっかけ。
よく最近の小説を定価で買えますねと。こっぴどくやりかえされた。
105円で本を買おうとするのは、本に対して誠実に向き合っていない。
定価で買ってこそ責任を持って本の感想を書くことができる。
あなたみたいに105円でしか買わないと、どうせ105円だからという甘えが生じる。
そういう態度はよろしくないと思う。論旨はこんなところだったか。

うーん、どうなんでしょう。ご言い分はごもっとも。
だけど、どうせなら安いほうがよくはないですか(おずおず)。
この本も定価の400円で買っていたら、なにかきつい悪口を書いただろうけど、
ほら105円購入だから、別に怒る気にもならない。血圧も上がらない。
みなさま最近の小説は、お読みになりますか?
どういう目的で読むのでしょう。わたしは市場調査くらいの意識。
へえ~、いまこういうのが売れてるのという。生意気ですね。ごめんなさい。

「親鸞の告白」(梅原猛/小学館文庫)

→親鸞さんに相談したら、かれはなんと答えるだろう。
大好きだった母親に目の前で飛び降り自殺されました~。
悪口いっぱいの日記を発見して辛いです~。
それと関係あるのかわかりませんが、小説が書けません~。

親鸞先生いわく――。
お母さんの行為は、前世の宿業で決められていたことです。
あなたがそういう母親を持つことも前世での宿業の結果。
すべては避けられなかったこと。辛いでしょう。名号を唱えなさい。
阿弥陀さまにおすがりなさい。南無阿弥陀仏です。
これからのあなたの人生も自力ではどうにもなりません。
他力を信じなさい。そもそも成功するかどうかなど、どうでもいいではないですか。
死後に浄土に生まれることがもう決定したのですから。

わたし「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」――(なげやり)。

「梅原猛の『歎異抄』入門」(プレジデント社)

→「歎異抄」でもっとも感銘を受けたくだりを紹介する。

「(師の親鸞が)たとへばひと千人ころしてんや、
しからば徃生は一定すべしとおほせさふらひしとき、

(わたくし唯円は)おほせにてはさふらへども、
一人もこの身の器量にてはころしつべしともおぼへずさふらう


「歎異抄」は親鸞の言葉を弟子の唯円が書きとめたもの。
引用箇所の周辺を説明すると、親鸞は唯円に問うたわけである。
じぶんのいうことを聞くかと。唯円はもちろんですと答える。
なら、おい、唯円、ひとっ走り、千人ほど人間を殺してきてくれんか。
そうしたら唯円、喜べ、おまえの極楽往生は決定するぞ。
唯円は身震いする。とてもじぶんにはそんなことはできません。
ここで親鸞は底にひめた思いを述べる。
ひとの心は思うがままにならぬもの。ひとを殺そうと思ったところで殺せるものではない。
だから、ひとを殺していないからといって、かならずしも心が良いためではない。
そういう業縁がなかっただけなのである。
考えてみれば人殺しもそうではないか。殺そうと思っていなくても殺してしまうことはある。
悪を為すのも善を為すのも、心の善悪とは直接的に結びつかぬものだ。

親鸞のいうことを我が身にひきつけて考えてみる。
わたしも何度か殺してやりたいという人間に出会ってきた。
しかし、殺していない。一方で、殺してしまうひとがいる。
これはどうしてなのか。ふしぎなことである。親鸞のいうとおりだと思う。
決して、わたしの心が良かったから殺していないのではない。
犯罪者を簡単に裁くこともできない。
もしじぶんが同じような性格や環境に生まれついたら殺人を犯してしまうかもしれない。
裁判官はどうしてあんな安易に判決をくだせるのだろう。
いい大学をでて難しい試験に受かったひとはすごいものである。

親鸞さん、おもしろい。クレイジーだよな。
どんな顔をして弟子に言ったのだろう。
「たとへばひと千人ころしてんや」。
笑っていたと思う。目だけが笑っていなかった。怒気をふくんでいた。
宗教者の顔を思い浮かべることはできない。ヤクザの親分を連想する。

「歎異抄」(梅原猛/講談社学術文庫)

→なんてえ人生だ!
同世代は青春の後半期を謳歌。夢や希望と追いかけっこ。
つかまったり逃げられたり、てんやわんや。
よろしくやってやがるにちがいない。
それがどうだい。このわたしときたら重くよどんだ目で「歎異抄」をたどっている。
若者は間違ってもこんな本を読んじゃいけない。人生が狂っちまうぞ。

「歎異抄」の内容を一行でまとめる。バカだからできることである。
南無阿弥陀仏と唱えたら、だれでも浄土へ行くことができる!
一見すると、実に簡単明瞭なのだが、どこかしっくり来ないところがあった。
今回、ようやくそれがわかる。疑問点が判明した。
浄土というのがどうにもなじまない。死んだ後に浄土に生まれる?
それがどうしたと思ってしまう。死んだ後では遅すぎる。いま苦しいのである。
救われたいのは死後ではなく、現在なのである。
役に立たないなと「歎異抄」を本棚にしまいこもうとした。
ところが、どこか心にひっかかるものがある。
何度も音読した。もう10回以上、原文を読んだか。
ああ、と嘆息した。そういうことだったのか。浄土思想のなんと奥深いことか。
「歎異抄」は完全な現実否定の上に成立している。
現実にみじんの期待もいだかない。現実に一滴の甘露すら見いだせない。
とにかく現実がつらくてたまらない。どこを見ても苦しかない。
この境地にいたってはじめて、浄土という巨大なオアシスが浮かび上がる。
索漠たる砂漠にひとり取り残されたものが、どれだけ大きなオアシスを心中見ることか。
親鸞はそのオアシスの実在を保証する。砂漠の孤独者は生き抜くことができる。

