「一遍上人と遊行の寺」(富永航平/朱鷺書房)

→くだらない低質のくそ旅ライターが書いた一遍への愛情をかけらも感じない本。
しかし、著者はこの本を上梓したことで、
旅費をぜんぶ経費で落とせてほくほくだったであろう。

言葉の意味はあんがい通じないということを理解していない人はまだいると思う。
わたしが携帯電話番号を公開したのは、文字の使えなさにあきれたからといってもよい。
言葉は本当に発言者の意図するところの意味を受け手に伝えられない。
「ありがとう」だって、いろいろあるでしょう?
言葉は「ありがとう」だけど、声色を聞けば「ありがた迷惑」ということもあろう。

文字は発言者の意味の3割も伝えないのかもしれない。
創価学会の池田名誉会長の本はどれも非常につまらないが、
声としてそれを聞けば、さらに全存在としてスピーチを聞けば意味がぜんぜん変わる。
南無阿弥陀仏だって一遍の声を聞いた瞬間にガクガクしたものもいよう。
しかし、映像だけではなく声すらむかしの記録は残っていない。
いくら動画とてライブの対面にかなうものはないだろう。

今回創価学会婦人部のお偉方からお言葉でご指導を受けたが、
意味がよくわからないのである。
電話したくても、あっちは番号を公開していない。
神戸のヤクザはコメントの文章は悪かったが、声はやさしそうだった。
わたしが電話や対面にこだわるのはこのためである。
文字面だけ見てなにがわかるか? しかし、それが偏差値学問である。

文字にそれほど決定的な意味はないのかもしれない。
池田先生の言葉は文字としては退屈だけれど、
あれだけ大勢の人をとりこにしたわけでしょう。
声の質とかパフォーマンスがすごくよかったんじゃないかなあ。
おそらく鎌倉時代の踊り念仏開祖・一遍上人もそうであったのではないか。
以下はいろいろな解釈が学者によってされている一遍の歌である。

「ひとりただ ほとけの御名や たどるらん
をのをのかえる 法(のり)の場の人」


いくら連帯してもスクラムを組んでも結局はひとりなんだよという。
いっときの昂揚は楽しいが、おのおのそれぞれの仏法に帰るしかない。
死ぬときはいつもひとりである。
この一遍の歌をいまのわたしが携帯でどもりどもり言っちゃうとうさんくさいから、
これは文字のほうがいいと当方で判断した。
何度も言うが、書き言葉は通じないぞ。
会話はせめて情のようなものが入るから意味が伝わりやすい。
創価学会の池田大作名誉会長や捨聖の一遍はそういうのがうまい人だったと思う。

「遊行の捨聖 一遍」(今井雅晴:編/吉川弘文館)

→現在の一遍研究の権威者が一堂に寄稿した書籍である。
「おまえも偉いことを認めるから、おれが偉いこともしっかり認めろよ」という本。
掲載の順番で格を示すとか、先輩後輩関係をしっかりさせ、
新入りの紹介をするなど、それを言ったらおしまいだが、
読者に向けて書かれた本ではないような気がする(ごめんなさいであります)。
40を過ぎてうすうすわかったけれど、学問の世界も仏門もそういうシステムなんだよねえ。
新しい主張をしてもよほど強いバックがいないとまったく相手にされない。
長老(中村元)がいらして彼は神聖化され、
子分たちが先輩後輩のいじましい関係を生きる。
長生きしたら少しずつミリ単位でポジションが上がっていくシステムになっている。
また創価学会の婦人部さんからメールで叱られたけれど、
学会の座談会に参加してみたいってそんなにおかしいことなのかなあ。
壮年部の面談を受けろって言われて、ハイ構いませんと答えたのにNG。
面談を受けるとか値踏みをされるってことなんだからそうとう屈辱的なことなんだよ。
座談会くらい、ほいさって誘ってくれないもんかねえ。
浮間舟渡にも学会員さんは生息しているんでしょう(北赤羽に会館がある)?
気楽に誘ってくださればいいのに、
いまの創価学会は(よく知らないけれど)ライオンズクラブみたいなの?
一見さんお断りの紹介なしでは行けない高級料亭なんですか創価学会は?
なにが庶民の団体だよ。
「信心がまだ足りない」とか言われたって、
そもそも座談会や勉強会に行かなきゃ、
雰囲気や教えもわからないじゃないですか?

コメント欄で言われた。
「いまのおまえは無職で貧乏な中年男。役立たずだから創価学会はいらない。
もし入りたければ土下座でもしろ」って、なぜか神戸の山口組のヤクザさんに。
誤解しているのは、まず見なきゃならないじゃないですか?
入るとか入らないは座談会を何回か経験したあとでしょう?
昭和初期のあれな時代じゃないんだから、いきなり入れ、よしOKはダメでしょう?
「来るもの拒まず去るもの追わず」がいい宗教だと思うなあ。
一遍は入信者を拒んだことがないわけではないが(あじさかの入道)、
基本的には「来るもの拒まず去るもの追わず」だったような気がする。
一遍の時宗に参加するようなものは、ほかでは相手にされないものばかりだったから。
あまりにも美少女の度が過ぎて、
13歳のころから村の若い衆にまわされ知能に障害を持ってしまったもの。
指が五本以上あるものや(20本!)、ふたなり(両性具有者/半陰陽)。
そのふたなりがとびきり美しく、
いまのAKBなんか比較にならぬほどロックでフリーで淫猥な踊り念仏を舞うのである。
破れだらけの貧相な法衣からは、見えてはならぬものもちらちら見えたことだろう。
わたしは一遍時宗集団は見世物小屋の巡礼のようなものだったと思う。
親から捨てられた不具や片輪は一遍の南無阿弥陀仏に救われたのである。
人間、明日死んでしまうかもしれない。
死んだら上質覚醒剤をはるかにオーバーするハッピー極楽世界に往ける。
ならば、なぜ全身で喜びをあらわさない? いいから、踊れ! もっと踊れ!
もっと過激に、もっと自由に踊れるだろう! それが一遍の南無阿弥陀仏だ。

ならいまも細々と残っている時宗へ行けと言われそうだが、
あそこはもう完全な伝統仏教になり、言葉は悪いが死んでしまっているのである。
去年、一遍ゆかりの寺に踊り念仏を見物しに行ったが、
住職はまろやかな常識人で妻子もおられ、それを壊すってわけにはいかない。
どうせ一遍業界(長老先輩後輩)からは、わが解釈は誤りだとされるだろうし。
いま長老的になっていない本当の宗教家などいるのだろうか?
日本戦後史でいちばんおもしろいのは創価学会の大躍進なのである。
現世に絶望したひとりの庶民の座談会に参加したい――。
こんなわずかな願いでさえ上のハンコをいくつも必要として、結果否となるのか?
そこまで創価学会は官僚主義になったのか?
わたしは仏を信じている。
一遍が熊野詣でをしたとき律宗の坊主が念仏札を受け取ってくれなかったことに悩む。
律宗の僧侶は仏は信じるが、阿弥陀仏はどうも……と言ったようだ。
その晩、一遍は熊野神社の神から夢告(託宣)を受ける。
おまえの南無阿弥陀仏がもろびとを救うと思うなよ。みんな救われている。
このとき一遍はあらゆる神や仏が同一の絶対存在であることを身をもって知ったのだろう。

わたしは一遍とおなじで神も仏も信じている。大きなものを信じている。
インドに行けばヒンドュー教の神に礼拝するだろうし、
ミャンマーに行けば小乗仏教の仏さまに深くこうべを垂れるだろう。
キリスト教の教会に入ればイエスに祈るだろうし、モスクに入ればアッラーに祈る。
今年はまだ行っていないが初詣に行ったら日本の神々に祈る。
海外で宗教はなにかと問われたら、胸を張って仏教徒と答えるだろう。
学会員の庶民とか、本当は本部職員が大嫌いなんでしょう?
こっそり座談会に参加させてくれるところがあったらご連絡ください。
男子部でも壮年部でも。東京近辺で。
いまの婦人部の方はブログ「本の山」が大嫌いらしいので。
いつから創価学会の座談会は高級クラブのようになってしまったのだろう。
池田先生が泣いているぞ!

yondance1976@gmail.com
080-5188-7357(土屋顕史/自称一遍研究家/日蓮大聖人さまに偏見なし)
「捨聖 一遍」(今井 雅晴/歴史文化ライブラリー/吉川弘文館)

→仏教の話はやめろやめろ、古参読者のあたしも読みたくないからやめて。
もう義理でも読みたくないから仏教の本の感想は書かないでくれ。
そう言われているのに書いてしまうこの宿業みたいなものはなんなのか?

