「空也上人がいた」(山田太一/朝日新聞出版) *再読

→人はなぜ自分が「それ」をするのか本当にわかっているのだろうか?
行為(選択)の理由はあとからぼんやりわかるもので、
「それ」さえも絶対解とは言えまい。なんとなく「それ」をしてしまう。
まず孤独なわたしがどうして携帯電話番号をブログに公開したのかわからない。
孤独だからという理由が一般解だろうが、わたしは心を許せる親友がふたりもいる。
山田太一さんも講演会でぽろりとおっしゃっていたが、
親友なんて人生の一時期にでもひとりでもできたら稀有なる僥倖だろう。
わたしが孤独だから携帯電話番号を公開したのかは結局のところわからない。
奈良のお医者さんから電話が来た。
おりかえし電話したら、逢わないかという。交通費を出してくれるという。
一泊したいなら宿泊費を出してもいい。山田太一の話でもしようではないか。
別途にお小遣いのようなものを支払ってもいい。
世間の常識からしたら、こんなの嘘に決まっているではないか。
こんな話は小説で書いてもルポで書いても本当っぽくない。ありえない話である。

山田太一の小説「空也上人がいた」もありえない話である。
金持を自称する81歳の老人が、
心に傷をかかえた28歳の介護職青年にいろいろしてやる。
具体的には高い衣服をプレゼントし京都まで新幹線グリーン車で行かせる。
そこでタクシーで「六道の辻」まで行かせ、六波羅蜜寺まで歩かせる。
そこで六波羅蜜寺の宝物館にある空也上人像を見ろという。
おそらく老人もなぜ自分が「それ」をしたのかはわかっていない。
青年は「それ」の意味をいろいろ解釈するが(老人の偽善、色ボケ等々)、
結局は解釈どまりでなにが「本当のこと」かはわからない。

むかしブログのコメント欄に山田太一名義の批判コメントが来た。
いまは修正されて「山田犬一」になっている(そういう修正はブログ上可能)。
真剣に1週間以上苦しんだものである。
そのときのわたしにとって山田太一さんは神や仏以上の存在であった。
結局、どうしたかというと山田太一さんの家に電話してしまったのである。
何時ごろがいいかだいぶ迷ったが、朝9時過ぎにしたような気がする。
おそるおそる電話すると一発で山田太一さんが出てくれたのである。
事情を説明したら、芸人にも同名の人がいるじゃないですか? と言われた。
そうではないんです。そうではなくてと、どもりどもり説明したら――。
「ぼくはインターネットにそんな書き込みはしません。別人です」
「そうですか。ありがとうございます、失礼しました」
わたしは巨匠の貴重なお時間を3分も奪っていないはずである。
これも初公開の嘘みたいな話だけれど、「本当のこと」なのである。
親友からは、え? あれ山田さん本人じゃないの? と言われたが、わからない。

わたしは介護職も務まらないような(糞尿世話は無理っす)クズのおっさんである。
しかし、こちらは宿命のようなものとして、
ありえない「本当のこと」をいくつも経験している。
そういうことはどうせ書いても信じてもらえないし、
そういう秘密こそ自分であるという理由から(「それ」もわからないが)、
ブログには一字一句いっさい書いていないことがいくらでもある。
たとえばさ、こんなこと本当にあると思う?
かなりむかしの話だが(10年?)、人妻からメールが来て池袋で飲んで、
別れ際、今日はホテルまで行くつもりだったと言われるとか。
だったら最初に言ってよという話だが、
なぜ彼女が最後に「それ」を言ったかは本人もわからないだろう。
「本当のこと」はからかわれていただけかもしれない。

人間はなぜ自分が「それ」をするのか本当はわかっていないのかもしれない。
(これを仏教用語で「自力」ならぬ「他力」というのやもしれぬ)
わたしもなぜ自分がいきなり携帯電話番号をブログに公開したのかわからない。
奈良の開業医といったら地元の名士みたいなもんでしょう?
そんな世間一般尺度からしたら「偉い」人が、
なぜ当方なんかにお電話をくださったのかもわからない。
逢いたいって、おれなんかに、どうして? 
もしかしたら「それ」の原因のようなものはだれにもわからないのかもしれない。
ネットで調べたら京都経由で奈良のそこへ行くのだとわかる。
片道1万4千円以上でしょう? おれにそんな価値はないよ。
一泊したかったら宿泊費もくださるという。え? 奈良、京都?
京都には一ヶ所だけ行きたい場所があって、
それは山田太一の小説「空也上人がいた」に登場する六波羅蜜寺である。
いま空也を師とあおぐ一遍の全集を精読していたが、この偶然はなんだろう?
どうして「それ」は起こったのだろう?

介護職なんてたいへんなお仕事をできる青年への敬意への裏返しだろうが、
「空也上人がいた」に登場する青年よりも、
こちらのおっさんのほうがましな気もしなくはない。
いや、ましというのではなく、貧乏くさいというか、用心深いというか。
介護中の老婆を車椅子から放り投げて殺した介護青年は、
どうせ金は老人が出すんだからと「ひかり」か「のぞみ」のグリーン車に乗っている。
こちらはとても自分にそんな価値があるとは思えなく、
おそらく相手が出すと言っているのだから
「ひかり」「のぞみ」くらいは許されるだろうと思いながらも「こだま」。
それでさえ遠慮があって深夜バスでもいいけれど、
いま41歳だからそれはきついと内心で弁解しながらである。
それもネットでいろいろ調べて宿泊パックの時間限定「こだま」往復、格安ビジネスホテル、
往復23330円(宿泊費込み)まで費用を落とすことに成功した。
それでもまだ高いくらいで人様に払わせていい金額かわからない。
最終的に万が一にもトラブルになったとき、
自腹でも払えるよう最安値にしたという可能性もありうる。
自分でもどうして「それ」をしたのか「本当のこと」はよくわからない。

クレジットカードの決済ボタンを押すときは勇気がいった。
というのも、本当にその日にそこにそのお医者さんがいるのかわからないからである。
相手はこちらを多少ブログで知っていようが、こちらはまったくの無知である。
いきなり囲まれて宗教勧誘されるかもしれないし、
ブログ記事のことで非難を受けるかもしれない。
そういえばかのお医者さんは、
有名精神科医の春日武彦氏と同世代(ただし精神科ではない)。
春日さんからはメールやブログのコメント欄でだいぶ厳しいご批判を受けている。
もしかしたら春日先生のつながりではないだろうかと妄想をふくらます。
そういうのが退屈かといったら反対で、どこか劇的でおもしろい、……疲れるが。
「本当のこと」ってなんだろう?
身分の違うふたりはこうして逢ってお互い「本当のこと」を少しばかり話した。
何度も書いているが、ブログには決して書けない「本当のこと」はかなりある。
医者はちっとも権威的ではなかった。
自宅兼職場の談話室でスイカと桃をごちそうになった。どちらも甘かった。
ふたつ封筒をいただき、ひとつには交通費宿泊費。
もうひとつの封筒には、ここに書いても信じてもらえないだろう金額が入っていた。
そんな仕事をしていないやと思って、いま必死でこうして文章をつづっている。
「それ」はどうして起こったのか、「本当のこと」なのだが、だれにもわからない。
「こんな文章を書ける人は応援したい」とおっしゃってくださった。
むろん、それも「本当のこと」だろうが、
山田太一ファン的な意地悪な解釈をすれば、富裕層の好奇心の好餌になっただけで、
そんな自分に自信を持つなよ、と反省したくもなる。調子に乗るな。いい気になるな。

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(飲み放題1400円と激安なイタリア料理店。500円のピザがうまかった)

翌日、六道の辻から六波羅蜜寺に参詣。
平日だからかほとんど観光客もおらず空也上人像を長時間、拝謁させていただいた。
六波羅蜜寺は京都駅から歩いて行ける。タクシーを使うな。歩け。
知恩院でぶらぶらしていたタクシーのドライバーさんのひとりに道を聞いたら、
とてもいやそうな顔でいいかげんな道を教えられた。
それは聞くくらいならタクシーに乗れよって話なのだから、
無理もなく、人間味がありよかった。

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(六道の辻)
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(アリバイ証明:六波羅蜜寺)
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「左へ行くと回廊がある。その脇は小さな墓場だ。(……)
澄ました石庭なんかよりずっといいじゃないか」(P61)


山田太一の小説「空也上人がいた」で老人、中年女性、青年は、
それぞれ行為(選択)をするが、
どうして自分が「それ」をするのかよくわからない仕掛けになっている。
どうして老人が青年に親切にしたのか「それ」は究極的にはよくわからない。
中年女性が青年に本当に恋をしていたのかもわからない。
81歳の老人が本当に47歳の女性に恋をしていたのかどうかも、
「それ」はわからない。
最後にどうして老人は自殺したのかもわからないし、
なぜ遺体のまえでいままで処女だった47歳と28歳の青年がセックスしたのかも、
「それ」にはいったいどういうちからが働いているのかもわからない。
わかるのは「空也上人がいた」には「本当のこと」が書かれているということ。
小説は嘘なんだけれども、しかし本当以上に「本当のこと」が書かれている。
たとえば、こんなわたしがいきなり見知らぬ奈良のお医者さんから招待されて、
けっこうな金額のお小遣いをいただき、翌日には六波羅蜜寺で空也上人と逢った。
ひとりぼっちで空也を尊敬していた一遍のことを独学していたら、
こういうことが起こった。
これを書いている当方だって、どこまで「本当のこと」か信じてもらえる自信がない。
しかし、これは「本当のこと」なのである。
だからして「空也上人がいた」も「本当のこと」をうまく嘘にした小説なのである。

妻を亡くし、まともに話せるような友人も、
いまはひとりもいない81歳の老人(吉崎)はいう。

「「金はあるんだ」と吉崎さんはいった。
「無論この先どれだけ生きるやも知れない。
どんな費用のかかる病気になるやも知れない。
極端なインフレで百万円が一円にもならない暴落があるやも知れない。
戦争だって大地震だってあるだろう。
事態の用心はね、いまの家のバリアフリーを見れば分るように、
ほっとけば抜け目なくしようとするのが私の性分なんだ。
しかしそれだけに用心のむなしさにも散々懲りている。
それはもうこの世には人智の及ばないことだらけでね。
[自分はもう]八十一だよ、中津さん」(P42)


そんな81歳の吉崎老人が最後に到達したのが空也上人への妄想である。

「[空也上人は]善人も悪人もいない。
善悪なんか突きぬけて、誰もが持ってる生きてるかなしさ、
死んじまうことの平等さ、
そういうことを分ってくれてる人って思いが湧いたんだ。
こういう人がいると助かるなあというくらいのことだ。
私は[空也上人像を見て]、泣いたんだ。
他に人がいないこともあってね」(P82)


わたしも思い入れが強いから空也上人像を見てわんわん泣いた。
男のくせに、わんわん泣いた。ひとりだったけれど、ひとりではないような気がした。

(関連記事)
「空也上人がいた」(山田太一/朝日新聞出版)



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「捨てた夢プレイバック 「ふぞろいの林檎たち」より」(山田太一/飛鳥新社) *再読

→山田太一ドラマ「ふぞろいの林檎たち」1~3までから選び抜かれた名セリフ集。
ふぞろいの林檎(りんご)たちってすごいよね。
高く売られる林檎として生まれなかったから、もうどうしようもないのに、
ふぞろいはふぞろいながら林檎のかたちをキープしながら世に自分を売り出していく。
埼京線の通勤ラッシュに乗り合わせると自殺したくなる。
この人たちはみんな「いい」を目指して、こんなに毎日苦労しているんだなあと。
学生はいい学校、社会人はよりいい会社、
いい配偶者、いい子ども、いい老後、いい人生。
よくバカらしくなんないなあと。
どうしてふぞろいの林檎たちは埼京線にダイブしてジュースにならないんだろう。
こういうことを駅から工場まで車で送ってくれる派遣会社の社員に言っちゃうおれが、
そこまで偉いのか、正しいのか、すごいのか、
むしろふぞろいの林檎たちにさえなりきれていないじゃないか。
派遣会社の部長さんなんかほぼ365日間働いているわけよ。
小さな会社で部長と呼ばれて38歳で結婚していて共働きで新婚旅行はイタリアで。
派遣先会社の社員からも(わたしもふくめて)派遣さんからも評判がいい。
貫禄がある、なんていう評価を聞いたことがある、小さな会社の部長さん。