著名な学者や文士が「歎異抄」を紹介する。あれは眉唾だぞ。
成功者が「歎異抄」を愛読するとはひどい矛盾である。
「歎異抄」は不運な失敗者を母のごときやさしさで慰撫する。
自己啓発書の対極にあるもの。それが「歎異抄」である。
だから、冒頭に書いたよう、若者は間違ってもこの宗教書を読んではならない。
たとえば「歎異抄」にはこんなことが書いてある。
がんばるなんてバカのすること(第三条)。
ひとを愛するなんて無駄だよ(第四条)。
やれるもんなら、どんどん悪いことをしてみい(第十三条)。
ひと殺しだって、かまへんかまへん(第十三条)。
青春のまっただなかにいるものがこんなことを言われたら困ってしまう。
かれらはがんばればなんでもできると思っている。
純愛ドラマになみだを流し、いつかじぶんもと思いをはせる。
若者の潔癖は、会社の堕落から生じた不正を許さないことだろう。
テレビで報道される残虐な殺人を見て、正義の怒りをおぼえる。

「歎異抄」。有名な古典だからと軽々しく読んではならない。
これは人生を狂わせる書である。教科書掲載など言語道断。
しかし、ありがたい書なのである。
わたしのように人生がどうしようもなく狂ってしまった人間には「歎異抄」があたたかい。
南無阿弥陀仏――。

早くから酒をあびるようにのんだ。
寝た。夢をみた。神保町だった。
ひとりの大男が往来で経をよんでいた。
「般若心経」である。
朗々とした美声だった。
男は「般若心経」を何度も間違えた。
どんな男だろうと近づいた。
深編笠の下から顔をのぞきこむ。
目も耳も鼻もない。
顔面全体が焼けただれている。
口とおぼしきところに穴があいていた。
経はそこから流れていた。
男から離れた。男はいつまでも経を唱えている。
目が覚めた。また酒をのみはじめる。
お師匠さんというほかないよな、うん。映画監督・原一男。
わたしの人生でこのひとに出会えたということは宝物のようなものである。
たとえいままで読了した本ぜんぶを積みあげたところで、
原一男というたったひとりの表現者からじかに学んだことにはとうてい及ばない。
現在でも何か迷ったときには、原さんだったらどうするだろうかと無意識的に考えている。
映画監督である。小説家ではない。
原一男さんにお会いするまで、映画に興味をもったことは一度たりともなかった。
それなのにこの映画監督のとりこになった。人間・原一男に夢中になった。
思い返してみればわたしの大学での所属は文芸専修。
卒業論文に小説を書くことが許されるおかしなところである。
そんな小説家志望のための専修になぜ原一男の講座が設けられたのか。
それも卒業前の4年生対象のゼミとして。
わからない。運命だなんて、安っぽいことばを使いたくはない。

6年前、母が眼前、投身自殺した。遺された日記にはわたしへのうらみつらみが。
どうすればいいかわからなかった。
道路が地震でも起きたかのようにゆれて見えるのである。
まっすぐ歩くことすら困難に思えた。
原一男さんは、表現をするとは、いかに生きるかということだと主張していた。
生きる。表現をする。
圧倒的な死の波をまえに溺死寸前だったわたしは原一男さんのところへ相談に行った。
何度もである。大学はすこしまえに卒業していた。
どう生きればいいか、どう表現すればいいか、師匠に問うた。
最初のころだった。言ったのを覚えている。
「もういま、このいま。あそこのガラスに走っていって、飛び降りたいくらいです」
その食堂は何階だったか。命ひとつ携(たずさ)えて、師匠と対面した。
原さんもあんな迷惑なことはなかっただろう。
大学での教え子。たいして優秀な学生ではなかった。
死にたいという。どう生きればわからない。どう表現すればいいかわからない。
しかもおなじ表現とはいえ、原さんの専門の映画ではなく文学である。
弟子を自称する若者に命を丸ごとあずけられたこの表現者は逃げなかった。
全身で向き合ってくれた。おかげていまこうして生きている。
まだじぶんの表現を完成させることができない不肖の弟子は、
ただもう顔向けできないという理由で、数年前から年賀のご挨拶も送れなくなった。
あのときのご恩はどう感謝しても感謝しきれるものではない。
死ぬまえにひとつでもいいから、じぶんで納得できる表現を作り上げること。
師の大恩に弟子が報いるとしたらこれしかない。

