04/06/23 17:36

「大道を歩む 私の人生記録」(池田大作/毎日新聞社)

→現役の作家で尊敬しているのは何をおいても宮本輝です。
いちばん影響を受けているといってもよいくらい。
で、その宮本輝が尊敬しているのが、ご存知、創価学会名誉会長の池田大作さん。
なら一冊くらい読んでみようと昨日あるブックオフに立ち寄った。
その百円コーナーに捨てられていたのがこの本。
いや、買うのが恥ずかしかったこと(苦笑)。
読んでみてじぶんの歩むべき道がわかった、となるはずもなく、え、どうして?
なんでどうして宮本輝ともあろうお方がこんな人を尊敬するの?

この本の文体はタレント本の典型的なあれ。あのゆるいやつ。
内容も、なんというのか、外国に行って偉い人と会いましたよという報告と写真。
池田大作は詩人でもあるらしく(初めて知った)、いくつか詩も掲載されていた。
けれどもその詩のどこが良いのかわたしにはさっぱりわからない。
わからない、というより、むしろ気持ちが悪い(ごめんなさい全国数百万?の学会員さん)。
なんなんだろう創価学会って。個人的には学会にとりたてて好印象も悪印象もない。
接点がなかった。今まで学会員というものと人生で出会ったことがない。
予備校の夏期講習で日本史の先生が日蓮を説明するときに
おびえていた記憶があるだけ(笑)。
以前、学会員の受講生と日蓮関係でトラブルがあったらしい。
わたしも悩みが多いから折伏(しゃくぶく=勧誘)にきてくれたら
一発で落ちるんだけどな。
おそらく仏縁がないのでしょう。
04/06/23 17:13

「新潮四月臨時別冊 宮本輝」(新潮社)*絶版

→ずっと探していて、いざ見つけたら安心してしまって長いこと積んでいた本。
アルバム(家族写真まで)、小説の書評、ご友人のエッセイ、充実した年譜などなど。
宮本輝の素顔がわかる特集本です。
若い頃の写真を見ると、げっそりとやせ細っていて目がぎらぎらでなんだか怖い。
それはそれとして、やはり宮本輝は批評できない作家なのだと改めて思った。
福田和也をはじめとして多数、宮本輝の小説を論じていたけど、どれも不満。
年譜もふくめ創価学会への言及はなし。
瀬戸内寂聴が「宮本さんは仏教徒で……」と書いていたのが唯一。

こたえたのは「宮本輝の編集するページ」。
その中の「オレの嫌いなもの」。
どういう人間が嫌いかということを十四、箇条書きにしている。
たとえば「人の幸運や幸福をねたんで、やっかむ輩」など。
わたしだ……。
これだけではなくその十四箇条すべてに当てはまる。
十四箇条に続けて「まだまだあるだろうが、つまるところ、デリカシーがなく、
姑息で勇気がなく、人を許さないくせに自慢や自己弁護ばかりするやつのことである」。
ごめんなさい、宮本輝さん……。
会ったらいきなり怒鳴りつけられそうだ……。
大好きなんだけどな宮本輝。
04/06/21 10:07

「世界の中心で、愛をさけぶ」(片山恭一/小学館)

→いいな片山恭一さん。
漫画化、映画化、テレビ化で、もう一生遊んで暮らせるくらい稼いだんじゃないかなぁ。
たぶん今度はステータスアップをねらって「片山恭一の恋愛入門」とかだしそう。
「リング」で稼いだ鈴木光司さんが「子育てパパ」のキャラクターで
論客(笑)にレベルアップしたみたいに。
おっと、話が脱線してしまった。
35分で読了。立ち読み。
感想? いいと思います。売れたんだから。
04/06/21 09:47

