「学ぶ力」(河合隼雄・工藤直子・佐伯胖・森毅・工藤佐千夫/岩波書店)

→いま鎌倉時代の踊り念仏の開祖、一遍のことを独自に学んでいる。
学ぶとはどういうことか? 河合隼雄によると、学ぶとは知りたいと思うこと。
対象を好きになること。そして、これが肝心らしく、楽しむこと。
河合隼雄いわく、以上は孔子の「論語」に書いてあることらしい。

「学ぶということで、まず私が思い浮かべるのは孔子の言葉で、
『論語』の中にある僕の非常に好きな言葉です。
「之(こ)れを知る者は、之れを好む者に如かず。
之れを好む者は、之れを楽しむ者に如かず」。
学んでいる者よりも、好きだと思っている者がいい。
好きだと思っている者より楽しむ者が一番上だということを、
孔子さんが言っておられるんです」(P3)


わたしなんかとくにそうだけれども、
興味がないことを学べと言われてもあたまに入ってこないでしょう?
派遣同僚の爺さんから資格の勉強をしろとしきりに言われていた時期があったけれど、
そんな好きでもないことを学ぶことはできません。
ブルセラ学者・宮台真司の岳父(妻の父)である東大名誉教授の佐伯胖も言っている。

「自分が好きでのめり込んでいたときの学び方と
「さあ、これを覚えなさい、勉強しなさい」と言われたときのギャップはすごく大きい。
別世界みたいな感じで、これはちょっとやってられないなという気がして、
それははっきり言ってだめでしたね。
それを我慢してやろうという気はしませんでしたね」(P60)


踊り念仏の一遍がしていた布教というのは賦算(ふさん)と呼ばれ、
遊行(旅)をしながら対面したものに(有縁者に)ただ念仏札を配るというものだった。
なんでそれが布教なのかわからない時期もあったが、こういう解釈もできよう。
念仏は易行というけれど、歴史的学問背景をふくめるとかなり難解なのである。
熱心に教えてもわかってもらえるかどうかわからない世界なのである。
河合隼雄の出発点は数学高校教師で、
最初は全力で教えたがあまり効果がなかったという。
そして、晩年は「無為」の境地に行き着いた氏は青年期にはやばやと悟る。

「なるほど、先生が必死になって教えまくっても、生徒はそう伸びないんだ。
教えない先生がいると、生徒は自分でものすごく勉強するんです。
あんなもの頼りにならんというので、その子たちは必死になって勉強している」(P15)


一遍もおなじように思ったのではないか?
とりあえず最高真理の南無阿弥陀仏だけ教えておいて、
あとは相手の機根やら学習能力やら自然(他力=南無阿弥陀仏)にまかせよう。
自分が相手に伝えるのは南無阿弥陀仏の一語でいい。
あとは相手が興味を持ったら勉強するだろうし、
ことさら学ばなくても救われるのが念仏の教えの特徴である。
あるがままでどうしようもなく、いまある状態はあるがまま善でも悪でもなく、
しかしそれでも自然として
すべてがうまくいっているというのが南無阿弥陀仏の世界観である。
自分もあるがままの自然と一体でいよう、
自然体でいようという決意表明が南無阿弥陀仏だ。
これはいくら説得しても相手にNOと言われたら終わりで、
相手が自然に南無阿弥陀仏を納得するまで
こちらは無為と言われようが自然にまかせ「待つ」しかない。
南無阿弥陀仏は説得できるものではなく、相手が自然に納得するまで待つのみである。
数学者の森毅に河合隼雄はからかわれている。
お互い老人だから許されるゆるやかな関係性ゆえだろう。
「河合さんは納得の修業をしているわけで、説得の修業なんかしてない。
ええ加減なことを言いながら納得さすのがうまい。
うそつきクラブ会長やからね(笑)」――。
相手を説得しても意味がない。相手が納得してくれることが重要である。
ユングの伝道師(@小谷野敦)である河合隼雄は言う。

「おっしゃるとおりで、僕らは来られた人[クライエント/有料相談者]を
説得しても何の意味もないですよ。そうでしょう。
森さんに「たばこは不健康だからやめなさい」と言うたら、
説得されるけど、絶対に納得しないから。なんぼでも吸うからね。
だから、やめよかという納得が起こることが一番大事なことなんです」(P79)


あることを納得しようと思ったら自分で学ぶしかない。
たとえば一遍仏法を学ぶのなら、一遍を好きになるしかない。
そして、鎌倉時代に存在したという一遍の存在を
楽しむ境地にまでいたらなければならない。
そこまで行くには苦しむようなこともたくさんあるが、
それは学ぶためには必須だと河合隼雄は言う。
一遍の南無阿弥陀仏は要約すれば「死=絶対」である。人は絶対に死ぬ。
絶対たる死者の目から見たら、
相対(言語)世界のあらゆるもの(美醜・貧富・賢愚・善悪)が空(むな)しい。
本書が発刊されたのは河合隼雄が亡くなる3年まえである。
以下は河合隼雄の最後の説法とも信者には解釈できる。
ユング心理学の河合隼雄と踊り念仏の一遍の見ていたものはおなじであった。
最晩年の河合隼雄の見ていたもの――。

「最後に孔子の言葉を読んでいて気がついたのですが、
いろいろなことを学んできたし、いまでも学ぶつもりですが、
考えたら、死ぬということをあまり学んでいないという気がして、
このごろだいぶ学んでいます。
死ぬことをずっと学んでいるうちに、
死ぬことを好むほうになってきて、
最後に死ぬを楽しむところまでいったら最高じゃないかと思いますが、
これはそうはいかんのじゃないかなと思っています。
私の学びの最後の目標はそのへんにあるというところで、
[講演を]終わりにしたいと思います。どうもありがとうございました」(P17)


「最後に死ぬを楽しむところまでいった」のが踊り念仏の一遍上人であった。
男は仏法を問われたら答えもしたが、布教は基本は念仏札を配るだけであった。
最高真理、絶対真理の死=南無阿弥陀仏を相対世界を生きる衆生にさりげなく伝えた。
聞かれたら答えたが、自分から教えたがるタイプではなかったと思われる。
いま踊り念仏の一遍を学んでいるが予想以上に難物で終わりが見えないので苦しい。
苦しいが、楽しい。いま一遍を苦しみながら、楽しみながら踊るように学んでいる。

「河合隼雄 全対話7 物語と子どもの心」(第三文明社)

→当方を零落したネガティブな落ちこぼれだと文章を読むと思えるらしいが、
たしかにそうとも言えなくはないけれど、
それはこちらの文章意図にあまりにも乗せられすぎているんじゃないかなあ。
文章って書かれたものと書く人はぜんぜん違うからね。
先日、派遣でいっしょになった人からブログにコメントをもらったけれど、
あの人、ぶっ飛んだじゃないかなあ。
いまのわたしは基本的に明るいし陽気だし楽天的だから。
でもさ、不幸ぶりたいっていうか苦悩を演じたいというか、そういう部分があるわけ。
荒川でバーベキューやっちゃうやつじゃないよ、みたいな孤独ぶった強がり。
人間なんてころころ変わるもんだから。夢(目標)も関心もころころ変わる。
そうそう、著書多数の河合隼雄さんをひどく嫌っているのは、
どこか似たところのある現代日本最高の知識人とも言うべき小谷野敦さん。
むかし小谷野さんの「退屈論」を読んで、
感想として自分には退屈がわからないと書いた記憶がある。
いまは小谷野敦さんの言う退屈がわかりまくり。
退屈だなあ。つまらないなあ。それ、すげえわかる。

このまえショーペンハウアーのアフォリズムを読んでいたら、哲人が言っていた。
人生は苦悩か退屈のどちらかだって。
苦しんでいるうちは苦しいが、
苦しみがなくなったら今度はひでえ退屈が待っていると。
人は退屈を見ないように苦しんでいるふりをしているのかもしれない、
とまでショーペンハウアーが言っていたかは記憶定かではない。
人生なんざ、金がない、時間がない、子どもがどうしたといっているうちが華で、
それはじつのところうまい世渡りで、本当に怖いのは退屈かもしれない。
あまりにも退屈だと「事件」のひとつも起こしてやりたくなるっていうかさ。
そう考えると、河合隼雄のいちばんの才能は、
けっこうなんでも「おもしろがれる」ところだったように思う。
どうせつまらぬ人生、おもしろがっちゃおう。
なんのために生きるか? なんて深刻な顔をしていないで、おもしろがろう。
あんがい、おもしろいことしかしない、なんて決めるのもいいのかもしれない。
いちおう有名文化人の河合隼雄はこんなことを言っている。

「ぼくはおもしろいことしかしないのですよ(笑)。
やっぱりおもしろいというときが、人間が全人的に生きているときなんですね。
体もこめてワーッと動いている。
おもろないときはというのは頭だけで動いている場合が多いから、
頭だけでおぼえたやつは何も役に立たんですよ。
人間全体でおぼえないかんです」(P64)


かといって、歳を取ってくるとおもしろいものが減少するのも事実である。
まったく本当に海外旅行は若いうちが華だよ。
40過ぎてから海外に行っても、おもしろいことなんてないねえ。
まあ、それはそれで自分でおもしろくしちゃうという裏技もあるのだが、
生命の危険があるし、日本の信頼にもかかわるから万民にはおすすめできない。
けれど河合隼雄も繰り返しあちこちで言っているけれど、
危険のないところにおもしろいものはそうそうないねえ。
外野の安全地帯からわたしを嘲笑するのもいいのだろうけれど、
わたしがあなただったら危なさそうだけれど、
この文章の書き手に逢いたいと思うような気がする。
河合隼雄はおもしろいこと(危ないこと)ばかりしたらしいけれど、
どうして危険なことをできるかといったら、
おもしろいことはおもしろいからという理由のほかに、
82年(昭和57年)段階でもうすでに来世を信じていたからかもしれない。
わたしも河合隼雄とおなじで来世を信じている。
危ないことをして万が一死んでしまっても、そこは来世があるから安心。

「ぼくのおもろいいうのはインタレスティングなんかよりもっと下等なんです。
要するに「おもろい」ということ。(……)
関心があるというのとも違う。おもろてかなわんわぁちゅうのが好きなんでね。
考えたら、このごろは来世があるような気がしてきたんで変わってきたけど、
どうも今世だけやったらおもろいことをしな損やと思っています。(……)
このごろ思う存分やっても、来世まであるような気がして心配になってきて(笑)。
いまもおもろく、来世もおもろやろうと思ったら
ちょっとええこともしなあかんかなと思うて――」(P80)


