「龍魂継承 天龍源一郎対談集」(ベースボール・マガジン社)

→レスラーもタレントも作家もみんなそうだろうけれど、
売れないころに雲の上のスターや大物編集長にチョー天国体験をさせてもらい、
もう一回あれを体験したいとか、あの美味が忘れられないとか、
ああいう高級車に乗りたいとか、
そういうハングリー精神が人を成功へと向かわせるようなところがあると思う。
ジャイアント馬場は一流のものしか食べなかったというし、
マックなんか冗談じゃないとからきし相手にしなかったという。
しかし、越中がほかに店がないのでフィレオフィッシュを食べてもらったら、
うまいうまいといって、
それからしばらくフィレオフィッシュばかり食べていたというのは、
いまでは悪い噂しか耳にしない馬場さんのちょっといい話。
しかし、一流(=高額)のものしか食べなかったし着なかった馬場さんだから
強かったというのもまた事実なのである。
馬場さんなんか喧嘩をやらせたら絶対強くはないでしょう?
入りたての新人レスラーでも馬場なんかボコボコにできたと思う。
しかし、馬場さんは男としては強かった。一流品を買える金を持っていた。
だから、威厳のようなものがあり、
だれも馬場さんにガチ(真剣勝負)を仕掛けられなかったわけだ。
どんなトンパチだってリングで馬場さんと向き合ったら、
彼に合わせた動きをしたことだろう。
馬場さんの強さはどこか現実世界の強弱とも通じているような気がする。

ミスタープロレス天龍源一郎は13歳で入った相撲の世界を引退したあと、
馬場さんの下で10年以上働いているからいい意味でも悪い意味でも影響が強い。
プロレスラーはコンビニ弁当なんか食っちゃいけない。
一流のものに金を使え。いい車に乗って、いい女と遊べ。
新幹線はグリーン車に乗れ。飛行機はファーストかビジネス。
成金趣味を恥じない。一流の人間というのはそういうことに金を使う男である。
わたしが女に何度もおごってもらったことがあるなんて天龍さんに白状したら、
「男が情けないことをすんな」とグーパンチされ、
倒れたらサッカーボールキックを何発もお見舞いされることだろう。
天龍源一郎は脚本家の内館牧子との対談で、
いまのレスラーがどうして小粒なのかと問われ、
「身銭を切らないからですよ」と答えている。「身銭を切って遊びに行かないから」
天龍はいかにも田舎者めいたところがなくもなく、
金がないときでも銀座で身銭を切って遊んだという。
内館牧子は調子を合わせて若者批判をする。
「たぶん、現代っ子は〝やせガマン”をしないんですよ。
みんな身の丈っていうのが好きだから」
それに応じて超一流レスラーだった天龍源一郎は言い放つ。

「でも、それは、自分で自分の寸法を決めちゃってるという悲しいことですよ。
そうすると見てる人も、そんなもんかって目で見ちゃう。(……)
背伸びしながら、いつか夢をつかもうとしてきたヤツを、
見てる人は共感して応援してくれるんですよ」(P238)


耳が痛いアドバイスである。
コンビニ弁当でもぜいたくなんて思っていたら絶対に一流にはなれない。
持っている服がユニクロしかないなんて、おれ、どーにかしてるんじゃないか?
林真理子はたまに乗る電車でユニクロを着ているおっさんを見ると軽蔑すると
書いていたが、そういう見方もまた「正しい」のだろう。
しかし、銀座は嫌いだし、銀座でおねえちゃんの店で酒飲んだってつまらないじゃん。
おれ、知らない女とおしゃべりしながら酒を飲むなんて時給もらってもいやよ。
銀座の寿司屋に入っても緊張して味がわからないだろう。
たぶんこのまままじめに働いても回転寿司屋でビールを飲むのでさえ高嶺の花だろう。
しかし、言葉には投資している。本には金と時間をめくらめっぽう使っている。
一流と言われている文学作品はけっこう目を通しているほうだし、
戯曲(演劇台本)にいたってはコレクターレベルだろう。
本書で越中が猪木さんや長州さんは実際に練習しているから偉いとほめていた。
結局、勝負というのは最後は自信の強弱と運で決まるのではないか?
どうしたら自信を持てるかというレベルで、練習とともに一流信仰が発生するのだろう。
おれはあたしは一流ブランドを身につけ一流のものを食べているから負けないという。
一流(と言われる)ものを人がほしがるのは、
読者諸賢ご明察でしょうが、おそらく自分に自信が持てないからである。
ひっくりかえせば一流に囲まれていたら自信を持てる。
ぶっちゃけ、ドストエフスキーやトルストイの長い小説をいま読む意味はないでしょう?
15年くらいまえわたしも見栄からほとんど全作品読んだが、
そしていまでは内容をほとんど覚えていないが、
あんな長編小説を読んだということがひとつの自信になっていることはたしかである。
シナリオ・センターの無教養なチンピラ講師と言い争いになったとき、
どうしてわたしが引かなかったかというと彼よりも良質な演劇作品を読んでいたし、
男が読みもしないで権威づけに利用したアリストテレスを実際に読んでいたから。
講師は「ドラマは葛藤だ」とアリストテレスが言っていると一流ぶったが、
実際にアリストテレスの「詩学」を読んでいるこちらは「え?」と思ってしまう。

一流とはおそらく権威のようなものなのだろう。
劣等コンプレックスが強いものほど一流という権威を求めるような気がする。
その一流を求めるこころが人を一流にするになら、
むしろコンプレックスや俗物根性は歓迎すべき精神特性なのかもしれない。
しかし、コンプレックスは人一倍あるのは自覚しているが、
どんなに金があってもグリーン車は乗りたくないという変なこだわりがある。
まずユニクロを脱ぎ捨てることから始めなければならないのはわかるが、
ユニクロは安いし長持ちするしネットで買えるし、いいこと尽くめ。
どうしたらいいんだよ、天龍さん!
おれは少年時代から天龍のようなかっこいいおっさんにあこがれてきたんだぜ。

脚本家の内館牧子は新人のころ、
有名脚本家の代役(ゴーストライター)として連ドラデビューしたという。
そのとき師匠の橋田寿賀子から言われたのは「出し惜しみしちゃダメよ」。
出し惜しみをするとかならず客はすぐ逃げる。
天龍源一郎の名試合はほぼナマで観戦しているが、
天龍も出し惜しみをしないレスラーであった。天龍は言う。

「イヤ、ホントですよ。素晴らしいものを見たら、誰かがまた興味を示してくれる。
これは自分の向上に繋がるんですね。
みんなそこを感じてないから、『今日これを出すべきじゃないな』とか考えちゃう。
その日来た人が面白くなかったって感じたらそれで終わりなんですよ。
やっぱり面白かったら見てくれて、伝聞で広がるんですよね。
物書きもプロレスラーも、生身の人間に見てもらうという部分は共通で、
生身の人間はごまかせないですよね。
10人、20人はごまかせても、100人、200人は絶対ごまかせない」(P247)


天龍はほかの本でもそうだが、
口癖のように「誰かがどこかで見ててくれる」と言っている。
そう思っていたら、ヘコたれないだろうと。

「見てますよ。これは不思議なもので、人と違う行動をしてる人を世の中の人は、
面白いヤツだなと思って、ピックアップしてくれるんですよ。
そのことに希望を持って生きないと、ヘコたれたら10箱1セットですよ。
頑張れば、誰かが引き上げてくれる。(……)
でも引き上げてくれたとき、自分のポリシーがないとダメ。
たとえば平社員のとき、「こんな会社……」って文句ばかり言って、
上役になったら何もできない。それじゃ遅いですよ」(P245)


「誰かがどこかで見ててくれる」なんてウソだろうという境地になっていたが、
今年、精神科医の春日武彦先生がご著書を送ってくださり、
ああ、本当に「誰かがどこかで見ててくれる」と涙が出るほど嬉しかった。
ブログ「本の山」も出し惜しみしていない。
身銭を切って、誰も読まないような古臭いお経の本を買って、
全力で感想を書いている。山田太一の記事で手を抜いたことはない。
そういえば今年は山田太一ファンの奈良のお医者さんからご招待を受けた。
「誰かがどこかで見ててくれる」
どこかの誰かのために、もっとおもしろいものを書きたいが、
いったいおもしろいとはどういうことか、天龍さん、大将?

「今の人は意図的にやるじゃないですか。こうやったら面白いだろうって。
そういうことじゃなくて、お前らが必死にやっているのを見てもらうんだって。
笑おうが、悲しもうが、バカにしようが。
そこをベースにやってほしいって気持ちがありますよ。
たとえば、馬場さんが必死にやってたのを「ノロいなぁ」って、
お客さんが勝手に批評して面白がったり、
猪木さんがいろいろやるのを「またバカなことやってるよ」って思うのがいいんですよ。
自分たちで「こう見てくれよ」なんてやるのは、小ざかしいことですよね」(P250)


これを言ったら自分が老人になったみたいでいやなのだが、
小学生のころから見てきたから言わせてもらいたく、いまのプロレスっておもしろくない。
ぽんぽん飛んだり跳ねたりしているだけじゃないかよ。
ヒールだっていかにも悪役やってますって感じで、
人間誰しも有する本物の悪がちっとも見えてこない。
鈴木みのるなんて悪ぶっているがステロイドの副作用かヨボヨボだろう。
会社をクビになるのを覚悟で、
誰か若いやつが鈴木みのるをボコボコにしてやったらいいのに、
ひとりとしてそういう本当に悪いことをできるレスラーがいない。
いまのプロレスへの不満を天龍はこう言葉にする。

「俺もいろんな人の試合を見るけど、きれいなプロレスじゃなくて、
もっと人生を見せつけるような試合をやってくれよって思うときがあるよ。(……)
泥臭くていいから、人生を見せてくれよって。
サラッとした技もあっていいけど、
その中に自分のドロドロとした部分もある人生を見せてほしい」(P149)


本書に天龍とあの前田日明の対談が掲載されている。
一部では前田がガチ(真剣勝負)を人生で一度もやったことはないという噂もあるが、
在日コリアンの前田がおなじ在日の長州力の顔面を背後から蹴ったのはガチである。
いまガチっぽい演出はできても、
ナマの泥臭い人生を賭けたガチを仕掛けられる前田のようなレスラーがいるか?
下手をしたら業界追放、即失業者、人間失格のレッテルをはられるようなガチキックを。
前田はあの事件を、
長州が自分を信用しないで逃げたから怪我につながったと言い訳している。
いまの新日本プロレスって「助け合いプロレス」「思いやりプロレス」なんだよねえ。
相手が飛んだら全身で怪我しないように受けとめてあげる、みたいなさ。
助け合い、思いやり、絆(きずな)プロレス。
プロレスは最初から勝敗は会社の指示で決められているが、
リングに上がったらそこはふたりだけの世界で、
先輩も後輩も礼儀も格式も社会常識もないことを前田日明は知っていた。
前田と天龍の対談から引用する。