去年勤務していたところの副工場長45歳もふぞろいの林檎たちだよなあ。
すっげえあたまの悪い高校を出ていて、
同級生の女子と10年近くてんやわんやがあって結局、結婚。
お坊ちゃんがふたりで、
そのうちひとりが高校を出て専門に行きたいというんでまたローンだとヒイヒイいってた。
それなのに人情家を気取っていて大卒の部下(バイト/わたし)を
クビになった日にフィリピンパブに連れて行ってくれたりしちゃう(完全奢り)。
そこでまたでかいことを吹かすんだけれど、そういうのってとてもいとおしいよねえ。
大物ぶってちまちま不倫して、
高校時代からつきあいのある妻にばれていることを知っている。
最初に書いた派遣会社の部長さんも副工場長も、
そのふぞろいの林檎たちっぷりにほれぼれとした。
そういうふうに同性を見られるのは、
まさしく山田太一ドラマ「ふぞろいの林檎たち」の強い影響による。
彼らの共通点は仲間がいること。友達が多いこと。
しかし、ふぞろいの林檎たちの友情関係はあまり健全なものではない。
だれかが有名になったり、たまのこしに乗ったりしたら、すぐに切れる類のもの。
とはいえ、相手が失速したり落下したらすぐに友情復活で慰めてくれる。
いつもわいわいがやがややっていて、
そんなに人のために自分の時間や交際費を使っているから、
いつまで経っても貯金できないんだぞという。
でも、そういうのっていいよね。
少なくとも合理的に効率的に生産的に生きようとするよりカッカしている。
美しい恋人がいる東大卒の孤独なエリートイケメン修一(国広富之)は、
ふぞろいの林檎たちをこう評する。

修一「いいね。友だちが、店手伝ったり、ドンドン上がってったり。
  そういうつき合い、おかしいだろうけれど、本当に縁がなかった。
  一人っ子だし。フフ、いま、とっても、なんだか、よかったなあ。フフ」(P10)


だれもが感じているのが孤独であり、ひとりぼっちという感覚だろう。
あんがい人間はいい学校やいい会社、いい配偶者、いい子、いい老後を
目指して毎朝通勤ラッシュにもまれているのではないのかもしれない。
本人はそう思っているかもしれないけれど、そう強弁に言い張るかもしれないけれど。
東大出身の孤独なイケメンエリートは口にする。
あんなに多くの人がそれぞれ釣り合いを保ちながら結婚して、
どうして家庭めいたものをつくって幸福ぶりたがるのだろう。

修一「まったく、人と深くつき合わないで暮せたら、とてもいいんだけど。
  厄介なもんだね。それじゃあ淋しくてたまらなくなる。
  人間の不幸は、家でじっとしていられないことからはじまるって、
  誰かがいったけど、本当だね」(P45)


わたしはふぞろいの林檎たちにもなりきれない、
ほとんどジュースみたいなクズ野郎だけれども同感だなあ。
東大卒でもないし、イケメンでもないし、美しい恋人もいないけれど、
なんにもないけれど、ひとりぼっちだけれども。
なんでみんなそんなにまじめに生きていけるんだろう?
いい結婚をして、いい家庭をつくり、少しでもいい会社で働き、いつか唐突に死んでいく。
去年、上司である副工場長と激安酒場でかなりのんだとき(わたしも払っている)、
工場長の悪口をこれでもかというくらい聞かされた。
おお、これこそおれの求めている「ふぞろいの林檎たち」の世界ではないかと、
ビールは口にしながらも覚醒しきった目でわたしは男を観察していた。
別れるとき副工場長は路上でたちしょん(立ち小便)をして叫んだものである。

「ああ、羽目をはずしたい!」

山田太一ドラマに頻出するセリフであるバカヤロウとおなじだろう。
いい夫がなんだ、いい家庭がなんだ、いい学校がいい会社がなんだ、バカヤロウ!
東大卒の修一とふぞろいの林檎たちのなかでもクズな実(柳沢慎吾)が話している。
人と話すとき、なにが楽しいかといったら共通の知人の噂話(悪口)である。
良雄(中井貴一)はどうして結婚しないのか?

実「[良雄は]真面目だし、係長だし、いまのあいつなら、
  いくらだっていい嫁さんつかまるんだから」
修一「どっかで、そうしたくないんだろうな」
実「そうしたくないって」
修一「いい嫁さん貰っていい家庭つくって、いい子供うんで、いいパパになって」
実「ええ」
修一「そうしたくない。手堅くは行きたくない。
  人妻を好きになって、めちゃくちゃになりたい」
実「あいつが?」
修一「フフ、考えすぎかもしれないけど、人間は厄介だからね。
  した方がいいことばっかりするとは限らない」(P129)


「めちゃくちゃになりたい!」

修一の恋人でのちに結婚するインテリ美女役の夏恵(高橋ひとみ)はいう。
ドラマで唯一おっぱいを見せてくれた女優である。

夏恵「ちょっと手が触っただけで、ドキドキしたり、
  このあたり(胸の上)みせただけで、男の人の目が、痛いようだったり、
  そういうこと、なくなっちゃったら、
  なんかひどい人生みたいな――そういう気がするの」(P82)


しかし、ふぞろいの林檎たちは今日も満員の通勤電車に乗り、
よき社会人を演じ、人の噂話(悪口)に花を咲かせ、
仕事が終わったら安月給(安いお小遣い)をものともせず居酒屋に行き駄弁る。
そして家に帰ったらよきパパやよきママになり、
子どもたちには少なくとも自分以上の存在になってほしいと期待して苦しめる。
どんなにがんばったって、
ふぞろいの林檎たちの遺伝子は変わらず継承されるのだが。
そして日本は個人がどう正義を主張しようが結局のところ、
まあまあ、まあまあのなあなあな世界で、それを言っちゃうとあんまりだけど、
どうしようもなくどうにもならない世の中なのだが。
そのことをわかっている、にもかかわらずふぞろいの林檎たちは――。
男3人のなかでいちばん押し出しがよく男らしいのは健一(時任三郎)。
多少は世間を知った健一、良雄(中井貴一)、実(柳沢慎吾)はつるみ駄弁る。

実「世の中、そんなもんよ。建築だって、
  設計士が業者に発注すりゃあ、業者は設計士に礼金を払う。
良雄「みんながみんなそうじゃないだろ」
実「そりゃそうだけど、世の中見た目のようには動いてないのよ。
  裏へ回りゃあ、リベートだコネクションだって」
健一「もうよせ」
実「なんだよ?」
健一「世の中そうだから、なんだっていうんだ? 嬉しそうにしゃべるなッ」(P58)


リベートやコネクションでいい思いをしているやつはいっぱいいるのに、
今日もふぞろいの林檎たちは地獄のような満員通勤電車に身体を押し込む。
よき社会人を演じ、よき上司やよき部下を演じ、帰宅したらよき家庭人を演じる。
羽目をはずしたいけれど、めちゃくちゃになりたいけれど、
そういうことをできる器ではないのは自覚しており、
周囲にそういう道を踏み外したやつがいたら執念ぶかく攻撃する。
しかし、ときには叫びたい。バカヤロウと。

「バカヤロウ!」

(関連記事)
「ふぞろいの林檎たち」(山田太一/新潮文庫)
「ふぞろいの林檎たちⅡ」(山田太一/新潮文庫)
「ふぞろいの林檎たちⅢ」(山田太一/マガジンハウス)
「ふぞろいの林檎たちⅣ」(山田太一/マガジンハウス)


1969~70年放送の山田太一脚本のドラマをユーチューブで違法視聴。
木下恵介アワー。ユーチューブは個人編集短縮バージョン。
「兄弟」がジェイコムで放送されたとき、
わたしは加入していたから見ていないのはおかしいとご指摘を受けそうだが、
自分が生まれる5、6年まえの長い連続ドラマはそうそう見られるものではない。
「兄弟」が放送されるひとつまえの山田太一ドラマ(「二人の世界」?)が
3、4話くらいでギブアップしてしまったので「兄弟」は録画予約もしなかったのではないか。

ある人から見てください、感想を書いてください、ユーチューブで見られます。
そう言われたら、翌々日には速攻で仕事(遊び?)をこなす律儀な人間である。
こんなドラマを20代付近で本気で見てしまったせいで、
結婚するのが恐怖になった男性が当時は大勢いたのではないか。
いつもの山田太一ドラマでありていに言えば、おもしろくて感動して泣いた。
フルバージョンを見ていないで感想を書くのは気が引けるが、
若い男女が通俗恋愛を経て結婚するまでの話である。
一流大学を出て一流会社に入ったイケメンが、
おなじ会社の社長秘書の美女をめとるまでの話。
ただし女の家は大工で父親は高卒と家柄は一流とは言いがたい。
イケメンと美人が恋愛して結婚するまでの話なんて凡庸に思われるかもしれない。
しかし、山田太一はそれを丁寧に描きあげて、
庶民の凡俗性をじつにうまくエンターテイメントとして昇華している。

恋愛結婚ってこういうものなのかなあ、と思ってしまうと結婚できなくなるのではないか。
当時はどうだか知らないが(いひっ、本当はいまの結婚事情も知らん)、
結婚はみんながしているし親もうるさいし世間の目も厳しいし税制上も得だし、
なによりあの恐ろしい孤独感や退屈感からするものではありませんか?
そんなに相手にカッカして、この人じゃなきゃいけないなんて思ってするものかなあ?
デートはやたら金のかかるメシや娯楽を共有するのではなく、
ただふたりでいるだけでも幸福と感じられるのが本当の恋愛、そして結婚ではないか?
正論だよなあ正論。打算で結婚なんかするなよ。世間体で恋愛するのかよ。
いまの時代でも十分に通用するメッセージであろう。
ふたりで川辺の土手に座って無言でいて、それでも幸福と思えるなら結婚しろ。

しかし、そう単純にはいかない現実の事情がある。
このブログで何度も書いてきたことだが、
山田太一ドラマは「金、肩書、顔」を描いているとも言えなくはないだろう。
いくら最高の純愛をして結婚しても、食えなかったら話にならない。
ひとりで生きていくことは坊主ならぬわれわれには無理だから、
「人の目」(肩書、顔)を気にせざるをえない。
このドラマの美女は仕事熱心な(カッカした)大工見習ではなく、
一流大卒一流会社員のイケメンと恋愛経歴する。
イケメンのほうだって迷いがないわけではない。
いくら美女でも結婚したら自由がきかなくなる。自分の運命が決まってしまう。
25歳のイケメン一流は新入社員から聞かれる。
この会社に「生きがい」はありますか?
そんなものはないのである。大企業の総務なんておなじことの繰り返し。
せめて恋愛結婚くらいがいまの「生きがい」かもしれない。
なんにもないからひとりぼっちだから自分は恋愛もどきをしているのかもしれない。
この先になにがあるって言うんだ?
こういう醒めた視線は山田太一が愛読していた福田恆存の影響かもしれない。
(福田恆存には「生き甲斐といふこと」という本がある)

リアリティっていうのは3K「金、肩書、顔」なんだ。
人間はいくら金を持っているか、肩書はなにか、顔の程度でおしはかられると言ってよい。
身もふたもないことを言うと、結婚は「金、肩書、顔」の釣り合いでしょう?
恋愛洗脳をドラマや映画から受けた大衆は、
自分は「金、肩書、顔」で結婚を決めたわけではないと言いたがる気持はわかるが、
しかしお金は大事だし、
相手が無職より一流会社員のほうが見栄えもするし(開業医ならなおさら)、
男はブスよりも美人のほうがいいし、若い子がいいし、
女もイケメンのほうがいいのではありませんか?
このへんが難しいところで、
山田太一はその微妙なところを数々のドラマで描いているのだが、
金があって、肩書もあって、顔もいいと男の場合なかなか恋愛結婚ができなくなると思う。
女に言いたくなると思う。おまえさ、おれのなにがいいの。
お金目当てか。歌舞伎役者の夫人という地位が目当てか。
顔が好きって、そんなのはおれより上のイケメンはいくらでもいるだろう?