うん? 来世があるなら犬に生まれたらかなわんから、ちょっとええこともせんとあかんか。
わたしは河合隼雄信者だから、おもろそうなことでないと腰があがりまへんがな。
あんがい人によっては退屈そうな単純作業がおもろいこともあるんやで。
まあ、5年、6年単純作業をやるのはいくら来世のためでも無理やけど。
関西弁ってガラが悪くてええのう。
なーんか、おもろいこと起きへんかなあ。いっちょ起こしてやっか。
みーんなお行儀正しくなって、いまはおもろない。
おもろいことを自分たちで制限するようなマジメが支配的でおもしろくねえな。
悪いこと、危ないこと、おもろいことをぎょうさん腹いっぱい味わいたいのう。
いざわたしと逢ったらそういうことができない人だと一発でひと目でばれるのだけど(笑)。
いやあ、やれる。前科があるがや。
シナセンのあれは見てるぶんにはゲラゲラ笑いがとまらんほどおもろかったんやないか?
いまはあんなエネルギーはないが、いやいやパートナーしだいではまだまだ!
ひとりであんなおもろいことをしでかしたわけではないんやでえ。

「河合隼雄 全対話5 人間、この不思議なるもの」(第三文明社)

→大学時代から河合隼雄は好きだったから、もう20年近くの関係になるのか。
河合隼雄はなにもしてくれない。
こっちが勝手に本を誤読して影響を受けるというイビツな関係。
どこを分け入っても河合隼雄に行き当たるので困ってしまう。
シェイクスピアを読み込んでいたときも、行き着いたのは河合隼雄。
日本古典文学を読んでいってもどうしてか河合隼雄が現われる。
仏教世界はかなり本気で分け入ったが、
河合隼雄がいちばんわかっているような気がしてならない。
精神ストリッパーの小谷野敦さんふくめ、
みんなが嫌いなノーベル賞寸前作家の村上春樹も河合隼雄とは手を組んでいるし。

河合隼雄の本職はカウンセラー。
きっといろんな成功者、有名人の秘密を聞いたのだろうな。
地元の名士みたいな開業医が、
くだらない中学生が悩むようなことを深刻に悩んでいたり。
父親にすすめられて歯科医になったけれど、自分は本当は
売れなくてもいいから好きな音楽を続けたかったとかさ(中坊っぽいっしょ?)。
地位や財産が人の満足に直接的に結びつかないことを、
カウンセラーほど聞かされる職業はないのかもしれない。
地位や財産よりももっとおもしろいものがある。それは自分という未知の世界だ。
なぜか運よく世界遺産は若いときにまわったほうだが、
どこに行ってもぶっちゃけ、ここだけの話をするとつまらないわけ。
ああ、ガイドブックとおなじだねっていつも思っていた。
おそらく世界を知るというのは名所旧跡をまわることではないのだろう。
世界を知りたかったら世界遺産よりもおのれの心に分け入れ。

「つまり、心とか世界とか分けてるということがそもそも近代的な分割法ですね。
ところが、究極の存在のほうへいきますと、心イコール世界とか、
そういうところへ近づいていくんじゃないでしょうか。
そうなってくると、心の中を探っているのか、世界を探っているのか、もう分からない。
その主客[主観/客観]の分離する以前のところですね。
それといろいろな言葉で言ってるのは、むしろ仏教でしょう、と私は思いますけれど」(P196)


地位や勲章、肩書、財産は客観的存在と言えよう。
貯金1億円は客観的存在でしょう。事故保険金100万円は客観的存在である。
和解金1千万は客観的な数字である。数字というのは客観的世界の象徴かもしれない。
札束のみならずコップひとつとっても客観存在ではあるけれども、
同時に(札束や勲章のみならず)コップもまた主観存在であると言うことができる。

「だから、そのコップの深いところまで見えたときに、それを物語る言葉を失って、
そして通常の言葉で言おうとしますね。
そうすると、私がどう言うかというと、「このコップは神さんです」とか、
あるいは「このコップは一億円で売れるんだ」とか、
そう言うよりしかたがないでしょう。そんな言い方をすると、
みんな「あいつは狂ってる」と、こういうふうになるわけです」(P196)


河合隼雄の言う「主客の分離する以前のところ」とはどこか?
そこから見たらコップが神さんにも1億円の価値を持つとも言えるわけでしょう?
もしかしたら自宅の小さな庭が世界遺産以上に美しく見えるかもしれない。
仏教修行者がたまに到達できる「主客の分離する以前のところ」とはどこか?
それは誕生以前の世界であり、死後の世界のこと、つまり「たましい」の世界である。
赤子は客観として誕生して、しだいに主観を持っていくでしょう?
ご老人は死が近づくにつれ、
しだいに主観を失い(意識もうろう)客観存在(死体)におなりになるわけでしょう?
死後の世界=誕生以前の世界=たましいの世界から見たら、
ひとつのコップを形容する言葉でさえ(具象する絵画でさえ)さまざまなものになる。
主客分離以前のたましいの世界から世間を見てみたらどうなるか?
計算できない、数字に表象できない、たましいの世界のことをときに考えたらどうだろう?
アハハ、なーんかうさんくさい宗教指導者みたいでしょう、おれおれ詐欺(笑)。
しかし、インテリのみならず、みんなたましいの眼を持っているような気がする。
まえの職場で最後までどうしてもダメだったパートのおばさんとかいたけれど、
そういう人にも旦那さんやお子さんがいらっしゃるわけでしょう?
たましいのことでも考えなければ、あのおばさんの夫や子どもは想像つかないもの(笑)。
ある程度みなさん、たましいの眼を持っているから、
そうそう美男美女ばかりでもないのにポンポン結婚する男女が現われるとも言えよう。
なんか、おれ、ひどいことを書いている気がする、やべっ。
インテリぶってまじめにユング心理学のなかでも難しいとされる元型の話をしよう。
元型(アーキタイプ)とは、物語の原初形とでも言ったらいいのか。
人間の心の内奥にひそんでいるとされる物語(ストーリー)の種類(タイプ)である。
パートの口うるさい無学なおばさんの心理的奥底にも、
難解なユングの言う元型が働いているのかもしれない。それはどういうことか?
日本ユング心理学のボスでありカウンセラーの親玉、
河合隼雄が難解な元型について遠藤周作相手にめずらしくわかりやすく語っている。

「ものすごく簡単な言い方をしますとね、
たとえば[カウンセラーの]私は、
人間としてのAさんならAさんという人に会ってますね。
ところが、Aさんの背後に、非常に単純な言い方をしますと、
女神とか神とかが立っているわけです。
それによってその人が動いているわけです。
それがユングに言わすと元型みたいなものでして。
だから、私がたとえばゼウス[ギリシアの神]ならゼウスというものに似通っておったら、
どうしてもいっちょう大きいことをやりたくなってくるし、
美しい女性がおったらふらふらと行きたくなるし、
そういうふうに動いているときに、その人だけじゃなくて、
その背後にいるものも込みで見ていこうと。
そして、その背後にいるものの働きというものがその人を癒すであろう。
私が癒すんじゃなくてね、というふうな考え方をしているわけです」(P168)


これでもわかりにくいっしょ? 間違っているかもしれないことを覚悟で、
わたしがリライトすることを許されるならば、
たとえば(いまはあるのか知らんが)ヤクザ映画。
ヤクザ映画が好きで何度も見ていると、
ついつい(実際のヤクザではなく)ヤクザ映画的な物語に飲み込まれちゃうよねってこと。
俳優の高倉健が好きだと、
ついつい(その実像ではなく)その役者ぶりを実人生で真似てしまうというか。
難解なユングの元型思想をここまで噛み砕いていいのかわからないけれど、
しかし、そんなことをできるのは学者でもなんでもない当方だけだろうから許して。
物語のパターンってあるじゃないですか? 
あれを念頭に置いていると、おもしろいってことだと思う。
カウンセラーは古今東西の物語のパターンをたくさん知っていなければならない。
なぜならクライエント(有料相談者)がどう動くか見立てのようなものがつくからである。
これは小説家が登場人物をどう動かそうかと考えるのとおなじの模様。
権威主義の西欧かぶれ作家の遠藤周作は言う。
(たとえば聖書のような)基本的物語(元型)から逃れることは容易ではない。

「だから、われわれ小説家の場合は、作中人物がひとりでに動き始めたら、
その小説が成功すると言われます。
こっちの操り人形で、右向け右って言って、作中人物が
ぼくの初めのプランどおりにいっちゃうと、これはもうだめになる。
だから、作者の意思に抗して向こうが自由に動き始めたら、
生きた人間になるとは言われますけどね」(P166)


年下の天才的世渡り上手、河合隼雄はこう返す。

「同じだと思いますね。ただそこで、
私の考え、私のアイデアというのはやっぱりあるわけですね。
だいたいこういくんじゃないかとか[元型!]、
この人はこういう解決法にいくんじゃないかと思ってるけど、
向こうの自由にしているわけでしょう。
そうすると、私の考えと向こうの流れとがぶつかるわけですね。
このぶつかりというのはものすごく大事だと思いますけど。
(遠藤「そう。そのとき、えも言われぬ快感があるでしょう。ぶつかったときに」)
そうそう。そして、ぼくの知恵を超えた答えを向こうが出すわけですから、
それはもう感動しますね。しかし、だいたいは相手の知恵のほうが深いです、
われわれよりは」(P167)


一部の人にしかわからないことを書くと、紫綬褒章作家で大勝利者の宮本輝。
宮本輝の若いころの小説は創価学会の物語(教学)に寄り添いながら、
登場人物が作者の筆に逆らっていきいきとしていた。
ところが、いまの氏の小説は「師弟不二」とか創価学会の物語をそのままなぞっている。
だから、つまらないという意見もあるだろうし、
老人富裕読者の大勝利意識を満足させる傑作になっているという見方もできなくはない。
物語というのは、偶然をどう解釈するかだと思う。
自他の人生を物語的に見ていると、小さな偶然に気づきやすくなる。
あなたやわたしがあなただけの物語(人生)をつくりたかったら、
あなたの周囲に起こっている偶然に目配りして即座に反応するしかない。
カウンセラーというのは、クライエントの物語を創作する助手のような仕事ではないか?
なんでもない事象(ささいな事件)を、
意味のある偶然と認識できる優秀な視力を持つカウンセラーが、
いわゆる河合隼雄的な心理療法をできるのだろう(それが効率的かはわからない)。
河合隼雄は自分の職業を「偶然屋さん」とべつの本で呼んでいる。
「偶然屋さん」いわく――。