前田「……プロレスに入って、何年か経った頃によく先輩から言われたんですね。
 「なんで俺があんなヤツに負けなきゃいけないんだ」って。
天龍「ワハハ!」
前田「『そう思うんだったら、リング上でやっちゃえばいいじゃないですか!』って言うと、
 『そんなわけにいかないだろ』とか言うんだけど、
 なんか俺とか天龍さんは、そう思ったらやっちゃうんですよね」
天龍「(ニヤリ)」
前田「そういう気概をもった選手がいないんですよね。試合見てても。
 『あ、これはちょっとナマ入ったぞ。よしよし、これから試合が面白くなるな」と思っても、
 『あれ? 全然面白くならないな、なんで?』みたいな。ありません、そういうの?」
天龍「あるねぇ」
前田「昔だったら、一発カーンと入ったら、
 試合がガーッと激しくなるっていうのがあったんですけど、
 そういう火の点き方をする選手がいないんですよね」
天龍「そうだね」
[……中略……]
前田「でも、ホントはプロレスって、天龍さんとか、ハンセンとか、
 そういう連中がいるから面白かったんですよね。なんかうまく手が合って、
 エッチラオッチラやってみせて、面白かったでしょ? っていうだけじゃね。
天龍「そうそう」
前田「それじゃ、ただの演劇。どっかに気持ちを入れないと。なんかねぇ。
天龍「そういうことが起きるのかなと思って、見てるんだから、お客も。
 お互いの力量でそこをまたうまく見せて。
 昔はね、[会社が]売り出そうとしてるアンちゃんが出てきたら、
 先輩だとか外国人がパパッと極めて『動けるもんなら動いてみろよ』
 っていうのが、いっぱいいたのよ。
 そこからしのいでいくと、『コイツ、いろんなこと知ってるじゃない』と思って、
 お互いそこで尊敬し合いながら成立したんだよね。
 馬場さんがよく言った言葉で、『すべてを超えたのがプロレス』って、そういうことですよ」
前田「自分らが若手の頃、猪木さんからも山本さんからも言われたのが、
 『外国人にナメられないようにしろ」と。それは常に言われてましたよね。
 相手にナメられたら、プロレスはできないって。
 山本さんなんか、何があってもケガさせられたほうが悪いって言ってましたから」
天龍「練習をガンガンやってると、自分に自信がつくんですよ。
 試合の中で手応えを覚えると、また自信になってっていう」(P280)


まるで子供の喧嘩だが、男の世界はナメられたら終わりのようなところがある。
だから、米国から帰国した日に、一流スーツを着て、
運転手付きの高級車に乗り、銀座の寿司屋に美女を連れていき、
おつぎは銀座のママ相手に飛行機のなかで読んだ通俗書の通俗処世名言を
さも教養ありげに公開して、「社長さんって立派ね」と言われたがる人もいるのだろう。
一流の人とは身もふたもないことを言えばおそらく俗物のことだが、
わたしが少年時代からあこがれてきたミスター・プロレスは一流であり俗物であった。
しかし、中卒という自覚はしっかりありインテリぶったことは言わない本音の人であった。
前田がいうような「ナマ」の暴力を天龍が相手に入れるのを何度も目撃したものである。
「ナマ」を入れるには自信が必要だが、そのために天龍は一流を必要としたのだろう。
わたしが生まれてからはじめて尊敬するという畏怖に似た感情を抱いた相手は、
ミスター・プロレス天龍源一郎でありました。本書のタイトルは「龍魂継承」――。
龍魂は当方にしっかり継承されている。いまでも思うさ。あんなおっさんになりてえ。
「革命終焉」(天龍源一郎・嶋田まき代・嶋田紋奈/辰巳出版)

→プロレスラー天龍源一郎は奥さまのまき代さんの作品だったんだなあ。
天龍を知らなければわけがわからない本だろうけれど、
大ファンだった当方としては涙が出るほど笑える裏話満載の本である。
天龍は本当にバカっていうか、生活能力ゼロというか、
損得計算をできない漢(おとこ)だったようである。
そしてそしてタバコとパチンコがなにより好きだったという、
まき代夫人は京都のでっかい土建屋のお嬢さんだったとは。
まき代夫人のお母さまはラウンジ(豪華クラブ)を経営していて、
まき代さんは天龍と見合い結婚するまえそこで働いていて、
当時で月収百万円以上あったとか、
天龍のギャラを知ってあたしより少ないの? と思ったとか金の話はおもしれえ。
天龍は男を気取るというか、とにかく金使いが荒いのは知っていたが、
あれは自分のギャラでまかなっていたわけではなく、
巡業中に奥さまが実家で稼いだ金をそうと知らせず渡していたとか美談すぎる。
とにかくまき代夫人がおもしろすぎる。
この奥さまがいなかったら天龍源一郎は大成することがなかったのは明白だろう。
嶋田一家で天龍源一郎という夢を創っていたんだなあ。
まき代さんは生活能力のない天龍に金を工面しつづける。

「それもこれも「天龍源一郎を一等賞の男にしたい」という私の願いからです。
私の中では「前後左右を考えないで、お金を使える」
というのが一等賞の男なんですよ。
馬場さんだって、ちゃんと考えてお金は使っていました。
もちろん天龍だって考えて使わなければならないんですが、
そこに私の変なこだわりがあるんです。
昔は「あんた、相撲の世界に入ることになって13歳で福井から出てきたとき、
何を持っていた? カバン一個でしょう?
だったら、何もかも失ったとしても一緒じゃない。稼いだときに全部使っちゃえ」
と夫を焚きつけておりました。今となっては反省しております(笑)」(P119)


天龍源一郎は男のなかのチョーかっこいい男だったが、
あれはまき代さんのアニムス(理想男性像)だったのかあ。
男は女を「女にする」のと同様、男は女に「男にされる」面がたぶんにあるのだろう。
いまの結婚はあいつの年収はいくらでこっちはいくらでとかみみっちすぎるぜ。
いい女と出逢えば、男はいい男になるのか。男を立てる女なんだなあ、まき代さん。
金銭感覚がおかしいとおもしろい人生を送れることを本書で学ぶ。
天龍がSWS(メガネスーパーのプロレス団体)に入ったころ、
ちょうどバブルということもあり大金が舞い込んできたらしい。
天龍はかっこいいバカだからその金をどう使うか。
またまた妻のまき代さんの述懐。

「それにしても、SWSに移ってお金を持った天龍はもう……ダメでしたね。
本当に計画性のない人だなと思いました。
銀座のお店に飲みに行って、1万円札を鷲掴みにしてバラまいたり、
喜んでいるホステスの胸元にお札を入れたり、
面識のないホステスにタクシー代として何万円もあげたりしていたようです。
その頃、ウチの弟がよく同行していたので、
それを一部始終目撃して「おかしいよ」って怒っていましたね。
そんな話を聞いても。
「別にいいじゃん、自分の身体を痛めて稼いだお金なんだし」
と言っている私もいました(笑)。
あの時期、私も株に手を出して、○千万も損してしまったこともあります。
この資産を少しでも増やそうと、下心を出してしまったんですよ(笑)。
もともと株は好きで、天龍がSWSに行く前から金額は少ないながら、
ちょっとやってはいたんです。
その頃は紋奈[娘]も小学校に行き始めて時間がありましたし、
SWSからお金が入ってきちゃったので、つい「注ぎ込んじゃえ!」と(笑)」(P118)


天龍源一郎と嶋田まき代は最高にして最強の夫婦だよ。
だれもあんたらには勝てねえって。
天龍の計画性のなさ、金銭感覚のおかしさは、
大ファンだから変な影響を受けているかもしれない。
わたしは天龍が全日本プロレスで革命を起こしたころからのファンだが、
あのころ天龍のギャラは1試合5万いかないくらいだったのか。
にもかかわらず、試合後はおなじ天龍同盟メンバーやマスコミ記者たちと
酒を求めて夜の町を彷徨(ほうこう)して大いに盛り上がり、
当日のギャラ以上に散財していたとは恐れ入る。
そりゃあ、おごられたらマスコミ記者たちも天龍を記事でほめて、
さらに全日本プロレスに客が入るからものすごい好循環ができていたのだろう。
社長の馬場さんもときに10万単位で天龍にお小遣い(飲み代)をあげていたのも、
経営者のマスコミ対策という以上に、
あるいは天龍の当時のおもしろさを理解していたのかもしれない。
天龍はマスコミに金を渡せば悪口を書かれないということを
計算してやっていたわけではなく、おそらく仲間意識から遊んでいたのだろうが、
当時ライバルだった(酒を飲まない)ジャンボ鶴田はおもしろくなかったことだろう。
マスコミは後輩の(敵対している)天龍の魅力ばかりアピールするのだから。
馬場さんだけではなく、奥さまのまき代さんも、
夫の遠征中は実家のラウンジで稼いで、天龍源一郎を男にすることに貢献していた。
天龍自身はといえば、どうしてこんなにお金を使っているのになくならないか、
さほど不思議に思わず、まあいっか、と計画性もなくやっていたのだから、
バカというか天才芸人というか。

しつこいが、男は女が創るもの。男は女が立てるもの。
プライベートの嶋田源一郎ってどんなお父さんだったのだろう。
お嬢さんである紋奈さんは子どものころの想い出を語る。
あの天龍がお嬢さんの運動会や授業参観に行くこともあったらしい。

「……学校にヤ○ザみたいな柄シャツを着てきちゃうんですけどね(笑)。
どう見ても、あれは普通のシャツじゃない。カタギじゃないですよ。
父は芸能人のようにプライベートで帽子を深く被って変装するといった細工はしません。
もう、そのまま「ザ・天龍源一郎」という感じで立っている。
でも、あれを選んでいるのは本人ではなく母ですから。
「こんなシャツ、よく買うな~。捕まるで!」
というようなシャツをあえて選び抜いて買ってくるんです(笑)。
しかし、あのセンスは独特ですよね。
巷(ちまた)では「天龍ファッション」と言われたりしますが、
私は陰で「まき代チョイス」と呼んでおります。
私が大きくなってから母と一緒に父の服を買いに行くと、よく喧嘩になりますよ。
私が「その柄はうるさいよ」と注意しても、
母は「明るいほうがいいじゃん。派手なほうが気分も晴れるし」
と言って、まったく聞く耳を持ちません(笑)」(P96)


プロレスは泥臭いゲスな噂話が最高におもしろいよねえ。
女子プロレスラーのNを女にしたのは冬木だとか、前田もやったとか、
橋本も食った自慢をしていたとか。
冬木は死ぬまえに橋本とプロレス的にからんだが、
冬木の死後に未亡人が橋本と不倫関係でくっついちゃったとか「ザ・欲望」(笑)。
ああ、本書で知ったが理不尽大王の冬木はむかし吃音だったらしい。
噂話をつづけると、北朝鮮でNとブル中野、飯塚と豊田が一戦を交えたとか本当かどうか。
健介と北斗が北朝鮮でっていうのは本人たちも告白しているからガチでしょう?
猪木さんは周囲に奇縁をつくりまわるというか、神さまみたいな人だよなあ。
むろん単純ないい神さまではなく、どこか邪(よこしま)な神さま。
わたしは猪木や馬場よりも、ふたりに勝った天龍源一郎が好きなのではあるが。
天龍もLLPWの社長と、なんとかかんとかとか、耳にした記憶があるような、ないような。
嶋田家はおもしろすぎて、天龍はお嬢さんに自身の女関係まですべて話しているという。
中学時代は不登校も経験したレボリューションな嶋田紋奈さんいわく――。
紋奈さんは「天龍プロジェクト」の代表でもある。

「そんな父によく言われているのが
「俺のほうが確実に先に死ぬんだから言っておくけど、
俺が死んだときに絶対に好き勝手なことを言う奴がいると思う。
だけど、お前が俺の真実を全部、後世へと伝えていく人間になってくれ。
俺が誰と付き合っていたとか、どんなお姉ちゃんがいたとか、
ここに住んでいたとか、全部お前に話しておくから」と。
仕事への行き帰りの車の中などで、そんな話を全部教わっています。
父と息子ではなく、父と娘の関係ではかなり珍しいですよね?
普通の娘さんならば、父親の女性関係、浮気の話は
「お母さんというものがありながら!」と激しく怒るんでしょうが、私は全然平気です。
むしろ何でも話してくれるのが嬉しいぐらいですね。
確かに母は苦労してきたと思いますが、やはり父は人に見られる商売ですし、
実際には家に帰ってきて家族も大事にしてくれていたわけですから。
「男なんて、そんなものだろう」、
「レスラーなんて、みんな悪いことしているんだろう」ぐらいの感覚ですよ」(P209)