山田太一ドラマは当時文壇の権威者だった山口瞳からの評価も受けている。
このドラマ「兄弟」にいかにも山口瞳的なパパ世代のセリフがある。
何度も動画を繰り返して聞いた当方の耳にしたがい紹介する。
むろんのこと引用は発話を一語も変えていない。
恋愛結婚する両家が一同面会する場面でのパパのセリフだ。
まず娘をやる大工のパパから(高卒で学歴劣等感情あり)。

「しかしまあ、ひとりの人間がふたりになり三人になり、
ひとつの家族をつくるってことはだれもがやっているようで、
ひとつひとつ尊いもんですよね。
まあ、わたしみたいに女房を亡くしてみると、
どいつと結婚したって大して変わりはねえような気でいたのが、
やっぱりわたしにとって、かけがえのない女房だったと、
しみじみ身にしみますよ」


これを受けて嫁をもらう側のパパはこう返す(夜学で苦労して大学を卒業した部長さん)。

「いやあ、わたしなんかあこがれながらおよばないわけですが、
ひとつの家庭を、その人間[配偶者?]のためにつくりあげることのできないものに、
『本当の生活』はないんじゃないかと、おりにふれてそう思いますな」


仮定の話として、よしんば、かつての共産党員なら、
おいおいおい、結婚して家庭円満ならばそれがそれだけで「本当の生活」か? 
と怒鳴りだしたくなるのではないか。
わたしにもバカヤロウと大声で叫びたくなるイビツな精神がある。
それが、そんなものが、その程度が、生きがいのある「本当の生活」かバカヤロウ!
むろん、作者の山田太一にもあったことだろう。
しかし、学友の寺山修司のような生き方は「本当の生活」をバカにしている。
みんながみんなそんなことはできない。

木下恵介アワー山田太一脚本の「兄弟」が放送された時期は昭和44~45年。
くだらぬ私事を書くと、両親が恋愛結婚した時期でもある。
わたしは17年まえ母親から目のまえで飛び降り自殺をされた。
なんでこうなったのか知りたくて両親の青年時代の日記までさかのぼって探索した。
ドラマ「兄弟」を見て、両親の恋愛結婚のことを思い返した。
若いころの父は本当にもてなさそうな「九州の片田舎」から出てきた平凡人。
法政大学を出たのだけが誇りくらいの吃音その他コンプレックス満載の小男。
長所と言えば、くそまじめで手に職がないからという理由で、
家にも帰らず食堂で寝泊りしながら限りなく24時間近く働く仕事人間。
母と出逢ったのは職場の同僚としてである。
母の実家は、父があいさつに行ったときにひるんだというくらい貧乏。
祖父はうさんくさい健康食品を開発販売していたが、あれは赤字だったのではないか。
祖母が保険のセールスがうまく、それで綱渡りのような生計を立てていたようだ。
貧乏家庭出身の母は当時、ドラマ「兄弟」のように婚約予定者がふたりいたようだ。
母は結婚相手を自分で決めず、敬慕していた富裕事業家の叔母に決めてもらう。
「男は大学を出ていないとね」「男は働き者がいい」
こういう理由から母と父は結婚にいたったらしい。
結婚式から婚姻届を出すまで1年かかっているという不穏な事実もある。
(母がコピーしておいた)若いころの父の日記は恥ずかしくて哀しくておもしろい。
本当に真心こめて昭和の働き者の青年は母のことを熱愛しているのである。
こんな恥ずかしいものを読んじゃっていいのかよと当時(母自殺時)は思ったが、
昭和44年放送の恋愛ドラマ「兄弟」を見ると、みんなけっこうふつうに
あんな恥ずかしい恋愛感情を異性にいだいていたのかもしれない。
ありがちだが家族トラブルの端緒は嫁姑問題で、
そこからはガタガタ落下の一途。

母が父を選択しなかったら、いまのわたしは生まれなかった。
父が母に恋愛感情のようなもの(錯覚?)をいだかなかったら、
この文章は書かれなかった。
山田太一ドラマの影響で結婚したものも、独身をつらぬいたものもいるだろう。
このドラマ「兄弟」に感動した奈良のお医者さんから逢いたいと言われた。
みんな知らない人と逢うのは怖いと思うが、恐怖よりも好奇心が勝った。
お医者さんもわたしなんかと逢うのだから、それをどれほどリスクと感じられたことか。
山田太一ドラマの影響力は計り知れない。
氏のドラマのテーマのひとつは――。

一流は本当に一流か?

まさかはじめてお逢いする年上のお医者さんとあんなに気軽に話せるとは思わなかった。
わたしなんて母の自殺以降、人生ガタ落ちで四流、五流、それ以下の人間である。
交通費宿泊費はくださるという話だったが(それだけでも感謝涙喜、万歳三唱)、
別途にお金までいただいた。
いつ封筒をあけるべきかだいぶ迷ったが、
すすめられたように5百円高い特急に乗り、そこで紙幣を数える手が震えた。
「応援している」の意味がわかった。応援されていると感じた。
こんな文章を書ける人は応援したいと言われた。応援されている。
「本の山」に何度も書いたが、このブログ記事の最初にも書いているが、
人生をリアルに描く山田太一ドラマは冷たく見れば「金、肩書、顔」である。
しかし、みんな「金、肩書、顔」だけでいいのかと思っている。
「金、肩書、顔」と目に見えるものに逆らうのは人情であり熱情だ。
むかし山田太一ドラマ=「金、肩書、顔」と定義したことがある。
このたび定義を改める。

山田太一ドラマ=「金、肩書、顔」vs「人情(熱情)」

一流大学を出て、一流会社に入った男から求婚された大工の娘が不満顔で言う。
相手からカッカしたものを感じない。1回きりの人生。カッカしたいではないか?
それが「生きがい」というものではないか?
きっと昭和44年は母も父もカッカしていたのだろう。
カッカしたい。いきいきしたい。でも、どうしたらいいかわからない。
カッカしたいよ。いきいきしたいよ。だれかと逢いたいよ。
ユーチューブで「兄弟」を違法視聴。
お金をいただきながら山田太一ドラマへの理解が深まり、こんなことがあるんだなあ。
本当に人生はなにが起きるかわからない。
もしかしたら平凡で退屈な日常のなかにも、
よく見れば注意を払えば「ありふれた奇跡」が満ちているのかもしれない。
「ナイフの行方」(山田太一/KADOKAWA)

→2014年の12月にNHKで放送されたのが山田太一ドラマ「ナイフの行方」。
そのシナリオ本をいまごろになって読む。
放送当時の感想としてかなり辛らつなことを書いたら、コメント欄に批判がいっぱい来た。
匿名さんにわたしは「万事が軽い」とか言われちゃったよ、トホホ。
いまシナリオとして読んでみると、現代の世相をうまく描いたドラマになっていると思う。
現代の「老人天国、若者地獄」の状況を巧みに描いていると言えなくもない。
彼女に振られて無職の中卒青年(今井翼)が、
秋葉原事件の加藤のようにナイフを振り回そうとしたら、
そこに金持で喧嘩が異常なほど強い老人(松本幸四郎)が現われ、
ナイフを取り上げ彼を警察から見つからないように自宅にかくまってやる。
わざと青年の足を骨折させて動けないようにさせ、
見ず知らずの青年を自宅で食わしてやる。
で、なーんかこの富裕老人は詳細こそわからないが、
むかし左翼の海外活動家だったらしく、
若者をどうにか救ってやりたいが自分に確信が持てずどうしたらいいかわからない。
いま富裕層は老人に集中していると聞くが、
これは老人の関心にどんぴしゃりだったのではないか?
松本幸四郎の演じる根本拓自は古い知り合いの堀田にもらす。

拓自「思わぬことで二十代の青年と知り合うことになった」
堀田「はい」
拓自「これが分らない」
堀田「何人もですか?」
拓自「ひとり」
堀田「訳あってすぐ縁を切るわけにはいかない」
堀田「はい」
拓自「絶望していたかと思うと、ケロリとしている」
堀田「躁鬱――ですか?」
拓自「躁鬱?」
堀田「はしゃいでいたかと思うと、ドッと落ち込んでしまう、躁鬱病――」
拓自「病気か?」
堀田「この節はそんなのも――」
拓自「病気じゃつまらんね」
堀田「つまりませんか」
拓自「薬をのめば治るんじゃつまらないだろう」
堀田「はい」
拓自「この世に絶望している青年を、老いた私が叱咤して希望を持たせようと
   接触したのに、薬をのめば治るのなら世話はない」
堀田「その青年が病気かどうかは分りません」
拓自「そうだ。分らない」
堀田「はい」
拓自「いや、分らないのは私だ」
拓自「私如きが、どうやって青年を叱りつけて、この世はすばらしい、
   生きるに値いすると励ませるんだ」(P72)


この節は躁鬱病が増えているわけではなく、いつの時代も罹患率はほぼ一定で、
そのうえ躁鬱病は薬で抑えられるだけで治ることはないのだが、
老人ふたりの精神病への無知は、まあ、こんなものだろうというリアルがある。
たぶんナイフを振り回した青年を精神科に連れて行けば、
ボーダー(ライン人格障害)あたりの病名がつくような気がするけれど、
むろんのことそんなことはドラマに関係ない。
わたしが山田太一のよさだと思うのは「分らない」ことを理解しているところだ。
これがたとえば宮本輝の小説世界だったら、
えんえんと老人は若者に説教して、おまえは努力が足らない。
中卒だって365日休まず限界まで働けば絶対に道は拓けると、
喧嘩の強い老人が若者を鉄拳制裁しつづけることだろう。
努力すればなんでもできる。要はやる気の問題。
なぜなら無宗教の山田太一とは異なり、
宮本輝には絶対正義を標榜する創価学会への信心があるからである。
(まさにそのワールドを描いたのは宮本輝「三十光年の星たち」)。

無宗教の山田太一ワールドの老人は、絶望した若者をどうしたらいいのか「分らない」。
とりあえず寝場所と食料を提供したうえで、なにもしないで待っている。
するとそこに30年ぶりというむかしの活動家の同志(津川雅彦)がやってくる。
おそらく、人生はそういうふうに自然に事が運ぶことを山田太一はよく知っている。
松本幸四郎は人生に絶望した青年である今井翼に努力も信心も説かない。
では、なにをするか。
自分がむかし正義感に燃えてやったあげく(海外の独裁政権打破!)、
結果としては大勢の現地人を死なせてしまった体験を懺悔(ざんげ)する。
正義がなにかわからない。努力が本当に正義かはわからない。
自分は正義のために多くの人を殺したようなもんだ。
正義っていったいなんだ? なにが正義だ?
おそらくだから、松本幸四郎は、
いわゆる正義に反して殺人未遂犯の今井翼を警察(国家権力)から守ったのだろう。

老人が人生に絶望した青年になにをしてやるか。
まず相談できる人(津川雅彦夫婦)をつくってやる。
それから一時しのぎの仕事の紹介もする(津川夫婦のスナック店)。
そして、これが「ナイフの行方」のいちばんのおもしろさだと思うが、
松本幸四郎は今井翼に女をあてがうというか仲介しようとするのである。
相手の女性は老人の家に来ていたバツイチ子持ちの家事ヘルパー(相武紗季)。
シナリオの設定では青年は26歳で、バツイチ女性のほうは30歳になっている。
山田太一さんはよくわかっているなあ、と思う。
孤独な男なんか生活のリアリティがないから、
そこに子持ちの姉さん女房をくっつけたらうまくいきそうだというのは、
この人はどれだけ生活者のリアルに詳しいのかと笑ってしまう。
秋葉原の加藤になりそこねた青年は次男という。家事ヘルパーは香。
ドラマがひと段落ついたあと香(相武紗季)と拓自(松本幸四郎)が話している。