師・原一男からわたしが学んだことはなんだったのか。
技術ではない。キャメラを持とうという意思はない。
表現をするとは、生きるということと同義である。
しかし仮にこの分化できないものを便宜上別のものとすると、
わたしは原一男さんの生きかたに強い影響を受けた。
いつだったか。いつでもそうであるのだが、原さんとお会いするときは極度に緊張する。
教室で講師と生徒として向き合うのなら、まだ楽である。
一対一で顔をつきあわせる。それは格闘技のようなものとなる。
多忙な映画監督の邪魔をしているのである。こちらも中途半端なことはできない。
生きるとは何か、表現をするとは何か。
あの原さんでも、かなりの疲労をともなう面会だったのではないか。
弟子はじぶんを英雄視している。
過激な映画監督・原一男の演戯を始終、保たなければならない。
限られた時間でわたしは一滴でも多く原一男を呑みこもうと貪婪(どんらん)だった。

なにがきっかけだったか。いま思えば、よくあんな失礼なことを聞けたと思う。
とても弟子がうかがうことではない。
原さんの女性関係について、である。
無頼を誇る文学者や映画監督にはよくあることだが、
原さんも例にもれず法律上は許されない一夫多妻を生きている。
巨匠は寛容だった。若僧を怒るようなことはなかった。
ただ、信じられない顔を見せた。わらったようにも見えた。
このとき原さんがなにを言ったのかどうしても思いだせない。
一瞬、戦慄(せんりつ)が走った。
下から睨(にら)みつけられたような気がしたからである。
へへへ、という原さんのわらいがいまでも耳に残っている思いがする。
おれはね、そんなお上品なところで生きてませんよ。
人生はこちらに冷たい風ばかり送ってくる、やりかえしてわるいもんか。
もちろん原さんが、そんな下品なことを直接的に言うわけがない。
耳ではなく心で、その声を聞いてしまったのである。
傷ついた獣(けだもの)のうめきのようであった。

帰りの電車の中でも身震いがとまらなかった。
原一男を見てしまった。そのような思いにとらわれ、震えがとまらないのである。
これだったのかと思った。ものすごい生命力である。
あれがほしいと思った。あの野獣のような生命力。
あれがあればわたしも生き抜くことができる。
たとえれば――。
究極の選択である。ふたつにひとつ。
愛するものとじぶんがいる。どちらかひとりしか生きられない。
愛するものを生かしてじぶんが死ぬか、愛するものを殺してじぶんが生きるか。
この問題を突きつけられたらば、原一男という表現者はおのれが生きることを選択する。
ごめんなさいと何度も愛するものに手をあわせ、泣き顔で、それでも生きる。表現をする。

あのときの原さんをいま思いだす。
声にならない息を吐きだすのみである。
それでは動物じゃないかとも思う。いや、それこそ人間だとも思い直す。
いまふと、あるエッセイで読んだことが浮かんできた。
どこの大地震だったか。日本でむかし起こった大地震の際のこと。
地震にともない火災が発生した。建物は倒壊している。
母がいる。わが子が崩壊した家の下にいる。顔が見える。助けてくれという。
火の手が迫っている。もう限界だ。そのとき母がどうしたか。
わが子にごめんねと手をあわせ逃げたという。
母はうらみのこもったわが子の目を忘れられない――。

生きる。表現をする。
原一男さんから学んだことは何ものにもかえがたい貴重な財産である。
原さんのことを、わたしは「原先生」とよんでいた。
とても「原さん」などとはいえない。雲の上の存在だった。
いまわたしはその雲の上を目指している。
いつかまた原さんとお会いするときが来るのだろうか。
その際も、やはり照れながら「原先生」といってしまうような気がする。偉大な師である。
数日前、ブログで自殺予告をしているおかしなひとを発見したので笑った。
いや、正確にはちょっと違うか。
まず1ヶ月後に自殺をすると宣言。当然、同情や応援のコメントが集中する。
それに対して、このおかしな女は、
ひとの自殺をとめたりする権利はだれにもないと言い放ったり、ときには感謝したり。
それが、どうだ。いきなり自殺はやめましたと高らかに腕を上げる。
おもしろいのは、記事をどのテーマにも投稿しているところ。
ものすごい自己顕示欲にして自己愛。とうていわたしなどではかなわぬ。
おもしろいひとだよな。大笑いしたゆえんである。
かといって、そのブログを公開したわけではない。
匿名でこういうおかしなひとが世の中にはいるということを紹介したまで。
この後にもっとおもしろいことが。どこをどう探してきたのかご本人が登場。
友人と名のる男性まであらわれ「本の山」は戦場になる。
削除して沈静化してもよかったのだが、この自殺予告者がとにかくおもしろい。
今日まで相手をしてきた。いまから総括する。

おかしなひとを笑う。そんなに悪いことかな。
笑われたくなければ、おかしなことをやめるがよろしい。
ご友人と名のるかたは、ほんとうの友情を見誤っている。
友人ならはっきりと教えてやるべきである。
ブログで自殺予告をするのは恥ずかしいことであると。
なぜ忠告しないのだろう。わかっている。
そんな真実を言おうものなら、おかしな女のこと、また自殺すると騒ぐのだろう。
このご友人とやらにまったく怒りはない。むしろ同情している。
わたしも身近にああいう類のおかしなひとがいたら、
かれとおなじことをやっていたと思うからである。
おかしな女の便利屋になってしまったこの男性はとてもやさしいのだろう。
責める気にはならない。かれは被害者である。
それにしてもかの女、自殺を武器になんと巧妙に他者をあやつることか! 
実に、おもしろいひとである。