人気商売の男は浮気なんて当たり前という常識がいまは非常識になっている。
紋奈ちゃんは大好きだったカシンとやったのかなあ、うふっ。
紋奈代表もおもしろすぎるというか、WAR時代のグッズ販売が濡れ手に粟だったことを、
そこまでばらしていいのかというレベルで白状している。
おいおい、グーパンチうちわや天龍目覚まし時計を買った、こっちの気持にもなれ(笑)。
天龍の盟友・阿修羅原はだらしない天龍を百倍くらいダメにしたいい男だったようだ。
原の借金っていくらだったんだ? 原はどんなふうに金を使ったんだよ。
阿修羅原の引退試合を見て涙したこちらとしては、
その破天荒ぶりが気になって仕方がない。
ヤクザとか大学教授や医者、弁護士なんかよりよっぽどかっこいいよなあ。
銀行員なんかよりチンピラのほうがかっこいいという当方の価値観の乱れは天龍ゆえだ。

ほのぼのとした話も紹介しておこう。
京都の大手土建屋の、パチンコとタバコが好きな商業高校出身の、
しかしとびきり美しいお嬢さんとお見合い結婚した天龍は、
新婚時代の想い出を語る。亭主関白というか、ひどい男なんだが、天龍はいい。
ふむふむ、結婚する幸せはこういうところにあるのか。
天龍源一郎の言葉である。

「結婚は、食事の面でも大きく変化がありました。
一番最初にまき代が料理を作ってくれたときのことは憶えています。
何を作ってくれたかは忘れてしまったんですが、俺がポツリと発した言葉が
「どうしたら、こんなマズい料理が作れるの?」でした。
彼女は「えっ……」という表情をしたまま固まっていましたね。
それから彼女は必死に料理を勉強したみたいで、
いろいろなメニューを覚えては作れるようになってくれました。
最初に俺が味見して、厳しい言葉でカマしてやるんですよ(笑)。
今でもたまに作ってくれますが、
まき代のニンニクの味がする鶏のカラ揚げが大好きでした。
50~60個も作ったカラ揚げをテーブルに置いて、
ビールを飲みながらムシャムシャと食べて、それがなんだか幸せでしたね」(P44)


嫁さんにカラ揚げをがんがん作ってもらいながらビールを飲むというのは、
たしかにそう悪いもんではなさそうだなあ。
自分はふんぞりかえって女から料理を作ってもらうとなんか嬉しいよね。
天龍源一郎からは強い影響を受けているんだけど、
ロレックスの時計をはめたいとか、ベンツに乗りたいとか、
銀座のクラブで札束をバラ撒きたいとか、
そういう一流コンプレックスは引き継いでいない。
パチンコとタバコが好きなきっぷがいいおねえちゃんとは一生縁がなさそうだし。
しかし、計画性のなさと北向き(ひねくれ)加減、浪花節みたいなものは継承している。
この本で知ったが、天龍源一郎は営業をしたことがないという。
全日本を辞めたのも社長の武藤のやりやすさのことを考えたからで、
馬場元子は給料もそのままでという方針で武藤に引き継いだらしい。
全日本もWJもハッスルも、営業はしていないらしく、依頼がまずあったらしい。
大物プロレスラーって馬場、鶴田、藤波以外、みんな山っ気があるというか、
計算しないで金を使っちゃうタイプが多いような気がする。見栄っ張りというか。
だが、奥さんがしっかりとした経済感覚を持っていると、なんとか持ち直すというか。
天龍源一郎もまた金銭感覚が狂っていたが、
まき代夫人が少なくとも天龍よりもましだったからうまくいったのだろう。
しかし、損得や計画性を無視したほうがおもしろい人生を送れる可能性が高い
――天龍源一郎から学んだことである。
本書の最後で天龍は自分が見えていないひでえことを言っているが、
嶋田家の三人はおもしろい。

「俺もよく金銭感覚がぶっ飛んでいるなどと言われますが、
さらにその上を行くのが女房のまき代なんです。
紋奈には、くれぐれも真似しないで欲しいものですね(笑)。
結婚してもう33年が過ぎますが、今でも俺は
「天龍源一郎の嫁は、世界中でまき代にしか務まらない」と思っていますよ」(P242)


WARの経理をやっていたのはまき代さんで、あれは嶋田家の持ち出しだったとのこと。
天龍が新日本で高額のギャラを稼いできて、それをWAR運営にまわすという。
それを考えると、たしかに嶋田まき代さんの金銭感覚もぶっ飛んでいる。
いまはなきプロレス団体WARは大好きで、よく通ったものである。
天龍いわくWARは――。

「ただ、WARが大きな団体と違うのは、「お客さん第一」で、お客さんが喜べば、
もう何でもアリと腹をくくっていた部分です。それはSWSの頃に
「大規模だけど、楽しくないプロレス」
というものをファンに提供してしまった反省と後悔からですよ。
だから、WARでは「とりあえず楽しければそれでいいや」
という点を優先的に考えました」(P134)

「[WARは]こうなったら好きなことをやってやろうという開き直りみたいなものです」(P148)


マイナスにマイナスをかけるとでっかいプラスになるようなことが、
男女関係や人生ではままあるということを実例としておもしろおかしく学んだ。
おれが大好きだった天龍源一郎の陰のプロデューサーはまき代夫人だったのかあ。
パチンコとタバコが好きな商業高校出身の京都のお嬢さまに、
おれは一杯食わされたというか、いい思いをさせていただいたことをいまごろ知る。
生活能力のないだらしない嶋田源一郎を、
「風雲昇り龍」ミスター・プロレス天龍源一郎に仕立て上げた、まき代夫人、お見事でした。

「天龍源一郎自伝 レボリューション」(天龍源一郎/ベースボールマガジン社)

→あんがい人間の基礎をつくっているのは若いころの「あこがれ」じゃないかなあ。
ああいう男になりたい、ああいう女になりたいみたいなさ。テレビで見ましたっていう感じ。
子どもをつくった両親としては自分たちを尊敬していると思ってほしいことだろう。
わたしもプロフィール欄に「尊敬している人=両親」とか書いているけれど、
あれは皮肉だから。ふつう子どもの目のまえで自殺なんてできないだろう?
そんなことをリアルで現実的にできる母ちゃんすごすぎるぜ、というアイロニカルな感動。
で、母が自殺したとき別居していた父に電話したら、「そうか。いまから仕事に行く」
通夜にも葬式にも来ず、仕事をしていたが、
そういう父親もサブカル偉人伝レベルで見たら尊敬に値するという話である。
以上のような意味において、わたしは両親を尊敬している。おまえらすごすぎるぜえ!

少年期のわたしは父にも母にも「あこがれ」をいだかなかった。
じゃあ、だれにあこがれたかというとプロレスラーの天龍源一郎である。
このおっさん、かっこいいぜ! たまらん、もうたまらん。
母が精神病を発症したのが、わたしが10、11歳のころなのだが(小学校高学年)、
このころからミスタープロレス天龍源一郎の大ファンになった。
わたしが生まれてはじめて「あこがれ」をいだいたのは、
中卒の相撲あがりプロレスラーの天龍源一郎。
長らく後楽園ホールに近い小石川に住んでいたので、天龍の名勝負はすべて見ている。
男が男に惚れる(同性愛的な意味合いではなく)ということを天龍に教えられた。
小学校高学年のころから母が発狂してうちのなかはめちゃくちゃだったが、
天龍だけを心の支えにして、
思春期から青年期までの困難を生き抜いたような恥ずかしい過去がある。
夏目漱石を尊敬してとか言ったら見栄えがいいだろうが、天龍源一郎ではねえ。

で、わたしが10歳のころに発狂して家庭を恐怖の場におとしいれた母は、
むろん彼女にも言い分があろうが(だから膨大な悪口日記をのこしたのだろう)、
それから12、3年後にわたしの目のまえで飛び降りて死んだ。
その直後に天龍源一郎が全日本プロレスに復帰したのをおぼえている。
女子レスラーの神取とやって、女性の命、顔をボコボコに変形させたよね。
母が死んだ後もプロレスラー天龍源一郎はわたしの心の支えであった。
無宗教のわたしは教祖のような人を盲信する気持はいまひとつわからないが、
天龍源一郎と自分との関係を考えたらまったく理解できないわけではない。
池田先生を盲信するあまたの学会員さんたちの気持にある程度寄り添えるのは、
中卒のミスタープロレス天龍源一郎のおかげだろう。

いきなりぶっ飛んだことを書くと、まだわが人生はこれからだと思っている。
敗戦処理モードがあるいっぽうで、矛盾しながらこれから一旗あげたいという気持がある。
天龍なんかも40を過ぎてからの活躍のほうがおもしろいわけでしょう?
ツチヤケンジ、ちょっと世間さまに一発かませないか?
そのような自己啓発の心理が働いてもう30年以上もファンである天龍の自伝を読む。
天龍は2015年の11月に引退しているが、
おのれのレスラー人生を回想してこう語っている。
橋本真也ではないが「天龍のようなおっさんになりたい」わたしは、
この人生態度を真似るしかないだろう。
天龍にはおなじ業界のレスラーのファンも多いのである。
天龍はレボリューション人生を送った。

「レボリューションと言われると、すごく革新的なことをやっているように思われるけど、
超安定志向ゆえの不安が根底にあったのかなと、俺はそう思っている。
そんな嶋田[天龍]源一郎が、なぜこれだけ、ファンの人に応援してもらえたのか。
俺を応援してくれる人を飽きさせちゃいけない。
超安定志向だからこそ、俺はずっとそれを考えてきた。
みんなが面白いと思うことを、と思って、俺はずっとプロレスをやってきた。
いろいろな相手といろいろなシチュエーションで試合をしてきたけれど、
みんなの目先が変わって、飽きないで応援してくれただろうな、という自覚はある。
プロレスに限らず、「格」という言葉がある。
ベテランになればなるほど、これにこだわる選手も増えてくるが、
俺は「格」なんてクソ食らえだと思っている。
オファーが来て、それを受けるかどうかの判断基準は、ただひとつ。
「コイツとやって面白いか、面白くないか」
それだけだ。「面白い」という感性が、天龍源一郎というレスラーを作り、
「レボリューション」と呼ばれるプロレス人生の礎になったのかもしれない」(「はじめに」)


だれが書いたかわからない(ゴーストライター)天龍自伝本をさらに要約する。
どうしたら天龍のようなかっこいいおっさんになれるのか。

1.お客におもしろがってもらう。

2.格など気にせず(自分が)おもしろいことをしよう。


手前みそだがブログ「本の山」も天龍レボリューション魂の結晶である。
だれがなんといおうがうちのブログはエンターテイメント主義だから。
学術的正誤とかそんなものはどうでもよく、
いかに数少ないお客さんにおもしろがってもらうか。
わたしがこんなところで働いたことを書いたら、読者はおもしろがってくれるんじゃないか。
そして、他人のおもしろいは究極的にはわからず、わかるのはおのれのおもしろいだけ。
だったら、自分の「おもしろい」を徹底的に追及してやろうじゃないか。
天龍の自主団体WARは嶋田家(天龍家)からの完全な持ち出しだったらしいが、
「本の山」にもスポンサーはいなくて、自腹を切っている。いわば土屋家の持ち出し。
それもおそらく数千万単位になるのではないか。
だってさあ、850円の時給で働いてひとり暮らしで生活が成り立つわけがない。
おもしろいことをしたかったから、
損をするとわかっている行為を天龍を真似てやっていたのかもしれない。
このブログはもう10年以上やっているが、どのくらいファンはいるのだろう?
先日、鹿児島の男性から電話があり、
「長らくあなたのファンです。本当に原稿依頼がないんですか? ふしぎです」
そう言われたけれど実際に大手マスコミどころか、
マイナーな出版世界からも相手にされていない。
しかし先日、名高い作家先生からサイン入りの新刊を2冊も送ってもらったから、
見ている人は見ているのだろう(と信じたい)。