「道頓堀川」(宮本輝/新潮文庫)*再読

→これを最初に読んだのはたぶん高校生のとき。
それからもう何度読んだのか。今回で4度目かな。
作品は変わることがないが、読み手は変わる。

数年前は宮本輝の小説から生きる希望をもらっていたけど、
いま氏の小説を読むと絶望してしまう。生きていくのがいやになる。
むかしは宮本輝の小説が「ほんとうのようなウソ」に見えた。
よくもこの残酷な現実から美しい造花を作るものかと感嘆、感動した。
でもいまは宮本輝の小説が「真っ赤なウソ」にしか見えない。
少しもほんとうらしく見えない。
もっと言ってしまえば、それは「南無妙法蓮華経」(創価学会)の世界でしょと。
わたしの住むところとは別世界に思えてしまう。
かといって「南無妙法蓮華経」とはいえない。いえないことに絶望する。
相変わらず宮本輝の小説は読み物として十分おもしろい。
才能に畏怖するのはいまも同じである。
しかし、読後、小説と現実の落差に絶望してしまう。
小説が美しいものであればこそ、それに反比例して醜くなる「こちら側の現実」。
するとひたすら「現世利益」をのぞむ小説内の人物にも距離感を覚えるようになる。
「南無妙法蓮華経」といえぬものはどうしたらいいのか。

混乱した文章でごめんなさい。うまく整理できませんでした
04/06/21 09:22

「螢川・泥の河」(宮本輝/新潮文庫)*再読

→山頭火の句を思い出した。

「生死の中の雪ふりしきる」

この句の前書きに「生を明(あか)らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり」という
「修証義」からの引用がある。生とは何か、死とは何か。
山頭火の歩いたこの道を宮本輝も歩いたのだと思う。
その歩みは、どこへ向かうのか。
今回、宮本輝のデビュー作ふたつを久しぶりに再読してそぼくに感じたのは、
「よくひとが死ぬなぁ」ということ。
短編にもかかわらず二作とも二人の人間が小説内で死ぬ。
「泥の河」にいたっては、いきなり死の描写からはじまるくらいである。
「死」から小説をスタートさせた宮本輝は「性」に行き着く。
「泥の河」では盗み見る性交、「螢川」では螢が踊り狂うなかできらめく思春期の性。
のちに展開する宮本文学の枠組みがこの「螢川・泥の河」にしっかりと凝縮している。
そんなことを思いました。
04/06/21 08:51

「青が散る」(宮本輝/文藝春秋)*再読

→まいったなと思った。かなわないなと思った。
もう五度目か六度目の再読だけれども、いっこうに色あせない。
こんな美しい小説を一作でも書いた作家なら、
たとえ創価学会信者だろうが、
芥川賞選考でお茶目な選評をだそうが、
いまは説教マシーンに成り果てようが、
そんなことはすべて帳消しになると思うのである。
ただこの「青が散る」一作で。
こんな美しい小説を書けるひとがいるなんて。
宮本輝は誰がどういおうが天才である。
中上、龍、春樹など宮本輝のまえにでたらなんと軽く見えることか。

文庫には解説がつく。宮本輝の文庫本の解説を見てください。
ひとつとして「まともな」解説がない。どういうことか。
宮本輝の小説は批評できないのである。分析できない、他と比較できない。
ただ美しいと感嘆するほかないのである。
また宮本輝自身もそれ以外は読者に求めていないでしょう。
批評ではなく感嘆符を要求する小説、
そんな小説を書ける作家は宮本輝のほかにいません。

今日から買った本のタイトルと金額を公開してみることにします。
スーパーなどで気になりませんか? 他人のカゴの中(笑)。
続けるかどうかは未定です。


「長靴をはいた牡猫」(ティ−ク/大畑末吉訳/岩波文庫)157円

「ブリタニキュス」(ジャン・ラシーヌ/内藤濯訳/岩波文庫)157円

「インド民話集」(渋沢青花/現代教養文庫)150円

「中国の屏風」(サマセット・モーム/小池滋訳/ちくま文庫)200円

「私の文章作法」(清水幾太郎/中公文庫)105円


いちおう今回のはすべて絶版・品切れです。