そんなにわたしは悪いことをしたのか。わからない。
すてきな生きかただということはわかる。
ブログで自殺予告。励ましや応援が集中。
ご本人は女王か何かになったような気分であったことだろう。
毎日、生の充実感をさぞ満喫したことと思う。
死をまえにして、初めて輝くのが生のふしぎなところである。
この女王は感受した生のひそやかな愉楽を隠しながら、自殺予告を継続する。
ある日、突然、自殺予告を撤回する。死から生へ! なんという劇的な人生か。
生の味わいかたを知り尽くした女優の演技である。
これを名演技と拍手喝采するか、それともわたしのようにこの女優をダイコンだと笑うか。
意見がわかれているところである。

不特定多数の相手へ向けて「死にたい」という。自殺を予告する。
あざといよな。ふつうはできない。
人間はだれだって孤独である。同情されたい。愛されたい。人生の主役になりたい。
だからといって、ブログで自殺を予告したりはしない。それを平気でやる女がいる。
まことにおもしろいというほかない。これは笑うしかないではないか。違うか。
もしかしたら笑うのがおかしいのか。同情してやらなければならないのか。
だって「死にたい」と言われてもね。
がんばって生きてくださいとは言えないよな。
わたしも毎日、自殺を考えている。
明日、ふいと向こうがわにいってしまうかもしれない。
自殺する自由はあると思う。
家族に多大な迷惑をかけることになるのだが、それでも自殺を全否定することはできない。
生きていればいいことがある、なんて安易なことは言えない。

自殺予告者は急転する。いきなり、自殺するのをやめました!
おかしくてたまらない。ここは笑うところではないか。
感動して泣くシーンだと思っている観客は芝居の観方を知らないのである。
この女は最高である。自殺、自殺、1ヶ月後とあちこちで喧伝。耳目を引く。
それがわずか1日で自殺を撤回する。綱渡りから無事、生還する。
笑えないか。ここは大笑いするところではないか。そう書いた。
すると自殺予告者(もう自殺撤回者か)から詰問された。

「あなたは私が死ねば満足なのですか?」

どうなのかな。別に生きていても、死んでもかまわないと思う。
1ヶ月後に自殺しなければならないという契約などもとよりないのだから。
観客をだましたと言う気もない。観客もあんがい楽しんだと思う。
じぶんたちのコメントがひとつの命を救ったと勘違いできるのなら。
そもそもわたしは誠実な観客ではない。
先日、芝居のラストシーンだけ偶然、垣間見て大笑いしただけのものである。

ひとつだけ問題にしたい。
「死ねば満足なのか」とこの元自殺予告者はわたしに問うた。
ここでわたしが「はい、死ねば満足です。死んでください」。
そう返答したら、このおかしな女はほんとうに自殺してくれるだろうか。
おそらくしない。それどころか仲間と連絡して、上質のウイルスをくださるのでは?
ここで頭脳明晰なあなたは気づいたに相違ない。
わたしが「死ね」と言っても死なない。
ということは反対もおなじである。
どれだけ応援しようがこの女はそんな言葉に左右されない。死ぬときは死ぬであろう。
自殺を決定するのは周囲ではない。自殺者本人である。
今回、この真実を知るにいたったのは、あのおかしな女のおかげである。
だいぶ慰められるところがあった。この喜劇女優に感謝したい。
数年前、インドのガンガーサーガルというところで日本人に会った。
そこはカルカッタから7時間。バスを2本乗り継ぎ、次は汽船。最後は乗り合いタクシー。
もちろんガイドブックになど載っている場所ではない。
まさか日本人旅行者がいるとは思わなかった。
かれは写真家志望。年齢は見たかんじ、わたしとおなじくらいだったか。
もう2年ばかりインドをカメラ片手に巡歴しているという。
旅費を稼ぐため何度か日本との往復を繰り返しながらである。
何ものかになろうとしている人間に特有の、排他的な雰囲気を好ましく感じた。
しかし旅行者に決してやさしいわけではないインドに2年間もいるとは。
写真だってものになるかわからないというのに。興味をもった。
しばらくインドの感想を述べ合ったのち、話の矛先が写真に向くのは自然な流れだった。
突き放すような物言いをする男だった。
かれにならい、わたしも攻撃的に問うたのを覚えている。
写真のよさがわからない。雑誌に掲載されている写真はどれもおなじように見える。
インドの写真を撮る? どんな写真を撮りたいのか? なんのために?
かれの眼光は鋭さを増した。
こういうことだった。じぶんはある写真を見て、衝撃を受けたことがある。
おなじことをしてやりたいと思った。だれかに写真で影響を与えたいと欲望した。
それにはインドがベストだと選択した。だから、ここにいる。だから、写真を撮っている。