「だいたい現実というものは、その人がそう思っているだけであって、
いろいろに見えるわけです。現実は偶然に満ちている。
たとえばぼくのところへ相談に来られた人の話をそのまま書いたら、
偶然だらけですよ。途方もない偶然でパーッとよくなったりするわけです。
ところが、ぼくのところへ来られた人のお話ですよということで書いたら、
みんなフーンと思うかもしらぬけれども、
それをぼくが小説にそのまま書いたら、こんな偶然はあるはずがないと言われる。
リアリズム自身ものすごく難しい問題ですね」(P146))


偶然を信じているというのは、自分は仏や神を信仰しているというのと同義だろう。
河合隼雄は元型(物語)の偶然をよく知っていたから、
元型的偶然のみならず元型ではない偶然をも直観することができた。
おそらく、氏のクライエントを癒したのは後者の偶然であっただろう。
偶然は主観的には強い意味があるけれど、客観的には確率的事象に過ぎぬ。
「主客の分離する以前のところ」=たましいの世界から偶然はやってくる。
わたしは河合隼雄にならって偶然に任せて生きていこうといまのところは思っている。
明日から5日間、近所で短期派遣バイトをさせていただくことがさっき決まった。
そこでいただくお金は4万円だが、あるいはたましいの領域では300万円かもしれない。
単純労働世界のようだが、あるいはそこで、
最前突発的におもむいた1週間の韓国旅行よりも
はるかにおもしろい経験ができるのかもしれない。
わたしは偶然を深く信じていた「偶然屋さん」の河合隼雄さんの本に、
いままでどれだけ助けられてきたことか。20年近く見守られてきたという錯覚がある。

「河合隼雄 心理療法家の誕生」(大塚信一/トランスビュー)

→著者は元岩波書店の編集者で社長にまで出世した出版文化人。
河合隼雄の自伝「未来の記憶」は口述筆記だったのだが、その聞き役をした人でもある。
河合隼雄が好きで好きでどうしようもなく裏話でも知ることができたらと期待して読んだ。
おそらく河合隼雄は著者から悩み事や裏話をそうとう聞かされただろうけれど、
河合のほうはことさら著者に心を許したというわけではなく、
社会人としての表面上のつきあいしかなかったことがうかがわれる。
本書でいちばんの主張は、
河合隼雄を真っ先に見出したのは自分なのだという著者の手柄話だろう。
なんでも天理大学の講師風情に過ぎなかった河合隼雄に、
天下の岩波書店のそれも岩波新書さまから原稿依頼をしてやったんだぞ。
河合もそのことをとても感謝していたし、
なんておれさまという編集者は優秀なんだろう、うっとりするぜ♪ という本。
岩波書店の社長にまで上りつめた人の本だからどこからも批判は来ないだろう。
わたしも右へ倣(なら)えして本書を絶賛しておく。
あの河合隼雄からもっとも信頼された編集者の書いた魂を揺さぶる評伝。
これを読まずして河合隼雄は語れない。

本書の冒頭で著者は河合隼雄からの感謝の言葉を何度も繰り返し引用する。
ほら、あれだよ。著者が本のあとがきで編集者に感謝する定型文ってあるじゃん。
4つもしつこくそれを書き写してから岩波の元社長さんはダメ押しする。

「この四つの短い文章から読み取れることが、少なくとも三つあるだろう。
一つは、私が『コンプレックス』の執筆を依頼した時に、
河合氏は[京都大学ではなく格下の]天理大学で教えていた、ということである。
二つ目は、岩波新書の執筆依頼を受けて、
河合氏は「驚いてしまった」ということだ。そして第三に、二番目の文章に
「出版企画の意図を的確に話され、ウーンと唸らされた」とあるように、
ユングの思想を広めるために、
その時点では「コンプレックス」というタイトルで執筆をお願いしたいという私の考えを、
最初の段階から認めてくれていた、ということである。
ずっと後になって、珍しく京都・祇園のバーでのんでいるときに
(河合氏とバーで飲んだのは後にも先にもこの時だけだ)、
河合氏は述懐したことがある。
「京大に移ったら、急に原稿の依頼が多くなった。
でも大塚さん[著者]から最初に手紙をもらったのは、まだ天理大にいた時です。
びっくりしたけれど、とても嬉しかった」と」(P8)


いいか、河合隼雄をいちばん最初に発見したのはおれなんだからな、
という著者の鼻息の荒い絶叫が聞こえてくるではないか。
むろん河合隼雄とっても岩波書店から認められた(原稿依頼された)ことは
嬉しかっただろうし、大きな自信につながったことだろう。
河合が編集者だった著者に大きな恩を感じていたというのも本当のことだろう。
結局、「他者からの評価」ほどたいせつなものはなく、
だれか権力者から認めてもらわないと上のほうに行くことはできないのだ。
当時のユングなんてとくに新しい思想だったから先行者的権力者がおらず、
河合隼雄とてだれかから認めてもらわなくては無名のまま終わっていた。
わたしは40年だれからも認められたことはなく、
ブログ「本の山」も10年以上やっているが評価してくださったのは
「もてない男」で知られる小谷野敦さんだけである。
だったら、もっと小谷野さんにべったりくっついて、著書を何冊も読んで絶賛したり、
氏の私塾に参加してはっきりとした恭順を示せばいいのだが、
わたしはそういうことがうまくできない。
それどころか小谷野さんがオカルトと批判している河合隼雄が好きで、
こうして関連本を読んでしまうのだから本当に世間の仕組みを理解していない。
新しい考え方は周囲からつぶされるものである。
オカルトに限りなく近いユング心理学がどうして日本で学問になったか。
その裏事情を河合隼雄の兄で霊長類学者の河合雅雄はこうすっぱ抜いている。
ちなみに河合隼雄の最初の専門は数学で、次に心理学に移っている。

「当時わが国の心理学はアメリカの影響を受けて行動主義心理学が
圧倒的優位を保ち、東大がその拠点であった。
フロイトやユングはまやかしで似非(えせ)科学であるとして、
臨床心理学は学界の主流からは全く排除されていた。
深層心理学を基礎とした臨床心理学を唱道した[河合]隼雄が
主流派から叩かれなかった理由は、
電気と数学という隠れ技を持っていたからだと思う。
専(もっぱ)ら学習理論に傾斜していた実験心理学は、
実験装置に電気装置を使うことが多かった。
そして行動理論や学習理論の〝数学モデル”を作ることが流行った。
戦後米国から推計学がもたらされ、行動心理学には必須のツールとなった。
[河合]隼雄はよくぼやいていた。
大先生の数学モデルはナンセンスだし、有名某氏の推計学は間違いと。
とくに数学モデルと称するものは、数学基礎理論が解っていないから、
「無茶苦茶しとる」と苦笑していた。
しかし、あえてそれを取り上げて批判することはなかったので敵は作らなかったが、
いわゆる「強持(こわも)て」の状態だった。
それが臨床心理学の発展に対する抵抗勢力を
うまく回避する力になりえたのではないかと思う。
「三高・京大のエリートコースを辿っていたら、三流数学者になっていただろう」
と自分でも語っているが、
人生万事塞翁(さいおう)が馬という諺(ことわざ)を思い出させる」(P164)


わたしも有名高校・早稲田のエリートコースを辿っていたがずり落ちてしまった。
だれだってじつの母親からいきなり目のまえで飛び降り自殺されて、
あとには悪口盛りだくさんの日記が残されていたら自棄(やけ)になる気もするが。
そのまえにもいろいろあって、変な家族に生まれ落ちたものだと嫌気がさしていた。
母が自殺するまえに「死にたい」と何度も何度も言われていて、
思わず「死ねば」と言ってしまったこともあるし、
遺書にまつわる信じられない恐ろしい話もある。
しかしまあ、河合隼雄の本のおかげでいちおうここまで立ち直れたのである。
どこまで復活したのか。
職場のうわさ好きそうなおばちゃんから(断じて悪い人ではない)、
「これまでなにをしてきたの?」と聞かれてヘラヘラ笑いながら、
「まあ、ふらふら生きてきましたね」とそつなく答えられるくらいだ。
「もうその歳なら正社員は無理よ」「そうっすよねえ、あはっ」
「お父さんはいまなにをしているの?」「ま、いろいろな複雑な事情があって」
わたしは3月いっぱいで派遣切りのようなものに遭い失職する。
きつい力仕事ばかりやり続けるのなら居残れる可能性もなくはないらしいが、
あれで身体を壊した人はかなり多いのではないか。
「4月からどうすんの?」「うーん、なんとかなるんじゃないっすかねえ」
こういう世間話もできないくらい絶望の淵に10年近くいたような気がする。
これからいったいどうなるのだろう。
わたしは河合隼雄とおなじように人間を超える大きなものを信じているが、
いまいったいわが人生はどのようなアレンジメントのもとにあるのだろう。

さて、ユング研究所で分析家の資格を取るには論文を書かなくてはならない。
河合隼雄が資格論文のテーマにしたのは日本神話である。
テーマを決めると河合は先生から
ケレーニイという有名な神話学者に逢うようにすすめられる。
ケレーニイに日本神話で資格論文を書くことを伝えると「ぜひやれ」とのこと。
さらにケレーニイは河合隼雄に独特の論文の書き方を教える。

「文献はあまり読まなくてよろしい。日本の神話を繰り返し繰り返し読みなさい。
何度も何度も読んでいたら、あなたの心に自然に詩が生まれてくる。
それを書いたら、それが最高の論文である」(P246)


学術論文って先行文献の紹介ばかりして権威をまとっているようなところがあるよねえ。
どこかのグループ(学派)に所属するとはそういうことである。
ただし河合隼雄はケレーニイの教えを守り続けたようなところがある。
ユングをユング大先生とたてまつる研究所の先生が大嫌いだったという河合隼雄は、
晩年にこう言っている。

「ある学派を選ぶのは、それが正しいからではなく、
自分にとって適切だから選ぶのである。
あるいは、自分の判断を照らす適切な鏡として、それを選んでいるのである」(P339)


