03/10/24 13:35
『親ができる「ほんの少しばかり」のこと』(山田太一/新潮文庫)
→太一パパの子育てエッセイ。なに読んでんだか、あはは。
こんなものを書くだけのことはあって太一娘は民放テレビ局のエリート社員。
遠藤周作の息子もテレビ局のプロデューサー。
成功者は子どもまで違いますね、いひひ(下卑た笑い)。
03/10/23 07:03
「見えない暗闇」(山田太一/朝日文芸文庫)
→非常に図式的な小説。読後、思わず絵解きをして悦に入ってしまいそう。
日常と非日常、正常と異常、平静と狂気、貴重品とゴミ、公務員と暴力。
つまりは「きれいは穢(きた)ない、穢ないはきれい」(マクベス)。
そういう二項対立を明確に打ち出した作品。
山田太一さんの意欲作。なんでこれがなんの文学賞も取っていないのかふしぎ。
「見なれた町に風が吹く」(山田太一/中公文庫)
→平凡で退屈な日常を送るオールドミスがふとしたことから映画製作に加わることになり・・・
現実はとことん厳しいけど、ほんと厳しいんだけど、でもまあがんばろうよ!
という、いかにも山田太一らしい作風の小説です。
決してワンパターンとは言わないわたしは心底からの山田太一ファン。
「彌太郎さんの話」(山田太一/新潮社)*再読
→去年の三月に発売されてすぐ読んだはずなんだけどさっぱり覚えていなかった。
文句なしの傑作。上質のエンターテイメント。文庫化されたらまあ読んでみぃ(注:もう新潮文庫に入っています)。
03/10/23 07:01
「路上のボールペン」(山田太一/新潮文庫)*再読
「いつもの雑踏いつもの場所で」(山田太一/新潮文庫)*再読
→どちらもエッセイ集。何回読み返したのだろう。ほとんど内容を覚えていた。
「君を見上げて」(山田太一/新潮文庫)
→のっぽ女とちび男の純情恋愛物語。「障害」がないと恋愛諸説は盛り上がらない。
たとえば戦争あるいは身分差もしくはトラウマ。そして本作は身長差にそれを求めた。
「冬の蜃気楼」(山田太一/新潮文庫)*再読
→呪われたように演技が下手な役者と新米助監督の奇妙な友情物語。
「恋の姿勢で」(山田太一/新潮文庫)
→ありきたりな恋愛への挑戦状。会うたびに設定をかえて演技する男女の物語。
今日は僕がやさぐれた探偵、君は弱みを握られた人妻という設定でデートしよう。
こんな感じに、毎回ちがうデートを楽しむ男女。
寺山修司よりも非日常というものを見通しているのは、日常をこれでもかと凝視しているがゆえか。
03/10/15 06:35
「飛ぶ夢をしばらくみない」(山田太一/新潮文庫)
→老婆と思っていたら、あらら。どんどん若返っていくではないか。
好色な主人公はたとえ少女が12、3歳と思われようがすることはする。変態め。
「異人たちとの夏」(山田太一/新潮文庫)
→映画を見たことある。トラウマになっている。この原作本でも涙ぽろぽろ。第一回山本周五郎賞。
「丘の上の向日葵」(山田太一/新潮文庫)*再読
→10年近く前に一度読んだことがあるけど、すっかり忘れている。
ある日、突然、美人からあなたの子どもがいるのといわれた既婚の中年男の動揺。
しかも息子は下半身不随だという。わたし、こういう読み物から読書の世界に入ったのですよ。
文学がどうだの、美意識がどうだの、ぜーんぜんお構いなし。読んでおもしろいのがいいいじゃんと。
「遠くの声を捜して」(山田太一/新潮文庫)*再読
→これもおよそ10年ぶりの再読。女からの電波を受信しはじめた男の悲喜劇。
精神医学ではこういう患者さんは入院してもらうことになっていますが、あはは。
ベケット「ゴドーを待ちながら」のように最後の最後まで「女」は登場しない。
03/10/13 07:15
「沿線地図」(山田太一/角川文庫)絶版
→ここのところずっと海外の古典ばかり読んでいたので最初はあまりのぬるさに絶句。
でもおもしろいの、読んでいてあんなに笑うなんて。山田太一が好きなんてひとにいえない。
「岸辺のアルバム」(山田太一/角川文庫)絶版
→小説。テレビで見たひといる? テレビドラマの古典、その原作本。
これもおもしろい。文学じゃないなんていわないで!
ギリシア悲劇やゲーテなんて読んでいたからか、おもしろいものを読むと罪悪感がある。
でも思うんです。ギリシア悲劇と当時の観客との関係は、現代ににおける
テレビドラマと視聴者の関係とそう変わらないのでは?
ギリシア悲劇にいろいろな制限があったようにテレビドラマにもスポンサーやらの制限がある。
「終わりに見た街」(山田太一/中公文庫)絶版
→宮部みゆき「蒲生邸事件」の山田太一バージョン。
平凡な家族四人が突然タイムスリップして大東亜戦争の真っ只中へ。
はたして歴史を知っている彼らは東京大空襲をとめられるのか?
