04/05/25 13:28
「聖火」(モーム/菅原卓訳/白水社「現代世界戯曲選集」第5巻)絶版
→戯曲。イギリス産。
サマセット・モーム。
日本では小説家としてしか知られていないけど、
イギリス演劇史のうえではけっこう重要な役割を果たしていたりする。
ウェルメイドプレイの系譜。
だけどモームの戯曲で邦訳があるのは(調査すると)おそらく六作だけ。
そのなかの貴重な一作がこれ。昭和29年刊行。そこそこぼろぼろ。300円で購入。
買ってきた日に読んだんだけど、これがおもしろいんだなぁ〜。
久しぶりの傑作戯曲。優れた戯曲を読むと幸福な気分になる。
だれにでも笑いかけたい気分。
下半身付随で寝たきりの長男が原因不明の死亡。
さて犯人は母親か妻かそれとも自殺か――。
巧みなストーリー構成、どきどきさせるサスペンス、意外な落ち、豊かな人間描写。
わたしだけが知っている名作です。
04/05/25 13:28
「織工」(ハウプトマン/久保栄訳/岩波文庫)品切れ
→戯曲。ドイツ産。
ハウプトマン(1862-1946)はドイツの近代劇の創始者。
演劇史的にいうと近代劇といえばイプセン。
その影響のもとにストリンドベリやらバーナード・ショーがでてきた。
そのドイツ版がこのハウプトマン。代表作がこれ。
内容。
悲惨な労働条件の中、困窮する織工たちは団結して工場主に反旗を翻す――。
だからといって決して革命賛歌の劇ではなく、
暴徒となった織工たちを客観的に(ある意味では冷徹なまでに突き放して)
見る作者の視線がある。
作品としておもしろいかと聞かれたら否だけど、演劇史的観点からは興味深い。
王様の葛藤とか貴族の恋愛遊戯ではなく、
ついに資本主義社会を描く戯曲が現れたのかと思うと。
薄いし、読んでおいても損はない古典。
「沈鐘」(ハウプトマン/阿部六郎訳/岩波文庫)品切れ
→戯曲。ドイツ産。壮絶につまらない。今年のワースト1はこれに決定。
イプセンの「ペール・ギュント」と同じで、
何かの民話が下敷きになっているはずである。
まったくわからん。
2時間で読み飛ばせたのは外出する時間が迫っていたから。
イプセンの「ペール・ギュント」もそうだけど、復刊リクエストがでているんだよね。
教えてあげたい。つまらないからおやめなさいと。
04/05/25 12:32
「戯れに恋はすまじ」(ミュッセ/進藤誠一訳/岩波文庫)
→戯曲。フランス産。
ミュッセ(1810-57)はシェイクスピアから影響を受けたとのこと。
ミュッセってどんな人かと聞かれたら、そうだな、うーん。
大恋愛をしたせいで、恋愛ものばかり書いていた人って感じかな。
大作家じゃないよ小物、極小(苦笑)。
でもまあ、おフランスものだから、
好きな作家にミュッセとかあげたらちょっとセレブかも。
テーマは恋愛と嫉妬の関係。
ほら、あるじゃん。
好きなひとへのあてつけにわざと好きでもないひととデートして見せつけるとか。
そうあれあれ。
だけどストリンドベリの半分の迫力さえない。上品なんだな、ミュッセは。
内容。
王子様は婚約者がつれない態度を取るので、村娘を愛しているようなふりをしました。
ほら見たことか、嫉妬にかられた婚約者と王子様は大恋愛へ。
しかし王子様の愛を本気にしていた村娘はだまされていたと知り自殺する――。
だーかーら、「戯れに恋はすまじ」! チャンチャン♪
「マリアンヌの気紛れ 他一篇」(ミュッセ/加藤道夫訳/岩波文庫)品切れ
→戯曲。フランス産。
恋愛、恋愛って、もうミュッセうざすぎ(ため息)。
とくに西洋は神への愛と人間の愛がごちゃまぜになっているからしつこいんだ。
コックさん、油を使いすぎだよって感じ。
おまけ(他一篇)についていた「バルブリーヌ」のほうがまだ読めた。