話を最初に戻すと、「あこがれ」が人にとっていかに重要か。
鳴り物入りで相撲界からプロレスに26歳で入ってきた天龍源一郎は、
しかし長いこと鳴かず飛ばずの状態が続いた。
海外遠征(米国武者修行)に飛ばされることも多々あった。
そこで天龍は「あこがれ」の存在を知る。ザ・グレート・カブキとマサ斎藤である。
天龍はふたりの日本男児を米国マット界で知る、

「頑張って試合して、お客から歓声を受け、罵声を浴びせられ、
日本人でありながらアメリカのリングで光っている。
そんなカブキさんとマサさんは、本当に輝いて見えた。
試合が終わったら終わったで、2人とも高級外車を乗り回し、
好きなところで飲み食いしている。
そういう2人の姿を見たもんだから、
「頑張らなきゃ」という気持ちと「頑張ろう」という気持ち、
ふたつの気持ちが俺のなかで生まれたのだった」(P70)


しかし、ミスタープロレス天龍源一郎は覚醒しない。
風雲昇り龍・天龍源一郎の飛躍のきっかけになったのは、
ビル・ロビンソンと組んで各上の馬場と鶴田のタッグベルトに挑戦した試合であった。
天龍はやる気をなくしており、この試合が終わったら、アメリカに行って、
ぷらぷらとフリーレスラー生活でもするかと思っていた。
そもそもロビンソンとのタッグが決まったのも偶然で、
正規パートナーが事故で帰国したからである。
天龍は各上のパートナー、ロビンソンから「お前は好きなことをやれ」と言われる。
もう日本での評判はどうなってもいい天龍は、
ジャンボ(鶴田)や馬場との試合で、プロレス界のタブーを犯した。
ライバル団体新日本プロレスのエース、
アントニオ猪木のオリジナル技(えんずい斬り、卍固め)
を全日本のマットで披露したのである。
どうにでもなりやがれ、とタブーを破ってみたら、
翌日のスポーツ新聞紙の評価がめっぽう高かった。
おそらく天龍がプロレス開眼したのはこのときだろう。
人間・嶋田源一郎がやる気を取り戻したのは、
まき代夫人との結婚で家庭を持ったことであった。
いちおうこの本は自己啓発本として読んでいたのだった。

3.好きなことをやれ。

4.タブーを思い切って破ろう。


まあ、5としては結婚して家庭を持とうになるのだろうか。
プロレスといえばむかしからヤオガチ論争がある(八百長かガチンコか)。
ミスタープロレス天龍源一郎は本書で、
ヤオガチという区分方法の誤りをさりげなく指摘している。
相撲は勝負をするところだが、
プロレスはお客さんに喜んでもらってなんぼの世界でしょう?
そもそもプロレスはお客さんからお金をいただいておもしろがってもらうもので、
町の尖がったおにいちゃんたちの喧嘩をリング上で見せてもお客さんは満足してくれない。
天龍はSWSに入ったとき、
自分から三流レスラーのジョージ高野に負ける企画を提案したという。
いまターザン山本の「週刊プロレス」
に叩かれている自分が負けたほうがお客は喜ぶのではないか。
SWSでは派閥抗争がすごかったらしい。
あいつとはガチ(喧嘩)でやってやると吹かす、勘違いした肉体芸者がいたようだ。
派閥が異なるレスラーが「この試合はガチンコでやるんですか?」と言ってきた。
ミスタープロレス天龍源一郎はどう答えたか。

「そう言われた俺は「ガチンコってどういう意味よ? 八百長ってどういう意味だ?」
と戸惑ったが、彼らは
「道場でやっているような感じで、マジなことをやっていいんですか?」
と言ってきた。俺は逆に聞き返した。
「お客に殴りあいを見せるの? 技術を見せるの? お前ら、どうしたいの?」(P144)


ただの喧嘩は陰惨なだけでおもしろくないでしょう? エンターテイメント性がない。
その点、わたしと株式会社シナリオ・センターとの喧嘩は、
まるで天龍プロレスのようだったでしょう?
どういうことかと言うと、つまり読んでいておもしろいかどうか。
ぶっちゃけ、あれから8年も経っているし、
いまはシナセンに遺恨感情はないと言ってもよい。
いや、正しくはあって、その怨念の感情を生きるエネルギーにしている。
それになにより「シナリオ・センター退学処分」の記事は
「本の山」で一二を争う傑作記事では?
べつにいまさらシナセンなんかほとんどどうでもいいのだが、
お客さんにおもしろがってもらいたい
という当方の根っからのエンターテイメント精神があの記事を削除させない。
わたしはまだ41歳。天龍のレボリューション魂は消えていない。
天龍源一郎は週刊プロレスに叩かれ、SWSを解散に追い込まれたとき、こう思ったという。

「SWS解散のときが「ある程度お金もあるし、ここで辞めよう」
と決断するいい機会だったのかもしれない。
ただ、心のどこかに
「天龍源一郎がこのままおめおめと終わっていいのか」と思う自分がいた。
生きていけるかどうかなんて、わからない。
でも、心には火がついている。
42歳の俺は、そんな心境だった。
「このまま、おめおめと消えてたまるか。こんだけ俺をクソまみれにしやがって!」
あのときの感情を言葉にしたら、たぶんそんな感じだったと思う」(P158)


30年以上、天龍を応援してきていま41歳になってしまったわたしは本書を読んで思う。
「土屋顕史がこのままおめおめと終わっていいのか」

「熱湯経営 「大組織病」に勝つ」(樋口武男/文春新書)

→また大和ハウスの樋口武男会長のご著作を拝読する。
ブログ「本の山」のおもしろさを
本当に理解できる人というのはひとりくらいなのかもしれない。
というのも、わたしと実際に対面してある程度の本音会話をしていないと、
このブログの本当の魅力というか、おかしさのようなものはわからないからである。
今年に入ってから大和ハウス関連の書籍の感想を3冊も書いているでしょう。
あれはどういうわけかというと、わたしが系列企業(子会社?)でバイトをしていたからだ。
いち末端バイトが会社のトップで、まるで天皇陛下のように威張っている
最高権力者の本を読んでけっこうボロクソな感想を書くってかなりおもしろいわけでしょう?
もしかしたらわたしがバイト先をクビになった理由はこのブログかもしれないのである。
工場長によると、大和ハウスは毎日、
関連部署がインターネットでエゴサーチをしているって言うし。
ブログに大和ハウスの株うんぬんを書いた翌日に、
インサイダー取引のお勉強をさせていただいたのはあれは偶然なの?
「退職勧奨」の際、工場長に「ここに呼ばれた理由はわかるよね?」と聞かれたとき、
「ううう、ブログかしら」と正直思ってしまったことを白状する(隠し通したが)。
けれどさ、それは自意識過剰かもしれないわけで。
大企業のトップが弱小ブログのたわごとを気にするなんて、
そんな器が小さいというか、ケツの穴が小さいというか、ありえないっしょ?
でも、本書によると(P106-107、P132-133)、
大和ハウスの樋口武男会長は毎日2ちゃんの自社スレをチェックしているらしい。
樋口武男さんは昭和天皇のようなメンタリティをお持ちのようで、
うちのような子会社のちっぽけなリネン工場にまで
会長ご自身の巨大な御真影(ポスター)がはられている。
たしか「凡事徹底」とか書いてあったような気がする。
ほかには「一歩、前へ進め」とか、
……それは上官が部下を鉄拳制裁するときの言葉では?

これでたしか大和ハウスの樋口武男会長の本はぜんぶ読んだのではないか。
感想はおなじエピソードの繰り返しばかりで飽き飽きとした。
仕事人間や会社人間というのは、毎日おなじことばかりしているので(まあ仕事さね)
おなじ話しかできなくなってしまうのである。
本を読む時間どころか、家族と話す時間さえない。会社会社会社、仕事仕事仕事。
おなじ話でもおもしろければいいが、基本は自慢話というか武勇伝である。
おれはね、あんとき上司と怒鳴りあっておれの意見が通ってそれが成功した、とか。
あれはね、あいつの仕事になっているけれど、
本当はおれが裏で根回ししてやったんだ、とか。
いちばん会社人間が好きなのは、
出世したあいつはじつのところ、このおれが育てたとかいう武勇伝じゃね?
うちの父も仕事人間だったけれども、
いつでもおなじ話しかしなかったもん(できなかった←男はそんなもんだが)。
とはいえ、我輩さまもふくめて、
成人した男の話なんてみんな武勇伝みたいなものとも言えなくはあるまい。
それを女が内心はウゼエと思いながらハイハイと聞いてあげ、
キャバ嬢やホステスはお金をもらい、一般女性はプレゼントや正妻の座をゲットする。
くだらんよねえ、人生なんざ。社長になった、会長になった、それがなんだい!?

しかし、俗世間を生きるためには、そうとばかりは言っていられない。
仕事って本当にストレスのかたまりだと思わない?
なんでみんな和気あいあいとニコニコしながら働けないのかね。
タオルやウェアを折りたたむだけの仕事なんておしゃべりしながらでもOKでしょう?
かえって、そのほうがペースも上がるんじゃないかとさえ思う。
けれど、赤い爪をしたへんな古参チーフがいて、場をピリピリさせるわけだ。
仕事には責任がつきまとうが、この責任がよくわからない。
大会社トップの樋口会長が師事する石橋信夫オーナーはこう言うが――。

「仕事の上の停滞や失敗を問いただすと、誰それの指示によりましてなどと、
あたかも自分には責任がないかのような答えが返ってくる。
みずから道を求めて努力していた人なら、こんな返答はしないだろう」(P21)


社会人のいちばんのストレスってこれではありませんか?
どこの職場にも古株やら仕切りや、威張りたがる人がいるんだ。
そういう人が好き勝手にあれをしろ、これをしろと指示してくる。
それは違うと思っていても、
断わったら人間関係がめんどうくさくなるから言うことを聞く(シバタさん!)。
そこに上司が飛んでやってくる。「どうしてこんなことをしたんだ?」
「○○さんがやれって言ったんです」と答える。
「おまえは自分のあたまで考える能力もないのか」と叱られる。
いまの職場でイリーという50後半の仕切りやのおっさんが最悪だったな。
よくわからない指示をいちおう先輩の当方に怒鳴り声でしてくるのである。
数度、怒鳴り返してみたら静まったけれど(←こういうのが男の好きな武勇伝ね、笑い)。
基本的にミスの責任は遂行者ではなく指示者にあるような気がするけれど、どうだろう?
ちなみにこのあいだに古株の威張った知的障害者が3人も介入するとカオス極まれりね。
ひとりの知的障害者と仕事をするのでさえ難しいだろうし、
それが3人になり、3人とも古株ぶって威張っていたら、
毎回毎回新しい健常者は壊されるしかない(知的障害者は純真ではなく異常者)。

