じつはアクセス数が減少しています。
当たり前といわれればその通りでなのです。
無名の人間が書いた稚拙な読書感想文を読んでくださる方のほうがめずらしい。
そして有難い。ほんとうにありがたいことだと思っております。

ひとが来なくても、営利でやっているのではないからいいじゃないかと?
もちろんそうです。だけど、やっぱりさみしいのも事実。
ということで、何か新企画をやろうかと思っています。
すすめられたということもある。
それとそう。
基本的にいまは過去のストックでやりくりしています。
当然、いつかストックが切れる。そのときどうするのか。
そういう問題もふくめて新企画を考えなければと……。

日記?
だめです。劇的とは程遠い日常。
みなさまに楽しんでいただけるものは書けません。
世事へのコメント?
これもちょっと。せいぜい失笑されるのがオチかと。
食べたものの報告?
たとえばいま日本酒を飲んでいます。
久しぶりに熱燗(あつかん)にチャレンジ。
以前は飲めなかったけど、いまはなぜか熱燗がうまい!
そんなことを延々と書き連ねる。
……だれも興味ないでしょう。
せめて写真でもつければ恰好がつきますが、パソコン環境がそれを許しません。

うーん、困った。
結局、いまやっている「買った本の報告」くらいしか思いつかないのです。
あ、数日後にはこの記事を削除して、
新企画など考えなかったかのごとくふるまうかもしれません(笑)。
2005/07/19(火) 18:37:17

「12万円で世界を歩く」(下川裕治/朝日文庫)

→説明はいらないよね。タイトルどおりだから。
15年前の「週刊朝日」企画で、毎月12万円で世界を旅してくるという――。
貧乏旅行エッセイは山ほどあるけど、これは秀逸。大満足。
ひとりよがりの感傷がない。旅先での苦労をことさら強調しない。
つまり自意識とのつきあいかたがうまいのである。
写真が多くそのレイアウトもいい。旅行エッセイでこれだけの本はなかなかない。
2005/07/19(火) 18:37:17

「古本買い 十八番勝負」(嵐山光三郎/集英社新書)

→たまには最新刊をさくっと読むのもいいかと思いまして。
嵐山光三郎さんが仲間と古本屋をまわって収穫を自慢しあうという企画。
十八番勝負だから東京各地の古本屋街をまわる。だから古本屋マップとしても使える。
あと買った本のタイトルと金額をすべて書いている。これってけっこう勇気ある。

このおじさんたちのほしい本のジャンルがわたしとちがうから
なんともいえないとことわっておきながら、
それでもやっぱいいたいんだなぁ。おじさんたち、なんだかな。
わたしも早くあんな買い方をしたいという、うらやましさの裏返しかもしれないが。
だけどさ、そんな高い本をばんばん買うものじゃありません。
定価の3倍も4倍もだして買いながら掘出物と喜んでいるのは、うーん。
それにほんとにそんな本を読んでますか。買うだけで満足しているとしか思えない。
自称研究者がネットで書いていた。
経費で本が買えるようになったら、からっきし読書しなくなったと(本は買うけれども)。

だけどこの本には感謝。先日、このガイドに導かれて荻窪の「ささま書店」へ。
近年にないほどの掘出物の連発でワゴン105円本を15冊も買いましたから。
うん、元は取った。重かった。

(注)当ブログの「買った本の報告」はこの新書のパクリです。管理人 Yonda? 記す。
2005/07/19(火) 18:37:17

「酔いどれ紀行」(山口瞳/新潮文庫)絶版

→探していたので見つけたときはうれしかった。210円。
お酒のエッセイを読みながらお酒を飲む。イイネ、イイネ。

むかしの作家はイイネ。

いまの作家のエッセイはなんでああも味わいがないのか。
おもてなしのこころがないんだろうな。きっと。
山口瞳が各地へ旅行し酒を飲む。それだけなのに、なんでこんなにおもしろい。
山口瞳は山本周五郎を尊敬しているのだとか。
「青べか物語」を再読しようかなと思った。
2005/07/19(火) 17:37:33

「恋の火遊び/令嬢ジュリー」(ストリンドベリ/内田富夫訳/中央公論事業出版)

→ストリンドベリはイプセンと同時代のスウェーデンの作家。
戯曲で有名だが、小説や自然研究、錬金術研究などでも活躍した。
日本では大正時代に大ブームがあったが、戦後は完全に忘れられた作家。
いまでも作品をふつうに新刊書店で購入できるイプセンとは対照的。
ストリンドベリとはどんな作家かと一言でいうなら

キチガイ。

この一語につきる。
みずからの狂気との危うい緊張関係を芸術作品として昇華させる、
その腕ときたら人後に落ちない。
まさしく綱渡り的スリル。いまもっとも関心を持つ作家のうちのひとりである。
作品がぜんぶ絶版なため、古書店で掘り出すひそやかな愉しみもこの作家の魅力。

ところがである。今年の一月に新刊としてでてしまった。
それはそれで嬉しくないこともないのだが翻訳者がいささか。
訳者は文芸とはなんの縁もない元駐スウェーデン大使。
「楽しかったスウェーデン勤務の思い出を何かの形で残したいと願い」
と訳した理由を前書きで語る。
で、巻末にはお約束の訳者顔写真と詳細な略歴(もっと略しなさい!)。