シェイクスピア「シンベリン」と同じで、
貞節な妻が夫の留守中になびくかどうか、夫と友人が賭けをする――。
04/05/25 11:47
「反劇的人間」(安部公房とドナルド・キーン/中公新書)絶版
→対談本。対談にも良い悪いがあるのをご存知ですか。
Aがあることを言う。
このAの発言に刺激されて、Bは今まで考えてもいなかったことを言ってしまう。
いわばAに言わされる。
この繰り返しで、話が思いもよらなかったところに飛ぶ。
これが良い対談なわけである。
一方でこういう対談がある。
Aの発言とはまったく無関係に、以前からの主張をBが言う。
そのBの発言とは、なんの関係もなく次にAが話す。
こんなのは二冊の口述筆記本を交互に読んでいるのとかわりない。
悪い対談の典型である。
つまり芝居と同じということになる。
うまい俳優というものは、相手のセリフをよく聞くといわれている。
さて、この「反劇的人間」は、うーん、良い戯曲にはなっていなかった。
そうなのだ。良い対談とは良い戯曲と同義である。
04/05/25 11:26
「緑色のストッキング・未必の故意」(安部公房/新潮文庫)絶版
→戯曲。収録作品は四つ。タイトルになっている二作のほかには、
「愛の眼鏡は色ガラス」「ウエー(新どれい狩り)」。
この文庫本はどうしてもほしくてネットで買ったんだけど高かったな……。
定価520円のを980円で。送料を入れたら1300円近くもかかった。
それほどの価値はあったのかと考えると、うーん。
安部公房(戯曲)の特徴は「ありえねー」状況に凡人を送り込むところにある。
そこでの凡人のリアクションを喜劇として見せる。
観客は大笑いして帰宅すると、あれっと思う。
永遠に続くように思われていた日常生活が別の相貌を帯びて見えるからである。
というのが安部公房戯曲(小説も?)の根本。
カフカ「変身」の系列上にあることはわたしが指摘するまでもない。
よってその戯曲がおもしろいかどうかは発想の巧拙にのみかかる。
卑近な例をあげると、ドラえもんの作者と作品誕生の経緯が似ている。
子供の発想。あんなこといいな、できたらいいな♪ という。
結果、成功しているのは「緑色のストッキング」「ウエー(新どれい狩り)」。
残り二つは失敗。
安部公房戯曲の最高傑作「人間狩り」を改作した「ウエー」には期待していたけど、
なんかな(まあ笑えるが)。元のままのほうがおもしろいのにと残念。
04/05/20 10:59
「悪口学校」(シェリダン/菅泰男訳/岩波文庫)
→退屈な戯曲。イギリス産。
戯曲は勝手に上演時間(この本なら二時間半)を設定して一気に読むようにしている。
だけど、この戯曲は一幕目でストップした。
サロンもの。つまりお金持ちのおじちゃん、おばちゃん、お兄ちゃん、お姉ちゃんが、
愛してるだの恋してるだの嫉妬だの破産だのというふうに繰り広げる喜劇。
屏風シーンが有名とのこと。
ある人が屏風の中に隠れて会話を聞いているのに、
そうとは知らないものがうっかりしたことをしゃべってしまうという。
典型的なお客に受ける(笑わすことができる)シーンというのがいくつかある。
催笑作劇法とでもいうのか。その古典的な一方法を学んだと納得する。
「人の世は夢」(カルデロン/高橋正武訳/岩波文庫)
→退屈な戯曲。スペイン産。
人生は夢のようなものだと不遇な王子が悟り、
今まで自分を虐待してきた父親の王様と和解する物語。
学者さんだったら言いそうなことをたまには書いてみよう。
ギリシア悲劇の場合、神の予言(預言)はかならず的中する。
だが17世紀に書かれた本作では王子は暴君になるという予言はあたらない。
ここに人間中心主義、または人間性への信頼を見て取れる。
だからなに?