香「その次男くんをスナックのお二人に押しつけていいんですか」
拓自「知り合いができればいいんだ。すぐあいつは帰って来る」
香「帰って来るんですか」
拓自「あなたと緑ちゃん[香の4歳の娘]が会いたがっているといえばやって来るさ」
香「会わせたくないんじゃないんですか」
拓自「会わせたいさ。だから、会うなといった。そういえば燃えるだろう。
香「呆れた。それも計算のうちですか?」
拓自「仲人はそういうもんだ」
香「仲人ってなんですか?」
拓自「次男と似合いじゃないか」
香「なんてこというんですか」(P164)


山田太一の絶妙な生活者感覚からしたら中卒無職26歳(ただしイケメン)と、
30歳子持ち家事ヘルパーは釣り合いが取れるということなのだろう。
ドラマにはいろいろな解釈があってよいので書くが、
このドラマが老人視聴者へ向けたメッセージは、
老人は若者にありきたりな説教(死ぬ気で努力しろ! 努力はかならず報われる!)
をしないで男女の仲を取り持ってやれ。
老人のやるべきことはアンチエイジング(若者ぶること)ではなく、
若い男女の世話を焼くことだ。
若い孤独な青年の薄っぺらい絶望感など、
女性のリアリティとぶつかったらひとたまりもないぞ。
中卒の貧困青年はお金持のお嬢さまと経歴をいつわって交際していた。
なんでも自分は慶應の経済の大学院にいる御曹司なのだとか。
その嘘がばれて女から殴られたのが直接のナイフ事件の動機らしいが、
おい、若者も若者で身の程を知れよ。
26歳中卒無職は、4歳上の子持ちバツイチくらいで手を打て。
山田太一ドラマのリアリティはおもしろすぎるぜ。
もうすぐ40歳無職になる当方には、どのくらいの相手が釣り合うのだろうか?
45歳の子持ちふたりバツニあたりだろうか?
なんかその娘さんに惚れちゃいそうなわたしだが、それはなんかやばくはないか?
むかしからある結婚という制度は、たしかに自由を束縛するものだが、
伝統には伝統になるだけの意義のようなものがあるのだろう。

人を救うものは正義ではなく男女交際ではないか?

いったい本当と嘘ってなんだろう?
青年だって慶應経済大学院御曹司というのが本当だったら、
そのまま美人お嬢さまとの交際を続けられたわけでしょう?
嘘がばれないうちは本当は本当である。
わたしだってもしかしたらブログに書いているわたしと違うかもしれないわけでしょう?
過去の不幸自慢をする次男に拓自は言う。

「しゃべりすぎるな。別のしゃべり方があるかもしれないだろ」(P89)

また別の老人に不幸自慢をしそうになった次男は思いとどまる。
なぜかというと拓自からとめられたからだという。
なぜ拓自は次男にしゃべるなと言ったか。

「しゃべるとそれが本当になるからって」(P125)

本当にあったことなどしゃべり方しだいでいくらでも変わるのかもしれない。
もしかしたら本当のことなど存在せず、
さまざまなしゃべり方(解釈)があるだけなのかもしれない。
しかし、しゃべるというのは言語化するという意味で、とてもたいせつなこと。
しかし、安易に言語化することで失われるものもあるのではないか。
職業革命家だった老人の拓自は、人生に絶望した中卒の次男に言う。

「いくらしゃべっても、誰彼かまわず刺そうとした気持なんか私には届かない。
(……) ただ、あの時のあんたの目に、しゃべったって人には通じない、
わめいたって人には分らない、
そういう気持がふくらんで切れそうになっているのを感じたんだ。(……)
それは私の、まったくちがう事情だが、
かつての――いや、今でもいくらか、私の気持だった。(……)
(そんな気持は)勝手だね」(P90)


言葉にならない思いというものがあるのだろう。
このため、人によっては絵画や音楽、純粋映像表現に救われたと思うことがある。
わたしの場合は徹底的に「言葉、言葉、言葉」(ハムレット)に向き合った。
NHKさまの放送映像から「ナイフの行方」を見ると、え? そりゃないよと思った。
しかし、言葉しかないシナリオから同作品を見たら、また意見が変わる。
本書の巻末に山田太一ロングインタビュー
「正義がどこにあるのか、分からない時代に」がおまけのようなものとしてついている。
朝日賞作家の山田太一さんは、
デモに行かないなんて信じられないというマルキシズム全盛の時代に、
左翼活動のことを「アホみたいだし、胡散臭いし、ダサい」と思っていたらしい。
しかし、正義の時代にはロマンというよさがあったことも的確に指摘している。
たとえインチキでも正義のようなものがあれば、ロマンチックな恋愛ができる。
いまはマルキシズムも廃(すた)れ、資本主義の限界も見えている。
正義はもしかしたらどこにもないという状況のなかで、なにを信じたらいいのか。
山田太一は毎回、終わりを決めないでドラマを書いている。
作者は書きながらどのような結論にいたったのか。

「根本[松本幸四郎]のやり方は非常に姑息でずるいけれど、
ひとりで解決するよりはいいと思った。
自分のところにも帰ってきてほしいから、家政婦さんと子どもで釣っている。
この次男のラストは最初から決まっていたわけではなくて、
どうしたらいいんだろうと迷いながら、これしかないと思えてきたのでした。
すっきり気持ちのいい終わり方にはなりませんでした。
具体的な解決策ではあるけれども、人々を感心させるほどのものではない。
ただ、やっぱり頼れるのは「人情」と思いました。
認知症の人に最後まで通じるのは言葉ではなくて「笑顔」だと聞きます。
誰が誰だか見分けがつかなくなっている人に対して、
的確にケアするよりも、情で笑顔を向けたほうがホッとすると。
そういう、「情で救われる」ということを、
もう少し積極的に考えてもいいんじゃないかと思う。
いや情なんかあてにできない。
施設やシステムがきちんと整うことが大事とも聞きますし、システムはその通りですが、
僕は最終的には「情」が人間の心の芯に残ると思う」(P183)


山田太一は最後の最後まで人情を描いているのである。
いくら運よくだれをも傷つけなかったとはいえナイフを振り回したら殺人未遂だ。
松本幸四郎にははっきりとナイフを突き出しているのだから、
あれは法律的に考えたら刑法に問われ罰せられなければならない。
実際、110番されパトカーも出動しているではないか。
しかし、孤独な青年の犯罪行為は人情によってもみ消されている。
人を刺そうとなどからきし思っていなくて、
だが相手の持っていたナイフでいわば正当防衛のようなかたちで相手を刺しても、
国家はそれを犯罪としてみなし当事者を刑務所に入れてしまう。
それが正義かよ、と思う。本当に法律やコンプライアンスは正義だろうか。
そして、果たして本当に正義なんていうものが人を救うことはあるのか。
山田太一が孤独な中卒青年を、
たとえフィクションのうえでもどう救われるかを考え尽くしていたった結論は――。

人を救うものは正義ではなく人情ではないか?

(関連記事)
放送時の感想↓
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11月19日にテレビ朝日で放送された朝日賞作家であられる、
朝日新聞に登場することも多いと聞く、
脚本家・山田太一の新作ドラマ「五年目のひとり」を視聴する。
いずれも酒を飲みながらだが、5回も視聴したものである。
それでも飽きなかったのはドラマがじつによくできていたからだと思う。
山田太一ドラマはいつもそういうことが多いが、このドラマにも悪役がいない。
このドラマのすごいのは悪役ばかりではなく明確な善人も存在しないことだ。
みんなそれぞれ自分勝手な自分の都合で行動して、
結果として自然にうまくまとまりを見せる世界観を山田太一は見事にドラマ化している。

5年まえの津波で妻や娘、息子をふくむ家族8人を亡くした中年男(渡辺謙)。
3年後にどっと悲しみが押し寄せ自分から精神病院に入った。
いま病院から出てきて薬とも遠のいた。
してはいけない話なのだが、家族が大勢自然災害で死んだのなら賠償金も出ていよう。
すぐに生活に困るという懐(ふところ)事情ではない。
しかし、いったいこれからどうしたらいいんだ? なにをしたらいいのか?
ここで同郷の世話焼きババアの市原悦子の選択が偉い。
いま住んでいるアパートの近所に「ここだけのパン屋」というベーカリーがある。
そこの奥さんが急性のすい炎で倒れて、いま人がいないという。
社会復帰の一環としてそこでリハビリをしてみたらどうか?
リハビリなんだからお金をいっさいもらわないボランティア。
またまあボランティアでもなければ、いかつい50過ぎの男をパン屋で雇ってはくれまい。
わたしもこのドラマを見てパン屋でバイトしたいと思ったが、
東京都最低時給でも当方を
パン屋の売り子として採用してくれるマスターはいないだろう。
市原悦子は先がどうなるかをなにも読まずに、
「なるようになるさ」「なるようになれ」と(いわば重症の)渡辺謙を
町の小さなパン屋に放り込んだのである。
「先の先は読めない」ことをわかっているこの世話焼きおばさんの知恵の深さと言ったら!
そこを描けるもはや80歳を超えた山田太一の筆力もまたどうだ!

「ここだけのパン屋」マスター(高橋克実)の自分勝手ぶり、
自己都合優先の態度がとても好ましい。
たとえばかつて被災地に善意からボランティアに行ったものたちと、
まるで正反対の生活者意識をマスターは有している。
他人を助けるのたいせつだが、しかしそのまえにまず自分を守らなければならない。
ただ働きをしてくれる渡辺謙相手に、
パン作りのノウハウは教えないとすごむところに(17年のノウハウを教えられっかよ!)
生活者の根本にある自己防衛本能を見たと言ってもよい。
それを書いてしまえる庶民派作家、山田太一に朝日賞を与えたのは悪ふざけかなにか?
なにかをかかえてリハビリ中の渡辺謙にマスターは、
「(女房が入院して、また近隣の商店が閉店して)こっちもこっちでたいへんなんだ、
あんたをいたわっている暇はない」と言い放つ。
ありがとうと言われたがるボランティアより、よほど本音のマスターに好感をいだく。

なにが渡辺謙を救うのか? だれが家族8人を津波で亡くした渡辺謙を救うのか?
ドラマを5回を見ると、渡辺謙を救っているのは自分なのである。
渡辺謙のしいて言うならば無意識が渡辺謙を救済している。
50過ぎの渡辺謙は散歩がてら近所の中学校の文化祭に立ち寄った。
そこである女子中学生(蒔田彩珠)に目を奪われ、
胸をわしづかみにされるような思いをする。
少女は大勢の一員として(AKB48のような)ユニットダンスを踊っていた。
あるいは、ここまでならよくある話かもしれない。
待ち伏せしていたのかもしれないし、たんにぶらぶらしていたのかもしれない。
別の日たまたま学校の近くにいた渡辺謙は下校時の女子中学生を見かけ、
あの子だと思い、歩道橋で声をかけてしまう。
歩道橋というのがいい。ふつう人と人とはめぐりあえないようになっている。
歩道と歩道は車道があるため、歩道橋や横断歩道がなければ向こう側には行けない。
渡辺謙はどうして自分がそれをするのかも、それがいいのか悪いのかもわからず、
ただただこみ上げる思いのままに女子中学生の蒔田彩珠に声をかけてしまう。
「あのダンスできみがイチバンだった。きみがイチバン、キレイだった」
ドラマ「五年目のひとり」を動かしたものは渡辺謙の口から出たこのひと声である。
何度見返してもドラマ力学的な動因は、
この渡辺謙の自然に思わず出てしまったセリフである。
渡辺謙も言おうとねらっていたわけではなく、思わず言ってしまった、
しかし言わずにはいられなかったひと言である。
「きみはキレイだ。イチバンだった」

平凡な一家の凡庸な娘がそういわれたと聞けば、母親は警察に通報してしまう。
そうすると家に警察までやってくる大騒ぎになる。
自分がありきたりなつまらない女子中学生だと思っていた蒔田彩珠は、
「キレイ、イチバン」と言われたことが天にも昇るほど嬉しかっただけなのに、
それを大人に言うとこういう警察沙汰になってしまう。
50過ぎの中年男と女子中学生。
最初こそアプローチをかけたのは中年男だが、
以降ほとんどは女子中学生からアタックをかけることになる。
あたしがキレイってどういうこと? あたしがイチバンってどういうこと?
あたしはテレビで踊っているような美少女じゃないし、
父親は工員、母親はパート、兄は筋トレバカ。あたしなんてなんにもない。
どうしてあたしがキレイなの? あたしがイチバンってどういう意味?