幼稚園児に語るように書くと法然、親鸞、一遍は南無阿弥陀仏の人。
日蓮大聖人さまが地獄に堕ちるって言った人だね。
一遍は3人のなかでいちばんマイナーだったんだ。
それはふたつの理由による。
1.思想が過激すぎた(自殺推奨)、
2.師弟関係を否定した。

けどさ、南無阿弥陀仏って死んだら極楽浄土に往けるってことでしょ?
念仏しながら死にたくないとか内心思って、
大勢の弟子たちに囲まれていた法然や親鸞はうさんくさいとも思えないか?
日蓮大聖人のところはとくにそうだけれど、階級が「正しい」かどうかを決めるでしょう?
「池田先生の言うことは正しい」とかさ。
「原田会長がこう言っていたわ」とか(あれ? いまの会長は原田さん?)。
そういう階級、身分、差別をすべて捨てようと一遍は言ったんだ。
肩書も家族もなにもかも捨てて南無阿弥陀仏(自然)になりきろう!
そうして踊ろうって。なにもかも捨てて素っ裸になって踊ろう!
踊り念仏はまともな定住村落生活を営めない、
クルクルパーのイケメンや美少女が男根や女陰をちらちら見せながら、
観衆から金をとって極楽(エクスタシー)を教えた宗教行事である。
わかりやすく書くと男根はおちんちん、女陰はおまんこという意味である。

朝日と夕陽が好きな人にわかれると思う。一遍は西日が好きな人だった。
臨終(死)こそ最上幸福と見る逆転思想の人だった。
みんな仏教は自殺を禁じていると思っているかもしれないが、じつはそうではない。
釈迦も過去世で自殺しているし、法華経にも焼身自殺する仏が讃えられている。
むかし四天王寺というのが自殺のメッカだったんだ。
自殺こそすべてを捨て切ったいさぎよい悟りのポーズと言えなくもない。

「こうして春秋の彼岸にはことに四天王寺への参詣者が多かった。
それは観無量寿経に示されている日想観を
行なうのに適当な場所であるとされていたからである。
これは観想念仏の世界で、本来の意味の念仏である極楽浄土を
心に思い浮かべるための方法の一つである。
「日想観」を行なうというのは、心を落ち着け、
太鼓のように丸い太陽が海に沈もうとしているのをじっと見つめ、
目を開いても閉じても、はっきりとその姿が見えるようにすることである。
そして四天王寺の西門において、日想観を行なったまま、
極楽浄土を求めて自分から難波の海に沈む者も現われた。
高揚した気分のなかで、一刻も早く極楽へ行きたいと願ったのである」(P30)


このあと学者は実際に入水自殺したものの例を文献を提示して挙げる。
人生は死をもって完結するのだから、
臨終が夕陽のごとく美しければいいという考え方もできなくはない。
源義経や織田信長の最期は「もはやこれまで」といういさぎよい美しさがある。
「ああ、終わった。わが人生を見たぞ」と思いながら死んでいくのは、
生活者としてはどうだか役者としては生きがい(死にがい)があるのではないか。

プライドが高い人って損してるよね? プライドなんて捨てちゃえ、捨てちゃえ。
大企業に勤務しているというプライドを捨てる。部長を捨てる。課長を捨てる。
派遣でもいいじゃないか。失業給付や生活保護をもらってもええやないけ。
まずブランドを捨てよう。アクセサリーや宝石を捨てよう。
あんなもん質屋に持って行ったって、いくらにもなんねえって聞くぜ。
アクセサリーなんて……おっと、これは職業上の守秘義務から言えねえな。
カツラも捨てて、自然の素のままの自分でええじゃないか、世のおっさん同志よ。
わたしは本当はみんな捨てて身ひとつで海外に出たいがもう年齢が言うことを聞かない。
いったい自分にとってなにが大切なんだろう?
著者は鎌倉時代のスーパーフリー坊さん一遍の和歌をうまく解釈している、

「すてゝこそ みるべかりけれ 世中を
    すつるもすてぬ ならひあるとは

何もかも思い切って捨ててみたら、実は、
ほんとうに大切なものを捨ててはいなかったことがわかってきた。
俗世間で貴重だとされている妻子・衣食住を捨てたからこそ、
その大切なものが見えてきたのだ。それがわかったのだ」(P98)


捨てることは捨てられることでもある。
わたしなんか人間関係をポイポイ捨ててきたから、いましんじつひとりぼっちである。
泥酔してある人に電話したら「かなしそうな、さみしそうな声をしていた」と言われた。
この先予定なんかまったくないし、家族団らんもバーベキューも結婚式もない。
このまえ酔っぱらってさみしさ極まって電話帳にあるかぎりの人に電話したら、
ほとんどの人が出てくれなかったし迷惑がられた。
捨てるとは捨てられることであり、とてもさみしいことで、そのさみしさにも味がある。
著者は肩書や妻子を捨てているのか知らないが、
一遍研究の権威者のひとりとしていっぱしのことを言う(失礼!)。

「いってみれば、捨てることによる楽しさ、うれしさの境地は、
鎌倉時代の歌人たちが追求した「さびしさ」の境地と共通するものだろう。
歌人たちはしきりにさびしい、さびしいといっていたけれど、
それは厭うべき境地ではなく、むしろ求めるべき境地であった、
「さびしさ」が徹底したところこそ、不安な要素の多い人生行路のなかで、
唯一、心の平安を得られる境地であった」(P101)


今日、持病の逆流性食道炎が悪化したのか何度も吐いた。
よれよれよぼよぼして布団に倒れ込んでいた。さみしいなあと。
そうしたら派遣のSさんから電話があって、なんかすごい元気が出たんだよね。
派遣のSさんとは奇妙な因縁があって、
おととし(退職勧奨にもかかわらず)失業給付がもらえないので、
あるリネン工場に怒鳴り込もうかとした瞬間に電話が来たんだ。
あのタイミングは神がかっていた。
わたしは損得勘定、金銭欲が捨て切れていないから、さみしくもこうして生きている。
人間ってなんなのだろうなあ。おれはいったいなにをしたいのだろう。
世の中の仕組みなんて鎌倉時代から変わっていないのである。
世の中なんて、そうそううまくはいかないのである。新しいことは認められない。

「鎌倉時代の日本では、何か新しい宗教的境地をひらいても、
新しい宗教を作ったとして布教することは不可能に近かった。
なぜなら、宗教はすべて仏教の範囲を出ることはできなかったからである。
いい換えれば、新しい救いの道をひらいたとして、
それを正当化するためには仏教の論理や経典、
高名な僧を使うことが必要であった。
そうすることによってのみ、社会の人びとの支持が得られたのである。
これは日本の古代・中性を通じての常識であった。
中世末期に伝わってきたキリスト教でも、神(デウス)は大日如来であるとか、
仏教教義にのっとった説明の仕方にならざるを得なかったのである。
このように見てくれば、踊り念仏は一遍が開始したのではなく、
仏教内で正しい伝統を有しているといいたかったのである」(P123)


「歎異抄」は唯円の思想だが、それでは説得力がないので親鸞の言葉にしたのである。
「新約聖書」はそれぞれ信徒の言葉だが、まあイエスの言行録ということで。
大乗仏教は人間の言語化できる最高の昂揚を言葉にしたが、
あれは釈迦の言葉だからいちおう。
「コーラン」はムハンマド(いまの表記は知らん)の言葉だが、神の言葉ということで。
安っぽい新書でもカントがこう言っているとかニーチェがこう言っているとか多い。
まずは捨てることから始めてみよう。
カントを捨てる。ニーチェを捨てる。釈迦をキリストを捨てる。
きみは師匠を捨てられるかい?

「仏教の一般的な師弟関係でいえば、一遍の生き方は常識外である。
師匠は、能力があると認めた弟子には、
自分の筆跡あるいは日常に使っていたものを与えるのが普通である。
弟子はそれをよすがに師匠を敬い、心の支えにし、
また後継者として今度は自分の弟子の教育にあたるのである」(P200)


しかし、一遍は入滅(死)に先立って、自分の身のまわりのものすべてを焼いてしまった。
こういうものに価値はないんだよと。
骨董品とか訳知り顔にあつかっている、
平成の紫綬褒章の神戸作家は少しなにか捨てたらどうだ?
おそらくいちばん大切なものは南無阿弥陀仏であり、南無妙法蓮華経であり、
それは自然であるということ、自分であるということだろう。
これは一遍が言っていたことではなく、わたしの内奥からの言葉である。
言っとくけどブランドへの執着はないが、プライドもかなり捨てたが、
しかし小金への執心はいまだ異常なほど根強い。これをなくしたら死んじゃうよ(笑)。

*いつものことですが誤字脱字失礼。最後までお読みくださり大感謝。

「一遍入門」(大橋俊雄/春秋社)

→むかしからのブログ読者さまに、もう仏教の話を書くのはやめろと。
どうせだれも最後まで読んでいないし、自分もきついからやめてくれと。
自分がいちばん力を入れている記事をだれにも読んでもらえないという、そのね。
わたしはべつにほかの宗派の人に一遍好きになれと言っているわけではない。
一遍の考え方をすると、宗教的な喧嘩がなくなりいいんじゃないかなあ。
しかし、喧嘩こそ人生の生きがい、男の見せ場と考えるむきもあるから、それはもう。

まえから何度も書いていることだけれど、一遍の宗教観を紹介する。
一遍は「最高真理」を仮構するわけだ。
「最高真理」とは「なんで?」の源(みなもと)のことである。
なんであたしはブスなのにあいつは美人なのか?
なんであいつは金持でみんなからちやほやされているのに俺は貧乏で孤独なのか?
なんでうちの子は障害を持って生まれてしまったのか?
なんで自分の愛する息子や娘が自殺してしまったのか?
なんでなにも悪いことをしていない自分が難病で苦しまなければならないのか?
この「なんで?」の答え、つまり「究極真理」は「わからない」。
「運が悪かったんだよ」と言われるよりは「わからない」のほうが気分がいいのでは?
しかし、「わからない」って言われても、
じゃあ、どうすりゃいいのかって、これも「わからない」。
ある人には劇的に効いた薬がべつの人には逆効果になることさえありうる。
「わからない」状態につねにいるのは不安である。
だから、庶民のうちから
自然発生的に南無阿弥陀仏や南無妙法蓮華経が出てきたのだと思う。
南無阿弥陀仏は法然の発明品でもなんでもなく、
教信のようなクソ庶民連中がうめいていたのを法然が聞き取ったのである。
南無妙法蓮華経も庶民の怨嗟のうめきを日蓮が題目に翻訳したのだと思う。

