以前、買ったとご報告した「輝きたいの」(山田太一)。
絶版のテレビドラマシナリオ。
ブックオフ某店で105円GETできたので随喜の涙を流した。
そう書きました。

実はサインが書かれていたのです。
サインペンで「山田太一」と。
あまり達筆とはいえない字体で。
でも、どっかしら芯のある書き方という感じ。
宛て名は書いてありませんでした。
こういうサインの真贋(しんがん)を究明するのは難しい。
先日、もしやと思って「山田太一のサイン」でグーグル検索を。
1件だけヒット。
大成功! 山田太一のサインがうつった写真が!

判明しました。
この本に書かれているサインは本物です!
うれしいなと小躍りしました。
これでいまうちにあるサイン本は「柳美里」「宮台真司」「宮本輝」、
そして「山田太一」です。
つぎはシェイクスピアの直筆サイン本がほしいなと思っています(おいおい!)。
2005/05/12(木) 14:12:47

「源氏物語入門」(池田亀鑑/現代教養文庫)

→いま筑摩書房「日本古典読本」を読んでいる。
読む、というより、勉強している、のほうがただしい。
古事記から江戸時代までの主要文芸作品を100選択。
さらにその中での名場面といわれるところを
詳しい(注)もつけて収録したのが「日本古典読本」。
もちろん現代語訳はついているんだけど、楽じゃーない。
ちなみに源氏物語からは7場面(7つ)。
これがとてつもなく難しいんだ。まるっきりわからない。
そこで、まあ、日本人の常識でもあるし……と手にとったのが「源氏物語入門」。
池田亀鑑先生のご著作には以前もお世話になったことがあります。

この入門書、さすが池田先生というほかない。
あー、源氏物語ってすごいおもしろそうじゃない、なんて思わせてくれる。
源氏物語のどこらへんが世界に誇る文学なのかということも
実にわかりやすく教えてくれる。
これを読んで、もう一度「日本古典読本」を開いたくらいだから。
すると以前はちんぷんかんぷんだったのが、あらふしぎ。
源氏物語がおもしろく読めたのです。

池田マジック? 

……源氏物語はいつか読みたいけど(誰か作家さんの翻訳ででも)、うーん。
2005/05/12(木) 13:46:43

「最後の切札」(福田恆存/「新文学全集」河出書房)絶版

→戯曲。「型」のない芸術はない。
囲いがあればこそ、その中で遊べるのである。
冒険心旺盛な芸術家は、その枠を攻撃の対象にする。
たとえば俳句。
「五七五」という「型」を否定した自由律俳句がある。
ついに主流にはなりえなかったにしろ。

演劇にも大枠がある。前提とでもいおうか。
これに異議を唱えた劇作家が今回の福田恆存である。
なんで舞台のうえでは役者が別の人物になりかわって、
結末の決められた人生を、
さも知らないようなそぶりをしながら演じるのか。
舞台のうえでは実際には役者は死なない、
しかし観客は死んだとみなさなければならない。
ならば劇空間とは何か。
というように追求していくと演劇の「型」にたどりつく。

この戯曲は「型」そのものを舞台にあげてしまおうとした意欲作。
前衛劇といってしまってもよいように思われる。
後年、前衛劇を一笑にふした福田恆存が
劇作の初期にこのような戯曲を書いていたことは、
一見、ふしぎにも感じられようが、ある視点からは当然の帰結と思えなくもない。
タイトルに注意。これは「最後の切札」なのである。
舞台に登場するのは、(芝居すべての鍵をにぎる)ドラマティスト、
まだ名を与えられていない文字通り無名の役者たち、さらには劇評家まで。
福田恆存がこの芝居で挑戦したことの一端を垣間見られよう。
この芝居を「最後の切札」と名づけ、
福田恆存は以後、二度とこのような実験をすることはなかった。
昭和23年。シェイクスピアの翻訳を開始するのはこの7年後のことである。


「現代の英雄」(福田恆存/「新文学全集」河出書房)絶版

→戯曲。駄作。救いようがないほど退屈。
なんかね、上からこれで笑いなさいと強制されている感じがするわけだ。
ストーリーは「マクベス」の亜流。
口八丁手八丁で成り上がった関西人の社長さん。
不幸にも、妻を亡くし会社も倒産。
クライマックスは「おれは負けとらんで」と日本刀を振り回す社長さん。
えええ。これで笑わなければ近代的知性の持ち主ではないと、福田さん?
2005/04/30(土) 12:02:22