個人情報保護なんていう建前が幅を利かせるくらい日本人はオフレコ話が大好きなのだ。
「これは秘密だけれどね」
とだれかから聞いた秘密を他人に話すことほど楽しいことはない。
人生で辛酸をなめてきた苦労人は、
「これは秘密よ」
と伝えることで個人情報が拡散できることをよく知っているものとも言えよう。
わたしは苦労人でもなんでもないが、
職場で同僚に話した秘密はまず広まるだろうという人間不信的前提を根に持っている。
5年まえの津波で家族を8人亡くしたというのが、イケメン中年の渡辺謙の秘密である。
まずはどこか家政婦の香りがする(家政婦は見た!)
市原悦子がマスターに秘密をばらす。
こういう守秘義務違反はいちおう悪になっているが、
最終結果的には(悪とされるものが)善になっていることに注目したい。
渡辺謙が心底から市原悦子に秘密を守ってほしかったのかどうかもよくわからない。
今度は渡辺謙をただ働きさせてウハウハのパン屋のマスターが
女子中学生の蒔田彩珠に秘密のみならず個人情報である住所まで教えてしまう。
ほとんど善意や法令順守といった建前が見当たらず、
自分勝手とも言いうる個人的好奇心や
いいかげんさがドラマを動かしているのがおもしろい。
女子中学生は単身行動し、
孤独な「五年目のひとり」を生きる渡辺謙の部屋のドアを開け広げ中に分け入る。
これはもう女子中学生にしかできない仕事であろう。
ふつうの大人は、津波でどうこうという孤独な人には、
さすがに5年も経つと手を出しようがない。
「お気の毒様です」とか「ご愁傷様です」とか、そんな陳腐な言葉しか出てこない。
言葉ですら出て来ないのに行動に移すなんてもってのほかで、
こういうのは小学生も高校生も持ち合わせぬ、
大人と子供の境界にいる女子中学生ならではのパワーなのだろう。
あたしがキレイ? あたしがイチバン? それどういうこと? この中年男はなんなの?
世間のことをまだよく知らないある意味では無垢の
別の意味では意地悪な女子中学生が、
上級ボランティアでも不可能なことを意図せずやり遂げた過程を描いたのがこの物語だ。

あたしをキレイ、イチバンと言ってくれた人が家族を大量に亡くした被災者で、
いまも狭い部屋で段ボールに囲まれ片づけられないで生きている。
なにかせずにはいられないではないか?
蒔田彩珠とその友人、イッコと雪菜は掃除をするため、
女子中学生ならではの純粋さと無神経さを振りかざして
「五年目のひとり」を生きる孤独な中年男の狭い部屋にズカズカ入っていく。
市原悦子も高橋克実もできないことでも、女子中学生3人ならばすることができる。
蒔田彩珠は掃除中、
開けてはならないと言われた押し入れから秘密のバッグを見つけてしまう。
ここが問題なのだが、渡辺謙は秘密のバッグの中身を見てほしくて、
あえて蒔田彩珠に押し入れを開けないでくれとお願いした可能性も考えられるからだ。
女子高生なら秘密を見ただろうが、
中学生の蒔田彩珠は押し入れこそ開けたが秘密までは見なかった。
しかし、多感な少女の勘をなめてはならない。
平凡な少女は悲惨な被災者の中年男に問いただす。
「あたしはキレイでもイチバンでもない」
「あたしのことをそんなふうにほめてくれたのは、
死んだ人のひとりにわたしが似ていたからではないですか?」
イケメン中年男で被災によりさらに黒光りした渡辺謙は少女にイエスと答えてしまう。
それどころか別れ際、本名は亜美という少女を礼子と呼んでしまう。
礼子は中年男の亡くした実子の名前である。

しかし、本当に本当に本当は本当なのだろうか?
蒔田彩珠は友人のイッコと雪菜とともにまたもや中年男の牙城に分け入る。
実際にお嬢さんの写真を見せてください。
そうしないと本当に亜美(蒔田彩珠)と似ているかどうかわからないじゃないですか?
これも大人ならナアナアにすませることで、
こういう訪問は女子中学生にしかできないだろう。
このドラマでこのシーンがいちばんおもしろかった。
人間の自己同一性(アイデンティティ/私であること)って、どういうことなんだろう?
もし死んだ礼子の写真と亜美(蒔田彩珠)が似ていなかったら
渡辺謙はロリコンのキチガイ。
かりに礼子と亜美が似ていたら、どうしてか渡辺謙は正常という判断が世間から下される。
わたしもふくめて、違う人をそっくりだと思うことってけっこうあるんじゃないかなあ。
かなりのところそのあいまいさ(あいまいな感覚)は
生きる上での救いになっていないか?
しかし、テレビ朝日の放送するドラマでは
礼子と亜美が似ていなかったら渡辺謙は精神病。
わたしが直前まで期待したのは、キャメラが最後まで礼子の写真をうつさないことである。
しかし、キャメラは死んだ礼子の写真をうつした。それは亜美とそっくりだった。
ならば国際的映画スターの渡辺謙はキチガイでもロリコンでもない正常な被災者である。
このテレビドラマは朝日賞作家の書いたまこと芸術的なご作品ということになろう。

人びとのもやもやした感情に言葉を与えるのが小説やドラマ、精神医療の役割である。
ドラマの最後で被災者で精神病院入院患者だった渡辺謙は独白する。
ふるさとの福島に帰るときである。
とにもかくにも渡辺謙はご両親に蒔田彩珠(亜美)とはもう逢わないと約束した。
しかし、それでは、あんまりではないか――。

「亜美さん、むかし日本人は逢えないときは手紙を書きました。
いまおじさんはそうしています。
次の土曜日の午後3時、おたくの近くの、あの歩道橋の下まで来てくれませんか?
のぼらなくていいんです。
道路のこっち側からひと目逢いたい。手を振りたい。
約束違反だけど、そのくらいは破らせてもらいます。逢わずに福島へは行けない。
振り返ると亜美さんは、はじめて見たときから(礼子ではなく)亜美さんだった。
亜美さんとしてすばらしかった。
娘の代わりなんかじゃなかった。ただ娘が引き合わせてくれたと思っています。
そして、娘の生きられなかった人生をいま、
亜美さんが生きてくれていると勝手ながら思っています。
死んだ人はそれで終わりじゃないと思っています」


東京(?)を離れ福島に戻る約束の日時に少女は来てくれる。
車道を挟んで渡辺謙は蒔田彩珠に言う。「ありがとう」
車の騒音で男の声が聞こえない少女は聞き返す。「え?」
中年男は相手が聞こえないのをわかったうえで、
あえてゆっくりと繰り返す。「どうも、ありがとう」
「こんなのいや」と少女は返す。「行きます。そっちに行きます」――。
長い歩道橋を渡るとそこにはだれもいない。少女はもらす「かっこつけんなよ」――。
少女は男のことを5年も経てば忘れるだろうが、
中年男は死ぬまで彼女のことを忘れないだろう。
礼子としてではなく、たまたま亜美という少女と出会ったことを男は忘れないだろう。
人間は車道をこえて、たとえば歩道橋を乗りこえて向こう岸に行くことはできない。
(他人のことはどこまでもわからない)
しかし、歩道橋の上でなら一瞬なら瞬間的になら逢えるのではないか。
善意やボランティアもいいが、
あるいはそれよりも無視放置、自分勝手、
(不謹慎ともいうべき)下世話な好奇心、(キレイやイチバンという)虚栄心のほうが
苦しんでいる他人を意図せずして救うこともあるのではあるまいか。
そういうかなり難しい問題を、学術論文ではなく、庶民にもわかるように
かみ砕いて描写して見せた山田太一のドラマ手腕には本当に降参した。
「五年目のひとり」はキレイでイチバンだった。
94年にNHKで放送された単発ドラマを視聴したのは去年だった。
シナリオで二度読み、どちらも感想を書いているから、
いまさら書くことは……と思っていたが、人は変わるから感想も変わる。
つまり、おなじものを見ても新しい感想は生まれうるわけだ。
「校則は校則だ」が口癖の「人情劇が嫌い」で「人間味あふれる先生なんて大嫌い」
な中年男性高校教諭がちょっと変わる話である。
既婚子持ちの人生に退屈した堅物の女子高教師が、
受け持ちの女子生徒の(校則では禁じられた)不純異性交遊(=デート)を認める話。
男の子とデートしているところを見つかった女子生徒は厳格な教師に言う。
「知らん顔してください」
「本当のこと言って、騒ぎにしなくても」
これに対して「校則は校則だ」と考えている中年教師は例外を認めようか迷う。

山田太一ドラマは海外で大々的に評価されることはないだろう。
なぜなら、氏のドラマは日本人以外にはわかりにくい人情を描いているからである。
人情を英訳するのは無理だと思う。
人情を欧米人に完全に理解してもらうのは不可能ではないだろうか。
これはこのドラマを見て、1ヶ月以上も考え続けた結果わかったことだが、
人情とはいわゆる「不正」のことだからである。
そのときの感情に動かされて「正しい」とされることを破るのが人情である。
「正しい」とされる「本当のこと」をあえて言わないのが人情だ。
損よりも得を選択するのが人間としては「正しい」が、
あえて損とも見える親切をすることが人情ということである。

山田太一ドラマ=「(正義 vs )不正(=人情)」

不正を描くのが山田太一の人情ドラマと定義されても困ると思う。
ちょっとした体験を語りたい。
先日、派遣でゴミを排出する仕事をさせていただいたのである。
人間味あふれる素敵な担当者さまから
ガラスを積んだ台車を建物から外に出してくれと指示がくだる。
わたしは大台車にガラスを積んだが平台車に積み直されている。
「絶対に割るなよ」とのお言葉をいただいた。
へえ、ガラスは大台車ではなく平台車に積むのが「正しい」のかと思いながら動かす。
道路には段差というものが存在する。車椅子が嫌うあれである。
段差でガラスが止まってしまう。ガラスの山積みが動かなくなってしまう。
そこで社員と思しき人が親切にも助けに来てくれる。
ありがてえと感謝。人間ってええなあ。
ふたりでガラスを動かそうとしているときに、どういうわけかガラスが割れてしまう。
社員さんはパッといなくなった。そこに先ほどの担当者さまが現われる。
「ほうら、だから割るなって言ったのにやっぱり割った」
とこれでもかというほど叱られた。
わたしは人情からうなだれ、無言でお説教を拝聴していた。

「正しい」ことを言えば、そうではないのである。「本当のこと」はそうではない。
ガラスはふたりで割ってしまったのである。
もしあのとき社員さんが来なかったら、わたしひとりでうまく動かせていたかもしれない。
ひとりでやっていても、どのみちガラスを割っていたかもしれない。
そんなことを言えば、担当者さまがやっていても割ったかもしれない。
大台車のまま運んでいたらガラスを割らなかったかもしれない。
「正しい」ことをあえて言うならばこうなる。
しかし、事実としてはわたしひとりが悪いことになり手厳しいお叱りを受けた。
人情として「本当のこと」は言えない。
わざわざ親切から助けに来てくれた社員さんがいたとは言えない。
彼がその場から離れたのも悪くなく、わたしが彼でも「逃げた」であろう。
あとで「ごめんなさい」とアイコンタクトを取って来てくれたし恨みもなにもない。
あの人は善人っぽいからあとで「本当のこと」を担当者さまに白状したかもしれない。