インドほど差別や貧困がはっきりとは見えない国で、ある晴れた日曜日の午後、思う。
おなじことだよな。わたしもそうである。
いくつかの小説、戯曲に存在の根底から揺り動かされたことがある。
じぶんもおなじような衝撃を他者に与えてみたいと思う。
どんなジャンルにしろ、表現をしたいという欲望の奥底にはこの種の感動体験がある。
想像する。かれはまだインドにカメラを向けているだろうか。
インド人にだまされながら。お寺にただ同然で宿泊しながら。
うん、無名であることはすばらしいと思う。誇りたくなる。
わたしは無名だと叫んでやりたい。
それはいまだ何ものにもなっていないということなのだから。
何ものかになろうと好きなだけあがくことができる。じぶんを超える可能性が残っている。
*ネタバレがあります。ご注意ください。

舞台「流星に捧げる」
3月14日。紀伊国屋サザンシアターにて観劇。山田太一作。風間杜夫主演。

山田太一はもう70歳を超えている。旺盛な創作意欲には驚くばかりである。
日本随一のドラマ作家が今回、俎上にあげたのは「インターネット」「認知症(ボケ)」。
山田太一の目にインターネットの世界はどう映ったのだろうか。それがまず気になった。

舞台は動かない風見鶏のある旧邸。登場するのは車椅子の老人(山本学)。
かれは有名女子大創立者の四代目。人間嫌いである。
それがどうしたことかインターネットに書き込みを。
この老人がインターネット掲示板「世田谷区」に書き込んだ内容は――。
「動かない風見鶏」「車椅子の老人」「ひとり」。
翌日にはそれを見た、たくさんの人間がこの高級住宅地にある屋敷を訪れる。
ボランティアを装った女性。保険の勧誘。詐欺めいた出資の懇願(風間杜夫)。
ニート。ダメリーマン。アダルトチルドレン。年齢も性別もさまざまである。
よく来てくれたと人間嫌いのはずの老人が歓迎する。
ひととひとが出会う。ドラマのスタートである。

舞台のうえの抱擁がやたら目についた。
集まった人間のだれもが、それぞれの事情を抱えて孤独でたまらないのである。
ボケが進行していくこの車椅子の老人がきっかけとなり、
めいめいがじぶんの辛さを語りだす。どれも現代日本がはらむ闇である。
あなたはそんなことを悩んでいたのか。おまえにもそんな辛いことがあったのか。
はっとする。打たれる。かといって、どうしようもない。
いちばん救いのないのが、この車椅子の老人である。
痴呆が進んでいる。28年勤めた家政婦の顔もわからないくらいである。
どこにも明るい未来はない。あたかも現代日本のようである。
登場人物はそれぞれこのボケ老人を抱きしめる。そのくらいしかできないのである。
孤独に苦しんでいる人間がいる。おのおの何もしてやることができない。
ただ抱きしめる以外は――。

ある体験を思いだした。インターネットのブログを閲覧したときのことである。
だれもがみな不幸を嘆いていた。孤独に苦しんでいた。うちもそうである。
このブログ「本の山」もおなじである。しかし、どうにもならない。
出会うことができない。理解しあうことが不可能なのである。
抱きしめてやることができない。だから、山田太一はこの芝居を書いた。
人間はみんな孤独である。だれもが苦しんでいる。
それでもいつか出会うことくらいはできる。たとえ流星に逢うような確率だとしても。

休憩あけのシーンでなみだがとまらなかった。
まんまと700万円を騙しとることに成功した風間杜夫の提案でパーティが開かれる。
集まった人間たちが、たった一夜だけ孤独を忘れ、酒をのみ、陽気に笑う。合唱する。
現実にこんなことがあるわけがない。だからこそ山田太一はそれを描く。
風間杜夫が「いとしのエリー」を歌いはじめたときには号泣した。
山田太一の代表作「ふぞろいの林檎たち」の主題歌である。
あのころから山田太一は現実にはないことを描き続けてきた。
それが現実にないがゆえに。
今までどれだけのひとが山田ドラマに励まされたことだろう。

終盤、このボケ老人がどうして車椅子に、そして人間嫌いになったのか明らかになる。
12年前のこと。老人は浮気をした。それがばれ、女房に逃げられた。愛人も実家に帰った。
くさくさしていた。車を運転していた。息子と一緒だった。
息子は売り出し中の新鋭画家。海を描くのが好きだった。
その日も海へふたりで行く途中、老人は事故を起こした。
同乗していた息子が死んだ。老人は車椅子に。
この老人が人間嫌いになるのも無理はない。
しかし、その老人がボケはじめたことで、かつてない人恋しさに衝き動かされた。
似合わぬパソコンを開き、書き込まずにはいられなかった。孤独な人間が集まった。
完全にボケた老人は、集まった見ず知らずの人間を知人と混同する。
遠いむかしに死んだ知人と。息子、妻、愛人、母親である。
偶然、集まったに過ぎない赤の他人がみなこの老人の痴呆につきあう。
それどころか――。
これがこの芝居のクライマックスである。
動かないはずの風見鶏が回転をはじめる。
だれに頼まれてもいないのに詐欺師然とした風間杜夫が車椅子のまえにひざまずく。
ボケた老人に向かって叫ぶ。
僕です、死んだあなたの息子です。お会いできて嬉しいです。
事故を起こしたお父さんをうらんだことは一度もありませんでした。
お父さんのことは大好きです。ただそれだけを言いたくて――。
死んだ息子がよみがえるわけがない。風間杜夫はウソをついたのである。
そのウソのなんと崇高なことか。現実よりはるかにとうといことか。
これこそ山田太一が終生追い求めたテーマである。
フィクションを生きる。現実をフィクションでのりこえる。