一遍はたまたま南無阿弥陀仏を熊野の神から授かったというだけの話で、
彼は南無妙法蓮華経でもいいということを言っている。
わたしの言うことを聞かなくてもいい。あなたが信じたものが真実なんだよ。
しかし、南無阿弥陀仏は言葉の持っているパワーが強いからいいと思うなあ。
とりあえず南無阿弥陀仏と書かれた札をあげておくから、
言葉の意味は自分でいろいろ考えてそれをお信じください。
現世利益があると思ってもいいし、奇跡があると思ってもいい。
たとえ嘘でも信じていたら嘘はけっこう本当になることがあるものである。
一遍の「正しい」の根拠は熊野神社の神託(夢告)だからこれはもう狂気と言うしかない。
「正しいから正しい」という狂った盲信である。
ただし一遍の偉いところは、
自分はそう思ったが違う可能性もあることを知っていた。
弟子から法華経と念仏のどちらが「正しい」のかと問われて、
「うーん、役に立つんならどっちでもええんじゃね」と答えている。
どうせ売れないだろうけれど、
どこかの出版社に一遍上人語録の豪傑訳をさせてもらいたい。
創価さんとか浄土系さんとかがうまく手を組んで宣伝してくれたら、
まさかまさかの爆発的大ヒット作が生まれるかもしれない。
宗教系は売れるって小谷野敦さんも言っているし、
ビルマかどっかで10日くらい修業してハクをつけてくるからさ。
で、倉田百三みたいに女子高生と付き合おうっていう算段さ。

わたしは一遍とおなじで、
南無阿弥陀仏も南無妙法蓮華経もおなじ意味だと思っている。
どっちも「究極真理」でパワーのある言葉で意味は「わからない」。
おまえは不可知論者でそこで思考をストップさせていると叱られるが、
わからないのはわからないのだから、
わからないことを虚心坦懐に認めるほうがいさぎよいのではないか?
どうしてだれかがいきなり死んじゃったりするのかなんてわからないじゃん。
でも、「わからない」のは不安だから
「わからない」に対してわからない「南無阿弥陀仏」「南無妙法蓮華経」を
そのままぶつけてみるということを編み出した鎌倉時代の仏僧はすげえよ。
「なんでこうなるのか?」→「わからん」→「どうしたらいいのか?」→「念仏や題目」
「わからない」ことさえしっかりわかっていたら安心していられるのである。
わたしは毎朝、勤行唱題(南無妙法蓮華経)しているが、
夕方に近づくと南無阿弥陀仏をこころのなかで唱えることがある。
だって、法華経がおそらくいちばんいいリズムだし、
あれを朝3分やると元気が出るじゃん。
落ち込んだときもこれが宿業なのか、
しかし仏さまは見てくれることだろうよ南無阿弥陀仏と唱えると安らかな気になる。
天台宗は「朝題目で夕念仏」なんでしょう?
だったら、天台宗に入れってあんな世襲の葬式坊主の教えを聞く耳は持っていない。

なにかあるとすぐ上に指導を求める宗教団体があるらしいけれど、
信者さんはどうして自分のあたまで考えようとしないのだろう。
どうせ結局は「信心が足らねえ」になるのによ。
自分のあたまで考えた南無妙法蓮華経や南無阿弥陀仏が本物の信心である。
本物の信心はだれかから指導されるものではなく(それは借り物じゃん)、
自分のあたまでこんちくしょ、くそったれ、ばっかやろと考えたものだろう。
自分という存在もまた「わからない最たるもの」でしょう?
ならば自分が南無妙法蓮華経であり南無阿弥陀仏なんだよ。
「○○先生はこう言っている」の連発はやめようぜ。
まあ、楽だからおれもやるけどな。そこらへんはみなさんとおなじ小狡い庶民なんだ。
一遍が宴会で酔っぱらった武士に念仏札をセールスに行ったんだ。
泥酔した武士はご機嫌で紙くずを買い上げてやった。
一遍が去ったら、武士が言ったという。「あの坊主ほどのインチキはおるまい」
お付きのものが「じゃあ、どうして買ったんですか」と聞くと
「仏法は本物であるから」と答えたという。
のちにこの話をめぐりまわって聞いた一遍は、あの赤ら顔の武士はなかなかやるなあ。
なぜならふつうの人は僧を信じて、絶対の仏法を信じようとしない。
そこがあのサムライは見どころがある。
意味は書いちゃったけれど、いちおう権威づけのため「一遍聖絵」から引いとくね。
原文なんて読む必要ないから。おまけみたいなもん。

「おほくの人にあひたりしかども、
これ[武士]ぞ誠に念仏[仏法]信じたるものとおぼえし。
余人は、皆、人を信じて法を信ずる事なきに、
此俗[武士]依法不依人のことわりをしりて、
涅槃の禁戒[釈迦が死ぬ間際に注意したこと]相叶へり。
ありがたかりし事なり」


著者の学術的文章を借りるならば――。

「今まで多くの人に出あったが、
この人[武士]こそ本当に念仏を信じている人だと思った。
他の人たちは、皆、人を信じて仏法を信じようとしないが、
この人は釈尊が亡くなるときの最期の誡(いまし)めであった
「法をよりどころとして、人をよりどころとしない」という道理を知っている」(P77)


わたしも仏法は信じているけれど(法華経も阿弥陀経も般若心経も)、
会長さまを信じるとか教祖さまにひれ伏すとか、その感覚はわからない。
山田太一ドラマはおもしろいけれど、作者を人格神のようにあがめたりしない。
小谷野敦さんの軽い本は好きだけれど、実物はすごいって聞くしね。
これは真理は伝達できないということにもからんでくる。
山田太一ドラマの視聴者は、
いろいろな感想をそれぞれの体験によって持つでしょう?
小谷野さんは自分が絶対に「正しい」と信じている人で、それはそれでいいのだが、
他人が「正しい」と信じていることにいちゃもんをつけたがるところがない?
白黒をつけよう、勝負しよう、法廷の裁きを受けよう、とかさ、ブルブル。
相手も「正しい」、自分も「正しい」を仏教レベルで説いてしまったのが一遍である。
南無阿弥陀仏(わからない)が究極真理なら、
自分も相手も「正しい」かはわからず、ならば自分も相手も「正しい」のだろう。
あーあ、こんなもん義理で読まされたくねえよ、と思っている読者の顔が浮かぶぜ。
読まなくていいからね。あなたは「正しい」んだから。

なんで南無妙法蓮華経の人、具体的には日蓮大聖人は念仏をあんなに嫌うのかね?
どっちもいかがわしいかび臭い呪文じゃねえか、ハハハ。
ご存じでしょうが、念仏の観無量寿経は、
釈迦が霊鷲山で法華経を説いているときに、
韋提希(いだいけ)夫人が仏さまに「SOS」を出したから、
それじゃあということで法華経をいったん中止して彼女を救った教えなんだよ。
主人を子どもがいまにも殺そうとしているときの夫人にする教えは、
(法華経ではなく)観無量寿経だったという、それだけの話ではないか。
南無阿弥陀仏で救われる人がいてもいいし、
南無妙法蓮華経で救われる人がいてもいい。
真相はお客さんがおなじだからお布施をめぐっての争いだったのではないか。

さて、わたしの好きな一遍は法華経ととても親和性が高い。
以下はひとりもお読みにならないだろうが、
一遍の祖先に河野道清という人がいる。
これは子どもができなかったので家族が三島明神にお願いして生まれた子である。
三島明神の申し子というらしい。
で、この三島明神(日本の神さま)の本地が大通智勝仏である。
本地垂迹説はよくわからないのだが、まあ、仏と神が本当は一体なのよという話。
大通智勝仏はむかし「法華経」を説いた仏で、
「法華経」の化城喩品第七によると出家するまえには16人の王子がおり、
彼らは父にしたがってつぎつぎに出家した。
そのいち9人目の王子がさとりを開いて阿弥陀仏になり、
16番目の王子が釈迦如来になった。
いまから法華経現代語訳を開いて確認する元気はないが、
本書の36ページに書いてあるからたぶん本当だと思う。
なにが言いたいのかって、釈迦も法華経も阿弥陀仏もさ、
まあ、みんな遠い親戚みたいなもんじゃないか、一杯やろうぜってこったな。
だれも読まなかっただろうが、しかし書くとわかるね。だから書いているのだが。

一遍といえば、当時故人であった空也と証空への敬慕で知られている。
学者ではないから知らないが、空也は意外と資料がないらしい。
はっきり言って学者の価値って、資料を識別できるくらいではないか?
どの資料とどの資料がどういう関係かは読んでみるまでわからず、
先輩から教えてもらうほかなく、
それではじめて資料を読んで意味がわかるのである。
学者はそういうおもしろいことを一般書に書かないし(書いたら権威がなくなる)、
また一般庶民にわかるように平易に書ける筆力がない。
だから、ひろさちやや島田裕巳は偉いとも言えよう。
本当は学問なんてせずとも、南無妙法蓮華経って一心に唱えていたらいいの。
なにもお経はわからなくても、南無阿弥陀仏と唱えていれば心が休まるの。
題目も念仏もいまのカタカナ(リノベーション)なんかと比べたら、
言葉の重みが禍々しいほど黒々と凄惨なまでに存するのである。
(一遍ファン同士)仲間ぼめをするわけではないが本書はわかりやすい部類に入る。
念仏の空也は法華経も読誦していたことも知る。

「空也は念仏を勧めたといっても、
空也の念仏は平康頼の『発心集』に空也の業績をたたえ
「これ我が国の念仏のそし(祖師)と申すべし。
すなはちほけきやう(法華経)と念仏とを、極楽の業として、
往生をとげ給へるよし見えたり」と記しているように、
従来の呪術宗教者的形態を踏襲しながらも、
天台的な『法華経』と念仏を往生の業とするといった、
肉体的な念仏行をとおして宗教的エクスタシーを得ようとするものであった。
ここに空也の念仏が世の人に迎えられる原因がひそんでいた」(P145)


だれも読んでいないだろうからこっそり悪口めいたものを書くが、
この人はどうしてもっとわかりすく書けないんだろう?
証空なんていう坊さんもみんなご存じないでしょう?
まあ法華経が大好きで、一遍が敬慕していたおおむかしの坊さんである。
なぜ一遍は証空を慕っていたのか?