このいわゆる失敗体験が山田太一ドラマを理解するうえで大きなとっかかりとなった。
人情とは「不正」のこと。「正しい」ことをわざわざ言わないのが人情。
派遣先で昼食代を出されることなどありえないが(絶対にないと思う)、
担当者さまのご好意でその日も(2回目だった)わたしはお昼代をいただいていた。
その日かぎりの派遣に契約にない昼食代を払うのは、「正しい」ことではない。
損得で考えたら損になる、こういうことを人情と言うような気がする。
それを言えば賄賂(わいろ)も人情だが、わたしは賄賂こそ人情だと思う。
「正しい」ことではないけれど、「正しい」ことばかりでは生きていけない。
「不正」は人情として必要悪というか、
むしろ生きる方便というか、そこに人間味があるというか。
「正しい」ことならロボットでもコンピュータでも識別できるのである。
あえて「正しい」とはみなされないことをやるのが人間味であり人情だ。

この日、わたしだって「正しい」ことを言えばいくらでも言えたのである。
あのガラスを割ったのはふたりで作業しているときだった。
そこまで怒られる理由はないのではないか、等々。
しかし「正しい」ことをわたしは言わなかった。
なぜならそのMさんという担当者のことがなにより好きだったからだ。
思わず激怒してしまったのが、こちらにもわかるのである。
怒ったことを後悔していることが見て取れて当方も気まずい。
あんがいあの社員さんが正直にふたりで割りましたと報告したのかもしれない。
「正しい」ことがなんになろう? 「本当のこと」がなんになろう?
わたしのこの日の日給は8千円程度だったが、
反対に社会勉強代金を支払ってもいいとさえ思ったくらい大発見をした1日であった。

「人情=不正」

人情を描くのが山田太一ドラマなら、アンチ人情=正義も登場させなければならない。

山田太一ドラマ=「(正義 vs )不正(=人情)」

末端の教員や警察官のような
職務として「正しい」ことを言わなければならない立場はしんどいのである。
このドラマでも言われていたが、
温泉場に行って暴れたりタオルを持って行ったりするのは、
決まって先生と言われる商売や警察官のグループなのである。
あんがい「不正」とされるヤクザ集団のほうが温泉宿ではおとなしい。
「正しい」ことを言うのは辛いが、だれかが「正しい」ことを言わなければならない。
だれも「正しい」ことを言わなかったら、グダグダになってしまう。
世の中が不正天国、賄賂饗宴になってしまう。
しかし、「正しい」ことばかり言っていると「生きとってもつまらん」と思うようになる。
けれども、「正しい」ことを言う人は必要だ。
山田太一ドラマ「なんだか人が恋しくて」はこの矛盾をうまく描いていたように思う。

わたし個人としては「不正」はありだと思う。矛盾したことを書くが、
集団の「正義」なんかよりも個人の「不正」のほうがよほど「正しい」と思っている。
わたしは「不正」を発見しても自分の巨額の損にならないならば見て見ぬふりをする。
社会的に「正しい」ことをなるべくなら言いたくないという気持が強い。
正義派ぶって徒党を組んだりしているやつらを見ると虫唾が走る。
ここまで書くと精神病を疑われかねないが、
被害者が自分の周囲の人間ではないのなら犯罪者さえそこまで悪いとは思わない。
犯罪者の「不正」を正義派ぶって断罪する人だって、
いざその人とおなじ生育環境、社会的立場に追い込まれたら、
おなじことをやっているのではないかと思う。
わたしが犯罪者のような劣悪な社会的環境に置かれたら、
もっとひどい犯罪をしていたのではないかとさえ思うくらいである。
どうしてそういう不適正な思考をするようになったかと言えば、山田太一ドラマの影響だ。
氏のドラマには「人間なんてそんなもん」「世の中そんなもの」というセリフが頻出する。
「正しい」ことばかりしていたら生きていけない人がいるわけでしょう。
勇気がないばかりにいわゆる「悪いこと」をできない人たちが、
善良な人のふりをしてクソにもならねえ「正しい」ことを言っているような気がしてならない。

「山田太一ドラマ=世の中も人間も、そんなもんだって」

しかし、わたしは世の中がそんなものではないことを知っている。
しかし、わたしは人間がそこまで堕落していないことを知っている。
これは山田太一ドラマに教わったというよりも、
いろいろな人をこの目で見た当方のリアリティである。
山田太一ドラマも描いていることだが、世の中も人間もそこまで腐っているわけではない。
むしろ根性が腐っているのは山田太一氏やわたしのほうなのかもしれない。
いやいや、正義の朝日賞作家を自分などと同列に置いてはならない。
たましいが腐っているのがわたしという人間なのだろう。
ゆがんでいる当方だから
気づいた「人情=不正」という真実を最後に繰り返し強調しておく。
「校則ではそうなっているけれど、今回だけ見なかったことにする」のどこが悪いのか。
「それは法律ではいけないけれど、人としては許される」行為はいくらだってあると思う。
なんで校則や法律がそこまで「正しい」のかそもそもからしてわからない。
しかし、わたしも表面上は社会人としては「正しい」ふりをする。
そうしないと食っていけないからだが、この「正しい」素振りを「不正」と言われると困る。
個人的な真実としてはケースバイケースで「正しい」ことは変わると思う。
臨機応変にそのときその場の「正しい」ことを判断できるのが「正しい」社会人だろう。
上司は立場上ミスは報告しろと部下に言うが、報告されたら困るミスもあるのである。
このあんばいをうまく判断できるものが上司から気に入られるのではないか。
山田太一ドラマは本当に奥深い。
「光と影を映す だからドラマはおもしろい」(山田太一/PHP研究所)

→NHKのBSで放送された2時間インタビューの書籍化とのこと。
いったいNHKとPHP研究所、パナソニック、経済上層部、
それから表には出にくい各種宗教業界の裏の関係はどうなっているのだろう。
いまのテレビというのはほぼ利権だから(番組に商品を出したら売れる)、
あれは見れば見るほどうっとりした気分になれる幸福製造機と言ってもいいだろう。
いまは有名人や富裕層の子息しか入れないとも言われるテレビ業界だが、
むかしはそうではなかった。むしろ、映画業界から鼻で笑われていた。
業界の大御所で小林秀雄賞作家、朝日賞作家、
お子さまふたりもおなじ映像業界で華々しく活躍する人格者の著者はこう証言する。
テレビ業界のゴッドファーザーとも言うべき存在のお言葉は重たい。

「テレビ界に入っていったときは、局の人たちが「映画とは違うことをやろう」
という意気込みにあふれていて、ものすごく活気がありました。
局の人といっても、局の生え抜きというより、
映画畑にいた人が引き抜かれたりしていましたね。
しかも、映画みたいに時間がかからずに一本の作品がつくれるから、
少々実験的だったとしても、あまり文句を言われず、
とにかく、みんなが「なんかやれる! なんかやれる!」って、
テレビの可能性を切り開いていった時期だと思いますね」(P16)


いまテレビ局に入るのはブランド目当ての成功者の子どもが多いと聞く。
本人は自力で入社したと思っても、そうとうにコネが働く業界というものがある。
それが悪いというわけではなく、世の中そんなものなのである。
さてさて、そういういまのテレビ局に果たして活気なんてあるものだろうか?
製作した自分たちも軽蔑するようなものを垂れ流しているだけではないか?
そもそも製作さえほとんど外注しているのが現在のテレビかもしれない。
批判しているわけではなく、それが視聴者の求めるものなのだから悪くない。
既得権益で窒息寸前のテレビで
いまさら「なんかやれる!」と思っている人は少ないだろう。
ただし、見かけのうえでおいしい思いはできるだろうから
テレビはラジオのようにはならない。
テレビは永遠に下層の幸福製造機としての意味を持つと予測する。
むかしのテレビに匹敵するのがいまのインターネットである。
山田先生のお言葉を少々書き換えたら――、
「いまのネットはテレビみたいに時間も金もかからず、
口うるさいスポンサーにもあれこれ言われず一本の作品がつくれるから、
少々実験的だったとしても、あまり文句を言われず、
とにかく、みんなが「なんかやれる! なんかやれる!」って、
業界の可能性を切り開いていっている時期だと思いますね」――。

じつのところ、この新刊ははじめてアマゾンで買ってみた。
むかしから新刊は立ち読みしてから買うと決めていたが方針を変えたのである。
おなじシリーズの「井上ひさし」を読んでいたから(このシリーズは内容が薄い!)、
立ち読みしたらその場で30分もかからず読了してしまうことに気づいていたこともある。
リアル本屋でこの本を手に取ったらその場で読んでしまい買わなかっただろう。
むかしアマゾンで古本を買ったときの200円クーポン券を使いたかったので、
生れてはじめて外資のアマゾンから日本の新刊を買うにいたった理由である。
欠品はないし郵送は速いし郵便ポストに入れてくれるので便利。
一度アマゾンを利用したものなら、
近所の小型書店で本を注文したりはしなくなるだろう。
この「一度」が肝心で、しつこいがこの「一度」の習慣を変えさせることに
どの業界も必死になっているのだろう。

むかしの山田太一ドラマを一度でも見たら(好き嫌いはわかれようが)、
さすがにいまのテレビは見(ら)れなくなってしまう。
当方だってそうで、ネットしか知らないで気味悪がっている人もいるでしょうが、
実際に対面してみたらちょっと世の中を舐めたところのある老け顔のおっさんだ。
「一度」の習慣を変えさせるのがどれほど難しいか?
テレビ局といった大企業は
むかしから高学歴者や有名人の子息を優先的に採用してきたから、
慣習を「一度」壊したらすべてがボロボロになってしまいそうで
最初の一歩に踏み出せない。
うちは実名ブログだが、社会上層はネットの匿名性とか無検閲とか怖すぎるでしょう?
いちバイトがたとえ匿名でも知りえた大企業の裏の秘密を公開したら、
株価の関連で日本経済どころか世界経済が瞬間的に動くわけ。
一夜にして大損害やトップ交代、それどころか最悪の倒産もありうる。
書くなと言っても世間を知らないバカバイトは本能的につぶやいてしまうわけだから。
新聞も出版もテレビも検閲できるが、インターネットはいまだ無法地帯である。

いまの時代に山田太一が青年として生きていたら、
絶対にテレビではなくネットに行くような気がする。
いま若僧がテレビの世界に行っても、よほど強烈な支持者がいないとなにもできない。
とはいえ、あまり知られていないが、
山田太一成功の秘密はバックに木下恵介という映画監督がいたことなのだが。
世間はバック(ケツ持ち)が勝負を決めると言ってもいい。
世の中には裏というものがあるが、
著述業者は裏のことは知っても最後までは書かないのが流儀だろう
(書いてもどうせ校閲および編集で消されるのを知っているからみなそもそも書かない)。
テレビライターの山田太一さんは世の中の裏という裏を知り尽くしているだろう。
芸能界なんてヤクザそのままの世界だから山田太一が口を割ったら地獄絵図になる。
みんなの「夢(笑)」が台なしになってしまう。
しかし、山田太一は本当のことは絶対に書かない。秘密は墓場まで持っていく。
オフレコもほとんどやらない。なぜそんな難業ができるのか? 
嘘を書いているからである。
ドラマ、芝居、小説といったかたちで嘘を書いているから山田太一は本当につぶされない。
本当のことでも嘘として書いてしまえば人に迷惑もかけないし社会的制裁も受けない。
以下は世の中の裏表、本当のことを知り尽くした作家のフィクション論だ。

「フィクション、つまり、嘘だから描けるというものがあるんです。
嘘なら殺人でも描ける。本当は自分のことであっても、
「隣の旦那はね」と言うと、話しやすいじゃないですか。
そういうふうに、嘘が必要なんです。
つまり、真実を書いてしまったら身も蓋(ふた)もないのであって、
本当のことを言うために「嘘の装置」が必要なんです。
フィクションは、「モデルはいませんよ。誰のことでもありませんよ」
という前提があるから、孤独な心でも、悪意でも、嫉妬でも、
[大企業の悪事といった社会不正も]かなり立ち入ったところまで描ける」(P126)