樋口武男会長が大和ハウスから
大和団地という格下会社に飛ばされたときの何度も読んだ武勇伝がまた強烈である。
樋口武男は会社に朝7時半までに出社するようにしたという。
そりゃあ、社長が早出をしたら部下も真似をしなかったら仕返しが怖いだろう。
これが樋口武男会長の有名な武勇伝のひとつ。
自分が(たぶん始業は9時なのに)7時半に出社したら、みんなも真似をするようになった。
結果として会社に活気が戻り、
あとから女子社員から社長の早出はすばらしかったとほめられたという。
早出は大和ハウスの文化なのかしらん。
わたしもバイトを始めたとき1時間早出をしたら社員に近づくぞ、と言われたことがある。
なんでもその社員も毎日早出をしてきて、しかし出勤記録はつけていないという。
なまけものの当方は指示された翌日に15分早出をしたのが精一杯だった。
最近、わたしと同年齢(40歳)の新人が入ったが、
きちんとサービス早出をしているらしい。
毎朝30~45分早く会社に来て「やる気」をアピールしていた。
(労基署に見つからぬようこっそり書くが職場には2時間以上サービス早出している仕事が好きなご老人もいる)
そのIさんの「やる気」アピールがうまいのである。
いつも手帳をポケットに入れていて、覚えた仕事をメモしている。
うちの職場は毎日のようにルールが変わるから、
そんなことをしても実質的な意味はないのだが、
「やる気」のアピールという面では非常に有効な手であったと思う。
わたしもつぎの職場で「やる気」をアピールするためにあれを真似しようと思っている。
しかし、うちの職場では毎日ルールが変わるから記録を取る意味はないのだけれど。
Iさん自身は大和グループから流れてきたらしく(物流?)、
処世がうまいばかりでなく、とても人柄のいい方でありました。
.
わたしが「退職勧奨」された理由のひとつは、
たぶんIさんの「やる気」アピールだったような気がする。
「退職勧奨」の際、工場長から「やる気」が見られないと何度も言われたしなあ。
こんな長文記事をここまで読んでいる人は少ないだろうから書くが、
仕事というものは「する」ものであると同時に「見せる」ものなのだろう。
いかに仕事を「する」かではなく、いかに仕事をしているように「見せる」かが重要。
まあ、ご先輩のみなさまは、こんなことくらいよくよくご存じでしょうが。
繰り返すが仕事は「する」ものだが、同時にアピールしなければならない。
うちの男性スタッフはみんなオーバーアクションで仕事をするが、
裏にはそういう社風のようなものがあったのではないかと思う。
なにもすることがないときでも、自分は仕事をしているという「ふり」をいかにうまくするか。

本書を読んで、会社とはコネ(血縁/創業者一族)と密告(事情徴収)が
いちばん幅を利かせているのではないかと思った(33ページ)。
書かれているのは樋口氏がいかに
創業者一族お気に入りの重役を切ったかという(またもや)武勇伝である。
そのとき事情徴収(密告をあおる)をしたことも書かれている。
もう少しばかりわたしもうまく密告で暗躍していたら失業していなかったのかもしれない。
会社組織は密告(讒言/中傷/陰口)の巧拙が生き残りをわけるのかもしれない。
お人よし過ぎたのか、わたしはあまりにも密告というサバイバル術を使わなかった。
同僚のミスを発見しても、ほとんど上にそのことを伝えなかった。
考えてみたら、いまの職場で生き残っている古株は密告が好きそうな人が多い。
あることないこと密告して気に食わない同僚を辞めさせ、
おのれのいまの立場を守るのが会社における処世術なのかもしれない。
赤い爪のチーフとか知的障害者の某とか人権老女Sとか、
生きる知恵としての密告をじつによく知っていたし巧みに利用していたような気がする
わたしは最後に工場長から嫌われ「退職勧奨」されたようだが、
もういくばくかうまく密告制度を使って工場長と良好な関係を構築していれば、
いまのような状態にはなっていなかったのかもしれない。
じつは副工場長は恩人の工場長のことをこんなふうに貶めていましたよ、とかさ。
いまからでも密告は遅くないのだが、わたしにそれをするメリットはないし、
いちおう工場長にも副工場長にもお世話になっているから、
いまさら両者の関係に亀裂を入れたくはない。もういいじゃんっていうか。
偽善者ぶるけれど、おれが悪人ってことで、消えればいいんでしょ、みたいな。
でも、もうちとばかし密告制度をうまく利用していればよかったという後悔はなくもない。

結局、優秀な人材というのは仕事アピールと密告(讒言)がうまい人なのかなあ。
あと人情などまったくなしに、会社のために人をぶった切れる企業人。
辞めろ! 代わりはいくらでもいる! 退職届を自分で書いたなら自己都合退社!
おまえの人生なんか知ったこっちゃねえ! 
おれは会社がすべて、仕事人間、どこが悪いか言ってみろ!
大和ハウス最大のピンチは2003年に赤字決算をしたときらしい。
このとき樋口武男社長(当時)は石橋信夫オーナーから、
赤字決算をしてもいいと密室で言われたと本書に記されている。
密室だから証拠はない。証明するものは樋口氏の証言だけである。
ふたりだけの密室での会話は証拠がないから、
肩書上位者や勝利者および生存者の証言が
正しいものとして世の中には流通するのである。
本当に石橋信夫オーナーは樋口武男氏に「赤字決算OK」と言ったのだろうか?
また本書では樋口武男氏は石橋信夫オーナーから、
社長ではなく今度は全体を俯瞰(ふかん)する会長になれと言われたと
この本には書いてある。しかし、これもまた密室の会話である。
証拠はなにもない。樋口武男会長の証言があるのみだ。
わたしも工場長から密室で「退職勧奨」され受け入れたが、
工場長はそんなことは言っていないと主張し(結果、当方は自己都合退職あつかい)、
どうしてか密室での会話なのに3人も証人がいることに会社ではなっている。
これが大和ハウスの文化というものなのだろうか。
大和ハウスの樋口武男会長はいったい幾人に「退職勧奨」しながら退職届を書かせ、
そのうえで会社のために自己都合退職あつかいで路頭に迷わせたことか。
会社でサバイバルするというのは、そういうことなのだろう。
樋口会長の弟さんはレアな難病で苦しみながら死んだという(ALS)。
会長のご子孫にもっとバチのようなものが出るかどうかはわからない。
ただ会長は畳(たたみ)の上では死ねないと思う(高級病院の病床でお亡くなりになるってこと)。

樋口会長のお言葉のなかでひどく共感したものがあるので偉人のご発言から抜粋したい。

「ネットに落書きしている暇があったら、社長に本音を言ってこい。
ただし、匿名ではない。堂々と実名でモノを言え。
社長は、提案者の秘密を厳守する」(P110)


おそらくこのブログ記事も大和ハウスの監督部署に拾われるであろう。
うちは本名、実名ブログで正々堂々と意見を申し上げている。
あれは「退職勧奨」にほかならなく、
自己都合退職あつかいするのは誤りだとわたしは思う。
しかし、世の中まあ、そんなもんさということを知らない年齢ではない。
大和ハウスは断じてブラック企業ではなく、
同僚もそこまで悪くはないふつうの人たちでした。
一部、法律違反がないわけではありませんが、
そんなことを言ったら中小はどうなるって話で。
いつか一発当てて大金を得たら大和ハウスの株でも買おうと思う。サンキュー。バーイ。

(関連記事)
「大和ハウス工業」(長谷川誠二・池上博史/出版文化社新書)
「先の先を読め 複眼経営者「石橋信夫」という生き方」(樋口武男/文春新書)
「熱い心が人間力を産む 複眼経営者「石橋信夫」に学ぶ」(樋口武男/文藝春秋)

「先の先を読め 複眼経営者「石橋信夫」という生き方」(樋口武男/文春新書)

→大和ハウス現会長の樋口武男氏が、
師匠であり大和ハウス創業者の石橋信夫氏について語ったビジネス本である。
あまたある自己啓発書のなかの一冊とも言えよう。
ところで大和ハウスの樋口武男や石橋信夫は「偉い」のだろうか?
ご両人が「偉い」とされる根拠はなにか?
そりゃあ、大企業の創業者やトップなんだから
「偉い」に決まっているという反応があるかもしれない。
しかし、どうして大企業の創業者やトップは「偉い」のだろうか?
1.お金持ちだから。
2.勲章をもらっているから。
3.権力があり、部下を動かしてかなりのことができるから。

変な話をすると、ユージン・オニールは「偉い」のだろうか?
と書いても、みなさんはユージン・オニールのことを知らないと思われる。
それも当たり前で、いま演劇でメシを食っている人も、
かのアメリカ人男性のことを知らない割合のほうが高いと思う。
答えは、ユージン・オニールはテネシー・ウィリアムズやアーサー・ミラーに先行する、
「アメリカ演劇の父」ともいわれる偉大な実験演劇および古典演劇、近代演劇の巨匠。
どうしてそんな毛唐(けとう/異人/外人)が「偉い」のか?
そう思われた方はある種のクリエイティブな能力を持っていると誇ってよいと思う。
わたしはユージン・オニールが大好きで邦訳戯曲はぜんぶ読んで心酔しているが、
一般庶民のみなさんは
芝居台本を読む習慣はないだろうし(そもそも読み方がわからないだろうし)、
ウィリアムズもミラーも知らないのにオニールといわれても困るだけだろう。
ウィリアムズの「ガラスの動物園」「欲望という名の電車」
くらいならタイトルくらい目にしたことのある人もおられるかもしれない。
わたしはユージン・オニールがだれよりも「偉い」ことを身をもって(目をもって?)
知っているが、そのことを他人に共感してもらうことが非常に難しい。
しかし、ノーベル文学賞を取った人だといえば、みなさんふんふんとうなずいてくれるはず。
ノーベル賞を取ったのなら、それは「偉い」だろうと。
ちなみにノーベル賞作家のユージン・オニールが師匠と目(もく)したのは
スウェーデンのストリンドベリなのだが、
かの天才奇人(いや狂人か)はなにも世間に知られた勲章をもらっていないので、
かの作家もまたわたしは大好きだがどこが「偉い」のかを説明することができない。

そういうことなのである。
わたしはユージン・オニールが「偉い」ことはわかるけれど、
大和ハウス創業者や現会長が「偉い」ことはいまいちわからない。
これは当方の興味が高等遊民的な演劇、宗教、文学にあるからで、
10円の金も惜しむような(表現者ならぬ)生活者意識が乏しいからなのかもしれない。
サラリーマンの悲喜こもごもを経験しないと、
大和ハウス創業者や現会長がどうして「偉い」のかわからないのかもしれない。
しかし、わかるのである。ちゃぶ台をひっくり返すようなことを書くと、
わたしは大和ハウス創業者や現会長のどこが「偉い」かを明確に指摘することができる。
わたしが思うに、石橋信夫氏や樋口武男会長は「運がいい」ところが「偉い」。
会長によると創業者の口癖は「人生は運しだい」だったとのこと。
わたしは創業者の先見の明よりも運のよさを「偉い(すげえ)」と思う。
樋口武男会長は師匠であり大企業の創業者でもある巨人の言葉を振り返る。

「創業者は、自身の人並みはずれた努力のことはおいて、
「人間、つまるところは運やで」
と晩年まで口癖のように言っていたものだが、
このとき[創業時]もたしかに〝運”としかいいようのない出来事が待っていた」(P19)


日本軍隊戦争経験やシベリア捕虜体験の持ち主ならではの人生観であろう。
「人間、つまるところは運やで」――。
運がないやつはダメだ。石橋信夫も樋口会長もとりわけ運がよかった。
石橋から運のよさを見出された大和ハウス会長は証言する。

「創業者はよく、
「わしは運がよかった」としみじみ述懐し、
「樋口くん、人間つまるところ運やで。キミも運のいい人間とつき合え」
と言い聞かされたものだ」(P176)


戦場はわずかな判断ミスが生き死にをわけるからある面でとても人間を鍛える。
銃弾が飛び交っているところできれいごとをいくらいっても通用しない。
明日死んでしまうかもしれないという外地戦場体験をした創業者は強い。
自分が死ぬくらいだったら相手を殺せというのが戦場の絶対ルールである。
自分が生き抜くためならなにをしてもいいというのが旧日本軍の精神だ。
やられるまえにやれ。飛び交う銃弾を避けるためなら運でもなんでも使え。
大和ハウス創業者の石橋信夫氏の人の使い方は、まるっきし旧日本軍のそれであろう。
というかむしろ、日本軍の将校がみな石橋信夫のような部下采配をしていたら、
あそこまで日本は大負けすることがなかったのかもしれない。
シベリアで草を口にして食いしのいだという伝説を持つ石橋信夫の人間観は非情である。
「人間、つまるところは運やで」――。
部下はそいつに運があるかどうかを見定めるしかない。
運がないやつは枯れろ。運がないやつは死ね。
弱肉強食、勝てば官軍、勝ったものが「偉い」。
そうして勝ち残ったいちばん弟子を自称する大和ハウス軍兵統率者の会長はいう。
人間など大根とおなじである。
荒れ地にその大根を植えてみて、そいつが大きく育ったら本物である。
枯れてしまったらそんな大根はいらない。枯れろ。死ね。消えろ。目障りだ。
大和ハウス創業者がよく言っていたことである。