まず「恋の火遊び」を読む。とんでもないわけです。
今まで読んできた本の訳者のすごさがようやくわかった。
素人とプロはかくもちがうのか。
戯曲は会話である。
しかしこれは日本語が会話になっていないのだから。
「令嬢ジュリー」を読むのはこれで3度目。
このひどい翻訳でも「令嬢ジュリー」のおもしろさには舌を巻く。

何度読んでも楽しめる戯曲というものがある。
「オイディプス王」「アンティゴネ」「ハムレット」「マクベス」「十二夜」「かもめ」。
これらはどれも3回以上読んでもまだ感動したもの。
いや、感動が深まったというほうが適切か。
今回、「令嬢ジュリー」が仲間入りした。
別の訳で近々再読したい。詳細はそのとき。
2005/07/19(火) 16:52:32

「深い青い海」
(テレンス・ラティガン/小田島雄志訳/白水社「今日の英米演劇1」)絶版
*再読

→戯曲。ラティガンの代表作。
1年前の感想には、こういうのを読むと生きているのが嬉しくなると大絶賛が。
ストーリー。
駆け落ちまでした恋人から捨てられつつある女、
ヘスターが絶望(自殺未遂)から生きることを選び取るまで。
おなじアパートに住む医者のミラーがなんとも魅力的である。
ミラーはまえに医療事故で刑務所に入ったことがある。
いわばヘスターとミラーは同類、すねに傷を持つ身。
恋人から捨てられることがほぼ確実となり
2度目の自殺をはかろうとするヘスターにミラーはいう。

ミラー「(……)希望を越えたところに行くのです。それが唯一のあなたのチャンスだ」
ヘスター「希望を越えたところに、なにがあります?」
ミラー「人生が。それを信じるのです。そうなのです――ほんとうに」

なおも人生の目的を問う、絶望にくれたヘスターにミラーはいう。

ミラー「わたしにとって、人生の唯一の目的はそれを生き抜くことです。(……)」

結局、問いはひとつしかないと思っている。
「生か死か、それが疑問だ」(「ハムレット」福田恆存訳)。
「真に哲学的な命題は自殺は許されるかである」といったのはカミュだったか。
「完全自殺マニュアル」ふうに言えば「死んじゃえば終わりじゃん」。
しかしそれを乗り越えるのが人間ではなかったか。
ドラマではなかったか。文学ではなかったか。
ラティガンはそのことをわかっていた。
かれが軽薄な風俗喜劇作家などというのは大間違いである。

ふと思い出すは河合隼雄の好きなことば。
「なぜなしに生きる」。
なぜ生きるかという問いに答えはない。
けれども生きているというだけですばらしいことなんだ。
奇蹟といっていい。
だから……「なぜなしに生きる」か。
2005/07/19(火) 15:48:17

「お日様の輝く間に」(テレンス・ラティガン/加藤恭平訳/原書房)絶版

→戯曲。ラティガンはイギリスの劇作家。
大ヒット作品をいくつも書いた。
モットーはその晩の観客をとにかく満足させて帰途につかせる。
そのため風俗劇作家と、芸術的にいちだん低いものとして揶揄するものもいる。
イギリスと日本では演劇の社会的位置がだいぶ異なるから
日本人がラティガンを理解するのは難しい。
ひとことで言えば演劇人口のちがい。
あちらイギリスでは庶民の娯楽として演劇が根づいている。
しかし日本では――。
いちぶのひとたちが何度も行くとでもいうのか。
まあ、娯楽として定着してはいない。

さて「お日様の輝く間に」である。
まいった。読んだのは10日前。覚えてない。
読んだそのときは、なかなかおもしろいラブコメディだとは思ったのだが。
見方を変えれば、これぞラティガンの手腕とも思える。
何度でも劇場に足を運ばせる。
侮れぬぞテレンス・ラティガン。


「ブラウニング訳」(テレンス・ラティガン/加藤恭平訳/原書房)絶版

→戯曲。ラティガンが気になる存在になったのは福田恆存の影響。
福田恆存はラティガン劇をこう評す。

「人間が人間的であることの良さがでている」。

ひとりの人間が英雄にも愚人にもなりうる、それが「人間的」の意味するところらしい。
「ブラウニング訳」の主役は生徒からバカにされている中年教師。
かれの妻は若い教師と不倫の関係にある。
夫である中年教師はそれを知っているが口出しはしない。
そんなかれが学校をはなれるとき、ささやかなドラマが生まれる。
ハッピーエンドでもなんでもない。淡々とした結末。
しぶい。うなった。人間っていいな。


いま発見した。ラティガンの戯曲はほとんどここ↓で読める。
http://www.01.246.ne.jp/~tnoumi/noumi1/eng.html
今回、読んだのもすべて入っている。同系列の劇作家ノエル・カワードの作品も。
ただパソコン画面&横書きの戯曲は並々ならぬ読みにくさ。
PDF版があるから、これをどうにかすれば縦書きに印刷できるのか。
そういうことに詳しくないからな……。