「朝日カルチャーブックス45 世界史への招待」(河野健二/大阪書籍)絶版

→世界史教科書の対極にある本。
著者はこれを書くにあたって高校の世界史教科書を入手して驚いたという。
よくもまあこれだけ詰め込んだものだなと。これではみんな世界史が嫌いになると。
だからこの本では細部にとらわれず、歴史の構造を明らかにしようとする。
それが、なんとも大胆というのか。

まず歴史の過程を「軍事化」「産業化」「政治化」にわける。
そして世界史全体をこう位置づけする。
世界史は大まかに「軍事化」→「産業化」→「政治化」と進んできたと。
最初は何よりも軍事力がものを言う時代であったと(古代文明やら中世やら)。
次に各国の産業力が重んじられる時代が(産業革命、大航海時代)。
その結果、資本主義(共産主義)の成立、帝国主義、世界規模の戦争といった
政治が重視される時代になった。

上記は全体的に世界史を見た場合。
でも各国史別に見ても、各時代ごとに見ても当てはまると著者はいう。
まず力でもって征服(軍事)。
経済基盤を安定させる(産業)。
それから宗教などを利用した人民の統治(政治)。
時間がたつとかならずそれもほころびを見せ(腐敗)、
また軍事力でもって体制がくつがえされる。
歴史というのはこの「軍事化→産業化→政治化」のサイクルである。
このサイクル構造を見極めたうえで世界史を勉強しようというのが本書。

この本のもとになったのは朝日カルチャーセンターでの講座。
なんと受講者は20人ちょっとだったらしい(著者は別に恥じてはいない)。
もったいないというか、贅沢の極みというか……。
こういった形で書籍化したのは大正解です。
2005/04/30(土) 10:45:33

「評論家入門―清貧でもいいから物書きになりたい人に」(小谷野敦/平凡社新書)

→おすすめ。今年読んだ本のなかでいちばん笑った。
著者がどれだけ笑わせる意図をもって書いたのかはわからないけれども。
小谷野氏(「こやの」と読むらしい、何度確認しても忘れる……)の自己イメージは
舌鋒鋭い論客のようで、みずからを「獰猛な生き物」と形容しておられる(209ページ)。
でも、ほら、ベストセラー作家(「もてない男」!)小谷野氏のお顔を見たことある?
……ふふふ、まあ、そういうズレがこの本の魅力なわけです。
小谷野氏、笑わせるのがうまいわけでは決してない。
しかし笑われるのが天才的にうまいというタイプ。
まあ、結果的にはどっちも笑いが取れているんだからこれは芸でしょう。

本著の内容? 
うーん、まとまりはないし、著名な評論家への納豆的揶揄が大半。
決して「評論家入門」ではない、最後はみんなエッセイストになろうと結んでいるし。
ダメだ。かぶとを脱ぐ。負けた。
当方非力ゆえ、この本のおもしろさを的確に表現することができません。
ぜひ書店でお手にとってみてください。
あ、情報。ベストセラー「もてない男」で

700万円稼いだとのこと。
2005/04/30(土) 10:10:49

「キャラクター小説の作り方」(大塚英志/講談社現代新書)

→古いのばっか読んでいるせいで脳にカビが生えると困ると思い
オタク文化評論家の本を手に取る。
こういう本だけは読まないぞとずっと決めていたのですが、
いやそれが壁だ、のりこえようと。

が、最初からつまずく。キャラクター小説ってなに?
筆者いわく「スニーカー文庫のような小説」のことらしい。
あちゃー、スニーカー文庫も知らないんですけど。
スニーカー文庫とはカバーにアニメの漫画(?)が書かれた文庫のことだそうだ。
そんな本が出版されていたとは知らなんだ。
じゃあ、なんでこの本を買ったのかって?
いやね、この本の帯には「純文学、ミステリーからライトノベルまで」
と書いてあったもんで。
それと「多重人格探偵サイコ」という漫画はそんなに大ヒットしたのでしょうか?
筆者が原作者だそうで、ことあるごとにこの漫画のことが言及されますが。
聞いたことないな、「多重人格探偵サイコ」?
まあ、そういうやつの書き方を、文学史とからめて教えましょうという本です(たぶん)。
で、技術指南書のはずが、なぜか結論があって、
「スニーカー文庫のような小説」がいま最も新しい文学だと。
(あるいはそうなる可能性を秘めている)。

本書で何度も「文学」(自然主義文学がどうのだの)が論じられるのには苦笑。
そりゃあ、アニメや漫画にしか接していないひとにはもっともらしく思えるでしょうけど。
なんか胡散臭いんだ。じぶんはアニメや漫画の住人だけど文学もわかってるんだと?
もうアニメや漫画がのほうがかつての文学の位置にいるのに
筆者の脳内は旧態依然のようです。