舞台の幕は閉じた。なんともやさしいじぶんになっていることに気づく。
ありていにいえば感動したわけである。
芝居のなんとすばらしいことか。観客は老人ばかりである。テーマは痴呆。
老人にとっては切実な問題である。老人は笑った。笑うしかないのであろう。
おかげで30歳にもならない若輩のわたしも、あ、ここは笑うところなのかと知る。
連帯が生まれる。孤独を忘れる。ひとにやさしくなる。
山田太一さん、こんなすてきなお芝居をありがとうございました。
あなたのドラマにはいつも笑わされる、泣かされる、考えさせられる。

出会おうと思った。人間嫌いをやめようと思った。ひとを動かす。
山田太一は真の表現者である。
いろいろなことを清算する時期なのかもしれない。
母の自死をひとまえで公開することができるまでに6年の時間を要した。
いろいろ過去からの逃亡をはかったが、結局、逃げ切れるものではなかった。
原点に戻るしかない。母の悲劇と向き合うしかないのである。

「ゆきゆきて、神軍」で知られる映画監督の原一男さんは息子さんを自殺で亡くしている。
原さんはその日、テレビを見ている中学生の息子さんを怠けていると思い、
習っている剣道へ行けと殴った。
そのすぐあとにかれは近くのマンションから飛び降りたという。
かつてわたしは大学で原一男さんに教わっていた。
この話をうかがったとき、なんとも無残なことがあるものだと心を痛めた。
しかし、やはりどこかで他人事だと思っていたところがあった。
母がわたしの目の前で意図的に飛び降りた。
下にわたしがいるのを母は知っていた。
上から存在を確かめわたしの名前を大声で呼び、それから手を離した。
救急車を呼び、ひとまず病院に行った。
母のために死んでいてくれと思った。生きていてほしいという思いはなかった。
あれほど生前、死にたがっていた母である。
何度も死にたいといわれた。それをわたしは小説に書いていた。
どこかで冗談だろうという思いがあった。
じぶんの人生にそんな悲劇は起きないという、いま思えばふしぎな自信があったのである。
だれもいない病院の廊下で死亡確認を待ちながら考えたことを覚えている。
ついにじぶんも「あっちがわ」に行ってしまった。
ああ、こういうものなのかと意識のどこかが冷たく覚醒していた。

翌日、原一男さんのところへ相談に行った。すこしまえに大学は卒業していた。
大隈講堂のまえで人目もはばからず泣きながら母のことを話した。
じぶんのまわりで何が起こっているのかさっぱりわからなかった。
当時、原一男さんにだいぶ影響を受けていた。この監督の映画をご存じだろうか。
キャメラによって、ある人間をぎりぎりまで追い詰めるのが作風である。
キャメラのちからで人間を劇的たらしめる。
なあなあに生きる人間に原一男は興味を持たない。
もともと過激な人間に、もっと激しく生きろ、もっと自由に生きてみろと発破をかけていく。
何のために? すべては映画のためである。いい映画を撮るためだったら何だってする。
いま考えれば、大学生のわたしは原一男という人間の怖ろしさをわかっていなかった。
この映画監督の作品にひかれたのではない。
告白すると、いまでもどこがよいのかわからないところがある。
映画ではなく、人間・原一男がおもしろかった。
全共闘世代というやつである。しかもかれは乗り遅れたくちだった。
だから平成になっても革命だの、自由だのといった古臭い言葉と表現を同一視していた。
思想など、どうでもよかった。原一男の熱さが心地よかった。
かれの話を聞いていると、こんなじぶんでも何かできるのかもしれないと思えた。
一発どでかい花火を打ち上げてみせる。見てろよ、このやろう、という気になった。
当時から家族のことで悩みが多かった。苦しかった。辛かった。
原一男は表現をすることで、それらマイナスを乗り切れると説いていた。
逆に武器になる、とも。
怒り、悩み、苦しみ、こういう感情こそが表現の原動力になる。
葛藤を避けるな。あえて葛藤を起こせ。そこに飛び込んで行け。
そこから切り開いていくのがほんとうの表現である。
わたしはすっかり洗脳されていた。
原一男を継承するのはじぶんしかいないとまで思っていた。
小説を書きながら、原一男のやりかたを実践した。
母の過去をほじくりかえした。
12年前に母が一度自殺未遂をしていたことをその過程で知るにいたった。
まったく記憶がなかったので驚いた。
そんな悲劇が身のまわりにあることが信じられなかった。
劇的なものを見たいと思った。それを小説に書いてやろうと企てていた。
はちきれんばかりの野心があった。なんとかしてみせるとおのれのちからを過信していた。
数年ぶりに父、母、わたしの3人で会う機会を設けたりもした。
その席で、母は完全に発狂した。大声で近親相姦妄想をがなりたてた。
母にはわたしの存在が疎ましかったことだろう。
そっとしておけばよいものを、
わざわざ波風を立てようとするわたしに腹を立てていたことだろう。
わたしが小説を書こうなどと思わなければ、母はあれほど苦しまなくてよかったのである。
3人で会食してから半年後、母はわたしの目の前で投身自殺をした。
これほど劇的なことはないではないか。母が子の眼前で飛び降りる。
生から死へ移行するその瞬間を見せつける。

