2005/05/22(日) 10:47:46

「新版 歴史新聞」(歴史新聞編纂委員会/日本文芸社)

→世界史学習計画の一環。
売れたらしいねこれ。世界史・日本史を一緒くたに
新聞の紙面(どちらかというとスポーツ新聞のノリ?)形式で遊ぼうという。
遊び。だからこんな広告も載っている。
「ただいま万葉集編纂中、秀歌募集しています!」みたいな(苦笑)。

日本史はいいのだ。
なんとかして世界史を身近なものにしたいとわらにもすがるつもりで、
こういうおちゃらけた本にまで手を出してしまう。
売れたのはわかる。とっつきやすそうだから一見は。
だけど、これを読了したひとは少ないのでは。
わたしもかなり難渋した。
よく考えたら遊びながら歴史がわかる、そんな都合のいい話などあるものか。

のべ5日かかった。5章にわかれているから1日1章ずつ。
読まない日もあったから読了までに1週間以上は経過している。
かといって読後、達成感があったかというと、所詮は歴史新聞だから……。
アマゾンでは絶賛されているけど、なんかあれ自演くさいな。
売れているはずなのにレビューも2つしかなかったし。
どうなんでしょう。いい年をしてこういう本を買って、
しかももったいないという理由だけで読了してしまうメンタリティー(ため息)。
2005/05/12(木) 20:23:33

「女中たち」(ジャン・ジュネ/渡辺守章訳/「現代劇集」筑摩書房)

→戯曲。フランス産。
演劇ってどこがおもしろいんだろうとふと考えてみる。
というのも、えーと、わたしはどっちかというと
文学ジャンルとしての戯曲に興味があるわけでして。

演劇の法則っていくつかある。
まず半分くらいはこのパターンというのは「じらし」。
主役級の(もしくはキーになる役柄の)役者を最初から出さない。
さんざん他の役者にうわさをさせてから、ようやく登場させる。

もうひとつのパターンは、舞台上の住民はやたら演技をしたがる。変装とか。
役者が演技をして出来上がっている劇内人物が、さらに別の誰かになろうとする。
これをやると演技の二重性で、ひときわ演技が輝くらしい。

なんでこんなことを書いたかというと、
この「女中たち」がそのお約束ふたつを使っているから。
まただあ、と思うわけ。
お芝居を見に来る客なんざ、だまされにきているようなもんだから、これでいいのかな。
別に演劇のパターンを軽視しているわけではない。
へたな前衛劇やブレヒト劇なんかよりよほど好感が持てるのは事実。
だけども、うーん。

姉妹の女中たちは序盤、これでもかと女主人(奥様)の真似(演技)をする。
そして登場する奥様。破局へ――。
これを戯曲で読んで、ふーん、こんなものかと鼻で笑ったけど、
実際に舞台で見たらすんごい衝撃とかあったりするんですかね。
観劇はお金がかかるわりに満足度が低いので敬遠しています。
2005/05/12(木) 15:51:35

「カリギュラ」(カミュ/渡辺守章訳/新潮文庫)絶版

→戯曲。フランス産。
子どもに読ませたくない一冊。でも、それ、本物のブンガクってことじゃない?
うーん、わかんない。
でもね、ひどいんだ、カリギュラさん。王様なんです暴君。
大臣の奥さんを売春婦にするだけのみならず、目の前で手篭(てご)めにしたり。
そうかと思えば、うら若き青年詩人の父親を殺しておきながら、
いまの気持ちを詩にしてみろと命令。
うーん、きてる、きてる、やばいっしょ、これ。
ほーれ、わが王国は不条理であーると高笑いするカリギュラさま、いい、いい。
良い子のみんなは真似しないでね!


「誤解」(カミュ/鬼頭哲人訳/新潮文庫)絶版

→戯曲。フランス産・
閑散とした村で宿屋を営む陰鬱な母娘。
たまには宿泊客を殺してお金をいただいちゃうこともある。
そんなにまで落ちぶれたのにも理由があって、むかし長男が家出をしたから。
そこに帰郷するのは、十なん年ぶりかで帰郷した長男(お金持ち!)。
かれは身分を明かさずその宿屋に泊まる。
母娘は長男とも気づかずにかれを殺してしまう。

コクトーの戯曲にも似たようなのがあったな。フランス人、こーゆーの好きなの?
嫌いだフランス人は。まだるっこしいんだ。
「A=Z」といえばいいものを
「A=B=C=……=X=Y=Z」といわなきゃ気がすまない。
なに? それをブンガクっていうの? ならいらない。

ぽいっ。
2005/05/12(木) 15:15:22

「セヴィラの理髪師」(ボーマルシェ/進藤誠一訳/岩波文庫)品切れ

→戯曲。フランス産。
老医者に閉じ込められたる美少女あり。
それに恋する伯爵は、あえてご身分お隠しに。
老医者はとうとう結婚するという。
ここで出ますは、理髪師フィガロ。
身分は低いが、かなりの知恵者。
伯爵、フィガロに助けられ、
さてさて、にっくき老医者から、
いとしの少女を救出できるか否か〜〜♪

舞台で見たら退屈なんだろうけど、
ここで観客を笑わせようとか演出家気分で読むと、
それほど悪いもんでもない。
すれた読者ではある。ブックオフ105円本。


「フィガロの結婚」(ボオマルシェエ/辰野隆訳/岩波文庫)品切れ

→戯曲。フランス産。
この戯曲のクライマックスは「取り違え」。
演劇の古典的手法。
伯爵さまは召使フィガロの婚約者を横取りしているつもりなのだが、
実はそれは伯爵の妻が変装した姿であり、
観客はすべて知っているから大笑い〜〜♪
客席でこんなのを見せられたらバカじゃんとあくびをしそう。
ふつうは正反対なんだ、きっと。
戯曲で読んでもイメージがわかない。
だけど舞台で見たら腹を抱えて笑うという。
結論、屈折した自意識ってやだね。ブックオフ105円本。
2005/05/12(木) 15:15:22

「 シラノ・ド・ベルジュラック」(ロスタン/岩瀬孝訳/旺文社文庫)絶版

→戯曲。フランス産。
岩波文庫版ではなく、絶版のそれより新しい訳であえて読むのが目利きの証(笑)。
読後、ひとりわめいた。

ブラボー! ブラボー! ブラボー!

それから拍手。いったいだれに拍手しているんだろうとどこかで思いながら。
やっぱロスタンさんにかな。岩瀬さんの訳もよかった。
ご存知、テーマは、人間これ顔か中身か? 
イケメンの阿呆(あほう)か、ブサの天才詩人か?
現代にも通じる普遍的なテーマである。
筋運びにおける古典的なおっとりとしたノリがなんとも味わい深い。
戯曲っていいなと再確認。
このあと、次々にフランス演劇を読む羽目に。ブックオフ105円本。