それでもどこかのお仲間に入らなくては個人は無力である。
ライターとかもさ、シンポジウムとかでお仲間をつくって群れているよねえ。
もうかなりまともになったから、どこかのお仲間からお声がかからないかなあ。
引き上げてくれたら、その恩は生涯忘れないからさ。
でもまあ、このまま低空飛行でドボンでもいい。
出世とか結婚とか、そういうプラスのものはぜんぶ来世に放り投げているところがある。
まあ、わたしなんかただ生きているだけで、それだけでいい存在ですから。
しかし、本当にどこからも声がかからないなあ。
母の眼前投身自殺、家族不和、絶対孤独を乗りこえて、
いま派遣切りにもめげず健気に生きている土屋さん(仮名)、
ブログでいまの切ない思いを書きつづるのだけが生きがい、
連載「孤独中年の現場2017」第1回とか、
どうして朝日新聞が飛びついてこないのかしら。
わたしは河合隼雄信者だから氏と同様に共産党とも創価学会とも手を組める。
「藍より青く」でもっと過激化していて共産党にも創価学会にも同時に入れる。
それにしても小谷野敦さんからしか認めてもらって(いるか?)いないのに、
月数百円のアマゾン報酬で駄文を書き連ねるこの執念深さというのは評価に値しないか。
うえーん、だれか認めてよ。



心が疲れたときは甘いものを♪
「「あいまい」の知」(河合隼雄・中沢新一編/岩波書店)

→本書は1999年に国際文化研究センターで行なわれたシンポジウムの書籍化。
冒頭、当センター所長の河合隼雄はあいまいは絶対善とか、
そういうものではないことを断っている。
あいまいとはものすごくかんたんに説明すれば、
イエスともノーとも言えないことである。
あいまいだなあ、とはつまりイエスかノーかわからないということであろう。
しかし同時に、あいまいではなく本来なら言葉で説明可能なことを、
怠惰にあいまいにごまかしているケースもあるのではないかと河合は指摘する。
しかし、本当に言語では伝達不可能なこと、
記号化や数字化できないことがあることも丁寧に示唆している。
そして、日本人が好むあいまいさは責任の所在を不明確にするという有害性を
たぶんに持っていることをはっきりと切り出している。

アルバイト、契約社員、正社員、係長、課長、部長……
と職位が上がっていくということは、それだけ責任が増してくるということである。
しかし、あいまいを好む日本人はあいまいなままなかなか責任を取ろうとしない。
今月でわたしは会社をクビになるが、だれが責任者なのかよくわからない。
たぶんだれかがが工場長に「あいつが職場をダメにしていますよ」
と讒言(ざんげん/密告)したのだと思う(違うのかもしれないが)。
工場長もそう言われたら責任者として、なんとかしなければならない。
だが、そもそも工場長とわたしはろくに話したこともないから、
工場長がよくわからないわたしという人間をクビにしていいのかわからない。
しかし、本人が自分から退職届を書いてくれたら、それは本人の自己責任になる。
わたしはだれがわたしのクビを決めたのかわからないので問いただす。
すると、あなたは自分で勝手に辞めたんでしょうとやられる。
さらに異議を申すと、本社のより責任が重い役員がやって来て、
我われが辞めさせたのではなく、あなたが自分で辞めたんでしょうと言われてしまう。
結局、あいまいなまま責任がどこにあるかよくわからなくなってしまうのである。
あいまいにはこういう欠点、短所がある。
大きな話をすれば、たとえば太平洋戦争中に
大将がミッドウェイ海戦の敗北の責任を取らないという事態になる。
しかし、本当に責任の所在者などいるのだろうかとまた河合はひっくり返す。
わたしの退職にも責任者(犯人)などもしかしたらいないのではないか。
答えは、わからないまま、言うなればあいまいというのが本当に近いのではないか。
同僚の総意もあり、上司の思惑もあり、かつ当方の無意識的願望もあって、
このたびのクビになったのではないか。
それは責任の所在を追求しないあいまいな日本的思考法だが、
かならずしも西欧的思考法に劣っているとばかり言い切れないのではないか。
当時、国際文化研究センター所長(責任者)だった河合隼雄は言う。
河合隼雄はつねに「私だったら」という視点から話を始める。

「では私としてはどう生きればいいのか。心の敗戦を認めて、
もっと「Yes」「No」を明確にするような
「明確さの世界」というものを選択したほうがいいのか、
あるいはやはりそこは明確にせずに、その中に何かあるといったほうがいいのか。
ところが、私自身の事として考える場合、
日本的曖昧(あいまい)さというほうを引きずっていきますと、
責任はどうしても曖昧(あいまい)になるんです。
というのもミッドウェイの海戦を分析すると確かに大将は判断は間違っている。
しかし、これは[西欧]近代科学的な方法で分析するから
大将が間違っているのであって、
もっと日本的な考えによるとそのときのお月さんの出かたとか、波の揺れかた、
それから星の輝きとか全部責任をもっているわけですから、
そのときその大将だけを追求することは絶対に間違っているわけなんです。
さらにいえば、ミッドウェイの海戦でアメリカは勝って日本は負けた、
だから日本はだめだなんていうのだけれど、
人生は無常だということを知っている人にとっては、
勝っても負けてもそんなに大して違わないんですよ。
もっと大事なことは死んだ方々がどこへお行きになったかで、
その海戦で死んだ方々の魂が今どこにいるかということの方が
そうした見方からすると非常に大事な問題です。
私はそうした考えも何か正しいように思うんですよ」(P10)


「責任はこの人にこそある」はイエスかノーかではなく、
全体との連関で事態がそうなってしまったという、
はっきりしないあいまいなものの見方である。
これは全体責任とも無責任とも言われかねない危ない考え方である。
それでも河合隼雄は言う。
組織の責任者、国際文化研究センター所長の河合隼雄はこう言っている。
おっと河合隼雄は心理療法家(臨床心理士/カウンセラー)のボス猿でもある。

「たとえば私が誰か[相談者]と向き合っているときに、
だれかが「死ぬ」と言った場合はその範囲内において
私は明確な態度を取らなければならない。曖昧(あいまい)さは許されない。
あるいは私は所長という役割でこの国際日本文化研究所センター内の
ことをやっている限りは、絶対に明確な態度を取らねばならない時がある。
それは限定された範囲内においてとっている。
しかしそれは、それが正しいとか、それは唯一の策であるというのではなくて、
その範囲を広げてみれば、非常に多義的なものである。
たとえば先ほどもミッドウェイの話をしましたが、
勝つか負けるかということは絶対的に大事なように思っているけれど、
ひょっとしたらこれは大事ではないかもしれない。
つまり私はここ[国際文化研究センター]の所長として
ここが継続するということは大事なことのように思っているけれど、
全然大事なことじゃないかもしれない。
そういう多義性というものをもっているほうが
自分の生活が非常に豊かになるんじゃないか。
だから、[国際文化研究センター所長で心理療法家の]私は
何かを自分の意志で操作するというよりは、むしろ何かを鑑賞している、
appreciateしているという態度の方が強いのではないかとさえ思っております」(P14)


責任者はものごとを正しくoperate(操作、支配、コントロール)すべしとされている。
しかし、本当に正しい客観対象などあるのか。
宇宙物理学と計算学が専門のピート・ハット教授はいう。

「日常生活においてさえ、この[あいまいな]中間点はいたるところに見出せる。
同じ一つのリンゴが、農家の人にとって経済的価値をもつものとなり、
化学者にとっては化学成分として分析可能な対象となり。
画家にとっては絵になるものになり、
また誰にとっても、味わい、食べることのできるものとなる。
現実世界の一部として見るとき、リンゴはリンゴである。
しかし、画家はそのリンゴを、農家の人や化学者とは異なるテリトリーに入れるのである」(P60)


立場によっておなじものでもさまざまな見え方をするよねえって話。
かといって、なんでもないことをあいまいと思っているという可能性もある。
比較宗教学が専門の町田宗鳳は言う。

「物事が曖昧(あいまい)であるかどうかの判定は、
きわめて主観的かつ相対的なもので、
ある人間にとってはどこまでも曖昧に見えることでも、また別の人間にとっては、
明晰きわまりないというようなことも大いにあり得るのである。
たとえば日本語で誰かが「それはちょっと……」といえば、
その返答が意味するところに日本人なら疑いをさしはさむ余地はない。
ところが日本語を学習してまもない外国人なら、
その曖昧な返答がいったいイエスなのかノーなのか判断しかね、
大いに戸惑いを覚えるであろう」(P123)


「あなたにこの給料は払えない」
「どんどん悪くなっている」
「いつかよくなると思っていたが、もう我慢の限界だ」
「あなたの代わりはいくらでもいるんだ」
「あなたはみんなから評判が悪い」
「あなたと話しているとイライラする。あー、腹が立ってきた」
「ほかの仕事が向いているんじゃないか?」
「最近入ったIさんはあなたなんかよりよほど優秀だ」
――これは日本人なら「辞めろ」と解釈するのがふつうでしょう?
でも、密室での会話だし録音もとっていないから
真実のようなものはあいまいなままである。
で、退職届を準備してあったかのようにさっとまえに出されればふつうはサインする。
退職理由の欄で迷っていたら「これ以上会社に迷惑をかける気か?」と言われる。
わたしは「辞めろ」と言われたと思ったが、
立場が上の相手は「辞めろ」とは言ってないといくらでも言い張ることができる。
結局、真実というのはなんなのか?
科学哲学、科学史が専門のエヴリン・フォックス・ケラーは、
精神分析医のミルナーという人の言葉を引く。

「人間や出来事の真実を見るというということは、想像するという行為を必要とする。
なぜなら真実は、どれか特定の時刻に、
まるごとの全体としてわれわれの感覚に提示されることは決してないからである。
直接的な感覚体験は常に断片的であり、
創造的な想像力によってひとつの全体へと組み上げられなければならない」(P107)


わかりやすく言い換えたら、まあ、みんなそれぞれの妄想を生きているよねって話。
みんなそれぞれの断片的な妄想を真実だと思っていて、全体図はつかみようがない。
人間にとって世界とはあいまいなままでしか認知できないものである。
我われはせめて数学くらい明晰なものだと思いたいが、
数学にもまたグレーゾーン(白黒つかない世界)があるらしい。
それはゲーデルという人が発見した「証明不可能性」の問題である。
なんでもこの数式は平易な言葉に言い換えることができるらしい。

「誰かが「私は嘘をついている」と述べたとして、
その人物は真実を語っているのだろうか、それとも嘘をついているのだろうか?
この問題に答えようとすると、われわれは難問にぶつかるのである。
実際、もしもその人物が真実を述べているなら、発言内容は嘘でなければならない。
一方、もしもこの人物が嘘をついているなら、発言内容は真実ということになる。
いったいどちらが正しいのだろうか?
これに関してわれわれには何とも言えず、どちらも正しくはない。
この人物が述べたことは簡単明瞭であるにもかかわらず、白か黒か、
イエスかノーかという単純な分類の境界を飛び越えているのである」(P56)