「大きな大根は、次々とあたらしい土地に移しかえていく。
そこはまだ開墾されていない荒れ地であるかもしれない。
しかし、その試練に耐えた大根は、さらにたくましく成長していくはずだ。
(……) ……創業者の晩年、
いつものように二人で経営をめぐる対話をしていたある時、
「それにしても、荒れ地に耐えかねる大根もありますやろな」
とたずねてみると、創業者の答えが凄かった。
「枯れたら、それまでや」」(P67)


「人間、つまるところは運やで」
人間なんて、つまるところ大根とおなじで運やで。
「枯れたら、それまでや」
大軍の将軍になるような人物はこのような非情な複眼視線を持っていなければならない。
人権、人権いうけど、あれは嘘や。人間なんて大根とおなじで、人権なんてあらへん。
外地戦争体験ほど男を鍛えるものはないだろう。
いくら鬼軍曹として威張っていても、交戦中に部下から銃で撃たれたらそれまで。
大企業といわれるところはどこも旧日本軍を参考にしているところがあるのではないか。
戦争は負けたら死んでしまうのだから、絶対に負けてはならない。
企業活動も戦争のようなものだろう。
主婦のバイトならともかく、家庭をかかえるサラリーマンは企業戦士である。
おのれの城(自企業)が壊されたら、なんの肩書もない二等兵以下になってしまう。
大和ハウスの大将である創業者は口を酸っぱくして言っていた。

「闘いには百戦百勝、ぜったい勝たないかん。
経営でも人生でもそうや」(P150)


勝利絶対主義である。小気味いいではないか。負けるな、勝て勝て、絶対に勝て。
大和ハウス会長の名前でググろうとすると(グーグル検索しようとすると)、
大勝利という言葉で有名なある巨大新興宗教団体の名前が同時検索(?)で
現われるが、そんなことはグーグル先生のご指摘を待つまでもなくわかっている。
あそこの紫綬褒章作家、宮本輝氏の書いた「三千枚の金貨」は
大和ハウスがモデルのひとつになっているような気がしてならない。
日本男子に歴史上友情のようなものはなく、
あるのは上下関係(主従関係/師弟関係)だけなのかもしれない。
日本の大企業は(中小企業もおそらく)旧日本軍以外の組織スタイルを持っていない。
だから悪いというのではなく、日本軍はアジアでいちばん強かったのである。
植民地化された中国や韓国の軍隊よりも日本戦時体制は銃後もふくめ強かった。
日本で組織をつくるとなったら、旧日本軍のようなあれしかないのだろう。
繰り返すが、それが悪いわけではなく、むしろ他国には真似できない最強軍隊である。
愛国精神、愛社精神のためなら神風特攻隊に志願することも辞さない。
だれもあまり大きな声でいわないがいまの日本は天国のような世界ともいえよう。
こんな便利で微笑みにあふれた国はほかにないだろう。
微笑みの国といえばタイやラオスだが、
たとえばラオスなんか日本の足元にもおよばない。

戦後日本の急激な経済成長は旧日本軍のモデルで経済活動をした成果ともいえよう。
ニッポンがんばれ! 日本人がんばれ! 大和ハウスがんばれ!
いま大和ハウスは多角経営を推し進めているらしい。
常識にとらわれないとてもいい見識のある経済活動だと思う。
多角経営とはファミリーをつくること。
たとえばさ、なにか商品を製造しても運送を外注したらそれだけ摩擦(まさつ)は高まる。
運送会社もおなじファミリー企業でまかなってしまえば、
おなじファミリーに対してそうそう悪いことはできないだろう。
華僑(かきょう)がやっていることだが、血縁関係(ファミリー)ほど信頼できるものはない。
よその人に外注したらだまされる危険性もあるが、ファミリーならば安心できる。
経済活動は契約関係、金銭関係だが、ファミリーはもっと強い絆(きずな)がある。
企業同士がファミリーになってしまえばこんなに強いものはないのである。
巨大企業の創価学会にはファミリーが多いと聞くが、
あれは世界史的に初の試みとなる革新的な経済活動なのではないか。
社会主義(共産主義)もダメ。資本主義もボロボロ。
しかし、第三の道があるではないか。「第三文明」があるではないか。
仏教と資本主義をミックスしてしまえばいいのである。
ラオスもベトナムも社会主義と仏教を併用しているが、
あっちのは小乗仏教だからどこかゆがんでいる。
大乗仏教と資本主義を併用した創価学会や大和ハウスのような
ファミリー主義がいちばんいいのではないか。
大和ハウスはいま多角経営を進めていると聞く。
この企業はいまどこに目をつけているのか。いわば希望の星である。

また同年[2004年]、[大和ハウスは]日本体育施設運営(NAS)を買収した。
同社は全国で四十七ヵ所のフィットネスクラブを展開するが、
健康への関心が高まる中、
大和ハウスはNASを拠点の一つとし、人・街・暮らしの
価値共創グループとして挑戦を続けているところである」(P192)


スポーツクラブNASなら世間知らずのわたしも耳にしたことがある。
まえに友人が通い始めたと聞いた(結局、忙しくて辞めてしまったようだが)。
スポーツクラブNASはとにかく居心地がいいらしい。
とくにいいのはレンタルのタオルで一流ホテルを凌駕するふっくら感があるという。
一流のスポーツクラブはタオルのようなところにまで気を配るのかと
一生そんな高級施設とは縁がないだろう当方は新鮮に感じたものである。
わたしがもし高給取りの大和ハウス社員に来世でもなれたら、
迷わずファミリーのスポーツクラブNASに通い汗を流し、
帰宅後は軽く国産ビールで喉をうるおしながら樋口会長のご本を読むだろう。
1時間半で読んだ本だが感想を書くまで1週間以上の思考を要した。
毎晩、仕事から帰って来てこの本の重要箇所を読み直したが、
なかなか感想が書けなかった。
それだけいまのわたしには難しい本でありました。

「大和ハウス工業」(長谷川誠二・池上博史/出版文化社新書)

→どうして男って人の上に立ちたがるんだろう?
社会というものはひとりでは動かせない。
だから、人は集団をつくり経済活動を営むのだが、
だれかが責任者となり指揮しないと個人ならぬ集団は動くことができない。
トップが5人直属の部下を持ち、その5人がまたそれぞれ10人ずつ部下を持ち……、
といったピラミッドのようなかたちで企業の指揮系統は形成されている。
なにより得がたいのは尊敬できる上司と信頼できる部下であろう。
大企業「大和ハウス工業」は、石橋信夫氏が株で当てた資金を元手に創業した。
創業者・石橋氏のどこが偉いかといったら、
現会長の樋口武男氏という部下から崇拝されたことによるところが大きい。
石橋信夫氏とてひとりではおそらくなにもできなかったことだろう。
樋口武男会長を代表とするあまたの腹心がいて、
大企業「大和ハウス工業」はここまで現在のように躍進することができた。

さて、原点に戻り男はどうして人の上に立ちたがるのだろうか?
人に使われるのがいやだから男は人の上に立ちたがるという答えがあろう。
それもたしかにそうだが、
人の上に立って人を使うことほど難しいことはないとも言えよう。
若者は(いまだ気づかない中年も少なくないけれど)単純に立場上、
人の上に立てば部下たちは自分の指示に従ってくれると思う。
けれども集団経済活動の難しいところは、部下が言うことを聞いてくれないところだ。
部下は上司の命令通り動くだろうと思っているのは世間知らずの甘ちゃんになる。
部下というものは、おそらく思っている以上に上司の言うことを聞かない。
部下のほうにも言い分はもちろんあって、上司の指示がよくわからないということがある。
上司の指示が毎週どころか毎日のように変わり、
知的障害者の青年ならならまだしも、
まともな健常者ならば混乱必至という職場も少なくないだろう。
人に使われるのも難しいし、人を使うのもこれでもかと難しい。
得がたいものは尊敬できる上司と、信頼できる部下というのはこのためである。

「大和ハウス工業」の樋口武男会長は創業者に心酔することができた。
これが会長のひとつの才能であろう。
それから樋口武男会長は創業者と馬が合った。
こいつは使えるなと創業者から信頼される人間性を持っていた。
じつのところ「仕事ができる」うんぬんは
ビジネス(経済活動/労働)とあまり関係がないのかもしれない。
「仕事ができる」ものは上から(自分の地位[ポスト]を奪われるのではないかと)
警戒されることも多く、かえってリスキーである。
あいつはそこまで仕事はできないけれど
(指導の余地がある/上司の威厳を保てる/成長を見守ることができる)、
おれの言うことを聞いてくれるという、
いわゆる馬が合う部下が上司から引き立てられ出世するのである(かわいい部下)。

「大和ハウス工業」の樋口武男会長は、
創業者から引き立てられたから大企業のトップに立つことができた。
これは断じて悪いことではない。
優秀な人が企業トップになると、従業員の多くのものがうるおうというメリットがある。
聞いた話だが、大和ハウスは末端の雇用者までファミリーは守るスピリッツ(精神)
を持っている優良ホワイト企業とのこと。
大和ハウス本社は大阪にあるが、
西に足を向けて眠ることができない東京人も多いだろう。
どうでもいいが、この記事の筆者もまた、
足を(大和ハウスのある)西に向けて寝ころばないように注意している。
上司は信頼できる部下と出逢いたいと思う。
自分の言うことを聞いてくれる部下である。どいつが自分の腹心かはわからない。
上司がいないときには部下全員が上司の悪口を言っている可能性は高い。
ここで問題になるのが、いわゆる「人間力」であろう。
仁義、人情、忠誠と言ってもよかろう。
いくら人の上に立ちたい男がリーダーになっても、
腹心の部下がいなければ彼は失墜確実だろう。
「仕事ができる」うんぬん以前に腹を割って話せる部下がいかに上司にとって重要か。
腹を割って話したことを周囲にもらさないという(墓場まで持っていく覚悟がある!)、
上級カウンセラーのような秘密保持力のある部下がいたら、彼は信頼されるだろう。
繰り返すが、大和ハウス創業者にとって樋口武男会長はそういう存在であった。

ビジネス界のトップに君臨する崇拝者も多い樋口会長は
本書でインタビューにこう答えている。
いまは経済界の重鎮の樋口武男会長にも若かりし野心に燃えた青春時代があった。
樋口武男青年は36歳でリーダーの難しさを知る。
人を使う難しさを青年は36歳で実体験する。
このとき樋口青年は多くの人を使っている創業者の偉大さを身をもって知ったのだろう。
大和ハウス会長は口にする。人を使うにはどうしたらいいか?