大隈講堂前の階段に並んで腰かけながら原一男さんにわたしは話した。
あらましをすべて。ほんとうはこう言いたかった。
原一男さん、どうしてくれる? 
あなたの言うとおりに行動したらこんなことになってしまった。
あなたに会わなければ母は死なずに済んだのではないか。
その旨を口には決してださなかったけれども、
おそらくわたしがそう言いたいことを原さんはわかっていたと思う。
何も言わずにうんうんと聞いてくれた。この翌日が、通夜だった。
列席者は親戚3人、母の友人2人のさみしいものだった。
通夜にも葬式にも父は姿を現わさなかった。
それから何度も原一男さんのところへ相談へ行った。
こういう記憶はかならず変容する。だからいまのいまを書きとめておけ。
そう言われて母の自裁直前直後のことを書きつづってみたりもしたがうまくいかなかった。
原一男さんのやりかたは、わたしには真似できないのを思い知った。
たとえば精神病院へ行って患者にインタビューをする。
あるいは、似たような自殺遺児のもとへ話を聞きにいく。
こういうことをわたしはやりたいとは思わなかった。
原一男さんは「書を捨てよ、町へ出よう」を全身で生き抜く表現者である。
活字など死人の遺言にすぎぬ。真実はいまを生きる人間の中にある。
そのようなことを何度、アジられたことか。
最後にお会いしたとき、わたしは「ハムレット」に感銘を受けたことを原さんに話した。
「そうか……」という言葉は、どうしようもない断絶をわたしに感じさせた。
別れる直前、新宿駅で言われたことを忘れられない。
「いいか。中途半端なものは作るなよ。10年かけるつもりでやれ。
これからたいへんだぞ。どんどん、しんどいことが起こるからな。
それでもぜったいに表現をあきらめるなよ。がんばれよ。
ひとにどれだけ迷惑をかけてもいいから、好きなことをやり続けろ」
握手をして、別れた。わたしは去っていく原一男さんにずっと頭を下げていた。

もう6年か。まだ6年か。
最近、ようやく一歩を踏み出したという感がある。
6年経って、ようやく第一歩である。先が思いやられる。
だが、わたしはあのときの思いを胸に抱き続けている。
退転はしていない。ひよってはいない。常に表現のことを第一に考えて生きている。
先ほど、あるひとからメールで叱られた。
何を弱音を吐いている。おまえは表現をするつもりなのだろう。
そのひとの言葉で、原一男さんの記憶がよみがえった。
笑いたいなら笑えと開き直る。笑いたいならこんなわたしを笑ってもらって構わない。
母に目の前で飛び降りられ、小説だなんだと6年もうじうじ悩んでいる。
おかしいか? なら笑うがよろしい。
わたしはこのまま生きていく。かならずじぶんの表現をものにしてみせる。
いつか原一男のまえに、これがわたしの表現だとたたきつけてやる。
原一男ゼミのレポートのテーマは「私が表現したいこと」だった。
わたしはそのレポートをだすことができなかった。
いまだに提出していないのだからあきれたものである。
原一男さんはこんな些細なことを覚えてはいないだろうが、
わたしはずっと気になっていた。6年前の課題をいまもひきずっている。
原点回帰しなければならない。
りんりん餃子をご存じですか?
関東全域に展開する移動販売餃子屋です。
「ぎょうざ~、ぎょうざ~」と拡声器大音量でやってくる。
たったいま大喧嘩をしてきました。「うるさい」と。

以前に1時間近く騒いでいたことがあって、メールを出したことがあります。
移動販売車に「東京ウォーカー」記事のコピーがあり、
そこにアドレスが載っていたもので。
住所氏名を書いて、丁寧にうちの近くには来ないでくれとお願いを。
完全に無視されました。その後もけっこう頻繁に。
ようやく今日、捕獲したというわけです。
これで3度目の抗議。わたしもよくやるわ。毎回、乗車しているひとが違う。
個人がめいめい勝手にやっているわけなのね。
3人とも代表者の名前を知らないという。
だから苦情の窓口がない。困ったものである。
20分近くバトル。最後は飴と鞭の原理で肉餃子を買ってやった。
小さい餃子が10個で500円。いかにも不衛生な車内で「悪いですね」と焼いてくれた。
悪いと思うのならもう来ないでくれ。

