03/12/15 17:20
「シェイクスピア講演」(福原麟太郎/講談社学術文庫)絶版
→戦後まもないころ、著者が外務省の役人の前で講演をした記録。
海外にでるものはすべからくエゲレスのシェークスピヤくらいは知るべし、との理由で。
おもしろかったところ――。
著者は「マクベス」と「オイディプス王」の比較から、
シェイクスピア劇とギリシア悲劇の違いに行き着く。
オイディプスは「父を殺し、母と寝る」という神託に決して逆らうことができなかった。
比してマクベスばどうか。最初の魔女の予言、
「やがては国王となるおかた」。
魔女の予言には神託のような絶対性がない。
オイディプスは呪われた自分を知る。
それは全能の神の存在(神託)を認める歓喜でもあった。
一方、マクベスは死に挑むとき、ひとつとして彼のこころに確かなるものはない。
オイディプスは我々とは縁遠い英雄である。仰ぎ見る散在である。
著者は続ける。マクベスこそがあなたでありわたしであると。
「シェイクスピアの世界」(木下順二/岩波同時代ライブラリー)絶版
→著者が講義形式でシェイクスピアについて語る。
のちに木下順二の戯曲を読むつもりなので、
シェイクスピアと氏の創作がどのようにむすびついているのかを意識して読む。
なぜ現代にシェイクスピアは現れないのか。
しかし内容はシェイクスピアの原文における詩形式の説明、
シェイクスピア批評の歴史など。
ひとつおもしろいトリビア(の泉)的なネタを入手。
「ハムレット」の第一フォリオ(シェイクスピア存命時に出版されたもの)は、
後年、ひとりの学生が古本屋のワゴンで投げ売りされていたものから発掘した。
ただ同然でそれを手に入れた学生は別の古本屋に転売。
その古本屋が価値のわかるひとで、高値で引き取ったらしい。
しまいにはそれは博物館に収められ、
あとのシェイクスピア研究に欠かせぬものになったとのこと。
さあ、「ヘエ」はいくつ?
古本屋めぐりが楽しくなる逸話でした。
03/12/08 09:42
「リチャード三世」(シェイクスピア/木下順二訳/岩波文庫)
→福田恒存訳、松岡和子訳で読んだことあり。映画はふたつ見た。
みなさんお上品な顔をしてシェイクスピアざまーすなんて言ってるけど、ちゃうねん!
ぜんぜんちゃう、ちゃうちゃう、ちがうって。
せむしでびっこの身体障害者がどーせおれはもてないからみんなぶっ殺したろか?
と最初に宣言して、そのとおりに殺戮をつづけるのがこのリチャード三世。
ぜひ本物の身体障害者にやってほしい。乙武くんなら最高なんだけど。
三度目に読んで気づいたのはマーガレットの存在感。この老女やばすぎ。
他人の不幸をざまーみろとせせら笑う。2ちゃんねるの阪神大震災コピペを思い出した。
ほら、あの、死者が増えるたびに大笑いをしたという不謹慎なあれ。
あ、これも音読した。マクベスの1.5倍くらいの長さだから疲れたさすがに。
「十二夜」(シェイクスピア/小田島雄志訳/白水uブックス)
→松岡和子訳で読んだことあり。映画、オペラ、ミュージカルで見た。どれも良かった。
「リチャード三世」とおなじ日に読んだけど、とても同一人物が書いたとは……。
ここに登場するシザーリオがシェイクスピア作品のなかでいちばん好きなんです。
男装しているから恋する男性に告白できない美少女のシザーリオ。
逆に同性からは告白される美少年のシザーリオ。
何かを演じているときにこそ(男装!)人間は魅力的になるものなのかもしれません。
とするとシザーリオは演劇の本質を証明しているのでは?