河合隼雄さんはよく「私は嘘つきです」と言っていたらしいけれど、これなんだよねえ。
河合隼雄の本はだいぶ読んだが、どこが本当でどこが嘘かよくわからないのである。
しかし、そのわからないというのが本当かもしれないわけだから。
本当か嘘かはよくわからず結局あいまいなままというのが真実なのかもしれない。
わたしだってなんでいまの会社を辞めることになったのかよくわからないのである。
会社サイドは「おまえが辞めるって退職届を書いたんだろう」と言うだろう。
わたしからしたらあの密室の会話は「退職勧奨」のほかのなにものでもなく、
ああいうことを言われてなお会社に残ることは日本人には無理だと言いたくなる。
しかし、無意識まで考えてしまうと、
無意識では会社を辞めたかったのかなと思うことが絶対にないわけではない。
辞めたがっているのを周囲がお察ししてくれて(しかし条件面では辞められない)、
わたしのことを考えて退職させてくれたのかもしれない、と言ったら人がよすぎか。
だれが悪いとも思えないし(自分もふくめて)、
こうなった経緯(いきさつ)はよくわからないし、言うなればあいまいである。
本書はあいまい(=よくわからん)の価値を見直そうという本である。
自称嘘つきの河合隼雄さんの以下の言葉は本当なのか、それとも嘘なのか。

「こうやって自分の力の及ぶかぎりあいまいさを保持していると、
自ずから解決が見えてくることが割とある。
それはその人の内的体験として自然に生じるからうまくゆく。
そういうこともあって、あいまいさを尊重するという態度は、
僕にすごく身についてきたと思うんです」(P273)

「なにもかも明確にやれば答えが得られるという考え方ではなくて、
わからないけれど、そのままで待っていようとか、もっていようということから、
さっきの日曜大工的知恵が生まれてくる」(P303)


だれが犯人かと考えても詮(せん)ないし、
自責や後悔もいまさらあまり意味がないから、
あいまいなままにしておくほかないのだろう。
考えてみたら生きている意味も、あいまいと言えばあいまいと言えなくもなく……。

「聖地アッシジの対話 聖フランチェスコと明恵上人」(河合隼雄・ヨゼフ・ピタウ/藤原書店)

→いろいろな利権関係がからまりなされた河合隼雄最晩年の対談の書籍化。
本書に河合隼雄の顔写真が何枚か掲載されているが、どれも疲労困憊といった印象。
本当に死ぬ直前のような疲れた顔をしているのでかわいそうになってしまう。
実際、倒れたのはこの対話をしてからそう間もないころだったはずである。

なんで人間って「正しい」ことにこだわるんだろう。
自分のことを長らく社会不適応者だと信じてきたが、
いまの職場に半年もいることを考えると(それは周囲の寛大に支えられてのことだが)、
あんがい自分で思っているよりは社会適応能力がわずかばかりあるのかもしれない。
たとえば職場で上司のKさんの言うことが日によってけっこう変わるのである。
「正しい」ことがころころ変わる。
そしてKさんと現場チーフのSさんの言うことも、これまた違う。
後輩の50代後半のバイト、Iさんは自分は絶対に「正しい」と信じているようで、
何度も意味不明なことで怒鳴りつけてくるので本当に困っている。
どうやら実勢権力的にはバイトのIさんがいちばん偉いらしい(なにをしても注意されない)。
会社役職上はKさんがいちばん偉く、次にチーフのSさんが続く。
年齢的には65歳の現場チーフSさんがもっとも偉いのだろうが身分はアルバイトだ。
それぞれ自分は「正しい」と信じているので困ってしまうが、
人間なんてそんなものとも言えよう。
「正しい」ことがこのようにいくつもある現場に耐えられないで、
先輩のバイトYさんはいきなりバックレてしまったものと思われる。
わたしはそのへんは河合隼雄の影響かどっちも「正しい」ことがあることを知っている。
だから、いまのところ少なくとも昨日までは職場に通いつづけることができている。

「正しい」と「正しい」がぶつかっちゃうと、そこから先がないのね。
わたしはKさんとSさんがどちらも「正しい」ことを知っている。
どちらにもそれぞれの言い分があるのである。
半年も勤めていれば、当方にも当方が思う「正しい」やり方がある。
それをやっちゃうとダメだよ、と思うことがある。
問題を起こしたくないから、よほどのことがないと指摘しないけれど。
それに相手は自分が「正しい」と信じているのだから、
こちらがなにを言っても言葉が通じるはずがないではないか。
こういう身近な問題は、世界的な宗教問題とも通じている。
あらゆる「正しい」意見の調整役となった当時文化庁長官だった河合隼雄は言う。

「ずっと昔であれば、自分たちの宗教は正しいから、
ほかの人たちも自分たちと同じような宗教に改宗すべきである、
あるいはそれを願おうということでおちついていたのだが、
そうは言えなくなってきたと」(P133)


しかし、人間はわかりあえない。
どうしようもなく自分(たち)が「正しい」ことにこだわってしまい、
相手(の人たち)もまた「正しい」ことを認められない。白黒をつけたくなってしまう。
おそらく対話で白黒がつくことがないだろう。
いくら対話を継続してもどちらも決して白旗をあげることはないだろう。
では、人間関係に救いはないのか。
おそらく対話ごときで軽々と救われるほど対人関係問題は単純ではないが、
根が深いどちらも「正しい」意見の衝突に対して、
われわれのなしうることもないわけではないと最晩年の河合隼雄は語る。

「ダライ・ラマ[チベット仏教の高僧・生き仏]が
ロンドンでカトリックの人たちに話をした記録『ダライ・ラマ、イエスを語る』(角川書店)
という本があります。それを読んだときに感激したのは、
やはり考えが違いますから、カトリック側もダライ・ラマもそれぞれの意見を述べる。
そしていろいろディスカッションしたあとで、最後はどうなるかというと、
「では、ともしびを消して祈りましょう」と。
それでずっとみんな祈る。それが私はすごいと思う。
それははじめからの約束だったんです。
議論して、結論をむりやりだすとかいうよりも、
ある時間がきたらみんなで祈りましょうと。
それで終わりにするというのは、非常にすばらしいと思いました。
それをやっていけばいいんだけれど、
どっちが正しいかで答えを出そうとすると、どうしてもけんかになる」(P157)


祈るというのは善悪や正誤(正しいか否か)を超えた存在を認めるということ。
もしかしたら人間は本当に「正しい」ことを知りえないかもしれない。
そんな謙虚な気持で、人間を超える大きなものに思いを寄せること。
それが祈るということ。祈る。
人間が自力でなしうることは少なく、他力も思うようにならないけれど、祈る――。
祈るとは、われわれ人間の無力を認めること。
人が祈っている光景を見たら、なぜ努力をしないんだと怒る人もいるだろう。
しかし、祈るしかないという難問が人生ではけっこう発生するものである。
口を閉ざして祈っているかぎりにおいて、どの宗教もしていることはおなじである。
祈っている。見かけはなにもしていない。しかし、希望している。

「縁は異なもの」(白洲正子・河合隼雄/光文社知恵の森文庫) *再読

→文化人の白洲正子は西行のみならず鎌倉時代のマイナー僧侶の明恵も研究していた。
明恵は当時としてはめずらしく自分の夢の記録を残していた人である。
明恵といえばユング心理学者の河合隼雄ということで、
今回の対談本ができあがったわけだ。
ある程度、量を読むとこのような縁に驚くことも少なくない。
西行は一遍も井上靖も好きだし、こうして河合隼雄ともつながると不思議なものである。
河合隼雄は白洲正子の名著(とされる)「西行」の解説を書いている。
その解説文からいささか言葉を引く。

「西行こそ明恵が仏道の修行によって成し得たことを歌によって成し得た人であった。
そして、この『西行』のなかで白洲正子の指摘しているとおり、
両者の類似点は実に多いのである」(P155)


ひとつは西行も明恵も女からもてたということらしい。
西行は、ただ恋の歌らしきものを創作しているというだけで、
実際にもてたかどうかはわからない。
明恵は1回女犯(にょぼん/性交)の危機(好機?)が
あったという記録が残っているだけで、
これまた西行同様で実際にもてたという証拠はない。
女性インテリ文化人は、
どうして女性は男性の本質を見抜く目があるという錯覚におかしなこだわりを見せるのか。
インテリの女というものは「女は賢い」「女は男を見る目がある」
などと自画自賛を書いて恥ずかしくならないのだろうか。
さてインテリ女性文化人によると、
西行と明恵に共通しているのは数奇心(すきごころ/風流心/ものずき)だという。
河合隼雄の解説を聞こう。

「「数奇心」とはいったい何であろうか。
「心の数奇(すき)たる人の中に、目出度(めでた)き」仏法者は、
昔も今も出来(いでく)るなり。」とは明恵の遺訓のなかの言葉である。
明恵の一生は、言うなれば、「お釈迦(しゃか)さまが好きで、好きで」
通した人と言えるだろう。
西行は「歌が好きで、好きで」たまらなかった人ではなかろうか。
その「数奇」の極まるところに、深く烈しい宗教性が存在する。
ここに言う宗教性は、
別に何宗の教義を極めるとかいうのとは関係がないことだ」(P156)


河合、白洲、両者の意見が一致を見るのは、
西行も明恵も「一人っきり」の「一人の宗教」をつらぬいたところがいいと言う。
白洲正子は言う。
「歴史的にみると、教団を造った人たちは、その本人はいいけど、
あとでちょっと宗教とも呼べないようなものになってしまう。
西行もそうでしたが。明恵が一人っきりというところがいいですね。
本来、宗教ってそういうものではありませんか」
河合隼雄は同意する。

「俗化することによって、教団ができる。群れをつくらず、一人というのはすごいですよ。
(……) 教団を作ると、どうしても世間と接触するわけだし、
それから教団を維持するということも、大変な仕事ですよね。
宗教的でない仕事にすごいエネルギーを使わないけませんからね。
それから僕がすごく感激したことは、明恵は法然を烈しく批判するんですが、
あの時代、日本人で論理的な批判ができるというのが、
そもそも珍しいんですよ」(P187)


河合隼雄は明恵が好きで好きでたまらないんだろうなあ。
おそらく西行のことはあまりよくわかっていない。
なにしろ「ぼくは実は和歌は苦手中の苦手でしてね」(P78)
と正直に白状しているくらいである。
「何見ても一緒くらいの感じ」とか口が悪すぎるぜ、河合先生!
しかし、河合隼雄はあたまがいいから和歌が苦手な理由も自己分析しているのだ。
和歌は――。