「名聞利養と栄達を願っていた僧の多かったとき、
証空はひたすら沙弥[しゃみ/出家未熟者]としての生活をつづけ、
『法華経』を読誦することを旨とした持経者で、念仏者ではなかったが、
教団組織を否定し、
宗教生活を沙弥的なあり方で実践しようとしたところに、
一遍の立場と似たものがあり、
ここにまた一遍が証空を崇拝してやまない理由があった。
いわば、一遍にとって証空は空也や教信とともに
期待すべき宗教的人間像であったといえよう」(P173)


宗教に入っても班長とかブロック長とかみんな目指すものねえ。
出世のための「がんばっているアピール」が指導をしたり、指導を受けたりすること。
そんなことよりひとりでインドへ行って来いって。
もう仏教ネタはやめて、どうせだれも読んでいないのよ、
と言われたのに書いちゃったわ、いやーん♪
こんな長文記事を最後まで読んでくれた方の宗教ならかならず入ります。
ありがとうございます。第3のビールなら奢りますよ。
しっかし、こういう決して報われない無駄骨を功徳というのかもしれんのお。

*誤字脱字はそのうちね♪

「捨ててこそ生きる 一遍 遊行上人」(栗田勇/NHK出版)

→2ヶ月以上まえに読んだ本で、いろいろ忙しくて本当に時間が取れなかった。
本書はとてもぜいたくな1冊で、国宝の絵巻物、一遍聖絵が丁寧にコピーされている。
いままでいろいろな関連書で一遍聖絵を鑑賞したがこの本がいちばんよい。
一遍聖絵に僧が入水自殺をするシーンがあることを本書で知った。
絵巻物の該当部分を拡大して、
あれは入水自殺だと教えてもらわないとふつうの人は気づかないのである。
一遍上人は踊り念仏を始めたとされる鎌倉時代のマイナーな坊さん。
日本全国を遊行(旅)して南無阿弥陀仏の札を配ってまわった。
後年は弟子(女もいた)が旅をともにすることになり自然発生的に踊り念仏が生まれた。
踊り念仏とは、いまで言えばAKB48のような集団ダンスである。
一遍につきしたがったのは、各地域で集団生活を送ることができないあぶれもの。
たとえば、チョーがつくほどの美少女は、
男たちの関心をひとり占めするから女連中から嫌われる。
あたまが少しおかしい人はおもしろいんだけれど輪を乱す存在とも言えよう。
そういうカタギには生きられないものが一遍の遊行(旅)につきしたがった。

一遍の踊り念仏はストリップショーに近かったという説があり、わたしもそうだったと思う。
べつの本で資料を見たが、踊り念仏をする女性は着物をミニにしているのである。
盆踊りの起源は踊り念仏とも言われているが、男女は高台のうえで踊る。
下から見上げる観衆からは踊るタレントの男根や女陰がちらちら見えたことだろう。
こういう興行をして一遍は貨幣を得たものと思われる。
そうでないと配る念仏札を製造する元金がどこから出ていたのかわからない。
一遍の布教は念仏札を配ることであった。
たいていの人には無料で配っただろうが、
一遍の威光に降参して寄付金を差し出したものも少なからずいたことだろう。
一遍は教団をつくる意図はなかったが、没後に弟子たちが群れて教団化した。
それが時宗(時衆)でいまでも本当に細々と神奈川の藤沢に残っている。
わたしは時宗の檀家ではなく、ただの一遍の心酔者だが、
むかし念仏札を無料でもらったことがあり、それは財布にたいせつにしまっている。
この念仏札は売ってくれと言われても困る。
かといって、いまもいまライターがあれば燃やしても構わない。

とまあ、一遍のかんたんなポップ(宣伝)を書いたけれど、
果たしてみなさまのご関心をキャッチ(捕獲)できたでしょうか?
歴史上にいたお坊さんのなかでいちばんわたしが好きなのは一遍上人だ。
むかし暇にまかせて岩波文庫の「一遍上人語録」を百回以上読んだことがある。
一遍上人の教えは、本書で栗田勇氏も指摘しているが「捨ててこそ」。
ひと言でわかりやすくまとめろと言われたら「善悪を捨てよう」になる。
あれは善(正しい)でこれは悪(正しくない)という考えを捨てる。
一遍は自分の言ったことも捨ててくれてけっこうとまで言っている男。
自分の教えが正しいわけではない。唯一絶対の真実は南無阿弥陀仏。
阿弥陀仏に南無(お任せ)する。
善も悪も自分で判断しないで南無阿弥陀仏(阿弥陀仏にお任せする)。
わたしは一遍の南無阿弥陀仏の熱狂的ファンだから、かなりフリーである。
一遍に刺激されて、善も悪もよくわからないんじゃないかと思っている。
このため、当方はどこの宗教団体にも入ることができる。
善悪を捨てたら、どの団体もそれぞれ正しいことに気づくわけだから。
どこの団体が正しいわけではなく、どの団体もそれぞれに正しいことがわかる。
ならば、創価学会、顕正会、浄土真宗、親鸞会――ぜんぶに入ることができる。
かわいい女の子に勧誘されたらキリスト教のどっかに入ってもいい。
いちおう新約聖書はむかし熟読したことがあるし、聖書も正しいと思うので。

一遍の魅力を広く紹介したのは栗田勇氏(「一遍上人 ~旅の思索者~」)。
わたしも氏の著書からだいぶ影響を受けたものである。
本書は氏の一遍論考エッセイの集大成と言ってよい。
わたしとは意見が違う部分もあるが、
作者が一遍を作者なりによく理解(咀嚼/そしゃく)しているのがよくわかった。
著者とわたしの一遍の見方のどちらが正しいというわけでもなく、
どちらも正しくないし、あるいはどちらも正しいのだろう。
おそらく一遍ファンの先達の著者はそのことに同意してくださるであろう。
わたしはブログ「本の山」にいままで一遍のことをたくさん書いてきた(好きだから)。
ブログのカテゴリーに「一遍上人」をつくってしまったほどである。
いったいこれからわたしはなにを書いたらいいのだろう?
というのも、わたしは個人的に一遍のファンというだけ。
べつにみなさまが一遍を好きになってくださらなくてもぜんぜん構わない。
日蓮大聖人のほうが何倍もいいと思われてもOK。
田舎坊主で子孫が腹黒い親鸞のほうが好きだと言われてもOK。
そう断ったうえで、一遍の教えをとことんわかりやすく紹介してみるか。
むかしは偏差値40の女子高生にでもわかる文章を目指していたのだが、
最近は知的障害者にもわかる文章を書けないかなと思っているが、うーん。

一遍はまあ、こう言ったわけである。
あれ? 善とか悪とかってあるっけ? 正解とか誤答とか、そんな違いはある?
東大生と知的障害者ってべつに変わらないじゃん。
社長も部長も工場長も正社員もバイトも、みんなおんなじなんじゃないかなあ。
このようなことを一遍は以下のように言っている。
このブログ記事のなかで一遍の言葉を引用するのはここだけだから、許して!

「念仏の行者は智恵をも愚痴(ぐち)をも捨(すて)、善悪の境界(きょうがい)をもすて、
貴賤高下の道理をもすて、地獄をおそるゝ心をもすて、極楽を願ふ心をもすて、
又諸宗の悟(さとり)をもすて、一切のことをすてゝ申(もうす)念仏こそ、
弥陀超世の本願に尤(もっとも)かなひ候へ」(P18)


人間って善人ぶりたがるし、だれかを悪人だと決めつけたがる。
でも、一遍は善も悪も捨てようと言っているわけだ。
われわれは得(出世)を善だとみなし、損(病気)を悪だと思っている。
でもでも、一遍は善(得)も悪(損)も捨てようと言っている。
そんなもの机上の空論じゃないかと言われたら、たしかにそういう部分もあろう。
でもでもでも、一遍本人はかなりのところまで善悪を捨て切っていたと思う。
どうしたら善悪を捨てられるのか? どういう考えをしたら善悪を超えられるのか?
善悪というのは損得、貧富、美醜、賢愚、正否、貴賤のことと言ってよい。
どのようなロジック(論理/言葉の筋道)で善悪を捨てられるのか?
ここで一遍の持ち出してくるのが「死(極楽浄土)」である。
「死の世界(浄土/永遠/絶対)」からこの世を見たら「善悪(相対)」は捨てられる。
善人だと思われていた人が死んだら大悪人だとばれることってあるじゃん?
このたとえでもいいのだけれども、死から見たら善も悪もなくならないか?
善悪なんて口うるさい世間がギャアギャア言っているだけとは考えられないか?
損得勘定ばかりで生きていてもあの世まで財産は持っていけない。
美人東大生だって交通事故で死んでしまえば美醜も賢愚もないわけでしょう?
いくら大会社の会長だ社長だと威張っていても死後の世界でおなじように威張れるか?
あんがいこの世で威張った人は地獄の閻魔(えんま)さまから叱責されるのではないか?
死を身近なものとして念頭に置いていると善悪をある程度は捨てられるのである。
わかりやすくいえば、人間はいつ死ぬかわからないってこと。
そして、死んだらどうなるかはいくら科学が発達してもわからない。
死んだら無になると信じている人もいようが(それはそれでいいけれど)、
死んだら無になることを科学的に証明することはできない。

一遍の説いた教えは南無阿弥陀仏である。
南無妙法蓮華経でもいいが、自分は南無阿弥陀仏だと言っている。
南無阿弥陀仏と一遍でも唱えたら、みんな死後に極楽浄土に往ける。
これがどうして救いかというと、
いま難病で苦しんでいても死んだらすばらしい浄土に往けるわけだから。
そうであるならば、いまの苦しみも多少安らぎを見せることだろう。
いつ死ぬかはクヨクヨ悩まず南無阿弥陀仏(阿弥陀仏にお任せする)。
なにが善でなにが悪かも南無阿弥陀仏(阿弥陀仏にお任せする)。
だとしたら、南無阿弥陀仏は「わからない」という意味とも言えよう。
南無阿弥陀仏と唱えるのは「わからない」と唱えているようなもの。
「死」も「死後の世界」も「善悪」も「わからない」ことの表明が南無阿弥陀仏。
一遍はどのようにしてこのような南無阿弥陀仏にたどり着いたのか。
一遍とて迷っていた時期があったのである。
一遍の布教は念仏札を旅の途中で配ることであった。
熊野本宮神社に向かっているときに参拝客のひとりから念仏札を拒否された。
「おれは信心がないから、その札はただでもいらねえ」と言われてしまった。
このとき一遍は迷う。
たしかに信心がない人に念仏札をすすめてもゴミを押しつけるようなもの。
賦算(ふさん/念仏札配布)は迷惑行為なのではないか?
なんのために自分は念仏札など配っているのだろう?
みんな救われていることを教えるためだが、それは自力で教えられるものか?
苦悩で悶々としていると夢に熊野権現(神さま)が現われたという。
熊野の神さまは仏僧の一遍に夢のなかでこう教えた。
栗田勇氏の名文を自分勝手な補足しながら引用する。