あるいは役者の本質を。あるいは人間の(本質を)。
03/12/08 09:41
「マクベス」(シェイクスピア/木下順二訳/岩波文庫)
→福田恒存訳で三回、松岡和子訳で一回読んだことあり。舞台では二度、映画で一回。
「人生は3Gである」というのがわたしの考え。
つまり人生はゲームであり(リセットボタンまで存在する!)、
人生はギャンブルであり(何かに賭けたいのです!)、人生はギャグである(にゃは!)。
これはマクベスが最後にいう有名なセリフ(5の5)とおんなじでは?
ぜんぶ音読する。木下順二さんの訳は声に出したくなる。
03/12/04 07:53
「アルト=ハイデルベルク」(マイヤ=フェルスター/丸山匠訳/岩波文庫)
→戯曲。岩波文庫はきらいなんです。だってエラそうだし、いかにもな古典しか
文庫にしないし、翻訳がおかしいのが多いし、(注)がやたらあって読みにくいから。
しかーし、なのだ。この作品は例外。わんわん泣いてしまったじゃないか。
ぽたぽた落ちる涙で本が汚れてしまったじゃないか。どうしてくれる岩波文庫!?
恥ずかしいな。これ読んで泣くなんて。ジイさんバアさんに人気のあるドイツの古典作品。
日本でだけ有名。ドイツでは無名らしい。
それまで窮屈な生活を送っていた王子様が留学を機につたの間の青春を謳歌、すぐさま訪れる別離、そして年月を経ての再会――。
シェイクスピア「ヘンリー四世」とそっくり。
これを舞台で見ていたらぜったいに泣かない。くさいなぁと鼻でせせら笑う。
こんなんで泣くようなアホじゃぁないよと。
でも家でひとり読んでいると、ほんとね、泣けちゃうんです。
ありがとう。410円でこんなのが読めて。きらいじゃなくなった岩波文庫。
03/11/30 09:48
「夕暮れて」(山田太一/大和書房)絶版
→テレビドラマのシナリオ本。20年前にNHKで放送されたらしい。
イプセンの「ヘッダ・ガーブラー」とおなじ系統。刺激をほしがる主婦のおはなし。
結局、不倫もしないで元のさやにしっかり収まるのはテレビだからか。NHKだからか。
山田太一ドラマの特徴のひとつはそのセリフ。何気ない言葉でドラマを進めていく。
本音を言わない。欲望をださない。生活人としての仮面をつけた登場人物たち。
03/11/30 09:48
「ブラック・コメディー」(ピーター・シェーファー/倉橋健訳/劇書房)品切れ
→戯曲。これでピーター・シェーファーの代表作はほぼ読んだことになる。
ファルス(笑劇)。洗練されたどたばた喜劇。ビンボー絵描きの男が主人公。
大事な日、婚約者の父親と会う日、大金持ちが自分の絵を見に来る日、それは起こった!
突然の停電でみんなパニック! 舞台の闇を観客には明として見せる。
取り違えは喜劇のお約束。そのおかしいことといったらない。
「地霊・パンドラの箱 ルル二部作」(F.ヴェデキント/岩淵達治訳/岩波文庫)
→戯曲。むしろオペラになったものが有名らしい。先ごろ、日本でも上演されたとのこと。
ドイツの劇作家。ブレヒトが心酔していたとか。ブレヒト嫌いなわたしはこの作品もだめ。
誰とでも寝る絶世の美女のおはなし。いかにもな男の妄想じゃんと突っ込んではいけない。
なぜなら天下の岩波文庫収録作品。よってこれは芸術だからである(薄笑い
次々に男を変えることで経済的にも恵まれのもいっとき、最終的には娼婦にまで身を落とし客の狂人に殺される。
「カッコーの巣の上を」(デール・ワッサーマン/小田島雄志・若子訳/劇書房)*再読
→戯曲。再読しても感動したから名作に認定。もう一回、読みたいです。
03/11/30 09:48
「本郷」(木下順二/講談社文芸文庫)
→エッセイのような小説のような本郷愛着の記。
しみじみと語る。本郷に育てられた自分を。
著者はネットで話題になったのを見たことがないけれども戦後日本を代表する劇作家。
翻訳文ではない日本人が書いた日本語を久しぶりに読んだ気がします。