良いのか悪いのか山田太一の小説は1時間で100ページ読める。
「街への挨拶」(山田太一/中公文庫)絶版
→エッセイ。なんでだろ。時折、つぼにはまったように大爆笑をしてしまった。
日常をなめるな、ありきたりをわらうな、人生はお祭りなんかじゃない。そう静かに語る。
一方で、旧友・寺山修司への露骨なあてつけ(悪口)もある。
許せなかったんだろうな、寺山ごときが若者に受けている軽薄な時代が。
今じゃ寺山なんて恥ずかしくて口にできない時代になったけれども。
03/10/10 06:24
「頭痛 肩こり 樋口一葉」(井上ひさし/集英社)
→戯曲。ブックオフ100円コーナーで購入したもの。
二ヶ月前に新宿でこの芝居を見たはずなんだけどすっかり忘れている。
井上ひさしをはじめてヨンダのは戯曲「天保十二年のシェイクスピア」で、
そのときはこんな天才が日本にいたのかと思ったけど、うーん、
これはそれほどでもないんだなぁ・・・
ところで。
戯曲はあまり読まれることがない。
だけど、いいですよ戯曲って。二時間なら二時間と時間を決めて集中して読む。
いいなって思ったセリフは音読したりして。
戯曲の良さは、その「まとまり」にある。小説みたいにだらだらしていない。
というのも戯曲という形式にものすごく制限を受けているから。
戯曲を読むとマラソンや水泳をしたような、あるいは長時間湯船につかったような爽快感があります。
つまり気持ちよく汗をかいたような、ということです。
戯曲はもっとも身体的な文学ジャンルだと思う。肉体と密接した文学。
03/10/09 06:43
「早春スケッチブック」(山田太一/新潮文庫)
→人生の一冊に認定。シナリオ本。
「想い出づくり」とならぶ山田太一の最高傑作。
シェイクスピアよりもチェーホフよりも寺山修司よりも山田太一はすごい。
その山田太一の「らしさ」がいちばん出ているのが本作。
03/08/23 10:10
「山頭火 風の中ゆく」(村上護/春陽堂)絶版
→山頭火研究の先駆者・村上護さんの書いた戯曲。
全国で公演されたらしいけど、うーん、失笑というほか……。
研究者が勘違いして創作に手を出すと目も当てられないという典型。
ドラマというものをまったくわかっていない。
ただ山頭火の生涯を戯曲形式で紹介しただけ。
戯曲としてやってはいけない「説明的台詞」で満たされている。
役者さんも困っただろうなと同情する。
山頭火はテレビや戯曲にするとかならずつまらなくなるのはどうしてか。
03/08/20 00:53
「ア−サ−・ミラ−全集2」(菅原卓訳/早川書房)
→(内容)「橋からのながめ」「るつぼ」
「るつぼ」はすごい戯曲。世界レベルの傑作という感じがする。
遠藤周作「沈黙」を思い出した。神と人間の関係。
うねるようなドラマのなかに(研究家向けの)思想も(大衆向けの)見せ場も盛り込む。
これほどまでのドラマを作り上げられるひとがこの世にいるなんて。
03/08/18 22:30
「ア−サ−・ミラ−全集1」(菅原卓訳/早川書房)
→(内容)「みんな我が子」「セールスマンの死」
アーサー・ミラーはギリシア悲劇とイプセンを学んだらしいです。
どちらも完璧なドラマ。
「セールスマンの死」と「欲望という名の電車」はアメリカを代表する戯曲とのこと。
いやいやまいった。世の中にはおもしろいものが山ほどあるのね。
03/08/07 04:18
「オイディプス昇天」(山崎正和/福武書店)絶版
これなんか知名度が低いかも。ギリシア悲劇のつながりがら昨日読了。
戯曲集。タイトルの作品はソフォクレスの「コロノスのオイディプス」を翻案したもの。
井上ひさしの「天保十二年のシェイクスピア」がオリジナルのシェイクスピア喜劇
よりも(現代日本の読者・観客には)おもしろくなってしまったのと同様、
この「オイディプス昇天」もなまじっかのギリシア悲劇よりもよほどおもしろい。
読売文学賞受賞作品。
03/08/06 08:31
「クミコハウス」(素樹文生/新潮文庫)
→新潮文庫の新刊。甘ったれた青年の感傷的な旅日記。
クミコハウスはインドの聖地バラナシにある有名な日本人宿。
前作「上海の西、デリーの東」を薄めた感じ。
まあ、眠れない夜に90分で読み飛ばすには悪くない。
読みにくい翻訳物ばかり読んでいると、かえってこういうすらすら読める文章に癒される。
あ、インドのクミコさんは目撃したことがあります。
03/07/31 23:58
「はじめての劇作 戯曲の書き方レッスン」(デヴィット・カーター/ブロンズ新社)
→「オイディプス王」や「ハムレット」を題材に、いかにおもしろい戯曲を書くかの講義。
なんでも日本の戯曲教室の教科書用に訳されたらしい。
ひとは何をおもしろいと感じるのか、そのおもしろさにマニュアルはあるのか。
ギリシア悲劇から山田太一までを一本の線で結びつけたいわたしには参考になった。
「話し言葉の日本語」(井上ひさし・平田オリザ/小学館)
→対談本。いま現在の日本の演劇情報を知る上で非常に勉強になった。
井上ひさしは語る。「自分は誰がなんと言おうと希望を芝居にこめたい」。
ふたりの作劇術の紹介もある。日本語を使って劇を作るということの意味。