「すでに阿弥陀様が永劫の昔に[全員を]救うということを約束なさっている。
だから[個々の運命も往生もあらゆることが]すでに決まっている。
信、不信をえらばず、浄、不浄を嫌わず、その札を配るべしと。
一切選ぶ必要はない。これは革命的な考え方です。
つまり、自力か他力か、どこまでが阿弥陀仏にまかせられるのか、
ということを考えることそれ自体も捨ててしまう。信も念も捨てて、
ひたすら口に「南無阿弥陀仏」の名号を称えることだけだ、と」(P84)


自力(努力)か他力(運命)かというところであたまを悩ます人も多いだろう。
わたしもこれはそうとう考えたし、いまでよくわからないところである。
人生(仏道)は自力(努力)なのだろうか、他力(運)なのだろうか?
一遍はそういう「自力か他力か」という二項対立的な思考法を捨てろと言う。
自力も他力もどちらも捨てて南無阿弥陀仏と唱えていればよろしい。
人生は自力でもあるし他力でもあるし、自力でもないし他力でもないし、
しいてこの問題についてなにか言うとしたら南無阿弥陀仏(=わからない)。
人生の転機に選択肢のようなものが現われる。
そのような大ごとだけではなく、日々の生活が選択の繰り返しとも言えよう。
どちらが善か悪か、損か得かでわれわれは迷うのである。
しかし、一遍は南無阿弥陀仏で善悪も損得も捨てちまえと過激な主張をしている。

繰り返しになるが、南無阿弥陀仏とは死を身近に思うこと。
毎日、明日死んでしまうかもしれないと思うことが一遍の念仏である。
これは間違いではなく今日死んだ人は、
昨日まさか明日死ぬことになるとは思っていなかったのだから。
明日あなたが絶対に死なないとは言い切れない。そして人の死亡率は100%である。
明日死んでしまうかもしれないのなら、
今日の善悪や損得などどうでもよくならないか?
明日死んでしまうと思うと苦手な同僚のよい面にも気づき、
それどころか「死後の世界」から見たらひとりひとりがとても懐かしく感じられないか?
醜いと感じていた人の美しさにも気づくこともあろう。
愚かだと思っていた人の賢さに驚くようなこともないとはかぎらない。

世間常識(善悪・損得・貴賤・美醜・賢愚)というのは窮屈なものとも言えよう。
一遍の「捨ててこそ」の念仏を唱えると、毎日が自由になり楽しくなるのである。
目先の損得や世間の目(=善悪)、将来の不安など南無阿弥陀仏でぶっ飛ばせ!
そうしたら楽しくなる。笑顔も浮かぼう。ときに踊り出したくなることもあろう。
それがわたしの大好きな一遍という坊主の説いた踊り念仏である。
周囲の評判を気にして善人を気取って目先の損得のことばかり考え、
他人と自分を比べてばかりいたら毎日がストレスの連続で息苦しくないか?
あいつはおれよりも悪い。あいつはおれよりも偉いのが悔しい。
あいつはバカなのにおれよりも出世している。
あの子はあたしよりも美人でいいなあ。金持のボンボンはいいよなあ。
チクショー、今日1万円もパチンコですってしまった。
ヤバイ、会社でミスをして50万の損失を出してしまった。
たしかに生活していくというのはそういうことだが、
しかしそうではない、
善悪を超えた「捨ててこそ」の一遍踊り念仏世界もあるのである。

一遍というのは一度逢ったら一生忘れられないようなやつだったのではないか?
そういう人がたまさかいるものである。
われわれは毎日多くの人と交差して、なかにはもう一生逢わない人もいる。
けれども、あの人のことは忘れることができないという経験があるのではないか。
そういうことは旅先で起こることが多い。
旅をしたときバスや列車で同席して何気ない会話を交わした人のことが忘れられない。
妙にこちらの印象に残る人というのが旅先で登場する。
一遍は遊行上人とも言われたくらい旅をしつづけた坊さんだ。
いったいどれほどの人の記憶に強烈な印象を刻み込んだことだろうか。
一遍の教えは、「教えたよ→ハイわかりました」というものではない。
なぜなら「善悪を捨てよう」という言葉の意味ならだれでもわかるだろう。
しかし、実際に善悪を捨てるのがどれほど難しいか。
われわれは一遍の教えをあたまで理解していても、
どうしようもなく相手の肩書や商品の割引、相手の顔に左右されてしまう。
ならば、一遍の教えに意味がないと言われたらたしかにそうだろう。
だが、一遍の存在にものすごい意味があったのではないか。
「捨ててこそ」の念仏をする一遍の存在感はすさまじかったのではないか。
一遍は本当に善悪・損得・貧富・貴賤・美醜・賢愚を念仏で捨てていた。
そういう人に逢うと、自分もちょっと真似をしてみようかと思うものなのだ。
とはいえ、世間的善悪、家計簿的損得、社会的上下感覚を捨てたものは狂人である。
万引をしたら捕まるし、計算しなかったら破産するし、社長を敬わなかったらクビだ。
だから一遍は、新興宗教の教祖にはよくあることだが、狂ったやつだったのである。
踊り念仏の一遍上人はスーパーフリーなきちがいカリスマだったのだと思う。
実際、ある武士から「この僧は日本一の狂惑のものかな」と言われている。
酔っぱらった武士からきちがいあつかいされた一遍はどれほど本物だったのか。
一休禅師の本も出している栗田勇は(「一休 その破戒と風狂」)、
以下のような指摘をしている。

「考えてみると、この「狂惑」とは、
人間が自分のあり方にたいする深い反省を自覚するときに現われてくるものであって、
伝教大師最澄が入山のとき、
自分を最も狂にして最も愚かなるものであるといった話や
一休禅師などの「風狂」といったような姿も思い起こされてくる。
「狂」には確かにある種のモノマニアック[偏執狂的]な純粋性というものがあって、
その純粋性は日常生活から見ると、ときに「狂」に見えてしまう。
しかしある種の日常性を突き破ったエネルギーというもの、
それはやはり、人が人間を超えたものを見たときに、
その日常性の裂け目から噴き出してくる素顔というようなものであろうか。
醒めているということは俗に狂惑に見えるものなのである」(P114)


さすがに一遍ほどではないが、
わたしも自分が狂っているのではないかという恐怖感がある。
人はどうして狂うことをこうまで恐れるのだろうか?
わたしは最近「一(ささいな出来事)」のなかに「遍(普遍的なもの)」が見えるという、
統合失調症的(精神分裂病的)な妄想体験を多くしている。
なにを高僧ぶっているのか笑われそうだが、
「一(一瞬)」のうちにひそむ「遍(永遠)」が見えるような病的妄想にとらわれている。
著者の指摘で気づいたが、一遍上人の一遍という名前は意味があったのである。
一遍の――。

「この「一」と「遍」というのも「一」即「遍」ということで、
「遍」というのは普遍性とか「遍(あまね)し」の意味である。
この世に生きとし生けるもの、存在するすべてに共通する、普遍的なものと考えていい。
それを普遍していくと、現世にあるすべてのもの、現世そのものが、
この名号[南無阿弥陀仏]の力に抱きとられていて
御仏の本体そのものの現れと一致するというのである」(P70)


「一遍」つまり「一即遍」(これを華厳経では「一即多」という)ならば、
小さな「一」のなかに「(普)遍」を見てしまうのは決して病的妄想ではなく、
ひとつの仏教サングラスをかけて世界を見ていたようなものなのかもしれない。
当面はいまのところは精神科を受診しなくてもいいような気がして安心した。
こういう記事を書くとおまえはインテリぶっているとか、
また批判コメントがつくのだろうなあ。
そもそも最後までだれもお読みにならないから大丈夫かしら。
生活べったりの人には世間的善悪や金銭的損得を捨てるなど思いもよらないことだろう。
すると自称庶民らしい偏狭な「おれは間違っていないモード」が発動して、
このブログの書き手は精神病だ、犯罪者だ、悪人だとヒステリーを起こす。
あいつはインテリぶったわれわれ庶民の敵だみたいなさあ。
一遍みたいに尊敬されたいとは思わないけど、もう批判コメントはいやずら。
本音を言うと一遍の小指の先くらいでいいから、人から尊敬されてみたいかも。
貴重な休日に一銭にもならないこんな文章を書いてなにをやってんだか。
まあ、そういう無駄なことをするのが文化であり、宗教行為なのだろうけれど。
これから人生どうしたらいいのだろうといまだに思い悩んでいる。
しかし、どうしたらいいかというのも善悪の問題。
善悪など投げ捨てて南無阿弥陀仏でいいのかもしれない。よくないのかもしれない。
というのも、これもまた善悪の問題だから。

(関連記事)↓だれも読めない「本の山」最長記事(笑)
「一遍上人語録 付・播州法語集」(大橋俊雄:校注/岩波文庫)

「一遍辞典」(今井雅晴:編/東京堂出版)

