≪神保町のワゴンを狙え!≫


「ヒンドゥ−教とイスラム教」(荒松雄/岩波新書)品切れ 100円
→ここ数ヶ月探していた。
700円とかへんなプレミア価格をつけていたところでこの本の存在を知る。
岩波新書ならすぐに見つかると高をくくっていたら、けっこう難渋した。
でも、まあ、100円でGETできたのだからよしとする。すぐ読みそう。

「ストリンドベルィ」(アトス・ヴィルターネン/宇津井恵正訳/理想社)絶版 500円
→忘れられた作家、ストリンドベリの伝記。
この本の存在はまえから知っていた。安価で買えてラッキーでした。

「仏教とインドの神」(ひろさちや編/世界聖典刊行協会)絶版 500円
→インド関連本には105円以上ださないというマイルールをやぶってしまった。
だいぶ迷った。しかし出版数が少なそうだから仕方なく。

「サントリークォータリー79」 500円
→新刊です。もちろん定価。
実はまだ前号を読んでいない。特集が関心のない「お茶」だったもので。
最新号の特集は「シングルモルト」。こっちを先に読んでしまうかも。
2005/06/13(月) 20:40:29

「インポケット 1985 10 特大号 <特別企画> 村上春樹 vs 村上龍」(講談社)

→「ウォーク・ドント・ラン」だけではなかったのね、このふたりの対談。
前回の対談とは異なり、どちらの作家も自信にあふれているのがなんともほほえましい。
対談の内容を要約すると「あんたは特別、だからおれ特別と言って」。
じぶんこんなに従来の作家と違うんです、おれもです、ぼくもです、の繰り返し。
どこがちがうかというとアメリカ万歳主義。
ふたりともアメリカが好きで好きでどうしようもないらしい。

これ単行本に収録されたことあるのかな。なければ貴重品かも。
内容はまったくおもしろくなかったけれども。
あ、これは春樹が「ノルウェイの森」を書くまえ。
だからまだ(比較的)マイナーな時期。
トリビア的な情報としては、あの大ベストセラー「ノルウェイの森」、
三浦哲郎「忍ぶ川」を意識して書かれたものらしい。
まったく似てないけどね、うーむ。
2005/06/13(月) 20:40:29

「アジアロード」(小林紀晴/講談社文庫)

→結局さあ、などと悟ったようなことを語りたくなってしまう。
結局、読了報告って二種類しかないのではと思う。
本を読む。
その本に読者として満足したか、満足できなかったか。
このふたつに行き着くのではないでしょうか。
純文学も大衆文学もエッセイも戯曲も、結局は……。
はらったお金、つかった時間とつりあっているかという、そこに尽きるのではないか。

この本はアジア旅行エッセイ。
アジア各国で著者が同世代の若者と会話をするという。
きざな文章にうんざり。800円をどぶに捨てた気分。
売文なのに(読者ではなく)じぶんが気持ちよくなってどーする?
2005/06/07(火) 16:52:18

「酒呑みの自己弁護」(山口瞳/新潮文庫)絶版

→お酒を飲みながらこのようなエッセイに目を通す。
至福のときである。
エッセイ、大好き。ことば、大好き。
ほんとはあさましい読書なんてもうしたくない。
がつがつした読書なんていやいや。
知識吸収のための読書は汚らわしい。
物語(小説)を読むのも、なんか意地汚い気がする。
物語乞食ってかんじ。
読書なんてそもそも無益。
その読書の中で役に立たない最たるものがエッセイでは?
だから、あんなに楽しいんだ、ららららら〜♪
2005/06/07(火) 16:36:41

「図解雑学 世界の歴史」(岡田功/ナツメ社)*再読

→何度でも読む。
なにかを学習するのって、おなじ参考書を何回も読むに尽きると思った。
受験生時代は新しい参考書に目移りしてばかりいたけど、もうおとななのだから。
だけど、何回読んでもイスラム史はよくわからん。
東洋史もそう。あれ基本的におなじことの繰り返しでしょ東洋史って。
国ができて衰退して滅ぼされるという。名前がかわるだけで。
あと、つねに周辺の遊牧民におびえつづける。
それでも、こうして何回も読んでいると、
なんとなくわかったような気にならなくもない。
たぶん勘違いだと思う。


「ニューステージ 世界史詳覧」(浜島書店)

→あれですあれ。学校で配られる副教材。
書店で買うと890円。信じられない。安すぎだって。
こんなにたくさん写真が載っていて、しかも総カラー。詳しい解説までついている。
で、1ページ目から最後まで順に読んでいくわけです。
たいがい授業では、あ、ミケランジェロはこれね、と参照するくらいだろうけれども。
おとなはしっかり読む。作成者もわたしみたいな読者がいて喜んでいるのでは(笑)。