「相手のやる気が出るようにすること。
それを促すためのコミュニケーションをしっかりとることです。
実はこれには苦い経験がありましてね。
一九七四(昭和四十九)年に山口支店長に赴任した時、私は三十六歳と若いこともあり、
先頭に立って支店を引っ張る気概で最初から馬力をかけて頑張った。
張り切っているからこちらの気持ちが通じない社員には大声で怒鳴り、
時にはビンタも辞さなかった。
ところがそれが逆効果となって社員を委縮させ、気がついたら誰もついてこない。
四面楚歌でした。周りとのコミュニケーションを忘れていたんですね。
そこで発想を切り替えて、社員の一人一人と徹底的に対話することにしました。
お客様から支持を得るにはどうしたらいいか、顧客サービスとは何か、
今日・今月・今期における仕事の目標を持つことの意味とは…
そんなことをじっくりと腹を割って話し合いました」(P17)


おそらく大和ハウスの樋口武男会長がリーダーになったのはこのときだろう。
青年が部下から人を使うリーダー(上司)になったのは36歳のときだ。
上司は肩書という権威で恐怖政治をすることができ、
それは即効性がなくもないけれど、長期的に見たらろくな部下が育たない。
本当のところはなにを考えているかわからない、
いつも重度の知的障害者のようにニヤニヤしている部下は信頼できない。
いくらいまのところ仕事が多少できて使えるとしても、
いつ寝返るかわからない部下には警戒しなくてはならない。
数回、酒をのんで腹を割って話した部下のほうが育てがいがある。
基本的に年上の部下は使いづらいから、加齢によって人は求職が難しくなる。
60歳以上なんて仕事がないから、使いづらいとも使いやすいとも言えよう。
いまの職を守るためになら、アラフォーにはできない、
いろいろなことを(いいことも悪いことも)アラカンや還暦以上はするだろう。

指示されたからと職務上いやいや働く部下は(それでも動いてくれるならまだましだが)
なかなかあつかいづらいのである。
この人を男にしてやりたい、仁義上この人には逆らえないな、
と働いてくれる部下が上司にとってもっとも好ましい。
多少仕事ができたところで、部下連中を取り仕切って、
いつ上司に反旗をひるがえすともわからない部下とはおちおち安心して仕事もできない。
大企業「大和ハウス工業」の樋口武男会長が出世できたのは、
創業者をだれよりも心酔することができ、
同時に創業者からの絶大な信頼を得ることができたからと思われる。
いまわたしは職場の上司を指導者として崇拝しているわけではないが、
当方とは正反対(几帳面・メモ魔・手作業や整理整頓がうまい)なので、
年長者に対しておこがましいがそれなりの魅力を感じている。
人間味があっておもしろい人だなあ、といまだに感心している。
うちの職場はバックレ率が9割を超えているのである。
ここ5年の男性バイトでちゃんと退職届を出して退社した人がひとりしかいない。
みんなある日、突然来なくなり、連絡がつかなくなってそれで終わり。99%がそう。
8月にもひとり男がバイトで入ったが1日で辞めてしまった。
わたしはもしいまの職場を辞めるならば、円満にきれいに、ことを運びたいと思っている。
それはいまの職場の上司ふたり、三人に恩義があるからでもあり、
人情のようなものを感じているからでもあり、つまるところ、
こういうメンタルでのリスペクトを大和ハウスは重んじているのではないかと思う。

大金を得るようなチャンスがあったら、ほしいものがないので、
きっと大和ハウスの株を買うことになるだろう。株の買い方は知らないけれど。
むかし5、6年まえ戯曲を書いたことがある。
当方の最高の自信作だったが、どこのコンクールからも落とされた。
インド、ベナレス(ヴァーラーナシー)の日本人宿を舞台にした芝居だ。
そのゲストハウスの名前を「クミコハウス」のもじりで
「大和(やまと)ハウス」としたような気がする。
ということは、本当かと疑われそうだが、
当時は大企業の大和(だいわ)ハウスのことを知らなかったのだと思われる。
いまは大和ハウスも創業者のことも、樋口会長のお顔もよく存じあげている。
大和ハウスすげえよ。言いたいのは、言えるのは、それだけ。

「「頭がいい」とはどういうことか」(米山公啓/プレイブックス・インテリジェンス)

→著者は医師の国家資格をお持ちのフリー(サイエンス)ライター。
大学病院の研究者から雑文屋になったのだから、そうとうな変わり種だろう。
「頭がいい」とは、いったいどういうことなんだろう?
わたしは経験的に「おまえは自分が頭がいいと思っているんだろう」
とからまれることが非常に多い。
当方よりもよほど肩書が上の人間からも、そういう対応をされることがある。
わたしは自分が「頭がいい」と思ったことはほとんどない。
読書スピードも理解力も上の人にはかなわないし、
対人能力にいたってはカスとかホコリに比すのが正しいと思っている。
とにかく世事わからないことが多すぎる。
たとえば、どうして人は自分のことを「頭がいい」と他人に思われたがるの、とかさ。
わたしはバカに見られたいと思ってバカにもわかっていただけそうな文章を書いている。
正しい偉そうな秀才の文章の書き方は知っているけれど、あれ、おもしろくないじゃん。
やたら紋切型の四字熟語や意味不明の外国語を使う手口。

この記事を書いていて気づいたが、このあたりのわざとバカっぽくふるまっているところが、
人から「おまえは頭がいい人ぶっている」と叱責される原因なのかもしれない。
いまはテレビから消えたらしい、お笑い芸人の鳥居みゆきとか絶対に「頭がいい」けれど、
バカっぽくふるまっていたよねえ。
だから、嫌われたというようなところもあるのかもしれない。
もちろん、わたしは頭もよくなく、あるいはいまもいま、
計算してバカっぽくふるまっているのかもしれないけれど。無意識で。
無意識ってなに? え? わかんなーい、いえーい、やっほう♪
わたしがいちばん「頭がいい」と見上げるのは携帯(電話)ショップの店員さん。
あれだけころころ変わる機種情報を覚えられ接客もできるって天才だよ。
しかし、その「頭がいい人」からかつてバイト先で
「ツチヤさんは頭がいいから」と言われたことがある。
えええ、よっぽどそっちのほうが頭がいいじゃんと言い返したものである。
もしかしたら「頭がいい」人というのは、
他人の「頭のいい」ことに気づく人なのかもしれない。
著者は著者の定義によると「頭がいい」けれど、わたしはバカのようなのでホッとした。
本当にまったく世の中で活躍するということが人生でなかったや、いひっ。

「世の中で活躍するということを「頭のよさ」のひとつの定義として見るなら、
学歴はまったく関係なくなってくるし、
むしろ、常識の範疇(はんちゅう)からずれている人にこそ、
本当の能力があるように思える。
特に芸術や音楽の分野では、IQだけでは測りきれない能力があり、
それを見いだすシステムやチャンスが必要であろう。
しかし、日本ではいまや芸術すら権威的になってしまい、
特に美術の世界では公募展に入選するには、
それを審査する派閥に所属して絵を習わねばならない。
オリジナル性の高い芸術作品を作ることが本来の芸術家であろうが、
日本ではそれができにくい側面があるのも事実だ。
残念ながら、現実社会では広い意味での頭のいい人を的確に評価できていないのだ。
それは芸術だけでなく、科学研究分野でも同じことである。
突然ノーベル賞を受賞したことで、
日本にもこれほど優秀な人がいたと初めて、気がつく社会である。
頭のよさを偏差値やIQだけで評価する社会は、
それだけ未熟な社会であり、それが現在の日本なのであろう」(P155)


しかし、おかげで恩恵を受けている著者やわたしのようなものもいるのかもしれない。
結局、日本のみならず白人社会もブランドじゃないかなあ。
著者は非常に「頭がいい人」だと思うが、
主張の根拠はどう考えても医師の国家資格なのである。
著者が高校中退だったら、だれも耳を貸すものはいないのではないか。
結果がすべてというか、そんなものなのだろうなあ。
頭のよさは結果(学歴)でしか証明できないようなところがあるのかもしれない。
生活能力の極めて低いわたしはお金を稼げる人は「頭がいい人」だと思う。
自分がバカで頭がよくないことを心底から認知したとき、
その痴呆的態度が周囲には「頭がいい人」のように錯覚されるのかもしれない。
いちばん「頭がいい人」はすべてを秘密にしてなにも語らない完全犯罪者だろう。

「鈴木敏文 考える原則」(緒方知行=編著/日経ビジネス文庫)

→日本初のコンビニ、セブンイレブンの創業者にして会長でもある、
経済界のトップリーダーともいうべき鈴木敏文氏のご著作を拝読する。
腰ぎんちゃくの書いた本だが、これは鈴木氏の本と思っていいだだろう。
氏はいまでは経済界の重鎮でもあられる。崇拝する人も少なくないと聞く。
どんなことでもいちばん最初にチャレンジした人が偉いような気がしている。
いまでは日本全国を制覇したコンビニの産みの親である鈴木会長を
わたしはとても偉い人だと思う。
他人がいままでしていないことをするのはものすごく怖いのである。
なぜなら前例がないことをするのは、周囲から猛反対されるのだから。
鈴木会長のポリシーはなにか? 会長の心酔者である手下が簡潔に説明する。

「「人のマネを絶対にしてはならない」
ということを一貫していい続けている鈴木敏文氏の人育ての根本は、
「自ら考えることのできる能力」をどう育てるかというところに置かれている。
あらかじめ用意された答えのない時代といわれる今日、
ビジネスに携わる者にとって求められる最大の能力要件とは、
自身で考え、そして自分で答えを導き出していけるということである。
そのためには自身の課題設定ができること、
そして、その課題を自分の手で解いて、
自分なりの答えを導き出していけることである」(P5「まえがき」より)


鈴木会長のご発言の真意を理解できるものがどれほど少ないことか。
「人のマネを絶対にしてはならない」のなら、
セブンイレブンとフランチャイズ契約を交わしオーナーになるという選択肢は
鈴木会長がもっとも毛嫌いする行為になろう。
セブンのオーナーの地獄生活は広く知れ渡っているけれど、
鈴木会長の本も読まないで契約を交わすようなものは残酷な物言いだが、
そういう処遇を本部から受けるのは仕方がないことだとも言えよう。
他人の真似を好むのがフランチャイズに加盟するオーナーと言えなくもない。
自分のあたまで考えようとせず、
セブンのブランドにだまされたオーナーからいくら搾取(さくしゅ)しても
鈴木会長はいっかな罪悪感のようなものをいだかないであろう。
そして、それはとても「正しい」と思う。
チェーン店になるなど完全な人真似で、
自分のあたまで考えられないものの象徴的行為とも言えるのではないか。
大企業に入りたがったり、大規模チェーン店とフランチャイズ契約を交わすものは、
「寄らば大樹の影」と言うほかなく、
鈴木会長からしたら愚行のひと言で片づけられてしまうことだろう。
会長がおおやけにこう発言しているのに、セブンのオーナーになって
被害者気取りで本部への不満を言うのは根本的に誤っているような気がしてならない。

いまのわたしはビジネスで成功することなど絶対にありえないが、
それでも鈴木会長の本を読んでわかることがある。
会長のビジネス成功は、人真似をしなかったことによるところがおそらく大きい。
会長は成功者のビジネス本を読んで、それを実践したわけではないのである。
ビジネス本に啓発されて行動するのは、猿真似のようなもの。
以下の発言をできるセブンの鈴木会長は、
創価学会の池田名誉会長よりもなにか深いことを知っていると思えなくもない。

「私の場合でいえば、いろいろな要素に考慮して間違いないという確信を持って、
幹部や社員に対して話をしています。
しかし、私がいったことはすべて正しいということは決してないのです。
部分的には正しいとしても、半分は違う。
三割は正しくて、七割は間違っているという結果になるかもしれません」(P29)


これを言えちゃう人というのは、相当な人物ではないかと思う。
自分の主張の7割は間違いかもしれないという自覚のある人は稀有ではないか。
鈴木会長がこう言っているにもかかわらず、
会長の命令は絶対だと思い、それを疑わない子分が多いような気がする。
実際は鈴木会長も池田名誉会長とおなじくワンマンの独裁者気質で、
上記の引用はきれいごとなのかもしれないが、
それでも、そこを差し引いても鈴木会長の発言は重みがある。
他人の成功談を真に受けるなよ、と言えるのはよほどの人物に思えてならない。
自分の成功体験を模倣しても自分のようにはなれない。
そこはおまえが自分で考えろ! こう言える鈴木会長は本物の教育者かもしれない。

実際、わたしの感覚からすれば本書の7割とは言わないが半分は誤りとも思える。

「私がずっといい続けていることがあります。
世の中の変化のなかでは、イノベーション[革新/変革]を怠った企業は、
必ず没落していく。そのイノベーションとは、
お客様がどんどん要求をし、わがままになっていくのに対して、
自分を変えることによって、その要求を合理的に受け入られるようにする――。
これこそが変化対応において、もっとも重要な考え方であると信じています」(P86)


なんの肩書もないわたしだが、これは間違いのような気がしてならない。
お客様をそこまで神聖視するのはいかがなものか?
もちろん、鈴木会長ともなれば、本音ではそのことをわかっていると思う。
とはいえ、企業トップとしては決して口にできない本音がある。

お客様ってバカだよね!

