04/01/25 12:23

「令嬢ジュリー」(ストリンドベリ/板橋憲明訳)

→戯曲。スウェーデン産。演劇のパンフレット。
海外劇団の来日公演のときのパンフレットだからか、日本語訳がぜんぶ載っている。
ネタバレOK? いきます。

ジュリー(25)はおてんばなお嬢さま。
召使のヤン(30)をからかいます。
というのもヤンはちょっといい男。年上の料理女(35)を内縁の妻にしている。
ジュリーは思うわけです。階層の低い人間ってなんておもしろいの。
本も読まない、芸術も知らない、そのくせ毎日それなりに楽しそうに生きている。
雑用をして、お酒を飲んで、女を抱いて、そればっかりの毎日のどこがいいのか。
そんな下僕のなかでヤンは恐れ多くも自分に気があるらしい。生意気。愛人もいるくせに。
だから、からかうわけです。
ヤンがちょっとでもその気になったら身分をわきまえよと平手打ち。
お祭りの日、父親がいないのを見計らってふたりは台所でビールを飲んでいます。
キター! 宴会をしていた下僕連中が台所に来る気配がします。
ふたりだけでお酒を飲んでいることを見られたらジュリーの名誉にかかわる大問題だ。
とりあえず僕の部屋に、ええ、何もいたしませんからと召使のヤン。
ところがどうだ。でてきたふたりの様子はがらりと変わっている。
力関係が逆転しているのです。
ふたりで海外に逃げようと令嬢ジュリー。ホテルでも開きましょうよ。
はあ? 金がないだろバカヤローと一転、強気になった召使ヤン。
責任を取りなさいよとヒステリーを起こす令嬢ジュリー。
うるせー、おれに命令するな、おれのまえであんな格好をしたこの売春婦めがと召使ヤン。
いや、売春婦でもあんなことはしねえぜお嬢さん、と卑しい下僕根性が丸出し。
心中しましょうと令嬢ジュリー。おれは生きていたいんだと召使ヤン。
父親が帰ってきた様子。令嬢ジュリーはパニック。どうしたらいいの、命令して。
ここで召使ヤンの取る態度が感動的です。納屋で死になさいとカミソリを持たせる。
令嬢ジュリーはひとり戸口からでていきます。

恋愛を闘争(力関係)と見ているストリンドベリ先生。
でもこういう物語が可能になるのはそこに階級(差別)があるからなんです。
じゃあ、現代日本。周りを見回すと平坦極まりない。
突き出たところも、くぼんだところもない。
問う。現代人は真に愛しうるか(半笑い)。
もっと差別を、もっと嘲笑を。差別用語を復活させよ(冗談ですからね)!
すべては芸術のために(本気にしないでください)!

「真の芸術家は、妻を飢えさせ、子供を裸足で歩かせ、
自分の生活のために齢七十の母親を働かせても、
自分の芸術のためでないとなれば、
自らは何もせぬものなのだ」(「人と超人」バーナード・ショー)
04/01/25 11:58

「ピグマリオン」(バーナード・ショー/倉橋健訳/「ベスト・オブ・ショー」白水社)品切れ

→戯曲。大傑作。こんなおもしろい戯曲があったとは。世界は広い。
バーナード・ショーは天才です。「読んでみて」というぐらいしか、言葉がでてこない。
読んでいて何度笑ったことか。幾度、うまいなぁと舌を巻いたことか。
完全なるエンターテイメントにして、同時に深い内容もあわせもっている。
つまりはおもしろくて、考えさせられる。大衆も学者さんもみんなニコニコ大満足。
「マイ・フェア・レイディ」の原作だからストーリーはご存知だろうけど。

――独身でお金持ちのおじさんが道端で貧しい花売り娘をひろいました。
友人と賭けをしたのです。この小汚い田舎娘を半年で社交界デビューさせられるか。
一人前のレディにすることができるかどうか。
お得意の人間描写がもうたまらない。人間をバカにしきっていて最高。
でてくるひと、ひと、みんながほんと笑えるんです。おかしいんです。
04/01/25 11:27

「人と超人」(バーナード・ショー/喜志哲雄訳/「ベスト・オブ・ショー」白水社)品切れ

→戯曲。イギリス産。ご存知、「人と超人」。国語便覧には必ず載っている名作。
哲学的喜劇。名作中の名作にしてバーナード・ショーの代表作。
……(口にしかけてやめる)……(ええい)だけどね、つまらないんだ、ほんとはね。
第三幕に登場人物が見る「夢」があるんだけど、ここを読み通すのは地獄。
まさしく悪夢。
でも腐っても名作。みなさん教養としてストーリーぐらいは知っていたいのでは?
お教えします。まず三角関係ありき。男、男、女。
男1は女に熱愛。男2は女を恐れている。
男2は女の恐ろしさを知っているがために逃亡をくわだてる。
が、失敗。ラスト、女は男2を見事ものにする。
以上がストーリー。
つぎに哲学的なテーマ。人類の目的は「子孫を残すこと」、ただそれのみにある。
よって女はより優秀な遺伝子を求めて、いったんイイオトコを見つけたら
けだもののように獲物を手中におさめる。
恋愛などロマンでもなんでもない。
ショー先生はそう口にすると皮肉な笑みを見せる。