大作家の山田太一氏と自分を比較するのは非常に恐縮だが、
わたしも意外と秘密は書いていない。
宗教ネタとか、いろいろやばいことを書いているように見えて秘密は保守しているつもり。
わたしと実際に逢った人は想像以上に(ネットの)口が堅いので驚かれると思う。
かといって本当のことを書いていないかといえばそうではなく、
べつの(嘘とも言われかねない)かたちで知りえた本当のことを書いているつもりだ。
シナリオ・センターのあれは人生で一度しかできない博打(ばくち)だから。
あれは書かなければ気が済まず、社会的に死んでもいいと思って書いた本当のこと。
あんなことを人生で何度もやれるほど体力も精神力もない(と書いたら舐められる?)。
書いたらある企業が大ダメージを受ける秘密などいくらでもあるのである。
そのうちひとつふたつならばわたしでさえ知っているくらいなのだから。
そういう本当のことを書きたくなったら嘘の形式で表現すればいい。
山田太一ドラマが嘘にもかかわらず本当よりもリアリティがあるのは、
こういう事情があるからだろう。
嘘(ドラマ)に書かずにはいられないほど本当のこと(世間の裏)を知ってしまった。
ヤクザなことを言えば血縁が映像業界にいたら、へたなことを言ったら親子共倒れになる。
業界の掟(おきて)を破ったら1%の確率で大変革が起こるが、
99%は一族郎党全滅に終わるのが現実というものだろう。
最近、山田太一先生の息子さんのお顔やらなにやらをネットで知った。
「恥かきっ子」なんて言葉はいまの若い人は知らないだろうが、
業界の大御所の息子さんはわたしのたった2歳上なのである。
無名の当方は76年生まれで、イケメンで業界実績多数の石坂拓郎氏は74年生まれ。
なにもかも負けたと思った。完敗である。
おのれの人生の失敗を深々と思い知らされた。
しかし、そういうマイナス体験も悪くない、
と撮影監督の石坂拓郎氏のお父さまはおっしゃる。
イケメンの業界人を息子として持つ社会的成功者はマイナスもまたいいと言う。
本当のことを知り尽くした有名人が、
名もなき下層民を慰めるためにこういう嘘をおっしゃってくださっていると思うと涙が出る。

「ぼくらは、マイナスなことにずいぶん気持ちを育てられていると思うんですね。
だから、失敗も、それは「一個いただき!」と思ってもいいくらいなんです」(P131)


これは嘘くさいが本当のことだとわたしも人生経験から思う。
失敗は「一個いただき!」というプラスの体験と言えなくもない。
成功したって後にはなんにも残らないわけ。
ミスをすると、ガガーッと人生がわかるようなところがある。
社会勉強とかいうけれど、言い換えたら失敗をするってことでしょう?
社会的大成功者でお子さんも成功させた山田太一氏は、
いまのご自分に満足しておられるのか。
危ない本当とも思えないことを氏は口にしているのである。
破綻のない成功者として老年を終えようとしている国民的ドラマ作家は言う。

「老年になってから、自分がめざしたものを誤解していたとか、
自分がめざしていたものが嫌いだったんだって気がつく人だっている(笑)」(P90)


人は変わるからねえ。
若いころは名声や富、権力にあこがれていても、
老年になったら逆にそういうプラスのものにうんざりすることもあろう。
高級懐石料理なんかよりも若いときの空腹のカツ丼いっぱいのほうがうまいわけでしょう。
有名人になって周囲から本音か追従かわからぬ賞賛をあまたされるよりも、
無名時代に「あなたの書くものはおもしろい」とほめられた感動のほうがよほど深いだろう。
権力なんて持ったら持ったで、実相は人に恨まれる要因と言えなくもない。
権力者がだれかを――たとえば俳優でも――持ち上げたら、
無視されたほうはかならず(抜擢された役者よりも)権力者を執念深く恨むものなのだから。

本屋で立ち読みしていたら、こうまで怨念のこもった感想は書けなかったと思う。
アマゾンで本を買うのもまたいいものである。
本書は20分でも読めそうな薄手ながらじつにいい本であった。
上のほうのお子さまはテレビをつくるがわにまわり、
下のほうのガキンチョはテレビにだまされるがわにまわる。
とはいえ、どちらが幸福かは本当のところわからないのだろう。
いくら当方が実名でメールをしても絶対に返信をくださらない、
ネットでは有名らしい山田太一信者の自称弟子みたいな匿名の老人がいるけれど、
毎日テレビばかり見ているようで彼こそいろいろな意味で幸福な人だと思う。
いつか再会したらお名前と処世術、テレビの見方をうかがいたいと思っている。

2002年にテレビ東京で放送された
山田太一ドラマ「香港明星迷」をジェイコムにて再視聴する。
このくらいの時代になると、ライブで視聴した記憶はあるけれども、
内容はさらさらさっぱりあたまに残っていないから視聴するのが楽しみだった。
「山田太一ドラマは庶民を描いているから記憶に残らない」
こういうことをブログに書いたら、取り巻きや側近が密告したのか、
渋谷で行なわれた山田太一イベントで本人が
「どうせぼくのドラマはすぐに忘れられますから」とひねくれたことをおっしゃっていた。
山田太一さんもまた双極をお持ちの方だと思う。
ものすごく自作に自信があるけれど、
それは一撃でつぶされかねないとても弱い自信だからむしろ強い。

わたしの場合、山田太一ドラマはシナリオで読んでいると記憶に残っているのである。
このため、いまジェイコムに入っているため、
多数の山田太一ドラマを録画保存しているが、
シナリオですでに読んでいるためか
映像を観る元気が出ないという困ったことになっている。
作者としてはどっちが嬉しいのだろうか?
ドラマを観られることと、シナリオ段階で読まれることの、いったいどちらが?
シナリオで読んでいると人物像ができあがってしまうから、
映像を観てしまうと「自分のようなもの」を否定された気がするのかもしれない。
「ふぞろいの林檎たち」の未放送スペシャル番組版のシナリオが存在するらしいが
(だれか役者がごねたために企画がぽしゃった)、それこそ価値があるものだろう。
へたをすると1千万くらいの価値はある。
もしお持ちの方がコピーさせてくださったら、一生奴隷になってもいいくらいだ。

2002年に放送された「香港明星迷」の話をしよう。
「働く」という行為について深く考えさせられた。
主役の薬師丸ひろ子は、仕事にバリバリ生きがいを感じているアラフォー女性。
なんでみんなそんな仕事に夢中になるんだろう。
薬師丸ひろ子は、フランスの有名な靴ブランドの日本支社重役。
マーケティング統括部長だったっけかな。
わたしは女のことにもブランドのことにも詳しくないが、
ハイヒールは西洋起源らしい。
そして、ハイヒールなんかを履いているとかなり足が痛くなるという。
男と肩を並べたいという女の西洋的願望の象徴がハイヒールなのかもしれない。

有名西洋ブランド日本支社の薬師丸ひろ子は考えた。
もういまは西洋ブランドの時代ではないのではないか?
ハイヒールなどではなく、もっと履きやすい女性のための靴を製造すべきだ。
しかし、いくらアイディアを出してもフランスの本社は聞き入れてくれない。
「デザインはパリが全部」
「きみの仕事は営業なんだから、デザインに口を出すな」
「黙ってきみはフランスの靴を売っていればいい」

薬師丸ひろ子が注目したのは中国市場である。
ここでハイヒールではない、
しかし良質な中国デザイナーが企画した靴を売ればどれほどの仕事になるか。
仕事熱心な薬師丸ひろ子は香港の有名スターの追っかけを自称しながら、
会社のためもあり独立のためもあり、
自分が目をつけた中国人関係者と交流をつなげる。
わからなくて、わからないままに感銘を受けたのは、
薬師丸ひろ子の仕事への情熱である。
ハイヒールをどうしたって、中国市場がどうなろうと、
どうでもいいといえばどうでもいいわけだから。
プライベートな休日まで使って、どうしてそんなに仕事に一生懸命なの?
なにかに洗脳されているの? と不可解で仕方がなかった。

結局、彼女の情熱は会社への裏切りと判断され、
有名ブランド企業から薬師丸ひろ子は解雇される。
じつのところ、薬師丸ひろ子には常時、尾行がついていて、
行動は逐一本社に報告されていたのである。
薬師丸ひろ子が友人だと思っていた人も、探偵会社の敏腕調査員だった。
薬師丸ひろ子は、まあ現実を見誤っていたのである。
彼女が大企業を辞めたら、すぐに中国人デザイナーは相手にしてくれなくなった。
日本の女が一流企業をバックに持っていることを調べて、
デザイナーは彼女と交流していたのである。

現実ってこんなものなのかもしれないなあ。
多くの人が人間そのものよりもバックにあるブランドを見る。
ブランドに逆らったら社会から抹殺されてもおかしくない。
薬師丸ひろ子のおもしろさは、けっこう会社のためを思って、
会社のために新しいデザインを提案したり流通を広げようと(プライベートで)したら、
それが愛する会社からは裏切り行為とみなされ強制解雇されてしまうという。
会社(組織)のために必死で働いたら裏切り者あつかいされる――。

はっきり言って、いま経済界(大企業)の上層を
リアルに描けるのは山田太一だけなのである。
というのもライターはとにかく金にならないから、飛び込んでくる人材が低劣すぎる。
かえって、その質の低い複数ライターの書いたドラマが、
大衆から支持されるという矛盾がある。
上のほうの損得関係の秘密を知りえた山田太一の企業ドラマが、
秘密をそのままは出さずフィクションとしてうまく描いていることに
社会上層部はまさにいっぱい食わされた気分だったことだろう。
このドラマは、底辺庶民からの理解はあまり得られなかったようだが、
(傲慢でごめんなさい!)観る人が観たら、
これを地上波で書いてもいいのかというギリギリの傑作ドラマなのである。

ドラマ最後に薬師丸ひろ子と探偵所の捜査員が仲直りするのがよかった。
香港の中国人デザイナーが
バックもない無職の薬師丸ひろ子とビジネスを再会するのもよかった。
人間って「肩書」じゃないよねえ。
「肩書」ではなく、この人は信じられると自分が思った人を信じたほうがいい。
「肩書」で人を見るのは世間だが、そうではない自分の感覚を信じた見方があってもいい。
いまは小林秀雄賞作家、朝日賞作家とだいぶ出世なされたが、
そういう肩書以前にわたしは作者のことを
一度もお逢いしたことがないのにもかかわらず盲目的に信じているところがある。
「寺山修司からの手紙」(山田太一編/岩波書店)

→若き日の寺山修司と山田太一の往復書簡――ということになっているが、
読んだ感想は、これはまるで女学生の交換日記のようなものである。
恋に恋するのはいまでは女子小学生くらいだろうけれど、
当時は大学生の男子が恋に恋していたのかと思うと微笑ましい。
恋のみならずふたりの友情もどっか芝居がかっているのである。
友情ごっこを男ふたりで演じているようなところが見られる。
だが、そもそも友情とはそういうものだという見方もできる。
いまでは小学生でも知っていそうだが、人間関係はほぼまあ利害関係である。
人は利益がある人とつきあい、損害が出そうな相手からは離れていく。
そういう現実(本当のこと)をまだ知らないもの同士のみが友人関係になれるのだ。
幼くなければ無知でなければ、友情も純愛もうまく演じることができない。
世の中はかなりのところ「金、顔、肩書」でおおよそすべての人間関係は利害関係だが、
このことに気づいてしまったら友情も純愛も噓くさいこと甚だしい。
むかし世間のことをまるで知らない男の子ふたりが友情で結ばれたことがあった。
ふたりは世間のことのみならず男女のこともからきし知らなかったから、
とてもいい純愛(片想い)をすることができた。
本書はそういう意味での記録的価値はあるだろう。
結果的に寺山修司も山田太一も大物になったから
この「女学生の交換日記」にもなにやら芸術的な価値が出ているだけで、
寺山や山田というネームを剥奪したところではありふれた民俗学的資料になる。