これは大企業のみなさんの本音ではありませんか?
テレビなんか露骨にお客様をバカにしているわけでしょう。
客(視聴者)をバカだと思ってバカ向けの番組をつくったほうがヒットする。
鈴木会長は、客のわがままを受け入れろと言っている。
それほどお客様は偉くないっしょ? 客をわがままにしたら、みんなが苦しむことになる。
わがままな客に困らされている接客業やクレーム担当者がどれほどいるか。
そして、そういうストレスをかかえたものが一転してお客様になったとき、
どれほどのわがままを言うことか。
お客様第一主義は、世の中のストレスを増やすだけのように思えてならない。
わたしは客(消費者)としての実感からお客様はそこまで賢くも偉くもないと思う。
だが、鈴木会長はお客様はとにかく偉く賢いと繰り返す。

「かつてのような売り手市場時代は、
たとえ梅干のおにぎりを買いたいときにそれがなければ、
代替商品で我慢してくれました。
だから、機会ロス[客の買いたい商品がなかったときの店側の損失]のことなど
考えなくてもよかったのです。
しかし、いまのお客様は欲しい商品以外は買いません。(……)
自分の好みに合わないものは、たとえ安くても買いませんし、
気に入ったその商品が切れていたときに、
似たようなものを買うということは、まずありません」(P137)


これもまた本当かどうか我が身を照らして考えるといかがわしい。
スーパーやコンビニにこれが買いたいと思って行く人ってそんなにいるの?
わたしは食べたいものがわからないからスーパーやコンビニに行く。
そうして、ほほう、いまはこれが安いのかと思って買っている。
目当てのものがなかったとしても、それはべつのものを買ういいチャンスだと思っている。
だって、もっとほかにおいしくて安いものがあるのかもしれないのだから。
いまはとことんまで飽食の時代のような気がしてならない。
明確に食べたいものがあってスーパーやコンビニに行く人などそれほど多いか?
自分がなにを食べたいのかわからないし、
そのときその場の在庫と価格の偶然性を楽しみたいから、
わたしはスーパーめぐりを趣味のようにしているところがある。

最近、セブンのファンになったけれど、
コンビニ愛好者も店になにがあるか(新商品!)わからないのが楽しくて
しばしば通うのではないかしら。
お目当ての「金のビーフカレー」がなかったら
ためしに「金のビーフシチュー」を買ってみようと思うのが、
変人かもしれないけれどわたしという「お客様」である。
鈴木会長が口を酸っぱくして主張する機会ロスはそれほど恐れなくていいのではないか?
そりゃあさ、会長様が機会ロスという損を強調したら、
加盟店は大量発注して本部は儲かるだろうけれど(結果、大量廃棄)。
売りたいものはフェイス(売場面積)を取って並べろという説もどうだか。
わたしにかぎって言えば、大量に残っている店が売りたい商品よりも、
ひとつ残っているものを好んで買いたがる傾向がある。
希少性のようなものに惹かれるのだろう。
たくさん並べられている商品は売れ残りのような気がして敬遠してしまうところがある。
これはお客様の一般傾向ではなく、当方の偏向的購買嗜好かもしれないけれど。

それから鈴木会長の指摘に、ひんぱんに陳列を変えろというものがある。
わたしだけかもしれないが、これは客としては迷惑。
陳列がいつも変わっていると、買いたい商品がどこにあるのか探すのがめんどくさい。
店が売りたい商品よりも、わたしはわたしが買いたいものを買いたい。
以上、書きたいことを書いてきたが、これは断じて絶対的に「正しい」わけではない。
1割くらいは正当性があるのかもしれないが、9割は間違いだと思う。
ぶっちゃけ、企業はお客様の言うことなんかあまり気にしないでいいのではないか?

そういえば、最近大好きなセブンとは4、5日ご無沙汰している。
さすがに買ったものを投げられちゃうと、どれほど嫌われているのか怖くて行けない。
セブンのPB「豚の角煮」は食べて感動した。
これほどうまい角煮は食べたことがないとさえ思ったくらいだ。
「金のハンバーグ」は正直、それほどでもなかった。
コメント欄ですすめられた「とろっと卵黄の半熟煮たまご」はぞくっとするほどうまかった。
しかし、150円は高い。
いま派遣先で早く帰されるようになったので(収入ダウン)、
いくらおいしくてもそうそうセブングルメを口にできなくなるのかもしれない。
セブン(日本ハム?)のとろけるような豚角煮を食べたら、
いくら半額でも近場スーパーの焼き豚煮は買えなかった(金額的におなじだし)。
むろんのこと、いくら客とはいえわが味覚が絶対に「正しい」わけではない。
むしろこんな貧乏舌の感想を無視したほうが商売はうまくいくと思う。
最後にいちばん言いたいことを客の立場から繰り返し言う。

お客様ってバカだから!

「ひろさちやのビジネスによく効く宗教」(ひろさちや/実業之日本社)

→副題がとてもよく、「できないことを「できない!」と言える処世術」(笑)。
しかしまあ、よくもまあ、ひろさちやや河合隼雄の通俗一般書ばかり読むと
あきれられるかもしれない。われながらあきれてるもんね。
結局、ひろさちやも河合隼雄もひとつのことを言っているんだよね。
それは「わかりません」。どうしたらいいかは「わかりません」。
そんなかんたんなことを何度も他人から教わる必要があるのか。
ぶっちゃけ、河合隼雄はともかく、ひろさちやはおなじような本ばかり出しているし。
ひろ先生、言い訳しているよ。

「仏教の法話の場合は、聞き手の能力によって、
同じ法話でも違った理解ができるのです。
だから、お釈迦さまは一つの話を語りながら、
大勢の聴衆にそれぞれ違った説法をしたといわれています。
それを「一音教(いっとんきょう)」と呼んでいます。
お釈迦さまは「一音」でもって多くの説教をされたわけです。
わたしたちは、一度聞いた話でも、自分の理解力が高まると、
そこからまた違った教えを引き出せるのです」(P105)


ひとりの人の話を百人百様に聞くっていうのは本当だと思う。
それぞれ誤解して聞いているっていうか。
内田樹によると、これラカンっていう偉い人が言っていたのとおなじらしい。
ラカンもお釈迦さまもキリストさまも、答えを教えてくれないのが人生。
昨日さ、久しぶりに携帯が鳴ったのよ。
かけなおしたら人材派遣会社。時給1250円で働きませんか?
夜勤。ディスクワーク。データ入力。
断っちゃったけれど、これでよかったのかなあ。
3月末にもおなじ案件で電話があって、そのときも断ったけれど。
いまのバイト先にこれ以上ご迷惑をかけるのも心苦しく、
そろそろ潮時かもしれなく、
だったら時給1250円の夜の世界に入ってもよかったのか。
しかし、なにかまだ物語が完結していないって感じがして。
時給850円と時給1250円のどちらを選ぶのが「正しい」のか。
だれに聞いても1250円のほうがいいって言うよね? 言うかな?
教えて、ひろ先生!

「わたしたちはいまいいと思っても、いずれよくないことになるかもしれません。
何かを最高と思ったところで、すぐにそれが変わってしまうのが世の中です。
そんな中でわたしたちは決断していかなければならないわけですが、
そうすると、最終的に人間が決断できないという絶望感に陥ってしまいます。
しかし、わたしはみなさんに、むしろその絶望感を持ってほしいと思うのです。
なぜかといえば、絶望感がなくて、
人間が必ずいい判断を下せると思っていることが大間違いです。
自分を過信し、必ずいい判断が下せ、最善の判断ができると思っているから、
人間は苦しむわけです。なぜかと言えば、
何が最善かは、絶対にわからないことだからです。
なにが最善かわからないということは、
わからないことはわからないことだということです。
そのことをわかることが「わかる」ことです。
あるいは、人間にはそんな完全な能力などない、
不完全な能力しか持っていないのが人間だと、
そこのところをまず知らないと問題を解決できないのではないでしょうか」(P23)


まあ、どうなるかわからないんだから、どっちだっていいんだろうね。
時給850円だろうが1250円だろうが、将来的に見たらどっちがいいかはわからない。
将来どうなるのかなあ。このまま朽ち果てていくのかしら。
もうあれね、この年になると、あこがれの人とかいないね。
有名人の○○さんみたいになりたいとか、そういうのない。ないない。
よくいるよねえ。○○さんみたいになりたいとか言って、がんばっている人。

「わたしたちはよく、あるひとつの真理に従って生きよう、
あるいはこういう生き方がいいんだと思うことがあります。
実はそう思った瞬間、自分は他人を生きていることになります。
決して自分を生きていることにはなりません」(P187)


自分を生きるなんて、そんなこと難しすぎて無理だよお。
いや、いまわたしは自分を生きているとも言えるのか。
普遍的な「正しい」真理なんてないと思っているし、あこがれの人もいないから。
書いていいのかわからないけれど、尊敬する上司もいないし。
けれど、高校生じゃないんだし、パートが社員を尊敬するなんてありえなくね?
みんな社員さんは上司の生き方を尊敬してたりするのかなあ。
今度、社員さんに聞いてみよっと。
マネジャーを尊敬していますか? ああいう人になりたいですかって。
でも、出世して高給取りで家族もいて車も持っていて健康で立派だから。
わたしはマネージャー氏がお持ちのものをひとつも持っていないことにいま気づいた。
でもまあ、しょうがないよね。こうなっちゃったんだから。
きっとこれが自分を生きるということなのだろう。

「サラリーマンの悩みのほとんどにはすでに学問的な「答え」が出ている」(西内啓/マイナビ新書)

→読後、そんなことはない、そんなことはないと二度繰り返した。
ろくな社会人経験もないような若僧が東大卒ってだけで、
世の中なんでも「正しい」答えがあると思って書いたバカ本である。
いまみーんなどうしたらいいかわからないんだろうねえ。
生きる指針のようなものがない。
とりあえず金儲け、健康、長生き、これだけじゃない? ほかになにもないじゃない?
だから、愚かな民はこのような本に飛びつくのだろう。
どんなことをしたら役に立ち、金儲けや健康、長生きできるかばかり考えている。
まーた、例によって「投資しないと損をする」というウソを書き散らしている。
定期預金していたら、
投資していたときの利益分を損しているということになるという詭弁である。
そんなことはない、そんなことはない。
投資の勉強をするにも時間や金がかかるでしょう?
それを考えたら定期預金のほうがいいという選択肢のほうがかなり「正しい」と思う。
それに投資なんかしたら損をすることもあるんだから。
毎日、お金のことに一喜一憂する生活なんていやじゃん。
ひとつ、おもしろいと思ったのは人間の金銭感覚のまやかし。
7000円の靴が歩いて10分のべつの靴屋で6000円だったら我われは歩く。
しかし、98000円のパソコンがおなじように歩いて10分のべつの家電店で
97000円だとしても我われは歩かないことが多い。
おなじ千円なのに不思議だねって話。これだけが、ほほう、と思った話。
東大卒の若僧が偉そうに夫婦生活や子育ての学問的指南をするので、
こういう勝ち組は逢ったら手が出てしまいそうで、そんな自分が怖い。