2005/08/09(火) 15:13:50

「私の小説教室」(駒田信二/集英社文庫)絶版

→この著者は小説を書いたことがあるらしい。
講師をしている朝日カルチャーセンターの小説教室で
芥川賞作家、重兼芳子をだしたことで話題になったことがあるとか。
本職は、中国文学研究家。
本の内容はぜんぜん小説教室じゃない。
文章作法+著者の回想エッセイといった態(てい)。
だけど満足。老学者のエッセイは滋味があってよろしい。

わけもなく別の本から引用を。
山田太一「異人たちとの夏」巻末の解説文から。
田辺聖子さん。

「小説をどう書くべきか、というキマリなどないのであって、
小説作法なんて本は往々あるけれど、あれは読んだらすぐ忘れるべきものだ。
テクニックのさまざまは否定されるためにある。
自由に書けばいい。
ただ、読んだ後、心に残る結晶が、真実の美しさや、愛であればいい」
2005/08/09(火) 15:12:43

「小説家になる!」(中条省平/メタローグ)

→ブックオフ105円本。
講義形式だから読みやすい。ぐいぐい読めた。
内容といわれても……、だって著者は小説家じゃないんでしょう?
いい小説のひとつでも書いてからこういう本は出版しなさいと言うしかない。

笑えるのが博識自慢。矢継ぎ早に古今東西の作家の名前をあげる。
このくらい常識でしょう、みたいなノリで。
作家志望の高校生がこの本を読んだりしたら打ちのめされるのでは。
わたしもトシだなぁとため息がでた。
著者があげるほとんどの作家を読んでいたから。
というか、少なくとも嫌いな作家としてマークしていたから。
そう、この著者とは小説の好みがあわないんだ。
だから勉強になったということもあるのかどうか。
そういう小説の読み方もあるのかと。

あ、そうそう、指摘をしなければ。
これは小説の書き方ではなく、小説の読み方!
まあ、考えれば当たり前。
中条省平さんは小説を書いたことがないんだから。
2005/08/09(火) 14:09:16

「風呂で読む山頭火」(大星光史/世界思想社)*再読

→もう10回は読んでいると思う。もちろんお風呂で。
俳句や短歌を読むのはお風呂の中がいちばん。
熱いお湯の中だと理性が少し飛ぶのがいいのかもしれない。
俳句・短歌の、物語性および論理性の薄弱が気にならなくなる。
意識(理性)より深いところでの鑑賞を可能にする。


「写真句行 はぐれ雲 山頭火」(写真・真島満秀/小学館文庫)*再読

→きれいな風景写真+山頭火の俳句+日記の抜粋。
これもお風呂で何度も読んだからもうぼろぼろ。
だけど、保存用にもう1冊買ってあるからいいのです。
引用しまーす。

「降る雨は、人間が祈らうが祈るまいが、降るだけは降る、
その事はよく知っていて、しかも、空を見上げて晴れてくれるやうにと
祈り望むのが人間の心だ、心といふより性だ、ここに人間味といったやうなものがある」

「人間は鬼でもなければ仏でもない、同時に鬼でもあれば仏でもある」
2005/08/09(火) 13:35:49

「タイタス・アンドロニカス」(シェイクスピア/松岡和子訳/ちくま文庫)

→新刊で買ったのだから、あはは、1年半も積読していたことになる。
小田島雄志訳で読んだことがあるから再読になるのかな。
何を書けばいいのだろう。感想? まあ、ひとがよく死ぬなあと。
さすが「人殺し色々」(1564年生1616年没)のシェイクスピアである。

なぜか音読していた。が、あるシーンでやめてしまう。
強姦されるラヴィニア。
そのうえ犯人を言わせぬよう舌を切り取られ、文字も書けぬよう手首を切断される。
そんな姪を発見したマーカス。
なにをするかと思えば、シェイクスピア的ともいうべき美辞麗句をまくしたてる。
現代の感覚からするとついていけないわけである。それはちがうだろうと。
解説を読むと、やはりこの場面はわたしが言った意味で欠点とされているらしい。
少しは戯曲読解能力が向上したのかもしれない。


「シェイクスピア『もの』語り」(松岡和子/新潮選書)

→シェイクスピアにまつわるエッセイ。
松岡さんの本は何冊か読んでいるから、おなじネタの使いまわしが気になった。
でも、まあ、いいんです。シェイクスピア、大好きだから。
これを読んだとき、ひどい二日酔いだったのだけど、そんなあたまでもすらすら読めた。
あ、シェイクスピアをまったく読んだことのないひとにはつらいかもしれません。
良くも悪くもシェイクスピアオタクのための本です。オタクでごめんなさい。
でもシェイクスピア、欧米人には一般常識なんですよねえ〜。
2005/08/09(火) 12:59:56

「日本古典読本」(秋山虔・桑名靖治・鈴木日出男 編/筑摩書房)

→日本の古典を読んでみたくなることはありませんか?
ある、だけど……はい、はい、わかっています。
まず何を読めばいいのかわからないし、そんなに時間もない。
だからといって現代語訳ではあじけない。
わかります、わたしもそうでした。そんなときに発見したのがこの一冊。
万葉集、古事記から竹取物語、源氏物語に歎異鈔、杉田玄白に井原西鶴まで
日本古典を100、そのなかでも有名な部分(たとえば「かぐや姫昇天」)だけを
原文のまま採録したのがこれなのです。
もちろんこれでもかと丁寧な注釈もついている。別冊の現代語訳のおまけまで。
数ページごとにあるコラムも秀逸。最新の学説が簡潔にまとめられている。
これだけ贅沢な一冊がわずか1100円で買えるのだからなんともお買得でしょう。

しかし、なのである。
1週間もあれば読めると思っていたけど大間違い。
結局、3ヶ月かかった。
梅雨に入るまえに読み終わろうが、いつしか梅雨明けまでにとなり、
けれどもその目標もかなわず、しまいには終わりはあるのかと疑うまでに……。
考えてみれば分量が半端じゃない。高校の古文教科書の3倍はあるのだから。
毎日、少しずつ読んだ。まず原文。つぎに現代語訳。注釈。最後に音読を二回。
もちろん読まない日もあった。ときには1週間ほどさぼったことも。
しかし投げ出すことはなかった。基本的におもしろいからです。
効用もある。こころがふしぎと落ち着く。
その平安は、ああ、むかしのひとも生きていたんだな、
そんなまこと月並な感嘆なのですが。
読み終わったときは信じられなかった。いささかのさみしさも。
ぼろぼろになったブックカバーがいとおしい。
再読したいけど果たしてできるか、うーむ。
気になったのは平家物語と近松門左衛門でした。
2005/08/09(火) 12:18:01

「精選 東京の居酒屋」(太田和彦/草思社)

→いまや居酒屋評論家の権威となりつつある著者の初期作。
たかがグルメガイドというなかれ。
太田さんの文章は読みごたえたっぷり。
目が舌になったかと驚くくらい味わい深い文章なのである。
お酒を飲みながらこういう本を読むのは極楽というほかない。
情報を更新した新版もでているからガイドとして使うならそちらを。
古本屋ワゴン105円本。