→労作だとは思うが、著者が一遍の根本思想を理解していないことに驚く。
「正しい」かどうかは結局、肩書勝負になるから「正しい」のは著者だろうけれど。
踊り念仏を始めた鎌倉時代の坊さん、一遍のやばさは自殺を肯定したところだ。
正確には、自殺など存在しないとした。
自死遺族の悲嘆というのは強烈なものだが、
これを癒すものがあるとすれば一遍の仏法しかいまのところ考えられない。
南無阿弥陀仏の救いとはどういうことか?
死んだら極楽浄土に往生できるという、ただそれだけのことである。
だったら、早く死んだほうがいいって話でしょう?
法然も親鸞もなんだかんだいって南無阿弥陀仏に徹しきれなかったのではないか。
ふたりともやたら長生きしているから、
こいつらにとって念仏は商売道具でしかなかったのではないかとさえ邪推してしまう。

一遍の名言に「とく死なんこそ本意なれ」というものがある。
「早く死ぬのが本望だ」という意味だ。
死んだら阿弥陀経に描かれている極楽浄土に往生できるのなら、
「とく死なんこそ本意なれ」は必然の帰結と言えよう。
いまの日本の一般常識では自殺はよくないものとされている。
著者は通俗的な常識に縛られて狂的な一遍の信仰をまるで理解していない。
当時はおそらく自殺などという言葉はなく、捨身往生と言われていた。
身を捨てて極楽浄土に往生することである。
今井雅晴博士は言う。

「鎌倉時代後期に全国の布教活動をした一遍のまわりには、
古代以来の捨身往生肯定の世界が広がっていたようである。
一遍はこの世界に身を置きつつも、
捨身往生は救済につながるものではないと否定している」(P141)


どこにそんなことが書かれているのか、ぜひぜひご指摘いただきたい。
本書には著者の住所が書かれていたが、
「もてない男」の小谷野敦さんではないが、手紙を書いたら返事が来るだろうか?
一遍が捨身往生を肯定していたと解釈できる部分ならいくらでもある。
今井雅晴博士はなぜか法然や日蓮を持ち出してくる。

「ところで法然や日蓮ら、鎌倉新仏教の祖師たちは、
一様に捨身往生を否定している。
その理由は、第一に、彼らは現世における命を尊重していること、
第二に、彼らは他力の信仰を標ぼうしていること。
みずから命を断つことによって極楽往生しようというのは、
あくまでも自力行とみなさなければならないからである」(P141)


え? 日蓮の仏法は他力ではなく、法華経に帰れという自力信仰ではないか?
日蓮が現世における命をそこまで尊重していなかったという証拠もある。
以下は、日蓮が信徒に書いた手紙の一節である。

「とにかくに、死は一定なり[死は決定している]。
其時[絶命時]のなげきは、たうじ(当時)[元寇や飢饉]のごとし。
をなじくは[どうせ死ぬのだから]、かりにも法華経のゆへに命をすてよ。
つゆを大海にあつらへ、ちりを大地にうづむとをもへ」


さらに今井雅晴博士はみずから命を断つのは自力行だと書いている。
博士は一遍の他力信仰をまったく理解しておられないのだろう。
木に実がなり熟してそれが落ちるのは、自力ではなく他力(自然)でしょう?
花が咲き散るのも自力ではなく他力である。
果実が熟し落ちたり花が散るのと捨身往生(自殺)はおなじなのである。
自殺というのはじつは自殺ではなく、花がその命を終えて散っているようなもの。
散る「とき」が来たら散るほうがよけいな延命を施されるよりもよほどいい。
「青が散る」美しさは「散る」ことによっているのである
しつこいようだが、花が散るのは自力ではなく他力である。
一遍の和歌にこういうものがある。

「さけばさきちるはおのれと散(ちる)はなのことわりにこそ身は成(なり)にけれ」
(咲くときは咲き散るときは散る花、そういう自然の理に自分は従いたい)


いくら自殺したって未遂に終わってしまう死ねない人がいるのを著者は知らないのか?
自分で自分を100%殺すことなどできるはずがないのである。
すべては他力だと信じられたら捨身往生(自殺)を遂げるものは、
彼(女)の宿業ゆえなのだからまったく自力の行ないではない。
一遍は富士川で入水往生したあぢさかの入道を絶賛している。
にもかかわらず、一遍をまるで理解していない博士はこんなことを書く。
今井雅晴氏にとっては一遍仏法は自分が真に「生きる」ためのものではなく、
出世や商売のための道具に過ぎなかったことがよくわかる。

「富士川で入水往生したあぢさかの入道の行為は、
決して誰にでも認められるものではない。
一遍の答えである「たゞ念仏申してし[死]ぬるより外は別事なし」
における〝死”が、単純な肉体的な死でないことは明白だろう。
これを入道は肉体的な死と勘違いした」(P28)


わたしは勘違いしているのは今井雅晴氏のほうではないかと思う。
氏は日本語を読めないのだろうか。一遍はこう言っているのである。

「又云、およそ一念無上の名号にあひぬる上は、
明日までも生(いき)て要事なし。
すなはちとく死なんこそ本意(ほい)なれ。
然るに、娑婆(しゃば)世界に生て居て、念仏をばおほく申さん、
死の事には死なじと思ふ故に、多念の念仏者も臨終し損ずるなり。
仏法には、身命を捨(すて)ずして証利を得る事なし。
仏法にあたひなし。身命を捨(すつ)るが是あたひなり。
是を帰命と云(いう)なり」


一遍は法然や親鸞よりもさらに過激な信仰を持ったカリスマだったのである。
いまこの瞬間に死んでもいいなんてやつがいたら、ビビらないものはいないだろう。
この迫力にひかれて一遍につきしたがった男女が時衆と呼ばれる人たちだ。
みんな一遍と一緒にいると楽しくて、思わず踊りだしてしまうものもいたのだろう。
本当に狂ったやつというのはおもしろいし、
深く傷ついた人を癒すのは「逝っちゃった」信仰なのだと思う。
一遍はこの世に生きながらすでにあの世に「逝っちゃった」人だったのだろう。
一遍は教科書にも載っている偉人だから「長生きはやっぱりいいわねえ」
などと言うと思ったら大間違いだぜ、そこのおばさん。一遍は51歳で死んだ。

「一遍上人語録 付・播州法語集」(大橋俊雄:校注/岩波文庫) *再読

→むかし暇にまかせて「一遍上人語録」を百回以上読んだことがある。
そうなると、ほとんどすべて内容を覚えてしまう。
その段階までいって一遍の思想を自分の言葉で書いてみたくなった。
2013年8月4日に書いた「一遍上人語録」の感想が以下である。

「一遍上人語録」
http://yondance.blog25.fc2.com/blog-entry-3321.html

ああ、だれもしないでしょうがクリックなんてなさらないで結構ですよ。
うちのブログの最長記事ですから、よほどの暇人以外は読めないと思います。
目が痛くなるからきっと健康にもよくない。
さて、もうあのときの感想ですべてを書き尽くしてしまったような気がするのである。
いまわたしに自信のようなものがあるとしたら、
鎌倉時代のマイナー仏僧である一遍を自分ほど理解しているものはいまいという、
ある種の錯覚(誤解/うぬぼれ)のためといってもよい。

2015年になって「一遍上人語録」について書きたいことはなにかあるのか。
いまわたしは多くの人たちと一緒にアルバイトとして書籍倉庫で働いている。
そうなると一遍の言葉が彼(女)らにはとっては意味がないことに気づく。
わたしが救われたような言葉はほかの人たちにはまったく意味がないのだと思う。
とはいえ、だれも読んでいないブログで語りかけたいとも思ってしまう。
一遍という人はなかなかいいことを言っているのだから。

わかりやすく言うならば、「最後の目」で見てはどうか、と一遍は言っているのだと思う。
難しい言葉をすべてはしょったうえで自分の言葉で説明すれば「最後の目」で見る。
明日ここのバイトを辞めるんだと思って職場の光景を見たらどれほど美しく見えるか。
もうこの人ともあの人とも会わないと思ったら、どんな嫌いな人でも許すことができる。
やたら重いだけのオリコンももう持つことがないのだと思うととても懐かしくなる。

感傷といえば感傷なのだが、一遍の南無阿弥陀仏はそのような感傷だと思う。
究極の真実のひとつは、人はいつ死ぬかわからないということである。
まさかないとみな信じているだろうけれど、
あなたやわたしだって明日死んでしまうかもしれないのである。
明日は来ないかもしれないのである。交通事故、心臓発作、無差別殺人いろいろある。
そう考えてみれば、いまのこの瞬間に見ている光景がどれほど美しく、
ありがたいものに思えるか。
もうこの光景を未来永劫見ることができないかもしれないのである。
そのときいつも行くスーパーの店員、職場の同僚がとても美しく見えないだろうか。
ささいな日常の細かなものがすべて「ありふれた奇跡」に思えないだろうか。

「死」というものを強く強く意識して生きるのが一遍の南無阿弥陀仏なのだと思う。
「死」からこの世を見る。一遍の南無阿弥陀仏とは「死」のことである。
いまのわたしが一遍の思想を一行で要約したら「善悪を捨てよう」になる。
われわれは常に善悪を考えるようにできている。
ついつい善をしたいと思ってしまう。あいつは悪人だと裁きたくなってしまう。
しかし、「死」から見たらなにが善でなにが悪かなんてわからなくならないだろうか。
どうせ死んでしまうのに、あくせく金を稼いでどうする。
どうせ死んでしまうのに、あいつは悪人だから会社を辞めさせろと上に告発してどうなる。
どうせ死んでしまうのに、おれは紫綬褒章作家まで登りつめたと自慢してどうなる。
おれはトヨタの社長だと言っても、あたしは大物芸能人の妻よと言っても、
みなに平等に訪れる「死」から見たらそれがなんになろうか。

しかし、そんなことを言えるのはお気楽な世捨て人くらいというのもまた「正しい」。
人は生きていかなければならないし、
生きていくというのは富や美、出世や健康を求める行為にほかならない。
とはいえ、そういうものをあきらめてしまう生き方もあるのである。
職場のある先輩から人生来歴をうかがい、
この人はわたしなんかよりはるかに
一遍の南無阿弥陀仏をわかっていると感激したものだ。
「わずらわしい人間関係はいやだ」とその人は言った。
一遍が好きだった空也という坊さんの言葉にこういうものがある。