「ウォレン夫人の職業」(バーナード・ショー/小津次郎訳/「近代劇集」筑摩書房)絶版

→戯曲。きっと「人と超人」だけでバーナード・ショーを嫌うひと、多いんだろうな。
これおもしろい。何がおもしろいって、バーナード・ショーの人間描写。
ああ、このひと人間が嫌いなんだなとびんびん伝わってくる。女が嫌い、男も嫌い。
人間なんてバカばっか。そのくせ偉そうで、いっちょまえに怒ったり泣いたり。
煮ても焼いても食えないもの。それは人間!
わかるよショーさんと苦笑いしたくなる。
わたしも人間なんて大嫌いだから。もちろん自分もふくめて。
さてさて、ウォレン夫人の職業はいやしい売春斡旋業。
彼女の一人娘はその商売で得た金で大学まで行かせてもらった。
この母と娘の葛藤が、この戯曲の中心線となる。
04/01/25 10:40

「演劇ってなんだろう」(井上ひさし/筑摩書房)

→いろいろなテーマについての多様な演劇関係者の座談会を集めたのがこれ。
劇場について、女優について、演劇プロデューサーについて、などなど。
でもほんとなんだろうね演劇って。わたしが関心をもったきっかけはシェイクスピア。
その翻訳がきっかけで福田恒存。
180度正反対の寺山修司、前衛演劇になぜかも興味をもつ。

かと思えば、福田恒存訳の「オイディプス王・アンティゴネ」に魂を激震させられ、
ギリシア悲劇をぜんぶ読むなどという愚行を敢行する。
ふとしたことからテネシー・ウィリアムズを読んだらこれがおもしろい。
シェイクスピアやギリシア悲劇がバカらしくなるくらいに。
つづいてウィリアムズのライバルであるアーサー・ミラー。
同時代作家のピーター・シェーファー。
ここらへんで劇書房の存在を知る。劇書房ベストプレイシリーズ。
日本文学者も戯曲を書いていることを知る。
木下順二、三島由紀夫、安部公房――。
演劇ってなんだろう。いつまで戯曲を読みつづけることになるのか。


「国文学 演劇 パフォーミング・アーツとして 1998年3月号/学燈社)

→いろんな学者さんが書いています。
論じられるものは手広く、シェイクスピアから現代日本の劇作家まで。
媒体の性質上、無名の学者さんが多いんだけど、みなさん文章がよろしくない。
かれらも大学では先生なんて呼ばれているんだからふしぎなもの。
プロだったらもっと読者を乗せる文章を書いてほしい。
何に乗せるかって? 感情です。
学者さんの事実報告だけの無味乾燥な文章にはうんざりしました。
04/01/25 10:07

「黄昏」(アーネスト・トンプソン/青井陽治訳/劇書房)

→戯曲。アメリカ産。覚えているかい、あの夏の日を♪
毎年のように避暑地にきた老夫婦。だんなは79歳、おくさんは69歳。
このおじいさんが辛口で辛らつ。でもたっぷりあふれるユーモア。
長いこと不和が続いていた一人娘が遊びに来る。結婚するという。
相手には連れ子がいる。ませたガキ。でもおじいさんの魅力にくっぷく。
一ヶ月のあいだ、この子をあずかってくれと老夫婦は頼まれる。
夏。太陽。おじいさん教わる釣り。おばあさん手作りのクッキー。別れ。
おじいさんと一人娘の和解――。
漫画「クッキングパパ」の世界です。うるうるきちゃいます。


「小さき神の、作りし子ら」(マーク・メドフ/青井陽治訳/劇書房)

→戯曲。アメリカ産。障害者もの。この戯曲で乗り越えられるべき壁は聴覚障害。
聴覚障害者のための学校。男性教師と女生徒との禁断の恋。
健常者と障害者のありがちな愛。愛は障害を乗り越えられるのか。
こんなんで泣くわけにはいかないね。
ずいぶんわたしもすれっからしになってしまったようです。
著者は聴覚障害をもつ妻との体験からこれを書いたとのこと。
どうりで白石昇の小説よりリアリティーがある。


「ベント BENT」(マーティン・シャーマン/青井陽治訳/劇書房

→戯曲。アメリカ産。いまパルコ劇場で椎名桔平が再演しています。
知っていましたか? ナチス政権下でおこなわれたことを。
なんでも優生遺伝子保護の考えから精神身体両障害者および同性愛者を
強制収容所送りにしたらしい。この戯曲のバックグラウンドはそれ。
第一幕は戦時下でのホモの享楽的な愛について。うってかわって第二幕は、
殺風景な強制収容所で繰り広げられるホモの感動的な愛について。
愛、愛、愛、また愛か。どの戯曲もテーマは愛。小説も詩もあるのは愛ばかり。
……へい、おまえら愛しあってるかい?(自己崩壊)