山田太一青年の文章から、のちの成功を予想させる輝きはまるで感じられない。
どう好意的に解釈しても山田太一は大学生時代、
当時どこにでもいそうなインテリ学生のひとりであった。
人並みに恋をして、人並みに失恋をした。大きな恋も、大きな失恋もしなかった。
好きだったマルキシストの女の人が
恋人の共産党員に処女をささげたという噂を聞けば、気持は動揺しまくりで、
しかし自分は論理的にはまったく破綻していないというようなことを、
文学作品を引用しながら親友モドキに論理的に書きつづる男の子であった。
事実関係を確認する。
最初、大学生の寺山修司は「兎(うさぎ)の目」をする石坂和子に恋をした。
山田太一は「豹(ひょう)の目」をするマルキシストのマヅルカ(国分)に恋をする。
が、そのうち寺山はマヅルカ(国分)のよさに気づき惚れるようになり、
山田は寺山の好きだった石坂和子に恋をして、大学卒業後数年を経て結婚する。
若くして世に出た寺山はその後、映画女優と結婚したが別れた。
晩年はハーレムの首長のようだったという。
その寺山ハーレムの第一位の女奴隷だったのが田中未知で、
本書は「山田太一編」となっているが実際に編集したのは寺山の女性盲信者である。
無名の寺山修司は石坂和子から愛されなかった。
有名になってから寺山修司はみながあこがれる映画女優と結婚した。
有名文化人になってからの寺山修司は、老いた映画女優はポイ捨て。
有名人のもとには若い女の子が近づいてくるものだが、
そのうちもっとも自分の奴隷としてふさわしい田中未知を重宝した(かわいがった)。
有名人というネームバリューは、若い女体とつりあいを保つのである。
しつこいが、人間関係は利害関係。「金、顔、肩書」が人生のすべてといってよい。
だからこそ「金、顔、肩書」ではない友情や純愛がこうも尊ばれるのであろう。

凡庸な山田太一青年はマルキシストの女性に精神的=盲目的な恋をしていた。
しかし、あるとき精神的なるもののうさん臭さに気づく。

「「わたしは一束の紙を眺めた。
それは一握りの毛髪よりも個性がなかった。
髪ならば唇や指で触れることができるのだが、私は精神には死ぬほど倦き倦きした。
わたしは彼女の肉体のために生きていたので、
彼女の肉体が欲しかった」(G・グリーン『愛の終り』)
僕は前に、これを読んだ時、これは観念的な無理をしている、
事実に反している、と思った。
失った女の髪――そんなものより、
手紙や日記の方が、ずっと僕を慰めるだろう、と思った。
しかし、今、僕は、よくわかる。僕は髪が欲しい。ワラエ、ワラエ」(P151)


ああ、大笑いしたね。学生時代の恋愛や友情には生活が入っていない。
生活とは損得関係、利害関係のことである。
利害や損得がないからこそ、学生時代の友情や片恋慕は美しいのだろう。
大学生の山田太一青年は寺山修司が好きな石坂和子を好きになった。
このことを山田は友人の寺山に嬉々として報告する。
親友の好きな女の人を好きになるほど、友情ごっこを体感できることはないのではないか。
以下、山田太一が寺山修司にあてた手紙。

「「わたし、口に出さずに、わかってもらうのが好きなのよ……」(『チボー家の人々』)
僕も愛していることを、口には出さずに三宮[石坂和子]さんにわかってもらいたかった。
その方が、あからさまに求愛するよりは君への罪が軽いように思えた。
銀座の田園[レストラン]はいっぱいだった。二時間いて出た。
ボワ[レストラン]へ行って小海老と牡蠣(かき)の料理を食い、
新橋まで歩き、品川で別れた。
「人はだれかに誠実であれば、
だれかを裏切らねばならぬ」(福田恆存『ホレイショー日記』)
僕は感傷的になって、何故愛してしまったのか、などと思った」(P167)


「金、顔、肩書」の利害関係ならぬ純粋な関係を一般的に友情や純愛というのだろう。
人が友情や純愛にあこがれるのはそういう理由からであろう。
それほどに人間関係というのは突き詰めれば打算的な関係に終始するともいえよう。
社会人になったら友情も純愛もまずないと思ってよい。
個人的な体験を話すと、会社の上司というのには本当に参る。
会社の上司、つまり権力関係上相手が上になるから人は人にヘイコラする。
しかし、そういう事情をわかっていない人は、年上の部下にプライベートの説教を始める。
この本を読め、この映画を観ろ、こう生きろ、おれの助言を聞け。
部下は上下関係上しぶしぶ従っているのに、
上はビジネスではなく友情関係かなにかだと思っている。
しまいにはあるイベントに年若い上司は年上の部下を誘う。
あくまでも自分は相手よりも上だから相手の事情など知ったことではない。
自分から誘っておいたくせに
直前まで相手に連絡せず相手の時間を目いっぱいに奪っても一向に構わない。
なぜなら自分は上司だからだ。相手よりも上にいるから、下の相手にはなにをしてもいい。
社会人になってからの人間関係などこんなものである。それが当たり前だ。
だから、そうであるからこそ、学生時代の友情や純愛は美しいのだろう。
友人関係も恋愛関係も一皮むけば利害関係(損得関係)にすぎぬ。
このため本書のような「女学生の交換日記」はいまとても美しく思えるのではないだろうか。

「夕暮れの時間に」(山田太一/河出書房新社)

→大御所テレビライターの山田太一氏の最新エッセイ集を読む。
山田老人は食堂でむかしあった相席を懐かしく思い出す。
山田青年は相席で、他人の話を盗み聞きするのが楽しかったという。

「それほどくっきりしたものではなくても、他人の人生は面白かった。
学校の交際とはちがう世間を覗(のぞ)く機会が
その店の相席ぐらいしかなかったのである」(P105)


山田太一は他人の人生の面白さに敏感である。

「以前、筑豊から福岡まで乗ったタクシーの運転手(私と同じ齢だった)が、
俺の人生の楽しみは金を貯めてはフィリピンへ女を買いに行くことだと、
その体験を心からいつくしむように話し続けて、話がうまかったせいもあるが
次第に見上げるような気持になってしまったことがある」(P24)


「見上げるような気持」になるところがいい。
謙虚ぶっているわけでもなく、おお、
と思わず自然に他人を見上げたくなってしまうところがいい。
他人の人生は面白いが、自分の人生はどうだろうか。
いまの浅草を歩きながら、山田老人は思う。「現実は、つまらない」――。
浅草のどこかにいまはなき父の愛人でもいてくれて、
その人から生前の父の話でも聞けたらどんなに面白いと思うが、現実はつまらない。
しかし、いまの世界も老人にとってはそう悪いものでもない。

「もういくらも生きていないのだから、嫌いな人を好きなふりをすることも、
多少癖のように残っているだけである、
そのように人生から少し遠離(とおざか)ったせいか、
自然も人間も街も、細かな差違が気にならず、
すべてがすばらしく、いじらしいなどと、
視野の広い感傷に溺れることができる」(P46)


80年の変遷を山田老人は裸眼で見続けてきたのである。
表面上の美醜や個性にとらわれない「視野の広い感傷」を
持ったっていいじゃないかと思う。
しかし、個別ブースに分かれたインターネットカフェにはさすがに感傷をいだけない。
むかしの相席の面白さを知る老人はインターネットカフェにゾッとする。

「ここまで一人一人かよ、と勝手な話だが、息詰まるような思いをした」(P106)

「ここまで一人一人」に現代の日本はなってしまったのである。
人間は一人一人孤独というむき出しの現実にどう対処したらいいのか。
せめてなしうることはなにか。それぞれが幻想をつくっていくしかない。
人はいろいろな幻想を支えにして生きている。

「……それぞれが、それぞれのやり方で
「究極の現実」にそっぽを向いて幻想をつくり出している。
そして、なんとか元気に生きていこうとしている。
むき出しの現実が力を露(あら)わにしたらひとたまりもない。
しかし休止期間がある。その間だけ、
きびしくなればたちまち吹きとばされてしまうような幻想をささえに生きている。
それを誰が笑えるだろう」(P68)


人間は孤独で、そして死から逃れられないという「究極の現実」がある。
だが、「ここまで一人一人かよ」という一人地獄からちょっと開放されるときがある。
見知らぬ人から微笑を送られたら、少しやわらかな気持にならないか。
ならば、どうして自分も人に穏やかに微笑みかけない。
微笑みかけられたら、次は手を差し伸べてみたらどうだろう。

「困っている人を助けることは、その人の日々も豊かにするはずだ。
「人に迷惑をかけない。かけられたくもない」
という生き方はそれぞれの孤独を深めるだけだ」(P220)


もちろん、親切がお節介にすぎないことも老作家はよく知っている。
善意の押し売りのような親切は迷惑だろうが、
その迷惑を受け入れなかったら、
「ここまで一人一人かよ」というようになってしまうのではないか。
けれども、山田太一は普遍性のあることをいわない。
微笑や親切は絶対に善であるとは思っていない。
いらいらしている人には他人の微笑がけったくそわるく感じられることが
あることにも気を配る。
幸福などという言葉は非常に普遍性の強い言葉といえよう。
山田太一は幸福はそれぞれがぞれぞれの流儀で感じるもので、
「幸福とはなにか」といったかたちで論じるものではないのではないかと主張する。
しかし、そういったそばからそれを否定する。

「どうせ幸福は理不尽不平等に散らばっているから、
自分が手に出来ない身近の幸福に圧倒され、嫉妬や不公平でつぶれないために、
感じる前に論ずる人が出てくるのも、
案外切実な生理に発しているのかもしれない」(P11)


幸福は感じるもので論ずるべきではない、といったような普遍的なことはいえない。
昭和41年の9月に山田太一は来日したサルトルの講演会に行ったという。
人生の転機のときだった。
映画会社の松竹を辞めて、テレビライターとして独立することを決めたころだ。

「大学のころはサルトル、カミュの時代で、
それから八年もたっているから熱気は薄れていたはずだが、
顔や声に接したかったのかなあ、と思う。
著者というものは、著作がよければよいほど会うとがっかりするものだと思っていたし、
顔を見たいなどという欲求はあまりないつもりだったが、
なんとか切符を手に入れて出掛けたのだから、
学生のころの「神」の力は大きかったのだろう。
ほとんどなにを聞いたか、これも忘れているが、
ヴェトナム戦争に反対しなければいけないというのが主旨だったと思う。
一つだけ残っているのは、普遍性を手に入れたなどと思ってはいけない、
手に入れたと思うような普遍性は大抵偽物(にせもの)だというような言葉で、
これはずっと説得力をもって私に作用している」(P101)


普遍性とは「すべての物事に通じる性質」のことである。
人間とはこうだ、人生とはこうだ、と決めつけるのが普遍性で、
その反対は、人生はそれぞれで人間もそれぞれだと認めることになろう。
人それぞれとはバラバラということだから人は孤独にもなろう。
人それぞれはバラバラで孤独だが、
そういう究極の現実にそっぽを向いてなんとかそれぞれの幻想をつくり出し、
そして、なんとか元気に生きていこうではないか。
人はそれぞれ宿命性のようなもののためにそれぞれ異なっている。
普遍性のようなものはなく、人はそれぞれだが、
そのそれぞれの宿命性を、差違を、
「視野の広い感傷」に溺れながら、すべてがすばらしく、いじらしいなどと、
うららかに愛するような日が、たまにならあってもいいのではないか。

「それぞれが他の人間とはちがう限界と可能性を持っているからこそ、
人生は豊かにもなり、悲しくも苦しくも喜びにもなり、
陰影も深みも味わいにも恵まれるのではないだろうか。
誰かに文句をいいようもないそれぞれの宿命性は、
人間の持つ宝だと思う」(P240)


持って生まれた宿命は転換するのもいいのだろうが
(そもそも転換できるのならそれは宿命ではないことになるけれど)、
その宿命を嫌悪するのでもなく、闘って大勝利する対象とするのでもなく、
それぞれに与えられた宿命を宝として遇するという生き方もあるのだろう。
そうしたほうがいい、そうすべきだという普遍性の問題ではなく、
そういう生き方、考え方もあることを著者は示唆している。