「名を求め[名声・肩書を欲し]衆を領すれば[人の上に立てば]身心疲れ、
功を積み[がんばって]善を修すれば[世間的にいいとされることをしたら]
希望(けもう)多し[この世への期待が大きくなるがどうせ報われない]。
孤独にして境界なきにはしかず[孤独に徹し人と自分を比べないのが一番]。
称名して[念仏して]万事をなげうつにはしかず[すべてを捨てるのがいい]」(P132)


とはいえ、それがなかなかできないのが人間というものなのだが。
一遍だってなんだかんだいって最後には名声を得ているのである。
出世を本当に求めなくなったら出世してしまうようなところがあるのかもしれない。
しかし、どうせ出世したところで人間は孤独である。
結婚したっていくら友人がいたところで人はみんなひとりぼっちだ。
一遍の和歌にこういうものがある。

「おのづから相あふ時もわかれてもひとりはいつもひとりなりけり」(P59)

人生の出会いや別れが「おのづから」であるという考え方がまずいい。
人に出会ったり別れたりするのは、
偶然でも必然でもなく「おのづから(自然)」なのかもしれない。
そして、どんなにいい人に出会っても「おのづから」別れてしまう。
そうかと思ったら「おのづから」べつの人と出会うこともあるかもしれない。
しかし、結局のところ人間はだれしも「ひとりはいつもひとりなりけり」――。

明日死んでしまうかもしれないと強く思うことだ。
実際そうならないとも限らないのだから。
どうしてみんな自分が平均寿命まで生きられるなんて信じているのだろう。
不摂生な生活をしているから、あと数年くらいだと思っている。
正しくは思っているではなく、あと数年で「おのづから」死にたい。
一遍の思想は、「死」こそもっとも幸いという逆転発想である。
南無阿弥陀仏と唱えたら死後にこの世よりもはるかにいいところに往ける。
そう考えると踊りだしたくならないだろうか。
明日死んでしまうかもしれないと考えたら、
今日会う人たちや目にする光景がどれほど美しく見えるか。
どうせ人は死ぬのだし、死んだら極楽に往けるのなら、
いまの苦しみや辛さなど屁ほどのものでもない。
人はみんな死ぬ。死んだら天皇も社長も富裕層も貧困層も底辺もなーんにもなくなる。

懸命に南無妙法蓮華経と唱えて現世における出世や勝利を求めるのもいいが、
人生長くてもたったの百年で、
死んでからは百年どころではない長い長い時間が待っているのかもしれないのだ。
しかし、南無妙法蓮華経もまたいいと思う。
どうしてたった一回きりのこの人生で幸福を願わずにいられようか。
成功して勝利して人の上に立つのはいい気分だろう。
そっちもまた「正しい」のだと思う。
一遍の思想は「正しい」ことや「善悪」は自分にはわからないというものだった。
なにもかもわからないことを示すために一遍は南無阿弥陀仏と言った。
明日死んでしまうかもしれないのだから、一遍は楽しく笑い、そして踊った。
おそらくAKBの元祖であろう踊り念仏の発案者として広く知られているのが一遍である。

「中世を旅する聖たち展 一遍上人と時宗」(神戸市立博物館)

→昭和63年に神戸市立博物館で開かれた展覧会の図録である。
わたしが古本祭や古書市を好むのは、
こういった思いもよらぬ希少本をときに安価で入手できるからである(500円でした)。
そのような偶然性を愛さなかったら、なんとこの世界は味気ないものになるか。
展覧会の図録というのは(定価で買ったことはありませんが)本当に貴重なものだと思う。
恥ずかしながら芸術鑑賞みたいなことは正直、
生まれがクソ庶民なためでしょうかほとんど縁がなかったが、
たとえ展覧会に行ってもひとつのものをじっと見つめていられない事情くらいはわかる。
図録だったらたしかにコピーだが、気になるものを何度でも見ることができるのだ。
古本祭や古書店のワゴンで投げ売りされる展覧会図録がいかにありがたいか。

一遍の最初の弟子、他阿真教は斜視だったのではないか。
このため、悪人のように一部で思われるのかもしれない。ちなみに、わたしも斜視。
65ページに掲載された「遊行上人縁起記」は、ある真実を語っているような気がする。
日蓮宗の(自分たちを絶対正義と疑わぬ)連中が、時衆の道場に攻めてきている。
あたかも「勘弁してください」と拝むように泣いている時衆の尼さんと、
男根主義というほかない傲慢な日蓮宗徒の視覚的な差は、
根源的な自力と他力の宗派の相違を如実に表現していよう。
とはいえ、時衆とても一遍以降は女人を重んじなかったのはこの図録からうかがえる。
同65ページの「魔仏一如絵」の絵もいい。
踊り念仏をする時衆の尼さんが、いまで言うところのミニスカートなのである。
タイムマシーンが発明されるまで真実は断じてわからないが、
日本ミニスカートの元祖はもしかすると一遍時衆集団なのかもしれない。
一遍もわいせつな踊り念仏もミニスカートも、ひたすらどこまでもいい。好きなのだ。
本書にめぐりあえた偶然に感謝したい。
「絵で見る一遍上人伝」(長島尚道・編著/常楽寺/ありな書房)

→「一遍聖絵」の主要場面をカラーで紹介してくれるたいへんありがたい薄手の書物。
岩波文庫にもコピーは少し載っているけれど、あれでは白黒でぜんぜんわからない。
本書がとても貴重に感じられたのはこのため。
禁酒時、毎晩のように時宗の念仏テープを聴きながら本書をゆっくりひもといたもの。

一遍のどこがすごいかと言ったら、まったく肩書で勝負していなかったところだと思う。
残念ながら本書には掲載されていなかったが、
たしかうちらの時代の歴史教科書にも載っていた「一遍聖絵」の有名な場面に、
時衆結成以前の一遍がひとりで武家屋敷を訪問する場面がある(岩波文庫版に掲載)。
あれはいまで言うところの「飛び込み営業」なのである。
いきなり知らない人の家にアポなしで訪問して商談をまとめることだ。
一遍は酒宴中の武家屋敷のなかへひとりで入っていき、
まんまと念仏札を主人に渡したわけである。
「一遍聖絵」に詳細こそ書いていないが、
そのとき一遍が相当額の謝礼を受け取ったと思って間違いあるまい。
一遍の身分は私度僧(自称僧侶)。当時は乞食となんら変わりない身分。
いまで言うニセ医者、占い師、スピリチュアルカウンセラーみたいな存在だ。
そのうえ「飛び込み営業」をするセールスマンでもあった。
だが、抜群に「飛び込み営業」がうまかったのだろう。
そうでなければ無一文の身にもかかわらずひとりで各地を旅できるわけがない。

個人的な体験だが、異国をひとりで旅していると、直感的にこの人は偉いと思うことがある。
むろん、言葉は通じないから相手の詳しい地位(身分)はわからないけれども。
世の中には肩書に関係なく、オーラのようなもので、この人はすごいと思わせる人がいる。
そういう人物の存在がわかるのは、こちらが無目的な長期旅行をしたからだと思う。
人には旅をすることで鍛えられる日常的な肩書(身分)とは領域を別にする、
非日常的な威光のようなものがある気がしてならない。
「飛び込み営業」がたぶんめっぽうにうまかった一遍も、そのような威厳があったのではないか。
おそらく運もよかったのだろう。
酒宴のただなかなら人は旅芸人のような連中にも気前よく金銭を振舞うものである。
一遍は自分のような存在を求めている場所を探すのがうまかった。
あるいは捨て身で生きているから、自然にそういうところへ流れていけたのかもしれない。
我執がなく自然にまかせていると、ある種の必然として食いぶちくらいは得られるのだろう。

肩書にこだわらない一遍のすごみはほかのシーンからもうかがえる。
これは本書にもきれいなカラーで掲載されているが、
一遍は亭主の留守に他人の家に上がり込み女房を出家(剃髪)させてしまったことがある。
初対面の女性をその場で出家させるくらいだから、
一遍は人を狂わせる力のようなものがあったのだろう。
さて、問題はここからである。激怒した亭主が刀を持って一遍を追ってきたのである。
憤怒のあまり抜刀した男と向き合う一遍の態度には寸分たりとも隙のようなものがない。
「殺せるなら殺してみろ」
男は反対に一遍の迫力にひるみ、妻とおなじようにその場で出家(剃髪)したという。

当時の中心地域、鎌倉へ時衆集団とともに入ろうとしたときもそうである。
一遍などまったく無名の人脈もなにもない乞食坊主に過ぎないのだ。
この道は本日通行禁止だと馬上の武士から恫喝(どうかつ)される。
「おまえはなにものだ? 売名行為が目的の田舎坊主は去れ!」
「念仏布教がしたいのみ。かなわぬならここで死ぬから切ってくだされ」
武士は身命を捨て切った一遍に恐れをなして、
郊外ならば布教してもいいと逆に逃げ腰になったという。
なんの後ろ盾(肩書)もない乞食坊主にみなが圧倒されたのは、
言葉にはできないけれども一遍から言い知れぬすごみのようなものを感じたからだろう。
現代の高僧がいったん豪華絢爛な法衣を脱いだら、だれもそうとはわからぬのとは正反対だ。
旅のさなかでは、だれしも肩書のないところでの一瞬の勝負をしなければならない。
一遍を鍛えたのは孤独な旅であったのだろう。
瞬間的な勝負では、肩書はまったく意味がない。
捨て身で一心不乱の一遍がやたら強かったのはこのためではないかと思う。
おそらく「飛び込み営業」の達人である一遍は、
天皇の血筋という噂があったがために空也を尊敬していたわけではないのではないか。
「一遍上人と遊行寺」(日本仏教研究所編/日本仏教の心9/ぎょうせい)絶版