うん、おもしろい。世界史にはすべてが包まれていると思う。
哲学、科学といったあらゆる学問。
絵画、彫刻、音楽、文学といった芸術もそう。
宗教も。仏教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教……。
この「世界史詳覧」を読んでいると実感させられる。
古今東西、あらゆる人間の営みの集積が世界史なんだなぁと。
なんか読み終わるころになると、勇ましい音楽(?)を作曲していた。
それを口笛でぴいぴい吹いていた。人間ってすごいな、世界ってひろいな。
こりゃあ、恥ずかしいぜ!
2005/06/07(火) 16:05:37

「一億三千万人のための小説教室」(高橋源一郎/岩波新書)

→まあ、100円で買いましたから。
高橋源一郎の小説は読んだこともない。いまのところ読む気もない。
なんでわたしの好きな作家は小説作法の本を書いてくれないのかなと思った。

内容? べつに革新的な方法論はなし。
好きな作家をぱくるしかない。そんな結論だった。
あと、うーん、恥ずかしいです。
これ見よがしに「AV女優」とか「セックス障害者たち」とか、
そういう類の(サブカル鬼畜系?)文章例を持ち出してくるとこが痛い。
おっさんくさい。
(ちなみに「AV女優」も「セックス障害者たち」もはるかむかしに読んでいます)
「まーあ、高橋源一郎さん、奇抜な髪型、でもそのカツラずれていますよ」
そんな感じの本です。わかりませんか、ごめんなさい。
おすすめできないってことです。


「文章教室20講 朝日カルチャーブックス」(馬場博治/大阪書籍)

→これもワゴン100円本。著者は朝日新聞のえらい記者。
ダメです。持ち出してくる「参考文例」がどうして良いのかわからない。
傑作な参考文例はじぶんが書いた「天声人語」(朝日新聞の有名なコラム)。
あまりにも退屈で最後まで読めませんでした。
おいおい、自信満々にだしといてそれでいいのですか。
そうそう、それと。
文章作法の本でじぶんの書いた文章をお手本としてだすひとはめずらしいのでは。
ちょっと素人には理解できない心理です。

「天声人語」って学校で読まされたけど、なんでどれもあんなにつまらないのでしょう。
あ、そうか。
この本は「天声人語の書き方」に改名すればよろしいのです。
どう書いたら、あのいかにもな「くさい」文章になってしまうのかがよくわかりましたから。
2005/06/07(火) 15:22:03

「東洋の発見」(岩村忍/講談社学術文庫)絶版

→これは「講談社学術文庫66」だけど、この文庫、初期に名作を多数発刊している。
これも隠れた名著。
世界史をなんとか身近にという目的で手にとったら。元は講演。
東西の交流を中心にすえて世界史全体を捉えなおそうというのがこの本。
薄い。わずか123ページ。だけど、世界史をすっきりまとめている。
世界史って1000ページの本を書くのは実はあんがい楽では?
起こった事件を書き連ねていけばいいんだから。
こうやって100ページ強にまとめるのこそ作者の技量が問われると思う。

ほんとわかりやすい。
ギリシアは独創的、ローマは凡庸だがギリシア精神を広める実務的な能力があった。
キリスト教の普及は文化レベルの後退であった。
キリスト教はじぶんの主張とはあわない学問・思想をすべて抹殺したのだから。
こうゆうふうに教えてくれて、次にルネサンスの意味へと入る。
もやもやしていた世界史像がはっきり見えてきます。

西欧=「ギリシア・ローマ」→「キリスト教」→「ルネサンス」→「産業革命」。
中国はこのパターンとはまったく無縁。
始皇帝が統一したときから何度も王朝は変われど、支配構造はみんなおんなじ。
インドはアーリア人が入ってきて作ったカースト制が現代まで生きている、それだけ。
7Cにイスラームの「キリスト」として現れたモハメド。戦争を繰り返すイスラム教。
しかしイスラム教世界にはルネサンスも産業革命も起こらず現代にいたる。

こういった世界観のもと、東西交流を見てみる。
東西交流=「アレクサンドロス大王の遠征」→「モンゴル帝国」→「大航海時代」。
大航海時代までは上記ふたつの例外をのぞいて、西は西、東は東でやっていた。
西はゲルマン人が暴れまわり、
東はずっと中国がじぶんこそ世界の中心だと言い張って(笑)。
それが西の産業革命、大航海時代を経て、東の本丸=中国が植民地化されることで、
利益衝突が生じ、世界戦争のかたちで大規模な東西交流が行なわれて今にいたると。

なんだか世界史がわかってしまったような愉快な心地が。
この本に感謝、感謝です。
2005/06/07(火) 15:00:15

「歴史を考えるヒント」(網野善彦/新潮選書)

→久しぶりに日本史の本を。
まあ、雑学本の類かと。
江戸時代まで日本は農業中心だったというのはウソだ。
じつはその頃にはかなり貨幣経済(商業)が発達していた。
そんな感じに、教科書的な常識をくつがえすことが眼目。
ふーん、歴史学ってこんなことを研究するものなのか。