「結局、いろいろな知識とか経験を全部背景にもっているなかで和歌が出てくるんで、
俳句でもそうですが、
それだけを鑑賞するのはほとんど不可能なんじゃないでしょうか」(P79)


わかるわかる、わたし河合隼雄先生のおっしゃることわかります。
和歌ってさあ、あの本歌を元にしているとか、漢籍の逸話がどうの、とか、
わずか31字の裏側の世界が広大すぎるんだ。
ひとつの歌に3つくらいの歌の影響が入っていて、
それを知らないとこの和歌の本当の味わいはわからないよ、みたいなさ。
あれって妙に高尚ぶった博識自慢になって、
その知的過剰な貴族趣味が好きになれない。まあ勝手にやってろよと。
しかし、人づきあいのいい河合隼雄は西行もすばらしいと調子を合わせる
大人になるとは、本当は大嫌いなものをそうではないふりをできるようになることだ。
本当のことはめったに言っちゃいかん。
表面上の好き嫌いとはべつの「かくれ里」のようなものを作ることを
心理療法家の河合隼雄はすすめている。

「それはしかし、本当にぼくのやってる仕事[カウンセリング]とそっくりですねえ。
各人が自分のかくれ里を各人の方法で見つけるのを助けてるわけですから」(P89)


「とにかく、文章の中に自分を全部出したらだめなんです。
言わないことがあって、その上にできてるから、すごいものになるわけです」(P96)


「本当のことを本物にいうっていうのが案外難しいんですね。
いえる人はすぐいえるんですけど。
で、あの男性のほうはやっぱりついついいろんな繋がりがあって遠慮するんですよ。
(……) で、本当のことをいえないんです。
本当のことをズバッといえるちゅうのは、これ女性の特権ですわ」(P212)


そういえば西行もプライベートのことを意図的に隠しているという説もあった。
河合隼雄も最後の最後まで本当のことを言わないで死んでしまった。
河合が最後まで口をつぐんだことは、
「カウンセリングはかぎりなくインチキに近い」だったのではないかとわたしは思う。
むしろ、インチキだからカウンセリングで人はよくなることもあるというか。

和歌はわからないと言っていた河合隼雄だが、
晩年には少しずつ興味を持ち始めたようだ。
本書の後半でも自作の和歌を披露している。
在原業平の有名な歌に以下のようなものがある。

「つひにいく道とはかねて聞きしかど きのふけふとは思はざりしを」

いつか死ぬとはむかしからわかっていたが、まさか昨日今日とは思っていなかった。
河合隼雄はビジネスマン相手の講演会でこの歌を紹介したという。
みなさん毎日ビジネスでお忙しいでしょうけれど、
下の句をここにいらっしゃるみなさまがつくるとしたらどうなさいますか?
おなじことを対談で作家の大庭みな子に聞かれて河合隼雄がつくった歌は――。

「つひにいく道とはかねて聞きしかど 聞きしにまさるこの花道ぞ」

河合隼雄が「わたしの死」を「消滅」や「断絶」ではなく、
「移行」あるいは「完成」と思っていたことがよくわかる。
もしかしたら本文にあるようにそうであってほしいと願っていただけかもしれないが、
それは社交上手の男の謙遜と受け取るほうが正しいような気がしてならない。

「河合隼雄全対話10 心の科学と宗教」(河合隼雄/第三文明社)

→河合隼雄さんの本が好きなのは、本当のことを語っているからである。
河合隼雄は臨床(心理療法)体験で知りえた本当のことを
職務上の守秘義務ゆえ語れないから、
本当のことをウソというかたちで公開している。
実際現実問題、本当に本当のことは言葉にできない。言葉にしたらウソになる。
しかし、そのウソを見たら本当のことを語っているかどうかがわかるともいえよう。
河合隼雄が本当のことをウソとして語っているとわかるのは、
わたしもまた一生語ることがない本当のことを秘密としてキープしているからだろう。
本当のことは秘密にするほかなく、あえて言語化するならウソとして語るしかない。
わたしが人生で体験した本当のことを書いてもだれも信じてくれないはず。
そんなことはありえないという言葉でばっさり断裁されることだろう。
結局「本当のこと」とは多数派庶民がマスメディアから洗脳され信じていることだ。
本当はそうではないということは、
庶民それぞれが実験して結果を検証してみるほかない。
禅ではこのことを冷暖自知(れいだんじち)というらしい。
なんのために生きるのかという青臭い問いがある。
40歳の老いぼれのわたしがいまのところ行き着いたと思っている解答例は実験だ。
人生は実験かもしれない。
本当はどうかそれぞれ実験(冷暖自知)するのが人生の実相ではないか?
さあ、だれもしたことのない実験をして、その結果を自分の目で観察してみよう。
他人の実験結果を妄信するのではなく、
自分で実験してみたら結果は自分の目にどう映るか?
日本におけるユング学問研究の最高権威であられた、
京都大学の科学者で高名な心理学者の河合隼雄氏はおっしゃる。
人生は実験だが、しかし――。

「対象から自分を切り離した自我が自然なりモノなりを観察する。
そういう態度によって、自然科学はその頂点に来てしまうと、
人間はものすごく孤独になります。
自分一人だけになってどうして連なっていくのか分からなくなってしまいます。
そういうことを考えたとき、一つは理論物理学がすごく進歩しました。
そして理論物理学が進歩すればするほど、
いままでの合理的体系で矛盾のない言い方をしても掴(つか)まえられない。
よく言われることですが、
光を粒子としてみれば粒子としてもみれるし、波動としてみれば波動としてみれる。
観察者の存在と自然現象は切っても切れない関係に
あるということが自然科学の最先端の理論物理学で分かってきました。
また片方は、心理学の方で、
初め人間を対象として扱って成り立っていたわけですが、
われわれの心理療法の立場で考えると、
人間の心を単純に観察するというのではなくて、
こちらの心の動きと相手の心の動きと関係していたり、
またこちらが意識していなくても、
相手の心に影響を持っていたりということが分かってきます。
つまり、こちらの見方によって相手の心が変わってきます。
不思議なことに、心の理論とモノの最先端の理論が
だんだん歩みよっていくところが出てきた」(P6)


通俗成功哲学の本はいっぱいあるが、現実で実験したらあれらは誤りかもしれない。
あなたやわたしがいまする人生実験は、
過去にだれもしたことのない一回かぎりのトライで結果はどうなるかわからない。
絶対にしてはいけないとされていることをして、うまくいくことだってわんさかある。
通俗権威にしたがい(彼ら群盲の象徴として)、
居丈高に怒っている上司に逆に正反対にも怒鳴り返したらどうなるか?
そんなことをやった人はいないから、結果どうなるかはわからない。
河合隼雄の本を読めば読むほどわかるのは、「わからない」ということである。
なにをどうしたらどうなるのかは、実際問題だれにもわからない。
みんなわかったふりをしている。
わかったふりをして自分は「正しい」とこしゃくにも思っている。
こざかしいプチ正義のやからがじつのところいちばん迷惑なのかもしれない。
わたしがもっとも嫌いなタイプの人だ。河合隼雄もそうだったのではないかしら。
なぜなら、まさにまさしく、わたくしこそがそのタイプの人なのかもしれないのだから。

「僕はよく言うんですが、交通法規を完全に守って運転する人があるでしょう。
そうすると周囲がみな事故を起こすわけですよ、いらいらしたりなんかして。
本人は、
「私はちゃんと交通法規を守っていますから無事故です」と威張っているけど、
実はあっちこっちに事故を起こしていて、本人は気がついていないわけですね。
そういうタイプの人もおられます」(P103)


赤信号を渡らない人が正しくて偉いことになっている。
赤信号を渡った人を注意する人が正義ぶって偉ぶっている。
わたしは赤信号を渡っている人を見てもなにもいわないだろう。
だれも一歩ふみださない自動車往来のない横断歩道の赤信号を、
まずいちばんはじめに前進するのがわたしの使命のようなものかもしれない。
それは勇気のせいでも愚昧のせいでもなく、
ただただ永遠(死)から見たらそんなちっぽけなことはどうでもいいからである。
ためしに赤信号を胸をはって渡ってみよう。威風堂々と。

「河合隼雄全対話10 心の科学と宗教」(河合隼雄/第三文明社)

→わたしは16年まえの6月26日に母親から目のまえで飛び降り自殺された。
自殺しているところを見たとかそういうたまたまの話ではなく、
母はわたしがしたにいることを知ってねらって、
わざわざ意図的に9階うえから飛び降り自殺をして死んだ。
16年まえの6月26日、午前4時すぎか。路上。
母の声でわたしの名前を呼ばれて(顕史=ケンジ)うえを向いたら、
母が9階から落ちてきて死んだ。
シャレにならない現実だ。
しかし、16年後のいま考えてみると、この事実を証明すべき証拠がなにもない。
目撃したのはわたしひとりである。
警察署の書類に記録が残っているかもしれないが、どのみち証言者はわたしひとり。
わたしのほかだれも見ていない「本当のこと」である。
いまから思えばの話をするとその後5年くらい苦悩の地獄であった。
10年まで夢にひんぱんに出てきた。15年経つと、なにがなんだかわからなくなった。
どうして「母親」から目のまえで「自殺」をされると人は「苦しい」のだろう?
それは、母親は子どもを愛すべしという一般通念があるからではないか?
自殺はしてはいけないという一般通念=言葉(言語)が
わたしを苦しませていただけではないか?
そもそも自殺は「悪」なのだろうか?
「来世」や「あの世」が「浄土(天国)」ならば、早く死ぬのは「正しい」ことになる。
断食して死んだ坊さんは聖(ひじり/聖者)になるが、だれもあれを自殺とはいわない。
河合隼雄はいう。「死後の世界」があるとするならば――。

「極端に言うと、早く向こうに行きたいというようになりますからね。
しかし、それは難しい問題で、
たとえば、昔の坊さんに断食して亡くなられた方がおられますね。
あれは、自殺だから病(やまい)だなんて決して言えない。
彼らは本当にちゃんと向こうに行ったんだ、
゛自分になる”最高の形態の一つとして、
ああいうこと[自殺]はあり得るのではないか……
というふうにも考えられるわけです」(P67)


ある現象(事件)を「自殺」と見るのも「極楽往生」と見るのも、
その人の主観(言語構造)である。
その人が「それ」を「自殺」という言葉にしたら「苦しい」(これも言葉)し、
「極楽往生」という言葉で事象をとらえたら「楽(らく)」になる。
ある体験があるとする。たとえば、わたしでいえば自死遺族としての体験。
体験そのものはなにものでもない。
体験に言葉を与えるから、それはプラスやマイナスの属性を帯びる。
おなじ体験をしても、人によって感想(体験談)が異なるのは、
そもそもの当人の持っている言葉(言語構造)がそれぞれ違うからとは考えられないか? 
すべては言葉かもしれない。河合隼雄はいう。

