03/12/22 10:57
「オットーと呼ばれる日本人 他一篇 木下順二戯曲選3」(岩波文庫)
→表題作は退屈。大東亜戦争まえにロシアのスパイをしていた日本人のおはなし。
共産主義思想に心酔しながら、それでいて日本を良くしようと努力した男のドラマ。
共産主義なんて口に出そうものならプッと鼻で笑われてしまう現代ですから、なんとも言いがたい。
こういう戯曲が意味を持っていた時代があったんですかねえ。わたしが生まれる前に。
併載されていた「神と人とのあいだ」は木下順二戯曲のなかで一番のおもしろさ。
第一部と第二部に分かれている。第一部は複数の戦犯が東京裁判で裁かれる様をリアルに描く。
第二部は外地で戦犯として裁かれるある個人に視点をすえる。その対比の妙を味わう。
第一部はつまらない、だけど、この木下順二というひとは……。
この戯曲を書くためだけに東京裁判の記録を二年だか三年だか読みつづけたらしい。
(それでつまらないんだから、なんともすごいです。何をして食べていたのだか)
第二部があって第一部が光るような仕組みになっている。
「子午線の祀り・沖縄 他一篇 木下順二戯曲選4」(岩波文庫)
→「子午線の祀り」は木下順二の最高傑作との世間的な評価があるらしい。
先ほど日本にドラマはあるのか! なんて大仰に嘆いてみたけど、
それに対する木下先生の答えがこれ。「平家物語」があるではないかと。
シェイクスピアは英国史劇を書いた。木下順二は「平家物語」を題材に取った。
ええ、「子午線の祀り」おもしろいですよ。劇的です。
これだけはまたいつか再読したいです。
「夕鶴・彦市ばなし」(木下順二/新潮文庫)
→表題作のふたつは岩波文庫にも入っている。こちらは民話劇だけを集めたもの。
三年寝太郎にわらしべ長者、みなさんおなじみの彼らと会うことができます。
さて、こうして木下順二さんの戯曲をまとめて17本読んだわけだけど、うーん。
わたしは彼から何を盗み得たのか。なにもないような気がするな。
木下順二。無害な秀才である。さあ、次は三島由紀夫。覚悟しておれ!
03/12/22 10:04
「風浪・蛙昇天 木下順二戯曲選1」(岩波文庫)
→木下順二を知っていますか? 1914年生まれ。劇作家。思想家。
わたしから言わせるとつかみどころのない秀才。がり勉くん。勉強家。
自意識のくさみが感じられない。それは育ちが良いから。でもおもしろみもない。
いっぱいお勉強をしてそこから戯曲を書くひと。
どこにも欠点がない。だから評価も受ける。日本を代表する劇作家だと。
「風浪」「蛙昇天」どちらもおもしろくはない。かといって読み通せないほどつまらないわけでもない。
「風浪」は明治初期の不平士族のおはなし。「蛙昇天」は蛙の世界の共産主義思想について。
「夕鶴・彦市ばなし 他二篇 木下順二戯曲選2」(岩波文庫)
→木下順二は日本人の劇を書こうとしたひとです。たとえば夕鶴のような民話劇がある。
農村に古くから伝わる民話を劇にしたわけです。夕鶴は「鶴の恩返し」。
日本にドラマは存在しうるのか。人間と人間の対決は神の下でしか生じないのではないか。
木下順二の戯曲が欧米の戯曲に比べて魅力がない。
その原因は作者にあるのか。それとも原因は作者が生きているこの国、日本にあるのか。
日本はドラマ(傑作戯曲)を生まない不毛な土壌なのか。
「夕鶴」の作家・木下順二のあたまにはこのようなことが去来していたはずである。
03/12/15 18:21
「ハムレット」(シェイクスピア/松岡和子訳/ちくま文庫)*再読
→福田恒存のことばを思い出す。かれはいう。
「ハムレット」には膨大な評論がついてまわるけれども、
なぜこれほどまで民衆に愛されるかといえば、結論は簡単。
自然な流れを持った芝居だからである。
どこにもよどみがない。流暢である。実に自然にわれわれの目に耳に流れ込んでくる。
今回あらためてそれを実感する。わたしがはじめてハムレットを読んだのは福田恒存訳。
「どうしようもない悲劇」だとネットに感想を書いたのを覚えている。
どうしようもない、どうにもならない悲劇。これ以外にはどうにも結末のつかない悲劇。
ハムレットもクローディアスもレイアティーズも、そしてポローニアスですらも、
めいめい各人「どうしようもない」事情を抱えている。
そして各人がまったく自由に行動しているように見えながら、
あらかじめ誰かのつくったレールに乗るがごとくの悲劇的な結末、
登場人物のほとんど全員が死を遂げるというあのクライマックスに流れていく。
それ以外には「どうにもならない」のである。
各人が自由に行動するがゆえに結果が必然的に見えるというこの矛盾。
そこにハムレットの魅力を見出したのは福田恒存である。
03/12/15 18:21
「快読シェイクスピア」(河合隼雄・松岡和子/新潮文庫)*再読
→ご存じ文化庁長官にしてカウンセラーの教祖・河合隼雄と松岡和子の対談本。
渋谷シアターコクーンで「ハムレット」(蜷川幸雄演出、藤原竜也主演)の
当日券を求める行列をしながら再読。読んだのは三回目です。
初読後これをおもしろいと書いたら2ちゃんねる文学板某住民に白痴のごとく扱われた。
その意味では想い出深い一冊。
しかし平穏だが退屈な日常を送っている研究者が書いた本なんかよりよほどこちらの
ほうが刺激的では? 河合隼雄はジュリエットに診療室で対面した少女を見る。
エリザベス朝のシェイクスピアと現代をむすびつける。
その手腕は熟練した詐欺師のように巧妙である。
03/12/15 17:43
「審判」(バリー・コリンズ/青井陽治訳/劇書房)
→戯曲。ひとり芝居。役者の加藤健一さんが好んでやったらしい。
ものすごーく苦労をしてやっと新品を入手した思い入れが深い本。
登場人物はひとり。戦地から帰還した兵士である。
かれは客席にいる観客を判事とみなし訴える。
われわれも最初は7人だった、敵兵からある館に閉じ込められ放置された、食べ物もなし水もなし、
期間にして70日、腹がへる、くじをした、あたったひとりを殺し、殺して……、
その仲間の首をしめて、その肉体を食べた、人肉で腹を満たし、血でのどを潤した、
次々に、仕方がない、生きるためには、そうして二人が残った、二人だけ発見された、
自分のほか一名はあのとおり発狂している、だからわれより他に事実を述べるものはなし、
判事(観客諸兄諸姉)に問う、あなたたちにわれと彼を裁けますか?
そしてわれら生存者二人は神前の審判でどのように裁かれるのか。
なぜ裁かれなければならないのか、いったい何の罪で。
あなたたちも自分と同じ環境に置かれたら同じことをしたのではないか。
生きるためなら仲間を殺して食わないと断言できるひとは挙手してほしい。
――そういう話。実話を元にしているとのこと。実話では生存者二人は発狂、後に銃殺。
ここに宅間守のみならず、あらゆる犯罪者を見るのは是か非か。極論になるのか。
わたしは林マスミを裁けない。わたしが彼女だったらと思うと。
被害者あるいはその家族のみが真に裁きうるのではないか。
いや、真に? 裁きとは何か? 罪とは?