と問われたら「べつに」と答えるしかないけれど、学問なんてそんなもの(ごーまん!)。
「サラメアの村長」(カルデロン/高橋正武訳/岩波文庫)
→退屈な戯曲。スペイン産。
自分の娘を軍人にレイプされた村長(身分は農民)が
仕返しにその軍人を縛り首にする。
だが、村長は罰せられず反対に国王から誉められる。
何気にレイプシーンがえろい。
というのが、学者ではないふつうの読者の読み方。
04/05/17 11:38
「ケペニックの大尉」(ツックマイヤー/杉山誠訳/筑摩書房「近代劇集」)絶版
→戯曲。ドイツ産。
ちょっと関係のない話を。
これが入っている筑摩書房世界文学大系90「近代劇集」。
古本屋前のワゴンでよくお見かけするあれです。
これまでの読了報告に頻繁に登場した。
すごいんだこれ。活字が三段組み。わかるかなぁ。
ページにずらっと文字ばかり。
そのおかげでページを食う戯曲を9つも一冊の本に入れることに成功。
だけど、とっても読みにくい。目が痛くなる。
今回ここに収録されている戯曲をぜんぶ読み終わったわけですが、
この一冊を読了したのは日本でわたしのほかにあと何人くらいいるのでしょう(苦笑)。
この「近代劇集」に入っている中でいちばん無名なのが「ケペニックの大尉」。
べつに読まなくても良かったんだけど、どうもそういうのって落ち着かなくて。
で、読了。国家風刺劇。
前科者の乞食が大尉の軍服を着たらみんなへいこらするという。
注目点はひとつだけ。この大尉の軍服が真の主役で、着る人の変遷が筋と重なるところ。
「トロイ戦争は起こらない」(ジロドゥ/鈴木力衛他訳/筑摩書房「近代劇集」)絶版
→戯曲。フランス産。ギリシア悲劇の変奏戯曲。
ラシーヌといい、アヌイといい、サルトルといい、
フランスの劇作家ってほんとギリシア悲劇が好きだよね。
ギリシア神話的な知識がないとつらいかも。
たとえば太平洋戦争、日米開戦直前、真珠湾攻撃はとめられたのか?
というのが、この戯曲の(いわば)普遍的なテーマになる。
複数の人間がなんとかトロイ戦争をとめようとする。
さあ、どうなるか。
「トロイ戦争は起こらない」のか? 読んでのお楽しみです。
04/05/17 10:57
「リリオム」(モルナール/徳永康元訳/岩波文庫)品切れ
→戯曲。ハンガリー産。ひさびさにおもしろい戯曲に出会った。
バカだから、こういうのが単純なのが好き。難しいのはだめ。
うんうん、音楽は中島みゆき。主役のリリオムは柴田恭平しかいないっしょ(若い頃のね)。
この配役からもわかるように、驚くくらいこの戯曲は日本の大衆娯楽映画っぽい。
チンピラやくざの柴田恭平。
いけないと知りつつほれてしまうのは田舎から上京してきた娘さん。
ふたりは結婚する、ああ、美しき純愛よ。
だけど柴田恭平はまじめに働くことなどせず、妻につい手をあげてしまう毎日。
おれはね、かたぎにゃなれないの、
大物だから、いつかでっかいことを……そんな口癖。
妻の妊娠を知った柴田恭平は喜ぶ。ここらで、一発、どかんと。
悪友にすすめられて銀行強盗を企てる柴田恭平だが――(予告編終わり)。
「西国の伊達男」(シング/山本修二訳/岩波文庫)品切れ
→戯曲。アイルランド産。訳は古いけど、おもしろいんだなぁ。
これも偶然、主役は柴田恭平できまり。
伊達男で軽薄そうで笑顔が甘い、若い頃の柴田恭平(笑)。
田舎町の酒場にふらりと立ち寄った柴田恭平に町の女は大騒ぎ。
聞くと柴田恭平は故郷の町で父親を殺してきたというじゃないか。
うーん、影があって最高とこうなる。
町一番のいい女(若い頃の倍賞美津子)もこの放浪の殺人者にベタぼれ。
だけど、実のところ柴田恭平は故郷の町ではまったくのダメ男。
女から相手にされたこともない。
口八丁手八丁でほらをふく柴田恭平。
そしてそして、なんと実は死んでいなかった彼の父親が息子を探しにやってくる
――(予告編終わり)。
上の「リリオム」もそうだけど、ちょっと設定を変えれば現代でも通用する。
そこが古典の魅力なのだと思う。
たとえばこの「西国の伊達男」だったら。
舞台は公立中学校。
転校生がやってくる。うわさではまえの学校で傷害事件を起こしたとか。
クラスの女子は大騒ぎ。
いじめられっ子だった転校生が一転、新しい学校ではモテモテに。
ところがいとこが転校前の学校にいるというクラスメイトが現れ――。
なんてね。