「極端にいうと、たとえば、ほとんど似た経験をしても
私は日本語で言わなくてはならないし、ある人は英語で言わなくてはならない。
(……) ということは、
私の言語構造というものが私の体験の認識に影響してくるわけです。
宗教にしても、ことばで語る段階になってくると
もう違ってくるのは当然ではないかという気がします」(P196)


ある近似した神秘体験X(エックス/それ)をしたとしても、
西欧人はキリスト教世界の言葉で「それ」を語り、
東洋人は仏教世界の言葉で「それ」を語るため、言葉のうえでは違ったように見える。
「それ」は本来言葉にできないが、人は「それ」を言葉で語ろうとするものである。
「それ」はX(エックス)で言語化不能なのだが、
しいて言葉にしたら「前世」のような仏教用語になることもある。
結局、母のこと(神秘体験X)をどのようにわたしが腹におさめたかといえば、
「前世(過去世)」という言葉によるところが大きい。
どんなトラウマも不幸体験も、そのものはX(エックス)だろう。
X(エックス/それ)を言葉にできないから人は苦しみ、
そして同時にXを手あかのついた安易な言葉(トラウマ/心の傷)
で代替することで人は苦しむ。「苦しい」もまた言葉だ。
92年段階で週に13人のクライエント相手に心理商売をしていた河合隼雄はいう。

「これはまったく僕の解釈ですが、意識のレベルを深くしていきます。
非常に深いところをXとします。
それを表現する時に、意識が上へ昇ってこないといけないわけです。
たとえば僕だったら、
日本語のシステムを表現形態として、僕の意識にあてはめる。
体験Xあるいは深い意識のXそのものの表現というのは不可能なわけです。
つまり僕の言語システムを濾過(ろか)して出ていく。
そしてその時、言語システムで表現した場合に、
前世の事として表現するのがぴったりのことであると、そんなふうに思っています。
前世がその人にあったかどうかということは、
まだ僕は保留にしています。
しかし、前世の話をし、その話がその人にとって真実であり、
その人が癒(いや)されるということと深い関係がある、
そのことは肯定します」(P75)


「前世」なんて妄想だろうという批判があるかもしれない。
しかし、なにが「妄想」で、だとしたらなにが「現実」なのだろう?
すべては「言葉」なのだとしたら、そうしたらすべてが「妄想」ではないか?
「母親」から目のまえで自殺されて「不幸」だというのは「言葉」で「妄想」だ!
――ああ~ん、離人症全開のおキチおっさんの言葉(妄想)におつきあいくださり、
本当に本当にありがとうごぜえますだ。
「私」という言葉も、「言葉」だから証拠および根拠のない「妄想」かもしれない。
以下の言葉は「自分(=私)を生きろ」と主張する河合隼雄先生の口から出た。
すべては「妄想」かもしれない。「私」も「僕」も「俺」も「あたし」も「自分」も――。
「妄想」かもしれないところの、
いやおそらく「私」の「妄想」のはずである「河合隼雄」はいう。
河合隼雄は「私」を生きろというが、そもそも「私」も「僕」もないのかもしれない。

「よく言うんですが、考えてみたら僕という人間は、
過去にもいなかったし、未来にもいないし、
今の世界にも自分しかいないと思っているけれど、
これは確かめようがないでしょう。
しかし、非常にたくさんの人がそう思って生きていますよね。
妄想というより、むしろ確信というべきでしょうが、
それは、考えたらおかしなことです」(P145)


「私」も、「私」の「母」も、「母」の「自殺」も言葉ゆえにみなみな妄想かもしれない。
あんがい妄想だろう。妄想に違いない。
「自殺」が妄想(言葉)ならば、「善」も「悪」も妄想ということになろう。
すべてが妄想かもしれないとしたら、あえて妄想を生きるという作法もなくはない。
めんどうくさいことをすべて
「前世」という言葉(=妄想)で片づけることもできるのではないか?
X(エックス)はそのままXで「善」も「悪」もないのかもしれない。
卑俗な世界の話に立ち戻ると、たとえば社会人にとって仕事の悩みとは、
おそらく人間関係がいちばんだろうが、だれも悪くない可能性もある。
現実的に役に立つ学問を志した河合隼雄はいう。

「ぼくは、こういうことをよく冗談に言うんです。
「あんな嫌いな人はおらへん」とか、
「いったいなんでこんなことになるんや」とか言うでしょう。そしたら
「それはもう、前世であんたら喧嘩(けんか)しとったんやからしょうがない」
って言うと、なんかそのほうがすっきりするときがあるんですね。
あいつに悪いところがあるんだろうかとか、自分はどこが悪いんだろうとか、
反省なんてしなくてもいいですよ。
「前世で喧嘩しとった」と言えば、
非常にすっきりして、また次のやり方ができてくるんです。
それを非常に狭い範囲内に限定して考えるから、しなくてもいい反省をしてみたり、
あるいはものすごく相手を攻撃したりするわけです。
相手もあんたも何も悪くないと言ったら、
ほんまにそうでしょう、と安心する」(P248)


だれかが「原因」でなにかが悪くなっているとわれわれは考えるのを好む。
しかし、それは「善悪」や「因果関係」という言葉に長らく縛られていたせいだ、
とも考えられるのではないだろうか?
見たものX(エックス/それ)をどのように言語化するかでそれは様相を変える。
「善悪」や「原因」という言語構造にとらわれていると見えないものがあると河合隼雄はいう。

「見たものをどういう言葉で我々の意識に統合するかということは、
その人がそれまで生きてきた意識体系が、もんすごく影響しますからね」(P24)


なぜ「それ(神秘体験X/エックス)」は起こったのか?
わたしの話をすれば、なぜ母は息子の目のまえで飛び降り自殺をしたか?
みなさまにもどうにも納得できない「それ」がかならずやあることでしょう。
「それ」を因果的にどう解釈したらいいのか? 
いいかえたら、「それ」はどう解釈する余地が言語的にあるのか?
西欧のシェイクスピアが
「きれいはきたない、きたないはきれい“Fair is foul, and foul is fair.”」(「マクベス」)
と「それ」を表現したところのパラドックス(矛盾)を、
学問として取り扱おうとした日本人のユング学者である河合隼雄はいう。
ふたたび、なぜ「それ」は起こったのか?

「人生を因果的に完結した体系として、理解しようと思うと、
「輪廻転生(りんねてんしょう)」ということを考えざるを得ない――
と私は思っています。悪いことをしていないのに、災難が降ってきたり、
悪いことをしているのに、栄えたり……。
自分や他人の人生を見ていても、だいたい辻褄(つじつま)が合わないことが多い。
その時に前世とか来世とかいうのを考えると、非常に筋が通ってくる。
こういう考え方が人間の世界観の中に入ってくる必然性は、
ものすごく高いと思いますね。輪廻転生を抜きで、
人間の人生を腹の底から「うん、そうだ」と納得するのは大変ですよ」(P62)


「それ」はなにかわからないが、
たとえば「輪廻転生」という言葉をあてはめるとしっくりする。
「それ」は究極的にはわからない、わけられない、言葉で区分できないものだが、
「それ」ではなにがなんだか落ち着かないので、
深いところの「それ」を「無意識」だの「神」だの「仏」だのとわれわれは言葉にする。
「それ」は本来的に善悪も因果もないものだが、それでは話にならないので、
たとえばわたしの話をすれば、「それ」は南無阿弥陀仏と命名すると安心する。
人によっては「それ」は南無妙法蓮華経かもしれないし、それはそれでいいと思う。
アーメンでもザーメンでもラーメンでもいいのだろう。
生きがいのようなもの、つまり「それ」がザーメンでもラーメンでもぜんぜん構わない。
実存の不安をラーメンを追求することでごまかしている人も大勢いよう。
「それ」とは人それぞれの、しかし人それぞれが信じている究極真理のことである。
「それ」はなんなのか人間にはわからないが、「それ」はたしかに存在している。
「それ」は言語化できないから「それ」なのだが、
「それ」を学問(言語化)しようという絶対矛盾に取り組んだのが河合隼雄である。
絶対体験の「それ」は言語化を拒(こば)んでいるがために絶対たりえている。
「それ」は見方によって、いかようにも語られうるX(エックス)である。
今年の6月26日は有給休暇をいただいて母の墓参りにでも行こうかと思う。

「臨床心理学ノート」(河合隼雄/金剛出版)

→人は人にものを教えられないのかもしれない。
知識や情報、仕事のようなものは教えられるけれど、生き方は教えられない。
人は人を変えられない。人が変わるとしたら、それはおそらく自分からだ。
他人は変わらない。自分が他人を変えることはできない。
他人は救えないと思っていたほうがいい。めったに自分は他人を救うことができない。
もし他人が救われるとしたら、その人が自分で自分を救ったときになるだろう。
われわれは他人を変えたくて「あーしろ、こーしろ」と言う。
しかし、他人は変わらないものである。
あんがいなにも言わないのも一手なのかもしれない。
相手が言葉を発したときだけきちんと受けとめて、あとはなにも指示しない。
ほとんどなにも言わない。なにもしないことに全力をかける。
これがカウンセリング業界の親分の主張である。
人間関係を維持するくらいの意味はあるが、助言は根本的にあまり意味がない。
なにかするより、なにもしないほうが難しい。
助言するよりも、ただ聴いているだけのほうが疲れる。
聴くとは、相手から言葉を引き出すということ。
有料カウンセリングに来るようなそうとうな困難をかかえた他者はおそらく、
こちらの言葉では救われないだろう。
目のまえの人が救われるとしたら、それは相手が自分で発した言葉によってしかない。
だから、聴け。だから、助言するな。聴いて聴いて、相手に考えもらえ。
それがカウンセラーという聴く商売の役割。晩年の河合隼雄は言う。

「アドバイス[助言]の無効性や有害性が明瞭になった地点で、
心理療法について「聴く」ことの重要性が認識されるようになった。
ともかくクライエントの言うことに耳を傾けて聴く。
そうするとクライエントはひたすら話していくうちに、
治療者がアドバイスしたいようなことを、クライエントが自ら気づく。
このときは、本人自身が発見し納得したものなので、
その点を少し保証したり、後押しをすることによって有効な動きが生じる。
もちろん、実際に行なうと、それほど簡単なことではない。
いくら聴いていても、
クライエントが同じことばかり繰り返して言えばどうなるのか、
などということもある」(P128)