食べるのは初めて。ネットではかなり評判がよろしいのがしゃくにさわるところ。
いまビール(雑酒か)を飲みながら食べている。
うーん、どうなんでしょう。500円ってどう考えても高くはないですか?
でも世にはこれを楽しみに待っているひともいるのか。
とすると、わたしも騒音を耐えなきゃならないのかな……。
香りはいい。味はというと、えーと、ふつうの餃子としかわたしの舌は。
このりんりん餃子にも熱烈なファンがいるのだと思うと、はあ、そうなのか。

あはは、笑ってください。
餃子を持ち帰ったら、今度は焼き芋。
「や~きいも、や~きいも」
もう文句をいいにいく元気はありませんでした。
どうしちゃったんだろう。
以前は焼き芋も餃子もぜんぜん気にならなかった。
ここ半年くらいにかかった病気なのです。音恐怖症と勝手に名づけています。
どうしたら治るのでしょう。1年前のじぶんに戻りたい。
この日は「第15回サンシャインシティ大古本まつり」へ。
だが、今までのように喜色満面で参上するわけにはいかなくなった。
憂鬱の原因は引越し。
ついに引越しをしなければならないような雰囲気に……。
引越しとなったら「本の山」の一部(で済むのか?)を売りにださねばならない。
だとしたら、いま本を買ってもどうせ邪魔になるだけなのだから。
今日明日に引越せという話ではない。
しかし、うーん、とうとうこの時が来てしまったか。これは絶望に近いものがある。
読了報告をつづけていてよかったと今更ながら思う。
たとえ本は売ってしまっても、こうして感想は残るのだから。
まだまだ「諸行無常」「色即是空」の境地には到達していない。

古本まつりにしては、なんだか客が少ないような。
古書店がこういう催事をするのは相乗効果を狙っているのだと思う。
みんなが血走った目で本をカゴに入れていると、負けてなるものかとつい自分も真似を。
結果、いらぬ本まで買ってしまう。
客としては、それもまた楽しいのだからよしとすべきだが、今日のわたしはちがう。
ほしい本がないことを喜びにしなければならぬ身なのである。
「文学と人生」を手に取る。講談社の遠藤周作文庫。
このタイトルを見たのは初めて。内容は小説作法的なことが。
買うかとぱらぱらめくっていたらラインを発見。線引き本である。
いさぎよく獲物を放流する。ラインはどうしても許せない。
ライン本を平静に読むことができる自信がないのである。
こんなくだらないところに線を引くなとカッカしてくる。だから買わない。

これは? ある棚のまえに立ち尽くす。
1週間前とおなじである。ところはおなじ池袋。西武ギャラリーだった。
またもやひろさちや及び仏教関係の一般書がぎっしり。
古書店名を見ると、やはり「キクヤ書店」だった。
前回もこの古書店から大量に購入した。あ、ならば探していたあの本はあるか。
棚を光速チェック。発見!

「歎異抄の読み方」(ひろさちや/日本実業出版社)絶版 420円

告白する。「歎異抄」はわたしには難しすぎる。
バカには、ひろさちやがよく似合う。この本をずっと探していた。
まず1冊をカゴに入れる。
ひらめく。これだけ仏教書があれば、もしかしてあれもあるのか。
以前、神保町の某古書店で存在を知る。250円。
帰宅して検索したら絶版。数日後、買ってもいいかなと同店へ。
見事に売り切れている。
それほど読む気もなかったくせに、こうなると悔しいのが人間心理。

「般若心経講義」(紀野一義/PHP文庫)絶版 105円

ぱらぱら開くと、山頭火に言及している。これは読まなければと改めて思う。
まずい、まずいぞ。もう買っちゃいけない。これ以上、本を買ってはならぬのだ。

「ブッダ・ロード―川人忠幸インド写真集」(ひろさちや/角川文庫)絶版 157円

仏跡地の写真集。これもまえからほしかった。
たしか以前見かけたときには800円とかいうふざけた値段がついていた。
このへんで自我が崩壊したのだと思う。
こんなにも探求書を格安で提供してくれるキクヤ書店さんにお礼をしなければ!

「ブッダ 伝統的釈迦像の虚構と現実」(宮元啓一/光文社文庫)絶版 157円
「正法眼蔵を読む」(秋月龍岷/PHP文庫)絶版 105円
「仏教とっておきの話366 春の巻」(ひろさちや/新潮文庫)絶版 157円
「仏教とっておきの話366 夏の巻」(ひろさちや/新潮文庫)絶版 157円
「仏教とっておきの話366 秋の巻」(ひろさちや/新潮文庫)絶版 157円
「仏教とっておきの話366 冬の巻」(ひろさちや/新潮文庫)絶版 157円
「インド仏教思想史 <上下>」(ひろさちや/大法輪閣)絶版 1050円


以上をキクヤ書店さんから購入。
こうなったら、もう怖いもの知らず。おまけに下記2冊もカゴへ入れる。
今日は本を買わないつもりで来たはずなのに(そもそもから矛盾しているぞ!)。

「小説の書き方」(野間宏・編/明治書院) 525円
「死んだ男・てんとう虫」(ロレンス/福田恆存訳/新潮文庫)絶版 105円