→本郷の古書店でこの本を見つけたときは、たいへんな掘り出し物と思ったものである。
昭和56年発行の箱入り大型本で定価5千円を千円で購入することができた。
いかにも希少本っぽいたたずまいがあった。
高額の理由はテープが付属していることで、消失していないのも嬉しかった。
テープは時衆(時宗)の行事を録音したもので、実際の念仏を耳にすることができた。
時衆では念仏を合唱のようにいろいろなメロディーやリズムで称名していることを知る。
何度も聞いて多様な念仏の発声方法を覚えてしまったものである。

さて、一遍の周辺人物でいちばん胡散(うさん)臭いのは他阿真教である。
他阿は他阿弥陀仏の略称で、真教は時衆の二祖となり教団を確立、拡大させた人物である。
このたび大して当てにはならない当方の悪人センサーが、
まことに失礼な話だが他阿真教に反応してピカピカ光ったのだ。
どうでもいいが、この悪人センサーは自分が悪人であることから発達したと思っている。
なにやら他阿真教に腹黒さを感じてしまったのである。
他阿真教は詳しいことはわかっていないが、元は浄土宗鎮西派に学んだ僧侶だったらしい。
40歳のときに38歳の一遍に弟子入りしている。
以降、51歳で一遍が死ぬまで遊行の旅に付き添ったとされる。
一遍に教団継続の遺志がなかったにもかかわらず、
他阿真教は一遍没後30年にわたり時衆の絶対権力者として君臨し、
教団拡大に成功している。晩年には貴人とも交流があったという。
67歳のとき遊行をやめ弟子に他阿号(遊行上人の地位)を譲渡し寺に居住、
83歳で没している。
一遍の異母弟の聖戒が「一遍聖絵」を完成させたのが1299年である。
まるで対抗するように1307年、
他阿真教は一遍の伝記に自分の伝記を付け加えた「遊行上人縁起絵」を作成させている。
これは一遍あるいは他阿真教の弟子が編集したことになっているが、
どう考えても他阿真教が自分を一遍同様に神格化するために作らせたものだろう。
時衆では一遍よりも二祖の他阿真教が偉いとされていた時期もあったようだ。
蓮如に先がけて手紙での布教をしたことでも知られている。

ことさら俗っぽい意地悪な見方をするならば、
無名の田舎坊主に過ぎなかった他阿真教は一遍を踏み台にして成り上がった、とも言えよう。
一遍の異母弟の聖戒とは不仲とまではいかないけれど派閥が違っていたようだ。
他阿真教は少なくとも聖戒よりも自分を重んじるタイプであったふしがうかがえる。
しかし、他阿真教をたとえば蓮如のような腹黒い悪人と断定したいわけでもない。
なにしろ日本で最初に一遍のすごさを認め弟子入りした人物なのである。
人を見る目があったことだけは疑いえない事実であろう。
推測だが、他阿真教は一遍の長所も欠点もわかったのではないか。
純粋な信心から捨て身で念仏札を配る一遍に感動はしたが、
そのやり方ではうまくいかないことも同時に他阿真教は見破ったのではないか。
他阿真教はよくも悪くも、世渡り上手な面があったのではないかと思われる。
おそらく他阿真教は一遍の弟子であったと同時によき参謀役であり懐刀だったのだろう。
ひとたび他阿真教が一遍の右腕になってから、時衆の飛躍ぶりは目覚ましい。
熱狂的な一遍だけではうまくいかないところがあったのだろう。
一遍と他阿真教がセットになってはじめてうまくいく。
だれかがカリスマになるためには、汚れ役を引き受けるものが必要なのではないか。
一遍時衆集団が無一文で無鉄砲な全国遊行をできた背景には、
他阿真教の経済的な補佐が不可欠だったのだと思う。
一遍が断った布施を他阿真教があとでこっそりもらっていたこともあったのではないか。
踊り念仏プロデュースは、他阿真教のスポンサーとの交渉があってはじめて成立した。
もしそうであったとしたら一遍のみならず他阿真教も大した人物である。
一遍を男にした陰の立役者が他阿真教だとしたら、一遍没後の出世は当然とも言えよう。

それにしても一遍と他阿真教、このふたりはどれほど強い因縁で結ばれていたのだろう。
どんなにすばらしい人でも、だれかによさを認められなければそれで終わりなのだ。
現実として一遍は3年ものあいだ、だれからも評価されずにひとりで旅をしていた。
言葉は悪いが、きちがいの乞食坊主が変な札を配っていやがるとバカにされていたのだろう。
だれも一遍のすすめる念仏のすばらしさを理解できなかった。
そこに他阿真教が現われて、この人のここがすばらしい、この人は偉大だと弟子入りしたのだ。
水戸黄門とてひとりだったら、もうろくした老いぼれに過ぎないのである。
心底から当人を尊敬した弟子や子分が「ひかえよ」とやらないと世間には通じない。
世間というものは、だれかから認められている人しかなかなか評価しない。
このため、一介の乞食坊主に過ぎなかった一遍に弟子入りした他阿真教が偉いのである。
以降、世の人は他阿真教から一遍のどこがすごいかを教わることになる。
一遍自身も自分の布教に以前よりも自信を持つことができるようになったことだろう。
わたしがいま「一遍上人語録」を夢中になって読むことができるのも、
鎌倉時代に他阿真教が最初に一遍という人に参った、まさにそのおかげなのである。
そうだとしたら、たしかに一遍の異母弟の聖戒よりも他阿真教は偉いことになろう。

他阿真教はとにかく権力者と渡り合うのがうまかったようである。
一遍の存命時は遠慮していたであろう俗物根性を没後は惜しげなく発揮している。
当時勢力拡大していた武士階級と他阿真教はたくみに手をつなぐ。
武士というのは人を殺してなんぼの世界である。
たくさん人を殺したものほど出世できるような環境で生きているのが武士と言えよう。
しかし、いくら武士とはいっても、人を殺すのは後生が悪いのではないか、
という恐れがあったようだ。そこに他阿真教はうまくつけこむのである。
武士のみなさん、大丈夫。人を殺してもうちの念仏を称えれば死後も安心、バッチグー。
この問題に関係して他阿真教が偉い武士に書いた手紙が本書に掲載されている。
この本の執筆者は全員時宗(時衆)関係者であるのに、
こんなあからさまに身内の恥をさらしてしまっていいのだろうかと泡を食った。
どこか腹黒い浄土真宗に対してマイナー教団ならではのよさであろう。
以下は他阿真教が、殺人の罪悪感に脅えるスポンサーの武士に送った手紙からの抜粋。
内容はしつこいようだが、人を殺してもうちの念仏を称えれば大丈夫、である。

「或は軍人にのぞみて怨敵とたたかはんときは、
かならず敵をほろぼさんとおもふこころ強勢なるべし。
これはみなたちまち悪道に堕すべき業因なり。
しかりといへども信心念仏の行者は、口に名号をとなへて命終すれば、
称名の声にこのつみを滅ぼして必ず往生を遂べし。
命をうしなはんほどなるたたかひのうちに、念仏せんほどのものは
比類なき行者なるゆへに、さだむで摂取の益に預るべし」(P58)


まあ、なんというか、その、ひどい手紙だよなァ。
なんでも南北朝戦乱の時代には、いつ死んでも地獄に堕ちないように
「陣中時衆」とやらをともなっていた武将もいたそうである。
言ってしまえば、時衆の連中は、死後の恐怖を商売にしたのである。
もっとも従軍坊主本人が強く死後の極楽往生を信じていることが必須条件だったであろう。
時衆の寺で主君に殉死するため切腹した武士もいたとのことだから、
まさか殺人をOKと宣言してしまった時衆が自殺(切腹)ごときを罪悪とはしないだろう。
利権のうまみがたっぷりある時衆トップの座は早くから権力闘争が激しかったようだ。
他阿真教は二祖で、三代目は智得という坊主らしいのだが、さっそく跡目争いが起きている。
どれだけ時衆トップの座が当時おいしかったかのいい証拠であろう。
うまく北条高時の支持をとりつけた坊さんが智得をほとんどいじめ殺したようだ。
時衆正史ではこの坊さんが極悪人ということになっているが、
宗門外の我われの目から見たら、まあどっちもどっちだろうと言うほかあるまい。

遊行による賦算(ふさん=念仏札を配る)も時代を経るごとに変わっていったという。
どんどん権力者とズブズブの関係になっていったらしい。
権力者としては死後の不安がなくなり、時衆としては地位向上、商売繁盛だから、
共存共栄と言ってしまえばそれまでだが、それは一遍のやり方ではないのではないか。
戦国時代には時衆のトップともなれば天皇や織田信長とも面会できたらしい。
それどころか報酬をもらえるくらいに時衆の連中は偉くなっていたそうだ。
もとより、遊行も一遍のような食うや食わずの捨て身の旅とは程遠い。
各地の道場から道場へおもむく安全な大名行列のような遊行に変化していた。
江戸時代には行く先々で時衆トップは豪華な接待を受け、
貢物をもらってから場所を移動したという。
他宗派の信徒の「あれは開基一遍の遊行とぜんぜん違うじゃないか」(大意)
という記録も残存しているとのことである。
それにしても宗門の過去の恥(でしょう?)をこうして自分たちから率先して
公開してしまう時衆の正直ぶりには感心する。ちょっと帰依したくならないでもない。
ちなみに浄土真宗や日蓮宗ではNGの般若心経も時衆はOKである。
書き忘れていたが、江戸時代から時衆は時宗と呼ばれるようになったとのこと。
いまの時宗はまさかそんなことは言わないだろうが、
かつては殺人OK、自殺OK、贅沢OK、なんだってOKだった時衆はよろしい。
実のところ、わたしは2年まえ現在の時宗トップの真円さんから賦算を受けている。
いまもそのときいただいた念仏札はたいせつに財布にしまってある。
金運はちっとも上がらないが、まあ念仏信心はそういうものではないのだろう。
(当方は時宗の檀家でもなんでもなく、区分されるならばいわゆる無宗教ですよ)

*遊行寺を参詣したときの記事↓
http://yondance.blog25.fc2.com/blog-entry-2649.html