わたしはこの河合隼雄の意見はかなり「正しい」と経験的に思うけれど、
いまを生きるカウンセラーさんのブログを読んだりすると、そうではないらしい。
むかしはひたすら聴いていたら、自己改変する(自分から変わる)ものが多かった。
しかし、いまはどれだけ話を聴いても、どこまでも反省が見られないという。
リアリティがありすぎてぶっ飛んだものである。
河合隼雄の主張より、そちらのほうにリアリティを感じたものである。
よほど優秀なもの以外は、話を聴いてもらっているだけで、
「自分の言葉」で自分を変えることはできないのかもしれない。
上から降ってくる大勝利や使命、夢や絆といった言葉で救われるのもありだろう。
カウンセリングでたっぷりと時間と金をかけて「自分の言葉」を探すよりも、
「他人の言葉」で生きていくほうが楽なのは間違いない。

しかし、「他人の言葉」が効かないほどの苦しみを味わっている人がなかにはいる。
そういう人は「自分の言葉」を探すしかない。
一見すると「他人の言葉」と「自分の言葉」はおなじように見えることもあろう。
たとえば、「禍福(幸福と不幸)は過去世の宿業のため」――。
いま家族を亡くしたり、難病にかかっている不幸な人に、
「あなたの不幸は前世からの因縁のせいですよ」と助言したら怒られるでしょ?
「ふざけんな、おまえになにがわかるか!」って話になる。
けれども、本人が仏典を読み漁って、
腹の底から過去世の存在を確信したら、そこに救いのようなものも生まれるわけだ。
「不幸は過去世のせい」を「他人の言葉」として助言されたら腹が立つが、
「自分の言葉」として自分が納得して発するならば、その言葉は当人を生かす。
しかし、自分が救われた言葉だからといって、
苦しんでいる他人に「不幸は過去世のせい」と言っても無意味どころか逆効果だろう。
このことを河合隼雄は以下のように説明している。

「それは、思いがけない不幸に見まわれて抑うつ状態になっている人に、
「前世の因縁」などという「因果的」説明をし、その人がそれに納得することによって、
健康を回復するような場合である。
この場合は、クライエント[相談者]が主観的にその因果的説明を納得して
受けいれたことが治療への大切な要因になっている。
この際、日本語の「納得」という表現は便利である。
単なる知的理解をこえて、人間全体としてそれを受けいれている、
という感じがするからである。
この際も、この方法は一般化できない。
つまり、その因果的説明を納得しない人がいるからである。
このような類のものとして、たとえば、先祖の供養がされていない、墓相が悪い、
などというのがあり、その忠告に従って、供養をしたり、墓相を変えたりしても、
それは効果のあるときとないときがある。
近代科学の強みは、その条件に明確に当てはまるときは、その結果が確実にわかる。
あるいは、その確率がわかっている、ということであるし、
その説明は「普遍性」をもっていることである。
これに対して、上記のような場合[先祖供養や墓の問題]は、
結果については保証はない。しかし、成功する場合もあることは事実である」(P82)


宗教的な話になってしまった。
金や社会的地位、良好な人間関係は驚くほど人を救済するけれど、
人間の根源的な不安を解消するには宗教しかないようなところもなくはない。
打つ手がないという八方ふさがりの苦境に人生でおちいることがある。
わたしの場合は本ばかり読んで「自分の言葉」を見つけようとして、
結果的にある程度の落ち着きを得ることができたが、
これはほとんどわたしにしか効果のない方法だったと思う。
わたしは先祖供養などバカらしいと思っているし、同様に墓なんてどうでもいいが、
そういうことで救われる人たちがいることを非科学的と否定してはならないと思っている。
あらゆる宗教が人を救う可能性を持っているのだろう。どの宗教も「正しい」。
しかし、自分が創価学会に入って救われたからといって、
だれもがおなじように救われるとはかぎらない。
とはいえ、救われている人がいるのだから学会員さんをおとしめるのもおかしい。
――日蓮大聖人への信心を持たないのが「原因」で問題が生じている、
と言われたため、あるクライエントは思い切って創価学会に入信する――

「先祖の供養がされていないのが「原因」で問題が生じている、
と言われたため、あるクライエントは思い切って先祖の供養をする。
その席で長らくつき合いのなかった親類の人と話しあっているうちに、
自分の苦境を脱するいとぐちが見つかった。
このとき、その人は、「先祖の引き合わせ」によって解決の方法を見出せたと言うし、
やはり「先祖の供養をすることは、いいことである」という結論になる。
しかし、ここから結論として、
「先祖供養をすると、問題が解決する」という提言をすると誤りである。
ただ、この際に先祖供養したことが問題解決に役立ったことは事実である」(P86)


――「創価学会に入ると、問題が解決する」という提言をすると誤りである。
ただ、この際に入信したことが問題解決に役立ったことは事実である――
おそらく正しくは、先祖供養をしたら、「たまたま」問題が解決した。
創価学会に入った「から」問題が解決したというよりも、「たまたま」解決した。
いちばん身近な宗教団体が創価学会なので例としてあげさせてもらったが、
これはどの集まりやセミナーにも当てはまることだろう。
物騒なことを言うと、心理療法(カウンセリング)もおなじと言えるのではないか。
特定の心理療法を受けたことが「原因」となり因果的に問題が解決するわけではなく、
カウンセリングを受けたことがきっかけとなり
「たまたま」共時的に問題が解決することがある。
心理療法はクライエント(相談者)を、
それぞれひとりぼっちの「自分教」の教祖にする宗教的行為だと思う。
宗教的行為をするとき問題となるのは金銭面と危険性だろう。
仏典をひとりで読んでいるのは安価だが、社会適応障害を起こす危険性がある。
新興宗教に入ると人格が劇的に変わることもあるそうだが、大金を求められる。

よく知らないけれど、創価学会に入ると指導として上から怒鳴られるんでしょう?
カウンセリングの傾聴(相手の話を聴く)の正反対が創価学会の指導だろう。
カウンセリングはおなじ目線で相手と向き合うが、
上下関係が厳しい創価学会は軍隊式の指導で問題を解決しようとする。
傾聴でよくなる人がいる一方で軍隊式の指導でよくなる人もいるのだろう。
ストレスはふたつ解消方法があると思う。
ひとつはだれかにストレスのもととなっている話を聴いてもらう。
これは相手からいやがられる行為だからカウンセラーが必要とされるのだろう。
もうひとつのストレス解消法は抵抗できない格下のものを怒鳴りつけることだ。
「もっとも下劣」だが、もっとも即効性があるので、
これが楽しみで職場に行くものも少なからずいよう。
河合隼雄は怒ることをいいとも悪いとも言っていない。

「もっとも下劣なのは、権力に守られたり、
上下関係の制度によって守られたりしているなかで、
上から下に向かって怒る場面である。これは、自分は安全な立場に立って、
自分の感情のはけ口に他人を利用しているだけで、
何の意味もないし、害があるだけである。
[引用者注:怒った本人はスッキリするのではないかしら?]
しかし、怒りの感情の抑制ばかりしていては、頭と体が分離してきたり、
行き場のない感情のために、結局は知的な判断力まで狂わされてしまったりする。
そんなときに、あっさりと怒りを表出すると、怒った方も怒られた方も、
何だか心と体の間に一筋の線が通ったようですっきりとすることがある。
このようなときに「雷を落とす」という表現があるように、
それは「自然現象」に近い気がする。
自然現象的な怒りの表出は、さっぱりとした感じを残すものだ。
このような怒りの場合は、あまり人に嫌われることはない。
そうすると、怒りは表出すべきであろうか。
このような考えから「感情を発散させる」のはよいことだと言う人がいる。
これを考えるためには、先に述べた「自然現象」という比喩が役に立ってくれる。
すべての「自然現象」は歓迎すべきだろうか。
洪水、嵐、落雷による火事などなど、
人間にとっては恐ろしく、回避したい自然現象は沢山(たくさん)ある。
比喩的に言うなら、怒りの発散が洪水や落雷や、
もっとひどく地震のようなことにつながるのは困るのである。
あるいは、怒りの体験が、その人に動物や神の体験をさせるとしても、
その後で人間に戻って来られないと困る、とも言えるであろう。
怒りには、このような危険性が伴っている」(P179)


「どっちとも言えない」は河合隼雄を理解するうえで重要なキーワードだろう。
「どっちがいいとも悪いとも言えない」「どっちにもいい面と悪い面がある」
もしかしたら「どっちでもいい」のかもしれないが、そこまでは言い切らない。
感情は発散したほうがいいとも悪いとも「どっちとも言えない」――。

いんちき宗教家が金を儲けようと思ったら、思いのほかかんたんなのかもしれない。
パーフェクトな人間はいないから教祖はいくらでも信者を指導(叱責)することができる。
完全なクライエントはいないので、
いんちきセラピストはいくらでもセラピーを延長できる。

「心理療法の終結は、なかなかパラドキシカル[矛盾的]である。
よくなった、とか解決したという喜びとともに、大切な人と別れるという悲しさがある。
もちろん、喜びのほうだけ意識されることもあるが、そのようなときでも、
悲しさが潜在しているときもある。
治療者の方が逆転移が未解消で別れ難く感じることもある。
そのようなときは無意識のうちに引き伸ばそうとする気持ちがはたらいて、
クライエントの「未解決」の問題を指摘したりする。
言うなれば、人間は誰も「未解決」のことをかかえているのだから、
言おうと思えばいくらでも言える。
このような点については、セラピストは常によく自戒していなくてはならない」(P195)


問題をかかえた人にとって河合式のカウンセリング(=「自分の言葉」を育てる)と
新興宗教(=「他人の言葉」に従う)はどちらが効くのだろう?
両者を折衷(せっちゅう/いいとこどり)させた指示カウンセリングのようなものが
もっとも経済効率がいいのかもしれない。行動療法はそうだよねえ。
相手が「自分の言葉」を見つけるまで待つ河合式心理療法は
10年、15年かかるわけだから、とても一般庶民には高嶺の花だろう。
かといって新興宗教に夢中になるのは短期的にはいいのだろうが、
長期的に考えるといささか問題があるような気がしてならない。
カウンセリングと新興宗教のどちらがいいのかは、
まあ河合隼雄の真似をして「どっちとも言えない」くらいに結論づけておこう。
そもそもからしてカウンセリングを受けたことはないし、
新興宗教に入ったこともないのだから、「どっちとも言えない」のは当たり前か。